孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

139.孤独の魔女と動乱の二年目

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ディオスクロア大学園、それは世界最高の学び舎であり 数多くの知識を蓄える正しく人類叡智の結晶、今現在世界で活躍する有名人 かつて名を馳せた偉人そして魔女までもこの学園で学び世に羽ばたいて行ったことはあまりに有名だ

だからこそ、今年も多くの人間が入学する、胸に夢と目標を抱きながらその門を叩く

貧富の差問わず 夢を持つ者なら誰もが通える平等な学びの場、それがディオスクロア大学園なのだ

「よーし!今日も頑張るぞー!…」

そんな学び舎の中 快活に学生寮を飛び出す一人の女子生徒がいる

名はカーラ・フワーリズミー 先日この学園に入学してきた973期生、所属科目は魔術科 魔術師を志す田舎娘だ

出身はコルスコルピの最南東に位置する小さな村 タルタルーガ村だ、小さく牧歌的な村で人は少なく決して豊かではないが貧しくもない、普通の村の出だ

そんな彼女が村を出て 稼業を手伝わずに魔術師を志す理由は一つ お金だ、幼い頃から流れの冒険者から魔術を教えてもらった彼女は知っていた 魔術は金になる、お金があれば村を豊かにしてあげられる

俗っぽいかも知れないが、お金さえあれば村のみんなに恩返しができる 彼女はそれを理解していたのだ

そう決意し村のみんなに話したところ、みんなでなけなしのお金を集めてくれてこの学園への入学費を出し合ってくれたんだ、少なくとも その分だけでも返せるくらい立派にならないといけない

私がタルタルーガ村を救うんだ! そんな夢と希望と謎の自信を抱いて学園に臨んだのだが… 今のカーラには少し先の未来さえ思い描けるほどの余裕もない

「あ やっぱりすごい学園だなー!」

圧倒、まさしく圧倒 そして驚愕、この大学園に入ってからと言うものカーラの胸中を占める感情はその二つだけだ

まず学園、デカいあり得ないくらいデカい、山よりもなお大きくその内部は複雑に入り組んでいる、下手に歩くと永遠に外に出られなさそうだとカーラは怯えながら廊下を歩いている

通っている生徒の数も多く 中には天才とか王族とかすごい人たちもいると言うんだから村娘のカーラにはなんだか自分が場違いに感じてくる

凄いのだ この学園は、こんな場所が世界にはあったのかと驚きの日々だ…


そんなカーラも、もう入学して一週間 学園に慣れたかと言われれば怪しいところではあるが、今では寮から教室まで地図を見なくても移動出来るくらいにはなった、なんだったら探検と称して学園の中を練り歩くことさえできる

「やっぱり凄い学園だなぁ、ここにあるの全部勉強するための部屋なんだもんね」

授業が始まる前の時間を使って、ちょちょいと学園の中を見て回る どこもかしこも、まるで本の中に登場する楽園のように綺麗だ

「あ、カーラちゃん おはよう」

「あ!、ミレイユ先輩おはようございます!」

ふと廊下ですれ違う先輩が声をかけてくれる、あれはミレイユ先輩 私と同じ魔術科の生徒で一年先輩の人だ

ひょんなことからミレイユ先輩とは相部屋の間柄となったカーラは、ミレイユに懐いていた 何せミレイユは優しく そして優しい とにかく優しい、カーラに学園を案内してくれたの方ミレイユ先輩だ

「今日も探検?」

「はい!、この学園広くて広くて…どこまで広いのか見て回りたいんです!」

「そっか、授業には遅れないようにね」

ミレイユ先輩優しく私に微笑んでくれる、本当に優しい人だなぁ また授業で分からない事があったら聞いちゃおっと

この学園は綺麗なだけじゃない、優しい人も沢山いる ミレイユ先輩はそうだし、レクシオン先生も頼りになる まだ友達は少ないけれど、きっと直ぐにこの廊下でひしめくみんなとも友達になれるはずだ

カーラは持ち前の自信と明るさを全身から滾らせながら学園を歩く、最初は面食らったけど 来てみればいいところだ、景色は綺麗 ご飯は美味しい 人は優しい いい事尽くめだ

…けど、それをミレイユ先輩に言うと 少し言い淀むのだ、確かに見てくれは綺麗だし食堂のご飯は美味しいけれど

みんながみんな、優しいわけじゃないよ と……




ミレイユと別れ、授業のため移動する生徒達の間を縫ってヒョコヒョコ移動するカーラ、すると…

「おい!ノーブルズが来るぞ!脇に寄れ!」

「ひゃ ひゃい!」  

廊下を歩いていると突如後ろから声をかけられ 咄嗟に壁にへばりつくカーラ、真っ二つに割れる人の海のど真ん中を 何人もの取り巻きを連れた偉そうな生徒が歩いてくる

ボテッとした体 垂れ下がった頬とおでこにチョンと突き出たイボが特徴的なお人、見るからに偉そうというか…偉いんだろうなぁって感じの生徒

彼もまたカーラと同じ数日前入学してきた973期生 アブラーモさんだ、アブラーモ・ラインホルト

あれはこの国の貴族の息子さんらしく、とても偉い人なのだと言う カーラは貴族を見たことがないからよく分からないが、偉い人には逆らうなど父からも言われていたのでとりあえず逆らわないようにする

実際、アブラーモは入学したてだというのにこの学園を自分の城のように扱い、肩で風を切り 周りの生徒を恫喝しているらしいし、関わらないのが吉だ

「下々の人間が僕の道を遮らないでくれたまえよぉ」

あれがノーブルズだ、この学園の支配者とも言われる人達、この学園を生きていく上で彼らに逆らってはいけないと言うのは暗黙了解だとミレイユ先輩も言っていた

逆らうとどうなるかは分からない、ただ反抗的な生徒が突如四肢をズタズタに引き裂かれる事件に巻き込まれたり いきなり退学させられたりと、いい噂は聞かないし、ともかく恐ろしいことに変わりはない

(お…おっかないなぁ)

正直言えば怖い こんな人達に怯えながら毎日生きると思うと怖くてしょうがない…が

カーラの寮で相部屋になっミレイユた先輩は語る

『カーラ、貴方は運がいいわよ』

と…、なんでもミレイユ先輩が語るにはカーラが入学するより前はあのノーブルズが今よりもめちゃくちゃをしていたらしい、ただ廊下を歩いているだけで殴られたりする程に、今よりも何倍もノーブルズの権威が強かった時代があったらしい

しかし、それが今のように落ち着いたのは カーラが入学する一年前、とある四人の生徒達がノーブルズと真っ向から戦い ノーブルズを圧倒したからだという

カーラ入学の一年前はその四人の生徒とノーブルズ達のぶつかり合いで学園中はそりゃあもうメッタメタに荒れていたらしいが、それもつい最近静かになったらしい…つまり 騒ぎが落ち着いた後入学したカーラは幸運と言えるのだ

(しかし凄い人達もいたもんだなぁ…、あんな怖いノーブルズ達をたった四人で圧倒しちゃうなんて)

貴族様はみんな高等な教育を受けているからカーラより頭もいいし、ものすごく強そうな護衛を何人も連れている、そんなのと喧嘩すれば瞬く間にけちょんけちょんにされるだろう

貴族や王族なんて田舎娘のカーラにとっては天上人だ、…ただその中でもさらに上の存在がいる

カーラが入学する時 全校生徒に向けて挨拶をした二人、イオ・コペルニクス様とアマルト・アリスタルコス様 あの二人がノーブルズのリーダーらしいが、あの二人は別格だとカーラは思う

偉いだけじゃない、その身に纏う魔力がカーラにも分かるほど強靭だったからだ

村じゃあ魔術の天才なんて褒められていた自分がアリだとするなら二人は巨大なドラゴンだ、それほどまでに差があった 差を感じた、逆らおうとすら思えなかった…その人達に真っ向から相反する人達

一体どんな人たちなんだろう、やっぱり二人みたいに怖い人たちなのかな…怖い人達だろうな、何せノーブルズと戦ってるくらいなんだから

ノーブルズと張り合う 自分には出来ないしやらない、恐ろしくて誰かと戦うことなんてできない、きっと 目の前で誰かが虐げられていても 自分は決して誰かを助けられ…

「おいお前」

「はぇ?私…え?え?え?」

ふと、顔を上げてみれば目の前には顔がある、ムスッとした顔がある ブルドックみたいな肉厚な顔…え?これ?アブラーモさん?

私がさっきまで避けてたノーブルズの一員、貴族の…

「えっ!?」

ふと周りを見るとカーラの周りにいた生徒達が一斉に彼女を避けているではないか、人の海  その中心にポツリと浮き出た孤島の如く、カーラは取り残されていた

何故?なんで?どうして?何が?どうなってるの?、気がついたらアブラーモに睨まれ 周囲の生徒から避けられているこの状況に理解が追いつかず、何かを言う事も何かをすることもできず、ただただ狼狽えることしか出来なかった

「お前…今僕を見て笑ったな」

「え?えぇっ!?わ 笑った?私がですか!?」

アブラーモを言う、私が笑ったと

勿論笑ってない、クスリとも笑ってない 見間違いか勘違いだろう、というか見て笑うも何も私はアブラーモの顔をちらりと見ただけだ、笑うも何も……

そこで理解する、ピタリと動きが止まり 理解する、カーラは今この状況の全てを理解する、してしまう

アブラーモは数日前学園に入学してきたばかりだ、それでも偉ぶって周りの生徒を威圧して回っている、それは何も考えもなしにさも当たり前のようにしていることではない

この学園に入ったばかりの彼は自分の立ち位置を確立したいんだ、恐怖と抑圧という形で、それが態度に現れたものがあの素行…つまり

「最近はノーブルズの影響力も落ちているようだしねぇ、ここらで我々に逆らったらどうなるか…分からせてあげないとなぁ」

(もしかして…私見せしめにされる…)

悟る、カーラは悟ってしまう、アブラーモはか弱い生徒を一人潰すことで自分の立ち位置を確立して、自分に逆らうとどうなるかを 分からせる、見せしめる

「貴族たる僕を笑ったんだ、仕方ないよねぇ」

理由などない、後付けだ ただこの生徒達の中で何となく体が小さくてオドオドしていて、口答えしなさそうで抵抗しなさそうで泣き寝入りしてくれそうで かつ、蹂躙された時 絵になるから

村娘特有の貧乏臭さ、拭いきれない社会的弱者の放つ臭いをアブラーモは嗅ぎつけたのだ

「わ わた 私、笑って…ません」

「今更遅いなぁ」

抗議する、されど聞き入れられる気配はない

「み みんなも見てました…よ…ね……」

周りに助けを求める、されど目を合わせてくれる人間はいない

みんな分かっているからだ、これがただの公開処刑である事を、私に非がなく アブラーモが是でない事を、だが是非など関係ないのだ、ただただ皆揃って息を吐く ああ、自分でなくて良かったと

切り捨てられた カーラは、他の生徒に 他の生徒の平穏な生活の為に、見捨てられたんだ

「ノーブルズを笑った人間がどうなるか 君達もよく見ておくように、…棒!」

「はっ」

するとアブラーモは取り巻きに命じて何かを取り出す、何か…なんて言い方をするまでもない、木の棒だ 大木を削り出して作ったような棍棒、それで今から打ち据えるとでも言わんばかりだ

今から痛めつらけれる、それが分かっているのにカーラは動けない、村娘として 村で大人達の善意を吸収してのびのび育った彼女にとって、剥き出しで 意味のない悪意はまさに道の恐怖

「ぁ…ああ…ぁ」

動けない、声もあげられない、カーラは身動き一つ取れず どうすればいいかも分からずただ立ち尽くす

「…………」

動かない 声はあげない、周りの生徒は見ないフリをして どうなるかも分かっているのに立ち尽くす

「僕はこの学園の支配者になる、これはその一歩 腑抜けたアマルトをも上回るためのね!」

下卑た笑みを浮かべたアブラーモだけが動き、高く 棍棒を振り上げる、目を背けるのは周りの生徒ばかり、カーラはただこの期に及んでも動けず 自分の体をアブラーモの影が覆い尽くすのを 黙って受け入れ…


「待ちなさい」

ようとした瞬間、振り上げられた棍棒が アブラーモの後ろから取り上げられる

「っな!?なんだお前は!」

「え……」

驚愕した 驚愕したとも、カーラはまるで金縛りから解放されるようにはたと気がつく、アブラーモの背後に立つ 女の姿に、それは皆が動けない中ただ一人動き、このような惨劇見過ごせぬと声をあげたのだ

それが誰かは、分からなかった…金の髪と凛々しい目つき カーラよりも幾分背の高い彼女は、片手で棍棒を掴み上げアブラーモを睨んでいた

(だ…誰…?)

「お お前僕が誰かわかってるのか?」

「はぁ 貴方達はみんな…おんなじ事を言うんですね…貴方、ノーブルズですね?学園の中にこんなもの持ち出すなんて どうかしてるんじゃないんですか?」

金髪の女性はアブラーモの棍棒を両手で掴むと…

「なっ!?」

まるで、焼き菓子でも砕くかのようにペキリと真っ二つにへし折ってしまった、あんな重そうで 重厚そうな棍棒が、まるでその辺の枯れ枝だ…

「き 貴様ぁ!丁度いい!お前を血祭りにあげ見せしめに…」

「アブラーモ様!こいつ!エリスですよ!、ノーブルズの天敵の…四天王の一角!」

殴りかかろうとするアブラーモを止めるのは取り巻きの方だ、まるでこいつにだけは手を出してくれるなと言わんばかりに、権威権力を持ち合わせる学園の絶対者たるノーブルズの一員 アブラーモが、手を出してはいけない存在

そんなもの、この学園には 四人しかいない、…噂にだけは聞いていた 話にだけは出てきていた、されど見るのは初めてだった カーラもアブラーモも…

ノーブルズに逆らい 圧倒した四人の生徒のうちの一人…その名も

「エリスだと!?あのラグナ大王の右腕の…ノーブルズをたった四人で壊滅状態に追い込んだ あの…化け物か」

「酷い言わようですね、別にエリスが何かしたことはないんですが…でも、今の学園は昔のようなノーブルズ絶対主義ではないのです、無垢な生徒一人 叩き伏せようてすれば貴方とてタダではすみませんよ?」

「くっ、…この…チッ、引くぞ!」

エリスに睨まれては一たまりもないとアブラーモは脂汗を流しながらスタコラサッサと取り巻きを連れて逃げていく、ノーブルズ中核メンバーでさえ手に負えない生徒を相手に、何が出来ると逃げていくのだ

あの、恐ろしい男を…周りの生徒が見ていることしかできなかったアブラーモの暴虐を、ただ一人で ひと睨みで追い払ったのだ


誰も誰も助けてくれなかったのに、この人は親切にも…

「…ふぅ、さて 大丈夫ですか?」

「ふぇ?あ…は はい」

ふと、声をかけられピクリと肩を揺らす、私の目の前に立つのは金髪の女性…エリスさんだ

ミレイユ先輩が話していたノーブルズと真っ向からやり合った四人の生徒のうちの一人、凄まじい力とノーブルズをも上回る影響力を持つと言われる存在達であり、その名はカーラも聞いていた

ラグナ・アルクカース…四人のリーダーであり 噂では四人の中で最強の戦闘能力を持つと言われる人だ、現学園最強の生徒でもあり私の同級生のちょっとヤンチャな子達が挑戦する事を表明していたのは記憶に新しい

メルクリウス・ヒュドラルギュルム…世界一の大富豪であり コルスコルピ国内でも絶対的な発言力を持つお人だ、その見目麗しい立ち姿にファンクラブが出来ているほどだとミレイユ先輩は語っていた

デティフローア・クリサンセマム…この名前を聞いた時カーラはひっくり返った、田舎村娘であるカーラでさえ知ってる超有名人、魔術界のトップであり魔術の神様だ…カーラはその人が学園にいると聞いた時『実在したんだ…』と思ってしまったほどの雲の上のお人だ

そして、そんな三人と並び立つ流浪の魔術師 エリス…、様々な国を渡り歩き その国にいくつも伝説を残してきた次世代を代表する魔術師の一人、それが今 目の前で微笑んでいるんだ

…私は、てっきり ノーブルズと同じくらい怖くておっかない人とばかり思っていたが、実際はどうだ?、優しく美しく 強く強かだ…

「あ ありがとうございます…、え エリス先輩」

「え?…ああ、エリスもう先輩でしたね、と言うことは貴方も973期生ですか」

「はい!、魔術科 973期生カーラ・フワーリズミーです!」

「そうですか、ならエリスも名乗りましょう…もう名前は知ってるかもですが、エリスはエリスです 貴方の一つ上、972期生の魔術科です」

よろしくお願いします と差し出される手、カーラは何かを思うよりも早くその手を握っていた、細く 暖かな手を掴み より一層その存在を確かめる

ノーブルズと同じくらいエリス達四人を恐れていたカーラ、が…その評価は今の一瞬で全てひっくり返った

ノーブルズは恐ろしいが、エリス先輩達は…きっといい人だ 私を助けてくれたからいい人だ、とっても優しくてとっても綺麗な先輩なんだ

既に、カーラの胸中に先程までの恐怖はない、あるのは一つ憧憬

自らの危機に突如として現れ、優しく微笑みかけてくれる先輩に対する憧憬、今まで抱いていた不信と恐怖がひっくり返っての憧憬だ、その目は輝き エリスの顔をまっすぐ見据えている、彼女の中で既に独断と偏見とイメージと思い込みによる『悪のノーブルズと正義のエリス』と言う構図が出来上がってしまっていた

事の全体像は見えていない、だがカーラにとってはいま起きた出来事が全てなのだ

「あ あの、いつまで手を握っているのでしょうか…」

「あ!すみません!エリス先輩!」

エリスの困ったかでようやく我に返ったカーラは慌てて手を離す、もう少し手を取っていたかったが 困った顔をされては仕方がない

それにしても、綺麗だ…エリス先輩…、これで強くて優しいとかもう反則だよ 

「ではエリスはこれで、カーラさんも授業に遅れないようにしてくださいね?」

「あ…はい」

うっとりと立ち去るエリスの背中を見つめカーラはため息をつく、ミレイユ先輩をいい先輩とするならエリス先輩は理想の先輩、底が知れないからこそ目を引く 分からないことが多いからこそ神秘的だ

仲良くなりたい、エリス先輩と仲良くなりたい 友達になりたい 親しくなりたい、もっと笑顔を見せて欲しい もっと話を聞かせて欲しい、心は既にエリス先輩一色で もはやその事しか考えられない

エリス先輩の事をもっとよく知ろう、そしてあの人と友達になるんだ…

うっとりとしながらもカーラは心に強く誓う、あの理想の先輩に少しでも近づくんだ…と

ちなみに授業には遅れた



…………………………………………………………

その日からカーラのエリス追跡生活が始まった、いきなり話しかけてほど引かれそうだし ここはまず少しでもあの人の事を知るところから始める

エリス先輩はこの学園でも注目の的であります 探そうと思えば直ぐに見つけることもできたし、その過去も容易に調べれることが出来た

エリス先輩…、姓は分からない 学園の名簿にも姓は登録されておらずどこの家のどう言う人間かは分からなかったが そこがまた神秘的でいい

彼女は入学試験の際 圧倒的な魔力技量を見せリリアーナ教授より殆どの試験を免除し入学が許可された経歴を持つと言う

私と同じ魔術科の生徒だがクラスは違う、才能で割り振りがされると言われるクラス分けで 最良最優のクラス『第一クラス』にクラス分けされており、第七クラスに所属する私からすれば遥か遠い存在だ


普段はお友達のラグナ大王 メルクリウス首長 デティフローア導皇と行動を共にしており、基本的には一日一緒だ、偶にフラッと離れる事もあるが 朝の登校もお昼のご飯も一緒…エリス先輩と一緒にご飯は食べたいが あの輪に入りたいかといえばノーだ

あんな凄いメンツと一緒にご飯食べたら 多分味しない

対するエリスさんは全く物怖じしてないみたいだ…凄いなぁ

「ささ…」

いつものように中庭で昼食を取るエリス先輩達を観察する、茂みに隠れ メモ帳片手にパンを咥える、エリス先輩の観察をするようになって早一週間…

エリス先輩に近づくため 仲良くなる為始めた観察だが 最近は寧ろこうして憧れの先輩に付いて回ってる方が楽しいことに気がついてしまった


「それでランニングしてたら見つけたんだよ、眺めの良いところ 今度行こうぜ」

「いや それ街の外ですよね、ラグナどこまで走ってたんですか」

「いや街の外周ぐるっと回ろうかと思ったら道に迷って…むしゃむしゃ」

エリス先輩達四人はいつも中庭でお弁当を食べる、お弁当はどうやらエリス先輩が作っているようだ、偶にラグナ大王が作っているけど 結構な頻度でエリス先輩が作っている

今日は美味しそうなサンドイッチだ、私も食べてみたいが…難しいだろうな、まぁいいんだ 今日は夢でエリス先輩にご飯作ってもらう夢見たから

すると

「ラグナ・アルクカースだな!」

「おん?」

エリス先輩達の平穏な昼食に水を差すお邪魔虫がどデカイ声を上げて乱入してくる、入ってきたのは私の二倍くらいはありそうな高身長の生徒、髪はワックスか何かで固めたのかオールバックでテカっており 制服は乱雑に着崩されている、一目見てわかるガラの悪さ

私は彼を知っている、確か剣術科に入学したライアン君、私と同級生でノーブルズ入りは出来ないもののアレでも結構な家のボンボンだ、彼はこの学園最強の男になると息巻いており

入学初日からあっちこっちで喧嘩して回ってる なんて噂も聞いている、ミレイユ先輩曰く 最近はそう言う輩が多いらしい、ノーブルズの力が強かった時期は そう言うのは出なかったらしいが 今年は違う

この学園の見回りをする役割を持った者が居なくなっているため、そう言う喧嘩三昧の奴が野放しになっているらしい

「俺はライアン、この学園最強の番長になる男だ」

「そうか、頑張れよ」

「この学園に入って数週間、お前の子分と全員喧嘩売って 全員倒した、あとはお前だけだぜ?」

ラグナ先輩は剣術科や戦術科に数多くの子分がいる、というか彼を慕って彼の子分弟分を名乗る生徒が勝手に組織を作り 『グナイゼナウ連合』なる物を形成しているのだ

グナイゼナウ連合には合計九人の幹部がいる、それをライアン君は一人で 或いは子分を連れて襲撃し全員倒したのだ、連合の幹部は全員先輩なのに ライアン君口だけじゃなくて結構強いんだな

「喧嘩売ってって、…ああお前か 最近四方八方で喧嘩売って回ってるって迷惑な野郎は、別に…アイツらは俺の子分勝手に名乗ってるだけだし アイツら倒したからって、俺がその挑戦受けるとは限らんぜ?」

「随分臆病なんだなぁ?この学園の最強とやらは、子分のリベンジすらしないとはな!腰抜け!」

「喧嘩売られてそれを買って 殴り返した時点でその勝敗は其奴だけの物だ、なのにそのリベンジは別の奴がします ってのは筋が通らない話だろ?、リベンジしたいなら本人達が勝手にするさ」

「ならお前とはどうやったら喧嘩できるんだ?俺はとっととテメェ倒してノーブルズぶちのめしに行きたいんだが」

「勝手に行けよ、今は昼飯の最中だ」

ライアンは眉間に皺を寄せ凄むがラグナ先輩はどこ吹く風だ、対するエリス先輩はややオロオロしている、可愛らしい…

「ラグナ…相手しないんですか?いつもなら喜んで応じるのに」

「戦う理由が気に入らない、今ここで戦ったら俺は子分をボコられて御礼参りした器の小さな親分になっちまう、勝手に名乗られた子分でも 子分は子分だ、リベンジは本人達にやらせる」

「テメェこの野郎…、女何人も侍らせていい御身分だな!、まぁいい 俺が勝ったらそこにいる女全員俺が頂くぜ?」

な ななな!?アイツエリス先輩も自分の女にしようとか宣ってるの!?、許せん…許せんが私がここで飛び出ても何にもならない

私は喧嘩とかした事ないし 前みたいに怯えて動けなくなるのが関の山、という今もぶっちゃけ怖くて動けない

「ってか、戦う気がねぇなら俺の勝ちでいいな!、女は頂いていくぜ?」

無茶苦茶な理論を展開してエリス先輩に手を伸ばすライアン、その図々しい手つきにエリス先輩の目つきが鋭くなる、やる気だ やっちゃえエリス先輩!

と…思ったら、エリス先輩にライアンの手が届く前に、その腕が 中空で止められる

「……エリスに手ェ出すなら話は別だ」

「ほほう、やっとやる気になったな?」

ラグナ先輩だ、彼がライアンの腕を掴み上げ その手を止めたのだ、噂によるとラグナ先輩はエリス先輩にぞっこんらしい、あんなに綺麗なメルクリウス先輩や可愛いデティフローア先輩には全く見向きもせず いつもエリス先輩の事ばかり気にかけているから、みんなにはバレバレだ

エリス先輩とラグナ先輩の本人達は全く気がついていないのは、恋愛という事象の妙か

まぁいい、ともあれライアンの挑戦をラグナ先輩は受けた、子分の復讐ではなく エリス先輩に手を出す悪漢を生かしておけるかと 立ち上がり首を鳴らす

「よーし、このままテメェをぶっ殺して そこの女全員侍らせて、俺はこの学園の頂点に立ってやる」

「上を目指し 挑戦し 戦う姿勢は認めるが、相手を選ばない蛮勇は頂けねぇな…デティ 治癒魔術の支度しておけ」

「いいけど、殺さないでよ?殺されたら治せないから」

「安心しろ、殺さねぇよ 多分な」

拳を鳴らし構えを取るライアン君と 脱力し手をだらりと下へ流すラグナ先輩、ライアン君は粗暴な態度とは裏腹に実力ある男だ 剣術科の成績もピカイチ、嘘か真か学園に入学する前からチンピラ相手に喧嘩三昧の日々を送っていたという生粋の喧嘩屋

対するラグナ先輩は幼い頃に継承戦と呼ばれる戦いで 国内最強クラスの兄弟達を纏めて倒して王座に就いた男、国内…それもあの世界最強の戦闘民族アルクカースでの国内だ、その強さたるや想像を絶する

「俺は…学園最強の番長になる男だ!お前如き捻り潰してやる」

「好きに言え、大言も最後まで貫きゃ実現する、最後まで…貫けばな」

構える両者 荒れる風雲、今ここに 学園最強を決める男と男の戦いの火蓋が落とされるのだ………………







…………と、言ったはいいものの、結果はすぐに出た

「がぼがぁ…あ…がふ……」

白目を剥き 倒れるライアン、その胴にはいくつも拳の跡が刻まれている…見えなかった ライアン君が殴りかかったと思ったら ラグナ先輩は微動だにしないと思ったら、終わっていた ラグナ先輩の勝ち という形で

「ラグナやりすぎー!」

「死んでないだろ?」

「いや死んでないだけだよ!」

慌ててライアン君に駆け寄り治癒魔術をかけるデティフローア先輩、ラグナ先輩は気にも留めずに再び座り エリス先輩のサンドイッチを頬張る、強い…素人目にもわかるほど強い

あれが学園最強かぁ…、エリス先輩も強いというけれど アマルト先輩も物凄く強いというけれど 、多分 ラグナ先輩の方が上なんだろうな、そう思える程にラグナ先輩の強さは圧倒的だ

「もうラグナ、彼も一応後輩なんですから もっと手心をですね?」

「わ…悪かったよエリス、だけどアイツも挑戦してきている以上 変に力を抜くのは失礼な気がして…」

「それでもです、エリスを守ってくれたのはとっても嬉しいですけど、エリス 何を言われてもアイツの物になんかなったりしませんよ?」

「そりゃそうだけどさ…」

「ふふ、すみませんでした 意地悪を言ってしまって、助けてくれてありがとうございます ラグナ」

「っっ…わ 分かってくれたら、いいんだよ うん…うん」

だが、ラグナ先輩はエリス先輩には敵わない様子だ、強さ云々ではなく エリス先輩には勝てないんだ、あれは尻に敷かれるな…実際敷かれているし

と言うことはエリス先輩が本当の学園最強ってことか、流石私のエリス先輩だ、メモ帳に記しておかないと

「えーっと…エリス先輩は…真の学園最強っと…」

……………………………………………………

ディオスクロア大学園には多くの生徒が通っている、国籍 人種 身分 年齢問わずいろんな人間だ

しかし、そのどれもが同じ理念を秘めている、それは

『この学園で学びたい、未来のための力を』と…、魔術科にいるカーラならば 一人前の魔術師になりたい と言った具合か、ともあれここに通う生徒達は皆未熟 故に教えを乞う、人生のそしてその道の先達たる教師に

だから学園というこの世界では教師が上 生徒が下 宛ら狼と鹿のようなその構図は絶対だ、アマルト達のような超絶した存在でも 一応教師の言うことは聞かなくてはならない

ただし一人、その関係性を崩し 教師の上に明確に立つ生徒がいる、教師よりも深い知識を持ち 逆に教師に教える立場にいる人間、筆頭教授 リリアーナ・チモカリスさえも下に見るその業界の絶対者

その名は

「はい!、デティフローアちゃん あーーん」

「んあーーむにゅむにゅ、おいひーいい」

沢山の女子や男子に囲まれる小さな女の子が一人いる、明らかにこの学園に入学する為の最低年齢を下回るような見た目の少女は 周りの生徒達からの貢物…ケーキを食べて幸せそうに微笑んでいる

あれこそがその絶対者、デティフローア・クリサンセマム様…魔術界と言う広大な界隈の頂点に君臨するお方、私も最初見たときは目を疑ったが どうやらあの人がそのデティフローア様で間違いないらしい

「あんな小さな見た目なのに、教師さえ黙らせるほどの知識を持つ秀才だなんて…やっぱり魔術導皇は違うなぁ」

チラリと壁から顔を出して観察する、もう授業は終わり放課後だと言うのに デティフローア様のいる魔術科第一教室には人だかりが出来ている

あの人だかりはこの学園のマスコットであるデティフローア様にお菓子をあげて愛でる会の会員達だ、いつも暇を見つけてはデティフローア様へのお菓子を作り持参し現れ囲む、不思議な連中だ

あそこの会員の人達は皆損得勘定無しでデティフローア様にお菓子をあげているらしい、偶に魔術導皇に取り入ろうと高級な菓子を持参する人間もいるが 賄賂は受け取らないとそう言う人間からの菓子は突っ撥ねているようだ

噂ではデティフローア様は人間の心が読み取れるらしく、下心を抱えている人間では彼女に取り入ることは出来ないのだと言う

「にしても…エリス先輩のことを観察したいのに 人だかりが邪魔だなぁ」

私は別にデティフローア様を見にきたわけじゃない、エリス先輩を見にきたんだ 

エリス先輩は今デティフローア様と一緒にいる、と言うか人だかりの奥であらあらと言った様子でその状況を眺めているんだ、その慈母の如き微笑みが私を狂わせる

出来るならその微笑みを目の前で見たいのだが、人が邪魔だ…もっと退いてくれないかなぁ、上手く見えないよ 折角のエリス先輩の微笑みなのに…ああ邪魔

必死になって首を前後左右上下斜角スライド移動させながら人の隙間からエリス先輩を見つめる

「デティ?、お菓子はそのくらいにしておかないと晩御飯が入りませんよ?」

「えぇ~いぃ~じゃんエリスちゃん、折角こんなにお菓子があるんだし…そうだ!なんなら今日の晩御飯このお菓子にしない!?妙案!名案!ナーイスアイデ…ア……」

「………………」

エリス先輩はデティフローア様の言葉に無言で返す、ただ ジトーッとした目だけを向けて、見つめる…それだけでデティフローア様は、あの魔術導皇デティフローア様はドッと冷や汗をかいて

「も もしかして…怒ってますか?エリスさん」

「いえ、ただスピカ様よりデティの食生活を預かった身として責任を感じているだけです」

「お 怒ってるよね!怒ってるよね!!い 今のは冗談だようエリスちゃあん!」

「ツーン…」

「エリスちゃあん!」

エリス先輩は腕を組んでツンとそっぽを向いてしまう、仲睦まじい 喧嘩と呼ぶのは烏滸がましいようなやり取り、それでもデティフローア様はエリス先輩に引っ付きぴょいぴょい謝ってる

なんという事だ、エリス先輩の怒りはあの魔術導皇さえ恐るというのか、これもメモしておかないと

「えっとメモメモ…エリス先輩の怒りは…魔術界を揺るがす…と」

エリス先輩への言葉で埋め尽くされたメモ帳にペンを走らせる、それにしても…とう、それにしても

「ふふ、冗談ですよデティ」

「半分冗談じゃなかったよね!私分かるよ!」

「うふふ」

「笑って誤魔化さないでよ!?」

ああ、エリス先輩…美しい、こうして観察を続ければ続けるほどにその美しさに私は狂わされていく、今ではてっきり当初の仲良くなるという目的を忘れ

大好きな先輩の視線を盗み 隠れ潜んでその微笑みをちょろまかす盗人のような行いに、私は恥ずべき事に背徳感を覚えてしまった、無防備な姿に見る事に快感を得てしまった

そうなれば後は獣だ、快楽を求め より背徳感を求め、村に居た時では考えられないようなスリリングな快感私は酔いしれ隠れ潜んでエリス先輩を観察してしまう、もっと…もっと何かないか エリス先輩を間近で感じる方法は

「お前何やってんだ?」

「え?……」

私は エリス先輩を観察する事に夢中になって、背後から迫るもう一つの影に気がつかなかった、というか 私が今立っているのは教室の入り口の影、エリス先輩からは見えないだろうが教室に入ろうとする者には丸見えでつまり何が言いたいかというと

…見つかった、秘密のプレイが…他の人間に

「こ ここ、これは…ゲェッ!?」

「ああ?」

しかも最悪な事に、振り返った先にあったその顔には 見覚えあった、ラグナ先輩だ ラグナ・アルクカース大王だ、それが何やら訝しげな目でこちらを見ている

しまった…しまったしまったしまった!、エリス先輩の次に見つかってはいけない人に見つかってしまった、ラグナ先輩はエリス先輩と同じクラス ここに来ることは予見して然るべきだった

ラグナ先輩にバレれば当然エリス先輩にもバレる、それは避けたい なんとしてでも避けたい

なんっとしてでも避けたいっ!!、でなければ私はエリス先輩を付け回す変態としてエリス先輩に記憶されてしまう

きっと私が近づいただけで 汚物を見るような目をし顔をしかめ私を遠ざけるだろう、ああ そんな様を想像しただけで私は…私は……

(ん?、悪くないぞ?むしろ良い 、嫌悪でも良いから私を見て欲しい)

「お前…ん?そのメモ帳…」

「アッッ!?!?」

見られた、メモ帳の中身見られた!やべぇ!死んだ!殺される!、このメモ帳の中身見られたら流石に言い訳出来ないよ!

ラグナ先輩の顔はより一層怪訝に染まる…マズい…なんか知らんが疑われた目をしている、いやもしかして私 ノーブルズの偵察隊か何かと間違われてるんじゃ

もし もし私が敵だとラグナ先輩に疑われたら、…あのライアン君に飛んだ鉄拳が飛んでくる、それもデティフローア様の治癒無しのやつ 遠慮無しのやつだ

そうなれば私はトマトだ、私の頭はトマトみたいに弾け飛ぶ、つまり死ぬ

身震いする命の危機に私は飛び上がり そして


「ごごごごごごめんなさいぃぃぃぃいぃ!!!!!」

「は?いやおい」

ラグナ先輩の制止の声も待たず私は走り逃げる、頼む 頼むから私のことは忘れてくれ、そしてエリス先輩には話さないでくれ!、そう祈るように全力で駆け抜ける…ああ 次の日エリス先輩に嫌われてたらどうしよう…………







「なんだアイツ…?」

そんな全力で走り去るカーラの背中を見て首を傾げるラグナ、別に追いかけて捕まえても良いが後輩の女子生徒を追いかけて捕まえたとあれ今度は俺が捕まる番だ、憲兵にな
なんかメモ帳にエリスの名前がたくさん書いてあるから、友達かと思ったんだが…

「どうしましたラグナ?」

「ん?、おお エリス、そろそろ帰ろうぜって…誘いに来たんだが」

「ああ、カーラさんですか…、最近エリスの周りをウロウロしてて、話しかけたいのかと思ったらそうでもないみたいで」

なんだ、やっぱりあの女の子と知り合いだったのか とラグナは合点が行くと共に、青ざめる…思い出すのは声をかけた時のあの女の子…カーラの顔、俺の顔見てビビってたよな もしかして驚かせてしまったかもしれん

「…どうしました?顔が青いですよ?ラグナ」

「い…いや何も」

明日謝っておかないと…、しかし顔を見られただけで怖がれるとは 俺そんな怖い顔してるか?、いやまぁ最近はベオセルク兄様に似てきたとは思うけど…、じゃあ怖いか 兄様と同じ顔して声かけられたら俺泡吹く自信があるし

しかしそんな怖い顔して声かけた覚えはないんだが…

「なぁ、エリス 俺の顔どう思う?」

「えぇっ!?、ど…どう…とは、いや 悪くはない…と思いますよ?、寧ろそのエリス的にはその…えっと」

「悪い 答え辛い質問だったな」

戸惑うエリスを見て決意する、優しい顔の練習をしておこうと

…………………………………………………………

この学園に通う生徒は皆平等である、皆等しく生徒という立ち位置にいる事に変わりはない それ故に平等…、というのは建前である

ある  生徒間にも上下が、家柄 親の財力 見た目 成績 カリスマ性 様々な要因で生徒達の間で上と下が決定する

上の人間は他の生徒を率いるし、下の人間は上の生徒に率いられる、その構図に疑問を抱く人間は少ない、疑問を抱かない人間は往々にして下につき そして比率で言えば下につく人間の方が多いからだ

人間とは上下を作る習性がある、こればかりはどうしようもないかり今更どうこう言いはしない、寧ろ反発しても良いことはない こう言うものには素直に従い迎合する方が利口というもの

故にこそ、皆自分が少しでも上に行こうと努力する ほんの少しでも上に、ほんのちょっぴりでも上に、村娘のカーラもそういう欲はある…だが

世の中にはいるんだ、得てして上に立つ存在 所謂所の支配者が…

「せー…の…」

朝、燦々と降り注ぐ朝陽の中校門の前で寄り添う生徒 数にして24名、皆女 揃いの鉢巻を頭に巻いてタイミングを合わせるように息を整える、さぁ いつも通りの時間に登校してくるあのお方に向けて声を…


「メルクリウス様ー!!!愛してまーーす!!」

「ああ、みんなおはよう」

「キャーーー!!!」

校門を通りかかる彼女に黄色い声援を送る女子生徒達、向ける視線の先には一人の麗人がいる

青い髪 尖った明眸、怜悧に見えながらも決して冷淡ではない口元 何より日を浴びて輝く蒼い髪には霊峰の水流の如き神聖さを感じさせる、こんな彼女を褒め称える言葉が『美しい』しか存在しないあたり、人類の言語は未だ発展の余地を感じさせる

麗人の名はメルクリウス・ヒュドラルギュルム 、商業と技術の総本山 デルセクト国家同盟群の首長にして世界一の大富豪として有名な存在、金持ちだ 超がいくつもつく、なのに彼女からは金持ち特有の嫌な気配は感じさせない それは彼女が実力でその地位を得た傑物だからだろう

「メルクリウス様!今日もお美しいです!」

目の中にハートを膨らませた女子生徒達がメルクリウスに群がるように着いて行く、彼女達は別名『メルクファンクラブ』、昔は親衛隊を名乗っていたのだが メルクリウス自身が親衛隊という言葉に蛇蝎が如くの反応を示した為今の形に落ち着いている

ファンクラブの総勢は今現在五十人を超えていると言われ 今もその規模を拡大している、目当てはメルクリウスの資産ではなく 純粋に彼女の美しさのみ、そう 混じり気無しのファンクラブなのだ

「美しいか…、私は君達に讃えられるような人間ではないが その言葉は、心に受け止めよう」

「め メルクリウスさまぁ…」

メルクリウスの態度は真摯かつ紳士的だ、軽く微笑むその口元に煌めく白い歯の輝きは一層周囲のファン達をうっとりさせる

エリス先輩達四人の中でも随一の人気と知名度を持つメルクリウス先輩、その見た目の麗しさと人気の高さから美術科の絵画のモデルに呼ばれることも多く、嘘か真かこの国随一の芸術家にも是非貴方の絵を描かせてくれと頼み込まれたこともあるほどいう

凄い人気だ、どうやら前年のエウプロシュネの黄金冠で 入って一年の新入りが異例の準主演を務めたことでも有名だ

まぁ、主演はエリス先輩なんですけどね…見たかったな、カーラは一人校門の陰に隠れながらメルクリウス先輩を…否 その側にいるエリス先輩を観察する

今日は念入りに隠れている、もしかしたら私の存在がエリス先輩にバレてる可能性があるし、何よりもう見つかりたくはないので念には念を重ねて隠れている、私の存在は誰にも見つけられまい

…しかし、こうして観察していて分かったことだが、エリス先輩達四人の人気は凄まじいものだが、四人の中でエリス先輩はあまり目立っている印象はない

何かをするときも基本的には主導権はラグナ先輩に握らせているし 、デティフローア様やメルクリウス先輩の影になるように常に動いている、それ故にエリス先輩の追っかけとかファンとかは私以外には見かけない

寂しくも思うが、逆に考えればエリス先輩を追いかけているのは私だけということ…それはなんだか特別な感じがするし優越感さえ感じる、ふふふ エリス先輩の笑顔は私だけのもの…

「でゅへへ…エリス先輩…」

追いかければ追いかけるほど狂う、まるで毒酒 仰げば仰ぐ程に染み渡り私の理性の紐を解いていく、エリス先輩の下着になりたい

垂れるヨダレを拭きながら私は今日もエリス先輩を観察する……あれ?

「え?あれ?エリス先輩は?」

ふと それこそ一瞬目を離した隙に私の視界から消えるエリス先輩、おかしい 今さっきまでそこに…ラグナ先輩の隣に居たのに、どこに行った?どこに消えた?そう目を左右に揺らしている間に気がつく

エリス先輩の隣に居た ラグナ先輩の視線がこちらを向いている事に……


「カーラさん…ですよね?」

「はひょぇいぇぃっ!?」

突如私の耳元に響く玉音に跳び跳ねる、い いやいやいやいや!この声は 脳がとろけるこの声は、そう察する毎に 理解する毎に、動きが 鈍る そんな まさか…と

ギリギリガタガタと震える顔を隣に向けるとそこには……


ーーーーーー来光

「え エリス…先輩」

太陽であった、我が太陽 果てなる海洋地平より溢れる来光の如き輝きを孕む顔、私の憧れ 私の視線を独占する女神、それが 今目の前に…

いやいつの間に!?目を離したのなんてほんの数瞬だ 結構距離を開けていたのにその一瞬でここまで走ってくるなんてできるのか!?いやそもそもなんでここに!?隠れていたのになんでここになんで!?

「あ…あぅあ…あ…」

「カーラさん?大丈夫ですか?」

「はふぁ…」

もはやそんな疑問などどうでもいい、エリス先輩が私の名前を呼んでいる というかあんな一瞬会っただけの私の名前を覚えてるなんて…か 感激で鼻腔から出血しそうだ

「な なんでここにエリス先輩が…」

「いえ、最近エリスの事ジーッと見ているようだったので、何か用事でもあるのかなぁと待っていたのですが、一向に話しかけてこないので」

バレてた!?、いや流石はエリス先輩 早速メモに記さないと…エリス先輩の目は万物万象遍く限りを持たず見通すと…って つまり何か?エリス先輩は私の視線に気付きながらも私を待っていてくれていたということか?

…………私は邪な気持ちで己の快楽を貪るのに夢中になっている間、エリス先輩は待っていてくれたと…話しかけられるのを

「…………それは…その」

思わずメモ帳から手を離す、何やってたんだ私は 最初はそう…あの時のお礼と出来る限り友達になりたいと思っていたんじゃないのか?、それがどうだ いつのまにか憧れの人を観察する事自体が主眼になっていた

目的と手段が逆転していた、…いつしかエリス先輩を神格化して自分から遠ざけて…、なんと愚かなのか

「それで、なんでエリスのことを遠くから見ていたんですか?用事があるとか…ですか?」

「………………」

だが同時に思う 思い出す、私は村娘 エリス先輩はこの世界の頂点に位置する人達と友達だ、友達になってほしい と言いたくとも言えない、 友達になってくれるわけがないから

ここで言って 苦笑いをされたら私は打ちのめされてしまうから

「カーラさん?」

「…すみません、なんでも…ありません」

「そうですか?、…分かりました」

言えなかった、恐れが勝った 或いは既に打ちのめされていたか、憧れとは前へ進む感情を鈍らせる 遠くから眺めていたいという諦めの混じった感情、そもそも 身の程知らずだったのだ

エリス先輩は私の言葉を聞きやや訝しみながらも納得してくれたのか、頷き 一歩引く

もしかしたら私は今 エリス先輩に近づく千載一遇のチャンスを失ったのでは…、そう 俯いた瞬間…

「では、何かあったらいつでも声をかけてください、エリスは貴方の先輩です 可愛い後輩の頼みはなんだって聞きますから」

そう言いながら私の頭に手を置き、撫でる…暖かな感触が頭頂部から心に伝い 温める、私の全てを…

「エリス…先輩」

「ねっ?」

煌めくウインクを残しながら立ち去るエリス先輩、私の頭にかすかな温もりを残しながら 

そうか…そうだったのか、私達は友達などという括りに無理矢理括らずとも 先輩後輩という関係で繋がっていたんだ、もっと親密な関係に と思わないでもないが…そうだな、今はそれでいい事にしよう

私はエリス先輩の後輩、エリス先輩は名前を覚え 名前を呼んでくれる、そういうのでいいんだよそういうので…、だから 

「こういうのは…やめよっかな」

メモ帳を見てやや呟く、先輩は私を後輩として可愛がってくれる、なら私も後輩として真摯であるべきだ、盗み見 盗み聞きはやめよう、己に恥ずべきところがあるから言い出せないんだ

ならまずは先輩の後輩に相応しい人間になるんだ、エリス先輩の後輩として恥じない人間になって、それから…それから 友達とか…そういうのに、なっちゃおうかな なんて

「えへへ」

エリス先輩の背中を見て微笑む、よし…ならもうこういう汚いことはやめて、私も真摯な人間になるんだ、授業もしっかり受けて それこそ一人前の魔術師になるんだ

そう、決意も新たに踏み出そうとした瞬間


「え?……」

刹那、背筋が寒くなる… 初めて感じる感覚、だが何かは自然と理解できた、私の背中を刺す 冷淡な感覚、物質的ではない意識的な物

向けられている、刃物の如き…殺意を

「っ……!?」

慌てて振り返る、間違いなく 私に向けられた殺意、何者かが私に向かって殺意を向けている、その尋常ならざる感覚に任せ振り向くも誰もいない 私以外の人間はこの場には誰も


「…いや…まさか」

居ない 確かに居ない、ように見える…だが いるんだ、目を凝らせば見えてくる その物陰、意識しないと見落としてしまいそうな物陰から覗く 顔…、それが私をジーっと見つめて

っ……!も…もしかして もしかしてこれ!

「嘘…でしょ」

右を見る 、そこの花壇 その向こうに花々に紛れるようにこちらを見る人間がいる

左を見る、塀の向こうからこちらを覗く影がある

前を見る、学園の窓からこちらを見つめる存在がいる

…それ以外にも探せば探す程見つかる、こんなにも大勢の人間が隠れてこちらを見ている、しかも 私と同じ メモ帳を手に持ち…

「あ …ああ、そっか そういう事…なんだ」

もし、エリス先輩が さっき私にしたような行動を別の人間にしたら私はどう思うだろうか?、多分羨み 物陰から睨む、それこそ殺意を向ける勢いで…

そうだよな、メルクリウス先輩やラグナ先輩 デティフローア様にだけファンがいて、エリス先輩にだけファンがいない、なんてことは無いんだ 

つまり今私を見つめている人たちは、私と同じ……

「……っ!」

手放したメモ帳を見て、笑う…なんだ エリス先輩が好きな人間、こんなに沢山居たんだ

私だけじゃ…なかったのか、はは…ははは

………………………………………………………………

「おうエリス、後輩との話は終わったか?」

「はい、以前ノーブルズに襲われてるところを助けた子でした、まぁ 用事はないようでしたが」

エリスはカーラさんとの話を終え、ラグナ達の所へ戻る

最近、妙に視線を感じるのだ 四方八方から、まるで舐めるような視線 観察するような視線、なんで見られてるのか分からないから放置してたんだが…

「…………」

グルーっと見渡した限り二十人くらいいる、エリスがその方角をちらりと見ると慌てて隠れる、最初はエリスのことを狙った刺客かと思ったんですけど

隠れ方があまりにお粗末で、敵意も感じないから 敵ではないと思うのですが…

「はぁ、本当に なんなんでしょうか」

「まぁ、困るようなら直接言えばいいさ」

「そうですね…、おや?」

ふと、目の前を歩く女子生徒に目がいく 見ない顔だ、多分新入生だろうか

まだ学園に慣れてないのかオロオロとした様子で慌てている、だからだろうか 制服のタイが歪んでいる、あれじゃあ周りからみっともない目で見られてしまうだろう、よし

「そこの貴方?待ってください?」

「は はい?…」

ラグナ達から離れ女子生徒の元へ、やはり見ない顔だ 後輩かな…、まぁいい

呼び止め足を止める後輩の首元の曲がったタイに手を伸ばし

「タイが曲がっていますよ」

「へ、…ひゃ…ぁ」

その子のタイに手を当てて整える、こうかな?…うん よし 整った、我らながら完璧なタイ、見せてあげたいよ 誰にかは分からないが

そう満足していると、目の前の後輩の子は やや頬を赤らめて

「あ、…ありがとう…ございます」

「いえ、こちらこそいきなりすみませんでした」

「あの…お名前を伺っても…」

「え?エリスはエリスです、972期生 魔術科のエリスです、よろしくお願いしますね?」

「は…はいぃ」

そう一言残しラグナ達に合流する、よかった いきなり呼び止めて胸倉掴みにかかる変な奴だと思われなくて、チラリと後輩の子を見るとややボケーっとしているが うん、嫌悪感んじない

曲がったタイではみっともないですからね、そういうところを正してあげるのも先輩の役目ですから

「別にタイくらい良くね?、言えば自分で直すだろ」

ふと、ラグナにそう言われた まぁ確かに指摘すればいいんだろうけど、それはそれで嫌な先輩として見られませんかね?、エリスとしてはなるべく後輩には嫌われたく無いし あんまり角の立たない方法を選んだつもりなのですが

というか、こう…エリスはバーバラさんとかデティとか 最近よく他人の制服を直す機会が多かったので つい手が出てしまったというか

「エリスちゃーん、私そういうところだと思うなー?」

「そ そういうところ?どういうことですか?デティ」

「そういうところはそういうところー」

どういうところですかデティ!ちょっと!?よく分からないんですけど!?、やや呆れながら先に行ってしまうデティを追うようにエリスもまだ学園へ向かう



「エリス…お姉様…」

ポッとその頬赤らめ エリスの背中に見惚れる後輩を置いて…、また一人 新たなストーカーを生んだことに、エリスは気がつかないのでした
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