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七章 閃光の魔女プロキオン
206.其れは忠、或いは義
しおりを挟む伝説の聖夜祭、そう呼ばれたあの日から 何日経ったろうか
あの日 ナリアさんはいくつもの試練を乗り越え、ついに念願のエリス姫の役を勝ち取り 名実共にこの国の演劇界に名を残した、凄い快挙だがそれ以上に驚くべきことに男がエリス姫を演じる事に対してあれこれ言う人間が誰もいなかった事だ
エリス姫は女が演じる伝統がある、だが 別にいいじゃないか男がやったって、それが良いものなら受け入れられる、それが美しければ賞賛される
それがこの国 エトワールなのだと、エリスはなんとなく思い知らされた、やっぱり凄いよこの国も……
んまぁそんなこんなでエリス達はエイト・ソーサラーズ候補選という非常に忙しい3ヶ月を乗り越えて、ある意味 平穏な日々を取り戻したと言える
ああ後、プロキオン様も帰還したんでした、『魔女帰還祭』として数十年ぶりにプロキオン様が戻った事を大々的に国全体で祝ったのだ、その際プロキオン様は長らく国を空けた事を謝罪し ルナアールとして盗んでいたそれを全て返却した
一応、便宜上はルナアールを捕まえたのはプロキオン様で、プロキオン様が取り戻した美術品の数々を戻したという 自分で掘った穴を自分で埋めたようなもんだが、それでも良しとしましょうよ とエリスは呑気にも想う
…後重大な発表があるとするなら、ナリアさんがプロキオン様の弟子になった事か、それに応じてヘレナさんは自分が偽りの弟子と騙っていた事を国民全員に謝罪した
誤魔化すことは出来たが、もう無責任な事はしたくないと、彼女は真摯に謝り倒した…けど、元を正せばあの嘘も国民とこの国を想っての物、そのことに関して文句を言う人はいなかった
むしろ、よく正直に言ってくれましたと 寧ろ好意的に受け止められてんだから、正直者は得ですよ
…それで、それで…後は何があったかな…
「んんぅ…」
この数週間であった出来事を追憶しながらエリスは目覚める…、暖かいシーツの感触 暖かい毛布の温もり、そして
「ししょー…」
同じベッドでエリスと共に抱き合って眠る師匠…レグルス師匠の姿を見てホッとする、よかった、あの戦いの中 どうやら師匠は自力でルナアールの呪縛を解いたらしい、どうやって解除したかは教えてくれなかったが、流石は師匠だ
「んんぅ、師匠…」
「すぅ…すぅ…」
それでも相変わらず朝には弱いらしい、まぁいい いつもならエリスもそろそろ動き出す頃だけど、今はクリストキントと一緒だ、朝御飯は多分別の人が作ってくれる、だから今は少しでも 師匠の温もりを貪っていよう
「師匠、大好きです…」
全て一件落着し、エリスは安堵し師匠を抱きしめ 毛布を深く被る、この雪の国で ここが一番あったかい…
…………………………………………………………………………
それから暫くベッドで惰眠を堪能し、朝日が昇り切る頃エリスと師匠は活動を開始する
え?劇には出なくていいかと?、まぁ 候補選が終わってもクリストキントの活動は続く、公演は多少本数を減らしてはいるが、それでも絶賛稼働中だ、だがエリスはもう舞台には上がらない
はっきり言いましょう、エリスはもう役者は引退しました、元々ルナアールを解決するまでの話でしたからね、それにナリアさんの夢も叶いましたし これ以上クリストキントにへばりつく理由はないので 先週引退公演を行いました
たった半年の短い役者人生でしたが、それでもエリスの引退と聞いて沢山の人達が駆けつけてくれました、中には泣いてくれるお客さんもいました、嬉しい限りですね
名残惜しくはあるものの、エリスはハーメアではない、エリスは役者ではない、旅人だ
だからまた旅に出る、この国から…故にもう役者は引退、一応次の国まで移動するための準備が終わるまでの間 クリストキント劇場に置いてもらえることになったので、そこはありがたくお世話になるつもりだ
さてさて?、ではエリス達はもう劇に出る事はない為時間が出来た、なら もう暇だ、この暇を活用してエトワール観光を…とは行かない、エリス達はエリス達でやるべきことがある
例えばそう、今日なんかは王城に呼ばれているのだ、ヘレナさんから 改めて聖夜祭のお礼をと招致され、師匠と二人で城へと赴く
「これは、エリス殿!魔女レグルス様!おはようございます!」
「ん、おはよう」
「おはようございます、ちょっとお城に入れてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ、ヘレナ姫もお待ちしております」
最早顔パスで入れるようになった王城ディオニシアスの門を潜り、門番さんに挨拶しながらエリスと師匠は城へと入り 闊歩する
相変わらず美しい城だ、今までの旅で見た中で一番綺麗なお城、きっとこれから見るお城を含めても、ここは一番の座から落ちる事はないだろう、間違いなく世界で一番美しいお城だと エリスは太鼓判を押せる
そんな優雅な回廊を真っ直ぐに進めば、謁見の間にして玉座の間、ヘレナさんの待つ其処へ通じる豪勢な扉を片手で開ける…
「失礼しまーす」
「おお!、来てくださいましたか!エリス様」
そう エリスの姿を見て嬉しそうに玉座から立ち上がり 両手を合わせて喜んでくれるのは…
「え?、誰?」
知らない人だった、美しいドレスに身を包み 優雅な所作でこちらを見る、綺麗なお姫様…、ん?お姫様?
「私です、ヘレナです」
「へ ヘレナさん!?どうしたんですかその格好!、それに口調も…」
そう ヘレナさんの姿がまるでお姫様みたいなんだ、口調も優雅で…、ちょっと前まで騎士の鎧に身を包み口調も騎士っぽいそれだったのだが、それが霞のように消え そこにはまさしく姫としての姿だけが残ってる…まるで別人だ
「いえ、最早私は己を偽る必要は無くなったので…、閃光の魔女プロキオン様の弟子の姫騎士だなんて、私には所詮過ぎた姿だったのです、なので これよりは姫騎士ではなく、一人の姫として 王族として、精進に励んで行こうと思いまして」
「なるほど…、つまりそれが素って事ですか、うん いいじゃないですか、そっちの方が自然体でとても良いです」
「ふふふ、ありがとうございます エリス様、私ももうエリス様に嘘をつく必要はないと思うととても嬉しいですわ」
うう、姫騎士をやめ姫としてあろうと決意したヘレナさんは、今まで隠していた姫としての威厳がありありと出ている、簡単に言うなら凄く綺麗だ、最初からこっちの方が本人も動きやすかったのかもしれない…
姫騎士として無理に勇ましく振る舞うより、姫として姿の方が彼女らしい、これこそが 鎧の下に隠されていた彼女の真の姿なんだ、うん いいよ とても良い
「…エリス様 レグルス様、お二人には迷惑ばかりかけてしまいました、けれど お二人のおかげで魔女様は戻り この国は再びかつての大国としての威信を取り戻し、我が国の国民達は愛国心と自尊心を取り戻すことが出来ます、お二人には感謝の限りもございません」
「そんな、エリス達は別に…」
「エリス、姫君たっての礼の言葉だ、謙遜などでその顔に泥など塗らせるな、ここは素直に受け取っておけ」
「うっ、それもそうですね…、ヘレナ姫 我が身に余るお褒めの言葉、この身この心にしかと刻みつけ我が栄光とさせて頂きます」
師匠に言われ 確かに王族相手に気安く謙遜するのは少し失礼だったなと反省し、胸に手を当てヘレナ姫の前へ跪く、丁重に 努めて丁寧に
「まぁ、私よりもエリス様の方が騎士のようですね」
「本職に怒られてしまいますよ、エリスは所詮旅人ですので」
「そうでしたね…、貴方の旅路にほんの少しでも関わる事が出来たのは、私にとっても良い経験でした、この国を旅立ってもまたいつかここに戻って来てください、その時は私が所有する王国歌劇団の最高の劇をお見せしましょう、いつかの約束を果たしますとも」
フェロニエールでした約束ですね、そういえば終ぞ見る事はありませんでしたね、またいつか 観れると良いな、いや 絶対見に来よう、今度はこの国の美をしかと堪能しに
なんていつかこの国に再び訪れる時の事を想っていると、エリスの背後に足音が響く、軍靴の音だ
何事、とチラリと背後に目をやると
「おおーう、これはこの国の英雄サマではありませーんか」
「エリス、来ていたのですね」
現れるのは珍妙なヒゲを生やした老人と麗しい麗人騎士…、ギャレットで出会った酔狂老人こと喜劇の騎士プルチネッラさんと最早顔馴染みでもある悲劇の騎士マリアニールさんだ
この国の二大巨塔とも言える騎士達が揃って現れる
「プルチネッラさん、マリアニールさん、おはようございます」
「おはよう、エリス 今日もいい朝だね」
「おはよーございまーす、いやしーかし?、ギャレットで出会ったあの少女がまさか孤独の魔女様だーとは、私びっくりでーす!」
なんて言いながら甲高い声でおちゃらける老人騎士はひょこひょこ無用な程足を高く上げながら歩く…、そういやこの人強いんだよな 聖夜祭の時 何してんだ…
「ん?どしまーした?エリスサーン」
「いいえ、ただプルチネッラさんはとても強いと聞いていまして、そのぉ 聖夜祭で大変な時 何してたのかなぁー、なんて」
「おおーう、怖い敵が来てるって聞いてたので怖くて隠れてまーした」
おい…
「プルチネッラ殿、冗談は程々に…エリスも本気にしています、エリス プルチネッラ殿はきちんと仕事していましたよ、確かにこの人は強いですがもう半ば現役引退に近い所にいる方ですので聖夜祭の最中に戦場となる街に人が近づかないよう人払いと、戦闘後の後始末を請け負ってくれていたのです、つまり 貴方のバックアップですよ」
「え……」
つまりあれか、エリスとレーシュの戦いで周りに人がいなかったのはプルチネッラさんが裏で動いていたから?、つまりあれじゃん エリス…めっちゃ助けられてるじゃん…
「正直、帝国でさえ手出しできない程の怪物相手です、我ら悲劇の騎士団 喜劇の騎士団双方の全戦力で圧殺した方が良かったのかもしれませんが…」
「いいえ、あれは数でどうにかなる相手じゃありませんでした、魔女大国の総戦力でかかれば確かに安定して倒せたかもしれませんけど、少なからぬ被害が出たかと」
少なくとも 軍隊率いて戦ってたら、レーシュは速攻で本気を出して闇を纏って大暴れしていただろう、街一つ飲み込むほどの力だ…マリアニールさんやプルチネッラさんは大丈夫でも他はそうも行かない、人死にが出ていたのはまず間違い無い
人の命を鑑みるなら あの選択が一番良かった…
「まぁ、街ぶっ壊しまくってしまいましたが…」
「その辺に関しては心配無用でーす!、レーシュを倒した事に関して帝国から礼が来ましてねぇー、修繕費は諸々帝国が負担してくれるそうでーす」
「あ、そうなんですか?」
「はぁーい!、それに 我ら騎士団は血を流さず事を収めてしまいまーした、本来なら誰よりも前に立ち誰よりも傷つかなくてはならない騎士が無傷なんでーす、なら その後始末くらいはやらねばその名前がポッキリ折れちゃいまーす」
そう語るプルチネッラさんの顔つきは、間違いなく騎士だ、年老いて枯れ枝のような体になっても、立派に騎士だ、なら遠慮するのはこの騎士に対して失礼だろう
「ありがとうございます、プルチネッラさん」
「いいえいいえー!、それに我らが総騎士団長も戻られたんでーす!、言うことなしでーす!」
総騎士団長…とは、プロキオン様のことだな 、あの人は魔女でありながら王に仕える騎士としてある唯一の魔女だ、一応立場的には悲劇の騎士 喜劇の騎士を統括する立場にある、つまりプルチネッラさんの上司だ
この人は騎士の歴も長いだろうから、騎士達の中で唯一 プロキオン様が健在だった頃を知る人物だろう、なら その頼もしさは誰よりも知っている と見るべきか
「で?、そのプロキオンはどこへ行った?、ここには居ないのか?」
「ああ、プロキオン様ならまた弟子の所へ…」
おずおずと語るのはヘレナさん、弟子の所へとは…つまり、クリストキントか 入れ違えになってしまったようだ
プロキオン様はここ最近 暇を見つけてはナリアさんのところへ行き修行をつけている、といってもその殆どが演技に関すること…まさに、演技のコーチングをしているんだ、あれもまた魔女の師弟のあり方なんだろうな
まぁそれはいいとして、ちょっと肩透かしだな
っていうのもさ、こうやって全てが終わって城に呼ばれて それで魔女様とお話しするのは毎回の流れだったんだ、そこでなんかやたら重たい話されるんだよなぁ…
「ん?、なんだ?エリス」
「いいえ別に…」
まぁ、もう師匠達もエリス達に隠してることはないだろう、師匠個人がエリスに話してないことはあるだろうが、それでももうそういう重たい話はないはずだ
つまり、何が言いたいかっていうと、肩透かしってことだ それだけだ、変な話をプロキオン様から聞かされるつもりで居たからさ
「しかしプロキオンは居ないのか…」
「ああ、そうだ レグルス様、プロキオン様からお礼の気持ちを預かっています」
「なんだ預かっているって、いつでも会えるんだから自分で言えばよかろうに…」
「いえ、言葉では無く…、今回の一件はレグルス様に助けられた この礼は言葉では足りぬと、王城で保有している酒樽を好きなだけ持って行っていいと…」
「何ッッ!?本当かッッ!!??」
エトワールは芸術大国であると同時に、寒さから身を守る為に酒造もまた秀でている国としても知られている、コルスコルピで一度軽めのを飲んだことあるが いやぁ、一流の酒とはああも高貴な味がするのかと舌を巻いたものだ
師匠は結構お酒が好きだ、気がついたら飲んでるし エリスが居ないところでは基本的に酒場でグビグビ飲んでる、中でもエトワールの酒は格別らしく この旅の中でもエトワールで酒を飲むのをずっと楽しみにしていた
まぁ色々あって今の今まで飲めていなかったのだが…、そうか エトワール王城が態々保有するお酒か、それはさぞ名酒なのだろう、それを好きなだけ とくれば、師匠の溜飲もまぁ下がろう
「はい、酒蔵はこちらにあります、ご案内しますね」
「いくら持っていってもいいのだな?二言はないな?後でやっぱなしとか返してとか、そういうのは無しだぞ?いいのか?」
「構いません、プロキオン様の御朋友にして大恩人ですので」
「分かった、エリスすまん 私は少し酒を拝借してくるが…お前も来るか?」
「いえ、エリスはいいです」
エリスは別に飲まないしね、お酒にはあんまり興味がない 、まだね?
「そうか、分かった ではヘレナ、案内を頼む」
「分かりました、ではこちらに」
フンスフンスと興奮しながらヘレナさんについていく師匠の背を見送る、師匠が嬉しいようでエリスも嬉しい、けど 今晩は酒盛りかな…
「エリス?」
「はい?、なんですか?マリアニールさん」
「いえ、お師匠様は行ってしまわれたようですが、貴方はこれからどうするのですか?、いつも師匠と共にいる貴方が何もなしに師匠と別行動するとは思えませんが」
マリアニールさんが窺うように聞いてくる、何もなしに師匠と別行動するとは思えないか、嬉しい評価であり正しい評価だ、その通り エリスが師匠と別行動したのは、訳がある
「ええ、実はこれから会いたい人物がいまして、案内をお願いできますか?」
「…?、いいですが、誰に会いたいのですか?、この王城にいるのですか?」
「はい、居るはずです…あるんですよね、この城の地下に…牢獄が」
この街で捕らえられた犯罪者は一旦王城地下の牢獄に留置され、その後ちゃんとした大監獄に移送されるのだが、あれから1ヶ月 大規模な移送が行われたとも聞かない、なら居るはずなんだ
「ま まさか、会いたい人物とは レーシュですか!?」
「はい、彼女には聞いておきたいことがあるんです」
「危険過ぎます!、今は大人しくしていますが、貴方に呼応してまた暴れ出すやもしれません」
「もしそうなったら、マリアニールさんも一緒に戦ってください、その間にプルチネッラさんが師匠とプロキオン様を連れて来れば、それで終わりです」
「うっ…確かに…」
それに今は昼だ、レーシュの魔力覚醒の恐ろしさも半減する、その上あの時と違い今はこちら側の戦力も潤沢、戦闘になっても負けませんよ
「ね?、お願いしますよ マリアニールさん」
「うう、貴方のそういう顔には弱い…、分かりました、でも危険と判断したら…」
「はい、接触はやめます…、では」
「ええ、すみませんプルチネッラさん、最悪の場合を想定して いつでも動けるように待機を」
「おーせのとーりにー!」
なんておちゃらけるプルチネッラさんを置いて、エリスとマリアニールさんは城の奥深く、地下牢へと向かっていく、レーシュに…話を聞きに行く為に
………………………………………………………………
ディオニシアス城の地下には犯罪者を一旦留置して置くための地下牢がある、態々王城に匿う理由は この国で最も堅牢な地がこの城だからだ、マリアニール プルチネッラなどの第二段階到達者が守るこの城で好きに出来る者など世界に何人いるものか
……暗く 暗い、地下牢…その最奥、最も堅牢な牢屋
岩壁で区切られた個室の中に さらに檻がある、耐魔合金で作られた堅固な檻の中 その場で跪くように眠る者が一人…
頑強な鎖で体を雁字搦めにされた上で捕縛陣に掛けられた太陽のレーシュ自身だ、あれほど荒ぶっていた彼女が、今は大人しく微動だにせず落ち着いている
「…レーシュ」
そんな檻の前に立つのはエリスとマリアニールさん、薄暗い地下牢であるにも関わらず ここだけは明るい、レーシュの檻だけが光に包まれている
いやまぁエリスが彼女の弱点として光を教えたから、この檻だけ四方を光明陣で囲んでいるだけなんだが……
「あのー?、レーシュ?」
「………………」
エリスが声をかけてるのに全く反応しない、俯いたまま動かない…もしかして昼だから寝てるのかな
「無駄ですよエリス、レーシュには我々も接触を試みていますが…今までその口を開いたことはありません」
…だんまりか、まぁ彼女にもプライドがあるか…、ここでこうやって話を聞くのは無理かな と、思っていると、レーシュがその体を揺らし 鎖をジャラジャラ鳴らすと
「…私は、エリス以外と口を聞きたくないんだ、部外者は出て行ってもらえるかな」
「っ……」
口を聞いた、エリス以外と話したくない…か、この場合の部外者とは即ち…、とマリアニールさんを黙って見つめると
「…分かりました、では私は部屋から出ます、ですが何かあったら…!」
「何もないよ、何かする気もない…早く出て行ってくれ、折角エリスが会いに来てくれたんだからね…」
ジロリとこちらを見つめるレーシュにマリアニールさんは歯噛みすると、軽く舌打ちをして静かに部屋を出る、これで この部屋にはエリスとレーシュだけだな…
「おはようございます、レーシュ」
「ああ、おはよう…君のお陰でいい部屋を貰った、静かで何者にも眠りを妨げられない最高のスイートルームだ、明るいのが玉に瑕だけどね」
捕まってもまったく応えてないって感じだな、まぁいいや 怒りに狂いここから出せと暴れられるよりやりやすい、鎖に縛られ跪くレーシュの前に、鉄格子を挟んで座る
「それで、何をしに来たんだい?もしかして私との熱い夜が忘れられないのかい」
「あの夜の戦いは 一生忘れられそうにないですね」
「ふふふ…嬉しいなぁ、君は私の救いだよ」
そりゃよかったよ、エリスが覚えている 忘れない、それだけでレーシュは戦う意味を無くす、エリスがいる限り レーシュを封じることが出来る
今 彼女がこうして大人しくしているのも、エリスが居る 覚えていると理解しているからだろう
「でも、こうして来たのには理由があります…ってのは、言わなくても分かりますね」
「まぁね、要件もなんとなく想像がつく、…聞きたいんだろう?帝国にいるアルカナ達の事」
その通りだ、こうしてアルカナを捕らえ動けない状態に持っていける機会はかなり希少だ、ましてやレーシュは組織でもトップクラスの大幹部、聞きだせることは多い なら聞かない理由はない
「はい、その通りです…、単刀直入に聞きます、大いなるアルカナの主力部隊は帝国で何をしようとしてるんですか?」
「……ふぅー…」
帝国がレーシュの一件に関わってこなかったのは、今別の問題で手が一杯だから、それは即ち 今アガスティヤ領に居ると言われる大いなるアルカナの主力部隊が関わっているのだろう
部隊とはいうが、多分 ほぼ全軍だ、世界中に展開できる程の組織力を持ったアルカナの、残りの全てが今帝国にいる、エリスはそう睨んでいるのだが
「凄いねぇ、エリス 君は帝国にアルカナが居を構えている事も知っているのか、旅人にあるまじき情報収集能力だ」
「褒めないでください 照れちゃいます、それで …何をしようとしてるんです?」
「ん?、勿論 帝国の国家転覆」
そんなコロッと言う事じゃないよ、というか なんの躊躇いもなく話してくれるんですね…
「…ん?何?」
「いえ、なんか…普通に話してくれるのが意外で…」
「別に、アルカナに入ったのは私を忘れられない存在にするためだしね、その目的が果たされたならもうアルカナに未練はない、むしろ今はエリス 君の方が大切だ」
「あ…はは、嬉しいようなあんまり嬉しくないよな」
「君は正直だね…、それに アルカナはもう終わりだからね、とっとと手を切るに限るよ」
「え?、終わり?どういう事ですか?」
レーシュは言う、アルカナは終わりだと、これが木っ端の雑魚構成員の言葉なら聞くに耐えないボヤきと一蹴していたが、レーシュは組織でも五本の指に入る大幹部、それが組織に終わりを見ると言うのなら それは事実なのだろう
「さっき言った国家転覆、これさぁアルカナにとっての逆転の一手なんだよね」
「逆転?」
「そう、本来の計画はカストリア大陸の魔女大国でそれぞれアルカナ幹部達が騒ぎを起こし、それを解決するため帝国がカストリアに兵力を派遣し、手薄になった帝国の隙を主力率いる本隊が叩き 帝国を再起不能にする作戦だったんだ」
それを聞いてなるほどと手を打つ、確かにそれなら効果的だ 帝国に潜んで帝国軍と真正面切って事を構えるより余程賢い
アガスティヤの目的はこの魔女世界の秩序維持、なら他の魔女大国がガタガタになったら助けに行かなくてはいけないし 多分実際事が起こったら助けに行く
しかし問題があるとするなら、カストリア大陸とポルデューク大陸を挟む大海を越えるには両大陸の端にある港からじゃないといけない、ポルデュークの中心にあるアガスティヤじゃあどうやっても派兵に時間がかかる
それは裏を返せばカストリアから戻ってくるのにも時間がかかると言う事、カストリア大陸の問題を解決しようと大量に派兵し帝国本土が手薄になったところを主力で叩き 帝国の柱を崩しさえすれば、この魔女世界の秩序は失われる
最強の魔女が国を失えば、同時に魔女の絶対性が揺らぐんだ、魔女そのものを殺せなくても 魔女世界さえ壊せば魔女排斥派の勝利と言える…しかし
「その計画は失敗に終わった、ですよね?」
「うん、エリス…君のせいでアルカナが長い時間かけて作り上げていた必殺の一手は脆くも崩れ去った」
カストリアにて陽動を担当していたヘット コフ アイン…その他のアルカナ幹部達は全てエリスが倒し、その計画は漏れなく叩き潰した、お陰で戦力の大部分と膨大な時間をかけて作っていた計画も全てアルカナは失った、何もかも徒労に終わったのだ
こうなっては残ったのは帝国に潜んで機を伺っていた本隊だけ、これじゃあもうどうにも出来ない、隙を突いて攻め込むはずが逆に獅子の口の中に取り残されたも同然なのだ
「あはははは、君がそれぞれの国で進めていた計画を一つ潰す都度にシンがそりゃあもう怒ってたよ、エリスめエリスめ!ってさ!あはははは 滑稽だなぁ」
「なんか…悪いことした気になってきますよ」
「くふふ、だからさ!アルカナに残された手はもう玉砕の賭けしかないのさ、計画が頓挫しいずれジワジワ帝国に絞め殺されるくらいなら、一つ博打に出てみようってね」
「それが、国家転覆ですか…」
「うん、今アルカナはマレウス・マレフィカルムに掛け合って 他の魔女排斥組織に呼びかけて、一大排斥連合を作り上げ戦力を整えている、帝国と一発おっぱじめるつもりさ」
マレフィカルムは魔女排斥派の組織の集合体、ならば マレフィカルムを通じて他の組織に呼びかけて戦力を整える事もできるか…、規模によってはまずいんじゃないか?
「そう剣呑な顔する必要はないよ、集まったのは単体じゃロクな活動も出来ない雑魚組織ばかり、あんなの百や二百集まったって帝国の敵じゃあない、悪いけど私はとてもじゃないが帝国軍に太刀打ち出来るとは思えないね、引くに引けなくなった組織の悪あがきの心中に付き合うつもりは毛頭無いね」
「それを元アルカナが言いますか?」
「だって実際雑魚だしねぇ…、集まったのは雑魚でクズでそのくせプライドばかりあるゴミみたいな組織ばかり…、でも アルカナは違うよ 雑魚じゃない」
そこでレーシュの目がキラリと煌めく、真剣な眼差しとでも言おうか、大いなるアルカナだけはそこらの組織とは違うと、それはアルカナに属していたからこその選民意識ではなく、歴たる事実なのだ
「アルカナの本隊には私以外のアリエがいる、No.17 星のヘエ No.18 月のカフ No.20審判のシン…そして、No.21 宇宙のタヴ、みんな強いよ」
レーシュと同じアルカナの切り札の称号を持つ者達、それが揃い踏みしているのだ
凄まじい戦力と言っていい、何せレーシュクラスの使い手が四人もいるんだ、もしエリスが全員を倒そうと思うと、それはこの旅の中で最も過酷な戦いになるだろう
「そんなに強いですか?」
「ああ、特に私より上のNo.のシンとタヴ、これには注意したほうがいい…、君も知ってる通り私は今までエリス以外に負けたことはない 当然この二人にも負けたことはない、けど …勝てもしなかった、この私が本気でやってもこの二人には勝てなかった」
あのレーシュが、勝てなかった…その事実がエリスの脳を揺らす
無敵の力を持つレーシュが負けないまでも勝つことさえ出来なかったと言うのだ、いや違うな?レーシュの魔力覚醒は攻略法を確立させないと傷つけられない そんな相手を前に一歩も引かないと言うことは
「つまり、シンとタヴはあなたより遥かに強い?」
「そうなるね、あれは別格だよ、…でも 以前彼らと戦った時感じた傷はなんとも悲しかった、二人とも私と戦っているのに私のことを見てなかったんだ…あんなの無視してるの一緒だ、あんなに辛い傷は初めてだったよ」
まぁそれはどうでもいいとして、そうか やはりレーシュより上か…、となると…
「あの、レーシュ 貴方の見立てでは、今のエリスがシンやタヴと戦ったらどうなると思います?」
「ん?まぁまず間違いなく負けるね 今の君なら、そしてシンやタヴは私ほど甘くない、敗北は即ち死を意味する…君は殺される」
「やっぱり…」
「なぁエリス、君はこれから帝国に向かうんだろう?、シン達と…戦うんだろ?」
「まぁ、多分…」
「頼むから死なないでくれよ、君は私を無限に覚えていてくれる唯一の存在にして私の救いなんだ、君が死んだら私は…私は…」
「エリスが死んだらどうします?、また暴れます?」
「…少なくとも牢屋なんか抜け出して、シンやタヴと刺し違えるね、私から救いを奪った報いを受けさせてやる…!」
おお怖い怖い、エリスが死ぬ場面を想像だけでこんなに殺意が溢れるんだ、下手に死ねないなこりゃ
まぁ、死ぬ気は毛頭ないんだが…?
「さて、聞きたいことは聞けたので帰りますね」
「おや、これだけでよかったのかい?」
「ええ、あんまり沢山情報を聞くと エリスその情報を過信してしまうので、適度に知らない程度が一番いいんです、少なくとも相手の数と狙いが知れたならそれでいいです」
レーシュがこの国に来るまでの間に相手がどう動いているか分からない以上、ここで敵の居場所とかを聞いても意味がない
それに敵だって馬鹿じゃない レーシュに全て包み隠さず、嘘をつかず正直に話している保証はどこにもない
なら、必要最低限でいいんだと振り返り、部屋から立ち去る為、髪を揺らせば
「行ってしまうのかい?エリス…」
「ええ、もうすぐ この国も発つつもりです」
「そっか、もう少し君と話していたかったけど、君の重りにはなりたく無いからね」
…この人は、どうして悪い人なんだ…、もっと真っ当な道を歩んでいれば、エリスとレーシュはきっととても良い友人になれただろうに、これ以上ないくらい頼りになる人になっていたのに、残念でならないな…
「ねぇ、私はこれからどうなるんだい?」
「…貴方はこれから、カストリア大陸のデルセクト同盟国家群にある大監獄に移送されます、そこには例え第二段階到達者でも逃げられないような堅固な監獄が築かれています、アグニスもイグニスもそこに行くでしょう」
メルクさんがアルカナ幹部や超絶した力を持つ者の為に作った特別監獄、そちらを使わせてもらう、ポルデュークにも大きな監獄はあるが…帝国にアルカナ本隊がいるなら救出に来る可能性も捨てきれない
だから別大陸に移送し、そこで彼女には罪を償ってもらう…
「カストリアのデルセクトか、遠いな」
「そうでもありませんよ、エリス そこも超えてきたので」
「そっか、そうだね どこまでいっても世界は一つ、君はそれを証明してきたんだものね、…うん 、なら同じ世界に君がいるなら 寂しくないかな?」
「寂しいからって暴れないでくださいよ」
「分かってるよ、君との約束だ…じゃあねエリス、またいつか…会える日を楽しみにしているよ」
「ええ、貴方がいい子にしてたら、また来ますよ」
部屋から出る前に 扉を開く前に、一つ振り返り笑みを見せれば…彼女もまた太陽の如き明るい笑顔でこちらを見送っていた、エリスの宿敵は エリスを救いと崇める彼女は再びエリスと出会うことを望んで 檻の中で待つ
エリスの言った言葉を信じてるからだ
この世に永遠はない、なら 永遠のサヨナラもまた無いということだから…
重い音を立て扉を開き、監獄から出て行くエリスの後ろ姿を 彼女はずっとずっと眺めていた、自らの救いを確かに…その胸の傷に感じながら、ずっと
しかし、帝国かの話をレーシュから聞いて エリスは今一度覚悟を決める、帝国にいるアルカナと戦う理由はない 無視して進んでもいい
だが、…もはやそうも言ってられない、奴らの計画の大部分を潰したのはエリスだ、アルカナの大局的な動きを知らずのうちとはいえヘットと戦った時もコフと戦った時も アインと戦った時も、エリスは間違いなくアルカナの敵として戦った…なら、奴らにとってエリスは魔女の弟子以上に明確な敵と言える
帝国に入ったらまず間違いなく戦闘になる、下手をすればアリエ全員で殺しに来る可能性さえある、そうなったらエリスと師匠のコンビでも危ないかも知れない
…なら、うん まず帝国に着いたら帝国本部を目指そう、なんとか帝国軍と合流するんだ、帝国も今はアルカナと戦っている、彼らの力を借りて アルカナを打倒する
つけなければいけないんだ、この旅で生まれたアルカナとの因縁に決着を…今度こそ!
……………………………………………………………………
「師匠、それまさか本当に全部持って行くんですか?」
「くれるというのだ、もらう他あるまい」
そうしてレーシュとの対話を終えたエリスは師匠と合流し、そのまま帰路につく
行きと帰りで違う点があるとするなら、それは師匠が片手で引っ張っている巨大な荷車の有無だろう、ディオニシアス城から頂いたその荷車の上には、酒樽がぎっしり詰められ2段くらい重なっている、凄まじい重さだろうに それを片手でって。
「というかどんだけ飲むんですか」
「いいだろう別に、次いつエトワールに来れるかも分からん上、王国秘蔵の酒など中々ありつけん、貰えるときはがめつく頂く、これも教えだ 覚えておけ」
「わ 分かりました」
些かがめつ過ぎでは…、まぁ 今までずっーと飲めてなかったもんね、エリスも師匠には楽しんで欲しいし、今日は魔女の夜宴と行きましょう
「あら?、エリス お帰りなさい、…凄い荷物ね」
「エリスお姉ちゃん!」
荷車を引いてクリストキント劇場まで戻って来れば 劇場の前に積もった雪で遊ぶユリアちゃんとリリアちゃん、そしてそれを眺めるコルネリアさんか、軽く手を上げ挨拶し迎えてくれる
もうコルネリアさんも体調は良さそうだな、ヴァルゴの踊り子に出てからというも彼女の顔色はみるみる良くなっていったように思える
それはヴァルゴの踊り子という伝説の劇には演じた人間の滋養強壮と新陳代謝を高め健康にする力があるから、とかではなく 普通にコルネリアさんは舞台に立ってる方が元気が湧くからなんだろう、少なくとも 寝ているよりは
「さっきお城に行ってお酒もらってきたんですよ」
「へぇ、ディオニシアスの…美味しそうね、私も飲んでも?」
「構わん、ここの人間に振る舞うつもりで多めにもらって来たからな」
「え…あ…、れ レグちゃん様…お酒飲むの?」
「む?」
ふと、今夜の酒盛りの予定の話をしようとしてると、おずおずと間に入るようにリリアちゃんが呟く、お酒を飲むの?とまぁなんとも可愛らしいもじもじ具合だな
師匠がお酒を飲むのが嫌 というより、この間まで同年代だと思ってたレグちゃんが大人の象徴であるお酒を口にするのが、なんというか 受け入れられないんだろう
「ああ、飲むぞ 頭から被ってパンツまでビショビショする勢いで飲む」
「やめてください師匠、洗濯するのエリスなんですから」
「うう…、レグちゃん様って…本当に大人だったんだね…」
なのに私はと俯いてしまうリリアちゃんを見ていると、なんだか昔を思い出すな
エリスも昔は早く大人になって立派になりたいと…あんまり思ってなかったな、むしろ逆に自分はもう大人だと謎の自信に満ち溢れていた、あの頃のエリスにリリアちゃんの謙虚さを分けてあげたい
そんなリリアちゃんの俯く頭を、ゆっくりと撫でるのは師匠の優しい手で
「大人だから 子供だからと、物が分けられる訳では無い、お前の言った通り 私とお前は友なのだろう?、ならそれでいいだろう」
「と 友達!?それは…おそれおーいと言うか…」
「何を今更言うか、なら今からままごとでも付き合ってやろうか?」
「えぇっー!?」
「おやどうしたんだい?レグルス、君が幼子を優しくあやしているとは珍しい」
ギョッとする、何せいきなり劇場の扉をバンッ!と開けて中から現れたのは件のプロキオン様だからだ
弟子であるナリアさんの所へ行っているとは聞いていたが、普通に劇場から出てくるんだもんな…
「ん?なんだプロキオン、今我が友のリリアとままごとをするかと言う話をしていてな」
「ほう!、レグルスの友は即ちボクの友だ、おままごととは面白い、今からアルクやスピカも呼んでみんなでやろうよ」
「アルクは飼い犬役で確定な」
「あわわ…あわわ…」
何やら自分が言い出したおままごとが大それた話になっているのを肌で感じ口を震わせるリリアちゃんの気持ちはよく分かる
え?なに?魔女様が自分の友達?、それでレグルス師匠やプロキオン様 スピカ様 アルクトゥルス様が揃っておままごと?…、見たくねぇ~…
というかそれと同列に扱われるリリアちゃんもかわいそうだな…
「というかレグルス…、その酒樽…」
「ん?ああ、お前の城から貰ってきた、ちゃんと許可は貰っているぞ」
「君が盗みを働くと思ってないよ、怪盗じゃ無いんだからね」
「…お前なぁ、…まぁいい それよりサトゥルナリアの指導の方はどうだ?」
「順調だよ、彼 見込みがあるね、ボクの思った通りだ」
と酒樽を抱え劇場内に入る師匠を連れてプロキオン様はまるで我が家のようにクリストキント劇場を闊歩する
その隅っこで縮こまっているのは…
「どうしたんですか?クンラートさん、ヴェンデルさん」
クンラートさんとヴェンデルさんだ、何やら青い顔をして廊下の端で立ってる二人の異様さに惹かれ、声をかければ…
「どうしたも何も、だって魔女様が入り浸ってんだぜ?…、俺ぁ生まれてこの方魔女様が居る状態ってのを経験した事ないから、慣れないというか…」
「慣れないも何も、ずっと師匠と一緒にいたじゃ無いですか」
「そっちにも慣れてないんだよ、あの小さいレグルスちゃんがあんな美人だったとは」
まぁ、この国は五十年魔女様を失った状態にあった、そんな中いきなり戻ってきたプロキオン様という存在に、戸惑わない方がおかしいってもんだ
魔女様は権威的にも凄まじい存在だが、それ以上にプレッシャーがすごい、エリスも最初スピカ様に会った時 そのあまりの威圧に押し潰されそうになったものだ、もう慣れたけど
「はぁ、しかし 本当に凄い子だったんだな、エリスちゃんは…、二人を拾った時 こんなことになるとは思いもしなかったよ」
「いえそんな…、でも 力になれたみたいで嬉しいです」
「……おい、エリス」
「ん?、どうしました?ヴェンデルさん」
ふと、声をかけられ振り向く、ヴェンデルさんがこちらを呼ぶ
珍しい、エリスを避けてる彼がエリスをわざわざ呼ぶなんて…と、その顔見れば 何やら目元が赤いような
「お前、どっか行くのかよ」
「え?、ええ エリスは元々旅人なので、もうすぐこの街を発つつもりですが」
「なんでだよ」
「へ?、なんでって…」
「旅途中でやめてここに住むんじゃダメなのかよ、結局ここ捨てるのかよ、用が済んだら 捨てるのかよ」
ううーむと思わず唸り頬をかく、意地悪な言い方してくれるが、彼はもうこういう人だと分かっているから怒ることはない
寧ろ彼は今エリスを引き止めようとしているのだろう、ここに残って役者を続けろと…といってももう役者は引退しましたしねぇ
「旅はやめません、けど ここを捨てた訳でもありません、またいつかここに戻ってくることもあるでしょう」
「そんなの…、なんで旅を続けたいんだよ」
「それはそれがエリスの生き方だからです、腰を落ち着け一息つくのは後でも出来ます、エリスは…今はただこの世界を駆け抜けていたいんです、果てまで征く風のように」
「…………納得いかねぇ」
だろうね、納得させようと思ってない けどそうなんだから仕方ない…
「まぁまぁヴェンデル、そう噛み付くなよ、でも 確かに寂しくなるな…、もう旅立つ日取りは決まったのか?」
「ええ、一週間後にはここを出られそうです」
「なら、明日の公演には間に合うな」
「明日?、ああ もしかしてもうそんな時期ですか?」
そう、明日の公演はただの公演ではない、特別な劇だ
このエトワールという国に存在する数多の役者達が様々なオーディションを勝ち抜き、残った最高のオールスターで行われる エトワール最高の劇
『悲恋の嘆き姫エリス』その公演が明日なんだ
「ナリアもエリスさんに見せるんだって張り切ってたぜ?」
「エリスも楽しみですよ、なんせナリアさんのエリス姫を見るために頑張ったわけですから」
「だよな、俺達としても是非エリスちゃんに見てもらいたいぜ、エリスちゃんは例え離れていてもうちの…クリストキントの看板役者だからな」
嬉しいことを言ってくれるな、…そうだ
「あの、それでそのナリアさんは?」
「ああ、今舞台の方でプロキオン様のトレーニングを受けてるよ」
「なるほど、じゃあちょっと見学してきますね」
他の魔女様の修行を見る機会ってのはあんまりない、丁度いい機会だし 新しく魔女の弟子に加わった彼のトレーニングぶりを見ていくのもいいかもしれないな
クンラートさんから教えてもらった通り、舞台にいるであろうナリアさんを目指しか廊下を歩む、丁度師匠とプロキオン様が向かったところも同じようだな
もはや歩き慣れた劇場の廊下を抜け、開け慣れた舞台の扉を開き、見慣れた観客席の向こう 舞台の上に立ち二つの人影 新たな師弟の姿を見つける
「あれ?、師匠 何やってるんですか?」
ふと見てみれば、舞台の上で修行をしているプロキオン様達を見るように観客席に座り、拳で酒樽をかち割り 中にコップを突っ込むの姿が見える
「ん?、プロキオンの修行を肴に一杯な」
「観客席は全面飲食禁止ですよ」
「固いことを言うな」
とは言うがその椅子直すの苦労したんですからね、お酒のシミって中々取れないの師匠知ってるんですか?とぼやきながら師匠の隣に座り 舞台を見上げる
そこには
「こうですか!コーチ!」
「うん!いいね!でも違うよ!、もっと流れるように!自分の中の美意識を動作に込めて!、こう!」
舞台の上でポーズを取るトレーニングをしているプロキオン様とナリアさんが見える
二人は役者という共通点があるためか、結構良好な師弟関係を築けているように思える、似た者師弟とでも言おうか、エリスが見てきた中で一番価値観が似ていると思う
「足捌きは軽やかに、手捌きは惹きつけるように、それを意識させず されど意識して、その身一つで全てを表現出来なければ役者は名乗れないよ!我が教え子!」
「はい!、コーチ!」
しかし、こうして見ていると…修行というよりは
「まるでレッスンですね、師匠…これで強くなれるんですか?」
とても強くなれるようには見えない、あれで手に入るのは演劇の巧さだけ、魔女の弟子としての戦闘能力向上は望めない、ましてやナリアさんは元々戦えないし…大丈夫なのかなと師匠に不安を吐露すると
「別に、強くなることだけが目的ではあるまい、プロキオンはサトゥルナリアを自分の後継者にするつもりなのだ、まぁ 魔術陣とかはまた別に教えるだろうが…戦術などは教えんだろうな」
「飽くまで役者として強くするってことですか?」
「ああ、お前もサトゥルナリアがプロキオンのように剣を振るうところは見たくあるまい」
見たくないですね、出来るならナリアさんには安全なところにいて安心して生きていてほしい、彼が戦いを望まないなら、エリスは無理に戦う必要はないとは思う
けれど、…魔女の弟子になってしまった以上、彼には…
「ふぅ、一旦休憩!、君の友達が来ている、友達は大切にしなさい」
「はぁ はぁ、はい!コーチ…え?あ!、エリスさーん!!」
「ナリアさん、すみません 見学してました」
と エリスの姿を見つけるなり嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら舞台から降りてこちらに駆け寄ってくる、可愛いなぁ うさぎみたいだ、よしよし
「エリスさん!僕ね僕ね!コーチの指導のおかげで物凄い演技が上達したんだ!」
「それは良かったです、やはり いい指導者とは必要なのですね」
「うん、それに…古式魔術陣も教えてもらった、それでも僕は相変わらず弱いままだけど次 何かあってもエリスさんの為に動ける筈だよ」
「ナリアさんは今のままでも十分強いですよ…」
「そ そんなこと、ってもう!頭撫でないで…」
いやいや、ナリアさんは強いよ、自分の意思を貫き命を賭ける度胸 そして何が何でも進み続ける心の強さがある、腕力や魔力なんてのはオマケでしかない、そういう意味では既にナリアさんは強い…、強いんだ…
「それにしても古式魔術ってすごいねぇ、なんでも出来ちゃいそうだよ」
「想像力次第でなんでも出来ちゃうのが古式魔術です、故に思考することをやめず諦めない限り、どこまででも極められますよ」
ってのは師匠の受け売り…いや確か、師匠の師匠受け売りだったか?ってじゃあシリウスの言葉じゃんこれ!、まぁ この世にシリウス以上の古式魔術の使い手はいないし、事実シリウスはなんでも出来るから 間違いではないのか…
「へぇ、エリスさんは僕にとって古式魔術の先輩だね」
「そ そう言われると照れますが、実際そうなのでしょうね、ナリアさんは最後の魔女の弟子ですし」
「最後?…そっか、他の魔女様達は既に弟子を取ってるってコーチが言ってたなぁ、ねぇねぇエリスさん、エリスさんは他の魔女の弟子のみんなを知ってるんだよね、どんな人?」
どんな人…か、みんないい人ですよ、全員にあったわけじゃないですが エリスは既にナリアさんを含め五人の魔女の弟子に会ってますしね、みんないい人達です
「ええっと、他の弟子はアジメクのデティフローアとアルクースのラグナとデルセクトのメルクリウスさんと…」
「げぇ…みんな大物じゃん!、ぼ 僕だけ?僕だけじゃない?一市民で魔女の弟子なの」
「そんな事…いやそうかも」
デティもラグナもメルクさんもアマルトさんも王族や貴族 国を統べる立場にいる人達だ、まだ会った事ないけど 夢見の魔女の弟子ネレイドもまた、国防を務める将軍の地位にいるらしいし、みんな立場ある人たちばかりだ
「うぅ、荷が重くなってきた、その人達と同じ魔女の弟子を名乗るの」
「そんな事ないですよ、エリスは王族じゃありませんよ?」
一応ではあるが 貴族の血を引いてるのは ここでは除外しよう、立場とは血によって成されるものではない、それにエリスを生んだあの男の家タクス・スクピディータ家はもう没落して存在しないし、ノーカンノーカン
「エリスさんも僕の中では凄い人なんだけど…、寧ろエリスさんと同列に扱われることの方が荷が重いよ」
「あら?…そうです?」
「そうだよ、…でも他の魔女の弟子かぁ、会ってみたいな、身分的に恐れ多いのは分かるけれど」
「みんないい人達ですよ、きっといい友達になれると思います」
「と 友達ぃ?…僕が、大国の王様達と?…うう 震えてしまう」
「我が教え子!、そう自分の立場を卑下にすることはないさ、少なくとも我等八人の魔女は生まれや立場は違ったが、皆 強い友情で結ばれていた、友情に地位は関係ないのさ!」
「コーチ…」
うん、流石プロキオン様、いいこと言うなぁ
立場を言えばエリスも元奴隷だ、けれど ラグナ達と友達になれている、つまり関係ないのさ、本人のあり方と相手との関係はさ
「ふっ、…確かに 我等八人は生まれも育ちも皆違ったが、良い友だったと思うぞ、プロキオン」
「そうだね、まぁ 一番の問題児は君だったけれどね?、パンチがこんにちわ キックがさようならだった君がここまで社交的になれたのもまた友のおかげ、いや カノープスのお陰かな」
「……そうだな、奴には世話になった…なり過ぎた」
なんて語り合う師匠とプロキオン様はいつのまにか二人でコップを片手にお酒を飲んでいる、いやいや ここ飲食禁止…
「ともあれ、ナリア 悲恋の嘆き姫エリスは明日だ、演技の方は既に完璧だろうが 今から更に完全に仕上げよう、原作者として スバルとエリスの盟友として君に最高の演技を授けよう」
「ありがとうございます!コーチ!」
そう語るプロキオン様の口調に ふと、気になることが出来た、いや あったと言うべきか
それは…
「師匠、結局 スバル・サクラって何者だったんですか?」
エリスのその言葉に師匠の動きとプロキオン様の動きが止まる、唯一動くのは二人の顔を交互に見るナリアさんだけだ、…やっぱり 聞かれたくないことだったか
スバル・サクラは劇の中に出てくるような儚い男ではない、凄まじい戦闘能力と圧倒的な強さを持ち戦場を駆け回る修羅であったらしい、そして プロキオン様と盟友でありながら…、プロキオン様はスバルの命を奪ったと言う関係にある
どう言う関係だと最初は思いもした、けど 分かるよその反応を見たら、エリスでも予想がつく
「あの、もしかしてですけど…、スバルって」
「そうだよエリス、君の予想の通り、スバル・サクラは羅睺十悪星…我々魔女と世界の敵だった」
「えっ!!」
やはりか、師匠の若干咎めるような視線を受けつつ目を伏せる
魔女の敵と聞いて驚愕するのはナリアさんだけ、対するエリスは なんとなく予想がついていた、つまり スバルはウルキさんやナヴァグラハ達の仲間で 八千年前大いなる厄災にてシリウスに組した最悪の存在 そのうちの一人だったんだ
「あ あの、コーチ!エリスさん?、スバル・サクラが敵って…どう言うこと?」
「我が教え子、君にはいつか 詳しいことを伝えるつもりだ、けれど 一つ言わせてくれ」
その目は真っ直ぐこちらを見ている、或いはエリスの気持ちに気がついているのか?
スバルが魔女の敵でシリウスの仲間だと言うのなら、それは即ちエリスの敵だ、少なからぬ敵意が滲んでるのがバレたか…
「スバルはボクの敵になってしまった、けれど…彼は間違いなくエリス姫を愛していたとボクは知っている、…だから …劇の中のスバルまでは憎まないでくれ、頼むよ」
「…敵だったんですよね」
「ああ、敵…だった」
つまりもう違うと、この件にはエリスが図々しく首を突っ込める話じゃないよな…、うん ちょっと図々しかったな、別にいいじゃないか スバルが敵だろうが味方だろうがなんだろうが、今はもう過去の人間 劇の中だけの人間だ
「すみません、プロキオン様 図々しいことを」
「いやいいさ、きっと 君は魔女の弟子としての意識がとても強いんだろうね、悪いことじゃないさ…、でも そうだね、エリス…」
「はい?、なんですか?…」
するとプロキオン様はエリスの目の前に静かに跪き その手を取る、騎士だ…そんな感想が自然と湧いてくるほど、騎士だ
なんて綺麗な動きなんだと見惚れていると、プロキオン様は エリスのこの瞳を真摯に見つめると
「エリス…、もし 君に何かあったなら、その時は今度こそ 必ず守るよ、約束する」
「え…っと、あの…それって さっきの話と何か関係が?」
「あるさ、いや無いか?…ただ 君を守りたい、それだけさ」
よく分からない、何故そうなるのか分からない、けれど…、きっとここではぶつくさ疑問を口にするのではなく、言うべきなのは
「はい、よろしくお願いします」
「……うん、エリス 任せてくれ」
エリスの言葉に、プロキオン様の手が エリスの握る手が、キュッと締められる、その力とわずかに籠る熱に、感じるものは何か、きっとエリスには分からない エリスには
「コーチ…」
「いやすまない、我が教え子よ 心配かけるような真似をしたね、でも大丈夫 君が不安に思う事柄全てを解決出来るよう、鍛えるのもコーチたるボクの役目だからね」
さっ 小休憩終わり と手を叩き、質問とか疑問を挟む余裕もなくプロキオン様は再び舞台へと戻っていく、あんまり聞かれたくない話題だったか…、反省しよう
「あ はーい、じゃあエリスさん、明日の劇 楽しみにしていてね?」
「ずっと楽しみにしたままですよ、あなたの夢を聞いたその時から」
「嬉しいな、なら見せてあげるよ、最高の夢を」
振り向きざまに見せる笑みの輝かしさたるや、今までで一番のものかもしれないな…
いやぁ、よかった 夢が叶ってよかった、色々あったし 四苦八苦したけれど、夢が叶ってよかったよ、みんなみんな いい方向に流れたとエリスは思ってる
クンラートさん達クリストキントは劇場を持ち
コルネリアさんはユリアちゃんと再会し
ヘレナさんは自分を偽らずに良くなり
マリアニールさんも多分ハーメアの幻影と決着をつけられた
プロキオン様も戻ったし、師匠もお酒飲めたし、レーシュぶっ飛ばしたし万事解決万々歳だ
この国に来た時はどうなることかと思ったけど、幕が閉まるその時にみんな笑顔ならこれはハッピーエンドだ
よかったな、そう エリスが息を吐き、油断した
その時であった、エリスは 己の愚かさを恨むこととなる
何がハッピーエンドだと、この世の舞台に幕はなく 劇終はない、ただ この国でやるべきことが終わっただけ、エリスの旅と戦いは全く終わってすらいないことを
その余りにも鋭い指摘にも似た声が、観客席に響く
「エリスちゃん」
「はぇ?」
声がした、エリスを呼ぶ声が…、これは リーシャさんだ
彼女が何やら神妙な顔で観客席の出入り口に立ち、こちらを見ている、どうしたんだろうか
「どうしました?リーシャさん」
「お客さんだよ、エリスちゃんと レグルス様の二人に」
「私とエリスに?」
師匠の顔が歪む、エリスもその顔を見る、誰だ?お客さん?しかもエリス達を態々訪ねて?
参ったぞ、心当たりがない、セレドナさんか?でもニコラスさん曰くもう国に帰るって言ってたし、ううん?誰だ
「誰ですか?」
「それも含めて話をするよ、ともかく急いで」
何か様子がおかしい、リーシャさんのこんなに険しい顔を見たことはない、ただならぬ気配を感じエリスと師匠は慌てて席を立ち、リーシャさん案内の元 向かうはあんまり使われていない劇場の隅にある来賓用の応接間だ
と言うことは、態々応接間に通すだけの相手 ってこと、分からない あんまりにも分からなさすぎて不可解すぎて、不気味だ
「あの…リーシャさん?」
「エリスちゃん、いつか私が言った この戦いが終わったらって話あるじゃん?」
「え?あ、はい」
「どうやらあれ、私が言いだすまでも無く 叶いそうだわ」
こちらを向かず、応接間に案内するリーシャさんは背中越しに語る、何時ぞや言いかけ終ぞ言わなかった例の話が、どうやら叶うらしいと
つまりエリスに何か頼みたかったってこと?、…帝国軍人たる彼女の願い、いや もしかして…
「この先で待ってる、話は其奴に聞いて」
エリスが何かを言いだす前に応接間につき、何かを言う前に扉は開かれ エリスはその中にグイッと押し込まれる、そこには……
「うわっとと、………えっと 誰、ですか?」
応接間には、四人の男女がソファに揃って座っていた
一人は女性だ、美味しそうにケーキをお皿に乗せてマムマムと頬張る可愛らしいピンク髪のショートカットの女性
もう一人は男性、背は高く そして手に手鏡、それで自分の顔をいろんな角度から見ながら水色の髪を弄りながら微笑むいかにもナルシストって感じの男!
そしてもう一人も男、頬にはバッテンの傷 ガサガサと突き出たツンツン頭のやんちゃそうな少年が腕を組み目を瞑っている
……最後の一人は女性、クリーム色の髪の毛 淡い印象さえ覚える睫毛の長い瞳をパチクリ動かし、…こちらを見ている 部屋に押し込まれ呆然としているエリスを見ている
なんてことだ、分かる 全員がかなりの使い手だ 隙がない、しかも最後のクリーム色の髪の女性、これに関しては別格…体から吹き出る魔力も威圧も、少なくともこの平和な国にいていいレベルじゃない…
何者だ、こいつら…そうエリスが口にする前にクリーム色の髪の女性は立ち上がり
「貴方がエリス様でございますか?」
「え?、あ…はい」
そう、流麗に挨拶をする、踵をあげ コートの裾を摘むカテーシー、バレエなどの舞台で使われる女性限定の仕草、そして こう言う一般の場で使うなら別の意味を持つ
それは、社会的地位が低い人間が目上の人間に対して行う場合、つまり 従者などが用いる挨拶だ…
「あの、エリスに用があるらしいですが 貴方達誰ですか?、エリスは貴方達に会った覚えがありません、当然 こうやって呼び出される覚えも」
「警戒していますね、ですがご安心を 我々は敵ではございません」
「なら名を名乗ってください、何処の…何者かを」
「これは失礼致しました、相手に先にご指摘をされるなど 私一生の不覚でございます、では 挨拶を…」
すると女性は自分のコートを掴み、バッ!と一気に引き抜くようにいきなり脱ぎ出したのだ
「なっ!?それは…」
それを見て顔を歪めるのは師匠、まるで 信じられないものを見たかのように口を開け驚愕し、そして エリスもまた少し遅れて驚く いや驚きますよ、だって ただ服を脱いだ、それだけなのに…
彼女の服装が 瞬く間に変わり、脱いだコートが何処かへと消えてしまったのだから…、というか この人の格好
「私 メグ・ジャバウォックと申します、所属はアガスティヤ帝国 皇室専属従者長…、この世で最も栄えある偉大なお方 皇帝カノープス様専属のメイドでございます」
メイド服だった、帝国所属の しかも無双の魔女カノープス様の専属メイド!?なんでそんな人が…
そう、口を開くよりも前にメグと名乗る彼女が口にした言葉は、エリスの疑問も何もかも吹き飛ばすほどの衝撃があった
それは
「そして又の名を、無双の魔女が弟子…でございます、エリス様?」
再び流麗な動作でお辞儀をするメグ…、それは名乗る 無双の魔女カノープス様の弟子 、不可能と言われた時空魔術の継承者…、エリスと同じ魔女の弟子…、エリスが最後に聞く事になる魔女の弟子の名
それを名乗るのだ
皇帝専属メイドにして無双の魔女の弟子メグ、彼女との出会いが、エリスと師匠の旅の行方を急速に終わりへと加速させる
……あの長く苦しい戦いへの道行きは全て、この瞬間から始まっていたのだ
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