孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

182.孤独の魔女と喜劇の街

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遊楽街ギャレット、王都からやや離れた地区にあるこの街の特徴は 恐らく語るべくもないだろう、何せついてるんだ 頭に…遊楽の文字が、なら何があるかは分かるだろう

遊び楽しむ その全てがこの街にはある、サーカス カジノ 劇場に個展そして広大な酒場、あの一大酒産業を牛耳るマルフレッド商会が贔屓にする街の一つとしても知られており、この街に来て 退屈する時間はないとまで言われている

中でも一番の目玉はサーカスだ、なんとこの街をメインに活動するサーカス団は凡そ16もある、サーカスは元々演劇より派生したそれと言われており 一応劇団の一つに数えられているらしい

ともあれ、クリストキント旅劇団が次に訪れたのはこの遊楽街ギャレットだ、が いつもみたきに惰性で流れるように仕事を探しに向かう者はいない

代わりに、この街に着いた時 団長のクンラートより団員全員にとある話がなされた

「えー、…みんな もう知ってる人間は何人かいるかもしれないが、俺たちはこれから 劇団としての活動の方針を変えようと思う」

馬橇をグルリと円形に並べ その中心に集まるように固まる群その数50、クリストキント旅劇団の団員全員が集まって 最奥に立つクンラートの話を聞いているのだ

「先日のエフェリーネさんの一件…、酷評されたよな 中には深く傷ついた人間も多いと思う、けれど 傷つきました…で終わらせちゃいけないのも分かるよな、エフェリーネさんは厳しい人だが悪どい人じゃない、あの指導はきっと正しい…だから、俺たちは変わらなきゃいけない 今度こそエフェリーネさんが見ても文句の一つも言えないくらいの公演を開けるくらいに」

先日 ミハイル大劇場にて行った公演は忸怩たるものだった、エフェリーネからは酷く評され劇団そのものを否定されたと言ってもいい

だが、だからこそ クリストキント旅劇団は動かねばならない、次はその評価を覆せるくらいに

だが何をすればいい?、変えるといっても何処を?どの様に?、それを今クンラートさんが話してるんだ

「具体的に何をどう変えるか…と言っても クリストキント旅劇団はもう出来上がった劇団だ、歴史も長い、今更根底から覆すことは出来ない…じゃあどうしたものか、と思っていたところ 移動の最中 エリスちゃんとリーシャから提案があった、二人とも 前へ」

クンラートさんの案内に後ろに控えていたエリスとリーシャさんが前へ出る、その視線が一斉にこちらに向き 頭の上にハテナが見える

提案とはなんぞやと、伺う様な視線だ

そんな視線の雨霰を受けながらややおどおどするリーシャさんと共に前へ立つ

「不肖の新参者ではありますが、一つ 提案をさせていただきます」

エリスは一つ 提案を持ちかけるつもりなのだ、その話をクンラートさんにしたところ やや迷いはしたもののゴーサインが出た、ついこの間入ったばかりで恨まれやすい立場にいるが 、それは臆する理由にならない

「提案の内容は至極簡単、演劇のジャンルの転換です」

クリストキントが持ちネタとして保有する劇は全部で5つ そのどれもが今流行りの恋愛劇だ、恋愛劇はハズレが少なく 今流行っているという理由で人が呼べる、故に今までその恋愛劇でやり抜いてきたのだが

ここで一つ問題が生じた、台本を書いているリーシャさんが話してるんだ恋愛劇を書くのに乗り気ではないのだ、そこをエフェリーネさんに見抜かれた 故に劇自体を酷評されてしまったのだ

リーシャさんが乗り気ではない、たったそれだけの理由で台本は空虚になってしまうらしい、この問題を解決する方法は二つ、執筆者を変えるか 台本を変えるかだ、当然前者は無い 故に演劇を変える

…別に今のままでもやっていけてるし 無理に変える必要はないかもしれない、だが それではクリストキントは変わらず三流劇団のままだ、それをもし変えたいのなら…変革して見る価値はあるとエリスは思う

故にここで問うのだ

「リーシャさんが元々小説家として活動していたのはみなさんご存知だと思います、彼女が元々得意とするのは騎士道劇…一昔前の流行です、それは分かっています…ですが、エリスはここで一つ 提案したいのです、次の劇 いえ これからの劇をリーシャさんが得意とする騎士物語に転換することを」

「一応エリスちゃんと相談の下、台本は出来ているよ、騎士物語の奴がね」

けど、後は採決を取るだけだ、結局 演劇は出演する役者だけでやるものではない、劇団全員の同意を取る必要がある、意識の統一が必要なんだ

ここで、やっぱり無理だよとか嫌だとか受け入れられないとか…、そんな言葉が多ければ エリスは身を引くつもりだ、無理に推し進めて劇団に亀裂が入ったら元も子もないからね

「故に皆さんの意思を問いたいんです、…この変革に 賛同か否かを」

問う 問いかける、目の前でエリス達を見る劇団員達に…

すると

「成功する保証はあるのかよ」

と 声を上げるのはヴェンデルさんだ、一応彼にも出演をお願いして 台本は渡しているが、納得はしていないのか、それとも今エリス発案と知ったから反対しているのかは分からない

「成功する保証があるとは言えません、けど 成功させる案はあります」

「不確かだな!、それで失敗したら…どうするんだよ」

「如何なる責任もエリスが取ります、劇団をやめろというのならやめます 金銭を要求するなら応じます、取り返しのつかない事態になっても エリスがなんとか取り戻します」

「なんとかって…信用できるかよ!、この間入ったばかりの新入りの癖に出しゃばって主役の座を奪って!、今度は団長気取りで舵取りか!?何処まで出しゃばれば気が済むんだよ!」

信用を得るとは時間がかかるものだ、誰とでもあってすぐ友達になれるわけじゃない…いやまぁラグナ達とはあってすぐ仲良くなった気もするが、それはそういう巡り合わせでエリス達が持ちつ持たれつの関係だったからだ

エリスは今 この劇団にお世話になる身、謂わば余所者、なんの決定権もなければ もしかしたら口出しする権利もないのかもしれない

「なぁ!、みんなもいいのかよ!、ここまでアイツに好き勝手させてさ!、このままじゃ俺たち アイツに利用され尽くすぞ!、アイツは別目的が果たせればそれでいいんだ…この劇団が落ちぶれたって 捨てればそれで済むんだからさ!、オレ達はそうじゃないだろ!ここしかないだろ!」

「見捨てませんよ、この劇団にはお世話になってますから、命も助けてもらって 色々な事も教えてもらってますから…それに」

「うるさい!、…エトワール人でもない癖に 芸術の何が分かるんだよ、余所者の癖に」

むっ、それを言われると痛いが、実はエトワール人の血は引いてるんですよ?一応ですが

でもそうだよなぁ、エトワール人は芸術に一家言ある、それを他所の得体の知れない奴にあれこれ指図されたら面白くないか

うーん、そこは盲点だった…、でも 一応エリスの発案だ、他人を立てて責任を押し付ける様に代弁してもらう様なことはしたくない

「これ以上出しゃばって 劇団を狂わせる様な事はやめてくれよ!」

むむむ、ここまで猛反発されるとは想定外だ、…いや丸め込むつもりはありませんでした、反対が激しいなら当初のエリスは身を引きまた別の手を考えるまでだ

…けどどうする、ここで身を引いたら 折角リーシャさんが用意してくれた台本が無駄に…

「ヴェンデル…、そこまでいう必要はないんじゃないのかな」

声が上がる、別の人間が立ち上がり ヴェンデルに反論する…

「ナリアさん?」

ナリアさんだ、ナリアさんが厳しい目をしながらヴェンデルさんを睨みつけている…

「たしかにエリスさんは余所者だよ、余所の国から来た余所者だよ、けど公演にだって全力で励んでクリストキントの為に頭を抱えて悩んで 罵られる事も覚悟でこうやって意見を述その上で責任も負うと言ってくれている、…ここまでしてくれているエリスさんを ヴェンデルは…みんなはまだ余所者だって言うのかい!?」

「そ…そんなの関係ないだろ!、余所から来たのは変わりないんだからさ!」

「そんな事を言ったらクリストキント旅劇団は成り立たないよ!、ここに居るのは行き場所を失った放浪の人間やあぶれ者の集まりなんだ!、今更別の場所から来たからってなんだって言うんだよ!」

珍しく 激怒しながら彼は乱雑に歩きながらエリスの隣までやってくると、自分の胸を押さえて 声を上げる

「みんな 今一度考えてくれ!、エリスさんが信用に足る人間かどうか!、それは 彼女自身が舞台の上で証明しているはずだ!、そんな彼女が出した声が…余所者の戯言か 家族の叫びかを!考えてくれ!、クリストキントの名を背負う一人の人間として!」

響く、舞台の上から遍く客席に声を届ける彼の叫びが 劇団員全員の胸へと届く、エリスの所にも

…ナリアさん、そこまでエリスのことを信頼してくれていたんですか…、そこまでエリスの為に声を張り上げてくれるですか…

彼の声を受けて、劇団員達は一人一人 考えを巡らせる、…そして

「私は…エリスちゃんの意見に乗るべきだと思う」

1人の女性団員が手をあげる…、それはまるで堰を切るが如く

「俺も…エトワール人の1人として 演劇の世界で生きる人間として、壇上に立つ役者の心は分かるつもりだ、エリスさんは 役目に真摯だった、そこは信用できると思う」

「確かに、問題が起きたら捨てればいい…なんて考えてる人間が 遊び半分で出来る演技じゃない、彼女は本気だ」

「彼女はもう余所者じゃない、1人の役者 クリストキントの一員だ」

「クリストキントの一員が こうして声を上げてくれているんだから、私達も決断しないとね」

次々と手が上がる、賛成だと言わんばかりに エリスを信用してくれると、…みんなで エリスに乗ってくれると…

「ほ 本気かよ、みんな…」

「本気だよ、僕達はいつだって本気で劇に臨んでる、君もだろ?ヴェンデル」

「ぅぐっ…、オレは…」

気がつけば ヴェンデルさん以外の人間全てが エリスの意見に賛成してくれている、その様を見て彼は…

「オレは…もう知らん、好きにしろよ…」

「うん!好きにする!好きなことをするよ!僕達は!」

ね? とナリアさんがこちらにはにかむ、…助けられてしまったな、いや本当に

ナリアさんの信頼が何より嬉しい、真面目にやってきてよかった、エリスなりに懸命にやってきてよかった…本当に

「じゃあ、そう言うわけだ 劇に出演する人間は揃って通しの稽古を、他は仕事を探してきて…」

「いえ、今回はエリスにも仕事を探させてください」

「は?」

クンラートさんの言葉を遮る、そりゃそうだ 一応今回の劇もエリスが主役ナリアさんがヒロインということになっている、そんなエリスが練習しません宣言だ そりゃあいい顔はされまい

けど、これはエリスの策に関する話なのだが エリスがみんな揃っての総稽古に参加するわけにはいかないのだ、エリスだけは

「それは何か 意味のあることか?」

「大いに」

「分かった、じゃあそこも含めて信頼しよう エリスちゃんも今日は仕事を探してきてくれ、誰かつけようか?」

「いえ、エリスは師匠と2人で行きます…まぁ、仕事を取ってこれる自信はあんまりないので、そこの所はお願いするかもしれません」

「ああ、任せな 俺達は全員揃ってクリストキントだ、全部誰かに任せたりはしないよ」

ありがとうございますと一礼し、さて 仕事探しだ、他のみんなも話は終わりとやる気を秘めながら街の方へと向かっていく

そうだ、いくらやり方を変えると言っても そもそも劇をさせてもらえなきゃなんの意味もない、だから取ってこよう 仕事を 公演を

「上手くやったようだな、エリス」  

「師匠…、はい ナリアさんのおかげで、ナリアさんもありがとうございました」

「そんなぁ、僕は何にも…エリスさんが頑張ってたからこそ みんなも応えてくれたんだよ」

そんなそんなとナリアさんは謙遜するが、正直ナリアさんの援護なしに上手く事が運んだヴィジョンが見えない、だから エリスだけは彼のおかげだと思うことにする、本人がどう思おうとね

「でも…、よかったの?ヴェンデルはそのままで」

そんなナリアさんの心配そうな視線の先には 拗ねるように馬橇の方へと走っていくヴェンデルさんの背が見える、よかった…か

「ヴェンデルは今回の劇では主要メンバー…それも主人公のライバル的ポジションだったよね、…このままじゃ 上手くいかないんじゃ」

「いえ、彼はあのままでいいです、そっとしておいてあげてください」

悪いがヴェンデルさんに関してはそのままで行く、悪い言い方をすると 彼の感情を利用させてもらうつもりだ、結果として彼にもっと嫌われるかもしれないが、今 手札の少ない現状で取れるベストを狙うと…どうしてもこうなってしまうから

「そう?、分かった…じゃあ僕はここで本番に備えて練習しておくね」

「はい、必ず仕事 取ってくるので、ね?師匠」

「ああ、と言ってもわたしはなんの役にも立たんから エリスに頼みきりになるがな」

いいんですよ 師匠はエリスの側に居てくれるだけで、そう 軽く言葉を交わし エリスと師匠は二人で街に向かう、遊楽街ギャレットに…

まずはこの街で公園の場を獲得する、話はそれからなんだから 気合いを入れないと

…………………………………………………………

遊楽街ギャレット…遊楽の聖地なんて呼ばれるだけあり 街の中は雑多に騒がしく、一歩踏み込むだけで優雅なクラシックの聞こえてくる今までの街と違い 聞こえてくるのは喧騒ばかり

建物は赤や青 黄色や緑となんともカラフルな色合いをしており、パッと見ただけでは綺麗に見えるが、こうやって街中を歩いているとなんか酔いそうだ 目が回ってくる

街の大通りにはいつも画家や音楽家が屯しあちこちで芸術を披露していた他の街と違い 、この街の大通りに屯しているのは芸術家の代わりとばかりにあちこちにピエロが歩き回っているのだ

珍味な格好をして 白塗りの顔を晒しながら歩けば、ピコピコと愉快な足音を立てる…そんなピエロが普通に歩いているんだ、まあそれが一人二人ならまだ面白いで済むが

十人二十人いるんだから、面白いを通り越して不気味だ

「変な街ですね、師匠」

「その街にはその街の文化があるのだ、お前も 変な街を見るのは初めてではあるまい」

そうですか?、こんな変な街見るのは初めてですよ…少なくともエリスが旅してきた中で トップクラスに変だよ…

しかし、こんな娯楽に満ちた街で仕事なんてあるかな、だって見るからに退屈とは縁遠い街だ、この街にはあらゆる娯楽が詰まっている…そんな娯楽を押しのける余地は果たしてあるのだろうか

「まぁ、なんて…仕事を探すことに変わりはないんですがね…」

「ちょいとちょいと、お嬢さん達?」

ふと、仕事を探そうと街中をウロウロしていると、声をかけられる…、なんぞやと振り向けば そこには立っている…ピエロが、其処彼処で歩いているとピエロ達の一人がエリス達を見つけて大袈裟な動きでこちらに声をかけているんだ

マジか、こいつら絡んでるのか…

「ピエロだ…」

「あの、なんでしょうか…」

初めて絡むピエロに呆然とする師匠を守るように前に立てばピエロは、待て待てと言わんばかりに顔の前で手を振り

「ちょっと待ってよ、怪しいものじゃないよ?」

どう見ても怪しいだろ…、白塗りのメイク 赤い鼻 目がチカチカする蛍光色の髪…、そして エリスは道端で話しかけてくる見知らぬ人間を受け入れるほどオープンな性格ではない

「じゃあ…なんでしょうか」

「いやぁお二人ともとっても可愛くて、是非ともお近づきの印に プレゼントを…と」

「プレゼント?」

なんていうなりピエロはどこからか綺麗な包装紙のザ・プレゼント箱をエリスの手の上にポンと乗せるのだ、いきなり?いきなりくれるの?、え?もらっていいんですか?師匠 と師匠に目を向けても首を傾げている

「あの、これは…」

「開け見てごらん、幸せが待っているよ」

爆弾か?、いや火薬の匂いはしないし、…変な魔力も感じない 熱視の魔眼を使えど中に怪しいものが入っている気配はない、案外この街のサービスなのかな、まぁいいや 開けろというなら開けましょうや

「では…」

装飾のリボンを解いて蓋を開け…よくとした瞬間、勢いよく蓋が弾けた…

「ギャッ!?」

やはり爆弾か!?、即座に師匠の手を引き箱を空中に投げ捨てながら思い切り後ろへ飛ぶ…、う? うう?あれ?

「ギャハハハハハハハ!!」

おかしい、爆弾が爆発したはずなのに 何も吹き飛んでいない、見えるのは火薬により吹き飛んだ凄惨な街の残骸ではなく、エリスを見てケタケタ笑うピエロの姿…

「ジャック!イン!ザ!…ボォックス!」

「は?」

エリスがビビって投げ捨てた箱、見れば中からピエロの顔がバネと共に飛び出している、ああ あれか、これあれか リボンを解いた瞬間中のバネに弾かれてピエロの顔が飛び出すびっくりアイテムか

つまりエリスはまんまと騙され まんまと嵌められ まんまとビビらされたわけだ、なんだなんだ そういうことか

「…………」

「待てエリス!、拳を握って徐に立つな!」

殴ったろかコイツ、何笑ってんだこの野郎…ビビらせやがって、本気で爆弾だと思ったじゃないか、それをお前…何を愉快そうに笑ってんだ

「あはははは!面白かったか?面白かった?、少なくとも本気でビックリしてる君は面白かったよ?」

「は?」

「やめろエリス!ジョークだ!そういうジョーク!」

お前…師匠に感謝しろよ、この人が拳を握るエリスの手を掴んでなければその愉快な面がもっと愉快なことになってただろうな

「ほらほら怒らない怒らない、周りを見てごらん?みんな君を見て笑顔になってるよ?」

「笑顔…?」

くるりと周りを見れば通行人の皆さんがクスクスと愉快そうに笑っている、嘲笑や冷笑ではなく 良い冗談を見た時のようなそんな健全な笑いだ

エリスが演技ではなく本気でビックリした姿を見て笑っているんだ、つまりエリスはピエロの即興の芸に巻き込まれた形になるのだろう

「…………」

「みんなを笑顔にする手伝いをしてくれてありがとう、はい 今度こそプレゼント」

そういうなりピエロはパッと魔術のように不可思議な術で手から花を取り出すと共にエリスに渡してくる、みんなを笑顔にするか…くそう そう言われると弱い、ビックリしたけど被害はないし 彼にも悪気はないし 別にいいかとさえ思えてくる

巧みだ、このピエロの動きはあまりに巧みだ、人を驚かせ 怒らせ 落ち着かせる、まるでエリスの感情を掌の上で転がされてるみたいだ、これがプロか…

「べ 別にいいですよ、ビックリしましたけど 面白かったです」

「そう言ってくれるとピエロ冥利につきるさぁ、今度僕達の公演があるからみんなも是非来てくれよぉ~ん」

そう言いながらピエロはチケットをばら撒きながらピコピコ足音を立てて立ち去っていく、もしかしてエリス宣伝に使われた?、なんかそれはそれで釈然としないな

「エリス、道化の言うことに一々腹を立てるな、怒りを飲み込むのもまた精神的な強さの一端だぞ」

「はい…、すみません師匠…」

カッとなると頭の中が相手をブチのめす事で一杯になるのはエリスの悪いところだ、反省しよう…と思うのはこれで何度目だ、上手く 怒りを制御する術を探さないとな

…なんて粛々と反省するエリスの頭の上に、ピエロの撒いていったチケットがヒラリと乗る、…公演か 彼らもサーカス団としてやっていくので大変なのだろうな

「ん?、このチケット…『コーモディア楽劇団』?、って あのピエロも劇団員だったんですね、サーカスじゃなくて」

「別に役者だけが劇団を名乗れる決まりはないからな、名乗るだけならタダだ」

「確かに、一応このチケット 取っておきますか」

見にいくつもりはないが、何かの役に立つかもしれないしね、…さて 邪魔も入ったが

「そろそろ仕事を探しますか、見つけられないにしても これじゃあ遊んでたのと変わりありませんから」

街に出た収穫が ピエロに絡まれた経験とこのよくわからないチケットだけってのは流石にまずい、ヴェンデルさんに嫌われるどころか失望されてしまう

それはちょっと、まずいですからね

「しかし師匠、どこを探したらいいと思いますか?」

「ん?、わたしはこう言うと仕事を探した経験はないからなんとも言えんが、わたしなら酒場に行くな」

「何故ですか?」

「あそこは身分や職種問わず多くの人間が集まる、上手くいけば仕事を斡旋してくれる人間にも出会えるかも知れん」

そんな上手くいくだろうか、いや 少なくともこのピエロにしか絡まれない道に突っ立ってるよりはマシか

「分かりました、では手近な酒場を探しましょう、ただし お酒は飲みませんよ」

「わ…分かってる、見るだけだ、子供扱いするな」

あはは、こうも小さいとデティを思い出してしまうので、思わず師匠相手にも同じノリで話してしまうな、…うん これはよくない、控えよう

ごめんなさいと師匠に謝りながら通りの酒場へと足を進める、しかしコーモディア…コーモディア楽劇団ですか、ナリアさんがいたらこの楽劇団がどう言うものか教えてくれたんだろうけど、いないものは仕方ない 後で聞こう

…そうして エリスと師匠はチケットの雨が未だ降り注ぐその場を後にする……





「おい、これ…コーモディア楽劇団って!」

ふと、エリス達が立ち去った後 チケットに書かれたその文字を目にした通行人の一人が目を剥き大層驚く

「うそっ!、今のピエロ、コーモディア楽劇団の人間だったの!?」

「ってことは、今 この街にいるのか!?ドラクロア様が!?」

コーモディア楽劇団 そしてドラクロア、その名前を聞いた人間達はこぞってチケットを漁り始める、コーモディア…その名の意味するところを 誰もが知っているから

……………………………………………………………………

遊楽街ギャレットには別名がある、通称 踊る街…踊り子が多いと言う意味ではない、街人達がいつも陽気に踊っているから と言う意味合いである

その一因を担うのが酒だ 、酒も立派な娯楽…いや娯楽の友だ、酒飲んで見ればなんだって面白く見えるもんだ

この遊楽街ギャレットの酒場はほぼマルフレッド商会と専属とも言える契約を結んでいる事もあり酒場にはいい酒が出る、いい酒があればみんな酒を飲み 酔った奴らの財布の紐は緩くなり、またみんな愉快に笑い 愉快に歌い 愉快の踊る

それがこの遊楽街ギャレットの本質であり 経済体系である…、ただ 先ほども言ったが

酒場はほぼマルフレッド商会と専属契約を結んでいる…、『ほぼ』だ 全部じゃない

マルフレッド商会の酒は良質ではあるか決して安くはない、金銭的理由で契約を結べなかったあぶれ者とも言える 場末の酒場…、それはそれで需要があるのだ

取り敢えず酒かっくらいたい人間にとってボトルに付けられた値段は関係ない、安酒でも酔えればいい と言う者達がそう言う酒場に集まるのだ

……下品で粗雑だが、探し物をするなら そう言う安酒場がいいだろう、なんて師匠に言われこの通り大通りの片隅にある ルッフィアーナ酒場に足を運んだのだが

「あの、クリストキント旅劇団と言う者なのですが、もしよろしければ…」

「ああ、劇はいらないよ…間に合ってる」

これで十人目、軽く手を払い取りつく島もない勢いで酒場の客にあしらわれる…またか、話も聞いてもらえないとは

ルッフィアーナ酒場、どうやらマルフレッドと契約していない店の中では一番繁盛している安酒場らしく、客が多い 雑多な程に

街で働く疲れ切った職人や売れてない画家 エリス達と同じような旅劇団が赤い顔で其処彼処で酒を仰ぎ、中にはピエロが真顔で酒を飲んでたりもする…なんか 愉快な街の舞台裏を見ている気分になるな

こんなに人がたくさんいるなら一人くらい仕事をくれると思ったが、これがまぁ全然上手くいかない

エリスも師匠も仕事を探して引き受ける と言うことをした経験がない、その為なんて声をかけていいのか 誰に声をかけていいのか それが分からないんだ

…これは無理かな、他の人に期待したほうがよさそうだ

「はぁ」

「エリス、そう暗い顔をするな、いきなりやって何もかも上手く行く事はない、それに まだ失敗に終わったわけではないだろう、ここは一息ついて 気を変えるのも良いかもしれんぞ?」

「それもそうですね、酒場に来たのに 物も頼まず仕事を探して回るなんて、酒場側にも失礼ですしね」

別に、仕事はいつまでに見つけないとダメ って事はないんだ、ゆっくりする時間くらいならある、失敗が続いているなら その連鎖を断ち切る為に一息休憩するのも案外いいかもしれない

そう思い酒場のカウンター席に師匠と共に座り はぁと遣る瀬無い息を吐く、何か飲むかな…と言ってもお酒は飲めないし

「こんにちわ、随分な息ね?この遊楽の街でそこまで暗い顔をしている人も珍しいわ」

するとようやく席に座ったエリス達に酒場の店員 それも看板娘と思わしい女性が注文を取りに微笑みながら現れる…

「ああ、すみません…仕事が見つからなくて」

「そう、なら何か飲んで気分を変えないと、そんな辛気臭い顔じゃ 幸福も逃げて行くわ」

いいこと言うなぁ、でもエリスも師匠もまだお酒は飲めないんですよ…だからミルクか お水だけでも

「……ん?」

「あら?、どうかした?」

ふと、声をかけてくる店員の女性に何か引っかかりを覚え その顔を見る…

綺麗な女性だ、こんな場末の酒場には似つかわしくないくらいの美人、薄橙の髪色はまるで太陽のようで…

「あの、すみません エリス達 どこかで会いましたか?」

「え?、…初対面だと思うけれど」

だよな、エリスもこんな女性に見覚えはないしこんな酒場に来た事は一度もない、事実目の前の店員さんも首を傾げて訝しげな顔をしている、なんでこんなこと聞いたんだ

「あの…口説いてるつもり?」

「ああいえ、そう言うわけでは…、すみません 子供でも飲めるようなの 二つお願いします」

「分かったわ、じゃあ エードか何か持ってくるわね」

「お願いします」

立ち去る店員さんの背中を見ながら思う、見覚えはない 見た事も会った事もない、…けど

「どうした?エリス?、知り合いだったか?」

「いえ、さっきの女の人が言ったように 知り合いではありません」

「ならなんであんな事を聞いた、怪しまれるだけだぞ」

「そうなんですけど…、でも ううん会った事ないはずなんですけどね、エリスの記憶が何か言ってるんですよ、…でも会った事ないし 誰かに似てるのか?」

こう言う感覚は 実は初めてではない、エリスが今まで会ったことのある人に 似てる人やそっくりな人がいると、こう エリスの記憶がその人と誤認してザワザワと胸が騒めくのだ

けど、エリスの記憶の精度は言わずもがな、直ぐに人違いと承認して騒めきも治るのだ…、この感覚はその時のものに似ている

多分、あの店員さんに似ている人と以前会ったことがあるのだろう、けど 誰だろう…そっちの覚えもないんだよなあ

「はい、お待たせ」

「ありがとうございます」

なんて考えている間にジョッキに注がれたエードが運ばれてくる、…匂い的に葡萄を使ったものだろうか、取り敢えず一息つこうジョッキを仰ぎ一口飲むと

「ん、…美味い これ美味しいですよ師匠」

飲み口が非常に爽やかで雑味が全くない、飲んだそばから体に吸収されるようなこの感覚、エード自体は何度か飲んだ事があるが、これは別格だ…

「んくっ…、ふむ 恐らく水が違うな」

なるほどと師匠の言葉に手を打つ、あれだ 件の霊峰の雪解け水、あれを使ってるんだ

オマケにここは酒造の国、果実の扱い一つとっても一級品、そんな一級品の果実と特別な水が合わさり、ここでしか飲めない飲料を生み出しているんだ、水はその国その街の風土がそのまま出る物だと

「喜んでもらえて嬉しいわ、作ったの私じゃなけれど…、ねぇお嬢ちゃん?お菓子持ってこようか?」

「やめろ、子供扱いはするな」

「可愛かったからつい…」

「ついってなんだ、ついって」

グレープエードを飲みながらふと考える、そう言えばエリスの一番最初の仕事もこんな酒場だったな、それにここ…人も多いし、ここで劇をやるのもいいんじゃないか?

ふと見れば酒場の奥には舞台らしい物もある フェロニエールの時もそうだったが 多分酒場にはこう舞台が取り付けられているのが普通の国なのかもしれない

仕事を受けられないか、聞いてみるか

「すみません、お姉さ……って何やってるんですか?」

ふと 店員さんに目を向けるとカウンターから身を乗り出して師匠の頭を撫でていた、…何やっとんじゃ…

「ご ごめ…可愛かったから」

「ふんっ…」

師匠も師匠で全然抵抗してないし、何やってんですか二人して…まぁいいです、おほんと乗り出した身を元に戻す女性を見つつ仕切り直す

「あの、エリス達 クリストキントって旅劇団で働いているのですが、公演出来る場所を…仕事を探してるんです、もしよろしければどうかここで公演をやらせてはもらえないでしょうか」

「公演を…確かにうちには劇をする用の舞台はあるけれど、ごめんなさい アレは…」

「アレは俺たち専用の舞台なんだ、小娘はすっこんでな」

エリスがお姉さんに仕事の話をするなり、背後からゾロゾロと現れた男達がエリスを囲み その両脇に座る、数にして十数名…しかもその十数名全員が珍妙な格好をしているんだ

見ただけで分かる、こいつら…

「サーカス団…ですか?」

「その通り、ここはこの俺 ブリゲーラ率いるブリゲーラサーカス団専属の庭なんだ、金が欲しけりゃ他所を当たりな」

ブリゲーラサーカス団 そのリーダー格と思わしき道化の男 ブリゲーラは厳しく威嚇するような口調でエリスに向けて指をさす、先約…というより専属がいたか

「おい姉ちゃん、この店で一番安い酒おくんな」

「また安酒ですか…?」

「お前らがもっとくれればその金で高い酒が飲めるんだ、まぁ そんときゃここ以外で飲むけどよ」

と言いながらお姉さんの持ってきた安酒のボトルをそのまま奪い取り、ラッパ飲みでグビグビ浴びるように飲み干すブリゲーラ、また随分傲慢な態度に見えるが…一応この酒場に雇ってもらってる身だろうに

「まぁ、ともあれ ここは俺達の仕事場だ、言っておくが奪おうなんて考えるなよ?俺たちは酒場の用心棒も兼任してんだ その気になればお前ら小娘二人くらい簡単に撚れるんだからな」

「そんな、荒事にするつもりはありませんよ、ただ…どうしても仕事が欲しくて、一度だけでいいので舞台を変わってもらえませんか?」

専属だったら仕事には困るまい、一度でいいからここで舞台をやらせてもらえないか 頭を下げてブリゲーラに頼み込む …すると

「はぁ~?、じゃあお前 服脱いで舞台で踊れよ、そうしたら 考えてやらねぇでもない」

「へ?え エリスがですか?」

「おお、どうしても仕事が欲しいんだろ?じゃあどうとでもしてもらおうじゃないか」

グヒヒと周囲のブリゲーラサーカス団の面々が下卑た笑いを見せる、なるほど だからエリスを囲んだのか、恫喝して 脅して 酒の肴にでもしようと言うのだ

「エリス!、そんなことする必要はない!、ここ以外で仕事を探すぞ」

「師匠…」

「無駄だぜ、他所の酒場は全部マルフレッド商会の劇団が駐屯してるんだ、余所者からの仕事は受けっこない、ここくらいしかこの街で仕事が出来る場所はない、そう考えりゃ破格だろ?服脱ぐだけでいいんだから」

なるほど、…他の酒場はマルフレッド商会と契約して酒を卸してもらってる、多分その契約内容の中にもあるんだろう、彼の所有するイオフィエル大劇団の人間を置く と言う条件が…

となると他の酒場は無理、酒場以外となると数は絞られる…やろうとするとここくらいしかないか

「それとも脱ぐのを手伝って欲しいか?、それならそれでもいいぜ?、おい ブロン!」

「うい」

するとブリゲーラの呼びかけに応じた一際大きな男、恰幅が良く 樽のような体を持った大男がエリスの腕を掴み上げ…って!

「キャッ!?、ちょっと!何するんですか!」

「この街 遊楽街なんて名乗ってる割にゃ娼館が無いからな、うちの団員も飢えてんのさ…、ほら 脱げよそうすれば仕事でも何でも譲ってやるぜ?、なんならうち専属の娼婦になるか?、それなら毎日仕事し放題だぜ!まぁ!舞台はうちの団員の腹の上だけどよ!ぎゃはははは!」

こいつら、仕事を探しにきたエリスを追い払いにきたと言うより 捕まえにきたのか、仕事に困ってる女と見て…、ただ追い払うだけなら大人しく引き下がったが 人攫いじみた真似をしようと言うのなら…

大人しく譲歩するわけにはいくまい

「ッ……」

「なんだその目は、仕事が欲しくないのか?ああ?」

チッ、だけどここで暴れたら仕事が…、暴力以外での解決はないものか…でも、このままじゃ師匠にも危害が…

「さぁ、どうする?自分で脱ぐか 俺達に脱がせてもらうか…選べ」

「くっ」

人が抵抗しなけりゃいい気になって…、いやいや 怒りに身をまかせるな…ここは

と、エリスが努めて冷静であろうと考えを巡らせた瞬間

「おおっと!?」

水音を立てて目の前のブリゲーラにいきなり酒が浴びせられる、それもかなり臭いがきついが…

「ぶわっ!?なんだこれ!?、くそっ!誰だ!俺に酒かけやがったクソ野郎は!」

「おお、すみまセーン!、酔って手元が狂いまーした!」

慌ててブリゲーラが振り向くとそこには小汚い格好をしたお爺さんが鼻の頭を赤くしヒックヒックと酔っ払いながら空のジョッキを横にしていた

「テメェ!この朦朧ジジイ!、人の仕事着に何ぶっかけてんだよ!、くそっ!しかもなんだこの匂いのキツい酒は!」

「すみまセーン!、すぐ拭きまーす!」

そう言うなり不思議な口調のおじいさんは慌てて懐から一枚の布を取り出しブリゲーラの顔に押し付ける…が

「くっせ!、なんだこの汚ねぇ布…ってお前これ!」

「ワタシの替えのパンツでーす!、今手元にこれしか布がなーくて」

「ふざけんな!お前!」

あろうことかおじいさんは懐から汚いシミだらけのパンツを取り出しそれで拭いていたのだ、当然激怒するブリゲーラは怒鳴り声をあげおじいさんに詰め寄る

「おお、やめてくだサーイ!、そんな怖い顔されると泣けてきてしまいマース、よよよ」

そう言いながら目元から溢れた恐怖の涙を懐から取り出したハンカチで拭い…

「ってハンカチ持ってんじゃねぇか!」

「おお!、これはウッカリしてまーした!」

「何がウッカリだ…この野郎…!」

いきなり現れたおじいさんのおちょくるようなトボけた態度にブリゲーラの怒りは頂点に到達する、当然温厚な男ではない 怒りは暴力によって表現される

「ふざけるのもいい加減にしろよ!!」

エリスが止めに入るよりも前にブリゲーラは拳を握り 思い切り、何の容赦もなくおじいさん目掛け拳骨を振りかぶり…

「あー!危ないデース!?」

「うるせぇ!後悔しやが…げぶっ!?」

殴り付けようと一歩前へ踏み出した瞬間 先ほどおじいさんが転がしたジョッキを踏んづけブリゲーラは思い切り後ろへ転倒し頭を打ち付けてしまう、オマケのオマケと言わんばかりにその衝撃でブリゲーラ自身が先ほど飲んでいたカウンターの上の酒瓶がグラグラと揺れて…

「ぎゃぶっ!?」

頭から酒を被り おじいさんにかけられたお酒以上にずぶ濡れになってしまう…、しかも今度は自業自得だ、まるで図ったかのような一連の動きに一瞬唖然とする…けど、次第に理解する

なんか、…変なの、笑いが込み上げてくる

「…ふふっ…」

「こ この!女!今笑ったな!」

「あ いやこれは…」

「フッ、おい道化 笑われたことに対して怒るなら、エリスに対してだけではないだろう?、周りを見てみろ」

「周り…?」

ふと、ブリゲーラが周りを見ると 一連の動きを見ていた客人達がクスクスと笑っているのだ、まるでブリゲーラを馬鹿にするように、とんだ大間抜けがいたものだと

さっきの動き 全部見られてたみたいですね?、これでは恫喝も何も意味はない ブリゲーラ達は忽ち怒りが羞恥で顔を赤くするなり

「チッ!、…おいお前ら行くぞ!、ただでさえ不味い酒が余計不味くなる!」

「だ 団長!」

かくして ブリゲーラ達悪漢は大恥晒してすごすごと逃げ去っていた、場末の酒場でイキった上に老人相手に間抜けな事したんだ、さしもの彼らも堪えられまい

助かった、いや助けられた このおじいさんに

「はっはっはっ、笑わせる道化が笑われたらお終いデース」

「あの、御人 お陰で助かりました」

「んん?、ワタシ何もしてまセーン、アイツらが勝手に転んで勝手に帰っていっただけデース」

そうは言うが、あそこで声をかけてもらわねば面倒なことになっていた、この人が声をかけてくれたから暴力的な荒事に発展せずに済んだのだ、お礼を言わねば

「しかし、先程の話ワタシも聞いてまーした、お嬢さん達?仕事探してるデースか?」

「へ?あ はい」

「おおー!それはナイスタイミングでーす!、実はワタシも旅劇団を率いてまーす、出来れば力を貸して欲しいデース」

「た 旅劇団!?、おじいさん 劇団の団長なんですか!?」

「そうデース、ワタシ パンチ言いまーす!キック違いまーす!、旅して劇して稼いでまーす!」

それはびっくりデース、いやだってどこからどう見ても汚い…おほん あまり綺麗ではない見た目だ、それなのに劇団を率いていたとは、やはり見た目で判断してはいけない と言うことだな

「それで…力を貸すとは?」

「ええ?、実はワタシの劇団 今度野外で公演するのデースが、我々の劇団だけでは寂しーので、他の劇団の方もご一緒にして頂けたなら、お客さんを満足させられるのではないかと?思った次第デース」

「いいんですか?、エリス達も同伴して」

「構いませーん!、ただ皆様達は我々の劇の前…つまり 前座になってしまいまーすが、それでもいいでしょーか?」

「前座でも構いません、お仕事がもらえるなら」

「それは助かりまーす!、場所は我々が手配するので?、二週間後 街の郊外に来ていただけたら嬉しーデース!」

パンチと名乗る老父はそれだけ言うと軽くお辞儀をして陽気な動きで酒場を後にする

仕事がもらえた、野外でやって公演が成立するくらいだ、きっと大きな劇団なのかもしれない、だとすると…うん みんなにいい報告が出来そうだ!


……………………………………………………

「チッ、クソ気分が悪いぜ、あのクソジジイと俺を笑った小娘 アイツら絶対許さねぇ」

ケッ と裏路地に屯するように集まるいかにもガラの悪そうな面々 その中心に立つ道化、ブリゲーラは機嫌悪そうに壁にもたれかかりながら 舌を打つ

ブリゲーラ…ブリゲーラサーカス団を率いる男であり、ルッフィアーナ酒場の専属劇団であり 酒場の用心棒さえ兼任する一団の長だ

元々ブリゲーラは所謂所の悪漢であり、そもそも元を正せばこの国の人間ですらない、故に芸術を愛する心さえ持ち合わせない、こんな国で馬鹿げた格好をしてるのだって 、この国なら適当に芸をしとけば儲けられると安く考えた結果だ

まぁ、その心算は的外れであり、実際芸術を理解しない彼らの芸に金を払うものは少ない、ルッフィアーナ酒場においてもらっているのも 用心棒としての側面が強いのだ

…つまり、彼らにとって用心棒としてのメンツは死活問題だ、ただでさえ芸で食っていけないのにナメられたらあの酒場からも追い出される

と言うのに…、いきなり現れたジジイに馬鹿にされ あの小娘も俺を笑った、このままタダで返せば 彼らの大切にするメンツは丸潰れもいいところだ

ならばやることは一つだろう

「おい、あの小娘…確かどっかの劇団の女だって言ったな、何処だったか聞いてる奴はいるか?」

あの浮浪者のジジイはこの際後回しでいい、だが女の方は確か旅劇団を名乗っていた気がする、あんまり時間を置くと逃げられる可能性がある

狙うならまずは女の方だ、アイツに俺達の恐ろしさを思い知らせてやらねぇと

「あー…団長、俺 聞いてた」

「なんだ、言ってみろブロン」

サーカス団切っての巨漢であるブロンがおずおずと口を開く、この男 アルクカース出身である事もあり 腕も立ち このブリゲーラサーカス団でも随一の存在感を持つ男なんだが…

「そのー…あー、なんってたっかな」

如何にせよ頭が悪い、手先も不器用な上大飯食らい、喧嘩以外はクソの役にも立たない…こいつが弱けりゃ直ぐにでもこの一団から叩き出してるのに…

「早く言え!」

「えー…くり…くりす…くりさん…あれ?なんだっけ?」

「クリストキント旅劇団…じゃないか?」

ふと、聞きなれない声が響く、サーカス団の人間じゃない 別の人間だ、その声が言うのだ 木偶の坊のブロンに代わり クリストキントの名前を

「誰だ!」

「おいおい、デカい声出すなよ、何も喧嘩をしに来たわけじゃない」

見れば、一団を睨むように立つ 三人の男…そのリーダー格と思わしきドレッドヘアーの男がにたりと笑い、敵意がないことを両手を広げて表現している…がしかし

ブリゲーラには分かる、用心棒として喧嘩稼業を営む彼には分かる、いきなり現れたこの三人…こいつら、あり得ないくらい強い 少なくともここにいる全員でかかっても、あの三人のうち一人にだって敵わない

そんなこの国に似つかわしくないオーラを纏う三人を前に…ブリゲーラは竦む

「じゃ じゃあ、何しに来たんだよ…」

「仕事の話さ、ちょうどお前らみたいな掃き溜めのゴミを探してたんだ」

「俺らがゴミだと?」

「ああ、何か…間違ってるか?」

ギロリと一つ睨まれれば何も言えなくなる、こいつらからすれば俺達なんてゴミもいいところ と言うことか、そんなブリゲーラの怯えを感じ取ってか ドレッドヘアの男は肩を竦めて笑うと

「お前ら、美味い酒 飲みたくないか?」

「酒?…」

「ああ、俺達ならお前らにいい酒をくれてやれる…俺達、アルザス三兄弟ならな」

アルザス三兄弟と名乗る謎の男達はブリゲーラサーカス団に 一つ、仕事の話を持ちかける…表沙汰に出来ないような、そんな仕事を


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