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六章 探求の魔女アンタレス
118.対決 正義の味方ガニメデ・ニュートン
しおりを挟む火災からの避難を終えた生徒達と離れたエリス達は、ガニメデ達と共に剣術科の修練場に向かう ここは普段剣士達が戦闘訓練に用いる場、ここならどれだけ暴れても被害は出まい
「決闘の申し入れを受けてくれてありがとう…、この決闘の是非に問わず きっと僕は今ほど好き勝手できる立場で無くなるだろう、ジャスティスフォースもきっと解散だ…だから その前にこうやって君達と正義をぶつかり合える事を喜ばしく思う!」
ガニメデは背後にブルーとグリーンとオレンジとホワイトを連れて腕を組む、イエローは 放火の罪の責任を取りにイオ達に報告に行っている、退学は当然 罪にも問われる、彼はやりすぎガニメデのためとはいえやり過ぎたんだ
だからこの場にはいない
「ああ、勝負を受けたからには 俺たちもきっちり決着をつけたい、あんな幕引きはごめんだからな」
エリスもまたラグナに続く、エリス達はこれよりガニメデ達との最後の決着をつける為 こうしてこの場にやってきたのだ、決闘…実力でのガチンコバトルだ、結局こう言う決着でなければラグナは納得しなかっただろう
巡り巡ってこう言う形になれた、後はエリス達が勝つだけだ
…ここにいるメンバーは孤独の魔女の弟子エリス 争乱の魔女の弟子ラグナ 友愛の魔女の弟子デティ 栄光の魔女の弟子メルクさん、ちょっとした戦力だ これに対抗出来る戦力をガニメデが持っているとは思えないが
問題なのは彼の力だ、彼の力はどう考えても普通の生徒から逸脱している…デティも知らない魔術を使うと見ていいが、果たして
「それじゃあ、後腐れなく行くよ…僕達も全霊だ!ジャスティスフォース!これが僕達の最後の戦いだ!、行くぞ!」
「応ッ!」
するとジャスティスフォースは勇ましい掛け声とともに隊列に着くと…
「雄大なりし自然の化身!ジャスティスグリーン!」
「剛毅なりし大海の化身!ジャスティスブルー!」
「勇壮なりし猛火の化身!ジャスティスオレンジ!」
「白美なりし風雲の化身!ジャスティスホワイト!」
一人一人が決められたポーズをとりガニメデの後ろに並んで行く、その様はなんとも様になっており、ただただ漠然と名乗るのとは違い、最後の戦いに向けた決意を高める 己を鼓舞するポーズに、エリスも思わず圧倒される
そして
「強靭なりし正義の化身!ジャスティスレッド!、又の名をガニメデ!!」
赤いマフラーをたなびかせ ポーズを取るジャスティスフォースの中央に立つガニメデ、その姿は正義の味方…かは分からない、だが今 彼らの決意は一つになって
「我等 正義の使者!悪の敵!、全員揃って!ジャスティスフォース!!」
ひりつく空気、最初見た時より何倍もいい、さっきの一連の事件で 彼らもまた正義を見つめ直した結果だろう、それを見てラグナも静かに牙を見せ笑うと 拳を鳴らし
「上等だ…俺達も行くぞ!みんな!、争乱なりし魔女の弟子!」
「いえ、いいですラグナ 、エリス達は」
「うん、いいよ 今更名乗らなくて」
「真面目にやれラグナ」
「えぇぇ……」
あの名乗りやりたかったのか…、でもエリス達あれやりたくないから戦ってたんですよ?、でもまぁラグナがそんなにやりたいって言うならエリスは後日誰もいないところでなら付き合ってあげてもいいですが、今は嫌ですけどね 人目があるので
「さぁ!ラストバトルだ!、ジャスティスフォース!戦闘態勢!」
「ッ…来るか」
ガニメデの号令の通り動きエリス達の前に並ぶジャスティスフォース達、全員凄まじい肉体だ イエロー同様にアルクカース人もかくやという絶大な筋肉をエリス達の前に晒す
「今日の相手は僕達の戦った敵の中でも史上最強の相手!いつものように加減する必要はない!、アマルト君から貰ったその力!発揮するのは今だ!」
「アマルトから貰った力…、っ!そう言う事ですか!なるほど、貴方達の力の正体が分かりました!」
「え?、どう言う事だ エリス」
「恐らく…彼らの異様な力は」
エリスが説明しようとした瞬間、それはいらないと言わんばかりにガニメデは両拳を突き合わせ、瞳を閉じ 静かに…詠唱を始める
「その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し!、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ!、その身は変じ 今人の殻を破れ!『獣躰転身変化』!!」
「古式詠唱!?なんでガニメデが…っておいおい これは」
「ぅぐ…ぐぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
ガニメデが行なった古式詠唱、あれは恐らく古式呪術…アマルトが使うものと同じ、古式を支えるのはアマルトだけじゃない?弟子はアマルトだけじゃないのか!?
そう戦慄を受けるのも束の間、呪術に呼応して目の前のヒーロー達の姿が変わる 変わっていく、ただでさえ筋骨隆々の巨躯は更に大きく大きく膨れ上がり、大きくなった体はその身のヒーロースーツをビリビリと破き 内側から鬱蒼とした毛が…獣の如き体毛が全身を覆っているのが見える
「うがぁぁぁぁあああああ!!」
それに伴い手からは鋭い爪が現れ人の手にはないはずのカチカチの肉球が現れる、足も…逆さに折れ曲り 骨格から変わっていく、これは…これじゃあまるで
「人が…獣に…」
「ゴガァァァアアア!!!」
顔を覆うマスクが変形する頭に突き破られ、咆哮する四匹の獣、いや獣人 獣の体を持ちながら二足で立ち口からはギラリと光る鋭い牙達、ガニメデの呪術で ジャスティスフォースが全員獣人に変じたのだ
グリーンは狼に ブルーは獅子に オレンジは鷹 ホワイトは猩々…どいつもこいつも凶暴な大型獣、凶暴な獣人へとその姿を変えた
「これこそアマルト君から授かりし変身能力!、僕達獣人戦隊ジャスティスフォースの真の姿!」
「アマルトから授かった…?」
「その通り!僕達アマルト君の側近たる中心メンバー達は皆!アマルト君から一つづつ古式呪術を授かっているのさ!、古式魔術が使えるから自分たちの方が強いと思わない事だ!!!」
「なるほどぉ、あのメチャクチャな力は人ならざる獣人に変じていたからこその力だったか、納得納得」
いや、それだけじゃありませんよ、あの一件バカみたいなスーツも 恐らくは素肌の露出する部分を減らし、中で獣人に変化しているそれの露見を防ぐ意味合いもあったのですよ、そして今回は そんなもの気にせず全力で変身してきた、つまり その出力は今までの比じゃないってことだ
人の技と獣の力 、生半可な魔獣よりも何倍も手強そうだ
「さぁ!開戦だ!、アタック!ジャスティスフォース!」
「ゴガァッ!」
「グルルァァ!」
「来る!、ラグナ!周りの雑魚はエリス達が引き受けますので貴方はガニメデと決着を!」
「分かったよ!」
身を低く 地を這うように飛んでくる四匹の獣人を前にラグナは跳躍し、その後ろにいるガニメデへと突っ込む、これはラグナとガニメデが始めた戦い!ならその決着は二人でつけるべきだ
対するエリス達は、目の前の四匹の獣の相手 前哨戦はエリス達が務める、本気の本気での戦い 久しぶりだが、衰えは感じない!
「デティ!貴方は後方に下がってエリス達の援護を!」
「わわ 分かった!」
「メルクさん!貴方はエリスと一緒に!」
「フッ、君と並んでこうやって戦うのも久し振りだな!」
身体能力で劣るデティを後ろに下げエリスとメルクさんの二人で獣人達と相対する、そうだね 久し振りだ、エリスもまたメルクさんと戦えて嬉しいですよ!
「グルァァア!!!」
「っと!」
振るわれる狼の爪、それを咄嗟にしゃがんで避ける こうやって避けても伝わる爪の鋭さ、その辺の鉄柱なんか軽く輪切りにしちゃうような爪がエリスの側で振るわれ、その斬撃に迸る冷や汗が弾かれる
「キィィーッッ!!」
刹那、避けたエリスに向けて上空から槍が飛んでくる、違う 槍じゃない 鳥爪だ、鷹だ 獲物を一撃で捉える鋭い爪が急降下と共に降り注ぐ、がそれもまた後ろへ飛んで回避する …厄介だな
獣、特に狼や鷹を相手にしていると思うと面を食らう、彼らはほぼ身体的特徴は完全に獣と化しているが若干だが人の形も留めている、それは大きさと二足歩行という点
「グルルルッッッ!!」
「ギィィーーーーッ!」
故に獣の武器を人の技で震える、狼はその鋭い爪を両手で振るえるし、鷹はその巨躯を生かして全霊で飛べる、人ではないから力は強く 獣ではないから理智である、強敵だ
「ガァァァアアア!!」
「コァァアアアアッッ!!」
「獣狩りか!流石に手ぶらじゃキツそうだ!」
エリスと同じく獅子の獣人と大猿の獣人を相手取るメルクさんはその猛撃を避けながらも懐から取り出した手袋を手にはめる、そう言えばメルクさん いつも使ってる銃はどこに…って、学園だからそれを持ってないのか、彼女とて無手の戦いの心得はあるだろうが 銃がなければその真価は発揮出来ない
そう…エリスが勝手に思った瞬間
「ふぅ…『銃身・顕現錬成』」
「なっ、 あ!それ!メルクさんの!」
手を握ると共にそこから光が溢れ、現れるのは二本の双銃…漆黒の銃と純白の銃、あれは間違いない メルクさんがデルセクトの戦いの末手に入れた、アルベドとニグレドの銃!一体どこから というか錬成したの!?
「メルクさん!」
「私も強くなっているんだよエリス!、成長したのは君だけではない!」
弾く 鉄すら切り裂く獅子の爪をその漆黒の銃で弾き大猿の拳を純白の銃で防ぐ、なるほど 彼女もいつまでもエリスの知るメルクさんではないか
「キィィーーッ!!」
「あぶなっ!」
余所見をしている場合ではなかった、咄嗟に飛んできた鷹の蹴りを身を翻し避ける、しかしあの爪 厄介だな!、モロに喰らえばエリスの体に穴が空くぞ!
「ゴガァッ!」
「キィィィー!」
「ふっ、っと!鋭く 重く、そして速く軽快…!、人の身ではあり得ず 獣の身では成し得ない技、嫌ですねぇ 怖いですよ!」
振るわれる爪連撃 放たれる鳥爪の連打、空気を弾く獣人の連携と人なんよりもずっと鋭い連撃を、上体を逸らし 時に飛び上がり回避する、…回避だ 反撃が出来ない、獣が連携を取るとここまで面倒になるか!
「『サイクロンディストラクション』!!」
「ッッ!!!」
すると、エリス達の背後から飛んできた風の弾丸の雨が獣人達に降り注ぐ、それは獣の勘か 風が降り注ぐよりも前に獣人達は全員後ろに跳び退き 風は地面を蜂の巣のように穿つ
「私もここにいるからね!忘れないでよ!、でもこっちには来ないでね!怖いからね!」
「デティ!」
デティだ、デティが風の魔術で援護してくれたんだ、火災鎮火の際も思ったが、彼女もエリスがアジメクにいた頃よりもずっと強力になっている、現代魔術で古式魔術と変わらぬ威力だ、流石魔術導皇!ちっちゃいからって甘く見ちゃいけない
みんな…みんな強くなってるんだ、魔女の下で修行して…エリスだけが強くなったわけじゃない、みんな強くなった所を見せつけるように戦っている
…なら、エリスも見せなくては 強くなった所を!孤独の魔女レグルスに鍛えられたこの力を!
「…ふぅぅう、極限集中」
「ほう、エリスも本気を出すか」
「何それーェッ!?」
極限集中…、己を深く深く追い込み 極限とも取れる集中力を獲得するエリスの固有技、凡ゆる魔術の精度は一段階上へ上がり この状態ならではの技も多く使えるようになる、エリスの戦闘形態
メルクさんはエリスの極限集中を見て懐かしそうに笑い、デティは驚く…そうか これを自由に使えるようになったのはアルクカースに入ってからだからデティは知らないのか
ただしメルクさん、貴方もこの技の真価は知りませんよね マレウスでエリスが新たに獲得した技の多くを
「カロロロ…キシャァアアア!!!」
吠える獣 喉を鳴らし威嚇し牙を剥き闘争心を露わにするそれを前にエリスもまた構える、見せよう エリスの武器を!
「ギシャァァァアア!!!!」
狼が振るう、鋭爪を されど…さっきまでと違い まるでスローだ、最早避けるまでも無い?
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』」
纏う風は疾風となり、体は不可視の翼を得て 今この身は神速へと至る、獣の勘でも動体視力でも対応出来ぬ刹那の身のこなし、それは誰をも置き去りに 、取る奴らの背後を 掴むその毛で覆われた体を
「グゴァァア!?」
掴んだのは猩々型の獣 比喩でもなんでもないゴリラ男だ、エリスに掴まれた瞬間その見た目に似合った剛力で暴れるがそんなものお構いなく こいつを抱えたまま上空へと風を纏って跳び上がる
「ォガァッ!アゴァォ!」
離せ離せと暴れるそれを一瞬で高く持ち上げると共に唱える、心の中で もう一つの詠唱を
(『旋風圏跳』!)
二重旋風圏跳、エリスがコフとの戦いで使用した同じ魔術の重ねがけ、本来古式魔術とは使用者の技量に合わせて威力を増減させる、エリスに出せる限界速度は決まっている 今のエリスではどうあがいてもこれ以上の速度は出せない 師匠に絶対に追いつけない
…だが!、旋風圏跳を重ねがけする事で生まれる速度はエリスの出せる速度を一時的に二倍 いや それ以上に引き上げる、腕の中の獣人を強く掴んだまま 飛び込むのは地面、この世で最も剛健な存在 大地だ
二つの旋風圏跳はエリスに多大な速度を与える、自然落下とはそれだけで速度が出るもの そしての速度のまま地面に突っ込めばどうなるか、そんなもの教わるまでもなく誰しも知っている
「ゴガァッッ!?!?」
「はぁぁっっ!!!」
叩きつける 大地に、その巨体を速度のまま 大地が割れ ヒビ割れ猩々の体が叩きつけられる、名付けてダブル旋風圏跳ドライバー エリスの出せる最大速度の叩きつけだ
「エリス…速くなったな、デルセクトにいた頃よりも何倍も速い」
「エリスちゃんあんなに強くなってたんだ…」
デティ達の声が聞こえる…、だが
「っと!」
慌ててその場から離れる、跳び退き みんなの元へ合流する、結構な速度でわりかし容赦なく叩きつけたつもりだったんだがな
「ごがぁっっ!!」
意識がある、寧ろ全然元気だ 人間なら昏倒…或いは死に至る程の威力をぶつけられて、あのゴリラ…なんてタフさだ、叩きつけられ蹌踉めきながらも立ち上がった 、こりゃ…手を抜いてる暇なんかないかな
「ゲェーッ!あいつ立ったよーッ!?」
「体力も人間のそれではないか」
「それが四体、あんまり楽観できる状況じゃありませんね」
「ゴロロロロ…!」
さて如何に打倒したものか、そう三人で頭を回らせた瞬間 、飛んでくる 何がだ…目の前の四つの影がだ
「グルルルァァァアアア!!」
「っっ!」
一瞬の跳躍でエリス達の距離は詰められ獣人の剛腕と鋭爪が幾重にも飛んでくる、エリスはそれを籠手で メルクさんは銃身で防ぐが…
「ぐぅっ!?」
ダメだ、さっきよりも力が増している メルクさんは後ろへザリザリと押され、エリスも防いだ手が痺れる、コイツら…興奮している、目は充血し口からは涎が垂れて息は荒くなっている、獣になって時間が経つほどにその力がどんどん引き出され獣に近づいているんだ
「この…!」
「ガォァッ!」
詠唱を跳躍し、結果だけをいきなり叩き出す跳躍詠唱 それを用いて作り出す風刻槍を手に纏わせ獣人の胸板に拳を叩き込む、岩さえ削り倒す風を纏った一撃、それを受けたというのに奴らは軽くよろめく程度で痛がる素振りさえ見せない、痛みを感じないのか
「紡ぐ魔糸 我が意のままに踊り、頑健なりし石手となって空を伸び、敵を絡め取りその自由を奪え『錬成・膠灰縛糸牢』!」
メルクさんが銃を放つ 銃口から飛び出た光は一瞬で獣人達の元まで飛び、幾多の糸となって弾け獣人達の体を縛る、魔力の糸?違う 飛ばしたのは石だ、石の糸だ、それが獣人達を絡め取り石の牢となって奴らの体を拘束する
だが
「コアァァァァァア!!!!」
「む、我が錬成で作った石をも砕くか…」
拘束など無意味だと言わんばかりに筋肉を隆起させ瞬く間に石の糸を砕き 引き千切る、ダメだな 痛みも感じない 力も人間離れ、生半可な魔術じゃ倒せそうにない
かといって、じゃあ全身全霊で火雷招をぶちかませば勝てるかと言われれば勝てる、勝てるが殺すことになる、流石に殺しはまずいだろう これは殺し合いではなく決闘だ、勝てると殺せるは全く違うものなのだ
「ゴァッ!」
「キィーッ!」
「チッ!デティ!離れて!」
「あ あい!」
振るわれる爪 迫る牙、籠手で弾き一寸の感覚で避ける この獣、理性を失っているように見えて連携をしてくる、強い 強いぞ…力負けしている以上真っ向からは攻められないし
「っと!!、参ったな銃弾も防ぐが」
「ガォァアァァ!!」
メルクさんも応戦し銃弾を放つが、奴らの毛皮 これがそんじょそこらの獣の皮とはまるで違い、なんと銃弾さえ弾くのだ、まぁ元々毛皮とは相手の爪を通さない為の自然の鎧なのだ、古式魔術でこさえた毛皮をその辺のと同列に扱ってはいけないか
「『フレイムインパクト』!!」
ならば炎はどうだとデティも火炎を放つ、確かに毛皮は燃える しかし毛とは断熱の意味合いもある、彼らの肉体に火傷一つ負わせることなく即座に地面を転がり消火する獣人達には効きそうもない
一手では倒せない エリスの全霊旋風圏跳も弾くタフさ、これも問題だ…って
「ゴアァッッ!」
「ぐっ!げふっ…!」
「エリスちゃん!」
考え事をするエリスの脇腹に狼の鋭い蹴りがぶち当たる、咄嗟に腕を挟み込んだが エリスの体は容易く宙へ浮かび上がり吹き飛んでしまう、しまった 隙を見せたか…!
「がはっ!」
壁に叩きつけられ 全身に鈍痛が走る、肺の空気は叩き出さされ骨は軋み内蔵が悲鳴をあげる、痛い…痛いが 目が醒める、この痛みだ エリスがこの学園に来る前まで住んでいた世界は、この痛みが飛び交う世界だ…冴えろ思考を 研ぎ澄ませ感覚を、ここまで来て負けられるか
(ラグナに…任せろと言いましたからね)
「エリス!大丈夫か!」
「問題ありません、骨は折れましたが…こんなの傷のうちにも入りませんよ」
「骨折は重傷なんだけどー!?」
「そうか、まだ動けるなら問題ない」
「大問題ー!?」
エリスに駆け寄ってきてくれるデティとメルクさんに問題ないよと手を上げれば脇腹に激痛が走る、肋が折れたか 籠手で守られた腕に傷はないが、脇腹はそうもいかないか…防御の上から骨も砕くとは、なんて怪力だ
「い 今治癒魔術を…」
「いえ、後でいいです 彼らを倒した後で」
「グロロロロロロ……」
そうこう話している間にエリス達の周りには獣がうろつき始める、囲まれたか…まるで獲物を仕留めにかかる人喰いの獣のような動きに …焦る
エリスが今受けたような一撃をデティが受けては確実に昏倒するだろう、かといってデティを守りながらあの猛攻を防いでいては…ジリ貧だ
「…エリス、そろそろ浮かんだか?」
「え?何がですか?」
「何って、お前はこういう土壇場でアイディアを出して勝って来ただろう、メルカバにもヒルデブランドにも…ヘットにもそうやって勝ったと言っていたじゃないか」
…そうだった、と言ってもアイディアと言っても何も…いや、考えろ 冴えた今の頭ならそれが浮かぶはずだ
殺さず無力化する、しかし拘束は意味をなさず力押しでも直ぐには片付けられない、速攻で かつ 殺さずに事を収める手をエリスは持っているか?、…火はダメ 風もダメ…ん?、なんかこんな状況前にもあったな
…ヘットだ、ヘットといえばデルセクト そしてメルクさん…、頑健な毛皮 獣…そうだ!
「今、思いつきました」
「え!マジ!エリスちゃん凄い!」
「そうか!、で!何をする!」
「メルクさん!あれをやりましょう!」
「あれ?どれだ…ああ、あれか 確かにあれなら一網打尽にできるかもな」
「え?え?私にも分かるように説明してよう」
「デティ 貴方は、…あの獣を一点に集めることは出来ますか?」
「出来るよ?、でも…ううん、分かった!信じて任せるよ!エリスちゃん!メルクさん!!」
するとデティは獣人達の前に出る、より巨大になった獣人の前に立つとデティの小ささがより強調される、だが デティは臆さない、エリス達を信じてくれているから すると彼女は両手を天に掲げ
「ゴァァァァァァァア!!!」
「やーかましっ!私をなめないでよ!『オールスイーパー!』!!」
吹く…風だ、まるで透明な巨腕が現れたかのように突風が吹き それは瞬く間に竜巻と化して獣人達に襲いかかる、あれは…デティが生活の一助になるようにと作った生活魔術!の!失敗作!、以前エリスがアジメクにいる時使った際はデティは制御し切れずあわや大惨事一歩手前まで行ったのに
デティは今それを今度は完全に制御し一つの技として昇華させたのだ
「グゥ…グゴォッ!」
「ァギャッ!?ギャォァァァァ!」
獣人達も耐えていたが、時間が増すごとに強さの増していく風に遂に足を取られ風に吹き飛ばされ 一点に、竜巻の中央に集められる、よし!これなら!
「メルクさん!」
「任せろ!『Alchemic・Water』!」
次いで放たれる弾丸、それはデティの生み出した風を突き破り 一点に集められた獣人達の元まで届き、弾け 大瀑布と化し獣人達を瞬く間に水に沈めていく、竜巻と合わさり それは天に昇る水の柱と化した
「これでいいだろう?エリス!」
「エリスちゃん!行けるよね!」
「言うまでもありません!…すぅ、厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう」
手を掲げ、魔力を高める それは光となり 音となり 雷となる、迸り踊り狂う電撃を手の中に集め掴む、手の中の雷霆を構え…踏み出し勢いに乗せ…
「『天降剛雷一閃』!!」
投げる、電撃を
雷霆は竜巻を突き抜け水へと溶け、その内側全てに伝搬する、エリスとメルクさんがデルセクトでのマレフィカルムとの戦いで編み出した対多人数用無力化戦法、それを強くなったエリス達で再現すれば 当時の比にならぬ威力を叩き出す
「ゴボガガガガガ!?!?」
水の中でもがいていた獣人達は避けることさえ出来ず、水中全てに叩き込まれる電撃の衝撃を受け悶える、いくらタフでも電撃を受ければそうも言ってられない、どんなに重厚な毛皮も水は吸い込む、そこに雷流を叩き込めば 彼等とて無事ではいられない
死なないよう加減はしたが、やり過ぎたか?いやまぁ彼もの人並み外れたタフさを持つんだ、これくらい耐えろ
「ギャブァッ!?」
そして、弾ける水の柱 中からはびしょ濡れになりながらも焦げた獣人達が倒れこむ、起きてくる奴らはいない、全員白目を剥いて痙攣している…すると獣に変わった彼らの体がみるみるうちに縮んで
「ふぅーー!、…終わりましたね」
倒れる獣達を前に一つ 拳を突き上げる、これでエリス達の勝ちだ…!
「全員元に戻ったね、気絶したのかな」
「あれだけの電撃を受けて気絶しないなら、人どころから獣ですらない 、生命である以上 彼等も無傷でいられんのさ」
「と言うことはエリス達の勝ちですね」
「ああ、だがいいのか 奴ら裸だが」
「キャッ…」
「イヤーッ!」
「濡れてるし 何か被せんと風邪をひくぞ、お おい私の後ろに隠れるな、もう敵はいないだろう」
デティと共にメルクさんの後ろに隠れる、大の字になって倒れる全裸の男…メルクさん平気なの?、でもまぁエリス達の勝ちだ とりあえず彼らには布をかけておいて、後は…ラグナだけ
そう思い、見送ったラグナの方に目を向ける、こちらは決着がついたが 向こうはまだ戦っているようだ
「ジャァァァァスティス!パァァンチ!」
「フンッ!」
拳をゴリラに変えたガニメデの一撃を 、片手で受け止めるラグナ、ガニメデの力はどう見てもここにいる四人よりも上に見えるが…、エリスでさえこの獣人達の攻撃を受けて吹き飛ばされ 防いだ手が痺れたと言うのに、ラグナは片手で しかも微動だにせず受け止めて見せるのだ
流石は争乱の魔女の弟子…凄まじい力だ
「うぉぁぁぁぁぁ!!!流石だ!流石はラグナ君だ!この呪術で強化された僕の猛攻をものともしないとは!」
「師がいいんでね」
ブンブンと轟音を立てる巨腕、連続して何度も何度も振るわれる剛腕、エリスでもゾッとしてしまうような怪力による連撃をラグナはまるで風に揺れるカーテンのようにふらりと避ける、回避に要する挙動はたった一歩だけ
ただそれだけで避け切る、強い…魔女の弟子になる前から魔女の弟子であるエリスと同格レベルで強かったラグナだが、その強さは当時の比じゃない
「チッ!素早いね!」
「お前がトロいのさ」
「何を…このぉぁっ!!!」
刹那 ガニメデの巨腕が更にボコりと膨れる、力を溜めた そう理解するよりも速く、鉄槌の如き腕は大きくラグナに向けて振り下ろされ
「ジャスティスハンマぁぁぁぁっっっ!!!!」
拳による振り下ろし ただそれだけなのに、今 巨大な獣の腕を持つガニメデにとってはそれが必殺の一撃となる、重さと速さ の両立 それは『攻撃』という行動に於いて最も重視される要因
されど、ラグナの目は一抹の揺るぎも見せず
「……フッ!」
繰り出したのは張り手、手を広げ横からガニメデの腕を軽く叩く、たったそれだけでガニメデは狙いを大きくずらしラグナの真横に拳を打ちつけてしまう
強い力とは 時に側面からの攻撃に弱く、ほんの少し押し出されただけでも制御は困難になる、それをラグナは軽く成してみせる
しかし、ガニメデも諦めない…
「まだまだ!喰らえ!ジャスティス!ウィィップキィィィック!」
するとガニメデはその場で回転し 右足を大蛇に変えるとともに回し蹴りを放つ、鋭く振るわれる蹴り 鞭のようにしなる大蛇、それは刃にも勝る切れ味と速度を持つ、大蛇の鱗はおろし金のように鋭く尖っているようにも見える あんなもの食らえば一撃で体の肉が削ぎ落とされるぞ…!
それをラグナは、相も変わらず 無表情で捉え
「っと、師範直伝 廻円受け」
手と体 それを回しながら鞭のようにしなる大蛇蹴りをするりと避ける、というより まるで攻撃の方が避けたかのように当たらない、ガニメデも何度も何度も足を振るうが 当たる気配がない、そこにいるのにまるでそこにいないみたいだ
もう何がどうなってるか分からん、エリスがあの動きを真似してもああはならない、魔術とは違う力 合理の武、それをラグナは手足のように操っているんだ
「なんて技量だ…!この僕がまるで攻撃を当てられないなんて!」
「古式魔術が使えるだけで同格と見てもらっちゃ困る、魔女の修行ってのは何も魔術だけを教えるものじゃあないんだ、そりゃあもう地獄みたいな…う!思い出しただけで全身に激痛が…」
「何を言ってるか分からないが!僕もこの程度じゃあ諦めないんだよ!行くぞ!ジャスティス!ウルフスラッシャァァァァァア!!!」
足を元に戻したガニメデは即座に豹の足を使いラグナに突っ込み狼の鋭い爪でラグナに斬りかかる、他の獣人よりも何倍も鋭い爪 それがラグナを前に煌めくのだ
速い、自然界で考えられる最高速度 得られる最速の攻撃、矢も追い抜くようなスピード…でも、それでも ラグナの方が早い
「ッッ猛虎烈戒掌!」
踏み込み、まるで虎の手の如く丸めた拳を叩き込む、ガニメデが爪を振るうよりも先にだ 、ガニメデの方が先に仕掛けたのに 攻撃を当てたのはラグナが先、意味がわからないが事実エリスの目の前では実現されている
圧倒的だ、他の獣人に苦戦していたエリス達とは違い ラグナはガニメデを一方的に叩きのめしている
「がぶぁぁあ!?、ぐ…がふっ…体も獣に変えて、防御しているのに この威力…しかも魔術さえ使われずに、こうもやられるか!」
確かに、ラグナは魔術を使っている素振りは見せない、と言うかラグナ エリスと一緒にいる時は剣を使っていたのに、今は素手なんですね それじゃあ付与魔術を使えなくないですか?
「お前自身が全力を出してないのに、こっちだけ全力でかかるわけにはいかないだろう?」
「くっ、…見抜かれて…いたかい、そうだとも!これは僕の全力じゃあない!、学園への影響を考え手を抜いていたのさ!ふははははは!!」
「言い訳はダサいぜヒーロー」
「むぐっ…い 言うじゃないか!、分かった…確かにここならさしたる影響は出ないか、ならいいだろう!見ていろ!僕の変身を!」
あれは全力ではないのか、あれでも他の完全変身をした獣人よりも強そうに見えたが…完全変身、そうか 確かにまだガニメデは一部の変身しかしていない
一部分を獣にするよりも、全身を獣にすれば強いのは当たり前だ、何せ反応速度や獣的な勘を獲得するのだ、戦闘能力の違いは比較にならない
「その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し!、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ!、その身は変じ 今人の殻を破れ!『獣躰転身変化』!!!!!」
唱える 古式詠唱を、今度は己に呪術を使う、己を呪う
呪術とは肉体に直接影響を与える魔術、エリスの体を縛ることも 痛みを直接与えることも、その肉体を変形させることも 出来る
「ぅごぉぁぁぁあああああああ!!!!」
隆起するガニメデの肉体、他の獣人達と同じだ…いや 同じじゃない、大きさが段違いだ 、みるみるうちにガニメデは超巨大な獣の姿へと変わっていく、エリス達が全員首を上へ向けてしまうほどの巨大さ、もう獣人なんてレベルじゃない あれじゃあまるで怪獣じゃないか
これがガニメデの全霊、これが古式呪術の真価、これが…アマルトの与えた力、エリスはどんどん顔を上げ 見上げて…、頭の上の太陽がガニメデの頭部と重なった辺りで、変化は止まる
「お…大きい」
「流石にラグナ一人に任せるのは危なくないか?」
「ええー!大きくなれる魔術とかあるのー!?いいなー!」
「みんな!離れてろ!、俺一人で十分だ!」
「ふふ…フハハハハハハハ!!!どうだいラグナ!これがジャスティスレッド!正義のアルティメットフォーム!無敵の状態さ!」
巨大化し野太くなったガニメデの声が辺りに響く、頭は狼 体はゴリラ 腕は獅子 足は鷹、腰から生えた尻尾は大蛇、まるで獣のお化け キマイラそのもの、それが二本足で立ち 言葉を発しているギャップに驚く、これが古式呪術の力…
「やっと本気を出してくれたな、んじゃあ こっちも全力…出すぜ!」
そう言うとラグナは両拳を叩きあわせ踏み込む、たったそれだけ…足を置いた地面が衝撃で陥没するのを見てギョッとする、ラグナも本気じゃなかったの?手加減した状態でエリスが苦戦したものより上の者相手してたの?
いや、エリスだってガニメデ相手にあれくらいの立ち回りはできる…出来るが…、ラグナ エリスは貴方の底が見えてきません、貴方は一体 どれだけ強くなって
「ハハハハハ!!!ならぶつけ合おう!ぶつかり合おう!正義と!正義を!!」
「ああ!、来いよ!正義のヒーロー!!」
握られるガニメデの拳、軽い一軒家くらいある大きさのそれが岩のように硬く握られ ラグナの頭めがけて降ってくる、拳撃だ それも恐ろしく速い
いくらガニメデの技術が稚拙でも、大きさとは即ち威力であり 獣の力を持つガニメデの怪力は…もう色々想像できないほどの威力を持つ
「ハッハハハー!…うん?」
しかし、ガニメデの拳は地面を粉々に砕くだけでラグナを捉えはしない、見えない エリスでも見えない速度で飛んだんだ…一体どこへ
「ここだよ!飛翔燕尾脚!!」
「がぶぉぁっ!?」
そうラグナを探しているうちにラグナは既にガニメデの巨大な腹に蹴りを一撃入れていた、たった一撃でガニメデの堅牢な体が蹴りの衝撃でブルブルと波打ち 中身の内臓さえも傷つける、巨大なガニメデから見ればあんなの豆粒の一撃に過ぎないはず、なのに だというのに ガニメデはその豆粒の蹴りに悶え苦しそうに腹を押さえている
「こ…このぉぉぉおぉ!!!!」
キレた、ガニメデが今の一撃で 抵抗するように尻尾を振り回す 、あんな巨大な尻尾に打ち据えられれば全身の骨が粉々になっても飽き足らない、人の身が弾けてしまう ガニメデも最早そんなことさえ気にすることなく全力で尻尾を振り回すが
「ぁぎゃぁっ!?」
その尻尾がラグナの体に触れた瞬間 、粉々に打ち砕けたのはガニメデの尻尾の方だ、な…何が起きたのかエリスにも分からない、蹴ったのか?殴ったのか?何にせよラグナの迎撃にガニメデは容易く弾き飛ばされたのだ
すると、遥か高く飛んだラグナはガニメデの体を駆け上がり、その頭まで登ると…
「落墜象蓮大拳!」
体重を乗せた拳の撃ち落とし、それをガニメデの鼻頭に叩き込む、たったそれだけでガニメデの頭は大きく揺れ 食いしばった立派な牙が粉々に砕ける、よく見ればガニメデの足も今の一撃で地面に埋まっているではないか
「ゴバガァッ!?」
しかして、ラグナの攻勢は止まらない、殴り抜いた両拳を更に握る…その動作一つで空気が震える
「無量無限掌!」
自由落下 重力に身を任せるラグナは無数の掌底を雨のように繰り出すそんなラグナの軌道に合わせるように、ガニメデの体に無数の手形が刻まれ、ここからでもガニメデの骨が軋む音が聞こえる
掌底とは、足で踏ん張り 大地の力をそのまま手の平に伝える技、それを空中でしかもあんな連続して放っているのに、怪獣となったガニメデの体を歪ませる威力を持つのだ…ラグナの拳は 既に魔術を凌駕している
「アギャァウグァァァァァア!?!?」
…あ 圧倒的、ガニメデが本気を出しても変わらない ラグナとの実力差が埋まらない、どんだけ強いんだ どんだけ強くなってるんだラグナ
「へぇ、結構本気で殴ってるのに ビクともしないか」
してると思うが…ビクとも、目の前に降り立つラグナの呟きにエリスはただただ驚くことしかできない、エリスはあの巨大な怪獣となったガニメデをああも圧倒出来るか?ただそれだけを考えてしまう
「ぐっ…くそぉっ!、ここまできて!ここまでやって!こんなにやって!これまでして!全く及ばないのか!全く届かないのか!、負けられるか負けられるか!僕は…僕はジャスティスフォース…いや、いや!僕はこの国の未来の国軍総司令なんだッ!この国を守る男なんだッッ!!!、他国の人間にナメられて!侮られて溜まるか!僕の力はこの国を守るための力なんだッッ!!!」
軋む体を魂で支え立ちながら、折れた牙を剥き吠える 地面が揺れるほどの咆哮が轟く、ガニメデは言う 僕がこの国を守っていくのだと、他国の…アルクカースの人間に負けると言うことは、とどのつまり自分がこの国を守れないに等しいのだと
正義の味方 その言葉を捨て去り目を見開くガニメデ、己の正義も憧れも 彼を構成するであろう殆どの物を脱ぎ去ってなお、彼の姿は力強い それはきっと彼の中で一番強固な、国防の意思が今なお真っ直ぐ聳えているからだろう
「そうだ!、お前はこの国未来を守る男だ!力で負けても意地で立て!矜持で立て!魂と誇りで立て!、その双肩にはこの国の罪なき民の命と未来が乗っているんだ!、決して…決して挫けるな!」
「言われずとも…そのつもりだぁぁぁ!!!」
ラグナの呼びかけに怒号で返し、負けてたまるかとガニメデはその大きな拳を 振り上げ、何度も何度もラグナに叩き込む 地面にぶつかり血が滲み指がひしゃげても構うものかと何度叩きつける
「ぅがぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
「っ…ふっ、ぐぅぉぉぁっ!!」
叫ぶ 声、獣では無い、この意思ありし絶叫は 理知なき獣には出せない、己が矜持と魂を賭け轟かせる咆哮、これは人の叫びだ 人にしか出せぬ 信念の轟き、人の信念と人の信念のぶつかり合う激突音、それこそが この声なのだ!
雨のような巨拳の連撃、一撃一撃が岩を砕く必殺の威力、それを前にラグナは涼しい顔で 全く臆することなく、弾き 弾き返し 防ぎ 防ぎ抜く、天から降り注ぐ拳に向けて拳を振り上げ
「ぐっ!がぁぁぁぁあ!!倒れろ!倒れろ!倒れろラグナぁぁぁぁぁ!!!!!」
「倒してみろよ!俺はここにいるぞ!ガニメデッッ!!!」
男の拳が衝突する、肘がぶつかり合う、魂が火花を上げる 、鮮血が舞い痛みの嵐の中にあって尚燃える炎の煌めき、それは ラグナの瞳の輝き
彼は逃げることなく 避けることなく、真っ向から受け止め その上で弾くのだ、その威力に足が埋まり、さしもの彼も歯を食いしばり 苦悶を浮かべる
「っがぁぁぁぁぁあ!!!」
一撃、雷のような真っ直ぐな拳がラグナに降りかかる、今までで強烈な奴だ、ここまで地鳴りが響いてくる、そんな一撃さえラグナは拳で受け止め…、その足が 限界を迎え血を吹き出す、流石に彼の肉体も負担の限度が来たか!
「ぐっ…、いい拳だ!今までで一番いい!、それが その叫びが!その拳がお前の正義なんだろ!、ヒーローなんか取り繕わずにやればいい!!」
「僕は…僕は君に勝って 、胸を張る!ジャスティスフォースが無くなっても僕は正義の味方は続けて!この国を守り抜く英雄に!父さんみたいになってやる!!!」
「その粋だ!、だがな!」
一際大きく振りかぶり 更に渾身の一撃を叩き込むガニメデの拳を受け止めるラグナ、あんなにも苦しそうなのに あんなにも痛そうなのに、楽なはずがない 彼の体だって傷ついてるはずなのに
ラグナは今、何よりも楽しそうに笑っている、その顔は その様は その姿は…
「突きのやり方がなってねぇ」
一層 ラグナの目が輝く まるで焔の星のように、彼の師 争乱の魔女アルクトゥルス様がラグナと重なる、彼はまさに今 師の教えと共にあり、師そのものと言ってもいい程に 身を高めている
「砕拳遮る物は無く、 斬蹴阻む物無し、武を以て天を落とし 武を以て地を戴く、我が四肢よ剛力を宿せ」
古式詠唱…ラグナの師アルクトゥルス様の用いる古式付与魔術の詠唱、ただ詠唱するだけで地面が揺れる、あまりの力に彼の周囲の瓦礫が浮かび上がる、炎のように勇壮な魔力は滾り 迸る
まさかラグナ、貴方…魔女様と同じ…肉体付与を取得しているんですか
「『十二開神・光来烈拳道』」
弾けた、ラグナの魔力が 光と共にここに居ても感じる程に彼の力が高まっている、十倍どころの騒ぎではない、果てしなく彼の力が増加していく あれがラグナの魔術、あれが彼の全身全霊、エリスも腰を抜かしてしまいそうになる程…それは
「それが君の古式魔術…む!!ぐぉっ!?僕の体が!も 持ち上げられている!?」
ラグナが片手でガニメデの拳を押し上げれば、あの巨体が宙に浮く ありえない、あんなに体長に差があるのに、それを片手で?どんな怪力だよラグナ!
そんな驚きも無視してラグナは、もう片方の手で拳を握りガニメデを見上げる
「拳骨ってのは!」
吼える、隆起し弾けるラグナの足場、彼の踏み込みによって頑丈な床がまるでクッキーのようにボロボロに砕ける、それほどの踏み込みが その力が 一点に集中する
「こうやって!」
吠える、握られた拳が熱を持つ、火さえ燃やすほどの熱 握りれた力だけでそれほどの熱が生まれ、彼の腕がより一層 筋肉で隆起し振り絞る
「打つんだよッッ!!!」
咆える、そしてその刹那 爆音が轟く、ラグナによって打ち放たれた拳がガニメデの拳にぶつかり ただ激突しただけで、まるで爆発でも起こったかのような衝撃波がエリス達の元まで飛んでくる、あれほどの力を 溢れるほどの力を、一切逃さず 無駄にせず、たった一点 敵に向けて何倍にも高め、拳を打ったのだ
まるで、…そう まるで星なき闇夜を照らす一条の流星、それはガニメデの拳を 魂を 信念を叩き砕く
「ぐぉぉぁぁぁぁぁぁあああああ!?!?!?」
吹き飛ぶガニメデの体、巨大な獣の体がバラバラに吹き飛び 消しとばされるように炭になっていく、山のように大きな怪物が ただの拳によって消し飛び その衝撃波はガニメデの体を超えて天まで登り…天空の雲にさえ穴を開ける
名も無き拳撃、言うなれば 拳武の真理とでも言おうそれは、彼が魔女より叩き込まれた技の数々知識の数々経験の数々を、一瞬に集約し 一撃に収束し放たれた 究極の一拳
バラバラの塵になり消える怪獣の破片降り注ぐ中、…中庭に残ったのは拳を振り上げるラグナの姿だけ、開いた雲の穴の隙間から覗く陽光に照らされる、武神の姿だけだった
「がぶふぅっ!!!」
すると空から破片に混じってボロボロのガニメデも降ってくる、今の一撃で呪術を維持できず元の姿に戻ったのだ
這いつくばるガニメデは動けない、ズタボロになった体はどれだけ力を込めても動かない
敗北だ、完膚なきまでの敗北…ガニメデの…
「決着…ついたようだな」
「が…ふぅっ、く…そぉっ!くそ!くそ!くそぉっ!!」
ガニメデは泣きながら吠える、体が動けば地面を殴りつけて悔しがっただろうが、それさえ叶わず ただただ涙を流す
「ぐぞぉっ!…敵わないのか…僕の全てをぶつけても君には!正義も意思もなにもかもぶつけたのに!…持てる力を全て使ったのに!…こんな!こんなぁっ!」
「ああ、敵わない お前じゃ俺にはな、俺は王だからな 誰にも敗北する事は許されない」
「ぐっ…くそ、…なんて 滑稽なんだ僕は…、この力があればどんな悪人にも負けないと思っていたのに、いざ力を手に入れれば皆を怯えさせるばかり、意思を守るために戦ってもこのザマとは…、アマルト君が僕を影で笑っていた気持ちもわかるよ…!」
ははは と力なく笑いながら涙するガニメデ、それをラグナは容赦なく見下ろす それが差であると、勝者と敗者の ラグナとガニメデの どうしようもない差であると言わんばかりに
「兄さんに申し訳ない、父さんに申し訳ない…こんなにも弱く愚かな僕が 大臣の息子だなんて」
「ガニメデ…、俺もマジカルヒーローシリーズ読んだって言ったよな」
「ラグナ君…?」
するとラグナはガニメデの側に座り込み、ただ 静かに語る
「やっぱ俺も好きだよ あれ…特に、レッドがいい やっぱリーダー名乗るだけあって、俺は一番好きかな」
「……フッ…そうだね、だけど 今となっては恥ずかしいばかりだ、こんな独り善がりの男が レッドを名乗っていたのだから」
「レッドを名乗る資格がないと?」
「ああ、むしろ 仲間を守り正義を示した君こそがふさわしい」
「ありがとよ、だけどレッドの真価は勝つ事でも信念を貫くことでもない、レッドがレッド足れる理由は一つ、アイツは 諦めないからみんなのヒーローになれるんだ」
「諦めない…?」
「ほら、物語の後半でさ?メチャクチャ強い敵が出てきてさ、誰も敵わず負けるところがあるだろ?、みんなが敵の強さに絶望する中 レッドだけが諦めなかった、みんなが戦うのをやめるなら 俺だけでも戦うと、何度負けてもその都度立ち上がってみんなを守ると…そう言って戦いを挑んだじゃないか」
「そういえば…あったね、そこでレッドは駆けつけた仲間と共に新たな技と力に覚醒して、見事敵を打ち倒すんだ…、僕 あそこでレッドに惚れたんだ…レッドみたいになりたいと、…それももう 無駄だと分かったけれどね」
きっと、ガニメデのヒーローへの根幹はそこなのだろう、先程の叫び…彼がなりたいのはヒーローじゃ無い、ヒーローのような 勇士だ
父の背中に憧れ、その地位を継ぐため邁進して 鍛錬して、人を守る為にヒーローを手本にした、そこまではいい
だが、結果として彼の目的と手段は逆転した、彼が失ったのは正義じゃない 最初に、最も初めてに抱いた志、この国を守るという信念 それを失ったから、彼はラグナに勝てなかった
それに気がついたからこそ笑う、全て無駄だったと…己の今までの行いが全て無意味で無価値で、愚かで愚昧だったと
しかし
「何処がだ?、むしろ 今からだろう!本のようなレッドになるのは!お前の言う護国の勇士になるのは!、負けても立ち上がり その都度自分の信じる正義のために戦う!、それこそがレッドだろう!お前が守らなきゃならないものはレッドと同じ罪なき人間のはずだ!、そんなお前が諦めてどうする!お前はみんなのリーダーなんだろう!国軍総司令なんだろう!?」
「みんな?…僕が?」
するとガニメデが視線を動かす、すると先ほどエリス達が倒したジャスティスフォースの面々が這いずって彼の元までやってきているのだ、動ける体ではないだろうに 碌に力も入らないだろうに、倒れるガニメデの所へ行くことに 命を懸けて這いずる
「ガニメデ司令…俺達、甘えてました…貴方の所にいれば 自由に力を振るえるって、強い力をも貰っていい気になってました」
「本当は…道を間違えていることにも、気がついてました…なのに俺たちはそれを良しとして、力に甘んじていました」
「こんなダメな俺たちでさえ 貴方は正義の末席に加えようとしてくれていたのに、貴方の正義感を利用して…俺たちは…」
「すみません…司令…司令!」
「みんな、ふ…ふふふ、あははははははは!、ッッ!!ふぅぅぅぐぉっ…ぅぐぉぉぉぉお!!!」
立ち上がる、皆の声を受けて雄叫びをあげながらガニメデは立ち上がる、歯を食いしばり なんとしてでも立たねばと
「僕達は!負けた!、道を間違え!ラグナ君達と競い!その末敗れた!、それは偏に僕が道を誤ったからに他ならない!、ああ!!負けたとも!!完膚なきまでに!、だが…だが!それでも!僕達にはやらなきゃいけないことがある!」
「司令…」
「誤ったなら正せばいい、ここで倒れたままじゃあ僕達一生ただの道化のままだ!、何度倒れてもその都度立ち上がり 何度間違えてもその都度正す!、僕がじゃない!僕達でだ!、僕達はみんな!レッドなんだ!この国を守るために戦う!この国の味方なんだ!」
天に向かいガニメデはそう叫ぶとラグナに向き直り、勢い良く頭を下げる
「ごめん!!そしてありがとう!ラグナ君!、お陰で僕 自分の正義と信念を見つめ直すことができたよ!、僕達の負けを認める!選挙も取りやめだ!、僕達ジャスティスフォースは 今日から解散する!!」
「いいのか?それで?」
「いい!、いつまでもヒーローごっこに興じてる暇は 僕には無かったんだ、今日から僕は ジャスティスフォースのレッドではなく 未来の国を守る国軍総司令ガニメデ・ニュートンとして研鑽を積むことにするよ、僕達が虐げたみんなや 怯えさせてしまったみんなにも、謝罪していくつもりだ…どれだけ時間がかかるか分からないが、僕にはその義務があるから」
そういうとガニメデは頭をあげて、手を差し出す ラグナに向けて
「もし、僕が立派に指令の座を継ぐことができたら、また今日みたいに決闘してくれ…僕はもう誰にも負けないよう己を鍛える、悪の敵が現れた時 今日みたいに負けないように、いいかな ラグナ君」
「…ああ、いいよ 俺も俺自身を鍛え続ける、互いに頑張ろうな」
手を取るラグナ 、競い合った者同士 国を守り抜く者同士、この戦いで多くを得て学んだ、故に互いに感謝の握手をするのだ、もう敵も何もない そこにあるのは、未来の誓いだけなのだ
前途ある二人の若者を神が祝福するが如く、天からの光は二人の姿を照らし続ける、天から伸びる一つ柱 それは二人の道行きを表しているかのようだった
…………………………………………………………………
「あぁ~、傷治る~…ほんといい腕してんなぁデティ~」
「こっちは驚きでいっぱいだよ!、何であんなにメタメタに殴られてこの程度で済んでるの!?、ラグナの体 鉄で出来てんじゃないの?」
「そんなに脆くないよ、あぁ~気分爽快だ」
ガニメデ達との決着の後、エリス達は中庭でデティの治癒を受けて傷を癒していた
ちなみにガニメデ達はデティから治癒魔術を受け全快した後『このままイオ君の所に行って今回の一件の責任を取りに行く、多分しばらくは会えないだろうけど また会ったらその時はまたよろしくね』と言ってジャスティスフォースを連れて行った、全裸で
そして今日はもう授業はないらしい、あんな火事があったからね もしものことがあったらいけないと授業は急遽中止、あの焼け残りの処理をするため一週間は授業がないらしく、長期休暇も目の前なので もうこのまま長期休暇に入ったらしい
なのでエリス達はしばらく学園に立ち寄ることはないだろう
「…ラグナ」
「んー?、なんだ?エリス」
「ラグナはこの展開を読んでいたんですか?、貴方の言う逆転の一手とはこの事だったのですか?」
ふと、気になったので聞いてみる、ラグナは選挙を目の前にしてもあまり慌てているような雰囲気はなかった、むしろ安心して 事の行く末を見守っていた、…もし この事を予見してどっしり構えていたのだとしたら…
「そんなわけないだろ、誰が放火なんか予想するよ」
「じゃあどこまで計算通りなんですか?」
「んー?、そんな計算してないぜ?俺」
「へ?…」
計算してない?、つまり…つまりどう言うこと?、何も考えてないってこと?、ああなったのはただ運が良かったってこと?、だとするとエリス達本当に首の皮一枚繋がった形になるのでは…
「ただ、似たようなことにはなると思ってた ガニメデが己の正義に疑問を持ち、己の行いに疑問を持たないなら、いつかどこかで綻びが生じる 選挙と言う競合が生まれたことにより、ガニメデの正義の軋轢は何処かでほつれるとは読んでいた」
「つまり、そのほつれや歪みを待っていたと?」
「まぁな、で ガニメデと語り合って、その考えを改めさせる、そのつもりだった」
ラグナが見ていたのは 正義の競合という盤面ではなく、最初から正義の味方への歪んだ憧れと それから乖離しているガニメデ本来の志である国防の意思を…ガニメデ自身を見ていたのだ
何も競争で勝つ必要はない、彼そのものを正せればそれでいい それが…ラグナの考えだったのだ
なるほど、正さなきゃいけない歪みはアマルトだけじゃなく、ガニメデ自身もそうだった…ってことか、そこまで考えていたとは 流石ラグナです
「とかなんとかいってぇ~?後からならなんとでも言えるじゃ~ん?」
「あはは、バレた?まぁそこまで詳しく考えてたわけじゃないけど、きっとそうなるとは思ってたよ」
…考えているのか、いないのか イマイチ分かりませんが、まぁいいでしょう エリス達は結果としてラグナに従い上手くいった、こういう場面で 正解や正答を引き当てられる力も重要だ、彼はそういう力と才覚を持つ…そう思っておこう
「しかし長期休暇か、そんなもんあったんだな」
「ラグナ学園に入る時話聞いてないんですか?」
「あはは、エリスのことが気がかりで全然話入ってこなかったよ、で?長期休暇ってなんだ?どのくらいの期間休めるんだ?」
「期間は一ヶ月と半月 、遠方から来ている生徒達が羽を伸ばせるよう夏と冬にそれぞれ用意されているみたいですね、生徒達はこの期間を利用して実家に帰ったりするみたいですよ」
「実家かぁ、アルクカースはここからじゃ遠いし 長期休暇の間も俺はあの屋敷にいようかなぁ」
「あ!私も私も!、アジメクに帰る途中で休暇終わっちゃうよ」
「エリスもですね、旅の途中なので帰るところなんてないので」
「とするとみんないるのか、私は近いから案外帰れそうだが、みんながいるなら私も屋敷にいよう」
みんな結局長期休暇の間も屋敷にいるのか、帰るには身近いが過ごすにはやや長いが、でもいいじゃないか 羽を伸ばそう、いつも授業三昧で体も疲れているし、何よりこの長期休暇を使えば図書館での調べ物も捗るしね
「っと、サンキューデディ もう治ったよ」
「回復はや…治癒かけてる方がドン引きだよ」
「まぁ、師範に鍛えられてるからな」
「鍛えられてそうなる?ならない気がするんだけど」
「しかしラグナ、強くなりましたね…アルクカースにいる頃よりも見違えて強いですよ」
ラグナの強さには脱帽だ、しかもあれで全霊で戦っていたかも分からない 、一体どれほどの研鑽を積んだらああなれるのか、終始ガニメデを圧倒するあの力にエリスは今も驚いている
今…エリスがラグナと戦ったら、果たして勝てるか?…
「ははは、継承戦じゃあエリスに守られっぱなしだったからな、今度は逆にエリスを守れるように鍛えに鍛え抜いたんだ、それで 強くなれてたなら良かったよ」
「そうでしたか、ええ…強くなりましたよラグナ、実力だけじゃなくて 心の方でも、貴方は強くなりました」
「や…やめろよ、そこまで褒められると照れるというか」
「フッ、耳まで赤いぞ?ラグナ」
「メルクさん!」
鼻の下を擦り照れ隠しをするラグナ、全く 大きくなってもやや子供っぽいですねラグナは、本当に強くなった…エリスより後に弟子入りしたのに エリスよりもずっと早い速度で、ラグナは…
もしかしたらラグナ、今弟子達の中で一番強いんじゃないか?、いやよしんば今そうでなくとも、もしこのままの速度で強くなり続けたらエリスなんか…、い いやいや!弱気になるなエリス!、エリスは孤独の魔女の弟子なんだ!、それがこんな!弱気になるな!
ラグナが強くなるならエリスもなればいい!、ラグナはいい人だけれど エリスはラグナに負けるわけにはいかない、師匠の誇りにかけて
「どうした?エリス、難しい顔して」
「い いえ、なんでもありませんよ?…、それより今日はもう学園も終わりみたいですし、帰りますか」
「おう!、今日は俺が食事当番だったな」
「また肉か?肉なのか?」
「いいじゃないか肉!、夜くらい盛大に食べても!」
「いいにはいいが、お前 肉こんな分厚く出すじゃないか、食べるのも一苦労なんだ」
「というかラグナ物凄い食べますよね、エリス達の5~6倍は食べてるのでは?」
「ってか食費ってメルクさん持ちだよね?、そんなに食べて大丈夫?」
「うっ、…それは…、でもエリスほど料理 美味しくて美味しくて…」
「大丈夫だ、これはきちんとアルクカースの国債として手配しておくから」
「く 食い辛い、食うけどさ」
立ち上がり、みんなで家に帰る
こうして、エリス達のガニメデとの戦いは事なきを得て終わりを告げる事になる、ガニメデの陥落 それはこの学園における絶大な力を持つノーブルズ達の失墜の始まりを告げ、そして…エリス達とアマルトの本格的な戦いの幕開けとなるのだった
………………………………………………………………
「食堂塔全焼…剣術科訓練場半壊…か、やってくれたなガニメデ、さしもの私もこれは庇いきれんぞ」
学園の頂上、ノーブルズだけに許された聖域たる部屋の中 この国の次期国王にしてノーブルズ中心メンバーのイオは、渡れた報告書を前にため息をつく
あっちこっちで暴れまわって、不真面目な生徒を誅するのは構わないが、歴史ある校舎を壊すのはいただけない、特に放火の実行犯たる彼は退学させ厳罰を処するつもりだ、そして せの管理人であるはずの彼もまた…
友を罰するのは心苦しいが、これも役目だ 致し方なし
「庇う必要はないさ!イオ君!僕のやったことは僕の罪!、僕の部下の罪も僕の罪!、罰するならどうか僕だけにしてくれ!、イエローも僕を思って行動したのだから!」
「そうはいかん!、お前はノーブルズの中心メンバー いやそれだけではない!、将来はこの国の要職に就く身だぞ!、それを退学になど出来ん」
「だがその要職に就く人間がお咎めなしでは将来の君の治世に暗い影を落とす!、罪は罪!贖う方法は罰しかない!」
くっ、こいつは…頭が悪いようでいて道理は理解しているから面倒だ、だが 彼は言ったら聞かないな、いや幸い死者は出なかったし あの食堂もそろそろ補強の工事をしなくてはならない頃にさしかかっていた、それを言い訳にすれば罰を軽く出来るか…?
っ!、私は何を考えている!、いくらガニメデが友だからと贔屓すれば…今まで退学にしてきた生徒達に申し訳が立たない
「退学に出来ないというなら…せめて、ノーブルズを降りさせてくれ」
「なっ、何を言っているんだ!ガニメデ!そんなこと出来るわけが…」
「特権があるから 僕はおかしくなったんだ、僕自身が弱く余りに愚かだったから、君たちノーブルズから与えられた特権を己の力だと思い込んでしまった!、それじゃダメなんだ!この学園の秩序を守りたい君の気持ちも分かるが…、やはり特権で踏みつけにするのは良くない」
「ラグナ達に毒されたか!、お前が今ノーブルズを抜ければ 後ろ盾をなくしたお前を…他の生徒がどう扱うか…!」
「それが僕の今までの行いへの罰だというのなら、逃げるべきではない!」
「ガニメデ…!」
こいつは何を言いだすんだ!、ノーブルズははっきり言って好かれていない、そんな中ノーブルズから脱退したガニメデを、他の生徒が今まで通り扱ってくれるわけがない!、そうなれば何よりも傷つくのはガニメデだ…私はそんなの見たくはない
「いいんじゃない?別に、ガニメデが抜けたいって言うならさ」
「カリスト!お前まで!」
私の躊躇いに口を挟むカリスト、相変わらず連れ込んだ女を尻に敷いて椅子にして、クスクスと笑っている こいつ…仲間意識はないのか!
「ありがとうカリスト!、僕の意思を汲んでくれるんだね!」
「違うわ、もうアンタの大声を聞かないで済むと思うと清々するだけよ」
「そっか!今までごめんね!」
「チッ、クソ男が」
くそ、、どうすれば…私はガニメデに苦難を味合わせたくない、だが このままでは…
「ちょっと待てよ」
「アマルト?」
「アマルト君、どうしたんだい?」
すると、椅子の上に寝転ぶアマルトが姿勢を崩したまま口を挟む…待て と
「ノーブルズを抜けますはいさようなら、なんて簡単に行くわけねぇだろ…お前をノーブルズに入れた身にもなれっての」
「ごめん!だけど僕は償いをしないと気が済まないんだ!」
「お前の自己満足に俺を巻き込むな、償いたいなら勝手にしろ…お前への処罰はこうだ、しばらくの停学とノーブルズ内での一定の権限の剥奪、今までみたいに好き勝手は出来ないが それでも一応ノーブルズにはいてもらう」
「だが…!、いや…分かった!それが僕への罰だと言うのなら甘んじて受けるよ!」
「ああ、そうしろ…それで一つ聞きたいことがある」
アマルトは指を一本立て、ガニメデを睨む その目…いつもの目だ、恐ろしい 憎悪に満ちた目、それを受けてガニメデも一瞬竦むが、それでも胸を張ってアマルトの前に立つ
「何かな」
「ラグナと戦ったんだよな、…負けたのか?」
「負けた!これ以上言い訳のしようがない大敗北だ!」
「俺の教えた呪術を使ってか?」
「ああ!」
「……そうか、ま お前は呪術が下手くそだったから別にそれも当然か」
「ああ!ごめんね!君に教えてもらった呪術なのに!」
「構わねぇから、…とっとと失せろ 今のお前にはこの部屋に入る権限もない」
「分かった!それじゃ!今までありがとう!」
そう言ってガニメデは最後まで明るく部屋を出て行く…、これこの部屋は些か寂しくなるな…
アマルトは顔に手を当てたまま静かに黙っている、何を考えているんだ アマルト
「…なぁイオ」
「なんだ、アマルト」
「俺の呪術が敗れたってよ」
「そのようだな、だがガニメデの呪術とお前の呪術では比べるまでもない、同じ呪術を使えばお前の方が…」
「そうじゃない、そうじゃないんだ…俺は!」
顔を上げこちらを睨むアマルトを見て、衝撃を受ける その目は憎悪ではない、昔の…私と出会ったばかりの頃のアマルトと同じ目を…、と思ったらすぐにその目は曇り 陰る
「いや、なんでもねぇ…所詮そんなもんさ、世の中な」
「アマルト…お前」
「それよかよ、あの野郎共にウチの一角崩されたんだぜ?、このまま放っておいていいのか?イオ、ガニメデに勝利した奴らを放置すればそれこそノーブルズの威信の失落に繋がるんじゃないのか?」
「勿論放っておくはずがない、流石にノーブルズに手を出してそのまま…なんて訳には行かんからな、私が直々に奴らに灸を据えてくる」
「ああ待って待ってイオ アマルト」
すると、カリストが慌てた様子で立ち上がり我らの間に割り込んでくる、今度はなんだ…
「そのオシオキ、私に任せてくれない?」
「お前が?、普段テコでも動かないお前が随分やる気じゃないか」
「ふふふ、あのラグナってクソ男はどーもいいけど、…エリスちゃん デティちゃん メルクリウスちゃん、どれも特級のカワイ子ちゃんでしょう?、私の子猫ちゃんに…いいえ 下僕に加えてやりたいのよ」
そう言うとカリストは下僕にした女子生徒の上にどかりと座り足を組む、下僕に…か ふむ…
「いいんじゃねぇの?イオ、俺も見たいぜ?アイツらがカリストに跪いて必死こいて足舐める様をさ」
「でしょう!、…切れ目でクールなエリスちゃん ちっちゃくてキュートなデティちゃん 大人びてビューティなメルクリウスちゃん、それがみんな 私にメロメロになって、私の足を舐めて 私に媚びを売る!最高~!ゾクゾクしちゃうわぁ」
確かに、奴らの半数以上は女 …ならカリストの持つ力が最も適切か、カリストは対女性に関しては最強と言ってもいい、そう言う呪術をアマルトより授かっているからな
「やり方は覚えてるよなカリスト」
「勿論、ちゃんと下拵えをしておくわ そして…次会うときは三人で作った玉座に座ってることでしょうね、ああ 赤毛のクソ男も私の好きにしていいわよね」
「いいが、どうするつもりだ?」
「ズタズタに引き裂く、女の子侍らせてる男ってのが一番気に食わないのよ!、生まれてきたこと後悔させてやるわ!、…ふふ…うふふふふふ!」
暗い部屋の中 凶暴な笑みを浮かべるカリスト、彼女はガニメデのように善良でも正直でもない、獲物を見つけたら獅子のように牙を剥くわけじゃない、ただ 静かに静かに糸を張り、相手を絡め取る蜘蛛の如く 逃さず殺さず搾り取る
全く、末恐ろしい子だよ
「……なんてね、…引き裂きたい男は、何もラグナだけじゃないのよ」
イオとアマルト、二人に聞こえぬよう 闇の中小さく舌を出すカリスト、その瞳は…もっと大きな物を見つめていた
………………………………………………………………
「いきなり締め出して、いきなり呼び出しとは 全く奴も勝手なやつだよ」
ぶつくさ文句を言いながら暗い螺旋の階段を下る、いつ来てもここは陰鬱で湿ってて嫌な場所だよと レグルスは辟易する、今向かっているのはアンタレスの地下室だ
以前会ったのはもう随分前だ、彼女にアマルトという弟子を紹介され…そして この紙束を渡された時以来
「まさか、ラグナ達もこの学園に来ることになるとは ひどい偶然だ」
紙束はラグナ達魔女の弟子の転入届だった、誰が示しを合わせたわけでもなくただ偶然の一致で同じ時期に入学することになったらしい、運命 そんな言葉しか浮かばない
そして アンタレスの弟子もまたこの学園に在籍して、今エリス達と鎬を削っているようだ、これがアンタレスの言った 戦争か…、今どんな状態なのだろうか、まさか負けてないよな?いや大丈夫だ エリスは負けない
やや不安ではあるが 、弟子を信じよう…しかしもう数カ月も会ってないな、そろそろ会いたいな せめて一眼 顔を見るくらいならいいかな、でも顔を見たら会いたくなる、抱きしめたくなる
はぁ…孤独が辛い
「おい、アンタレス 来たぞ…呼んだのはお前だろ、とっとと中に入れろ」
今日もまた呼び出し、それも大至急という用だ…奴はいつもこうやって呼び立てる時は、意味ありげなことを言うか 重大な話をするかのどちらかだ、今日はおそらく後者 重大な発表だ
さて、今日は何を言われることやら…そう思っている間に扉は静かに開く
「さて?、今日は何の用だアンタレス」
「ああレグルスさぁん実は…」
そう、部屋に入った瞬間 …私は目を疑ったよ、何せそこに広がっていたのは
「アンタレス…お前、これ…何故」
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ああ、確かにこれは…重大事件だ、とね
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