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六章 探求の魔女アンタレス

167.孤独の魔女と新たなる力

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魔力覚醒、…人間には四つの段階がある

この世の大部分の人間が位置する段階、魔力を操作し魔術を扱う、第一段階魔力操作

限られた人間のみが辿り着く所謂究極の領域、覚醒し人間に備え付けられた全てを使う、第二段階逆流覚醒

そこからさらに一握りの人間だけが到達する至高、自分以外の周辺の地形天候に影響を与える、第三段階掌握支配

そして 魔女だけが昇る高み、己の中に一つの世界を持ち それと同化する、第四段階天象同化

そのうちの第二段階に至った人間だけが使える技能 それが魔力覚醒だ、これを発動させるには第二段階へ行く必要があり、これを発動させられれば則ちその人間は第二段階へ至ったことを示す

その人間が今まで生きて経験し、形成された記憶 人格 その全てが魔力によって具現化し、肉体そのものを一つの魔術へと変貌させる

在るものは光を纏い、在るものは鉱石へと変身し、また在るものは風と成る、それによって生み出される力は大象に迫る

その力を今 エリスは手に入れた…、アインとの戦いで仲間の危機と己の死の間際を垣間見て、手に入れたのだ 第二段階を

別に瀕死になることが条件じゃない、エリスは既に第二段階に至れるだけの下地はあった、足りなかったのは心 、いや…

確たる心の拠り所と確固たる戦う意味だ、の二つが必要だったんだ

エリスは旅をして多くの世界を見ていながらエリスの中にある世界はあまりに狭い、師匠たるレグルス師匠を中心とした狭い世界だけ、依存とも言えるその環境の中ではどれだけ鍛えても心の行く先はあやふやで戦う意味も師匠を言い訳にしている、これでは第二段階へは至れない

だがエリスは今 ようやく見つけた、己の心の拠り所と今まであやふやだった戦う意味を

エリスの心の拠り所は友のいる場所だ、エリスの戦う意味はそんな友を助ける為

もうエリスは迷わない、戦う意味を見つけたから

『魔力覚醒…だと?、貴様が』

体から放つ光が収まり その姿が露わになるエリスを見て 魔獣王アインソフオウルは忌々しげに顔を歪める

魔力覚醒を行えば 大なり小なり体にも影響が出る、当然それを行なったエリスの姿にも変化が生じる

「なるほど、仕掛け…ですか」

エリスの金の髪はフワフワと水の中にあるように揺れ漂い、パチパチと火花のような小さな光が連続して煌めいている、それはまるで夜空に舞う星光のようで

その瞳は虚にして底がない、まるで空のように深く 深海のように淡い光を纏う、して何より…そのコートだ

黒いコートの只中に 紅の線がいくつも入り輝いている、エリスの魔力によってその形と色をその時々に変え 姿も変える、恐らくレグルス師匠が言っていた サプライズ…内緒にしているこのコートの機能とはこれだ

エリスが魔力覚醒をすると浮かび上がる模様、確かに戦略的意図はないだろう 単なるオシャレだ、けど…演出としては抜群だ

「エリスちゃん…すごーい…」

肉弁の上に着地したデティはエリスを見上げ声を上げる、…よかった デティは無事でしたか、アマルトさんあたりが助けてくれたのでしょう…

本当に良かった…、彼女の助けでエリスは死の淵を飛び越え、新たな力を自覚出来た、やはり エリスはみんながいないとダメだな

「デティ 下がって…いえ、一緒に戦ってくれますか」

「うん!、勿論!!」

彼女はもう立派に強い、エリスを助けてくれる なら遠ざける理由はない…

「何だよエリス、死の淵でパワーアップってやつ?すげーじゃん、じゃあ俺観戦してていいかな、もう武器ないからさ」

別に死の淵にあったから第二段階に入れたわけではない、単に瀕死のになり あの白い楼閣の中、見つめ直せたからだ 己を

心…則ち 心の芯、戦う意味…、それを理解出来るなら死にかける必要はない、タネさえ分かればダイニングの椅子の上で頬杖をつきながらだって出来る

ただエリスは、ちょっと己に縛られすぎたから、このくらいの荒療治が効いただけだ

「アマルトさん、武器があればいいんですよね」

「ん?あ…おう」

「ならこれを使ってください」

そう言って懐から取り出すのは短剣、マルンの短剣だ そこらの短剣よりずっと鋭くずっと硬い、これならアインにも折られずその体を傷つけるに至るだろう、それをアマルトさんに投げ渡す

「おっと、これ 短剣か?、いいのかよ 俺が貰って」

「エリスには過ぎた物なので」

「そっか、なら 使わせてもらうぜ…」

そう言うなりアマルトさんはマルンの短剣をくるりと回して指先を傷つけ、血を纏わせ 短剣を長剣へと変える、ただ 元にした武器が違うからか 少し形状が異なる

今までは何の変哲も無い黒の両刃剣だったのに、今度は 軽く反り返った片刃の長剣へと変わる、…まるであれだ 刀だ、漆黒の刀だ

見ただけわかる程に切れ味が違う、何より

「こりゃいい、これならいけそうだ」

様になってる、それを構えるアマルトさんの姿は、まるで在るべきものが在るべき場所に収まったかのような感覚だ

よし…エリスとデティ アマルトさんの三人で魔獣王アインの向かい合う、ラグナとメルクさんはまだここには到着していないが、決める 三人で

『新たな力を得て 勝ったつもりか!、小賢しいね!どこまでいっても人の領域を出ていないと言うのにさ!』

「ええ、でも人だからこそ、どんな難敵にも打ち勝てるんです、何故なら…」

「仲間となら!とか臭い言わないよな」

…相変わらずアマルトさんは空気を壊すのが得意だな…

そうだとも!仲間となら!


「さぁ、行きましょう…今度こそ アインを倒します!」

『サカしいって言ってんだよ!、僕に勝てるわけがないだろう!人間が!』

両腕を変形させる魔獣王、再び龍とは芸のない奴、されどさきほどエリス達はあれに圧倒された、魔術は通じず剣は弾かれどこまで追ってくるアイツに、確かにあの龍は…いや魔獣王本体の硬度は厄介だ

エリス達の力では抜けない、今さっきまでのエリス達の力では…

『死ねッッ!!!!』

だが今は違う、今 エリスはようやく至ったのだ…第二段階逆流覚醒の域、そして成し得た 魔力覚醒、魔女大国最強戦力クラスが扱う技能

魔力覚醒を行えば、その人間の持つ力は全てが数段階上のものになる、それはエリスも身を以て理解している、身を以て理解しているからこそわかる この魔力覚醒の凄まじさ

名を魔力覚醒形態『ゼナ・デュナミス』、確たる目的を持つ可能性の姿 未だ花開かぬそれは無限の可能性を秘めている

「行きます…」

手をゆっくりと前へ出す、魔力覚醒を行うと手に入るのは魔力の絶大な上昇だけではない

その個人の持つ力と性質が前面に押し出され その人間にしか成し得ない異能のような力もまた手に入る、ある意味では魔力覚醒を行った人間は その体が一つ魔術事象になると言うものなのかもしれない

当然、エリスも魔力覚醒を行ったから 一つ新たな力を手に入れている、他の誰にも真似できないエリスだけの力、それは何か 言うまでもない

「……っ!」

軽く指先に力を込めれば髪先に漂うパチパチとした火花が強くなる、この光はただの光じゃない

具現化したエリスの記憶だ、具現化した記憶…記憶は頭の中にあるもので外には出ない、普通なら…

そうだ、エリスが魔力覚醒にて手に入れた力 それは…

「『追憶・火招嵐撃』」

記憶の具現化、今まで見て 聞いて 経験して 頭の中に入った光景や事象をそのまま再生する力、名をつけるなら『追憶魔術』

エリスの手によって引き出されたものなんでも記憶の中から引っ張り出して具現化出来る、それは圧倒的記憶力を持つエリスにとっては無限の武器があるにも等しい

エリスには思い出せる、今まで感じた火雷招の熱も光も威力も…全て鮮明に、克明に

レオナヒルドとの戦いで放った決死の火雷招

ベオセルクさんとの戦いで撃った必殺の火雷招

ヘットとの戦いで撃ち出した悪足掻きの火雷招

他にも色々ある、エリスの十年にも及ぶ戦いで最初からエリスの手元にあり 長くエリスと共にあったからこそ、火雷招だけは数多く撃っている、そんな火雷招を今 全て記憶の中から現実世界に引っ張り出す

エリスの中に収められた記憶が熱を持ち光を得て実体化し、数十近い火雷招一つ一つが束となって、眩い閃光となって 今目の前のアインの両腕を

『な なんだそれ…ぐぉおおおおお!?!?』

奴の両腕を跡形もなく吹き飛ばす、一撃一撃ではアインの防御は抜けない、だが魔力覚醒で強化された上一つに束ねられた火雷招の波は いつものエリスの何倍もの威力を容易に叩き出す、行ける…今のエリスなら アインの体を破壊出来る!

『そんな…こんなバカなことが、魔獣王の肉体を持つ僕が…無敵の肉体を持ち我が、こんな こんな…小娘ごときに…小娘如きにぃぃ!!!』

消え去った腕を見てワナワナ震えるアインは牙を剥き激怒し…

肉体を破壊され荒れ狂うアインは更にその身を変質させる、腕は左右に八本 鋭い爪を持ち、口にはギラリと並ぶ龍の牙 吐息は赤い炎と化す、翼が生え 目が増え 辛うじて留めていた人間の姿 アレクセイさんの姿から遠ざかる

ちょうどいい、友達の顔のままじゃあ殴りづらかった、これなら思う存分 顔面を吹っ飛ばせる

『消えろ魔女の落胤!、貴様が死なぬ限り永遠に我が時代は訪れぬ!』

「きませんよそんな時代、永遠に…、死した存在とそれに縋り付く貴方では 今という時代は変えられない!」

過去に縋り付くアインと過去を剣に戦うエリス、違いはないか はたまたあるか、一つ言えるのは エリスが見ているのは貴方が作る世界ではなく、貴方を超えた先にある世界であるという事!

無数の腕を振り回しながらエリスに襲いかかる魔獣王アインに向け今一度視線を向ける、エリスの敵意に呼応し 髪を撫でる閃光はより一層チカチカと輝き

「『追憶 颶風連閃空』!」

『ぐぅっ!?貴様…!』

作り出すは風、エリスが持つ数多の風魔術 それを雨霰のように降り注ぎアインに集中放火を見舞う、奴が動き始めるよりも前に 攻め始めるよりも前に風は吹き荒び魔獣王の肉体を傷つける

記憶を呼び起こすのに詠唱はいらない、一度発動させたことのある魔術ならエリスは詠唱もなくそして際限もなく何度でも撃ち出す事が出来る、それは古式魔術としての弱点の消失を意味する

『だが…だが何度破壊しようとも無駄!我が肉体はいくらでも復活する!』

「分かってますよ、だから…もう終わらせます、デティ! アマルトさん!手伝ってください!、奴の額に 一撃叩き込むにはエリス一人では無理です!」

どれだけ押していても結局弱点をつけなければ意味がない、しかし 無限に再生し際限なく肉体を増強させる魔獣王アインの弱点を突くにはエリス一人では数手足りない、だから 協力する、仲間と

「アイアイ合点!、任しときな!」

走る 駆け抜けるアマルトさん、手には片刃の黒剣 獣のように低く姿勢を取り魔獣王に向けて駆け出す

『邪魔をするな、魔力覚醒していない貴様など敵ではない!』

振るわれる爪 魔獣王の巨爪がアマルト目掛け振るわれる、このままではさっきの繰り返しだ、アマルトさんの剣では魔獣王の体を切り裂けない ましてや彼の使う呪術は直接的な攻撃力に直結するものはない

このままでは同じ 先ほどと同じ、…剣を折られて終わる、否 折れない 折られない

迫る魔獣王の爪を見切り寸前で剣を振り上げるアマルトさん、刃は防がれることなくすんなりと沈むように魔獣王の腕に刃を通し 振り抜かれる

「お!すっげ!これすっげ!」

『なぁっ!?』

振るったアマルトさん自身も驚く切れ味は存分に猛威を奮い、綺麗に魔獣王の腕を両断する、まさしく一太刀で鎧袖一触だ

その辺の短剣とは比べものにならぬ名工マルンの最後の一振り、武器としては使われないだろうと思われたそれが魔獣の王の肉を引き裂いた

「これなら行けるぜ!進め!エリス!、煮るなり焼くなり好きにしろ!!」

「はい!」

詠唱もなく足先に風を集める、思い描くは旋風圏跳 この旅で幾度となく舞った空、記憶を事象として引き出し 風に変え翼にして、飛び上がる 向かう先はアインの額 ただ一つ

『く 来るな…来るなぁぁっっ!!!』

振り回される巨腕、エリスを叩き落とそうと暴れる魔獣王、だが 進路は変えない、目指すは真っ直ぐただ一つ、今のエリスには 黒剣の加護があるから

「来るなと言われりゃ行きたくなるのが人の性分なんだよ!、魔獣にゃ分からんだろうがな!」

エリスに迫る腕は全てアマルトさんが切り落としてくれる、エリスの周囲を飛び交い 乱れ切り、爪を切る 指を落とす 腕を切り裂く、止めたくとも止められない そんな状況により一層焦ったのか  、魔獣王は動きを変える

『キェェェェェぁぁぁぁぁああああ!!』

「くっ!う うるさっ…」

咆哮、猿叫とも取れる咆哮を上げ体を変形させる、もはや形振り構わなくなったのか 体という体に口が生まれる…火龍の口だ、あの火炎の吐息を放つ口が全身に湧き出て瞳のように開かれる、辺り一面焼き殺すつもりだ

どうする エリスは耐えられるか?、追憶魔術を使えば凌げるがデティは?アマルトは?、二人とも防御手段は持つが…進むべきか…!

一瞬の躊躇い、それを感知したように声を轟く

「進め!エリス!」

「へ?」

背後から声がした、デティでもアマルトさんでもない 第三者の声が、その刹那 白色の閃光がエリスの頬を撫で 目の前のアインの肉体目掛け飛び

白色の、まるで花弁の如き粒子を舞わせ 炸裂した

『な なんだ、なんだこれはぁぁあああ!!!???』

白色の閃光を受けた魔獣王の肉体は 無数の口は、まるで凍りつくように白い結晶に包まれ身動きを封じられる、口が…結晶により閉じられたのだ、こんなことできる人間一人しかいない

「メルクさん!」

「行け!エリス!」

メルクさんだ、メルクさんも魔獣王の肉体を駆け上がり此処までたどり着いていたのだ、彼女の手には純白の銃 あれで魔獣王の肉体を結晶で覆ったのか!

「行ける、これなら!」

魔獣王の肉体の大部分は結晶に覆われ身動きが取れない、もう妨害はない!あとは…

眉間を貫くだけ!

『ヒィ、ね 狙っているのか 我が核を…!、さ させてなるものか、せっかく現世に舞い戻ったというのに!』

眉間目掛けすっ飛ぶエリスを前に 魔獣王は最後の悪あがきを見せる、防御だ ここにきて明確に防御姿勢を取り始めた

自分の額 そのある一箇所を覆うように幾多の腕を作り出しそこを覆い硬質化させる、答え合わせしてるようなもんだ!そこにあるって!、けど…邪魔だな 腕が…あれごと行けるか?

いや行ける、メルクさんが来たんだ すぐに彼も来てくれる、彼なら…きっと!

「十大奥義…第二…」

エリスの待ち望んだ声が、地に響く 天を揺るがす、遥か地平の彼方から 一抹の黄金の煌めきが去来する

「ラグナ!!」

「奥義!大山雄牛穿通角ッッ!!」

遥か彼方から光の如き速度で現れ エリスを追い越し現れるのはラグナだ、彼は黄金の炎を纏い 一撃…その速度のまま 多重に腕で守り抜く魔獣王の額目掛け、雄牛の如き頭突きを見舞う

『ごぁっ!?、貴様…アルクトゥルス!、また貴様かッ!』

「の!弟子さ!、エリス!状況は分からんけどここでいいんだよな!」

バッチリだ!、ラグナの猛烈な突撃をくらい 大きく蹌踉めくアイン、額を守っていた腕は脆くも崩れ去り その額の中から一つの宝石が姿を現わす、血を固めたようなドス黒い…あれがコアか

「行きます…これで終わりに!」

『二度もか…二度も僕を殺すか 我が手を払うか…エリス レグルスぅ!』

最早今エリスが相対しているのはアインなのか それとも初代魔獣王なのか、互いの顔が入れ違えに姿を見せて エリスに師匠の影を幻視する

魔獣王にとって 自分を倒したのはアルクトゥルス様のはずだが、それを差し置いてでも憎しみを向けるほどに 恨めしい相手だったのか、だが今はそれを聞く術はないしつもりもない

今エリスがすべきはこいつに対する感情移入ではなく、この一連の騒動に対する幕引き、決着だけだ!

「 アクロマティック 魔獣王 アレクセイ…アインソフオウル、結局どの名で貴方を呼べばいいか分かりませんが、今はこう呼びましょう…アイン!」

『ギィィィィイイイイイイ!!!エリスゥッッ!!!!』

エリスの呼びかけに応え牙を見せ唸るアイン、最初の余裕も優雅な立ち振る舞いもない、顔つきは凶暴極まりなく…もう誰かさえ分からない

誰かに成りすまし 誰かの代わりになろうとして 名を隠し名を偽り、結果行き着いたのが誰でもない怪物とは皮肉なものだ

「貴方を倒すのはエリスです!、貴方の目論見を二度も破ったのはエリスです!、人間でも魔女でも師匠でもなく、エリスなんです!だから 次があるならエリスを狙いなさい!、エリスに向かってきなさい!」

『エリス…エリスゥァァァァアアア!!!!!』

「その時は…今度こそ、エリスの力で 貴方を跳ね除けてみせますから」

次は誰かを犠牲にすることなく、次は出来れば仲間も傷つけることなく、…でもきっとエリスは不甲斐ないから またきっとラグナ達の手を借りることになるかもしれない、だがそれでもいい こいつがエリスだけを狙ってくるならもうきっと、バーバラさんのような悲劇は起こらない筈だから!

エリスに怒りを向け その視線にエリスだけを捉えた瞳、その間にあるコア目掛け跳ぶ

一撃で 跡形も残さず消し飛ばさなくてはならない、生半な攻撃ではダメだ

第二段階に至り 魔力覚醒を行い、『ゼナ・デュナミス』を発動させたエリスに出せる最大最高火力の大技、まだ発現させたばかりだから何をどこまで出来るか分からない

けど、…きっと この力はエリスの記憶の強さによって強力になる、だからエリスが今までで一番使った魔術による攻撃が最強の一撃となる

だとするなら 思い返すのは決まっている!追憶する光景は見えている!

「っっーーーーー!!!!」

風を纏い、一旦コアから離れ助走を取る、使うのは一つ!『旋風圏跳』!、その加速による蹴り!それがエリスの一番の技!、だからこのまま奴のコアを蹴り抜く

いや、それだけじゃ不足だ、なんなら乗せるか…全部

「行きますよ…!」

クルリと空中で翻り、エリスの髪と共に煌めく閃光がより一層強く輝く まるで電撃の如く

大加速と共にコアに向けて突っ込む 突き出すは右足、エリスが今まで行った旋風圏跳全てを思い出し具現化させ 生まれる速度はエリス史上最速

そのスピードのまま 乗せる、右足に 全身に…エリスの全てを!

『火雷招』『黒雷招』『鳴雷招』『咲雷招』『天降剛雷一閃』『鳴神天穿』『煌王火雷招』、エリスが得意とする電撃系魔術全てと

『旋風圏跳』『風刻槍』『薙倶太刀陣風』『颶神風刻大槍』、エリスが信頼する旋風系魔術全て

エリスが持つ雷と風、全てを一つにまとめ 今エリスの体は紫電纏わせる一陣の風、数多の魔術を掛け合わせた新たな魔術

他の誰にも真似出来ない、他の誰にも使えない、きっと師匠にだって使えない、エリスが今までの経験と旅の中手に入れた エリスだけの一撃、エリスだけの必殺技

「ぐぅぅぅぁぁぁぁああああ!!!」

圧倒的加速 絶対的電雷にエリス自身の体も悲鳴をあげるが構わず突っ込む、音を超え光を超え 過去を超え未来へ 目の前に立ち塞がる全てを穿ち抜く、必殺の閃光 一条の五十土と化したエリスの蹴りは

『エリスゥッ!貴様は 貴様だけは僕が殺す!絶対に絶対に絶対にーーーー』

抵抗は出来なかった、腕はアマルトにより切り落とされ 体はメルクリウスに固められ、コアの防御はラグナによって砕かれた、もう守るものは何もない 周到に全てを潰されて…今

魔獣王のコアを 頭を


刹那、エリスの雷速の蹴りが 撃ち抜いた

「…名付けて、必殺」

……気がつけばエリスは魔獣王の花弁を背に 大地に立っていた、後を追うようにエリスの背を風が押し、刹那の後に轟音が木霊する…後ろを見る必要はない、もう終わった

終わらせた、この…

「『旋風 雷響一脚』…」

この世でエリスだけにしか使えない、エリスの持ち得る最強の技…エリスが辿り着いた高み、全てを乗せた蹴り これこそが…、エリスの必殺技だ


背後に聳える魔獣王の躰、そのどデカイ頭 中心に開かれた巨大な穴の向こうから差す陽光を背に腕を組む、師匠…エリスはここまで来ましたよ

『ぁ…ぁあ…がぁあ…ああああああぁぁぁあぁあああ…』

絞り出すような声を上げガラガラと崩れていく魔獣王、コアごと額を撃ち抜かれたのだ 最早あの巨大な肉体を維持する力はない、アインは自分で作った巨大な体にエネルギーを吸い尽くされ 枯れるように消えていく

「終わりです、アイン…貴方の目論見は、エリスの 勝ちですから」

『エリス!エリスエリスエリスエリスァァァァァ……ぁぁ…ァ…………』

地上に咲いた魔の巨華は腐り果て朽ち果て 断末魔と共に今風と消える、終わったのだ エリスの、カストリア大陸での戦いは

拳を掲げる、終わらせた…戦いを 全てを!

………………………………………………………………………………

「んぉぉーーー!?!?、ウッッソじゃろ!?アクロマティックの奴 負けおったのか!?!?」

コルスコルピの果てにある名もなき平原にて 未だ激戦を続けるレグルスとアンタレスの肉体を使ったシリウス、魔術と呪術が激しくぶつかり合う戦場の最中 唐突にシリウスが顔を上げ驚きに声を上げる

倒したというのだ エリスは、魔獣王の力を得たアクロマティックを…、やはりな と軽く笑うレグルスは顎を撫でる汗を拭う、肩で息をしながら弟子の健闘を内心讃える

対するシリウスは汗の一つもかかず 学園の方向を見つめる

「おかしい、ワシの目算ではエリス達が総力でかかり万全の状態で挑んでも魔獣王を倒すには三手足りなんだ筈…、ワシが見誤った?いや違うな、よもや…くかか!よもや!覚醒しおったか!この土壇場で!第二段階へ!」

ケタケタ笑うシリウスは宣う、エリスが覚醒したというのだ 第二段階へ、確かにエリスはもういつ覚醒してもおかしくない状態にあったが、恐らく死闘の最中 己を見つめ直し至ったのだろう

本当は平穏な学生生活の中で目覚めて欲しかったが、…エリスめ あいつは良くも悪くも土壇場にならないと力を発揮出来ない癖があるな、ある意味では強みでもあるが それ故に負ける場面も多いと考えると、やはり危ういな

「ほほーん、…魔力覚醒が今の今まで抑えられていた反動で通常以上の力が出たか、第一段階で燻ってた奴には起こり得る事象じゃが よもやその爆発力で一瞬アクロマティックを上回るとは…やはり若者は面白い」

「貴様も全知全能ではないということだシリウス、今を生きる子供達の可能性の深さまで、貴様は見通すことが出来ないんだ」

「然り、ワシは全能ではあるが全知ではない、それ故に欲するのだ 知識を、未だ見知らぬことがあるからこそ このような悪霊みたいな様になりながらも生き長らえておるのだ」

ククク 面白い面白いと笑いながら万象を見通す目でシリウスはエリスの方ばかり眺めている、そんなに面白いか 我が弟子が…

「いいぞエリス!、じゃがちと残念じゃ 素質は良いが師匠がダメじゃ!ワシの弟子になれば直ぐに魔女を超えられる存在になれように!」

「何を…」

「分からぬかレグルス、貴様では弟子を育てきれんと言っておるのだ、指導の仕方がダメすぎる、貴様がエリスを弟子に取ったのは十年前じゃったか?、たわけが…十年あればワシならエリスを魔女級に育てておったわ」

くそっ、なまじ実績があるから言い返せない…、シリウスは私達の師匠として私たち八人を的確に育て上げた

少なくとも 私が今のエリスくらいの歳の時には既に魔女を名乗れるくらいには強かった、それは全てシリウスの指導があまりに適切だったからだ、私も師匠になって理解できた

シリウスは教鞭を握る人間の中で恐らく史上最高とも言える人物だ、やり方はメチャクチャだったが…

「故にレグルス、物は相談じゃが…エリスをワシに譲れ」

「なっ!、何をバカなことを言っている!、そんなこと出来るわけ無いだろう!!」

だが、それとこれとは別だ、シリウスが如何に指導者として優秀でも、エリスを譲れるかといえば別だ、絶対にあの子はこいつには渡さない!

「たわけ、よく聞け 相談…取引じゃ、もしエリスをワシに差し出すなら、引き換えにワシは復活をやめ エリスに指導を与えた後 疾く幽世へと消えよう」

「…は?」

「エリスにワシの全てを与えたらもう世界を破壊する必要も蘇る用事もないしのう、当然ワシが成仏したあとはお前にエリスを返す、悪い話ではなかろう?」

「なに…言って…」

「分からんか?、ワシは一つの目的のため動いている、ただワシにはその目的をこなす為の才能だけがない、故にその過程として全人類が死滅してしまうわけじゃが、エリスならもっとスマートにやれる、誰も死なせず 誰も苦しせまずスマートに目的を達成してくれる、ワシはそれで良い それだけで満足じゃ、用事が終わったらとっとと死ぬよ」

エリスを渡せば シリウスはもうこの世界に復活しない?、…そうなれば 恒久的にこの世を苦しめる悪の権化たる存在が消える、世界を苦しめる物の大半が消える

世界に平和が訪れる…

「ああ当然エリスの肉体を乗っ取ったりせん、ワシの弟子になればその必要もない…魅力的じゃろ?、悪くなかろう?」

「………………」

「どうじゃ?、今ならお前の要求も出来る限り飲もう」

頭が真っ白になる、エリスを渡せば世界は平和になる 私達が多大な犠牲を払って手に入れたこの仮初めの平和が今、真の平和となる

そう考える自分に虫唾が走る、私はそんなことのためにエリスを弟子にしたわけじゃない、だが同時にこれは千載一遇のチャンス、私一人で決めていいことなのか?私一人の感情で断って良いのか

エリスは渡したくない、けれどその結果 復活目前のシリウスが本当に復活すれば、奴は結局どっちでもいいんだ、エリスを手に入れて平和的に収めるのも 自分の手で強引に目的を達成するのも

どちらでも

「エリスはもう第二段階に入ったからのう、第三段階に至るのなんかワシの手にかかればけんけんぱっ!じゃ…エリスを魔女レベルに育てあげるのに一年もいらん、そうなればワシの目的は達成され 世界に平和が訪れる、良いではないかそれで エリスが死ぬわけじゃあるまいし」

なぁ? とシリウスが私の肩に手を置く…手を、…懐かしいな 

まだ私とシリウスが姉妹として仲良くしていた頃を思い出す、この距離感 この方に置かれた手が私に記憶を蘇らせる

「懐かしいな、シリウス…」

「ん?なにがじゃ?」

「貴方はいつも私と話す時対面で話し…色々なことを教えてくれた、そのことは今でも鮮明に覚えている」

「んぉ、なんじゃい急に照れ臭いのうぅ、お前も可愛いところが残っておったか、姉の言うことを聞く可愛い妹の部分が、意外じゃわぁ」

あの頃は可愛かったのう と微笑むシリウスの顔と私の肩に置かれる手を見る、懐かしい 貴方はいつも話す時私の肩に手を置く癖があった、それも覚えているちゃんと

「まだ私の肩に手を置く癖は治っていないんだな」

「ありゃ?、そんな癖あったのかのう?、無自覚じゃったわ」

「そうかそうか、自覚していなかったのか…」

癖だもんな、仕方ないよな と内心笑いながらシリウスの、肩に置かれた手を握る 握り締める、嗚呼 あの時と同じ温もりだ、これは多分 生涯忘れないよ、…だって

「貴方はいつもそうだよな、決まって私の肩に手を置く」

「そんなに置いておったか?」

「ああ、貴方は私と話をする時…自分に都合の悪いことを隠し 私を丸め込もうと嘘をつく時…、決まって 私の肩に手を置いて馴れ馴れしく話す…!」

「…………ほう?」

握り締め へし折る勢いでシリウスの腕を締め上げる、こいつ…

「シリウス、貴様嘘をついているな?今貴様が語った展望に…嘘が混じっている、違うか!」

「…まぁ、大体は本当じゃよ?、…ただ ワシの目的を叶えた後 エリスの命の保証がない、というのを黙っているだけじゃ」

「やはり、貴様!」

シリウスは平気な顔で嘘をつく、私と和解するフリをして 私がエリスを渡した後、命と引き換えに目的を達成させようとしていた、それを黙っていた?騙すのと同じだ!

「ちゃんと返すわい!、まぁ その時エリスは息をしておらんだろうがなぁ」

「外道め、貴様の言葉に少しでも惑わされた己が恥ずかしい!」

「エリス一人の命で世界が救われるなら安いもんじゃろう?」

「私の弟子の命を安く見る貴様に 私の弟子は!エリスは渡せない!」

睨みつける私に答えるように シリウスもまた顔に影を宿しぬるりと笑うと…

「なら力尽くで奪うまでじゃ…」

「やってみろ、地獄に送り返してやる!」

高まり合う 私の魔力とシリウスの魔力、手を握り合うその至近距離で 魔女の魔力が爆裂する、大地は揺れ 天に暗雲が差し 木々がへし折れる、その圧力の中睨み合い火花が飛ぶ

「死に去らせ『呪装・黒呪ノ血鎌』」

シリウスの片手から刹那 血の鎌が現れ私の首目掛け振るわれる、今のシリウスはアンタレスの肉体を使っているせいで 使えるのは呪術だけに限定されている上、実力の三割も出せていない

だが、それでも強い…、伊達に史上最強の存在と呼ばれていない、シリウスは呪術一つ使わせても魔女の技量を上回るのだ

「っー!!」

それを咄嗟にかわす、手を掴んだ状態で無理矢理背を反らせ鎌による斬撃を避ける、アンタレスの弟子アマルトはこの黒呪血装をただの武器として使っていないが

その実 これは一撃必殺の殺しの術になるのだ、シリウスが今しがた振るった鎌、あの刃は触れるだけで数千の呪いが我が身を蝕み、もし貰えば私でさえ一瞬にして死に至る恐ろしいもの

それをシリウスは超至近距離で振り回すのだ、一歩間違えれば私は死ぬ…が、それでもこの手を離すわけにはいかない、この手を離せば シリウスはエリスを捕まえに行く

ここでシリウスを逃せばアンタレスの肉体は戻ってこない、エリスも奪われる…それは避けなければならない!

「滅界寂静 涅槃浄土、この手の先には何も無く 我が手の内にも何も無し、虚を携え空を掴む 『虚空双滅掌』!」

空いた手に虚空魔術を這わせる、触れたもの全てを削り去り消滅させる最悪の魔術、それを用いてシリウスの鎌を 粉々に砕き去る

「ほほーう!、虚空魔術か!懐かしいのう!、ワシが可愛い妹のお前のためだけに作ってやった魔術ではないか!」

「妹に持たせる魔術かこれが!、触れただけで全てを消し去る恐ろしい魔術が!」

「仕方なかろう!存在しない存在たる虚空を存在し無いまま立証するには魔術にするしかなかったんじゃ!、丁度お前にはその才能があったしのう!、使わん手はないわい!」

「私は 貴様の実験動物か!」

「否!、物の試し そのついでじゃ!」

シリウスは更に力を強め呪術を用いる、砕けた血鎌は直ぐに再生し 何度も何度も私に振るわれる 、答えるように私も腕で防ぐ

火花散る 虚空が唸る近接戦、どちらも一撃当たれば即死の連撃、…しかし このままアンタレスの肉体を殺すわけにはいかない、虚空魔術でアンタレスの中のシリウスを消し去る必要があるが…双滅掌では強力過ぎてアンタレスの肉体まで消してしまう

それを見越してシリウスは攻めてきているのだ、どうせ何も出来ないと、むしろやれるもんならやってみろ

お前の友を ワシごと…と

「くっ…」

「やはり甘くなったな レグルス、昔のお前ならば涙を飲んででもワシを殺す方を選んだというに、貴様は 甘ったれたわ 失敗作がぁっ!!」

「なぁっ!?」

シリウスの鎌が私ではなく別の物に向かって振るわれる、今の今まで自分だけが狙われているとばかり思っていたが故に阻止出来なかった その行動を…

「呪術…『影刺し呪嘆魂縛り』、呪術は発動条件さえ先に満たしておけば詠唱はいらぬ、我ながら良い術を使ったものよ、八千年前のワシにいい子いい子してあげたいわ」

「っ……!!」

鎌が 地面に…私の影に突き刺さる、ただそれだけで私の体が動かなくなる

影とは体に連動して動く物、それを逆手に取り 影を縛り体を縛る金縛りの呪い、それが込められた刃で影を突き刺されているせいで、動けない 指先一つ動かせない

「………………」

この私が声一つあげられない程に強力に封じられる、魔女の扱う呪い シリウスの使う呪術、それがあまりにも強すぎる…、私がどれだけ力を込めても 体は石のように動かず反応しない、私の掴む手からシリウスの手がするりと抜けても 抵抗出来ない

やられた……!

「相変わらず目の前のことしか見えんのうレグルス、ワシは別にお前を倒す必要などないのだ、このままアンタレスの体を持ち逃げしエリスを連れ拐えばそれでオッケーじゃよ」

「………………」

「おお、答えられないんじゃったなぁ?、まぁそこで見とれ…誰かが見つけてその影の刃を抜いてくれればまた動けるじゃろうて、それがいつになるかは分からんがなぁ?」

「………………!!」

悔しさに視界が歪むほどに、体が動けば拳で地面を叩いていただろうほどに、己の馬鹿さ加減に嫌気がさす、この女の悪辣さにいいようにやられ続けて…あまりに悔しい
なんとかしたいが、この呪いの強さはよく知っている、一人では絶対に解けない いくら私の力を持ってしても 解呪は不可能

誰かがここを通りがかって影に刺さった鎌を抜いてくれることを祈るしかないが、コルスコルピの果てにあるここに一体誰が通りかかる、…おそらくシリウスはそれを見越して私をここに誘導していたんだ!

最初からこうするつもりで

「ぬぁーーーーははははははは、ワシに勝とうなんざ百年…は短過ぎるか、千年?五千年くらい速いわぅあー!はははははは!!!、ほれほれ!動けんじゃろ!レグルスバーカ!」

「…………!!!!」

「ふぃー、さて 遊んだし…終わらせるか、序でにあの忌々しい学園も消し飛ばしておくかのう」

私の頬を一頻り抓り終わった後、冷めるように息を吐き その場を立ち去ろうとしたシリウス、しかし…その足が一歩 出るか 出ないかくらいのタイミングでふと

「あ、やべ」

口走る、そんな言葉を一つ残しシリウスは飛んでいく…学園の方にじゃない、真横にぶっ飛ばされるように、シリウスは自分の力で飛んだのではない

蹴り飛ばされたのだ、突如飛来した 影によって

「あんなのにいいようにやられやがって、恥ずかしくねぇのか…よっと」

私が期待した偶然通りかかった人間は 唐突に現れ、特に状況を説明するまでも無く私の影に刺さった鎌を引き抜きへし折り捨てる

影に刺さった刃から解き放たれ、ようやく私の体は動き始めて…た 助かった!

「ぷはっ、すまん…アルク 助かった」

「どうってことねぇよ、ただお前とアンタレスがやりあってんのが見えたからな、加勢してやろうと飛んできて良かったぜ」

アルクトゥルスだ、突如として空の彼方から飛んできてその勢いのままアンタレスを蹴り抜いたのだ、お陰で助かっ…

「っておい!、お前あれアンタレスだぞ!本気で蹴るやつがあるか!!」

「いいだろ別に、アンタレスなら」

良くないわ!何言ってんだお前!

「それに、あれの中にいるの シリウスなんだろ?」

「っ…ああ」

「ならアンタレスも言うはずだぜ、私に構わずシリウスを殺せってな」

言うかな…あいつそんな事、言わない気がする、せめて最低限の努力をしてくださいとか言う気がする

「ぬぅー!!相変わらず無茶苦茶な奴じゃのう!アルクトゥルス!!」

「よーう、シリウス 久し振りだな、まだ生き汚くこの世にへばりついてるってのは本当だったんだな」

「生き方に綺麗も汚いもないわ、生きるとはただそれ以上でも以下でもないからのう…、あーイテテ 本気で蹴ったなもう」

アルクトゥルスに蹴り飛ばされたシリウスは赤く晴れ上がった頬を撫でながら痛い痛いと涙を流す、が…蹴ったのはアルクトゥルスだぞ?

世界最強の近接戦能力を持つ奴に蹴り飛ばされて…痛いで済むか普通、アンタレスもあんなに頑丈ではなかった、やはりシリウスの侵食が進んでいるのか…

「丁度いい、アルク 手を貸せ」

「いいぜ?、そのつもりで来たしな…、それにシリウスの野郎をもう一回殴れるとか夢みたいだぜ!、こちとら不完全燃焼で八千年生きてきたんだからよ!」

「暑苦しいのう…全く」

目の前で構える二人の魔女を前にシリウスはやはり冷めた態度で立ち上がり、怠そうに首をポキポキ鳴らす

(さぁて、レグルスとアルクトゥルスのコンビが相手か…こりゃ勝つのは厳しいのう、ワシ本来の体でも苦戦は必至のガチコンビじゃもんなぁ、アンタレスの体では勝ち目はゼロか)

シリウスは考える、レグルスとアルクトゥルス 単体同士ならまだなんとかなるが、こいつらは二人で組むとべらぼうに強い、普段全然仲良くないくせにコンビネーションは随一だ、それはシリウスの弟子であった頃から変わらない

それを相手に戦って、ふむ まず普通に勝つのは無理 逃げるのも無理、口八丁手八丁で騙眩かすのもこいつら二人には通じんし、お?詰んでね?これ

(今回はここまでか、仕方なし まだ種も機会もあるし 今回はここまでにして、最後に軽く暴れておくかのう)

諦めた、今回は千載一遇のチャンスじゃったが 何もここで決められなくても後がある、今回の成果はワシが復活した時の世界の動きの観測とエリスの覚醒か、あの様子じゃワシの贈り物は受け取らなかったようじゃが 覚醒したなら別にそれでいい

「くはははははは!丁度良いわ!貴様ら二人をここで屠れば後は消化試合!、ならここで軽く 滅ぼしておくかのう!」

芝居を打つ、本気で二人を殺そうとしている風を装って、まぁ本音半分じゃが どうせ無理じゃしな、長生きの秘訣は諦めの良さじゃよ

「行くぜ!レグルス!」

「ああ、アルク!」

アルクトゥルスが前 レグルスが後ろ、まるでそれが最初から決まっていたかのように打ち合わせなく構える、二人が一緒に戦うときはいつもそうだ レグルスとアルクトゥルスは常に付かず離れずの距離を保ちながら互いを援護し合う

「ええのう、んじゃ本気出すかの…労苦 際限なく、不法 限りなく、流血 止めどなく、天を覆う暗天は我が手 地を濡らす絨毯は我が血潮、世に生きるべき命無し 世に死すべき命無し、在るが儘に成し 成すがままにあるこの世は我が躯体、今夜帳を降ろし 悪夢の幕を抉じ開ける『呪界 八十禍津日神血膿』」

両手の指を互いの掌に突き刺し、止め処なく血を流す…流れる血は瞬く間に大地を黒く染め 天さえも真っ赤に染め上げ、世界はシリウスの呪いによって彩られる

ズブズブと腐るように漆黒の大地は沼となり 真っ赤な空は悲鳴をあげて割れ始める、シリウスは呪ったのだ、凡そ数千にも及ぶ呪いを詰め込んだ血を世界に飲ませ…世界そのものを呪った

シリウスによって生み出された膿の如き血潮は世界を汚し、汚れた世界はシリウスの思うがままに動く、シリウスが持ち得る呪術…その中でも一際特大な呪術だ、こんなホイホイ使っていい代物では断じてない

「懐かしいのう…この呪術はこう使うんじゃったか?」

腐った地面に腕を突っ込むと共に現れるのは骨だ、漆黒の血に染まった無数の骨がワラワラと棘のように浮かび上がりシリウスの意のままに周囲を飛び交う

「アルク!あれに当たるなよ!、あれ一つ一つがバカみたいに巨大な呪いを絞ったような魔力の濃さだ」

「わーってるよ、テメェも援護しろよ!」

「私を誰だと思ってる、精々無茶苦茶に動け!完璧に合わせる!」

「あい…よっと!」

踏み込む 地面が隆起し、飛び込む 空気が爆裂し、黒骨が檻のように格子のようにアルクトゥルスに向かって凄まじい速度で飛んでいく、あの骨一つ一つが魔女でさえ呪い殺す呪殺の秘奥に類する一撃、回復役のスピカがいないこの場においては 貰えば即終わりを意味する

だがアルクトゥルスは恐れず立ち向かう、死ぬのが怖くないのか?違う…私を信じているからだ

「すぅ…、ーーーーーーッッッ!!!」

口を動かす、私に出来る最高速で回し 長ったらしい詠唱を音速で連射する、放つは火弾…基本的な魔術だが、私が使えばそれは天災となる

背後から降り注ぐ火弾、それはまさしく流星群 天より落ちる火の弾丸は次々と腐った大地を焼き滅ぼし、アルクトゥルスに迫る骨刃すら砕いていく

「随分弱っちいな、シリウス」

「吐かせアルクトゥルス、ワシと対等になれたと精々勘違いしておれ」

守るもののなくなったシリウスにアルクトゥルスが迫る、アルクの拳が届く距離に シリウスが入った…しかし

「閉じよ呪界」

シリウスが両手をピタリとつけて手を閉じる、ただそれだけで呪われた空は汚された大地は集約するように一点を目指して集まり始める、まるで全てを飲み込む黒の穴 それがアルクトゥルスの目の前に作られる…、違う 集めているのだ 周囲に放った呪術を

全ては炸裂させるために、受ければ魔女でさえ死ぬ呪いがもし弾ければ…私達だけと言わず世界の半分は死に絶える

なんとかするには、…アルク わかってるよな?

「分かってるさ、シリウス 悪いな…殴るのはまた今度だ」

「何…?、まさか 囮かッ!!」

シリウスの顔色が変わる頃にはアルクトゥルスは既に遥か後方へと飛び退いていた、アルクトゥルスはただ接近しただけだ、ただ近づくためだけに近づいた 攻撃のためじゃない

そりゃあ近接最強の魔女が猛烈に突っ込んでくれば奴だってそちらに注視せざるを得ない、奴は完全にアルクトゥルスを主体に戦おうとしていた、故に私から目が離れていた

それを読まれているとも知らずにな

「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色、この世は在るようにして無く 無いようにしてまた在る、無とは即ち我であり 我とは即ち全であり 全とは即ち万象を意味し万象とはまた無空へ還る、有は無へ転じ 万の力は未生無の中ただ消え去る」

「ぬぅ!、こりゃまずいわい…!」

黒の呪いを集めるシリウスに対し 私は白の虚空を手の中に作り出す、あらゆる魔術 あらゆる力を無力化し消し去る魔術、シリウスもこれを見てやや顔色を変える…あれは結構真面目な顔だ

普通にこれを撃てば奴はのらりくらりと逃げるだろう、だが アルクトゥルスを警戒し大技を用意するその瞬間だけは 奴もその場に釘付けになる、今ならば避けられない 躱せない 逃げられない

…終わりだシリウス、我が友の体 返してもらうぞ

「ぬぅー!口惜しい!一人くらいこちらに連れて行きたかったが!こうなってはやむなしよ!」

そうかい、だがな そちらには誰も向かわせない、死ぬならお前一人で死ね…シリウス!

「『天元無象之理』…」

幕を閉じるように 私も静かに手を閉じる、我が手の中に集うた虚空はシャボンのように弾け…、周囲の全ての魔術を消し去っていく、当然 同化魔術でアンタレスを操っているシリウスもまた、同じく消え去る定めにある

「安心しろレグルス!ワシはこれでは終わらん!、また目見えよう!その時 また決着をつけよう!、その時まで大人しく待っておれよ!、ふははははははは!!」

シリウスは観念したのか手の中の呪いを消し去り 両手を広げ虚空を受け入れる、あらゆる力は消え あらゆる呪縛は消え、…全ては一度無に帰り 全ては今一度解放される







白の光が収まる頃には、既に周囲を包んでいた呪いも消え去り 再び緑溢れる長閑な平野が風に揺れる

そんな平原のど真ん中で大の字に倒れる人間が一人いる、アンタレスだ…私の虚空魔術を受け、体内の魔力ごと全て一旦消されたせいで 立つこともできずにダラーンと倒れている、死んではないと思うが…

「おーい、アンタレス 生きてっか?」

倒れ伏すアンタレスに歩み寄りちょいちょいと足で突くアルクトゥルス、…ふむ 息はある ということは…、うん良かった死んではいないようだな

「…………私今まで何してたんですか?というか何がどうなって私地面に倒れてアルクトゥルスさぁんに見下ろされてるんですか?」

「なぁに、寝惚けてただけさ」

「何格好をつけているアルクトゥルス、こういうことはきちんと共有したほうがいい…アンタレス、お前は今し方 シリウスに完全に乗っ取られていたんだ」

そう私が声をかければ、アンタレスも糸に引かれたようにむくりと起き上がり、何やら青い顔をしている…

「マジですか?」

「ああ、自覚はないのか?」

「ありません…はぁまんまとあいつの掌の上で踊らされ利用されていたと…腹立つ」

そういうなり再びアンタレスは横になり…っておい!

「ふて寝するやつがあるか!、お前には聞きたいことが山とある!」

「それ今じゃなきゃダメですか?私今自己嫌悪に忙しいんですけど」

「後にしろ!、…ええと まず何から聞いたものか、聞きたいことが多過ぎて何から聞いていいかわからんぞ」

アンタレスは多くのことを知っていた、シリウスの裏の活動…それを察知しながらアンタレスは動かなかった、動けなかった その理由や知っていること、洗いざらい吐いてもらいたいが…、戦いの興奮冷めやらぬこの状況では何から聞いていいかさっぱりだ

「じゃあよ、取り敢えずエリス達と合流しねぇ?、あっちもあっちで大変そうだしさ」

それだ!ナイス提案だアルクトゥルス!、そうだ エリスの方も大変なんだった!、魔獣王となったアクロマティックを倒したとはいえ まだ向こうは渦中にある!

「よし、では取り敢えずアンタレスを連れて戻るぞ」

「えー置いていってくださいー私に構わず先に行ってー」

「駄々をこねるな!」

「へへへ、オレ様もついでにラグナの顔見てこーっと」

「お前は仕事をしろ!」

「無職に言われたかねぇよ!!」

液体のようにダレるアンタレスを小脇に抱え 取り敢えずヴィスペルティリオに戻る、アンタレスの暴走は収めた エリス達の側ももう終わっている頃だろう
…戦いは終わり、後にあるのは平和だけ…、取り敢えず 今はそう願いたいな

そうして戦いを終えた私たちは、無事アンタレスを連れて ヴィスペルティリオへと凱旋する…

「レグルスさぁん」

「ん?、なんだ?」

「…………助けてくれてありがとうございます…」

「……フッ」

こいつは、素直なんだかそうじゃないんだか、礼など言われずともいいんだ、だって

「私達は友人だろ?、助けるのは当たり前だ」

「……そうでした、そう でしたね」

アンタレスは私の腕の中で小さく微笑む、嗚呼…助けられて良かった
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