孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

138.孤独の魔女と一年を振り返り

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冬が明け 太陽の登る時間も長くなり始めポカポカしてきましたね、最近じゃ市場に並ぶ食材も増えてきて街にも活気が戻り始めてきました 

春は野菜も美味しいですし、エリスも腕を奮って料理をしていますよ

…エウロパさんの一悶着が解決して あれから数ヶ月の時が経ちました、ガニメデ カリスト エウロパを失ったノーブルズはもはやイオとアマルトの二大巨頭しか残っておらず 最近ではノーブルズの横暴も鳴りを潜めています

エリス達がノーブルズ達に襲われることはなくなり、エリス達とノーブルズの力関係はややエリス達の優勢にひっくり返りつつあります

アマルトとの決着も着々と近づいています、このままノーブルズという足場がなくなればアマルトは動かざるを得ない、もしくはその足場を守る為に動く…と予想していたのですが、此の期に及んでもアマルトは動きません

ラグナ曰くこの『ノーブルズが力を失っていく状況はアマルトの思う壺なのかもしれない』と言っており、そろそろ対立にブレーキをかけていきたいとの号令を出した

まぁ、ブレーキも何も 最近じゃ対立してる感は薄くなってきてるんですがね



そんなこんなで季節は春、芽吹きと出会いの季節 エリスがこの学園生活を始めて 一年という時が経ち、エリスは14歳くらいになりました 

デティも14 ラグナは16 メルクさんは19歳になりました、メルクさんは最近一人飛び抜けて年上であることを気にしてるみたいですね

まぁそんなことはいいんです、…しかしもう学園に入って一年ですか 

入学する時、エリスは不安に満ちていましたが それが今こうなるとは予想だにしませんでしたよ、ラグナ達のおかげで毎日がとても楽しいです

デティが可愛くて ラグナがかっこよくて メルクさんが凛々しい毎日、四人で食卓を囲ゆ日々は本当に楽しく こんなにも笑顔に満ちた日々は人生で初めてかもしれない とさえ思う

師匠と離れてやっていけるか不安だったが、みんなと一緒なら なんとかなりそうです



「え?、今日休みなの?」

そんな春の日の朝、一人制服に着替えたデティがダイニングに降りてきて そう言うのだ、制服にきっちり着替えているデティとは裏腹に エリス達は皆私服でそれぞれの事をして楽しむ姿を見て驚いているようだ

メルクさんは一人用のソファに座り本を読み ラグナはそのソファを背負い片手で腕立てをし、エリスはテーブルを拭いて 皆それぞれ休日モードだ

今日は休みだ、平日だが 今日は休みなのだ

「デティ、朝食の時に言ったではありませんか、今日は休みですねって」

「えぇ!?ね…寝ぼけて聞いてなかった」

「今日は入学試験と入学式をする日らしいぞ、その間 学園は丸々試験で貸切だからな、在校生は皆休みだ」

「えぇー!そうなのー!?、そういえばこの間の卒業式の時もそうだったねぇ」

メルクさんの言葉に驚愕するデティ、しかしメルクさん 腕立てをするラグナの上に座って本読み辛くないのかな…

今日は入学試験の日だ、エリスがこの学園に入学したあの日と同じ 、今頃学園では例のゴーレムの試験とかをやっている事だろう、今回はエリス達は学園を休む側 そう思うと感慨深い

「まぁ俺達は入学試験の日には居なかったからな、今日が入学式って感覚は薄いのかもな」
 
「そうですね、というわけで デティ、今日は休みですよ 制服はまた明日にとっておいてください」 

「はーい、着替えて来るね」

トテトテ可愛らしい音を立てて自室に戻るデティ、きっと戻ってきたらデティスペシャルを欲しがるだろうから 今から用意しておこうか、あれがあると仕事が捗ると言っていたしね

「しかしさエリス、卒業式を見てて思ったんだけどさ、この学園って何年まで居ることが出来るんだ?、見た感じ5~6年いる生徒もいるよな」

ラグナ…それ入学する時聞いてないんですか?、いや ラグナはエリスがいじめられていると聞いてその手の話をすっ飛ばしてきてくれたから知らないのか、なら説明しなくてはならないな

「ディオスクロア大学園は基本的に三年から五年まで居ることが出来ます、そこから三年追加で更に専門的なことを学べるようなので 最大八年 留年も含めれば十二年在学できます」
 
「はぇ~そんなに居れるのか、すげぇな もう学園に住むようなもんじゃないか」

そうだ、もう住むようなもんだ 最速で卒業しようとも思うと三年目で卒業試験を受けることが出来る、さらに学びたいと思えば追加で二年…そこからもっと専門的な事を学ぶ専門生になれば更に三年だ

特に王宮に仕えるような凄い人間になろうと思うと 専門生になるのは必須と言ってもいい

「エリスはこの学園に何年在学するつもりなんだ?」

「あれ?、言ってませんでしたか?、三年間在学するように師匠に言いつけられています」

「ほぉーん、その辺は俺達と同じなんだな」

つまりあと二年だ、ここに居られるのも…二年経てばラグナ達はまたそれぞれの国へ エリスはまた旅に出てこの大陸を出て行く…

そう思うと寂しいな、この世に永遠はない この暮らしもまた永遠ではないんだ、物事は常に変化して行く この生活も今だけだ

「…エリス、寂しそうだな」

「え?、わ 分かりますか?メルクさん」

「君は悲しそうにする時 いつも黙って視線を下に向ける、流石に分かるさ…大方この暮らしの終わりを意識していたんだろ?」

「はい…、あと二年で終わり そう思うと寂しいなぁと」

「寂しがるの早いと言った筈だ、去年の一年もあんなにも濃厚だっただろう?、それがあと二年もあるんだ、まだまだこれからさ」

確かに 去年はエリスの人生の中で一番時間の流れが遅かったようにも感じる、それはきっとみんなとずっと暮らしていたからだろう、師匠との旅の生活が嫌なわけではないが 旅は良くも悪くも慌ただしいからね

「そうですね、…じゃあ今日という日を楽しみますか、今日休みですしどこかに行きますか?」

「いいなそれ!、最近あったかくなってきたし 外で遊ぶか?」

「よし、では私のオススメの店があるんだが そこで食事でもどうだろうか?」

え?、メルクさんのオススメの店?…思い返すのはあのわけわからんくらいすごい店、エリスが記憶が曖昧になるほどの壮絶な店、物凄く料理は美味しかったけれど…もう一回行きたいかと言われるとちょっと怪しい

いい店だったけど 気苦労が積もる…

「え…メルクさんの店ですか?」

「メルクさんの店か…」

「いや私の店ではないぞ?、ただとてもいい店が…」

「なんの話してるのみんなー!私も混ぜてよー!」

なんてデティが可愛い私服に着替えて来ると…まるで見計らったかのようなタイミングでそれは起こる

…ノックだ、トントンと優しげに扉が叩かれる…ノック つまり客人だ

「……ノックですね」

「ノックだな…」

「どうする?」

エリスとラグナとメルクさんは息を止めてお互いに視線を交わし合う、いや客人が来ること自体は構わないんだ…ただ

この屋敷でノックがする時 それは何か厄介ごとが始まるサインでもある、ノックがなってなんでもなかったことなど一度もない、確実に出れば面倒なことになる

かといって居留守を使うわけにもいかない、これで物凄く重要な用事で…

扉の向こうにはベオセルクさんあたりがいて『アルクカースが滅んだ!』とかそう言う知らせを持ってきてる可能性もある、いやそれはそれで特大の事件だし あんな国が滅びるとは思えないんだが

それでも何か 重要な話の可能性が高いし、何より どうせ逃げられない

「エリスが出ますね」

「ああ、俺達も何が起きてもいいよう待機しておく」

まるで臨戦態勢だ、ラグナは背中のソファを降ろし メルクさんは本を閉じる…デティは呆然としているが、今は客人だ エリスは足早に玄関に向かい…

「はーい?、何ですかー?」

やや硬い声音で 玄関の扉を開けると……


「ちゃっちゃお~?、エリっち ゲゲゲ元気~?」

怠く着崩した服 仕事してなさそうな風貌、そしていい加減な口調とは似つかわしくない隙のない身のこなし…、この国で いやこの世界でこんないい加減にデタラメな人は一人しかいない

「…タリアテッレさん?」

タリアテッレ・ポセイドニオス、コルスコルピに於ける最強の剣士にして世界最高の料理人 …強い者というのは重宝され 良い技術を持つ者は重用されるのが世の常だ、誰よりも強く誰よりも高い技術を持つこの人は本来もっと忙しそうにしてるべきなのに

なんか、すげーラフな私服で寝癖の立った髪の毛をぴこぴこ揺らし玄関先に佇んでいた、ピースをチョキチョキ開閉して…

「えっと、なんの御用でしょうか」
 
「いやぁ、御用ってほどじゃねんだけどさ、君ら今日休みって感じでしょ?、私ちゃんがお料理をご馳走してあげようかと思ってねんねん」

お料理…お料理!?世界最高の料理人たる彼女がエリス達に!?な…なんてことだそれは、本気で言ってるのかこの人は…、い いや待て待て

「何故そんな急に…」

「案外疑り深いねぇ、いや…エリっち達がノーブルズをほとんど壊滅させたみたいだしさ、アマルトの様子とか学園の様子を聞きたくてね、でもただ呼び出して聞くんじゃ味気ないでしょ?、料理も人間関係も味が肝心…その彩として細やかながら私ちゃんがとっておきをとね、構わんでしょ?」

なるほど…近況報告をしろってことか、タリアテッレさんはアマルトを気にかけている 、エリス達がアマルトと敵対し 根性を叩き直すことを頼まれているのだ、…別に頼まれなくともやるつもりではあるが それでも協力してくれる事がありがたい事に変わりはない

「近況報告する程のことは何もありませんが」

「それでもよ、ほらぁー!みんなよっといで~!タリア様のお料理食べさせてあげるよー!」

そう屋敷の中に叫びラグナ達に声を飛ばす、どうやら この休日の過ごし方は決まったようだ

………………………………………………………………

コルスコルピ中央都市 ヴィスペルティリオ、この街には多くのレストランが存在する 

ぶっちゃけると普通の雑貨店よりもレスラトンの方が多くある程だ、流石は料理大国とも名高い国の中央都市 数多の料理人が切磋琢磨し腕を磨き味を磨き 未知なる『美味しさ』を求め続けている

そんな料理人達の頂点に十年近く居座り続ける女がいる、世界最高の料理人 タリアテッレ・ポセイドニオス

初めて作った料理を口にしたポセイドニオス家お抱えのコック長はそのあまりの美味さに自信を喪失し出て行ってしまった程だ

彼女が一介の料理人として名を馳せ始めた頃、コルスコルピ最高の料理人を自負する男が 物は試しと彼女のスープを一口飲んだところ、彼女の腕の良さに感服し コルスコルピ最高の座を彼女に譲ってしまうほどだ

彼女がコルスコルピ最高の料理人になり一年が経った頃、世界最高の料理人と称えられるアガスティヤ帝国の皇帝専属料理人にフルコースを振る舞ったことがある、そのフルコースを食べた料理人は感動と悔しさから涙を流しタリアテッレの足元に跪いてしまうほどだ

彼女は別格だった、今現在存在する全ての料理人を遥かに上回る腕と舌を持つ、ある者はそれは人類の集大成であると呼ぶ ある者は神の腕と神の舌と呼ぶ

そして皆が彼女をこう呼ぶのだ 世界最高の料理人と



「…………凄いところに連れてこられてしまいましたね」

エリスがポツリと呟く、凄い所…エリス達四人は皆揃ってタリアテッレさんに料理を振る舞って貰うため、揃って彼女のご招待を受けたのだ

料理を振る舞う、てっきり彼女の家にでも招かれ食卓で美味しい料理でも出してもらえるものと思っていたが…どうやら違うようだ

まるで真紅の宝石の如き煌びやかな壁、一点のシワさえ見受けられない美しい絨毯とその上に置かれた長机は純白のテーブルクロスが敷かれている、まるで宮殿の中のようだ

というか宮殿だ、巨大な白亜の宮殿だ ここに連れてこられた時は

『ここがポセイドニオス家の屋敷か、やっぱり凄いなぁ』と息巻いたが…違った

ここはポセイドニオス家の屋敷ではない、この宮殿 この広大で絢爛な宮殿全てが…タリアテッレさんの厨房なのだ、彼女は国王より最高の料理環境としてこの宮殿を丸々一つ貸し与えられているのだ

名を『美食殿』、文字通り食事をする為だけの 料理をする為だけの空間、この宮殿の内部では国王でさえタリアテッレの言うことを聞かねばならないのだと言う

凄まじい話だ、料理をするためだけに宮殿一個を調理環境として貸し与えられるなんて、聞いたことがない…

しかもタリアテッレさんはこの宮殿という巨大な領域を余すことなく使いこなしているようだし なお凄い

家具は多くなく されど生活感は演出されており落ち着いた雰囲気を醸している、美しい壁面と立てかけられた風景画は気持ちを優雅な方向へと持って行き、奏者の姿は見えないが何処からか聞こえてくる音楽は主張し過ぎず それでいて机に着いたものをリラックスさせる

まるでこの空間そのものさえも既に調理された環境であると言わんばかりだ、料理一つ それ以外気にする物がまったくない、時さえ忘れしがらみさえ忘れ、ただ食に没頭するための空間…

タリアテッレという世界最高の料理人によってプロデュースされた 空間なのだ

圧倒される、ただただ圧倒される こんな凄いところにご飯食べに来て良かったのかな

「俺私服で来ちゃったけど正装に着替えた方がよかったかな…」

「タリアテッレ殿の料理は世界一だ、しかも彼女の所有するこの美食殿に招かれ食事をするなど それこそ一国の王でさえそうは叶わぬ贅沢の極致、私服で来たのは間違いだったな」

「で でもタリアテッレさんが私服でいいよって言ったんだよ?」

「それは罠だよデティ」

罠なのか どういう罠なんだ、そうこの状況に戦慄きながらもエリスは襟を正す…そうだ思い出せ

この空間はタリアテッレさんの空間だ、あのアビゲイルさんの師匠のタリアテッレさんだ、食事に対する礼儀を知らない人間は切り刻んで庭に撒いてもいいと思ってる人間の師匠だ

つまりこの場で何か失礼なことをすればタリアテッレさんが激怒する可能性があるということだ、アビゲイルさんは大して強くなかったからまだなんとかなったが

このカストリア大陸最強の剣士でもあるタリアテッレさんがキレて襲いかかってきたら エリスは生きていられるだろうか

背筋が冷たくなる…間違いなく死ぬな


エリス達は図らずして魔境に足を踏み入れてしまったのではないか?

「エリス緊張してきました」

「俺もだよ…、ただ普通に話し聞くだけだと思ってたし」

そうエリス達がソワソワし始めたところで、まるで見計らったかのようなタイミングで目の前の純白の扉が開かれ 奥から片手で盆を持った老執事が現れる

「失礼致します」

「はぇ?」

エリス達はの視線が 一気にその執事に向けられたのは言うまでもない、唐突に現れた執事はコツコツと足音を立てエリス達のテーブルの目の前まで来る、凄いな…盆を片手で持ってるのにピンと張った姿勢が全くブレてない 

というか何を運んできたんだ?、綺麗な かつ流麗な動きでエリス達四人の前に置かれるのは …グラスだ、それも指で摘めるような小さな小さなグラス、…何これ

「ほう、食前酒か…本格的だな」

「分かるんですか?メルクさん」

「この手の高級料理は食い慣れているからな…どうやらタリアテッレ殿は我等にフルコースを馳走してくれるようだ」

「流石はメルクリウス様 、こちら大陸の外 ポルデュークより仕入れましたシャンパン、銘を『アルカディアトパーズ』でございます」

お酒だ、メルクさん曰く食前酒…聞いたことはある 、フルコースの一番最初に振舞われるお酒、本来はワイングラスに注がれた物が来るというが 量が少ないのはエリス達の年齢を考慮してか…

「アルカディアトパーズ…、酒を名産とするエトワールでも名酒と知られる逸品だな」

エトワール…確かエトワールの酒は美味いと師匠も絶賛していたほどだ、エリスはお酒の味はよく分からないからなんとも言えないが、美味しいのだろうか…

「これシャンパンか?」

「えー?お酒ー?私お酒飲めないよー」

「いいから飲め、出された物は全部平らげるのがフルコースを振舞われる上での最低限のマナーだ」

そういうとメルクさんはクイッと小さな杯を仰ぐ、まぁ確かに 飲めません飲みたくありませんって突き返したら奥から剣持ったタリアテッレさんが走ってきそうだしな、多分エリスは殺される

それはそれとしてもエリスはこの味を楽しんでみたい、だってあのタリアテッレさんが態々大陸の外から仕入れたお酒だ、きっと美味しいに違いない

…そう、確信に近い決意を抱き エリスもまた、続くようにグラスを傾ける


「っっ!?!?」

刹那、口の中いっぱいに広がる衝撃 あんな少量だけを口に入れたのに、一瞬にしてエリスの口の中が芳醇な香りに支配された

凄まじい味、脳裏にバスケット一杯に山盛りになったマスカットがチカチカと浮かぶ程濃厚…なのにまるで引き際を弁えるかのようにスッと後味が鼻の奥に消えていく、なんて…なんて美味しいんだ

お酒特有の鼻の頭を衝くような刺激はない、寧ろジュースのような爽やかさが目立つ

「こりゃ美味い、俺ぁ酒を飲むのは初めてだが…分かるぞ これはその辺の駄酒なんか比べ物にならん物だ」

「うわぁ…美味しい、なにこれ凄ぉい」

「むぅ、執事 これはただのアルカディアトパーズではないな?、私も一度口にしたことはあるが、これはそれよりも遥かに美味…かつ繊細だ」

「流石でございますメルクリウス様、これはアルカディアトパーズの中でも更に出来の良い年の物をタリアテッレさんの慧眼で見抜き仕入れた秘蔵の酒になります」

なるほど、名酒と呼ばれるお酒も その原料となる果物の出来によって毎年完成度が異なる、これはその中でも随一の物か…いや美味しい、アルコール感もかなり薄いし

しかし、グラスには一口分しかない…もっと味わいたいのに、とてももったいないことをした気がする

「もっと飲みたいです…」

「エリス、食前酒とはそういうものだ食事の前に飲み、口を作り食欲を膨らませるものだ、これは本番ではなく軽い挨拶 濃厚な語り部は後からくるものさ」

「なるほど、流石詳しいですねメルクさん」

「そう流石流石と言われると恥ずかしいな」

でも流石だ、エリス達の中で唯一この場でどっしりしてるのはメルクさんだけだ、空のグラスがこうも様になるのもきっと彼女だけだ、デティなんかは…ってデティ コップの底ぺろぺろしないのみっともない

「続きまして前菜でござます」

「お、ようやく飯が食えるか」

「もうラグナまで、もっとメルクさんみたいに優雅に…」

舌舐めずりしてナイフとフォークを持つラグナに辟易する、全く こういう雰囲気のいいところではそう言う雰囲気を大切にして欲しい、まぁそういう無邪気なところも可愛いわけですが…

まぁいい、今は前菜だ… 執事の方が持ってくるのは4枚の皿、そこに乗せられていたのは…

「料理ってか…お菓子か?」

「ビスケットだー!」

ラグナは訝しげに、お菓子大好きなデティは歓喜する、そう ビスケット…いやクラッカーか?、薄いクラッカーがお皿の中で円状に並べられご大層に盛りつけられているのだ

ただ、そのクラッカーの上にクリームチーズやトマト…野菜や粉チーズ、ハムや見たことない黒いツブツブや、色々乗せられており 、まるで皿というキャンバスの上に描かれた絵画のように美しい

「カナッペだな」

「なんか女の子のあだ名みたいですね」

「そういう名前の料理さ、クラッカーの上に色々食材を置いて食べる という前菜さ、単純であるからこそ 腕とセンスの問われる料理さ」

ふーん、クラッカーかの上に乗せるだけならデティでも出来そうだが、そこは世界最高 一味…というか味そのものも普通に違うのだろう、先ほどの食前酒で出来上がったエリスの体は既に新たなる美食を求めている

そーっと崩さないようにクラッカーを持ち上げる、見たことのない料理…だ、だが恐れはない これはタリアテッレさんの作った料理だから、あの人の料理を以前食べた時の感動を覚えているから

そう 目と共に 口を閉じる


「はっ…!?」

次の瞬間目を開くと そこは、遥か彼方まで青の広がる 平原のど真ん中だった…あの時と同じだ、タリアテッレさんのスープを飲んだ時と同じで…

溢れる!味が!旨味が!なんだこれは!、エリスの足元から次々と湧いてくる水も弾けるような新鮮な野菜 真っ赤なトマト!、それがエリスの目の前で爆ぜるんだ 大量の果汁を伴って…

雨のように降り注ぐ果汁は大地を潤し彩っていき、ただでさえ美しかった平野は果汁に染められキラキラと輝き始める、美と美の調和 美しくないはずがない

ん?、なんだ?野菜の次に湧くこの味は…これは…、チーズだ クリームチーズ!、甘く濃厚  ずっしりと重い味、だというのにトマトの酸味と絡まって新たな味を作り出している

そう…この果汁に彩られた平野を照らす太陽のように全てを包み込みより一層輝かせる、どちらか一方では決して表すことのできない美しさ、両者があるから成り立つ美味…

そして、エリスを感動させるこの美しき平野が…今…、砕けた


粉々に砕けた、バラバラに砕けた 根底からひっくり返させれるように木っ端微塵に、ああ エリスの目の前で楽園が崩れていく、だというのになぜこんなにも幸せなんだ

ああ、そうか これはクラッカーの軽快な食感だ、上に乗る食材を乗せ生まれる調和をグルグルにかき混ぜるようにして一つにする クラッカーの感触だ

上に乗る草原も太陽も 崩れた大地が覆っていく、まさしく世界の終わりの如き壮観…それをエリスは全身に享受し

「ぅ…ぅぇ…ぐずっ…おいじぃ…おいじぃよぉ」

気がつけばエリスは泣いていた、世界終焉にも似た物悲しさ 寂寥感…そして感動、美味しい あまりにも美味しい、簡素なクラッカーとトマトとチーズ…それだけでここまでの味と感動を演出して見せるか…天晴れだ、ここが劇場ならエリスは立ち上がり喝采を送っていただろう

美味しいよ、美味しいよね …そう共感を求めるように周りを見ると

「ん、これ案外美味いな」

「ほんとだー!おいしー!」

ラグナとデティがエリスの目の前でパクパクとクラッカーを食べる景色を見て目眩を覚える、何やってんだ?…何やってんだ!こんな美味しいものをそんな勢いで消費して!

神か!貴様ら!神か!そんな勢いで世界滅ぼして!神かおどれら!

「ラグナ!デティ!もっと味わって!」

「お?おお?、エリスなんだお前 泣いてるのか?」

「そりゃ泣きますよ!美味しいですから!こんな…こんな美味しいもの前にしたら泣いちゃいますよ!」

「そんな美味いか?デティ」

「え?…いやまぁすんごく美味しいと思うけど泣くほどでは…」

そんな…エリスだけ?これエリスだけ?、確かに美味しいものを食べて感動する時、エリス以外の他の人がエリスみたいな反応してるの見たことはないが、…え エリスだけなのか、この感動は

「エリスは感受性が豊かだな、君は自分で料理をするからこそ 料理の素晴らしさが分かるんだろうな」

「そんなもんでしょうか…、むぐむぐ…はうぅ…世界が見える…ああ 滅びていく…」

「これはこれで異常じゃないか?」

「楽しんでるんだからいいだろう」

「エリスちゃん面白ーい」

面白いんじゃない!美味しいんだ!、くぅぅ…美味しい…ダメだ、耐えられない このままではエリスは瑞々しいトマトになってしまう、そうなったらラグナ 食べてくださいぃぃ

そうこうしている間に、料理は次々運ばれてくる

魚料理、まるで大海を旅する魚の気分

肉料理、まるで森林を生きる動植物の気分

スープ、何時ぞやのように深海に沈むように

デザート、甘き山脈に押し潰されるように

エリスの目のに運ばれる一品一品がエリスを狂わせる、というか狂う 狂っていく、こんなもの食べさせられたら きっとこの先エリスは食事と言う行動で幸せを感じることはないだろう

それはある意味地獄のような不幸であり、この世で天国に出会えた幸福でもある

そんな幸と不幸の螺旋の協奏曲は終わりを迎える、と言うか次の皿が来ないか まだかまだかと扉を凝視していたらメルクさんに言われたのだ、次の皿は無いと

愕然とした、事切れたと言ってもいいほどに項垂れるエリスを他所にラグナ達ははしゃいでいる

「いや、美味だったな タリアテッレ殿の料理…流石というべきか、当然というべきか」

「俺あのニンニクのソテーが好きかなぁ、ニンニクって単体であんなに美味くなるんだな」

「私は最後の砂糖菓子ー!、ねぇエリスちゃん お家でもあれ作ってよう……エリスちゃん?」

「…………………………」

「暫く放っておいてやれよ、放心してる」

「エリスちゃん…」

終わり?…あの天国が終わり?、つまり…この先は…地獄?、ああ もっと欲しいのに エリスはもうお腹いっぱいです、幸せです…

呆然と満腹感を噛みしめるエリスの隣で何やらエリスを見つめている視線を感じるが、エリスに今…こんな余裕は

「ちゃお~?、私ちゃんのお料理どうだったかにゃーん」

「た タリアテッレさん!?」

思わず立ち上がる、目の前の扉から現れたコック…先程の楽園の創造者に敬意を称して勢いよく立ち上がる

純白の調理服を着込んだまま現れたのだ タリアテッレさんが、先程までならなんていい加減な人だと飽きれたものだが、最早そんな印象を抱くことはない

この人は偉大な人だ、いい加減な態度も許される程に才気に満ちた凄い人なんだ

「ああ、タリアテッレ殿 噂に違わぬ繊細な料理の数々、至上の持て成し感謝する」

「凄い美味かったよ、野菜一つで スープ一つで肉より濃厚に味を出せるなんてやっぱ世界最高の料理人の名は伊達じゃないな」

「見直したよタリアテッレさん!、私タリアテッレさんのことタチの悪い無職くらいに見てた!」

「アッハッハ!、若人よ!年上を敬え!私ちゃん本当は凄い人なんだからさぁ~ん」

胸を張り笑う彼女には全面的に同意しかない、彼女は強い上にあんなにも料理が上手いなんて狡いだろ 流石にズルだ、反則だ

「タリアテッレさん!」

「あん?、どしたのエリっち」

「感動しました!、貴方の料理は…いえ 貴方の腕は世界最高です!、あんなな素晴らしい料理は食べたことがない!、いくつも存在する食材達がまるで元は一つの存在であったかのように調和し、口に入れる その工程までも計算して作られ 、何よりも!全てに一点の曇りもないのが素晴らしいです!」

料理人タリアテッレの凄いところは腕だけでなく、そのプロデュース能力の高さにもある

食事をする環境は徹底して清潔を保ち かつ見目麗しく、この空間に立ち入る人間はエリス達以外は終始 あの老執事しか立ち入らなかったから食事に集中することが出来た

部屋の大きさ色彩温度湿度環境人員全てを工夫してエリス達を楽しませたのだ

アビゲイルさんも昔言っていた『料理とは食べられてこそ完成するものだ』と、つまりどんなに完璧に料理を作っても食べるその瞬間がダメなら全部台無し 苦労が水の泡、そんなもの最高の料理を作ったとは言えない

エリス達が食事するこの空間さえも 彼女に取っては厨房の一つなのだ、エリス達は食べ最高の料理人の最高の料理の最後の一手間…『食べる』という工程を任されたのだ、こんなにも光栄なことはない

感動した、感動したよ エリスは…こんなにも泣いたのは久し振りだ、大粒の涙を流しながらタリアテッレさんを讃えるエリスを見て、ラグナ達は若干引くが…そんなこと関係ない

最高の仕事をした人間には最大の賛辞が送られて然るべきなのだから

「エリスちゃん、私の料理 楽しんでくれた?」

「はい!はいとても!」

「なら良かった、全力で戦った料理人に応えるように 全力で楽しんでくれるお客さんってのは、いいもんだね 世の中にゃ美味いと思っても美味いと言わない奴もいるからね、其奴らに口開かせるのも腕の見せ所だけど そういう風に手放しに褒められた方が嬉しいってもんさ」

タリアテッレさんは軽く一礼をし ありがとう と…、その姿はまさしく騎士…いや 一人の料理人だ、その真摯なあり方には憧れてしまうな

「さて、お食事はこれくらいにしてさ…、聞かせてもらえる?学園の近況、学園の食堂が燃えちゃってからは私ちゃん学園に近寄れてないからさ」

「ん、分かりました…エリス 一旦落ち着いて席につけ」

ラグナの言葉にエリスは大人しく従い 静かに席につく…、それを確認したラグナは ガニメデとの戦いからエウロパの騒動までの一連の流れをタリアテッレさんに報告する

都度都度メルクさんが補足や注釈を入れながら説明する様をエリスとデティは黙って見つめる、一応エリスも事細かには覚えているが 報告はラグナに任せる、彼がエリス達の代表だからね

そして…

「んで、今に至るって感じさ、俺達はあれから一度もアマルトに会ってないし アマルトが動く気配も感じていない、アイツは高みの見物を楽しみながら ノーブルズって手駒を俺たちに遠隔からぶつけてきてんのさ」

「なるほどねぇ、やっぱりアマルトは自分の周りに人間がいる限り 自分からは動かないだろうね」

タリアテッレさんはラグナの報告を受けて押し黙る、アマルトは動かない ガニメデやカリストを煽り立ててエリス達を潰そうとしている アマルトの周りに彼の手駒となる人間がいる限りアマルトは動かない

それはエリス達も読んでいた通りだ、だからエリス達はアマルトと決着をつけるためにノーブルズと戦うって回り道してんだ

だけど最近になってそれは間違いなんじゃないかとラグナは口にし始めた、もしかしたらこの対立姿勢そのものがアマルトの描いた絵の通りなんじゃないかと

つまり、ガニメデやカリストをぶつけてきたのはエリス達を潰すためではなく、ノーブルズとの対立を激化させるためやってる可能性がある…という事だ

だとするとエリス達はまんまのアマルトに踊らされ、ノーブルズとの対立を深めてしまったことになる

「アマルトは学園を潰そうとしている…って前言ったよね?、多分 ノーブルズの力を落として 貴族階級と一般階級の力を拮抗させてぶつけ合おうとしてんじゃないかな」

「ノーブルズと一般生徒の戦争…って事ですか?」

メルクさんの言葉にタリアテッレさんは静かに頷く、ううむ つまりエリス達は一般生徒の代表というわけか、確かに最近はそういう扱いも受けている、それはエリス達が勝ち取ったものではなく アマルトが用意した椅子に座っただけ ってことか

そしてノーブルズと一般生徒達全体が対立すれば、学園は真っ二つに割れ二分される…学園内で戦争が起こるという事だ

それはつまり 学園崩壊に他ならない

「学園崩壊…アマルトはマジでそれを狙ってるのか?」

「そうとしか考えられないね、このまま行けばアマルトの計算通り 学園内で戦争は起こり まぁ少なくとも授業どころじゃなくなるね」

いや、それだけじゃない 学園内でそんな大騒ぎが起きればディオスクロア大学園のブランドは地に落ち零落する、何千年も続いたこの学園の歴史に幕が降りるかもしれない…それを 学園を代々守ってきた理事長の一族が企んでいるとは

このまま行けばアマルトの思惑通り、されど引けばノーブルズは直ぐに息を吹き返し 一般生徒への締め付けをより一層強めるだろう、一般生徒の台頭を今度こそさせない為に…そうなれば一般生徒達の自由は完全に統制されてしまうだろう

ノーブルズはガタガタになったとは言えイオとアマルトの二人にはそれだけの力がある

…難しい、上手い具合にドツボにハマってる…エリス達はどの道 ノーブルズとの対立を続ける他方法がない、アマルトの描いた脚本通りに対立を続けるしか…

「面倒だな、上手く嵌められた気がしてならない…」

「そう言うなってメルクさん、嵌められたなら嵌め返せばいい 物事が上手くいってると思ってる奴こそ足元が疎かなもんさ、少し前までの俺たちみたいにな」

「うう~ん、ラグなんは本当に頼りになるねぇ …昔のアマルトを見てるみたいだよ」

老執事が持ってきた椅子に腰を落ち着け、何処か遠い目をするタリアテッレさん 昔のアマルトか、この人はよく昔のアマルトの話をするが 今のアマルトしか知らないエリス達にとってはどこか童話のような曖昧さを感じる

「あの、タリアテッレさん…」

「何かなエリっち」

「昔のアマルトって どんな人だったんですか?、なんで今みたいに変わったんですか?」

「んん?、んー なんで変わったかはよく分からんけど…」

「それでも聞かせてください、エリス達はアマルトの事を何も知りません、何も知らない人間といつまでも対立は続けられませんし、エリス達は最終的にアマルトとも手を取り合いたいんです」

エリス達の最終目標はアマルトとの和解だ、今でこそ対立しているそれは学園外に後腐れを残さない為、いつか 弟子達で協力する日が来た時の為アマルトと敵対関係を引きずりたくないんだ

もし この戦いの最終局面で彼と対決し、その果てに分かり合えず決別してはまるで意味がないんだ

「んー、…分かった 私の分かる範囲でアマルトの生い立ちでも語ろうかね、アイツは嫌がるだろうけど 君達がアマルトの事を理解したいと言うのなら私が嫌がり理由はないからね」

そういうとタリアテッレさんは椅子の上で居直すと、ゆっくりと口を開き 語り始めた

アマルト 彼女にとっての弟分の今までの人生を

……………………………………………………………………

アリスタルコス家、それは数千年前よりこのディオスクロア大学園を守り続ける歴史ある一族、正式に言うなればアリスタルコス家は貴族ではない だが扱いとしては最早王族と言っても良いほどにこの国では権威を持ち合わせているのだ

アリスタルコス家の使命は一つ『先代より預かった学園を治め次代に託す事』それだけだ

たったそれだけの使命を何世代何十世代 何百世代も前から続けている一族 、この家に生まれた人間は生まれたその瞬間より名前の頭に『次期理事長』の名が付随する、 それが例えどんな子供でもそうだ

その家に生まれた以上 自由はない、行動は当然ながら人格にも自由はない、歩き始めたその瞬間より何百人の教育係からの教育を受け、家に都合のいい人格に育つように育成され、時に矯正される

理事長に相応しい人間になるように 代々続く一族の使命を一切の違いも無くこなせる様に

元理事長であるフーシュも かつてはそのような子供時代を過ごし、今 理想の理事長としてこの学園を治めている フーシュの父も祖父もその前も前も前も前も…ずっとそうやって学園を治め続けてきたのがアリスタルコス家だ

そして、その家の息子に生まれたのがアマルト…次期理事長アマルト・アリスタルコス

タリアテッレさん曰く幼い頃のアマルトは『模範的天才』と言う印象だったと言う

あれをやれと言われれば 当然のようにやる

これを覚えろと言われれば次の日には覚えているが

これをやるなと言われれば 絶対にしない

それを忘れろと言われれば 次の日には忘れている

命令されればそのように動き 命令されたように育つアリスタルコス家の模範的な子供、それがアマルトだった

小さい頃は今のように捻くれておらず寧ろ

『自分こそが学園を継ぐ存在、立派な理事長になって世界中の生徒達を導く存在になるんだ』と毎日のように語っていたと言う、その目は輝きに満ちていた

目標を持つ人間とは輝かしいもので、その為に歩む人間の持つ光とは眩くも暖かなものだ、タリアテッレさんは本家分家という間柄でありながら 十も年下の彼を溺愛して与えられるものはなんでも与えた

立派な理事長になる為剣を学びたいと言えば彼女は世界最強の剣を教えた

コルスコルピを代表するものとして料理がしたいと言えば彼女は秘伝極意を余す事なく全て彼に教えた

魔術だろうが学術だろうが、教えられる物は全て教えて 彼自身もそれを物していったと言う

数百人の教育係とコルスコルピ最強のタリアテッレから教えを受けた彼は 10歳になる頃に既に人の上に立ち治めるに相違ない人間へと育っていたと言う

これは姉貴分としての色眼鏡なしに この時のアマルトは教育による人格矯正により聖人に近い人物だったと言う、何をしても笑っている 人の為に泣ける 不純な行いはしない不正は許さない

まさしく理想の理事長だったと

聞けば聞くほど分からない、それが何故あんな嫌な人間になってしまったのかと…

すると

「ああ、そう言えば…、うん 考えてみれば時期も一致するな…あれ」

そんな言葉と共に追加で一つ タリアテッレさんから情報が入った

どうやらアマルト・アリスタルコスという男には婚約者がいたようだ、家同士が取り決めた婚約 相手は魔術大臣を代々担う一族フィロラオス家の長女だ

今度学園に入学してくるアドラステア・フィロラオスの姉にあたる人物で名をサルバニート・フィロラオス、タリアテッレさん曰く『ちょー美人』とかと言うどうでもいい情報も付随した

親の決めた政略結婚、五歳の頃から引き合わされていた二人だが…どうやらアマルトはサルバニートの事が好きだったようだ、タリアテッレの元に『女の子の好きそうな花って何ですか?』なんて質問をしにくるくらいには 好きだったとか


だが、アマルトが10歳を迎えた年に悲劇は起こる


サルバニートは元々病弱であった、幼い頃から何度も体を壊していたが その病魔に彼女は負けてしまった

死んだのだ 好きだった少女が、日に日に弱っていく彼女を前にアマルトは何も出来ず死なせてしまった

しかもタリアテッレさん曰く サルバニートが死んだ時の周りの対応は少々悪かったらしい

と言うのもサルバニートが政略結婚の駒にされたのは 『こんなに弱い体では魔術大臣は務まらない、だがせっかくの長女だしせめて子供の一人でも作って家の役に立たせよう』と言う考えの下 アマルトの嫁にされたらしい

とんでもない話だが メルクさん曰くこう言う家本位の発想は貴族内ではよくある話らしい、だからと言って許容も出来んがと付け加えたがその通りだ

しかもタリアテッレさんが言うにそれをアマルトにも伝えた奴がいるらしい、…挙げ句の果てにサルバニートを役立たずとさえ罵る声も家の中にはあったらしい

それを聞いたアマルトはどう思ったか、考えるまでもない

それからだと言う、アマルトという完璧な男が狂い始めたのは


「アマルトにそんな過去が…」

タリアテッレさんの話を聞いて、やはり と思う

やはり、人と言うのは印象だけでは語れない、その人間の抱える物を理解してこそ 真に人と言うものを理解できるのだ、今エリスの中でアマルトはただ嫌なだけの男では無くなった

昔の話聞かされただけで何を単純なと思えるが、人なんてそんなもんだ 彼も彼なりにもがきながら生きていたんだ

そんな過去が彼にあったなんて、そう アマルトに対して同情的な空気が流れ始めた中、一人疑問を呈する男がいる

「んんー?」

「どうしました?ラグナ」

「あ?ああ…いや」

ラグナだ、ラグナは先ほどの話を聞いて…タリアテッレさんの語るアマルトの悲惨な過去を聞いて、腕を組んで首を傾げている

今の話を聞いてまさしく納得出来ないと態度で表しているのだ、何か気になるところでもあっただろうか、それともいくら悲惨な過去を聞かされても関係ないとでも言うのだろうか

「んー、ただなぁ…」

「何か気になりますか?」

「うん、はっきり言うよ それ関係あるか?」

それ とは婚約者が死んだ事、それが関係あるか?と今この現状のアマルトに、関係あるかと聞かれると…なんとも言いようがない、アマルトに直接聞いたわけじゃないし

「たしかに惚れた女が死ぬのは堪え難い程に苦しい出来事だと思う、辛いよ 辛いさそりゃ…だけど、それが原因で捻くれた…って言うのはちょっと違う気がする」

「そうですかね…」

「そうさ、だっていくら惚れてる女が死んだって言っても それを理由にアマルトが学園を壊す理由が見つからない、そもそもアマルトは学園を治める為今まで努力積んでたんだろ?、悪いが愛してる人間一人死んだくらいじゃ 人格から何から全部ひっくり返るとは俺は思わん」

……確かにそうだな、これをエリスに置き換えてみたらよく分かる

例えばエリスは師匠の下で魔術を極める為に生きている、…それがラグナあたりがいきなり死んで 周りの人間がラグナを罵ったとしても、それを理由にエリスは師匠の修行をやめないし 生き方を変えるつもりもない

まぁ、周りの人間に敵意を抱いたりはするかもしれないが、それだけで学園一つ完全にぶっ潰してやろうと思うかと言われると ちょっと怪しい

それに…、アマルトのあのエリス達への敵意やタリアテッレさんに対する憎悪の理由にもならない

「つまり、サルバニートが死んだ事は アマルトが捻くれた理由ではないと?」

「悲劇的ではあるだろうが、決定的な物じゃないはずだ…今までの人生を根底からひっくり返す何かが アマルトの身にあったんだろうな、それが何かまでは分からんけどもさ」

と言いつつもラグナは一瞬チラリとタリアテッレさんを見る、まるでその非は彼女にあると疑うような目つきだ、当のタリアテッレさんは首を傾げて分からん分からんと唸っている

…まぁ、多分原因はタリアテッレさんにあるだろうな、アマルトは明確にタリアテッレさんを敵視している、昔は剣術を教え教えられる中にあったようだが 今は近づけることさえ許さないほどアマルトはタリアテッレさんを遠ざけている

タリアテッレさんに原因があるなら、タリアテッレさん自身はそれを自覚出来ないだろうな、傷つける人間とはいつも鈍感なものだ

「ま、話はそれだけだよタリアテッレさん」

「そう?、今の話だけでいい感じ?」

「ああ、これ以上何かを聞いても俺達はアマルトの根幹には辿り着けない、何があったか それはアマルト自身に聞くのが手っ取り早いし確実だ」

結局のところ、本人のことは本人に聞くしかない、その問題をエリス達が解決出来るかは分からないし 解決するかも分からない、単なるお節介で終わるかもしれない

でも、…でも エリスはアマルトの事をもっと知りたい、彼は単なる悪人ではない 嫌な奴だけど悪人じゃない、少なくとも明確な目的を持って努力していた人間だ

エリスをそれを知ってしまった、知ってしまったなら それに寄り添いたい

ラグナの挨拶を皮切りにエリス達はそれぞれ席を立つ、これ以上話はないし聞けるものもない、ならこれ以上ここに居座る必要もない

「もう行っちゃうの?、まぁ 私ちゃんもアマルトの話聞けたからいいや…」

「…一つ、聞いてもいいですか?」

ふと、席を立つエリスは ここをあげる、最後に一つ 彼女から聞いておかねばならないことがあるんだ

「何かにゃーん?」

「タリアテッレさんは アマルトをどうしたいんですか?」

「んん?………」

エリス達は アマルトと和解する為に戦ってる、タリアテッレさんは昔の頃のようなアマルトに戻したいと言っているが

その割に彼女はアマルトが何故捻くれたのか理解していないし、なんだったら彼との対話にあまり積極的なようには見えない

もしかしたらもうタリアテッレさんはエリス達が来るよりも前に 打てる手は全て打ち尽くしたのかもしれない、だが…見ていてなんとなく思うんだ

もしかしたら、タリアテッレさんは あんまりアマルトの事が好きじゃないんじゃないかと、愛してる・なんでも出来ると言うそれは口先だけなんじゃないかと

すると、タリアテッレさんはやや姿勢を崩し

「決まってる、理事長にする為…彼はその為に生まれたわけだからね」

まるで氷のような言葉と共に、それは無感情に放たれた…

「でも、今のアマルトはそれを望んでないんですよね」

「関係ないよ、アマルトは理事長になるのが役目、道を違えたら それを矯正するのが私達の役目だから」

そう語るその目は 余りに無機質で冷たく、そして さも当然のことを語るようであった、役目 それが全てだと、私にとってもアマルトにとっても

タリアテッレさんは、ただその役目に殉じてるだけなんだ、心の底からアマルトを助けようとしているわけではない


アマルトのためならなんでもする、ただそれはアマルトではなく『次期理事長アマルト』の為ならという意味

アマルトを愛している、ただそれはアマルトが立派に次期理事長を務める事が前提条件

アマルトが望むなら…、その望みとは 理事長になること…


アマルトは理事長になるべき人間 それ以外に道はない、だから それ以外は望まれていない

「…こりゃ狂うな」

ラグナがやや笑いながら呟き、席を後にする…幼い頃からあんな目をした人間に囲まれていたら、そりゃおかしくもなる

 タリアテッレさんの役目 アマルトの役目、…過去とかそう言うレベルじゃないなこれは

エリス達が頼まれていたのはアマルトを助けることではなく、人格矯正の一助ということか…

「タリアテッレさん」

「まだ何かあるのかい?ラグなん」

「いや、前言ったよな?、俺達がアマルトと決着をつけた結果があんた達の思う通りの結果にはならないかもしれないって奴」

「ああ、言ったね」

「あれ、かもしれないじゃなく…絶対にならない と言い換えさせてもらう」

「………………そう」

目から光の消えるタリアテッレさんの視線を背中にエリス達はラグナを先頭に宮殿を後にする、タリアテッレさんはいい人だ 悪い人じゃない

いやもしかしたら悪い人なんてのは居ないのかもしれない、ただアマルトとタリアテッレ…ディオスクロア大学園とアリスタルコス、その関係はエリス達が想像しているよりも 難解で複雑で…歪だ


「………………」

ラグナは宮殿を出るなり腕を組んで立ち止まる、まだ日は高い 陽光に照らされながら一人佇むラグナの背を、エリス達三人は黙って見る 黙って待機する

ともすれば怒っているようにも見えるラグナの背中、だが怒りそのものは感じないただ、ただただ静かだ

「俺は…」

すると、ラグナはそんなエリス達の視線に気がついてから それとも、最初からその視線を集めていたのか、呟くように語り始める

「俺は別にアリスタルコス家のやり方が間違いだとは思わない」

アリスタルコス家のやり方…、生まれた時から教育を施し人格を矯正し理事長に作り上げるやり方、ともすれば洗脳 ともすれば個性の殺害、個人の自由なんかありはしない それはエリスから見れば残酷なことだが

時の流れを尊ぶこの国において、数千年に渡り代々続く使命とは 恐らく個人の自由よりも重い

そんな使命を確実に守る為 自然と生まれたやり方だ、それを他国のエリス達が責めることは出来ない

「どんな人間も生まれた時から責任は持ち合わせているし その為に生きる事は間違いじゃない 強要することも別段変じゃない、俺やデティだってそういう責任を持ち合わせて持たされて そうしてここにいるわけだしな、だけど…」

だけど と彼は続ける

「だけどさ、責任は所詮責任だ 放り投げる事だって出来る、無責任な生き方だってある…そういう道を選ぶこともまた間違いじゃない、ただ それを選ぶのはアマルトだ、責任を取るか自由を取るか その選択までは強要できないと俺は思う」

「そうですね、責任と選択があるから 人は人として生きることができるんです」

「そうだ、アマルトは今選択もせず あらゆる選択肢を潰そうとしている、自分の宿命たる学園と心中しようとしてる、…だから 先ずは俺たちでそれを止める、それから選ばせるぞ アマルトに、何を選ぶのか…物事の始まりはそれからだ」

学園がなくなればアリスタルコス家は終わりだ、そしてその崩壊を起こしたアマルトもまた終わりだ、きっとアマルトはそれを望んでいる

例え絞首刑に処されようとも彼は笑っているだろう、悲しくも笑っているだろう 

だが、そんなものは選択ではない ただの放棄だ、放棄は選択ではない 捨てることを選ぶのとはまた違う、アマルトはまだ何も選んでない

だからまずは選ばせる、彼と和解するよりも前に 何を取るのか彼に選ばせる、話はそれからだとラグナは語る

…ラグナが言ったならそれは正解だろう、なんて 思考放棄な答えは出さない ただエリスもまた同じように思う


アマルトが考え その上でやっぱり学園を捨てるというのならそれを助けよう、それがきっと学園にとってもアリスタルコス家にとっても アマルトにとっても良いはずだと、エリスは自分勝手に思う

「それでいいか?みんな」

「問われるまでもない、同じことを私も思っていた」

「私も私もー…、責任を果たさない事は責められるべきことかもしれないけれど、それでもアマルトには選ぶ権利がある、その権利まで剥奪する事は誰にも出来ない、一族にも 国にも 学園にも私にも…私達にもね」

「…ラグナ、やはりエリス達はアマルトと決着をつける必要があるようですね、塞ぎ込むアマルトの…その根性 叩きなおす為に」

「おう、それが正しいかは正直分からんが 今んところ、俺達の意見としてはそれで決まりってこったな、んじゃ …帰るか!腹も膨れたし!」

皆の意見も纏まり、決意も新たにエリス達は再び歩き出す この学園での戦いの一年を振り返ることもなく、ただ前へ 今は進まなければ分からない事がある 進まなければ解決しない事がある、だから進むんだ 前へ

…そうして、エリス達の一年は終わり、新たなる一年の幕が開けていく

…………………………………………………………

ディオスクロア大学園の頂点、二人の王が居座る天空の玉座 ノーブルズの中で限られた人間だけが立ち入る事ができる聖域

この部屋に一つしかない光源、部屋に設置された巨大な窓を前に いつものように外の景色を見ながら黄昏る影ぞあり

「……入学試験は終わったか」

街を見下ろす一人の王 イオ・コペルニクス は呟く、今日は学園は休みだ 一応生徒でもある彼も休みではあるのだが、責任ある立場として入学式で挨拶をする為彼は休みでも登校する

そしてその窓から眺めるのだ、学園に夢を志し入学してくる若人を、夢叶い学園に加わることを許された生徒と 夢破れ肩を落とし帰る者の背中を

イオはその光景を目に焼き付ける、この学園はこれだけ多くの人間の夢を背負う場所、故にこそ責任持って統制し守らなければならない、それがイオの 私の役目だからだ

…しかし

「…………」

チラリと背後を見る、薄暗い部屋はガランとしている…ガニメデもカリストもエウロパもいない、彼等はここに立ち入る権限を剥奪されたから もういない

たった一年でこうも落ちぶれるか、…大きく開いた部屋には今 私とアマルトしかいない、いくらノーブルズの権限が未だ健在でも、空の玉座ほど虚しいものはないか

「…はぁー、かったりー…」

そんな部屋を見てアマルトはいつも通り 椅子に寝そべり呑気に呟いている、何もかもが面倒そうで、何かを気にしている様子はない

この状態をアマルトは何も思わないのか、このまま行けばノーブルズはその運営能力を失うそうなれば学園の秩序が崩れる、ともすれば学園そのものも

…ガニメデがいなくなっても カリストがいなくなっても エウロパがいなくなっても変わらないお前は、私がいなくなっても変わらないのか?

そう考えると、酷く辛い 私にとっての無二の友である彼にそう扱われるのは、とても辛い

「アマルト」

「なんだよ、またお小言か?」

「これでいいのか?」

「これって?」

「エウロパまで居なくなった、もう私とお前だけだ」

「そうだな、やっと二人っきりになれたな」

「真面目な話をしてるんだ、ふざけないでくれ」

ニタニタの笑いながらも私の言葉に反応して椅子に座りなおす、最近は彼とこんな話をしてばかりだ、問い詰めるような 責め立てるような、そんなことをしても意味がないというのに

「 なぁアマルト、もうやめにしないか?これ以上エリス達を叩いても意味はないだろう」

「今更引けないだろう、それに アイツらだって引いてこない」

「なら次は私を向かわせるか?そして私も敗れたらお前の下を去ればいいのか?」

「…去りたいのか?」

「そうじゃない、ただなアマルト 私はお前がこの対立を煽り、ワザと問題を悪化させているように思えるんだ」

「気のせいだろ、悪化してるとしたらエリス達のせいさ」

…そうだな、一概に彼だけの所為とは言えまい、私の非もある エリス達の非もある ガニメデにもカリストにもエウロパにもある、みんなにある みんな悪いのだ、だから責められない そんな状態をいいようにしているのは間違いなくアマルトなのに

「……さぁて、次はどうすっかねぇ」

私からの返答がないと知ると彼はまた椅子に寝そべり、再びこの空間に静寂が宿る

私は何も言えずアマルトも何も言わない、静かだ ただただ静か…


「む…」

ふと、部屋の扉がノックされる 今この部屋を訪ねることが出来る人間はいない、教師も許可なく立ち入れない、今 この学園には居ないはずなんだ

ただ、今日からは違う 私とアマルトに加え 一人だけ、この部屋に入れる人間が増える

「入れ」

「失礼します」

扉を開ければ優雅に一礼、紫の髪を揺らし上品に靴音を立てて入室、流石だな 躾がされている、あの三人にも見せてやりたいくらいだ ついでに爪の垢も飲んでもらいたいくらい、見事に貴族的だ

「入学の許可 感謝します イオ殿下、このコルスコルピの四支族の一員として その名を継ぐ者として、ディオスクロア大学園に恥じぬ振る舞いをここに約束いたしましょう」

「ああ、君も良く来てくれた ここは未来への学び舎、存分に学び 未来のコルスコルピの為励んでくれ」

「はっ、このアドラステア…フィロラオス家の名にかけて」

アドラステア・フィロラオス 一族特有の紫がかった髪と幼さをやや残した顔立ち、良い意味で若々しく 私とアマルトの一個下とは思えないくらい子供っぽい、デティフローアよりはマシだが

彼女は今日から我が学園に入学し、このディオスクロア大学園の一員となった新入学生 973期生の一人だ、そして コペルニクス 王家を支える四つの貴族の一つ フィロラオス家の若き後継でもある、当然ながら入学と同時にノーブルズ入りだ しかも中核を担うメンバーの一人として

アドラステアは要領良く私に挨拶すると、椅子に寝そべるアマルトの方を向き直り

「アマルト様も この学園への入学をお許しくださり 感謝します」

「別に俺は何かを許可した覚えはねぇ、礼を言うのは筋違いだ」

対するアマルトの態度はキツい、異様なまでに冷たいと言ってもいい…ガニメデ達にもあんな態度は取らないのに、アドラステアには激烈にキツい

それはアドラステアが気に入らないからか?、それとも 彼女がフィロラオス家の人間だからか、おそらく後者か

フィロラオス家とアマルトは縁深い、かつてアマルトの婚約者だったサルバニートもフィロラオス家だった、アマルトからしてみれば嫌な相手だろう

だが、だからと無碍に扱っていいわけではない

「おい、アマルト」

「わーってるよ、アドラステア お前にゃこの学園で好きにする権利を与える、酒池肉林だろうが傍若無人だろうが好きにしろ、俺は干渉しない」

「……アマルト様」

すると、アドラステアが声を上げる その目は真っ直ぐアマルトを見据えている、真剣な眼差し 今のアマルトには些かキツい目線だろうが、彼もまたその目を見て アドラステアを見つめるのだ

「なんだよ」

「姉の件は申し訳ありませんでした」

姉…彼女の姉は一人しかいない、アマルトのかつての婚約者 サルバニート・フィロラオスだろう、今彼女はこの世にいない 数年前病死したサルバニート…それを申し訳ありませんか

「なんでお前が謝んだよ」

「姉が病死し アマルト様は酷く傷ついたと聞きます、なので 姉に変わって謝罪を…」

「傷ついた?俺が?、おいおいまさかお前 俺がサルバニートが死んで傷ついたと思ってんのか?」

「はい、その所為でアマルト様は今 捻くれたと、フーシュ理事長から」

捻くれたって 正直だな、まぁ事実なんだけどさ…でも違うんだよアドラステア、アマルトは確かに捻くれた それは確かにサルバニートに関係することだが、サルバニートの死そのものはなんの関係もないんだ

今サルバニートが生きていてもどの道アマルトは腐ってた、いや 今尚生きていたら余計腐っていたか

「あのクソ親父…やっぱ分かってねぇんだな、この際だから言っておくぜアドラステア、俺は婚約者が死んで腐るような…ただのみみっちい男じゃない」

「そうなのですか?」

「そうなのですよ、ただのみみっちい男じゃねぇ…俺はとても 物凄く あり得ないくらい 信じられないくらいみみっちい男だ、レベルが違う」

事情を知る私からすれば、あまりサルバニートの話題は面白くない…サルバニートはアマルトにとって憎い相手だ

サルバニートは気付かせてしまった アマルトに …だからこんなことになってるんだ、サルバニートさえ居なければ…私も何度もそう思ったさ

「そうですか、気にしてないようなら構いません」

「お前は姉貴が死んで悲しくないのか?」

「悲しいですが、その悲しみは乗り越えました」

「強いねぇ…、憧れちゃうよ サイン欲しいくらいだ」

「いいですよ」

「いや冗談だよ」

アマルトはサルバニートに今どのような感情を抱いているかは分からない、恨みか憎しみかそれとも最早無関心か、だがどうやら だからといってアドラステアを手酷く扱うつもりはないらしい、それは私にとってもありがたい

今の状況でノーブルズまでも内部分裂するようなことがあってはならない

「よし、じゃあノーブルズ加入祝いに俺が一つ古式呪術を与えてやろう、どんなのがいい?」

「いえ、必要ありません 私は現代魔術を司る魔術大臣の家、古式魔術は魅力的ですが 私には必要ありませんので」

「あっそう…ふーん」

事務的に答えるアドラステアに興味をなくしたのか、再びアマルトは椅子に寝そべりそっぽを向いてしまう、気まぐれな奴だ まるで子供だな

だがアドラステアが古式呪術に手を染めないならそれでいい、あれは得ない方がいい代物だ、一個人には過ぎたる力だ 魔女が安易に人には与えないのが理解出来るほどに

「ではイオ様 アマルト様、明日からよろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼むよ」

「よろしくー」

入ってきた時同様綺麗に一礼するとアドラステアはこの聖域を退出する、…再び部屋には私とアマルトだけだ、気まずい空気 ってわけじゃないが、やや重い空気だ

フィロラオス家の人間とアマルトを引き合わせたのは間違いだったか、いや私が引き合わせたわけではないんだけども

「…イオ、アドラステアは信用するなよ」

「む?、どう言う意味だ?」

ふと、アマルトが顔を背けたままそう言うのだ、信用するなよと…

「それは彼女がフィロラオス家の人間だからか?」

「違う、…ただ あんにゃろう 匂いやがる」

「匂う?」

「嘘つきの匂いだ、サルバニートと同じな」

それはどう言う意味か、結局私は聞くことができなかった と言うより何を聞いてもアマルトは何も答えなかったと言うか、もしかしたらアマルト自身確証はなかったのかもしれない

ともあれ、我々の一年が今終わる、…きっとこのままではいけない 我々は間違えている そんな漠然とした疑念だけが胸を占めながら、私は再び窓の外を見る

…何をすべきか、この国のために この学園のために アマルトの為に、友達の為に何が出来るか、何をすべきか…

少なくとも、きっと 今のままではよくないんだろうな


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