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八章 無双の魔女カノープス・前編
208.孤独の魔女と世界最高の街
しおりを挟む雷鳴轟き大地が割れる…
風雲吹き荒れ土を舞いあげる…
相対するは二つの魔力、疾風と迅雷 それが今、漸く邂逅を果たしたのだ
「…エリス、お前が…!」
牙を剥く 激怒する、その体から電撃が迸り シンは怒りのままに目の前の存在を睨みつける
思えば、シンがエリスを認識したのは もう五年以上前だ、あの頃のエリスはヘット相手に満身創痍になる程度の実力だった
『所詮魔女の弟子とはいえ、まだまだ未熟 私自ら手を出すまでもない、どうせ他の誰かに始末されるだろう』
そう油断している隙にエリスはカストリア大陸にいる幹部を瞬く間に殲滅していった、あのコフまでもがエリスの前に敗れ去ったと聞いた時はタチの悪い冗談かとも思ったほどだ
だが既にエリスはレーシュを倒し アルカナの戦力を突破しなにもかもを打破し、今こうして私の前に立っている、明確な強敵として
もっと早く始末するべきだった、もっと早く殺すべきだった、もっと早く審判を下すべきだった、失敗だ 私の失態だ!其れがこの事態を招き寄せた!!
「エリス…エリス!お前のせいで何もかも 台無しだ!、お前のせいでッッッ!!!」
吼えたてる、絶対に許さないと 絶対に殺してやると、大地が揺れるほどの魔力と殺意が雷鳴となって辺りを焼き尽くす、ここで コイツを殺さなくては
その咆哮を受けるエリスは ズタボロの外套を風にはためかせ、ギロリと鋭い視線で答え
「くだらない……」
「なんだと?…」
口を開く、そして
「くだらないつってんですよ!あなた達の理屈はいつもッ!!」
膨れ上がる魔力は風となり吹き荒れ、シンに向かって激突する、凄まじい魔力 凄まじい風…、故にこそ 激怒する
風はコフの物だ、お前のものじゃない…!
「シン!エリスはお前を絶対に!絶対に絶対に絶対に許しません!、アルカナごとこの世から消し飛ばしてやります!」
「はっ、上等だ…お前も奴のように殺してやろう、ここで!」
最早口での問答は無用だ、エリスはここにシンを殺しに来た シンはここでエリスを殺すつもりだ、もう逃げることはしない もう逃げる場所もない、こうなってはアルカナに未来はない
なら、せめてエリス…お前だけでも道連れにしてやる、私から全てを奪ったお前を!この手で!
「ッッ…!、後悔しますよ…貴方!その言葉を口にした事を!!」
今の私の言葉が余程気に入らなかったか、やはり エリスがここまで激昂する理由はあれか、奴は虎穴を突いてしまったようだな、自業自得だ
だが、同時に思う、キレてんのはお前だけじゃないんだよ…と
「ここで…ぶっ潰します!!」
「ここで…ぶっ殺してやる!!」
エリスの風を纏った一撃が吹き荒れる、シンの雷轟を纏った一撃が響き渡り、激突し 荒れ狂い 天に雷と風の柱が轟音と共に屹立する…
今ここに、魔女の弟子と大いなるアルカナの 最後の決戦が今、始まる……
……………………………………………………………………………
絢爛なる超常の城、世界一の帝国の世界一の首都…帝都マルミドワズ、その中心部に存在する大帝宮殿には今日…凄まじい数の帝国軍人が訪れ囲んでいる、世界最強の呼び声高き帝国軍が…だ
帝都常駐防衛軍凡そ150万 帝国三十二師団 計九十六万 合わせて二百五十万の大軍勢、これから戦争でもおっ始めると言われてもなんの違和感も感じないほどの軍勢が城の外も中も囲む
そんな彼らが守るのは玉座の間…、今日この日訪れる客人と彼等の主人である大皇帝カノープスの談話が恙無く終わるようにと、抑止力として武器を腰に直立する
帝国軍が二百五十万も集まらねば抑止力として作用しない程、此度の客人は危険であり重要なのだ
「……ここが、帝国?…」
そんな帝国軍人に囲まれ睨まれ、エリスは周囲を見回す…
エリスは今、無双の魔女カノープス様の弟子でありカノープス様が遣わした使者である皇室専属従者長メグ・ジャバウォック達の案内により帝国の中枢 玉座の間を訪れている
いや、訪れているというより半ばいきなり放り込まれたというに等しい、メグさんの操る時空魔術は文字通り空間を歪め距離を縮め、エトワールの雪原からいきなりこの帝国の玉座の間までの瞬間移動を可能にしたのだ
いや、帝国に行くとは聞いていたけど…こう、いきなり玉座の間とは思わないじゃないか、面食らってもしょうがない…よね?
と周囲に助けを求めれば既にメグさんもゴラクさんもヴァーナさんもネハンさんも、みんな恭しく跪き 目の前の皇帝に首を垂れている
あ、エリスも跪いたほうがいいか、カノープス様は魔女であると同時にこの国の支配者、
皇帝様だし と動こうとした瞬間
「よい、お前は我が客人…、首を垂れることは許さん」
「っ…」
エリスの動きを読んだかのように玉座の上の皇帝は声を飛ばす、ただそれだけで体が動かなくなる
凄まじい…凄まじい威圧…!、確かに師匠もかつて語っていた、スピカ様やアルクトゥルス様よりもカノープス様の威圧の方が凄まじいと、確かに 魔女のプレッシャーに慣れたエリスも、これはキツイ…!
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなったエリスを他所に、カノープス様はゆっくりと立ち上がり、エリスと師匠を見下ろす
「久しいな、レグルス」
「ああ、カノープス…お前は変わらんな」
師匠と皇帝が視線を交わらせる、その視線の険しさたるや とても懐かしい友との再会には見えない
聞けば、師匠とカノープス様はかつて親友と言える間柄だったという、恋人とさえ揶揄されるほどに二人の仲は睦まじかった、他の誰よりも 二人は仲が良かった…筈なのに
(なんだ、なんでこんなに空気が重苦しいんだ…、なんで カノープス様の視線が、こんなにも険しいんだ!)
戦慄する、とても仲のいい二人の間に醸し出されていい雰囲気じゃない、地が鳴動し天が竦みあがる睨み合いは沈黙の中続く
まさか、…カノープス様もなのか?と その敵意の正体を探る
(もしかして、カノープス様も…シリウスの魔の手に)
そう考えれば合点が行く、というかなによりも考えるべき可能性だ
アルクトゥルス様とフォーマルハウト様 アンタレス様やプロキオン様もみんなシリウスの魔の手にかかり、師匠と相対することとなっていた、なら それと同じようにカノープス様も操られているのだとしたら 相当まずいな
「レグルス、我は悲しいぞ…、この目から溢れる落涙が 何度膝へ落ちたか分からぬ程に、悲しいぞ」
「そうか」
「何故か分かるか?」
「いや?」
「…ふむ」
カツン とカノープス様が一歩此方へ降りてくる、ただそれだけで まるでエリスの体が巨人に掴まれたかのような重圧が襲う、目の前にいるだけで…これほどか
しかし、そんな重圧の中師匠は腕を組み、睨みつけるように待ち構える、世界一の皇帝を前に、お前がよってこいと言わんばかりの不遜な態度だ
「…レグルス、警戒しているのか?」
「ああ、そんな剣呑な顔で寄られては、警戒せざるを得ん、オマケになんだこの歓待の仕方は…、軍人で囲み 武装して睨みつけて、こうも無体に歓迎されては 私も笑顔では答えられん」
「それは我が怒っているからだ、レグルス…我は怒っている、恐らく 生まれて初めてお前に怒りを覚えた」
カツンと再び皇帝が足を鳴らし、レグルス師匠の前に立つ、うう…目の前で見ると殊更すごい迫力だ、天を衝く巨人を前にしていると錯覚してしまう 必要以上にカノープス様の姿が大きく見える
これが最強の魔女…、世界を治める神の如き八人の魔女達の中で そして、史上最悪の魔術師シリウス亡き世界にて最強と謳われる絶対無二の存在か、立っているだけなのに吹き飛ばされそうだ…!
「怒っている、だと?」
「ああ、激怒している…」
鼻先がぶつかり合うほどの距離で睨み合う二人の魔女の衝撃波にも似る眼光が、極限まで達する
怒っていると視線を鋭くするカノープス様と 明らかに警戒し過剰な態度にも応えられるとばかりに魔力を高めるレグルス師匠、この二人の間に走る緊張が 極限まで上り詰める
エリスが 帝国軍が 世界が恐れるように震える、…ぶつかる 今二人の魔女が、そうなればこの国は 世界は…終わる
明確な終わりのビジョンを幻視するエリス達を置いて、カノープス様がついに動く
「何故、スピカだったのだ?」
「何?…」
師匠の肩に皇帝陛下が手を置く、何故 スピカなのだと
「何故、お前が最初に顔を見せた相手が 我ではなくスピカなのだと聞いている」
「それは……」
別に深い意味はない、エリスは知っている 色々とあったからだ、流れというか特に意味のないまま、エリスと師匠は流されるままにスピカ様に会った
結果的に最初に会っただけで、意味なんかないんだ
「別に、意味はない」
「なら何故我が六番目なのだ」
「はぁ?、なんの順番だ」
「お前が魔女大国を訪れた順番だ、スピカ アルクトゥルス フォーマルハウト アンタレス プロキオン…そして我だ、遅い あまりに遅いぞレグルス、我をここまで後回しにした意図を聞かせろ」
「…別にそれにも意味はない、ただアルクカース側から世界を回ったからそうなっただけだ」
「ならアルクカース側ではなくオライオン側から回ればよかっただろう、そうすれば直ぐに我の元まで来れた」
「だとしてもお前はどうせ今回と同じように何故我が三番目なのだと怒るだろう」
「……ぐぅ」
ぐうの音しか出ない そんな顔で師匠に言い負かされたたらを踏む…え?、うん?
つまり何か?怒ってる理由とは 後回しにされたから?、それで軍をここまで動員し 威圧し、目を剥いて怒っていると?
なんだそれ…と、思っていると、カノープス様の目から一筋の涙が伝い
「わ 我は、寂しかったのだぞレグルス、この八千年間…ずっと、お前が立ち去って それでもお前の意思を尊重し、探し出す真似はせず待ち続けたのに、…なのに 六番目…六番目はないだろう、六番目だぞ?我ら七人で国を治めているから …最後も最後じゃないか」
「…まさか、寂しかったと?」
「当たり前だ馬鹿たれ!、あ 馬鹿たれは言い過ぎたな 取り消す、お前ならきっと我が元に戻ってくると信じて信じて信じ続けていたのに、裏切られた気分だ!」
ダバァーッと涙を流して師匠の袖を掴みブンブン振り回しながらなんかワガママ言ってる…、あれ?今からやり合うんじゃないの?さっきまでの緊張は何処へ?
え?なに?じゃあカノープス様が怒ってたのは、早く自分のところに来てくれると思ってたら最後の方に回されたから?、そんなアホな…仮にも世界の皇帝だろこの人
「ワガママを言うな、いい大人だろお前」
「う…」
師匠にぴしゃりと怒られ後ずさりながら涙を拭うその姿は、さっきまでの威圧感はない…なんなんだこの人
「まぁよい、我が元に来てくれたこと自体は非常に喜ばしい、というより嬉しいぞレグルス、既に帝国中にお触れを出して今日を『レグルス帰ってきた記念日』として祝日に登録している、今日は学園も休みだ」
「やめろ」
「もう遅い、それよりもう剣呑な空気は終わりだ!皆の者!祝え!、我が親友 レグルスが遂に帰還した!、はははは 今日は何より喜ばしい!」
そういうなり軍人達は手にしていた武器をしまい、代わりに後ろからクラッカーを取り出し一糸乱れぬ動きでパンパンと同時に破裂させ 師匠の帰還を盛大に祝い始める
既に剣呑な空気はなく、まるで宴会のような微笑ましい空気が次第に場を支配始める
「はぁ、祝い過ぎだカノープス」
「いいや祝うさ、…何せ我が生涯の伴侶が戻ったのだからな」
そんな空気の中カノープス様は静かにレグルス師匠の腰に手を回し 激しく抱き寄せ、喜びの接吻を…ってぇっ!?
「やめろバカ!公衆の面前でキスしようとする奴があるか!」
「はははすまなかった!、公衆の面前ではやりづらいなぁ、では寝室に行こう」
「やめろ!!」
師匠は必死で抵抗し近寄ってくるカノープス様の顔を押し退け抵抗する、されどそんな抵抗なんのその、絶対キスしてやるという強い意志でカノープス様は無理矢理顔を近づける
ほ 本当にカノープス様、師匠のこと好きなんだな…伴侶とか言ってるし、それに師匠も思ったより満更でもなさそうだし
「本当に恋人なんですか?師匠」
「違う!エリス!こいつは昔からこうなのだ!」
「ん?、…其処の少女は……」
抵抗する師匠と共にカノープス様の目がこちらに向けられる、うっ 剣呑な空気はなくなったとはいえ、見つめられるとこれまた凄い威圧感…
「陛下、此方はレグルス様の御弟子のエリス様でございます」
そうメグさんが跪いたまま説明すると、カノープス様は師匠から手を離し こちらに寄ってくる、うう 寄ってくる まるで隕石が目の前に迫ってるみたいな威圧感だぁ…
「ほう、お前がレグルスの弟子か、レグルスに似て聡明な顔をしている、それに…うむ 愛いな!」
「は…?」
刹那、カノープス様のその美貌ともいうべき美しき顔がエリスに近づく、エリスが反応とかそういうリアクションを取るよりも早く それは…済まさられる
「チュッ」
「へ?」
頬に伝わる暖かな感触、プルプルとし感触が一瞬エリスの頬に触れ、 …え?いやえ?エリス今…キスされた?頬に?
「へぇぇええぇぇぇえええぇえ??????」
分からなさすぎて 首を傾げすぎてエリス頭が一回転するかと思った、え?なんでキスされたの?、理解不能すぎて一周回って落ち着いてきたぞ
「あの、なんでエリスはキスされたですか?!」
「我が伴侶たるレグルスの弟子は子も同然、なれば我が子のようなもの、我がお父さんだぞ」
「またか…」
またそれかよ、この間それされたばかりだからびっくりというよりまたそれかよ感がすごいよ、どんだけみんなエリスの親になりたいんだ…
「おいカノープス、私の弟子に手を出したらお前といえど許さんぞ」
「分かっている、手は出さん 安心しろ」
出したじゃん今…
「まぁ無駄話はこのくらいで、うむ 長旅ご苦労であったな レグルス エリス、カストリアを超えここまで来るのは大変だったろう、この皇帝の尊顔を以ってして お前達の旅路への褒賞とする、喜ぶことを許可しよう」
パッと表情を切り替え凛々しく顔立ちでカリスマを漂わせ 再び玉座まで戻りつつ、エリス達の旅路を讃えてくれる、一応歓迎してくれるんだ
いやまぁ、カノープス様自身来てくれたこと自体は嬉しいみたいだし
「お前達の話は聞き及んでいる、その道のり 苦難の連続であり、そしてその艱難は今も続いているとな、特にエリス」
「え?エリスですか?」
「うむ、お前達を態々呼びつけた理由はそれだ、お前 大いなるアルカナと戦っているそうだな」
玉座に座り 肘掛に文字通り肘を置き頬杖をついてエリスを見下ろす、アルカナと戦う帝国軍の総大将たるカノープス様のことだ、知っていておかしいところはないが
しかし、エリスの旅路まで把握しているとは…、やはり全世界に監視員がいるってのは本当なんだろう、世界の秩序を守るためとはいえ、いささかやり過ぎな気もするが
「カストリアにいるアルカナを全滅させ、剰えエトワールではレーシュを討ち取ったとも聞いたぞ?」
「はい、…とはいえ 色々な条件が重なって、奇跡的に弱点を突ける場面に遭遇しただけで、実利とはとても…」
「いや、倒せる場面に倒すことが出来るのは 実力がある証拠、我が帝国軍でも手を焼いていたあの破壊者を倒した功績は大きい、…だが、いや やはりというべきか?」
「?…」
するとカノープス様はフゥと一息吐くと、その額にトントンと指を当てる、一挙手一投足に注目してしまう、いやでもその発言に注目してしまう、溜めの取り方といい この人…上手いぞ、人に己の意思を刷り込むのが
「お前は今 大いなるアルカナに狙われている、他の誰よりも…、奴等の目的は我ら魔女大国からお前に変わりつつある」
「エリスですか?」
「ああ、奴等は今 この帝国に隠れ潜み逃げ回りながら世界各地の魔女排斥組織を呼び寄せ、連合を作り上げ 勢力を整えている、…面倒な事に完全に隠匿に徹している故 発見が遅れて後手に回っているのが現状だ」
「連合?、あの 大丈夫なのでしょうか、魔女排斥組織が寄り集まればそれなりの軍になるのでは?、それが帝国内で暴れれば…」
「問題ない、魔女排斥組織が寄り集まっているとはいえ、精々アルカナ程度が動かせる組織など高が知れている、奴等が動き出した瞬間 我が軍勢で押し潰すことなど容易だ」
ここはレーシュさんの見立て通りか…、大いなるアルカナは世界中に組織員を配置できるほどの大組織だ、だが 帝国からすればそれさえも『程度』なのだ
当然だ、帝国の軍は世界最強 あのアルクカースだって真っ向から戦争したら敗色濃厚、あの戦争大好き民族がビビって手を出さないレベルには強いんだ、ならばいくら組織を束ねても アルカナに勝ち目はあるまい
元々本来の計画が破綻した時点で、勝ちはない それはアルカナも分かっている
…いやまさか
「もしかして、帝国に勝てないから…エリスを?」
「ああ、せめて魔女の弟子一人を道連れにしてやろうという魂胆なのだろう、事実お前には奴等も辛酸を舐めさせられている 狙う理由はあろうよ、…奴等の玉砕根性は見上げたものだが…、それでも危険である事に変わりはない」
「…奴等はエリスを狙って…、なら 受けて立つまでです」
「はははは、勇ましいな だが我が見立てではお前はアルカナの主戦力 シンとタヴには及ばんぞ?、ましてや奴等の率いる軍勢を一人で相手取るつもりか?、よもや組織を相手取ることの恐ろしさを知らぬわけではあるまい」
叱責にも似た声が飛ぶ、確かにその通りだ 個人を相手にするのと組織を相手にするのでは話がまるで違うんだ
エリスを始末する その一点に限って言えば別にエリスの目の前に来て魔術ドカドカ正直にぶちかます必要はない、エリスが食べるご飯に毒を仕込んだり 寝てる間に宿を爆破したり、方法はいくらでもあり 組織という統率の取れた軍隊ならそれは可能だ
組織を相手にするとはそいうことだ、いつ襲われるかもわからない暗殺といつ止むかも分からない波状攻撃に常に神経を尖らせねばならない、いくら強くても 組織相手は難しいんだ
「………………」
「ふっ、理解したか、だが 我らとしても今魔女の弟子に死なれるのは困る、それにお前は我が伴侶たるレグルスの弟子、死なせはせん…故に、お前の身柄を一時帝国で預かる事とする、これは決定事項だ」
「え?預かる?、エリス牢屋に入れられるんですか?」
「何故そうなる…、普通に居宅を与え アルカナの一件が落ち着くまでそこに住んでもらうだけだ、無論 戦線に参加したいというのなら帝国軍と共に行動することも許す、それなら構うまい?なぁ?レグルス」
「……随分私達に都合のいい条件だな、帝国で自由に過ごせ かつ自由に戦えるとは、見返りはなんだ?」
「いらん、旅人二人の施しを受けなければならんほど 帝国は柔ではない、それに 我とお前の仲だ、遠慮は不要だ」
つまり、何か?カノープス様がここにエリス達を呼びつけたのは、アルカナがエリスを狙う動きを見せ始めたから保護してくれる為に帝国に呼び寄せたと?、メグさんを呼びつけ 早急に確保したのもエトワールを守る為だし…
考えれば理にかなってはいる、まずそれぞれの陣営の目的と勢力を考えれば 帝国の思惑は読めてくる
アルカナ陣営はいま戦力をかき集めている、狙いは帝国だが帝国に勝てないことは奴等も承知の上、だから代わりにエリスは狙い妥協点としている
帝国はアルカナなど踏み潰せるし出来るなら潰したいと感じている、しかし逃げ回り戦わないアルカナを滅却するのは骨が折れる、そこで奴等が狙いとするエリスを匿う事で狙いはこちらに向けさせるつもりだ
よく言えば友の弟子を守る為、悪く言えば丁度いい釣り餌確保のため、帝国としてはエリスの存在は本当に丁度いいのだろう
匿う理由もある 丸め込む理由もある、そんでもってレグルス師匠の弟子…逃す手はないか
「……師匠、どうしますか?」
「ほほう、この状況で師に判断を仰ぐか、つまりエリス お前はこの条件を諸手で受けるつもりはないということか?」
「いえ、エリスは弟子です なので、師匠の判断に従おうかと」
ぶっちゃけ、受けない理由はない 許されるならこっちが頭下げてお願いしたいくらいだ、だが それでもこうやって師匠に判断を仰ぐのは
ただのアクションだ、もしここで下手に出てお礼を言えば帝国はエリスと師匠を容易い相手と思う可能性がある、だから『エリスは帝国の動きに対して疑問を持つ可能性がある』というアクションを示せば…帝国とてエリス達を容易い相手とは扱わない
こういう言い方は良くないが、帝国が何を考えているか 真に判然とするまでは、飽くまで対等の立場でいるべきだとエリスは思う、まぁ 旅人と大国一国が相手では対等にはなりえないんですがね
「ふはは、レグルス…お前の弟子は色々考えているようだぞ?」
あら、読まれてる…流石に通じないか…
「はぁ、エリス 下手に考えるな、相手の思うツボだ」
「す すみません…」
「カノープス、私はお前が善意で我等を助けようとしてくれている事は理解している、だがエリスの気持ちもお前なら分かるだろう?、強者の纏うオーラとは 時にその腹の内を探らせてしまう、何を考えているか分からない強者ほど怖いものはない」
「確かにレグルスの言う通りである、徒に帝国軍で囲ませたのは間違いであったな すまなかった、だがエリスよ我等は別にお前をどうこうと言うつもりはない、我等帝国はお前たち師弟の強い味方としてある事をレグルスの名に誓う」
「私で勝手に誓いを立てるな」
安心しろ と言われればエリスは己の態度を改める、うん 味方を申し出てくれている人たちに対して疑ぐるような態度は良くなかったな、ましてや駆け引きを持ち込むなんて無礼千万だ
「はい、無礼な態度を取ってすみませんでした」
「よい、許す…では話は纏まったな、エリス レグルス 我はこれより暫くの間お前達を客人として扱う、この帝国でどのように過ごすかは自由だ、だが一つ 守ってもらうことがある」
そういうとカノープス様は指を一つ立て…
「絶対に帝国の外 いやこの首都の外へ勝手に出るな」
「何故ですか?」
「先も言ったがアルカナが何処にいるか分からん、お前達なら大丈夫とは思うが もしもの可能性は摘み取るに限るだろう?」
まぁ確かに、完璧な計画とは不確定要素を全て取り払った先にある、帝国側もエリス達を保護したいなら あんまりうろちょろされても困るか、まぁ出るなと言われて出るほどエリスの反骨精神は逞しくない、ここは従いましょう
「分かりました、それだけ守ればいいんですね」
「ああそうだ…、あ!いやまて!法律は守れよ?」
守るよそりゃ…、エリスそんな無法者じゃありませんよ…
「ではそう言う事だ、いきなりな上不躾だが これもお前達の身を守る為だと理解してくれ、分かったな?レグルス…お前も弟子は守りたかろう?」
「そうだな、それに いい機会だ、世界で最も栄えていると言うこの首都 マルミドワズを堪能させてもらう」
「それがいい、…よし!メグ!話は聞いていたな!、お前はこれよりエリスとレグルスと共に行動しその生活をサポートしろ、良いな」
「畏まりました、マイロード…」
皇帝陛下より勅命を賜り スカートの裾を摘むメイドの姿は、絵になるほどに様になっている、この人達は師弟というより主従と言った方が正しいのかもしれないな
「そしてリーシャよ…、お前にもエリスの護衛についてもらいたい、首都の中とは言え 連中は手段を選ばん、孤独の魔女守護隊に任命する」
「ハッ!陛下!」
メグさんに続き、リーシャさんも跪いたまま応答する、エリス達にはこれよりメグさんとリーシャさん二人人が護衛としてついてくれるようだ
護衛はいらないと思うが、それでも何かあった時を考えたら 無闇に突っぱねる必要性は見当たらない
「では、エリス…そしてレグルス、暫し この帝国でその旅の疲れを癒せ、分かったな」
それだけ伝えると、下がって良いとばかりにエリス達を手で払うカノープス様
…うん、いきなりでびっくりしたが、話をまとめるとアルカナ達は追い詰められて手段を選ばなくなって来た、このままでは本格的にエリスは危ない
故に、それを危惧した帝国が一時的に魔女の弟子であるエリスの身を守る為場所と人員を割いてくれると言うのだ、だからエリス達はこれからこの帝国で少しの間過ごすこととなる
何やらカノープス様と帝国の思惑の香りもするが、言い換えればエリス達はあれこれ考えず この帝国で旅の疲れを癒し修行に専念できるという事
そう考えればこれ以上ないくらいの歓待だ、とてもありがたい カノープス様のお心遣いに感謝しつつ、お世話になろうじゃありませんか
「ではエリスと師匠は…」
「ああ待て、やはりレグルスは残れ、話がある」
「む?、まぁいいだろう…だがキスは無しだ」
「えっ!?…、いや そう言う話ではない、真面目な話だ」
待て待てと手を振りながら否定するカノープス様の頬には冷や汗がたらり、完全に図星だったろ…
しかし、師匠とカノープス様が話す…と言うことは
「では、私が先にエリス様に帝国内部を案内致します」
「うむ、それが良い 師は師と、弟子は弟子同士で仲良くしろ メグ」
「畏まりました、では行きましょう エリちゃん」
「いきなり仲良くしすぎでは…?」
まぁ良いとメグさんはそそくさと振り返り玉座の間を出て行く、まるで付いて来いと言わんばかりの背中を目で追えば…
「じゃあ師匠、エリスはメグさんと一緒に行きますね」
「ああ、後ほど合流しようか」
「はい、では…」
踵を返し師匠に背を向ける、既にリーシャさんやゴラクさん達もメグさんに続き退室しているのが見える、飽くまで護衛はエリスに向けられたものということか…
歩き左右を見る、相変わらず豪華な謁見の間だな、美しさではディオニシアスの方が上だが、規模と豪華さではこの部屋は他の追随を許すまい、流石は世界一の魔女大国 なにもかも世界一だな
「………………」
ふと、扉の前で振り返れば 玉座の上に座るカノープス様と目が合う、あの人の目は他の操られていた時の魔女様達のように濁っていない、もしかして シリウスの影響を受けていないのかな…
分からない、この国を訪れた経緯がイレギュラー過ぎて…、いつもなら関所を取って 順序を踏んでこう言うお城に来るから 大体のことは分かるが、今回は別 いきなり城だ、エリスはまだ帝国がどう言う場所なのかも分からない
だからまず、するべきなのは、全体像の把握だな 話はそれからだ
「失礼します」
「うむ、ご苦労」
頭を下げて退室すればカノープス様のみが返事を返す、周囲を囲む軍人達は微動だにしな…ん?、あのカノープス様の隣に立つ一際偉そうな眼帯の軍人さん…あの人確か
「エリス様?」
「おわっ!?、め メグさん」
ふと思考を遮り、メグさんがヌッと視界に入ってくる…この人 足音もしないし気配もないから動きが読めないんだよなぁ、ある意味怖いと言うか
「では陛下のお言葉に従い、これよりエリス様にこの帝国を紹介すると共に案内してまいりたいと思います」
「ああ…、ありがとうございます」
「そこで三つのプランをご用意していますので中から一つをお選びください、まず一つが『ワクワク帝国景観堪能ツアー』二つが『ハラハラ帝国軍部体験ツアー』そして…」
「いや普通に案内してくれればいいですよ」
「ではドキドキ帝国普通に案内ツアーでよろしいですね、では参りましょう ゴラク様、エリス様の荷物を持ってあげてください」
「うーい…、ほらエリス 荷物よこせ」
「いいですけど、重いですよ」
何やらエリスを囲み 人気のない宮殿の廊下を六人で歩きながら話を進める、しかし荷物を寄越せか…、そう言われれば背負ったリュックをゴラクさんに促されるままに手渡す
というかゴラクさんも一応付いてきてはくれるんですね、まぁ彼は護衛じゃないから一時的な者だろうが…
「ナメんなよ、俺は帝国軍じッッ重っ!?、何入ってんだよこれ!」
「旅に必要なものです、水とか油とかナイフとか食料とか後…」
「いやもういいよ…っく、こんなの平気な顔で背負ってるってどうなんだ?」
うるさいな全く、人を怪物みたいに言って…文句言うなら持ってもらわなくてもいいよ、と言うか大切に扱ってくださいよ、中にはポーションの瓶とか割れ物も入ってるんですから
「ゴラク様は貧弱でございますね」
「そうですよ、その程度で音をあげるなんて鍛え方が足りませんよ」
「うう、情けない…」
「ゴラク君カッコ悪い~、其れに引き換えエリスさんはかっこいいだなぁ」
「え?エリスですか?」
ふと、寄ってくるのはショートカットのおかっぱ少女 名前は確かヴァーナさんか、ゴラクさんと同じ西方守護隊に所属している軍人で、後はショートケーキが好きってくらいしか知らない
それがやや訛った口振りでエリスの前までやってきて目を輝かせている
「エリスさんを帝国に迎えに行くって聞いた時 エリスさんの来歴を見ただよ、すんごい経歴で私…びっくらこいて」
「どんな経歴見たんですか?…、偶にその エリスの経歴にデマが混じってる事が多いので」
主にホリンさんのデマが他国に広まってたり、冒険者時代に広まった噂に尾びれが付いたものだったり、エリスの来歴と呼ばれるものにはデマが多いのだ、そこで変に過大評価されるのは後々面倒だし 正せるなら正しておきたい
するとえっとえっとと吃るヴァーナさんに代わり口を開くのは、姿勢良く立つメグさんだ
「五歳で元宮廷魔術師のレオナヒルド・モンクシュッド率いる盗賊団相手に戦い子供を救出、その後六歳でレオナヒルドを打倒 魔術導皇デティフローア様を救出、他にもアルクカース継承戦で活躍しデルセクトでアルカナの企みを潰し ディオスクロア大学園も卒業…、道中多数のアルカナを撃破し 先日は特A級の危険人物である太陽のレーシュも撃破…」
「そうそれだぁ!、子供の時から今に至るまでめちゃくちゃ強くて あっちこっちで活躍して、すんごいだよ!憧れるなぁ」
……すごいな、デマが一つもない、なんて情報精査能力だ、エリスずっと帝国に監視されてたのか、特にデルセクトでの一幕は表沙汰にはなってない…、油断ならないな 帝国軍
「私はぁ、見ての通り バカだし…あんまり戦いも得意じゃないし、スタイルだって良くないから…、エリスさんみたいな人に憧れるだよ」
「そうですか?、…見ての通りですか、どうやら貴方が見ている自分とエリスの見ているヴァーナさんは別人みたいですね」
「へ?」
「貴方は貴方が思うほどダメな人間にエリスは見えませんよ、貴方の生き方は貴方だけのもの それはそれだけで美しいのですから、あんまり汚い言葉で自分の道を汚さないでください、ヴァーナ」
ヴァーナさんの頭を撫でながら、彼女に そして己に言い聞かせるように呟く、彼女の事はよく知らないが だがだからと言って自分と誰かを比べて卑下にするところをは見ていて、黙っているわけにはいかない
謙虚謙遜と自虐自傷は違う、自分を下に見れば 行き着く先は人より下層の位置だ、不遜でも自分に自信を持つ事は大切だとエリス思いますよ
「ヒュー、流石は舞台で騎士を演じられた花形役者でございますね、イケメンでございます」
「茶化さないでくれます?、それより案内お願いします、エリス 帝国に来るのは初めてなので」
「なるほど、では帝国の首都がどのようなものか…、それは知っていますか?」
え?帝国の首都?…、そういえばどう言うところかは知らないな、なんか噂は聞いた事がある
どんな噂って?凄いって噂だ、よく分からないが凄いらしい、他のどの街よりもだ、楽しみじゃないか、世界で一番凄い街 ワクワクしてくる、旅人魂が燃えますね
「知りません、凄いとは聞きますが」
「では、まずは外の景色を見に行きましょう、この街 マルミドワズの全貌を見れば、この国 帝国の凄さというのもが分かるでしょう」
「お願いします、メグさん」
そう言うなりメグさんは窓から陽光差し込む宮殿の回廊ツカツカと歩いていく、それに続いて進めば ふと、窓の外に何か現れる
「ん……?」
メグさんの後ろを位置取るように歩きながらチラリと窓の外に目を向け 現れた何かに目を向ける
そこにいたのは、鳥だ…鳥が飛んでる…、どうやらここはかなり高いところに作られているよくだな、ふふふ 外の景色か、さぞ眺めが良いのだろうな、エリスは高いところ大好きです
「楽しそうですね、エリス様」
「はい、エリス 新しい景色を見るのが好きなんです」
「なら、今から見る景色はさぞお楽しみ頂けるでしょう、何せ これが見られるのはこのマルミドワズだけ、そしてこの大帝宮殿から見るものは格別ですからね」
そう言うなりメグさんは廊下の先にあるバルコニーの扉に手をかけ、チラリとこちらに目を向けると
「では、ご覧ください これが帝国アガスティヤ これこそ首都マルミドワズ、世界最高の街と名高きこの街の威容を目に入れ、これから過ごすこの街での日々を想い どうぞ楽しんでくださいませ」
そして、開く 勢いよく 両手の扉を弾くように開けば 涼しい風がエリスの髪を踊らせ、その瞳に映る景色はエリスを……
「え…えぇっ!?」
思わず声を上げて驚く、驚きのままバルコニーに駆け出し その手摺に手を乗せ 目を剥く、エリスの想像していた街とはまるで違う、いや エリスのよく知る街とはそもそも根本からして違う
これが帝国!?これがマルミドワズ!?、なんて…なんて事だ、参ったぞ エリスはもうこの街に打ちのめされそうだ
「こ …これは…これは…」
「ふふふ、予想通り驚かれましたか、サプライズは成功でございますね」
「あ…ああ…これは…!」
メグさんの言葉に返す余裕がない、全身が打ち震える 鳥肌が立ち口が意味のない言葉を発する
目の前に広がる景色…それは
「では改めて、ようこそ 首都マルミドワズ改め、浮遊都市要塞マルミドワズへ、あんまり身を乗り出すと 落ちてしまいますよ?」
空の上に 建物が建っている!!、街全体が浮いている!?なんじゃこりゃあ!!
白く冷厳な石の肌を露わにする真っ白な立方体、それが折り重なるように出来た集合体 その隙間や上 外壁に街がある、恐らくあの立方体の内部にも街がある、そんな立方体の塊があちこちに浮かんでいるんだ
その数は十か二十か、少なくとも視界いっぱいにある、一つの街より巨大な集合体がそこかしこに浮かび上がり、それぞれから伸びた枝のようなものがその集合体同士を結んでいる
蜘蛛の巣のように張り巡らされた通路と浮かび上がる遺跡のような超々巨大な街々、それが文字通り浮遊し雲と共に漂う…これが、マルミドワズ これがアガスティヤ…
世界最高の街ってそう言う……
「如何ですか?景色の程は」
「すっっごいです!、これどう言う原理で浮いてるんですか!?」
「この街の集合体一つ一つに反重力魔力機構を搭載しているのです」
「反重力…魔力機構?」
魔力機構…、デルセクトの錬金機構のようなものだろうか…、なんでエリスが首を傾げているとメグさんは風に踊る髪を手で押さえ 浮かんでいる街を見つめると
「帝国は魔力を燃料に動く魔力機構の技術が他の何処よりも発達しているのです、空気中にある魔力を半永久的に取り込み 人の手で詠唱などの行動を行わず魔術を起動させ続ける機械…とでも言いましょうか」
「エトワールの魔術陣のようなものですか?」
「本質としては近いです、ですがこちらはより道具としての使用に特化しています、何せ物質そのものに魔術を付与しているので、魔術陣と付与魔術のいいとこ取りとでも言いましょうか」
この街は魔力機構により常に重力に反発し続ける重力魔術が発動しているが故に浮かび上がっているのですよと説明してくれる
成る程、何 簡単な話だ エリス達の今まで乗っていた馬車、あれも常に空間拡張の魔術が発動し続けていた、あれと同じ原理なんだ
つまり帝国は魔術を道具にする技術がある と言うことか…凄いな、凄い技術力だ
「人の手を得る事なく勝手に動き続けるって事ですね、蒸気機関みたいなものですかね」
「うぅーんそれは少し違いますね、デルセクトの蒸気機関は魔力に頼らないエネルギー、対するこちらは魔力依存です、魔力がなければデルセクトの蒸気機関の方が優れますが、世界に満ちる魔力ある限り 帝国の魔力機構に勝る動力は存在しません」
まぁ、確かにこの世界で一番武器として使われているのは魔力だ、魔力のエネルギーに底はない、それを利用すれば事実上無限のエネルギーを用意できるわけだ、それを使えばエネルギー面での問題は全て解決だ
なるほど、だから帝国は世界一なんだ、他の国が水を引いたり風車立てたりしてる間に無限に使えるエネルギーを用意してとにかくそのエネルギーを使用する用途の開発に努めた、故に世界で最も豊かなのだろう
「こんなに便利なら他の国に融通してあげればいいのに…」
「ふふふ、それはあれです 政の駆け引きという奴です、我が国の命脈を簡単には渡せませんよ、まぁ…陛下はそういうの考えず 普通に他国に魔力機構を渡しているようですが…」
あ、渡してるんだ…いや渡してるじゃん、あの馬車や魔術筒がそうだよ、別に技術提供はしてないだけで道具そのものは渡してるんだ、いやにしても…
「凄いなぁ、魔力機構って他にどんなことが出来るんですか!」
「色々出来ますよ、ご案内しましょう さぁ、エリス様 これに乗って…」
そういうなりメグさんはどこからか真っ白なボードを取り出す、いや よく見ると水晶のような物が付いているな…、もしかしてこの水晶が魔力機構か?
………………ん?、エリス…見たことあるぞ、この水晶 一度だけ…
「個人の魔力を吸い上げ発動する単一型魔力機構搭載の反重力ボードです…よっと」
するとボードはふわりと浮かび上がりクルリとボードと共に空を舞うように滑り出す、便利で面白そうだな…
「さぁ、エリスさんの分もありますよ?」
「いや、エリスはいいです…要りません!」
だが、エリスには必要ないものだ、手摺に乗った手にそのまま力を込めて、体を持ち上げると共に手摺の外に身を乗り出し…飛び降りる
「ちょぉっ!エリス!?」
「まぁ…」
慌てるゴラクさんの声が聞こえる 頭の上で驚いて口を抑えるメグさんの顔が見える、イタズラは成功したようですね、さて とくるりと全身を打ち付ける風を浴びて息を吸う…、風に乗る感覚を味わいながら、思わず笑う
「あははは、『旋風圏跳』!!」
「ほう、それが…レグルス様の」
「さぁ!、メグさん!行きましょうよ!案内してください!この面白い街を!」
「ふふ、…いいでしょう」
空を飛ぶ 風を舞う、メグさんと共に空中都市の只中を飛んでいく、冒険の始まりだ
「あ!おーい!、メグー!置いていくなよー!俺たちをー!」
「私達どうしたらいいんですかねぇー!」
ゴラクさんやリーシャさん達を置いて 二人で……
……………………………………………………………………………………
暗く包む暗雲の間に 雷鳴が響く、見ているだけで気持ちが下を向くような、そんな嫌な天気の下に存在するのは 漆黒の森
アガスティヤ帝国の最南端に存在するテイルフリング地方、不気味な黒い杉の群生地として知られるこの森の奥地に 今は捨てられたパピルサグ古城と呼ばれる廃墟がが存在する
その昔、と言っても 数百年も昔の事だが、領地運営が立ち行かなくなり帝国に助命した結果その領地ごと没収されたパピルサグ王家の遺産…、最早住まうものの居ない筈の城の中 今宵人が蠢く
今は 大いなるアルカナ臨時本部という名称に名を変えて……
「よくぞ、集まってくれた 皆の者、革命を信じる戦士達よ」
城のエントランス、そこに配置された巨大な円卓に座る面々の中で 一人が立ち上がる
褐色の肌 獅子の如き金の髪、そして身に纏う風格はまさしく魔神、彼こそ大いなるアルカナNo.21…、アルカナという組織に於ける最強の男 その名も宇宙のタヴ
それが、血のようなワインの注がれた盃を片手に革命を口にする
「我が招集に応じ、帝国への革命へとの参加を決意してくれた事、我等がボス 世界のマルクトに代わり礼を言う」
そんな彼が見下すのは目の前の円卓に着く無数の影達、或る者は甲冑を着て 或る者はローブを 或る者は軽装を、皆が皆別の姿で盃を握る…
彼は皆 大いなるアルカナの構成員ではない、タヴがマレフィカルム本部に連絡を取り 世界中から集めた別の魔女排斥派組織 そのボス達だ、その数 凡そ五十、つまり五十もの組織がこの場に集まっているのだ、彼らが率いる構成員の数も入れれば その総数は数万程度では足りないだろう
「我らならば、必ずや帝国に打ち勝てるだろう…、その革命の始まりを祝し 今宵は宴を…」
「ンちょっと待った、タヴ」
するとその円卓に着く一人の男がタヴの声を遮り手をあげる
「どうされた、ルッツ殿」
「ンいや、ちょっと気になる事がね」
ルッツと呼ばれた男は青く長い髪をサラリと撫で 翡翠のタレ目を歪ませながら、盃を机に置く
彼こそマレフィカルムに群する魔女排斥派組織の一つ『義賊衆ロクスレイ』の頭目、千里一眼の弓主ルッツ・ロクスレイである、この名の通り弓を片手に魔女大国の圧力に反抗する賊達の頭目が 訝しげに顎を撫でると
「ンここに集まったのはアンタの呼びかけに応じた魔女排斥派の組織のボス…だよな?」
「ああ、そうだが?」
「ンなら、こうやって音頭を取るのが…何故一幹部でしかないアンタなんだ?、呼びつけたのはアルカナ ならアルカナのボスが迎えるのが、…そうだな 礼儀ってもんじゃないかな?」
タヴの実力の高さは皆知っている、アルカナ最強と呼ばれる彼は既に マレフィカルム全体で見ても上位の実力にあると見ていい、だが立場は幹部だ ボスじゃない
相手のトップを迎えるのも トップの仕事じゃないのか?それともここに集まった人間は皆 ボスに御目通り願えるほどの者じゃあないと暗に語っているのか と…ルッツは面白くなさそうに眉間に眉を寄せる
「それは…」
「いいや答えんでもワシぁ分かるでぇ?、タヴ アンタん所の組織 えらいぎょーさん被害が出とるっちゅー話やないか?」
ええ?と語るむさ黒しい髭面の甲冑騎士はニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる
彼の名はレオボルト、悪辣騎士レオボルト・フェーデといえばその名は忌み名として騎士の界隈では避けられる名だ、同じ者が騎士になるにあたって 改名することもあるほどだ
彼は神聖な騎士の決闘を悪用し、卑怯な手で相手を打ち負かし その代償として相手の財産を奪い取る強盗のような真似を繰り返すまさしく悪辣の騎士
タチの悪いことに卑怯な真似をする割には彼自身の実力は高く、そんな彼を慕い生まれた寄り集まった騎士擬き達の魔女排斥組織『強盗騎士団シャーティオン』はA級の盗賊団指定を受けてすら居る
そんな悪辣な男が歯を見せタヴの隙を伺うように笑う
「タヴぅ、アンタらの組織魔女にこっぴどぅやられたみたいやないか、せやから二進も三進も行かんくなって、ワシら呼びつけて助けてもらおうっちゅうんやろ?、その間 ボスは国外逃亡でオサラバ…ってか?、カァーッ!コスいのうコスいのう!」
「ボスは今現在 マレフィカルム本部にて更なる救援の要請をしている、皆も知っての通り我等がボス世界のマルクトはアルカナのボスであり セフィロトの構成員でもある、故にその立場を使って現状打開を図っている」
「マレフィカルムを統括する最強の組織の一員やろ?知っとるわそんくらい、けどせやったらここに来て戦えっちゅう話やないか ほんまに強いんならな?、やけども戦わん 救援だけお願いしますぅって…こりゃあ幾ら何でも割に合わん都合がええ話やないやろか?なぁ?ワシなんか間違っとるか?」
「些かの誤解はあるようだ」
「事実…、貴方達の兵力は失われ 我々に助けを求めた事に、変わりはないのでは?」
すると今度はレオボルトに続いて ローブを着込んだ女性が声を上げる
目を瞑り 清廉なる雰囲気を漂わせる彼女、されどその手は血に濡れており その生涯は多数の死によって塗装されている、そんな匂いがプンプンするのだ
「ペトロネラ殿…、左様 我らだけでは革命は成せぬ 故にその力を借りたいと言っている」
「ふふ、いけしゃあしゃあと」
彼女の名はペトロネラ・ジルコニア…、元デルセクト軍人でありながら金銭欲と物欲に支配され 軍部に所属しながら詐欺や騙しを横行し 軍部を追い出された経歴を持つ詐欺師である
彼女の率いる魔女排斥派組織であり国際的詐欺師集団『清廉なるアヴァンチュリエ』の持つ資金は マレフィカルムでも有数の活動資金源となっているのは言うまでもない
「分かりませんか?タヴ、多くの幹部と人員を持つアルカナはもうどこにもいない、今我々の目の前にいるのは手負いの鷹…飛ぶための羽の多くを捥がれた鷹でせ、タヴ…かつてならいざしれず 今の貴方は我々よりも下にいることを忘れてはいけませんよ」
大いなるアルカナ…、マレフィカルム内部でも上位に位置する規模と実力者を有する大組織として知られており、確実に他の組織達よりも頭一つ上に位置していた
だがそれは世界中に配置してなお余りある圧倒的人員の規模と、ヘットやコフ アインやレーシュと言う他組織なら頭目を務めておかしくないレベルの存在達、そしてアリエと言う別格の強者の存在あってこそ
しかしその人員の多くは削がれ レーシュ達は撃破され離脱、アリエさえその牙城が崩されているではないか、最早アルカナは元の地位にはいないとペトロネラは詰め寄るように詰る
「ンそうだな、俺たちはあくまでアルカナの下に着くんじゃなくて 同盟を組むと言うわけだし、あんまりナメた態度取られると 俺達も困るんだよな」
「それにこっちかて命かけてんねやで?、オマケに相手はあん帝国様やろ?、こんなん命がナンボあっても足らんやろぉ、もしかしたら死ぬかも知れへんのに 協力金も出えへんとはやってられんわ」
「そうですね、私達も組織を率いる立場にいるのです、なのに 部下達に給金も払わず 命を捨てろ、など…とてもではないですが言えません」
ルッツ レオボルト ペトロネラの三人の言葉を受けそれもそうだと意志の弱い者達は追従して頷き始める
強欲な者達め、だがここで彼らが金の催促をしてくることは予想済みであった、所詮賊と強盗と詐欺師、その魂胆は透けて見える
「最初に言った通り、帝国を崩した暁には、戦利品の大部分はここに集まったものに明け渡すと説明したはずだ」
「せやから!そんな出来るかも分からんことに命なんぞ賭けられん言うてんのや!、負けたら無一文どころか死ぬかも知れへんのやで!」
言い分はわかる、だがここでこいつらに前金を払ったらこいつらは前金片手に逃げるだろう、そしてそれが許されると分かったら他の組織達も危うくなっただけで逃げ去るだろう
それでは困るのだ、こいつらには逃げずに最後まで戦って貰う必要がある、故に払えない
さてどう丸め込んだものかとタヴが沈黙を貫いていると
「ふざけるな!!、この姑息で下賎なハゲタカどもが!!」
タヴの隣に立つ女性が机を叩き叫ぶ、その行動と共に迸るのは白の電撃 まさしく雷鳴の如き糾弾が城内に轟く
「我々アルカナが率先して魔女大国とやり合っていたからお前達組織は狙われることなく力を温存出来たのだろう!、ならその温存した力今使わずしていつ使う!、単独では魔女大国に喧嘩を売る度胸もないお前達に 下に見られる謂れはない!!」
シンだ、タヴの側近でありNo.20 審判のシンが怒りのままにルッツ達を威嚇する、最早見てられぬと堰を切ったように罵倒を始め その圧倒的魔力で威圧するのだ
「ン随分言ってくれるじゃんか、率先して戦えなんてこっちは頼んでねーンだけど」
「せやせや、それに魔女大国に真っ向から喧嘩売るんだけが排斥派やないはずやで!、あんたらが過激なだけやないか!」
「その通り、あなた達の意思を押し通す為の手段として、我らの命を消費されては堪らないと言っているだけなのです」
「何を言うか…!、金銭欲に堕落しマレフィカルムにへばりつくアブラムシが…、第1我らが敗北すれば 魔女大国は大手を振ってお前達の殲滅に走るぞ、我らと言う存在がお前達の傘になっていることを忘れたか!」
「やめろシン、彼等は我々の奴隷ではない、その自由意志は彼らにある やるもやらないも彼らが決めることだ、戦えないと言う人間には革命を成す事は出来ない」
「しかしタヴ様!…、エリスが帝国に入ったことは、お前達聞いているな!」
シンの目が再びルッツ達に向けられれば、今度はピクリと眉をあげ 慄く
エリス…その名はマレフィカルム内部でも度々話題に上がる名だ、孤独の魔女の弟子として世界にいきなり現れ、大いなるアルカナを殲滅していった悪魔の名だ
十歳以下の年齢でヘットを倒し あのコフを降し 悪魔と言われるアインさえ撃破した女、恐らく今この場に集まった組織程度なら 一人で壊滅させられるまさしく悪夢の存在…、それが 今帝国にいるというのだ
「エリスは何処にでも現れる、お前達の家の扉を叩く日も近いのだぞ!、奴の恐ろしさは知っているだろ!アイツが通った後には魔女排斥の意思はカケラも残らない、完全なる魔女の意思の代弁者…それがここにいる以上、お前達に後に引くという選択肢はない」
「…ン確かに、ここでアルカナを見捨てても、意味がないな…」
「せやなぁ、もしエリスがウチに来たら…、ワシら単一の組織戦力だけじゃあどうしようもあらへんで」
「ということは、これは逆に良い機会…ということですかね、折角ここに多数の組織が集まり アリエもまだ健在であるなら、帝国はまだしもエリスには対抗できる…奴だけでも殺せれば、話は変わりますかね」
シンの言葉にようやく彼らは現状を理解する、危ないのはアルカナだけじゃない、魔女排斥派そのものの危機なのだ、この水際で止められなければ魔女達とマレフィカルムのせめぎ合いは 魔女達が一歩踏み込むことになる
そうなった時、消えるのはアルカナだけじゃない…マレフィカルムの木っ端組織である彼らもなんだ
「せ せやったら!ワシは尚のこと戦いたくあらへんで!、エリスっちゅうたらあの血も涙もない悪魔やろ!、帝国だけでも怖いのにそんな奴の前になんか立てへんで!」
「ンいや待て、それよりもここにいる戦力だけじゃ不足だ、マレフィカルムの八大連合…そのうちどれか一つだけでも呼び込めないのか?」
「ううむ、これはどうするべきかしら…、寧ろ帝国側に着くべきかしら…」
「なっ、そこは一致する流れじゃないのか!?」
シンは驚愕し愕然とする、共通の脅威を前にして 目的が一致しないとは、逃げ出そうとする者 さらに強大な影に隠れようとする者 剰え裏切ろうとする者、誰一人として腹をくくらない 誰一人として立ち向かおうとしない
こんな奴らなら いないほうがマシでは、とタヴに視線を送ると彼自身静かに首を振る、その首を振る意味さえシンには分からない
どうすればいい どうしたら纏まるのか、そもそも纏めるべきかも分からない混迷とした円卓に 声が轟く
「まぁ待った!、みんなここは一つ僕の話を聞いては頂けまいかな?」
立ち上がるのは茶髪と赤目を携えた優雅な伯爵、微笑むその輝きは万人を魅了し 溢れるカリスマはまさしく王の如く…、そんな彼が胸を叩きながら注目を一瞬にして集める
「ンお前は…」
「僕はヴィーラント、ヴィーラント・ファーブニル!かつてこのテイルフリングの地を治めたパピルサグ王家に仕えたヴィーラント家の末裔さ!」
「ファーブニル家…って帝国側の人間やないか!」
彼の名はヴィーラント・ファーブニル、先程言った通りこのテイルフリングの地を治めたパピルサグ王家に代々仕えた伯爵家の末裔だ、が 別にパピルサグ王家は断絶したわけではない、一応帝国の高官として今も存続している
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「安心してほしい、パピルサグ王家は今魔女に洗脳され堕落している、僕はファーブニルの人間としてパピルサグとテイルフリング王国を取り戻し復興する為、今現在一時的に袂を分けている、今は帝国の敵だよ」
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気迫 鬼気迫る気迫、その圧倒的な弁舌の勢いにその場の人間全員が飲まれる、今 この場の発言権は彼にしかないかのように、彼を中心に話は流れていく
「ねぇみんな、みんなも取り戻したい何かがあってここにいるんじゃないかな?」
「ンそんな物は何も…」
「ロクスレイ、君はかつて仲間と生きていた森を奪われたんじゃないかい?、暖かく木漏れ日差し、鳥達が歌う暖かな景色…懐かしいそれを、魔女の圧政から取り戻したいんじゃないかい?」
「っ……!」
ルッツの顔色が変わる、彼は別に森のために戦ってたわけじゃない、魔女が気に入らないから各地で暴れているだけだ…が、そう言われれば 最初に弓を取った時の気持ちは…そうだったような気がしてくる
父と森の動物と自然と、共存しながら生きていたかつての平穏が脳裏に過ぎる、そうだ 確かにその為に戦ってた筈だと彼は曖昧ながらにも確かに思う
「レオボルト…君は、かつて小国の騎士であったと聞くよ」
「な なんでそれを…」
「その国は 確か魔女達の干渉によってかつてのあり方を失ったそうじゃないか、それでも君はその国の誇りを忘れないために、賊に身に落としたとしても…名乗ってるんだろう 『騎士』を」
「うっ…」
彼が騎士を名乗ってるのは別にそんな理由じゃない、騎士を名乗ってれば騎士と決闘しやすいからだ
けど、そう言われて思い出すのは 国の為に剣を取り日夜修練に励んでいた純朴な子供時代、教官に剣の腕を褒められながら愛国を誓った青年時代、あの時レオボルトは確かに騎士だった
いや、今も騎士なんだ、その国は魔女大国の『救いの手』という名の干渉で大きく形を歪めてしまったが、もっと力があったら 魔女の干渉なんか許さなかったら
その憎しみがヴィーラントの言葉によって思い起こされる、そう そうだ この剣はいつだって国のためにあるんだ と
「ペトロネラ殿…いや、ペトロネラ大佐 貴方が態々軍部の肩書きを捨ててでも詐欺の道に走ったのは、愛する家庭の為だった…ですよね」
「わ 私は…」
「いいや、貴方は誰よりも家族を愛していた、間違ってなんかいないさその感情は、この世で一番大切なのは家族だ、この世の誰しも親を子を家族を守る為に戦っている、その愛を踏みにじって否定した彼らに愛はあるか?道徳はあるか?、君の怒りは正当だ そして正当な怒りは必ず報われる、恐れることはないんだよ」
かつて 詐欺を行った時、デルセクト軍部にバレ詰め寄られた時 咄嗟にそんな言い訳をしたかもしれない、彼女が金が欲しかったのは彼女自身の欲を満たす為だ、別に家族になんか…と、そこまで考え 一つ思い出す
そう言えば、昔 実家の経営が立ちいかなくなった父と母に、騙して手に入れた金を手切れ金代わりに渡したこともあったな
あの時両親は私の金が正当なものと信じて泣いて喜んでいたな、あの時の感情は確か…そう、喜びだった筈だ
こんな私でも 誰かの為に働けるんだと、小さい頃から手グセが悪かった私でも、親孝行ができるんだと…
急に両親の顔が見たくなってきた、けれど私はもう魔女大国には帰れない…、両親に会いたい 、お父さんに今の私を見てもらいたいお母さんに話を聞いてもらいたい、そんな寂しさが堰を切ったように溢れ、涙となって外に出てくる…
「ここにいるみんなにも、あった筈だかつての情景!出来るなら一生そこに居たいと思える何かが!、そこを捨てて戦いの道に走った理由はなんだ!、僕達にはあるんだ 取り戻したいものが!、命 愛 思い出 それに勝るものは無い!けど魔女達はそれを容易に踏み躙る!、何も理解出来ない彼女達に理解を向けることは 悲しい事だが出来ない!」
演説だ、もはやこの場はヴィーラントの演説会場だ、悪の道に走り外道となった魔女排斥派達はヴィーラントの言葉を聞いて そのかつてを思い出し、涙を流す
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「僕達で崩そう!魔女の世を!帝国と言う名の究極の独裁国家を!、取り戻そう!誰もが自分らしく自分のあり方を大切に出来る世の中を、自分が自分らしく生きられる世の中を!、人の世を!」
掲げる拳と上がる歓声、凄まじいなとシンは笑う、あれはある種の暗示だ
あれは魔術じゃ無い…、都合のいい そして耳障りも良い、そんな言葉で事前に調べた略歴をそれっぽく言う、それだけの暗示だ
人の記憶とは曖昧で脆いもの、大昔のことを分かったように言われたら そんな気がしてくる、そのそんな気がしてくるを彼は広げてさも真実のように語り聴衆を味方にする、上級階層の必須技術だ
「タヴ様、どうしますか?」
「いいじゃ無いか、いい革命だ」
タヴ様がそういうならそうなんだろうな、あれは多分いい革命なんだろう
「しかしヴィーラント殿、理想を語るのは良いが 革命とは理想に手段が伴った物、その高らかな語りぶりに俺は一つ考えがあるものと見たが如何に」
「はははっ、流石はタヴ殿 その通りさ、僕はずっと待ち続けた 時を仲間が集うこの瞬間を、故に今披露するよ…僕の二つの手札を」
するとヴィーラントは二つの指を立てながらニコリと…いや ニタリと?、違うな 三日月のように口を裂き残虐なまでの嗤い…
「一つは そう、我らに味方をする魔女の力を持つ者と…」
その笑みは極限まで達し、濃い影を纏うと
「二つは、…魔女を確実に殺す事の出来る 魔女狩りの兵器…かなぁ?、夢じゃ無いよ 理想じゃ無いよ 妄想でも幻想でも無い、魔女を殺し 帝国を奪うのもね」
そう語るのだ、魔女を確実に殺す方法と…そう語る彼の姿は うむ、まさしく革命の寵児だ
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