孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

204.対決 太陽のレーシュ

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…昔、もう二十年くらい前か、マレウスのとある村に住まう一家が、悲劇に見舞われた

夫婦と一人娘の三人家族で、夫婦が元冒険者ってこともあって その小さな街ではちょっとしたヒーローだった、魔獣が出たら退治しに行ったし 住人の喧嘩の仲裁もした、誰かの為なら自分が傷つくことも厭わない、そんな 根っからの善人だった両親が 娘は大好きだった

けれど、幸せな日は長く続かない、そう…あれはお日様がカンカンと照りつける暑い日だった…、天気がいいからと家族で町外れの平原に遊びに行ったんだ、ピクニックってやつだね

だけど、平原で遊んでいた少女達の所に 魔獣が現れたんだ、それも結構な大きさの結構な量の…、両親は娘を守るために戦ったけど、もう前線を退いて長いし 何よりロクな武器もなかったからね

娘を…私を逃すので一杯一杯、私は魔獣の爪を背中に受けながらも両親に逃がされ街まで戻り、街の衛兵団のみんなに声をかけて現場に戻った頃には 両親は亡くなっていた、後に残ったのは血と腕の一本だったよ


それでも私は寂しくなかった、街のみんなが孤児になった私にも優しくしてくれたし、何より両親との記憶は胸にあったから、寂しくなかった

…まぁ、それでも背中の傷が痛む時は辛いんだこれが、雨の日とか湿気が多い日は背中の爪痕がジクジク痛むんだ、その都度痛みと共にあの凄惨な現場を思い出して夜も眠れない、痛みが記憶の呼び水になる…痛む都度傷を認識し その認識が両親の血を思い起こさせる

でも、私のことながら頑張って生きてたと思うよ、でも…でもさぁ

あの日、全てが変わった


両親が死んでさ、五年くらいかな?経った時にさ、私街を歩いてたんだよ…確か夕飯の買い出しに出てたんだったかな、もういつも通りになった孤独の生活をいつも通り過ごしてた そんなある日

ふと、広場の子供がテクテク私に駆け寄ってきたんだ、小さな子でさ…お目目クリクリの可愛い女の子が 私にこう言ったんだ

『貴方の両親はどんな人なの?』ってさ、なんでそんな話になったかはもう覚えてないけど そう言われたことは覚えている、明確に

この子はまだ小さくて、私の両親が魔獣に殺されて死んだ事を知らないから 平気な顔で聞いてきたんだ、するとすぐに子供の母親が駆け寄ってきて私に謝った、ごめんなさい悪気はないのと

別に 気にしてなかった、いや違うな その時の私には気にする余裕がなかったんだ

胸中をある感情で覆い隠されていたから……


感情の名前は焦り 焦燥と恐怖だ、子供に聞かれて 思い出せなかった、両親の顔を…あれだけ大好きだったパパの顔もママの顔も

滑稽な話だ、あの時の出来事を必死で忘れようとするあまり 両親の顔も一緒に忘れてしまっていたんだから…

恐怖した、私は恐怖した、両親は確かに苦しんで死んだ 正しいことをして死んだ、なのに忘れられた、死んだ人間は忘れられる 跡には何も残らない、私はそれが怖くて怖くてたまらなかった

たとえ私もどれだけもがき苦しんで死んでも、どれだけ必死に頑張って生きても、最後には誰にも記憶されない 思い出しても貰えない、私があれだけ頑張って生きたのに、誰も思い出してくれない 認められない、そんなの 生まれてきた意味がないじゃないか

私もいつか忘れられる、この子もいつか忘れられる、この子の親も忘れられる、みんなみんな忘れられ みんなみんな忘れる、そうして死んだ人間は永遠に取り残されて 永遠に一人になる

一人は嫌だ 一人は嫌だ 一人は嫌だ、あんなに恐ろしい孤独が永遠に続くんだ、死して忘却されれば永遠に一人なんだ、それはなによりも悲しい なによりも恐ろしい


私はあの時、多分無心で背中の傷を掻き抉っていたと思う、痛みと一緒に両親の顔を思い出すために、するとどうだ 不思議なくらい両親の顔が思い出せた、あの時の痛みが両親と私を繋いでくれた


……そうだ、痛みはなによりも深く いつまでも残る、痛みだけは忘れない 恐怖だけは忘れない、忘れられない 、私を傷つけた魔獣の顔と所業はくっきり思い出せるのが何よりの証拠…

そうだそうだ、こうすれば 忘れられることは無い、例え今私がこの場で死んでも私が傷つけた人間がいる限り私は忘れられない、一人になることは無い…永遠の孤独から解放される

その時かな、私の感情が壊れてタガが外れてしまったのは、いや或いはあの時 両親を失った時から、私の感情は壊れていたのかもしれない、私を見る 街人の目を今思い出せばそんな気がする、だってあの時の街人達の目と今世界が私を見る目に変わりはないから

私は一人になりたく無い、誰にも忘れて欲しく無い、私がいなくなっても私と同じように私を夜を迎える度に思い出して欲しい、傷が痛む都度私を思って欲しい

その為なら私はなんでも出来る、その為なら私はどんなことだってする

…だから私は手始めにその街に消えない恐怖と傷を与えた、世界に癒えない傷を与えた、大勢の人間に死を 傷を 恐怖を 破壊を与えた…


嗚呼 私は今、確かに永遠だ、永遠なんだ


………………………………………………………………

「はぁぁぁぁぁあああ!!!!」

「あははっ!あははははははは!!!」

夜の街 無人となった街の一角、周辺の建物が崩れ去るそんな激しい戦場の只中に、月明かりのスポットライトの真ん中で、二人の演者が踊り狂う、敵意と殺意 闘気と魔力を正面からぶつけ合う 悍ましい踊りを

「ぐぅっ!、レーシュ!」

「ぐふぅっ!?」

突っ込む勢いを生かしてレーシュの拳をスライディングで避けると共に弾かれるように足を上にあげレーシュの顎を蹴り上げる、そのまま態勢をくるりと入れ替えて

「ふふっ!、あはは!最高だよ!エリス!」

蹴りを見舞う、右から左から 全身を回し体重と遠心力を乗せた蹴りを放ちながら兎に角前へ攻めるが、レーシュとて甘くはなくその蹴りの雨を体で受け止め全て巧みに打点を逸らしていく

「ほうら!お返しだよ!」

「っ!」

剰え蹴りを弾き返しそのままその長い腕を空気を切り裂きながら横へ薙ぎ払う、が すぐさま膝を折る 屈み槌のように振るわれる腕がこの頭の上を空振る、胴体ガラ空き!

「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』 !!!」

「おおっ!?」

魔術の縄を放ちレーシュの片腕ごとその胴体をグルグル巻きに拘束する、よし取った! 後は!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

走る 風を纏いレーシュを拘束した縄を掴んだままレーシュから遠ざかるように突っ走る、このまま風の勢いを利用して投げ飛ばしてっ!?

「うぉっ!?」

「どこに行くんだい!エリス!」

しかし、エリスの体が止まる 空中で、見ればエリスが拘束しきれなかったもう片方の手で魔術の縄を掴み、引っ張って縄を掴むエリスの体を止めているんだ

いやいやふざけるなよ!、エリスの全力の旋風圏跳を片手で止めるって!?、足に根でも張ってるのか!?

「あははははははは!!!!楽しいねぇ!楽しいねぇ!!」

「ぅっ!うぉぉぁぁあああああ!?!?」

引っ張ってその反動で投げ飛ばそうと用意した縄を掴まれ、逆にこちらが振り回される、旋風圏跳で抵抗するエリスの足掻きなど無駄と言わんばかりに片腕で縄を掴み体ごとグルグルと旋回しこの体を振り回し 周囲の崩れた家に激突させ 激突させ 激突させ、この体が廃墟に五、六回叩きつけられたあたりでそのまま地面に叩きつけられる

「ごぁっ!?」

「面白い魔術をたくさん使えるんだね!君は!、他にはどんなのが使えるんだい!?君の全てを私に教えてくれ!私はそれを克明に記憶しよう!」

「なに…くそ…!」

地面に叩きつけられ全身に激痛が走る中、すぐさま立ち上がる…、既にレーシュは光熱でエリスの縄を引きちぎっており余裕の表情だ、この手でもダメか…


今、エリスはこの国に於ける最後の戦いに身を投じている、相手は大いなるアルカナという組織における切り札とも言える最強の五人 アリエの一角、No.19 太陽のレーシュ

エリスが今まで相手にしてきた奴らとは格が違う、何もかもが規格外の敵を前に…はっきり言って信じられないくらいの苦戦を強いられ 既に数時間の時が経った

この数時間でエリスは確かにレーシュにダメージを与えた、だが それは奴の動きを鈍らせるには至らず、剰え こっちのダメージの方がデカイ始末

苦戦だ…大苦戦だ、でも 負けられない、ここで負けたら奴はヘレナさんのところに行く、もしかしたら観客達さえ殺すかもしれない、その中にはクリストキントやナリアさん達も入っているかもしれない

この国の平穏の為にも、倒れることは出来ない、今回ばかりは絶対に負けてはいけないんだ!

「ふふふふふ、嬉しいよ…私の気持ちをそんなに真摯に受け止めてくれる人間なんか、今まで一人もいなかった、そこまで傷を恐れない人間なんて 今までいなかった、ここまで私に食らいついてくる人間もまた…ね」

「負けられないんですよ、こっちは!貴方…エリスが負けたらヘレナさん達を殺しに行くでしょう!」

「勿論!!皆殺しにしよう!!」

「だから負けらんないって言ってんですよ!!、雷を侍らせ 滾れ豪炎、我が望むは絶対なる破壊 一切を許さぬ鏖壊の迅雷、万雷無炎 怨敵消電 天下雷光、その威とその意が在るが儘に、全ての敵を物ともせず 響く雷鳴の神髄を示せ『黒雷招』!!」

負けられない、だから挑むんだと魔力を解き放ち ぶちかますは黒の雷、触れれば内側から対象を破壊する滅びの黒雷を、両手にバチバチと迸らせ この体が後ろに引っ張られるほどの勢いで放つ

しかしどうだ、そんな圧倒的な魔力の奔流を前にレーシュは

「はは、来なさい…」

そう両手を広げ、防御も回避もせずに受け止めて 雷の光の中に消えていく、古式魔術だぞ…!まだまだ未熟とは言え 第二段階に入ってより一層強力になった魔術を受け止めて、彼女は

「ぐぅぅうぅあああああああ!!!、イイ!イイよエリス!悶える程に!!!」

平然と笑う、体にほとばしる電気さえ愛おしそうに体ごと抱きしめて高らかに笑う…、無敵かこいつ…!

「あははは…、君の雷は凄まじいね、威力だけならシンに迫る程だ!」

「そりゃ…どーも」

「だけど、いやだからこそ 分からないな」

口の端から黒煙を吐き、電気を迸らせながらも平然とこちらに歩み寄るレーシュは訝しげに顔を歪め、エリスの姿を見る

「何故魔力覚醒を使わない、君の魔力覚醒にはトリガーが存在することは知っている、だがその発動条件は恐らくもう満たしているだろう?」

「驚いた…そんなことまでも分かるんですか?」

「君の与えてくれる傷と痛みは、何よりも雄弁だからね」

ニタリと笑いながらエリスの与えた傷その一つ一つを指で撫でるレーシュ、彼女の言う通りエリスの魔力覚醒に必要な条件である『苦戦と瀕死』は達成している、1ヶ月の修行でそのハードルがかなり低くなりましたからね

だけど使わない、使わないんだと目を細めれば

「ううん?、ああ なるほど!、君は自分が魔力覚醒を封じることにより私が魔力覚醒を使うことも封じているのか、あえて同じ土俵で戦うことにより 少しでも私にダメージを与えようって魂胆だね」

どこまでエリスの心を傷から読み解けるんだ、もはや読心のレベルだろそりゃ…

エリスの考えは概ねその通りだ、きっと エリスが魔力覚醒を使えばこの戦況もマシにはなる、だがそうしたら今度は相手も対抗して魔力覚醒を…あの闇と一体化する『エクリプス・インヴィクトゥス』を使ってくる

そうなったらもう勝負にならない、一応 エクリプス・インヴィクトゥスに対する攻略法は編み出しているが……、と空を見上げる

(まだ早い、こいつに魔力覚醒を使わせるには時間が早すぎる…)

「んぅ?、空を気にしているね、時間稼ぎかな?まさか日が昇るまで待つつもりかな?、あははは それもイイだろう、君が私と夜を明かしたいならそれもまたいい」

読まれてる、けど時間稼ぎの部分だけ……、いや このことについて思考するのはやめよう、そこまで読まれたら勝ち目がなくなるし

「だがねエリス、その算段には致命的誤算がある、時間を稼ぎ私に魔力覚醒を使わせないよう立ち回っても、それはそもそも君が今の私を相手にある程度優勢に戦える場合に限るだろう」

「そうですかねぇ、…こっからですよ」
 
「ハハハッ、負けん気が強いね うん、いいだろう…君の考えに乗ってあげる、ただし 手は抜かないよ」

するとレーシュは右足をあげて…高く あげて、今 振り下ろし

「ふんっ!!」
 
「なっ!?」

踏みつけられた石畳が、頑丈な石の床がレーシュがただ足を振り下ろしただけで砕け隆起 エリスの体を持ち上げる、完全に不意を突かれ…

「ハハハッ!ほらほら!行くよ!」

「ぐぶぅっ!?」

刹那、盛り上がった地面に体を浮かされた瞬間レーシュの拳がエリスの頬を射抜く、銃弾のように速く 砲弾のように重たい一撃、頬骨がミシミシと音を立てて 一瞬でレーシュが小さく見えるほどに飛ばされ

「私はここだよエリス!」

「なっ!?ぐぶぉっ!?」

刹那、さっきまであんなに遠くにいたレーシュの姿が上にある、吹き飛ばされ 廃棄を崩しなお止まらないエリスの体に追いつき跳躍し、月を背に笑っている

「ほらほら!どうしたどうした!、負けられないんじゃないのかい!?『ミトスホーミングレイ』!!」

上空から放たれるは無数の光弾、それが一つ一つが意思を持つようにエリスに追いすがり追跡し降り注ぐ

「っ!『旋風圏跳』!」

このままでは殺される そう直感が叫ぶと共に詠唱も口にし、くるりと空中で態勢を立て直し空を飛ぶ

鳥のように 鷹のように、飛び交い襲い来る光弾は地面に当たると共に爆裂し 圧倒的に光熱で岩をも溶かす、威力も追尾性も馬鹿みたいに高い!このままじゃ…ぐっ!

「焰を纏い 湧き上がれ閃雷 、我が声に応え隆起し 眼前の敵を消し去れ白炎 煌めけ雷光、爆炎雷電 壊烈現界 滅私亡敵、その威とその意が在る儘に、全てを抹消し 天まで届く怒りの咆哮を響かせろ!『鳴雷招』ッ!」

体を半身後ろに回し、放つ雷撃は追い縋る光弾を消しとばしそのまま滞空するレーシュの元まで駆け抜け…

「おお!これは……ーーーーッッ」

爆裂する、衝撃特化の鳴雷招、それは着弾と共に絶大な衝撃波を放つ、つまりレーシュにダメージを与えると共に光弾を消し去るのだ、一挙両得々一石二鳥…いや、そんな甘くないか

「あはははは!これはあんまり痛くないよ!エリス!、気持ちがこもってないんじゃないかい?」

雷の衝撃を受けてなお レーシュは白煙を体に纏いながら舞い上がった砂塵の中を飛んで現れる、くそっ!そこまでピンピンされてたら逆に傷つきますね!

「ほら!捕まえた!」

「えっ!?あ!やば!」

油断し気を抜いていたとは言え一瞬で旋風圏跳に追いつきその足を掴むレーシュ、いくら風で加速しても逃げられない…まずい!

「あはははっ!!!」

「っっーーぅぐぅっ!?」

叩きつけられる 地面に、レーシュがまるで濡れタオルでも振るうかのようにエリスの体を地面へスパンッ!と叩きつけ 融解した地面を叩き砕くのだ

「ほらほらほら!どうしたどうした!君の決意は!覚悟は!こんなものか!こんなものか!エリス!」

「ぅごぉぁっ!?」

そのままバウンドしたエリスの体目掛け、レーシュの怒涛の拳が打ち込まれる、激しい あまりにも激しい拳打はエリスの全身の骨を軋ませ…

「がはっ!?」

叩き飛ばし、背後の瓦礫へと叩きつける、早く 早く動け!早く態勢を立て直さないと…

「ごぶぅっ!?おぼぇっ…!」

そう思った瞬間飛んできたレーシュの膝蹴りがエリスの腹に突き刺さり 背後の瓦礫さえ崩し、血の混じった胃液が口から溢れる、ぁ…が くそ!息が…詠唱が!

「こんなもんじゃないだろう、私は知っているよエリス、君の心の強さを!諦めない覚悟の強さを!」

「ぐっ!げはっ!ごふっ!」

倒れるよりも早く 振るわれる、レーシュの拳と蹴りが エリスを嬲り殺していく…

「さぁ、これはどう凌ぐ…『アテンラース』」

ふらりと倒れ行くエリスに向けて、レーシュは手をかざす 

光り輝き圧倒的熱と炎を帯びる小太陽が作り出される手を…っ!

「させ…るかっ!!」

刹那、詠唱を跳躍し 旋風圏跳を絞り出し飛ぶ、後ろに逃げても無駄なら前へ行く!、レーシュの顎先目掛けて!

「ぐふっ!?」

頭突きをかます、旋風圏跳の最加速からの頭突き 流石にレーシュもたたらを踏む、このまま!

「せおりゃぁっ!!!」

「ぐっ!?」

風を纏い体を回し 蹴りを叩き込む、側頭部に打ち込まれた蹴りはそのままレーシュの体を横へと傾けさせ…

「はぁっ!」

踵を落とす そのがら空きの首筋に…!、風の加速を得た蹴りは重く レーシュの首に叩きおとされればその衝撃でレーシュの足元の岩が崩れ瓦解する、だが

「いい蹴りだ、そう来なくちゃね!」

それでも反撃してくる、痛がる素振りも効いたフリもない、ノータイムで態勢を直し 下から突き上げるように拳を飛ばす、寸前で回避は出来たが…ダメージを受けた直後に打っていいレベルの拳じゃないぞこれ!

「っ!お望みなら!まだまだ食らわせますよ!」

「本当かい!楽しみだ!お礼をしなくちゃ!」

即座に疾風韋駄天の型を用い、神速の打撃戦へと移行する、その長い手足を鞭のように振るうレーシュと風を使い縦横無尽に駆け回るエリスの攻防

「っ!くうっ!」

それは常にレーシュの優勢で進む、何せ向こうはいくら打ち込んでも攻撃が止まらないんだ、殴り合いじゃまず勝ち目が…

「おっと、ここかな?」

「がほぁ…」

捉えられた、一瞬の隙を突かれ防御も回避もする間もなく顔面に一撃、拳を入れられ 一瞬意識が飛んで…

「隙ありというやつかな?『アポロンクシフォス』!」

続くように放たれる光線、手をこれでもかってくらい開き 夜闇を切り裂く眩い光は、物理的に破壊力を持ってエリスに襲いかかり、爆破する

「ぐぅぁぁぁぁぁぁっ!?」

吹き飛ばされる、惨たらしい黒煙を放ち 乱打戦に敗れたエリスは無様に宙を舞う…そして

「まだ終わらないだろ!エリス!あはははは!!」

夜空から現れたレーシュは…その跳躍の勢いのままゲタゲタと笑いながら撃ち落とすように蹴りを加え、今度はエリスを地面へと叩きつけ 縫い付けるようにその上に着地する

嗚呼…くそ、そうだ、こいつは魔力覚醒を使わなくたって強いんだ、そもそも魔力覚醒を封じたってエリスは勝ち目が薄いんだ

だけど

「このっ!」

「おお?、どうするんだい?どうするんだい?」

エリスの上に着地するレーシュの足に組み付き、大きく息を吸い…

「『若雷招』ッッ!!!」

刹那、詠唱と共に迸る白い電撃、放つは若雷招 物に通電させ相手を感電させる魔術、通常は地面や壁などを媒介させ相手を傷つける魔術、それを相手にくみつき直接流し込む 絶雷の猛威を!

「あがががががが…は…あははははははは!君は技が尽きないねぇっ!」

「くっ!」

効かない 最早この程度では止まることもない、電撃に包まれながらも平然と笑い剰え感電して動かないはずの足を動かし、さっきの踏み込みをエリスに向け

「あっはははーっ!!」 

「ぐっ…ごはっ」

振り下ろされる、エリスの下の大地は割れ 砕け この体は深くめり込み、手は レーシュを掴む手は、するりと落ちて力が抜ける

「くふふふ、さぁ 次は何をしてくれる?どうやって私に君の心を語り聞かせてくれる?」

「う…うう…」

口から血を滴らせるエリスの体がふわりと宙へ浮かび上がる、レーシュが胸ぐらを掴んで持ち上げているんだ、くそ…抵抗出来ない、手足がブラブラ垂れるばかりだ

どうしてくれるって、どうすりゃいいんだ…

火雷招は効かなかった、黒雷招もダメ 鳴雷招もダメ…咲雷招も効かない 土雷招は当たるわけない、若雷招はこの通り…

エリスが使える強力な武器である八つの雷招のうち六つ使ってもこの通りこいつはピンピンしてる、剰えだんだん耐性さえ得ている

あと試してないのは伏雷招と大雷招だけ…、伏雷招はこの近距離戦には向いてないし よしんば当てても火雷招と同程度の威力しかない以上効果は望めない

じゃあ…使うか?大雷招を、八つの雷招の中で最強最大の威力を持つあの大技なら 或いはこいつの顔色も変えられるかもしれない、だがそれでダメならもう後がなくなる、あれは今のエリスには反動が大きすぎ まだ使い熟せていないんだ

ましてや、あの奥の手…『エリス最強の極大魔術』の使用なんか論外…でも、もう手札がない…

「ん?もう限界かな?エリスー?起きてるかーい?寝るには早いよー?」

「寝て…ませんよ、考えているんです、貴方が 許容出来ない程の痛みを与える方法を」

「おぉっ!、それは素晴らしい!一体何をしてくれるんだろう…、嗚呼 考えるだけで穴という穴から感涙が吹き出しそうだよ!」

「なら一緒に、…血も吹いてくださいよ!ひび割れ叩き 空を裂き 下される裁き、この手の先に齎される剛天の一撃よ、その一切を許さず与え衝き砕き終わらせよ全てを…『震天 阿良波々岐』」」

動かない体 血の泡を吐く口を動かし魔術を発動させる、手を前へ突き出し 作り出す魔術は『震天 阿良波々岐』、虚空を揺らし振動させ 目の前の相手を叩き砕く魔術

人間なんて言ってしまえば血という水が大量に入った袋でしかない、それを叩いて揺らせば内臓は歪み その苦痛は耐え難い物の筈

「ぐぅっ…これは、効くねぇ!」

そのあまりの衝撃に顔を歪め蹌踉めき、エリスの胸ぐらから手を離す、よし 効いた!やっぱ無敵ではないか、いやいや なら 攻めるか!怒涛の勢いで!

「レーシュ!貴方が傷を受け入れるというのなら!、望み通りにしてあげましょう!」

「はは!、嬉しいね!」

大雷招は温存する、これは最後の手段だ 負ける前のすかしっぺに取っておく、だから 今はエリスの手の中にある全てをこいつにぶつける!

「起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り…体現せよ『眩耀灼炎火法』!!」

続けざまに生み出すのは紅蓮の火炎、地を舐めるように生み出される炎の津波は瞬く間に周囲の瓦礫を焼き 降り注ぐ雪さえ溶かし レーシュに襲いかかる

「はっ!、いいねぇ…だけど炎は効かないなぁ!!!」

伊達に炎使いのアグニスとイグニスを従えていない、炎を恐れる事も厭う事もしない、レーシュは大きく右手を振りかぶると共に、ただの裏拳で炎に大穴を開け、刹那の間に突っ込んでくる

「っ!『旋風圏跳』!」

極限集中を全開にし 跳躍詠唱にて跳ぶ、回避する レーシュの飛び蹴りを、圧倒的な身体能力を持つレーシュの飛び蹴りは炎の穴を飛び越え ほんの一瞬前までエリスがいた空間に蹴りが突き刺さり 大地がひっくり返る、デタラメな威力だ アレで素だってんだから 驚きだよ!

「まだまだ、水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』」

レーシュの頭上へと飛び上がりながら詠唱を言い放てば、虚空に生まれるのは巨大な水の塊、巨大な水塊は重力に従い、そのままレーシュの頭の上に落ち

「おお、これは……ーーーー」

爆裂する、レーシュの元に落ちた湖一個分にさえ勝る水量は、ただ落下するだけで絶対な威力となり 如何なる物も押し潰す、その圧力に辛うじて残っていた廃墟は潰れ 瓦礫は洗い流され、エリスの炎もまた消える、しかし

「ブッハーーーー!だがダメだねエリスゥ!、これじゃあ苦しいだけで傷一つつかないよ!」

水が流れ去ったそこに唯一残る不敗の太陽、びしょ濡れになりながらも狂気に笑い エリスを見上げる、分かってるよ!エリスだってこの魔術だけで貴方を倒せるとは思ってません!だから!

「我が吐息は凍露齎し、輝ける氷礫は命すらも凍み氷る『氷々白息』!!」

「お?なにそれ…ああ、なるほど 冷気か、そうくるか」

こうくるよ!、濡れた体濡れた大地、おまけにこの寒冷なる気候にエリスの冷気!、合わさればなにが起こるかなど明白、奴がいくら頑丈でも凍らせてしまえば無防備!、血も凍る寒さの中で奴もまた無力!な筈!

事実エリスの吹雪を受けたレーシュは動きづらそうにパキパキと体に氷柱を作り出し、その身が氷に包まれる、止まった!奴の動きが!

なら、決められる!大技を!

「合体魔術…!」

飛ぶ、凍り止まるレーシュに向けて一直線に、使うは合体魔術

掛け合わせるのは旋風圏跳と、煌王火雷招…!、二つを掛け合わせ生まれるのは!

「名付けて!『旋風 雷炎爆脚』!」

一閃 夜に閉ざされるアルシャラの街に、一筋の光明が差す、それはか細い糸のような光の線、その光が地面へと垂れるように落ちていき…そして


揺れる、アルシャラ全体が、轟く 爆音が、レーシュによってめちゃくちゃにされた大地が更に砕けエリスの雷と風を纏った蹴りが爆裂し全てが破壊の光に包まれ消えていく……



「はぁ…はぁ…!」

盛り上がった大地から土煙と石が融解した黒煙が漂う爆心地の中、エリスは息を吐く…、怒涛の連撃 あそこまで連続して魔術を使いまくったことはない、あれ程の連続行使に耐えられるだけの体になったのは最近だしな

今の一撃は間違いなく直撃した…、生半可な一撃ではなかった、古式魔術三連発に加え決め技級の合体魔術まで使ったんだ、あれ以上の攻勢を仕掛けようとすると、ちょっと苦労する…

…けどまぁ、まだ動くだろうな あいつは、だって

「まだ動きますか、レーシュ」

「素晴らしいねエリス、今の連携は君の切り札かな 、あれを食らっては他の幹部達では一溜まりも無いだろう、うん 実に素晴らしい」

コツコツと砕けた大地の中 土埃と黒煙の中を悠然と歩く人影…レーシュが微笑みながら現れる

「素晴らしい攻撃だった、この私が敗北を意識したのは生まれて初めて、死を覚悟したのは三度目だよ」

「の割には元気そうですね」

「そうでもないさ」

現れたレーシュは確かに傷だらけだ、特にエリスの今の一撃を食らった胸部分は黒く焼け焦げている、生きているのが不思議なくらいなのに、不思議なくらい奴からは生命力を感じる、生き生きしている

「今にも倒れそうだ、けど こんな楽しい時間を寝落ちで終わらせるなんて勿体ないだろ?…、こんなに私に君を感じさせてくれる 君はこんなにも私を感じてくれる、楽しいよ エリス、愛している」

「エリスは嫌いです」

「ははは、でも なんと言ってももう君の中に私がいる、君が生きる限り私は永遠だ、私がいる限り君は永遠だ、二人で永遠を体現ようじゃないか!」

相変わらず狂ってるな、でも 忘れて欲しくないから他人を傷つけるか、行き過ぎだがその気持ちは分からないでもない

忘れられ 無かった事にされるのは辛い、身悶えするほどに、だからそういう風に狂うのは 実はちょっと分かる

けど、けどね…レーシュ

「この世に永遠はありませんよ」

「……なに?」

「どんなものにも終わりは訪れます、貴方がどれだけ忘却と言う名の終わりを恐れても、終わります 全て、いつかは終わるんです」

「受け入れられないなぁ、例えどれだけ時が跨ろうとも 私と言う存在をこの世界に刻みつければ私と言う存在は永遠に…」

「なりません、永遠にこの世に残り続けることはありません、どれだけ長く貴方と言う存在が語り継がれても、いつかは誰もが忘れます 忘れられます、それは 避けようがありません」

「…君は、怖くないのかい?忘れられて 独りぼっちになるのがさ」

「そりゃ嫌ですよ、けど…永遠はない と言うことは、永遠に一人で居続ける なんてことはないんです、触れ合いにも終わりが来るように 孤独にも終わりは来ます、例え一人になっても その日を信じて歩み続ける限り 人は絶対に一人になることはないんです!」

「一人に…永遠に、なら…なら何故私は今こんなにも寂しいんだ!君は私を受け入れてくれないのかい!?なら誰が私を受け入れてくれる!誰が私を孤独から救ってくれる!、誰も彼もが私を遠ざけると言うのに!何故…どうやったら!」

「それを探すために前へ進むんです、今の貴方はその場に留まり他人の足を引っ張る事で存在証明しているに過ぎません」

「………………」

エリスの言葉を受けて、レーシュは手で顔を覆う、師匠はよく言う この世に永遠はないと

いつかこの時にも終わりは来る いつか物も壊れ消える、永遠はない どんなものにも、この世は常に移り変わる、どんな存在も等しく終わる

それはエリスもレーシュも魔女も師匠も、シリウスも変わらない…どれだけ長く存在しても、いつかは終わる 終わるからこそ、今を大切に生きるんだ

ありきたりだが、これがエリスの答えだ

それを受け レーシュは静かに笑い

「く…ふふふ、あはは そっか、それが君が 旅の中で見つけた答えなんだね、若いのにしっかりとした解答を持ってるなんて、凄いね 君は」

「…………」

「でも、ごめんよ それは私も同じなんだ、これが私の答えなんだよ、これが私の生き方なんだ、それは例え誰であっても捻じ曲げられない、君でも魔女でも私でもね」

そう語るレーシュの目は何よりも確たるもので、一片の曇りもなく 信じていた、己の決断と生き方を、そこに迷いはない だから彼女は戦っていられる、その決意はある意味ナリアさんの決意にも似て そして上回る物だ

ああ、そうか…この人はこの人なりに生きているのか、だとするなら 否定するのは、野暮なのかなぁ なんてレーシュの威圧に気圧されて、思ってしまう

「さて、エリス そろそろいいだろ?遊びはこれくらいにしてさ、そろそろ本題に入ろうよ」

その言葉と共にレーシルは構え魔力を隆起させる、そうかエリスの時間稼ぎもここまでか、まぁどの道主導権は彼女にあるし、使用を完全に封じてたわけじゃない…

なら、仕方ないか

「分かりました、貴方の語り…聞いてあげます、それが貴方の選んだ道というのなら、それを見届けた上で エリスは貴方を超えていきます」

「嬉しいね、君が敵で本当に良かった…じゃあエリス、私達の最後の語らいと行こう、君が私の永遠を否定し超えていくか、私が君を壊し 君を永遠にするか、…決めようか、この 問答で!!」

「望むところ!!!」

レーシュの魔力が外へ溢れ出て 次いで中へ、魂の中へと収められ、変化していく 肉体が、それに合わせるようにエリスもまた発動させる、隠していた奥の手…第二段階

「魔力…」

「…覚醒ッ!」

合わせ発動するは二つの覚醒、周囲に霧のように闇が立ち込めて夜の闇以上に暗くなる、そんな暗黒の只中にバチバチと煌めく閃光が漂う

「『ゼナ・デュナミス』!」

「『エクリプス・インヴィクトゥス』…」

溢れる魔力が周囲を支配し、二つの威圧がぶつかり合い大気が揺れる、二つの魔力覚醒のぶつかり合い その異常な戦いは自然の法則さえ歪めてしまう

レーシュは闇と一体化し 髪も目も黒く 漆黒に染まりその手足を闇の中へとどっぷりと漬ける、対するエリスは記憶の閃光をより一層強く煌めかせ レーシュと 闇の世界と相対する

「あはははは、私の声を聞いてくれよエリス 私を忘れないでくれよエリス、私も君を忘れないからさ」

「結構です、貴方とはここで決着をつけますから」

血の滲む手を握り、今 エリスとレーシュの戦いは、最終章を迎える さぁ、後は持久力勝負だ!、保ってくれよエリスの体!命!、ナリアさんの夢とヘレナさんの命を守る為に!!この国の秩序の為にも!

「ああ、そうかい!出来るといいね!」

「やりますとも!」

刹那放たれるのは闇の槍衾、レーシュが手を一つ払うだけで闇は形を作り鋭く鋭利な質量を持ち攻撃してくるのだ、魔力覚醒を行ったレーシュにとって この夜闇の世界はまさしく全てが武器であり盾 どこからでもどのようにでも攻撃できるのだ

「追憶…『神風縮地』!」

雨のように放たれる槍達を前に、動く…まるで始点から終点までの過程が消えてしまったような、そんな錯覚さえ覚えるほどの速度で右へ左へ場所を選ばず槍を回避する

「おや、前回より魔力覚醒の精密度が上がっている、凄いね 物の1ヶ月でそこまで高めることが出来るなんて、魔女の指導ってのは凄いんだね」

四方から同時にレーシュの声がする、何処にいる 何処かくる、いや こいつは基本的に…

「後ろ!!」

「ははっ!、バレてしまったねぇ」

後ろに向けて蹴りを放てば今にもエリスに掴みかかろうとしていたレーシュの姿が闇へと消える、おっかないやつだ

レーシュは闇の中にいる限り無敵だ、相手の前だろうが後ろだろうが彼方だろうが目前だろうが好きに それも一瞬で移動出来る、こんなの勝負になるわけない

だから

「ッ!!」

「おや、何処にいくんだいエリス」

移動する、上へ上へともかく上へ、エリスの背後に数百もの闇の手が殺到するがそれさえも避けて上へ

まだ破壊されていない区画の街の屋根へと着地して一息つく、屋根の上ならまだ月明かりもある、さっきよりは幾分マシだろう…まぁ、奴のフィールドであることに変わりはないが

「んん?、そこでやるのかい?いいよ やろうか」

「ん?」

すると今度は下からレーシュの声がする、何を企んでいると下に目を向ければ なんと街の通りを見たさんばかりの黒々しい闇が 洪水のように屋根の高さギリギリまで溢れているではないか

ってこれ、どこまで広がって…いや、そうじゃない!今は…

「ここにいたらマズイか!」

「あはははは!!!、分かってるだろう?この闇の世界にある限り私は無敵だと!」

その声と共に通りに溢れた闇が爆裂し巨大な顎門を幾つも形作ると共に付近の家々を噛み砕き潰していく、当然 エリスが立っていた場所も胡桃のように闇の顎門に噛み潰され闇の中へと消えていく

それを事前に察し飛び上がり別の屋根に移っていたが…、ダメだな こんなの逃げたうちにも回避したうちにも入らない、エリスが立っている場所に次々と顎門が現れ 飲み込んでいく

「くそ!、街全部食べる気ですか!」

「私は君が欲しいだけだよ、さぁ もっと全力で逃げておくれ」

どっちだよ!、クソ…早く止めないと、でもまだレーシュは倒せない、倒せる時間じゃない、奴が無防備になるその一瞬…その瞬間までエリスは全力で逃げ回らないといけないんだ

「レーシュ!エリスはここですよ!」

このままじゃ街全部がこいつの闇に飲まれてしまう、いくらこいつを倒してもそれじゃあ被害が大きすぎる、だから 今はとにかく上へ上へ飛び上がる、夜の闇が支配する夜空へと

「ああ、そこかエリス」

「なっ!!」

あんなに早く飛んでいたと言うのに、瞬き一つする間にレーシュは飛び上がるエリスの目の前で闇を纏い浮いている、分かっちゃいたけど 速すぎる、逃げられるのか こいつから!

「はは!、『影羅神刹』」

「ぐぅっ!?」

まるで風船のようにレーシュの目の前で闇が膨れ上がり、強い…それこそ岩も砕くような衝撃波を伴って爆裂する、凄まじい威力の割に放つまでのラグが皆無だった!

出が早く 範囲が広く そして高火力なんて反則みたいな技いきなり出されて対応できるわけも無く、エリスの体はあえなく叩き落される羽虫の如くレーシュによって地面へと落とされる

(マズい…下には)

そう、下には何がある さっき見ただろう、闇の海だ、何もかもを飲み込み噛み砕く魍魎の原…、そんな所に落ちたら一溜まりもない、くるりと空中で風を纏い旋回すると共に 急停止、闇に飲まれる寸前でなんとか止まり…そして逃げる

「くっ!ぅぉおおおおおおおお!!!」

雄叫びをあげ全力で、闇が津波となりこちらに大挙しているのを見たから、ただただ圧倒的な手札の数と範囲の広さに手も足も出ない、なんとか風に乗り闇の海 その上を滑空するように飛び交い湧き出てくる顎門や津波を回避し続け 闇から逃げ回る

「人は、太古のその時より 闇を恐れてきた、闇の中にあっては人は恐れ 、暗黒を遠ざけ続けてきた」

レーシュの声が響く、あるいはエリスの耳元か あるいは遥か彼方か、声の出所さえ掴めない不可思議な音が、闇の猛攻から逃げ回るエリスに響く

「光は善で、闇は悪 そんなの誰が決めたのか、光も闇もただ事象に過ぎない、そこに意思や悪意はなく、ただただそう在るだけなのに」

闇の槍が降り注ぎ 下からは漆黒の腕がエリスを掴もうと殺到する、エリスを覆い隠し噛み潰そうとする闇の顎門を蹴り穿ち、ただただ飛び交う

「私もそうさエリス、私はこう言う存在なのさ、他の誰でもない 君にだけは理解して欲しい、だからこうして私は君を傷つけている」

形を持たないはずの闇が刃となり槌となり牙となり爪となり、エリスの体を傷つけていく…、痛みを堪えそれでも動く、諦めたら何もかもが台無しになるから

「ああ、愛おしいよエリス、君は傷つくことを恐れない、君こそ私が探していた理解者だ、傷を恐れ痛みから逃げる人間では私の気持ちを受け止めてくれないからね…、君は本当に聞き上手だ」

「やっかましいですよさっきから!、大体なんですか!闇がそう在るのは仕方ないこと!だけど貴方がそうなったのは貴方自身の問題でしょう!同一にしちゃいけませんよ!」

「おお、確かにその通りだ、私は望んでこうなった 始まりやきっかけはどうあれ、私は傷つくことも傷つけることも心底楽しんでいるからね」

「相手を思いやる口ぶりをしながら相手の痛みを勘定に入れてない時点で、貴方は十分身勝手ですよ!」

「君は弁が達者だな、口じゃ勝てない どうしよう、ああ そうだ、私は口よりもこっちで伝える方が得意だったな」

そう言うなりエリスの進行方向にヌルリと現れるのは 闇となったレーシュだ、輪郭は曖昧でともすれば闇が見せた幻のようにも見えるそれは、確かに今 エリスに向かって牙を剥き

「『暗転・明滅の斬雨』」

闇が固まる、幾つもの鏃となって 形を作る、その数は千か万か、数え切れないって点じゃ同じか

「エリス、私を忘れないでくれ」

「ッッ!?ぐぅぅっっ!?」

咄嗟に前方に壁を作る、雷と炎を展開し大楯を作り出し、降り注ぐ闇の掃射を防…ぐのは無理か、エリスの作り出した壁があまりの猛攻に瞬く間にヒビが入る

あんなもん食らったらと考えるだに恐ろしい、すぐに反転して…

「エリス…」

「ゲッ!?」

反転して後ろに逃げようとすると、既にそこにはレーシュが闇から顔を出して待っていて…

「ぐっ!?」

捉 捕らえられる、、丸太のように巨大な闇の腕を作り出しこの体を掴み捕える

「受け取っておくれ…私の愛を…」

「は…離して…ください!」

「嫌だ、もう離さない…『闇界 暗獄の狩籠』」

腕はそのまま エリスを足元の闇の海へと沈めていく、いくらエリスが踠いても この体は既に闇に囚われており、そのまま…暗き 水底へと、沈めりれていく…

レーシュの中へと、深く 深く




「……………………ぁーーー」

気がつくと、そこには何も無かった、何も見え無かった、レーシュの作り出した闇の海 その中に沈められてしまったのだ、ここに光はない…

「……っっ…」

痛い、まるでガラスの破片で作られた海に突っ込まれたように全身に激痛が走る、痛い 痛い 痛い

意識の全てが激痛に染まる、頭が真っ白になるくらい痛い、何をどうされているのか分からないけれど、少なくとも ここがこの世の地獄で在ることは容易に分かる

「………………」

…体につけられた傷から、闇が染み込む レーシュの一部が…いや違うな、これは レーシュの気持ちというやつか

アイツは自分につけられた傷 与えられた痛みからエリスの心を読み取っていた、非常に気持ちの悪い話だが、同一の現象がエリスにも起こっている、いや無理矢理感じさせられているのか

…痛みという単純無比な信号の中に、雑音にも似た声が聞こえる…、傷と苦しみがエリスに意思となって伝わってくる

これはなんだ…これは…

(恐ろしい…恐ろしい…)

恐怖?、恐れているのか…レーシュは…、何を恐れているのか、激しい痛みの中 エリスの感覚が冴えていく

(恐ろしい…一人は嫌だ、一人は嫌だ)

さっき言ってた奴だな、彼女は一人を恐れるあまり 誰かに対して自分を刻みつけずにまでいられない、誰かを常に感じていないと孤独感でおかしくなる

どんな攻撃にも強いレーシュだが、ただ一つ弱点があるとするなら 奴は異常なまでの寂しがり屋ってことだな

(忘れて欲しくない 忘れて欲しくない、一人でもいい 永遠に私を覚えていてくれる人がいればそれでいい、でもいない 何処にも…何処にも、嗚呼 寂しい)

ひたすらに恐れと寂しさが伝わってきて、エリスまで怖くなってくる エリスまで寂しくなってくる

………………そうか、…うん そうだな、レーシュという人間は欲しがり過ぎた、救いを求めるあまり救いを遠ざけた、彼女はまさしく闇そのものだ、光を求めているのに 絶対に光に近づけない

悲しい性質といえばそうだが、まぁ こいつの場合はそこに趣味と趣向も加わってるから、一概にどうとは言えないが

「エリス、私を感じてくれているかい?」

「レー…シュ」

突き刺すような痛みの中、闇を引き裂いて顔が現れる レーシュの顔だ、その顔は嬉しそうに笑っているようにも、悲しくて歪んでいるようにも見える

「寂しがり屋なんですね…貴方は」

「ああ!、ようやく伝わった…、嬉しいよエリス」

「エリスはあんまり嬉しくないです」

「そうかい?、理解者を得られるというのは得難い快感だ、…私はそのためにアルカナに入ったわけだからね」

「人を傷つけ…傷つけるために?」

「そうさ…、だがそれももう終わりだ、私は君を 理解者を手に入れるために、アルカナで活動してたわけだしね」

そういうなり彼女はエリスの体を深く抱きしめ 抱き寄せ、抱擁する

「アグニスもイグニスも可愛い部下だが私を理解はしてくれない、シンもコフもタヴも私を認めてはくれるが理解はしてくれない、彼の方も私のあり方を見てくれるが…理解は絶対してくれない」

みんなみんな私の傷を受けても 恐れるか怒るばかりで、決して感情を返してこない、君だけだ私を恐れないのは とその頭を撫でて微笑む

「私は君と出会うために生まれてきた、君こそ私の永遠だ、…だから 君を永遠にする、君をここで殺して 私の中で永遠にする、そうすれば永遠のなった君の中で私は永遠になる!」

なんだその理屈は…、結局殺すんじゃないか 結局傷つけるんじゃないか、そうやって手に入れても貴方は傷つけ壊してしまう、だからいつまでも一人なんじゃないのか

「…どうして」

「ん?なんだいエリス」

「どうして貴方は、そうやって人を抱き寄せることも撫でて慈しむことも出来るのに、傷つけ壊す方に行ってしまうんですか」

「…え?」

「人の心と記憶に残るものは、傷や痛みだけじゃありません、他人に自分の意思を伝えるのは 苦しみや破壊だけではありません、ここの国にいる人たちは言葉ではなく 痛みではなく、芸術の感動で人の心に残り その名を死後も伝えているんです…、貴方にならそんな道が…もっと別の道があったでしょう」

「…感動…?、感動で人の心に残るのかい?芸術で私の意思が伝わるのかい?とてもそうとは…」

「なら、一度目にしてみるといいでしょう そして思い知ればいい…、芸術の真なる美しさの前では、如何なる痛みも苦しみも霞消え去る事を」

「詭弁だな、私には命乞いにしか聞こえないよ…!」

ああそうか、そうですか…貴方はやはり、何処か根っこの部分で どうしようもないくらい歪んでいるんだろう

だから貴方にとって万物は破壊の対象にしかなり得ない、自己を中心に世界で暴れ回るそれは 決して許容出来るものじゃありません、例えどれだけ悲しくても寂しくても、破壊と攻撃という最も安易な道を選び傾倒した そこで貴方の意思は潰えてしまっているんです

そこをまず、思い知らせねばなるまい!

「さぁ、私の中で…永遠に…」

「追憶…!」

故に、倒す ここでレーシュは倒す!、何が何でも倒す!、歪み狂いその果てに他を傷つけ凡ゆる物を破壊するレーシュはもう、取り返しのつかないところまで行ってしまっているんだから!

「『金鳥明束刃』!!」

放つ、光を エリスの持つ光の魔術を記憶から呼び出し、ありったけの力を込めて 光を放つ、エリスを包む闇を レーシュを払いのけるように全身から光を放ち

「ぐっ!?これは 光!?、だが無意味だ!その程度の光では私の闇は払いきれない!」

「ええそうでしょうとも!、ですけど!これなら!」

この闇の海を抜けられる!、事実エリスを包む闇は消え去り天には夜空が見える、光で闇に穴を開け 天へと駆け上がる

「エリスゥゥゥゥ!!!!逃げるな!逃げるなぁ!」

鬼のような声をあげ追いすがるレーシュを振り切り、近くの屋根へと降り立つ…

月の角度、あれから経った時間、…そろそろだ そろそろ始まる、アレが!、だとすると後は時間との戦いだ

アレに間に合わせなければ、レーシュを倒す手立てがなくなる、この怪物を止めることが 永遠に出来なくなる!

「エリスッッ!!」

「レーシュ…」

闇を纏い 飛び上がり、エリスの目の前に降り立つレーシュ、その目は爛々と輝き 狂気と殺意に満ちている

「私を否定しないでくれ、私から逃げないでくれ!私を忘れないでくれエリス!、私を一人にしないでくれ!エリスぅっ!」

「そんなに忘れられるのが怖いですか、孤独を恐れるあまり他を傷つけ遠ざけ そして孤独になった貴方が、孤独を恐れますか…」

「何をいうか!、エリス 私は分かるぞ、君は今まで大勢の人間を傷つけてきたろう!戦って倒してきたろう!、傷つけることが罪深いというのなら 君も同じじゃないか!!」

「でしょうね、でも 悪いですけどエリス、貴方みたいに遊び半分で戦ったことなど一度もありません、ふざけた気持ちで傷つけたことなど一度もありません、つけた傷を絆だと言い張る事も 壊して相互理解だなどと口にした事もありません、罪深いからこそ罪を背負ってでも前へ進んでいるんです」

傷つける理由があったら傷つけていいか といえばそうじゃない、そうじゃないと知りながらもエリスは傷つける、どうしても守りたいものがあるから 何をしてでも守り通したいものがあるから

その行いが罪として、いつか裁かれるとしても、エリスは進み続けます、例え断罪されるその時でさえ 正しかったと胸を張れる、そんな選択を常に選んでいるつもりです

「つけた傷が相手との絆?確かに戦いの中で絆が育まれることはあります、けど 貴方のように押し付け一方的につけるものとエリスが今まで友と育んできた友情は違います、そこだけは胸を張って言えます」

「つまり…私のやってることは間違いだと?」

「ええ、貴方のそれは対話ではない、…分かりませんか?貴方は対等に傷つけ合うという体裁で戦ってますが、その実全く対等ではない、圧倒的優位から弱者を踏みつけ 貴方の理屈と性的倒錯に付き合わせているに過ぎません、エリスはこれを浅ましいという言葉以外で表現出来ません!」

「そうかそうか…どこまでも私を拒絶するか、…そうか…そうか傷つくなぁっ!」

レーシュは激怒する、どこまでもいつまでも拒絶するエリスに対して、牙を剥く 狂気的な牙を剥く、レーシュは互いに傷つけ合えば対等だと思ってるらしいが、実際はそんなことは全くない

レーシュは気がついていないのか?、お前は今の今まで 一度たりとも相手と同じ土俵で勝負していないことに、そんなもの対話とは呼ばない 一方的な意見の押し付けだ

「だったらどうする!私を裁くか!私を壊すか!君に出来るか!それが!」

腕を振るえば漆黒の爪が幾重にも飛び エリスの足元の瓦を叩き斬る、それを風とともに避けながら…見つめる、レーシュを

「ええ、何度だって言いましょう!エリスは貴方に勝って止めます、エリスはエリスの守りたい物のために!貴方を傷つけ 勝ってみせます!」

「じゃあやってみろよぉっ!私に対して!」

上等だと拳を構え、記憶の閃光を強めると共に二つの魔術を引き出し融合させる…

「追憶…!!」

構えた拳が黄金に輝き、迫り来る闇の斬撃へ向けて叩きつける、合わせた魔術は二つ…

『金鳥明束刃』と『煌王火雷招』を合わせた合体魔術、名付けて

「『光明来光拳』ッ!!」

炸裂する強い光、拳から放たれる眩い光は レーシュの暗黒の斬撃を振り払う…

光明来光拳、煌王火雷招のように拳を元に放たれる魔術、されど放たれるのは雷でも炎でもない、強い光だ 攻撃能力は皆無、だが…

「これなら、貴方の闇も効きません」

どこまでいっても闇は闇、光には敵わない、どれだけ強く闇を扱おうとも この光はエリスの剣となって艱難を払う、明確な対抗手段 エリスが用意できる最大限の抵抗、これを武器に…行く!

「くく…かかかか、そういうのをねぇ!小癪って言うんだ!いくら闇を払っても私にその拳が届かなければ無意味!、そんな弱い光でこの夜の闇全てを照らすなんて 出来るのかなぁ!」

「さぁ、試してみましょうか?レーシュ!」

「上等だよ!、君のその理屈!私に届くか 試してみろ!!!」

刹那、動き出す二つの影、闇を操るレーシュと光を手に武器とするエリスが、動き出し ぶつかり合う

「あははははははは!!!私は君と共に永遠になるんだ!もう誰からも忘れられない存在になるんだ!」

高速で夜のアルシャラを飛び回り交錯する、四方に瞬く間に移動し現れるレーシュを相手に、光の拳を振るい 打ち払い続ける

「はぁ!」

「無駄だ無駄!当たらないよ!」

レーシュに向けて光拳を振るっても、払われるのは闇だけ 闇と共にレーシュとは消え そしてまた別の場所に現れ闇の槍 爪を振るい猛然と飛びかかる

「私は無敵さ!今まで誰一人としてこの状態の私に傷をつける者はいなかった!、シンでさえ 魔力覚醒を行った私に傷をつけることはできなかったんだから!」

「確かに…、貴方その力は凄まじい、だけど 言いましたよね、永遠はない!貴方の不敗神話は今日ここで終わるんです!」

屋根から屋根へ飛び移り、二つの影が高速でぶつかり合う、闇の爪と光の拳 一進一退とも言える攻防を繰り広げる、いや レーシュの方が一手勝るか、相手は何しろ傷つく心配がないんだ、いくらだって無理に攻められる

このまま続けばエリスは負ける、スタミナ切れまた負ける、だけど!

「はぁぁぁぁ!!!」

「あはははははは!!!」

ぶつかり合うフリをして 激闘を繰り広げるフリをしてエリスは意図的に戦いの場を移動させ誘導している、着実に とあるポイントに

もう時間が無いんだ、頼むから間に合ってくれよ!!

「ん?、この方角は…誘導されている?、これは 広場…劇場の方か」

気づかれた…、そう エリスとレーシュは着実にこの街の中央 …広場に向かっている、今 エイト・ソーサラーズを決めるための劇をやっているあの広場だ

「はははっ!、何を考えているんだい!?!このまま私が広場にたどり着けば…殺すよ?全員!、ヘレナも街人もなにもかも 独りも残さず鏖殺するよ!!」

わかってる、エリスがこのままレーシュを止められなければ レーシュは再びこの街で引き起こす

かつて、アンヘルの悲劇と呼ばれたあの事件と同じように この街の住人を皆殺しにし、世界中の人間たちに恐怖を植え付け 自分という存在を世界に撒き散らそうとするだろう

それを止める為に!エリスは今 戦ってんだよ!!

「ぐっっ!!!」

レーシュの爪がエリスの頬と肩を切り裂く、ダメだ…押され始めた、だが もう引くわけにはいかない!

「ッッ!!」

飛ぶ、拳を解いて まっすぐに中央広場の上空へ、全速力で

「はっ、逃げるかい…残念だよ!エリス!」

そんなエリスを追うように、闇の中を泳ぎながらレーシュは追いすがる、このまま逃げたって追いつかれるのは分かりきってる、エリスは逃げたんじゃない、勝ちに行ったんだ

レーシュ、貴方の無敵を打ち破る為に!

『これにて!今日この日における最後の演目が終了し十五組の女優達が送る奇跡の時間は幕を閉じた!』

ヘレナさんの声が聞こえる、見れば舞台上に立ち 華々しい拍手と共に演説しているではないか、もう全ての劇が終わったか…、なら もう聖夜祭は終わりとなる

だが、その前に…!

「んん?、ははっ!丁度いい!そこにヘレナがいるじゃないか…なら、もういいよね この広場にいる全ての人間ごと!君を殺しても!」

舞台上空、夜空の闇の中 爪を振るい高速で飛びかかってくるレーシュを避け、エリスは待つ、最早抵抗の手段はない…!後は 耐え抜くだけ!

『エトワールの美とは 芸術とは、悠久の時を超え 我らに声を伝える運び手、今日この日の出来事もまた 皆さんの中で生き続け伝説となり、華々しく伝え聞かされることでしょう!』

ヘレナさんの演説を聞きながら宵闇の中、エリスとレーシュの激闘は続く、いや 無敵とも言える彼女の前だ、これは戦いではなく 一方的なものなのだろう…、事実エリスは今 高速で飛び交い爪を振るうレーシュだを相手に避けることしかできていない

「ははははは!君を殺し私は永遠に忘却から解放される!この街の人間全員を殺し、私の意思は世界に届けられる!、私はもう永遠に忘れられない 忘れ去れる事はない!、終わりだ…この苦しみももう終わりなんだ!」

最早我慢の限界とレーシュはその膨大な魔力を解放し 展開し、この街に広がる全ての闇を集め、まるで街に蓋をしたかのような真っ暗な闇が広がる

さっき作った闇の海を、ここで展開するつもりか!エリスごと 下にいる人間全員を殺す為に!

「あはははははは!終わりだ終わりだ!『遍闇黒縄 大地獄』!!」

『さぁ、これより新たな時代が始まる 新たな時代を作る八人の役者が生まれる、その前に祝おうではありませんか……』

レーシュが巨大な闇を作り出し 漆黒の巨人と化し 全てを飲み込もうとすると同時に、ヘレナさんが手を天に掲げ叫ぶ…この聖夜祭の終わりを告げる為に

これで、全てが終わりだと …告げるように

「みんなみんな!私を忘れないでくれぇぇぇぇぇえ!!!」

レーシュの叫びが木霊する、抗えない無敵の絶望と破壊、そして殺戮が全てを飲み込もうとした瞬間

『この、エトワール最大の芸術と共に!!!!』

ヘレナさんの声が 天を切り裂き、闇を超え夜空を超え 月まで届くほどに 反響する


……この時を、ずっと ずっと待っていた……



レーシュの魔力覚醒 『エクリプス・インヴィクトゥス』は無敵だ、自他共に認める無敵の力、あの帝国でさえ有効な打開策を見つけられぬまま レーシュはこの力で数多の傷と屍を作り上げてきた

闇がある限り無敵、いくら攻撃しても闇と一体化し 実態のないそれへと姿を変える、どうやったって指一本触れられない、まさしく無敵

ならどうすればいいか?、誰でも思いつくが 光を使えば闇は払える、だけど どうだ この夜が支配する世界の、全ての闇を払うことなんかできるのか?、いいや出来ない 誰にも出来ない、多分神様だって出来ない

それをよく分かっている、エリスもレーシュも…、無敵 無敵 無敵…故にこそレーシュは強くあれる

そんな彼女を倒す方法があるのか?…、勿論

ある!!!



「ッッッーーーーーー!?!?!?!?」

刹那…そう、それは何の前触れもなく現れた

一瞬で世界の色が変わる

一瞬で世界のあり方が変わる

一瞬で何もかもが変わる


轟く爆音と煌めく閃光…そう、究極とも言えるほどの光が辺りを包んだ

世界の闇が 全て消え去り、レーシュの身にまとわりついてきた闇のベールが、彼女を無敵の存在へ押し上げていたそれが、カケラも残さず消え去り 夜の世界は光に支配される

まるで、太陽が昇ったが如き明るさになり、レーシュの顔色もまた、変わる

「な な なぁっ!?こ こんな馬鹿なことが!?」

狼狽 力を失ったレーシュは眩い光の中踠き首を振るう、何が起きたんだ なぜこんなにも明るいんだと、もう お前を守るものはどこにもありませんよ…!

エリスはレーシュの打開策として発見したものがある、舞台の上では影はないんだ、それは多方向から光を照射することにより、影と闇が生まれる余地を消し去る というものだ

だがレーシュを舞台にあげてそこで倒す なんてのは到底無理、だが 方法はあった、この街を舞台の上と同じ状況にする方法が

「これは…花火かッ!?」

そうだ、花火だ ナリアさんが話していた エリスがレーシュと出会った日に見た大量の砲塔、ナリアさん曰く 聖夜祭の終わりに一斉に花火を打ち上げ、皆で盛大に祝うんだとか…

その花火がこの街から闇を奪った、ただの花火程度なら確かに闇を全て消すなんてことは出来ない、だが…

この王都アルシャラは綺麗な円形を描いている、その外周で隙間なく花火を打ち上げれば、必然 多方向からの光という舞台と同じ状況が出来上がり、この街は限定的ながら夜の世界から完全に切り離される

「まさか…エリスは、これを待って……」

差し詰め今この街は 闇から隔絶された状態にあると言ってもいい、何せ街の外周全部で花火を打ち上げ全方向から光が来ているんだ、何処にも穴がない…、光の鳥籠に囚われたレーシュがいくら魔力を覚醒しても、闇がなければ意味がない

闇がなければ、レーシュは無敵ではない…無敵でないなら、勝てる!!

「レーシュ!!」

「ッッッ!?、しまった!」

レーシュは漸く気がつく、全てが罠だったんだと

この花火がなんなのか  エリスが用意したものなのか、はたまた偶然なのか、そんなことは最早どうでもいい、問題はレーシュは今無防備であるということ

そう、無防備なんだ 闇がないだけじゃない、ここは空中 逃げ場がなければ足場もない、闇を泳いでここまで飛んできたレーシュはいきなり梯子を外される形になり 宙へ投げ出されている

上下左右前後あらゆる方向から光が来ている以上もうどうにもならない、花火に呆気を取られてワンアクション無駄にした、どうやっても何をやってもエリスの次の一撃は回避不可

なら防御するしかあるまい、防御を…それでその攻撃を防いで……

(防御?…私が、防御だって?、なんでそんなことするんだ 今からエリスは私を傷つけようとしているのに、傷を拒むのか 私が…、いいや違う)

違うんだとレーシュは目を見開く、ああ そうか、私は今恐れている、エリスでも今から与えられる痛みでも攻撃でもない

私は今 『敗北』を恐れているんだ、今 私は初めて敗北の匂いを濃厚に嗅いで浅ましくも逃げようとした、これじゃあまるで

「貴方の理屈は、所詮自分が負けないから という傲慢の上に成り立っていたんですよ!レーシュ!」

「えり…す」

重力に従い 体が落ち始める、心は既に地に落ちていた

自分は負けないから 自分はいざとなったらいつでも逃げられるから、自分は絶対に勝って生き残るから、そんな傲慢があったから私は傷を受け入れることが出来た 傷を受け入れ傷をつけ、恰も対等に語り合っている感覚を味わっていたんだ…

いざとなったら闇に紛れて逃げる癖に…、こんなの対等な語り合いではない、エリスのいうように 私のこれは…一方的な…暴力、あの魔獣達が私に振るったそれと同じ  …、自分の中の何かが 絶対的だと思っていた何かがガラガラと崩れていく

「そして貴方は驕り高ぶり、不敗ゆえに油断し遊び…、本気で戦うこともしなかった、本気で語り合ってるつもりで自己意識の押し付けを行なっていたんです!、故にこそ!貴方という名の太陽は今 この時!落陽を迎える!!」

刹那、花火の光を背にするエリスの体の底から魔力が溢れて爆発し、その身に雷と風 エリスを代表する二つの属性が渦巻き、その足へと集約していく…来る、来る!来る!エリスの最大の技が、エリスの全てが!私の望んだ 全てが……

「追憶…」

其れはエリスという少女が今の今まで蓄えてきた記憶の発露、エリス最大の一撃というより エリスそのものを攻撃に転換した、まさしく奥義 まさしく必殺…

「『旋風 雷響一脚』ッッッ!!!」

「エリス…エリスっ!!」

圧倒的な光彩の芸術と共にここで終わらせるという覚悟を秘めた彼女の目が輝く、そうか これが美なのか これが芸術なのか、なるほど…確かに 来るものがある






煌めく、花火が輝き光の世界となった王都アルシャラの夜空に一筋の流れ星が密かに光る…

エリスの全ての記憶を引き出し、放たれるエリスの全て これ以上ない極限の一撃、旋風 雷響一脚が無防備なレーシュの真芯を捉え蹴り抜く…

「ぅ…ぅぅぅぐぉぉおおおおおおおおお!?」

凄まじい衝撃と電流の中レーシュは叫ぶ 耐えるように堪えるように、一筋の雷となったエリスの必殺の飛び蹴りを受け、エリス共々王都アルシャラの彼方まで連れて行かれるように 、それこそ流星の如く吹き飛んでいく

とんでもない威力だとレーシュは口から血を吹きながら戦慄する、まさかこれほどの一撃を最後の最後まで隠し持っていたとは、ここまでの技がこの世に存在しようとは

重い、あまりに重い一撃、たった一人の人間が放たれているとは到底思えない一撃…、こんな痛みがあるのか こんな苦しみがあるのか!、今まで味わったそのどれよりも濃厚で鮮明!これが…これがエリスの全てなのか!!

「ぐ…うぐぅ…あがぁ…!!」

体を捩っても逃げられない、このままでは地面に叩きつけられる、私の胸を捉えるエリスの足を掴んで振りほどこうとしても、彼女の体から発せられる無数の魔術がそれをも阻む

詰んだ…終わりだ、私の負けだ…これが、敗北なのか…!

「ッッッ…」

その瞬間、この一撃の痛みを通して 伝わってくる、この傷を通じてエリスの全てが私の中に流れ込んでくる…、それはなによりも鮮明に レーシュの瞼に映り込んでくる

(これは、エリスの記憶か…?、この一撃はエリスの記憶を元に作られ その記憶を全て武器として放つ一撃なのか…嗚呼)

エリスの記憶をそのままぶつける魔術という性質上、レーシュにもエリスの経験した全ての記憶が鮮明に流れ込んでくる


暗い地獄で醜い豚男から暴力を振るわれる幼少期

女神のような魔女に、敬愛する師に出会い全てから救ってもらった喜び

初めて気持ちを共有出来る真なる友に出会った喜び

戦いの中 通じ合える 愛しき王子に出会った喜び

絶望の只中で輝く正義と手を取り合い進む喜び

学園の中 友と協力して強大な敵を打ち倒した喜び

夢を全てに生きる若き役者と共に雪の中を進む喜び

…そして、嗚呼 これは私か、君の視線から見る私が見える…君には私がこんなにもおそろまじく映っていたのか

(なんで鮮明な記憶だ、まさか 君は今まで出会った全てを一つも忘れずに生きてきたというのか、…信じがたいが 君には忘却というものが無いのか…)

忘却は恐ろしいものだとレーシュは信じていた、だがエリスは忘却出来ぬ事もまた事も恐ろしいと知っている、だがそれでも彼女は進み続けている…今まで出会った友も味方も敵も何もかもを抱えて 気高くも生きている

(…美しい、君は なんと美しいんだ…、やはり君は…私にとっての、救いだったんだ…)

この戦いを通じてエリスは私を記憶した、エリスは私を忘れない…私はもう、一人では…

「うぅぅぅ…あぁああああああああっっっっ!!!!!」

エリスが更に力を込める、残っている魔力全てを爆発させ更に推進力を増していく、一条の流れ星となってレーシュごと真っ直ぐ真っ直ぐ進み

進み 進み、やがて少女の信念と覚悟は 閃光となり、無敗の神話を誇る太陽さえも撃ち落とす


……………………………………………………………………

アルシャラ 東側の外壁、外と中を隔てる街の外周の壁が 突如として内側から崩され弾け飛ぶ、まるで大量の爆薬が壁の中で爆裂したような衝撃は壁を崩壊させる

何事かと外周で花火を打ち上げる為待機してていた王国の兵士たち一定に剣を抜く、何があった 何が起こった、その事態を正確に把握するために

…けど見えない、砂埃が激しすぎて 中に何か居るのは辛うじて見えるけれど


ああ、だんだん砂埃が晴れていき…中にいる人間の姿が見える…

立っているのは一人 金髪の少女 ただ一人、足元にプスプスと白煙を燻らせ 感電したように電気をその身から迸らせる、オレンジ色の長身の女が 白目を剥き倒れている…一体何があったのか

そんな兵士達の戦慄を差し置いてエリスは一人、少しでも体力を回復させるために激しく肩で呼吸していた

「はぁ…はぁ、はぁ…はぁ」

足元にはレーシュが倒れている、エリスの策が決まり 闇を取り払い無防備となったレーシュにエリス最大の一撃を叩き込んだんだ

旋風 雷響一脚…、これを叩き込み その上でエリスに残ってる全魔力も叩き込んだ、どうせこれで倒せなければレーシュはもう倒せない、なら 一撃必殺の覚悟で全てをぶつける必要があった

お陰で、魔力はもうすっからかん、体力だって気を抜いたらそのまま倒れそうなくらいだ、けど 立つ 立ち続ける、エリスは今 レーシュに勝ったのだから、勝った者の役目として 敗者を見下ろさねばならない

「はぁ…はぁ、分かりましたか…レーシュ、貴方の…過ち…ぜぇ ぜぇ」

ああダメだ、貧血で倒れそうだ…、ポーション飲まないと…ポーション、とよろよろとレーシュに背を向け立ち去ろうとした瞬間…

「どこへ、行くんだい エリス」

「ッッッ!?!?」

身の毛もよだつ声がする、安堵が一転 恐怖に裏返り、戦慄しながら振り返れば

…立ち上がっていた、レーシュが…あれほどのダメージを受けながらも、その二の足で

「嘘でしょ…、貴方どんだけタフなんですか」

「いやぁ、最高の一撃だったよ、まさしく君の全てを賭けた一撃…、私の芯に響いた」

やや項垂れ 怠そう足を引きずりこちらに歩み寄るレーシュを前に、エリスは動けない…、もう動くだけの体力がない

急いでポーションを飲んでも、もう魔力がない…魔力なしじゃこいつを倒せない…

そう思考を張り巡らせている間にレーシュはエリスの肩を掴み

「なんとも、心地いい…今まで受けた傷…、そのどれよりも心地いいのは 君がある意味真摯にだからだろうね、完敗だ」

「へ?…」

「安心しろよ、私はもう戦えない…君の勝ちだ、この人生 我が生涯で、初めて私を打ち負かした君に…賞賛を」

そう言いながらエリスの肩を抱き、そのままもたれかかるレーシュの体には最早なんの力も残っていなかった、これを言うためだけに 起き上がってきたのか…レーシュは

「貴方は、どこまでも突っ切っていますね」

「褒め言葉として受け取っておくよ…、私この人生で幾多の戦いに身を投じ、君の言う通り 一方的に多くの人間を傷つけきた、それは全て…私を忘れて欲しくないが故、だが…」

エリスから離れ その顔を見せる、エリスの顔を見る…その目を この目を、安らかでもう何も気にすることがない、そんな憑き物の落ちた視線をエリスに向けるレーシュは軽くはにかみ

「だがそれももう終わりだ、…君は忘れないんだろう?私を」

「…ええ、エリスは凡ゆる事を忘れません、貴方の行いも 貴方の戦い方も 力も 言動も、貴方自身も エリスと出会い貴方が見せた全てを、エリスは死するその時まで忘れないでしょう」

「なら…それで…い…い……」

グラリとレーシュの体が後ろへ傾き、そのまま静かに…太陽のレーシュは 大地に沈む、満ち満ちた顔で 救われた顔で

この人は多くの人を傷つけ多くのものを壊してきた、その罪は消えない 、だが…もうそんな事をする必要がなくなったのだろう、傷つけずとも 覚えてくれる人を見つけたから、彼女はもう それでいいのだ

「ぷはぁっ!…うっ!いたたぁ…」

今度こそ気が抜けて、危うくエリスも気絶するところだった…、早くポーション飲もう…レーシュと戦ってる最中飲む暇がなかったそれをポーチから取り出し 蓋を開けながら、踵を返す

「お おい!君!、これは…なんなんだ」

「ごきゅごきゅ…ん?」

ふと、後ろから声がかかる、兵士達だ エリス達のやり取りを観察していた周囲の兵士たちが なんなんだと混乱した様子で駆け寄ってくる…、ちょうどいい

「そこで倒れてるのが、今回ヘレナ姫の命を狙ってたやつの親玉ですよ、話は聞いてるでしょう?」

「こいつが…!?、だがヘレナ姫の話では帝国でさえ討伐不可と匙を投げた怪物だとか…」

「ええ、なので 逃げ出さないように強めに拘束してください、もう暴れることがないように…」

「君は一体何者なんだ!」

んぁ?エリスのこと知らない感じか?、まぁ別にエリスは王城じゃ有名な方じゃないし、当然か…

「エリスはエリスです、孤独の魔女の旅人で…クリストキントの役者ですよ」

「役者…?、あ おい!どこへ行くんだ!」

「戻るんですよ、劇場に…せめて、事の顛末だけで見届けないと」

ポーションで回復した体で目指すのは中央広場…、もう最終審査は終わった、もう戦いは終わった、ならあとは全ての結末を見届けるだけだ…

…ちゃんと、全部が守れたかな 、ナリアさんの夢も…守れたかな
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