孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

130.孤独の魔女となんてことはない

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「はぁぁぁぁっっっ!!!」

「…………っ」

振るわれる蹴り 蹴り 蹴り、まるで糸車のように紡がれる綿密な蹴りの束を前に 、動く 必要最低限の動きでステップを踏み受け流すようにヒラリヒラリと避けていく、その気になれば反撃もできると言うのそれもしない

操られし二人の弟子 メルクリウスとエリス そしてそれを受け止めるラグナの戦いは今も続いていた

「くっ!カサカサと!」

「もっと別の擬音にしてもらえない!?」

「退け!エリス!」

「やべ…」

その瞬間 何度も引かれる引き金、蜂の巣にしてぶっ殺そうって気満々の鉛玉の雨霰、流石に向こうのほうが早いので回避ではなくキャッチすることで難を逃れる、こう 指と指の間に挟むようにして

しかしその間に二人は合流し魔力を高め


「燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現『錬成・烽魔閃弾』!」

「起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り 体現せよ『眩耀灼炎火法』!」

膨れ上がる炎光、煌めく熱の猛威 魔女の弟子二人が協力して放つ火炎の絶技、うーん殺す気 攻撃よりも二人の殺意が辛いわぁ

「なんてな…すぅぅぅぅ…」

エリスとメルクさん その二人の魔術を前に息を大きく吸う、吸って吸って ボコンと胸が膨らみ…

「ブフォォォォゥゥゥゥゥッッ!!」

吹く 口をすぼめ息を一気に吐き出し 目の前の炎を吹き飛ばす、これも一応武術の一つ 師範から授かった奥義の一つ、名を『烈風龍旋呼法』 息を吸い 炎さえ吹き飛ばす奥義 前日にニンニクを食べてれば攻撃にもなる技らしい

エリス達の炎は古式魔術、流石に息一つでは消し去れないが軌道を逸らす事は出来る、俺を避けて迸る炎…その火炎の中から一つ 魔力と光が走る

「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』!」

来た!昼間俺の体を拘束した魔力の縄!、あれを受ければ瞬く間に俺は捕まり 形勢は一気に悪化する、だが!

「そう何度も同じ手を喰らうかッッ!」

飛んできた縄を掴み腕をぐるぐる回して縄をパスタのように全て巻き取り地面に捨てる、一度食らった手はもう二度と効かん!アルクカースに二度目はない!安直だぞエリス!

「…フッ、甘いです」

「む…」

刹那 エリスの蕩けるような甘い声がする 俺の目の前、炎を割いて 縄を囮に俺の懐に飛んできたのだ、流石エリス 一度俺を倒した技をこれ見よがしに使うことで囮にしたか、やっぱそんなに甘くないよな…

「……っ!」

咄嗟に飛び込んできたエリスに拳を振るいそうになって止まる、この距離なら 俺が勝つ、隙を突かれても 俺が勝つ、間違いなく俺が勝つ、だがそれはつまり この手でエリスを殴り飛ばすことになる

彼女を助けるため致し方ない?…、あ ダメだこれ 手が動かん

「ぐぅっ!?」

終ぞ拳は動かずエリスに押し倒される、…目の前には敵意に満ちたエリスの顔、腕は俺の首にかけられていて

「このまま貴方の首を焼き切ります…」

なるほど、首を絞めるんじゃなくて落とすってか…、だけど

「…全てはカリスト様のために…」

「なぁ、エリス…」

「…………」

「随分躊躇ってるな、さっきまで全く遠慮がなかったのに、途端に動きが鈍くなったぞ」

抵抗は示さず 語りかける、エリスの目を見つめて

エリスの動きがぎこちない、俺を殺そうと思えば殺せる段階に入った瞬間 動きが遅くなる、それは勝者の余裕か?否迷っている 躊躇している カリストの術中にありながら

「……エリスは、迷ってなど」

「いや迷っている、そうだよな 思えばその通りだ…いくら魔術を使って操られても、君は君だ 優しい君のままだ、いくら命令されても人なんか殺せるわけない」

この魅了の呪いは別人に変える魔術じゃない、エリスは俺たちの知るエリスのままなんだよ

そうだ、操られてもエリスはエリスのまま エリスは人を殺さない、たとえ敵でも…ましてや仲間を傷つけることはない、俺が必死にエリス達を傷つけないように戦っていたように、エリスも戦っている…自分を縛る魔術と

「エリスは…!カリスト様の…」

「思い出せ 君ならば思い出せるだろう、俺を!俺とその仲間を!君の最も大切にする師の教えを!それをこの程度のことで汚すのか!」

「エリスは…うっ…ぐ」

揺らぐ エリスの瞳が、臭い言い方になるが 俺達の絆は無敵だ…魔術なんかには決して破られない、だから 呼びかける エリスの内面に、魔術に縛られる内側に…心に

「エリスは…こんな…こと…したくは……」

「そうだ、カリストの目論見に騙されるな 思惑のままになるな、君は君だ!カリストの手駒なんかじゃない!、孤独の魔女の弟子エリスだ!」

「っ……ら…ぐ…」

その瞬間 エリスの手が、脱力し ふらりと馬乗りになる体も揺れて…っと!危ない危ない、地面に倒れそうになるエリスの体を咄嗟に起き上がり支える

「あぶねぇー…」

「うう、ラグナ…エリスは…一体…」

「目が覚めたか、エリス…」

エリスの瞳からはもう狂気を感じない、敵意も害意も 振り切ったんだカリストの魔術を、俺とエリスの絆で…!、そうだ 二人の絆なら魔術なんかに負けないんだ そう誇らしげに前を向く

さぁ!次はメルクさんの番だ!

「……ぅっ!私は…一体、まさかまた」

「あれ?」

と思ったら なんかメルクさんも目を覚ましていた、あれ?俺まだメルクさんにはまだ何もしてないのに、でもやっぱり俺とメルクさんの絆も…

「あれ?私は?」

「あれぇ?私こんな所で何してるのぉ?」

「うう、ここどこぉ…」

「あれあれ?」

ふと周りを見ると気絶させた女子生徒達もカリストの魅了から目覚めたようにも見える、もしかしたら彼女達とも戦いの中絆が芽生えて…な訳ないか、これは多分

「ラグナー!終わったよー!」

「ああ、デティ…なんだ そういうことね」

遠くからデティが歩いてくる、なるほど 彼女が全部終わらせたからみんな元に戻ったわけだ、つまり俺とエリスの絆で元に戻ったとかそういう都合のいい展開なわけではないか

…ちょっと夢のない展開でガックリするが、ともあれよかった デティが無事で、全て終わらせてくれて

「…はっ!?エリスは!?」

「ああ、おはようエリス」

ふと 腕の中のエリスを見ると青い顔をして段々とプルプル震え始めている、やはり記憶があるか…なんて思っていると彼女は立ち上がり頭を抱えて

「ぬぁぁぁあ!!!エリスはなんてことをぉぉ!なんて格好をぉぉぉ!あ あんな あんな恥ずかしい事を!セリフを!、ぅぐぅぅぅぅ!死にたい…」

「私はまた操られていたか…ははは、…はぁ」

エリスは頭を抱えのたうち回り メルクさんは口から魂出しながら立ち尽くしている、見れば他の生徒も頭を抱え羞恥と後悔に身悶えしている、阿鼻叫喚ってこういうこと言うんだろうな

「っ!ラグナ!…ラグナ すみませんでした、操られていたとはいえエリスはラグナに…なんて事を」

「私も…またしても君に対して銃を撃ってしまった…、なんと情けない」

「いいって、別にほら 傷一つついてないしさ、なんてことないよ」

な?と笑う、まぁこれが言いたいから傷一つつかないようノーダメージを心がけていたんだけど、でも こっちにも傷なし あっちにも傷なし、なら 気にすることはねぇよ

「…傷一つ…なんてことない…ですか…」

「ん?、エリス どうした?」

「あ、いえ!…なんでもありません」

ふと、エリスが何やら複雑そうな顔をしているのが気になり声をかけるが、直ぐに顔を振り なんでもないといつもの可愛い顔に戻る、なんだ?俺なんかしくったか?

「助けてくれてありがとうございました ラグナ」

「礼ならデティに言ってくれ 決めたのはアイツだ」

「デティ?」

するとデティがそりゃあもうめちゃくちゃ自慢げな顔で寄ってくる、褒めろ!勝者の凱旋だ!と言わんばかりに足を振り上げ手を振り回し…背後にカリストを引き連れて…

「ってカリスト!?」

「あぅ…」

諸悪の根源 俺達と敵対している筈のカリストの到来に思わず声をあげる、何やらカリストはしおらしく 縮こまりながらデティの後ろに隠れる、…何があったんだ?

「カリスト!貴方!よくもエリスを操ってくれましたね!」

「そうだぞ!しっかり覚えているからな!、私の頭に足乗せただろ!足!」

エリスもメルクさんも烈火の如き怒りをぶつける、当然だ カリストのやった事はあまりに大きい、エリス達も恥ずかしい格好で恥ずかしい事させられた以外にも、俺と殺し合いまでさせられたんだ 下手をすれば仲間の命を奪っていたかもしれない

俺が逆の立場ならもう火山大噴火で怒ると思う

「カリスト!あんた!よくも私達を!」

「魔術なんかなかったらあんたなんかに従わないわよ!」

「よくもこき使ってくれたわね!」

「私なんて椅子にされたわよ!あんた重いのよ!」

「あんたのせいで私達はあんな化け物と戦わされたのよ!」

操られている時の記憶がある、つまり 他の操られていた生徒にも怒りはある、カリストを見ればそれが噴出するのは当たり前…、皆ゾロゾロとカリストを囲み罵り始める、よくもと許さないと

しかし女子生徒の指差す化け物…なんか指が俺の方向いてる気がするんだが、ちゃんと手加減しただろ 化け物はないんじゃないかな

「ご ごめんなさい…、私も凄い力を得て 調子に乗っているたというか…その」

カリストの態度がおかしい、今までみたいな不遜な態度じゃない、しおらしく罵倒を受けても呪いを使うそぶりを見せない、むしろ申し訳なさそうに冷や汗を流しながらぺこぺこ謝っているではないか

…悪いのは全面的にカリストだが、あんな姿を見ると責め辛いな、…反省もしてるみたいだし…、現にエリスとメルクさんもその様子に違和感を覚え一歩引いて訝しむ

「調子に乗ってたで許されるわけないでしょ!」

「私貴方の所為で愛する彼と…アントンと別れさせられたのよ!どう責任とってくれるの!?」

「あぅ…」

しかし それで治る怒りなら苦労はしない、皆謝罪を受けてもヒートアップし 中には刃まで持ち出すものもいる、こりゃまずい 止めないと、流石に流血沙汰はダメだ

しかし、俺が動くよりも先に動く者がいる

「待って、みんな」

デティだ…デティフローアだ、彼女が カリストを打倒した彼女自身がカリストを守るように立つ、彼女達とてデティが自分たちを助ける為に動いてくれていたことは覚えている、だからこそ止まる…そして困惑する、何故かと

「な 何よ…」

「カリストが許せない気持ちはわかる、カリストがやったことはとんでもないことだし、中には取り返しのつかないこともした、罵られて当然だし 怒鳴られても仕方ないと思う、だけどね 許されないことはしてないと思うよ」

「許されないこと?したじゃない!私たちの尊厳を踏みにじり 奴隷のように扱った!、貴方の友達もそうじゃないの!?」

「エリス達は…」

正直エリス達も溜飲の下がらぬ気持ちだろう、はっきり言えば許してない だがデティフローアは止める、カリストを守ると確たる意思を見せている

「そう言う貴方は許したの?」

「私?私はまだ許してないよ、私の友達を侮辱した罪は大きいからね!」

「ぅ…」

「だから、ここで怒りをぶつけるなんて短絡的なおしまいの仕方は認めない、カリストには償いをする権利がある、罪を罪と認める義務がある…だから 今すぐ許してとは言わない、これからの彼女を見て それを決めてほしい」

確かに、どんな罪にも罰がある、ただ赦しのために罰があるわけではない 罰を与えたって許せるわけじゃないからだ、許せるかどうかはカリスト次第 今後の態度次第、ならそれを見てから許すかどうか罰を与えるかどうかを決めても遅くないんじゃないかとデティは言うのだ

…難しい内容だろう、女子達の言い分だって分かる…けど、ここでカリストを火炙りにしたって その怒りは収まらないだろう

「……何でそんなにカリストをかばうの?」

「何でかばうって…」

デティは振り返る、後ろで青い顔をしているカリストに目を向けて…ただ語る

「さっき、私はカリストと戦った、だからこそ分かる この子の魔術は凄い、才能云々もあるけど ただそれだけじゃああんな強力な魔術は撃てない、きっと努力してたんだと思う  それも生半可な努力じゃなくて、血の滲むような努力」

そうか、戦ったのか…、戦うと言うことは己の全てを相手にぶつけるということ 裏返せば相手の全てを受け止めると言うこと、どんな語り合いよりも雄弁な相互理解を得る手段でもある、故にデティは理解した カリストのその奥底にあるものを

「それにね、カリストの暴走した魔力を見て…分かった、カリストはただ みんなに認めて欲しかっただけたなんだよ、そこから悪意も生まれたけれど スタートは悪意からじゃない、あんな魔術使ってみんなを振り向かせたのも ただ みんなと仲良くなりたかったからなの」

「う…」

魔力を見て その本意を理解出来るデティならでは視点だ、悪気があったわけじゃない いやあったんだろうけど、きっとその認められたいと言う気持ち それこそ血の滲むような訓練の中にありながらも己を支え得る程の承認欲求

それが歪んでしまったのは アマルトが与えた呪術のせいだ、つっても じゃあアマルトが全面的に悪いかって言ったら、そうじゃないんだけどもな

「カリストは今回間違えた、間違いは誰にもでもある 事の大小に関わらず誰にでも、…その報いはきっと そんな己を見つめ直すことにあると思うの、だからお願い 彼女に己を見つめ直す時間と猶予をあげて…!、それでもカリストが態度を改めず同じようなことをするなら私が責任を持つから!お願い!」

頭を下げる 魔術導皇たる彼女が、一人をかばう為に全員に頭を下げる、責任は私が持つからと…、いや そうじゃない 責任を持つべきはデティだけじゃない

「…俺からも頼む」

「ラグナ?」

立ち上がり、声を上げる デティばかりに背負わせるわけにはいかない、彼女が責任を持つと言うのなら俺も責任を持つ、仲間だからだ

「なぁみんな、カリストに今一度チャンスを与えてほしい そりゃ許せない気持ちもあると思う、けど その報いは何も傷や痛みだけを以ってして与えられるものばかりではないんじゃないか?、俺は カリストが反省することこそが 彼女に対する最大の報いだと思う」

「…エリスからもお願いします、この中には辛い思いをした人もいると思いますが、どうか…」

「私からも頼む、はっきり言ってこんな格好させられたのは生き恥もいいところだが、それを改めると言うのなら 悪い話ではないと思う」

エリスも メルクさんもまた俺に続く、カリストに虐げられていた俺達がこぞってカリストを庇い始めたのを見て、皆 動揺し拳を下ろす

「………貴方達はカリストの敵なのよね」

「敵だ、そして同時に学友だ 同じ時を共有する仲間でもある、そこには本来…敵味方はないのかもしれない」

「そう…」

みんな どうやら納得…はしてないが、少なくとも今すぐカリストをズタズタに引き裂いてぶっ殺そうって程の怒りは収まったようだ

「ほら、カリスト 後は貴方がみんなに言って…、貴方の気持ちを」

「う…」

カリストはデティに前に引っ張り出され ガタガタ震えている、変わったな…いや或いは魅了の呪いを手に入れる前は、本当はあんな感じだったのかもしれない…、人を好きに出来る権力は時として人を狂わせるからな

カリストはみんなの前に出ると、意を決して…口を開く

「…みんな、ごめんなさい…」

頭を下げる、謝罪だ 

「私…みんなを振り向かせたくて 最悪な手段を取ってしまった、みんなにチヤホヤされるのが気持ちよくて 調子に乗って、誰からも好かれると勘違いして…みんなの気持ちを無視して踏みにじった、簡単に許されることではないと思っているし この償いも簡単ではないと思ってる、許して欲しいなんて都合のいいことは言わない、けど…どうか」

そのまま膝をつき そのまま手をつき 頭をさらに下げ

「私に…償いをさせてくださいもう二度と、人を好きにしようなんて…思いません、私を庇ってくれたデティフローア様の為にも…どうか、償いを」

震えている、声も体も…己の非を認める 簡単なことではないが、同時に立派なことであると思う、カリストの謝罪は其の場凌ぎには聞こえない そんなの誰の目から見ても明らかだ

あの傲慢な彼女が平伏して謝っているのだ、その気になればまた呪いを使って好きに出来るのに、それすらしない…それはきっと そう言うことなんだ

「……はぁ、分かった でも許すわけじゃない、貴方の償いが言葉だけのものだとしたら、私達も相応の事をさせてもらうわ、みんなもそれでいいわよね」

一人の女子が口を開けば、皆追従して頷く 許すわけじゃない ただチャンスを与えるだけ、たとえノーブルズといえど、許されないことは許されない 

けど今はそれでいい、カリストの言葉が真実なら きっとこれで事は収まるだろうしな、もしその約束を反故にするなら そこはもう知らん、なるようになれ

「ありがとうございます…ありがとう…ございます」

もう事は終わったと、次々と帰っていく女子達の背に 涙ながらに礼を言うカリスト、あとはこいつ次第だ、もう二度とこんなことにならない事を 俺たちも祈ろう

「…はぁ、これで終わりか」

暗く静かな地下空洞に 俺達とカリストの五人だけが残される、あの大騒ぎも数日間にわたり俺達を悩ませた事件もこれで解決 、あとはもう俺たちも帰るだけだ

「よう、デティ …よくやってくれたな」

「いえいえ、みんなの為ですから」

「ありがとうございます、デティ 助かりました」

「ああ、私も今回は不甲斐ないばかりだった…君に助けられてばかりだ」

メルクさん操られてばっかだったもんな とは言わない、今回は仕方ないさ デティという例外がいなければどうなっていたか分からないしな、みんなでデティの肩を叩きながら褒め称える

今回は本当にこの子に助けられた

「…ありがとうございます、デティフローア様 庇って頂いて…」

「は?、デティフローア…様?」

ふと、顔を上げたカリストはデティフローアに尊敬の眼差しを向けて両手を合わせている、なんだそれ なんでデティを様付けで呼んでんだ?、まるでカリスト親衛隊のような視線でデティを見るカリストに 先程とは違いギャップを受ける

「おいデティ、何があったんだよ」

「え?いや…いろいろありまして、なんか尊敬されちゃいました」

その色々を聞きたいんだが、まぁ 色々は色々だろ 雑多なもの 聞くまでもない事、重要なのはその戦いの結果カリストはデティフローアに心酔し、心を改めた

結果だけ見るならデティが改心させたとも言える、ちょっと口をもごもごさせたいが これ以上の事はまた後で聞けばいいや

「ありがとうございます、貴方様の威光のお陰で私は目覚めることが出来ました、アマルトの呪術の誘惑がら解放されて…私は私となることができたのです」

ちょっと大袈裟な気持ちしないでもないが、多分 あの魅了の魔術で一番おかしくされていたのは案外こいつ自身なのかもしれないな

「や やめてよ、そういうの 別に崇めなくてもいいからさ」

「そういう訳にはいきません、必ずやデティフローア様のご期待に応えられるよう身を改めます」

「うん、そうだね …なら これからは人を上下で見たりしないこと、いいね?」

「分かりました」

「うん!、えらいえらい」

「はわぁ…」

跪くカリストの頭を撫でるデティ、案外デティにもカリスマのようなものがあるのかもな、彼女だって上に立つ立場の人間だ、そういうものは持ち合わせている

「では…私はこれで」

「あれ?もう言っちゃうの?色々聞きたいことあるんだけど」

するとカリストは立ち上がり、立ち去ろうとする…聞きたいことならある、ノーブルズの内情や動き 捕虜から尋問するようで気が引けるが、せっかくカリストがデティに従うようになったんだ、そのくらい引き出しておきたい

「それはまた後日でお願いします、デティフローア様に協力する為には…私にもつけなければいけないケジメがあるので、生きて帰ってこれたら どんなことでもお答えしますので」

「ケジメ…?」

「いいよデティ、行かせてやれ カリストにもカリストなりの矜持があるんだろう」

多分、カリストのいうケジメとはノーブルズとアマルトに関することだろう、もう彼女は誰かを従えたり 踏みつけたりする事はしない と思う、なら それを良しとするノーブルズに一言入れておかねばなるまい

それに、結果として俺達に敗れたんだ 噂じゃガニメデもかなり権限を剥奪されちまったみたいだし、カリストも似たような結果になるだろうな

そう思うと…罪悪感が湧く、だからといって止まりはしないがな

カリストは俺に対し軽く礼をすると、地下施設の闇へと消えていく 戻るのだろう…、カリストが戻ってきたら また話を聞くとしよう

「さて、これで本当に一件落着だな」

「そうですね、ラグナ…はぁ 今回エリス何もしてませんね」

「いやぁ、そうは言うが 助かったぜ?エリスが残してくれた地図のおかげでこの隠された地下施設の場所が分かったんだから」

そりゃ最後の締めは俺達がやったかもしれないが、ここに辿り着けたのはみんなの重ねた努力のおかげ、土俵に上がるまでが戦いだ そこを支援したならば、それは間違いなく功績だ

「地図…?、ああ エドワルドさんがくれた…あれ本当だったんですね、エリスてっきりデマ摑まされたのかと思いましたよ、まさか地下に隠し部屋があったとは」

「これ…エドワルドさんがくれたのか?」

「はい、情報提供として」

エドワルド…あのきな臭い男が、とするとこの地図一気に胡散臭くなってきたな

「カリストはこの地下施設を偶然知ったと言っていたな、なんでもこの地下施設はもう百年程前から入り口が塞がれ地図からも消されたと聞いていたが…」

とはメルクさんの言葉、そんな前から?しかしならこの生徒手帳の地図は百年前のもの?…まさか

「エドワルドさんは百年も学園にいるってこと!?留年し過ぎィ!」

「そうじゃないだろデティ、でも なんで知ってたかは謎だな」

やっぱり あの男…信用ならねぇな、情報提供し結果としてその情報は正確だった だから信用できるかといえばそうじゃない、情報の出所が曖昧なら今後も警戒を続けたほうがいいだろうな

「しかしこの地下施設 なんなんだろうな…」

「……ふむ、エリス 聞いたことがありますよ」

「え?、知ってるのか?」

「師匠が確か、 師匠達の師匠…原初の魔女シリウスが学園でそりゃあもう暴れた時、みんなが避難できるような地下施設を作っていたと聞いていたんで、その時のものでしょう」

「シリウス?」

俺とデティは首をかしげるが、メルクさんは何やら知っているようだった、しかしシリウス?聞いたことがあるような 無いような、いや師匠達の師匠というのなら聞いたことがある

師範曰く『強さの権化のような存在だった』と、何せあの師範を育てたんだ 強いに決まってる

「シリウスというのは、大いなる厄災の正体だ、ラグナ達はまだ聞いていないか?」

「何?…ちょっと待てメルクさん、俺それ知らない 詳しく」

聞き捨てならない情報を聞いたぞ、メルクさんに問えばエリスと二人でそれを答えてくれる

曰く 師匠達の師匠であり、魔術の開祖であり 恐ろしい強さであり、暴走しこの世界を破滅へ導こうとし八人の魔女と争った存在であり、そして 大いなる厄災として伝わるそれの正体であると

例のナヴァグラハもそのシリウスの配下らしく、そして シリウス自体の魂はまだ死んでいないことも聞いた、恐ろしいよ 女子生徒は俺を指差し化け物と呼んだが このシリウスこと真性の化け物だ、世界を滅ぼしかけ 死してなお蘇ろうと蠢いているというのだから

「そうか、そんな存在が…なるほどな」

「この地下施設は その時の名残かと」

「…この地下施設があるということは、そのシリウスがこの学園にいたという証拠にもなるな、通りで壁の材質が古いわけだ、八千年も前のものとは」

俺は静かに考える、シリウス…エリス曰くまだ魂は死んでおらず なんとか復活しようと部下を使って動いているらしい、これが復活すれば一大事だが…

だからと言って俺達が今すぐ動く必要はない、俺達があれこれ気を揉むよりも魔女達が動いた方が良い、俺達は逆に邪魔になりかねない 

「まぁ、シリウスに関しては俺もまた師範に話を聞いてみる、魔女の弟子である以上無関係じゃないしな」

「ええ、きっと…いつかこの問題にエリス達も直面するでしょうしね」

エリスは…何か、確信めいて呟く 、もしかしたら俺たち魔女の弟子がこうして集ったのも、或いは運命なのかもな

「まぁ、それは良しとして もう帰ろう、腹減った」

「そういえばエリスが食事当番でしたね、なら 急いで帰ってご飯にしましょうか」

「やったー!ご飯だー!お腹減ったー!」

「なら、これはどうする?」

と言ってメルクさんが差し出すのは…親衛隊の法被だ

「焼いとけば?」

「だな」

エリスとメルクさんは法被を脱ぎ捨て魔術で焼き尽くす、さて これでこの問題も全部終わりだ もう帰って寝たい、久し振りに今日は熟睡出来そうだ…

何か…忘れているような気もするが、取り敢えずそれを思い出すのは明日の俺の役目だ 今日は良しとしよう

……………………………………………………………………………………

無事一連の事件を解決して四人で帰路に着き 夜道を並んで歩きながら エリスは一人己の手を見る

エリスは、カリストによって操られ 愚かにも仲間に攻撃してしまった、カリストの所為とは言え もう解決したとは言え、些かショックだ

だが、それよりも 今ショックなことがある

「ん?、どうした?エリス 立ち止まって」

ふと気がつくとエリスは足を止めていたようだ、それを心配してラグナがなんでもないようにこちらを向く…、エリスのショックの根源は彼だ

彼はエリスを助けるために戦ってくれた、命をかけてくれた 体を張ってくれた、それはとても嬉しい 身悶えするほどに嬉しい、だけど それと同時に思う

彼はエリス達がカリストから解放された後のことを案じ エリス達を極力傷つけないように、そして自らも一切傷を負わないように戦い 事実それを成した

エリスとメルクさんの二人を相手にだ、あの時エリスはカリストによって狂わされ本気で戦っていた 本気でカリストの為にラグナを殺そうとしていた、その時の感情を思い出すと吐き気がするが

ラグナは そんなエリスの本気をなんでもないように弾き返し、傷の一つも負わずに戦いを終えた…エリスが 本気で戦ったのにだ

その気になれば攻撃も出来たがそれもしなかった、最後 彼を押し倒した時も 彼は反撃しようと思えば出来たのに、それもしなかった

メルクさんと一緒に戦ったのに 手加減された上に傷一つ与えられなかった上 彼はそれをなんでもないように笑って済ませた 『なんてことないと』、エリスの本気を受け止めておいてなんてことはないようだ、これがショックなのだ

彼よりも先に魔女に弟子入りし エリスはその人生の全てを修行に費やしてきたのに、後から弟子入りした彼に容易く追い抜かれた もしかしたらラグナはエリスよりも強いかもしれないという疑念が確信に変わり

それが 焦燥になる、もし今ここでエリスとラグナが本気で戦っても エリスは勝てない、きっとでななく 絶対、そしてラグナはこれからもどんどん強くなる 

置いていかれる…ラグナに…、それは嫌だ

「…エリス、どこか痛むのか?」

「いえ、なんでもありませんよ、ただちょっとお腹空いちゃって…あはは」

強くならないといけない、もっともっと強くならないといけない 、師匠の弟子として他の魔女の弟子に負けるわけにはいかない、そして何より …エリスはラグナと対等でいたい

もっともっと…力がいる、彼の隣に立っているには 力がいる

「そっか、なんか思い詰めてるように見えたからさ、なんか気になることがあるなら言えよ」

そう言いながら彼は暖かく優しい手でエリスの頭を撫でてくれる、優しい手だ…やっぱりラグナはかっこいいなぁ…

カリストに操られている時感じた胸の高鳴りと同じ鼓動を今感じる、ラグナへ視線を向けるとそれが強くなる

…急がなきゃ、ラグナはきっと すぐに強くなってエリスを置いていってしまう、なったら彼はきっと エリスの前からいなくなる…それは それは…嫌だ

強くならないと、多少の危険を被ったとしても…

歩き去るラグナの背中を見るエリスの目は きっと、暗かったと思う…

……………………………………………………

空には月が登っている、今宵は満月だ 大きく輝く月をこの街で最も近くから眺められる、 場所 学園の最頂点 ディオスクロア大学園の聖域へ カリストは足を踏み入れる

もう生徒は学園にはいない…だが

「やっぱり、ここにいたのね…アマルト」

アマルトは 誰もいない月明かりだけが差し込む部屋の中、一人窓辺に立って外を眺めていた

「…なんだよカリスト、随分早い登校だな…まだ授業が始まるにゃ随分早いぜ」

アマルトはこちらに目もむけずに 軽口を叩く、顔は見えないが…声音は相変わらず恐ろしい

「知ってるんでしょ?、私のやろうとしていたこと…この国を貴方の呪術を使って掌握しようとしていたこと」

「まぁな、どうせ無理だろうから無視してたんだが…で?どうだった?上手くいきそうか?」

こいつは本当に嫌なやつだ、なにもかも見透かしているくせになにも知らないふりをする、もしくはなにも知らないくせになにもかも見透かしたふりをする、詰まる所何もわからない何も読めたいんだこいつの考えは

私は…アマルトの甘言に乗った、私の胸の内の劣等感を見抜き 私が一番欲する力を与え 私を偽りの女王様に変えた、私は人を従える快楽に狂わされ いつしか従えるのが当然という思考を持つようになり

多くの人間に迷惑をかけた、それをアマルトのせいにするつもりはない、ただ私が不甲斐ないだけ…だが今にして思えばアマルトは 私がそうすることも理解して 私に力を与えた

そんな気がする…

「もう知ってるんでしょ、私の目論見は破れ…私はデティフローア様達に負けた事」

「それは知らなかったな、なんだ負けたのか …で?、お前は晴れて敗北者になり 改心していい子ちゃんになりました…ってか?」

振り向き 鋭い目だけが闇の中輝きこちらを見据える、全てを嘲笑う目 全てを見下す目 全てに敵意を抱く目、私なんかよりも余程歪んだ絶望の目がこちらを見て ニタリと笑う

「アホかお前、どうせもうあの魔術は使いますせぇ~んとでも言って謝罪したんだろ?、例えば負けようが謝罪しようが改心しようが何しようが、お前自身が歪んだ人間であることに変わりはないだろ…どうせすぐボロが出る、なら最初から正直に生きればいいのによ」

「そうは…行かない、こんな私でも信じて助けてくれたデティフローア様に、申し訳がない」

デティフローア様は私を助けてくれた、敵対し罵倒し傷つけた私をそれでも助けた…私の劣等感は確かに消えてない、あの時の甘美な心地が未だに恋しくなることもある

だが私は知った、そんな物に頼らずとも 人を認めさせる方法はあるんだ、私がデティフローア様を敬愛するようになったみたいに、私も あの人のようになればいいだけなんだ

魔術を使ってズルすべきではないんだ

「…負けて肩の荷でも下ろしたつもりか?、テメェが無責任なのに変わりはないだろう」

「責任ならこれから取るわ、…私をノーブルズから脱退させても構わない、どんな責任でも取るわ、だから…」

「じゃあよ」

刹那 アマルトの姿がブレる、私が気がついた時には 既に私の目の前にいて…、血剣を大きく振り上げ こちらを見て…

「死んでくれるか?」

「ッ…!?」

なんの反応も抵抗も出来ずに、アマルトの振り下ろされる剣を…身に受ける、私はアマルトの剣閃を身に受け その体を両断され……

てない…、五体満足だ

「あれ?…斬られてない?」

「いや、斬ったさ…ほれここ」

トントンと胸元を指差すアマルト、胸?そう見てみると胸骨の中心に小さな切り傷がある、これは…

「まさか私に呪いを…!?」

「ああ、死ぬ呪いだ 全身の毛穴から血を噴き出して悶えて死ぬんだ、くけけ」

ゾッとする、アマルトの呪術は私のものとは比べ物にもならないほど強力だ、死ぬと言えば間違いなく死ぬ 致死性の呪いも多く取得している、そんな呪いがわ…私に!

「あはははははは!青い顔すんなって!、冗談だよ冗談!そんなことするわけねぇだろ 俺なんだと思ってるんだよ!ははは!」

「じょう…だん?」

「ああ、冗談だよ…まぁ 俺授けた呪術を勝手に使ったら死ぬように呪いをかけたけどな」

結局死ぬんじゃないか!?、…アマルトから授かった呪術を使えば…か、どの道 もう使うつもりはないから構うまい、それよりもこの呪いの真の意味は…もっと別の意味だ

「分かってると思うが…、お前のノーブルズの権限も大部分を剥奪する、もう前みたいに好き勝手できると思うなよ」

「構わないわ、…私にはもうノーブルズの立場なんていらないわ」

「…本当にいい子になったつもりなんだな…、ほんとバカなやつだよお前は」

別に善人になったつもりはない、いい人になったからノーブルズを抜けたいわけじゃない、ノーブルズに居たままでは出来ないことがあるから…

こうして、己の劣等感と歪みを理解したからこそ分かる、アマルト 彼の歪みを…

「アマルト、貴方はどうしてそこまでデティフローア様を敵視するの?」

「気に入らないから」

「そうなの?私には恐れているからに見えるけど」

「………………」

アマルトは私と同じだ、才能があり家柄も良い それでありながら持ち得る歪みを抱えている、私以上の歪みを…だから彼は恐れている、歪まず歩くエリス達の姿を…

彼を救いたいわけじゃない、ただ…もしデティフローア様達がアマルトを正そうとした時、ノーブルズに居て手伝えないから

「私もまた 変われた…貴方もきっと」

「バカにすんなって、テメェみたいな蛾みたいにあっちへこっちへフラフラする尻軽と一緒にするな、あんまり侮辱されると もっとキツイ呪いかけちまうぜ?」

アマルトは私の方を見ずに ただ…怒りの混じった声で返す、その歪みを 私と違って彼は自覚しているんだろうな、なら 尚のこと苦しいだろうに

「…そう、じゃあ 私はこれで…また会えるといいわね」

「お前の葬式でか?…好きにしろ」

そして私は 部屋を後にする…、デティフローア様達ならアマルトを救えるだろうか、その歪みを取り除くことが出来るだろうか、あの捩れはいつか彼自身を殺す

流石に、顔見知りが壊れるところは見たくないから…私も少しは彼の問題解決に尽力するとしよう、…例えなんの力になれなかったとしても 私はそうしたいから



…………カリストが部屋を去り、ただ一人暗い部屋に取り残されたアマルトは また窓を見る、まあるい月が俺を見る 見つめるように、あの女のように俺を見る

「……好き勝手言ってくれるぜほんと、何が変われるだよ…変わったんだよ 俺はもう」

握る拳に力が入る、握りすぎて血が出るほどに 怒りが湧いてくる、それはあの女…タリアテッレを思い出してのことか?それとも調子付くエリス達にか?それとも平気な顔して俺を裏切るカリストに対してか?

それとも…俺自身に対してか…

「…エリス…か、まるで鏡を見てるようだ 昔の俺を映す鏡…、反吐が出るね あんな目」

ああいう目を見ると、踏み潰したくなる 何せこの世で二番目に嫌いな人間にそっくりなんだもん、…俺にな

「はぁ、……いい加減消えてくれねぇかなぁ…」

ふと、城下を見ると もう夜も遅いというのに街は忙しなく動いている、珍しいな この国の人間は健全な生活が大好きだ、みんな夜はしっかり寝るのに…ってああ

「もう直ぐ収穫祭か…、収穫祭の間は どっかに消えるかね」

踵を返し 闇の中へ消える、この場所には この学園には この国には…嫌いなものが多すぎる、ほんと クソみたいな所だよ ここは

……………………………………………………

こうして、一夜のうちにカリストの巻き起こした国家転覆事件は幕を閉じることとなった、翌日からは女子生徒達も皆解放されそれぞれの元に戻り、ある者は男子と和解し ある者は遅れた勉強を取り戻し またある者は一人に…

皆がそれぞれ正気に戻った瞬間カリストの元を離れたあたり 本当に呪いで従わされていたのか、それとも あんなことがあったからカリストには見切りをつけたのか、分からないが まぁそれも無理からぬ事だろう

ともあれ学園はある意味では正常な形に戻ったと言えるだろう、この一件でカリストは罰則を与えられ しばらくの停学とその権限の大部分の停止を命じられたらしい、これでガニメデと続いて二人目

…二人の起こした事件により一般生徒のノーブルズへの不信感の高まりと中心の柱を二つ欠いたノーブルズの弱体化はより一層著しくなった、今まで肩で風切って歩き 気に入らない生徒にいちゃもんつけていた貴族生徒の数もかなり減ったと思う

まぁまだカリストがいなくなって一日しか経ってないから分からないんだけどね

そう、カリストの事件からまだ一夜しか明けてない、昨日はみんな 祝カリスト打倒に浮かれて安堵して寝てしまっていたから、完全に意識から外れていたが

…そうだ、エリス達にまだ なんとかしなければならない事が残っていた、それも目と鼻の先に…

「エウプロシュネの黄金冠どうしましょう!」

主演 喜びの王妃エウプロシュネ役 エリス

「分かんないよ!辞退出来ないの!?」

準主演 輝きの王妃 アグライア役 デティフローア

「収穫祭は明日だ、今更辞退などできるわけがないさ」

準主演 開花の王妃 タレイア役 メルクリウス

「みんな頑張れー」

観客ラグナ

エリス達は学園の一角で頭を抱える、カリストの残した置き土産…彼女は何やら舞台上でエリス達に恥をかかせるためにエリス達を舞台に引きずり出したようだが、その計画も最終的には頓挫 その計画はエリス達に敗れ夢半ばで崩れることとなった

だかしかし、エリス達が舞台に出なければならない事に変わりなく 明日エリス達は殆ど準備も出来ないまま舞台の上に放り出される事となる

今日、演劇担当女教師が慌てて台本を渡してきた…彼女もカリストに魅了されていたらしいので彼女も責められない、というか 彼女も今日は冷や汗かきながら学園中を走り回ってる

「エウプロシュネの黄金冠は明日ですよ?こんな…、しかもエリス役者なんてやりたくありませんし…」

「そうは言うな もう逃げられないんだ、腹を決めろ 教師陣も演劇に出演する人間の授業は免除してくれている、今日一日かけて練習するしかあるまい」

「うう、お腹痛い お腹の中ゲロゲロする…気持ち悪いよう」

メルクさんも青い顔しながら台本を読み込み デティも目をクルクル回し緊張でお腹を抱えてる、…役者なんかやりたくない ハーメアと同じことをしたくない、だが 主演たるエリスがそれを放り出せば舞台を用意してくれるみんなや今必死に練習しているみんなの努力を潰すことになる

やらねばまい やらねば、そう決意を固めながらエリス達は学園の一角……演劇室と名付けられた広大な部屋で四人集まって台本を読む

『エウプロシュネの黄金冠』、ミュージカルとしての側面が強く その大部分が歌で構成されている為覚えなくてはならないセリフは少ない…、物語は殆ど天の声 ナレーションで進むからだ

だから一日でまぁ形に出来なくはない 、だが問題があるとするならそれはエリス達の役回り

エリスの演じる主役 エウプロシュネにはそこそこ出演場面がありセリフもあるし演技もかなりやらねばならない、オマケにソロで歌唱する場面もある為 いやでも目立つ

メルクさんとデティの演じるタレイアとアグライアにも二人で歌う場面もある為、…エリス達が半端な仕事をすれば劇そのものが潰れてしまう

「はぁ、歌なんて 歌ったことありませんよ」

「俺は楽しみだなぁ、みんなの歌」

のほほーんと笑っているラグナ、この…自分は無関係だと思って と三人でギロリとラグナを睨むと

「呑気ですねラグナ」

「い いやいや、俺も仕事あるからね?資材運んだり舞台の設営とか、出来る事はなんでも手伝うつもりだし…」

「でも舞台には上がらないじゃないですかー!、この緊張はラグナには伝わりませんよー!」

「そうだそうだー!ラグナも出ろー!女装してー!」

「今ほど君と言う男を羨んだことはないぞラグナ…」

「うぅ、肩身がせまぁい…」

とは言え文句を言っても始まらない、このままではカリストの思惑と関係ないところでエリス達は恥をかいてしまう…、はぁ 気が重い

「まぁさ、劇に出ない俺がとやかく言ってもうるさいだけかもしれないが、取り敢えず今は緊張も忘れて 打ち込んでみたらどうだ?、どの道やるしかないなら 案ずることもないだろ?」

「上手くできる自信がありません…」

「緊張してたらどんなに練習しても上手く出来ないさ」

そりゃそうだが、…いやその通りだな 結局やるしかないのならウダウダ言う時間も惜しい、やるか やるしかないんだ

立ち上がりながら台本を地面へ置く、もう中身は覚えた 全体的な流れも何もかも頭に入れた、後はとにかく演技と歌の練習だ

「エリスちゃんもう内容覚えたの?」

「はい、メロディもさっき聞いたから覚えてますし …後は練習だけです」

「相変わらず凄まじい記憶力だな、羨ましいぞ…」

「この時ばかりは 自分の記憶力に感謝したいですよ」

みんなに軽く微笑みながら 仮組みされた練習用の舞台の上に上がる、舞台…外から見るよりもなんか広く感じる、本番はこの目の前に群衆がうわーっと広がるのか、緊張しそうだな

「すみません、歌の練習したいので 曲お願いできますか?」

「え?あ?はい」

壇上の脇で楽譜を読んでいる音楽担当の女子生徒 フォルテ先輩に声をかける、彼女はディオスクロア大学園の音楽科主席の上級生徒だ、エウプロシュネの黄金冠の音楽を担当するのはこれで三年連続というベテラン 、今読んでる楽譜ももう慣れ親しんだものだろう

流石に美術の国エトワール出身の天才だ

「では行くよ?、…合わせられる?」

「さっき貴方が練習で弾いているのを聞いたので、取り敢えず合わせて歌ってみます」

「分かったわ、…じゃあ行くわよ」

ピアノ担当のフォルテ先輩は、軽くリズムを取った後 弾き始める 鍵盤を、ただ鍵盤を叩くだけでは音は曲にならない、そこには技術と努力があり 工夫と練達があってこそ、音楽とは初めて音楽足り得るのだ

響き渡るピアノの音に、部屋で練習や小道具の用意を始めるみんなが、手や足を止めこちらを見る ラグナ達もこっちを見ている、 部屋の喧騒は瞬く間に静まり ピアノの流麗な音だけが響く

みんなの視線がエリスに突き刺さる、そんな視線の嵐の中 エリスは小さく口を開き

「すぅ……ーーーーーーッッ…」

歌い始める、手本は一度見せられたから覚えている 歌詞も一度見たから覚えている、けどやはり自分で歌うのは感覚が違うが

直ぐに容量を掴む、何故か?それは歌唱と詠唱が似ていることに直ぐに気がつけたからだ

『言う』と『唱える』が違うように、『言う』と『歌う』違う 、歌唱と詠唱はそう言う部分では似ている、ある意味 詠唱とはある意味では歌なのかもしれない、なんて思いながら 歌に集中する

なるべく音を整えて、手本の先生に合わせるように それでいてエリスの声に合うように、合わせようと思うとどんどん合ってくる、まるでエリスの喉が最初からそれを想定して作られていたかのように

これは多分 識とは関係ない 魔蝕とは関係ない、エリス本来の才能なのかもしれない…旅役者として名を馳せた 母ハーメアからの遺伝、エリスもまたそれを持ち得て生まれたのか

…そう思うとなんだか嫌だ、エリスがハーメアの娘であることをありありと感じさせられて…、エリスはもうアイツとは決別した アイツの娘なんかじゃ…

「ーーーーッッ……ふぅ」

そう思っている間に、エリスの歌は終わる…歌い終わる、制服のスカートの端をつまみ一礼すると、あちこちから拍手が響く 有り難い事だ

「上手いわね 貴方」

「え?あ…はい」

すると脇のフォルテ先輩に声をかけられる、上手いのかな 自分じゃよくわからない、歌もあまり聞かないし、聞かないからその良し悪しも分からない

「確か歌も演技も経験はないのよね」

「はい、どちらも初めてです」

「初めてでそれか…なんともまぁ」

フォルテ先輩は楽譜を指で弾き頭を掻き なんともいい辛そうにしている、ダメなところがあったのだろうか

「私は人の歌を褒める時あんまりこう言う言い方はしたくないのだけどね?、歌っていうのは人の努力と工夫によって研ぎ澄まされる物だから 感性とか センスとかって言葉は本当は嫌いなの、でも言わせてちょうだい、多分貴方は天才に入る部類よ」

「天才…」

複雑だ、とても複雑 少なくとも手放しには嬉しくない、…きっとハーメアがそういう人だったんだろうな、歌と演技の天才 旅をして名を馳せるような人だから…

…もし、ハーメアがエリスをあの館から連れ出していて、エリスが師匠と出会わず ハーメアの子として生きていたら、エリスは…魔術師ではなくハーメアと同じ役者になったんだろうか

ハーメアの指導の下歌と演技を学んで…、そんなあり得なかった運命の名残のようなものが この才能なのかもしれない

なんて なんだか寂しさを感じながらエリスは舞台を降りてラグナ達のところに向かう

「すごーい!エリスちゃん歌うまーい!」

「ああ、直ぐにでもそういう職にでもつけそうだ」

「そんな簡単な仕事じゃないですよメルクさん…、でも上手いようでなによりです」

デティとメルクさんが褒め称えてくれる、嬉しいはずなのにやはり嬉しくない ハーメアの顔がどうしてもちらつく、こんな才能なければ良かったのに

するとラグナが険しい顔をして

「…エリス、歌うの楽しくないか?」

「え?、どうしてですか?」

「楽しくなさそうに見える、寧ろ 上手く歌えば歌うほど苦しそうだ」

…苦しいか、苦しいな…エリスはもう師匠の弟子だ 出来るならハーメアのことは忘れたい、この識の力がある以上 忘れることは不可能なのだが

でもそれはラグナ達には関係ないこと、態々教えるほどのことじゃない

「そんなことないですよ」

「…そっか、分かった ごめんな?、水差すようなこと言って」


「エリスさーん!、先生が呼んでるよー!、なんか主演の事に関して打ち合わせがあるんだってー!」

「え?、あ はーい」

ふと、別の生徒に呼び出される、主演には主演の仕事が沢山ある その事に関して、先生とも打ち合わせをしなければいけないようだ、ラグナ達の所に着いたのも束の間 エリスはすぐ様踵を返しそちらへと走る…




「ふむ…」

…………そんなエリスの背中を見てラグナは一人思う、やはりエリスの様子が変だと

エウプロシュネの黄金冠、その主演に選ばれた時から様子がおかしい 特に役者として舞台に立つ事に異様なまでに嫌悪感を示している、普段ならどんなことでも卒なくこなす彼女がだ

…あの歌 かなり上手かった、エリスはどんなことでも出来るが、それは普段から積み重ねで出来るようになったもの、記憶力の良さという才能はありはすれど その力はどれも積み重ねで得たもの

しかしあの歌は違う、記憶関係なしに上手い、間違いなくエリスには歌の才能がある、エリスの役者への嫌悪感と才能…無関係ではない気がする

「どったの?ラグナ」

「ん?、いや…なんでエリスはあんなに役者を嫌がるのかなぁってな」

「彼女も旅をして長い、道中何か役者にまつわることで嫌な目でも見たのだろう」

メルクさんのいう事には一理ある、彼女は聞けば六歳からこの歳までずっと旅を続けているという筋金入りの旅人だ、見てきたもの感じてきたものの数は俺達とは比較にならない、だからその最中 何か嫌な目を見て役者を嫌うようになったと言われればそんな気もするが

でもなぁ、なーんか気になるんだよな

「………」

「釈然としてないな?ラグナ」

「まぁな…」

「彼女にも好き嫌いの一つ二つあるさ、気になるなら本人に聞け」

「そうだな、それもそうか」

と言いつつも、聞く気は無い エリスはきっと答えない、あの顔はそんな気がする…

思ってみれば俺 エリスのこと魔女の弟子である事以外何にも知らないな、彼女は一体どこで生まれて どこで育ったんだ?

そんな疑問を抱えたまま、時間は過ぎる…明日は収穫祭、エウプロシュネの黄金冠だ
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