孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

226.孤独の魔女と人魚の見た夢

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「ようこそ、テイルフリング村へ!ここは林業が盛んな村ですよ」

「でしょうね」

エリス達右撃軍が進軍を開始して三週間近くの時が経ち エリス達はようやく旧テイルフリング領 現Y地区へと到着する

ようやくですよ?ようやく、本当にようやくなんですから!物凄い時間かかったんですよ!

凄いですよね、エリス三週間くらいの旅路なんかいつもならへっちゃらなのに行軍ってのは疲れますね、ただただ1日中歩き続ける…一応軍の臨時参謀にはなりはしたものの、軍人さんに囲まれ隊列を崩さないよう歩くことに変わりはない

みんな神妙な面持ちで歩いてるのでおしゃべりとかも出来ませんし、行軍の訓練を受けてるプロとアマチュアの差を見せつけられました、旅慣れしてるので体力面では足は引っ張りませんでしだかね

まぁ、そんな中身のない道中の話をしても仕方ない、話今だ

先日、ようやくF地区の麦畑エリアを抜けてようやくアルカナが潜伏している旧テイルフリング領に入ることが出来たんだ

一発で分かったね、ああ ここから先が旧テイルフリング領なんだって、なんでだと思う?、それは右にも左にも広がっていた麦畑がまるでラインでも引いたかのようにある境界線を越えてから森に変わったからだ

畑と森、それが見えない何かに区切りれたかのようにぴったり分かれていたんだ、そりゃ見りゃ分かるよ、ああここでは木を育ててんだなって

そんな森の中を抜けてエリス達はテイルフリングの中心達な地上街にたどり着く、すると街の入り口で何故か待機してた人が挨拶するのだ ようこそ!ここは林業の村だよって

知ってるよ、右見ても左見ても木しかないんだもん

「そうでしたか、これは失礼」

「いや悪いな、話は聞いてると思うけど ちょいと遠征の行きがけでさ、村の近くにキャンプ地を作ってもいいかな」

するとエリスを押しのけ、エリスと同じく軍の最前列を進んでいたこの軍団の指揮官の一人 フリードリヒさんがなんともフレンドリーに話しかけるのだ、この人ってば軍に指令を出すのは苦手でもこういう風に人と話すのは得意らしい

かくいう行軍の最中立ち寄った村でもいの一番にキャンプ地設営の許可を取り、序でに人手がいるなら軍人達を使い農作業を手伝わせ自分も泥に塗れて仕事をしていた

「ええ ええ、構いません構いません、寧ろ我らの家を使ってくださっても構いませんよ」

一応、軍がここを通るのは事前の通達でルート上の村々は理解してくれていた為 みんな潔く許可してくれたが、随分軍が慕われているようだったな…、それは帝国が絶対だから…というより、純粋に彼らが国の為に尽くしているのを村の人間全員が信じてるからって感じだ

「いいよそこまでしてくれなくても」

「ですが軍の皆さんがいるから、我等は林業に集中できるわけですし…」

「そういう俺たちが戦いに集中できるのは、ここにいるみんなが仕事に専念してくれて後ろから支えてくれるからさ、それをとても邪魔できねぇよ、でも仮の軍議場が欲しい 空き家かなんかないか?」

「ああ、それなら一ついいものがありますよ、以前ここに住んでいた職人が使ってた家なんですが、先日その職人が突然釣りで生きていきたいとB地区に移住しましてね?、一つ家が空いたんですよ」

「移り気な奴だな、手は足りてるか?、なんならウチの若いの何人か貸すけど」

「元々色んな地区を転々として色んな職に手をつけてる男でしたが 腕は良かったのでね…、丁度手がいる仕事を今日やるつもりなので 一つ頼みたい仕事を頼みたいのですが」

「構わねえよ、力は有り余ってんだ、おい!お前ら!」

おい!とフリードリヒさんが犬の一吠えのように声をかけると背後の軍団から一部の人間達がゾロゾロと前へ出てくる、三つの師団と地方の一般兵卒を交えたこの混成軍の中から第二師団の人間だけが抽出されるように前へ出てくるのだ

「なんですか!フリードリヒの兄貴!」

「おう、ここの職人さん達が今日大仕事するってんだ、お前ら 力有り余ってんなら手ェ貸して来い!」

「合点ですぜ!兄貴!、よっしゃ!職人さん!俺達新入りだと思って存分にこき使ってください!」

「俺達力だけはありますんで!」

「ご指導ご鞭撻よろしくお願いしまっす!」

「こ これは元気がいいですね、ではあちらに別の職人がいますので そちらに話を聞いてきてください」

「うーっす!やってきまーす!」

如何にも体育会系のノリだな、帝国師団と言ってもそれを纏める師団長によって個性がでるようで、フリードリヒさんの師団は大体があんな感じの人達ばかり、皆共通してフリードリヒさんのことを兄貴と呼ぶ辺り 部下には本当に慕われているようだ

「ふぅーーー、フリードリヒ団長?部下をあまりこき使って いざ実戦で疲れて動けない…なんてことにならないよう頼みますよ」

「へへへ、俺の部下はそんなヤワじゃねぇよゲーアハルト、心配すんな」

フリードリヒさんのやり方に不満というか 言い知れぬ不安を感じて額に手を当てやれやれとため息をつく彼は第八師団の団長ゲーアハルトさん、協調性のないフリードリヒさんとフィリップさんに挟まれながらなんとか仕事を遂行している苦労人だ

「ヤワとかそういう話では…、はぁ~ こんな自由気ままな遠征なんて初めてだ、お腹痛い …ラインハルト団長の気持ちがようやくわかった…、帰ったらあの人には優しくしよう」

「大丈夫ですか?、ゲーアハルトさん」

「む、エリス殿…、お気遣い感謝します、ですが 私も団長…、少なくともそこらの師団よりは それこそヤワではないので」

ゲーアハルトさんとはあまり面識がなかったが、どうしてもこの行軍活動をしている上では交流は避けて通れない、自然と話しているうちに 彼もこの気ままな師団長の中で唯一まともな感性を持つエリスを頼るようになってくれた、嬉しい話だ

「エリス殿は本当に優しいですね、貴方が同行していなかった場合を考えると私、怖くて朝起きれませんでしたよ」

「そんなにですか…」

「もう!、ゲーアハルトさん!エリスは僕の嫁なんだよ!手を出さないでよ!」

「嫁ではないですが…」

「手も出してはいませんが…」

プリプリと怒るフィリップさんを置いて取り敢えず村へと入る、あの人相手すると喜ぶから…程々にしないと

「師匠、行きましょう」

「ん、そうだな、…しかし 綺麗な森だ、かなり丁寧に管理されている、ここの職人は余程腕がいいと見える」

なんて、村に入りながら師匠は森を眺める

Y地区 テイルフリング村、彼らの言ったように林業の村であり 四方を完全に森に囲まれたなんとも凄まじい村だ、多分上空から見たら無限に広がる深緑の大地の中にポッカリと四角く穴が空いているように見えるだろう

村に入ってみれば、まさしく森と共存する村と言った様子を見ることができる、木材だけで組まれたログハウスはなんとも風情がある

森のさざめく音、木の木漏れ日と木の香りがする家々の並ぶ村、いい雰囲気だ エトワールの作られた美しさとはまた違う、自然の作り出す空気のような美しさを感じるなぁ、エリス 住むならこんな村がいいですよ

ただ、やはり住人はみんな職人のようで、男も女も肩に鉞を担いでおり、子供もおもちゃの斧を振り回し『たおれるぞー!』と叫んで遊んでる、住人全員が職人の村の景色…もう慣れましたが、やはり異様ですね、まぁ別の仕事がしたいなら別の地区に移ってもいいらしいですけどね

しかしぃ…、チラリとエリスは村を歩きながら商店を見る、ここは木だけしか作っていない、木のみのなるような木は育てていない、なのに商店には商品が充実しており 今朝あがったばかりの海の魚も店先に並んでる、こんな森の奥なのにだ

転移魔力機構を用いたインフラの強力さが伺えるな…

「うん、いい村だねエリスちゃん、執筆活動が捗りそうだわぁ」

「リーシャさんもう小説は書き終わったのでは?」

「なんてんだろ、暇つぶしの詩集?みたいなのは書いてんだ、あ 恥ずかしいから見せないけどね」

ニッ と笑いながらエリスの隣で懐から紙の束とペンを覗かせるのはリーシャさんだ、それ今も持ち歩いてるんですね…

「しかしこう森が大きいとあれですね、虫が出ます エリス様、虫が出たらよろしくお願いします」

「メグさん虫が嫌いなんですか?」

「いえ、別に カブトムシとか好きですし、ただ乙女らしく頼ってみようかと」

「エリスも乙女なんですけど…」

「皆さま、こちらが空き家でございます、何か不足があれば申してください、我々も何かの役に立ちたいので」

と言いながら紹介してくれるのは、まぁまぁ立派な木のお家だ、エリス達が帝国で借りてる屋敷くらいでかいかといえばそうではないが、…少なくとも 暮らしていて手狭に感じることはないな

「へぇ、立派だな これなら使い勝手も良さそうだ」

「ですね、一応我らも宿泊する予定ですので、これはありがたい」

「ほんとだねー、あ それでさ職人さん」

すると、皆が紹介された家の大きさに満足してる中、フィリップさんだけが 目を尖らせて職人に問いかける…

「なんでしょうか」

「いやさ、ここ最近…この森で変な奴ら見なかった?、いや 森を管理してるなら分かるよね、不審な足跡とか住人登録してない奴が出歩いてたとかさ」
 
つまりは、敵の目撃情報だ 

だってここはもうアルカナが潜伏している地域になる、敵がうろついててもおかしくはないし、敵がそこの木影からエリス達の隙を伺っててもおかしくない、それを警戒し フィリップさんも聞くのだ、不審なことはないかと

「ふーむ、我々の担当区画ではそれはないですね」

無いらしい、彼らとてこの村一つでこの地区を全て管理してるわけじゃ無い、点在する村々がそれをぞれの区画を割り振って仕事をしている、そして彼らの担当する区画には不審なことはない…と

普段から森に生きている彼らが無いというのならこの区画には無いのだろう、まぁまだパピルサグ城からは距離があるし、敵も人目にはつきたく無いか

「そっか、何かあったら教えてね、僕達がみんなを守るからさ」

「ありがとうございます、これで我らも安心して仕事ができます」

ぺこりと一礼すると職人もまた持ち場へと戻っていく、貴重な時間を割かせてしまった、彼ら時間は帝国の動力源となる時間だ、それを無駄に使わせれば その分帝国の動力が落ちることになる

彼らは帝国の力になることを誇りに思ってる、ならそれを無為に消費するわけにはいかないな

「んじゃ、取りあえず家に入って、作戦会議でも始めますか」

フリードリヒさんの号令で、取りあえずの目的は決まった、敵は目の前、なら より一層強く綿密に計画を立てていく必要があるだろう

…………………………………………………………

家の中はやはり広く、リビングダイニング諸々があり、私室と思わしき部屋には必要以上にベッドが置かれていた、多分 ここに帝国軍が来ると知っていたから余分に用意してくれていたんだろう

見ればキッチンには食材がいくつか完備されており、まるで上等な宿に泊まったみたいだ

そんな中エリス達が一番最初にしたのはベッドでくつろいで疲れを取る…のではなく、リビングの机に帝国の地図を広げ、臨時の軍議室を作り 作戦会議だ

その机を中心に エリス レグルス師匠 メグさんリーシャさん、そして三人の師団長で囲み顔を突き合わせる

「えー、おほん まぁ作戦会議といってもすることは決まっています」

まず口を開いたのは司会進行役のゲーアハルトさんだ、フリードリヒさんもフィリップさんが担当すると話が脇道に逸れまくる、故に彼が纏めなければいけない状態なのだ

「今、我々がすべきは待機です、敵がいると言うパピルサグ古城は既に目の前、このままのペースで進軍すれば三日程で到着するでしょう」

目的地を目指すざすだけなら、直ぐにでも到着できるところまで来たわけだ、だが そこで選択するのは待機だ、何故ならこれは目的地を目指すだけの旅では無いから

「他の進軍隊とペースを合わせつつ同時に攻撃を仕掛ける必要があります、なので 他の進軍隊がどこまで進んでいるかの打ち合わせが必要です、故に この魔術筒に定期の連絡が来るまで 待機です」

そう言いながらゲーアハルトさんが取り出すのは遠距離連絡用の魔術筒、エリスが持っていたものと同じ…いや、それよりも進化した最新型だ

これがあれば複数の相手と連絡を取り会えるらしい、故にこれを使い互いの進軍状況を照らし合わせるのだ、一つの隊だけが遅れていては意味がない、一つの隊だけが突出しても意味がない

これは三面同時攻撃なのだ、故に同時でなければならない

「ねぇゲーアハルトさん、その定期連絡が来るのはいつ?」

「早ければ二日後には来るでしょう」

「ってことは二日ここに足止めか…」

するとフリードリヒさんが顎に指を当ててうーむと考えると

「二日ここに留まるのは怖いな、敵もいいところに隠れやがった」

そう、真面目な顔で言うのだ、この人真面目に仕事出来たのか…

「あの、怖いってどう言う」

「この旧テイルフリング地方は全域が森林業地区だ、故に何処も余すことなく木が乱立してる、隠れて進むには都合が良すぎる」

「じゃあエリス達の接近が悟られなくて都合がいいじゃないですか」

「俺達に都合がいいことは、相手にとっても都合がいいんだ、もし相手が事前にこっちの動きを把握してたなら、逆に向こう側から奇襲を仕掛けることも出来る」

たしかにそうだ、木々が作り出す闇は視界を奪う、木が多いから上空からも地上の動きが察知できない、もし 相手がエリス達の動きに気がついていたなら…、奇襲を仕掛けるならここだろう

「で でも、相手がエリス達の動きを察知してるとは考えにくいのでは?」
 
「考えにくいだけだ、可能性がないわけじゃない、ましてや向こうは先の襲撃で大量に捕虜が出たことを把握している筈だ、なら こっちが打って出るのも把握してる…斥候を出してこっちの動きを見張ってて然るべきだ」

うう、ぐうの音も出ない…この人真面目にやれば出来るじゃないか、いや こう言う思考こそ上から目線だな、この人はこれでエリートなんだ、限られた一部しかなれない特記組出身者

その中でもさらに一握りの師団長の座に座る男、愚鈍なわけがない

「失礼しました、フリードリヒさん」

「え?いや、別にいいけどよ…、ただ 待機するなら奇襲に対する対応策は打っておくべきだな、軍団の人間を何人か使って周辺地形の確認をさせておこう」

「ねぇ、フリードリヒ」

「なんだよリーシャ…」

「周辺地形もそうだけど、ここの住民とのコミュニケーションも怠るなよ、最悪避難することになってもそれが円滑に行えるようにさ、あと、一応隠れ道や細道なんかも聞いておいたほうがいい、敵が潜んでるかもだし こっちが使う場合のことも考えてさ」

「でしたらここの木材をいくつか買い取って簡易的な防衛武装を作りましょう、ここで何もなくとも どうせすぐに決戦です、そこでも使えますから」

「ん、ならそっちの方にも人員を割くか」

真面目な軍議だ、今までにないくらい真面目だ、いつもはちゃらんぽらんといい加減に進めてたのに、…それは即ち アルカナが、敵の本拠地が近いことを場の空気が示している

ピリピリとしつつも怜悧な会議は進んでいく、何処に誰を配置し 奇襲がある前提で用意を進める、連絡が来て 出撃して決戦を行う それまでの間に被害を出さない為に

「兵站の方は大丈夫か?」

「それなら簡易転移魔術機構を各地に設置してありますので大丈夫ですし、我らは麦畑を背にしています、最悪そちらから拝借しましょう」

「そりゃ本当に最悪の場合な、あんまり俺たちが麦畑を頼りにすると敵もそっちを狙いかねない、あの畑焼かれたら最悪だ」

「あ、フリードリヒ、私ここの地形凄い気になるなぁ、これってここから死角でしょ?、私がこの村攻めるならここ使うかな、部隊を交代で配置するのはどう?」
 
「そうだな…、うん なら拠点をここにも作ろう、相手もキャンプがある場所の近くは通らねえだろう」

フリードリヒさんも真面目だが、何より目を引くのは地図を前にポンポンと意見を出すリーシャさんだ、彼女の地形把握能力の高さはエトワールでルナアールと戦う時に見ているから分かるけど

こうしてみると、リーシャさんはしっかり軍人だ、まだこの作戦が終わるまでは 軍人なんだ

そんな白熱する会議の中

「ふ~ん…」

フィリップさんだけ物思いに耽りながら窓の外を見ている、集中してないのかな…

「あの、フィリップさん?今会議中ですし…」

「あ…ごめん、ただ 僕ここに初めて来たから、新鮮でさ…」

ここ、とはこの家でもこの村でもない、Y地区 旧テイルフリング地方のことだ、彼のご先祖様が国として収めた領地がここなのだ

だがそれも数百年前の話だ、彼や彼の父がこの土地を治めたことはないし、彼自身ここに来たことはない、だからって無関係なわけじゃないんだ

「気になりますか」

「うん、なんだろうね…不思議な気持ちだよ、言葉に出来ないけど」

「…テイルフリング王国、やっぱり復活させたいですか?」

「その話前したよね、僕は自分の国が欲しいとは思わないし テイルフリングの名が消えたことも悲しいとは思わないし思えない、第一 僕国を纏めるなんて無理だよ、師団纏めるのにも精一杯なのに 国なんて僕纏められないよ…、ああでも…僕と同年代で国を統べてる人達がいたね」

いる、いますよ一応、と言うかカストリアの大国と呼ばれる国は数奇な事に皆エリス達と同年代が国王となった

魔術導国アジメク 魔術導皇デティフローア・クリサンセマム

軍事大国アルクカース 大王ラグナ・アルクカース

デルセクト国家同盟群 同盟首長メルクリウス・ヒュドラルギュルム

世界最大の非魔女国家マレウス 蠱毒の魔王バシレウス・ネビュラマキュラ

学術国家 コルスコルピ 国王イオ・コペルニクス…

まぁ偶然か はたまた運命か、それぞれの国が呼応するように未来ある若王に国の舵を任せ始めたのだ、故にそう言う点で見ればフィリップさんが国王になっても若すぎると言うことはない、少なくとも現代の価値観ならね

「凄いよねぇ、やっぱ違うよねぇ…、うん 違うよねぇ」

魔女大国を治める同年代たちを思い、何を感じたのか フィリップさんは『ははは』と笑う、今はただ話しかけて欲しくはなさそうだな…

「さて、概ね動きは決まりましたけど…、ここで一つ大戦の大先輩に意見を伺いますか、ねぇ?レグルス様」

「私か?」

ふと、軍議はもう終盤に近づいていることを悟り視線を戻すと、フリードリヒさんが師匠に意見を求めていた、帝国軍人はどうやら大いなる厄災の内容をある程度知っているようで 師匠を先輩と呼ぶのだ

そりゃそうだ、師匠達はかつて世界を覆うような大戦争に身を投じていた人達、経験という面でならそこらの軍人よりはある…

そこで師匠は

「そうだな、敵は来る物 奇襲はあるものとして扱い万全を期するのは正解だ、襲撃の可能性は少ないと高を括り全滅した部隊をいくつも見てきた というか全滅させてきた、故に今の動きとしては正解だろう」

「魔女様からお墨付きもらえるとは有難い」

「だが、…警戒すべきは規模だ」

「規模?」

「ああ、私がアルカナの最高幹部二人と戦ったのは言ったな?」

「ああ、出撃前に報告があった、例の」

師匠が出撃前に帝国軍に報告していた話だな

確か、例の襲撃事件の裏で 実はアルカナの最高幹部であるNo.20 審判のシンとNo.21 宇宙のタヴも現れていたというのだ、二人揃って師匠のところに…大魔力機構を破壊にしやってきたのだ

まぁ結局師匠が二人まとめて追い返したそうなのだが、特筆すべきはその二人の実力の高さ

審判のシンは第二段階最上位、つまりグロリアーナさんやタリアテッレさん達と同クラスの使い手であり

宇宙のタヴは第三段階到達者、…即ち この世界でも上から数えた方が早いほどの強者であり、魔女大国最高戦力クラスを上回る実力、それは帝国の師団長達をも上回っているということ

「この二人が襲撃を行ってきた場合、我等に答える力はあるでしょうか、フリードリヒ団長」

「バーカ、安心しろよ」

ともすればこの二人を倒せる実力者は今回の進軍にいない可能性がある、それほどまでにこの二大幹部は脅威だ、だというのにフリードリヒさんは余裕余裕と笑う…そして、己の胸の内に秘めた秘策を口にし…

「エリスちゃんとレグルス様がなんとかしてくれるだろ」

「エリス達ですか!?」

「…まぁ、私が同行している以上その二人を纏めて倒してやってもいいが…そこは自分で倒す とは言えんのか?フリードリヒ」

「バカ言え、そんな怖い奴ら相手に戦えるかよ…、第三段階到達者?それってつまり将軍級じゃねぇか、そんなの真っ向切って戦ったら死んじまうよ俺」

な…なんて情けない事言うんだこの人、見直した分見損ないましたよ…

「諦めなよエリスちゃん、こいつは昔からこういう奴なの、アテにすればするだけ損だよ?」

「リーシャさん…、そのようですね エリスも今理解しました」

「手厳しいなぁおい、まぁいいけどよ…っと」

するとフリードリヒさんは肩をポキポキ鳴らしながら近場のソファに座り…

「んじゃあ、各々 定期連絡が来るまでここで待機~、奇襲がないかどうかだけ注意するよう…ゲーアハルト みんなに伝えといてくれ」

「何故私だけが!」

「ゲーアハルトさん、エリスも手伝いますよ」

「うう…有難い…有難い」

「では、皆でそれぞれ手分けしてこの村を中心に布陣を引くとしましょうか、リーシャ様 お手伝い願えますか?」

「勿論、私はどっかの怠け者とは違うのよ」

「ひでー…」

酷いものか、全く 仕方のない人だと内心プリプリ怒りながらもエリス達はフリードリヒさんだけを置いて軍に指令を下しつつ、もしかしたらあるかもしれないアルカナの奇襲に備える為行動を開始する

まぁ、連絡が来るまでの時間 何もなければそれでいいんだ、それで…

……………………………………………………………………

サボるフリードリヒさんを置いて、エリスとゲーアハルトさんは駐屯地にてキャンプを作る軍団に指示を出す、奇襲があるかもしれないからそれを考慮して陣地の設営法もそれ用に帰るのだ

死角から奇襲されないようにテントを配置して、兵士諸君には悪いが定期連絡が来るまで森の中で過ごしていただく、みんなが森の中で寝てるのに エリスだけログハウスで寝るのは申し訳ないのだが、ゲーアハルトさん曰く 臨時でも参謀は参謀だから作戦本部にいろと怒られてしまった

参謀感はないですけどねぇ…

「軍の配置はこんなもんでいいか…」

「これならどこから奇襲を仕掛けられても即座に対応出来ますね」

ゲーアハルトさんと共に用意された地図を見る、見ればこの村の周辺の地図には赤い点がポツポツと書かれている、これを示したのはフリードリヒさんだ 

エリスはこういう戦略面は素人だから分からないけど、もしエリスが奇襲する側だったら…と考えると、この配置が如何にいやらしいか分かる

これ見よがしにそれぞれのテントを配置しつつ、どこから接近しても最低三つのテントの視界に引っかかるという配置になっている

「そうでもないさ、超遠距離からの砲撃が来たら、対応出来ん」

「そんなもん来たらそもそも対応出来なくないですか?」

「まぁな、まぁ 奴らもそんなド派手には仕掛けてこんさ…」

「ですね」

敵の兵はあまり多くないだろうし、警戒すべきはシンとタヴの両名だけだ、そいつらを態々使って奇襲を仕掛けてくるとは、エリスはとても思えない

「いや、エリス殿 仕事を手伝ってくれてありがとう、最後まで付き合ってくれたのは貴方だけだ」

「あはは…」

そうだ、エリス達はここを出た時はみんな揃って出たはずなのに 気がついたらフィリップさんがいなくなり リーシャさんがいなくなり 師匠もフラリと何処かへ消えて、メグさんに至ってはお夕食の買い物を済ませてきますね ってマルミドワズに帰っちゃった、まぁ 彼女はマルミドワズからここまで秒で行き来出来るからいいんだけどさ

その気になれば食料だって呼び出せる筈のメグさんが帰ったってことは、多分 普通に別件で帰ったんだと思う、まぁ別にいいが

「では、私はこれから作戦本部に戻る、エリス殿はこれからどうする?」

「どっか行っちゃった人たち探してきますよ」

「そうか、まぁ 飽きて散歩に行っただけだと思うが、貴方も大変だな」

「ゲーアハルトさんほどじゃありませんよ」

「そう言ってくれるのは貴方だけだ…、では」

体より気持ちが疲れた と軽くボヤキながら例の家へと戻っていくゲーアハルトさんを尻目に、エリスも適当に歩き出す、さーて みんなどこに行ったんだろうなぁ

「ふぅー…」

軽く息を吐いて 振り返れば、木漏れ日の照る木々の道が見える、何があるってわけじゃないが、とても綺麗に思える

一歩踏み出せば柔らかな土が足を受け止める、耳を澄ませば ふわりと香る土と葉の匂いと共に風が木々を揺らす、エリスは森が好きだと改めて感じさせられる

街にいるよりも平原にいるよりも、森が好きだ

なんでだって、そりゃ師匠と出会ったのが森の中だから それが全部だ

「ふん…ふん」

軽く鼻唄を歌いながら森の中を進む、あの時は確か 酷い土砂降りだった

暗い屋敷に閉じ込められて ただひたすら嬲られるだけだったエリスが、初めて見た外の景色、それが雨の降り頻る森の中だった

あの時は何が何だか分からないまま、根拠のない希望を頼りに前に進んで エリスは今を勝ち得た、師匠に拾ってもらってエリスの人生は始まった

そこから進んで進んで、こんなところまで来てしまったな

「…………んぉ」

ザワザワと揺れる木が、青々とした葉をエリスの頭の上に落とす、それを軽く手で取れば 命溢れる緑を発する一枚の葉が見える、葉の色は何処の国も変わらないな

「…んー、やっぱり森はいいですねぇ!」

「エリスちゃん随分ノスタルジックだね」

「ギャッ!?」

飛び跳ね慌てて声のした方を確認すれば、切り株の上に座りこちらを見ているリーシャさんがおり…、な…なんでここに

「えっと、いつからそこに」

「いつからも何も、最初から?私がここで筆認めてる所に鼻唄歌いながら現れたんでしょう」

「それは…すみませんでした」

うう、恥ずかしい…、存分に自然を堪能してるところを見られてしまうとは、あうー…顔熱いぃ

「というか!、リーシャさん!報告もなしにフラッと消えないでください!」

「いや、私いなくても大丈夫かなぁと思って、ほら ゲーアハルトいるし」

「そういう理屈じゃありませんよ、急にいなくなったらびっくりするじゃないですか」

「ごめんごめん」

へへへと謝ってるんだか謝ってないんだか分かんないような笑みで彼女は笑う、木影の中で揺れる彼女の姿は、あまりにも絵になってる エリスに絵の才能があったら筆をとってるだろうが、残念ながらエリスに絵の才能はない

「何書いてたんですか?」

「帝国の自然を題材に一つね…、だけど上手くいかなかったよ」

見れば懐から取り出した紙はぐしゃぐしゃに書き殴りれており、執筆が上手くいって無いのがありありと浮かんでくる

「所謂スタンプだね」

「スランプですか?」

「そうそれ、軍人としての活動がもう直ぐ終わると思うと、なんか…燃え尽きたような心地でね」

「燃え尽きた…ですか?」

「うん、散々誤魔化してもやっぱり軍人になる為に頑張ったからね、それが終わると思うと…自分の人生に一区切りついちゃうような気がしてねぇ」 

落ち込んでいるのだろうか、いや というより彼女の言う通り、燃え上がるような情熱を生み出せずにいるんだろう、エトワールにいる頃は必死だったし そんなこと考える暇はなかったんだろうけど、こうして腰を落ち着けて その時が迫れば迫るほどに

彼女は感じるんだ、己の終わりを

「はぁ~、私小説家としてやっていけるのかなぁ」

「やってけますよ」

「自信ないよう…エリスちゃん私の助手にならない?寂しいよう」

「なりませんよ、寂しかったらまたエトワールに行けばいいじゃないですか」

「まぁ、そうだけどさ…」

するの彼女は木々の隙間から空を見上げて、…懐かしむような視線で雲を見る

「ナリアちゃん達元気かな」

ナリアさんか、今もアルシャラでクリストキントのみんなと劇をやってるだろう、元々実力はあったんだ、軌道に乗った今なら 問題なく劇場を運営出来ている事だろうな

「元気ですよ、ナリアさんもクンラートさんもヴェルデルさんも」

「だろうね、あの人達あんなに寒くても風邪ひかないからね」

「流石はエトワール人ですね、…会いたいですか?」

「そりゃあね、…クリストキントのみんなは私にとって第二の親友だったからね、みんなみんな友達だよ?、ナリアちゃんも クンラートさんも ヴェンデルも」

すると彼女は手持ち無沙汰に真っさらな紙に名前を書いていく、ナリアさん クンラートさん ヴェンデルさん、他にもコルネリアさんなどの劇団員の名前を書いて…

「トルデリーゼ…フリードリヒ…ジルちゃん」

軍人時代の共の名を書き…

「オウマ…」

そして、聞き慣れぬ名前を最後に書いた後 彼女は、その締めくくりに、エリスの名を書き記す

「エリスちゃん、私の軍人人生でこれだけの友達を得ることが出来た、エリスちゃんはさ その旅でどれだけの友達を得ることが出来た?」

そう聞くのだ、人生とは 即ち旅だ、本人が望むにせよ望まぬにせよ、人とは動き その先に別れと出会いを繰り返し、友を増やしていく ここに記された者達が彼女の旅で手に入れた友なんだろう

「たくさんですよ、デティやラグナやメルクさん、アマルトさんにナリアさんにメグさん 当然リーシャさんもです」

それ以外にもたくさんいるけど、言い出したらきりが無い、けど 確かに出会ってきたみんな友達だ

「いいねぇ、私もその中にいるなんてさ…、ん なんかインスピレーションが湧いてきた、ビビッと来たよ、友達かぁふむふむ」

何やらいいネタが浮かんだようだ、ここで彼女を放っておくのもいいが…、折角だ

「リーシャさん、エリスに何か手伝える事ありますか?なんでもしますよ!」

「え?、そうだな…じゃあそこで踊って」

「なんでもするとは言いましたがっ!?」

踊れと!?ここで!?、普通に嫌なんですけど!もっと何か…別に手伝えることは!?と手をワキワキさせていると

「別に辱めようってんじゃ無いよ、ただほら 幻想的な光景の中木々の揺らめきと共に踊る乙女、なんとも非日常的でしょう? なんか浮かびそう」

「うぅ…そ そういうことでしたら」

何もふざけて言ってるわけではなさそうだ、ならば頼み通り踊ろうじゃ無いか…、でもエリス踊ったことないんですけど、いや一回ラグナとペアダンスを踊ったことはありますがあれは踊りというかダンスホールで暴れてただけなので…

「こ…こう、ですか?」

「なんかぎこちないなぁ」

カクカクとした動きで軽く踊ってみるが、どうしろと

いきなり踊れと言われて無音の中ジャカジャカノリノリで踊れる奴がいたら連れてきてほしい

「仕方ねぇ、俺が手本を見せてやるぜ」

「は?」

するといきなりそこの藪からフリードリヒさんが現れエリスを押しのけズンっと立つ、いやこの人いつからいたんだ?こんなところで遊んでる暇があるならゲーアハルトさんの代わりに仕事しろ仕事

「いつからいたんですかフリードリヒさん」

「楽しそうな気配感じて飛んできたのさ、んで 案の定楽しそうな事してるからさ、俺も混ぜてよ」

「いやですけど…」

「まぁまぁ見てろって、踊りだろ?こう踊るのさ!」

そう言いながら何やら軽快にステップを踏んで綺麗な踊りを披露するフリードリヒさんを見て呆気を取られる、いたよ ジャカジャカノリノリで踊れる人、というかこの人の仕事以外の情熱は凄まじいな

「はっ!ふっ!どうよ!リーシャ!」

「フリードリヒ…」

「あ?なんだ!?」

「邪魔」

「へい…」

リーシャさんの冷たい言葉をくらい、すごすご退散してその辺の木に座り込み膝を抱える、本当に何しにきたんだこの人

「ほら、エリスちゃん」

「う…」

仕方ない、ここは と覚悟を決めるとまた別の藪から人間が現れ…、というかフィリップさんだ、両手にいっぱいの花を抱えた彼は現れるなり目をガン開きにし

「エリスさんと踊れると聞いて!」

「誰も言ってませんが、というかフィリップさん 貴方どこ行ってたんですか」

「綺麗な花があったからエリスさんに!はいどうぞ!誓いの花冠!」

「なんの誓いですか…」

「分かってるくせにぃ」

わかんないから聞いてんだよ、そうエリスが冷えた目を向けようが彼は知らぬと言わんばかりにエリスに花の冠を渡しながら一曲踊りませんかと手を出してくる、嫌ですよ…

「嫌です」

「なんで!?」

「一言もなく仕事から離れる不義理者の言うことは聞きません」

「あぁーん!、次からちゃんと仕事するよーう!」

もう遅いです!ゲーアハルトさん大変だったんですよ!とそっぽを向いてやる、少し可哀想だが 彼はもう少し自分の立場に自覚を持った方がいい、以前第三十二師団の皆さんとお話しした時

『団長ももう少し落ち着いてくれたならぁ、所帯持ったら落ち着くのかなぁ』とチラチラこちらを見ながら言ってるのを聞いたことがある、団員から落ち着けと思われる程度には落ち着きがないんだ 、実力はあっても部下を統括出来なければフリードリヒさんみたいになっちゃいますよ

いや、フリードリヒさんはあれで部下に慕われてるし ちゃんとする時はちゃんとするようだが

「ああ、騒がしくなっちゃった…エリスちゃん早く踊って」
 
「まだいいます!?」

「仕方ねぇ、エリスさんのダンスでも見てくか」

「エリスさんのダンスが見れるならいいか」

なんかギャラリーが増えてるんですけどー!もう踊りたくないですよー!、助けて師匠ーー!!と震えるエリスの心の叫びに、呼応するようにそれはまた別の藪から現れ…って何人出てくるんですか!

「何やってるんだお前ら」

「師匠!」

師匠だ、レグルス師匠だ!、助かった!助かりました!、よかったぁぁ…、助けを求めるように師匠にしがみつき 状況を説明すると、師匠は呆れたような顔になり

「はぁ?、踊り?何故だ」

「なんか、リーシャさんが小説のいいアイデアが浮かぶからって…」

「余計訳がわからん、…だが 弟子が困ってるなら、助けてやるのが師の役目だ、エリス 私の手を取れ」

「え?、師匠踊るんですか…」

「ああ、こういう時 人前に見せるダンスの一つでも覚えておく方がいいだろう、お前も立場ある人間になるのだから」

どういう事…、人前にダンス見せる立場ってどんなの?なんて疑問を挟み込む間もなく師匠はエリスの手を取り、まるでエリスを回すようにくるりくるりと踊らせ始める

「ちょっ!?師匠!?、一緒に踊るんじゃないんですか!?」

「いいから静かにしなさい、舌を噛むぞ」

ペーン!ペーン!と師匠は駒でも回すようにエリスの体をはたき操るように動かしていく、その動きは不思議なことに踊りとして成立するための要項を全て満たしているようにも見える、というかこれ踊りか!?もっと優しい教え方ないんですか!師匠!

ほら!フリードリヒさん達も訝しむような顔してますし…

「…フリードリヒさん、あれ」

「ああ、帝国式のラヴィサントダンスだなありゃ、しかも結構古い型だ それこそ歴史の本開かなきゃ見ないようなやつ」

え?、これ帝国の踊りなんですか?なんで師匠が帝国の踊りを…、ああ!そう言えば昔マレウスで 『カノープスに踊りを教わったことがある』と言っていたな

カノープス様に教わった踊りということは即ち カノープス様が治めるこの国にも伝わっていて当然、ならばこそ 古い型と呼ばれるのだ、というかカノープス様から伝わる踊りということはその源流はディオスクロア王国じゃないのか?

だとすると物凄い歴史の深い踊りじゃない…

「ほら、ステップは大体こんなもんだ、後は一人でやってみろ」

「あ!はい!」

師匠に無理やり動かされたとは言え、エリスの記憶力をもってすればどういう風に体を動かしてきたか記憶出来る、その記憶を頼りに拙くも体を回すようにダンスを披露すると

「へぇ、様になるね」

リーシャさんにも好評なのか、ようやく満足してくれる…けど、その手に持ったペンが動くことはない、せっかく踊ってるんですから何かいいネタ書き上げてくださいよぅ!!!


…………………………………………………………

「ひぃーん」

「……………………」

私の言われた通り踊りを披露するエリスちゃんを見て思い返すのは、友との情景

最近の私はどうにもおかしい、軍人としての終わりを前に、どうやら私は感傷的になっているようだ

「………………」

ペンをクルクル回しながら、これまでの軍人としての人生を思い出す…

私が軍人になったのは、近所に住んでた反魔女おじさん魔女嫌いおばさんが原因だ、この世界一の魔女信仰国家に於いて 魔女を否定するということは相当な覚悟がないといけないと思うよ?

まぁ、彼等は聞きかじった知識と聞き及んだ話で 勝手に悪の存在を頭の中で作り上げて、それに国が洗脳されていると叫び散らしていた

別に何が悪で何が善かを割り振り信じるのは個人の自由だからそこにとやかく言うつもりはない、好き嫌いはそれぞれだしね、だけど彼等はそれを周りの村人に押し付けて拒絶する者達を攻撃したんだ、そりゃ嫌われもする

剰え、裏で魔女排斥組織と通じて帝国の内情を流してたんだから極まってる、誰かがあの二人の活動を告発してくれてなければ あの村は密かに魔女排斥組織に占領されていたところだった

そうだ、もしそうなってたらジルちゃんと私の日常が壊される、それを恐れたからこそ…私は軍人になったんだ

─────────────────────

十八年前のこの日、第一士官学校にて勉学と特訓を潜り抜けた若き精鋭達が学校を卒業し、そのまま帝国軍へと仕官する中、その中でも際立って優秀な五人の生徒が軍ではなく 皇帝陛下直属の修練機関 『特記修練上級士官学園』 通称特記組へ入ることとなった

「今年は五人もいるのか、豊作だな ルードヴィヒ」

マルミドワズの練兵エリアの最上階、関係者以外は入れない特別な修練場にて 今年特記組に加入する者達のリストを見てほくそ笑むのは 現代にて三将軍の一角を務めるゴッドローブ・ガルグイユである

当時はまだ帝国秘密機関の所長を務めており、将軍への昇格を目前に秘めた彼が 面白そうにリストを見る

「ああ、ここまで優秀な生徒が五人も揃って特記組へと加入するのは極めて珍しい、我らとしても喜ばしい事だ」  

そんなゴッドローブの問いかけに浅い笑いを返すのは!既に当時から将軍の地位を確たるものにしていたルートヴィヒ・リンドヴルムだ、彼もゴッドローブも同じ特記組出身だから分かる

特記組とは一年に一人二人加入すれば良い方で、卒業生の中から誰も加入出来ない なんてのもザラにある、事実ルードヴィヒもゴッドローブも一人で加入していた

それが五人も、もしかしたら帝国始まって以来の特例かもしれない、しかも その五人が秘める力は既に師団長に迫る物だ…

「全員師団長入りは確実だろう、ともすれば将軍の座に就く物も来るかもしれないな、お前もいつまでもその座に胡座をかいていられないぞルードヴィヒ」 

「そうあってくれる方がいい、帝国が求める力は圧倒的個人の力ではなく、群としての万能性だ、将軍を脅かすような存在が多数いた方が 帝国にとっては寧ろプラスだ」

フッと語るルードヴィヒの言葉のなんと傲慢なことか、どんな存在が現れても負ける気は全くない そんな勝気さすら感じる、だがゴッドローブはその傲慢ささけ受け止める

ゴッドローブも若い頃はルードヴィヒに負けてなるものかと情熱の炎を燃やしたが、及ばなかった、努力に努力を重ね漸く将軍の座を前にしてわかった、自分はルードヴィヒに追いついたのではなく、漸く彼の足元に及んだだけなのだと

そこからはもう認めた、ルードヴィヒの超絶さを、きっとこのリストに書かれている子達も最初はルードヴィヒを追い越そうと燃えるだろう、…出来れば それが不可能だと分かった時、折れないことを願うばかりだ

「しかし、特記組の修練開始時間はとっくに過ぎてるようだが、ゴッドローブ?誰も来てないみたいなんだが まさか俺としたことが日取りを間違えたか?」

見ればこの特記組専用修練場にて、独自の訓練を開始している者は数多くいる、当時の特記組のホープ アーデルトラウト・クエレブレなんかは開始の一時間前から水の中に顔をつけ息を止める訓練をしている

なのに、先輩方が既に訓練を開始しているのに、件の五人は姿さえ見せない…これは


「いや、これは遅刻だ…」

「遅刻、五人纏めてか?」

「みたいだ…」
 
遅刻だな、確実にとゴッドローブは眉をヒクつかせる、こんな大切な日に遅刻とはまぁ随分大物なことだ、ゴッドローブもルードヴィヒも多忙極まる男達、こうして特記組に顔を見せていられる時間だってかなり限られている

なのに、まさか向こうが遅刻するとは…

「そうか、遅刻か そうかそうか、…ふゥ~~…」

顔を手で覆いながら物凄く大きなため息を吐くルードヴィヒを見て、ゴッドローブは同情する、彼は将軍になる前はもっと毅然としていて 感情を表に出さないタイプだったのだが、…どうやら将軍は気苦労が多いらしい、昇格の話は断ろうかな そう思った瞬間

「すみません!遅刻しました!」

バァッン!と修練場の扉を開けながら突っ込んでくる五人の影、ああ ようやく着いたか、これ以上遅刻したらルードヴィヒが居たたまれないところだったとゴッドローブは安堵しつつも

「お前達、将軍が出向いているというのに初日から揃って遅刻するとは、栄えある特記組加入をなんだと思っている!」

「すみません、こいつらが…」

「いやお前が寝坊したんだろうがフリードリヒ!」

「テメェだってジルビアに起こされるまで寝てたじゃねぇか!」

「でもお前より早く起きましたー!」

「いい加減にしろ!喧嘩をするな!」

ゴッドローブの怒号に五人はピシリと姿勢を正す、あまり怒鳴るのは好きではないのだが…、これ以上時間をかけるとルードヴィヒの睡眠時間がなくなってしまう、彼はこの後も山ほど仕事があるんだ

「時間が惜しい、取り敢えず加入式を始める…点呼の後返事をするよう…」

「は?、リストがあんだろうが、一々紹介する必要あんのかよ」

「ちょっと、オウマ…やめなって」

ゴッドローブの言葉に生意気な返答を返すのは土色のガサガサの髪と常に下を向いた口角とは反対に吊り上がった赤目が特徴の、なんとも凶暴そうな男だ…、まぁ 彼はこういう返答を返す男だと聞いていたから 別に気にしないが

すると

「通過儀礼は大切ものだ、君達の人生の区切りとなる大切な…な、君達はもう学生ではない、同期は既に軍に士官しているのと同じように、この特記組もまた軍の一部 君達はもう大人だ、そこを理解しなさい」

「ケッ…」

ルードヴィヒの理路整然とした言葉に彼はポッケに手を突っ込んだまま顔を背ける、彼は実力はあるようだが あの協調性のなさは問題だな…まぁいい

「では、おほん…ジルビア・サテュロイ!」

「は はい!」

一際おどおどしながら答えるのは五人のうち最も座学の成績が良いジルビア・サテュロイだ、魔力の総量は決して高くないものの自らの及ばない部分を長所で隠して立ち回るのが上手いと教官からのお墨付きだ

やや引っ込み思案なのが、問題だが…まぁ そんなもの後でなんとでもなる

「トルデリーゼ・バジリスク」

「おう!、特訓はまだか!え?まだ?あ…そう」

逆に気合が入っているのは五人の中で最も戦略構成能力が高いと言われるトルデリーゼ・バジリスクだ、ボードゲームではあるが チェスの腕前は教官すら打ち負かす程だと聞かされており 彼女は指揮官向きだと教官から推薦も来ている

ただ、やや頭は悪いようで座学の成績は非常に悪い、戦略と座学は違うようだ

「フリードリヒ・バハムート」

「はーい」

やる気なし ここに来るまでに寝癖も直していないだらしなさ、多分 今来ている制服の下には昨日から着ているしわくちゃのシャツが着てあることだろうこの男はフリードリヒ・バハムート…、これでいて 戦士としての潜在能力はかつてのルードヴィヒやゴッドローブを彷彿とさせると言われる天才だ、ただその有り余る才能を使う気が本人にはないのが一番の問題か…

ルードヴィヒも彼には期待しているんだから、もう少し頑張ってもらいたい

「オウマ・フライングダッチマン」

「………………」

そして返事をしないのはさっきの生意気な青年、土色の髪と黄土色の三白眼は見るものを恐怖させる程恐ろしい、態度はフリードリヒとは別の意味で最悪ではあるが、彼はこの五人の中で最強とも言われる実力を持っているそうだ

ただ問題があるとするなら加減が全く出来ない…いや本人に加減をする気が全くない事か、危険な男だが使いようによっては有用だろう、事実既に何人かの師団長からも師団長に任命する推薦が出ている、逸材中の逸材だ

「リーシャ・セイレーン」

「はい!」

最後に響くのは最も気合の入った勇声、努力家 天性の軍人 五人の中で最も優良株、彼女を讃える言葉は学園教官達から多く聞こえてくる

名をリーシャ・セイレーン、軍人としての使命に学生の頃から燃えていたという彼女の長所は、なんといってもその空間把握能力、その力は特記組に必要な能力であり このまま育てば師団長を超えて将軍にさえ届くと言われる逸材

「以上5名の特記組加入を、このゴッドローブ・ガルグイユとルードヴィヒ・リンドヴルム将軍の両名の名を以って認可する事とする、お前達はこれから特記魔術開発局に赴き そこで魔術を授かってから、ここでそれを磨け、わかったな」

「じゃあ最初から魔術開発局でその通過儀礼やりゃ良かったじゃねぇか、ここから魔術開発局って結構距離あんぞ」

「ちょっとオウマ!」

「いやいい、確かにオウマ君の言う通りだ、来年からはそちらで挨拶をするよう変更しよう」

はぁ、とオウマの言葉にやや遣り難そうにするルードヴィヒを見ているとゴッドローブまで疲れてくる、まぁいい 彼等はもしかしたら帝国の未来を背負うかもしれない人物達、重用するに越したことはない、何よりフリードリヒとオウマの学生時代の成績はルードヴィヒに匹敵する

多少は大目に見るのだろう…

そうだ、彼らには未来がある、そして 我ら帝国軍は彼ら五人の未来に、期待しているんだ

揃って五人 立ち去るその背中に、私達は不透明な未来を見ながら ただ見送るのであった

……………………………………………………

「魔術を授かるって、なんか変な心地だよねぇ」

帝国府に存在する帝国魔術開発局の出入り口を開けながら リーシャは…私は自らの手首に刻まれた刺青を見てため息をつく

今日から私たちは誇りある特記組の一員だ、その証拠として皇帝陛下直々に開発した特記魔術を受け取り 私達はそれを使えるようになった

この刺青はその証だ、と言うのも特記魔術はどれも不思議な魔術であり、皇帝陛下が発布する認可証が無ければ取得さえ出来ないものとなる、そして その認可証がこれだ

不思議な模様が腕輪のようにぐるりと手首に巻かれている…、オシャレといえばオシャレな気がしないでもないけど…

「乙女の肌にこんなもん貼っつけるんなら事前に言って欲しいよね…、ねぇみんな?」

そう、共に魔術局から並んで出てくる私の友達に声をかける

「え?、ああ あんまり気にしてなかったわ、あたし」

寧ろ今気がついた と言う様子でトルデリーゼは手首の模様を目に入れる

「かっこいいけど、ずっとこのままはなんかやだよねぇ」

えへへと苦笑いするのはジルちゃん、その可愛いおててにはゴツい刺青が、これじゃあギャングだよ…

「大丈夫だよ、これ 俺たちの体に馴染んだら消えるみたいだ、ほら ルードヴィヒ将軍とか手首にこんな刺青なかったろ?、そのうち消えるって」

あ、そういえばとフリードリヒの言葉にハッとする…っていうか

「あんたよく見てるねフリードリヒ」

「まぁなぁ~」

「人の話は聞かない癖に」

「聞かない代わりによく見てんだよ、ってか褒めるんならちゃんと褒めろって」

嫌だよ、お前褒めたらすーぐ調子にのるから

「ブツブツ…ブツブツ」

「で?、そこのオウマさんはさっきから何ブツブツ言ってんだよ」

そんな私たち会話の輪に入らず、一人 顎に手を当ててブツブツ考え込むのは 我らが五人組の爆薬ことオウマ・フライングダッチマンだ

私もなんでこいつと友達なのか分からないくらいの乱暴者で、学校でも先輩と喧嘩しまくって 何人も病院送りにしたトンデモヤンキー野郎だ、教師からも目をつけられてたのに それを上回る勢いで成績出したんだ、この実力主義の帝国じゃ ああいうのも主席で卒業して特記組に入れちまうんだなって ちょっと安心する

「あ?、いや 魔術局に入ったのは初めてだったが、陥落させるのは意外と簡単そうだなってさぁ」

「陥落って、滅多なこと言うんじゃねぇよ、帝国の重要施設だぞ?」

「だがその実守りは薄い、魔術の開発を阻害しない為魔装は殆ど置いてねぇ、衛兵は正面門に集中してるから側面に大穴開けて乗り込めば制圧は簡単だ」

「…お前なぁ」

フリードリヒが呆れたようにため息を吐く、こいつはこういうのばっかだ

みんなで外に飯食いに行っても 『あのレストランは俺一人で陥落出来るな』とか、みんなと遊びに出ても『あそこの店はこうやって陥落させりゃいい』とか、そんなんばっか 痛いやつだよこいつは

それに

「バカだねぇオウマは」

「は?、んだとリーシャ」

「あんたバカだって言ったんだよ、外壁に大穴?そんな大騒ぎ起こしたら瞬く間に増援が来て取り囲まれるよ、私なら 魔術導国から来る魔術師拉致って入れ替わり、内側から静かに制圧するね そっちの方がスマートだよ」

「…………」

私の指摘にオウマは目を丸くする、こいつの制圧計画は いつもこいつの圧倒的武力に物を言わせたものばかり、つまり直線的過ぎる、制圧することだけじゃなくその後のことも考えなと言ってやるのだ

「…確かにリーシャの言う通りだ、流石 俺の軍師」

「軍師じゃないしあんたのでも無いんだが?」

「言ってとけ、今に一番早く出世しておまえら全員部下にしてやるからな、いい給料で暮らしたきゃ俺のご機嫌取っとけよ」

こいつはどうも私の事をかなり評価してくれてるみたいなんだよな、戦記物とかもよく読んでるからその引用であれこれ意見してるだけなんだが、オウマは本を読まないだろうからな 

有名な作戦でも私が一人で立案したと勘違いして、本気で私を稀代の天才軍師だと思い込んでんだ、それからずっと『俺の軍師!』『俺の軍師!』って呼んで関わってくる

可愛いからこのままにしてるけど

「おお、んじゃあ未来の師団長様に今日は奢ってもらおうかトルデ」

「そりゃいいな、なぁ?オウマ師団長?、あたし今日肉が食いてえよお」

「ククク、仕方ねぇな 今のうちから面倒見てやるか、俺未来の師団長だし、よっしゃ!お前ら俺様について来い!今日はいい肉食わせてやる!」

まぁ単純にオウマもバカなだけなんだけどさ、というか

「おーい!バカども!戻ってこーい!、これから修練場に戻って訓練しなきゃ 今度こそ特記組除名だぞー!」

煽てられ調子に乗ったオウマはフリードリヒとトルデを連れてロングミアドに向かうのを止める、ホントバカなんだから…、私がちゃんとしないと

「みんな賑やかだよね、リーシャちゃん」

「バカなだけだよ、全く いつまでバカでいるつもりなんだか」


「よっ!未来の師団長!」

「無敵の将軍オウマー!」

「がははははは!、全員俺の部下にしてるぜーっ!」

ほんと、いつまでもバカなんだからと私はこの時呆れながらもやや喜びながら照れ隠しにため息をしたよ、だって学園を卒業して 友達と呼んでいた同級生達はみんな仕官して、離れ離れになっちゃった

一番仲のいいフリードリヒ達ともまた別れることになると思ってたから、こうしてまだ一緒に居られる事を嬉しく思うと同時に、確信していた

きっと、私達はいつまでも一緒に居られるんだって…

「ほら、戻ってこい!」

「チッ、仕方ねぇ 俺の軍師が退却命令出してるから戻ってやるぜ、軍師の進言を聞くのも指揮官の役目だしな」

「ちぇー、今から訓練とかかったりー…、お?」

ふと、こちらに戻ってくる最中 フリードリヒが道すがらに露店を見つける、炉端に座り 地面に敷いた布の上に座って何やらアクセサリーを売ってるようだった

「変なとこで店開いてんな、あいつ」

変なところだ、ここは帝国府と練兵エリアの間を繋ぐ空中回廊の中、こんなところで商売しても売上なんて見込めないし、そもそもこのマルミドワズで商売するなら、都市部営業許可証が必要だし この空中回廊は全域帝国府の所有領地内、言っちまえば人の家の庭先で勝手に商売してるようもんだ

あいつが都市部営業許可証を持ってるとは思えない、だって許可証を持ってるってことはロングミアドに店を構えないと貰えない、エトワールじゃあるまいに あんな路傍での商売なんかマルミドワズは許可していない

「無許可で営業か?、ふてぇ野郎だ 五人で袋叩きにして憲兵につき出そうぜ」

「よっしゃ!あたしがその辺からいい感じの棒持ってくっから待ってろ!」

「待てよオウマ&トルデ、まず話聞いてからだ」

腕捲りをするオウマの首を掴んで止めるフリードリヒに続いて、私達は揃って露店へと歩み寄る、なるべく刺激しないよう穏便に…だ

「やっほー、儲かってるかね お店さんよ」

「へい、いらっしゃ…うっ!?」

すると露店の店主は私たちの姿を見るなりビビった顔を見せてガサガサと手元の鞄の中を漁り始める、いかにもやましい事がありますって顔だなおい

「ま 待ってくれ憲兵さん!ちょっと待って!話聞いて!」

「俺達は憲兵じゃねぇよ、なんなら正確には軍人ですらねぇ」

「でも…軍服着てるし」

「あ?、ああ」

私達が着ている服を見て店主は怯える、これを見て 軍人だ…と言うのだ、まぁ私達が着てる服は軍服じゃ無いんだけどね?、特記組の人間に配られる特別なコートなんだけども、民間人から見たら違いなんかわからんか

「軍人じゃ…無いのか?」

「ああ、だけど軍部の関係者だ、当然ながらこんなところで営業しちゃいけないのは知ってるよな?、無許可営業ってなったら 俺達先輩方にお前の話しないといけないぜ」

「ち ちが、無許可じゃ無い!営業許可証は持ってる!ほら!」

「んん?」
 
そう言いながら鞄取り出すのは、確かに帝国府が発行してる営業許可証だ…、だとしたらなおの事不可解だな、営業許可証があるならロングミアドに店を持ってるはずだ、こんなところよりは客入りは良さそうだが…

「偽物じゃねぇの?」

「うん、偽物だよきっと」

オウマ&トルデの狂犬組が偽物だ 袋叩きだとテンションを上げ始めるのをどうどうと収めつつフリードリヒを見やる、すると

「こりゃ本物だな、偽造できるんなら許可証の意味をなさないしな、でも不可解だよなぁお兄さん、許可証があるなら店持ってんだろ?、そっちで売りゃいいのに」

「今店を改修してるんだよ、その改修工事がちょっと時間かかってて、ちょっとでも稼げないかって あっちこっちで出店出してるんだ」

「へぇ、なーるほど」

なるほど そう言う話だったか、確かにそれなら話は通る…けど

「けどさ、そう言う理由で出店開く場合も臨時の許可証を発布してもらう必要があるって、お兄さん知ってたか?」

「え!?そうなの!?」

何をするにも許可証がいるのがマルミドワズだ、でなきゃ 勝手に国外から商人が入り込んであちこちで商売始めちまう、そうなったら帝国の大切な金が知らない間に他所に持ってかれちまう

営業許可証がいるのは他の国もそうだが、そう言う理由で臨時で出店を開くなら マルミドワズの場合そっちの手続きもしなきゃいけないんだ、あんまり知られてないけどな

「そうだったのか…」

「そうそう、だから臨時許可証持たずに営業してたら せっかく儲けた分 罰金で取られちまうよ」

「うう…す すみませんでした」

「いやいいって、俺たちさっきも言ったけどまだ軍人じゃ無いから、見なかったことにしてやるよ、とっとと役場行って許可証貰ってきな」

「ありがとう!ありがとうございます!」

いいっていいってと平和的に話を収めたフリードリヒを見て…

「甘いな、違反は違反だろ…」

「こいつ実は他国のスパイじゃね?」

狂犬組はやや落ち込んでいるようだ、チンピラかこいつら…やめろよまじで

「すみませんでした、では早速…」

「あ いや待て、なんならなんか買わせてくれよ、せっかくだしさ」

「え?、ああ いいですよ、何にしますか?、これ 私が自作したアクセサリーなんですよ、昔エトワールに留学してたこともあるので心得はあり…」

どうやら、ここに並べられているアクセサリーは店主の自作らしい、銀で作った装飾や金で作った指輪とか、いろいろ置いてある

それがセンスがいいとか、本当にエトワールで勉強したとかは分からん、別に芸術的着眼点は私は持っていないから

地べたに並べられたアクセサリーをジロジロ見るフリードリヒを、私達は四人で見つめる

何買うつもりなんだろうとジルビアがワクワクする

なんでもいいから早く行こうぜとトルデリーゼがボヤく

俺ならこいつを秒で制圧出来るといつもの悪癖を炸裂させるオウマ

そして私は…、時計を気にする、こりゃまた遅刻と怒られるな

「よしっ!これくれ!」

と手に取るのは安そうな鉄の首飾りだ、金でも銀でも無い 鈍色の鉄の飾りだ、…うん オシャレとかじゃ無いな、ダサくも無いけど 普通だ、丸の中にバッテンが刻まれたような…手の込んで無いザ・量産型って感じの鉄の首飾り、それを気に入ったのか手に取り

「これ五個まとめてくれ」

「あいよ、毎度あり、んじゃ私はこのまま役場に直行してきやすね」

「おう、頼むぜ 無許可営業の店で買ったと知れたら俺達もヤベェからさ」

退散する露店を眺めながらジャラジャラと手の中で五つのアクセサリーを踊らせるフリードリヒは満足げだ、意外だな こいつがこう言うアクセサリーを買うなんて、いつも寝癖ぴょんぴょんな上シャツをズボンに半分突っ込んで歩いてるこいつが…、いや 五個か、そう言うことか

「それ欲しかったのか?フリードリヒ」

「まぁな、ほれ オウマ、パス」

「は?…なんで俺」

「トルデも、リーシャもジルビアも」

「わっと!」

「ん?、私にもくれるの?」

「わわっ、あの このアクセサリー貰ってもいいの?」

それぞれに一つづつアクセサリーを投げ渡し満足げに微笑むフリードリヒ、まぁ 最初から全員に配るつもりだったんだろう、だから 五個買ったわけだしね

「おう、これは 俺たちの友情の証だ!」

そう言いながらアクセサリーをグッ!と前に突き出せば…、オウマは呆れたように口角を更に下げ

「今更必要かよ、それ」

「必要不必要で言えば必要ねぇだろう、こんなもん無くても俺達は一生の友達だ、けどさ あった方がなんかいいじゃん?、…もしかしたら、俺たちはこれから軍人として離れ離れになることもあるかも知れない、こうやって集まるのも難しくなるかも知れない、けど これを持ってれば少なくとも、距離は感じないだろ」

なるほど…と、思うと同時にフリードリヒもやはり不安を感じてたのかも知れない

ルードヴィヒ将軍も言っていた、私達の生活には一つの区切りがついた、その区切りの後もまた 関係性や状態が継続するかは分からない、もしかしたら これからこの中の誰かが極方に飛ばされることもあるかも知れない

出世したら、みんな忙しくなって 会いたくても会えなくなるかも知れない、そうなった時 その心の拠り所になるものがあれば、少なくとも寂しくは無いか

「ふぅん、フリードリヒにしては悪く無い考え方じゃん、私好きだよ」

「だろ?だろ?我ながらいい考えだろ?」

「うん、だから私もこれつけるからさ みんなもこれ、肌身離さず持っといてよ」

ね?、と言いながら私がアクセサリーをつければ…

「…チッ、しょうがねぇ 軍師の進言は聞いてやる」

「あ!リーシャちゃんがつけるなら私も!」

「え?つければいいのか?これ」

「そうそう、…これがあれば、どれだけ離れていても友達だって言い合える、一人離れていても 寂しく無い、そう感じるだろ?」

な?と言うフリードリヒの言葉に なんと無く返事をしながら首から鉄の首飾りを揺らす、オウマの首にもトルデリーゼの首にも ジルちゃんの首にもフリードリヒの首にも、私のと同じのが掛かってる

これだけで、確かになんだか嬉しくなる…いいな、これ

「これがある限り 俺達は何時如何なる時も友達、この首飾りが存在する限り 永遠だ」

「差し詰め鉄の友情か…、ふふっ まぁ私達の友情は鉄より硬いけどね」

「鉄は脆いだろ、俺一発で壊せるぜ?、この首飾りもどっかで直ぐに壊しちまいそうだ」

「あたしも、こ これが壊れたら友達じゃ無くなるんだよな…不安だ」

「トルデちゃん、これが無くても私達は友達だよ?」

「まぁ!願掛けみたいなもんさ!、よしっ!お前ら!特記組修練場に怒られに行こう!」

「遅刻確定だもんね、しかも二連続…始末書書かされるだろうなあ」

なんでみんなでヘラヘラ笑いながら鉄の首飾りを揃って揺らしながら走る、これから怒られるだろうに、そんな不安なんか微塵も感じない、五人揃っていれば何があっても無敵だ、私達はそうやって今まで生きてきた これからもそうやって生きていくだろう

胸に首飾りが輝く限り、私達はこの友情の下どんな艱難さえ打ち砕く、そう思っていた

思っていたとも、いや今も思ってるよ?けど…


もしかしたら、そう思い始めたのはあの日…私が重傷を負って戦線を離脱しなきゃいけなくなったあの頃に起こった、とある事件がきっかけだった

……………………………………………………

それから数年後、私達が特記組を卒業して正式な軍人になった後のことだ、突如としてマグダレーナさんに呼び出され 行った作戦行動で、全てが変わった

退廃のレグナシオンと大いなるアルカナの連携作戦を潰す為、私とジルビアは帝国の南の果てに向かい、そこで私は重傷を負った、左手左足の左半身丸々ズタズタのすげー怪我

私もジルビアもよくやった、なんたって当時の八大同盟の幹部三人相手に勝ったんだ、多少の犠牲を払ったにせよ 大金星、その犠牲が 手前だったと思えば無いも同然だった

ただ、そう思ってたのは私だけと言うことに気がついたのは、目が覚めて、軍の診療所の天井見てからだ

泣き腫らしたジルビアと 見たこともないくらい顔を青くしたフリードリヒ、取り乱して憔悴したトルデリーゼ…、みんな 私を見て悲しむような怒るような、そんな顔をしてたもんだから、私は何も言えなかった

茶化す事も、謝る事もなく、ただ…目を背けてしまった

軍を辞めると言い出すジルビアとレグナシオンを潰しにいくと言うトルデリーゼの二人を落ち着かせたフリードリヒは、その感情を表に出さずこう言った

『二度と、自分を蔑ろにすることはしないでくれ…、頼む』

その時何を思ったか、そう言われて何を感じたか、それが分からないから私は自分の命が軽く感じてしまうんだろう、ただ ふと胸元を見てみると あの日買った友情の首飾りが真っ二つに割れてしまっているのを見てひどく悲しかったのは覚えている

その後みんなにメチャクチャ怒られて マグダレーナさんからも静々と謝られて、ベッドの上で動かない体にちょっと焦って、何もない 人生で初めてと感じる程の空虚の中、あの事件は起こった

ある日、…私が診療所に入院して三日目くらいか、いきなり病室の扉を乱暴に開け、鬼の形相をしたフリードリヒが必死に自分の怒りを抑えながら、無理にいつもの自分を演じながら私にこう報告してきた

『オウマが遂にやりやがった』と

遂に、少し前からその兆候がありつつもありえないと切り捨てた可能性が実現してしまったんだ

オウマ・フライングダッチマンがレグナシオンとアルカナの騒ぎに乗じて、その特記魔術を用いて魔装庫の魔装をまるごと持ち逃げしたんだ、当時はまだ魔装の管理が今ほど厳しくなかったから オウマはその隙をついて、他所で作った仲間と一緒に魔装を持ち逃げして消えた

今はもう何処にいるかも分からないそうだ

マジかよと思いつつも何処かで納得する自分がいた、アイツは何時かやりそうだったし、でも分からないのは何故今なのか、いつでも出来ただろうに 何故今になって行動を起こしたのか…、私はそんなことばかり疑問に思っていた

まぁ、フリードリヒ達にそんなことを気にする余裕はなかったようだ、ただ 私の重傷とオウマの裏切りが重なって、精神的に参っているようだったよ

ともかく私はフリードリヒを落ち着かせて、お前が残りの三人を引っ張るよう言い含め家に帰した、このままじゃアイツ 変な事を決断しそうになったから

そして、私は夜 誰もいなくなった診療所で眠れない夜を過ごしていた、オウマが何を考えているのか オウマは私達を利用して裏切ったのか、私達は友達じゃなかったのか

割れて砕けた友情の証を眺めながら、涙も無く眺めていた

そんな、夜のことだった

ふと、窓が風に叩かれ揺れた気がした、その音に気がつき ふと目がそちらを向いた瞬間

遠に面会時間が過ぎていると言うのに診療所の個室、その扉が閉まる音がした、夜勤巡回のナースしかないこの個室の扉が閉まったんだ

起こる筈のない物音に、私は驚いてそっちを見る、するとどうだ

居ないはずの人間がそこに立っていた


オウマだ、私が怪我をしても見舞いにも来なかった男、魔装を持ち逃げして 居なくなった筈の、今帝国が血眼になって探してる筈の男が、そこに立っていた

「オウマ?」

私の声は、信じられないくらい枯れていた、それと同じくらいこの男がここにいるのが信じられなかった

まるでなんでもないように、軽く近くの喫茶店に寄った帰りに知り合いの顔でも見に来たくらいの気軽さで、帝国に追われてる筈の男が帝国軍部直轄の診療所に現れたんだから

もしかしたら、例の事件は何かの間違いかもしれない、そう 何か勘違いされて 彼は無実の罪を着せられてるんじゃないか、そんな若造みたいな言葉が私の胸のうちに湧く

「よう、リーシャ…怪我の調子はどうだ」

その言葉を聞いて、私は悟る、ああ やっちまったんだなこいつはと

伺うような声、安心させようと言う意思が透けて見える目、一度だって私の名前を呼んだことない口が、調子はどうだなんて言うんだ

分かるさ、伊達にこいつと親友をやってない、こいつは…やっちゃいけないことをやった、魔装を盗むことをじゃない、友達を裏切ることをだ

「どう見える」

「良さそうに見えるな、…お前が再起不能の怪我を負ったって時は、取り乱したぜ」

「の割には、見舞いにもこなったな」

「詰るなよ、色々あったのさ」

彼は、ポッケに手を突っ込みながら ベッドの上に座る私の横に立つ、色々か そりゃあったろう、こいつにだけじゃ無く、私やフリードリヒにもあったのさ、それを話してやりたいが、きっと今すべきはそんな話じゃないんだろう

「何をしに来たんだよ」

「…お前は、俺がやったこと 聞いてるか?」

「聞いてるよ、遂にやったって みんな言ってたよ。

「そうか、まぁ そうだろうな」

彼はなんのこともなく、近くの椅子を引き寄せ座る、遂にって事は普段からそう思われてたって事なのに、そこに対しては怒らないんだな…

「オウマ、何馬鹿なことやってんだよ…、お前 師団長になって私ら全員を食わせてくれるんじゃなかったのかよ」

「…その話なんだが、無理みたいだ」

「無理?らしくないな」

「俺ぁ将軍と皇帝に嫌われたみたいだ、師団長昇格の話はないらしい、剰え 極方への転属が決まったって話もあった」

極方…、双子大陸の間に存在する大きな孤島『天番島』の事だ、帝国の領地内にはあるが余りに遠く、半ば切り離された世界だとも言う、かつては魔女大国の魔女達が集まる『七魔女会議』の舞台になっていたと言うが、魔女間の関係が疎遠になるとともに使われなくなった捨てられた土地 そこを守護する極方守護隊への転属か

…この天番島にはいくつかの名前があるのは帝国兵の中でも有名だ

出世を求めず、ただ安寧と平穏な日々を望む者には『楽園』と

戦いと使命感、出世欲に燃える者には『地獄』と呼ばれる、こいつにとっては後者だ、半ば左遷に近い決定、師団長候補とまで呼ばれた男がだ、…彼にとっては屈辱だろう、私にとっても悲しい知らせだ

だが

「馬鹿だね、あんた本当に馬鹿だよ、まさか左遷を理由にこんな大それたことやったの?」

「それも理由だけど、それだけじゃねぇ…」

そう言う彼はグシャグシャ髪をかきあげ、私の目を貫くように見つめると

「俺達は、帝国の道具だ」

そう言うのだ、そんな事気にするやつだったのか、帝国の道具?軍人はどこの国でもそうだ 帝国と言わずだ、国家安寧と言う名の神に殉教を捧げる盲信者の名を民衆は軍人と呼ぶことくらい、オウマも理解してる筈だ

「そんな事、気にしてるの?」

「今までは別に気にしてなかったさ、だけどそれを如実に感じ始めたのは左遷の件と…お前だ、リーシャ…お前の有様を見てたら…無視できなくなった」

「私?」

「ああ、俺達軍人は道具だ、役に立つ…よく使う道具は引き出しの上に置かれ、使えないやつは下へ下へと置かれていく、手の届かないところにな、もっと悪ければ倉庫かゴミ箱行きだ」

「………」

「俺達は 倉庫やゴミ箱に行くために今まで辛く苦しい訓練を乗り越えてきたのか?、埃被って動かなくなる時を待つためだけに生まれてきたのか?、お前は…捨てられるためにジルビアを守ったのか?」

「違うよ、私達は捨てられない 私達は私達の決断で…」

「違う!、この世界でそれを決めるのは魔女だろ?、戸棚の配置を決めるのは魔女だろ!、お前が何思ったって魔女が思えば、俺達は捨てられるんだよ…違うか?、お前壊れた道具を後生大事に持ってるか?」

「………………」

そんな事ないとは言い切れない、魔女はこの世界で絶大な影響力を持つ、それは力以上に恐ろしい、この世界と言う名の部屋の住人は彼女達だ、家具や物の配置を決めるのは魔女だ、使わない道具は倉庫へ いらないゴミは捨てる、当たり前のことだ…

「リーシャ、お前の怪我は重篤だ、もう前みたいには動けない、俺も…極方へとしまわれる、俺達は魔女にとって要らない物なんだ、その末路を 今更説明するまでもないよな!努力を否定され 意思を踏み潰され 全てを捨てられて、帝国から追い出されるんだ!」

「…くだらない、くだらないよオウマ!あんた考えすぎだって!、だからってアンタやっていいことと悪いことがあるよ!、とてもじゃないけど私は…!」

「俺と来い!リーシャ!」

いきなり立ち上がったオウマは私の方を掴み言う、俺と来いと、それが 長々話した要件の本筋であると…

「何?」

「俺と来い、お前は俺の軍師だ、お前となら俺はやっていける」

「何言ってんの」

「俺はお前を捨てない、引き出しの上と言わず常に右手に持ってお前を使い続ける、だから来てくれ 俺の軍師…」

「だから!、何言ってんの!」

いきなり何を言い出すのか、私は分からず答えられず彼を拒絶する、いや 分からなかったのは…どう答えていいか、か…

「俺はこれから…いやもうか、軍を抜けて旅をして生きていく、そのための仲間と設備は揃えてある、お前の体だってキチンと治すための手段は用意してある」

「それで、何するの…」

「俺は俺として生きる、魔女に逆らってもだ、その道は険しいが…お前がいれば…」

「それで、私を誘って…私に友と軍を裏切れっての!?」

「お前がいれば、フリードリヒやトルデだって乗ってくる、また五人で生きていける、軍と魔女の思惑になんか左右されず、ずっと五人でだ」

「馬鹿にして…、馬鹿にして…!」

悲しかった、涙が何故か溢れてきた、私はなんと無力なのだろうか、ここで彼を止めることも彼の悩みを払拭することもできない、友達がここまで思い詰めてるのに 何にも気がつかず、剰え その身勝手で友の悩みを…確信に変えてしまった
 
なんと無力なんだろうか

「来てくれ、来てくれよ…リーシャ」

「あんた、そう言えば私が付いてくると思ってるの?」

「…………」

「友達と一緒に?五人でずっと一緒に?、馬鹿にしないでよ、私達は帝国軍人になるため出会って、立派な軍人になるため一緒にいたんでしょ?、その根本を覆したら…元も子もないじゃん、…私は あんた達と国を守るために、軍人になったんだよ?!」

「…つまり、来てくれないんだな」

「悪いけど、お誘いには…乗れないよ」

「そうか、…そうか」

するとオウマは食い下がることなく、踵を返す、どこか…彼も思っていたのかもしれない、私が付いてくる事はないと、それでも誘ってきた意図は分からないが、それでも彼にとって 私やフリードリヒ達は小さい存在ではなかった

ただ、それさえ、覆すほどのなにかが 彼にはあったんだろう

「邪魔したな」

「何処行くの…」

「言ったろ、魔女に反抗する旅に出ると」

「アンタ、まさか…」

「言う必要ねぇだろ、…じゃあな、もう会う事はないだろうぜ」


「っ!」

手を伸ばす、扉を開けて立ち去るあいつの背中に、止めてなにを言うか…止めてどうするのか、私には答えが出せないとわかっているのに、それでも体は勝手に動く、だってあいつは友達だから 私はまだ友達だと…思っているから

ただ私の想いも虚しくオウマは立ち去った、アイツが何処へ行ってなにをしようとしてるのかは分からない、奴が語った通りなら オウマは魔女排斥組織にでもなろうとしているように聞こえた

だが、その可能性から必死に目を逸らす、だって これは私の考えすぎかもしれないし、もしかしたらアイツが嘘を言ってるだけの可能性もある、だから必死に必死に目の前に屹立する現実から目を背け、それを確定させたくないから口にも出さない…

オウマは魔女排斥組織になった、私達を裏切った、そう口にしてしまえば 何もかもが終わってしまう気がして、だから私は知らないふりを続ける…この夜からずっと、知らないから誰にも言わない フリードリヒ達にも言わない、将軍にも皇帝にも言わなかった


そして、幾日かした後、私の身の回りに二つの事件が起こる

一つは私に退役かそれとも監視員として他国に潜り込むかの選択を迫る通知、私の怪我はそれだけ重い これから戦線復帰しようと思えば何年もかかる…、私の人としての最盛期を丸々リハビリに使うことになる、だから それなら別の道をと監視員の話が回ってきたのだ

ありがたい事じゃないか、こんな私にもまだ仕事が回ってくるんだから…、私は喜んで引き受けたよ監視員を、喜んださ

決して、倉庫の中…だなんて、ほんの少しも想いやしなかった…そうだとも、うん

そんでもってもう一つだが、これはあんまりにも些細な話だ、小耳に挟んだ程度の話なんだが

突如として魔女排斥組織として旗揚げした新興組織 『逢魔ヶ時旅団』なる組織が、退廃のレグナシオンに喧嘩を売り、跡形もなく消滅させ 八大同盟の椅子を奪い取ったと…

でもきっとこれは私には関係ない、だってオウマは魔女排斥組織になんかなってないから、だからオウマと逢魔ヶ時旅団は関係ない、名前が似てるだけ…そうに決まってる

そうやって、言い訳をして、私はエトワールに潜り込み…クンラートさん達に拾われることとなり、エリスちゃんと出会い、こうして帝国に戻ってくることが出来た

お世辞にも順風満帆な人生とは言えないけれど、不思議と嫌な人生であると言う感覚はない、けれど やっぱり悔いはある、軍人となったあの区切りの日 確かに私達は何か…何処か…変わってしまったのだと思う

そして訪れる二度目の区切り、退役…、この区切りで 今度はなにがどう変わるのか、私はただ、それを漠然と恐れていた

──────────────────


「リーシャさーん!いつまで踊ってればいいんですかー!」

涙ながらにいつまでもレグルス様に教えられた部分をリピートして踊るエリスちゃんの声に、ふと現実に戻される、見れば隣にはフリードリヒやフィリップ…レグルス様がいる、これが今の私の居る場所か

「んー…」

この幻想の景色の中、自然と戯れるように踊る乙女の姿を見れば、何か良い小説のネタでも浮かぶかと思ったが、特になにも思い浮かぶことがなかったのをエリスちゃんに言うべきではないだろう

ただ思うのは、過去の悔いと未来への恐れだけ、…でも

「ごめん、なーんも思い浮かばんかったわ」

「えぇーっ!!??」

びっくらこいて踊るのをやめるエリスちゃんを尻目に、私は手元の紙を見る、今まで私が出会ってきた者達の名が刻まれた紙、手持ち無沙汰で書いた名前の中には…今もオウマがいる、アイツは結局 私達のところに戻ってくる事はなかった、アイツにとって私達はもう友達ではないのかもしれないな

…そして私はペンを動かし、名前の書かれた紙に大きくバツを書く

「ごめんごめん付き合わせちゃって、でも 楽しかったよ」

「ま まぁ、それなら良かったですが」

ただ踊るだけ踊らされて釈然としない彼女の肩を叩き、立ち上がる…

過去には悔いがある、未来には恐れがある、だが今は楽しい それならそれで良いではないか、後ろばっかり振り返っても仕方ない、私達はどれだけ未来に不安があっても前に進まなくてはいけない、立ち止まることは出来ない

エリスちゃんを見てるとつくづくそう思うよ、だって彼女はどれだけ今が苦しくて 未来に恐怖しかなくても、それでも進む 少しでも良い未来を目指して、なら私も…そうやって歩いて行こう

区切りのその日を迎えた時、少しでも 良い変化をもたらすことが出来るように、今出来ることは きっとそれだけなんだから


…………………………………………………………

月が登り、星が煌めき始める宵時、今日一日の仕事を終えた職人達と帝国軍兵士たちが休み始め夜の帳が下りる頃、テイルフリング村から少し離れた森の中 僅かに茂みが揺れ 一際大きな木の頂上に、それは静かに降り立つ

「ここに、…居るのか」

それは白い髪をたなびかせ 背後に多くの部下達を引き連れて、村を見下ろす

「エリス…、遂に相見えることになるか…、今日こそ 決着をつけてやる」

憎悪に満ちた目で、その村の中にいるであろう憎き相手を見る女は…、審判のシンは静かに闘志を滾らせる

マルミドワズ襲撃作戦から続く 帝国と…いや、エリスとアルカナの第2戦の幕が、切って落とされる
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