孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

212.孤独の魔女と魔女世界の守り手

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「ふむ、帝国と協調…か、まぁ 大切なことではあるな」

窓の外には夜の帳が下り、食卓の上に置かれた燭台から放たれるか暖かな灯りがムーディな雰囲気を作り出す

そんな光に照らされた豪華絢爛な料理食材の数々をナイフとフォークで丁寧に切り分けながら師匠は一言口にする

「はい、一応 ルードヴィヒ将軍個人の願いであって、帝国軍全域には共有されていませんが…、エリスとしてもアルカナとの決戦には参加したいです なので帝国との協調姿勢は今から築いておくべきだと思ってます」

「うむ、いいと思う、帝国とアルカナのぶつかり合いの中単身突っ込むよりも、帝国と協力して挑む方が良かろう、お前の目的はアルカナと戦うことではなく 奴等を倒すことなんだろう?」

「はい、なので確実にこの手で倒す為 帝国と協力します、今は その為の土台作りですね」

そういうわけです と師匠と共にメグさん謹製の夕餉に舌鼓を打ちながらエリスは師匠に状況と今後の指針について説明する


エリスはあれからアップルパイをルードヴィヒさんに届けた所で、なんともまぁ重要なお話を聞かされた

帝国はアルカナの居場所を割り出す算段がついているとのこと、その報告が来るのは早く見積もって後五ヶ月、その報告が来次第帝国はアルカナに対して攻勢をかける、そこにエリスも参加してほしいという話だった

アルカナとの戦いは帝国からしてみれば容易いものだ、飛び回る虫けらを手で叩く、その為に虫が何処かに止まるのを待ってるくらいの感覚だろう

だが、そんな状態にありながらルードヴィヒさんはエリスに戦力としての活躍を期待していると言ってきた事に、意味はある

だからその為にも、帝国と協調姿勢を取る必要があるが…、今エリスは帝国軍に警戒されている、まずはその警戒を解く必要があるのだ

「しかし、帝国の信頼を後四、五ヶ月で得る…となると、些か難しそうだが、その辺りはどうなんだ?エリス メグ」

そうだなぁ、信頼とは時間にのみよって育まれる、仲良くしろと言われたからと炉端で出会ったよく知らない人とハグしあって交友関係を築けと言われて、上手くいくと思える人間は世をよく知らないか イかれてるかのどちらかだ

帝国軍と協調する、これ自体はまぁ難しくない、だが 時間が半年もちょっととなると 少し難しい気がする、まぁ 難しいだけだ 無理じゃない

「なんとかします、と 胸を叩いて言えたなら良いのですが、やはりそこはメグさんに頼る形になると思います」

「お任せを、私に出来る事ならば何なりと、今の私はエリス様に仕える事を陛下から命じられています、エリス様の命令は陛下の命令も同然です」

ありがたい限りだ、この帝国での活動においてメグさん程頼りになる人間はいない

返答は常に迅速かつ的確、行動は無駄なく周到、流石は皇帝に仕えるメイド長 、ディスコルディアとかいう執事もどきとは次元が違うね

「具体的に言うと、何をするつもりだ」

「帝国軍は基本的に実力主義です、アルクカース程ではありませんが才気ある者 実力ある者が好まれます」

「なら、エリスの実力を見せつけろと?、だがこの間の私との修行でエリスの実力の高さは認知されているはずだ」

「それ以前からエリス様の勇名は帝国内に轟いております、しかし…」

「警戒されているから、協調出来ないと?」

「はい、しかし裏を返せばエリス様の実力は既に帝国に知れ渡っているので、協調姿勢を取る土台挟もう組み上がっているのです、なので 帝国にエリス様は味方だ と信用させることさえ出来れば、難しい話ではないかと」

「なるほど…」

信用できるくらいには強いけど そもそも素性が怪しいって言う感じか、だからその怪しまれている点さえクリアすれば…かぁ

そこが難しいような気がするが、まぁ ぶつくさ言っても仕方ないか

「それで?どうするんだ?」

「はい、なので明日 レグルス様との修行を終えましたら、少々エリス様をお借りしても良いですか?、出来ればレグルス様にもご同行願いたいです」

「構わん、エリスがいいならな」

「あ、エリスは全然オッケーです」

「なら決まりでございますね、それでは明日 作戦決行でございます」

作戦決行 そう口にするメグさんは何処か楽しそうに見えた、…大丈夫かな 、この人優秀だけど楽しい事があるとそっちに走る性分がある、いや この人は遊びには走れど職務は放棄しないし それが元で失敗することもない、大丈夫といえば大丈夫だろう

「ふぅ…分かりました、では明日で」

話終わる頃に丁度ご飯も食べ終わり、エリスと師匠は揃ってナイフとフォークを置く、いやぁおいしかった、メグさんの料理は一級品だ

アマルトさんやタリアテッレさんには及ばないまでも、そこいらのプロではメグさんに太刀打ちできないだろう、オマケに料理のバリエーションも広い

これが毎日食べられると思えば帝国での暮らしも悪くはないかもしれない

「お粗末様でございました、片付けの方は私がやっておきますので、エリス様とレグルス様はお休みください」

「ん、わかった」

「え?いいんですか?、エリスも何か手伝った方が…」

何食わぬ顔で椅子を立ち何処かへ帰っていく師匠を脇に見つつ、お皿を片付けようと手を伸ばすメグさんを止める、流石に色々やってもらい過ぎだよ と

しかし

「いいえ、これは私の仕事ですので、エリス様にさせるわけにはいきません」

「そうは言っても、メグさんには料理も作ってもらって、片付けも何もかも全部やってもらってます、流石に悪いですよ」

「ですが従者とはそういうもので…」

「重要なのはメグさんが従者かどうかじゃなくて、主人が誰かでは?、エリスはメグさんの主人じゃありません、飽くまで陛下のご好意とメグさんの親切心からエリス達は世話になっているだけ、何から何まで世話になる資格はエリス達にはありませんから」

「……それはそうですね、分かりました では今回は私に譲ってください、ですが 明日の夕食はエリス様にお願いしてもいいですか?」

「え?…あ…ぁ、はい」

上手く落とし所を作られてしまった、エリスが反論する言葉を探している間にメグさんはさささっとお皿を片付け キッチンへと消えてしまう

帝国の人達と協調するなら、エリスはメグさんを都合のいい従者と扱うべきではないと思っている、だって 彼女はエリス達に仕えるわけじゃない、飽くまで陛下の命令で一緒にいるだけ

だからそんな彼女を都合のいい手足としては扱いたくない、エリスは彼女を友達として扱いたいんだが、…彼女のプロ根性は流石と言わざるを得ないな、常に一分の隙もなく従者だ

「仕方ない、ここはメグさんの言う通り譲りますか、出来るなら 家事とかも折半したいんですけどねぇ」

友達に甘えるばかりは嫌だな、なんて思いながらもここは譲り エリスはダイニングを後にし、与えられた部屋へと戻る

カノープス様から与えられたこの屋敷、これはエリスが今まで住んだどの住居よりも大きい、学生の頃住んでた館も結構な大きさだったけどさ ここは別格だ、軽い貴族が住んでる屋敷だ

それもそのはず、実はこの屋敷 カノープス様がレグルス師匠の為に作った屋敷らしいのだ

レグルス師匠が姿を現してより十年、カノープス様は師匠出現の報を聞くなり直ぐに屋敷を作らせたと言う、師匠が一番にこの帝国を訪れると信じていたから、まぁ…実際は帝国に到着するのに十年かかってしまったんだが…

態々師匠の為にこんなどでかい屋敷を作ってしまうなんて、師匠の事が本当に大好きなんだなぁと、壁を指で撫でながら無心で歩く

…壁に一縷の埃もない、掃除が行き届いている…、師匠が到着するまで十年 この屋敷の整理は欠かした事がないんだろう

「凄い話ですね、でも…師匠の方はカノープス様をどう思ってるんでしょうか」

暗い廊下を歩いて自室へと到着し、静寂の中 ノブを回す、ここはエリスに与えられたお部屋だ

広いのはまぁ言うまでもないが、置かれた机や本棚の数々はどれも高級品、窓から差し込む景色も素晴らしく、オマケに寝室はまた別にある、一個人が純粋に余暇を過ごす為だけの部屋

こう言う部屋を持つのは初めてだ、ラグナやメルクさん達は当たり前なんでしょうけど、旅人暮らしで別にお金も地位も持たないエリスでは持ちようもない部屋ですからね

「まぁ、持て余してる感強いですが…、師匠なんて読書にしか使ってませんし」

かく言うエリスもこの部屋じゃ魔力操作の訓練とか近接戦の型の練習とか、別にどこでも出来るようなことしかやってない

みんなこういう部屋をどう言う風に使ってるんだろう、丁度いい こう言う部屋を持つデティにお話を聞いてみよう、と思い立ち 机の上に置いてある魔術筒に手を伸ばしつつ椅子に座る

「しかし、こいつも長い付き合いですね、…国を出るとき貰った物ですから もう十年の付き合いですか」

国を出るときデティからいつでも連絡を取れるようにと預かった魔術筒、遠方に居ても書簡でやり取りができる便利極まりないアイテムだ

デティ曰く帝国から預かったものらしいが、こうして帝国にやってきて理解した、確かに帝国ならこのくらいのもの朝飯前で作りそうだ

「ふふふ、これを受け取った時は 帝国に来た時のことなんか…考えられなかったですね」

デティと離れると聞いた時 エリスはとても悲しい気分になったのは覚えている、出来るなら ずっと一緒に居たいと思っていた、けれど こうして世界を巡る旅に出てエリスは正解だったと思っている

エリスの世界は間違いなく広がった、多分 あの時旅に出ずアジメクに篭ったままだったら、エリスは半端に世間を知った気になっていたし 実力も今ほどついていなかった

何より、ラグナやメルクさん アマルトさんにナリアさんと言った、エリスの大切な友達とも出会えなかった…

旅に出てよかった、デティと別れたのは悲しいけれど、その悲しみもこいつが軽減してくれた、本当にお世話になったな

「さて、デティに近況の報告と…、世間話としてこう言う自室の使い方でも聞いてみますか」

昔の思い出に耽るのも程々に、エリスは君にサラサラと文字を書いて 日課のデティへの手紙を書き上げる、どうしようもない日を除いて もう毎日続けていることだ、こうやって手紙を書くのにももう慣れてしまった

「さてと、返答が届くのは明日でしょうし、これを届けたら 軽く外で体でも動かしますか」

そう 書き上げた紙をくるりと丸め、筒の中に突っ込む、これだけで魔術筒は発動別大陸にいるデティに手紙が届くのだ、いやぁ 便利だなぁ

「…………あれ?」

ふと、魔術筒からいつものように発せられる魔力を感じない事に気がつく、おかしいなと思い筒の中を見てみると いつも直ぐに転移する筈の手紙が丸まったまま中に残っている事に気がつく

…おかしい、今までこんな事一度もなかったのにと、首を傾げながら筒から紙を取り出し もう一度入れる

「…………」

確認、変わらず 中に手紙がある、もう一度出す 入れる、確認 …ある

ドッと何故か冷や汗が出る、おかしい どう言う事だ、手紙が送れない、こんな事初めてだ 昨日は送れたのに

「も もしかして、壊れた?いや…いやいや、でもなんで…壊れるようなことなんか何も…!」

もう一度紙を出して中に入れる、そんな意味のない行動を繰り返しながら やはり送れない事を確認する、壊れた これは壊れた、間違いなく間違いない

そう、悟ると共にエリスは筒を抱えて立ち上がり

「め メグさぁぁぁあぁあああんんん!!!メグさんメグさぁあぁん!」

壊れた壊れてしまった、デティとエリスを繋ぐ唯一の物が壊れた、もうデティとやり取りができない 、冷えた背中 掻き回される胸 潤む瞳 ぐちゃぐちゃになる頭でエリスは扉を撥ね飛ばし廊下を疾走する

エリスにこれはどうしようもない、仕組みだって分からない、だがここは幸い帝国

この魔術筒を作った国、なら直せるはずだ きっと直せるはずだ、なんとなる なんとかなるはずだ

祈るように奥歯を噛み締め廊下を走り抜けると共に、キッチンの扉を開ける…エリスに今頼れるのは、メグさんだけだ

「メグさんッッ!!」

「はい?、如何しました?」

そう 既に洗い物を終え、丁度今タオルで手を拭くメグさんが首を傾げながらこちらを見る

そんな彼女の疑問に答えるように、エリスはこう言うのだ

「何もしてないのに壊れました!」

と、魔術筒を突きつけながら…

……………………………………………………………………

「ふぅーむ」

それから、メグさんはエリスから事情を聞き 魔術筒を持ってメグさん自身の自室へと向かい、そこで 何処からか取り出した工具を使い、瞬く間に魔術筒を解体して中身を調べてくれている

壊れてしまった魔術筒、それを直すよう頼んでいるのだが…上手くいくだろうか、ザワザワと荒れるエリスを他所に、バラバラになった魔術筒と睨めっこする事 半時間

「ふむ、エリス様」

「はい!直りそうですか!」

くるりとこちらを見るメグさんに、お礼も忘れて真っ先に直りそうか聞いてしまう、失礼なのは分かる だがこれが壊れたらエリスはもうデティとやり取りが出来なくなってしまう、なんとしてでも  直してもらわないと

しかし、メグさんはゆっくりと首を横に振り

「難しいでしょうね」

「そ そんな…」

愕然とする、膝をついて 胸を抑える、そんな…そんな 直らないのか、もうデティとやり取りできないのか、そんな…こんな…嗚呼

「な なんでですか、大切に扱ってたつもりなんですけど、なんで壊れたんですか?」

「私も専門ではございませんので確たる事は言えませんが、…こうして分解してみて調べても 何処にも異常がないんです」

「え?、…つまり どう言う事ですか?」

「魔術筒は二対一体の道具、決められた魔術筒は決められた所にしか転送出来ないよう出来ているのは知っていますね?、ですので この魔術筒が無事でも もう片方が壊れてしまった場合 双方機能しなくなるのです」

「つまり、エリスの方ではなく、デティの方の魔術筒が壊れてしまったと?」

「恐らくは、その可能性が高いでしょう」

そっか…そうか、デティの方が壊れてしまった可能性があるのか、だとすると確かにどうしようもない、だってここに無いんだ 直しようもない、アジメクでは魔術筒の修理なんて出来ないだろうし

修復は絶望的か…、こればかりは仕方ないか

「…デティの方が壊れてしまったんですか、彼女も物持ちは良い方のはずなんですが、何かあったんでしょうか」

「聞いた話ではこちらの魔術筒、もう十年も使っているのですよね?、そもそもがこれ かなり古い型ですし」

「え?、あ…はい」

「では、単純に寿命の可能性もあります、いくら帝国製とは言え物ですので、十年休まず使い続ければ壊れもします」

確かにそうだな、こいつはエリスの旅に同行し もう十年も仕事をし続けてくれたんだ、もう休みたい頃なんだろう、なら エリスに出来るのはこの子を労ってあげることくらいか

「……お疲れ様でした」

バラバラになり、見る影もなくなった魔術筒の部品の一つを手に取り 感謝を述べる、今までありがとうございました、お陰で寂しくなかったですよ 

「エリス様、こちら…どうしましょうか」

「エリスの方で処分してあげたいです、…エリスが使った物なので エリスで片付けます」

「分かりました、では 元に戻しておきますね」

「お願いします」

するとメグさんは慣れた手つきで瞬く間に魔術筒を組み上げ元に戻していく

しかし、…そうか これから寂しくなるな、デティとやり取りできなくて困る事は正直無いのだろう、でも 寂しい

他愛ない雑談だったけれど、デティと話していると 友達が側に居る気がして どんな場所でも寂しくなかったんだ

…前回送られてきた手紙もキチンと目を通してある

学園で別れる際言っていた 『魔女排斥派機関に対抗する為 魔女世界を守る組織を作る』というか目的の為組織作りに奔走しているとのことだ

アルクカースとデルセクトからも人員を募り着々と組織作りが進んでいるらしく、来年くらいにはもう組織運営が可能になると言っていた、因みにエリスは創設メンバーの幹部という扱いらしい

来年 エリスがアジメクに居るかは分からないが、一応非常勤幹部ということになった、それでいいのかと突っ込んだ記憶もある

後、デイビットさんが騎士団の団長を引退し 代わりにクレアさんが騎士団長になったそうだ、あれから凄まじい鍛錬を積み メチャクチャ強くなってるらしい、因みに副団長はメロウリースさんだそうだ

…それから スピカ様との修行がどうこう、魔術導皇としての仕事がどうこう、最近食べたお菓子がどうこう、エリスが知っても知らなくてもいいような情報でも エリスにとっては大切な記憶の数々

それが、こういう形で橋を断たれてしまうのは…悲しいな、エリスの側にもうデティという友人がいない気がして…、嗚呼 寂しい

「エリス様?」

 「え?」

ふと、気がつくと魔術筒の組み立てを終えたメグさんが、いつの間にか椅子から立ち上がっており、エリスの手を掴み 引き寄せ胸に当てる

…えっと、何?

「なんですか?、メグさん」

「寂しい…ですか?」

はたと、気がつく エリスが寂しがっているのを、察してくれているのか この人は、それで 慰めようと?

「…はい、この魔術筒はエリスとデティ…アジメクの親友を繋げるか大切な架け橋だったので」

「なるほど、友人とお話していたのですね…それは、寂しいですね」

「はい、とても寂しいです」

「なら…、その寂しさは私では埋められませんか?」

「え?、メグさん…?」

「私は、そのお友達と違って 出会って間もないかもしれません、けれど…こうしてここにいます 、お話も出来ます 笑い合うことも出来ます 遊ぶ事も 慰める事も、こうして熱を伝える事も 私には出来ます、だから…そんな寂しい顔をしないでください、エリス様」

そう言いながらメグさんは胸に当てたエリスの手を上へ上へ、ゆっくり持ち上げ 頬を触らせる、暖かく 熱を帯びるそれは、彼女が目の前にいる証左 エリスを見ている証拠となる

彼女は今確かに目の前にいる、それは例え道具を使ってやり取りをしていても 遠方にいるデティではどうやっても叶わない行動

「貴方の役に立ちます、貴方と共にいます、だから…私を今この時だけでいいので、貴方の心の中にある デティフローア様の席に…私を座らせては貰えませんか」

「………………」

それは エリスとメグさんが友達だからこその願い立て、共にいさせて欲しい 友として、今だけでいいからデティの代わりにと、それはデティと連絡を取れなくなって悲しんでいるエリスの為の…願い

「ありがとうございます、メグさん」

だけど

「ですが、それはダメです、デティの席はデティだけのもの、誰かを代わりに座らせる事は出来ません」

結局、デティは近くにいないだけだ、友達である事に変わりはない 仲が良いことに変化はない、近くにいないからと代わりの人間を立てるのはなんか違う

それに

「それに、エリスの友達を誰か代わりにしたくないですよ、メグさん 貴方をエリスは友と思っているのですから、そんな代替え品のような扱いはしません」

「エリス様…」

触れている彼女の頬がやや熱を持つ、照れているのか?まぁエリスもちょっとキザったい事言ったとは思う、でも本心だ エリスは彼女を友と思っている、友達を別の友達の代わりになんかしない

「ですので、はい…デティと話せなくて寂しいですが、同時にエリスは貴方という友が出来て嬉しいんです、だから そんな悲しいこと言わないで」

「…はい、はい 分かりました、エリス様はお優しいのですね」

「…………」

優しいか、…そう言ってくれると嬉しい、というか照れる

そう 照れるんだ、さっきからずっと見つめてくるメグさんの目を見ていると照れてしまう

赤く紅潮頬と 嬉しさで潤む瞳、そして見目麗しい美貌に触れる手…、彼女から感じる熱が彼女の感情のようで、直視できない…変な気持ちになる

「じゃ じゃあそういう事なんで、また明日 よろしくお願いします」

「はい、お任せを…貴方の為ならば、私も死力を尽くしましょう」

どうしてそこまで尽くしてくれるんだ、どうしてそんな目でエリスを見るんだ、分からない 分からないよエリスは

メグさんから手を離し やや逃げるように部屋を立ち去る、熱くなるほっぺを触れば やや遣る瀬無くて頭をかく、あの人は友達だけど 考えてる事は読めないなぁ…

…………………………………………………………

それから、メグさんから受け取ってた壊れてしまった魔術筒を処分し、エリスは師匠と共に床についた

夜眠る横になりながら色々と考えた、魔術筒が壊れてしまったと以上 もうデティと連絡が取れなくなってしまった、メグさんの見立てではデティ側の魔術筒が破損したから連絡が取れなくなったのだろう

解決方法はデティに新たな魔術筒を渡し 別の魔術筒で連絡を取るようにすることくらいだが、生憎デティは別大陸にいる、ここからじゃ遠すぎてそれも難しい

或いはメグさんの時界門を使えばと思ったが、何やらあれは条件が揃わなければ使えない様子、それに『今からお前アジメクまで飛んでこい』とは言えんよ、いや言ったらマジでやりそうだけど

後は、貿易ルートとしてアジメクに繋がってる転移魔力機構を使えば一週間くらいで白亜の城まで行けるが、エリスのわがまま一つで貿易ルートを使わせては貰えまい、ましてや今は協力関係を結びたいんだ、ワガママはよそう

つまり、エリスはもうデティと手紙のやり取りは出来ないのだ、だがもう二度と会えないわけじゃない 、エリスはどうせアジメクに帰る ならその時 積もる話をしようじゃないか

それでいい、そうしようと納得し瞼を閉じれば……




「ではエリス様 レグルス様、そろそろよろしいでしょうか?」

練兵エリアにて、昨日のように師匠との修行を終えた辺りでメグさんからの声がかかる、今日も練兵エリアの設備のおかげで充実したトレーニングが行えたのは言うまでもない

まぁそれはいいんだ、問題はこれから エリスはこれから帝国軍の人達と協力する為、その信頼を勝ち得なくてはいけない、そのプランを メグさんにお任せしていたのだ

汗でじっとりする露出の多いトレーニングウェアの上からタオルを押し当て 適当に吹くと共にその上からコートを羽織る、変態みたいな格好だな

「あ、大丈夫ですよ ね?師匠」

「ああ、問題ない 詰め込める分は詰め込んだ、これ以上は疲労で効率が悪くなるからな、…で? これから動くのか?」

「はい、これより『エリス様、帝国ニコニコ仲良し大作戦part1』を発動させます」

「色々聞きたい作戦名ですが…part1なんですね、続きが他にもあるって事ですか」

「当たり前です、全ての人間と一撃で仲良くなる方法があるなら私が聞きたいくらいでございます」

そりゃそうだ、ごもっとも過ぎてぐうの音もでない、しかしニコニコ仲良し大作戦か…一体何をするのだろうかと少々ワクワクしながら師匠と一緒に休憩用のベンチに腰をかけ 静聴する

「それで?、メグ 一体何をするのだ?、エリスは帝国軍に認められる必要があるのだろう?、だが…帝国軍の規模は世界一だ、そいつら全員に認められるのは骨が折れるぞ」

「あー…確かに」

師匠に言われてエリスはようやく気がつく、帝国軍に認められるという事の難しさ、それは純粋に帝国軍という軍勢の規模の問題だ

帝国軍はその主要な軍をいくつかに分けている

まず帝国のエリート達 帝国三十二師団、帝国一個師団は通常の師団よりも一万人多い 凡そ三万人と言われている、つまり三十二師団だけで総勢百万人近い数がいる

その上 東西南北の国境を守護する 国境守護隊は一方向四十万人、四方で百二十万

そして純粋な兵卒として各地の領土に配備されている軍勢は全部で三百万

帝国魔術兵団五十万人 帝国千士隊や帝国医療団などの特殊な部隊を総括すると百三十万

同盟諸国に駐在する帝国軍も数えると二百万近くいるし、諜報隊や監査員も含めるともっと居る

まぁざっと数えると帝国軍は総勢七百万人の超大規模な軍勢、軍事超大国と呼ばれるアルクカースの総兵力が三百万 デルセクトが百七十万 アジメクが百二十万である事を考えれば如何に卓越した物かよく分かる

帝国は軍部一つで小国の人口くらいなら軽く超えてしまう、これら全員に認められるって相当な事だが…、一体どうすれば良いのだろうか

「私は考えました、帝国軍総勢七百万の人間達を納得させるには如何にすれば良いかを、そこで思い立ったのです、別に エリス様は帝国軍と友達になりたいわけじゃない…と言うことに」

「え?いやまぁ…、確かにそうですね、友達だけが協力的な関係じゃありませんし」

言われてみればその通りではある、というか そうだ、エリスは協力姿勢を取りたいだけで帝国の人間全員とクリストキントのような関係を築きたいわけじゃない

リーシャさんやゴラクさんと言った目の前にいる人間とは仲良くやっていくつもりだが、それを帝国軍全域に広げて考えるつもりはない

「エリス様が欲しいのは『自分の実力に対する信頼』それに限るのですよね?」

「はい、エリスに背中を預けて貰える そのくらいの信頼が得られればそれで良いです」

「でしたら丁度いいです、これより帝国軍が軍事訓練を開始するので そこにお邪魔しましょう」

「軍事訓練?」

そうエリスが聞くと、どうやら帝国は定期的に首都にある全ての戦力を用いて地上で訓練をするそうなのだ、首都に常駐している戦力は百五十万程、帝国の全軍の凡そ四分の一程度が揃っているんだ

それらをみんな集めてみんなで一緒に腕立て伏せ…なんかするわけない、やるのは実戦形式の半ば戦争に近い戦闘訓練、三将軍も出席し訓練をするそうだ…というか、今も地上でやっているそうだ

「既にエリス様がお邪魔することは伝えてあります、ですので…」

「エリスも合同訓練に参加しろってんですね?」

「違います、エリス様にはこれよりその会議に集まる師団長何れかとタイマンしてもらいます」

「はぁっ!!??、タイマン!?殴り合うんですか???」

「はい、よろしいですか?レグルス様」

「む?構わんが…殴り合う必要はあるのか?」

「結局、帝国を信用させるには上の人間に認めさせるのが手っ取り早いです、そして 認めさせるには 力を示して信用を得るのが一番いいんです」

「確かにな…」

いや…いやいや、いきなり無茶な…、師団長の強さは他の国なら最高戦力として数えられてもおかしく無い、流石に魔女大国級では無いものの…その強さは折り紙つき

だが確かに昨日言っていた 帝国は実力主義 故に強ければ認められると、エリスの強さは既に知れ渡っている、既に信頼される土壌は仕上がっている

だから、最後の一押しとしてエリス自身が帝国とぶつかり 強さだけでなくエリスの全てを認めてもらい必要があると

無茶だが 手っ取り早い、あれやこれやとあちこち巡ってやるよりも余程楽だ、何せ一発で終わるんだ、これ以上のものはないだろう

「…分かりました、やりましょう」

「おお、これから世界最強の師団を纏める者と戦うというのに、臆することもしないとは 流石はエリス様」

「そりゃ多少はビビってますよ、けど エリスは帝国の信頼を得る方法…これをメグさんに一任しました、任せたからには エリスもメグさんの考えを信じて行動するまでです」

「ほう…それはそれは…、このメグ 感激の至りにございます」

カテーシーにて礼を述べるメグさんを眺め 奮起する、エリスは任せた 任せた人間に文句を言う資格はない、それがどんなに無茶でも それを覚悟で任せている、だからやる それだけのことだ

「では、早速向かいましょうか、準備はよろしいですか?エリス様 レグルス様」

「私は構わん、エリス いいか?」

「あ!ちょっと待ってください?、…えっと、これでよし」

宝天輪ディスコルディアを腕に装着し 荷物をチェックし、戦闘の準備を整える、帝国に来てから初めての戦闘だ、いきなりとんでもないことになったが、これがエリスの道筋だと言うなら押し通る


「それでは…、『時界門』」

クルリとメグさんが腕を回すと目の前に時空の穴が浮かび上がる、よかった 『それじゃあここから地表までダイビングしていきましょう』とか言われたら流石に引いてた、メグさんなら言いそうだし…

まぁここから飛び降りてもいいけど、なんて頭の隅で考えながらエリスは時界門を通り メグさんの案内で帝国の大地へと降り立ち…


「あれ?」

ふと、時界門を潜り抜け 飛び込んできた情報に、些かのギャップを受ける…

目の前に広がるのは緑の平原だ、草木は美しく生い茂り 小鳥は歌い、彼方此方に丘や森が見える至って普通の気温天候の大地…、あれれ?

「如何されました?エリス様」

師匠の後に時界門を潜り 芝を踏みしめながらエリスの隣に立つ

「いえ、ここ ポルデューク大陸ですよね?」

「はい、そうですよ?ここはポルデューク大陸 アガスティヤ帝国 マルミドワズ領…、ほら 上を見てください、ちゃんとマルミドワズの街がありますよ」

「え?、あ 本当だ」

チラリと木の隙間から上を見れば、確かにさっきまでエリス達がいた浮遊都市マルミドワズが雲の上に浮いている、じゃあここは確かに帝国か…

「にしては、随分温暖な気候ですね、エトワールはあんなに寒かったのに」

「それもこれもカノープス様の加護のおかげです、カノープス様の加護がある限り 帝国領は楽園の如き暖かな気候に恵まれるのです」

「へぇ、これも魔女の力ってことですか」

本当に神様だな、ただいるだけで 大地を豊穣の楽園へと変えてしまうなんて、プロキオン様でさえ 寒さを軽減させるような加護は出せなかったのに、

いやあれはあの人の価値観かな、あんまり寒さとか気にしなさそうだし エトワール人はエトワール人で雪とかあんまり気にしてないし

「カノープスは寒いのが苦手だからな、その苦手意識は魔女になっても変わらん、自分が嫌いなものを国民にも味合わせまいと思うのは当たり前だ」

「だからってポルデューク特有の寒冷を丸ごと消し去ってしまうなんて凄いですね」

「暖かいのはマルミドワズ…つまり皇帝陛下の直下の地だからですよ、帝国の地方に行けば それなりに寒いです、さぁエリス様 彼方にて帝国軍の皆様がお待ちでございます」
 
「あ、そうでしたね 行きましょうか」

せっかく帝国軍の皆さんの時間を借りてるんだから 遅刻は厳禁だ、これでエリスが帝国に認められるだけの力を見せても『でもあいつ遅刻するしな』と思われたら信用もクソもない

信頼とは約束と決め事を守ることにより生まれる、いかに有能な人間でもそれが出来ない人間は信用されないんだ

なのでフラリと春風に舞うメグさんのロングスカートを追いかけるように歩く、しかし 不思議なもんだ、いつも時界門を開いた時は目的地の目の前にワープしてたのに、今回は目的の帝国軍と少し距離がある

やっぱり時界門も万能の力ってわけじゃないのかな、しかしなりその条件とはなんだ…なぜマルミドワズ内では的確にワープ出来たんだ…距離か?、距離があると正確なワープが難しいのか?

いやそれならエトワールのアルシャラから帝国の謁見の間に飛んだ説明が出来ない…、ううむ

「エリス様?」

「え?、あ はい」

「あそこが帝国軍の軍事訓練駐屯条件でございます、そしてそれは即ち 彼らこそが首都を守護する世界最強の『帝国三十二師団』でございます」

「あれが…」

丘の下、そこには遥かに広がる平原が続いていた、山はなく 起伏は少なく、まさしく軍事訓練をするに相応しい場所だと言うのが素人目にも分かる、アルクカース人が好きそうな土地だ

そして、その平原の上にはこれまた絶大な数の簡易建造物が建てられており、最早見慣れつつある軍服を着込んだ帝国軍が巣を突いた蟻みたいにうじゃうじゃいる

あれ一人一人が凄まじい強者で、オマケに帝国総軍の三分の一でしかない事実にちょっと震える、これが世界最強の軍隊にして 魔女世界の守り手…

「今からあそこに突っ込んでいって、師団長見つけて襲撃を仕掛ければいいんですか?、メグさん」

「エリス様はひょっとするとバーサーカーであらせられるのですか?、そんなわけありません、そんなことしたら認められる以前に完全に敵認定食らって殺されてしまいます」

「そうですか…」

「今からあそこに挨拶に向かいます、さ 行きましょう」

ヒョイと飛び上がると共に丘を滑り降りていくメグさん、…アグレッシブな人だな

「じゃあ師匠、エリス達も行きましょう…師匠?」

「………………」

ふと、師匠と共に行こうとその顔を見ると、何やら師匠の顔が険しくなっている事に気がつく、その目は眼下の帝国軍を眺めており…、どうしたんだろう

「どうしたました?師匠」

「…過剰だ、この国の軍の持つ軍事力は過剰だ」

「過剰?」

「ああ、魔女世界の秩序維持を名目にカノープスは軍事力を強化しているようだが…、秩序維持だけならこの半分でも事足りる、そんなことが分からない女ではないだろうに…、だと言うのに それでもまだ軍事力を求めるのは何故だ」

どうやら師匠から見ると、この軍は異常に見えるらしい、まぁ 帝国だけでカストリア大陸を滅ぼせるだけの力を持ってるのは確かに異常だ、その気になればいくらでも別の方向に力を注げる余力が帝国にはあるのに…

それでも 帝国は軍事力を強化し続ける、そこには 何か意図があるような気がする

「これではまるで…、魔女と戦うことを想定しているようにさえ思える」

「え?、…魔女と?でもカノープス様は魔女世界の為に力を蓄えているんですよね、それじゃあ矛盾しませんか?」

「……奴にとっての魔女世界が、どう言うものかはまだ分からんぞ」

そこではたと気がつく、もしかしたら エリス達の思う魔女世界と皇帝カノープス様が見る魔女世界は別物の可能性もあるんだ…

いや…いやいや、だとしても違うはずだ、カノープス様が魔女と戦うと言うことは、かつての盟友同士が争うことになるんだぞ…

しかし、師匠が語るそれが 師匠の杞憂にはとても思えない、帝国には 皇帝陛下には 何か…、思惑がある そう感じさせるには、師匠の深刻な顔は十分すぎたのだった

…………………………………………………

『アガスティヤ帝国軍』

それは世界最強の軍の名であり、今この魔女が支配する魔女世界の守り手としても知られる

総勢 七百万、それは歴史上から見ても類を見ない大規模さであり、この規模でありながら帝国軍は年々肥大化を続けていると言い、とある学者の見立てでは あと百年もしないうちに帝国軍の総勢は一千万を超えるとさえ言われている

アルクカースなんかより余程軍事国家だ、まぁ あちらは有事の際は一般市民も戦士に早変わりする国だから また少し毛色が違うが…

ともあれ、帝国は強い 

かつて、大規模な戦力を保有する魔女排斥組織 『レヴェル・ヘルツ』と呼ばれる大組織が存在した、彼等は帝国の打倒を掲げ帝国領土の南部を占領し皇帝カノープスの命を狙った

レヴェル・ヘルツには多数の実力者が揃っていたと言われ、構成員は二十万人の超大規模組織

マレウス・マレフィカルムの中枢を担う八大同盟に食い込み 九番目の大組織になる可能性さえあった、もし今も勢力を伸ばしていれば 八大同盟の中でも随一の三大組織にも迫っていたかもしれない

だが、そう それはもしもの話、レヴェル・ヘルツの躍進はそこで終わった

帝国が軍勢を差し向けたのだ、その数凡そ二百五十万 レヴェル・ヘルツの十倍以上の軍勢だ、彼等は瞬く間にレヴェル・ヘルツを捉え真っ直ぐ進軍し一瞬で本拠地まで迫った

当然、レヴェル・ヘルツも抵抗した、そちらがその気なら全面戦争だと意気込んだ、確かに数の差はあったがレヴェル・ヘルツには八大同盟に匹敵する戦力とそれを纏める十人の幹部がいたからだ

この戦力があれば負けないと勇んで帝国とぶつかった結果…、戦いにもならなかった

確かにレヴェル・ヘルツにいた幹部は強かった、内半数が第二段階へ至ろうかと言うレベルの強者達だった、しかし 師団長達はそれを上回ったのだ

一瞬で本拠地を包囲され 何かする前に圧殺するが如く勢いで帝国は迫り、幹部さえも鎧袖一触で倒し、…制圧には一夜もかからなかったと言う

レヴェル・ヘルツは一夜にして崩壊、構成員は軒並み処刑され 幹部も一人残らず処断され、纏めていた指揮官も魔女の姿一つ拝めず戦地に散った

レヴェル・ヘルツが一夜で滅ぼされた事実は裏世界中に激震が走り、帝国は勇名を走らせた、これによりマレウス・マレフィカルム内では活動を縮小する組織が大幅に出たと言う…

帝国に 魔女世界に『三十二師団』ぞあり、それは魔女世界の敵の存在を許さぬ帝国の執念とも思わしき覚悟が伝わってくる


「………………」

そんな事をメグさんに教わりながらエリスは彼女と共に駐屯所を真正面から突っ切って歩く、帝国軍の駐屯所…簡易的ではあるが見たところいつでも分解し持ち歩けるよう工夫がされているようだ

エリスも昔アルクカースで似たような事した覚えがある、アルクカースのは木材だったけど、こちらは木材より硬くかつ軽い未知の物質だが

流石の帝国、技術力が他の追随を許さないなぁ なんて周りを見ながら歩いていると

「エリス様、お言葉ですが あまりキョロキョロされると…」

「え?…、ああ そうでしたね」

駐屯所を突っ切るエリスとメグさん そして師匠の三人を見る目は多い、駐屯所な訳だから そこには帝国兵がわんさかいるのは当然だ

武器の整備をしている人間 何やら資料を持って歩く人間 駆け足でどこかへ急ぐ人間、こんなにたくさんいるのに暇そうなのは一人もいない、だが そんな帝国兵もエリスの姿を見ると一瞬足を止める

まぁそりゃそうか、だってこの場で私服なのはエリスと師匠だけだ、メグさんに至ってはメイド服だ、目立たない方がおかしい

向けられる視線は訝しげで 歓迎されてるとは言い難い、それは以前ルードヴィヒさんに会いに行った時感じている、帝国兵は用心深い 皆プロであるからこそ、常に不審人物に目を光らせている

そして、エリスは今 どちらかというと不審人物寄りだ、そんな人間が駐屯所を呑気に見学してるんだ、面白くはあるまい

「それでメグさん、エリス達は今どこへ向かってるんですか?」

「今 三十二師団の団長達と三将軍が揃って会議をしているところです、今後の軍内部の方針やアルカナとの決戦に向けてどこを強化するべきか等のお話ですね、エリス様には今からそこに向かい 自らを売り込んでいただきたいのです」

「アルカナとの決戦の折にはどうぞエリスを…ってな感じですか?、受け入れられますかね」

「少なくともエリス様の実力の高さは軍内部に知られていますし、一蹴はされないかと、まぁ アーデルトラウト様は文句をつけてくるかもしれませんが、そこもルードヴィヒ様がなんとかしてくれるでしょうし、何はともあれ そこからはエリス様の人誑しテクニックの見せ所です」

「見せるも何もそんなもの持ってませんよ、でもそうですね 帝国軍の要職に就いている人間の顔と名前くらいは予め教えておいて欲しいです」

「そう言うと思いましてこちらに資料をまとめてありますので、どうぞご活用ください」

そう言いながら虚空に開けた小型の時界門から結構な厚さの冊子が渡される、まるで辞典だな…これをもう既に用意しておいたと?、エリスが欲すると思って?

まぁなんとも、仕事が早い事で…、活用させて頂こう

「へぇ、結構多い…、何百万といる軍隊ですから、要職をだけを纏めてもこの多さになるんですね、あ 読み終わりました」

「おや、もうですか?」

もうですよ、エリスはその気になればパラパラとページをめくり 中身を記憶するだけで暗記が出来るんだ、その気になれば山のように巨大な本だって 数秒で読み解ける

実際、既にその資料の中身は暗記済み、メグさんが用意したであろう帝国軍の要職達の顔と名前は把握した、短いながらもどう言う戦闘スタイルで何が得意か そう言う大切なことが短く丁寧に纏めてあったから、記憶しやすかった

「ちゃんと覚えたので大丈夫です」

「本当に凄い記憶能力の持ち主なのですね、何年も前のルードヴィヒ様の顔も覚えていたり…、エリス様には時空魔術の才能がありそうです、多分 私よりも」

「そんな事ないですよ、記憶力がいいだけじゃとても…」

「いえ、時空魔術に必要なのは座標の計測ですから、一度行った場所の座標を決して忘れないエリス様なら 時空魔術を私以上に極められたやもしれませんね」

と 言われても困る、じゃあ今からカノープス様から教えを賜りたいかといえそれはNOだ

エリスは孤独の魔女の弟子、師匠が教える物以外は使わないのが礼儀だ、それに 必ずしも弟子が師匠の得意とするスタイルに合った物とは限らないのは普通のこと

例を挙げるならプロキオン様とナリアさんだろう、あの二人のスタイルは真逆…ナリアさんではプロキオン様の剣技は習得出来ない

それに才能という点で挙げるなら多分レグルス師匠の弟子に向いてるのはエリスよりもデティの方だ、あの子はほぼ全ての属性魔術を完璧に使えますからね エリス以上に師匠の属性古式魔術を習得できるでしょう

そういう点で見ると、一番師弟として噛み合ってるのはアルクトゥルス様とラグナのコンビなのかもしれない、あの二人は戦闘スタイルも戦法もほぼ同じですからね、羨ましい限りだ

「エリスはエリスです、孤独の魔女の弟子エリスです、例え才能があろうとも他の魔女様から教えは受けません、エリスはレグルス師匠からしか修行を受けたくありません」

「うう…エリス、お前は本当にいい子だな…、私は嬉しいよ」

「おやまぁ、一途なんですね…、妬けてしまいます」

え?何が焼けるって?お肉?とエリスが聞くよりも早く メグさんは歩幅を広め早足で去るように進んでしまう、なんなんだ…

なんて、その疑問は終ぞメグさんには届けられなかった、何せ 直ぐに駐屯所の中心部、恐らく作戦本部と思わしきコテージに辿り着いてしまったから

「…もしかしなくてもここですか?メグさん」

「もしかしなくてもそうでございます、こちらに三十二師団の団長達が揃い踏みしております、勿論 三将軍の皆々様も、一応服装は正しておきましょう エリス様、こちらへ」

「あ、はい」

「メイドに服を直してもらうとは、偉くなったな?エリス」

もう 師匠ってばからかわないでくださいよ、なんて言える立場ではない、メグさんに襟を正され 服のシワを伸ばされ 甲斐甲斐しく世話をされるエリスにはとても言えない

けど師匠、これはいつもエリスが師匠にしてる事だ

「さて、これでよし…」

「ありがとうございます、メグさん」

「メイドとして当然でございます、エリス様」

何処からか取り出した櫛でエリスの髪を整えるとメグさんは一息つく、さぁ これから師団長達と会合だ、さっきの資料で大体の人物の特徴は頭に入ってる…、皆曲者揃いだが …やるしかあるまい

「では、失礼致します」

コテージの木の扉、叩くのは三回 返答を待たず、メグさんは扉を開ける、中にいる師団長達に挨拶する為に

ただ、扉を開けただけだ、コテージの扉 中には至って普通の空間が繰り広げられて…いるわけがない



「なんだい、今会議中だってのも分からないのかい?」

コテージの中に広がっていたのは 部屋の奥まで続く長机、一体どうやって作ったんだとか どうやってここまで運んだんだとか、ツッコミが湧いてくる程の長い机、それの机の両脇を固めるのは十六人 十六人…計三十二人、いや一人足りない 三十一人

そして部屋の最奥に並んで立つのは目の前の三十一人…いや帝国軍七百万人を率いる頂点とも言うべき三人

…三十一の師団長と、三将軍だ

「………………」

覚悟はしていた、エリスはこの空間に立ち入る前に息を整え 予めここにいる人間を予測し、覚悟して踏み入った…だというのに、こうして見ると足が竦む

部屋の扉が開かれた瞬間六十四と五つの瞳がこちらに一斉に向けられるのだ、その眼光一つ一つが圧倒的強者達による者だとエリスには肌で感じられる

カノープス様の持つ隔絶した威圧感とはまた違う、息の詰まるような空気だ…

「失礼します、師団長の皆々様、そして栄光ある三将軍の御三方、重要な軍議の最中だとは理解しておりますが、一つ お時間を頂いてもよろしいでしょうか」

そんな雰囲気に臆する事なくメグさんは一歩前へ出て師団長達と三将軍に訴えかける、すると

「ダメだね、後にしな」

先程から他の人間の意思を代弁するかのように嗄れた声をあげるのは第十師団団長 神鳥のマグダレーナ・ハルピュイアだ、帝国軍最年長であり全師団長最強の存在、それがピシャリとメグさんの言葉を遮る

「まぁまぁ母さん、メグ殿がこうして無礼を承知で現れるなんて相当な事だ、報告に来た兵卒の話はどんなものであれ耳を傾けろ…、そう教えてくれたのは母さんだろう?」

しかし、そんなマグダレーナさんに意見する中年の男がいる、痩せこけた頬 鼻から口元にかけての豊麗線、間抜けにも感じる丸メガネとぴっちり整えられたオールバック

堅実そうな見た目同様穏健に場を収めようとする彼をエリスは知っている、先程渡された資料にあった情報を照らし合わせればすぐにわかる

第二十六師団 団長ループレヒト・ハルピュイア、マグダレーナさんの生んだ長男にして 彼女の血統を証明する実力者、別名 仙凰のループレヒト

「それに、彼女が引き連れてきたのは陛下の寵愛を受けるレグルス様、無碍に追い返すのはどうかと僕は思うが…」

「青二才は黙ってな、帝国軍には帝国軍のメンツってのがあんのさ、それを従者と外様に踏み荒らされだんじゃたまらないよ、これは軍議…模擬的な訓練とは言え神聖な軍議なのさ、それを割り込んで時間をよろしいかだって?、バカも休み休み言いな!」

「メンツ云々はもう古いよ母さん、彼女達は魔女の弟子なんだ、その意見は優先されるべきだ、さぁメグ殿?遠慮せず続けて」

「勝手に話を進めるじゃないって言ってんのが分かんないかい?!、昔っからプライドのカケラもない子だねアンタは!」

「僕は僕なりの価値観に従っているよ、昔からね」

…な 何やら喧嘩が始まってしまった、親子喧嘩だ、しかもどちらも帝国で十の指に入る実力者達、ど どうしようこれエリスが止めた方がいいの?でもエリスは渦中の人間だし…

「落ち着いてください、マグダレーナさんもループレヒトさんも、これが軍議だというのなら 、決定権はお二人には無い…、どう思われますか?三将軍殿」
 
そんな喧嘩を諌めるのは部屋の最奥…つまり、三将軍に最も近い位置に立つ男

まるで仮面のような無表情 鋭い目 一文字の口 赤黒い髪、間違いない…

彼は第一師団 団長ラインハルト・グレンデル、最も将軍に近しい位置にいる男であり 平時はルードヴィヒ将軍の補佐を担当する人物だ

その冷淡な物腰とは裏腹に、戦闘時は激しく激昂するが如く戦う様からついた異名は『怒りの巨人』…大して身長は大きくないように思えるが、なんで巨人かは分からない

「ふむ…」

そんなラインハルトの言葉を受け 顎に手を当てるルードヴィヒさん、ふむと考える素振りを見せているが、それはエリス達の話を聞くかどうかの構えですか?それともエリス達の話を聞く流れを作るためのポーズですか?

エリス達がこうして動いているのは、ルードヴィヒさんの話もあってこそなのだが…、するとルードヴィヒさんではなく別の人間が口を開く

「…私は反対だ、ルードヴィヒ ここで譲れば帝国のメンツは丸潰れ、マグダレーナさんの言う通り帝国軍には不可侵のメンツがある…外様相手に道を譲るような真似はしてはいけない…」

なんて反対意見を出すのはアーデルトラウトさんだ、三将軍の一人にして絶対の女将軍、身長は大してエリスと変わらないはずなのに こうして見るとエリスよりも何倍も大きく見えるのは、彼女の放つ凄まじい威圧故か

「私は、ループの言うことに一理あると思うが?」

すると、そんなアーデルトラウトさんに反対するのは三将軍一の巨漢、ゴツい岩のような顔  巌窟が如き肉体を持つ大男…、彼もまた三将軍の一人

名を 万断剛剣の将 ゴッドローブ・ガルグイユ、あんな攻め攻めのイカつい風貌をしておきながら、三将軍一の慎重派で実直な男と有名らしく、皇帝からの信任厚い 堅実な男だ

「ここで、メグとエリスを突っ放す事のメリットが私には理解出来ない、彼女達は理由があったからこそ、ここに現れた その訳だけでも聞くべきだ」

「なら事前にアポの一つを取れと言う話にはならないか?、最近のメグの行動には不可解な部分が多い、もし 魔女の弟子だからと言う理由で増長しているのであれば、看過は出来まい」

「そうだろうか、私には彼女の意見はいつも理路整然としていて的確だと思うが、それに 彼女には隠密行動が似合っている」

「似合う似合わないの話じゃない」

「そうだったな、だが 話を聞かずに追い返すのには反対だ」

「…埒があかない、ルードヴィヒ どう思う」

平行線を辿る二人の会話、その決着は結局ルードヴィヒさんに帰結する、と言うかメグさんアポ取ってなかったんですね、いや昨日の今日ならそれも難しいか…何せ彼女は四六時中エリス達と一緒にいなきゃいけないわけだし

ともあれ、話を振られたルードヴィヒさんはアーデルトラウトさんとゴッドローブさんの顔を交互に見ると

「…話を聞こう、それでいいな アーデルトラウト」

「ルードヴィヒが言うなら…」

「と言うわけだ、何をしに来た」

くつくつと 口元だけ歪め何やら可笑しそうに笑うルードヴィヒさんは隻眼でエリスを見つめる、いやなんで笑ってるんだ 何がそんなにおかしいんだ

「いえ、…皆さんが今会議してるのって対アルカナに関する事ですよね」

「そうだ」

「それに、その決戦に エリスも同行させてほしいと言う願いだてです、いいえ違いますね、同行じゃありません…アルカナと戦わせてください、エリスにも」

前へ出て、意見を述べる この単純な動作が、今は途方もなく重たく感じる、エリスが前へ出れば いくつかの鋭い視線がエリスを射抜く、まぁ中にはほほうと面白そうに笑う人達もいるけど

「確かに、それはカノープス様が確約した内容の話だ、だがそれは君の安全が保障された上での話、君をもし戦地に赴かせ死なせたとなれば、君を保護している帝国の…そう それこそメンツに関わると言うもの、大人しくしていてくれるならそれでいいのだが」

なんてルードヴィヒさんは言うが、昨日と言ってる事真逆じゃないか、ルードヴィヒさんはエリスにアルカナとの戦いに参加してほしいんですよね!?、…いや 違うな

今のはお膳立てか、エリスがこうして口で言っても納得しない層に大して エリスがアクションを起こしやすいようにするための

…こうして短いながらも師団長の動きを観察して、一つわかったことがある

帝国軍は全員が全員エリスを警戒しているわけではない、その思想は二つに分かれる

まず一つがアーデルトラウトさんやマダグレーナさんのように、帝国のメンツを気にし 外からの介入を拒む帝国絶対主義…、ここは強硬派とでも言っておこう

そしてもう一つがゴッドローブさんやループレヒトさんのような、エリスが協力することに対して半ば受け入れの姿勢を取る人達、帝国の利となるならそれがどんなものであれ使う…謂わば利己的とも言える思想、ここは穏健派とでも言おう

エリスが協力すれば、帝国がこの強硬派と穏健派に別れることになる、アルカナとの決戦を前にそれはまずい、そしてそこはルードヴィヒさんも理解している

理解しているかりこそ、今みたいにエリスを上手く誘導したのだ、強硬派を納得させられるような 何かを言わせるために、そして その何かは既に決まっている

「エリスの実力が信用できないと言うのなら、丁度いいです…今この軍事訓練の場で…皆さんの手でエリスを試してくださって構いません」

「ほう、と 言っているが、諸君はどう思う」

するとルードヴィヒさんの手の中にあった主導権が再び師団長達に渡る、すると

「試す?つまりこの小娘は我ら帝国師団長に挑もうと言うのかね」

丸い顔 丸い目 くるりと丸まったヒゲが特徴のオジさんが口を丸くする、多分彼は第十四師団の団長 マルス・ムシュマッヘだろう、別名を丸顔のマルスと言い 卓越した剣の腕を持つことはエリスも知っている

マグダレーナさんに次ぐ年長者であり、老獪で老練な剣の腕は、斬撃ではなく ただ構えを取るだけで相手に武器を下ろさせるとも言われる

「いきなり現れて不躾だなオイ、噛み砕かれてぇのか メスガキ」

グルルルと喉を鳴らし犬牙を煌めかせるのは第五師団の団長 トルデリーゼ・バジリスク、別名『藍染を裂く巨刃』のトルデとも言われる若手筆頭だ

女とは思えない 人とは思えないほど残忍そうな見た目、口元に走る傷跡、鋭い牙 針山のように腰まで垂れる蒼乱髪、そして見た目通り凶暴な性格をした恐ろしい人物とメグさんの資料にも書いてあったが、より一層目を引いたのが…

彼女がリーシャさんやジルビアさんと同期であると言うこと、そして 特記組出身の師団長の中で二番手の実力者…、なら一番は誰かというと

「まぁあトルデ、あんまカッカすんなや、目元に小ジワ出来るぜ」

「ああ!?、フリードリヒ!テメェ!今なんつった!」

「こっから老けてく歳なんだからもうちっとは落ち着けっての、別に怒ることでも無いしさぁ?、ふぁあ~」

手入れのされていない髪、目元にかけられた伊達で洒脱なサングラス、室内であるにも関わらず煙草を吹かし 大きな欠伸をする男、彼の名はフリードリヒ・バハムート 第二師団の団長であり、特記組出身の師団長の中では最強と謳われる男

別名は絶界の伏龍、特記組の旗本であり皇帝カノープスの最高傑作

その実力はマダグレーナさんや三将軍に次ぐ帝国の五番手、ただ 余りやる気が無く何をするにしても無気力で ちゃらんぽらんとした態度を貫いている為イマイチ実力が掴めないとも…

もし 彼が本気を出せばマダグレーナさんを抜いて帝国の将軍は四人になる…なんて部下は言っているそうだが…、真偽のほどは不明だ

「僕はいいと思います、受けて立つとか そう言う上から目線でなく、彼女の心意気がとても気に入りました、僕たちに任せず 己で決着をつけたいと言う精神、まさしく龍!僕ドラゴン大好きです!」

あはーっ!と語るやや背丈の小さな童顔の男性、黒髪は耳元で揃うように切り揃えられており 育ちの良さが出ている気がする、いや童顔なのではなく実際彼は幼いのだ

彼の名を第三十二師団 団長フィリップ・パピルサグ、別名、星煌の射手、エリスと同じ齢にして既に師団長の座に就く秀才だ、元々彼の先祖はパピルサグ王国を統べる国王であったらしいが、どうやら国営が立ち行かなくなり 帝国が実効支配を行い地図から消え去ったらしい

その際 高官として召し上げられたのが彼の祖先、つまり 彼は本来は王族の地位に就く人間だったのだ…というか、エリスと同じ歳という事は彼もまた魔蝕の才能を持つ人間なのか…

「確かにそうですね、隠れようと思えばいくらでも隠れてられたのに、こうして出てくるなんてかっこいいじゃありませんか」

「カッコをつけられて死なれても困ると言っているのが分からんのかね」

「いいじゃんいいじゃん、やるだけやってみようよ、ねぇねぇ」

あわわ、次々喋らないで 分析が追いつかない、ええっと…

エリスのあり方を気に入ったと微笑むおっとりした女性、ふわふわウェーブの髪とやや赤らんだ頬が彼女のあり方を示しているようでなんとも和やかな人物だ

彼女の名は第六師団 団長バルバラ・ケルベロス 別名三面六臂のバルバラ、戦闘から補佐 事務方までなんでもござれの万能の団長、仕事をお願いしたら基本手伝ってくれるそうだ

そんなバルバラを冷めた目で見るのは青白い髪と三白の切れ目と同じ尖りメガネ、見るからに冷たそうな実際冷たい人、名を第八師団団長ゲーアハルト・ヨルムンガンド、別名を大地鳴動のゲーアハルト、メグさんに渡された資料によると 怒ると怖いらしい、知らんがな

そして最後におちゃらけた雰囲気で喋り ねぇねぇと周りに同意を求める金髪の軽薄そうな男、彼は第九師団 団長ハインリヒ・フェニックス、別名不死鳥のハインリヒ

過去に団長降格処分を実に八回経験しながらも団長の座に返り咲くまさしく不死身の男、意味が違う気がするが

「魔女の弟子と戦える機会なんてなかなか無いよ?」

「だが参加も込みとなると些か」

「別に良く無いか?、アルカナ程度の相手なんざ近所にお使い行くくらいのもんだろ」

「確かに、エリス殿は今日これまでに多くのアルカナを撃破している、危険という事はあるまい」

「上等じゃねぇか!やったろーぜ!オイ!根性ーゥ!」

「だが……」

喧々囂々、彼方此方で声があがる、エリスを巡って各々の意見を述べる、師団長達とはいえ一枚岩では無いようで、皆我が強く 確たる意志を持つが故に意見もまた確固たる物、これは纏めるのも至難の技だろうに

しかし、だからと言ってエリスが一人一人に対して反論したり 説きふせたりはしない、流れを見る ただ見守る、ここで出させれる答えにエリスが異議を挟み込むことはできない

なので待つ、師匠もまた呆れたように眉間に指を当て メグさんは何やら苛立っているようにも見える、なんで苛立ってんですかね

「ふむ、ルードヴィヒ将軍閣下 師団長それぞれの意見を聞き纏めると、若干ではありますがエリス殿の話を受ける方が優勢に思われます、如何しますか?」

「別に私は多数決で決めようなどとは言っていない、ただ皆の意見を聞き その意見を彼女に聞かせたかっただけだ」

「え?エリスですか?」

エリスに、今の話を聞かせたかったとはいうが、そんなもの聞かされても困るというか…

「これが今の君の評価だ、帝国内での評価はこの程度だ…そして、組織での立場とは評価で決まる、君に この評価を覆らせる事はできるか?」

つまり、やれんのか?それとも無理か それを聞いてるんだ

エリスの評価を纏めると 『信用はあんまり出来ない、けど強いのは分かる、まぁ 俺らの方が強いけど(笑)』だ、その評価を覆らせるには …まぁ、当初の予定通り師団長の誰かと戦って勝っても評価は覆らない

例えこの中の誰かを倒しても 『まぁ、多少はやるじゃん』になるだけ、それじゃあ意味がない、やるんなら徹底的に 禍根も異議も残さないやり方にする必要がある

なら、戦うのは『師団長』ではなく……



「出来ます、全員でかかってきてください」

「ほう?、全員?君はここにいる三十一の帝国師団長全員を相手にすると?」

「違います、この駐屯地にいる帝国軍二百五十万全員でかかってこいって言ってんですよ」

エリスの言葉にある者は目を見開き ある者は笑い ある者は眉間にしわ寄せ ある者は怒る、けどな 結局そうしないとあんたら何かと文句つけてくるだろう?、最初から煩わしいんだ 信頼とか信用とか…それが言葉によって得られるならそっちの方がいい

だが、エリスの力を…孤独の魔女の弟子の力を見くびり疑うってんなら話は別だ、エリスがアルカナに殺される?、それは過小評価だ 少なくともエリスは負ける気はそもそもない、カノープス様がご好意でエリスを帝国に匿ってくれているが それを言い訳に逃げるつもりもない

…だから、ここで戦うべきは帝国軍の誰かではなく 帝国軍そのもの、この意見が受け入れられないなら、頭から押さえつけて 首に鎖をつけて乗り回すだけだ

「くくく、…ああそうか、君ならそういうと思っていたよ」

「え?」

しかし、ルードヴィヒさんだけは予測していたのか 愉快そうに笑う、もしかして今まで曖昧な態度取っていたのって…エリスからこの言葉を引き出したかったから?、猪口才な…

「聞いたな、これより孤独の魔女の弟子と軍事訓練を行う 皆武器の用意をせよ、この身の程知らずに帝国軍の力を見せつけてやれ」

そんなルードヴィヒさんの言葉に師団長達が雄叫びで答える…、まぁいい ともあれ、文句つけさせない為にも 帝国にエリスの力を見せつけなければなるまい

それに、お互いの距離を測りかねてるなら 一回殴り合って確かめた方がいいしね、ってなわけで

「上等です、やりましょう」

エリスは、ルードヴィヒさんの思惑に乗り 対アルカナに挑む為、まず 世界最強の軍隊へと勝負を挑む事となったのであった




「へぇ、まるでドラゴンだ…かっこいいなぁ、僕好みだ」

そんなエリスの決意の横顔を見て、ペロリと舌なめずりするは星煌の射手…第三十二師団の団長 フィリップだ、幼い顔に欲望を滲ませ エリスの横顔を見つめる、星すら落とす射手の狙いは 定まった
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