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七章 閃光の魔女プロキオン

195.孤独の魔女と昇り始めた幕

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アンヘルの悲劇 という言葉を知っているだろうか

悲劇とつくが 劇ではない、文字通り 実際に起こった悲劇…大量殺人事件の名である

死傷者 四百五十名 重傷者二百名 そこから事件後のトラウマから自ら命を絶った者 百八十名

原因 不明、詳細不明、目撃者 五名、事件後のトラウマから自ら命を絶った目撃者数 五名

容疑者…一名


大きくもなく 小さくもない、カストリア大陸のとある国にある平和で長閑なアンヘルの街で突如として起こった凄惨な事件、ある日突然 アンヘルの街の広場にいた人々は たった一人の狂人によって五百人近くも殺されてしまったのだ、これを悲劇と言わずしてなんと言うか

そして、ソレを止めるため その国が多くの兵士を動員し対処に当たったとされる、ただの一人が起こすには規模が違いすぎる、もはや生きる災害として討伐に当たったのだが…

その兵士達が現地に到着してまず一番に目撃したのは 瓦礫と焦土のみとなったアンヘルの街の姿、そして 瓦礫の山の上に立つ悪魔の姿

たった一人だ、たったの一人だ それが果物ナイフ片手に炎を背に笑っていた……


この事件はこれで解決したかと言われれば、否と答えざるを得ない、何せ ソレは動員された千人近い兵士達の包囲を軽く蹴散らし 何処かへ消えてしまったのだから

生き残った数少ない目撃者と事件に立ち会った兵士達は皆口を揃えてこう言う

『あれは生まれてはいけない存在だった、あれは人間では敵対出来ない…あれは あれは…』

と…、結果その容疑者がどこへ消えたかは分からない、この話が事実であるかも今はもう判然としない、ただ一つ この悪魔の存在を裏付ける物があるとするなら

アンヘルの街を有する国が 世界中に発布した国際指名手配書に書かれた文だけ、まるで無念さを物語るように綴られた その手配書には

『容疑者の名はヘリオス、太陽の如き橙色の髪をした悪魔の如き女、もし 見かけることがあったならすぐさま逃げて 国王へと報告せよ 、罷り間違っても刺激し戦いを挑むような事はあってはならない…

あれは人間では勝てない、まさしく無敵の存在、絶対に 絶対に…戦ってはならない』

その文字から伝わるあまりに必死な念情は多くの人々を震え上がらせた

頼むから、こんな人間実在しないでくれと……


だが、非常に残念な話だが、彼女は ヘリオスは実在する、今は別の名前を名乗ってはいるけど……な?

…………………………………………………………………………

「うぇーい!」

「いぇーい!、エリスさーん!」

木のグラスを手に持って 二人でぶつけ合うように酌み交せば グラスの中のグレープエードが揺れる

「子供のようにはしゃいで…全く」

「はしゃぎますよそりゃ、なんたって…」

「ええ、おめでとう サトゥルナリア」

そんな二人を見つめるのは黒髪のやけに大人びた幼子 メガネをかけたヤニくさい女と、体調優れなさそうにベッドに腰をかける女性の三人…なんて、他人行儀な言い方はやめよう

今エリスとナリアさん、そして師匠とリーシャさんとコルネリアさんの計五人で元ナリアさんの部屋 現コルネリアさんね祝勝会をしているのだ

祝勝会だ 勝ちを祝う会だ、勝ってもないのに祝勝会はしない、勝ったから祝っているし ここまで嬉しいんだ

「ゔぅ!、みんなぁ…ありがとうぅ」

びぇー!とグラス片手に涙を流すナリアさん、彼がここまで感情を露わにするのは無理からぬ事

……エリス達がマルフレッドと決着をつけてから既に二ヶ月近い時間が経った、そう 候補選の投票の締め切り期間が今日なのだ

そして、ナリアさんの票数…マルフレッドに票を取られていた故にゼロだった彼の票数が正常に戻り、かつ コルネリアさんが候補を降りたことによりそこから流れた票も重なり

今の彼の順位は…

「しかし、凄いですね 逆境だと思ってたんですけど、思いの外 ナリアさんを受け入れる風潮は大きいみたいですよ」

「今まで頑張ってきたからだ、偏見も目の前の現実には敵わん、多くの人間の前で劇を演じたサトゥルナリアの姿に多くの人間が魅了された、その結果だ」

「ですよね、なんたって…」

懐から取り出した紙を開く、結果報告として届いた便箋、上位十五名の名前が羅列されたその名前の中に ナリアさんの名前が…ある

『第十一位 サトゥルナリア・ルシエンテス、所属 クリストキント劇団』

と…、集まった票数は数万近く というかだ、そもそもの話 マルフレッドに票を取られていなければナリアさんは最初から二十位内には入る程だったのだ、そりゃそうですよね だって連日好評でしもん!

いやぁよかった、結果としてナリアさんは候補選の期間を上位十五名に食い込むことで次に…最終審査に進むことが出来た

「うぉおーん!、これもみんなのおかげだよー!、協力してくれてありがとうエリスさーん!台本書いてくれてありがとうリーシャさーん!、アドバイスをくれてありがとうコルネリアさーん!」

「いえいえ」

「それほどでも」

「一番頑張ったのはサトゥルナリア 貴方よ」

「おい!わたしには無いのか!サトゥルナリア!」

「レグルスちゃんも一緒にいてくれてありがとーう!うおおーん!」

さっきから喚きっぱなしのナリアさんを見てみんなでやれやれと笑う

エリス達がナリアさんを売り出すために打ち出した新作の歌劇『君へ届ける 我が声と歌』は結構な好評だ、内容というより ナリアさんが迷いを振り切り、全身全霊で打ち込み、歓喜の方を見て演技をした…それが功を奏した結果だ

今までのノクチュルヌの響光と違い、ナリアさんを前面に押し出したのも宣伝効果抜群だったみたいだし、あれからマルフレッドの妨害も無いし…全て順風満帆

故にこうして祝勝会を開いてるのだ

「でも、サトゥルナリア?まだ候補選は終わったわけじゃ無い、ここから更にエイト・ソーサラーズになる為の最終審査が残ってるわ」

「う…うん、審査員の前で僕達の劇を見せる…だったよね」

「ええ、知っての通り 聖夜祭での最終審査で全てが決まるわ、頑張りなさい ここからが勝負よ」

「分かりました…!」

あれから コルネリアさんは病身を押してナリアさんのアドバイスに努めてくれている、一応公表はしていないが既にこの劇団に所属する身、何かの役に立ちたいと言ってくれているのだ

確かに、ボロボロになった体の全快はまだまだかかるけれど、それでも かなり体調も良くなってきている、このままリハビリに努め健康的な生活を続ければ直ぐに復帰出来るだろう

「ありがとうございます、コルネリアさん 助かります」

「いいのよエリス、私も何かの役に立ちたいもの、でも 本当なら直ぐにでも復帰して役者として貢献したいんたいんだけれどね」

「気持ちはわかりますが、無理は…」

「それに、エリスとも早く共演したいわ…、貴方が騎士で 私が姫で、貴方が私を見て愛を叫ぶ…その姿を誰よりも間近で見たい」

「え エリスとですか!?」

「エリスとよ」

お 恐れ多いぃ、嬉しいけれど恐れ多いよぉ、エリスにとってコルネリアさんはまだスターもスター、その前で劇をするなんて おっかなくて緊張しちゃう…

「…………」

「ん?、なんだサトゥルナリア」

すると、何やらナリアさんが黙って…だまーって師匠の事を眺めてる、なんですか あんまりうちの師匠を肴にエード飲まないでくださいよ

「ああいえ、…ただ エイト・ソーサラーズになるなら どの魔女様の専任になるか決めておかないといけないんですけれど、どの魔女様にしようか 悩んでて」

ああ、そっか エイト・ソーサラーズとは八人の魔女様達を演じる事を許されたただ一人の人間達のこと、ナリアさんがこれからエイト・ソーサラーズになるなら 八人の魔女様の中から誰か一人を選ばないといけないんだ

…ふむ、だとしたら誰がいいか…

「エリスさんは誰がいいと思う?」

「エリスからオススメするなら孤独の魔女です、何せ一番カッコよくて強い魔女ですから」

「え エリス…やめろそういうのは」

と言いながら師匠、顔真っ赤ですよ?でも事実ですから、エリスの師匠は魔女様の中で最強ですから、世界最強ですから、目指すなら師匠になるといいですよ とナリアさんに言うと、リーシャさんはゆっくり首を横に振り

「いや、孤独の魔女はやめたほうがいいです、後無双の魔女も…」

と断られる、その意見にナリアさんもコルネリアさんも賛成と首を振り…

「なんでですか!」

「なんでって、候補選には現エイト・ソーサラーズも参加してるんだよ?、当然 何もなければ続投する為前回と同じ魔女様を指名してくる、つまり どの魔女様を選んでも現エイト・ソーサラーズと真っ向勝負になることは免れない、そして 孤独の魔女と無双の魔女は連続で何期も選任し続けているティアレナとエフェリーネが担当してる…この二人に勝つのはまず無理よ」

「あ…」
 
そっか、孤独の魔女役ティアレナさん 無双の魔女役エフェリーネさんはこの国のツートップと言われている、どちらも連続で何期も担当し揺るがぬ牙城を築いている、この二人に勝つのはまず無理 だって、勝ち続けて今あの場に立っている二人なんだ

普通は余程自信がない限り連続担当者には挑まない、そして…ナリアさんにそこまでの実力があるか分からない、なら避けるのが定石か

「いつかは挑んでみたいけれど、今は無理かな やめておくよ」

「そうしておく方がいいよ、とくれば候補は他の六人の魔女になるわけですが…」

「……え?、なんでみんなでエリスを見るんですか」

ふと、ナリアさん リーシャさん コルネリアさんの目がエリスに向けられる、何?その目…

「この中で一番魔女様に会ってるのエリスさんですよね、…あの エリスさんから見て僕はどの魔女に一番相応しいですか?」

エリスが決めるの!?、いや 一番魔女様を見てるのエリスじゃないですよ!、師匠ですよ師匠!そこにいるレグルス師匠ですよ!、その人全員に会ってますよ!、あ!師匠!面倒ごとだと思って気配消して!…

…いや、もしかしたらナリアさんはまだ師匠が孤独の魔女本人と結びついてないのかも、さっき師匠を見てたのも そう名乗ってるからとかそんな理由で…、もう 師匠は本物の魔女なのに

「エリスが決めていいんですか?」

「はい、お願いします」

とはいえ、任命権を任されたからには 答えを出せねば

…ふむ、エリスが今まで出会った魔女様は師匠を除けば五人、友愛の魔女スピカ様と争乱の魔女アルクトゥルス様 栄光の魔女フォーマルハウト様に探求の魔女アンタレス様

そして、会うだけ会った閃光の魔女プロキオン様の五人だ…

「ふむぅ」

ジロジロナリアさんの姿を見る、髪色は紫 目は丸みを帯びていて、身長はそれほど高くなく 体つきも良くいえば華奢、悪くいえばナヨナヨしてる…か

「似てませんね、どの魔女にも」

「えぇー!!」

だって魔女様は基本 みんな高身長だ、師匠もかなり身長が高いし アンタレス様 アルクトゥルス様に至ってはその師匠より頭一つ飛び抜けている、エリスの知る限り小さな人は一人もいない

「そんなぁ、アルクトゥルス様は?フォーマルハウト様は?」

「アルクトゥルス様は大柄でムキムキですし、フォーマルハウト様も身長は高くそれでいて髪も長いですし…」

「そう言う身体的特徴なんて観客席にいる人の殆どは分かりませんよ、それよりこう 雰囲気がね?」

「雰囲気?…」

ふーむ、とまたナリアさんを見る、ナリアさんといえば優しい優しといえばスピカ様、ならスピカ様?いや優しい人間なんて沢山いる、ただ優しいだけでスピカ様になれるなら苦労しない

なら、…ナリアさんは…

「えぇーっと、プロキオン…様…とか?」

「プロキオン様?」

「似ても似つかんだろ」

苦し紛れに言った言葉にナリアさんは首を傾げ 師匠から突っ込みが入る、いや苦し紛れですがエリスも適当に言ったんじゃありませんからね?

「プロキオンは騎士を心目指す心底イケメンな奴だ、それとナリアでは…」

「そこですよ、言い換えればプロキオン様も己の性別に囚われず やりたいことをやり演じたいものを演じた人でしょう?、そこはナリアさんも同じ なら似通るはずです」

「む、…確かに」

プロキオン様は騎士を目指していた というより 王子様系統の何かを目指していた とエリスは解釈している、だってほら 一番最初にスバル・サクラを演じたのはプロキオン様だし、それにルナアール…中性的な姿をしてし、他にはええと…

あの絵画、あれに描かれたプロキオン様も男装してた!、ね?ほら!

「プロキオン様か…」

とナリアさんは静かに目を伏せる、嫌 と言うより思い出してるんだ、そういえば彼もあの場に居たな、ルナアールが正体を見せた時のプロキオン様の素顔を

「あの、…ナリアさん?嫌ならエリスの意見は無理に聞かなくても」

「ううん、嫌じゃないよ 寧ろ合う気がする、いける気がする…けど、けどなぁ」

「けど?」

「プロキオン様は女性でありながら男性顔負けの凛々しさを体現する方、彼の方の魔女劇もそう言う方面が多いんだ 所謂凛々しい女性の凛々しい劇、そこに僕が挑むのは なんか逃げてる気がする」

逃げ?逃げときたか、まぁ確かに 女性でありながら男性を演じる女性を男性が演じるとか訳の分かんない構図になる訳だから難易度も高いか…

「いいんじゃないかしら?サトゥルナリア、私はいいと思う」

「え?、コルネリアさん?」

「どんなものでも演じ切るのが役者よ、そう言う女性も演じてこそ 一流の女優…なのではなくて?」

「確かに…」

おお、コルネリアさん流石だ、ナリアさんと同じ それでいてナリアさん以上の役者観を持つ彼女の言うことは、全部正しい気もしてくる

「うん…、演じ切る…確かに言う通りだ、それに…プロキオン様なら 僕の夢に通ずるところがある」

「通ずるところ?」

「だってプロキオン様なんでしょ?悲恋の嘆き姫を作ったのは、きっと そのお話の心を最も理解しているのはプロキオン様、だから 僕…なるよ プロキオン様に」

確かに悲恋の嘆き姫を作った 書いた 世に送り出したのはプロキオン様だ、つまり 彼の夢の原点とはプロキオン様なのだ、だとするなら 似てる似てない以前に彼はプロキオン様に挑むべきだろう

例えどれだけ難しくても

「分かりました、ならエリスも応援しますね」

「ああ、やるといい、プロキオンもお前のような志高い人間に演じられれば喜ぶだろう」

「私も応援するわ、…頑張って サトゥルナリア」

「いいと思いますいいと思います、私もそれ 乗りますね」

と皆の口からそれぞれ応援の言葉を聞き、ナリアさんはやや照れながらも立ち上がる、そうだ これはあくまで夢の通過点、なら目的地を見定めて通過すべきだ

「よーし!、僕頑張るぞー!」

そう言いながら彼はその手のグレープエードを飲み干す…、すると

「おじゃましまーす!」

「あれ、ユリアちゃん どうしました?」

ふと、部屋に入ってくるのはユリアちゃんだ、マルフレッドに囚われていたところをエリスが保護し、この劇団へ引き入れたコルネリアさんの妹が、この部屋へとトテトテ入ってくるのだ、その顔は今や健康的で 痣とかも全部治ってんだから エリスとしては良かったの一言だ

ユリアちゃんは今 一応劇団所属の劇団員見習い言うことになっている、お姉ちゃんが動けない間 私がお姉ちゃんを守ると精力的に劇団員の手伝いや裏方仕事に従事している、いつかは一人前の役者になり お姉ちゃんと共演するのが夢らしい、なんとも可愛い妹さんじゃあないですか

そんな彼女がトテトテと向かってくるのはエリスの膝の上、そこにちょこんと乗る…あの?ユリアさん、何故いきなりエリスの上に

「さっきお客さんが来られました、サトゥルナリア・ルシエンテスに用があると」

「僕に?」

ああ、ナリアさんにお客さんが来たお知らせに来たのか、でもならなんでエリスの上

「あれじゃないかしら、最終審査の前に候補選通過者の顔合わせがあるんじゃないかしら」

そう言いながら何故かコルネリアさんもベッドを降り、エリスの隣に座りしなだれかかる、あの 何?これ何?なんでみんなエリスにくっつくの?

「えぇ!?あ!忘れてた!今日だったか!」

「緊張のあまり忘れてた?…全く、ほら 早く行かないとやばいんじゃない?、別に遅れたからって審査に落ちるわけじゃないでしょうけど、心象は悪いと思うわ」

「で ですよね!、僕行ってきます!」

そうバタバタ慌てて支度をするナリアさんを見て思う…、顔合わせなら、ついていってもいいんじゃないか?、いや ナリアさんが心配というより、今日は公演も休みだし やることないし、ついていってみたい

「あの、エリスもついていってもいいですか?」

「え?、いいと思うけど…行っちゃうの?」

「行っちゃうんですか?エリスさん」

そう潤んだ目でこちらを見るコルネリアさんとユリアちゃんに気圧される、いや 行っちゃうよ 行きたいよエリスも

「懐かれたな、エリス」

「え、懐かれてんですか?エリス」

「まぁエリスは私達姉妹にとっての恩人だしね、はっきり言ってこの世で一番信用できるわ」

「助けに来てくれたエリスさん、かっこよかったです」

そりゃ嬉しいが、懐いたからってこんなくっつく?、いやくっつくな エリスも師匠に同じ感じでくっつくもん、でもごめん エリスは行きます

「ごめんなさい、二人とも エリスはナリアさんについていきますね」

「ええ、いいわ 重しや枷にはなりたくないから」

「でも行って何するんです?」

リーシャさんの問いに考える、正直興味本位だ、理由は後付けになる…けど強いて言うなら

「そろそろ例の件が…三ヶ月後が近いので、ヘレナさんに挨拶をと」

「ああ、もう一ヶ月切りましたからね、確かに それがいいかと」

そうだ、最終選抜が終わり次のエリス姫を決める頃…ルナアールは現れる、ならその件についてそろそろ打ち合わせをしておく必要があるだろう、なら丁度いい ついていって話をしておきたい、後付けだけどね

「では、すみません エリスも行ってきますね」

「うん、あ エリス お化粧はいいの?」

「エリスはお化粧しませんから」

「えぇ!?エリス お化粧なしでそれなの!?」

なんでコルネリアさんの驚きの言葉を別れの言葉にエリスはナリアさんと共に向かう、招集をかけた 王城に……

……………………………………………………………………

「にしても、候補選が終わったと言うのに、街の賑わいは更に増してるように見えますね」

「そりゃ本番はこれからだからね、エイト・ソーサラーズ任命式の時 それこそ聖夜祭なんか盛大にやるんだよ」

なんて、ナリアさんと二人で街の大通りを歩きながら和気藹々とまでは行かないが適当な話をしながら王城 ディオニシアスを目指す、しかし さっきも言ったがなんだか街中全てがそわそわしているような印象を受ける

ナリアさん曰くエイト・ソーサラーズ任命式…通称聖夜祭の時は凄い騒ぎだそうだ、そりゃ五年に一度のイベント その本番だしね、そりゃあもう盛大に祝うんだろう

「ほら、あそこ見て」

「ん?、げっ 何ですかあの砲台の数」

見れば向こう側から物凄い数の砲台が列を成して街の外側に向かっていくのだ、戦争でもするのか…?

「あれは戦闘用のものじゃなくて 花火を打ち上げる為のものさ」

「花火?、いいですねエリス花火大好きです」

メルクさんとの思い出もあるしね、だとしても凄い量だな…何百 いや下手すりゃ何千とあるぞ

「あの大砲を街の外周にぐるっと配置して、エイト・ソーサラーズ任命の儀が終わると言共に同時に打ち上げるんだ、街を囲む花火…すごく綺麗だよ」

「同時に凄いやかましそうですね…」

でも この円形に広がる王都アルシャラの周囲をぐるりと花火で囲むのか、それはそれで壮観だ 他じゃ絶対見られない光景だろう、出来ればその絶景をナリアさんの夢の成就のお祝いとともに見てみたいな

「他にも街中飾りつけしたり、魔術陣で光を作ったり、とにかくたくさんの飾りでこの街を覆うんだ」

「へぇ、凄いですね まさしくお祭りです」

「だから最終審査の日は聖夜祭って呼ばれてるんだ

なるほどね、どこの国にもある年に一度の大祭 この国はそれがそうなのだろう

「む…なんでしょう、あれも何かに使うんですかね」

すると 大広場を通りがかった時、何やら見える 人集りと野外舞台、なんだろうか あれ

「…分かんない、なんだろうね」

ってナリアさんも知らないのか、まぁ別に彼もアルシャラ博士ってわけじゃないし、知らないことも多いか、今回の招集も知らなかったし

「あそこが召集の集合場所だよ、サトゥルナリア・ルシエンテス」

「へ?」

ふと、目の前から声をかけられる、美人だ 美人がいた、ショートカットは健康の具現 笑みから覗く白い歯は余裕の表れ きりりと芯のあるタレ目は優しさを内包し、何より立ち振る舞い ピンと張った背がそれほど高くない身長を大きく見せる

そんな綺麗な女の人がナリアさんの事を呼びながら、指差すのだ…会場を

「え?あ、貴方は…エイト・ソーサラーズのタチアナさんですよね!」

「うん、あたしのこと知ってたんだ、まさか君が残るとはね…びっくりだよ」

「え?、この人エイト・ソーサラーズなんですか?」

なんでエリスが言うとナリアさんはギョッとして耳打ちしてくれる

この人はタチアナ・ベックリン、爽やかなスマイルが武器の新進気鋭の大女優、五年前エトワール中で大流行した騎士物語にて 主演の女騎士アリーナを演じその勢いのままエイト・ソーサラーズした人物、世間からの評価は二分であり 一つは『大器晩成の大女優』もう一つは『一発屋』…、あんまりいい話でにないな

「というか、エイト・ソーサラーズなんですね」

「なんですねって…そんな軽く」 

「いやいや私は軽いさ、それに今はもうエイト・ソーサラーズじゃない、候補選が終わって最終審査に挑む以上 私はもう元エイト・ソーサラーズでしかない、また同じ役を演じるには…再び勝ち上がるしかないの」

「う…そ そうですね…」

と タチアナさんの話を聞いて何やら申し訳なさそうな顔をするナリアさん、…あ…ああー もしかして、タチアナさんが以前まで演じてた 担当していた魔女様って…

「あの、タチアナさんってもしかして魔女プロキオン様役の…?」

「そうだよ、プロキオン様のイメージに近づける為に髪も短くして剣も習って…、って今はそれはいいか、そう言えばクリストキントといえば騎士物語 ノクチュルヌの響光で有名だけれど、もしかしてサトゥルナリア君が目指すのって…」

「…はい、プロキオン様です」

あ とタチアナさんの顔が固まる、最悪の巡り合わせだな、ここに来て前プロキオン様の担当者と相見えるとは、いやこれも運命か…

二人の間に何とも言えない 何も言えない沈黙が走る、片やプロキオン様続投を目指すタチアナさんの、片やプロキオン様の座を奪いに来たナリアさん、二人は謂わば敵同士、それも 互いの夢を賭けた…

「…ふっ、ここで声をかけたのは間違いなかったね、ライバルの一人が遅刻なんて 私も恥ずかしいから」

「タチアナさん…」

「負けないよ、私は誰にも…絶対に、私はエフェリーネさんのようになる為にこうして戦い続けている…、この道は誰にも阻ませない」

確かな敵意と気概を乗せた目をナリアさんに向けるなり彼女は野外会場の方へと向かっていく、…強かな人だ、負けたくないと思いながらも負ける気が全然してないって顔、そしてその自信に裏打ちされた努力と風格、やはり一度エイト・ソーサラーズに上り詰めた人は違うな

ともすればコルネリアさん以上の強敵になりそうだ…

「ナリアさん…」

「うん、…僕負けないよ、だから応援してて…もう、僕は僕の事を諦めない、例え誰かの夢を阻んだとしても、僕はなりたい自分になるんだ」

と、こちらも心配は要らなそうだ 、乗り越える物を乗り越えた彼は強くなった、決して 折れることはない、例えその目の前に何が立ち塞がっても

「よし、じゃあ僕 行ってくるね?」

「あ、はい!いってらっしゃい」

そうエリスに軽く意気込み、彼はタチアナさんに続いて野外劇場の裏方へ向かっていく、さて エリスはどうしよう

ナリアさんについていくとは言ったが、あの野外劇場の裏方までエリスがついていけるとは思えない、野外劇場の方には何やら人集りが出来ているし…、この後何が行われるかは容易に想像出来る

が、その前に一応確認しておくか…と、野外劇場を警備している騎士に声をかけ 答え合せをする

どうやらこれから行われるのは候補選を勝ち残った通過者の顔合わせ、そして発表らしい、ヘレナさん主導でこの広場に通過者を集め あの野外劇場で発表するって流れらしい

となるとやはりエリスは裏方までついていけないだろう、大人しく観客席の方に居ようかな、ヘレナさんに話しをしておきたかったが、所詮後付けの理由 無理なら無理でそれでいい

興味本位でついてきたんだ、楽しむ方を選ぼう、そう決まったならばと直ぐに野外劇場の周りを囲む野次馬達の外周に位置取る、エリスの場合最前列にいなくても遠視の魔眼でちゃんと見れるから

「ナリアさん、…緊張してるかな」

こんな大勢の前で発表するなんて流石のナリアさんも絶対緊張してるだろうな…、クリストキントのみんなも来てないし、そういえばクンラートさん達も忘れてるのかな…

なんてボケーっと考えている間に 野外劇場にて動きがある、簡易的にかけられた垂れ幕の向こうから …一人の女騎士が現れる

『諸君、長らくお待たせした 今から候補選を勝ち残った栄えある合格者 十五人を発表する!、この十五人の中から我々王室や関係者が厳正な審査を行い、次期エイト・ソーサラーズを決定する故 心して見守って欲しい!』

ヘレナさんだ、いつもの姫騎士スタイルで舞台上に立ち バッと両手を掲げ市民達に宣言する、こう言ってはなんだがエリスの中で比較的情けない印象のある彼女も こうして見るとラグナ達と同じ王者の気風というものを感じるな

『では!、第十五位から発表していこう!、名前を呼ばれたものは舞台へ上がってくれ!、まず 第十五位!ガギエル劇団所属のニコレット・ホルバイン!』

ヘレナさんの合図で奥の垂れ幕から女優が次々と現れる、皆どれも見目麗しく 壇上に上がるその仕草一つでその実力の高さが分かる…、がしかしあれだな

もしかしたらここにいる人たちが魔女様を演じるかもしれないんだよなぁ、現エイト・ソーサラーズ達がどんなものかは分からないけれど、出来れば変な人には演じて欲しくないな…、或いは これは国民全員の意識なのかもしれないな

ヘレナさんは舞台に立ちながら一人一人下の順位の人間から呼んでいく、十四位 十三位 十二位…、上位十五位とはいえここから先は役者にとっての頂上決戦、彼女達はこの国の上澄みの中の上澄みとも言える存在達だが その顔に油断や驕りは見えない

むしろここからだと言わんばかりだ

そして

『次は十一位!、なんと驚くべき事に この候補選始まって以来の快挙が起こった、男性の身でありながら女優を志す少年、君達も名前くらいは知ってるだろう その彼がなんと最終審査に進むこととなった!』

彼 って言ったら一人しかいない、この国に この世界に この歴史に、エイト・ソーサラーズに手が届きそうなところまで来た男は彼しかいない…

どうやら彼の番のようだ…、エリスだけでも盛大な拍手で迎えてやろう!

『十一位!クリストキント劇団所属のサトゥルナリア・ルシエンテスだ!』

さぁ拍手を!っとエリスが手を叩こうとした次の瞬間…

「っ…!?」

ワッ!と会場が歓声に包まれる、他の候補者達同様 歓迎するように祝うように、市民達は手を叩き声を上げる

「頑張んなー!、応援してるぜー!」

「貴方の演技最高だったわ!、男性の演じる魔女 楽しみにしてるからー!」

「えぇー!?男だったのー!?、まぁいいや!サトゥルナリア様ー!頑張ってー!」

万雷の喝采さ海を破る歓声、ナリアさんは受け入れられている、そうだ 彼自身が思い悩んでいたことなんか杞憂なんだ、この国は美しき国エトワール、芸術であれば讃えられ 美術であれば賞賛される

それはナリアさんも同じ、偏見はあろうとも 彼の努力を受け入れる度量を、この国の人間は持ち合わせてるんだ

なーんだ、もっとこう…彼だけ拍手が少ないものとばかり思ってたが、どうやら見くびっていたようだ、この国の人間と ナリアさんを

『ッッー!皆さん!ありがとうございます!僕頑張ります!』

なんて初々しく涙を堪えながら礼をすれば、その健闘を期待する声が更に強くなる

これでわかったでしょうナリアさん、貴方はなんの遠慮もせずに、叶えていいんです 夢を…、その為に頑張った努力が ここにあるんですから

『ふむ、いい歓声だ!では次に参ろう!、続いて第十位!』

と ここから上位十位の発表となる、ここからはこの国のトップ女優達だけになる、そこに紛れはなく 確かに実力と地位 経験が周知されたベテランばかりだ

『第十位!前期プロキオン様役!タチアナ・ベックリン!』

『二発目の花火 期待していてね』

キラーンと歯を白い歯を輝かせるのはタチアナさん、二発目 というのは彼女を蔑称 『一発屋』に対するカウンターだろう、本当に強かな人だ

しかし、十位なのか…思いの外ナリアさんと差はないのか?、いやいや これは飽くまで投票、実力の目安にはならない、ここにある票数以上に ナリアさんとタチアナさんに実力差があるかもしれない、まぁ?その逆もあるわけだが

そしてそのままランキング発表は続く、前々期のエイト・ソーサラーズだったり、前期でスピカ様を演じた可愛らしい役者やフォーマルハウト様を演じた真面目そうな役者…他には

『第五位!、王国歌劇団所属!、前アルクトゥルス様役 デボラ・ラファエロ!』

『うーす!、オラまた頑張るだよー!』

すげームキムキな女性が出てきた、アルクトゥルス様らしい力強い役者だ、けどアルクトゥルス様みたいな武闘家の筋肉ではなく、太く ただ太い農夫の上位互換みたいな筋肉だ、馬橇を引く馬みたいとも言える…

あれをアルクトゥルス様が見たらなんて言うのかな、いい筋肉だって褒めるのかな、それとも筋肉のつけ方がなってねぇって怒るのかな

ラグナ達ともいつかこの国の劇を見にきたいな、メルクさん デティ アマルトさんとエリスの五人でナリアさん達の劇を見る、難しいけど いつか叶えたいな

『続いて第二位!、といってもこれもまたお決まりだね!、ミハイル大劇団所属!、前レグルス様役 ティアレナ!』

『…………』

そして出てくる第二位、今 この国で二人しかいない連続担当者、レグルス師匠役を演じる 黒髪の美人、ティアレナが舞台へと現れる

聞いた話によるとレグルス師匠の役を演じるのはとても難しいらしい、というのも師匠が世に現れたのはつい最近、それまで師匠に関する文献は殆ど無かったため、演じるには役者自身の自己解釈が必要となる

その自己解釈が観客に受け入れられるかどうか…、それは全てレグルス師匠役の役者にかかっている、実力以上にセンスが問われる役柄らしい、だが あのティアレナはそれを見事に演じきり 史上最も魔女レグルスに近い女とまで呼ばれているらしい

黙りこくって壇上に立つティアレナを見て思う、そう言えば 彼女の舞台は見たことあるけど、彼女自身が話してるのは初めて見るな

と 思うや否やティアレナは腕を前に突き出し

『よろしくブラスター!!』

…え?、何?今の…、周りを見るが周りも多分エリスと同じ顔をしてる、何あれ?って顔だ、うん もう一回言っていい? 何あれ

『てぃ…ティアレナ殿?、今のは…』

『あっはははは!、いや何!今年はこういう方向性で攻めようと思ってな?、いやぁ我ながら抱腹絶倒のギャグと思うて!、今日この日この場まで温めておった!、真似しても良いぞ!許可する!金は取らん!なーんちゃって!なはははは~!』

なんておどけて笑うティアレナに、エリス最初自分の気がおかしくなったのかと思いましたよ

いや!なんだよ!、あれ!師匠あんなこと言わないよ!、あれが師匠に最も近いた人間!?頭おかしいんじゃないのか!師匠そんなこと言わないよ!、というか!あのノリどっちかと言うとシリウス寄りだよ!

…くそっ、あまりの解釈違いで聞いたことない病気になりそうだ、あいつ実はシリウスが人間の体乗っ取って師匠の悪評ばら撒いてるとかじゃないだろうな…

『お おほん!、では続きまして…、第1位の発表といこう!といってもみんなはもう察しているだろう!この国の演劇界の英雄にして生ける伝説!、今年もまたこの人が一位だ!、ミハイル大劇団所属!前カノープス様役 エフェリーネ!』

バッ!と垂れ幕を弾き 奥から現れるその姿を前に、観客は今日一番の盛り上がりを見せる、この人を見にきたと言わんばかりの歓声 、それを一身に浴びるはただ一人

『皆さん、御機嫌よう』

その一言で場が支配される、この国の頂点にもう何十年も君臨し続ける絶対者 名をエフェリーネ…、ミハイル大劇団の団長であり既に数十年もカノープス様を演じ続けるただ一人の女王

コルネリアさんの不正票がなくなった瞬間、やはり彼女が代わるように第1位になったのだ、それに 今年はエフェリーネ様が危ないかもしれないと危機感を感じた普段投票しない層まで投票したせいで、今年は以前自分が打ち立てた最多得票数の記録を大きく塗り替える結果となった

その人気 その玉座に陰り無し、今年もカノープス様は彼女で決まりだろう

『今年も流石の結果でした、エフェリーネ殿』

『いえ、一位の座から転げ落ちたら引退…と考えていたのだけれど、この分じゃあまだまだやめれそうにないわね、私がヨボヨボの老婆になる前には 誰か私を超えて、辞めさせてくれることを願うばかりです』

その言葉を聞いて観客は笑う エリスも笑う、何かの冗談だろう、この分じゃあ後二~三期、十年二十年は彼女は現役のままだ

『さて、…では こうして今年のエイト・ソーサラーズの候補が出揃ったあたりで、それぞれ意気込みを聞いて回ろう、勿論 ここでの意気込みもまた最終審査の選考基準として受け止めるからそのつもりで』

舞台に出揃うは十五人の役者 その頂点達、それが一堂に己の意気込みを語ると言うのだ、これは楽しみだな…、付いてきてよかった

「お前誰応援するよ」

「俺は候補選の時からデボラさんって決めてんだ、あの筋肉美をまた見続けたい」


「はぁ、今年もダメだったかぁ」

「来年頑張ろうよ、それよりほ今年の通過者を讃えましょう?」


「今年もエフェリーネ様の演説が聞けるのかぁ」

「ちょっとあなた、いくらエフェリーネ様のファンだからって、妻帯者が他所の女に鼻の下伸ばすのってどうなの?」

揃った十五人を前に市民達はざわざわと騒めく、興奮冷めやらぬって感じだ、さぁ ナリアさん、この聴衆の興奮に 貴方はどう答えるんですか?

そう緊張しているナリアさんに目を向けた瞬間

「おっと…」

ふと、興奮し始めた野次馬の群れが動き エリスもまた横にちょいと押される、おいおい 興奮するのはいいが大人しくしてくれ、今からナリアさんが喋るんだから

「すみません、ぶつかっちゃいました」

「ああ、いや大丈夫だ」

ふと、横に押され ぶつかってしまった人に対して謝る、エリスも押されたとは言え その末にぶつかったのならエリスも同罪だ、けど エリスがぶつかったと言うのに エリスの隣にいる人は小揺るぎもせず……

「……?」

ぶつかった相手を見て、エリスは眉を顰め ナリアさんから視線を外し隣の男を凝視する、…言い知れぬ 違和感というか…何かを感じたからだ、エリスが長い旅の間で培った勘とも言える何かを

(なんだ、この人…)

まず第一に違和感を感じたのはその男の姿だ、焼けたような灰の髪と褐色の肌、そしてこんなにも寒いと言うのに薄着一枚で 胸元なんか盛大にはだけている、この雪国じゃ考えられないと言うよ命に関わる格好

そしてそんな珍妙な格好が霞むものが一つ、男の背後には人一人入る大きな籠…いや、棺桶が置かれていた、感じ的に引きずってきたんだろうけど

なんだこの男、格好といい棺桶といい、これで葬儀屋ですは通らない…

すると、その灰の男は隣に立つ小柄な…これまた男と似たような灰の髪と褐色の肌 薄着をした女の子にトントンと肘を突かれ、こんな会話をするのだ

「ねぇねぇ、アグ兄 あそこにいるのってヘレナ姫じゃね?」

「みたいだな、一国の姫が そして最重要の要人が真昼間から舞台上で司会進行とは、無用心かつ間抜けな国だ」

舞台の上で候補者達にインタビューして回るヘレナ姫を見てそう呟く、その顔に 一切の親しみ無し、あるのは純粋な敵意で…って、こいつら 何言って…

「まぁいい、あっちから出てきてくれるなら 手間が省ける、俺たちで 終わらせられるからな」

そう言いながら 男は…アグ兄と呼ばれた灰髪の男はゆっくりとヘレナさんに手を向けて、魔力を隆起させ…

って!、なんて魔力だ…!、お遊びや悪ふざけで出していい量じゃ…その辺の街人が纏っていい量じゃない!、というか こいつら!

(ヘレナさんに攻撃しようとしている!?)

「『カリエンテエストリア』」

「『旋風圏跳』!!」

刹那、男の手から放たれるのは甚大な量の爆炎、それが一箇所に集中し 太陽の如き火炎となって真っ直ぐ舞台に飛びかかるのだ

当然 いきなり放たれた炎弾に反応出来る者はいない、ヘレナさんもナリアさんもエフェリーネさん達候補者も、観客席にいる誰も…エリス以外の誰もが呆気を取られる中 エリスは飛ぶ、何も考えず舞台へ飛び 炎弾と向き合うと

「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』!!」

ありったけの魔力を水に変換し目の前に生み出し、湖を丸ごと屹立させたが如き水の壁、それをもってして放たれた極大の炎弾を受け止めるのだ

「くうっ!…」

「な 何事だ!?エリス君!何があった!」

エリスの生み出した水は炎弾を受け止め、その防御と引き換えに全てが水蒸気になって消えた、凄まじい威力と熱量、いやさっき聞こえた カリエンテエストリアって

確か…、炎熱系の現代魔術で最強クラスと言われる魔術!、そんなもんお遊びでその辺の若者がぶっ放すわけがない!

敵襲だ、何かは分からない 何故かは分からないが もうそうとしか考えられない

「ヘレナさん!マリアニールさんは来てますか!」

「え?…ま マリアなら裏に…」

「今すぐ国の兵士使ってここにいる人間全員…いや、広場の付近に住んでいる住人全員退避させてください!」

「え…あ…」

「早くッッ!!!!!」

エリスの怒鳴り声と共に ヘレナさんと周囲の観客は蜘蛛の子散らすように逃げていく、マリアニールさんがいるなら兵士も少なからずいる、劇場を守護する騎士も何人かこの目で確認した、後は彼らが住人を恙無く避難させてくれることを祈るばかりだ

「エリスさん!、何があったの!?」

「ナリアさん…分かりません、ただ ちょっと…いえ、かなりマズい事が起きてるとしか」

逃げ惑う人々の中 駆け寄ってくるナリアさんを突き放す、ああ マズいことになった、エリスの直感がビリビリ反応している、実戦の匂いだ

アルザス達の時にさえ感じなかった、ヤバい気配がさっきから止まらない

「ぼ 僕も何か手伝って…」

「何も手伝えません!、それより早く避難を!、とにかく今は人命を優先したい!」

「エリスさんはどうするのさ!」

「エリスは……」

野次馬が逃げ去り 無人となった広場の中、逃げずにこちらを見ている二つの影、さっきの男女がこちらを見ている、この騒動の原因になった奴らだ…

「あいつらの相手をします、だからほら 早く」

「あいつら?…何者、…分かった…でも無事でいてね!」

それは当然 そのつもりだ、ナリアさんが逃げたのを確認し エリスは魔力を高ぶらせる、さぁて…

「何者ですか!貴方達!!」

エリスと 件の二人だけが残った広場に、エリスの怒声が木霊する、牙を剥き 激怒するエリスを前に二人は臆する事なく首をかき

「今の古式魔術、ってことは お前がエリスか、孤独の魔女の弟子…、こんなに接近しているのに気がつけないとは、あんまり風格ないんだな お前」

「もっと強そうなのかと思ったけど、なんだーこのくらいならなんとでもなりそうじゃん」

エリスの素性を知っている?、…もしかしてこいつら…

「まぁ、お前もターゲットの一人だし、ここで殺しておくか…」

「貴方達、大いなるアルカナのメンバーですね…」

「まぁ、隠す必要もないしな ご明察とだけ言っておこう」

やはりか、大いなるアルカナ ここにもいたか!、しかも今の魔力…コルスコルピで出会ったサメフやヌンを遥かに上回っていた、…恐らく幹部クラス、このポルデュークに存在すると言われる大いなるアルカナの主力部隊!

「ふっ、幹部クラスが二人揃って…なんでヘレナさんを狙ってんですか!」

「なんでってなぁ、俺たちの狙いは魔女の弟子全員の抹殺、故にお前も ヘレナ姫も殺す、それだけしかないだろう?魔女排斥機関なんだから」

…あ!、こいつら ヘレナさんが流した閃光の魔女の弟子って嘘の話…間に受けて!、しまった こっちのリスクは全然考えてなかった…!

そりゃそうだ、大いなるアルカナやマレウス・マレフィカルムの目的は魔女の抹消、そしてその意思を継ぐエリス達魔女の弟子の抹殺だ、ヘレナさんが魔女の弟子を名乗れば 当然…殺しに来る!

「そして、一つ 訂正する事がある…」

すると、男は背負った棺桶をどさりと地面に下ろすと共に、コキコキ肩を鳴らし…

「俺は幹部じゃない、ただの幹部補佐だ」

「え?…」

その強さで?、その魔力と攻撃力はエリスが今まで戦ってきた殆どの幹部の魔力を上回るというのに、こいつ 幹部ですらないの…?、そんな衝撃の中 二人はゆっくりと構えを取り

「これより殺す相手への礼儀として名乗らせてもらう、…大いなるアルカナ レーシュ隊 隊長アグニス」

「同じく!レーシュ隊副隊長イグニス!、二人揃って太陽の守護者!よろしくねん!」

レーシュ…大いなるアルカナ最強の五人の一角 太陽のレーシュ、その部下だと名乗る二人は その身の魔力を炎に変えて、エリスの前に立ちふさがる

いきなり、とんでもないことになってきたぞ…これ
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