孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

223.孤独の魔女と決戦へ向かう

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「では、これより対アルカナ掃討作戦の軍議を始める」

アガスティヤ帝国の首都 マルミドワズを守護する帝国軍の総司令部、巨大な軍議机が置かれたその部屋には、各師団長や軍の有力者達が一堂に会している

そんな彼らの指揮を執るように最奥にて、地図の張られた壁を前に立つのは この軍の頂点 ルードヴィヒ筆頭将軍だ

彼が直々に作戦会議の音頭をとる事はかなり稀だ、それだけ今回の作戦には軍も力を入れていると言う事だろう

『対アルカナ掃討作戦』、十年以上前から帝国に潜伏を続ける一大組織 大いなるアルカナと遂に決着をつける時が来たのだ、そりゃ力も入れるってもんだ

そんな会議の末席に エリスもまた参加する、先ほどのマルミドワズ襲撃の立役者であるが故に 此度の作戦への参加を正式に許可された形だ

「まず、本題に入る前に 帰還したザスキア・ドッペルゲンガーに話を聞く、ザスキア 前へ」

「はい、将軍殿」

その呼びかけに呼応し、ルードヴィヒさんの隣に立つのは、十年以上もアルカナに紛れ込み 大幹部アリエの一角 月のカフとして潜入を続けていたザスキアさんだ

彼女が持ち帰った情報は多く、これからの軍議の役にたつだろう…、というか カノープス様への報告はもう終わったんだよな、ウルキさんの件ってどうなったんだろう

「皆さん お久しぶり…という事はありませんね、こうして大勢の前に顔を出すのは初めてですから、自己紹介は好きではないので省きます、なので早速本題に入ります 私が潜入していた十年…その情報についてです」

するとザスキアさんは今一度おさらいすると言わんばかりにアルカナの情報が書かれた資料を軍議机の上に並べ、さらに別の資料もわんさかわんさかあれこれ出し始めて…

「私が潜入していたのは 全てマレウス・マレフィカルムという機関の内状を探る為です、皆も知っているでしょうが マレウス・マレフィカルムとは数百年前突如として生まれ 世界各地の反魔女の意識を取り込み肥大化していった 史上最大規模の反魔女コミュニティの名前です」

多くの組織を内包し その組織を統括する機関こそがマレウス・マレフィカルム、広大で莫大な人員を持つアルカナでさえ、マレウス・マレフィカルムにとってみれば その一部に過ぎないってんだから まぁデカイな

「マレウス・マレフィカルムはとても巨大なコミュニティです、ともすれば魔女大国に匹敵するほどの巨大さを持ちますが、その実情は 今日この日まで表舞台の日の目を浴びることなく、闇の中で蠢き続けていました…、が 潜入して色々わかったことがあります」

すると ザスキアさんは散らばった資料のうち、八枚を選んでピックすると

「まず、マレウス・マレフィカルムは大きく分けて八つの派閥に部類されます、そうです…マレウス・マレフィカルムの中でも一際巨大で 一層大きな力を持つ八つの組織…八大同盟の派閥です」

八大同盟、マレウス・マレフィカルムの中にありながら 機関を八分割する程の影響力を持った八つの大組織、マレフィカルムの中枢に位置する存在…

「八大同盟はそれらは互いの領分を荒らし、衝突しない事を目的として それぞれ同盟による条約を結んでいます、それが八大同盟…一つ一つが一刻を相手取れる程巨大で果てしない組織、それがこの八つの組織です」

そう言って出された書類には それぞれ組織の名前が書かれていた


・至上の喜劇『マーレボルジェ』
無意味な破壊 無意味な殺戮を信条とする第一級危険思想集団、多くの魔女排斥組織を配下にしながらも彼らを統治せず、ただ混沌のみを齎す最悪の組織…


・暗殺一族『ハーシェル家』
三魔人が一人ジズ・ハーシェルが頭目を務める世界最強の暗殺組織、引き受けた仕事は確実にやり遂げ 如何なる存在であれ闇に葬り去ると言われており、事実魔女大国の要人達も何人も暗殺されているとか…


・魔術解放団体『メサイア・アルカンシエル』
魔術は人に支配されるべきではないという独自の理想を掲げ、現行魔術界及び魔女世界の根底を覆し事を目的とするカルト集団、多くの禁忌魔術を所有しており 魔女排斥組織が使う禁忌魔術はここから流れているとされる

・歩み潰す禍害『逢魔ヶ時旅団』
傭兵のみによって構成された組織、決まった定住地を持たず ただ戦争がある方へ紛争がある方へ進み、何もなければ略奪を繰り返す歩く災害のような傭兵団、エリスが戦ったアルテナイが幹部を務めていたところだ…

・世の見る悪夢『パラベラム』
今まで名前さえ知られていなかったという組織だとか、今回の報告でその存在が確認されはしたものの、構成員から組織理念までまるで不明、分かっているのは魔女に反する存在であり マレフィカルム内でも随一の組織力を持つということだけ

・死蝿の群れ『ヴァニタス・ヴァニタートゥム』
マレフィカルム内でも随一の反魔女思想の持ち主であり、第1級の指名手配犯ばかりが所属する犯罪の宝庫、マレフィカルム内部でもヤバいやつ扱い食らってるらしく アルカナでさえ距離を置いているらしい


・魔女抹消組織『ゴルゴネイオン』
そして、八大同盟の中でも際立って巨大な三つの組織 三大組織の内の一つが このゴルゴネイオン…、エリスも一度だけ師匠の口からその名を聞いたことがあるが、どうやらこの組織 二千年ほど前から存在しており 魔女排斥業界じゃ超古株の大重鎮らしい

故に、この組織が持つ発言力は マレフィカルム全体の動きさえ変えてしまうようだ

・形無き王国『クロノスタシス』
三大組織の一角にしてクロノスタシス王家が纏める正真正銘の王国、言ってしまえば国一つが魔女排斥組織という馬鹿みたいにでかい組織、ただ この組織が何処にいて どの国の事を指すのかは、帝国さえ掴めていないそうだ

・暫定最強の魔女排斥組織『五凶獣』
三大組織の一角にして マレウス・マレフィカルム最強の組織、他の大組織さえも一蹴出来る程の戦力を持つと言われているが 特筆すべきはその構成員の数

ボスも含めてたったの五人、その五人でゴルゴネイオンやクロノスタシスと互角かそれ以上の力を持つと言われているが、例にも漏れずこの組織の詳細は分からないそうだ…、まぁ五人だし 規模で言えばメチャクチャ小さいしね

「これが…八大同盟」

思わず口を割って出る、八大同盟の名は聞いていたが これがそうなのか…、アルカナはもっと戦力を集めた上で この同盟の何れかが援助してようやく同盟クラスの組織になれると言われていたが、言い換えればあれだけの組織力を持つアルカナでさここに記されている八つの組織には及ばないということ…

デカすぎる、話がデカすぎる…、エリスが今までの旅で戦い続けてようやくアルカナを潰せるかどうかってレベルなのに、更に上がこんなにいるなんて…

「これが八大同盟です…、そして 今アルカナに手を貸していることがわかっているのが、この『逢魔ヶ時旅団』と『ハーシェル家』の二つ、どちらも本格的な参戦はしていませんが もしこれらの組織まで戦場に現れれば…一筋縄ではいかなくなるでしょう」

逢魔ヶ時旅団とハーシェル家、このどちらもエリスは出会ってる…、アルテナイとフランシスコだ、そして この二つの組織に手引きしたと言われるのがウルキさん…かぁ

どうやらこの一件は、エリスが思っているよりも話が大きそうだ

「逢魔ヶ時…旅団ねぇ」

そう顎に指を当てて呟くのはフリードリヒさんだ、サングラス越しにもわかる程の気迫で逢魔ヶ時旅団の文字を睨みつけている、…何やら因縁がありそうだ

すると、フィリップさんが手を挙げて…

「はいはーい、質問質問」

「はい、フィリップさん」

「八大同盟はマレフィカルムを八分割する勢いで傘下に収めてるんだよね、ならアルカナも何処かの組織の傘下ってことになるんだけど、何処の傘下なの?逢魔ヶ時旅団?」

確かに、八分割するってことは、この大組織の下にそれぞれ下部組織が付いているはずだ、態々アルカナを援助しに現れるって事は 逢魔ヶ時旅団かハーシェルのどちらかがアルカナの親分ということになりそうだが…

どうやら違うようだ、だってザスキアさんが首を横に振ってるもん

「違います、アルカナは極めて珍しく立ち位置にいる組織で 何処の組織の傘下でもありません」

「ほーん、というと?」

「彼らのボス 世界のマルクトがマレウス・マレフィカルムの中心部に位置する組織 『セフィロトの大樹』のメンバーだからです」

「セフィロトの大樹?」

そんな疑問に答えるように、ザスキアさんが懐から取り出した資料を見せる、とてもどうでもいいことなんだけどあの人懐にどんだけ資料入れんだ…?

「セフィロトの大樹…、マレウス・マレフィカルムが誕生した時より それを纏めている、謂わば魔女狩りの王とも言える組織です、マレフィカルムを統括する 『総帥』という名の大樹を中心に根のように生え枝分かれした物こそを マレウス・マレフィカルムと呼ぶのです」

「つまり、大ボスってこと?」

「ええ、セフィロトの大樹は唯一八大同盟に対しても命令権を持つ 魔女排斥組織にとっては絶対の存在、マルクトはどういう経緯か そこの構成員なのですよ」

大いなるアルカナのボスでもあり セフィロトの大樹の構成員でもある…か、確かに特殊な環境だ、何せ組織的にはそれほど影響力を持たないくせボスは八大同盟にも口聞出来る立場にいるんだから

ややこしく厄介な立場にいるんだ アルカナも…

「審判のシン曰く 今マルクトは帝国を離れマレフィカルム本部にてセフィロトの大樹 及び八大同盟とその傘下たちに帝国との戦いに参加するよう要請しているとのことです、もしこれが総帥の手によって受理されれば マレフィカルムと帝国の大戦争になります」

「望むところじゃねぇか、裏でチマチマ隠れてる連中が雁首揃えて来てくれるんだ、こんな手っ取り早い話はないぜ」

なぁおい!と拳を鳴らしながら吠えるのは第三師団の団長 ゲラルド・ガーゴイルだ、ポンパドゥールヘアーが特徴の特攻番長らしい、攻撃的な意見だが

エリスは賛同できないな

「いえ、今マレフィカルム全体と事を構えるのは時期尚早です、向こうはこちらのことを知ってるのに 我々は向こうのことを何も知らない、これは圧倒的な不利にあります…もし全面戦争になれば 負けないまでも帝国は癒えるのに時間を要する傷を負うことになる」

エリスの意思を代弁するようにザスキアさんが語る

いくら帝国が強くても 相手の手札も分からないような状態じゃ戦えない、そうなったら負けないまでも 帝国は一時的に機能不全に陥るだろう、それは魔女世界にとっても多大な損失となる

向こうが自爆覚悟の特攻を仕掛けて来ない間に、こちらがなるべく向こうを探る…、帝国とマレフィカルムの戦いとはそういう戦いなのだ

「うぐっ…確かに、一理あるな…」

「ええ、なので 我々はマルクトが援軍の受理を正式に受けるまでに アルカナを滅ぼし、奴らの魔女排斥の狼煙を先んじて潰す必要があります、掃討戦を行うなら 迅速な対応をするべきでしょう」

もしさっき見せてくれた八大同盟達が一堂に武器を揃えて帝国に攻め入れば それはもう取り返しのつかないことになる、そこで決着をつけても 帝国が求める秩序は手に入らない、なら そんな形での決着は避けるべきだ

帝国が欲しいのは勝利ではない、安寧と秩序…それを守るために戦ってるだけだ、目的と手段を入れかえちゃいけない

「私が潜伏した地理は全て把握しています、当然奴らが潜んでいる場所もまた 分かっています」

するとザスキアさんはペンを持ち背後の地図に大きく丸を描く…、そこは

「奴らのアジトはここ テイルフリング地方の黒槍杉の奥にある、パピルサグ王家の古城です」

「なるほど、確かにここは帝国の領土だが まだ完全に帝国の管理が行き届いている地域ではない、近くに街や村もないから、潜伏するにはもってこいだな」

なるほど と面白そうに呟くルードヴィヒさんみたいな反応は、エリスには出来ない

その黒槍杉ってのが何処か知らないってのもあるが、それ以上に パピルサグ王家の古城って…、チラリとフィリップさんの方を見ると

「ここかぁ…」

苦々しい顔をしている、そうだ 彼はフィリップ・パピルサグ…つまり、この古城に住んでいた王族の末裔、テイルフリング地方ってのは数百年前に存在したテイルフリング王国の跡地だ、そして テイルフリングの王族こそ パピルサグ王家…

彼からすれば自分のご先祖様が使っていた古城を今 帝国に仇なす組織が使っているに等しい…、その思いはきっと 誰にも共感できないような屈辱や申し訳なさに溢れたものだろう

「じゃあこのテイルフリング地方の黒槍杉に転移してぶっ潰しに行っちゃう?」

ねぇ?とハインリヒがニタリと笑う、そうだ 彼らには一瞬にして帝国の端から端まで移動できる術がある、これがあるなら アルカナの隠れ家への襲撃は明日明後日には可能だろう

すると、そんなハインリヒの言葉を否定するように首を振るザスキアさんは

「いいえ、先程転移魔力機構の様子を見に行きましたが、…どうやら黒槍杉付近の転移機構は全て破壊されたようです」

「チッ、そりゃそうか あいつらそれを使ってこっちに来たんだ、こちら側から戦力が送られるのを危惧して破壊くらいするか」

 転移用の魔力機構とは 入口と出口が双方無事でなければならない、この話はどこかで聞いたな…

そうだ、エリスがアジメクに手紙を送っていた魔術筒と同じだ、というか 転移魔力機構も魔術筒もサイズが違うだけで同一のものなのだろう、だから エリスの魔術筒に起こったこと同じことが起こっている…、つまり修理は出来ないってことだ

しかし…妙だな、なんだかきな臭い…なぜだ?

…そうだ、早すぎるんだ 対応が

だってマルミドワズに攻め込んだほぼ全ての魔女排斥組織は捕縛した、命辛々逃げた奴がいたとしても ほんの数名程度

それが隠れ家に戻って 大急ぎでマルミドワズに繋がる転移魔力機構を破壊しに行ったとしても、対応が早すぎる…だって襲撃が鎮静してからまだ一時間も経ってないんだぞ?

それともここに来た奴らが退路を断つつもりで破壊したか?、いや 牛男のムッカは自分達がマルミドワズ諸共死ぬことになると知らない様子だった、なら 退路の破壊は無い

とすると隠れ家に残っていた残存戦力が後から破壊したことになる、この作戦の失敗を予め予見して…、切り捨てたことになる こちらに向かった奴らを

…エゲツない事考える奴が居たもんだな、こちらに向かった奴らを使い捨てのように使い 、マルミドワズと黒槍杉を切り離すなんて

「なので 黒槍杉から少し離れた地点に転移し、そこから進軍し黒槍杉を取り囲む形になります、如何しますか?ルードヴィヒ将軍」

「構わん、時間はかかるが その方が軍を自在に動かして黒槍杉を入念に包囲できる、奴らが逃げないよう一応国境警備隊にも警備を最大限に引き上げるよう通達しておく、…ザスキア アルカナが集めた戦力と注意人物はどうだ」

「はい、アルカナはこの戦いに際して魔女排斥組織を招集して、計十一万の軍勢を揃えました、が うち五万は今回の作戦に五万を投入し全滅、残りは六万でしょう」

「たかだか六万か、だが何故全戦力を投入しなかったのだ?」

「それは…分かりません、当初の話では全戦力を投入する予定だったのに、直前になって半数がいない事に私だけが気がついた状態で…」

「…ふん、そうか」

つまり、それは誰かの指示って事になるな、それがアルカナの誰かなのか 或いはアルカナが招集した誰かに裏切られたのかは分からないが、エリスから言わせればどっちだっていい

「人員はそのくらいで…、我々が気にする要注意人物はやはりアルカナの幹部でしょう」

するとテーブルに広げた資料の中から二枚を指し示す

「一人はNo.20 審判のシン、裏切った仲間の粛清を役割とする組織最強の幹部 アリエ一人です、その実力は確認したところ 第二段階に到達しているようでした、少なくとも私より強いです」

ザスキアさんはアルカナに所属している時のNo.18、つまりヘエより強い しかしレーシュより弱いという事、まぁあの化け物相手じゃ仕方ない気もする そもそも彼女諜報員だし

ただ、それでもだ…シンはレーシュよりも強い、確実に それはエリスよりも強いことを意味している

何やらシンはエリスのことを気にしている様子だったが、会ったこともないしなぁ

「そしてもう一人、実力のほどは知れないが No.21 宇宙のタヴ、ボスである世界のマルクトがいない現状では代理で指揮を執っている男だ、シンよりも強いことはわかっているが…中々隙を見せない男で、分かっていることはとても少ないです」

宇宙のタヴ、大いなるアルカナの幹部たちでも アリエの中でも、最強の座に就く男…
この男についてはまるでわかんない、なんっにも びっくりするくらいエリスの旅路に関わってないし、多分向こうもエリスのこと気にしてないんじゃないかな、まぁ 会ったら会ったでぶっ飛ばすが

しかし、もうアルカナ幹部もまともに戦えるのはこのくらいなのか、最初二十人近くいると聞いた時はどうなるかと思ったが…、まだNo.12とか13とか残ってるが、正直今更敵じゃない、だって 節制のサメフとかより弱いんでしょ?…悪いがもうその程度の敵に遅れを取るレベルではないのだ、エリスは

「そして、これはアルカナ外部からやってきた男だが、詳細はまるで分からないが 彼はその弁舌と圧倒的カリスマでバラバラだった連合を纏め上げ 今やアルカナ以上に連合の主導権を握っている人物、名をヴィーラント・ファーブニル」

そして知らない人が出てきた、え?誰?…ヴィーラント?ファーブニル?…誰ぇ、びっくりするくらい知らないんだけど…、みんな知ってます?と周りを見るとやはり帝国兵も『え?誰?』 という顔をしている

ただ一人、フィリップさんだけを除いて

「え…ファーブニル?」

「やはり知っていましたか、そう ヴィーラント・ファーブニルはその経歴は私の力を持ってしても見抜くことは出来ず、唯一分かっているのは本人の語る テイルブリング王国のパピルサグ王家にかつて仕えた貴族の末裔である ということだけ」

パピルサグ王家にかつて仕えた貴族の末裔…って事は、フィリップさんの先祖様に仕えた貴族を先祖に持つ男って事か、なんだってそんな男が、というかテイルフリング王国は帝国に吸収されたからヴィーラントは帝国側の人間じゃないのか?

「彼は、テイルフリング王国の復活を目的としているようですよ、フィリップ」

「………………」

フィリップさんは冷や汗を流して俯いてしまう、彼が王家の復興を願っているかはその態度を見れば分かる、けれど ヴィーラントは多分そんな事関係ないんだろうな

「なので、ここで問うておきましょうフィリップ、貴方はヴィーラントの意思に同調し 自らの王朝の復活を望みますか?」

「……王朝の 復活?」

ザスキアさんの問いに一瞬 フィリップさんは恐ろしい顔で怒鳴りそうになるが、グッと堪えて ため息と共に吐き出すと

「はぁ…、皆さんの知っている通り テイルフリング王国は数百年も前に帝国に吸収され無くなりました、けど 父は言っています…テイルフリング王国は滅びたのだと」

「フィリップさん?」

フィリップさんの口から語られたのは はいでもいいえでもない、ただ 思い浮かべるように、説明するように テイルフリング王国の成り行きを語る

「テイルフリングは数百年前に酷い飢饉に襲われました…、元々国力が豊かではない国なので結構な大打撃を受けたと聞き及んでいます、…父が語るにパピルサグ王家はなんとかその危機を脱したものの 民衆は既にパピルサグ王朝から心が離れていました」

「…………」

「豊かでない国力を賄うため 飢饉の前から酷い税を課していたようで、そのせいで飢饉が起こったとか それさえなければ飢饉も乗り切れたとか 民が言い出して…いや 本当に課税がなければそうだったかは分かりませんよ?父も僕もその時代を生きていないので、ただ 元々高かった反王朝の機運が爆発して あちこちで暴動が起こったんです」

誰だって自分の生活は大切で それが王朝によって脅かされていると言われれば、そう思ってしまうもの、そんな意識が広がれば 人々はその意識のままに王朝を打倒しようとする

歴史の本を開けば何度か見かける典型的な流れだ、テイルフリングもかつてその道を辿った無数の国の一つなのかも知れない

「飢饉の傷も癒えない中の暴動 国には致命傷です、国家存亡の危機ってやつですね、まぁ最終的に帝国が手を差し伸べてくれたから パピルサグ王家は滅びなかったし民の暮らしも安定して死ぬ人間もいなかったんですけど」

魔女大国はこの長い歴史の中でそういう事をよくする、というのも 魔女は非魔女国家の存在をある程度容認し 自分達の庇護下になくとも生きていけるならそれで良しというスタンスを取ってる アルクカース以外はですけど

ただ、国家として立ち行かなくなり 国が荒れると分かった時には介入する事はままある、そして独立したいならばすれば良しとまた魔女大国から離れていくこともある、そうして国は増えたり減ったりを繰り返して今に至るのだ

テイルフリング王国もまた、どうして地図から名前が消えた国なんだろう、その干渉が正しいか正しくないかで言えば エリスは正しいと思いたい、結果として国は無くなったけど 王家の身分は保障されたし民が求めていた安定した暮らしも手に入った、魔女が嫌いな人間には地獄だろうけど 

自分と他者の暮らしを捨てて叛逆できるのは少数派であり、言い方は悪いが 国家の話に少数派の意見を取り言える必要性…少し考えなければいけない

「帝国が手を差し伸べてくれなければテイルフリング王国はもっと酷い終わりを迎えていました、多くの人が死にましたし 僕だって生まれなかった、…復活を望むかって話ですよね?答えはもちろんいいえです、民心を失った王朝は蘇るべきではないんです、少なくとも 当代のパピルサグとしての答えはそれです」

復活は望まない、ヴィーラントのそれは余計なお世話だと言ってのける、もしこの場に嘘を見抜く方法があったとしても それを彼に対して使用する者はこの場にいないだろう、そう思える程にフィリップさんの言葉は真摯だった

「第一!、ファーブニル家の末裔の名を騙るなんて僕許せませんよ!ドラゴン的に!」

「騙る?、ヴィーラントは本物のファーブニル家ではないと?」

ザスキアさんがやや表情を変える、驚いている と言った様子だ、ヴィーラントはファーブニル家の人間ではない、その言葉に些かながら驚きを得ている

いやだって、フィリップさんはヴィーラントを知らないはずだ、なのに何故偽物と言い切れるのだ

「だってそうでしょう…、ファーブニル家はパピルサグ王朝が無くなる時…つまり 数百年も前から滅んでいるんですよ、末裔なんかいるわけがない…でなけりゃ、テイルフリングの亡霊としか思えない」

「……ファーブニル家が滅びている?、…私は初耳です、そうなのですか?ルードヴィヒ将軍」

「私もよくは知らん、だが…当時パピルサグ王家に仕えていた人間は貴族から騎士に至るまで帝国が召抱えたと聞く、その中にいないのなら」

「当然ですよ、ファーブニル家は最後まで帝国の干渉を拒んでいたんですから、剰え 暴動を煽り立てた犯人かもしれないなんて話もあるんです…、あ 詳しいことはあんまり書かれてませんけどウチにあるテイルフリング王国記持ってきます?建国から滅亡までの歴史が書かれてるので」

「後で預かろう、しかし…とするとヴィーラントは本当にファーブニル家の人間かも怪しいということか、ふむ…」

唯一分かっている情報さえ偽りかもしれない、つまりヴィーラントについて分かることは何もないってことなんだ、ここにきて現れた謎の人物…、一体何者なのやら

「それで、報告は以上か?ザスキア」

「はい、他の詳しいことは諸々後でまとめておきます」

「分かった」

あ、ウルキさんのことは伏せておくんだ…、それとも今回の一件には関係ないと判断したのかな…

すると ザスキアさんの報告を聞き終えたルードヴィヒさんが遂に、指揮を執るため 地図の前に立ち

「聞いていたな、これより我等はアルカナの掃討戦に移る、目的地は元パピルサグ地方 黒槍杉、大型転移魔力機構を用いて 黒槍杉から離れた地点に転移し軍を展開しつつ進軍を行い奴らを踏み潰す」

すると彼は四つの駒を取り出し それぞれ地図に書かれた丸…黒槍杉を取り囲むように少し離れて配置すると

「大まかに軍は四つに分ける、一つは最大戦力の中央進軍隊、大勢で進軍を行い敵の目を引きつけ正面方向に防備を集中させる、そして 左右に配置した左撃隊 右撃隊はそれぞれ迂回するように進軍し側面を叩く、背後に配置した背面隊は敵が国外へ逃げないよう国境警備隊と連携して奴らの背中に壁を作る」

ポンポンとそれぞれの駒の役回りを決めていく、まぁ 簡単に言うと握り潰すのだ、何処に逃げても問題なように、敵を城と言う入れ物に押し込め 木の棒でグリグリ磨り潰すのだ、帝国も帝国でエゲツないな

「左撃隊は第十師団と第五師団 第三師団が指揮を執り 各地の守護隊率いて進め、右撃隊は第二師団と第三十二師団 第八師団が指揮を執る…、エリス」

「え?あ!はい!」

「お前はこの右撃隊に同行しろ、分かったな」

「はい!じゃなくて!了解!」

いきなり声をかけられびっくりしちゃう、今まで部外者だと思ってたら ちゃんとエリスも気にかけてくれるんだな、ちょっと意外…

右撃隊は第二師団と第三十二師団 第八師団が指揮を執るらしい、つまりフリードリヒさんとフィリップさんとゲーアハルトさんだ、ゲーアハルトさんは知らないけれど 二人とは知り合いだし動きやすい、もしかしたらそこも気を使ってくれたのかな

「背面隊は四方守護師団が連携して守れ、そして中央進軍隊は 私自ら指揮を執る、三将軍も同行すれば奴らの目を惹くだろう、残りの師団も私の指揮下に入れ いいな」

「おお…将軍自ら」

周囲の帝国兵が沸き立つのが見える、そりゃそうだ この襲撃事件に関しても不干渉を貫き皇帝の守護に回った将軍が、自ら出撃して指揮を執るんだ そりゃすごい

ましてやルードヴィヒさんは魔女を除いた上で 世界最強 人類最強とまで言われるほどの人物、盤石だった趨勢が絶対的な物になるだろう

「今回の作戦は確実に かつ迅速に終わらせる必要がある、故に大型魔装の使用と戦略級魔装の稼動も許可する、帝国全戦力を以ってして奴らに思い知らせる、何処の 誰の庭に踏み入ったのか、その罪状が如何なるもので それによって与えられる罰が如何に苛烈かを」

強い口調で帝国兵にアルカナへの仕打ちを説くルードヴィヒさんの姿に、帝国兵は否が応でも士気が上がる、奴らには痛い目を食らわされた 帝国は面子を重んじるが…その面子に泥を塗られたんだ

ぶっ殺す それ以外の選択がないと師団長達も昂り


「それでいいな、異議のある者はいるか?」

「将軍 少しいいですかな」

ふと、手を挙げて異議を唱える人間がいる、シワの刻まれたメガネの男…、彼はループレヒトだ

第二十六師団団長ループレヒト・ハルピュイア、最強の師団長マグダレーナ・ハルピュイアの一人息子として知られ、エリスと帝国軍の軍事演習の際は師匠にボコボコにされた人だ

その人が、少しいいかと 手を挙げる、それを見てルードヴィヒさんが驚いたように顔を歪め

「珍しいな、ループレヒト お前がこのような場面で意見を述べるなど、いつものお前なら与えられた指示に黙々と従うかと思っていたのだが…」

「いえ、ただ 全戦力は行き過ぎかと」

「何?」

メガネをくいっと指で上げながら彼は語る…

「此度の戦いでアルカナの底は知れました、残存戦力も大したものではないでしょう、そんな残党相手に帝国が本気を出したとあらば それは勇名としては伝わりません、恥です 帝国の」

勝つのは当然勝つ、今は勝ち方の話をしているのだ

アルカナの残存戦力は大したことはない、注意人物も三人しかいない 残存勢力もたかだか六万、指揮も低いし連携も出来ない こんなの相手ではない、だから どう勝つかの話をするのだ

「つまり何が言いたい、ループレヒト」

「いえ、将軍の指揮は必要ありません、ここは私の師団と各地に配置されている帝国兵のみで十分です、そうすれば数も質も揃いますので」

「ふむ…」

ループレヒトの意見は帝国のメンツを重んじるなら正しい意見と言える、アルカナ程度片手で十分だよ とアピールするには足るものだ、ですけどアジメク人のエリスから言わせるなら…、良い意見ではない

だってアルカナ程度に本気を出さないって、じゃあいつ本気を出すんだよって話だ、こちとら首都襲撃されてんのにナメた動きしかしないやつが隠し持つ本気なんか誰もアテにしない、そしてアテにされなければ帝国は魔女世界の守り手になり得ない

ループレヒトさんの意見を受け、ルードヴィヒさんは少し考えると

「却下だ、その意見は受け付けられない」

「なっ!?」

断った、全く付け入る隙がないほどに 完全に却下したのだ、その対応にループレヒトは驚きつつも

「何故です、私の実力を疑っているのですか!」

「違う、万全には万全を期したほうが良い…私の直感がそう言っているのだ」

「直感だなどと、そんな曖昧な意見で帝国全戦力を動かすおつもりで?」

「ああそうだ、決定権は私にある」

ルードヴィヒさんがそう思えばそうなのだ、少なくともここではそうだ、彼が万全をと思えば 帝国軍は万全に備える、たとえ誰がどう思うと それが最善であるならルードヴィヒさんは備えるのだ…

「それとも何か?ループレヒト、私がアルカナ掃討に関わったら…何かまずい事でもあるのか?」

「…そんなことは……」

ルードヴィヒさんの眼光に彼より年上であるはずのループレヒトが竦む、すると

「はっ、まずいも何も 盛大にまずいだろ?ループレヒト、あんたはレグルス様との軍事演習でこっ酷く負けた分を他を出し抜いて補おうってんだから、せっかくの手柄を将軍に取られちゃいやだからねぇ?だろう?」

「…………」

母 マグダレーナの言葉にループレヒトさんは黙る、確かに彼はレグルス師匠との戦いで無様を演じた、それを取り戻すのに確かにアルカナはうってつけだ、それを使って汚名返上したいんだろうが…

エリスから言わせれば勝手極まり無い話だ、アルカナによって被害を被った人間は数え切れない、それを利用して自分の汚名をなんとかしようなんて 思いの外浅ましい人間なんだな、あの人は

「そういうわけだ、他に意見は?……無いな、では、んんっ!」

周りに意見がないのを確認するとルードヴィヒさんは軽く咳払いをする、それは今から大切なこと話しますよ?って前振りな気がしたのでエリスは背筋を伸ばす

「大いなるアルカナ主導のマルミドワズ襲撃は確かに防いだ、しかし それによって被害が出たことは否めない、帝国始まって以来の不覚だ、彼らによって此度生み出された死者 そして彼らがこれまで作り出してきた死者の山に、我等はついに良き話を持っていくことが出来る」

胸を張って そう語る、アルカナ達は多くのものを狂わせた、彼ら自身魔女に人生を歪められた被害者なのかもしれないが、そこに同情出来る範疇を超えて彼らは破壊を尽くしてしまった

もはや彼らは被害者ではない、完全無欠の加害者となったのだ

「彼らの墓前に手向ける花があるとするなら、それは勝利をおいて他になく、それを実現できるのは帝国軍を持って他にいない、我等がやるのだ 我等が帝国と世界の秩序を守るのだ、今日まで積んできた鍛錬は全てこの時のためにある!、愛国心を盾に!忠義心を剣に!悪を成す世の癌に帝国の鉄槌を振り下ろし 撃滅し!、我らは勝利する!」

私達にはそれができる!と帝国兵や師団長達を鼓舞していく…、その高まりをビリビリと肌に感じ、部外者のエリスもまた やる気が出てくる

「三日後!打って出る!、今度こそ!アルカナに死をくれてやろう!!」

『了解ッ!!』

ルードヴィヒさんの号令、それはアルカナとの決着を意味する狼煙であり嚆矢

今長く続いたアルカナの悪行の息の根を止める時が来たのだ

それは同時に、エリスにとってもアルカナと続きに続いた因縁の終わりを意味していた、ただ ふと思ったのだ

戦いを前にして思うことではないのだろうけど…、アルカナが無くなったら 世界は少しでも平和になるのかな

エリスの旅路も、穏やかなものになるのかな

未だ見えぬ道、今進んでる方が前かどうかもエリスは見失ったまま、ただ目の前に存在する巨大な敵を前に、小さく 頬を叩くのだった

…………………………………………………………………………

「いきなり呼び出しとは 相変わらず忙しないなカノープス」

エリスが軍部にて会議を終わらせた頃、その師匠たるレグルスは宮殿の最奥 皇帝カノープスの私室に呼び出され それに従いこうしてカノープスに会いにきたのだ

いきなりだ、本当にいきなりなんだよ呼ばれたのは、シンとタヴとの戦闘を終えて地上に戻るなり カノープスにここに連れてこられたんだ、まだこの騒動の趨勢すら分からないというのに

「いや、此度の襲撃は幕を閉じた、なら お前がこれ以上表舞台にいる必要はあるまいて」

私は皇帝の私室のソファに座りながら、窓辺にて月明かりを背に立つカノープスを見遣る、手には血のように赤いそれが注がれたワイングラスを揺らしており 街があんな騒ぎだというのに優雅だな

いや、あんな状態だからこそ 皇帝は揺らいではいけないのだろう、アルカナに襲撃されあたふたしてるんじゃ八千年も帝国を纏められないか、これで何もしなければ暗君だが こいつはちゃんと街の修繕や民間人のフォローは欠かさないからな

「そうか、しかし だとしても急過ぎるだろう?、せめて戦いを終えた弟子に労いの言葉くらいはかけておきたかったぞ?」

「……ああ」

なんだ?、カノープスの様子がおかしい…、顔が妙に深刻だ、こいつは何があっても意識的に余裕そうに振る舞う女だ、例えどれだけ窮地でも高らかに笑い女だ

それがこんな、言葉を選ぶような顔つきで 影を差しているなんて妙だぞ…

「どうかしたのか?」

「…いや、ところでレグルスよ、昔を懐かしくは思わんか?」

「え?、あ ああ、懐かしいとは思うが?」

「そうだろう、アルクがいて スピカがいて、アンタレス フォーマルハウト プロキオン リゲル、そして我とお前の八人が揃って研鑽していたあの頃は、我が生涯でも花の時間であったと断言できる」

まぁ、確かにそうではあるが、何が言いたいんだ?

「…何、そう怪訝そうな顔をするな、せっかくお前が戻ってきたのだ、折角なら また八人で集まろうと思ってな?、帝国が所有する南の海域に丁度いい小島がある、以前魔女大国の代表達が集まり世界の趨勢を決める七魔女会議が行われていた舞台だ、今からそこに行ってみんなで 昔の話でも楽しまないか と思ってな?、当然お前の弟子も連れてだ」

「私とエリスを連れて、南の島に…か?」

「ああ、そこは気温も温暖で楽園のような場所だ、そこで旅の疲れを癒すのも悪くなかろう?」

な?レグルスよ 、そう微笑むカノープスは語る、南にある島で 旅行でもどうだと、小難しいことは一旦忘れて そこで休まないかと

それが…それが

「それが、呼びつけた用件か」

「ああ、そうだ、何 我時空魔術を使えば直ぐにでも…」

「カノープスッッ!!」

「っ…!」

言葉を遮る私の怒号に、思わずカノープスの肩が揺れる…いや、びっくりしたのは声ではなく私の顔か?

そりゃそうだろう、だってそうだろう、何せ私は今怒っているのだから!

「どう言うつもりだカノープス!、今このタイミングで我々に帝国を離れろなんて…!」

「別に帝国から追い出す意図はない、ただ 此度の戦いでのお前達の活躍を賞賛しての…」

「この戦いが終われば帝国軍はアルカナに攻め入るだろう!、何せたんまり捕虜は得たのだ 直ぐにでもアルカナの本拠地に攻め入ることは出来る、それに我らを参加させないつもりか?話が違うぞカノープス!エリスを戦わせてくれるのではなかったのか!」

「…我は、力を借りることもあるかもしれないと言っただけだ、戦わせるとは一言も言っていない」

「カノープス!」

思わず立ち上がり カノープスに詰め寄り睨みつけてしまう、だって そんな不誠実なのこいつらしくない、言葉尻を巧みに使って人の意志から逃げるような奴な訳がない、私の憧れたカノープスは そんな奴ではない!

アルカナの襲撃は防いだ、そのカウンターは直ぐに行われる事くらい私にも分かる、事実軍部の方には先程から師団長達の魔力が集まっている、今頃侵攻の計画でも立てているんだろう

エリスはアルカナと戦うために、決着をつけるために帝国軍二百五十万とまで戦ったんだぞ、それを今更やっぱなしはないだろう!、孤島に飛ばして 帰ってきた頃には全部終わってましたはないだろう!

「何故、急に手のひらを返した」

「別に…、我は…」

「言え!、お前がそんな態度を取るなんて余程の事があったんだろう!、私とエリスをアルカナに関わらせたくない理由が 今回の襲撃で生じた!、違うか!」

「………………」

カノープスは目を背け答えない、答えたくないか…、だがそれは半ば答えだぞカノープス

…カノープスがいきなり私を騙してまでアルカナと関わらせたくない理由、思い当たる節はいくつかあるが、それを順位づけしたところ 一番最初に来るのはとある人物の名前だ、…恐らくは

「ウルキか?」

「っ…!」

カノープスの眉が些かながら動く、正解か…

ウルキが…我等の弟子が関わっているか、奴は以前 マレウスにて会った時大いなるアルカナを利用しているような口ぶりだった、関わりがあるのはなんとなく察していた

もし、アルカナが窮地に陥れば 何かしら奴が動く可能性があることもまた察する事が出来た、…そして恐らく この襲撃がそれなんだ、カノープスはどうにかしてウルキの存在を知った、だから 私らエリスを関わらせたくないんだ…きっと

「ウルキが現れたんだな、そうだろう」

「…報告があった、奴が アルカナに戦力を貸したと、姿だけ見せて 消えたと、今回の一件にウルキが関わっている、故にお前達を関わらせるわけにはいかん!」

やはりな、というかこいつ やはりウルキが生きていることに気がついていたのか、どこまで知っているんだ お前は…

まぁいい、どの道私のすることは変わらん

「ふんっ、関係あるか…ウルキが関わっていようがいまいがすることは変わらん、私とエリスは行くぞ アルカナを倒しに」

「待て やめろ、レグルス!やめろ!お前をもうこの件に関わらせるつもりはない!大人しくしていろ!」

「してられるか!、ウルキが今も動いているのは私の責任なんだ!、私が奴を殺せなかったから…、他の誰をも殺したのに アイツだけを殺せなかったから今もこうして奴は悪を働いているのだ!、その責任を師が取らずしてどうする!」

「だとしても…だとしてもなんだ、行くな レグルス!」

何故そうも行くなの一点張りなんだ、嘘をついて私を騙すような真似をしてまで私を行かせたくない理由は…なん…だ…ぐっ!

「ぅぐっ!…」

「レグルス…?」

突如として走る頭痛に苦悶を浮かべ、額を押さえながら蹌踉めく…、ああクソ ここ最近で一番痛い…、なんなんだ どいつもこいつも、カノープスも私自身も…訳がわからん

…………行かなければ

「大丈夫か?レグルス、無理をするな やはりお前は今回の件から手を引いて」

「……いや、いい 大丈夫だ」

「レグルス…」

行かなくてはいけない、ウルキが関わっているなら 奴の目論見を潰しに行かなくてはいけない、それが私の役目だから そんな思考で頭が埋まれば、自然と頭痛も無くなる

そうだ、そうなのだ 行かなくてはいけないのだ…

「レグルス…お前、まさか…」

「話は終わりだ、邪魔したな カノープス」

「待て!レグルス!」

「っ!」

咄嗟に伸ばされたカノープスの手を叩き返し、睨みつける…邪魔するな、邪魔をしてくれるな、カノープス

「お前に束縛される理由はない、私の道行きを邪魔するならお前と言えど容赦せん」

「……そうか、ならば好きにするがいい」

「ふんっ…」

突如として豹変したレグルスは踵を返し立ち去っていく、まるで何かに取り憑かれたかのような豹変ぶりを見ても、カノープスは驚かない ただ、その時が来てしまったと無表情で歯噛みしながら、叩かれた手を握る

「…レグルスよ…」

バタンと扉は閉じられ、部屋にただ一人残されたカノープスは 一瞬脱力した顔をするも、それさえも手で覆う

「八千年だ、八千年間…我は世界を守り続けた、それは 今は亡きディオスクロアの意志を守る為ではない、レグルスよ…お前が流した涙の染み込んだこの土地を、我は守りたかったからだ」

レグルスが立ち去り、誰もいない部屋の中 カノープスは誰に言うでもなく、手で顔を覆ったまま呟き続ける

「我は世界を守る、誰からも何からも…永遠に、それが 我のあり方なのだ、許せ レグルス」

そして、手を顔から退け 背後にある窓の方を見る、窓に映るは美しき空 荘厳な大地、繁栄した我が街、そして 涙の跡を残す我が顔…

「ルードヴィヒッッ!!!」

「はっ、こちらに」

つい先程まで、誰もいなかった空間に まるで幻のようにフラリと現れるのは帝国軍筆頭将軍…、カノープスの唯一の腹心 ルードヴィヒ・リンドヴルムだ、彼が跪きながらカノープスの背後に現れる、それを見ずにカノープスは

「アルカナ掃討作戦…、アレに三将軍の参加を許可しない、お前達はマルミドワズに残れ」

「な…、カノープス様 何故ですか」

驚き目を見開きながらルードヴィヒがこちらを見ているのを感じながらカノープスはチラリとその顔を見ながら、述べる 

出来るなら 口にしたくなかった言葉を

「時が来た、備えろ」

「……御意に」

彼もまた、その言葉を聞き 全てを理解して今再び頭を下げ、詠唱を口遊み 再び虚空に消える、…そうだ 時が来たのだ、時が来てしまったのだ

「もう終わりか、この時も…いや、始まるのか…真なる秩序が」

始まる 真なる秩序が、始まってしまう 最後の戦いが、八千年前に決めていた覚悟が揺らぐのを感じながらも、彼女はただ 在り続ける

究極の統治者として、迷う事なく決断を続ける、それが例え無二の親友の命を奪う結果になったとしても だ


…………………………………………………………………………

「はぁ…はぁ、タヴ様 ご無事ですか?」

「無論だ、この程度で我が革命は終わらんさ、シン」

魔女レグルスとの戦闘を終え、命辛々マルミドワズから逃げ出したシンとタヴはズタボロの体を引きずるように帰還する、テイルフリング地方の黒槍杉の奥にある パピルサグ王家の古城、そこへと戻ってくるのだ

何故かマルミドワズとテイルフリング地方を繋ぐ魔力機構が全て破壊されていたせいで、魔術を使って加速し何日もかけてここまで飛んでくる羽目になったが…

まぁ、戻ってきたとしてもうアルカナのメンバーも殆ど残っていない、あの作戦は完璧に失敗した、もう終わりだと どこかシンも諦めかけていた…

だってここにこうして帰還出来たのは我々だけなんだ、カフもヘエも戻ってきていない、作戦が失敗した以上二人も捕らえられたか殺されたと見るべきだ、アリエももう私たちだけになってしまった

アレだけいた幹部ももう数えるくらいしかいない、連合軍に至ってはいないも同然の数しかい存在しない、我々と同じで逃げられた者も散り散りに散って行った…もうここには戻ってきまい

終わった、我々の起死回生の一撃は失敗に終わったんだ…

「そう落ち込むなシン」

「ですが…」

「我らの革命も最初は私とお前から始まったはずだ、なら またやり直せばいいさ、私とお前とボスの三人で」

「ボスは…、一緒に来てくれるでしょうか」

「来てくれるさ、さぁ この城で傷を癒したら、今は帝国を立ち去ろう…そしてまた機会を伺うのだ」

こんな時でもタヴ様は強い、私なんかよりずっと強い 人として強い、そう感じながら城の扉を開ける、この城も直ぐに帝国軍が押し寄せる、その前に傷を癒して旅立つ支度を始めなくては と…

そう、シンが決意していると…、城の中から

「やあ、お帰り 二人とも」

「お前は…」

城の中、エントランスに椅子を置き そこに座りながら待ち構えていたのは、なんとも気に食わぬ男…ヴィーラントだ、奴が私達の帰還を待っていたかのようにそこで優雅に座っていたのだ

「貴様 ヴィーラント!、何故ここにいる!、マルミドワズ墜落作戦には全連合軍の参加を命じたはずだ!、何故私達より先にいる!」

「そりゃ、僕参加してないからね…その作戦には」

「なんだと…、いや、まさか…帝国とテイルフリング地方を繋ぐ転移魔力機構を潰したのは、お前か?」

ふと、思い出す…、我々が帰還しようとした時 マルミドワズとテイルフリング地方を繋ぐ魔力機構、私達がマルミドワズに乗り込む時に使った物が全て壊されていたのを 思い出す、最初は帝国兵が潰したものと思ったが

今にして思えば、魔力機構はマルミドワズ側ではなくテイルフリング側から壊されていたようにも思えた…

つまり…こいつは

「うん、彼等が魔力機構を使ってテイルフリングに押し寄せたら大変だからね、壊して切り離した」

「つまり、お前は…我々を裏切ったのか!」

こいつは我々の作戦に乗らず、剰え退路を絶って我らを袋の鼠にしたのだ…、これを裏切りと呼ばずしてなんと呼ぶか!、やはり信用ならないと思っていたんだこいつは!

「裏切る?そりゃお互い様だろ、君達 乗り込んだ組織を見捨ててマルミドワズごと落とそうとしていたんだろ、もし裏切りがあったとするなら、お先は君達だ」

「ぐっ…」

言い返せず 言い淀む、確かに我々は他の組織諸共マルミドワズを落とそうと計画していた、まさかこいつがそれを見抜いていたとは…

「マルミドワズを強襲して文字通り落とす、いい計画だとは思ったけれど 仲間の命を軽んじるのは頂けないな」

「そこもお互い様だろう、お前は自分だけ助かる為に マルミドワズに突撃した仲間達の背後で 帰り道を絶っていたのだから」

「ははは、タヴ…それは慈悲というものさ、悲壮な覚悟を決める君達に応えようという彼等の意思を、僕は汲み取っただけさ、君達が彼等と共に死ぬのなら その覚悟を僕が引き継ぐつもりだった…だが君達は生きて帰ってきた、それこそ 命をかけた同胞に対する裏切りの象徴だろう」

睨み合うタヴ様とヴィーラント、だが 結局こいつが後ろから我らの退路を消し去った事に変わりはないし、見抜いていながらもレオボルト達に伝えなかったのも事実だ

アレは詭弁だ、意味のない詭弁…こいつは詭弁しか喋れないのか

「ふっ、そうかもな…我らは生き残ってしまった、そして計画は失敗に終わった、此度の戦いは最悪の形で終わったのだ、ヴィーラントよ ご苦労だった、お前も逃げるんだ」

「終わる?終わりなんてないさ、この永遠たる世には…ねぇ?みんな」

「何?」

そう ヴィーラントが声をかけると、背後からゾロゾロと人間が現れる、いや よく見れば我らの背後にも軍勢が…、おいおい 軽く数えただけでも最初に集まった十一万を超えてるぞ、どう見ても二十万人近い軍勢がいる!?

「なんだこれは!どういうことだ!」

「悪いね、君達に同行させたのは五万人だけなんだ…残りの六万は僕と残った、アルカナではなく 僕の味方になってくれるってね、その上で更に ウルキ様から救援を貰った、合わせて二十三万…これがアルカナ連合…いや?」

ヴィーラントは椅子の上に立ち、二十万人近い大軍勢に向けて叫ぶ

「これこそ新生連合!、新たなる『レヴェル・ヘルツ』!僕の組織さ!」

「レヴェル…ヘルツだと」

レヴェル・ヘルツと言えば アルカナが帝国に入る前に帝国で活動していた大組織だ、帝国相手に喧嘩をふっかけ いくつかの領地を奪取したと言われる伝説の組織

だが、その組織はもう滅びた筈だ、構成員は一人残らず殺された筈…、何故それをこいつが名乗って…、まさか

「ヴィーラント…、まさか貴様が所属している組織が、レヴェル・ヘルツか…!」

「ああ、言ってなかった?…、僕はレヴェル・ヘルツの生き残りだ 唯一のね、帝国の暴虐により死に絶えたレヴェル・ヘルツの意志を継ぎし生き残りこそ、僕 ヴィーラントなんだよ」

まさか 生き残りがいたのか…?、全員死んだと聞いていたが それでもヴィーラントがその生き残りであると言うならば、なんというか 納得が出来る気がする、

だがなんだ、こいつは本当に何を考えているんだ、こいつはテイルフリング王国を復活させたいのか?それともレヴェル・ヘルツを復活させたいのか?、何故そうも終わったものばかり追いかけるんだ…

だが、一つわかることは 我々利用されたということだけ、連合に潜り込み、多くの人間を誑し込み、自らの下につけていった…我々は最初からこの男に利用されていたんだ…!

「この…!」

「おっと、シン…待った、もう君達は僕を頼らざるを得なくなった事実に気がつかないのかい?」

「なんだと!」

「君達のアルカナはもうどこにも無い、君達の組織は瓦解し帝国への反逆の手を失った、君達の集めた連合も今や僕のもの、帝国と戦うには 僕と来るしかない…分からないのかな?」

チラリとシンは周囲を見る、そこにはかつてアルカナの号令に従った組織もある、が 今は彼等もヴィーラントに従い こちらに武器を向けている、…総勢二十万か このズタボロの体ではどうにもならんか…

「…くっ!」

「そう怖い顔をしないでくれ、僕は何も君達に首輪をつけようって気は無いんだ、ただ 己の命を賭してまで帝国に反旗を翻す君達に 僕は帝国打倒の夢を見た!、どうか今一度協力させてはくれまいか、今度は 対等な協力関係で」

椅子から降りて、ゆっくりとこちらに近づきながら 我々に問いかける、協力させてほしい 今度は対等に、と…

裏切った口がよく喋る!、我々を出し抜き 己の力を高めるのに利用しておきながら!

「ねぇタヴ、君なら分かるはずだ 今どうすべきか」
 
「…………」

「君達の復讐は終わらない、永遠に終わらない…どこまでいってもね、だから付き合うよ 君達の地獄の道行きにさ」

「…そうだな」

「タヴ様!こいつの詭弁に乗るのですか!」

ヴィーラントの問いかけに頷きながら答えるタヴ様に、思わず声を荒げてしまう、でもこいつの口車に乗ればまた我らは利用されるかもしれない、今度はこの命さえ 奴に差し出す結果になるかもしれない

こんな誘い乗るべきではない 、そう彼を説得しようとするが

「シン…、最後まで戦い続けよう、ヴィーラントの力があれば 我らはまだ戦える、例え利用されようとも、戦い続けよう 二人で」

「タヴ様……」

「ふふ…うふふ、あはははは そうかそうか!よかったよ!タヴ!シン!君達とも分かり合えそうだ!あははははは!!!」

タヴ様の言葉には従う、あのそう誓ったから 今回も従う、ヴィーラントにではなく 彼に…

そう頷けば、ヴィーラントは狂ったようにげたげたと笑い 腰に差した剣を抜いて天高らかに掲げると

「今こそ我ら魔女排斥の意志を一つに束ね!迫る帝国軍を殺し尽くそうじゃないか!、殺戮は終わらない!悲劇は終わらない!何もかも終わらないなら僕達もまた終わらない!僕らは永遠だ!永遠なんだ!あはははははは!!」

ゲラゲラと笑うヴィーラントに 周囲の意志も呼応し雄叫びをあげる、…あれが奴の本性か

私はタヴ様に寄り添いながら、ただ小さく 息を吐く、まぁいい ここで逃げても何にもならない、なら 命を懸けて帝国に…エリスに一矢報いいるいい機会か

ここで奴らと決着をつける、例え死するとしても 我らの命を帝国への傷として使えるならば本望だ、タヴ様と最後まであれるなら…本望だ

「さぁ!、みんな…準備を進めよう、帝国撃滅の準備を…、使うよ アレを」

アレと、ヴィーラントが口にすると共に 城全体が深く鳴動する、応えるように奴もまた雄叫びをあげたのだ、この場における最強の存在…対魔女決戦兵器、その名も

「無垢の魔女ニビルを起こせ!、戦いの時間だと!」

彼が用意した二つの兵器の一つ、人工魔女 ニビルを……


帝国との最終決戦に備えて彼らもまた蠢き始める、終わらない全ての為に ヴィーラントは嗤う


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