孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

145.孤独の魔女と懐かしき街

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ディオスクロア大学園 夏の長期休暇、学園の一年の中で最も長い休暇期間を利用して魔女様達はその弟子達を祖国へ一時的に連れ帰る事にした、みんなもやはり祖国が恋しいみたいだしね 

ただ…エリスは故郷には帰らない、故郷のアジメク ムルク村に帰るのはこの修行の旅が終わってからなので このみんなの帰郷には付き合えない…、と思っていたらラグナの計らいによりエリスはラグナ達と一緒にアルクカースへ一ヶ月遊びに行くことになりました

帰郷と言うよりは来た道を引き返すような形ですがそれもいいでしょう、折角の機会だ この木を逃せば次アルクカースに立ち寄るのはいつになるのか分からないからね、せめてアルクカースでお世話になった皆さんへ久しぶりの挨拶をと思い エリスはこうしてアルクカースに参った訳なのです

そしてエリスは今 アルクカースに来てより一夜が明け 最初の朝を迎えたところです、パチリと目を開ければ昨日エリスが取った安宿の天井が見える、一応フリードリスで寝泊まりすると言う案もあったが 今はちょっと『そう言う噂』が流れておりますので控えさせてもらい こうして安宿で寝泊まりすることにしたのだ

「メルクさんの屋敷で寝るのになれていたから新鮮と見るべきか、いつもの宿生活に戻ったと懐かしむべきか…」

なんで笑いながら固まった肩をほぐしながら起きる、こう言う硬いベッドで寝るのにはなれてるはずなんですが、やはり屋敷のぬくぬくベットになれているせいかな ちょっと体が痛い

そう、一時的だがエリスは以前の旅人生活に戻った、屋敷での生活は名残惜しいが やはりエリスにはこちらの方が性に合ってるのかもしれない、それに…

「やはり この顔を見ると落ち着きますね」

「ん…んん」

エリスの隣で眠る影に目を向ける、レグルス師匠だ エリスと一緒にアルクカースについてきてくれた師匠とエリスは一緒に寝ている、いや 学園に入学する前はいつもこうやって寝ていたわけだが

やっぱ師匠が隣にいると落ち着くなぁ…っと

「いつまでも落ち着いていられませんね」

宿のキッチンを借りて朝食を作りに行こうか、なんか この感じも懐かしいな

なんて思いながらエリスは師匠を起こさないようにこっそりベットを抜け出て昨日買い込んでおいた食材片手にキッチンへ向かう、さて 今日は何をしようか

………………………………………………………………

その後 軽い朝食を作り 師匠と共にテーブルを囲み食べる、今日は朝からお肉だ アルクカースで簡単に食材を集めようと思うと肉とパンくらいしか手に入らないから仕方ないとはいえ 朝から肉は師匠に怒られるかな と思っていたら…

「…うん、やはり 久しぶりに食べるエリスの朝食は美味しいな」

エリスの作ったご飯を一口食べると 師匠の口角が若干上へ緩む、どうやら美味しいようだ

しかしそういえば師匠にご飯を作るのは本当に久しぶりだ、学園に入学してからは一度も振舞っていなかった

「口にあったようなら 幸いです」

「ああ、それに 見ない間に料理の腕も増したようだ 以前より美味く感じる」

「そう…でしょうか、自覚はあまりありませんね」

「そうか?、ラグナ達は毎日これが食べられると思うと嫉妬してしまうぞ」

そりゃ大袈裟ですよ、でもこうもべた褒めされると照れてしまう うへへ…

「そういえば師匠、この一年何を食べていたんですか?ご自分で料理を?」

「いや、食べてない…偶に酒場で何か摘むくらいだ」

「食べてないんですか!?」

「私は食事や睡眠を取らずとも良い術を持っているからな、別に食べる必要はない、私に取って食事は娯楽と変わらん」

いやそれは知ってますけど、でもそんな不健康極まる生活をしているなんて やっぱり心配ですよエリスは…、ううん 偶に師匠にご飯を作りに行きたい、けど師匠は学園にいる間はエリスと距離を置きたがっている

だって一年もあの街で生活しているのに師匠と出会ったことが一度もない、口振り的に師匠のあの街に住んでるようだけど…、どこに住んでるんだろう 気になるが教えてはくれないだろうな

「…師匠は今日、修行をつけてくれますか?」

なんだかいたたまれなくなって話題を変える、というか本題に移る 折角師匠と一緒にいるんだし 修行をつけてもらいたいが

「魔響櫃は開けられたか?」

「うっ…」

開けられていない、師匠は学園で生活すれば魔響櫃を開けるための手がかりが得られるといったが、さっぱりなのだ 
魔響櫃を開けて 第二段階に至らねば修行をしても意味ないらしい、櫃を開けられていない今は現状維持しか出来ていない

「開けられていないなら 修行をつける意味がない、これも良い機会だ じっくり休め、お前は5歳からずっと私の修行を受ける毎日だったのだ、修行は毎日心がけるものだが依存してはいけない、今は修行と距離を開けなさい」

「でも…」

「でもじゃない、修行と距離を置くのも修行と思え」

うう、でもそれで強くなるならいいが、強くなれそうもない…このまま強くなれなければエリスはラグナに置いていかれてしまう、それは嫌だ…なんとか強くなりたいけど 焦れば焦るほど全てが徒労に終わる、とてももどかしい

修行をしない修行か…今までの修行で一番辛いな、第2段階に至るというのは生半可ではないな



それから、エリスとレグルス師匠は朝食を食べて終えてから やる事もなくぶらつくことになった、いつもならご飯の後は修行修行で気がついたら午後だから、ちょっと新鮮な心地だ 

まぁ折角アルクカースに戻ってきたんだし、懐かしむ意味合いも込めて色々なところに行ってみるのもいいだろう、とはいえ馬車はまだコルスコルピにあるし 街の外には出られないんだけどね

「相変わらず暑苦しい国だな」

「色んなところを旅したからこそ分かりますけど、やっぱりこの国だけ異色ですよね」

そう談話しながらエリスと師匠はビスマルシアの街を歩く、頭の上にはギラギラ照りつく太陽、アルクカースはどういう原理なのか 一年中この気温が続く、下がりもしないが上がりもしない ずっとこれだ

最初ここにきたばかりの時は『世界には色んな国があるんだなぁ』と思っていたが、改めてここに戻って来て思う ここは異常だ、異常な国だ

国民全員の戦闘能力の高さと理解不能な気候、異常なまでに高い気温と他の国では考えられないほど強い魔獣の数々、多くの旅を経験したエリスなら今はこう言える

ここ 旅の一番最初に連れてくるところじゃないぞ…、まぁ一番最初にここを経験したおかげでエリスは後の国でもある程度戦えたわけだけどさ

(でももしエリス達の世界一周の旅の始まりがここでなく オライオンだったら と考えてしまいますね)

エリス達はアルクカース側からグルリと二つの大陸を巡りオライオンを終着点とすることとなったが、何か掛け違えて 今の終着点である教国オライオン側から旅に出ていたら…そんなもしもの世界を考えてしまう

オライオン側から旅に出ていれば その時の終着点はここアルクカースになる、とするとラグナと知り合うのは旅の最後の言うことになるな、そのルートだとエリスの交友関係もガラリと変わっていただろう

ラグナとは知り合わずオライオンにいる夢見の魔女の弟子ネレイドさんと案外親友みたいな関係になっていて…、うーん 上手く想像出来ないが一つわかることがあるとするなら

人生の選択とは、一つ変わるだけで その後の人生までも大きく変わるんだなぁ…なんて思ったりして

「エリス?何を考えているんだ?」

「え?、ああ…もしもエリス達の旅のスタートがアルクカースではなくオライオンだったら と考えていました」

「なるほど、我々の旅路は世界を一周グルリと回る旅 なれば始点と終点が入れ替わっていた可能性もあるのか、確かにアジメクの港からオライオンに直行できるし そういうルート選択もあったかもな」

「はい、そしてそちらのルートを選んでいたらどうなっていたのかな と」

「どうだろうな、あり得なかった世界は魔女でさえ観測は出来ん、だがアルクトゥルスが暴走を始めていた以上 十中八九アルクカース側に向かっていたがな、スピカから要請があったわけだし」

そっか、アルクトゥルス様が暴走してるならどの道急いでアルクカースに向かわなきゃいけなかったわけだし、旅の始まりは確実にアルクカースだったのか

いやまぁ所詮もしもの話だから別にいいんだが…

「そうだエリス 最近の学業の方はどうだ?ちゃんと学べているか?」

「そりゃ勿論師匠の教育のおかげで優秀な成績を…」

刹那、師匠の目が険しくなる エリスの話を受けてではないことを即座にエリスも理解し 咄嗟に後ろに飛び退く、何かが飛んできた この平和な街でエリス達に向けて何かが、いやそもそもこの国そのものが平和じゃなかったわ 

「ぐへぇぇぇっ!?」

咄嗟に飛び退いた瞬間 先ほどまでエリスが立っていた場所に向けて飛んでくるのは矢でも砲弾でもなく、脇の酒場の壁を突き破りぶっ飛んできたオヤジだった、一瞬 何が飛んできたか分からないほどに顔はボコボコに晴れ上がり 前歯はバキバキだ、可哀想な事にまだ意識がある、気絶していたなら楽だったろうに

「ぐ…ぐぞ、な なんづーぐにだ…、一ツ字の俺が…場末の酒場で…」

「ぎゃーはははは!見たかよアイツの情けねぇ姿!」

「余所モンがデカイ顔するからだよ!ザマァねぇな!」

「冒険者ってのはみんなあんなモンなのかよ、大工の俺でも慣れそうだぁ!」

すると開いた酒場の穴からぞろぞろ屈強な男達が現れる、どうやらボコボコにされているのは余所の国から来た冒険者なのだろう

この哀れな男も字持ちということは他国では大きな顔を出来たんだろうが、それと同じ調子でこの国で大層な口の利き方をしたんだろうな…だがこの国の人間はそこらの字持ち冒険者より強い、戦闘職で無くともこの強さだ 侮ってはいけない、戦闘民族アルクカース人を

少しやり過ぎな気もするが咎める人間はいない、この国では殴られる方が悪いのだ、だからみんな先に拳を出すし 出された拳には拳で答える、結果として口論より先に乱闘になるんだ

「相変わらずだな国は、下品極まる」

「ははは、まぁその国ごとの特性がありますから そこを否定してはいけませんよ師匠」

ここはこう言う国なんだ、それはもう分かり切ってる 今更驚く事なんかない、どうせここで止めに入っても無駄なんだここは、寧ろ止めたら他の街人も呼応して暴れかねない

アルクカース人は倒れた人間を踏みつけるようなことはしない、冒険者の彼には悪いが ここは放っておこう

と…エリスがため息混じりにその場を離れようとした瞬間

「そこ!なんの騒ぎだ!」

ピピー!と警笛が鳴る 鳴り響く、それと共に黒い服を着た二、三人の人間が剣を携え現れて……なんだあれ、あんなの前居たか?

「やべ!憲兵だ!」

憲兵?あれ憲兵か…いたんだ憲兵この国に、いや 確か昔アルクカースに来た時ハロルドさんから話にだけは聞いたな、ついぞどう言う組織かは聞かなかったが…

まぁどこの国でも憲兵とは役目は変わらない、多分喧嘩を収めに来たんだろう、これで一安心ですね…、そう一息ついている間に瞬く間に憲兵達は現場に着き

「…ふむ…」

殴られ血みどろの冒険者を見下ろす 恐らく憲兵達のリーダーと思わしき女性が呆れたように周囲を改めて見回す、…ん? あの女性の顔 見覚えが…

「異常なし」

「大ありでは?」

「仕事終わり」

「これからでは?」

「お、ちょうどいいところに酒場発見!」

「飲みに来ただけでしょ!ホリンさん!」

「あれ?バレた?」

テヘペロ と茶目っ気溢れる仕草で笑う憲兵…否、この国の第二王女 ホリン・アルクカースその人だ、それが憲兵の制服を着ながら適当な事を宣っているのだ、と言うかなにやってるんだこの人

「ってかあんたなんで私のこと知ってんの?」

「またそれですか…」

「え?、ってあれ!レグルス様じゃーん!久しぶりー!」

ホリンさんもどうやら成長したエリスに気がついていないのかエリスを無視してレグルス師匠の方にハイタッチをしに行く、そんなハイタッチを無視して師匠もため息をつき

「気がついていないのか?」

「え?何に?私が聡明な美女である事に?…え?まさかとは思ったけど私 美しすぎ…?」

「馬鹿だろう、エリスにだ」

「エリスちゃん?…そんなのどこに…」

「ここですよホリンさん!」

「…マジか!あんたエリスちゃん!?デカくなったじゃん!、背もデカくなって乳もデカくなって!将来は乳牛か!?はっはー!」

「痛いです!胸叩かないでください!」

笑いながらスパーン!と胸を叩くホリンさん、ようやく気がついたかこの人 と言うか相変わらずノリが凄まじい…ってか酒臭!?まさかもう飲んでるのか!?、宣言通り酒を浴びるように飲んでるのか

「ホリンさん…貴方 なんでこんなところでこんな事を…」

「待った、積もる話もあるけどさ とりあえず座りながら話そうや、私としてもエリスちゃんの話はしっかり聞きいておきたいしさ、世界各地を巡ったエリスちゃんの話をね」

と言いながら親指でクッ!と指差す先は 穴の開いた酒場で…って

「お酒飲みたいだけでは?」

「あれ?バレた?」

テヘペロんちょ!と舌を出すホリンさん…この人は、全然変わらないな……

…………………………………………………………

「店主ぅぁ!なんだこの小せぇコップは!樽でもってこい樽!」

「ホリンさん それ樽です」

それからエリスとレグルス師匠はホリンさんに連れられ 空いた穴から酒場に入り込み そのまま椅子に座りこうして話し合いの場を設ける結果になったのだが、相変わらずめちゃくちゃな人だ

「あ、そっか 私最近酒飲みすぎてちょっとおかしくなってるな、感覚が」

「前からでは…」

「なぜ私までこんな事をしているのだ」

エリスの前にはお水が レグルス師匠の前にはジョッキ一杯のお酒 そしてホリンさんは樽を持ち上げそのままグイグイお酒を飲んでる、まるで浴びるようだ…この人がお酒を飲むところを見るのは初めてだが、ここまで酒豪とは

「ぅぐぇ~い、酒うめぇ…」

「あの、ホリンさん それよりお話を…」

「ん?、ああ私がなんで憲兵やってるかって話?、そんなに難しい話じゃねえけど肴ついでに聞かせてあげよう」

というとホリンさんは酒をぐいっと飲むと、一つ一つ 思いつく話から始めていく

曰く、何時迄も職につかず呑んだくれている事を咎められ仕方なくラグナのコネで憲兵主任に就職した事、コネでの就職だが彼女自身の強さと人気に陰りはない為大いに歓迎されていると自称している、本当のところはわからない

そして話は最近の話 近況へと移る、ラグナが他国への無用な戦争を禁じたおかげでアルクカース周辺諸国も徐々に安定してきているとのこと、何よりアルクカース自体の国力が今までにないほどに増加し今帝国に目をつけられているらしいと

ラクレスさんが釈放され ラグナの部下になったことについても話してくれた、最初はまた何か企むんじゃと思っていたが 燃え尽きたかのように彼は弟に対して従順な姿勢を示しており今のところ何かする気配はないとのこと、まぁ ベオセルクさんとアルクトゥルスさんの目を盗んで何かできるとも思えないしね

あとはなんだろうか、ベオセルクさんに子供が生まれたことを聞かされたもう知ってるし、ああ ホリンさんは子供を抱かせてもらえなかったらしい 、残念ながら当然だろう 昼間から酒の匂いさせてる人に子供を抱かせる親がどこにいる

「えぇ~!?じゃあお酒やめたら私もリオス君やクレーちゃん抱かせてもらえるの?」

「さぁ…そこは日頃の行いかと」

「ちぇー、あんな可愛いのに 見張ってる親が怖すぎでしょ、私ゃ叔母としてあの双子の将来が心配だよ」

「親とは子にとって重要であるが全てではない、親がなくとも子は育つし 親が望もうが子はこの思う通りにしか生きないものだ、周りが気を揉んだって その子はその子のまま大人になるしかない、大人にできるのはそれを受け入れることだけだ」

そう 師匠はエリスを見ながら呟くように言うのだ、それか。どう言う意味かは分からない きっと、エリスが誰かに育てられる側にいる限り理解することは出来ないんだろうな

「そんなもんかねぇ」

「そんなもんだ、それで?あれからアルクカースは…まぁ比較的平和になっていると言う認識でいいんだな」

比較とは今でのと言う意味だ、他の国と比較したら十分平和じゃない…けどまぁ今までに比べたらとても平和な気がする、少し前までは過剰に起こりすぎる戦乱の所為で国内が疲弊していたからね…

戦うのが好きなのは構わないが、それで国が崩れちゃ意味がないし

「うーん、平和かって聞かれるとちょい怪しいな」

するとホリンさんは腕を組んだまま首を傾げる、平和ではない と否定するように

「何か…あったんですか?」

「うん、ちょうどラグナがこの国を離れた頃 今から一年前くらいに妙な事が起こり始めてね」

妙な事…か、この争乱の国で妙ってんだから相当妙なんだろうな、…なんか臭うな

「宗覇会って聞いたことある?」

「いえ微塵も」

「まぁ所謂武門だね、武術を教える一派が最近急激に力をつけ始めているんだよ、宗覇見形拳つー武術さ」

武術が流行ってるのか?、…いや普通では?アルクカースでは戦う力を得ると言う意味合いで武術を修める者が他国の人間よりも多いと言うかほぼ全員だ、だからこそこの国は武術剣術戦術が他の国より秀でていると言える

それが流行ったとしても普通のことだ

「なんか変なんですか?」

「きな臭い、どんなもんか私が見物に行ったら追い出された 門前払いだよこの私が!腹立つわー」

それ私怨では…

「まぁ冗談は置いといて、その武門が力をつけている領域が反国王派 所謂ラグナを敵視している領域の話なんだよね」

「ラグナって敵視されてるんですか?みんなから好かれてるもんとばかり」

「そりゃされるよ 誰にも嫌われない王はいないよ、特に 戦争がしたくてしたくてたまらない奴とかはラグナを嫌ってるかな」

そう言うとホリンさんは懇切丁寧に説明してくれた、ラグナ国王就任は多くの国民から歓迎されはしたものの 受け入れられない層は一定数いる、それがデルセクトとの戦争を渇望していた層だ

まぁそいつらもアルクトゥルス様の弟子でもあるラグナには逆らえず 大体がラグナへの恭順の道を選んだのだが 未だに諦めていない奴らが少数だがいる、そいつら的には今からでもラクレスさんに国王になってもらいたいらしく裏でまぁいろいろ動いているようだ

で、そこで急に なんかよく分からん 武術マニアのホリンさんも知らない武術が流行り始めた…か、確かに怪しいな 何かが蠢いているようにも見える

「まさか そいつら武術で力をつけてデルセクトと戦争するつもりでしょうか」

「無理でしょ、昔はともかく今はアルクカースの国王のラグナと向こうの同盟首長のメルクリウスが仲良しだからね、絶対に戦争は起こらない」

そりゃそうだな、昔はともかく今はアジメクのデティ アルクカースのラグナ デルセクトのメルクさんはみんな仲良しだ、あの人達が戦争するとは思えない、というかエリスがさせない

「ま、その辺はちょうどラグナが帰ってきたし ラグナがなんとかするでしょ」

「そんな丸投げしていいんですか?」

「いいの、ここはあいつの国なんだから 私にそれを決める権利はない」

そう言いながら再び酒樽を持ち上げぐびぐびとお酒を飲み干していく、呑気なようだけど この人なりに考えてるのかな、まぁラグナがいるなら 彼に任せておけばいいか

この国はラグナの国だ、その宗覇会とやら潰すにせよ 受け入れるにせよ、彼の裁量次第だ

そう結論づけてエリスもまたジョッキを持ち上げ中身を飲み干す、水だけどね 水…はぁ~水うまぁ~

あ、そういえば…ホリンさんに行っておかなくちゃいけない事がありました

「そういえばホリンさん!」

「ん?何?」

「何じゃありませんよ!、エリスとラグナが結婚するなんてデマ広めたでしょ!」

「ん?…んー…ああ、言ったかも ラグナ今結婚の予定はあるのか~なんて聞かれたからさ、そん時ついエリスちゃんの名前出しちゃった」

「だ 出しちゃったって…」

「いやぁそいつ、ラグナに猛アタック繰り返してる他所の国の貴族の令嬢でさ、ラグナもあんまりにもしつこいもんだから辟易してて、なんとか追い払えないかと思ってたから エリスちゃんの名前は都合が良かったんだよね」

たははー と笑うがこちらは笑い事ではない、いやまぁそういう理由なら仕方ない…のか?、なんかその令嬢のヘイトがラグナからエリスに向いただけのような気もするが、まぁいい ラグナの為になるならエリスはいくらでも恨まれようじゃないか

どの道旅の身、そいつに恨まれたってそいつの手はエリスには届かないし

「でもさぁなんでそんな怒ってるの?」

「お 怒りますよそりゃ!デタラメが国中に氾濫してるんですから!」

「エリスちゃんは嫌?ラグナと結婚なんて言われるの」

嫌かどうか と聞かれると、そんなことはない と答えてしまいそうになる、エリスはラグナの事が……き 嫌いじゃない、だけどそういう問題じゃないんだ

「嫌とか良いとかそういう問題じゃないんです、ラグナはこの大国の王 いずれ由緒ある方と道を同じくする身、それなのに エリスみたいな流浪の人間とそんな話が出たら ラグナも迷惑しますよ」
 
それに、エリスは元奴隷だし…ラグナの威信にも関わるというものだ

「ラグナは迷惑だと思わないと思うけど」

「そりゃラグナは迷惑には思いませんよ、彼は器が大きいですし 何より優しいですからね」

「そういう問題じゃ…」

なんて、ホリンさんと水掛け論じみた会話を繰り広げていると、いきなり酒場の扉が乱雑に開けられる、また客か とも思ったが どうやら違うようだ

「…………」

「なんだ?…」

そいつらが鎧を着込んで腰に剣を差してなけりゃ客だとも思ったが、ああ 顔つき見るに違うな、店に入るなり瞬く間にエリス達を囲むあたり 用があるように見えるな、さて 何かな

「レグルス様とエリス様ですね」
 
「ああ、そうだが?」 

「エリス達に何か用ですか?」

周囲を囲む戦士達、鎧は壮健 剣は鋭利 随分立派な連中だ、何者だろうか…いや 彼らの鎧のデザイン 見たことあるな、確か…

「ああ、そんなに敵意を見せないでください 我等ラグナ様の直属部隊 王牙戦士団の者です、エリス様とレグルス様をお迎えに来ました」
 
「私達を?」

「はい、魔女アルクトゥルス様とラグナ陛下がお呼びです」

ラグナが、何かあるのだろうか…、なんて 行けばわかるか、当然ながら断る理由がない この国の国王様がお呼びなのだから

「分かりました、ホリンさん すみません話の途中なのに」

「いいっていいって、久しぶりのアルクカース 楽しんでね」

「はい、ホリンさんも仕事してくださいね」

「チッ アルクめ、私を呼び寄せるなど…おまえが来いお前が」

舌を打ちながらも王牙戦士団の招致に従い立ち上がる師匠、いつの間にやらジョッキの中の酒は飲み干されている、は 早い飲むの…師匠もお酒好きなのかな…まぁいいか

ラグナが呼んでいるなら直ぐに行こう

………………………………………………………………

なんて事もあり、王牙戦士団に連れられエリスは要塞フリードリスの謁見の間に連れて来られる、思えばこの要塞 この国の謁見の間に来るのは初めてな気がする、あったんだ と言うくらいちゃんとした謁見の間だ

その最奥には玉座がある、王牙戦士団六人の隊長と一人の総隊長を横に侍らせた唯一無二の大王 ラグナ・アルクカース様だ、今日はいつもの動きやすいスタイルではなく ちゃんと権威ある格好をしていて とてもかっこいい

そんな謁見の間に通された師匠とエリスは 国王の前に立つ、ふと脇を見れば先程の王牙戦士団が跪いているのが見える、当然か 国王の前なら、エリスも跪いたほうがいいかな…いや 逆に怒られるからやめておこう

「おはようございます、ラグナ」

「ああ、おはよう 昨日はよく眠れたか?」

「久々の宿のベットは なんだか新鮮に感じましたよ」

「そっか、俺も久々の城のベットで 逆に肩が凝ってしまった」 

なんて いつもあの屋敷で繰り広げる朝の会話のように、他愛ない会話を繰り広げる、あの屋敷にいる時と ラグナはあんまり変わらないな、玉座の上にいてもダイニングの椅子の上にいても ラグナはいつものラグナだ、偉ぶることはなくされど威厳ある かっこいい王様だ

「しかし、いきなり呼び立てて悪かったな」

「いえ、どの道伺うつもりだったので…それで、何かあったんですか?」

「ああ…、ちょっと 地方の伯爵領で怪しい動きがあるみたいで、国王として 行って様子を見てくる」

仕事か、休みで帰ってきたのに 彼は相変わらず忙しそうだ

「なるほど、それにエリスもついていく感じですか?」

「いや、君には城にいてもらいたい というか、ベオセルク兄様が連れてきたリオスとクレーの子守を頼みたいんだが、大丈夫か?」

リオス君とクレーちゃんの?、別に構わないが…何故エリスなんだ?

「ベオセルク兄様は俺と一緒に伯爵領に赴くし、アスク義姉さんも急用が出来たみたいなんだ、本当なら城の人間に預けたいんだが…、折角なら エリスに面倒を見てもらおうかと思って、大丈夫かな?」

「エリスは大丈夫ですよ」

「そっか、いや 休みで来ているのに 君に仕事を任せてしまって、申し訳ないよ」

「それを言ったらラグナも仕事してますからね、エリスも何か役に立ちたいですよ」

そう言うと彼は困ったように笑いつつも、立ち上がり 周囲の部下達に指令を飛ばす、どうやらもう出るようだ

「何時ごろ帰ってきますか?」

「そんなに時間はかからない 少数で行くから馬を飛ばせば2~3日で帰って来られると思う」

「分かりました では、ベオセルクさん お子さんはちゃんとエリスが守っておきますね」

「おう…」

ベオセルクさんはなんだか怖い顔をしている、エリスに任せるのが嫌 と言うよりは息子娘と引き離されるのが嫌 と言った様子か、でも流石にまだ赤ん坊の二人を連れて行くのは無理があるしね

その分 エリスがちゃんと様子を見よう

「待てラグナ、私は何故呼び出されたんだ?」

「ああ、レグルス様は師範が何か用があるとかなんとか…、なんでもいつぞや出来なかった酒盛りをしようと」

「あのバカ…、たったそれだけのために私を呼び立てたのか、下らん…で?どこで待ってるんだ?」

「軍議室でお待ちしていますよ」

「そうか、すまんなラグナ…、エリス 私は少しあのバカに付き合ってくる」

ふんっ と言いながらも踵を返す師匠 なんだかソワソワしてる、何だかんだ言って師匠…アルクトゥルス様のこと大好きだよなー…

「じゃあ俺も行くよ。エリスにはいらないと思う一応護衛をつけておくよ」

「そんな悪いですよ…」

「いや みんなエリスと話をしたいみたいだからさ、護衛というより話し相手として見てやってくれ」

「みんな?…ですか?」

チラリ とラグナが視線を横に動かす、糸に引かれたように視界をスライドさせれば…王牙戦士団の六隊長が揃ってエリスの顔を見ているのが見える、え?護衛ってまさか この人達では…

………………………………………………………………

その後 エリスは馬に乗り旅に出るラグナを見送った後 乳母からリオス君とクレーちゃんの二人を受け取る、少しの間だが エリスはこの二人を預かりお守りをしてあげることとなった

いつも世話してくれている乳母さん曰く 日差しの良い日は城の近くの湖にお散歩に出かけていると言われたので 、二人を乳母車に乗せ城のすぐ近くの湖を目指す…昨日リバダビアさんと水を掛け合い遊んだ湖だ

フリードリスのすぐ目の前にあるこの湖は所謂オアシスと呼ばれるもので、枯れ木と荒涼とした大地広がるアルクカースには珍しく、緑生い茂り芝も生える美しい光景が広がっている、まぁただ綺麗なだけじゃなくて 街や城の水源として使われているらしいので あんまり汚すのはご法度だ

「綺麗な場所ですね、ね?リオス君 クレーちゃん」

「あうー、きらきら」

「みず!うぃー!!」

相変わらずボケーっと空を眺めるリオス君と元気一杯のクレーちゃんを膝に乗せて芝の上に座り陽を浴びる、溺れたら行けないのです湖からは少し距離を取ったところに腰をかけているが、いやいいところだ この近辺は魔獣も出ないらしいし、アルクカースにこんないいところがあったなんて知らなかったな

「あうあう、うまうま」

「ん?、リオス君 エリスの指美味しいですか?」

ふと膝の上のリオス君を見てみるとエリスの指をガジガジ噛んで食べている、痛くない むしろこそばゆい、エリスの指はヨダレまみれだが…怒るほどのことでもない、小さな子供のすることだ

「あー…とり!きゃっきゃっ!」

「ああ、クレーちゃん 危ないですよ」

対するクレーちゃんはとても元気で活発だ、目を話すとすぐ立ち上がってどこかへ行こうとする、一歳児にどれほどのことができるか分からないが、一人で立ち上がって何処かへ行こうとするのを放っては置けないのですぐに脇を持ち上げ膝の上に戻す

二人は対照的だが、どちらも元気でいい子に育っている

「でも これをずっと育てるのは大変そうですね」

14年生きてきて色んなことを経験してきたが、赤ん坊の世話をするのは初めてだ、エリスもまだ14歳 世間から見ればまだまだ子供だが、この子たちはそれ以上だ 何を考えているのか、何をしたいのか さっぱりわからない

可愛いんだけどね…、いや本当に可愛い お目目もクリクリだしちっちゃい手足でひょこひょこ動くのは見ていて飽きない

「えりう!」

「ん?今エリスって言ったんですか?リオス君」

「んー、がじがじ」

ベオセルクさんがメロメロになるのも分かる気がする…、しかし…

「…………あの」

後ろを見てみると ズラリと鎧姿の人間達が一列に並んでエリスと膝の上の子供達を見ている、その数六人…六人とはいえ その目が滑ろてエリスの方を向いていると 何だかむず痒い

「そんなに気を張って護衛しなくても、エリスちゃんとリオス君とクレーちゃんを守りますよ?」

「いえ!、我等の護衛対象にはエリス様も含まれていますので!」

「エリスそんなに頼りないですか?」

「そんなことはありません!その実力は伺っています!、8歳であのホリン様を打ちのめしたとか!、凄まじい実力です!」

「打ちのめしたって…そんな簡単なことでもありませんが」

「流石です!」

「ははは…はぁ、慣れませんねこれは」

エリスの背後に控えているのは王牙戦士団の六隊長達だ、エリスがアルクカースにいた時よりも王牙戦士団は肥大化しており、総勢数百名近い人員がいるという、それらを分割して率いているのが 彼ら六隊長だ

「エリス様の身は必ず…必ずっ!お守りします!」

長い金髪と丹精な眉毛が特徴の美男子 一番槍のガイランド・シュパーブ 一番最初にエリスを出迎えてくれた人だ、この人はこう 暑苦しいというより真面目なんだ バカとかクソとか汚い言葉が付くくらい真面目な人という印象

「陛下の友であり無二の恩人、我らにとっても大切なお方です故」

大きな体と黒い肌 そして傷だらけの顔をした強面の男 星叩きのネイト・テーメレア、こんな見た目だがまだ20代前半らしく、見た目の割に優しく実直だ、なんでも見た目で判断してはいけないいい例だ

「ラグナ様がここまで入れ込む女性の方も珍しいしね~」

目元を隠すように伸ばした黒髪とあまり大きくない身長そしてあまりに大きな槍を携えた彼の名は針通しのノーマン・レパルス、ちょっとのんびり屋らしいけれど ラグナ曰く戦時は機敏に動くらしい

「私たちの命に代えても必ず守りますので!ライラ!奮起します!」

やや濃い桃の髪を揺らし 押忍!と挨拶するのはライラ・ロイヤルオークさん、踊る鉄球なんて恐ろしい二つ名の割に可憐な女性だ、さっきからエリスに謎の尊敬の眼差しを向けてくる理由はわからないが、多分いい人だ ガニメデさんと同じタイプ

「大勢に囲まれて緊張するかもしれませんが、貴方に何かあればラグナ様に合わせる顔がありませんので」

声の大きい人たちの中 異彩を放つおっとりした男性 千里眼のパスカル・ゼラスはゆっくりお辞儀をする、礼儀正しくアルクカース人らしからぬその所作とは裏腹に アルクカース随一の武闘派ゼラス家の長男さんらしい

「問題ない」

何が問題ないのかよくわからないことを言っているのは六隊長で最年長であり王牙戦士団でベオセルクさんに次ぐ実力者と言われる彼女の名はレオノーラ・ベレロフォンさん、閃断剣の二つ名を持ち 今まで軍に所属せず一人で剣の腕を磨いていた逸材とことだ

彼ら揃って六隊長 全員ラグナが認めた実力者達、そしてアルクカースにて貴族の地位にいる者達の子息達になる、謂わば彼らはお坊ちゃんお嬢ちゃんなのだ、まぁこの国の貴族はその辺の戦士より何倍も強いのは知ってるんだけどね

「総隊長のご子息もエリス様のことを気に入っているようですし、この平穏な時間は我らが守りますのでどうかエリス様はごゆるりと」

「ありがとうございます、ガイランドさん」

「ははっ!」

優しくしてくれるのはいいんだけどそうやって敬われるのは…ってああ!、そういうことか!、ラグナやメルクさんがエリスか、謙るのを見て嫌がる理由がわかった! 

そうか、確かにデティやメルクさんが今のガイランドさんみたいに恭しく接してきたら 胸が痛くなる、そういうことだったのか…

「…?、如何されました?」

「いえ、なんでもありません」

「あうっ!、くさー!」

「ああ!リオス君!草は食べちゃいけません!」

「大丈夫です、ここの草は食べられますので」

「アルクカース人基準でしょそれ!」

アルクカース人は塩ふってあれば岩でも食べるでしょ 、いやそれは言い過ぎかもしれないが この世には食べられる草なんてものはない、食べて大丈夫な草とそうでない草があるだけだ

そして子供が口にして大丈夫な草というものは、残念ながらその辺には生えてない、畑に行かないとない

「さかなー!」

「ちょっ!クレーちゃん!」

リオス君に気をとられると今度はクレーちゃんがエリスの膝から脱兎の如く飛び出し湖に向かう、どうやら一瞬見えた湖の魚に反応したようだ、クレーちゃんからしてみれば動くもの全ておもちゃに見えるようだ

というか 一瞬跳ねた魚に反応できるとか、クレーちゃんってもしかして かなり戦士としての才能があるのでは…なんで戦慄しながらクレーちゃんを捕まえ 連れ戻す

何かあったらエリスがベオセルクさんに殺される

「元気なのはいいことですけど、何かあったらと思うとエリスはヒヤヒヤですよ、ほら二人とも これ見てください」

流石に子供にはただの日向ぼっこは退屈だったかと反省し、手から魔力球を出す それをリオス君とクレーちゃんの目の前でクルクルと回したり 動物の形に変形させたりして注意を引く

「さてこれはなんでしょうか」

「うしー!」

「正解、じゃあこれは?」

「とりー!」

「きゃっきゃっ!」

どうやら好評のようだ、魔力球の芸ならいくらでも出来る 形を変えるのも動かすのもお手の物だ、小さい頃からやってきたからね ほら今度は豚さんだぞー!

「ぞう!」

違うよ豚だよ…

「そういえば、ガイランドさん」

「はい?、なんでしょうか」

「ラグナ 随分慌てた様子で出て行きましたけど、そんなに急を要する仕事なんですか?」

ふと、手持ち無沙汰になったので 子供達から視線を離さずガイランドさんに声をかける、ラグナはここに帰ってくるなり妙な動きがあると出て行った

国王の彼がだ、態々国王が出向き解決しなきゃいけないほどの事とはなんなのか、単なる好奇心から問いかける

「ラグナ陛下が向かわれたのはパレストロ伯爵領です、パレストロ様は些かラグナ陛下の治めるこの国政に疑問を持たれている方で…、最近は宗覇会なる武門を重用し 国にも内密で何かを進めている様子なのです」

「宗覇会?」

宗覇会…ホリンさんが妙だと言っていた奴らだ、それとラグナが向かったパレストロなる貴族と繋がりが…、ますます怪しいな 

「宗覇会は他国より来訪した武人を開祖とする拳法流派を主として修行に励む者達の名です、ただそれだけならば良いのですが どうにも国王に反感を持つ者ばかりを引き入れ弟子にしているらしく…、ベオセルク総隊長も危機感を露わにしています」

まぁ確かに、悪意とは音と同じだ、単体なら喧しいだけだが寄り集まり反響し共鳴すれば捨て置けないほどの害を生む、その宗覇会そのものに悪意がなくとも この国政に反感を持つものが集まる場となれば捨て置けない

そして その宗覇会に場を貸しているのも反ラグナ派のパレストロ伯爵か、なんともまぁ分かりやすいことで

「もし宗覇会やパレストロ伯爵が集めた戦力を元手に反乱を起こせば かなりの規模の戦乱になります、そうなれば戦乱が戦乱を呼び この国はまた元の騒乱の大国へと戻ってしまうでしょう」

「それはラグナの望むところではないと…、この件に関してアルクトゥルス様は?」

「興味がないと…」

そればっかだなあの人、まぁあの人もあの人で何やら考えているようだし あの人が興味を示さないなら今のところ実害は出ていないのだろう、だからって対処しないわけにはいかないが

「ラグナは二、三日で戻ると言っていましたが もっとかかるかも知れませんね」

「かも知れません、その間の警護は我々が…」

「隊長方!大変です!」

ふと、響いた声に反応し エリスも 隊長達もそちらに目を向ける、ただならぬ声音 悲鳴にも似たそれを発したのは、森の奥から駆けてくる女性で…いやあの人 エリスにリオス君とクレーちゃんを託してくれた乳母さん…名前は確か オリアーナとか言ったか、彼女が血相変えて走ってきて

「い 今そちらの森に魔獣が現れて…」

「何!?ここらには出ないはずなのだが…今日に限って…!、行くぞ!みんな!エリス様はここで二人守っていてください!」

「分かりました、気をつけて」

乳母オリアーナの魔獣が出たという言葉に弾かれるように走る隊長達、いくら平和な森とはいえ 魔獣が出るとは、アルクカースはやはり危険な森か

ガイランドさん達はラグナにも認められる実力者達 魔獣如きに遅れはとらないだろう、だが何かの拍子に魔獣がこちらにくるかも知れない、その時のためにエリスはここに待機し リオス君とクレーちゃんを守り…

「…ん?」

森の奥へ消える隊長達の背中を見送るオリアーナ、その背中を見て 一つ…引っかかる 違和感を

あの乳母さん、魔獣が出た森を突っ切って態々奥にいるエリス達のところに来たのか?それはなんか おかしくないか?、身を顧みずエリス達に危険を知らせてくれたとも見えるが…普通なら戻って城の戦士を呼びに言ったりするものじゃ

というか何故 彼女が今この森に…

「さかな!」
 
「え?」

ふと、クレーちゃんが声を上げる エリスの作った魔力球を指して言ったのではない、湖で跳ねる魚を見て声をあげたのだ

…そういえばさっきからなんで魚が跳ねてるんだ、まるで 何かか逃れるように水面をのたうつ魚を見て、さらに違和感は増し 姿を変える

警戒心という 尖ったものに

「…リオス君 クレーちゃん 、エリスの後ろに隠れてください」

咄嗟に湖から遠ざけエリスの背中に二人を隠す、何かおかしい 何か…

湖の水が更に波紋を作り 波を生む、魚が跳ねる程度では生まれない 大きな波、まるでその水の中に何かいるような…

「いる…何か!」

目を尖らせ細めた瞬間、水面が膨れ上がり その中から何かが姿を現わす

「ぬぅぅぅぅん…むはぁぁぁ…」

現れたのは魚ではない 魔獣でもない、人間だ ツルッとした頭が天光を反射する筋骨隆々の大男が湖から現れたのだ

「う 海坊主!?いや湖坊主!?」

「見つけたぞ、エリス…そしてその赤子 やはりここにいたなぁ!」

腰布一丁のマッチョマンは敵意を剥き出しにしながら湖から上がり、水滴をぽつぽつ体から垂らしながらエリスを睨む、味方じゃない どう見ても、敵か

「何者ですか 貴方!」

「話してやろう、だがまずは我らと共に来てもらおう!」

「チッ!」

咄嗟にリオス君とクレーちゃんを更に後ろへとやる、そのワンアクションで遅れを取る間に湖坊主は奇天烈な構えを取り

「キェェェェェ!!!!!」

まるで蛇のように手をしならせ 高速の抜き手をエリス目掛け放つのだ、速い この男 見かけの割に動きが機敏だ

「フッ…!」

が くると分かっていれば避けられないほどじゃない、神速の抜き手をその場で屈んで避けつつそのバネを利用し男の顎を蹴り上げる、っ…重い この男 見かけ通りに重く硬い、蹴った足が痺れるほどに男の体は鍛え抜かれている

「ぬぅぅぅん、流石はラグナ大王が見込むほどの男よ!良い蹴りだ!、しゃぁぁぁ!!!」

「振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・扇舞』!」

手を熊手に変え 引っ掻くような動作で何度も何度も突きを放つそれを寸での所で交わしながら詠唱と共に放つ、風の刃

ひゅるりと音を立て放たれる不可視の剣を 男もまた凄まじい反射で躱す、まるで蛇のようにぬるりと地面を這い 刃を回避すると共に更にエリスに肉薄しその服の裾を掴む

「取った!」

「と安堵するのは速いですよ、厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ、降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう『天降剛雷一閃』」

出来得る限りの速さで詠唱し続けざまに放つのは電撃、濡れた男の体を這う光の裁き、エリスの体を掴んでいるという事は すなわちこの男も回避は出来ないという事を意味する、避ける間も無く濡れ坊主は瞬く間に電撃に飲まれ

「ぬぐぁぁぁぁあぁっっっっ!?!?」

悲鳴と共にエリスの服の裾を離す、流石に電撃を食らっても迫るほどの力はないようでビリビリと麻痺しながら男は倒れ…

「ぬぐぅぅん!、心頭滅却すればこの程度何するものぞ!」

ない!、倒れない!電撃を食らっても地面を踏み縛り仁王立ちするのだ、い いやいや
 何だそれは

「気の持ちようで何とかなるもんじゃないでしょ!」

「なるっっ!!!そのように鍛えておる!!」

鍛えて電撃耐えられるなら人類は苦労しないよ、くそっ 思ったよりタフだぞこいつ…仕方あるまい、ならもうちょっと強めの魔術を…

「動くなっ!!」

「っ!?」

響く 声、エリスの背後から …エリスが 子供を逃した方角から、声がする

「動けば、この子供を殺す」

「あぁぅー!!」

そこには リオス君とクレーちゃんを腕に捉え ナイフを突きつける乳母おオリアーナの姿が…やはり…

「やっぱり貴方…敵だったんですね」

「おい、ソーマ」 
 
「相分かった」

「何を…かはっ!?」

刹那、エリスがリオス君達に気を取られ 背後を向いた瞬間、走る 首筋に衝撃を…これは 手刀か…!、ま まず…意識が

「うむ、これにて落着…決着と行かなかったのは残念である」

「いいから、とっとと連れて行こう」

「うむ」

「あぅあーー!!えりう!!!ぅぁああー!」

意識を失い 倒れ伏すエリスの頭に男の声が響く…、なんとも 情けない話だ


しばらくし、森の中で魔獣を発見できなかった隊長達が湖のほとりに戻ってきたその時には、リオスとクレー…そして エリスの姿も無く、全てが忽然と消えていた

嵌められた そうガイランドが青褪めるその時には既に、全てが遅かったのだ

……………………………………………………………………

パレストロ伯領に向かうラグナ一行、数名の部下を率いて街を出て 数刻が経った時 ある一報を抱えた伝令が彼等に走り寄る、早馬を使い潰す勢いで駆けるそれを見て ただならぬ気配を感じるラグナは足を止め伝令を受ける

そして、そのただならぬ予感は的中し 顔色を変え…

「エリス達が攫われた!?」

「はっ!、気がついた時には遅く…リオス様とクレー様もまた…」

「リオスとクレーが!?」

その報にベオセルクもまた青褪める、あの小さな子供達もまた忽然と姿を消したと言われれば、親は誰だって慄くものだ…ラグナとて同じだ、エリスが攫われたなんて信じられない、彼女だってかなりの使い手 討滅戦師団とだって渡り合えるような実力者なのに、それがまんまと攫われるなんてありえるのか…

「どうやら 雇っていた乳母が下手人らしく、エリス殿達を湖のほとりに誘い出したようです、いつもそこに散歩しているからと…」

「はぁ?湖になんか連れて行った事ないぞ…、チッ 慣れてないエリスを利用しやがったな」

「してやられたようですね、ベオセルク兄様」

「ああ、…だがエリスが攫われるんだったら 乳母だけじゃ無理だ、何か かなりの使い手が襲撃したんだろう」

「…………」

ラグナはその場で腕を組んで考える、エリスを攫ったのは誰か なぜエリスなのか どうやって攫ったのか、どこへ行ったのか エリスは無事なのか 子供達は無事なのか、…エリスを俺が下手に巻き込んだからこんな事に…

俺が彼女を危険に晒してしまった…

「パレストロ領視察は後に回す、俺たちは今からフリードリスに戻り エリス誘拐の件について調べる、いいな!みんな!」

「誰にも文句は言わせねぇ!俺の子供まで連れて行きやがって ぶっ殺してやる!」

怒る兄を見て思う、俺も 少し前なら頭に血を登らせて怒りのままに行動していただろう、別に ベオセルク兄様を咎めるわけじゃない、あの人にとって唯一無二の子供を攫われたんだ、冷静でいる方がおかしい

だが…、俺は …

(ダメなんだ、ここで怒りのままに行動しては)

ここには俺を落ち着かせてくれるデティ 諭してくれるメルクさんもいない、エリスが攫われた以上 俺がなんとかしないといけない、ここで冷静さを欠いて エウロパの時ようにヘマをするわけにはいかない

だから努めて冷静に 冷静に、先ずは事態の把握と犯人の探り出すんだ、絶対にエリスを見つけて取り戻す

絶対…絶対に絶対に絶対に!俺からエリスを奪ったことを地獄の底で後悔させてやる!!!
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