孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

230.孤独の魔女と開戦のアルカナ

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「ほわぁ…すごぉ」

エリスは右を見て 左を見て 上を見て、ため息を吐く、凄い 凄い景色だ

これがカノープス様の奥義 『星宿無間界』…、曰く通常の世界よりも時間の流れが遅く 三日が一ヶ月に引き延ばされるらしいこの空間は カノープス様の好意により用意されたものだ

アルカナとの決戦が迫る三日後、敵は今までにないくらい強力だ、師匠曰く今のエリスではタヴにもシンにも敵わないらしい、そこはレーシュの見解と一致している

故に、エリスは修行する、ここで時間を捻じ曲げて 一ヶ月の修行を…


カノープス様が魔術の詠唱を終えると、玉座の間に虹色の光を放つ穴が現れた、見た目は時界門と同じ だが、時界門は漆黒の穴なのに対しこちらはまるで極光の如き色鮮やかさを持つのだ

カノープス様が言うにこの中はカノープス様の力によって生み出された別空間らしい、この中でどれだけ暴れても外の世界に影響は出ない、修行にはもってこいだ

そして三日経ったらカノープス様が自動で外に弾きだしてくれるようなので遅刻もない…、そう安心して 師匠と共に修行の為この星宿無間界に入ったのだが

圧巻だ、星宿無間界はエリスが想像しているよりも広かった

というか、果てがないんだ、広がるのは星空…、数万の星々が輝く 星空の只中にエリスはいる、上にも下にも星空が広がっている

まるで、星の夜を移す巨大な湖の上にいるみたいだ…、あるのは無限の空間のみ

「さて、エリス…準備はいいな」

すると師匠はコートを脱ぎ去り、首をコキコキと鳴らし始める、いやいや待ってほしい

「待ってください、エリスまだなんの修行をするか聞いてませんよ」

師匠が言うにこれからするのはエリスの修行の集大成、最大の修行にして最悪の修行、失敗すればエリスは魔術を失うことになるとさえ言われたこの修行の内容をエリスはまだ何も聞いていない

「ん?、ああそうだったな…、ふむ この一ヶ月の修行でお前を劇的に強くするのは無理だ…と言ったな」

「はい、いくら一ヶ月でも 流石にそう簡単には強くなれませんよね」

修行とはやったら強くなると言うものではない、続けるから強くなれるんだ、それをエリスはよく理解している、いくら一ヶ月あっても シンやタヴのような絶大な力は得られない、彼らに近づくにはあと二、三年いるが…そんな時間はない

「だから、お前に新たに何かを与えることは出来ない…、故にお前の中に眠る潜在能力を呼び覚ます必要がある」

「潜在能力…?、エリスの中に眠る力ってことですか?、あるんですかね そんなの」

「あるさ、特大のやつが、…識確の才能が」

「え!?識ですか!?」

識…それは羅睺十悪星頭目のナヴァグラハが発見し扱ったと言われる幻の力、地水火風に続く 六代属性 空と識、その識の才能がエリスにはあるそうだ

万物を見通し あらゆる物を理解し識別し、知識の延長線上にあるものならなんでも好きに出来る無敵の力、それと同時に魔術などの知識の山積によって生まれた文明さえ消滅させる恐怖の力…

「え?もしかして今から識の修行をするんですか?」

「ああ、そうだ それしかない」

「でも、いいんですか?、識って…危険だから師匠は修行するなって」

識は危険だし、何より師匠達の憎き相手であるナヴァグラハがエリスに識を極めさせようとしている と言う理由から、識を鍛える事も 調べることも禁止されていたはずだ、それにそもそも師匠は識のことがよく分からないから修行も出来ないって…

「ああ、だから識確魔術そのものの修行はしない、鍛えるのは飽くまで識の才能だけだ…、と言っても 私は識のことがよく分からんし、それを理解できる人間ももう居ない」

「じゃあ、なんで…」

「識は間違いなく強力な力だ、御する事が出来ればお前は飛躍的に強くなれる…、故この一ヶ月を使って、お前がある程度意図的に識の力を使えるよう鍛える」

出来るのだろうか…、識は危険で…しかも、果てしない それを御するなんて…

「あの、修行内容はどのような…」

「内容は簡単さ、お前が識の力を引き出しながらひたすら組手をする、お前は極限状態になれば 凄まじい力が出るからな、そこに利用し 識の才能が目覚めることを期待する」

「期待って…それつまり、エリスが識を覚醒させる方法を自分で考えるしかないってことじゃないですか」

「そうだ、普通 未知の力は理解できなければ使えないが、お前には識の才能がある…それは識そのものさえも認識させるはずだ、そこに期待する…はっきり言えば賭けだな」

賭けも賭け、大博打だ…、もし識が目覚めなかったら…もし暴走したら、何がどうなるか分からない、それこそエリスは全てを失う可能性さえある

「そんな…」

「エリス、強くなるには 己の全てを十全に扱う必要がある、…危険だが 識は紛れもなくお前の一部だ、きっと、真の意味でお前が一人前になるには これは避けて通れない道だったんだ…」

師匠の表情は苦々しい、いつぞや言った通り やはり識を鍛えることには反対らしい、だがそれでも やはりエリスという人間を極限まで鍛え上げるには、識はなくてはならないものなんだ

だってエリスの記憶能力も識の一部、謂わばエリスという人間を構築する最大要因と言ってもいい、だから…だから…

「分かりました、でも どんな風になるかエリスも分かりません…、もし またいつかみたいち暴走したら、その時はよろしくお願いします」

「ああ、わかっているさ…その時は何が何でも止める」

やるしかない、シン達に勝つには 識すらも武器に変えて進まなきゃいけないんだ、リーシャさんのためにも 恐れるわけにはいかない!

そう覚悟を決め、エリスもコートを脱ぎ去り 構えを取る、識の理解 それがこの修行の全てになる、期限は一ヶ月…そう考えるとそれさえ短く感じる、だから 急がないと!

「…行くぞ、エリス…、お前の全てをぶつけて来い」

「はい、エリスが今までしてきた経験全てを使って 必ずや物にしてみせます」

静かに 構えを取り、向かい合う師弟、今までになく危険で果てしなく 成功する目すら少ない修行、師匠も出来れば取りたくなかった選択肢 それを選んでまでエリスは強さを求める

全ては、守りたいものを目の前にした時 今度こそ…守る力を手に入れるために

「行きます!!レグルス師匠!」

「来い!エリス!」

そうしてエリス達はぶつかり合う、エリスの中に眠る道の力を 戦いという極限の状況で引き出すために…

やってやる、やってやるぞ!

……………………………………………………………………

「こりゃあ、思ってたよりも大規模だな…」

近くの丘に陣取りながら 双眼鏡でフリードリヒは覗く、三日かかってようやくたどり着いたパピルサグ古城を前に、ううむと顎を撫でる

パピルサグ古城にはアルカナの勢力がいるってのは分かってた、つか 分かってたから来たわけだしな、でもその数が問題だ

ザスキアの話じゃ精々五万ちょっとのはずだったんだが、ありゃどう見ても二十万はいる、それが城の周りで布陣している…、報告と数が違う

こっちの三十万に迫る大軍勢、おまけに向こうにはシンやタヴがいるし 城という名の本拠地もある、ちょいと厳しい戦いになるか…

だが、やるしかねぇな、こりゃあ俺の親友の弔い合戦になるんだからよ

「あれがパピルサグ城か…、僕の苗字と一緒ですね」

「そりゃ、お前のご先祖が住んでた城なんだから…、法的にはお前の持ち物になるんじゃねぇの?、知らないけどよ」

「いや、もうテイルフリング領は既に帝国の所有領土となっているので、法的にはあれは国の持ち物ですよ、フィリップ団長 フリードリヒ団長」

丘に打ち立てた陣の中、フリードリヒ フィリップ ゲーアハルトの三人は目の前の敵の大きさ そしてパピルサグ城の堅牢さを見る

元々王城として機能していたパピルサグ城だ、その防衛能力の高さは折り紙つき…、いくら数百年も前のボロい古城だからと言っても、防衛拠点としての能力が失われているわけではない

「…こっちの手勢だけで行くのは厳しいなぁ…」

「中央と左方は来てくれますかね…」

「来るさ、ラインハルトは仕事をする男だし、左方にゃトルデとジルビアとあの不死身鬼婆が居るんだ、何が何でも軍団引っ張ってきてくれるさ」

とはいうが、フリードリヒはこの場に到着して 背筋が冷たくなるほど焦り尽くしていた

フリードリヒ達右撃隊は本来の集合時間に大幅に遅れている、だというのに中央も左も持ち場についてる様子がない、到着してないんだ

おいおい、マジで全滅したとかないよな…、リーシャに続いてジルビアやトルデを失ったら俺は…

半ば祈るように信じる、ラインハルトもマグダレーナもやってくれると…


すると

「フリードリヒの兄貴…じゃなかった!フリードリヒ団長!、着きました!」

到着の知らせだ、来たんだ!やっぱり!クッソ!心配させやがって!遅刻するんじゃねえよ!俺が言えたことじゃねぇけど!

「来たか!」

「はい、左撃隊です!、既に持ち場についているとのことですが…、その」

「なんだ!もったいぶるな!早く言ってくれ!」

「いやいい、私から説明する…」

すると、報告に来た部下の肩を横に退け 奥から現れるのは…

「ジルビア…?」

ジルビアだ、ただその表情は険しく あちこちに傷を作り…何より不可解なのは師団長補佐である筈のジルビアが、師団長用の白コートに袖を通しているということ、お遊びや伊達で着ているようには思えない…

「お前、なんでそれ…というか他のやつは?、マグダレーナのババアや トルデリーゼは…」

「順を追って説明するからよく聞け、我々左撃隊はアルカナの大幹部 宇宙のタヴが率いる軍に奇襲され交戦になった」

奇襲だ、俺たちと同じ…しかも宇宙のタヴが…

「タヴが引き連れていた軍団は全滅させたが、残ったタヴが問題だった…、奴の凄まじい強さに押されて 奴一人に左撃隊は大損害を被った、タヴと交戦したマグダレーナ団長が手傷を負わせ 撃退したものの団長もまた重傷を負い 戦線を離脱した、いや もう軍人として復帰も見込めないということで…私が、第十師団の団長になった…その場で」

「マジかよ…ババアが…」

かつて 帝国の最強伝説と呼ばれた女が 魔女排斥組織の幹部にやられたってのか、いや そもそももう戦える年齢じゃなかった、全盛期の1割の力も残ってないんだ、それで第三段階のタヴを止めたんだから…だから、きっとそれは マグダレーナという女軍人の咲かせた 最後の花だったのだろう

「…すまない、左撃隊はその殆どが負傷で離脱した、その場で治療出来る者はみんな治療したが…、限界があった」

「構わない…トルデは?あいつは無事か?」 

「トルデは……その、マグダレーナ団長と共にタヴと交戦して…それで……」

ジルビアの顔が曇る、おい…おいおい、嘘だろ…それ 冗談にしちゃやりすぎだよ…、その顔じゃあまるで…トルデが…トルデまでもが…

「死んでねぇよ!、殺すなよ!勝手に!」

「トルデ!」

すると トルデの声が響くのだ、なんだよ生きてるじゃねぇか…と、安堵した瞬間 悟る、ジルビアの顔が曇った理由が

「…お前、それ…」

「あ?ああ、…悪い へまった」

現れたトルデの姿を見て絶句する、満身創痍だ…、右足は無く 松葉杖をつき 左目には眼帯をし、体の至る所に血の滲む包帯を巻きながら立っているじゃないか、こりゃ…ベッドの上で治療を受けてなきゃいけないレベルだぞ

「お前…!治療は!」

「他の奴らに回した、あたしは平気だ動けるし、何より戦艦さえあれば足もいらねぇからな…、何より!タヴの野郎に一発くれてやらなきゃ気が済まねぇ!」

「帰れ!死ぬぞ!」

「嫌だ!絶対嫌だ!、もしあたしがここで帰って…フリードリヒ達に何かあったら あたしは…あたしは…」

「っ…」

トルデリーゼの言葉に何も返せなくなる、…言葉に出来ない感情がごちゃごちゃと胸の中で絡まって 形をなさない不快感を作り出す、けど 少なくとも俺はどうやらトルデリーゼを返すことは出来ないようだ

だって、きっと俺も同じ怪我を負っても…友達のためなら、死ぬまで戦っちまうから…

「第三師団のゲラルドも第十師団のマグダレーナ団長も、リタイアだ 左撃隊三十万も今や十八万に数を減らした、ここにいる師団長も私とトルデだけだ…、すまない」

「謝ることはない、…でもやっぱり 作戦が敵に見抜かれてたか」

フリードリヒは近くに用意した椅子に座り城を眺める、最悪だな…、タヴもシンも健在で今あの城にいる、帝国師団最強の存在 マグダレーナを下した男 宇宙のタヴか、強い強いとは聞いてたが こんな強敵がいるなんてな…

「それで?、フリードリヒ団長 見た感じ右撃隊はさしたる被害もなさそうだが、奇襲はなかったのですか?」

「ッ……」

ジルビアの言葉にドキリと心臓が跳ね上がり 胸から飛び出たかと思った、…ああ いや…別に誤魔化すつもりはなかったんだ、ただ …ただ、言わなきゃいけない、その時が来たことに 俺は心の底から怯えるのだ

だが、言わねばなるまい、それが 俺の責任だ、この軍を預かった人間としての責任だ

「いいや、襲撃はあったし…被害も出た」

「そうは見えないが…、というか リーシャちゃんやエリス殿 レグルス様は…」

「エリスさんはマルミドワズに帰した…」

「え?何故……」

顔を下し、大きく息を吸い 覚悟を決めて、俺は…言う

「実は…」

事の顛末、俺達を襲った襲撃の内容とその襲撃によって失った物、そして茫然自失となったエリスちゃんを守る為 マルミドワズに帰した事、俺の知っている事を全て詳らかにするように…隠す事なく正直に言う

リーシャが、ヴィーラントの手によって戦死した事を

「……え?」

ジルビアが、小さく口を開け…そして静止する、信じられない 信じたくない、そんな顔だ…

すると

「嘘だっ!あたしは信じないぞ!、そんな…そんな、リーシャが…死んだなんて!」

「トルデ…」

「フリードリヒ!、そう言う冗談はやっちゃいけない冗談だって知らないのかよ!!」

松葉杖をつきながら俺に縋り付くトルデを見ていると、無力感と慚愧の念で何も言えなくなる、馬鹿野郎…俺がこんなの 冗談でも言うかよ、友達の死なんかを口にすると思うかよ!

「フリードリヒ!言えよ!リーシャは生きてるんだろ!どっかに隠れて…あたしを、バカだって笑ってるんだろ…そうだろ!」

「トルデ…、すまん」

「謝るなよ…、冗談なら…許してやるから、だから…だから」

俺の背けられた顔を見て、トルデリーゼは全てを悟ったのだろう、彼女は頭は悪いがバカじゃない、聡い奴だ、だから分かってるはずだ…認められないだけで

すると、俺に縋り付く手は強く 強く握られ、胸ぐらへと移動し

「どこだ!どこにいやがる!!、リーシャを殺したヴィーラントは何処に行った!!、あたしが殺してやる!ぶっ殺してやる!言え!言えよ!フリードリヒ!!」

「…落ち着け、トルデ 言っておくが俺は…」

「落ち着いてられるか!あたし達の親友が殺されてんだぞ!、ぜってぇ許さねぇ 絶対に殺してやる!!!」

そう俺を突き飛ばし トルデリーゼはバランスを崩しながら一人で城へと向かおうとする、リーシャの…親友の仇を討つために、だがダメだ 今一人でトルデリーゼを向かわせても何にもならない

敵は強いんだ、負傷したトルデリーゼ一人じゃ殺される、そう止めようと手を伸ばす俺よりも早く トルデリーゼを止める声がする

「やめて!トルデ!!」

「…ジルビア?」

ジルビアだ、リーシャの幼馴染で 一番の親友、誰よりもリーシャを好いて リーシャの事を思っていた彼女がトルデリーゼを止めたのだ、誰よりもリーシャの死を嘆いているだろう彼女が

毅然として立ちながら 白コートをはためかせる

「今感情に任せて行動して 被害を増やせば勝利は遠のく、落ち着いて、トルデ」

「お前まで何言ってんだよ、ジルビア…お前、お前!リーシャが殺されてんだぞ!何落ち着き払ってんだ!」

「落ち着いては…ないよ、許されるなら 泣きながらこの場で蹲りたいくらい悲しいよ、許されるなら リーシャちゃんを殺した奴をこの手でぐちゃぐちゃにしたいよ、けど…けど」

するとジルビアはキッと目を鋭く輝かせ こちらを見る、その目は強い あまりに強い、俺やトルデなんかよりもずっと…

「フリードリヒ、リーシャちゃんは最期になんて?」

「え?あ…『後は頼む』って」

「そう、それがリーシャちゃんの望みなんだね…、なら やろう、この戦いを終わらて この国に平和をもたらす!、それがリーシャちゃんへの弔いになるなら 、怒りや悲しみは今は邪魔だ…!、私達は勝たなきゃいけない!絶対に!何が何でも!!だからトルデ…落ち着いて、落ち着いて確実に勝てるよう動こう」

「ジルビア…お前」

ジルビアの目に涙はない、確たる決意だけが目に輝いている、誰もがジルビアの心の強さにため息を漏らす

だがわかる、俺やトルデには分かる、ジルビアは今 誰よりも泣いている、毅然と立ったまま泣いている 涙を流さず泣いている、親友の死に直面し 彼女の心が泣いている、俺たちの友達がこんなにも泣いているのに 俺達が自分の勝手でジルビアの決意をが無駄にできるか?

出来るはずもない、俺たちは友達だから…永遠の親友なんだから

「…ッッ!!わかったよ!わかった!、ただし!絶対勝つぞ!アルカナをぶっ潰すことがリーシャへの手向けになるなら!、この弔い合戦!絶対勝つぞ!フリードリヒ!」

「ああ、当然だ」

そうだよ、俺たちはリーシャに後を任されたんだ、この任務の後始末を、なら俺たちがすべきはリーシャを殺したヴィーラントに固執することじゃない、今目の前で陣を敷く大いなるアルカナ達を倒すべきなんだ

だから、俺達が狙うのは…

「シンとタヴ…この二人を俺たちの手で倒し、アルカナを完全にこの世から消し去る」

「ええ、そうしよう…」

アルカナを倒す、当初の目的通り それをこなす事がリーシャへの手向けになる、だから俺たちが狙うのはアルカナの崩壊 タヴとシンの首…それだけなんだ

そう俺が言えばジルビアも満足したように軽く微笑む、しかし

「じゃあヴィーラントはどうするんだよ…、放っとくのか?言っとくがそれは許さねぇからな」

ヴィーラントの処遇についてはトルデは文句があるようだ、そりゃ その手でリーシャを殺したヴィーラントを許せない気持ちは俺も同じだ、だが

俺たちは軍人としてのリーシャの仇を討つ それの相手はアルカナ以外ない、だから

「軍人としてのリーシャの仇はアルカナだ、ヴィーラントはこの戦いにおいての脅威度は低いと判断している…、だからヴィーラントへの復讐はきっと個人的なものになるだろうな」

「つまり…どういう事だよ」

「ヴィーラントへの復讐は、軍人としてのリーシャへの弔いにはならない、だからヴィーラントをぶっ飛ばす権利があるとしたら、それは軍人じゃない リーシャと友人になった奴しか居ないんだ」

詰まる所、軍人ではないリーシャと友人になった人間…それは一人しかない、その権利を持つ人間は一人しかいないんだ

「まさか、エリスか?」

「そうだよ、エリスは軍人としてのリーシャではなく小説家としてのリーシャと友達になったんだ、あいつにだって復讐の理由はある」

エリスだ、エリスさんしかない、ヴィーラントを一人で倒しに行けるのは、帝国軍ではない 一個人しかいない、だから ヴィーラントはエリスさんがやる

「だ だけどよぉ、エリスはマルミドワズに帰ったんだろ?…、じゃあ ここにはいないじゃないか」

「来るさ、エリスさんは来るよ…絶対に、彼女はそんなに弱くはない、俺は信じてる、必ずこの戦いに戻ってくるってな」

きっと来る、だって エリスもまたリーシャの親友なんだ、彼女はきっと 親友のためなら心の傷も治して、ここに駆けつけてくるはずだ、だからそれを信じて俺たちはアルカナに集中する

「ヴィーラントはエリスに任せる…って事だな、まぁ アイツの気持ちを考えればそれでもいいか、あたし達はリーシャのやり残した仕事を済ませると思えば 納得もいくよ」

「だろ?、だが…攻めるにも中央進軍隊が到着しない限りは…、っと 噂をすれば、おいでなすった様だぜ?」

なんて話も程々に、中央進軍隊の一部隊が こちらに報告にやってくる、見れば城の目の前に 中央進軍隊がいつの間にやら布陣し始めてるではないか…、いや 偉い数が少ないな、中央進軍隊は百万はいたはず

なのに、あそこで構えてるのは…半数もいないぞ

「遅れてすまないね、まさか君達が先に来ているとは…」

すると 俺たちの軍団を真っ二つに割いて現れる高背のメガネの男が俺たちの無事を確認するように現れる…、ループレヒトだ、ループレヒト・ハルピュイア

「君達は無事だったようで何よりだ、こちらは色々と大損害を被ったよ」
 
「そっちも大変だったようですねループレヒトさん、…ところで ラインハルトは?」
 
「その件については共有しておこうか」

するとループレヒトさんは眼鏡をクイッと動かし その高い鼻にかけると中央進軍隊に起こったことを説明してくれる

やはりというかなんというかそちらにも襲撃があったようだ、それも 魔女を名乗る怪物 ニビルとかいう奴の襲撃だったらしい、敵には魔女の力を持つ奴がいる って話だったが、どうやらそれはマジらしい

なんせたった一人で百万の軍勢を相手に優位に戦ってみせたんだからな、あわや全滅かと思われたが ラインハルトが死力を尽くして押さえ込み、ニビルを撃退したようなのだ

代わりにラインハルトは戦線離脱、師団長も半数近くが負傷し戦線を離れたらしい…、その大損害を埋める為 今は代わりにループレヒトさんが軍団の指揮を執りここまで来たらしい

「魔女ニビルねぇ、とんでもねぇ切り札がいたもんだ…敵も強気になるわけだぜ」

ループレヒトが纏めた被害リストを見てうげぇとため息を吐く、本当に師団が半分近くやられてる、おまけに兵站を担当する部隊や 後方支援を旨とする師団まで被害を受けていて…うん?

何やらおかしな話に気がつき、フリードリヒが動きを止める間に、ループレヒトはいきなり 慌てたように身振り手振りでのべつ幕なし語り出す

「奴は本当に魔女と同格の力を持ち合わせていた…、はっきり言って真っ向から戦えば将軍とて危ういだろう、だがラインハルトが死力を尽くして戦い 奴の行動時間には制限があることも分かっている…、長期戦に持ち込めば可能性はあるはずだ」

「………………」

「故に私はニビルを師団長達で誘い出し、大型魔装で封殺し 奴の力を削ぐ策をすでに用意してある、ニビルを封じれば勝ったも同然、数ではこちらが優ってるのだからな」

「………………」

「諸君達左撃隊も右撃隊も私の中央進軍隊に合流してもらい 一丸となって…なんだ?」

「…………いや」

ループレヒトはあれこれと喋る、饒舌だ えらく饒舌だ、ここまで喋くるループレヒトを見るのは初めてだ

ただただ返事をせずにループレヒトの顔を見るフリードリヒの異様さに、ループレヒトは眉を顰めて なんだと睨む、いやぁ だって…おかしいじゃんよ

「何か言いたいことでもあるのかな?」

「まぁ、色々と…」

「なんだ、言いたまえ…今は一分一秒を争う一大事だ、くだらない話は後にしてもらいたいくらいにのだが?」

「じゃあ手取り早く聞くけどよ、あんたもあんたの師団も重量級魔装を扱う特殊部隊…つまり、誰よりも最前線で戦う奴らのはずだよな?、なんで兵站部隊や後方支援部隊が被害受けて あんたが無傷なんだよ」

「…………」

本当ならいの一番にやられてなきゃいけないのが敵の攻撃の防波堤になる重量級魔装部隊、巨大な盾やら巨大な鎧やらを動かし敵を各意止めるのが役目、それがループレヒトの部隊

なのに、なんでこいつが無傷なんだよ…

「それは私が臆病だったと言いたいのかな?」

「いや、別に 気になっただけだよ、ただ…気になっただけさ」

「なら気にしておきなさい、後からいくらでも文句を聞こう、ともかくフリードリヒ君 トルデリーゼ君達も、右撃隊 左撃隊を率いて私の指揮下に入りたまえ」

「ああ、あと それも断る」

「はぁ!?何故…!」

「何故ってそりゃ、当初 それぞれの軍の総指揮権を与えられたのはラインハルトとマグダレーナと俺の三人だった、だがラインハルトもマグダレーナもリタイアした以上 軍の総指揮を執る事ができるのは俺だけだ、あんたの名前はそこにはない…だろ?」

ラインハルトもマグダレーナもリタイアした以上、右も左も中央も 総指揮を執る権利があるのは俺だけだ、だがらよ ループレヒトさん、指揮下に入るのは俺じゃなくてあんたの方だぜ 

そんな言葉を受けるとループレヒトはみるみる不機嫌になり…

「普段職務を怠慢する君が総指揮を?、随分似合わないことを言うじゃないか」

「まぁな、けど俺 今回はマジでやるつもりなんで、ループレヒト先輩は俺のサポートお願いしますよ、それとも 不都合ですか、俺が指揮執ったら…」

「……君には実績がない」

「鎧に一つの傷もつけてねぇあんたよかマシだよ」

「…………」

ぶつかり合う二つの眼光、ここで譲ればループレヒトに軍の指揮権を渡すことになる、悪いが今回は譲れない、いつもだったりホイホイこんな重荷捨ててやるところだが、…そうは行かない理由があるんですわ

俺の目を見てループレヒトの頬に冷や汗が一つ垂れると、参ったと言わんばかりに両手を上げて

「分かったよ 君に任せよう」

「ありがとうございまーす!」

「では 君に号令は任せる、…私は中央進軍隊に戻る 君も来なさいループレヒト、総大将は中央にいた方がいい」

「あいあい、先行っててくたさいよループレヒトさん、俺こいつらに指示出してから行きますから」

「…わかった」

あからさまに不機嫌な気配を漂わせてループレヒトは背を向け中央へと戻っていく、これでよし…

「フリードリヒ…お前、随分かますじゃん、いつもならループレヒトさん相手にあそこまで張り合うなんて事しないくせに…」

「まぁな…ちょいと気になる事があったから」

「気になる事?」

トルデとジルビアが首をかしげる中、俺は懐に仕舞っていた一枚の紙を取り出す、俺が初っ端からループレヒトに食ってかかった理由はこいつにある

「なんだ?その紙」

「リーシャが残したメモだ、どういうわけか アイツは死ぬ間際『ループレヒトを疑い調べる事』とメモを残していた、この情報をどこから掴んで どういう理由で書いたのかは分からないが、リーシャが残した情報だ、信用するには足るだろ?」

リーシャが残したメモの内の一つを 拝借したものだ、感じ的に死ぬ間際に書いたものと思われるそれに、俺は言い知れない何かを感じて こうして胸留めるように持ってきていたんだ

「リーシャが…、ループレヒトさんを疑えって?」

「最初はなんのことかさっぱりだったが、アイツが顔を見せて疑いが確信に変わった、今回のループレヒトは何かおかしい、思ってみりゃ最初から将軍の同行に反対して自分だけでことを進めようとしたりな?、まるで…知られたくない何かがあるようだ」

「たしかに…、アイツ 母親のマグダレーナさんがこの場にいないことを気にもしてなかった、リタイアしたって聞いても…まるで無視だ、なんかおかしいよな」

「そうですね、…ループレヒトさんは腹に一つ 何かを抱えていて、それが今回の一件と何か関係があるのでしょう、リーシャが何を掴んでいたかは知りませんが、…ループレヒトを疑うには足る状況ですね」

その通りだ、ループレヒトが何を企んでいて 何をしようとしてるかは知らない、けれどやけに今回の一件の主導権を握ろうとするその様から 俺は咄嗟にループレヒトに指揮権を渡してはいけないと悟った、だから無理矢理にでも今回の一件の総指揮を守り抜いたのだ

案の定奴は俺に指揮権を取られて不機嫌だった、それは後輩が偉そうにしているからじゃない、奴がやりたい事がうまく行かなかったからだろうな

「はっきり言う、俺は今回の一件ループレヒトを信用しない、最悪アイツは単独行動すらするかもしれない、お前らもそのつもりでいろよ」

トルデ ジルビア フィリップ ゲーアハルトの四人に対してそう注意を促す、しかし。か

敵は強く、その上で味方にゃ信用ならない奴もいる、…最悪の状況だなぁおい、勝てんのか?これ

いや 勝つ!勝つぞ!、リーシャ!見てろよ!俺がしっかり仕事をするところをよ!

……………………………………………………………………

「敵は目の前に布陣しているようだ、シン タヴ殿…いよいよ決戦だね」

目の前に布陣する帝国兵を眺めながら パピルサグ城の玉座の間に立つは三人の男女、この城の玉座の背後には巨大な窓があり、帝国兵が布陣する景色がよく見える…戦場がよく見える

それを見てヴィーラントは満足そうに腰の剣に手を当てる…

「のようだな、敵は戦力が減っても膨大だな…」

「すみません タヴ様、私がミスをしたから…」

タヴは目の前に広がる敵の大軍勢を見て 目を細める、対するシンは自らほど不手際で右撃隊は少しも減らせなかった事を悔やみ 恭しく礼をする、現にシンが担当した右側だけ 戦力もなにもかも潤沢だ、今回の戦いで趨勢を握るのは確実に右側だろう

「いやいい、私も全滅させるつもりで臨んだが…、やはり帝国最強の師団長は伊達ではないな」

フッと笑うタヴの服はズタボロだ、シンも彼とは長い付き合いだが 彼が手傷を負うのを見たのは初めてだし、ましてや重傷を負って帰ってきたのも初めてだ

余程、マグダレーナは強かったのだろう、だが彼は今こうしてここに立っている、それはこのパピルサグ城と言う拠点がすぐ近くにあり、かつヴィーラントが部下の治癒術師を全て使いタヴを全霊で治療したからだろう

今のタヴは万全の状態だ、些かの疲労はあろうが それで動きが鈍ることはない、この戦いで全てを出し切ることは可能だろう

「さて、ヴィーラント殿…君に一つ願い立てたいのだが」

「おや?、なにかな 僕にできる事はなんでもしよう、君は僕に対して常に真摯だった、故に僕も真摯に答えたい」

ムッとするシンを差し置いてタヴはヴィーラントに向かい合う、タヴがこうしてヴィーラントに願い立てるのは初めてだ、タヴは常にヴィーラントを認め 彼の言うことを聞いてきた、その過程があるからこそ ヴィーラントも無視はしない

まさに、満を持しての言葉、それをタヴは決戦を前にして口にするのだ

「いや、貴君の軍勢を私に貸し与えて頂きたい、元を正せばこれは我らの戦い…ここまでの戦いにしたのは我らの責任、決着をつけるならこの手で行いたい…だが、情けないことに我らが同志たるアルカナはもう殆どいない、君だけが頼りなのだ ヴィーラント殿」

ヴィーラントが旗揚げした新生レヴェル・ヘルツをタヴの指揮下に入れろと言うのだ、せっかくヴィーラントが集めた軍勢を 再びアルカナの下という元鞘に収めろ、到底受け入れられるような話ではない

だが

「軍勢を…ふむ、分かった なら指揮は君に任せるよ」

ヴィーラントはあっけなくレヴェル・ヘルツを手放す、復活が目的だと宣ったレヴェル・ヘルツを手放したのだ、まるでもう要らないから君にあげるよと言わんばかりに、いや もしかしたら元々要らなかったのか?、分からないが ヴィーラントにとってもうレヴェル・ヘルツは用はないらしい

「有難い」

「いやいいさ、君には僕のお願いを聞かせてばかりだったから ここでくらい、僕も君に恩返しをしたい、それに僕はニビルとガオケレナの果実の制御という仕事がある、とても軍の指揮は出来ない、願ったり叶ったりさ」

ニビルとガオケレナの果実、ヴィーラントが持つ最悪の兵器にしてアルカナ側の最大戦力、事実ニビルは凄まじいまでの戦果を出している、恐らくあれはタヴでさえ敵わないだろう、いや そもそもニビルに勝てる存在が一体この世の中にどれだけいるだろうか

ただ一人、個人で魔女に対抗できる存在と 魔女を殺せる兵器、今ここに魔女を相手に出来る状況が揃っている…だが

「しかし、ヴィーラント殿?見たところ魔女はこの場にいないようだが、それでもガオケレナの果実を出すと?」

「ああ、魔女はこの場にきっと現れるからね」

「その根拠はどこにあるか聞いても?」

「……うーーん、内緒」

内緒ときたか、ガオケレナの果実はまだ量産体制が整っていない、そんな中 魔女が現れるかもわからないこの状況下で使って、空撃ちでもしようものなら 信じられないくらいの大損害となる

確実にカノープスに対して使いたい…、だが ヴィーラントは頑なにこの場で使おうとしている、それがシンにもタヴにも理解できなかった

「大丈夫、ニビルで敵軍を蹴散らせばカノープスだって出てこざるを得なくなる、或いは魔女レグルスがね?、ニビルと戦えるのは魔女だけだからね」

「それはそうだが、…いやいい、任せるよ ヴィーラント」

「頼むよタヴ…、後の事はね」

クククと笑いながら彼は玉座に座り込み、頬杖をついて目を瞑る…、後はもうヴィーラントがどう動こうが 誰も関与しない、彼は彼の目的のままに動く、きっと この時を彼は待っていたんだろう

帝国と魔女排斥組織がぶつかり合い、その脇で自分だけが自由に動ける瞬間を

タヴはそれを理解して、なお 自由にさせる、ヴィーラントは縛ることのできない 不可侵の存在だ、それに対してあれこれ思っても仕方がない

「でな、我等はこの戦いの指揮を執る兼を組織に伝えてくる、…もう万刻もしないうちに事は動くだろう、何かしたいことがあるなら 済ませておけ」

「ありがとう、でももういいよ、やりたい事はやり尽くした…もう十分だ」

ふふふ とまるで眠るように玉座で動かなくなるヴィーラントに背を向けて玉座の間から退室するシンとタヴは 漂う剣呑な空気を前に…

「あの、タヴ様?」

「なんだ、シン」

ふと、シンが身を寄せる…

「もしかしてタヴ様は この状況を作り出すためにヴィーラントの言葉に従い続けたのですか?」

問うのだ、この状況…アルカナは戦力を失いはしたが、戦う力は得た

結果としてヴィーラントを上手く利用して、帝国との決戦の場を…奴を引きずり出すことに成功したのだ、それは全て タヴがヴィーラントに従い、全てを任せたからだ

「…利用するつもりだった、といえば 聞こえは悪いか?シン」

「いえ、ヴィーラントは信用出来ない男です、そもそもあいつ…レヴェル・ヘルツを復活させると言いながらそれを手放し、テイルフリングを再興すると言いながら そんな素振りを見せる気配もない、奴が言う目的は全てまやかしです、何を考えているか 全くわからない…」

「そうか?、私はヴィーラントの考えていることが分かるぞ、奴が何を目的として動いているかをな」

「え!?それは本当ですか?タヴ様」

流石ですタヴ様 とシンが目を輝かせるが、きっとシンにはヴィーラントの考えていることが分からないのだろう、きっとここで彼の目的を話しても理解出来ないだろう、それほどまでにヴィーラントは壊れている

目的とさえ呼べるか怪しい奴の願望、きっとレヴェル・ヘルツ復活もテイルフリング再興も…その実嘘ではない、彼は心の底からそれを望んでいる

問題は それらを蘇らせた先で彼が何をしたいかだ、つまりある意味 彼の目的はもう半ば成功しているといってもいい、だからタヴが軍勢を寄越せと言っても 彼は大した執着も見せなかったんだ

タヴにはそれが理解できてきた、この戦いの最終局面でヴィーラントが何もかもを手放すことを、…それは彼と最初に会った時からずっと理解していた、何せ彼の目はずっと

ずっと…ずっと、何も見ていなかったから

「奴の目的はなんですか?タヴ様」

「言う必要はない、知る必要もな、それよりも我らは我らの革命を成すだけだ、舞台は用意された…後は 戦うだけだ」

ともあれ、紆余曲折を経たがここにシンとタヴの望む戦いの場が用意された、まさしく死地だ、だが同時に何よりも望んだ革命の場でもある

「…はい、そうですね、…ここには奴も来ているようですし」

「ああ、ここで奴を殺せば、我らの革命は成る…そしてその先にある魔女大国をも滅ぼせば、我らの言葉は世の歪みを砕き 真なる世界へと歩みを進めることになる」

人類は魔女に夢を見過ぎた、魔女は人類に夢を見せ過ぎた、その関係は明確な歪みを生んでいる、これ以上人類が魔女を夢見れば また、人類の魔女化計画が世界を覆うことになる

その計画の先にあるのは歪みだ、歪みの果てにあるのは滅亡だ、人類は魔女の力を手に入れるべきではない、魔女は誕生するべきではなかった

だから、それは間違いだと世を糾弾し 本来の形を取り戻す、それがアルカナの理念…大いなるアルカナという組織が抱いていた原初の目的

それを果たす時が来た、それだけだ

「さぁ行こうシン、我らの願いを果たすために、帝国と悪しき歴史を打ち崩す為に」

「はい、タヴ様…我が命と力は貴方の革命の為に」

歩みを進める、最後のアルカナとなった二人は戦場へ向かう、これがアルカナ 最後の戦いだ、ここで 全てに決着をつけようと魔女のなり損ない達は覚悟を決める


友の仇を討つ為闘志に燃えるフリードリヒ達

自らの信念を貫く為復讐に燃えるタヴ達

両者の思惑が力に変わり ぶつかり合う、…そんな二つの陣営の思惑とは別に動くヴィーラント、そして

…………………………………………………………

「エリス!エリス!もっとだ!もっと!引き出せ!」

「はい!師匠!んむむむむむむ!!!」

時の流れが違う別空間、皇帝の生み出した星宿無間界の内部にて修行に励むレグルスとエリスは互いに叫び合う

もう組手をしてかなりの時間が経った、組手による戦闘経験の向上と極限状態下での魔術行使により 着実にエリスの中に力が蓄えられている

だが、それだけでは足りない、エリスの中に確たる切り札を作る必要がある…、その為に識の力を魔術ではなく力として引き出すための修行を行なっているのだが

「ぷはぁー!ダメです!師匠!全然掴めません!」

「はぁ…ダメか」

組手を繰り返し、その都度 エリスは頭に手を当ててむりくり念じながら識を引き出そうと頑張るが、一向に成果が出ない、情けない話だが 成果はゼロだ

師匠と修行をしまくって エリスの状態は今完全に実戦時と変わらない状態にある、魔力覚醒を行い 万全の状態にしているのに、識は雲のように掴めない

「…後どれだけ時間がある?」

「エリス達がこの空間に入ってから 大体432時間が経過しました、日にちで計算すると18日目ですね」

「とすると期限の一ヶ月を半分切ってるのか、…まだ時間はあるが そろそろ何かとっかかりが欲しいな」

エリスの記憶力を用いた体内時計は正確だ、例え時間が歪んでも時計がなくても正確な時刻の計算は可能だ、それで計算したところ エリス達は既に18日間も修行を続けていることになる

が、しかし 成果がない、そもそも識を力として引き出す それをどうやればいいか知っているのはナヴァグラハしかいない、だがナヴァグラハはもう死んでいて 彼が残した書物はアインによって焼却されてしまった、知る手立てはない

だから手探りでやらないといけないんだが…はぁ

「やっぱり、ナヴァグラハの本…読んでおいた方が良かったのかな…」

「いいや、奴の知識に触れればお前の識も奴の色に染まりかねない、逆に都合がいいさ、お前がお前の方法で強くなれるならな」

「そうですかね…」

まぁそうだな、識は危険な力だと師匠は再三言ってきた、その識を危険な使い方をした男を参考にする必要はないか

「しかし、…エリス 本当に強くなったな」

「そうですかね、エリス 旅を続けて自分の無力さを痛感するばかりですよ」

師匠はいつも強くなったな 強くなったなと言ってくれるが、エリスは強くなれたとは思えない、いつもギリギリでいつも無力感を噛み締めてばかりだ、だからずっと修行を繰り返してるんだが、修行でも壁にぶつかってばかりだ

「そうか、だが…あの日の夜 雨の中私に助けを求めたあの頃から見れば、お前は十分立派になった」

「あはは…そりゃあの時から比べれば多少はマシになったかもしれませんけど…」

「きっと、あの家に戻ったら 自分の強さを実感できるさ」

「あの家、星惑の森のエリス達のお家ですよね」

エリスがあの家に住んでいた期間はあまりに短い、一年ちょっとだ、コルスコルピの屋敷に住んでた期間の方が長いまである

だがそれでもエリスにとってはあそこは家だ、エリスが生まれた場所だから、だからエリスは彼処に『帰る』と言えるのだ

「この戦いが終わったら、オライオンを通ってアジメクに帰り そしてこの旅は終わりだ、十年かかる予定だったが、この分じゃ大幅に遅れてしまうな」

「もう十三年ですからね、本当に長い旅でした…けど、とってもいい旅でした」

師匠は行った 次アジメクに帰るときは、世界の全てを経験して 一回り大きくなって戻ってくると、一回りどころか三回りくらい大きくなりましたね

アルクカース デルセクト コルスコルピ エトワール アガスティヤ…その全てがエリスの力になった、師匠の判断は正しかったんだ

だからこそ

「だからこそ、こんなところで負けるわけにはいきませんね」

「ああ、その通りだ…、この旅の集大成を ここで作り出すぞ?エリス!」

「はい!師匠!」

とは言ったものの、何もヒントはないんですかね…、うーん 考えろ考えろ、エリスは旅を経験して いくつもの修羅場をくぐってきた、今回も同じように潜るだけだ!

…エリスはどうやって修羅場をくぐり抜けた、その戦いの中に答えがあるはずだ、もう一度よく考えろ

「…さて、休憩は終わりだ 続きを始めるぞ、エリス…エリス?」

「………………」

師匠への返事も忘れてエリスは考える、エリスはいつも考えて修羅場をくぐってきた、そうだ いつも一発逆転のアイデアで勝ってきた、記憶を頼りにして戦って勝ってきた、記憶を頼りに

今回はその記憶が 今での旅 十三年間全てというだけだ、大丈夫…答えはある、答えは…

巡る 巡る、無数の星明かりのように輝く記憶を見て エリスは巡る、その思考は徐々に沈むように集中して…この感覚は記憶にある

そうだ…、昔同じようなことをした覚えがある、…あれ?そうだ

そもそも、あの力って 一体何処から来るものなんだ?、もしかしてこれって、うん ああ…そうか

「っは!」

「どうした、エリス」

目を開けば視界が明瞭になる、もしかしたら という答えを得て…

「師匠、すみません 付き合ってもらえますか?」

「別にいいが、…何か答えが出たか?」

「はい、…はい 出ました、エリスの切り札、とびっきりの奴が出来るかもしれません」

これで何が出来るかは分からない、けれど これを使いこなせれば、切り札になる…!

そんな確かな確信を得てエリスは拳を握る、一刻も早くこれを完成させなければ、時間はないのだから!
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