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七章 閃光の魔女プロキオン

193.孤独の魔女ともう其処には居ない少女

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ナリアさんから受け取った突然の報せ

『コルネリアさんが疲労で倒れた』

それを聞き エリスは遂にかと下唇を噛む、だって当然だ コルネリアさんは休む暇もなく常に酷使され続けている、あちこちの街を巡って 外に出る自由さえ許されず、ただただひたすら無茶な公演に耐え続けてきた

マルフレッドの利益を生む ただそれだけの為に利用され続けていたのだ、全てはマルフレッドに攫われている 唯一の肉親 妹ユリアちゃんの為に

しかし、コルネリアさんとて人間、ましてやこの候補選期間はどこの劇団もフル稼働、そのフル稼働に呼応してイオフィエル大劇団もまたいつも以上に公演を行っていたと聞く、それこそ 息をつく暇さえないほどに

その全てで主演を行う彼女の身体的 そして心的ストレスは計り知れない、それが遂に限界を超えたんだ、コルネリアさんはもう動けない

しかし、動けなくなったね もうゆっくりしてていいよ なんて言う男がそこまで酷使するか?、絶対コルネリアさんに鞭を入れ無理矢理舞台に立たせようとする

マルフレッドの手にはユリアというコルネリアさんを絶対に動かせる鞭がある、それがある以上 コルネリアさんは逆らえない、でも これ以上酷使されたら 死ぬ…死んでしまう、コルネリアさんが

コルネリア・フェルメールという一人の女優に魅入られたファンとして、それは絶対に看過できない、なんとかしなくては その一心でエリスは一人劇場を抜け出し 向かうはイオフィエル大劇場

絢爛豪華な劇場の入り口には 案の定人集りが出来ていた…

「コルネリアが倒れたって本当かよ!」

「そんな話一言も聞いてないわ!何か説明を頂戴!」

「コルネリアが出ないならチケット代だけでも返せよ!」

轟々と飛び交う罵詈雑言を前にイオフィエル大劇場は固く入り口を閉ざしだんまりだ、あんなもん答えあわせしてるようなもんだろう…、いや 或いは無理矢理コルネリアさんを動かすまでの間の時間稼ぎか

なら、急がないと…、でも入り口からお邪魔しまーすって入るわけにはいかない、というか入り口が開いてても そんな風には入れないし、コルネリアさんには会えない

なので、仕方ない ここは忍び込むこととする!

「ふぅ…」

息を潜め 人集りを囮にエリスは劇場の裏手に回り 裏口の扉を探す…、幸いここに人は来ていないようだし、何より あの暴徒達がいつ突破してきてもいいように人員を正面に向けているからか

裏には人の気配はない、ここからなら忍び込める

「…………』

髪に刺してある髪留めもどきを捻じ曲げ一本の針金にし 鍵穴に差し込む、これでもエリスは投獄経験だけならそこらの大罪人よりも多い、いつ謂れなき罪で囚われてもいいようにピッキングは普段から練習済みなんですよっと、よしよし開いた

しかしこれじゃあ本当に犯罪者だな、もし見つかったら 今度は謂れなき罪ではなく正当な手続きで牢屋にぶち込まれそうだ

しかしこれもコルネリアさんのため!、お天道様!今は目を瞑っててください!

足の裏の雪を落とし、人の気配を探りながら 劇場内に侵入する…、どうやら裏手には人はいないようだな

ここもクリストキント劇場のように居住空間も兼ねた劇場らしい、ならコルネリアさんがいるのはその居住空間のどこか…、いや ここのスターなら一番いい部屋か…

「しかしさぁ、マルフレッドも…」

「ッ……!!」

即座、曲がり角から聞こえた声に反応して飛び上がる、そのまま音を立てず天井の僅かな窪みに両手足の指を引っ掛け壁に張り付く、王城で編み出した天井張り付き法だ…

「無茶苦茶だよな、脇役の俺たちだってもう毎日ヘトヘトなのに、コルネリアさんなんて俺たちの倍以上出番も出演もあって、休みも許されないなんて…」

「そうよね、こんな生活三年も続けてたんだから 十分超人よ、なのにあんなこと言うなんて…」

天井に張り付くエリスに気がつくこともなく、眼下を通り過ぎていくのは二人の劇団員、確か千倒魔拳のコンスタンツェにも脇役で出ていた二人だ、三ヶ月前のことですがしっかり顔覚えてますよ

しかし、何やら陰口のような…いや実際陰口を叩いている、マルフレッドへの悪意とコルネリアさんへの同情の言葉だ、どうやら この劇団内でも意識的には外と変わらないらしい

「コルネリアさんが爆発的に売れたからって こんなのあんまりだ、それに こう言っちゃなんだが 俺だってやる方だと思わないか?、これでも元の劇団じゃぶっちぎりのやり手だったんだぜ?」

「つまりコルネリアさんの穴を埋められるって言いたいの?」

「おうよ!」

「無理よ、あの人 日も登らない内から演技の練習して 夜も誰よりも遅くまで劇の研究してるんだから、努力の数が足りないわ あんた出来る?」

「無理かも…俺朝弱いし」 

まぁ、確かに この劇団は実力者が揃っているがそれでもコルネリアさんしか有名な役者がいないのは、コルネリアさんがそれだけ隔絶しているからだ

夜空と同じだ、星がどれだけ強く輝こうと 月には及ばない、だから大地から空を見上げた時 人の目には月しか映らず 他は引き立て役にしかならない、これでもし他にもコルネリアさんには匹敵する人がいたら 彼女の負担も減ったのかな

だが実際は違う、月に変わる星など無いのだ、そして月を失った夜空のなんと暗き事か

「でも…、なんとか力になれないかな」

「マルフレッドさんを説得に行く?」

「それも難しそうだな、あの人今激烈に荒れてるし…、下手に声かけたら殺されそうだ」

なんて会話をしながらエリスの眼下を通り過ぎていく役者達を前に、ホッと一息つく…よかった、バレずに済んだ、もしここの劇団員に見つかったら エリスはもう撤退の一手しか打てない

いつもみたいに相手を昏倒させてその場を凌ぐなんてこと、出来るわけない、ここにいる人たちはただの役者さん達なんだから

なんて、天井に張り付いて一息ついていると…、刹那 張り付く指先の感覚が ズレる

「っ……!?」

「ん?」

指が 僅かな窪みに引っ掛けていた指が重心を失いズルリと落ちたのだ、思えば当然 エリスが以前張り付いていた城は岩をくり抜いて作られたいわば彫刻作品、引っ掛ける窪みは多くあるが ここは違う、整えられた天井は張り付くには条件が悪過ぎたのだ

不意に手を滑らせ僅かに立ててしまった異音に、通り過ぎたはずの劇団員が気付き くるりと振り返るのだ

「………………」

「どうしたの?急に振り返って」

「いや、なんか聞こえた気がしたんだけど、気のせいか」

しかし、劇団員はまた気がつくことなく立ち去っていく、まぁ 腕一本滑らせただけじゃ落ちはしない、直ぐに体勢を整えれば隠れることも容易だ

いやでも…、危なかった…、危うくバレるところだった、もう少しうまく張り付く方法を考えておかないと

「ーーーっ……」

息を殺し 音を立てず地面へ着地し、そそくさと移動する、どうやらあの人達は行ったみたいだし、また誰かに見つかりそうになる前に 早く移動してしまおう…

「ささっ!さささっ!」

物陰から物陰、高速で飛び交い 時折チラチラ周りを確認して再び移動を繰り返す、一番いい部屋とは何処か?、それはその部屋に入った時 『あー、いい部屋だなぁ』と思うことが唯一にして絶対の条件

人間が良質な空間と思う条件はいくつかある、広さ 色合い 清潔さ、そして何より…眺め

「この辺ですね」

そうして辿り着くのは劇場の最上階、階層にして五階くらいか、基本的に上層階は眺めがいいってのが鉄板だし、上に登れば登るほど豪華になる装飾、どうやらエリスの予想は当たったらしい ここにコルネリアさんがいる

だって…

『いいから動け!コルネリア!!』

ほら来た、聞こえてくる怒鳴り声、コルネリアさんに近付きゃこの声…マルフレッドの怒鳴り声が聞こえてくると思ってましたよ、こうなりゃ後は簡単、マルフレッドの怒鳴り声を道標に近づいて行けばいい

なるべく足音を立てず、マルフレッドの怒鳴り声のする方へ進む

『さぁ立て!休みなど与えてもらえると思うな!、外で客が待ってるんだぞ!、剰え金を返せなどと言っておる!、金はワシのものだと思い知らせに行け!』

しかしまぁ、怒鳴ってる相手は間違いなくコルネリアさんだとして、コルネリアさんの反論が聞こえない…、もしかしたら 相当やばい状況なのかもしれない、だというのにマルフレッドのあの口調はなんだ

『お前を拾ってやった恩義を忘れたか!お前をスターにしてやったのは誰だ!、言ってみろ!おい!』

刹那、乾いた音が響く…この音は、張り手 ビンタ 平手打ち なんと言おうが構わない、打ったんだ、手で コルネリアさんのことを、マルフレッドが!

「っ!」

刹那、プッツンしかける頭を落ち着かせるため唇を噛む、落ち着け落ち着け、エリスはちゃんと解決するため動いている、それを台無しにするような真似は控えろ、罷り間違っても今 この怒鳴り声が聞こえる目の前の扉に蹴りを食らわせ 中の男に飛びかかったりするな!

『もう動けんか、ふんっ…ならばいい、お前の妹の血でも見れば気持ちも変わろう、指か耳か…、アルザス達に持って来させるか』

『ーーっっ!』

『離せ!…、悪く思ってくれるなよ、これも全ては利益の為、ワシとて地獄には落ちたくはないのだ』

マルフレッドは捨て台詞を吐くなり ズカズカと扉の方に、こちらに寄ってきて…

「ふんっ、軟弱者め…ワシが若い頃はもっと休まず働いて…ブツブツ」

扉を開け 部屋を出て何処かへと立ち去っていくマルフレッド、当然見つかることはない、天井に張り付いてるしね、今度は全力で…有り余る怒りを手に 天井を握り砕く勢いで

「行きましたか、…アイツ あそこまで必死になってるなんて」

マルフレッドがこの階層から降りた音を聞き、天井から飛び降りる、奴が コルネリアさんに対してあそこまで必死になって当たる理由にエリスは見当がついている、この一週間で 奴に対して行おうとしていた作戦に関することだからだ

けど、分からない、マルフレッドがあそこまで必死になる理由には見当がついているが、あんな血相変えるほどじゃないんだけどな、もしかしてエリスの知らない事情もある?、いやいや今はそんな事どうでもいいか

「………………」

向かい合うは扉、コルネリアさんがいるであろう扉、その向こうから聞こえるのは…、いや 何も聞こえない、もはや引き下がる選択肢はない、彼女が倒れたという話を聞いた時からこの決意は生まれ 先程の話を聞いた瞬間…この決意は確固たるものになった

助ける コルネリアさんを、助けると決めたからには助け抜く、絶対に 

その決意のまま エリスは扉に手を当て、音を立てず、ゆっくりと開ける


「コルネリアさん…」

「っ…!貴方!…」

その部屋は、まぁエリスの大方の予想通り、豪奢である

個室でありながら広く、ベッドも衣装箪笥も調度品も 全てそれなりの値段がするだろうが、その全てが空虚に見えるのは この部屋の主人がエリスの目の前 床に横たわっているからだろう、その頬に叩かれたような傷を作って

「コルネリアさん、大丈夫ですか」

「大丈夫って…、何言ってんの…こんなところまで忍び込んで…、何考えて…くっ」

エリスに対して何かを言おうと立ち上がるが、直ぐに力を失いその細い体はフラリと重心がブレ倒れる…寸前で、その体を支える

大丈夫じゃないなこれは、足に力が入っていないし体が熱く オマケに軽い、恐らく完璧な体を保つ為に食事すら制限し絞りに絞った体が、、極限の疲労に耐えかね遂に壊れたのだ

…いや、既に壊れていたんだ、そこを精神だけで保っていたが…その精神すら 折れたんだ、そして彼女の鋼の精神をへし折るに足る事態が何かを エリスは知っている

「貴方が倒れたと聞いて、飛んで来ました、心配だったので」

「余計な…、お世話よ またこれから舞台に出るの、邪魔しないで…」

「今こんな状態で出て 外で怒り狂うお客さんを満足させられるとは思いませんが」

「ふざけないで、私を誰だと思ってるの…、私はコルネリア…、、このイオフィエル劇団の …エトワールのスターなの、どんな時だって どんな状態だって、完璧にやる…やってみせる!」

「そんな顔でですか!」

「っ…!」

コルネリアさん、己の体を管理し いつだって完璧な状態を保つプロである貴方が、今自分がどんな顔してるか分からないわけないでしょう

疲労 精神的ショック 病…そんなもの貴方なら役と演技の仮面で覆い隠せるでしょう、でも…

「今の貴方の顔は、観客の方を向いていない」

「なっ…何を言って…」

「顔を見れば分かりますよ、今 貴方はお客の為でもなく 劇団の為でもなく、妹を守る ただそれだけのために舞台に立とうとしている」

彼女の今の顔は 姉の顔だ、役者でもスターでもない ユリアという少女の姉 コルネリア・フェルメールの顔だ、観客に背を向け ただただ妹を守る為だけにする演技で、観客を真に感動させる事などできようものか

「それが悪いとは言いません、でも…スターとしての貴方は それが許せないのではないですか?」

「……っ、わかったような…事言って」

まぁ、エリスには分かりませんよそりゃ、ユリアさんへの愛はコルネリアさんだけのもの、限界を超えた体を動かす確かな愛は彼女だけのもの、そこに理解も共感も及ばない 及んではいけない

でもエリスだって役者の末席に名を連ねる者、彼女はきっと許せない筈だ、観客の方を向いて演技できない己に、その慚愧の念はさらに彼女の精神をすり減らす

「……許せないわよ、そりゃ…私だって 演技が好きだもの、舞台が好きだもの…劇場にある 全てが好き、だから この仕事にだけは 絶対に嘘偽りを持ち込みたくない」

「…そうですね」

「でも、…ふふ もう限界かもしれないわ」

そう 告白するように告げると彼女はその体からぐったりと力を抜き エリスの腕に体を預ける…

「確かに仕事はきついけど、これは私の生き甲斐だからね 苦にはならないわ、舞台で歓声を浴びて 私を褒め称える喝采を聞けば、疲れなんて吹き飛ぶ…いつまででも闘える、そう思っていた…けど…けど!」

コルネリアさんはその手の拳に力を込める、力なんて入らないだろう体でなお湧き出てくるのは怒り、純粋な怒りだ

「マルフレッドは…それを台無しにした!、あの候補選の不正…!、あれは!私を好きな いいえ、演劇が好きな全ての人間に対する裏切り、この劇団に所属する 私を含めた全員に対する冒涜、嘘をつきたくないと一心不乱に役を演じてきた私に あの男は嘘をつかせたの!」

「やはり、不正はマルフレッドの一存でしたか」

「当たり前でしょ!…ゴホッゴホッ、私があんな事するわけない、頂点を取るなら実力で取る、それなのに……、見たでしょ?外で怒る人達を…、最近劇場に来るお客がみんな私を見るの 『あれが不正をしてでも頂点を取ろうとした女の顔か』って そんな目で」

コルネリアさんはプライドの高い女性だ、だからこそ 誰よりも己に厳しい、誰よりも己に厳しくしたからこその実力、その努力を支えたのは劇場の喝采

それをマルフレッドの余計な動きで全て汚された、彼女が少しづつ積み上げた全ては、マルフレッドによって一瞬で崩されてしまったんだ、そりゃ嫌にもなるし 力も抜ける

「それで動けなくなったらコレ、私の全てを崩しておいて マルフレッドの奴は、また私から大切なものを奪おうとする…、舞台も 妹も奪われたら、私はもう やっていけない…」

「…分かっています、だから来たんです」

「え?…いや、貴方まさか」

「助けに来たんです、エリスは コルネリアさんを、全てから」

そう意気込み 彼女の目を 射抜くように見つめる、助けに来たんだ エリスはコルネリアさんを、もう彼女は限界だ これ以上を望めば崩れこれ以上奪われれば生きてはいけない、そんな限界ギリギリの瀬戸際にいる彼女を激しく責め立てるあの男から助けに来たんだ

「だから、コルネリアさん…言ってください、エリスに 求めてください…今、貴方が必要とするものを」

「えり…す…?」

「さぁ、貴方が言えば エリスは何もかもを成し遂げます、誰にも邪魔はさせません、だから…!」

「ぐっ……うっ…」

俯き、エリスの腕に 涙が伝う、それは安堵からか それとも己一人の力でなんとも出来なかった無力感からか、だが 悪い事じゃないんだ、一人で何もかもを解決できる人間などいない、自分だけで成し遂げられるなら

人は 国を作らない 街を作らない 世界を生きない、誰かを欲し 誰かに必要とされるから、必要とされているから 欲しているから生きていけるんだ、強く!

「………………」

暫しの沈黙がコルネリアさんより放たれる、それは迷いか 逡巡か 或いは覚悟か決意か、己の中で何かに決着をつけ、その口で終止符を打つため 彼女は口を開き

「…ごめん、エリス…助けて、私一人じゃもう、舞台も 妹も守れない」

ああ…分かった、分かったとも!その言葉を聞くために!エリスはここに来たんだ!!

「分かりました!!、助けます!!」

助けを求めるその声に この体は力を漲らせる、助けます!貴方を!、その心と共にコルネリアさんを抱き上げ 立ち上がる

「え!?ちょっ!?何すんの!?」

「このままここにいたら危険です、とりあえずゆっくり休めるところに連れて行きます!、ここみたいに豪華じゃないですし 壁も薄いですが、それでも優しく迎えてくれるところに!!!」

そう叫びながらコルネリアさんをお姫様抱っこしたまま窓ガラスに蹴りを叩き込み蹴り割る、このままここにいたんじゃ彼女は休めない、とにかく彼女が安静にできる場所へ行かないと!

「ちょっ!まさかここから出るんじゃないわよね!、ここ5階よ!?落ちたら死ぬ!」

「落ちなきゃ死にませんよ!、すぅー…颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  」

「ちょちょちょっ!うそうそうそ!嫌よ!ちょっと!」

詠唱を紡ぎながら 走る、窓の外へと 青空へと…!

「『旋風圏跳』ッ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!!!!????」

そのまま外へと飛び出ると共に風を纏い空を駆ける…、このままクリストキント劇場に匿う、マルフレッドへの攻撃はそれからだ

「いやぁぁぁぁぁ!?!?、なんでぇぇぇぇ!?飛んでるぅぅぅぅーーー!!!」

「コルネリアさん!叫ばないで!舌噛みますよ!」

「むぐっ…、っっーーーーー!!!」

口を閉じながら叫びまくるコルネリアさんを抱きしめ、クリストキントへ向かう…

イオフィエル劇団が騒ぎを聞きつけコルネリアさんの部屋に突っ込んで来たのは、それから暫くしての事だった、後に残されたのは 割れた窓ガラスと消えたスター ただそれだけだった

……………………………………………………

「どぅぇぇえええ!?!?えええ エリスさん!?、あの その…その腕の中の人は…」

「ナリアさん!話は後です!ベッドとお湯を!、彼女熱を出しています!、直ぐにゆっくり出来る環境を!」

「なんだなんだ、何事だ!」

クリストキント劇場へ突っ込むなりエリスは声を上げる、エリスの腕の中で丸くなるコルネリアさんを見てあわあわと目を回すナリアさんと何事だと駆け寄ってくるクンラートさん達を差し置いて エリスはズカズカと走る

「ナリアさん!早く!」

「っ…分かった!、部屋は僕の部屋でいい!?、直ぐに用意するね!」

「お おい、エリスちゃん…それ、コルネリアだよな、なんでここに…」

詳しい話を聞かずに動いてくれるナリアさんにワンテンポ遅れて反応を始めるクンラートさん達は、みんな揃って目を丸くしている、そりゃそうか なんたって渦中のコルネリアさんをエリスが抱きかかえて帰ってきたんだから

「まさか、攫ってきたのか?」

「はい、あそこに居ては危険だと判断したので連れてきました、マルフレッドは疲労で倒れたコルネリアさんを無理矢理舞台に立たせようとしてたんです、そんなの許せません このままじゃ死んでしまいます」

「マジか…、ってことは今コルネリアはヤバいってことだよな!、分かった! おいみんな!、病人だ!ありったけの毛布と温かい食べ物と果物を!、体を冷やしちゃ治るもんも治らねぇ!」

「分かった!、俺 みんなの部屋から毛布取ってくる!」

「昨日買ってきたリンゴがあるわ!直ぐに切ってくるわね!」

「おい!誰か暖房陣引ける奴いないか!、コルネリアを温めてやらないと!」

エリスが一言説明すれば クンラートさんは相分かったと直ぐに動いてくれる、コルネリアさんを助ける為に 今この場で用意できるものすべてを集めて 全力を尽くすと…、そんな様を見てコルネリアさんはポカンと口を開け…

「…私、イオフィエル劇団の人間よ、貴方達 マルフレッドに嫌な目に遭わされているのよね、私 貴方達のその一派よ?なんで…」

「あん?、なんでって…」

その言葉を一瞬不思議そうな顔で受け止めるクンラートさん達、すると皆顔を突き合わせ…

「そりゃ、ここにいる全員 コルネリア…あんたのファンだからさ」

「へ?、ファン?…敵なのに?」

呆気を取られる、クンラートさんのなんでもない言葉に…、そんな答えに続いて劇団員達もまた声をあげ

「私!昔コルネリアさんの劇を見たことあるわ、ほんと憧れくらい痺れる演技だったわ」

「ここにいる全員 役者なんだ、演劇が大好きなんだ、素晴らしい劇も それを演じる役者もみんな好きさ」

「貴方はこの国の宝よ、そこに敵も味方も関係ない」

「そんなあなたの力になれるなら、役者として本望よ!」

「っ…!」

ただ、当たり前のようにそう告げると共に劇団員達は散っていく、一人 その言葉を噛みしめるコルネリアさんはエリスの腕の中で丸まり 涙を堪えると

「私…役者をやってきて、良かったと…今心の底から思っている…、私の演技を見てくれている人の声を、こんなにも近くで聞いたのなんて…初めてよ」

「それは良かった、貴方の劇は素晴らしい…、誰を魅了する程にね、当然 エリスも貴方のファンなんですから」

「そう…そうなの、ありがとう…とても嬉しいわ」

じゃあ後でサインください、エリスちゃんへ コンスタンツェよりって、あ ハートマークもつけてくださいね

まぁそんなことは今はいいんだ、ナリアさんの部屋へと駆け込むと既に彼はベッドを整え病人を受け入れる準備をしてくれている、ご丁寧に部屋に暖房陣が引かれているではないか、
仕事できるなさては

「ありがとうございます、ナリアさん」

「大丈夫だよ、それより他に出来ることないかな、あ お香焚こうか?リラックス出来る高いやつ」

「お願いします」

「いいわよ、そこまでしてくれなくても、疲れてるだけだから…」

疲れてるからこそ ゆっくりしなくてはとエリスはコルネリアさんをベッドに寝かせる、さて…これでひと段落か

「ごめんなさいコルネリアさん、僕のベッド 硬いかもしれません」

「そんな事無いわ、…ありがとう サトゥルナリア…、私 貴方にも辛く当たったのに」

「気にしてません、僕もコルネリアさんの誰よりも演劇に真摯な姿勢を尊敬してるんですから」

「ふふ…貴方達は、本当にいい人ね…、こんな私にも優しくしてくれるなんて」

「こんなじゃありませんよ!、ねぇ!エリスさん!」

「その通りです!」

「うぅ、幸せかも…」

なんて言いながらベッドに横たわる彼女を見て一息つく、後はクンラートさん達を待てば コルネリアさんの体調を回復させるあれやこれやがじゃんじゃかここに運ばれてくるはずだ、ここにいればコルネリアさんも安全 

「おいエリス、何事だ…ってコルネリアか?、本当に何事だ」

「あ、師匠 コルネリアさん拾ってきました」

「そんな捨て犬拾ったみたいな感覚でスターを拾ってくるな…」

「今の私は捨て犬のようなものよ、もうイオフィエル劇団には戻れない…今頃マルフレッドもカンカンに怒ってる、私が逃げ出したと知れば…直ぐにユリアも…」

怒ってるだろうな、そりゃあもう茹で卵みたいにアイツはキレてるだろう、コルネリアはどこだ!コルネリアを探せと叫んでいる様が瞼の裏に浮かんでくる

今頃出来る手段全て使ってコルネリアさんを探しているだろう、そして…

「このままじゃ…ユリアが…」

一番心配なのは妹 ユリアさんの身柄だ、怒り狂ったマルフレッドが見せしめに殺さないとも限らない、コルネリアさんを救出しただけでは何も変わらない 助け抜くにはユリアさんの救出も絶対条件

「大丈夫ですよ、コルネリアさん エリスがユリアさんを助けてきます」

「え…でも…、いえ 貴方ならきっと出来るでしょうね、でもいいの?ユリアまで救出したら、本気でマルフレッドを敵に回す、もう劇場を取り壊されるだけじゃ済まなくなるわ」

「その辺も纏めて解決してきますよ、なので場所を教えてください…、ユリアさん 助けてきます」

「……そう、ユリアに会えるのね…、分かったわ なにもかもお願いするようで申し訳ないけれど、妹は私の全てなの、だから助けて…」

そういうと共に彼女は窓の外へと目を向ける…

「ユリアは、マルフレッドが所有する別荘にいる、王都の外れにある小さな館…そこにいるはずよ」

「分かりました、けど 外れですか…、午後の公演にエリスは出れないでしょうね」

今から旋風圏跳で全力で飛んで戻ってきても、午後の公演には間に合わない…、緊縮事態とはいえエリスが連れ込んだ事柄でクリストキントの大切な劇に穴を開けてしまうのは忍びないな

「仕方ないよエリスさん、団長やお客さんには僕から説明しておくからさ」

「ごめんなさい…、演劇に穴を開ける苦しみは私もよく分かる、代わりに私が舞台に って言えればいいのだけれど」

やめてくれ、一流の役者であるコルネリアさんに代役やられたらエリス次から舞台に立てないよ、でもそうだな 今は人の命がかかってる、仕方ないが 午後の公演は諦めてもらうより他ない…

と、諦め ユリアさんの救出に向かおうした瞬間

「なら、代役を立てればいいじゃない」

「え?」

ふと、部屋の外から声がする、聞くだけで脳が震えるような 男の美声が…、これは

「ニコラスさん!?」

「あ!、いつかのイケメンさん!」

「ハァイ、エリスちゃんにナリア君、会いたいから来ちゃったっ!」

ニコラスさんだ、ニコラスさんが部屋の入り口のヘリに寄りかかりはぁ~い?とにこやかに手を振ってるではないか、いや 会いたいから来たって…、勝手に劇場に入られたら困るんですが…

「まあそういうのは嘘で、例の件でエリスちゃんに話があったんだけど、今はそれどころじゃなさそうね、アタシでよければ代役がやるわよ」

「例の件?、エリスさん なんのこと?」

「ああ…、例の…、いえ ありがとうございます ニコラスさん、お願いできますか?」

彼の言う例の件とは例の件のことだ、エリスがこの一週間かけて用意した例の件、だが今はそれどころじゃない、彼がこうして最高のタイミングで現れてくれたわけだ、代役を頼んでしまおう

ニコラスさんなら役者もこなす筈だ、何故かって?なんとなくだ、エリスはこの人に対して何かが出来ないとかそう言うイメージを抱いていない、それは彼が出来ないことは絶対にやらないからだ、こうして申し出てきたってことはそう言うことだ

「任せてちょうだい、それじゃ早速台本頂ける?ナリア君」

「い いいですけど、舞台の経験は…」

「大丈夫、演じるのは得意だから」


「ではエリスはユリアさんを助けに行ってきますね、マルフレッドはアルザス達を動かすような口ぶりをしてました、急がないと手遅れになるかもしれません」

「お願い…妹を助けて、あの子さえいれば私はそれでいいの」

「大丈夫ですよ、それよりコルネリアさんは久しぶりに会う妹との第一声を考えておいてください!、役者らしく 感動的な奴をね!」

「ええ…ズズッ、ええ 任せて…」

それだけ伝えエリスは窓を開けて再び空を飛ぶ、目指すはマルフレッドの別荘 ユリアちゃんの身柄!、頼むから間に合ってくれよ!!

…………………………………………………………

マルフレッドの別荘 方向だけ聞いて詳しい場所は聞かなかったけれど、直ぐに見つかった

空から森の方を見下ろしたら結構目立つやつが王都の外れに建っていた、一応館に降り立つ前に周囲の雪を確認したが 少なくともエリスより前に館にたどり着いた人間はいないよくだ

と言うことはまだアルザス達はここに来ていない、まだユリアちゃんは無事だ…さて

「どうしましょうか」

こっそりと館に近づき中を伺えば、剣で武装した男が数人…、この館 兼ユリアちゃんを守る為の護衛だろう、いや 逃げ出さないための見張りと見るべきか、館は二階建て…下にいる様子はないしやはり上か

「ふむ……」

館に耳を当てる、足音の数は下に集中しているな…と 一人エリスは考える、この館の出入り口は一つ ここから忍び込むのは至難の技、オマケにいつロック達が来るかも分からない状況

時間はかけられない、正面突破するか?…するか、そっちの方がスマートだ、一応ここはマルフレッドの邸宅だが、構うものか コルネリアさんから妹を引き離し監禁するような奴だ、寧ろ容赦する理由がどこにある

「よし、きーめた 、もしもーし!」

もう隠れなくていいやと思えばいささか気分が楽になる、エリスは怪盗ルナアールとは違う こっちの方が性に合ってるんだ、館の入り口まで行き扉ノックノック

すると中から床が軋むような足音が聞こえ…

「ああ?、誰だ…言っておくがこの館にゃ入れんぞ、ここはマルフレッド様の別荘で…」

髭面の強面の仏頂面の親父が腰の剣に手を当てて睨むように出てくる、それを…

「フッッ!!!」

「がぼがぁっ!?」

殴り飛ばし屋敷へ文字通り殴り込めば、屋敷の中の武装した護衛達がゾロゾロと現れるではないか、あらまぁ全員脛に傷がありそうな顔に雰囲気、目つきから殺しも厭わないと言う決意が滲み出ている

表沙汰にしたくないってマルフレッドの意思がありありと伝わるな、そりゃそうだ 如何なる理由があろうとも、小さな女の子を唯一の肉親から引き離しこんなところに監禁する それが正当化される理由などない!

「襲撃か!」

「なんだテメェ!」

「エリスは名乗る程の者ではありません!、ここにユリアと言う女の子が居ますね!、取り戻しにきました!」

「ああ!?あのガキを…!、させるかよ!ありゃ金のなる木なんだ!、アイツをここに閉じ込めておく限り金が貰えることになってんだ…こんな生活捨てられるかよ!」

結局金か、悪人ヅラなのにクンラートさんとはえらい違いだな、だがいい これで実はここの人達がユリアちゃんに優しくしてくれていて…とか言う事情だったらエリスは五体投地して謝る必要があったから

まぁ、その可能性については一瞬考えたが 直ぐにないと判断した、だって 優しくしてるなら なんで何年もコルネリアさんとユリアさんを会わせないんだ?って話になる

結局、マルフレッドもここにいる奴らも フコルネリアさんとユリアさんの姉妹愛を利用し群がり、甘い汁を啜ろうとする外道なのだ

「こんないい生活奪われてたまるか!」

「奪われてたまるか…?、奪っているのは貴方達でしょうが!!!」

斬りかかってくる男達の刃の乱撃を籠手で弾き両足で軽くステップを踏み…

「コルネリアさんとユリアさんの時を奪い!尊厳を奪い!愛を利用し!心を踏みにじり!、その上で己の生活!?、バカを吐かすのもいい加減にしてください!!」

一閃 エリスの足が男の側頭へと激突する、体重を乗せ 外側に重心を置き回転させるような一撃は、この軽い体に重さを生み出す、振り回される鉄槌の如き一撃は男の意識を吹き飛ぶす

「かはぁ…」

「エリスはね 怒ってるんですよ、コルネリアさんの今までの努力を踏みにじっていた貴方達に、そして今!更に切れました!切れましたよ!エリスは!」

「ふ ふざけんな!」

次々と殺到するように襲う来る悪漢達、大上段に斬りかかるそれを籠手の一発で弾くと共に男の後ろ首と重心をかける足にエリスの手と足を引っ掛け、胴で持ち上げ払うように投げ飛ばす

「もうこれ以上好きにはさせません、コルネリアさんとユリアさんはエリスが解放します!」

怒りの鉄拳が飛び 剣を振るうよりも前に男の体が宙を舞う、左足が空気を引き裂けば 吹き飛ばされた悪漢の体が空きの酒瓶が大量に乗った机へ突っ込み全てをなぎ倒す

掌底の乱打に男は自らの吐瀉物に沈む、その隙をつき エリスの首目掛け護衛の一人が剣を振るう…が

「ふっっ!」

踏み込みと共にしゃがみ剣撃を避け 振り抜かれた胴に拳が突き刺さり…

「ごぶふぁ…」

エリスにもたれかかるように意識を失う、ここにいる男達は所詮悪漢暴漢の類、実戦を経験したことのない ただの武装しただけの一般人だ、それ相手に魔術なんかいらない

「ひ ひぃ、な なんだよお前!、強すぎんだろ!、小娘のくせしやがつて!」

「その小娘相手に 貴方達は蹂躙されるのです、貴方達が食い物にしていた小娘と同じエリスにね!!」

最後に残った悪漢、その目と目の間 鼻の頭に拳を叩き込めば、中空で男の体は一回転し 地面に沈む、他愛ない…所詮金で雇われただけのチンピラだ、いつぞやのピエロ達と大して変わりもしない

しかし、ユリアさんが心配だ、こんな暴漢に囲まれて何年も暮らしていたなんて…、早く助けてあげないと

「…人の気配は、上ですね」

やはりエリスの睨んだ通り二階にユリアさんは監禁されている、その奥の部屋 あそこにいるはずだ、なんで分かるかって?、他の部屋は殆ど使われていないのに あそこの部屋だけ扉の隅に擦ったような跡が付いている、あれはあそこの部屋だけ何度も開け閉めされているという事

つまり、何年も前から あそこの部屋に囚われている人間がいるという事に他ならない

「ユリアさん、今助けますから…」

その扉のドアノブに、手を引っ掛け 開け…ようと、した 瞬間

エリスの脳裏に一つの電撃が煌めく、これは……

「ッッッ!!!」

咄嗟だった、理由はなく根拠もない、ただエリスの長い旅と戦いの日々によって構成された 所謂直感が告げたのだ、ここは危険であることを 故に即座にドアノブから手を離し後ろにすっ飛ぶ

その次の瞬間、ユリアさんがいるであろう扉が粉々に吹き飛び砕けた木の破片がエリスへと降りかかる、吹き飛ばされたんだ 部屋の内側から 強い力で

「くっ、何事ですか…」

「やはり来やがったか、兄貴の言う通りだったぜ」

「言ったろ?、コルネリアとエリスは繋がりがある、倒れたと聞けば 必ず、こう動く」

砕け埃舞う部屋の向こうに 三つの影が浮かび上がる…、おいおい どう言うことだよ、何でこいつらがここにいる

「貴方達は…アルザス三兄弟!?」

「然り!、俺!長男ラック・アルザス!」

「次男!リック・アルザス!」

「三男!ロック・アルザス!」

「三人揃って!無敵の傭兵 アルザス三兄弟!!」

アルザス三兄弟だ、マルフレッドが雇う私兵の中でも最強格の三人兄弟

ドレッドヘアーと手に持つ長剣が特徴の 長男ラック・アルザス

すきっ歯のスキンヘッド 大柄な体を存分に生かすウォーハンマー使いの次男リック・アルザス

鉄の爪を両手に装備した兄弟一の美男子 三男ロック・アルザス

マルフレッドがここに向かわせた筈の まだここには到着していない筈の三兄弟が、部屋の奥で待ち伏せをしていたのだ、さっき扉を吹き飛ばしたのは次男リックのウォーハンマーか…!、しかし

「何故ここに、外には足跡なんてありませんでした…貴方達はまだここに到着していないものと見ていましたが」

「アルクカースの傭兵ナメんじゃねぇよ、自分達の足跡残して移動する間抜けな傭兵がどこにいるよ、己の痕跡くらい 完璧に消せなきゃ戦争なんて出来ないのさ」

ぐっ、言われてみればそうだ…、足跡を残せば己が窮地に陥る そんな戦争だらけの国 アルクカースで育った彼らが足跡を残して移動するわけがない、ここに来る道中の足跡は全て消してここまで歩いて来たんだ…

「っ…貴方は!」

しかし、次の瞬間 エリスの視線は三兄弟から別のものに移る、部屋の手前で三人並ぶアルザス達、その後ろで蹲る少女に 目が奪われる

美しい少女だ、まだ齢は十くらいだろうか、黒い髪はコルネリアさんを想起させるが、その頬や足についた痣は今までの過酷な生活を想起させ…!

あの子がユリアさんだ!間違いない!

「貴方達!ユリアさんに何をしたんですか!」

「勘違いすんなよ、この痣は下の屑どもだ、俺達は手を出してねぇ…まぁ指とってこいなんて言われたが、気は乗らないしな」

「チッ、もっと念入りに殴り飛ばしておくんだった!」

歯噛みして拳を握る、今から追加で五、六発入れてこようか?、あんな小さな子相手に暴力を振るうなんて、エリスは子供を殴る奴が許せないんですよ!地獄に落としてやろうか!連中!

「さて、こうしてまた会えたんだ…しかも今度は邪魔が入らない、お前をぶっ潰す理由だってある、決着をつけようぜ エリス」

「はぁ?、貴方達は許せませんが今はそれどころじゃないんです、後にしてください!」

「そう言うなって、態々コルネリアが倒れたなんて情報を外に流したんだ お前と決着をつけるために、俺達もマルフレッド相手に危ない橋渡ってんだ ここまで来てまた後ではないだろう」

あれってアルザス達が流した話だったのか、コルネリアが倒れたらエリスが助けに来る その結果ユリアも救出に来ると読んで、エリス相手に雪辱を晴らすために雇い主を裏切ったのか

…そうだよな、アルクカース人ならそのくらいするよな、戦うためなら 手段を選ばない貴方達なら

「…分かりました、付き合ってあげます、けど約束してください ユリアさんに手は出さないと」

「人質は好きじゃないんだ、それに必要もない…今度は俺たち三兄弟の完璧なコンビネーションでお前を殺す」

「あん時のお返しだ、頭叩き割ってやる」

「アルザス三兄弟に盾突いたその愚かさを、悔いるんだな」

ツカツカと木の床を鳴らし、三兄弟はエリスを囲む…上等ですよ、貴方達にはまだ借りがありますからね、クンラートさんやヴェンデルさんを傷つけられた借りが…、エリスもそれを返しましょう!

「…『付与魔術二式・蒼輝装渾』!』

「『付与魔術二式・赤猟石壊』!」

「『付与魔術二式・黄燕凰鋭』!」

「…来なさい、相手になります」

三兄弟がそれぞれの武器に付与魔術を纏わせる…、凄まじい魔力量 こいつらやはり伊達じゃない、おまけに今回こいつらは全力でエリスを潰しに来るつもりのようだ、…なら エリスも全力で答えますよ

「行くぞ!アルザース!アッセンブル!」

「応!!」

「ッ……!!!」

長男 ラック・アルザスの雄叫びと共に動き出す その場の全員が、闘気と殺意の入り混じったそれが この空間内で爆発する、戦いの幕が…開いた

…………………………………………………………

エリスとアルザス三兄弟の戦いが始まってより 経った時間は十数秒、普通に考えれば一瞬といっても過言ではない瞬きの時間、たったそれだけの時間で マルフレッドの別荘は有様に変化した

「ぐぅっ!!??」

二階が爆裂し その衝撃でエリスは階段から叩き落とされ一階の廊下を転がり即座に立ち上がる、凄まじい勢いと攻勢だ、まるで爆発するように攻められ面食らってぶっ飛ばされてしまった

「いてて…」

「ほう、俺達はアルザスコンビネーションを受けて まだ生きてるとはな」

そう笑いながら階段の上…、部屋の殆どを吹き飛ばす勢いで暴れたアルザス三兄弟達が武器を片手にカツカツと降りてくる、悔しいけどこいつらやっぱ強い

三人共全員三ツ字ってのは やっぱり伊達じゃないな

「ふんっ、初撃でエリスを仕留められなかったこと、後悔しますよ」

「侮るなよ、今のはアルザスコンビネーションアルファ、他にもいくつも技はある…一体 お前は何度凌げるかな!」

「その前にぶっ倒せばいいだけでしょ!」

「やれるもんならな!、アルザスコンビネーション!デルタ!」

刹那三兄弟が編成を変える、まるで鏃のように三角に揃うと共に…全く同時に踏み込み 全く同時に突っ込んでくる、同じタイミングで武器を振るいながら まるで矢の如し速度で 真っ直ぐエリスへ…

「ッ!『旋風圏跳』!!」

即座に横っ飛びに回避した瞬間、同時に行われる三人の突撃が後ろの壁を砕き 豪奢な屋敷をぶち壊す、凄い威力だ ただの突進じゃない ただ同時に攻撃しただけじゃない、あれは三人の攻撃を三人それぞれが補い合っているんだ、つまりあれは三つで一つの攻撃…まさしく三位一体の攻防で

「アルザスコンビネーション!ベータ!」

その瞬間次男リックが長男ラックの手を掴み ラックもまた鉤爪を装備するロックの足を掴み…そのまま、リックは兄弟二人をまるで鞭のように振えば ロックの突き出された鉤爪が高速で周囲の物を切り裂いていく

「っ!わたた!、めちゃくちゃですね!貴方達!」

「俺達は三人で一人のアルザス三兄弟!、俺たち一人一人は三ツ字級に留まるが…三人揃って戦えば四ツ字にだって引けは取らねぇ!!」

人間鞭と化したアルザスの攻撃を籠手で受けるが、…腕が痺れる、凄い威力だ…いやそりゃそうか、なんせ人間二人分の体重が乗ってる上に 普通の鞭と違って振るわれるのは人間だ、息ピッタリのコンビネーションで体重移動も行うもんだから 普通の鞭よりも何百倍も痛いに決まってる

「まだまだ!次行くぞ!、アルザスコンビネーション!シグマ!」

すると今度は皆がそれぞれ手を離し互いを投げ飛ばすようひ散開すると…、一瞬にしてエリスは取り囲まれる、…マズイな こいつらただ三人なだけじゃない!

「はぁぁぁあ!!!」

「どりゃぁぁぁ!!!」

「きしゃぁぁあ!!!」

「ぐっ!」

そして散解した三人が全く同じタイミングで攻めてくる、ラックの剣を避けた先にはリックのハンマーが 、ハンマーを回避した先にはロックの爪が、それぞれの穴を埋める攻撃をほぼ同時に繰り広げてくるからエリスは一瞬で三段階の回避を要求される

今の攻めさせ続けたらダメだ…、何か高いの一手を!

「振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・扇舞』!」

攻撃を避けながら体を回転させ放つ、全方位打ち砕く風の猛威を、瓦礫や砕けた木片が舞い上がり凄まじい風が三兄弟相手に吹き荒ぶ、誰か一人でも吹き飛んだらそこから攻めて…

「リック!」

「おう!」

すると風が吹いたその瞬間 三兄弟が一瞬にしてより固まり互いが互いの体を支え、次男リックを盾のように突き出すと共に…

「うぅぉぉおおおおおお!!!!」

「なっ!?ちょっ!?」

突っ込んできた、一番頑丈で背丈がある奴を前に三人で、こいつらマジか!?、普通兄弟を盾にするか!?

「今だ!ロック!」

「アイアイ!」

「ちっ…ぐぅっ…!」

風を突っ切ってエリスの眼前に現れたアルザス達、そのままリックは背後の弟ロックを掴みエリスに向けて叩きつけるのだ、寸前で籠手で防いだが…ここでエリスはミスに気がつく

(しまった…両手で防いでしまった)

上から叩きつけられる一撃、それを防ぐために頭上で腕をクロスさせ両足の踵をしっかり地面につけてしまった、これでは防御も回避も出来ない、そして相手には更にもう一手…長男ラックが残って…!

「もらった!!!」

「くっ…」

刃を煌めかせリックの陰から現れるラック、その手は剣を握りしめ 大きく横薙ぎに振りかぶっており…、マズい 取られる 首を!

取られてたまるか…、負けてたまるか…!、コルネリアさんが待ってんだよ!

「すぅー!」

刃を振り被り突っ込んでくるラックを前に大きく息を吸い、入る 極限集中に

(『氷々白息』!)

「なっ!?」

ふぅー!と白い息を力の限り吹き抜けばそれは極寒の吹雪と化し エリスの目の前のラックへと降りかかる、さしものラックもこの一撃は想定していなかったか、いきなりの吹雪を顔面に浴び たたらを踏む

「兄貴!」

刹那、リックとロックの意識がラックに逸れる、今だ!

「降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう『天降剛雷一閃』!」

「あっ!」

まずはエリスに降りかかるこの男、三男ロック この男の顔面を掴むと共に放つは剛雷、エリスの体から放たれる雷は一瞬にしてロックの体を包み その全てを感電させる

「あがががかっっ!?」

「ぐっ、ロックまで…!」

「お前もだよ!すきっ歯ハゲ!!」

「ぐぶっ!?」

当然 ロックを掴んでいたリックにも少なからぬ電撃が飛び火し、怯んだその隙に叩き込む、乱打 連打 怒涛の蹴打、脇腹 鳩尾 胸 肩 顔 脳天 下から順に上がるように鋭い蹴りを何度も放つ、クリストキントで食らわせたそれより余程強力な蹴り エリスの最たる武器である蹴りを見舞い…そして

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

「ぐぶぉぁっ!?」

顎先を蹴り上げ浮いたリックの頭を掴み 、風の加速を利用して叩きつける 地面に、木製の床はリックの衝撃を受け容易く砕け埃を舞い上げる

「ぶはぁー…!、どうですか!」
 
どうだこの野郎!と一息つきながら後ろへ引き下がる、こんなバチバチな戦闘ってなんか久しぶりだな!

「ぐっ、リック!ロック!無事か!」

「ぐぶぶ、いてぇよ兄貴」

「このアマ…調子乗りやがって…」

くっそ、タフだな…!、もっと本気でやったほうがいいか?いや今のもわりかし本気だぞ!

「こうなったら…、フォーメーションオメガを使う」

「いいのか兄貴、こんな奴に…」

「こんな奴ではない!、敵を侮るのはいい加減やめろ!、この女は強い…、我らの全力で この女を仕留める、これもう我らの報復ではなく、一つの闘争に変わったのだ!」

するとアルザス三兄弟はゆっくりと構えを取り、息を吸い 息を吐き、血脈を流動させ 筋肉を隆起させ…、あ…やべ エリスこれ知ってる、アルクカース人の持つ いやアルクカース人の中でも特に強固な人物が持つ特異能力

「争心解放を使う!、合わせろ!」

「応!」

使えんのかよ 争心解放、いや使えない奴が三ツ字になんてなれないか、あー くそ、思ったよりもヤバそうだな

ここはエリスもパワーアップを、と言いたいが まだ魔力覚醒を使える気配はない、もっとボコボコにやられないとダメ?、そんなあ

「さぁ…行くぞ!フォーメーション!オメガ!」

なんて考えているうちに三兄弟の目が争心解放特有の赤色に輝くと共に、アルザス達が動く

「っ…これは…!」

争心解放はアルクカース人の身体能力を劇的に向上させる、全力を出すとはまた違う 、肉体に秘められた全力以上を出す法、それを用いた三兄弟は跳ねた

ピョーンとその場でジャンプしただけなら可愛いもんだが、あれは跳躍というより跳弾、この狭い室内を三人で縦横無尽に飛び回るのだ、壁や床 天井を蹴り砕き加速し何度も何度も

「はぁ、もっともっともっと気合を入れますか…!」

パンっと両頬を叩き 受け入れる姿勢をとる、大丈夫 策はある、こいつらを倒す策はね…さっき思いついた奴ですが!

「さぁ!行くぞ!アルザス!ゴー!!」

「来なさい!三兄弟!」

高速で室内を縦横無尽に飛び回る三兄弟が加速十分に一斉にこちらに向かってくる、やってやるとも!

感覚を研ぎ澄ませ 視覚よりも直感で動く、右方から迫る殺気を感じれば飛び上がりエリスの首を狙うロックの爪を避ける、即座に補うように空へ飛んだエリスを挟むようにハンマーと剣が飛んでくる、呼応し籠手を動かし弾くと共に受け流す

三兄弟の攻撃を受け流し着地したその瞬間を狙い再びロックが爪を突き立て弾丸のように飛んで来て…

「死ねぇっ!」

「甘いですよ!」

拳と共に撃ち放たれる爪を首を動かし寸前で避けると共にロックの胸ぐらを掴み壁に叩きつけるように投げ飛ばし、それを助けるため飛んできたリックのハンマーが振り下ろされる前に蹴り上げ撃退する…

「ぐぅっ!?」

「がはっ!?」

「おいおい嘘だろ、これにさえ対応してくるのか!?」

「昔 もっと速いのを見たことあるので!!」

そうだ、昔見た ホリンさんの連撃の方が早かった、そりゃ全員揃った連携はホリンさんに匹敵するが、何年経ったと思ってるんだ どれだけエリスがあれから強くなったと思ってるんだ、あの時は何も出来なかったが 今は違うんだよ!

「このぉぉ!!、攻め続けろ!必ず限界が来る!」

「ぅおっしゃぁあああ!!!!!」

「だりゃぁぁぁぁあ!!!!!」

「エリスに限界はありませんよ!今のところ!、光を纏い 覆い尽くせ雷雲、我が手を這いなぞり 眼前の敵へ広がり覆う燎火 追い縋れ影雷!、紅蓮光雷 八天六海 遍満熱撃、その威とその意在る儘に、全てを逃さず 地の果てまで追い縋り 激憤の雷を!」

何度も何度も襲いくるアルザス達の攻撃を飛び 蹴り飛ばし転げ回り逃げ回りながら詠唱を口で綴る、その両手にバチバチと迸るのは紅蓮の雷撃、それがエリスの指を這い回り纏わりつく…

確かに、アルザス達の戦法は正しい、この室内で高速で飛び回る それを三人揃って行えば数の力を十全に発揮出来る、まさしく彼らの武器を使いこなす為の絶好の舞台と言える

けどな、エリスにだってこのフィールドを活かす為の必殺の魔術くらい、持ってるんですよ!!!

「マズい!何かしようとしている!、阻止しろ!」

ラックが叫ぶ、だが遅い!

「『若雷招』!!」

電撃を纏う両手を地面へと叩きつける…、エリスが発動させたのは若雷招、火雷招を基本とする八つある雷招系の一つ

火雷招は熱に特化し 黒雷招は貫通に特化し 鳴雷招は衝撃に特化し 咲雷招は斬撃となる、その派生のうちの一つである若雷招にも特化した分野がある それは…

「こ これは!?」

「まるで蜘蛛の巣…逃げ場が…!」

無い!無いのだ!、若雷招の特化した部分は『通電』、地面に撃てばその通りに沿って壁や天井に通電する、外で使ってもあまり効果はない…まさしく室内戦特化の魔術!

壁や天井 床にさえ紅蓮の雷がバチバチと即座に被さり、部屋中を飛び回るアルザス三兄弟を纏めて感電させ焼いていく

「ぐぁぁぁぁああああ!?!?』

「ぐぅぅっ!リック!ロック!直ぐに魔術の効果範囲から出て…」

「させますか!、『旋風圏跳』!!」

「なっ!?」

電撃に体を焼かれながらも指示を飛ばそうとするラックに風で突っ込み その勢いのまま飛び蹴りをかます

「ぐほぉぁっ!?」

そのままラックは壁を突き破り、館の外へと消えていく…復帰には少し時間がかかる距離だ…

ここまで戦ってりゃ分かるんですよ!、貴方達アルザス三兄弟は確かに抜群のコンビネーションを持っています、けど そのコンビネーションの起点は長男ラックの指示だ

長男の指示が無けれな弟達はロクに動けない、三人一緒だからこそ 思考停止で二人は従ってるだけ!、故に攻撃を仕掛ける際 奴は必ずフォーメーション名を叫ぶ…

しかし、こうしてラックを引き剥がしてしまえば……

「あ 兄貴ィッ!」

「そんな…つ 次どうしたら…」

若雷招が消え、ダメージを残しながらも解放されたリックとロックは右往左往する、指示をくれる兄貴がこの場から離脱して、指示がなくなってしまった、こうなれば もう連携も何も無い

「…エリスに何かと突っかかってくるすきっ歯の次男坊…、と 特に因縁のない三男坊、覚悟してくださいよ」

「ヒッ…!リック兄さん!どうしたら!」

「お 俺に聞くなよ!、俺頭悪いから…」

「遅い!!!」

慌てふためくリックとロックに肉薄し…、拳を握る

「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ」

「ひぃぃぃ!!兄貴ぃぃぃ!」

「ラック兄さぁぁぁん!!!」

ロクに抵抗出来ない二人に向けて 向ける刃となるのは両拳、それは熱の雷を纏い…二つの輝きをエリスの手の中で煌めく

「『煌王火雷双掌』」

「ごほぁ…!?」

「げぶぅっ!?」

二人のその腹に突き刺さる雷の双拳、それは二人の腹で炸裂し爆裂し 吹き飛ばす、館の壁を突き破って 遥か向こうの森の木々を貫通し、土手っ腹から黒煙をもうもうと立ち上げ …静かになる

生きてはいるが 意識はあるまい、これで三兄弟の連携は打ち破った、後は…

「…貴方だけです、長男 ラック」

ラックを吹き飛ばした方へ向かい、エリスが開けた穴の方へと歩いていく…そこには雪の中ゼエゼエと立ち上がるラックが一人…

「ぜえ…ぜえ、くそっ この俺が弟達から引き離されるとは」

「後は貴方だけです、覚悟してください」

「俺だけ…、リックとロックは!!」

「倒しました」

「あの一瞬で…、二人は!殺したのか!」

「まさか、生きてますよ 気絶してますが」

「そう…か…」

するとラックは手に持つ剣から手を離し、膝から崩れ落ちる、若雷招を食らってもまだ動けるだろうに…、いや 彼の顔を見れば分かる、これ以上の戦意はない

「…参った!降参だ…、頼む 見逃してくれ…」

「見逃してくれ、ですか」

「虫のいい話なのは理解している、だが…今は弟達の治療に行きたい…!」

確かに虫がいいな、こちらはそっちに痛い目食らわされてるのに…、けど 彼的にはそれが全てなんだろう、彼は三兄弟の司令官じゃない 長男だからだ

「弟が可愛いですか」

「可愛いさ、世界で一番大切だ、アイツらを食べさせていくために冒険者やめて 金払いのいいマルフレッドの所に行ったんだ…、でも アイツらが傷つくならこれ以上マルフレッドに従う道理はない」

「エリスが憎いのでは?、弟を叩きのめした本人ですよ」

「そうやって…プライドを傷つけられたと怒ってお前に戦いを挑んだ結果がこれだ、俺個人の怒りと傲慢に弟を付き合わせた結果がこれなんだ…、本当にすまなかった…!」

そう言いながらラックは膝をつきながら両手をつき 頭を下げて額を地面につける…、雪だらけで冷たいだろうに、傷だらけの体には染みるだろうに 構うことなく頭を下げる、悪いのは全部俺だと叫びながら

「俺はどうしてくれても構わない、けど…弟は助けて…ください」

「…エリスも貴方達の命を奪うつもりはありません、けど 見逃すには条件があります」

「な なんだ」

「マルフレッドと手を切り この国を去りなさい、そしてもう二度とクリストキントとエリス達に手を出さないと誓ってください」

「誓う、もう二度と手は出さない、闘争の勝者たるお前が言うことは絶対だ、我が命ある限り アルクカースの誇りに誓って守り続けよう」

「分かりました、では…」

とポーチの中に手を突っ込みポーションをラックに投げ渡す

「こ これは?」

「エリスの師匠謹製のポーションです、聞く所によるとスピカ様のポーションにも匹敵するとか、死んで無ければそれで回復させられます、三人で分けて使ってください」

「あ…ああ ありがとう…ありがとう…」

ラックはそのポーションを自分に使うでもなく、傷だらけの体を引きずりながら立ち上がり ラック達の消えた方向へと向かっていく

「本当にすまなかった、謝って許されることではないが…、この借り…いや恩は必ず返す、三兄弟の誇りにかけて…」

「分かりました、またいつか出会えたら その時はエリスに味方してください」

「分かった…!、リック!ロック!無事かー!!」

そうして長男は弟達の所に向かっていく、或いは彼もコルネリアさん同様 弟達の為ならなんだってする覚悟で戦い マルフレッドに従って来たのだろう、その辺に関してはエリスは評価というか…いいと思ってる

ラック達はマルフレッドが関わらなければさして邪悪でもない、彼らが悪人なら ユリアさんは傷つけられたり人質にされていた、まぁ指を切り落とそうとはしてましたが それはマルフレッドの指示だし、エリスが来るまで待っててくれたし ノーカンにしよう

…ポーションを渡したら、回復した彼らが戻ってくる可能性もあるが、まぁ大丈夫と判断した、彼らはアルクカース人 勝負事には真摯だからな、一度やって負けたなら もうかかってこない

「さてと…、ユリアさん 無事ですか?」

ズタボロの穴だらけになった別荘の瓦礫を踏みしめ二階に上がり、ユリアさんが居た部屋に向かうと、彼女は相変わらずそこに座っていた、その目に見えるのは…怯え

「……っ!、っ…」

「怯えなくても大丈夫ですよ?、エリスはコルネリアさんの…貴方のお姉さんに頼まれてここに来たんです」

「お…おね…」

汚れた少女はおずおず口を開く、怯えてはいるが…うん、お姉ちゃんの事は覚えてるみたいだ

「行きましょう、お姉さんに会いに」

「でも、外に出たらダメだって…」

…気持ちは分かる、こんな所に閉じ込められて 怖い大人に脅される日々、その恐ろしさは痛いくらい分かるつもりだ、けどね…外に出ちゃダメなんて事はないんですよ

「ユリアちゃん、大丈夫ですよ…、行きたい場所に行き 会いたい人に会う その権利は誰しもが持ち合わせ、誰にも侵害する事は出来ないんです、誰にも…だから、貴方が望むなら 会っていいんです、会いたい人の所に行きたい所に」

世界は自由なんだ、例えここで辛いことがあっても…外に出て行けばきっと世界は晴れるんだ、いつまでもこんな所に魂をとらわれる必要はないんだ

「おね…ちゃんに…会ってもいいの?」

「いいんですよ、貴方が望むなら」

「わたし…会いたい」

「ふふっ、その言葉が聞きたかった…、行きましょうか ユリアさん」

「うん…」

ユリアちゃんの手を引いて、エリスは歩む、前へ…前へ…

ユリアちゃんと手を繋ぎ、ギシリギシリと古い木の床を踏みながら歩く、この荒れた薄暗い館を見ていると、傷ついたこのこの姿を見ていると、どうしても思い出してしまうな…重ねてしまうな

「っ…!」

ふと、ユリアちゃんの手を引いて 部屋を出た瞬間 後ろ髪を引かれるように、後ろを向く

ユリアちゃんが座って 身を守るように蹲っていた所に、今度は別の少女が座り込んでいる…下を見て 怯えるように、何もかもに怯えるように

「…?、どうしたの?お姉ちゃん」

「いえ…」

いや、彼処には誰もいない 、あの場所にはもう誰もいないんだ、あの薄暗い場所で暴力と理不尽に怯えていた名の無い独りの少女は、もう 何処にもいない

前へ前へ歩いて、別の場所に行ったから…もう居ないんだ、何処にも

「なんでもありません…、そう なんでもない 事なんですよ」

そうです、なんでもない事なんです…だって、そう 昔のことなんですから、この子もきっと今日のことを乗り越える日が来るはずだ

エリスもまた、乗り越える日が………

「さぁ、行きましょうか」

それはユリアさんへの言葉か 過去の己への言葉か、エリスは少女を引き連れ このくらい屋敷を出て行く、愛する人が待つ …待ってくれている場所へ
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