孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

229.孤独の魔女と後の事

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…………それから、エリスは何をしていただろう、何が出来ただろう

ただ、ただただ 悔しくて 悲しくて、泣いていた気がする、あの屋敷に閉じ込められてきた時と同じ無力感に全身を切り裂かれながら、エリスは泣いていたと思う

気を失う寸前まで泣き叫んだところで、誰かが来たんだ…師匠か メグさんかフリードリヒさんが、その誰かが状況を聞いたけど エリスは答えられなかった

茫然自失、最早何かを出来る状態になかった、そこから記憶は飛び飛びで…

気がついたら、リーシャさんがベッドに寝かされて…みんなが泣いてた、みんながエリスと同じように泣いていた

その涙で、やはりあれが現実であったことを悟る

リーシャさんが死んだ、死んでしまった、殺された ヴィーラントに、あ…ああ…

「…リーシャさんが、戦死ですか…」

「ああ、駆けつけた時には既に事切れていた、状況を知るだろうエリス殿も口が聞ける状態ではない…」

フィリップさんとゲーアハルトさんが神妙な面持ちで話してる、けれど 返事が出来ない、まるで人形になってしまったように、外で起こる全てに反応が出来ない

「くそっっっ!!!くそっ!くそっ!くそっ!!!、リーシャ!!…嘘だって言ってくれよ…おい、もうこんなことするなって…俺言ったじゃねぇか!、何…何死んでんだよ…お前、お前…!、ジルビア達になんて言えばいいんだよ…畜生!」

フリードリヒさんが、見たことないくらい号泣しながら 静かに眠るリーシャさんに縋り付く、エリスよりも長い付き合いで ずっと親友だった彼には辛いだろうな、なんて 何処か他人ごとみたいな感想しか出てこない

エリスはどうしてしまったんだ

「くそ…どいつがやりやがった…、ぶっ殺してやる…!形も残さねぇからな…!」

「落ち着いてくださいフリードリヒさん!、今ここで貴方が取り乱したら…」

「ッッ…、ぐ…ぐぐ…、ふぅー…あ…ああ、悪い… おい、ゲーアハルト 戦闘は終わったんだよな」

「はい、…事前に襲撃に備えていたこともあり、こちらの損耗は負傷者は多数ですが…死傷者は、一名のみです…」

「そうかい、指揮官としちゃ 喜ぶべき大勝利だな、なんて…」

刹那 フリードリヒさんは自分の言った言葉にキレて壁を殴りつける、死傷者は一名 たった一名、だがその一名が 彼にとっては大き過ぎる

「フィリップ!ゲーアハルト!、今から軍の再編と被害の正確な把握を行う!それをリカバリーし次第、可能ならこのまま進軍を始める」

「で でも、大丈夫何ですか…?」

「敵の襲撃が現にあったんだ、他も同じように襲撃くらってたと見る方が自然だ、他のところからの連絡が来ないのもそれで説明が出来る、もう元の形での進軍は出来ない、だからマルミドワズにで連絡を出して 増援を送ってもらいながら俺達だけでパピルサグ城を目指す」

「…冷静でいられるか?フリードリヒさん」

「ここで俺が激情に走るわけにはいかねぇ、俺はこの軍団の指揮官だからな…、悪いなリーシャ ちょっと待っててくれ」

フリードリヒさんはしゃんとしたまま フィリップさんとゲーアハルトさんを連れて部屋から出て行く、…後に残ったのは リーシャさんとエリスと

「…………エリス様」

「エリス…」

メグさんはエリスの腕を抱いて レグルス師匠は部屋の隅の椅子にてこちらを見ている、居た堪れぬと言った様子か、今のエリスの顔はそんなにも酷いか、掛ける言葉もない程に

誰か鏡を持ってきてくれ、体が動かないから誰かに持ってきてもらわないと…

「リーシャ様が殺され…その瞬間をエリス様は見てしまった、ということでしょうか」

「恐らくはな…、戦いに身を置く者故、殺されるというのは避けては通れぬ道だ、自分であれ他者であれな…、だが 些かこれは、酷だろうな」

「…エリス様は今 どうなっているのでしょうか」

「茫然自失、現実を直視できないあまりに我を見失っているのだ 、現実と意識を切り離し目で見ていることを他人事として捉える事で必死に心を守っている、なに…直に言葉も戻る…その時、事情を聞いて 慰めてやれ」

「何故そう言い切れるのですか…?」

「私が…これの経験者で、エリスがそんな私の弟子だからだ」

すると師匠は椅子から立ち上がり、静かにエリスの肩を抱く、その温もりは生者の温もりだ、死者にはない…あの時抱きしめていたリーシャさんには 今のリーシャさんには、無い物だ

「大丈夫だ、エリス…側にいてやる、納得がいくまで、リーシャの顔を見ていよう」

「……………………」

リーシャさんの顔を…納得行くまで?、…リーシャさんの死を受け入れられるまでってことですか?、エリスに出来るんでしょうか

だって、今もこうしてリーシャさんの顔を見ている程に、これが悪い夢な気がしてならないのです、これが悪夢だというのならもう十分魘された、だからそろそろ目が醒める筈だ

目が覚めたら何もかもが嘘になって、またリーシャさんがエリスの所にフラフラ寄ってきて、タバコ吸って、くだらない話して…それで、それで……

う…うぅ、ああ…ああ、負けだ もう負けたんだ、エリスはアルカナに負けた、完敗したんだよ

この感覚はいつぞや味わったことがある、アジメクでナタリアさんが殺されかけた時に感じたものと同じだ、あの時はギリギリデティが助けてくれたけど、今回はデティはいない だから今度こそ失われてしまった

どれだけ敵を倒しても、どれだけ完膚なきまでに敵を打ち倒しても、大切なものが失われたら負けなんだ、エリスの負けなんだ…

「エリス様」

「…………ぁー…」

ようやく、遅れて涙が出てくる、痛感するように涙は滴り、その冷たさこれが紛れもない現実であると知らしめる、エリスは…エリスはリーシャさんを 守れなかった

「くっ…うぅ…ししょう…」

「エリス…」

守れなかったんだ、じゃあどうやれば間に合った、先にリーシャさんのところに向かうべきだったのか、それとも一人で行かせるべきではなかったのか、ここに留まらず昨日の時点で進軍すべきだったのか

そもそも、彼女をエリスについて来させるべきでは…なかったのか、彼女の正体を暴くべきではなかったのか…!

エリスが関わらなければ、彼女はここで死ぬことはなかったのか…

「エリスが…居なかったら」

フラフラと師匠とメグさんの手から離れてリーシャさんの横になるベッドに手をつく、エリスがいなければ死ななかったんじゃないか 、そんな疑問がふつふつ湧いてきて悲しくなる、悲しくて悲しくてたまらなくなる…

「エリス、それは違うぞ」

「師匠…でも、エリスと交わったせいでリーシャさんの運命が変わったことは間違いないんです…、エリスがリーシャさんに関わらなければ…」

「お前がリーシャに関わらなければ、リーシャはお前と 友達になることはなかった、お前はリーシャと友達になったことを後悔するのか?…それは違う筈だ」

「でも…」

「リーシャは自分で選んで自分で戦った、その生はリーシャの為にある…どんな生き方も、お前のものではなく、リーシャのものだ…」

だからって、後悔が消えることはない、リーシャさんと友達になれたのは嬉しいですけど…、それでも…それでもだよ、その分失えば悲しいんだ

「…………」

「納得は出来んか、…だがいい 今はただただ泣くのも、弔いの一つだ…エリス」

「ししょう…」

泣いたらなにかが変わるのか、泣いてどうにかなることなのか、そんなもの決まってる、どうにもならない、泣くとは受け入れられない現実に対する悪態に過ぎない、それで何かが変わることはない

でも…今は泣かせてください…、だって こんなにも悲しいんですから

リーシャさん…

「っ…っっうう……」

肩を揺らしポタポタと涙を垂らし、ただただ悲しみに暮れて、夜が明ける

エリスとリーシャさんを置き去りにして…

………………………………………………………………

「やってくれたな!ヴィーラント!」

「何のことかな、シン…」

エリス達のいるテイルフリング村から少し離れた地点に存在する旧パピルサグ城…、その内部にて シンは机を叩きながら激怒する

やってくれたな、ああ やってくれたんだよヴィーラントは、よりにもよってな選択をした!

「何故あの場にいた…何故リーシャを、よりにもよってエリスの目の前で殺した!」

「二つも同時に聞かないでくれよ、だけどそうだな」

ふむ とヴィーラントは机越しに考える素振りを見せると…

「君が過剰にエリスを恐れているようだったから、もしかしたら エリスを恐れるあまり手を出さないのではないかと考えてね、様子を見に行ったのさ…案の定、君は役目を果たさず 敵を見逃し与えた組織を全て失った、怒っているのは僕も同じだ」

「……っ…」

確かに、私はエリスと魔女を恐れ過ぎた…だが、私にとってエリスはもはや帝国軍以上に無視できない、奴は必ずここに来る そんな確信があるのだ、奴はそうやって全てのアルカナを倒してきたんだから

「だが、何故あの女を エリスの目の前で殺した」

「殺そうとしていたのは君も同じだろう」

「だが…お前は与えてしまったんだ、エリスに 復讐という絶好の薪木を」

復讐の炎は何よりも強い、それは私もよく理解している、目の前で友を殺されたエリスにその炎が宿る事も考えなかったのか

だから私は安易に殺すことなく利用する道を撰んだのだ、エリスでさえも利用する道を…なのにこいつは…

炎を得た人間は絶対に止まらない、もうエリスは我々を撃滅するまで止まらない、奴はヴィーラントを殺しにここに来る、邪魔する人間は全員殺して ここに来る、例えどれだけ実力に差があろうと絶対に成し遂げる、それは魔女排斥組織の人間ならば誰もが分かっていることのはずだ

だが、ヴィーラントはそれをわかってか…、無表情の仮面を脱ぎ去り ニヤニヤと笑い

「いいじゃないか、殺しに来るというのなら 僕にとっては好都合だ…、魔女の弟子エリス 彼女がここに来るならね…」

その笑みは何よりも 誰よりも狂気を孕んでいる、狂うとか狂ってるとかじゃない、こいつ自身から狂気が滲み出ている、人としての感性が壊れているとさえ感じる

人を殺したから狂ってるんじゃない、自分が殺されることさえ構わないと言えることこそが狂っているのだ、生命体として 矛盾している

「お前…、何が目的なんだ」

事 この場に及んで、もはやシンはヴィーラントの目的が魔女を殺すことではない事に気がついていた

こいつの目的は帝国を倒すことでも、レヴェル・ヘルツを復活させることでも、テイルフリング王国を復活させることでもない、こいつはそれをが目的と呼び 私達の目を巧みにずらしているんだ

その胸に抱える、真の目的から…、狂気を滲ませ 笑いながら、こいつはどこへ向かおうとしているんだ

「言ったろう、帝国を倒し レヴェル・ヘルツとテイルフリング王国を復活させることだと…」

「違う、お前にとってそれは通過点に過ぎない筈だ、お前をそれ口にはすれど…求めているようには見えない」

「…分かるかい?、やはり君は僕が見込んだ通りの人間だね、だから 言っておくよ」

すると、ヴィーラントは再び無の仮面を被り、感情も表情も何もかも消し去りながらこちらを見て

「目的を成し遂げる為なら、僕は他者を余すことなく 殺して進むつもりだ、それが魔女であれ 魔女の弟子であれ その友であれ なんであれね」

「…………」

「魔女の弟子を恐れるあまり手を出せず、その友を殺してしまったと恐怖する…君らしくないんじゃないのかな?、君もかつては いや本来は僕と同じ心持ちだった筈だ」

「……それは」

その通りではある、癪だが…、私は確かにあの日 どんな奴だって殺して、どんな事をしたって、復讐を遂げてみせると決意していた、それが エリスという障害を得て、何処か臆病になっていたのか

あの女を殺せなかったのも、私の恐れ故か…、だが その事でこいつに感謝することはない、どの道こいつが余計なことをしたのには変わりは無いからな

「シン…、もうすぐ決戦だよ、もう恐れは捨てるんだ…もう君の目的は目の前まで来ている、そうだろう?」

「…そうだな」

もう逃げ場はないか、エリスは復讐に燃えて現れる、それはもう避けられない…だが、いいじゃないか

復讐に燃えた奴と復讐に燃えている私、決着をつけるには丁度いい…そこでエリスを殺し、真に我らは勝利する…

「ニビルも戦果を挙げてくれた、タヴも左撃隊に大打撃を与えてくれた、唯一ほぼ被害のない右撃隊が心残りだが、大丈夫 我らは負けないよ、右撃隊には魔女もいるみたいだが…それもまた丁度いい」

クククと笑いながらヴィーラントは部下達を鼓舞するために 彼らの集まるエントランスへ向かおうとして

「…そういえばルッツはどうした、奴はエリスと戦っていだ筈だが」

「ああ、彼は死んだ、僕が確認したよ」

エリスが殺した?、別にエリスは非殺を掲げているわけじゃない、だが…奴は人を殺したことがない

それは 単なる偶然かもしれない、殺す機会がなかっただけかもしれない、だが人を殺したことがない奴が ここであっさり人を殺すか?、考え難い

人を殺すとは、思うよりも覚悟がいるものだ…、それを殺人処女のアイツが、疑問が残る…

「…何かな?」

「いいや、何も…」

「そうかい?、そっか…ならいいよ、おや」

すると 部屋から出て行こうとするヴィーラントとは反対に部屋の扉をゆっくり開ける奴がいる

開ける とは言ったが、そんな上品なものではない、ドアノブを引きちぎり シールでも剥がすように扉をベリベリと指だけで外しこじ開けたのだ、とても人間技とは思えぬ摩訶不思議な入室法

それを成したのは女だ、長い…身の丈よりもなお長い髪をダラダラと垂らしズルズルと引きずる女、人の形をしているが 同じ人間ではない、あれは

「ニビル…」

思わず口を割ると、目の前の人型がギョロリと瞳孔を動かし、こちらを見る

あれは無垢の魔女 ニビル、人工で作られた人造人間にして魔女の力を与えられた史上無二の特殊生命体、対魔女専用人型魔装 とでもいうべき存在、それが 四つん這いになってペタペタ歩きながら部屋へと入ってくる

「ニビル、どうしたんだい」

「ぁー…ぅー…」

「何言ってるかさっぱりだな、徘徊するんなら培養液の中に戻れ、君はの摂取が出来ないだろう そのままでいると餓死するよ」

「ぅー…」

「言語を理解する機能もまだないか、仕方ない 連れて行くか…」

そう言いながらヴィーラントが無理矢理ニビルの手を掴もうとした瞬間

「ま 待て!」

「ん?…」

止めてしまう、声を上げて 連れて行くのをやめろと…、反射的咄嗟に…何をしているんだ私は

「待て、その子は私が連れて行く…、お前は 部下の鼓舞に向かえ」

「ん?んー?」

私がニビルを連れて行くと言えばヴィーラントは怪しむようにジロジロとこちらを見る、すると

「『その子』ではない、これは『これ』だ、その呼び方じゃまるでこれが人みたいだろう、これは人の形をしてるが人じゃない、生命体でもない、理性も知性も持ち合わせない 人型兵器だよ」

「だ…だが」

ニビルが可哀想だと 同情の心があるわけじゃない、ただ それでも見てられなかった、ニビルが道具のように扱われるのを、黙って見てられなかった…だってあの子は、私と…

「ああー!、なるほど そう言えばニビルと君は同じ境遇だったね、差し詰め妹でも見ている気分かな?」

「…………」

「なぁ、どうだい?どんな気分だい?『魔女化計画実験体 オーランチアカ』君?」

小さな破裂音と共に電撃が空を舞う、怒りの稲妻が迸り 部屋の壁を焼く、…ビリビリと電撃が床を焼き 怒りを…その言葉を口にした愚か者へと向ける

「その言葉を…口にするな、ヴィーラント!」

「おや、怒らせてしまったようだ、失言失言」

失言も失言、ド失言だ馬鹿野郎が!…

その言葉は誰も口にしちゃいけないんだ、もう 存在してはいけない計画なんだ、魔女化計画なんて 悪魔の実験は…

「帝国が行った悪魔の実験、魔女を人の手で作り出す…か、帝国もえげつない事するよねぇ」

…かつて、帝国で極秘で行われた人体実験、皇帝にさえ耳を通さず 一人の男の主導によって行われた最悪の試みそれこそ…魔女化計画、人工で魔女を作り出し、全ての人間を魔女と同じレベルへと引き上げるという狂気の沙汰

孤児を引き取り、その全ての命を消耗品のように使い、魔女になる条件をひたすら模索するそれは、その研究資料一枚に何十人もの死が記載されている、まだ年端もいかない子供達が 惨たらしく使われて行くんだ

そんな実験の最中、偶発的になんらかの条件を満たし 圧倒的な魔力を与えることに成功した二人の子供がいた、漸く芽吹いた研究成果は 常人では考えられない量の魂を搭載することに成功したんだ

このままこの二人で実験を続ければ 史上二度目の魔女生誕を人の手で作ることができる、生命の魔女ガオケレナ以来の大成果だと彼らは喜んだが…

そいつら全員ぶっ殺して、研究所を破壊して 二人は逃げたんだ…、逃げ出した人工魔女のなり損ない二人は、帝国とそれを主導した男に復讐心を燃やし 闇へと消えた

内密に送り込まれる帝国兵を蹴散らしながら二人は成長し、新たな名を得た

それが…、『審判のシン』と『宇宙のタヴ』だ、逃げ出した実験体の新たな名前がそれだ

まさか、自分達以外の人工魔女がこうして目の前に現れるとは思っても見なかった、まさか別の場所 別の人間が人工魔女を完成させているとは思っても見なかった

だが、どうしてもニビルを別の存在として見れない、この子もまた…あの地獄の中で生まれたと思うと、本人が何も感じていなかったとしても、同一視してしまうんだ

「お前には関係ないだろ…、というかどこで知ったんだ、私達の過去なんか」

「帝国の魔女実験を糾弾する人間さ、でも ニビルは君達と違って、完全に一から作り出された存在だよ?、魔力で肉体を形作り 人工で魂を与え、魔女になるように造られた人造生命体、君達とは違う」

「だとしてもだ、私が連れて行く…ニビル、立て 四つん這いで歩くな」

「ぅー…」

「立てるだろお前、ほら 立て」

ヴィーラントの手からニビルを奪い、その手を取って立たせると共に一緒に歩く…、この子は生まれるべきではなかったんだろう、その手を握りながら私は感じる

理を捻じ曲げ、人を無理矢理魔女の座に辿り着かせるなんて間違ってる、生命を作り出しそれを魔女にするのも間違っている、私は思う

魔女化計画は存在するべきではない、だから その成果足り得る私たちも存在してはいけない、私達がいる限り 成功体験がある限り、あの男は同じことを繰り返し 別の人間が魔女化に夢を見る

だから…、全ての戦いが終わった後 私達は魔女化実験の成功体を全て殺すつもりだ、私もタヴ様も ニビルも…そして、奴も

だから私たちは止まるわけにはいかない、魔女化実験を完全に潰えさせるために、帝国を潰し 奴らに夢を見せた魔女を殺し、あの男を…殺す

「エリス…」

そして、私達同様 魔女になり得る存在もまた 殺さなくてはいけないんだ…、絶対に 絶対に

……………………………………………………………

「………………」

太陽が出ていた、見事なまでに太陽が出ていた、草木は光を祝福として受け取り、陽光を讃えるように風に揺れる、暖か中森の中 エリスは一人で木に寄りかかって森を見ていた

森そのものを見てるわけじゃない、だけど 夜が明けて、昨日の戦いの騒ぎが収まって 世界がいつものように時を刻み始めて、エリスは気がついたらここにいた

もう二時間くらいか、動かないでじっと、ここでこうして見ていると あの人の影が見える気がするから

「リーシャさん」

死んでしまった彼女はここにはいない、今も目を閉じ 息をせず…動いていない、死んだのだから当たり前だ

「………………」

ジッと見るのは、昨日リーシャさんが戦っていた場所…、死んでしまった場所、その一角、奇跡的に残った 切り株だ

「…急にいなくなったらびっくりするじゃないですか」

『ごめんごめん』

へへへと謝ってるんだか謝ってないんだか分かんないような笑みで彼女の幻影は笑う、木影の中で揺れる彼女の幻はあまりに悲しくエリスの瞼に焼き付いている、エリスの記憶は永遠に彼女の姿を忘れることがない

それと同時に、あの場で冷たくなって行くリーシャさんの悲しき声も姿も忘れることはない

「ッ………」

一夜明けても、とても受け入れられるものではない、友達が死んでしまったんだ、多分一生かかってもエリスは乗り越えられそうにない

初めてのことだ、友達が死ぬ…なんて経験は、どこかで誰も死なないと思っていた自分がいる、自分の身近な人間は何故か死なないと思って来た自分が憎い

死ぬんだ、人は 

あまりにあっけなく人は死ぬ、みんな戦っているから その戦いの最中で死ぬこともある、エリスの周りの人間は幸運だっただけなんだ…

「………うう」

涙が溢れる、自分に出来た事はなんなのか 自分に何が足りなかったのか、ずっと ずっと考えているのに答えが出ない、エリスは…エリスは

「よう、エリスちゃん」

「フリードリヒさん…」

すると、エリスの横にフリードリヒさんが現れる、芝生を踏みしめ タバコを吹きながら、ゆっくりと歩き エリスの隣に座る

彼もエリスと同じ…いやそれ以上に悲しいだろうに、彼は仕事をして 軍をまとめて、事を先に進めた、エリスみたいに嘆き続けず 涙を堪えて先に進んだ、なんて強いんだろうか…

「ここ、リーシャが小説書いてたところだよな」

「はい、…そして…」

「ああ、死んだ場所だ…、なぁ リーシャがいた場所にはシンとヴィーラントが居たんだよな」

「はい…」

あれからエリスは事の顛末を全てみんなに話した、あの場にはどういうわけかシンとヴィーラントがいた、景色を見るにリーシャさんはここでシンと戦っていたんだ、圧倒的と言われるシンと一対一で

多分、リーシャさんがここで戦っていてくれたから シンは奇襲に参加出来なかった、だから この軍団はほぼ被害を出す事なく奇襲を乗り切れた、全てリーシャさんの奮戦のおかげだ

「そんで、ヴィーラントが リーシャを?」

「はい、いきなり現れて…、全く気配もしませんでした、本当に唐突にその場に現れて…リーシャさんを」

「そうか…、リーシャは最期になんて?」

「…『後はお願い』と」

彼女はそれだけを言い残し事切れた、後は頼むと エリス達に託して…、自らの終わりを悟りながらも 笑って…

「後はか、全く 気楽な奴だよ、後のことは全部押し付けて…、昔からずっと 気楽で気ままで、そのくせ自分が傷つく事は厭わないくらい職務に忠実、なのに 友達が傷つく事は絶対に許容できない奴だ…、アイツはずっと そうだった」

天を仰ぐフリードリヒさんの加えるタバコが灰を落とす、リーシャさんは気楽で気ままで、自由に生きて やりたい事をやって…その末に死んだ、それが良いか悪いかはわからない、けど死んだら終わりなんだ 死んじゃったら…

「エリスさんよ」

「なんですか…」

「俺はリーシャの言葉に従って、後の事全部に決着をつけるつもりだ、それがリーシャの軍人としての言葉だと俺は信じているから、だから今日 進軍し、アルカナをぶっ潰すつもりだ」

「そうですか…」

「エリスさんは…、悪いが マルミドワズに戻ってリーシャを落ち着いて寝られる場所に送ってやってくれ」

「……………………」

エリスはアルカナと戦うために努力してきた、無理言ってついてきて そして今こうして沈んでいる、フリードリヒさんの判断は正しいだろう、今のエリスがついていっても足手まといにしかならない

だから、リーシャさんをマルミドワズに送り…そして戦いはフリードリヒさん達だけで済ませると

「大丈夫なのですか?」

「大丈夫、後はなんとかするさ…、なんとかな、だからエリスさんはメグとレグルス様と一緒に、今からマルミドワズに戻るんだ」

「…………はい」

断れなかった、今は アルカナに対する殺意も怒りも燃やせない、空っぽだ…

だから、頷くことしか出来なかった、連れて行ってくれとは言えなかった、ただ今は時間と状況に流されるばかりで、フリードリヒさんの言うことを聞いて…エリスは失意のうちにマルミドワズに戻ることになってしまった

……いいのかな、それで…分からないよ、今は頭が上手く動かないんだ

………………………………………………………………………


そしてエリスはフリードリヒさんに送ってもらい、ログハウスにて 師匠達と合流した、もう師匠達も話を理解しているようで、何も聞かず ただ棺桶に入ったリーシャさんの運び出しを共にしてくれた

「すみません、師匠 メグさん」
 
「いえ、構いません、私はエリス様に従うのが役目ですから…、それにその…今はエリス様の方が心配ですし」

「今は立ち止まる時間だ、思い悩むな エリス」  

「ありがとうございます、…フリードリヒさんも」

棺桶を外に運び出し、エリスは既に進軍の準備を整え 後は号令をかけるだけ、となったフリードリヒさん達に声をかければ

「いいさ、リーシャを頼むぜ、エリスさん」

「はい…」

「ねぇ、エリス…変な気を起こさないでね、君にまで何かあったら僕…辛いよ」

「大丈夫ですよ、フィリップさん…ありがとうございます」

「ここからは我ら帝国軍の仕事です、後の事はお任せを」

「後の…事」

ゲーアハルトの口にした後の事はお任せをという言葉が、突き刺さる…エリスは リーシャさんに後の事を頼まれた、その事に対して…返事 出来なかったな…

「じゃあ、また後で会おうぜ!エリスさん!」

「はい…」

その言葉を最後に軍団を引き連れ パピルサグ城へと アルカナのいる城へと向かっていく軍を見送るように、エリスは手をおずおずと上げていた

何…見送ってんだエリスは…、何やってんだ…エリスは…

「さて、では我らも向かいましょうか、エリス様」

「………………」

「…んー、『時界門』」

バッ!とメグさんが手を虚空にかざし マルミドワズへの入り口を作り出す、まずはリーシャさんを帝国の霊安室に運んであげなくてはいけない、葬儀とか お葬式とかは…アルカナを倒してからになるそうだ

「よいしょ…」

時開門で棺桶を運び込んだ先は 帝国地下霊安室、遺体をここで一旦預かり 葬儀に備えるそうだ…

「では、私はここの管理人にお話しして 霊安室を使わせてもらうようお話ししてきますね」

「はい…」

エリスの中身のない返事に軽くお辞儀をしたメグさんは、そのまま霊安室の管理人に元へ向かい……

……ああ、エリス マルミドワズに戻ってきてしまったのか、ふと そんな事実が遅れて降りかかる

周りを見れば暗く暗く薄暗い、石の壁が周りを囲んでいる、ここでリーシャさんを寝かせるのか?、寒くないか…ここじゃあ、もっと明るくないと、彼女もきっと寂しい…、これじゃ字も書けないよ、ねぇ…リーシャさん、ねぇ?

「おい、エリス」

「師匠?」

「寂しく思うのはいい、だが現実逃避はするな」

「……はい」

師匠は 厳しいな、辛い現実からも逃がしてくれないなんて…、まぁそりゃ師匠も似た経験を何回もしてきたんだ、そりゃあそうだよね…現実から逃げても何も変わらないことくらい、わかってるよね

だからエリスにも教えてくれてるんだ、変わらない事をするよりも変える為に足掻く事を、…そう理解して エリスは棺桶を開けて、リーシャさんの顔を見る

冷たい石畳に跪いて…、その顔を見る、もう あの時の、生きていた時の活力は感じない、軍団の人が綺麗にしてくれたから…汚くはないが、このままじゃいつか 腐ってしまうのか…辛いな

「…………」

悔やむ やはりあの時の光景が目を焼き付いて離れない、もっと早く到着してたら何か違ったかとか エリスがもっと強ければとか、ヴィーラントに向かわず 一目散にリーシャさんを抱えて軍団に向かってればとか

もしもが頭を過るんだ、だってナタリアさんは助かったのに…リーシャさんは助からないなんて…みんな助かれば

「ぁ……」

そこで、思い出す…ナタリアさんが助かったのはなんでだ、それはデティが不完全な死者蘇生魔術を使ったからだ、なんでデティがあんなもの使えたのか未だに分からないし、デティ曰くまだ不完全だから 完全に死んでいては蘇らせることは出来ないらしいけど…

もし、完全なる死者蘇生魔術があったら…

「師匠!」

「な どうした」

「師匠…、死者蘇生魔術を…完全な死者蘇生魔術を教えてください」

「何を…」

そうだ、そうだよ 手はある、死者を蘇生する魔術はある、デティが使っていた以上あるんだ…、たしかに死者蘇生魔術は事実上不可能と言われているが、だが存在しないとは言われていない

魔術は如何なる事象も可能にする、だったら 死者蘇生も…出来るんじゃないのか!?

「師匠…師匠!」

「…無理だ、死者蘇生魔術は存在しない、そんなもの 使えない」

「でも…でも!、魔術に不可能はない、想えばどんなことでも実現する!そう教えてくれたのは師匠じゃないですか!、エリスはリーシャさんに死んでほしくないんです!だから教えてください!お願いします!」

立ち上がり師匠に縋り付く、頼むから教えて欲しいと願い込む、不可能とは言われているが…きっと魔女である師匠なら何か知ってるかもしれない、だったら 何年かかっても取得してリーシャさんを生き返らせたい

このまま、こんな冷たいところに置いて行くなんてエリスには出来ないんですよ!!

「エリス!、落ち着け…!リーシャは死んだのだ、それが戻ることは決してない、その現実を覆すことは魔女にも出来ないし、してはいけないんだ、だから そんな事を望まないでくれ…」

「じゃあ師匠は!、リーシャさんが死んだままでもいいんですか!?、死んだんですよ!もう何も出来ないんです!、友達と話すことも好きだった小説を書くことも!、帰ると言っていた故郷に帰ることも出来ないんです!、それを…受け入れるんですか!」

いつしか縋り付く手は掴みかかる強い拳に変わり、師匠の体を引き寄せ 叫ぶ、受け入れられない エリスは受け入れられない、リーシャさんが死んだことも リーシャさんが死んだ事を受け入れる人も!、だから だからいいじゃないか、生き返らせたって…

「そうは言ってない、だが…」

「聞きたくありません!、なんで生き返らせるのがダメなんですか!、誰も死なないならそれでいいじゃないですか!、なんで…なんで死んだのを受けれられるんですか!、師匠は!…リーシャさんがこのまま死んで腐って形を失ってもいいって言うんですか!、ねぇ!師匠!ししょ…」

乾いた音が響く、頬に鋭い痛みが走る、懐かしくも鮮やかな感触、叩かれたんだエリスは師匠に頬を…、修行以外でここまでキツく叩かれたのは初めてだ…、父と同じように…強く 叩いたのだ

「エリス、落ち着け」

「…なんで……」

「…よく聞け、死者を蘇る事は あってはならない、例えこの先人類が如何なる力を手に入れたとしても 死者を連れ戻す事は絶対にしてはいけないのだ、それは可能か不可能かと言う話ではない、この世を生きる人間として 絶対に侵してはならない領域だからだ」

「でも…でも……」

「決して成し得ないと言われる三つの魔術…『死者蘇生』『時間遡行』『世界崩壊』、これは理論上でのみ可能と言われる実現不可能の魔術である事は知っているな」

「……はい」

「だが、かつてこれにもう一つの不可能と言われる法があった、それが…『不老不死』だ、魔術が生まれるよりも前から言われ続けて 魔術が生まれても不可能と言われた四つの業がそれだ」

「不老不死…」

師匠に叩かれ 静まり返る心に師匠の言葉が染み渡る、かつては三つの不可能と言われる業に、不老不死も入っていた、…でも

「だが、四つのうちの一つを 我々は実現してしまった、そういう意味では 死者蘇生も或いは実現できるのかもしれない」

「じゃあ…!」

「だが!、結果はどうだ…、一人の人間が永劫に生き続ける、それによって世界がどれだけ歪んだ どれだけ崩れた、たった八人が不老不死になっただけで、本来訪れるはずだった歴史からどれだけ遠のき どれだけ世界がめちゃくちゃになった…、それを実現した張本人だから言わせてもらう、死者蘇生や不老不死は叶わない奇跡ではない、叶えてはいけない奇跡なんだ…、それによって世界と人を 大幅に崩してしまう 人類史上最大の禁忌なのだ」

師匠は語る、人は時を遡ってはいけない 人は世界の概念を崩してはいけない 人は生き返ってはいけない 人は永遠に生きてはいけないと、不可能なのではない 実現してはいけないのだ、可能だと 知らしめてはいけないのだ

それによって世界は崩れる、大きくズレて 結果として混沌を生むと、不老になった師匠自身の口から語られるそれは、あまりに重かった…

「例えばお前がリーシャを生き返らせたとして、お前はリーシャに人類で初めて生き返った人間という名を背負わせるのか、一度死を経由した時点でもう元のリーシャは失われている、その上でさらにお前は責め苦を味合わせたいのか?、違うだろう」

「…………」

「お前がリーシャにしてやれる事は、もっと別の事のはずだ…」

「…そうですね、すみません…」

エリスはどうかしていたのか、ここでリーシャさんを生き返らせて 全てが元どおりになると思ったのか

死者は生き返らないから死者なのだ、戻らないから死なのだ、決して許容出来ない別れだから死なんだ…、それを汚すことも変えることも出来ないし、あってはならない

どれだけ寂しくても、もう取り戻す事は出来ないんだ、それをことさら理解してエリスの体はぐったりと力が抜ける

じゃあ、どうしよもないじゃん、もう…

「…すまんな、厳しく言いすぎた」

「いえ、すみませんでした…、ちょっと落ち着くので一人にしてもらえますか?」  

「だが…」

「お願いします、大丈夫ですよ 変な事はしないですから」

「…分かった、なら私はカノープスに用があるから、少し…言ってやりたいことが出来た」

そういうと師匠は二、三度振り返りエリスを見ながら霊安室から出て行く…、後に残ったのはエリスとリーシャさんだけ、それだけが 暗闇の中で静寂を生む

「……リーシャさん」

名前を呼んでも答えない、リーシャさんは答えない、もう死んでしまったから…

どうすればいい どうすればよかった 、そんな考えが交互に顔を出す、どうしようもないし どうしようもなかったのに、ただただ後悔が時計の針を進めていく

この手で何が出来るんだ 何が出来たんだ、…もう何もわからない

「………どうしたら、いいんですかね、リーシャさん…知ってますか」

知るわけないと彼女なら答えるだろうか…、嗚呼 もう起き上がる力も無いですよ、エリスには、ここに 永遠に居てしまいそうです、或いは ここで寄り添い続けるのも 一つの手か…

そう、静かに無意味な思考を巡らせていると、ふと 隣に気配を感じる、が 目を向ける余裕はない

「…エリス様」

どうやらメグさんのようだ、管理人にお話しをつけて リーシャさんが安まる場所を確保して 時界門でここまで飛んできてくれたようだ

彼女には迷惑ばかりかける、エリスの勝手で彼女も振り回してしまった…、今も振り回している、本当に 申し訳ないな、エリスなんかの為に…

すると、メグさんは布を擦らせるゆっくりとしゃがむと、棺桶に縋り付くエリスにそっと抱きつく

「メグさん?」

「エリス様…私は、陛下の為に どんなことでもしますし、どんなことでも出来るように訓練してまいりました、なんだって出来るつもりです、ですけど…」

エリスに抱きつき エリスに埋める顔に熱が滲む、これは…涙か?、メグさんが泣いている…

「分からないんです、悲しむ貴方に何をしたらいいのか なんと言ってたらいいのか、こんなにもなんとかしたいと思っているのに…私は、貴方にかける言葉がない」

「メグさん…」

「貴方に悲しい顔をしてほしくない…、貴方を悲しませる心の空虚を埋めたい…、お願いします、お願いします…貴方の心の空虚を私で埋めてください」

メグさんは頼み込む、どうしたらいいか分からず 心の空虚を私で埋めてくれと…なんで

「なんで、そこまでしてくれるんですか…?」

「言ったじゃないですか、私にとって貴方は希望の光だと、どこまでも自由に羽撃く美しき羽…ジズに囚われた私が求めて止まなかった姿、それが貴方なのです、貴方は私の夢の姿なんです…そんな貴方を救いたいと、夢を 守りたいと思うのは変なことですか?」

「変では…ないかと」

メグさんがまだマーガレットだった頃、求めていたそれを持つ人間、それがエリスであると、だから 自分の希望を持つそれを メグさんの希望を確かな希望であると証明するエリスの姿を 美しいと称える彼女は言うのだ

守りたいと

「それに…ですね」

「それに?…っっ!?」

刹那、メグさんの顔が近づき、その唇が当たる

これは、こ…れ…は…

キスだ

「っっ!?なんですか急に!?」

「陛下がレグルス様を好いたように、私も…エリス様を好いてしまったようなのでございます…」

「えぇ…」

「だって、メイドたる私にどこまでも個人として接してくれて…優しくしてくれて、姉さんのことにも親身になってくれて、…守ってくれて 守らせてくれて…、気高く強い貴方とずっと一緒にいて、好かない方がおかしいではありませんか」

ほんのりと頬を赤らめる彼女を見て、エリスは嬉しく思う

…わけではなく、困惑する いきなりそんなこと言われても困るよ、それに

「…エリスはメグさんの事を友達として思っていますから…」

「そこは存じています、ですがきっと エリス様の胸に空いた穴は、友達の関係では埋められない、だから…私を…貴方の伴侶にしてくださいませんか」

「………………」

ただ思うのは、それでいいのか?それでいいんですか?、リーシャさんを失ったから、じゃあその穴を埋めようと補填するようにメグさんをそこにあてがって…、違う気がする

メグさんを伴侶として受け入れられないとかではなく、女同士だからとかそう言うの以前の問題だ

「必ず貴方を幸せにしますから、だから…その手で私を抱きしめてください」

「…この手で」

そう言いながエリスは自然と自分の目を見ていた、…すると下に 棺桶の中で横たわるリーシャさんの姿が見えて

「あ……」

ふと、彼女の懐から見える紙が目に入る、彼女が倒れた時 地面に落ちたそれをせめてもとエリスが胸に戻した物…そう、リーシャさんが肌身離さず持ち歩いていた 原稿

故郷に戻って、小説家としてデビューする為書いていた小説だ

「あの、エリス様~?」

「メグさん!失礼します!」

「あひゃぁっ!?」

咄嗟にメグさんを引き離し、返事もせずにエリスは弾かれたようにその胸にある原稿を手に取る、何かを感じて いや 居ても立っても居られなくて、エリスはその原稿を引き抜く

「リーシャさん、失礼します…これ借りますね」

そうして目を通すのは、彼女が書いていた最期の遺作…冒険活劇だ、エリスの今までの冒険を元に書かれた 冒険活劇だ

「…エリス様?、それって…」

「はい、リーシャさんが残した物です」

読み進めて行くとすぐに分かる、名前は変えてあるが随所にエリスの冒険の名残のようなものが見える、彼女がエリスと共にした冒険…エトワールでの冒険やエリスが話した今までの冒険がそこには綴られている

「…リーシャさん」

読み進め読み進める、自然と字が頭に入ってくる、お話の中の少女はどこまでも気高く どこまでも強く、時に脆く それでも進み続ける強さがある、リーシャさんの目には こう映ってたのか エリスが…

ふと、そこまで考え リーシャさんの言葉を想起する

『伝えたい事は今までの旅で伝えたから…』

記憶とは 時を超える、文字のように 小説のように、過ぎ去った時を捕らえて 離さない、リーシャさんが伝えたかった事は その記憶の中にあると、彼女は最後に言っていた…、その意味がようやく理解できた

「エリス様、それ…完結しているのですか?」

「…ええ、一応は…ただ、帝国に向かうところまでですね、きっと続きはアルカナとの戦いが終わった後 書き上げるつもりだったのでしょう」

だが、その続きは二度と描かれる事はない、奴によって奪われてしまったから…、だから この少女の冒険はここで終わり……

……では


ない!

決してッッ!!!


「ッッ!!!」

「エリス様!?」

立ち上がる、受け取った 受け取りましたよリーシャさん、貴方が伝えたかった事、最後にエリスに言っていた言葉の意味!、それは 確かにかつて言っていた言葉、アルテナイの死に眩むエリスを励ましたあの言葉…!

『人はいつか死ぬ それを背負うのはいいけれど、抱え込むのは違うよ、貴方の腕はまだ生きている人を守るためにある、死者のために使ってはダメだよ』

そうだ、そうなんだ…リージャさんは最後にそれをエリスに伝えていたんだ、…リーシャさんを抱え込んで 蹲って進むのをやめたら、エリスほど物語はここで終わる、リーシャさんが書き上げられなかった未来の話は本当に永遠に失われてしまう

だから!エリスは進むんだ!、リーシャさんの代わり旅の結末をエリスは見届ける義務がある!、だから進むんだ!、両手で死を抱えるのではなく リーシャさんの死を背負い、両手を振って 前へ!

「受け取りました、リーシャさん」

半ば自分を奮い立たせる言い訳として リーシャさんを想起すれば、不思議と棺桶の中の彼女が笑った気がした、やっとかと呆れるように…

死は乗り越えるのではなく背負って進む、それがエリスの答えだ…!

「目が覚めましたか?、エリス様」

「はい、…もう十分泣きました、エリスはここで立ち止まるわけにはいかないんです、リーシャさんのためにも…、だから」

だから、そうだ エリスが今すべきことは…

「メグさん、エリスやっぱり戻ります…戦場に、リーシャさんから 後のことを託されたんです、リーシャさんの友達を守り リーシャさんが守りたかったこの国を守る為に、そして…決着を つける為に、戦います アルカナと!」

リーシャさんはエリスに後のことを託したんだ、だったら最後までやり遂げようじゃないか…、彼女の死を背負って 前へ進み、アルカナを倒し この国を守る、それがせめてもの弔いになると信じて

ね?それでいいですかね、リーシャさん…と再びリーシャさんのポケットから、何かが出ているのに気がつく、さっき懐を漁った時ポケットの中から何か出たんだ、それが輝いて…あれ?、これって

「おや?まだ何かありますか?エリス様」

「はい…、これ…もしかして」

ポケットから出たそれを手に取り 目にする…それを、嗚呼 そうか…

「全く…、背中を押したつもりですかね、リーシャさん」

彼女の心を知り、エリスは掴んだそれを 自らのコートに収める、これも持って行かなくてはいけないな…

「さて、すみません メグさん…、またテイルフリング村に戻してもらってもいいですか?」

「構いません、…けど、その前にレグルス様に会いに行きましょう 今のエリス様の顔を見せてあげたほうがいいと思います」

「そうですね…、師匠には 心配をかけましたから」

そりゃあ、もう何も思うところはなし 心は晴れやか、ってわけじゃない、だけど悲しみを超える 動く理由が今はある、だったら動く…いつまでもここにいても、リーシャさんも嫌でしょうしね

「では、リーシャさん エリス行きますね、この旅をきっとやり遂げますから、それで…全部終わったらまた報告に来ます、約束ですからね」

そう 約束してリーシャの胸の上に、彼女の大切にしてきた原稿用紙を返す、その一番上に書かれているのは 小説ではない、彼女がきっと最後に書いたであろう文字…、乱雑に書かれた名前達だ

エリス、ナリアさん クンラートさんやクリストキントみんな、フリードリヒさん トルデリーゼさん ジルビアさん、そして オウマ…と、そしてそれをかき消すように大きく書かれたバッテン


…を、囲む丸…、決して壊れえぬ友情の証で友の名を囲っている、これが 彼女の答え、エリス達は 何がどうなったって永遠に友達なんだ

「さ!行きましょう!」

「ところで…あの、私の告白は…」

「む…、すみません やっぱりエリス メグさんとは友達でいたいので、聞かなかったことにさせてください」

「そうですか…まぁ、もう大丈夫そうですし、構いませんよ~」

あはは と、笑う彼女を連れてエリスは走り出す、今度こそ最後まで走り抜くため 気持ちを新たに、エリスは旅の最後を目指して 走り抜ける

………………………………………………………………

「よっと…、うわわ!なんですかこれ…」

霊安室を飛び出し 二人で師匠のいる大帝宮殿を目指して走る…と、どうだ 城には凄まじい数の怪我人がいるではないか

とんでもない数だ、十人百人…ともすれば千か万か、物凄い数の怪我人に治癒術師が忙しそうに忙しなく走り回っている

どうなってんだこりゃ…、なんでこんなに怪我人が…

「どうなってるんですか?メグさん」

「い いえ、私にも何が何だか…、それにこの人たち 中央進軍隊や左撃隊の皆さんですよ」

「え?、ってことは…もしかしてもうパピルサグ城での戦いが始まってる?、いやそれにしては速すぎる…これは一体」

「ん?、お前たちは…」

夥しい数の怪我人にエリス達は竦みながらも大帝宮殿を目指し歩いていると ふと、エリス達の姿に気がつきこちらに寄ってくる大男がいる、彼は…

ゴッドローブ将軍だ、見た感じ怪我人の手当ての指揮を執っているようだが…

「これはこれは、ゴッドローブ将軍…」

「挨拶は良い、お前達…パピルサグ城に向かったと聞いたが…戻ってきたのか?」

「はい、ですけど直ぐに戻ります、それよりこの怪我人は…」

「うむ、丁度いい 右撃隊に報告を願いたかったところだ…」

すると、ゴッドローブさんはこの怪我人の正体と 他の隊で何があったかを一つ一つ話してくれる

それは、エリス達が想像していた通り、いや、或いはそれ以上に衝撃的なものだった

「えぇ!?中央進軍隊が…半壊?」
  
「ああ、突如として現れた怪物…、己を魔女と名乗る 無垢の魔女ニビルなる存在の襲撃により、中央進軍隊百万のうち 六十万が負傷し こうして戻ってきたのだ」

なんじゃそりゃ、単騎で百万の軍勢を相手し 半壊…いやほぼ全滅させたってのか、それが魔女を名乗っていたと?

確か敵には魔女の力を持つ奴がいるって話だったな、眉唾だと思ってたけどまさか本当なのか

「おまけに左撃隊も大幅に損耗し わずかな手勢だけを進軍させ、マルミドワズに撤退してきた…、こちらは宇宙のタヴによって襲撃されたらしい、お陰で診療所がパンクして こうして屋外を臨時の病院にしているほどだ」

「そんな…じゃあ無事なのは右撃隊だけってことですか…」

「そうか、右撃隊は無事か…それは朗報だな」

朗報なものか、中央と左撃隊がニビルとタヴによって壊滅?なんてデタラメなんだ、世界最強の軍隊がこうもやられるなんて、圧倒的過ぎる…これが魔女の力を持つ者とアルカナ最強の男の力なのか…、いくら不意を突かれたとはいえ こんな…

「大損害でございますね、世界最強の名が泣いてしまいます」

「手厳しいなメグ、…だが事実だ、中央進軍隊は第一師団 団長ラインハルトが決死の奮闘をしてくれたおかげでニビルを追い返せたが 彼は瀕死の重傷を負って今も集中治療室だ…戦線復帰も危うい、それに左撃隊の指揮を執っていたマグダレーナ殿もまた重傷、一応タヴに手傷は追わせたが…こちらは完全に復帰は不可能だろうな」

師団最強の女 マグダレーナさんも将軍に最も近いラインハルトさんも、負傷し戦線離脱…復帰も危ういと、…まさかアルカナがここまで…、いや違うな

相手は推定魔女級の実力者と第三段階に至っていると言われる世界最強クラスの男、それを撃退したラインハルトさんとマグダレーナさんは凄まじい奮闘だったと言える

二人がいなければ、もしかしたら ここにいる人たちは帰ってこれなかったかもしれないんだから…

「何者なんですか、ニビルって…」

「分からん、だが目撃者の話を聞くに あれは本当に魔女と同程度の力を持っていたと言う、ラインハルトもよく食らいついた者だが…、かなりの死者が出た…、我ら将軍が同行していればと悔いているところだ」

その通りだがエリスはそれを責められない、もしもを思い描いても意味がないとさっき思い知りましたからね、でも状況はかなり悪い

敵は完全にこちらの手の内を読んでいた、そしてそれをなんとか出来る戦力を持っていた…、完全に誤算だ 殲滅戦だと思っていたら 思いの外泥沼の戦いになりそうだぞ

「エリス殿も戦場に戻るなら注意してくれ、…どうやら敵は 帝国と渡り合えるだけの戦力を用意していたようだ、これは 帝国始まって以来の決戦になる筈だ」

それはエリスに取っても同じだ、多分 エリスが経験した戦いの中で最も過酷な物になる、だが それでもエリスは行かねばならない、この戦いは避けては通れない

「…分かりました、師匠のところに急ぎましょう、メグさん」

「そうでございますね、状況は思いの外悪そうです」

ゴッドローブさんに礼を言いながらエリスは大帝宮殿に…師匠のいるところへと向かう、世界最強の帝国がもし敗れるようなことがあったら大変だ…!




走り走り、大帝宮殿へと入り込み、てんやわんやとなった宮殿を超えて 皇帝カノープス様のいる玉座の間へと走り、その扉を開けると…

「やはり、将軍を派遣するつもりはないのだな…カノープス」

「ああ、…将軍は最後の砦 それを前に出すことは出来ん、それに前も言ったが…ん?」


「あ あの、失礼 します…カノープス様」

「お話の最中申し訳ございません陛下、 ですが差し迫ったお話ですので ご一緒しても良いでしょうか」

なにやら神妙な面持ちで話す師匠と皇帝カノープス様がいる、部屋にはそれ以外誰もいない、ただ二人で この広大な玉座の間で話をしているのだ、そこに頭を下げながら入り…二人の元へ向かう

「エリス…、もう平気なのか?」

「平気じゃありませんが 大丈夫です、エリスはもう前へ進めますから」

「そうか、強いな…お前は」

えへへ、褒められちゃったし頭も撫でられちゃった、あんな失礼なこと言ったのに師匠は優しいな…

というか!

「あ あの!、カノープス様!将軍を派遣しないって本当ですか!?、なんでですか!」

「聞いていたか…、将軍を出すまでもない、敵の戦力については聞いているが、それなら大規模魔装の準備をするまでだ、個の力に個の力で対応していてはキリがないからな」

「でもどうしてですか、被害も多数出てますし 死者だってたくさん出たんですよ!?」

カノープス様の冷淡で頑なな態度にやや怒りを覚える、だって外で怪我してる人も 死んじゃった人も、リーシャさんだって みんなカノープス様を守るために死んだんですよ?、それを魔女である皇帝陛下が答えないで どうするんですか

「問題ない」

「は?」

プツンと何かが切れる、いやいや待て待て 落ち着け、最後まで相手の話を聞け…

「被害が出たことは知っているが我が国の治癒班は優秀だ、一週間もすれば万全に動ける ラインハルトもな、それに死者に関しても…彼らは皆 決死の覚悟を決めていた、故に 良いのだ」

「ッッーーー!!」

咄嗟に カノープス様に近づき、誰が止めるよりも早く エリスは玉座に踏ん反り返る皇帝の胸ぐらを掴む

「エリス様!?」

「エリス!」

「っ…お前」

胸ぐらを掴めば カノープスはエリスを睨みつけるが…怯むか!そんな威圧で!

「死ぬ覚悟が出来ているからって!死んでいいわけがないでしょうが!!、みんな死ぬ覚悟で戦って死ぬ気で守ってんのは生きて帰る為なんですよ!、自分の全てを守る為なんですよ!皇帝陛下を守る為なんですよ!、最初っから死ぬつもりで戦ってる奴なんかいないんです!!」

「っ……」

「それを貴方!言うに事欠いて問題ない?、いい加減にしなさいよ!貴方が玉座に座ってるのはなんの為ですか!なにをする為ですか!世界の平和を守る前に自分の国の人間の安寧気にかけなさい!!」

「エリス様!やめてください!お願いしますから!」

メグさんに羽交い締めにされ エリスはようやくカノープスから引き離される、いやまだだ!言いたいことはたくさんある!、という何より!リーシャさんの死を問題にもしないこいつの顔面にグーをくれてやらなきゃ気が済まん!

「やめてください!メグさん!!まだ言い足りません!!」

「お願いですから…お願いですから…」

「ふんっ、…それがお前の言いたいことか、エリス」

すると、カノープスは捕まれ崩れた襟を正し…エリスを見下ろすように立ち上がると

「…すまなかった、無神経だった、お前の言う通りだ …、帝国に命をかけた彼等の魂を数でしか見れないとは、何という不覚か…、糾弾の声 感謝する」

「………………」

謝られた、反省された、頭を下げさせた 天下の皇帝に、なんか 急に寒気がし始めたぞ、またエリス やばいことやっちゃた…頭に血がのぼると本当にロクでもないことしかないなエリス

「ごご ごめんなさい皇帝陛下!とんでもない無礼を!」

「いや、無礼は我の方だ…、命を賭して戦った兵に対して、我はなんということを…、ああ 我自己嫌悪」

「ならばカノープス、将軍を派遣しろ、確かに中央進軍隊は手痛くやられたが、帝国にいる軍全体から見ればまだまだ数と戦力はあるだろう、それを使い フリードリヒを援護してやれ」

そうか、師匠はフリードリヒさんを援護させるために、カノープス様から戦力を引き出す打診をしていたのか…

だが

「…すまん、他の戦力は送れるが、将軍は無理なのだ…」

「何故だ!」

「将軍全員には別任務の待機命令を出している、それがいつ事が動くか分からない以上、ここで待機する必要があるのだ」

「…それは、アルカナと魔女の力を持つニビルのやら以上の物か」

「ああ、その通りだ」

カノープス様は力強い瞳で頷く、今 アルカナという直面する危機以上の何かがあると、一体なんなのかエリスには想像も出来ない、だがエリスが見る限り カノープス様は保身のために自分の近くに主力を置いておきたいって感じじゃない

その最悪の事態を真に警戒しているんだ、その危機には将軍の力が必要だと…本気で言っているように思える

「…そうか、わかった では人数の方は頼むぞ」

「え?、いいんですか?師匠」

「カノープスの目を見れば分かる、奴は本当に何かを考えての行動のようだ、そして それを私達に言うつもりはないらしい」

「本当にすまない…、と 謝罪の言葉さえ軽く聞こえるが、これは 皇帝としての判断だ!如何様にでも批判されようとも構わない、その覚悟は出来ている」

「そうか…、では エリス、どうする?戻るか?」

ともかく 将軍は同伴しないが人数と戦力は回してくれるようだ、これなら大部分の問題は解決できる、だが問題があるとするなら

「…エリスはアルカナとの戦いの場に戻ります、ですが…まだ フリードリヒさん達がパピルサグ城に戻るまでに三日はありますよね、師匠 その間だけでもいいので、修行をつけてください」

「修行だと?…」

「はい、…今回の敵は強いです、シンもタヴ強い…ヴィーラントもまた強かった、エリスには今以上の力が必要です、この戦いに負けないために 少しでも力が必要なんです」

今から進軍隊に合流するより、三日後 旋風圏跳で全力で飛ばした方が 多分早いし確実だ、だから その時間を利用して少しでも修行がしたい

しかし、師匠の顔は渋く…

「だが、三日ではな…、時間が無さすぎる」

「ほんのちょっとでもいいんです!エリスは後悔したくないんです」

「しかし、変に修行を詰め込んでも ただ体が疲弊するだけ、寧ろ弱くなることもあるぞ」

「う……それは確かに、でも…」

でも、今のままで勝てるかと聞かれると怪しい、タヴもニビルもシンも確実にエリスより格上…、いつもみたいにギリギリで勝ちましたって言うのも多分通じないし、何より怖いのは

エリスはここ大一番の戦いを全て 一度戦っての敗北を通じて勝っている、だが今回シン達とは戦っていない、勝つための情報が無さすぎるんだ

これでは勝てるかも怪しい…

だから修行を と頼み込むがあまりに時間がない、すると

「ならば使われては如何ですか、陛下の奥義『星宿大無間界』…それならばそちらのお嬢さんの願いも叶うでしょう」

「え?…」

なにやら声がする、気がつくとエリス達の背後に背高のっぽのおじいさんが立っていたのだ、知らない人ですよ 当然、こんなおじいちゃんエリス知りません…誰?

見た感じ帝国軍の軍服に似たローブを羽織り、黄金の錫杖を持つ なんというか…、こっちが皇帝ですって言われたら信じちゃうような威厳だ

え?、誰?何?

「む、ヴォルフガング…!、よもやお前が自室を出るとは、何年振りだ」

ヴォルフガング…、その名は聞いたことがあるのですぐにその正体に見当がついた

名を ヴォルフガング・グローツラング…別名魔術王、世界最高の魔術師として名を轟かせている七魔賢最古参メンバー

そして同時に帝国魔術開発局の局長にして帝国第十五師団の団長、例の進軍に参加しなかった団長の一人だ…

この男の凄まじさを語る逸話は数あるが、なによりも凄まじいのは この人の自室は帝国生産エリアのプリドエル大工場にあると言う、何故か? それはあの魔力機構全てを動かす魔力を常に提供しているのが彼だからだ、一日中超広大な生産エリアに魔力を吸われてもへっちゃらな魔力量を持ち合わせているのだ

まさに世界最高の魔術師、魔術の腕だけなら ルードヴィヒさんを遥かに上回ると言われる人物が いきなり、エリスの背後に現れ…、序でに握手を求めてきた

「こんにちわ、エリス殿…こうして目にかかるのは初めてですか」

「え?あ…はい、こうしても何も初めてでしょう?」

「いいえ、貴方の旅路を 私はずっと見ておりました、マレウスの辺りからですがね」

「へ?…」

マレウスの辺りから見てた?何言ってんの?この人…

「エリス様、ヴォルフガング様は魔女様さえ上回る遠視の魔眼の使い手なのです、その視界は 遥か果てまで届き、その気になれば月の肌さえ正確に見ることが出来るそうです」

「はへぇっ!?、そ そんなに遠くまで…」

「そんなもの見ても何にもなりませんがね、…我が導皇のご友人と言うから気になってー貴方の旅路を見ていたのです」

「導皇…デティですか」

七魔賢だからデティのことも知ってるのか…、それでエリスのことをずっと見てたと、は 恥ずかしい、デリカシーもクソもないじゃないですかこの人…、ちょっと引いちゃう

「そして 何か力になれればと思っていたのですが、私自身多忙でしてね…、ようやく目処が立ったので会いに来たのですが、陛下?如何ですか?」

「星宿無間界か…、うむ いいだろう、先程の非礼を詫びるなら、そのくらいのことはせねばならないか」

するとエリスを置いて勝手に話が進んでいく…、えっと なんですかね、そのセイシュクムゲンカイって、と目を丸くしていると それを悟ったメグさんが

「エリス様、星宿無間界とは カノープス様の奥義の一つでございます、時間の流れが違う空間を作り出し その中に対象を入れる極大魔術にございます」

「ああ、その中ならば 三日もあれば 一ヶ月分くらいにはなろう、一ヶ月もあれば 十分だろう?レグルス エリス」

一ヶ月…三日が一ヶ月に引き延ばされるのか!、確かにすごい魔術だ、時空を操るカノープス様の まさしく奥義と言える!

「ああ、一ヶ月もあれば ある程度の形はできる、それでいいなら エリス…修行をするぞ」

「はい!、ありがとうございます!カノープス様!」

「構わん、だがレグルス…どうするのだ?一ヶ月間基礎練習の反復 ではあるまい?」

「ああ、…そうだな」

すると師匠は強かな瞳をエリスに向ける、その視線はまるで エリスに覚悟を迫るような凄みを帯びている、どうやら エリスがこれから受ける修行はいつものものよりも拡大に激しい、いや エリスが今まで受けたどの修行よりも過酷なものになるようだ

「一ヶ月で劇的に強くなるのは不可能だ、だからエリスには切り札を得て貰う必要がある」

切り札、いつぞや言っていた これを出せば勝てる!と言う必勝の手札か、終ぞ今まで手に入れることはなかったが、その修行にようやく取り掛かるらしい

すると、師匠は溜息を吐き…

「正直、この修行はやりたくなかったんだがな…、エリスよ」

「はい!師匠!、エリスなんでもしますよ!なんでも!」

「そうか、なら覚悟はいいな…、私がこれから与えるのはお前に与える最大の試練になる、この旅での修行の集大成とも言えるな…、最初に言っておく この修行、失敗したらお前は全てを失うと思え」

え?…全て?、なんか急に物騒になってきたぞ?、ええ?

「全て?っていうと…どこからどこまでの全てで?」

「分からん、命か 体か…或いはどちらもか、少なくとも確実に言えるのは、失敗すれば お前は魔術を失う、つまり 今までの努力を全て失うかもしれないと言うことだ」

「今までの…努力、全て!?」

この修行に失敗すれば、エリスは今まで得た魔術全てを失うことになる、それはつまり…

エリスはもう戦えなくなるかもしれない という事に他ならなかった

切り札を得る修行、それは エリスがこの旅で経験したどの修行よりも過酷な物、エリス 最大の修行を修める 一ヶ月が 今始まる
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