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七章 閃光の魔女プロキオン
202.孤独の魔女と真打登場
しおりを挟む「ヴェッホッ…ゲホッ!ゴホッ!…、んな…バカな」
無人のアルシャラ、雪降る夜の街道、そのど真ん中で咳き込みながら大の字に倒れる女が一人、この寒い夜の真っ只中にありながら さっきまで川浴びをしていたかのような びしょ濡れの姿で…
「一丁あがり、相性もあったけど 呆気ないねぇ」
そんな女を眺めるはメガネの女…リーシャだ、クリストキント劇団の劇作家にしその正体を帝国が各地に送り出している監視員 リーシャ・セイレーン、それが目の前で倒れるイグニスを見て 一安心とばかりに懐からタバコを取り出し口に咥える
エリスちゃんを送り出してより十分とそこら、たったそれだけの時間でこの有様だ、イグニスも消耗していたとはいえアルカナの大幹部直属の部下、それがこうもあっけなく倒れ伏したのだ
「ふ…ざけんな、何だその魔術…卑怯だぞ」
「魔術に卑怯もクソもないんすよ、街を襲撃する悪党に言われたくないね」
思いの外早く終わったとリーシャは火のついていないタバコを口に イグニスから目を逸らす
さて、エリスちゃんはどうなったか、ちゃんと劇場に辿り着けたか、ルナアールの捕縛は上手くいったか、レーシュの退治は順調か、私としても非常に興味深い
帝国軍人としての私的にはレーシュにヘレナ姫を殺されるのはまずい、魔女大国のお姫様がアルカナに殺されました…は流石にまずい
劇作家としての私的にはルナアールに審査会をぶち壊されるのは避けたい、だってここまで頑張ってきたのに、いきなり現れたわけわからん存在になにもかもオシャカにされたんじゃたまらない
どちらにしてもエリスちゃんに頑張ってもらう他ない、私よりもずっと鋭く ずっと強い彼女を頼るより他ないのだ
「んー?、うぉ…」
ふと、劇場の方を見ていると 何やら遠くで巨大な爆発があり 夜空に白い柱が浮かび上がるのが見える、あれは…劇場の方?からは少し離れているが方角的にはそうだ、そこで大爆発…まさかもう向こうで戦闘が始まっているのか?
だとしたら急いでエリスちゃんに加勢を…いや、その前に劇場に向かって状況の整理と共有をした方が
「『イグニッションバースト』ッッ!!」
「おおっと、まだ動くかい、濡れた体に冷えた風 そしてこの雪…、低体温症で体もろくに動かんだろうに、良くやるよ」
背後から突如として飛んで来る豪炎、振り向きざまに紙一重に避ければ咥えたタバコの先に火がつき白煙が空へと立ち上る
立っている、イグニスが …あれだけやられてなお立てるとは、こいつ相当タフ…いや違うな、倒れられない理由があるのか
「わ…私…私は、アグ兄を信じて生きるって…決めたから、アグ兄が信じる誇りを私も信じるって決めたから、…だから…アグ兄が誇りのために戦う限り…私…負けられないから…」
「兄妹仲がいいね、だけどいくら動機が立派でも行動が伴ってなきゃ称賛はされない、あんたがやろうとしてるのは人を殺し物壊す暴挙、それもあんた達とは何の関係もない人達のね、そう言う無辜の人達押し退けて自分達の誇りがとか口にするんなら…、臍で茶が湧きますわ」
「うるせぇぇぇぇ!!!、知っった事か!私の世界にはアグ兄とレーシュ様さえいればいいんだよぉぉぉぁぁぁ!!!、すぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」
息を大きく吸い込むと共に体から吹き出る炎が勢いを増す、あれは逆流詠唱?まだ使い手が残ってたとは、いや アジメクの方にはまだ一定数いるんだったか
逆流詠唱で自分の魔力を全て炎に変換している、このまま自分の体ごと魔力暴走を起こし自爆でもする気か、私諸共消せればそれで良いって発想なのだとしたら、やはりこの女は根っからの殺戮者 …犯罪者だ
「しゃーねぇ、また使ってやりますよ…あーあ、これ タバコが湿気るから 、喫煙中は使いたくねぇんだけどな」
人差し指を立て片目を瞑り 相手との距離を測る、この空間の縮尺を測る、何がどこにあり どれだけの『空き』があり、どこまでが私の世界なのかを把握する、我が主 皇帝カノープスから授かった無二の魔術 それを十全に発揮するルーティン
それを行い、ふぅと煙を吐き出し…唱える
「『タイダルメリュジーヌ』」
雪の積もった大地から、徐々に水が湿り溢れて出て湧き水のように四方から噴き出て、瞬く間にイグニスとリーシャの二人が立つこの空間の大地が水に覆われ 踝が浸る程の水に侵略される
「ま…またか!」
「そーよまたよ、これこそ私が帝国で『人魚』なんて呼ばれてた所以…、私の得意技なんだわ」
帝国軍最強の師団とも名高き『第十師団』、かつてその師団にて名を馳せた女が居た、その名もリーシャ・セイレーン、帝国軍の指導を行う皇帝カノープスより 特別な魔術を授かった特記組の一人としても知られ、彼女の異名である人魚もまたそこから来る
彼女の使用する得意魔術 『タイダルメリュジーヌ』を代表するこの魔術体系、別名浸水魔術の名を持つこれの強さを知る者は皆こう呟く
『陸で最強は帝国軍人だ、だが空で最強は鷹であり森で最強は熊であり、水上で最強なのは人魚である』…と
「そら、危ないことはもうやめな」
「ぅぐっ!?」
床を覆うこの水 これは全てリーシャの魔力から生まれている、即ち 今ここら一体はリーシャの手の中とも言える、故にこうしてリーシャが軽く手を振るえば足元の水が形を変えイグニスを覆う、ただそれだけで炎は消え動きが縛られるのだ
「がばば…ごぼぼぼっ…」
「人魚伝説って知ってるかい、マレウスの方に伝わる伝説さ、なんでも上半分が人間で下半分が魚の人魚なる生命体がいるようだ、そんなオモシロ生物に例えられる理由…分かるかな」
人魚は歌で男を誘い出し、そして海に引きずり込んでしまう魔の存在、船乗りの間じゃ恐れられる伝説の一つ、リーシャの戦い方を見た人間がまるで人魚だと言ったのはその人を水に引きずり込む様を見てつけられたもの
浸水魔術…、魔力を水に変え辺り一帯に敷き詰める魔術、その空間占有能力の高さは水系魔術…いや全魔術の中から見ても類を抜いて高く、一度使用されれば相手は手の中でいたぶられる虫のように嬲り殺される
帝国魔術開発局によって作られた特記事項魔術のうちの一つ、魔術導皇からいずれも一級魔術認定を受けるそれは帝国軍によって厳重に保管されており、リーシャはその使い手として皇帝に見定められる程の実力を持つ…いや才能か?
「今度は立てないくらい、ボコボコで行くよ」
「ゴボボゴボッ…」
水の上をバシャバシャと歩きイグニスに肉薄する、されどイグニスには打てる手がない、何せその身全てを水の牢に閉じ込められているから、いくら速く拳を奮っても水の抵抗の前にそれは力と速度を失い、フワフワと水を漂う体は足をばたつかせてもその場から動けない
まさしく完璧な牢獄、このまま放っておいてもこいつは窒息死する、けど 流石に殺すつもりはないので、痛い目合わせるだけで済ませる
「ほらよ 『片翼水衝発破』」
ペンッ!とイグニスを閉じ込める水牢に軽いビンタを放つ、イグニスには届かない軽い張り手、しかしそれによって生まれた衝撃は水の中で反復し増幅し乱反射し暴れ狂い…爆裂する
「ごぼはぁっ!!」
爆裂する水の牢から叩き出され宙を舞うイグニス、彼女は近接で殴り合うという戦闘スタイルであるため 痛みに強くエリスに殴られても堪える事なく挑みかかれた…だが、今回は違う
先程の一撃は水に衝撃波を作らせるもの、人体も謂わば固形の水、その衝撃は体内にも届き爆裂するが如き痛みを与える、人が人である以上 堪え難い筈だよ…
「まだまだ行くぜい?」
「ぐぅう…」
力なく宙を舞うイグニス目掛け身を縮め飛び立つ、足元の水がぶわりと浮かび上がり一つの津波となり 自らの創造主に付き従う
水を従えながら宙をくるりと回るリーシャの姿は、キラキラと光る水飛沫と粉雪も相まってまさしく幻想の中の景色のようで、いつかの伝説に語られる人魚の如き麗しさを秘める
ただ一つ、違う点があるなら…リーシャは人魚そのものではない、苛烈にして壮烈なりし帝国の軍人、皇帝陛下の敵の一切を許容せぬ厳かな剣、それが彼女だ
「『ストームメロウ・ステップ』!」
引き連れた瀑布の如き激流をそのまま足に纏わせ、宙を舞うイグニスのさらにその上から、踏みつけるような蹴りを見舞う、ただの蹴りならイグニスは耐えるだろう、だが湖の水一つ分の質量の加わった一撃なら?それがまとめて牙を向けば?、大質量の水はただそれだけで破壊力を生み リーシャの敵を粉砕し 地面へと叩きつける
「げぶふぁっ!?」
人魚に尾ビレで叩かれたか、イグニスの体は水に弾き飛ばざれ地面に激突し 床を包む水の中に沈む…
「よっと、…いくらあんたが強くても、炎使いであるあんたじゃあ勝ち目はないのよ」
どれだけ炎が強くとも水には敵わない、意識を失ったイグニスを前に術を解けば、先程まで溢れていた水たちは嘘のように消え去り、後にはびしょ濡れになったイグニスだけが残る
復讐の炎は熱を失い、ぷすぷすと燻っている…ようやく終わりか
「さてと、んじゃあこいつふん縛ってエトワールに引き渡すとして、…ルナアールがどうなったか不安だな、劇場の方へ行けば会えるかな」
懐の奥から帝国製の魔封じの縄を取り出しイグニスを拘束、このままじゃ低体温症で死ぬので…ええと、まぁいいやその辺の家に放り込んで暖炉の前で寝かせよう、それを後で回収に来ればいいや
今はルナアールだ、レーシュも気になるが、あいつはきっとエリスちゃんがなんとかする、彼女に力を貸すと言ったがその決意の邪魔までする気は無い、なら私はルナアールの方に動くべきだ
イグニスを暖炉の前に置き、劇場の方へ走る もしルナアールが動き出していたらもう劇どころではない筈だ、ナリア君は残念だろうがルナアールに命を狙われる危険性がある以上、今回の劇は中止するべきだ
湿気ったタバコに火をつけ直しリーシャは走る 劇場へ
……しかし、懐かしいな こうやって戦って何かを守るために全力で走る、エトワールに来る前を思い出す
かつて帝国に居た頃、第十師団の一員として青春を謳歌した日々、怪我で負傷し戦線を離脱し それでも帝国の役に立ちたくて監視員になって…帝国去って、今の日々は楽しいが、やはり私にはこういう役回りの方が性に合ってる
小説家は楽しかったけど、所詮は仮の姿だ…私は今でも帝国軍の一員なんだ
この戦いが終わったら、また帝国の実家に帰るかな…、んでお母ちゃんに自慢してやろう、私の劇が大ヒットしたってな、その為にも うちの劇の主演もこの国も 守らなきゃな!
「……っと、ありゃ?なんだコリャ」
広場の劇場の方へ着いて、首をかしげる…そこには、未だ溢れる観客席と それを沸かせる舞台の劇が何事もなく繰り広げられているのだ、まるで何も起きていないかのように
ワァーワァーと上がる歓声を前にリーシャは呆気を食らう、なんだ?何も起こってないのか?、でもあの雪の柱…確実にこの街で事件が起き始めているのは確かだ、一体どういう状況なんだ
観客席の脇を通り、向かうは舞台裏…一応私も参加者の劇団の一人だから止められる事なく舞台裏に入り込むことができるからね
「ふぅーむ…うーむ」
輝かしい舞台の裏側、この聖夜祭の主催者側の努力が見える空間に移動してみて、なんとなくわかる…、やはり何かあったな
なんでわかるかって?、さっきからあちらこちらで忙しそうに動いている主催者側の人間全員、ただならぬ顔で動いているからだ
「何があったのやら…んぉ、あれは…ヘレナ様」
「む?貴方は確かクリストキントの劇作家さん?…」
ふと、目の前を通り過ぎる女性を見て声を上げる、ヘレナ姫だ この聖夜祭を成功させようと懸命に張り切っていた彼女もまた沈痛な顔をしている、やはりただならぬ何かがあったに違いない
なんて確信し、顎を撫でながら…
「あの、もうナリア君の出番って終わりました?」
「え?、…あの…え?、貴方はクリストキントの皆さんと一緒に行かなかったのですか?」
「ああ実は私は…ん?行かなかった?、ちょっと待ってください、クリストキントののみんなはどこに行ったんですか?」
「え ええ、実は…………」
………………………………………………………………
響く、金属音…それを耳にしてキュッと閉じていた目を開けるナリア、殺される ルナアールに追いつかれ殺されてしまう、命にかけてもエリス姫を守ると誓った少年は足を挫かれ 雪の中芋虫のように這いずる
そんな彼に降りかかったルナアールの剣が…金属音と共に止められたのだ
「え?、貴方は……」
そこには男がいた、見たことのある男が両手をクロスさせナリアをルナアールの剣から守っていたのだ、ナリアを守その男の名は…確か…
「ニコラスさん!?来てくれたんですか!?」
「ええまぁ、エリスちゃんから頼まれててね、何かあったらナリアさんをお願いしますって!」
ニコラスさんだ、セレドナ様の護衛としてこの国に来ていた男の…エリスさんの古い友人だという彼が、腕を鋼鉄のように硬化させルナアールの剣を防いでいたんだ
「貴様、何者だ」
「王子様よ、生憎白馬は家に置いてきちゃったけれど」
そう 軽口を叩きながらルナアールの剣を振り払い僕を心配するように手を当て…
「大丈夫?ナリア君、立てる?」
「ご ごめんなさい、右足が折れてしまって」
「そう、…分かったわ アタシがアイツを引きつけるから、その間に少しでも移動しなさい、『Alchemic・steal』」
そう言うなり足元の雪に手を当て、詠唱と共に握り込むと あら不思議、光と共に雪は形を変え鋼鉄の杖へと姿を変える、不思議な魔術だ 雪を鋼に変えてしまった
「はい、プレゼント…早く行きなさい、こいつが貴方の命を狙う以上アタシはそれを見過ごせないわ」
「あ ありがとうございます!ニコラスさん!このお礼はいつか!」
「あらほんと!、嬉しいわ!…でも」
杖をついて逃げていくナリアに背を向けニコラスはルナアールと対峙する
あんな美少年にお礼なんて言われたら嬉しいに決まってる、でも…お礼はどうにも受け取れそうにない
(この仮面の怪人、相当な手練れね…エリスちゃんには悪いけど、アタシでもどこまで通用するか…)
ニコラス自身、自分の腕には自信がある、だが聞けばこの怪人 魔女レグルス相手に一杯食わせた手練れと聞く、衰えが見え始めた己の手で、打倒するのは難しかろう…、まぁ それでもやらざるを得ないのだが
「ふぅー!、貴方 ルナアールって言うんだったかしら?」
「邪魔をするな、退け」
「いやよ、アタシはね 出来ない約束はしないの、彼を守ると決めた以上 絶対に守るわ、例え、この身が砕けてもね?、…『Alchemic・steal』!」
着込んだコートを脱ぎ去り 発動させるのは錬金術、己の肉体を鋼へと変換し構えを取る、肉体錬成は上級の兵士にのみ使える高等技術、それをフルに使ってでも こいつを止めなければならない、全てはメルクちゃんとエリスちゃんのために…あと美少年の為!
「くだらん…消えろ!」
「もっとコミニュケーション取りましょう…よっと!」
刹那ルナアールの剣を持つ手がブレる、まるで肘から先が消し飛んだように 人間の刺客では捉えきれない速度の斬撃、それを事もなしげに素手の一払いで迎撃すれば 両者の間の虚空に火花が飛ぶ
(凄い斬撃ね、アーナちゃんより速いんじゃない?、びっくりよ…こんなの相手に一人で逃げ回ってたなんてナリア君やるじゃない!、彼結構センスあるかもね!)
「硬い…おのれ!」
神速の斬撃が続く、何度も何度もまるで鞭を振るう様にしなやかな剣は容赦なくニコラスを攻め立てる、だがその身全てを鋼に変えるニコラスには傷一つつけられない、
戦闘は長引けば長引くだけいい、その分ナリアちゃんを逃がせるから!
「でも、受けばかりも性に合わないわね!」
「っ!…」
ズンっとニコラスの踏み込みが積もる雪を大地に浮かせる、それ程の強烈な踏み込みから放たれる蹴り、鋼に変えられた足にて放つ蹴りは最早ウォーハンマーの一撃にも勝る、剣撃を防ぎながら接近してその顔目掛け一撃を見舞う
「チッ」
(まぁ、当たらないわよね)
当然、あれほど速く剣を振るえる存在に、そう簡単に攻撃が当たるとも思っていない、しかし 蹴りを上体を反らしながら避けるルナアールの顔は苦々しい、奴も分かっているのだ
そうだ、この戦い ルナアールの方が圧倒的に不利なのだ
「ほらほら、行くわよ!ナリア君を傷つけようとした罪は重たいんだからね!」
「面倒な技を…!」
続けざまに拳を振るう、避けて後方へ退がるルナアールを更に追い立て軍部仕込みのマーシャルアーツを存分に奮い連撃を見舞う、とにかく息もつかせぬ攻撃をとニコラスは果敢に肉薄するのだ
そうだ 今この状況はニコラスの絶対的な有利な戦況にある、ルナアールの武器は剣 対するニコラスは徒手空拳、武器持ちと素手と見ればニコラスは不利に見える 、しかし
「そこっ!」
「くっ!」
ルナアールが剣を振るおうと振りかぶった手を咄嗟にニコラスが抑え、もう片方の手で正拳を放つ、舌打ちと共にルナアールは避けるも その拳を頬を掠め血が吹き出る
武器には適正な距離がある、剣は近接武器ではあるものの ある一定の距離が必要だ、剣を振りかぶり降ろす事で成立する斬撃、それは目と鼻の先にいるニコラス相手には寧ろ近過ぎて威力が発揮しきれないのだ
この距離では武器を取り回し辛い、故にルナアールは距離を取りたい、だが生半可な斬撃なら防ぐニコラス相手には剣は寧ろ重りになる、それを分かってるからニコラスも食いつき離れないのだ
「はぁぁぁっっ!!!」
バルカン砲の如き連拳を放ちルナアールの足を止める、あれほどの使い手たるルナアールが防戦一方を強いられる、半端な相手なら一瞬で距離を離せるが、残念ながらニコラスは半端ではない
「空いたわね!」
「ぐっ!?」
そして遂にルナアールも逃げきれず、その腹に鋼の蹴りを受け止めさせられる、苦悶に歪み腹を抑えて膝をつけば ニコラスもまた一息つく、その目には確かな勝機が…
(マズイわね、ここまでやってやっと一発とは…)
無い、その目に勝機はない、寧ろ想定以上のルナアールの手練手管に面食らっている
有利な状況 有利な相手 有利な立ち回りをして、ようやく一撃だ、かつてデルセクト最強とも言われた軍人たるニコラスが技量で負けている、その負けが有利分をチャラにするくらいの差なのだ
今はまだルナアールが面食らってるからいいが、この分じゃあ直ぐに対応して…
「…もはや、形振り構っている暇は…私には無いのだッッ!!!」
(来るっ!)
動き出した ルナアールが、そうニコラスが理解し行動に移すよりも前に…
「古式術式『掌握陣』!」
書かれた、地面に魔術陣を ありえない、ありえないくらい速い、魔術陣を目にも留まらぬ速度で書き上げるなんてそんな……ーーーー
そうニコラスが一秒にも満たない時間衝撃を受ける間に、それは巻き起こった
「んなっ!?」
まるで地面が波打つように 風に煽られ津波となるようにグニャリと曲がり天地が逆さとなった、問題はその範囲だ 、ニコラスの周り なんて可愛いもんじゃ無い、周りの建物から何から全部地面は持ち上げる…ここら一帯全てに影響が及んでいる!
液体のように形を失い巨大な津波となってニコラスの体を宙へと押し上げて…
「掌握陣…、大地は我が意のままに鳴動し畝りをあげて敵を滅ぼす」
(あー、これだめね 物質に直接関与する系か、錬金術との相性サイアク…、アタシに防ぐ手立てがない)
鳴動しひっくり返る天地の中 ニコラスは考える、だが この掌握陣、恐らく陣を書き込んだ地点から地繋がりの物質全てを操る魔術なのだ、錬金術はどんなに頑張っても物質から物質にしか変えられない
防ぐ手はない、ここまでか
(ごめんエリスちゃん、相手の方が一枚上手だったわ…)
気がつけば既にルナアールの姿はなく、巨大な津波のように唸りを上げた大地はやがて重力に従うようにニコラスを巻き込み…墜落した
「ニコラスさんッッ!!!」
杖をつきながら必死に逃げるナリアにもその様は見えていた、まるで地面が水のようにひっくり返りニコラスさんごと地面に落ちたのだ、見ればニコラスさんのいた辺りの街は砕けた地面と石畳 そして家屋が無数にのしかかっており 恐らくニコラスさんはあの下に生き埋めになっている
いやそもそも生きてるのか!?死んでないよな!?でも今の僕には助ける手はない このままニコラスさんが作ってくれた隙を生かして逃げるしか…!
「待て…」
「ぐっ!?」
しかし、そうも甘くない、ニコラスを打倒したルナアールが向かう先など決まっている、杖をついているとは言え機動力を失ったナリアでは逃げることも叶わず、瞬く間にルナアールに追いつかれる…
砂ぼこりと雪埃が舞うその中を悠然と歩きながら現れるルナアール、その手には相変わらずー剣が握られており、仮面の奥の眼光がナリアを貫く
「邪魔が入ったが 結局は同じだ、…お前はもう終わりだ」
「終わりません、ここに幕はありません…まだ僕の…エリス姫の舞台は終わりません!」
「その幕を私が降ろすと言っているのだ…、いい加減諦めてくれ これ以上ボクにこんな事を続けさせないでくれ」
「っ…今」
今、垣間見えた ルナアールの奥の…プロキオン様の意思が、もしかして プロキオン様は、やりたくもない事をやらされているんじゃ
「あ…っ!?」
しまった、要らぬことに気を取られたと後悔するももはや遅い、ルナアールは剣を構え 再びナリアにその刃を突き立てようと襲いかかってくるのだ、その速度に対応する術も何も、今のナリアには無い
終わる…本当に終わってしまう、折角ニコラスさんが助けてくれたのに…僕は
「やめろぉぉぉぉ!!!!」
「っ!?」
刹那割り込むように叫び走ってくる声に、ルナアールの手が再び止まる、その声は雪を踏む音と共に高速でこちらに迫ってきて…
「おりゃぁぁぁっっっ!!!」
「何者だッ!!」
手に持った木の剣でルナアールに斬りかかる、全力の力を込めて…、その姿 その声 間違いない…
「ヴェンデル!?なんでここに!」
ヴェンデルだ、クリストキント劇団の仲間 そのヴェンデルが木剣を手にルナアールに斬りかかっていたのだ、その剣を軽々受け止められてなお、ヴェンデルはルナアールに食ってかかる
「ヴェンデルだけじゃ無いぞ!」
「俺達もいるぜ!」
「ナリアちゃん!無事!?」
「団長…みんな…」
次々と集合するように現れるのはクンラート率いるクリストキント劇団の面々、全員だ 全員いる、役者も裏方もなにもかもみんな…
「な なんで、審査の方は!」
「お前がいなけりゃ始められねぇだろ、ったくバカなやつだよお前は、折角の夢の舞台への切符手にして、そのまま放り出しちまうんだから!」
「うっ…でも…」
「ああ聞いてるよ、みんなの命を助けようとしたんだろ?、エリス姫の尊厳を守ろうとしたんだろ?ヘレナ姫が全部教えてくれたよ、まぁお前ならそうすると思ってたけどな…、だから ここにいる全員で最終審査なんかほっぽり出して助けに来たんだよ!」
ワラワラと群がるようにナリアの前に立つ、ルナアールの前に立ちふさがるクリストキントの面々達、どうやらヘレナ様がみんなに僕の危機を教えてくれたようだ
…聞けば、僕の言う通り最終審査は…聖夜祭は恙無く進んでいるようだ、まぁ僕もクンラートさんも全員揃って出てきてしまったから僕達の順番は消滅 そもそも参加権自体が消えてしまい、その順番を飛ばされ 次の劇を公演してしまっているようだが
…申し訳ない、僕の夢を叶えるためにみんなで頑張ってきたのに、僕の都合でそれも放り出してしまって、けれど 同時に涙が出てくる…こんなにも優しく誇らしい仲間がいることに
「クンラートさん、ありがとうございます…けど、危険です!今のルナアールはとても危険なんです!だから逃げて…」
「逃げねぇよ、俺達はお前の事が好きでここまでやってきたんだ、俺たちクリストキントの小さな天使を…こんなところで死なせてたまるか!」
その意思は みんな同じだとクリストキント達はモップや木材片手に勇ましく構えルナアールを睨みつける、総勢五十人近い団員達を前にルナアールは静かにして剣を構え
「退け、君達では私を止められない…戦う力も持たない人間が、勇ましく前に出ても結果は同じだ」
「確かに俺たちは弱いさ、戦う力は持ってねぇ、けど 戦う力がなくたって 守りたいものはあるんだ、その為にやれることはあるんだ!、仲間が命を狙われてるなら!この命!賭けてでも守り抜く!」
「…愚かな」
「愚かで結構!、助けたい奴を見殺しにするよか百倍マシだ!」
「っっ…!」
クンラートの魂の叫びが、ルナアールを揺さぶる、その心に何かが突き刺さったように…一瞬だけ、頭を抑え苦悶に歪む声を上げる、その隙を見逃さず…クンラート達は
「いくぜぇーー!!!みんなー!!!」
「ナリアを守れー!!!」
「私達の希望を傷つけやしないんだから!!」
襲いかかる 全員で、ナリアただ一人を守る為に
「みんな…みんな…!」
「サトゥルナリア、大丈夫?」
「え?コルネリアさん!?貴方も来てくれたんですか!?」
全員がかりでルナアールに襲いかかる、そんな喧騒の中 駆け寄ってくるのはコルネリアさんだ、まだ万全では無いだろうに 彼女まで来てくれるなんて…
「当然でしょう、…足怪我してるのね…、大事な役者の足を怪我させるなんて、酷いやつね ルナアール、…ほら行くわよ!みんなが頑張ってる間に少しでも遠くへ逃げないと」
そう言うなりコルネリアさんは僕の腕を掴み 肩で背負い、持ち上げるようにこの体を引きずって行く、文字通り クリストキントみんなで戦っているんだ…僕を守る為に…
僕には戦う力はない、けれど…けれど…
「すみません、ありがとうございますコルネリアさん!、多分日付が変わる時間まで逃げればルナアールも撤退するはずなので」
「そうなの?」
「はい、奴は今日 エリス姫の命を盗むと予告を出しました、と言うことは今日中に出来なければ奴の予告は…怪盗としての矜持は崩れるはずなんです、その時間まで逃げれば…なんとかなるはずです!」
「分かったわ、といっても まだ結構あるね、時間…」
月の位置を見る限り、日付が変わるまでまだ結構時間がある…、ルナアール相手に足を負傷した状態でそれだけの時間を逃げるのは至難の技、だけどやるしかないんだ…僕は、僕達は役者なんだ エリス姫という役を守る為に戦わなくちゃいけない!
「逃げるなぁぁぁぁ!!!!、どこまで逃げても地の果てまで追い詰めて 殺してやる!幕を閉じてやる!こんな劇!」
「ぐぉっ!!?」
クンラートさん達の作る人の壁を弾き飛ばし鬼のような声をあげ追いかけようと息を吐くルナアール、しかし
「行かせるか!」
「こっち見なさい!この外道!」
歩む足にしがみつき 背中に乗っかりポカポカと叩く団員達、少しでも ほんの少しでもサトゥルナリアが逃げる時間をと、全員が死力を尽くす
「ええい!邪魔だ!群がるな!」
「ぐへっ!」
「きゃっ!」
しかしルナアールも黙ってはいない、足を振りほどき 背中に乗る団員を掴んで振り下ろし、前へ進む
それを阻む為他の団員達がスクラムを組みルナアールに立ちふさがる、がそれさえも吹き飛ばし更に進む
木の棒でルナアールを抑え込もうとするがへし折られ投げ飛ばされ、それでも果敢に掴みかかり 投げ飛ばされ、マントを引っ張り足を引っ張り吹き飛ばされ、ボロボロになりながらも代わる代わる掴みかかり 吹き飛ばされても戻ってきて掴みかかる
「みんな…!」
「みんな貴方の為に戦ってるの、貴方だって別の誰かの為なら命かけられるでしょ?、それと同じよ…みんな、クリストキントという劇団の為なら命をかけて仲間を守るの、それが…劇団なのよ」
私もその一員になれてよかったわ と僕を引きずり、本調子でない体を引きずりコルネリアさんは進む、仲間達の奮闘で遅々として進まぬルナアールを必死で引き離す為に
「この…やろぉぉ!!、ナリアに手を出すんじゃねぇ!」
「ふんっ!!稚拙な剣だな!」
「なっ!?」
ヴェンデルが斬りかかる、されど剣の腕では天と地ほども差があるルナアール相手には通用しない、ルナアールの一撃で木剣を叩き折られその衝撃でヴェンデルは雪の上を転がる
「てめぇ!、うちの団員に手出しすんじゃねぇよ!!!」
それを見て 一番激怒するのは誰か、傷つく劇団員を見て許せぬのは誰か、団長であるクンラートだ、彼は激怒しながらその拳を握りルナアールに殴りかかり…
「いい加減に…しろ!!!」
しかし、遂に怒りが限界を超えたルナアールがその身を震わせる、マントを振り払い体を大きく振ればただそれだけで衝撃波が生まれ自分に群がる団員達を纏めて全員吹き飛ばす、クンラートもヴェンデルも、足に組みつく団員もしがみつく者も全員まとめて…
「ぐぁぁっっ!!!」
「団長!ヴェンデル!!みんな!!」
「これで邪魔者はいない…、…いい加減に終わらせよう」
自身に縋り付く物のなくなったルナアールは、悠然とナリアとコルネリアに近づいていく、あとはもう剣を一度振るえば終わるとばかりに
「やめなさい!、サトゥルナリアを斬りたいならまず私からにして!」
「こ コルネリアさん…!」
するとコルネリアも対抗するように、ナリアを自分の背に隠し手を広げる、何が何でも守ってやると強く目を光らせて
「退け、私はもう容赦出来ないぞ…」
「はっ、構わないわよ 私これでもアクション得意なんだから」
「そういう問題では…!、それにコルネリアさん まだ本調子じゃないんですよ!、今回の劇の出演だってかなり無理してるはずです!、その上でこんな…」
「だとしてもよ!、私を温かく迎えてくれなクリストキントと貴方を守りたいの…、それに エリスならきっとこうする筈よ、エリスなら…」
エリスさん…、そう言われて コルネリアさんの背とエリスさんの背が被る、誰かのために懸命に戦うその姿に…、そうか…そうなのか
「邪魔をするなら…っ!?」
切り倒すまで と、コルネリアに歩み寄ろうとした足が、止められる…地面に倒れるクンラートの手がその足をしっかりと掴んでその場に縫い止める
「貴様、まだ動くか!」
「あたり…前だ、あれは…俺の息子も同然なんだ、命に代えたって守りたいくらい大切なんだ…!、まだ夢を叶えてない子供を守る為なら!親ってのはどんだけ傷ついても動けるもんなんだよ!!」
「この…!死に体の癖をして!離せ!」
「死んでも離せねぇ!ナリア!逃げろ!」
ルナアールに蹴り飛ばされてもその手だけは離さず、しがみつくようにルナアールの足を掴み続ける、そうしている間に クンラートの姿に我も続けと団員達が這いずり彼らもまたルナアールにしがみつく
「そうよ!、あの子の演技に私達がどれだけ励まされたか!貴方知らないでしょ!」
「元いた劇団を追い出された俺が…今でも舞台に夢を見られるのは、ナリア君のおかげなんだ…!」
「私達は、あの子に勇気を貰ってきたの!だから!そのなけなしの勇気!今使わないでどこで使うってのよ!」
「みんな…ぅう…」
涙が流れる、喜びと悲しみで、僕もみんなに勇気をもらっている、今この場で痛みを堪えて立てるほどの勇気を
ルナアールもまた力を持たないはずの劇団員達の気迫に気圧され、その動きが鈍る、その隙をつき フラフラと立ち上がるヴェンデルは ルナアールの腰にしがみつき、血が滲む勢いでその体を後ろに引く
「オレ…オレは…もう、負けたくないんだ…あの時みたいに、力が足りないからって…諦めたくないんだ、ナリアを…守り…たいから」
「何故…何故そうまでして…」
「オレ達は…劇団だから…家族だから…仲間だから…、だから 守りたいんだ…!」
「くっ…、う…頭が…」
揺れる 確実に揺れているルナアールの心かあるいは視界が、今目の前で繰り広げられる光景に思うところでもあるのか、或いはこの状況が奴の琴線の何かに触れたか…
直視できない、ルナアールは自らを縛る者たちの姿を直視出来ない、いや 直視してはいけない、ルナアールはそれを見てはいけない、その目を…かつての朋友を思わせる目を見せられては…私は…ボクは……
「…ルナアール、いえ プロキオン様、貴方本当はこんなことをしたくないのでは無いですか?」
ふと、苦しむルナアールにナリアの声が響く、折れた足で 歩く事さえ出来ない足で、固く地面を踏み縛りながら、玉のような汗をダラダラ流し痛みを堪えながら 、ルナアールを見据える
クンラートたちクリストキントの面々と同じ目で ルナアールを問い詰める
「……何を、私はルナアー…」
「貴方に聞いてるんです!プロキオン様!」
「っ…」
ナリアの声がルナアールの動きを止める、そうだ 僕の声は確かにルナアールに プロキオン様に届いている、だから僕の声を聞いて 話を聞いて、止まるのだ
本当は逃げるべきなのかもしれない、だけど逃げる前に聞いておかなくてはいけないことがある 言っておかなくてはいけないことがある
だって、ルナアールの…プロキオン様の今の姿を見ていたら、気づいてしまったから
「プロキオン様、今の貴方の演技は見ていて痛々しいです…、本当はこんなことしたくないのに そんな気持ちを仮面に隠し、演技という形で無理矢理実現しようとしている!」
「なっ…わ 私は…」
そうだ、ずっと気になっていた 何故プロキオン様がエリス姫の命を狙う役として怪盗を選んだのか、エリス姫の悲劇を消すというのならスバル・サクラのような騎士の役でもいい、何か恨みがあるなら殺し屋や復讐者でもいい
なのに何故怪盗か、それは自分を騙す為だ 仮面を被り周りに真実を見せず、そしてまた仮面と振る舞いで自らも騙す
そう、ルナアールの演技は プロキオン様の演技は最初から僕達を騙す為のものではない、自分を騙す為の自分の方を向いた演技だったんだ、そうまでしないと出来ないことを やれないことをプロキオン様は今やろうとしている…
「やりたくないなら、やらなきゃいいじゃないですか、他人を騙し 自分を偽り、一人踊る道化のような舞台の末に手に入る血みどろの劇終って何ですか、そんなに必要なものですか!、貴方自身わかってるんじゃないんですか!そんなものに意味がないって!」
「うるさい…うるさい!、意味など必要ない!自己など無い!これは…定められた事なのだ、初めから仕組まれた台本で 脚本で決められた終わり方なんだ!」
確か…ルナアールはこの世は劇 この世は舞台と言ったな、みんなは受け入れられないかもしれないけれど、僕は生憎その気持ちが分かる
そうですよ、この世は舞台 題名なき舞台なのです、僕達はこの世で最も壮大な演劇を演じる役者としてこの世を生きているんです、誰だってそうなんです
でもね、だからってその台本云々にまで賛同するつもりはない…
「たしかに、この世は舞台です 演劇と同じです、この世は僕達の見えないところにいる観客に僕達の生き様を見せる舞台なのでしょう、でも…でも!、この世という舞台には台本なんてない!定められた終わりなんて無いんだ!」
「何…を…」
「終わり方は僕達が決める!今ここを生きる僕達が!、望まない終わりなんか求めない!、僕達は…いいや 僕達役者が演じたフィクションの登場人物だってみんな!、ハッピーエンドを求めて生きていたはずなんです!、エリス姫も…きっとそんな終わりを望んでいたんです!、それを守り抜くのが僕達役者なんだ!」
それは 貴方も同じだろう!とルナアールの目を視線で射抜く、ルナアールの反論はない、ただただ 打ちひしがれるようにわなわなと震えている、ルナアールは…いや プロキオン様は分かるはずだ
現実のエリス姫と舞台のエリス姫 その双方を知る貴方なら
「これが貴方の望む終わり方ですか、エリス姫を殺し この幕を閉じる、それが貴方の望むハッピーエンドですか?、エリス姫が死んで!貴方は幸せですか!!」
「そんな…事は、断じてない…断じてない!、私はもうエリス姫が悲劇に塗れる様は見たくない、見たくないんだ…」
「なら、それでいいじゃないですか、それで終わりで、荒唐無稽で突拍子も無くて、観客から呆れられて 笑われても、それがハッピーエンドなら…」
「ぅ…くっ……」
そうだ、生を謳歌する者 生涯を駆け抜ける者 悲観に塗れ這い蹲る者、この世には 劇の中には多種多様な人間がいる、それでもどんな人間にも望む終わり方はある、誰しもが理想を求めて生きていくんだ!
それを騙し 偽り手に入れる偽物の終わりなんか誰も求めていない、僕は許さない!、幕を閉じるなら!喝采を浴びるような幕の閉じさせ方じゃなければ 役者は我慢出来ないんだ!
「や…めろ、そんな目でボクを見るな…ボクは…ボクは…」
ルナアールが剣を下ろし力なく項垂れる、ナリアの目に何を見たか 少なくとも自己矛盾に耐えきれなくなったか、力を失ったルナアールを前に ナリアは一息つく
届いた、プロキオン様に声が…、僕とあの人の共通点は芸術を愛するという一点しかない、だけど それが全てなんだ、その全てに訴えかければ、届くって信じてましたよ…、だってプロキオン様は 僕達の魔女様だから
「もう、終わりでいいですよね ルナアール…、貴方の怪盗劇もこれで終幕で」
「………………」
ダラリと項垂れるプロキオン様に声をかける、後は刃を捨ててもらえさえすれば…きっと、目を覚ましてくれるはずだ、貴方をそんな自己矛盾に引きずり込んだ 貴方の中に巣食う何かから、目を…
そう、信じた瞬間であった
「……余計なことを、してくれるのう…役者」
「っっ!?」
変わった、明確に 口調がではない、ルナアールを演じる役者がプロキオン様から別の何かに、纏う雰囲気からして何もかも違う…、少なくとも今のルナアールは己に課した自戒を守るような そんな殊勝なやつではない
全く、別の存在に 瞬く間に入れ替わった
「舞台に立つ役者というのは、こう…なんというか 人の心に訴えかけるような言葉を回すのが上手いのう、弁が立つとはまた別のやり口じゃ、いやぁ感心感心」
「あ 貴方、誰ですか…プロキオン様、じゃありませんね!」
「おお?、やはり分かるか?まぁワシ 演技とか苦手じゃしのう~」
明確に変わったルナアールの演技に、ナリアは戦慄する…もしかして、これがプロキオン様の中で巣食う悪意、諸悪の…根元か
「ワシは役者に非ず、言うなればそう…脚本家よ、此度の喜劇のなぁ」
「あ…貴方がプロキオン様にやりたくも無い事をやらせているんですね!、やめてください!こんな事!」
「ぷふっ!あっははははは、やめてくださいと来たもんだ、それで止めるやつ見たことあるか?…ワシは無いのう 、だってワシはやめんもんなぁ?」
プロキオン様が落としかけた剣を再び握り直し…、ナリアにゆっくりと近づこうと足を動かすが
「おん?、なんじゃあ?足にゴミがへばりついておる」
「っっーーー!!!、クンラートさん!みんな!逃げて!こいつはもうルナアールじゃない!!!」
叫ぶ、足にしがみつくクリストキント達を見て、先程とは違う あまりにも冷淡な反応を見せるルナアールに いや、仮面の怪人に恐怖し叫ぶ 逃げろと
しかし
「邪魔じゃ、ゴミクズがワシの道行きを阻むでないわ」
ただ、魔力を隆起させた たったそれだけで絶大な衝撃波が爆発し 己の周りの全てを、クンラートもヴェンデルも団員達も、コルネリアもナリアも 全てを吹き飛ばす、今度は 一切の遠慮路もなく
「ぐぁぁぁぁっっっ!?」
悲鳴が響く ナリアのみんなの悲鳴が、クンラート達は周囲の家屋の岩の壁にめり込みコルネリアもまた何度も雪の上を転がり意識を失い、サトゥルナリアも…雪に一本の線を描き引き摺られるように飛ばされる
たった一呼吸で…全員やられた、僕も…みんなも
「おーおー、紙切れのように飛ぶのう軟弱者が、おい 生きておるか?」
「ぐっ!…」
頭を起こせば既に目の前に仮面の怪人が立っている、もはや逃げ場はないなと笑うように ナリアを見下す
「はぁー本来なら、プロキオンの手で プロキオンの意思で、エリス姫を殺させ 心を砕くつもりじゃったが、お主が余計なことしてくれたおかげで プロキオンの目が覚め掛けたでは無いか」
「や…やめてください、プロキオン様はこんなことしたくないんです!」
「ワシはやりたい 故にやる、それだけじゃ…」
ダメだ、話にならない この人の心にいくら訴えかけても、この人には心がない…何を言ってもこの人には響かない、最悪の観客だ…
「さぁ、プロキオン 我が愛しの弟子よ、師の言う事を聞き 自ら幕を降ろせ…これは命令じゃ、そして その心を砕きワシに体を預けるのだ…」
「や やめ…!」
「もう遅いわ!、ワシ自ら手を下さんだけありがたいと思え、寧ろありがとうと言え!」
仮面を掴み 魔力を高める其奴は、プロキオン様の意思を蝕み 役者の意思を無視して、悲劇を押し付ける、ただ 己の目的の為だけに…
「ぅぅ…ぅぐぁぁああああああ!!!!」
吠える、まるで獣のように、苦しみ 嘆き 悲しむように咽び泣く、そこにもはやプロキオン様の意思はない、ただただ膨大な悪意に押しつぶされ 再びその手は剣を握る
「ぅぐぅ…殺す、殺す…殺す!!!」
「そんな、プロキオン様!」
「ぐぅぁぁあああああ!!!」
呼びかける、だが今度はもう反応もない、先程の存在に何かされたんだ、もはや目覚める自由さえ剥奪された、こんな…こんな終わり方って
叫び暴走するプロキオンは暴れるように剣を振りかぶり…
「や やめてっ!」
「っ!リリアちゃん!」
すると今度は物陰から隠れてきたリリアちゃんが飛び出してきて僕の前に立ちふさがる、だが…だがダメなんだ、もうそれはプロキオン様の心に届かない
暴れ狂い牙を剥き剣を向けるルナアールを前にブルブル震えながら大の字で僕を守るリリアちゃんを前に僕は 何も出来ない
「これ以上みんなを傷つけるのやめてーーーー!!!」
「ぐるるる…ぐがぁぁぁああああ!!!」
「リリアちゃん!!!!」
ダメだ、斬られる ルナアールは最早一切の躊躇もなくリリアちゃん目掛け剣を振り下ろそうとしている
嗚呼、せめて…せめて、この手に力があったら、戦える力は要らない 何かを変える力も要らない、だけどせめて 僕にも誰かを守れる、そんな力さえあれば!
やめてくれと懇願するように割れそうな体を動かして手を伸ばす、だが…振り下ろされる凶刃を止める力を、リリアちゃんを守る力を、僕は持たない
「ぐぁぁああああああ!!!!」
リリアちゃんが目を閉じる、僕の目から涙が煌めく、ルナアールの プロキオン様の目から血の涙が滴る、誰も望まない ただただ悪意を振りまく存在によってこんな終わりを迎えるなんて、僕は…僕は…
嫌だ……!
振り下ろされる剣、殺す為に行われる一撃…それがこんな小さな子供にも振るわれる、死の匂いを放つ刃はリリアちゃんへと降りかかり
……その鼻先で 切っ先が止まる
「え?…」
止まった、剣が受け止められた…、驚きの声をあげたのはナリアかリリアかはたまたルナアールか
なんだ、なんで止まった もしかしてニコラスさんが戻ってきて…
と、そこまで考えて否定する、剣を横から軽く掴むようにして神速の剣を受け止める存在の姿を見て理解したから、そこには 見たことのない人が居た
「おいおい、もう幕を閉じるのか?気が早いな…」
凄まじい存在感と素人でも分かるほど絶大な魔力を秘めた存在、これに比べたら悪いがニコラスさんもマリアニール様さえ子供同然だ
それは長い宵闇の如き黒い髪と 真っ赤な瞳を携えた、長身の女性…身に覚えのない人、それがルナアールの剣を受け止めているんだ
「主役の登場まで待てんのか?、なぁ…」
いや違う、見たことあるかもしれない 、この人の着るコート…エリスさんと同じデザインだ、そして その印象はまさしく…
「プロキオンよ」
レグルスちゃんだ…、レグルスちゃんが大人になってプロキオン様を睨んでる
…どういう事?
…………………………………………………………………………
時は十数分遡る、場所はナリアとクリストキントによるルナアールとの激戦繰り広げられる地点から離れた、火によって照らされる街の一角に移る
無人の街 雪降り積もる街の中、一人の男が息を整え立つ、目の前で痩せていく小さな女を見ながら
「悪く思うな、これも我れ等がアグニ族の誇りのためだ」
男の名はアグニス、誇り高きアグニ族にして炎と共にある者、それが見下すのは…魔力と力を失ったレグルスだ
アグニスの不意打ちを受け全身を火に巻かれ、その命尽きるまで炎によって嬲られる、その姿をアグニスは眺める
「我が炎は命尽きるまで容赦しない、骨さえもまた残らん…、炎と共に消えること 有り難く思うのだな」
力を失ったレグルスでは抵抗出来ない、圧倒的な火力を前にその身は焼け焦げ もはや命があるかさえ分からない、いや生きてはいまい あとはその身が炭となるまでだとアグニスは静かに目を閉じる
……すると
「っっ!!!!」
炎の中から腕が突き出てきた、白く 艶やかな成人女性の手が、先程まで相対していた子供のそれとはまるで違い、長くスラリとした手が炎より生えたかと思えば、徐々に徐々に炎の中の体がムクムクと膨らみ、消えないはずの炎がみるみるうちに消えていくではないか
あり得ない、あり得るわけがない 俺の渾身の炎が…というより一体何が起こっているのだと戦慄する間に、炎は消え去り 中から先ほどの子供が姿を現わす
いや違う、出てきたのは子供ではない、髪色目の色は同じだが…体が大きくなって まるで…大人に
「っぷはっ!、なんだ?戻ったのか?」
炎より解放されたレグルスは不思議そうに己の顔を触る、この感触 子供特有のプニプニしたものではない、久しく触る我が顔 我が手の感触…、長い足 溢れ魔力!力!そうか!
「戻ったか!本来の姿に!!!」
戻っていた、ルナアール いやプロキオンによって仕掛けられた弱体の魔術陣の効果で、封じられていた力と縮んでいた体が、元の魔女のそれに!
ようやく戻れた!ようやく…
「…しかし何故今…」
と己の姿を見る、うむ 見慣れた姿ではあるが服は燃え散り エリスから借用した断熱効果のあるコート一枚の半裸…いやこれはもう全裸だな、まぁ 魔力が戻った今なら こんな雪の冷たさなど感じはしないが
問題は首元の魔術陣だ、確かに消えている……そうか
「なるほど、火で皮ごと焼き消えたか」
幾ら強力な魔術陣とはいえ私の皮膚の上に書かれた陣形でしかないそれが、先程の炎によって皮膚が焼かれ その上に書かれていた魔術陣も一緒に焼失したのだ、一部分が焼失したとはいえ 形が歪めば効果は半減する
そして、半減した陣では私の力を抑えきれない、穴の空いたダムのようにそこから魔力が溢れ決壊し、死ぬ寸前で元に戻れたんだ
ああ、封じられていた知識も戻ってくる、そうだよ この手の魔術陣を体に書かれたらその部分を切り落とせば無効化できるんだったな、これもまた魔術陣の効果で忘れさせられていたか…
「な…な!、お前!その姿!、まさか…まさかお前!」
「む?」
そう言えば戦闘中だったな、いきなり元の姿に戻った私を見てアグニスはワナワナと震える、まぁ無理もない ただの子供だと思ってた相手が魔女だったのだ、その戦慄は筆舌に尽し難く…
「まさかお前暖めると膨らむのか!!!」
「お前馬鹿だろう…」
どんな体質だ私は…
「ふん、大きくなったとは言え敵であることに変わりはない、もう一度 焼き殺すまで」
「そうか、逃げないか…、まぁ私もお前に助けられたとは言え危うく殺されかけたのだ、悪いが借りを返させてもらうぞ」
構えを取り炎を操るアグニスを前に立ち上がり、コートの裾をはためかせる、ううむ様にならない、このコートエリスのだからちょっと小さいし 何より下全裸だからな、まぁいい…今は敵の対処だ
「今度は一撃で跡形もなく消し去ってくれる!『カリエンテエストリア』ァッ!!」
携えた炎を手の平に集め 収束させ放つ炎熱、カリエンテエストリア…現代魔術で成し得る最高温度と破壊力を持たせた最強格の炎魔術、放てば一軍でさえ消しとばしと言われるそれを前に髪を撫で こちらも手をかざす
確かにその魔術は強力だ…だが
「んなぁっ!?お 俺の魔術が…!」
消える、放たれた炎は私の前に突き出された手の前でフワリと煙となって消える、悪いが私に現代魔術は通用しない
それが如何なる威力を持とうとも現代魔術の範疇にある以上私には効かない、魔術という編み物から糸を抜くように瓦解させる事ができる、現代魔術師ではどうやっても私は倒せんよ
「さて、…次は私の番だが、魔術を撃つのは久し振りなんだ、もしかしたら加減が効かんかもしれん、死んでも文句は言うなよ?」
「そ そんなバカな、我が誇りがそうもあっさり…」
聞いていないか、まぁいい…スゥーと大きく息を吸い…、久々の詠唱を紡ぐ
「地を叩き 空を裂き 下される裁き、この手の先に齎される剛天の一撃よ、その一切を許さず与え衝き砕き、終わらせよ全てを…」
空間が歪む、膨大な魔力の爆発は虚空さえ歪ませ世界さえ恐怖で震えさせる、真っ直ぐとアグニスに向け伸ばされた手の先に収束する無色透明の破壊の化身は、我が合図を待ちながらグルグルと渦巻き
「古式詠唱…そしてこの魔力、まさか!貴様が本物の」
「……『震天 阿良波々岐』」
刹那、世界がズレた
凡ゆる物がズレる、視覚情報にズレが生じる程の衝撃が 否 震動がアグニスの居る空間を中心に訪れる、ありとあらゆるものに等しく与えられる震動という破壊は色を持たず姿を持たず、されど確かにそこにある全てを砕く
地面も壁も雪も…アグニスも
「っっっっごはぁっ…」
耳から 鼻から 口から、凡ゆる穴から血を吹きグラリと倒れる、その身に加えられた絶対な衝撃はその者の内臓骨肉を軋ませ、人体を破壊する…その痛みたるや想像を絶するだろう、まぁ?全身を焼かれるよりかはマシだろうがな
「ぐぶふぅ……」
「ふん、力さえ戻ればこんなものだ…、だからこそ油断をして力を失った私の間抜けさが悔やまれるがな」
はぁ、エリスに苦労をかけてしまったが、これで私も動ける…さて、まず何をするべきか
「こちらか!待機場を襲撃したアルカナが来たのは!」
「む?」
ふと 、声がする…聞き覚えのある声だなと思う間も無くそれは現れ剣を片手にこの状況を見やる、紫の髪の騎士にしてエリスの母を『自称』する女 マリアニールだ
「マリアニールか、今更救援にでも来たか?いささか遅かったな」
「ややっ!?貴方は…」
ともあれマリアニールが来たならここは任せても良かろう、最早事態は動き一刻を争う、出来れば直ぐにでもプロキオンを見つけ出しその目を覚まさせる必要がある、力が戻った今ならばそれも可能だ
取り敢えずここはマリアニールに任せて…
「露出狂の不審者!」
「レグルスだ、別にこの格好は私の趣味では…」
「レグルス様は露出狂の不審者だったのですか?」
「そんなわけあるか!、ええい面倒な!剣を向けるな!阿呆!」
何やら勘違いしたのか向けてくる剣を手で払い退ける、好き好んでこんな馬鹿みたいな格好してるわけないだろう、…いや 誰かを助けに行く前に服がいるな、これは
「レグルス様ですか?、…もう少し小さいと思っていたのですが…見ない間に…」
「成長したわけではない、プロキオンの呪縛が解けたのだ これで私も自由に動ける、故にこれからルナアールの捕縛に向かいたいが、…マリアニール 今どんな状況だ、分かる範囲でいいから教えろ」
「む…、分かりました」
混乱していてもそこは騎士、私が状況を尋ねればスラスラと順序立てし手際よく説明してくれた
どうやらルナアールはあの後待機場に現れエリス姫の身柄を要求したようだ、そこでサトゥルナリアは自らがエリス姫だとルナアール相手に名乗り、ルナアールの目的達成を阻む為一対一で逃走劇を演以降消息不明
ヘレナは慌てて状況を整えつつもサトゥルナリアの言うことに従い聖夜祭事態は続行したものの警備を厳重化、そしてマリアニールに指示を出した
『まずレグルス様を助け出し、その後サトゥルナリアの救助に向かって欲しい、どちらも急を要するから手早く頼む』と
ヘレナは決して有能な人間とは言えないが、だからと言って心底無能なわけでもない、自分に出来ることを必死にやろうとした結果の指示だろう、まず私から救助に向かわせたのは私の方が差し迫った危機だと理解していたからだろう
だが、サトゥルナリアがルナアール相手に何処まで逃げられるか分からない、直ぐにでも救助に向かった方がいいだろう
「分かった、ではサトゥルナリアの件は私が預かる、お前はヘレナの側を離れるな」
「ですが…」
「敵はルナアールだけじゃない、そこに転がってる男にも仲間がいる、其奴らがお前がいない隙をついてこないとも限らん、我等がどれだけ死力を尽くしてもヘレナが死んでは意味がない」
「…分かりました、では私はこれよりヘレナ様と聖夜祭の警護に入ります、ご武運を」
「ああ」
話の中にエリスが出てこなかった、まだあのイグニスとか言う女と戦っているのか?、それとももうレーシュと戦っているのか、気になって遠視透視魔視熱視 凡ゆる魔眼術を同時に使い周囲を見回す
…エリスの方は既に戦闘中のようだ、相手の凄まじい魔力量を見るに恐らく相手はレーシュに切り替わっているようだな
ううむ、かなり劣勢に見える…というか、レーシュの魔力量が凄まじい、とてもじゃないが今のエリスが戦っていいレベルの相手じゃない、あちらも助けに行きたいが 弟子が必死に戦ってるそれに横槍は入れられない、故にこちらは後回し
対するサトゥルナリアは…、む!マズい!かなり追い詰められている!、それにプロキオンの魔力にシリウスの魔力も混ざっているし…!、直ぐに助けに行かねば
「おいマリアニール!」
「なんでしょうか?」
「服をくれ!なんでもいい!不審者だと思われないような服を!」
そうして私は マリアニールから劇に使う予定だった洋服、絢爛な男爵の衣装を受け取りサトゥルナリアの元に急行しながら早着替えをし、今に至る
「なぁ?、プロキオン…」
斬り殺されそうになるリリアを救い、振るわれるプロキオンの剣を素手で掴み、睨みつける…なんとか間に合った、少しでも遅れていたら リリアの命が失われていた、最悪サトゥルナリアも
「え…あ 貴方、もしかしてレグルスちゃんですが!?」
「だから、レグルスちゃんはやめろと言っているだろう」
「あ…す すみません」
それでよろしい、見ればナリアの右足は骨折により動ける状態にない、周りを見ればクリストキントの面々も倒れ気絶している、…あまり 面白い場面でもないな、弟子がそして私が世話になった劇団の人間が 倒れ伏す場面など
「…レグちゃん?」
そう見上げるのはリリアだ、…不安そうな顔だな、だが良く勇気を出した、君の勇気が作り出したほんの数秒が、今 世界の命運を分けたのだ
「下がっていろリリア、我が友よ…、後は私に任せておけ」
「う…うん」
その頭の上に手を置いて、ルナアールの剣を捻りあげる…、ルナアール いやプロキオン、既にその姿に正気はない、シリウスの干渉で自我の殆どを奪われたか…
「ぅぐぅがああああ!!!」
「やめろ、お前のそんな声など聞きたくはない…、今 解放してやるぞ、プロキオン!」
プロキオンは吠え剣を握る手に力を込める、私もまた それに呼応し刃を掴む手に力が篭る
我が不覚により時間がかかったが、これでようやくお前を解放してやれる、さぁつけようか プロキオン、あの時の借りを返す時だ!
………………………………………………………………
「えぇっ!?、じゃあ…行かせちゃったんスか?、クンラートさん達クリストキントの人達を、ルナアールのところへ…」
ヘレナ姫の申したその言葉にリーシャは目を剥く、聞けば怪盗ルナアールの襲撃を受け ナリア君がルナアールの注意を一人で引き受けこの夜の街へ消えたらしい
それを受けたヘレナさんは状況を説明するためクリストキントのみんなにそれを伝えたらしい、それを伝えられてクンラートさん達が黙ってるわけがない…、行かせたって…ルナアールが危険なのはこの人も分かってるだろう
「…分かってる、危険なのは…当然 止めた、けれど彼等も聞く耳を持たず…」
「そりゃあんた幾ら何でも無責任過ぎるんじゃないかな!」
「っ…」
別に魔女の弟子と嘘をつくのは構わないよ、未熟故事態の対応の始末が悪いのは構わない、候補者達の精神状態を慮るあまりルナアールの狙いをナリアちゃん達に伝えなかったその心中も察しよう
だが、だからって戦える力のない者を送り出して こちらも心苦しいでは通らない、それで死人が出て それでも同じような言い訳をするのなら…!
「…いえ、大変なご無礼を…ヘレナ姫」
頭を冷やす、今ここで何を言っても変わらない…
「い いや、その…ごめんなさい…」
「いえ、でも聖夜祭は続行するんですね」
「あ…ああ、サトゥルナリア君の要望で…続行を」
「でも、クリストキントの劇は…」
「…棄権扱いだ」
「……………………」
思わず背を向けてしまう、報われないな ここまでやって棄権扱いか、あそこまでやって…、いや怒るな 怒るな…向こうも規則に則りやってるんだ、怒るな…私にそんな権利はない
「……あの、リーシャ殿?」
「なんですか?」
「私は、無力です…姫としても騎士としても…あまりに無力です、今回の問題を前に…何も出来なかった」
告解するように私の背に告げる、無力…か
「それはクリストキントもナリア君達も同じですよ」
「え?…」
「でも彼等は力がないことを言い訳にはしない、自分にやれることを全力でやる…ただそれだけの為に彼等は駆け抜けているんです、力のある無しは関係ありません…、必要なのは、勇気だけです」
「勇気……」
「ええ、なんて 私が言えた義理じゃありませんがね」
ヘレナの方を見ずに歩み出す、みんなが勇気を振り絞って戦ってるんだ、私も…行かねば
「あ あの、リーシャ殿はどちらに?」
「私はクリストキントの一員です、だから…みんなのところに行くだけですよ」
今のルナアールが何をするか分からない、ともすればみんなの身が危ない可能性もある…、ならこの身を投げ出してでも守らないと 正体が露見してたとしても
ヘレナに挨拶もせず、駆け出す 場所は多分あの雪柱の湧き上がった方角、あそこに行けば…
「頼むから、無事でいてくださいよ!みんな!」
走る 走る走る 、全速力で駆け抜ける、闇の中を突っ切り 雪を舞い上げ、夜の街を駆け抜ける、人の気配のないその街をただひたすら走り抜ける
「確か、こっちの方角……」
と 近道をする為曲がり角を曲がった瞬間
「こんばんわ」
そう、何気なく声がする、人のいないはずの街の中 声がする、こうしてその声を耳にしてもなお信じられない、だって この私がその気配を感じ取ることが出来ないのだから…
「誰だ…?、もしかして アルカナ?」
右を見る 左を見る、居ない 声の主が見当たらない、何処にいる…何処に…
「いいえ、私はアルカナではございません、私は貴方の同僚ですよ 元第十師団所属…人魚のリーシャ・セイレーン様」
「ッッ……!?」
刹那、背後に目を向ければ…、居た そこに、クリーム色の髪を揺らす怪しげな女が、ってか 同僚?私の正体を知ってる?、ってことは
「帝国軍人?」
「はい、とはいえ軍部所属ではございませんが、一応帝国の人間ですよ」
「ふーん、ってことは味方か、…何しに来たの?」
体を動かさず、ただそれだけを問う、こいつは私が普段接触してる定期連絡係じゃない、明確に戦闘技能を持った人間だ、鈍ったとはいえ第十師団所属だった私の背後を取れる人間なんて そうは居ないからね
だから、警戒は解かない…襲いかかってきても、対応出来るように
「何しに…とはまた異な事を仰られるのですね、私はただ貴方を止めに来ただけでございます」
「止めに来た?、まさかルナアールに接触するのを?」
「はい」
「そりゃ…あはは、出来ない相談だな、ルナアールは今無辜の民を傷つけようとしている、それは帝国の理念である秩序維持に反するんじゃないかな、ってことは腐っても帝国所属の私には介入する義務があると思うけれど?、当然 貴方にも」
「ほう、この場に及んで感情論ではなく的確な理論を返してくるとは、脱帽でございます、ですがご安心を、何も見殺しにすると言っているのではありません、既に彼方にはレグルス様が向かわれました 被害も出ていません、秩序は保たれるでしょう」
「レグルス様が?…でも…」
「もう彼女の呪縛は無くなりました、後は…レグルス様がなんとかするでしょう、ならば我等が干渉するのは不味いかと」
そうか、…あのちっちゃい子供の姿から元に戻ったのか、カノープス陛下に次ぐとも言われる実力を持つレグルス様ならば、今回の一件はもう解決に近いだろう
レグルス様がプロキオン様を解放し、エリスちゃんがアルカナを倒す、これで終わりだ…うん、じゃあ私が何かする必要はないっか
「なんだ…覚悟して損した」
「はい、私も止めてよかったです」
「……、なぁあんたそれを言うためだけに私のところに来たの?」
「いいえ、違いますよ」
だろうな、私を止める ただそれだけの為にこいつが姿を現したとは思えない、そして帝国所属の人間がわざわざ私に…厄の匂いしかしねぇ
「ならとっとと要件言ってくれないかな、あんたのことずっと警戒するの 疲れんだけど」
「そうですか、でしたら手早く伝えましょう、…リーシャ殿?皇帝陛下より伝言です」
「え?陛下から?」
思わず振り向けば、その女は…ニッコリと仮面をつけたような笑みをこちらに向けながら…そう言うのだ
…ああ、やっぱり、厄の匂いしかしないと思ったよ
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