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七章 閃光の魔女プロキオン

188.対決 月下の大怪盗ルナアール

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宵闇の中 相対する二つの影

「…………」

一方はエリス、孤独の魔女が弟子 流浪の暁風との呼び名も持つ旅人エリス、それが軽く握りこむように拳を握り、背を落とし前を見る、その眼前には

「……どうした、来ないのかい」

月下の大怪盗ルナアール、神出鬼没という言葉が純白のスーツと仮面を被ったような怪人、それが清流の如き蒼き刀身を持つ細剣を手に余裕然と構える

今、エリスは三ヶ月の屈辱の時間を超えて ルナアールと相対している…、リーシャさんの予測は物の見事に当たり ルナアールは絵画保管室から出てきたのだ

故にエリスは絵画保管室で待機することにした、と言っても バレて逃げられてはいけないので、挑むのはエリス一人 、エリス一人で今日の夕方あたりから天井に張り付いていたんです

我ながらびっくりですよ、こんな曲芸じみたこと出来るなんて…、だがここの天井は高いおかげで夕方から待機しているのに兵士の皆さんには見つからなかったし、暗くなった今ならルナアールにさえ見つかることはなかった

そして、その逃げ道を氷で塞ぎ 退路を断ち進むしかなくなったルナアールの前にこうして姿を現したのだ

後はこいつを捕まえるだけでいい…、けど

「あの、エリスは今から貴方と戦うつもりです」

「…?、いや 言われなくても分かるけれど…」

「その前に一つ聞かせてください、大人しく捕まる気はないですか?」

そうエリスが問えば一瞬キョトンとルナアールは呆れたように脱力すると、まるで嘲笑するようにくつくつと肩を揺らし

「くくくく、バカだね君…怪盗が自首すると思うかい?」

「貴方の考えは読めています、その怪盗という幻影虚像は今に剥がれ 捕まるのも時間の問題です、なら もういいじゃないですか」

「一度私の手を見抜いたからと、調子に乗らないでもらいたい、だが うん 面白いね君、嫌いではない」

ふふふ と心底楽しそうに笑い、ルナアールは剣をそのままに片手で顎を撫でる…、面白いか そんな面白いこと言った覚えはない、エリスは本気だ

ルナアールが捕まるのは正直時間の問題だ、エリスのようにルナアールの虚像を暴きにかかる人間が増えれば こいつは直ぐに尻尾を掴まれる、それだけ多くの枷をこいつは抱えているんだ

「だかね、怪盗は盗むから怪盗なのだ、そのタネが暴かれ 無様に縄目に着こうとも…舞台を降りるまでは怪盗は怪盗であり続ける、途中で公演を投げ出すわけがない」

「舞台とか 公演とか…、貴方がやってるのは犯罪です!舞台でも演劇でもない!、それはこのエトワール いや 全ての役者に対する冒涜ですよ!!!」

「冒涜か…、なら その冒涜の権現は今すぐにでも罰を受けるべきだろう?、なら君の手でやりたまえ、さぁ」

やれるものならな とルナアールはやはり剣を構える、結局 争わねばならないか、まぁ 話し合いで解決できるなんて微塵も思ってない、ただ ルナアールが何を考えているのか それだけが知りたかった

こいつは、やはり自らの名声や富のために盗みを働いていない、何か目的があってやっている、けど それがなんなのかは分からない

なら、ぶちのめして 聞くまで!、そう答えるようにエリスもまた静かに構え…

……闇の中に、静寂が走る

「………………」

「………………」

静かな、ただただ静かな睨み合いが 数秒 数十秒…続いた後、何を合図にしたか 二人は全く同時に体を動かす

「フッ!!」

「ッ……!」

先に動いたのはルナアールだ、いや 正確に言うなれば動き出しはエリスの方が早かった、しかし それが行動として成立したのはルナアールの方が先だった

信じられない話だがルナアールはエリスが動き出したその瞬間を後から見て 先に手を出して来たのだ

繰り出される剣技はまるで疾風、この数ヶ月受けてきたヴェンデルさんの剣とは比べものにもならぬ一撃、小枝よりも細いあの剣を籠手で受ければ まるで丸太で殴られたような衝撃が全身に走る

(こいつ!手を抜いたな!!)

しかし、エリスの衝撃は体よりも心に走る、今 ルナアールは手を抜いた、態とエリスに防がせた、まるでどの程度までなら防げるのかを吟味するように

その事がエリスの心に火をかけて沸騰させる

「ナメないでください!!」

「おっと!」

お返しとばかりに繰り出すのは足払い、巨木を切り倒すが如く鋭い低空の蹴りからの鳥を撃ち落とすような上段回し蹴り、それを竜巻のように回転しながらも放つも ルナアールの鼻先にさえ当たらない

凄まじい技量と勝負勘だ、何をどうすればこのレベルの技術を手に入れられるのだと エリスは逆に冷静になる

(強い…分かってたけど、凄まじく強い…、出し惜しみして勝てる相手じゃない)

今は こいつの狙いとか 何者とか その技量がどこから来るとか、そんなことはどうだっていい 、戦闘が始まった以上気にすべきはその趨勢のみ、蹴りと共に距離を取り エリスはその身の魔力を滾らせ

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

疾風韋駄天の型、風を手足に纏わせ 限界まで合理化したエリスにとっての 旋風圏跳にとっての戦闘形態、エリスのスピードは 移動も攻撃も防御も含めて 数段上の物となる

本当は魔力覚醒が使えりゃそれに越したことはないが どうやらもう少し追い詰められないと使用条件は満たされないようだ

「ほう、古式魔術か…面白いね君は、本当に面白い、君も本気になったようだし、僕も本気になろうか」

ルナアールの手がヒュンヒュンと残像すら残さぬ勢いで振るわれ、再び構えを取る

その構えの異様たるや 思わず面を食らう、エリスもここまで戦いだらけの人生を送ってきましたよ?だから剣の構えのセオリーってのはよく分かっているつもりだ

剣はその種類によって適切な構えが違う、太い両手持ちの剣なら力をよく引き出せる構え 短い剣なら懐に潜り込めるよう身を丸め、ルナアールのような細剣は切っ先をこちらに向け 速さを感じる構えを取るのが普通

だというのに…ルナアールは

「それが、貴方の本気の構えですか?」

「ああ、悪いかい?」

「悪くはありませんが、エリスは その構えをするなら得物を変えることオススメしますが…」

ルナアールは両手で細剣をしっかり握り込み 両足の踵を地面につけ正眼に構えたのだ、一般的な剣の構え…だが、それはルナアールの持つ細剣には適さない構えだ、細剣の旨味を全て消していると言ってもいい

ルナアール程の使い手がこんな奇怪な構えを?、いや違うな これは多分どっちかが違うんだ、ルナアールの構えか 今使っている剣、そのどちらかが本来の物ではなく…

「さぁ行くよ、頼むから死なないでくれ?、私は殺さないのが信条なのだから!」

「ぐっ…!」

摺り足 まるで滑るように地面を滑走し相手の懐に入るそれをルナアールは繰り出したと言えば大した物でも無いと感じられるかもしれない、だが問題はその速度 まるで背後で何かが爆裂したかのように意味不明な推進力を得たルナアールが目にも止まらぬ速度で突っ込み

エリスの目の前で霞のように消えたのだ

「えっ…」

「怪盗剣技 三の項…!」

聞こえた、声が どこから 考えるまでも無い、前じゃ無いなら

「後ろ!!」

「『水虎 極る偃月』…」

振り向くと同時に直感で避ける、背後だ 正面からエリスの背後を取り、まるで弧を描くような軌道で剣を振るうのだ、しかも この剣…!

「甘い…」

「ぐぅっ!!」

避けて崩れた体勢をルナアールに蹴り飛ばされ地面を転がる、くっそ…こいつ最初からさっきの剣当てる気なかった!

なぜ分かるって?殺意がないんだ、こいつの剣は!エリスを無力化させる それだけを考えている!

「さぁ どんどん行くよ…!」

「チッ!」

こちらに向けられた正眼の鋒がブレて空を切り裂く音を何度も響かせる、剣先が細く 振るわれる剣が見え難い、それをしゃがみ 飛び 転がり、後方へ逃げるように飛び回り回避を続ける

そうだ、この剣…いやらしい、いやらしいんだこの剣!

「そんな!いやらしい剣 振るわないでください!」

「ふふふ、いやらしい?何のことかな」

咄嗟に体を反らし 鼻先を掠める剣を避けながら叫ぶ、いやらしいさ だって、殺意が無いが故に読み辛く かつ、殺す気がないから エリスの魔力覚醒の条件である命の危機にも引っかからない、いくら追い詰められてもエリスのギアが上がらない

これをいやらしいと言わずして何というか!

「この!」

振るわれる剣を籠手で弾き返し、生まれた刹那の隙を見逃さず風に乗った足をルナアールに見舞う

「おおっと!」

振るう 足を、攻防一点し今度はエリスの番と体を回転させるように何度も足を振るう、風に乗った足は常人では考えられぬ蹴速を生み出す、がしかし 息もつかせぬ連撃の中ルナアールは笑い まるで風に揺れる布のように華麗に避けていく

何という技量か、ここまで卓越した使い手と戦った事などない!ともすればベオセルクさんさえ上回るぞ!この人!アルクカース最強の戦士をだ!何者だこいつ!

「さぁ…お返しだ!」

「この!」

もはや後先考えてはいられない、死なないならなんとでもなるとさらに攻めの姿勢を強め、捨て身にも思える勢いでルナアールの剣を避け懐に入り

「はぁっ!」

「ッッ!?」

蹴り上げる、下から 速度とタイミングの重なった絶好の奇襲、されどルナアールには通じず 半身後ろへ反り返りエリスの蹴りをギリギリのところで避け…

「あ…!」

刹那、ルナアールの動きが止まった 蹴りを避けたつもりだったのだろうが、エリスの足に纏わりつく突風が 一瞬 ルナアールの目元を覆う仮面を揺らしたのだ、取れそうになった仮面を咄嗟に両手で押さえたルナアールの動きが その瞬間 止まったのだ

これは…好機!

「っ!、大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』」

後ろへ翻りつつ両手に収束させる風、室内だからあんまりボカボカ撃てないけど、一発だけならまぁ許してくれるだろう!それよりルナアールだ!、仮面を付け直すその一瞬はこの戦いの最中ではあまりにも致命的な隙だ

事実、神速の動きが途切れたルナアールが体勢を整えた時には既に遅く エリスの作り出した風は強く渦巻き 廊下を埋め尽くさんばかりの颶風と化している、避けられない あの細剣では防げない

さぁ、どうでる! と魔術を放ちながらルナアールを見るこの瞳は、確かに映した

奴の 怪盗の目が、変わったことを

「古式魔術…仕方ない、星細剣 アルシャミアよ!、光を!」

刹那 手に持つ細剣が魔力を帯びると共に光った…その切っ先の一部分だけが、光芒を残す淡い光を放ち始めたのだ、何だあれ…魔術か?いやでもあの光に攻撃力を感じない、あれはそのものはあの細剣に仕込まれた仕掛けか?

だとしたら何をする…というか、細剣の鋒だけが跡を残すように光る様は、なんだか 剣…というよりペンみたいで…

「高速術式…!」

その瞬間、ルナアールは何もない空間に向けて 風の槍に向けて目にも留まらぬ速度で剣を振るう、するとどうだ 虚空に残る淡い光の線は 切っ先に従い虚空に一つの光陣を残して

いや違う!描いているんだ!、虚空に 高速で!光芒で!魔術陣を!!

「んなバカな!?」

「魔術式『鏡面反魔陣』!!」

一つ描くだけでも多大な時間を要する魔術陣を、切っ先に残る光の跡を利用し 超高速で書き上げたのだ 魔術陣を、もはや人間業とも思えないそれによって作られた虚空の魔術陣はより一層強く光だし、エリスの風を取り込むと共に…

まるで、鏡に映った景色のように 綺麗のそっくりそのまま反射しこちらへ返し…

「ぐっ!?ぎゃぶっ!?」

跳ね返された風の槍を前に打つ手は無く、エリスは己の魔術によって吹き飛ばされ 壁にめり込み項垂れる事となる、そんなバカな…なんだあれ、魔術陣にあんな使い道があるなんて聞いたことがない…、あんなの反則じゃないか 一つ作るのに時間がかかるというデメリットを帳消しにするなんて…

「ふんっ、勝負あったね…」

「まだです…!、こんなもんじゃエリスは倒れません!!!」

「いいや、君を倒す必要はないのさ…、私は決闘に来たわけではないからね」

まさか と思う間も無くルナアールはマントを翻しそそくさと廊下の向こうへと 玉座の間に向かって走っていく、しまった!逃げられた…くそ 最初からエリスを吹き飛ばしさえすればよかったのか!

やられた…!、ルナアールは素で旋風圏跳並みの速度で跳ぶことが出来る、あんな速度で走られたんじゃ追いつく前に玉座の間に向かわれる…!、くそう…出来るなら この手でここで倒したかったが

「いや、泣き言を言っていても仕方ありませんね、待てー!ドロボー!!!」

即座に痛む体を動かし、旋風圏跳で追いかける…頼むから間に合ってくれよ、今回で捕まえたいんだから!

…………………………………………………………

その足は疾風の様に駆け抜け、一直線に走り抜けるはディオニシアス城内部、複雑に入り組むはずの城の内部をまるで熟知しているかの様にスイスイと進んでいくルナアール、道中見張りの兵士に接敵するも

「ん?、なんだお前…って ルナアー…ぐふっ!?」

もはや相手も反応出来ない速度で走り抜け すれ違いざまに手刀を加え気絶させていく、本当はもっと早くこうして移動していたはずなのに 、あれのせいで予想以上に時間を食って計画に歪みが生じてしまった

そう…あれ、エリ…ではない 孤独の魔女の弟子、エリス姫とは似ても似つかぬくせに同じ名を冠するあの女のせいで、面倒なのに目をつけられたとルナアールは静かに舌を打つ

まぁいい、それももう終わりだ、これで終わりだ 国内で集められる物は粗方集め終わった、後は 原典を盗み消し去ればそれでいい、それで エリス姫は……

「っ!何者だ!」

玉座の間を勢いよく開けば 内部にて待ち構える女騎士が声を荒げる!本当は変装して入るつもりだったが、孤独の魔女の弟子の所為で時間がかかった 惹きつけた兵士達が戻ってくるまで時間がない

おまけにあの魔女の弟子もすぐに戻ってくる、もはや形振り構ってはられない、怪盗の幻影を守る為 少し強引に行く

「怪盗ルナアール参上…、そこにあるんだろう?原典が、頂きに来た」

「もはや強盗だな!怪盗が聞いて呆れる!」

返す言葉もない、ルナアールは強盗でも盗人でも無く、怪盗でなくてはならないのに そうでなければ成立しないのに、これは忸怩たる結果だ、盗みの可否に問わず今回の公演は失敗と言っていい

「姫…お下がりを、ここはこのマリアニールが 討ち取ってみせます故」

「はい…気をつけて」

おずおずと俯いたままマリアニールの後ろに下がるヘレナを見てほう とルナアールは若干機嫌が良くなる、そうだそうだ そうで無くては、騎士が前 主人が後ろ、そうで無くては 姫騎士などという曖昧かつ中途半端なことをするよりよほど良い

「騎士マリアニール、残念だが時間がない…早々に決着をつけさせてもらう」

「誰に向かってその様な、いいでしょう…お相手します!」

エトワールも腐っても大国、そこらの国とは保有する戦力のレベルが違う、そんな大国の頂点に立つ騎士を前にも不遜に剣を抜くルナアールを見て、マリアニールはため息を一つつく

己の実力を過大評価しているわけでも 相手を過小評価しているわけでもない、呆れているのだ 

怪盗と名乗りながら最後は力尽くとは と、当然それはルナアールにとっても耳の痛い話ではあるが

「さぁ…輝きなさい!我が相棒 魔陣剣ディテュランボス!」

細剣を手に歩み寄るルナアールに対し その手に持つ両刃剣の腹に手を這わせるマリアニール、するとどうだ、剣の腹にいくつもの魔術陣が姿を現わすではないか

「ほう、剣に魔術陣をいくつも彫り込んであるのか、古典的だ」

「ええ、この剣自体古くからある名剣ですのでね、凡そ数百もの魔術陣を彫り込んだ剣…、お相手をいたします、さぁ!姫には指一本も触れさせませんよ!」

「いい心構えだ!騎士の中の騎士よ!、こちらも存分に役に興じられるというものよ!」

刹那、ルナアールとマリアニールの姿が消える いや 消えた様に見える程の速度で両者戦闘を開始したのだ

凡そ常人には目視出来ない高速戦闘、エリスの様に魔術を用いての加速をせず 肉体的な推進によって行われるそれは、まさしく超人同士の激戦と言える

虚空に響くは無数の金属音、荘厳な玉座の間を舞台に繰り広げられる音速の戦いはあちこちに傷跡を作り始める、カーペットは切り裂かれ シャンデリアは木っ端微塵に吹き飛び 城の中の飾り付けは全て塵と化す、ただ ここまでやって 城そのものには傷一つつかないあたり プロキオンの残した不壊の法は未だ健在と言える

そして、数十秒にも及ぶ濃密な不可視の剣劇は 一人の勝者の決定を以って終了する、激しい打ち合いを制したのは

「ぐぅっ…」

「こんなものですか…」

マリアニールだ、対するルナアールは体に傷こそ作っていない物の 押される形で膝をつく、ルナアールの剣をマリアニールは悉く撃ち返し その手を遍く潰して勝利したのだ

「しかし…」

膝をつくルナアールを前にマリアニールは訝しげに顔を顰める、剣で打ち合ったからこそ 理解出来た事が一つあるのだ

「怪盗よ、貴方の剣…それは一体なんですか?」

剣とは手に持つ細剣の事ではない、怪盗の振るう剣技の事だ、こうして打ち合って理解できたが 怪盗の剣はどこか覚束ない、剣の技量はとてつもないが まるで何かで自分を縛ったように決められた動きしかしないのだ

まるで、台本に書かれた様に動く俳優の様に…、それをこの実践の場でする意味がまるで理解出来ないのだと問いかければルナアールは膝をついたままくつくつ笑い

「まるで、何かを演じる様な剣、貴方本気ではありませんね?」

「くくく…何もおかしいことはない、この世は舞台…この世は虚構、私は無く 僕も無い、ただただ偽りにのみ満たされたこの世を生きる人間は、皆何かを演じる舞台役者…私はその中でただこうあるべしと定められた、故に…そうあるだけさ」

「この世が舞台?何を戯言を、真実があるからこそ嘘は嘘として楽しめるのです、現実があるから演劇は演劇足り得るのです、まさか天下を騒がせるルナアールが現実と非現実の区別もつかぬ狂人だったとは、こんなものに翻弄されていたその事実…エトワール建国以来の国辱です」

もはや問答に意味は無いとルナアールに向けて剣を突きつける、この存在から出る言葉は 本人の言う通り虚構でしか無い、今欲しいのは真実のみ 嘘偽りしか吐けぬなら、いっそその口を 頭ごと叩き落としてやろう

「最後に聞きます、盗んだものはどこですか?」

「盗んだ物?…ああ、それならッ!!」

刹那、騙し討ちが如く 突如としてルナアールが剣を握りマリアニールに斬りかかった、まさしく虚を突いた一撃 それが神速で放たれるのだ、さしものマリアニールも

「無駄な足掻きを!」

弾き返す、こんなもの不意打ちにもならないと言わんばかりに弾き返す、それと共にマリアニールは返す刀でルナアールの首を……狙おうとした

そうだ、さしものマリアニールも弾き返してしまう、ルナアールの一撃はそれ程までに速い、四の五と考えらていられない速度で放たれるそれを 直感で弾き返してしまった

もしマリアニールに考える時間があったのならこう勘ぐっただろう、 何かの罠ではないか? と…

「甘いね…」

「なっ!?」

しかし、思考の隙を与えなかったルナアールが一手上を行った、弾き返された剣を捨てると共に もう片方の手で準備していたのだ…

マントに血で魔術陣を書いていた、それは…

「閃光陣…!?」

その瞬間 ルナアールのマントの裏から放たれた眩い光に目を眩まされマリアニールは一時的に 視界を奪われる、その隙を見逃すルナアールでは無かった

「悪いね!まだ騎士に敗れる展開は先なんだ!、先ずは目的を果たさせてもらうよ!」

「ま 待て!、くそっ…!」

マリアニールに弾かれ宙を舞う剣をキャッチしたルナアールは放たれた矢の如く一直線にマリアニールの脇をすり抜け、その奥にいるヘレナ姫の元まで駆けつける

「さて、麗しきお姫様?…その手の物を渡してくれるかな?」

ルナアールがヘレナの元まで辿り着くのに一秒もかからなかった、剣をヘレナ姫の首に突きつけ、極めて柔和に それでいて無情に、脅しをかける

「………………」

「抵抗はオススメしないが…っと?」

するとヘレナ姫は剣に脅されてかすぐさま手の中の原典を、布に包まれたそれを相手に渡す

そのあっさりとした幕切れに思わずルナアールも面を食らう、フェロニエールで見せた勝気さを想定し、もう一悶着あると踏んでいたのだが…随分あっさり渡すのだな と

「まぁいい、予告通り この城の悲恋の嘆き姫エリスは頂いて行くよ?」

「はい、差し上げます…」

「……随分、あっさり渡すのだね」

「はい、貴方は予告通り 悲恋の嘆き姫エリスを盗みました…もうそれで良いでしょう?」

「あ ああ…、いや待て ちょっと待て、君 顔を見せろ」

相変わらず俯いたままのヘレナ姫の様子のおかしさに気がつき、慌ててその顎を掴み 引き上げ…、そして 悟る

「あ あの、こんばんわ…」

「き…き…君は」

そこにいたのはヘレナ姫…ではなく

「誰だ!?君は!?」

見も知らない別の人間だった、ヘレナ姫と同じ髪色のカツラと衣装を着て いつのまにかすり替わっていた、別人だったのだ

「あの、サトゥルナリアって言います…」

「誰だ!??」

誰だ本当に!名前を聞いたけど分からないぞ!?、いや そこでは無い!、ルナアールともあろうものが 見抜けなかった、ここまで近づいて顔を見るまで ヘレナ姫と疑う事さえ出来なかった、それ程までに 仕草が同じだったのだ

別の人間を 姫を ここまで完璧に演じ切るとは…、というか なんで入れ替わって…

「い 今です!お願いします!」

「何ッ!?ぬぉっ!?」

別人との邂逅に呆気を取られるルナアール、今度はルナアール自身が虚を突かれる結果となった

サトゥルナリアと名乗る偽のヘレナ姫の叫びに呼応し、ルナアールの足元に陣形が浮かび上がったのだ、この陣は…捕縛陣か!

「くっ!罠か!」

捕縛陣 名の通り上に立つ人間の動きを遮り捕縛する魔術陣だ、捕縛陣が用意されていることは想定内だったが まさかこの玉座の間の姫の目の前に用意されているとは思わなかった というのが本音だ

だって、もし罷り間違えば姫を魔術陣で巻き添えにすることになる …いやだからこその身代わりか!、こいつ!姫を演じて私を釣り 魔術陣まで誘き寄せたのだ!

いい手だ、姫を巻き添えにすることは無いとタカをくくっていた私の虚を突く良い手だ、だからこそ 同時に思う、捕縛陣があること自体は 想定無いなのだ

「はぁっ!」

捕縛陣が完成する その一秒にも満たない時間の中 咄嗟にルナアールは剣を振るう、魔術陣は完成さえすれば無敵だが 完成する前は傷一つでダメになる脆い代物、魔術陣を扱うルナアールはそこを熟知している

だからこそ、捕縛陣にかけられた時の対処法もまた熟知しているのだ

「うそ…」

「悪いが、何処かに捕縛陣があるという事そのものは想定内なのさ」

絨毯の裏側に書かれていたであろう魔術陣に剣を突き刺し、無効化する…残念だが 捕縛陣では私は捕らえられない、偽物を用意し 敢えて原典を容易く渡す事により私の油断を誘い そこを捕縛陣にかける…、いい手だったが私の力量を見誤ったな

「残念だね、君たちの渾身の策も不発のようだ、では…私はこれを予告通り頂いて行くよ」

そう 布に包まれた原典を片手に振り向いた、その瞬間…

「貴方が捕縛陣を抜ける事自体 想定内でしたよ!」

「なっ!?」

振り向いた先にいたのは、マリアニールではない 、ルナアールの目の前にいたのは…

「孤独の魔女の弟子!?」

奴だ、金髪の女…!孤独の魔女の弟子がもう追いついてきた!?、というか 捕縛陣を切り抜け安堵したそこに畳み掛けるように現れたエリスに反応する間も無く彼女の生み出した風の槍によってルナアールの体は容易く吹き飛ばされる

「ぐはぁっ!?」

「相手の策を見切り 切り抜けたと錯覚したその瞬間こそ、人が最も油断する瞬間、貴方なら捕縛陣を切り抜けると信じてましたよ」

そのまま吹き飛ばされる体を空中で翻し、猫のように受け身を取り着地する、くそ さっきの一連の動きで時間を使いすぎたか…

「くっ、やるね…孤独の魔女の弟子」

「エリスはエリスです、名前で呼んでください」

「違う!お前はエリスでは無い!」

「いやエリスはエリスですよ!?」

いいやお前はエリスでは無い、エリスを名乗っていいのはこの世に一人だけ、あの尊き姫だけなのだ!…、、断じてお前では無い!

「全く、しかし 本当にやりますね、貴方…のらりくらりと逃げ果せて、でもそれもこれで終わりです、今度こそ 決着をつけてやります」

「決着をつける?、何をバカなことを…もう目当ての物は私の手の中にあるのだ、悪いが逃げさせてもらうよ!」

布に包まれた原典を片手に飛び上がり エリスを飛び越え出口へと向かう、もう何も相手にする必要はない、このまま出口に向かって走り抜ければ…

「何故、ナリアさんを囮にしたか…まだ分からないんですか?」

「…っ!」

エリスの言葉に、足を止める…何故 偽物を用意したかだと?

そんなの決まっている、私を誘い捕縛陣を起動させる為……

「いや、違うのか…」

違う、極論を言ってしまえば 偽物を用意する必要はない、確かに下手をすれば捕縛陣にヘレナ姫を巻き込む危険性はある、だが言ってしまえばそれだけだ、私を捕まえる そのリスクに見合うほどじゃない……

なら何故…、いや待て もっと大事なことを見落としている…!

「本物のヘレナ姫はどこに行った…」

「本物のヘレナさんなら今頃 原典を持って、別荘の方で待機中です ここには居ません」

「何ッ!?」

原典を持って?…それじゃあこの手の中にあるのは…

「これは…偽物?」

「ご明察…というには些か遅かったですね、それはナリアさんが所有する悲恋の嘆き姫エリスの本です、本屋に並んでる 普通のやつ」

慌てて布を引き剥がせば、…確かに 偽物だ…!、いや悲恋の嘆き姫である事に変わりはないが、原典ではない!私の狙っているものでは…!

「ふっ…はははは、偽物を掴ませて 勝ったつもりかな?、これが偽物だというのなら その別荘に向かい 本物のヘレナ姫から原典を盗めばいいだけだろう?」

簡単な話だ、これが偽物だというのなら 本物も盗めばいいだけの話、別荘として使われている館の場所には覚えがある、マリアニールや大勢の兵士がここに集まっている以上 別荘の守りなど無いに等しい

予告通り今夜中に盗む事など容易い、予告通り…予告通り……あ…

「気がつきましたか?ルナアール…、貴方はもう盗んでいるんですよ 、この城にある悲恋の嘆き姫エリスを!、それとも 貴方は盗むつもりですか?予告にない 別の場所にある物さえも」

ダメだ、それはダメだ 私はもう盗んでしまった、この城の悲恋の嘆き姫を あの偽物から、この上で別のものまで盗んだら…それは予告を違える事になる、それだけは絶対にダメだ…、怪盗としての 定義が崩れる…、私が私ではなくなる

「貴方は多くの制約を抱えている、人を殺さず 夜にだけ現れ 正体を現さず、そして 予告にない物は決して盗まない…、それを絶対尊守する貴方は盗めないんですよ!原典を!」

「お おのれ…!!」

嵌められた!最初から全部偽物だったんだ!ヘレナ姫も!原典も!全部!嵌められた…嵌められた!この私が!、予告にあるものを盗んでしまった以上私はもう立ち去ることしか出来ない!、こんな…こんなものを盗んで!

「貴様…!!!」

「勝負ありです、ルナアール…残念でしたね?」

偽物だと 明かした上でエリスはこちらに向き直る、打ちひしがれ 動くことが出来ない私に向けて、風を纏い…飛び立ち

「後は 貴方を倒すだけです!ルナアール!」

「くっ…」

飛んでくるエリスを前にルナアールが出来た事と言えば精々剣を前に出すくらいだ、防御にも抵抗にもなりゃしない、それほどまでにルナアールはダメージを受けていたのか…、そうではない

揺らいでいたのだ、根底から己という存在が、自己という存在の上に貼り付けた仮面が、エリスの策略によりヒビ割れ揺らいでいた

そんなルナアールの状況など知らずに、彼女は エリスは一撃入れる、ルナアールの弱点は仮面であることを先ほどの接敵で記憶していたから、そこを狙うのは至極当然

故に、彼女は蹴り飛ばした 一撃でルナアールの仮面を…、せっかく 折角ルナアールが必死に取り繕っていた役の仮面を剥ぐ

それはつまり、ここから先は公演では無く…ただただ残酷な 無慈悲な 現実であることも知らずに

………………………………………………

「え……」

静かな空間にカラカラと音がなる、エリスが先ほど蹴り飛ばしたルナアールの仮面が 地面を転がる音だ

エリスはこいつの弱点が仮面だと悟った、故に初手で仮面を狙いに行ったのだが 思いの外エリスの策が効いていたのか、すんなり仮面をぶっ飛ばす事に成功した

んだが、…その仮面のうちから現れた顔に、エリスは…愕然とする

「あ…え?、な…なんで…」

そのうちから現れた顔、ルナアールはひたりと己の顔に手を当て 仮面がない事に驚愕すると共に…怒りに牙を剥く

「見たな…この顔を、剥いだな…我が仮面を…、怪盗の顔を!」

その怒りを前にエリスは身震いする、だって…その仮面の下にある顔にエリスは見覚えがあったからだ

そう、この顔を見たのは三日前 この王城を初めて訪れた時、壁に飾ってあったんだ、この顔は この顔が書かれた絵画が…

その顔と同じ絵画の名は『閃光の奥の景色』、即ち

「閃光の魔女…プロキオン…様?」

呆然と呟く、今 エリスの目の前で怒りを露わにしているのは どこからどう見てもプロキオン様、その絵画に書かれた顔と全く同じだ

どういう事だ、なんでプロキオン様がルナアールなんて怪盗をやって…、それともこれもルナアールの変装か?、だとするなら魔視の魔眼で見れば…

と 魔視の魔眼を開眼し目の前のそれを見れば…

「げっ…」

ルナアールの時には見えていた魔力が…見えない、今目の前にいる存在 それが体から滾らせる魔力が見えないんだ、どんな人間も微弱ながら魔力を持つ以上魔視の魔眼でそれを捉える事は出来る

見ることが出来ない例外はただ一つ、対象が第四段階に至っている事 、この世界で第四段階に至っているのは 八人しかいない、少なくともエリスは八人しか知らない

それは 八人の魔女を置いて他にいない、つまりこれ…仮面が剥がれて 役を剥がれて、真の姿と力が表に表出したってことか?、だとするならもう間違いはない

(本物?…本物の魔女プロキオン様?)

「やってくれたね…孤独の魔女の弟子、ボクの仮面を剥ぎ 役を奪うとは…!」

刹那、途方も無い魔力の波がエリスを襲う、マズい これガチの奴だ、アルクトゥルス様とかフォーマルハウト様と相対した時感じたやつと同じだ!、これマジものの魔女プロキオン様だ!!魔女と敵対してしまった!

マズい マズいマズいマズいどうする!、これならルナアールのままの方がまだ勝ち目はあったぞ!

「うっ…」

「エリス君!、これは…一体…」

「マリアニールさん!」

押し飛ばされそうになるエリスの背を押さえて駆けつけてくれるのは目眩しから回復したマリアニールさんだ、ただ マリアニールさんもルナアールの正体に面を食らってるいるようで…

「あれはまさかプロキオン様?、いやそんなバカな…何故」

「分かりません、分かりませんけど ルナアールの正体は魔女様だったみたいです…」

「プロキオン様が…ルナアール?」

一瞬信じられないと目を剥くも、直ぐに剣を構え…

「プロキオン様 いくら貴方とは言え盗みを働くとは許し難い行いです!、何を考え何故そのような行動に出ているかは知りませんが 剣を捨て!こちらに来てください!」

「断る…今のボクは怪盗ルナアールなんだ、悪いが 立ち去らせてもらう…」

そういうなりプロキオン様はフッと落ち着き 足元に転がった仮面を手に取る、何を言ってるんだ 何がどうなってるんだ、でも プロキオン様がルナアールだと言うのなら 尚更逃がせない

「ま 待ってください!プロキオン様!」

「待たない、今日のところは退く…けれど孤独の魔女の弟子、君は 今日ボクの敵になった事を覚えておくがいい」

踵を返し 立ち去ろうとするルナアール…いやプロキオン様を前に、エリス そしてマリアニールさんの足が条件反射で動く、折角現れたルナアールを逃がせないと言う心境と今まで消えていたプロキオン様から真実を聞きたいと言う心情が重なっての行動…しかし

「逃すか!」

「貴方には聞きたいことがあるんです!」

「今宵は終演だ、次回にしたまえ」

と まるで遇らうかのようにヒュンと一瞬振るわれた剣がエリスとマリアニールさんの足元を駆ける、速い 速すぎる、ルナアールの時点でも速かったが 正体を現してからはもはや別次元のスピードだ、防御も反応も出来な…い…、あれ?

「斬られてない?」

「魔術式『幻夢望愛陣』」

「へ?」

斬られてない 傷一つないと思い己の体を見て理解する、ルナアールが行ったのはエリス達への斬撃では無い、エリス達の足元に魔術陣を書いたのだ、エリス達の立つ絨毯の上に、マリアニールさんの足元に…魔術陣が、エリス達二人揃って…魔術陣に囲われて

そう理解するよりも早く、足元の魔術陣は淡い桃色の輝きを放つ

「僕を追い詰めた君達には、褒美に愛しき夢を見て眠る事を許そう…、精々朝まで 最愛の人との時間を過ごすがいい」

「何言っ…て…、くっ…意識が」

「あぅ…す すみません、し…ししょう…」

エリスとマリアニールさんを囲む桃色の光は徐々に視界を捻じ曲げていく、目の前でゆっくり立ち去るプロキオン様を前に 追おうと足を動かすことさえ出来ない、それどころか 歪んだ視界が…ボヤけて 捻れて…形を失って…、ああ、ダメだ 意識が…………


………………あれ?

「え?あれ!」

ふと、気がつくと エリスは花畑のど真ん中にいた、あれー?おかしいな?エリスさっきまでディオニシアス城の玉座の間に居たはずなのに

「これは 一体?」

なんて考えるまでも無い、いきなり花畑のど真ん中に飛ばされるなんて普通じゃありえない、何かされたんだ プロキオン様に、彼女 立ち去る寸前でエリスの足元に魔術陣を書いていた

とするとこれは魔術陣によって見せられた幻覚…

「エリス」

「はぇ?」

ふと、聞き覚えのある声に肩を揺らす、そう 聞き覚えがあるんだ、この優しくも力強い …頼りになる声は

「ら ラグナ?」

「おう、どうしたんだよ ボーッとしてさ」

ラグナだ、ラグナがいる…ヴィスペルティリオの街で別れたはずのラグナが、エリスの後ろに立って いつものように呑気に頭の後ろで手を組んで笑ってるんだ、なんで彼がここに…

「なんでラグナがここに?」

「なんでって聞かれてもなぁ、ここに居るもんは仕方ないし…というかどうしたんだよ本格的に様子がおかしいぞ?、熱でもあるんじゃないのか?」

「へへぇっ!?」

ズイと顔を寄せエリスのおでこに額をくっつけるラグナ…顔 近…カッコ良…やば…

「お前は昔から何だかんだ体を壊しやすかったしな、それでいて それを周りに悟らせまいと無理をするんだ、…もうちょっと自分を大切にしてくれよ」

「あ…ああ、わ 分かりましたから!大丈夫!熱はありません!ピンピンしてますよ!ほら!ね!」

「そうか!、顔が熱い気がするけど…」

それはラグナの所為ですよ!、全く…彼 こんなに積極的な人でしたか?、なんかラグナの方がいつもと違う気が…

「んじゃあさ、何か話したいことがあるなら言ってくれよ、悩みでも笑い話でもいいからさ、話せばなんとなく落ち着くだろくし 何より俺がエリスと話したい」

「な…なんですかそれ、…まぁいいです、ねぇラグナ 聞いてください」

「ん?なんだ?」

「実はエリス、エトワールで劇団に所属しましてね?今役者をやってるんです、仮ですけども」

「そりゃいいな、俺も見てみたいや」

「またそんなこと言って、揶揄うつもりでは?」

「ははは、なんだそりゃ、俺が揶揄ったことあるか?」

「なんか 揶揄いそうな雰囲気なんですもん…」

花畑の上に腰を下ろすラグナに続くようにエリスもまた腰を下ろす、こうして彼と話すのも久し振りな気がして、ひどく楽しかった 楽しくて楽しくて、つい二人で笑いながら話し込んでしまう

彼には幾らでも話を聞いて欲しいんだ、けど…なんだろう、すごく楽しいんだけど…

エリス…何か忘れてるような……


…………………………………………………………………………

「でへへ…らぐなぁ…」

「嗚呼、…ハーメア…私は…ずっと君に焦がれて…」

「エリスさん!マリアニール様!しっかりしてください!」

横になり腹の上に手を置き眠るマリアニール様を放り、その隣でえへえへヨダレを垂らし眠るエリスさんの体を強く揺するサトゥルナリア

何がどうなったかナリアには理解出来なかった、ルナアールが顔を見せたら みんなその顔をプロキオン様だなんて呼んで、オマケに逃げようとしたルナアールを追いかけようとしたら 信じられないくらいのスピードで地面に魔術陣を書いて…二人を眠らせてしまったんだ

淡く輝く魔術陣、その上で微睡む二人は最早抵抗さえ出来ず ルナアールを取り逃がしたことさえ気がつかずに呑気に寝ているんだ、このままじゃ逃げられてしまう…いやもう逃げられているか

「えへへ…ラグナぁ、ちゅっちゅー!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!目を覚ましてくださいよエリスさんッ!!」


いきなり起き上がり僕に抱きついてきたエリスさんをなんとか引き剥がし息を整える、危なかった 危うくキスされるところだった、こんなのでも一応僕も男 それに気がつかないうちにキスしたとあればエリスさんもショックを受けるだろうしね

…というか、ラグナって人と何かしてる夢を見てるのかな、見た感じエリスさんの想い人っぽいけれど、…いまいち底の計り知れないこの人にも好きな人っているんだな

「って!そうじゃないよね!、なんとかしてエリスさんとマリアニール様を起こしたいけれど…、どうすれば」

二人の体をいくら揺さぶっても魔術陣の外に出しても起きる気配は無かった、この魔術陣が二人を眠らせていることは明白、僕が踏んでも特に問題はない点を見ると 二人を狙い撃ちしたものであることは分かるがそれ以外は何も分からない

しかし、…この魔術陣 何が凄いって一瞬で仕上げる素早さも凄いけど、余計なものを極限まで削ってギリギリ魔術が発動するラインを摺り切り一杯まで簡略化されていることだ、魔術陣の簡略化は超高等技術の筈…、それを軽くやるなんてやっぱりあれは本物

「だとしたら、僕なんかにはどうしようもないんじゃないか…、だって魔女様が 本物の魔女様が用意した魔術陣なんだ、この世の誰にだって…ん?」

ふと、魔術陣を眺めていて何かに気がつく…というより、この魔術陣のこの形…んん、見たことある気がするぞ?、いやこれそのものは無い …これは無いけどよく似た物は見た事が…

「ああ!、思い出した!…だとするとこれ 解除出来るか!」

もしかしたら 僕にも解除出来るかもしれない、そりゃあ 一度発動してしまった魔術陣を無効化するのは大変な事だ、そんな高等技術 僕にはない、けれど これなら

と 親指を強く噛み締め 血を滲ませるとと共に その血で魔術陣の上から線を描く、線を追加するのだ

「ここをこうして、こことここを繋げて…ここを塗り潰して…、出来た…!」

地面に書かれた魔術真の上から 血でいくつか線を追加する、たったそれだけの事…そうするだけで、地面の魔術陣が放つ桃色の光は徐々に濃くなり 色を変え、真っ赤な輝きを放ち始める

これで上手くいってくれよ…!

「……ラグナ…らぐ…はれ?、エリスは一体?、あれ?ラグナは?ルナアールは?」

「む…私は一体何を見て、ハーメアはもう…この場にいるはずもないのに…」

しぱしぱと目を開閉し覚醒するエリスさん達、やった!やったやった!成功した!

「よかった!お二人とも目が覚めたんですね!」

「ナリアさん?…一体何を…って熱ッッ!?」

「っ!?この熱は…赤熱陣?」

「ああごめんなさい!二人を助けるために 足元の魔術陣を書き換えたんですよ、赤熱陣に」

そうだ、僕はエリスさん達の動きを縛る謎の魔術陣に線を書き足して別の魔術陣に変えたんだ、この魔術陣が簡略化されてきたからこそ 別の線を足して別の陣に変える余地があった、どれだけ強固な魔術陣も線を書き換えれば別の魔術陣になる

そうすれば エリスさん達を縛る魔術も別の物になる、と踏んで行動してみたが うん!正解だったみたいだ

「あの…二人とも大丈夫ですか?、なんか…譫言を言って眠ってたようですけれど」

「え!?エリスなんか言ってました?」

「はい、ラグナーラグナー!ちゅっちゅー!って」

そう僕が伝えるなりエリスさんの顔はカッ!と火に焚べた炭のように赤くなり、あわあわと口を震わせる、そんな恥ずかしいものだったのだろうか…

「忘れて…ください…」

「べ 別にいいですけれど、でも エリスさんラグナって人の事が大好きなんですね」

「そんな屈託のない笑顔で言わないでくださーい!」

別にいい事だと思う、人を好きになることは自然なことだ、誰かに恋焦がれることは素晴らしいことだ、愛ゆえに悲惨な末路を辿ることもあろうが それは愛のせいじゃない、愛は悪くない

だから恥ずかしがることも 臆する事も無いと思うんですけれど、でも意外だなぁ…エリスさんって意外に乙女なんだなぁ…

「おほん!、それより!、プロキオ…ルナアールは?」

「その…逃げちゃいました」

「チッ!、折角準備を整えたというのに…、逃しましたか…いや 奴の正体を掴めただけ僥倖か?、或いは 最悪か…」

「………………」

「ん?、どうされました?マリアニールさん」

ふと、マリアニール様を見ると 何やらキョトンとした顔で僕とエリスさんの顔を交互に見ていて…

「あの、私何も聞いてないんですが…、姫が入れ替わってることも 原典がすり替わっている事も、あなた達の作戦も 何も」

え!?エリスさん言ってないの!?、全部エリスに任せてくださいって言ってたじゃ無いですか!、いやおかしいと思いましたよ?ヘレナ姫として入れ替わってるのに みんな僕を本物として扱うんだもん!

「ねぇエリスさん、もしかして…」

「え?、ああはい 誰にも言ってません」

そんなコロッと言っていい事じゃ無いよう、僕達王国を騙したのぉ?

「ルナアールは勘が鋭いですからね、この城ぐるみで騙そうとするとどこで情報が漏れるか分からなかったので、ヘレナさんと一部の兵士にだけ 伝えてありました」

「そうでしたか、いえ 咎めるつもりはないです、結果としてその策が高じてルナアールをあと一歩まで追い詰め 原典も守り切れたのですから、しかし …ナリアさん 貴方の度胸と演技力には驚かされますよ、この私まで気がつけないとは」

「あはは…」

とはいえ、ずっと俯いて 一言二言しか返してなかったから、完璧に演じられてたかと言えば怪しい、が その中でバレないように全霊を尽くしたつもりではある、結果として マルアニール様が本気で僕を守ろうとしたから ルナアールも騙せたわけだしね

「今からルナアールを追うのはもう無理でしょう、奴が次に姿を表すのは三カ月後…」

「そうだね、…しかも ルナアール…去り際に言ってたよ、エリスさんを敵として認識したって」

あの恐ろしい使い手が 手加減した状態でマリアニール様と互角に戦う使い手が、いや…魔女様が 敵として認識したのだ、あまりにも恐ろしくて僕なり震え上がってしまうのに エリスさんはそんな事どうでもいいとばかりに首を振る

「敵として認識も何も エリスの中でルナアールはずっと敵です、片思いが相思相愛になっただけ、今更気にするべきものではありません」

「凄い度胸だ…」

「それよりも今は問い詰めねばならない人間がいます、分かりますよね マリアニールさん、貴方も何か知ってるんじゃないんですか?」

「っ……」

エリスさんに問い詰められ マリアニール様は言いづらそうに目を背ける、問い詰めるべき人?そんな人いたかな…

「何故、ヘレナさんの師であるプロキオン様がルナアールとして活動しているんですか?、ヘレナさんはこの事を知ってる…はず無いですよね、どういう事ですか?」

「………………」

「答える気はありませんか、言いたく無い事なのは察しますが 今はそうも言ってられません、プロキオン様があんな状態である以上 その弟子から話を聞かなければなりません…分かりますよね」

「ええ…、分かります こうなっては仕方ないことは」

そうだ、ヘレナ様はプロキオン様の弟子だ いや正確にはそう発表している、なのに ヘレナ様はプロキオン様の…ルナアールの正体を知らないようだった、ヘレナ様の言動とプロキオン様の行動はどこかチグハグに感じる…

何も分からないこの現状を打破するには、まず分かってるところから明らかにするべきなのだろう

「さて、では行きますよ?ナリアさん」

「え?どこに?」

「ヘレナさんを避難させた別荘です、そこで原典を守り抜けたこと ルナアールを取り逃がしたこと その正体の報告、そして ヘレナさんの知るプロキオン様の情報を聞き出します」

エリスさんはやや怖い顔 いや 真剣極まる表情で踵を返す…、素人目の僕から見ても エリスさんはこういう事態に異様に慣れている気がした、即座に策を編み その通りに動き、ルナアールを追い詰める手練手管…

きっと、エリスさんはこんな世界をずっと生きてきたんだ…、これが エリスさんの本来の顔なんだ、力と知識と技術 その全てを結集して挑まねばならない、そんな険しい世界を…

エリスさんの本来の姿を垣間見た僕は、それでもエリスさんに着いていく…、こんな凄い人と一時的ながらも行動を共に出来る なんて光栄なことなんだろうかと

僕に出来る事があるなら、なんでも力になろう…!

…………………………………………………………………

まんまとルナアールを プロキオン様を取り逃がしたエリスは、休む間も無く城を出てヘレナさんを避難させた別荘へと急ぐ、無いとは思うが もしかしたらルナアールが向こうに向かっている可能性もあるしね

一応ヘレナさんのところには師匠とリーシャさんがいるけど、師匠は戦えないし リーシャさんは論外だ、もし襲撃されればひとたまりもない

それに、ヘレナさんにはどうしても聞きたいことができた…、プロキオン様の件だ

彼女はプロキオン様がどこにいるか知っているような素振りだった、弟子だからそれは当然と受け流していたが、ルナアールの正体がプロキオン様となれば話は別だ

弟子の彼女が何故師であるプロキオン様の活動を知らない、もし知っていたとしたらとんだ茶番 とんだマッチポンプだ、或いは彼女も共犯である可能性も考慮しながら屋敷に向かう

お姫様姿のナリアさんは当然ながら、何故かマリアニールさんも無言で付いてきた、後ろから切りかかってくるかと不安にもなったが、そんな様子はないことは その忸怩たる顔を見れば分かる

急ぎ足で城の裏手にある森の中 淡い灯りを零す別荘へと向かう、曰く 王族が楽団を呼んで芸術品を楽しむ為だけの秘密の空間らしい、一応そこを避難場所として使わせてもらっている

そんな森の中の別荘に早々に辿り着くなり、ノックもなく扉を押し上げる

「ヘレナさんはいますか!」

「あ、帰ってきた…」

「エリス!、いやぁよかった無事だったんだね!」

「む、エリス …良かった、無事なようだな、気を揉んだぞ…エリス?」

屋敷の中暖炉を囲むように座るリーシャさん ヘレナさん 師匠の元へズカズカと歩み寄る、師匠だけがエリスの様子のおかしさに気がついたようだが…そんな怖い顔してます?、でも怒ってるわけじゃないんです

ただ、警戒しているだけですよ…ヘレナさんを

「え エリス?、我が友よ…ど どうしたんだい、そんな怖い顔をして」

「いえ、すみません ルナアールは取り逃がしました、が 撃退は出来ました、少なくとも後三ヶ月は原典が狙われることはないでしょう」

「おお…おお!、本当かい!凄い!凄いよ!、未だ嘗てない快挙だ!ルナアールが目的の物を盗まず立ち去るなんて!いやぁすごい!本当に凄いよ!」

それはどうも と軽く笑うが、撃退自体はまぁ最初から可能だった

ルナアールはいくつもの制限を抱えている、その制限を破ったことは一度もない、なら その制限を満たしてやれば 奴はもうそれ以上のことは出来ない、奴が決まり事を守る律儀な性格である以上 守るよりこうやって攻めて騙眩かした方が確実なのだ

まぁ、この手はもう通じないだろうがな、次はルナアールも警戒してくるし 何より予告カードで指定すればいいだけだ、曖昧な言い方などせず『原典を頂く』とね、だから次はそうしてくる…もう同じ手は使えない

だから、今回でなんとかしたかったんだが 、仕方ないものは仕方ないんです

「君のおかげで原典は守られた、流石は我が友だ!これからもこの友情は大切にしていきたいと私自身 身に染みて思うよ」

「友情…ですか、何故 友情を口にするのですか?」

「え?いや それは私と君が同じ魔女の弟子だから…」

「魔女の弟子だから…ですか」

今では それも怪しいがな、いや 疑うだけなら三日前の時点で疑ってはいた、ヘレナさん達は明確にエリス達に何かを隠し そして、その隠し事にエリスが勘づくの恐れていた

その内容が、今回の一件で確定しただけだ

「な なんだなんだエリス…、怖い顔はやめてくれよ」

「姫…その、もう…」

「もう?…何を言うんだマリアニールまで、もうって…それは……まさか!」

ハッとヘレナさんの顔がギョッと青くなる、やはり その顔は何かあるって顔だな、まるで答え合わせだそうまでして、エリスにバレたくなかったのか

「おいエリス、何があった その場にいなかった我々にも分かるように説明しろ」

小さくなった師匠がエリスの裾を引く、その襟元から見えるのはルナアールの剣で刻み付けられた魔術陣、今にして思えば 孤独の魔女である師匠の力を封じることが出来る魔陣師など この世に一人しかいなかったな

「では、もう一つ報告を…エリス達はルナアールと戦闘を行い、その顔を見るに至りました」

「ルナアールの顔を…?」

「ええ、ルナアールの正体はプロキオン様、閃光の魔女プロキオン様本人でした」

「なっ!?!?」

「なんだと…?」

ルナアールの正体はプロキオン様であった、その言葉を受ければ衝撃を受けるヘレナさんと師匠、そりゃ無理もない…けど やはりヘレナさん、貴方知らなかったんですね

「エリス、それは真実なのか?、人違いということはないのか?」

「エリスはプロキオン様を見たことがないので 確かに本人かは分かりませんが、ですが魔視の魔眼で見た際 師匠と同じ第四段階特有の目視できない魔力を帯びていましたし、何より あの威圧は間違いなく魔女のものです」

「となると、本物か…ふむ、いや 本物だろうな、このわたしを押さえることのできる剣士など 考えてみれば今はプロキオンくらいしかいない、何故こんなことにも気づけなかったんだ」

それは多分 その魔術陣のせいだろうな、ルナアールの正体がプロキオン様だとするなら プロキオン様そのものを知るレグルス師匠の存在はなによりも恐ろしいはずだ、力を奪って動けなくするのと同時に自分と結びつけることが出来ないような効果も魔術陣に盛り込んでいたのかもな

事実、師匠は一度の戦闘でその正体に目星をつけていたが、この姿になった途端忘れてしまったらしいしね

「ま 魔女プロキオン様が…ルナアール…そんなバカな、そんなことがあるはずが…」

「ヘレナさん、エリスが言いたいこと分かりますよね…、貴方 プロキオン様の弟子…なんですよね?、この件について知っていましたか?」

「し 知らない!何も知らない!」

まさか共犯者じゃないよな?と問い詰めるエリスの視線に青い顔のままブルンブルンと首を振る、いやまぁそこは疑ってませんよ?、今のところ手元にある情報だけではヘレナさんとルナアールを結びつけられないし、ヘレナさんがルナアールに手を貸すメリットもないしね

エリスが疑っているのは、そもそものところだ

「じゃあ聞きますけど、ヘレナさん…貴方はプロキオン様の何を知っているんですか?、ルナアールを捕まえたら自分とその師匠であるプロキオン様について教えてもいいと言ってましたけど、何を教えてくれるつもりだったんですか?」

「それ…は……」

「エリス達の欲しい情報を吊り下げていいように利用しようとしてただけなんじゃないんですか?、貴方は本当は プロキオン様のことを何も知らない、弟子なのに…いいえ そもそもの話、貴方 本当にプロキオン様の弟子なんですか?」

「わ…私は…私は」

まるでこの世の終わりと言わんばかりの顔で崩れ去る、決まりだな…、思えば彼女の態度は最初から怪しかった、プロキオン様の弟子の割にプロキオン様の話はしないばかりか知らない部分も多く、かつ 行方不明になったプロキオン様が彼女にだけ教えを授けた意味も分からない

おまけに、魔女の弟子と言う割には…言っちゃなんだが弱い、彼女は偽っていたのだろう、自らが魔女の弟子であると…

「どうなんですか?ヘレナさん」

「……こうなっては、白状するより…他ないか」

「じゃあやはり?」

「うん、私は魔女の弟子ではない…プロキオン様にも会ったことがない、どこにいるかも知らないし何をしてるかも何も知らない」

やはりか、じゃあ姫騎士ってのもあれか プロキオン様の弟子を名乗るにあたり演じていただけか、しかし…

「しかし、何故そんなことを?魔女の弟子を名乗るなんて…」

「仕方無かったんだ!、もう魔女様の後継者がいないのは我が国だけなんだよ!、カストリアの魔女大国…、アルクカースにはラグナ大王 デルセクトにはメルクリウス首長 アジメクにはデティフローア導皇、コルスコルピにはアマルト オライオンにはネレイド…!、どの魔女大国にも魔女の弟子がいるばかりか 弟子達が国の上層を務めているんだ!、この国以外の全てが!」

確かに、魔女の弟子といえばその大多数が国を代表をする人間だ、ラグナ達は言わずもがな、アマルトさんも限定的ながら国王を上回る学園理事長の家 ネレイドさんも国家防衛を務める将軍の座に就いている

アガスティヤはよくわからないが、それでも この国だけなんだ、明確に魔女の弟子がいないのは もうこの国だけなのだ、とはいえ仕方がない プロキオン様が行方不明である以上弟子なんか現れようもないしね

「このままじゃ、置いていかれる…他の魔女大国が次のステージに移行するのに この国だけが置き去りにされる!、この国だけが魔女様も不在 弟子もいない…、それは国民にとってどれだけ不安か分かるかい?、いつ魔女大国を名乗ることを許されなくなるかも分からない…そんな不安が」

「別に、弟子がいることが国家の太平に繋がるわけでは…」
 
「弟子そのものが必要なわけじゃない、この国も他の魔女大国と対等であると言う事実が必要なんだ!、一段劣る大国ではなく 対等な…、その為には他の国同様 魔女様の後継者となる新たな指導者が必要だった…」

項垂れ膝をつき、地面と共に強く拳にを握りこむ、…別にこの国に魔女の弟子がいないからと言って 魔女様が不在だからと言って ラグナ達がこの国を下に見ることはないだろう、だが ラグナ達以外はどうだ?

他の非魔女大国がこの国を侮れば この国の膨大な領地や資源を求めて戦争を仕掛けてこないとも限らない、この国の国民が自国の尊厳を怪しむ可能性さえある

少なくとも今はエトワールは平和だ、けどそんな状態 とてもじゃないが太平とは言えない、そんな状態を 打破したかったんだろう、ヘレナさんは

「だから、名乗った 僭称した、私こそ 魔女プロキオン様の教えを受けた 弟子であると、魔女様が戻る間だけでも 私が皆の寄る辺となれるように、…他の魔女の弟子達と友好関係を結べば 少なくともこの国が侮られることはないからね」

「だから、エリスを友と?」

「ああ…そうだとも、君が多くの魔女の弟子と交友関係を築いているのは知っていた、だから 強引にでも君を騙して 魔女の弟子として友になれば、他の国の魔女の弟子達も私を弟子と認めると…、浅慮ながらにも考えたのさ」

だから出会い頭にいきなり友だなんて言ってきたのか、あれもこれもエリスを騙して利用する為、エリスが友だと 彼女も魔女の弟子の一人だといえば、ラグナ達も信用すると考えたから、魔女の弟子を演じていたと言うわけだ

全てこの国の太平の為、他の魔女大国と対等であり続ける為…か
 
なるほど合点がいってきたぞ、エリスがディオニシアス城を訪れた時、異様に警戒していたのは エリスが真実に勘付いたと勘違いしたからか、それであんな訝しみ恐れるような態度を…

「君が、ルナアールと共にあのフェロニエールの街に消えた時、私は 恐怖のあまり君が私の真実に気がついたと勘違いしてしまった、いや違うな いざ君を前にした時君を騙し通せる自信がなくなってしまったが故に、君を置いて 立ち去ってしまった」

「…そう言うことでしたか」

「…すまなかった!本当に!、騙したこと!置いていったこと!利用したこと!、謝ってどうこうと言うレベルでないのは理解している!、けど 私にはこうするしかなかったんだ!この国が魔女大国であり続けるには こうするしか…こうとしか考えられなかった!、本当にすまない!」

「………………」

すまなかったと 一国の いや大国の姫が、膝をつき 頭を下げて地面に額を擦り付ける、いやまぁ置いていかれた件に関しては真っ先に戻りなかったエリス達にも非がありますけどね?

「ヘレナさん…」

「エリス君、いやエリス殿 姫は悩みに悩み抜いてこの決断を下しました、決して安易に周りを騙してやろうとなど考えていません、それに 責められるべきは我々です、姫の決断を止めないばかりか 担ぎ上げて、城ぐるみで貴方達を騙そうとした…、悪いのは我々です、ですからどうか 怒りを向けるなら このマリアニールに向けてください」

そう言いながらマリアニールさんはヘレナさんを守るように抱きしめ、頭を下げる…怒りを向けるなら…か、いや さっきも言いましたけどエリスは怒ってないんです、ただ警戒していただけ…

ヘレナさんが魔女の弟子と偽ってることはなんとなく察していました、けどその動機が不透明だったから警戒していたんです、魔女の弟子の名を騙り 何か…悪事をしようとしているのではと、嘘をつく人間は往々にして後ろめたいことがありますしね

でも、エリスは判断しました ヘレナさんは何も悪事を働こうなんて考えてない、一途に 真摯にこの国の未来を案じていただけ、そんな人を この手で打ち据えるような真似はしません

「ヘレナさん、頭をあげてください エリスはただ知りたかっただけで、怒ってませんよ」

「でも、君を騙して 君達の友情を利用しようとしたんだよ?」

「騙された件に関してはそんなに実害はないですし、友情に関しても エリスは気にしてません、貴方の直向きに国を思う気持ちはとても良いものだと思います、というか感銘を受けました、こちらこそ下手に疑う真似をしてすみませんでした」

「い いやそんな…、ありがとう…」

「嗚呼、良かった…では 今後も閃光の魔女の弟子を名乗っても…良いのだろうか」

と マリアニールさんはエリスに聞くが、それはエリスが許可してどうのという話ではないしなぁ…

「うーん、名乗る名乗らないに関してはどうとも、でも 今この現状でやっぱり嘘でしたはちょっと国に与える打撃が大きいでしょうしね」

「ならば、プロキオンに戻ってもらうより他あるまいよ、見つかったのだろう?プロキオン」

終わったか?と言わんばかりに腕を組む師匠に向き直る、はい こちらは終わりましたよ

ヘレナさんの嘘偽りに関しては今解決できる問題じゃない、ただ本当のことを聞けたなりそれでいい、解決する問題は また別にあるのだ、今はそちらに向くべきだろう

「しかし、何故プロキオン様がルナアールなど…」

「分からん、怪盗ごっこをして喜ぶような女でもない、奴が何を考えているか そこに関してはわたしにも皆目見当が付かん、が…プロキオンは聡明だ、思いつきと遊び半分で怪盗ごっこなどせん」

プロキオン様の人柄は分からないが、あの怒りの形相…あれは尋常じゃなかった、遊びと趣味で怪盗やってるとは思えない、というか どう考えても正気には見えなかった

「師匠…プロキオン様はもしかしたら」

「かもな、奴の影響を受けている可能性がある」

「奴?…二人は何か知っているのかい?」

悪いがヘレナさんの問いには答えられない、ここでシリウスの名前を出しても混乱するだけだ、しかし…だとしたら 何故怪盗をというか疑問が深まる

アルクトゥルス様は闘争本能を刺激され戦いの鬼になっていた、フォーマルハウト様は正気を失い堕落的になっていた、それと同じでプロキオン様もシリウスの洗脳魔術で何かしら正気を失いあの様な真似をしていると思われるが…

じゃあなんで怪盗なんだって話ですよ

「もしかしたら我々の知らん何かがプロキオンには起こっているのやもしれん」

「だとしたら、プロキオン様が何故怪盗をしているか そこも調べる必要がありそうですね」

「だな、…しかし どうしたものか」

…はっきり言って 状況は悪くなった、師匠のこの子供状態を解除出来るのはプロキオン様か術者本人であるルナアールしかいなかった、故にプロキオン様と接触して術を解いてもらうか ルナアールを倒して術を解除させるしかなかった

けどプロキオン様がルナアールである以上、プロキオン様に術を解かせることも ルナアールを倒すことも不可能になったと言っていい、つまり 師匠は元に…、いや 何か方法はあるはずだ

「え エリス君、プロキオン様は…どう言う状態にあるんだい?何か知っているのかい?」

「詳しいことは…分かりません、けど 今プロキオン様は正気を失っていると思われます、それを正せば プロキオン様は戻ってくると思います」

「本当かい!、なら協力させてほしい…いや是非とも協力してくれ!、プロキオン様が戻ってくればこの国は太平を取り戻し私も魔女の弟子を偽る必要はなくなる!」

「それはこちらから是非ともお願いしたい話ですよ、けど…そうですね、次 プロキオン様が現れるのは三ヶ月後 再び原典を狙って現れるでしょう、それまでにプロキオン様に何が起こったかを調べ 対処法も考えないといけません」

何がどうなったってプロキオン様は三ヶ月後まで現れることはない、猶予は三ヶ月ある それまでになんとかする方法を考えないといけない

「でしたら、必要なことがあれば何なりとこのマリアニールに仰せつけください、どんな事でも 直ぐに対処致しますので」

「ならば暫く王城に出入りさせてくれ、わたしがプロキオンについて調べておこう」

「師匠!ならエリスも!」

「いいや、この件は時間がかかるだろうから、お前はクリストキント劇団の活動の方に専念しろ」

「えぇー…」

そんなぁ、いやでもクリストキントの方を疎かにするわけにはいかないか、エリスは一応あの劇団の主演だし…、それにこれは直感的な話になるが こう言う物事を途中で投げ出してはいけない、今ある環境だからこそ出来ることもある それを投げ出してしまえば取り返しがつかない可能性がある

師匠が言うなら、クリストキントの活動の方にも専念しよう

「おや?、エリス君 今君劇団に所属しているのかい?」

「え?、ええはい 一応居候ではありますが」

「それはいい、君には劇の才能があると思っていたんだ、君が望むなら 次期エイト・ソーサラーズ候補選に君の名前を入れてもいいよ」

「え?ええ?、えぇっ!?ヘレナさん出来るんですか!?エイト・ソーサラーズの候補に名前を加えるなんて事!?」

「出来るとも、一応エイト・ソーサラーズは王室公認の資格だからね、そして その決定権は王室にある」

そういえばこの人王族だったな、…エイト・ソーサラーズに…、それなら…

「あの、これはプロキオン様の件とは関係ないのですが…、その候補選に名前を加えてもらってもいいですか?」

「ん?いいとも!君なら…」

「エリスじゃありません、ヘレナさんの身代わりを演じ 自ら危険に飛び込んでくれた、このナリアさんの名前を…サトゥルナリア・ルシエンテスの名前を」

「えぇ!?エリスさん!?何言って…」

「ルシエンテス?…、君が…ふむ」

もし エイト・ソーサラーズにナリアさんがなることが出来れば 彼の夢であるエリス姫になると言う彼の夢も開かれるはずだ、お節介と言われるかもしれないが でも、それでもだ 

「ふむ、サトゥルナリア君といったね?」

「え…ええ、はい 僕がサトゥルナリアです、けど ヘレナ姫 僕は…!」

「構わない、君の名前を候補選のメンバーに加えよう」

「いいんですか!?僕男ですよ!」

「構わないと言っている、飽くまで候補だ そこからエイト・ソーサラーズの座を射止めるのは君の実力さ、それにね?性別なんてのはこの際 関係ない 、必要なのは実力と志だけ、だろ? マリア」

「ええ、彼の演技は私も間近で見ました、…不足はないかと、が そうですか…ルシエンテスの名を持つ子が、エイト・ソーサラーズに挑みますか…」

いきなりの事に呆然とするナリアさん、図らずして自分の夢の道が拓かれた事に呆然と震える

「い いいのかな、こんなの…ズルじゃないのかな」

「もし私が君を贔屓してエイト・ソーサラーズに入れればそれはズルだ、がしかし エイト・ソーサラーズに挑む資格は誰もが持ち合わせる、老いも若いも 男も女もね、だから私が認めよう 男である君がエイト・ソーサラーズに挑むことを!」

「あわ あわわ、凄い事になっちゃった…、け けど…うん、や やらせてください、僕に 挑ませてください!」

うんうん、とはいえナリアさんは飽くまで夢への挑戦チケットを手に入れただけ、そこからどうするか どうなるかは彼次第だ、ここからは純粋な実力勝負、プロキオン様の件とは関係ないが それでも並行して進めることは……

「うん!よし!、ならば詳しい話は明日 追ってする、だが、覚悟して準備しておいてくれ 、三ヶ月後のエイト・ソーサラーズ候補最終選抜に君の名前が残るよう 励めよ!」

「はい!ヘレナ姫!」

って エイト・ソーサラーズの最終選抜も三ヶ月後なの!?、こ これ…これは、立て込みそうだ



こうして、二度目のルナアールとの遭遇戦は終わり 予告の夜は明ける事になる、新たな問題をいくつか抱え、新たな目的を二つも抱えた 新たな三ヶ月が始まる…、ルナアールの件 そしてこちらは本筋とは関係ないがナリアさんの件

そして……

「では私もネタ探しのついでに何か探ってみますかね~」

「ああ!、ありがとうございます リーシャさん」

「いいよいいよ、それより頑張ってね ナリアちゃん」

和気藹々と話すナリアさんとリーシャさんを見て、やや険しい目をする

ヘレナさんへの疑いは晴れた、だが その次の疑いの目…いや疑ってるわけじゃない、怪しいとか警戒とか そういうんじゃないんだが、気になる点が一つ生まれた

リーシャさん、貴方なんで ルナアールの正体がプロキオン様と聞いても、大して驚いていなかったんですか?……
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