孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

171.孤独の魔女と魔女の弟子 学園へ行く

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アイン達アルカナとの戦い、アマルトさんとの和解 エリスにとって今までで一番長い一日

あの日から…時が経った、春を超え 夏を経て 秋を過ごし 冬となった、エリス達最後の一年はこれ以上なく恙無く進む、何せもう問題は何もないのだ ノーブルズもアルカナも全部解決したから心配事も何もない

或いは、これが普通の学生生活というものなのかもしれないな、三年目にしてようやく理解出来た気がする

…さて、エリス達のこれまでの生活を軽く言うなれば 『平和極まり無い』だ、いつもの四人に加えアマルトさんも入れてカストリア五人組で生活を始めてからは みんな心配することが無いからか全力で学生生活の謳歌に走った

ラグナの提案で春先にピクニックに行ったこともありました、危うくデティが森で迷子になり掛けたりメルクさんが川でめちゃくちゃ服汚したり アマルトさんのお弁当が美味しかったり…

夏季休暇の時はエリス達五人で魔女様五人の修行を受けたりしましたね、エリスとラグナが第二段階に入ったと鼻高々に自慢する師匠とアルクトゥルス様の影でフォーマルハウト様とスピカ様がメラメラ燃えていましたね、あれは…帰ったら大変ですよ メルクさん デティ

秋口には何がありましたかね…ああ、ちょっとした事件があったんでした、ちょっとした荒事が…けどまぁ、エリス達五人にかかればまぁチョチョイのチョイでしたよ、長ったらしいので省略しますが

今年のエウプロシュネも盛況でしたが、やはりエリス達は参加しませんでした 、最後なんでね?五人であちこち回りましたよ、色々やって 色々遊んで、五人で帰って一緒に夜遅くまで遊んだ

充実した日々だ、こんなに充実し落ち着いた日々は人生で初めてかもしれない、この三年間で最も落ち着いた日々…、最も笑った一年間

そして、…時は冬季休暇直前 エリスの学園生活も終盤に差し掛かった寒く凍えるような日

「ん……」

目を開き起き上がる、自室のベットの上体を持ち上げ 窓の外を見る…、夜のうちに雪でも降ったか 庭先には若干の白色が残ってる、通りで昨日は寒いと感じたはずだ

「はぁー、寒い」

息を吐けばそれさえも白に染まる、白い息と白い景色…寧ろここまで寒いと逆に清々しいな、でも こんなにも寒いのに学園には行かなくちゃいけないんだから そこのところは憂鬱だな

「なんて、行かなきゃ行けないと考えるから行き辛いんです、こういう時はパパッと行動!」

布団を畳みベットから降りる、ひゃあ…床冷たい、ガタガタ震え爪先立ちしながら慌てて部屋を出てダイニングに向かう、まだやや暗い屋敷の中 見ればダイニングには既に灯りが付いている

もう誰か起きてるのかな、エリスより早起きなのはラグナくらいだが 彼は寒さに弱いから冬場はいつも自室で自主トレをして外には出てこないんだが

「おはようございまー…す」

「ん、おはようさん」

ダイニングには入れば既にエプロンをつけ、朝食の準備をしているアマルトさんの姿があった、お皿を並べて食器を用意して 部屋にはとても良い匂いが漂っている

アマルトさん、もう起きてたのか

「お早いですね、アマルトさん」

「 今日俺が食事当番の日だろ?、今日寒いし体力と根性がいるだろうと思ってな、ちょいと気合い入れて朝飯作ってたのさ」

「なるほど、流石ですね」

アマルトさんは料理をさせれば超一流だ、腕前もさることながら 東西南北全国各地津々浦々四方八方遍く国々の料理を知っている、なんでもタリアテッレさんをギャフンと言わせるため あの家を離れてからも腕を磨いていたらしい

料理とは知識が形になった物、故に知識がある人の方が良いものを作れるのは必然だ、まぁ経験やら腕前やらも必要だが、彼の場合その双方も持ち合わせてるんだから凄い

「今日の朝ごはんはなんですか?」

「食卓に乗せるまでのお楽しみだ、でも…なんつーのかな こうやって誰かの為に厨房に立って飯作るのってのは楽しいな、めんどくさくもあるけども」

「美味しいって言ってくれる人たちの為なら、頑張れますよね」

「いや俺そんな殊勝じゃないよ、俺 褒められたいだけだから」

それってつまり 他の人の美味しいの為に頑張ってるのでは?、相変わらず素直じゃないんだから

「なんかいい匂いするなぁ、あ エリス アマルト、おはよう」

「おはようございますラグナ」

「ほう、今日はアマルトが当番の日か これは楽しみだ、ほら デティ起きなさい」

「にゃむ…おはよう」

既にトレーニングを終えたラグナと 眠そうに目をしぱしぱさせるデティを抱えるメルクさんが二階から降りてくる、みんなこの匂いに誘われてきたらしい

なんせアマルトさんの料理ですからね、お店に行ってもこのレベルのはなかなか食べられませんから

「全員揃ったな、おいデティ いつまでも寝ぼけてんな、顔洗ってこい、病気のアライグマみたいな顔しやがって」

「やだ、お水冷たいじゃん…顔洗ったら心臓止まっちゃうよ」

「いいから洗え」

ペッと濡れた布をデティの顔を投げるアマルトさんは、その足でキッチンに向かい 何かを取りに行く、楽しみだな…何が出てくるんだろう

ワクワクしながらデティの顔を拭いて席に着く、今まで四つしかなかった食卓の椅子、今は五つ 五人分だ

「ちべたい…、んぶぶ はぁー!寒い!、コルスコルピの冬は寒いねぇ!」

「本当にな、アルクカースはいつも暑いくらいの気温だから こう寒いと動き辛くてかなわないや」

「デルセクトもあまり冬は厳しくないな、魔女様達が国内の気温や気候を操作しているから、そこまで厳しい環境にはならんが…どうやらアンタレス様はそういう間怠っこしい事はしてないようだな」

魔女大国はとても過ごしやすい国だ、暑すぎず寒過ぎず 大体人間が心地よく感じる暑さと寒さに設定されているからこそ、このコルスコルピの自然の猛威奮う時間は みんなには厳しいらしい

エリスは慣れてる、非魔女国家は普通に季節によって気温が変わる、酷いところは気温だけで人が死ぬようなところもある、自然はナメちゃいけないんだ

「オラオラ、テーブル開けろ 飯が通るぞ」

「わぁーい!なんか来たー!」

するとキッチンからアマルトさんが手にはミトンとやや新しい鍋を抱えて現れる、あの鍋もアマルトさんが来てから購入したものだ、彼の目利きで購入した調理器具はどれも使いやすく頑丈だ

しかし、なんだろう 鍋の中から香り立つ湯気、嗅ぎ慣れない匂いだが

「今日は寒いからな、朝からあったまって行こうぜっと」

「…これ、なんですか?、見たことない料理ですけど」

中に入っているのは、…簡単に言うなればおどろおどろしい真っ赤シチュー、どうやったらこんなに赤くなるんだろう

「ボルシチだよ、聞いたことないか?」

「ありません、シチューですか?」

「違うな、ビーツで作ったスープさ、ここら辺じゃ確かにあんまり見ないか…ええと、どの辺の料理だったか」

そう言いながらアマルトさんはみんなのお皿にボルシチを注ぎ、焼き立てのパンを配る…、ビーツか 確か赤いカブみたいなあれか、あんまりこの辺じゃ見ないな…というか栽培してるところが少ない

「おいしそー…」

「赤いシチューかぁ、いい匂いだ」

「知らない料理は作りようがないからな、アマルトのレパートリーの多さには驚かされるばかりだ」

皆 配られたボルシチを見て目を輝かせている、エリス?エリスもですよ 見たことない料理が目の前で馥郁とした香りを漂わせてるんだ、ワクワクしないわけがない

「食べてもいいですか?」

「あ?おう…いいぞ、うーん どこの料理だったかなぁ…」

アマルトさんは相変わらずこれがどこの料理だったか思い出しているようだが、今はそんなことよりボルシチだ、入っている具材的にはあまりシチューと変わらない、骨つきの肉と人参やジャガイモ 玉ねぎ、あとセロリとかニンニクも若干入っている…

ふむ と観察する、多分シチューと同じ 野菜の旨味を煮立たせる事で引き出した所謂煮込み料理、この煮込み料理のいいところは失敗が存在しないことだ、そりゃ余程ぶっ飛んだ作り方をしたり焦がしたら失敗とも言えるが、逆に言えばそのくらいしか失敗の要因がない素人にも出来る料理

されど…、腕があるものが作ればその旨味は青天井に伸びていく

自然と上がる口角を開けて、パンを小さくちぎりボルシチと共に放り込む…

「ん!うま…」

シチューと似た見た目だがこちらはやや酸味が強い、赤いからてっきり辛いモノとばかり思っていたが、この唾液を誘発させる酸味とよく計算され引き出された野菜の甘みがエリスのパンを千切る手を加速させる

とても美味しい、いくら美辞麗句を並べてもやっぱりこの言葉ほどこの料理を讃えるのに相応しい言葉ない…

「シチューと違ってなんか酸っぱくて美味しいね」

「ん、これニンニク入ってる…」

「寒い朝 湯気立つお皿…いいものだな」

「へへへ、もっと褒めろ褒めろ 昨日の晩に仕込みして、今朝早起きして仕上げしたんだ、美味いはずだぜ?」

エリス達の大絶賛を受けて嬉しそうに笑い 自分もまた熱々のボルシチを一口 口に含むアマルトさん、すると…

「ん、思い出した これあれだ、ポルデュークの方の料理だ」

「ポルデューク?、向こうの大陸の料理なんですか?」

ふと、アマルトさんが思い出したように口にする、どこで作られたかなんてどうでもいいと思ってたが、そうか ポルデュークの料理なのか これ

「そういやエリス、ここ卒業したら次はポルデューク大陸のエトワールに行くんだったな」

「はい、向こうの大陸を横断して、そのままアジメクに帰るつもりです」

「ほーん、すげー旅路だな ディオスクロア文明圏一周かよ」

「エリスちゃんはねぇ!凄いんだよ!」

「なんでチビ助が自慢げなんだよ」

「チビ言うなっ!!!」

しかしそうか、ディオスクロア文明圏一周…、世界で最も大きいと言われる二つの大陸のうち 一つはもう制覇したのか、後はポルデュークを大陸を残すのみ

師匠は最初 この旅に出る時 『大体十年くらいで帰る』と言っていたが、今年がその十年目だ そして旅はまだ終わる気配はない、まぁ無理もない 行く先々で色んなことに巻き込まれて ましてやシリウス復活なんてとんでもない出来事まで起こってるんだし

ラグナ達との出会い アルカナとの戦い ウルキさんやシリウスとの邂逅、旅に出たばかりのエリスは想像すら出来なかった状況にエリスはいる、世界とは広く混沌としていて それでいて面白いものだな

「ここから向かうなら 次はポルデューク大陸の大国エトワールだよな?」

「え?はい そうですけど」

ふと、アマルトさんが頬杖をつき行儀の悪い姿勢でボルシチを頬張る、やめてくださいよ そう言うお行儀が悪いのは、子供が見てるんですよ

「なら、次の国では羽が伸ばせるな、あそこはデルセクトみたいにごちゃごちゃしてねぇし、アルクカースみたいに物騒でもねぇ、この国みたいに薄汚くもないしな…、エトワールは世界で最も平和で美しい国だからさ」

芸術の国とは聞いていたが、そうか 確かに聞いた感じ物騒な気配しない、アマルトさんの言う通りエトワールでは久々に師匠とゆっくり旅をして芸術品の鑑賞と修行に専念できるだろう

ただ、エトワールにいる閃光の魔女プロキオン様とその弟子には接触しておきたい、弟子は多分…いや絶対いるだろうしね、顔見知りくらいにはなっておきたい

「酒は美味いし こことは違う独特な食文化も築かれてて、何より賑やかで華やかだ 、最高の国だぜ?」

「随分詳しいですね、アマルトさん」

「そりゃ、この国からはポルデューク行きの…エトワール行きの船が出てるからな、他の国よりも関係が密接なのさ」

なるほど、ポルデューク大陸とこのカストリア大陸を結ぶ航路は二つしかない 大陸の端にあるアジメクと 同じく逆側にあるコルスコルピ、その二つからしか船が出てない

理由は単純、大陸と大陸の間にある巨絶海 テトラヴィブロスを超える航海技術を、今現在の人類は保有していないからだ、師匠曰くかなり荒れる海らしいし 何より魔獣も多い、大陸近海なら船は出せるが、少しでもテトラヴィブロスに立ち入れば それで終わり…帰ってきた人間は一人もいないとのこと

故にテトラヴィブロスを避ける航路でしか大陸間を移動する船はないのだ

「ポルデュークはここみたいに魔女があんまり気候操作をしてねぇから、基本的にこのコルスコルピの冬場並みに寒い、冬季なんかそりゃ悲惨らしいぜ?」

「寒冷地帯とは聞いていましたが、そんなにですか」

「ヒィー、寒そう…俺近寄りたくねぇ…」

寒がりのラグナが体を震わせる、寒がりの彼にとっては地獄もいいところだろうな、…しかし一年を通して寒いのか…

「なんでも大いなる厄災の時の影響で寒いらしいよ、八千年前の影響が今も出てるなんて凄いよね」

「シリウスの仕業か、迷惑極まりないな」

「行くならあったかい格好をして向かわねばなりませんね」

寒冷地帯なら、今まで見たいな軽装では動けない しかし、暖かい格好とは得てして動き辛いもの、戦闘になれば逆に身を縛る拘束具となってしまうだろう、一応師匠からもらったコートには断熱の機能もあるから 幸いそこまで意識する必要はないだろうが

ううむ、未知だ…どう言う世界なのか 行ったことがないから分からない

「ま、何にしても 今すぐ行くわけではないんだ、それより目の前の学業に専念しよう、このペースでは授業に遅れるぞ」

「やべ、もうそんな時間か!」

見れば外はだんだんと赤くなってきている、時を忘れて食べ進めている間に陽が昇り始めたようだ、このままでは遅刻してしまうってほど時間に余裕がないわけではないが、それでもいつまでも駄弁ってていい理由はない

皆で大慌てでボルシチを平らげ舌鼓を打った後、それぞれが支度に向かう デティは制服に着替えエリスとアマルトさんで食器を片付け、ラグナとメルクさんでみんなの荷物を纏める、五人での生活にもだいぶ慣れてきたと感じさせる様相だ

そしてひと段落を終え、寒風吹き荒ぶ中 エリス達は揃って家を出ることとなる

…………………………………………………………

「あががががが、ささささ 寒いいいい…」

「ラグナ寒がり過ぎですよ」

朝のひと時を終えて、エリス達五人は揃って学園の校門をくぐる、昨日の晩の雪がまだちらほら見える中 風に吹かれて登校するんだ、寒いよ そりゃ寒い

けどラグナの寒がり方は際立っている、そんなにブルブル震えられるとこっちまで寒くなる

「わ 悪いエリス、でもこればっかはどうにもならなくて…」

「もう、ほら…マフラー乱れてますよ」

「あ…ああ」

震えていたからか、首元のマフラーが乱れてる、エリスの送った赤いマフラー 彼は冬になるといつもそれを首元に巻いている、…それがなんだかとても嬉しい

エリスのものを大切にしてくれているという暖かな喜びと、エリスの一部が常に彼と共にあるようなちょっとアレな喜びの二つが 今エリスの中にある

そして当然、エリスの手を暖めてくれるのは ラグナのくれた揃いの真っ赤な手袋、嬉しいな…


「おいチビ助、やっぱりあの二人ってお互いのこと…」

「チビって言うな、後それ二人には言っちゃダメだよ?、ああいうのは自分達の力で気づき気付かせるのが一番いいってメルクさんが言ってた」

「なるほどな、まぁ俺も面白いから内緒にするつもりだけど」

なんかアマルトさんとデティがコソコソ言ってる、何言ってるかはわからないが 彼らで仲良く出来てるならそれでいいや、後メルクさん その『ラブコメだ…』って視線やめてください

「あら、今日も揃って登校?、仲良いわね」

「いやぁ!!、仲が良い事は良いことじゃないか!!!」

「おや、カリストさん ガニメデさん、おはようございます」

おはよう と返すのはカリストさんとガニメデさん、二人も揃って登校してきたようで エリス達の後ろからヒョイと現れる

二人も仲がいい…というわけではなく、単純に通学路が同じで互いに知り合いだから という理由らしい

「よっ、カリスト ガニメデ、おはようさん」

「おはようさんって…アマルト、貴方本当に変わったわね」

「あ?そう?」

「そうよ、昔はそんな風に笑わなかったし少なくとも朝の挨拶なんて絶対しなかった…、まぁ 今の方が幾分好感持てるけどね」

「昔は持てなかったってか?」

「あら、好かれてるつもりだったの?」

エリスから言わせれば カリストさんもアマルトさんもどちらも変わった、最初出会った時のような冷淡さはない、互いにあのアルカナ襲撃という事件を経験したおかげか、人間的に余裕が出来たように感じる

危機とは恐ろしいものだが、一転乗り越えれば成長を促す、火災から助けられたクライスさんのように

「まぁまぁ!二人とも喧嘩はそれくらいに…」

「別に喧嘩してないわよ、こんなの喧嘩のうちに入らないわ」

「そうそう、俺とカリストが喧嘩したらもっと陰惨だぜ?」

「それは勘弁願いたいね!!、僕としてはみんなが仲良くしてるところを見ていたいからね!!」

アマルトさんもカリストさんもガニメデさんも、エリス達も…みんながみんな 一段階人間として成長出来た気がする、それが学園という場所なのか…

だとすると、師匠が無理にでも通わせたかった理由が分かるというものだ

「じゃあね、午後もよろしくねアマルト…いえ、生徒会長さん」

「あーはいはい、よろしく頼むよ会計くん」

そう、カリストさんはアマルトさんの肩を叩いて エリス達に先んじて学園へと向かう…、生徒会長 と言い残して

そうだ、アマルトさんもカリストさんも生徒会の一員なのだ…、イオさんが設立した生徒会は生徒達の選挙によって選ばれる、そしてその投票にて勝ち残ったのがアマルトさんなのだ

なんでも、彼が身を呈して生徒達を魔獣から守ったという話が生徒達の中で伝搬し、例の課題でのアマルトさんの『理事長になる!』という意気込みを受け 生徒達からの人気もうなぎ登りになったらしいんだ

彼が変わったことを察知したのは、エリス達だけではないのだろう

カリストさんもまた会計士に立候補し 見事当選、カリストさんが引き起こした例の女子生徒洗脳事件の後 彼女は真摯に罪滅ぼしをし、真面目にやってきたことが評価されての結果だ

でも、せっかくノーブルズを廃したのに 続く組織のトップがまたノーブルズでいいのか?とも思ったが アマルトさんは昔のように学園に牙を剥かないし、カリストさんも変わったし

何より貴族に対して無条件に与えられていた権利もなくなったから、昔みたいに強引に暴れる貴族生徒もいなくなった、少なくとも 今はノーブルズ時代よりも幾分平和だ

「早く校舎に入らないか?、寒くて叶わないんだけど…」

「あ、すみませんラグナ 行きましょうか」

ラグナがでろーんと鼻水を垂らし始めたので慌てて校舎へと駆け込む…

学園…、あの事件で損壊した学園はあれからすぐに元に戻った、というのもエリス達…いや生徒達と街人達が一丸となって学園修繕に協力したお陰で 校舎は瞬く間に元の姿を取り戻せたのだ

あの事件で一体感の生まれたみんなは、自分達の学び舎であり 自分達の命を守ってくれた学園に恩義を感じているらしい、この校舎がなけれな あんな大事件が起こったのに死傷者無し なんて奇跡はあり得なかったしね

「はぁ、さむさむ…」

校舎に入れば寒さもひと段落、あったかいわけじゃないがビュービュー吹いてた風を凌げるだけ幾分マシだ、ラグナも多少マシになったのか、震えも収まっている

「でもアマルトが生徒会長なんて、最初は大丈夫?って思ったけど、ちゃんとやれてるね、えらいえらい」

「うるせいやい、生徒会長は理事長になるための予行練習だ、それに…イオの分もしっかりやらないとな」

イオさんか…、彼は生徒会には属していない 生徒会役員を決める選挙にそもそも立候補してないんだ、なので今イオさんは普通の生徒となんら変わりない立場にいる

生徒会を作るのでもう役目は終わったとのことだ…、一応王子なのである程度特別扱いされているが、それでももう退学にしたりとかの権限はない、ノーブルズを潰したのだから 権限のない生徒としての模範を他の貴族達に示しているらしい

律儀な彼らしいな…

なんて考えていると

「おはよう、君達 随分悠長な登校だね」

「む、噂をすれば」

「おはよー!エリス!ラグナ大王!、今日寒いねー!」

噂をすれば 件の男性イオさんが現れる、後ろに引き連れているのはバーバラさんと弟のピエールさんだ、バーバラさんとピエールさんが一緒にいるのはいつものことだけれど、それにイオさんがくっついてるのは珍しいな

というか、イオさんの顔…なんか凄い晴れ晴れとしているように見える、考えてみたらイオさんとこうして面向かって話すの久しぶりな気がするな、少なくとも生徒会立ち上げ以降は縁がなく話をしていない…、用事があるわけでもないしね

「全く君達は、でも仲良きこと素晴らしきことなり、だね!あははは」

「…イオ、お前なんか…変わったな、主にキャラが」

「そうかいアマルト、まぁ ここ最近は伸び伸び過ごさせてもらっているよ、なんせ私にはもうなんの権限も責任もないからね、あはは」

なるほど、…今の今までずっとノーブルズの頂点という立場に立つ重責を彼なりに感じていたのかもしれない、そして今はその責務から解放されて その反動でひどく陽気になっているのかもしれない

とはいうものの、彼も今はいろいろ忙しいことに変わりはない、ノーブルズ暴走時代に割りを食った生徒達への謝罪や補填など 諸々責任を持って動いているようだ、彼自身何人もの生徒を退学にしてきたからね

まぁ、退学させられる側にも往々として理由はあったが、それでもだ

「…そうだ、メルクリウス首長 例の件だが…」

「む?、ああ 例の件か…、どうなった?」

するとふと、イオさんの目が陽気なそれから剣呑な鋭い視線へと変わる、例の件だなんてまた物騒な…コルスコルピの王子とかデルセクトの首長の間で何か密約でも交わされているか、いや…だとしたらこんな往来で話さないか

「例の件ってなんですか?」

「ん?、ああ…我々が倒したアルカナ達の収容に関してだ」

アルカナ達…、ああ エリス達が戦ったあの四人のことか、と言っても収容できたのは死神のヌンと塔のペーだけだ

アインは言わずもがな 消滅してしまったので収容も何もない、がしかし気になるサメフの方はなんと木になったらしい

木だ木、樹木です 人間が樹木に変わったんです

デティ曰く サメフがいきなり苦しみ出して、額から生えた枝葉がそのままサメフを飲み込み 樹木へ変えたらしい、デティ曰くそんな魔術は見たことも聞いたこともないし、師匠もまた分からないと言っていた、つまり現代にも古代にもない魔術でサメフは木に変えられたのだ

サメフだった樹木を調べても何も分からず、当然元に戻せず…そのままだ

ちなみにサメフ…アドラステアの実家のフィロラオス家は今回の一件を問われ四大支族から外される可能性大らしい、いやまぁ 長女のサルバニートは死に 次女アドラステアも魔女大国に仇なすテロリストの一員になり死亡

責任を取らされなくてもフィロラオス家はもう終わりだろう、そう考えるとちょっと可哀想になるな

「ヌンの方は魔力を封じ厳重に拘束すれば問題ないが、問題はペーの方だ 奴を捕まえてられる牢屋が殆ど無いんだ」

ペーは魔力を封じても強い、なんせステゴロでラグナと互角以上に張り合う女だ、鉄の牢屋くらい一捻りだろう、一応今はメルクさんの錬金術で石化させ 牢屋に突っ込んであるらしいが

それでも何かの拍子に戻るかもしれない、メルクさんの石化はフォーマルハウト様と違って不安定だ、もし何かの拍子に石化が解けたらペーはすぐさま外に出るだろう

ラグナ級の怪物がまた野に放たれるのは恐ろしい、なんとしてでも拘束しておきたい…

「故に、我らデルセクトはそう言った超越した囚人の収監を一手に担う大監獄の建設に取り掛かることとなったのだ」

「大監獄ですか?」

「ああ、落魔窟を利用した地下の大監獄だ、錬金技術を用いればあらゆる超硬度物質の目処はつくからな、今後 ペークラスの囚人を収監するのに困らんよう 私とイオ殿下で話し合い 絶対破壊されない監獄の建設を取り決めたのだ」

「話し合うと言っても私は何も出来ないけどね、精々名前と人員を貸すくらいさ…この件は恩として記憶させていただきます、メルクリウス首長」

「ああ、問題ない」

エリスの知らないところでそんな話が…、でも確かに 悪人というのは得てして強い、中には監獄なんかには収まりきらないほどの者もいる

昔聞いた噂話では世界各地を旅する大山賊 『山魔』ベヒーリアという人物が、ポルデューク大陸の魔女大国が一つオライオンのとある大監獄に収容され 極刑を受けた上で脱獄したという話だ

ベヒーリアは凄まじい強さを持っており 時のオライオン最高戦力でも歯が立たずみすみす逃してしまったらしい

オライオンの戦力が如何程のものかは存ぜぬが、魔女大国最高戦力クラスを相手取り弾き返すほどの強さだ、監獄くらい宿を出るくらいの感覚で抜け出せたに違いない

そういうめためたに強い奴を閉じ込めて置ける場所というのは 世界中探してもあんまりない、というか 多分無い、その建設にメルクさんが携わるのだ

大変な仕事だとは思うが、こう…国単位の話になってくるとエリスに出来ることはてんでない、精々肉体労働くらいだが そんなもの金で雇えばエリスよりムキムキなのがワンサカ集まる

ここは応援するしかないだろう

「頑張ってください!メルクさん!」

「お おう?、分かった 頑張る」

なんか応援が空回りした気がするが、とにかくよし

「では、詳しい話はまた今度 私も授業があるのでここらで失礼致します、アマルト お前も私と同じ授業だろ?、このまま魔術科までついていくつもりか」

「いやいや、俺もここらで別れるつもりだったんだ、俺もいくよ イオ、じゃあなお前ら また後で

とアマルトさんはイオさんについてフラフラと立ち去ってしまう、アマルトさんはエリス達魔術科と違い帝王学科の生徒、受ける授業が違うのでここらで別れるのはいつものことだ

まぁ、下校する時はいつもいつの間にかついてきているので別れてる感はないですがね

「…兄さん、楽しそうに笑うようになったな…」

ふと、ピエールさんが立ち去る兄の背中を見て ポツリと呟く、その彼の視線は兄を慈しむ物…ではない

慚愧 悲哀 後悔…薄暗い感情がたっぷり込められている、言っちゃえば悲しい顔だ、いやまぁ 分かりますよ 貴方の気持ちは

「ピエールさん…」

「分かってるよエリス、僕は兄さんにとって良くない弟だったってのを痛感してるのさ」

ピエールさんはイオさんにとって良い弟ではなかった、それを痛感しているからこその顔なんだろう、視線なんだろう、後悔…してるんだろうな

今までの行い その全てを

「僕は今まで好き勝手やってきた 、それが当然だと思ってたし僕にはその権利があると思ってた、けどさ ノーブルズ云々の件を見てて思ったよ…権利って持ってるものじゃなくて誰かが与えてくれるものなんだってさ」

「…………」

「兄さんがあちこちに気を配って この学園の秩序を守ろうと憔悴していたのに、僕はなんて呑気に過ごしていたんだろうか、いや 邪魔していたと言ってもいいな…兄の評判を四方八方で落としまくって、それでも兄が庇ってくれて…情けない」

責任から解放されて笑う兄を見て、自分が今までどれだけ負担を掛けていたかを悟ったのか、大きく溜息を吐く

イオさんはピエールのことを心底大切にしていた、エリスがピエールを襲撃した時なんか 今にして思えばらしくないほどに激怒していた

そしてピエール自身も自分の最大の味方は兄だと公言してさえいた、兄は当然のように弟を愛し 弟は当然のように兄に愛された、だからこそ どこかで歪んでしまったのかもしれない

「僕…居なくてもいいのかもしれないなぁ」

む、それは違う 、だってイオさんがピエールを愛していることになんら変わりはない、そんな風に自分を否定するのはイオさんの愛を否定することに…

と、エリスが言葉を挟もうとした瞬間 、乾いた音が響く

「なーに言ってんのさ!」

「いっっったっ!?!?」

叩く 引っ叩く、バーバラさんがピエールの肩をパシーンと、いい音なったな 寒い中のあの張り手、ありゃ痛いぞ

「そこはこれから僕も頑張るぞ!でしょ?、せっかく兄貴が今日まで守ってくれたんだから、今日からはアンタが兄貴を守るんだよ」

「僕が?兄さんを?、無理でしょ 僕ってば一族の面汚しだし」

「なら顔洗って出直しゃいいだろうさ!、何度だって! アタシも付き合うよ」

「つ 付き合うって、いいの?」

「アタシはもうアンタの事ダチだと思ってんの、だからさ アンタが立派になってくれないとダチのアタシの格まで落ちるでしょ、しっかりしてよね」

口は悪いが彼女の面倒見の良さは随一、事実最近彼女がピエールの側についてからと言うもの、ピエールの人となりはかなり良くなってきている、というのも彼女が逐一指摘しているからなのだが…

でもいいと思う、一人で出来ないとは無理に一人で出来るようにならなくても、頼れる人がいるならその人とやればいい、ピエールさんの場合はバーバラさんとだ

ピエールさんは兄に恥じない弟になりたい、バーバラさんは口じゃあ言わないがピエールさんから受けた一生の恩を返したい、利害という関係から逸脱した恩と憧憬からなる奇妙な友情 そういう関係もありだと思う

「う うん、分かった 頑張るよ…でも何からしたらいいか」

「まずは勉強!、兄貴と一緒にまじめに授業受けてくる!、分かった?」

「わ 分かった!、じゃあ行ってくる!」

それだけ言うと彼はやや小走りに手を振り、兄の後を追っていく…

彼も変わった…いや変わりすぎじゃないか?、もう別人レベルで素直になってるぞ?、もしかした彼自身己を鑑みる時間があったのかもしれない

世界の中心はエリスではない、エリスが観測していない場所でも人は変化し成長するからね

「ピエールさん 素直になりましたね」

「そうなるようにアタシが調教したからね」

調教って…バーバラさん?、何を言ってるんですか?とは言えない、多分ピエールが変化した最大の要因はバーバラさんの調教だ…、調教によって彼は変えられたのだ

これも友情…なのか?、流石にちょっと分からない

「なんかピエール達 凄いことになってるね」

「まぁ…、なんだ 放っておいてやろうぜ」

「それより我々も急がねば授業が始まるぞ?」

おおっとそうだった、廊下で喋るというのはなんとも会話が弾んでいけない、時間がない時の会話ほど楽しいものだが 熱中して時を忘れては元も子もない

廊下で談笑していて遅刻しました、はあまりに情けないし…


急ぎましょう皆さん その掛け声と共にエリス達は教室へと急ぐ、三年間通い慣れた魔術科の教室へ……

……………………………………………………………………………

「えぇー、ですんで 今現在魔術界が直面している問題としては 魔女様達の扱う古式魔術を劣化させ作った我々の現代魔術が、経年により劣化を始めているという事であり…、専門家の予測によれば後千年もしないうちに魔術は火一つ起こせないまでに弱体化すると言われており、それを回避するために……」

使い古した本を捲る、もう何度も見たそれを眺めながら教壇に立つ先生の話を聞く…

…最初は、ここにいる先生達がエリスに新たな力を授ける鍵となるエリスは勘違いしていた、だから抵抗があった 師匠以外の人間の教えて強くなるのが

「古式魔術の再生は我ら人類悲願であり、一切の劣化が起こっていない魔術を手にすることで魔術の衰退からの解放を目指す為我ら魔術師は日々研鑽するのです」

(実際は違いましたね)

エリスに新たな力を授けてくれたのは先生でも授業でもなかった、いやまぁ先生達には色んなことを教えてもらいましたよ?、師匠のざっくりとした魔術観では学べない現代魔術社会のことを多く学べた

実際、こうやって机に座って 誰かに何かを教えてもらう というのは当たり前のことのようでいて大切なことなんだ、けど 全てじゃない

この学園において一番大切なのは勉強じゃない、人との関わりを学ぶことだ

「中には現代魔術を偽りの魔術だなんて呼ぶ過激な魔術師もいますが、そういう人たちは大体ヤバい人達なので出会ったら話半分に聞きながら愛想笑いしてその場を離れることをお勧めします」

(エリスは…お世辞にもいい人間ではありませんでしたからね)

人間として成長させてくれる場所がこの学園なんだ、集団で行動し生活する それはある意味社会の縮図、勉強だけなら一人でもできるが集団行動はどうひっくり返っても一人じゃ出来ない

事実今まで一人で勉強してきたエリスは確かに物を壊す力を強くなった、けれどそれは人間として強くなったとは言えない、自分を守ってくれる人と反目する人と、それを飲み込み時として解決し時として我慢して時として打ちのめされて時として立ち上がり

それは経験しなければ出来ないことだ、経験せずに大人になってしまうと悲惨なんだ

それを学ぶ為に学園に来る、勉強なんてのは極論言ってしまえば建前なんだろう、友達を作る方法 敵を作らない方法 うまく人と付き合う方法、そっちの方が大切だと エリスは思う

「…おい、エリス 授業聞いてるか?」

「聞いてますよラグナ」

ラグナ メルクさん デティ…彼らと過ごせた学園生活は学びと驚きの連続だった、アマルトさんと出会えて和解できたのはエリスにとってとても良い経験だった

「さっきから上の空に見えるが?」

「そうですか?、…ただ 考えてただけですよ」

ラグナがいて デティがいて メルクさんがいて アマルトさんがいて、イオさんやガニメデさん カリストさん エウロパさんがいて

クライスさんがいて バーバラさんがいて、アレクセイさんがいた この学園の日々は…今こうして記憶として振り返ると、とても楽しかったと言える 言い切れる

「何考えてたんだ?」

「んー?、…この学園に来れてよかったなぁって」

「……それ授業聞いてなくね?」

「ふふふ、言われてみればそうかも」

辛いこともあったし 折れるようなこともあったし、失敗もしたし 人を傷つけることもあった、けど それらを含めて良い学びになったと思う

三年 長く、そして短い日々…それもこの冬が明ければお終いだ、二度と戻ることはない

だからこそ今振り返っておく、今じゃないときっと思い出の意味が変わってしまうから

「おーい、そこ 聞いてるかね?」

「はい、ちゃんと聞いてますよ 先生」

先生に当てられにこやかに手をあげる、勿論ちゃんと聞いてますとも 、エリス達にとって他人事な話じゃないですからね

現代魔術は古式魔術を誰で簡易に使えるように希釈したものだ、そして希釈した現代魔術をさらに改良し人類は多くの魔術を手に入れてきたが、今はそれが行き過ぎてしまってる

古式魔術からの乖離が進み過ぎて元の魔術の威力が落ちているのだ、と言っても今はまだそこまで如実なものではないかもしれないが、先生の言った通り 千年かもっと近くか、人類が魔術を手放す日が来るかもしれない

やや空想も混じった話ですがね…

しかし、学年最終盤の授業がこれですか、最近はこう 魔術に対しての心構えを重点的に教えられているような気がする、これ以上を学ぶなら 高等学科…より専門的なことを学ぶ学科へ移動する必要があるんだろうが

残念、エリスはもう卒業だ そちらに移動することはないだろうな…

「はぁー…寒い」

意味もなく言葉が出る、…今日のお夕飯楽しみだなぁ なんて考えながら再び先生の言葉に耳を傾ける、傾け続ける

………………………………………………………………

「でね!、今日こんなけむくじゃらの猫がいて!それがこんなおっきな魚咥えてたの!」

「すげぇな、よく分からんことをそこまで興奮して喋れるお前ってやっぱすげぇよ」

「アマルトー!私真面目に話してるでしょー!」

「今の真面目な話だったの!?」

授業が終わり 日が沈み始める頃 エリス達は夜から逃げるように五人揃って屋敷に戻り食卓に夕餉を乗せ囲み団欒する、大体いつもと同じ一日だ

全員で登校して いつのまにか授業で別れたアマルトさんが合流していて、家でご飯食べてくっだらない話をする、それが日常だ

「ふぅー、アマルトさんの料理は美味しいですね」

今日の晩ご飯は食事当番アマルトさん謹製のフルコースだ、お野菜もお肉もお魚も 偏りなく万遍無く出てくる、どうしても得意料理だけを出してしまいがちなエリス達の中に現れた救世主とも言える

アマルトさんは家事も文句言わずにやってくれるし 食事当番の回数も、実は何だかんだ五人の中で一番多い、『飯を作るのは面倒』なんて言いつつ彼が料理で手を抜いたことは一度も無く 同じ料理が出た事も一度もない

ハイスペックだ、分かってはいたが 彼は人としてハイスペック

「そうか?、俺から言わせりゃエリスのも美味いと思うけど?」

「お世辞はやめてくださいよアマルトさん、エリスのは所詮サバイバル料理ですから」

「その何が悪いんだよ、お前が俺の腕前に驚いたように 俺もお前の腕前に驚いてるんだぜ?、だってお前 誰からも料理教わってないんだろ?」

…そう言えばそうだな、あちこちで技術を盗んで それを実際に使って己のものにしている、誰かに教鞭を取って料理を指導してもらったことはない

一応師匠も料理は出来るが それを教えてもらったことはない、完全に独学だ…

「独学であそこまでやれりゃ上等だよ」

「そうでしょうか…」

「そうだ!」

ギョッとする いきなりラグナが声を上げて立ち上がったからだ、如何した…ラグナ、いやラグナだけじゃない デティもメルクさんも我一家言アリと言わんばかりに目をキラリと輝かせて

「エリスの料理は美味い!、なんせ俺たち一人一人の好き嫌いを全部把握して料理してくれてるからな、それも言った覚えないのにいつのまにか把握してるんだ 凄いだろエリスは」

「そうだー!、エリスちゃんが学校の帰りに作ってくれるお菓子は最高だー!ダーダー!」

「エリスが以前 あの地下で作ってくれたシチューは、まだ私の中で至上のものだよ」

「いやなんでお前らが自慢げなんだよ、というかエリス お前こいつら甘やかしすぎじゃないか?」

「えへへ、そうでしょうか?でもみんな美味しいって言ってくれるし、なるべく好物を食べさせてあげたいじゃないですか」

「ダメだこりゃ…」

何がダメなのか、これは分からない…

…はぁ、楽しいな 

別に何か大切なことを話すわけじゃないんですけど、こうやって話をしているだけで楽しい、…もうこの学園生活も終わる 、こんな楽しい生活が送れたのだ もう悔いはない

……あ、嘘つきました 今エリス嘘つきました

ありました、悔い… 


実は、エリスがしばらくの間目的としていたナヴァグラハの識に関する書物 、あれを終ぞ手に入れられなかったことですかね

いえ、見つけるには見つけたのです…、その所在が分かったのは事件の後のことです、あの後アンタレス様から聞かされたんです

やはり 識に関する詳しい唯一の書物 通称『ナヴァグラハの識書』は時刻みの部屋に保管されていたようです、アマルトさんと戦ったあの部屋にです

そう、…アインの襲撃により燃やされたあの部屋です、つまり 焼失してしまったんです、この世で唯一識について詳しく書かれた書物が 消えて無くなってしまった

曰く 前年の冒険課題の時アドラステアが手にしたあの鍵…あれが時刻みの部屋へ通じる鍵だったらしいんですよ、それを使って彼らはあそこに入り込み エリス達を襲撃し…この世界で随一の古さを持つ書物達はまとめて消滅してしまった

大損害だ、まぁアンタレス様は誰の目にも触れさせないつもりだったから燃えても別にいいとは言っていたが、一目見たかったなぁ

ちなみに前々回の課題の時 アマルトさんが優勝した課題の時の景品も時刻みの部屋の鍵だったみたいなんですが、アマルトさんってばフーシュ理事長に対する嫌がらせのつもりでその場でへし折ってしまったらしく、その鍵の正体を聞いた後猛烈に後悔してました

『あれが隠し部屋への鍵だったのかよ…』てな感じで頭抱えてました、直情で行動するからですよ…

まぁともあれ、結果としてエリスがこの国に来た当初の目的 『識に関する情報の取得』、これは失敗に終わった、もう識について調べる事は事実上不可能と見ていいだろう

けれど、同時に思う…調べられなくなって良かったかもと

だって識について調べようとしたのもウルキさんの言葉がきっかけだし、師匠達も反対してたし…、ダメになったならそれでいいのかもしれないな

まぁ、エリス自身識についてはこれからも独自に研究を続けて行くつもりだが、これに関しては何年かかるか分からない 、何せ書物も何も無くなり 使い手もエリスの他にいるかも不明、調べる手立てがないから 地道にやっていくしかない

けど、地道でもやって行くつもりだ、識は危険な力だという なら危険な力を危険なまま放置はできないから…


「アマルトー!おやつ作ってー!」

「おおいいな!、俺もアマルトのおかし食べたい!」

「嫌だよ!夜中に言うんじゃねぇ!面倒くさい!」

「おい三人とも、夜だからあんまり大きな声を出すな、楽しいのはわかるが…今は食べ終わった食器を片付ける時間だ」

デティと一緒にはしゃぐラグナとそれを前にあっちへ行けと手を振るうアマルトさん、そしてそれを嗜めるメルクさん

いい光景だ…、でも これももうすぐ終わる、もう終わる…冬が開けたら卒業式だ、その時エリスの長かった三年が終わる

いやぁ、でもまだ2~3ヶ月くらいはあるし、センチになるのはまだやっぱり早いかな

まだ早いまだ早い…、そう言い訳するエリスの心を置き去りにして それでも時は進んでいき、そして



遂に冬が明け…、卒業式が このコルスコルピでの旅の終わりの時が、訪れるのだった
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