孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

116.孤独の魔女と正義の味方

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「よいっしょっと…」

「あ ありがとうございます、ラグナ様…おかげで助かりました」

太陽が傾き 今日の授業が終わる頃、所謂放課後の時分にラグナは一人 ディオスクロア大学園内分に作られている学園図書館の前にいた、別に本を読みに来たわけではない 俺は普段から本を読む質じゃないし、読んだとしても専ら戦術書とかだ…この学園図書館にはそんな類の本は置いてないみたいだしな、殊更用はない

そんな俺が何故こんなところにいるのか…理由はまぁ 簡単だ

「ラグナ様のおかげで本の運び込みがすぐに終わりました、…本当に力が強いんですね」

「いえ、このくらいなら分けなく運べるんで、また困ったら声かけてください」

授業が終わり、今日は食事当番じゃないと言うこともあり手持ち無沙汰に学園内をブラブラしているところ、山のような本をいそいそと運ぶ生徒の姿が見えたんで声をかけたんだ

聞けば彼女は図書館の管理を任されている図書委員会なる存在らしく、図書館の本のラインナップを豊富にするためたくさんの本を入荷したはいいんだが、これがどうにも重く 放課後頑張って運んでいたらしい

力仕事ならと本…数百冊はあろうそれを纏めて積み上げ一気に図書館に運び込んだところ、こうして礼を言われている って感じだ

「ありがとうございます、…また 何かあったら声をかけますね」

「ん、じゃあ俺 そろそろ帰らなきゃならないんで、それじゃまた」

この有り余る力が人の役に立たせることが出来るなら 喜んで仕事をしようじゃないか、それに 師範と離れてもうかなり経った、いつもは地獄のような修行だと恐れていた師範の厳しい修行も こうして離れて恋しくなるもんだ

特に筋肉は早く働かせろと疼いてしょうがない、帰る前に町の外に出て思いっきり運動でもするかなぁ

気の弱い図書委員に挨拶して、廊下を歩く 今日の食事当番はエリスだったなぁ 、エリスのご飯が食べられるなんて夢みたいだ、なんて ぼんやりしながら歩いていると…

「いってぇ…チッ お前」

「え?、ああすみません考え事してて」

ふと、曲がり角からいきなり現れた生徒と肩がぶつかってしまう、背の高いところを見ると俺より上級生に見えるな、顔つきは悪く ついでにガラも悪そうなのがチラホラ5、6人…

「すみませんじゃねぇんだよ、お前 先輩にぶつかっといてなんだその態度は」

「いやぶつかったのはお互い様でしょう、どっちが悪いとかじゃなく どっちも避けなかったわけだし」

「テメェ、何睨んでんだよ」

上級生達は俺の周りを囲むように歩き そのリーダー格と見えるスキンヘッドの男が俺を睨む、何を睨むって そっちが睨むから睨み返してるんだ、アルクカースの掟 睨まれたら睨み返せ だ、…ああ いやいや ここはアルクカースじゃない、先輩に対して俺も不遜な態度だったな、しっかり謝ろう

「いや、言葉遣いが悪かったです、すみませんでした先輩」

「今更頭下げても遅いんだよお前」

ぺこりと頭を下げるが彼らの怒りは収まらない、しまったな…普通に最初から謝っておけば良かった、アルクカースの喧嘩っ早い常識はトラブルしか生まないな

「俺達は今機嫌が悪いんだよ、ダチがノーブルズに文句つけられて退学にされてなぁ、テメェも運が悪かったな」

「ダチ…?ノーブルズ、ああ ちょっと前にあの食堂で騒いでたあの人達…」

イオによって退学にされ その文句をつけに行ったらガニメデにボコボコにされてしまった生徒たちだ、流石にあれはやり過ぎだと俺も思うが、と言うかこの人たち 彼らの友達だったのか

なんともガラが悪そうだが、イオが目を光らせているこの学園でよく不良地味た事が出来るものだ、いや あんな環境じゃ腐りもするか

「お前、ちょっと一発殴らせろや…それで詫びにしてやる」

「え?、…何故?、というか この学園で暴力沙汰はマズイんじゃないんですか?それこそ、イオ達に退学にされますよ」

「いいんだよ、アイツら目に入らないことに関しては無視だからな…それに、お前一人が何言っても誰も信じないだろうしな」

パキポキと機嫌悪そうにスキンヘッドの男が指を鳴らす、なるほど ノーブルズの視線の陰に隠れてこうやって好き勝手しているのか、恐らくこうやって暴力を振るわれた生徒は一人二人ではあるまい、その都度 口止めもしているんだろう、忙しいことだ

「恨むんなら、俺にぶつかった己の不注意を恨みな!」

怒号と共に、目の前の上級生から拳が振るわれる、ただ 拳を打ち出しただけだ、パンチじゃない グーを前に突き出すだけ、師範との修行でこんなもん俺が打とうもんなら 俺は瞬く間に墓の下だろう

「なっ!?」

故に受け止める、受けても傷一つつかんが 逆にこんなもん受けようもんなら良い笑い物だ、恥ずかしくてつい受け止めてしまった

「テメ!はな…離せ!って こいつ 力強え!?」

「先輩 やめませんか、ここで喧嘩しても互いに損するだけですよ」

「うるせぇ!この…あんまなめんじゃねぇぞ!」

すると俺を囲んでいる人間が腰の模造剣に手をかける、この人達も剣術科か ガラの悪い科だな、なんて思っている間に俺の右斜め後ろの生徒が剣を振りかぶる、まさか不意打ちのつもりか?見ていなくても分かるぞ

「ほいっと」

もう片方の手をそちらに向け、振るわれる剣に対して指を弾き 剣を弾き飛ばす

「うぉっ!!こいつ 指で剣を弾いて…って 剣が曲がってる、鉄の剣が…」

「あ、すみません 壊すつもりはなかったんですけど」

「こ こいつ何者…」

「あ!こいつ!もしかしてあれじゃないか!、あの…アルクカースから来たっていう 大王の!」

いや知らなかったのか、いや自分が有名とは思ってないが、それでも一応大々的に発表されてある程度の認知度はあると思ってたんだが、しかし それを知るなり周りの上級生達は一歩引く…、相手が強いとわかった途端に喧嘩をやめるのか?

アルクカースじゃ寧ろ 格上上等と襲いかかってくるところなんだが、…やっぱりうちの国 おかしいのかなぁ…

「と とりあえず、俺も何かしようってつもりはないんで 今日の所は」

そう、喧嘩を収めようと来た瞬間 それは突如として飛んでくる

「ジャァァァァスティス!ジェットブラスタァァァア!!!」

「ごぶはぁっ!?」

突如飛んできた人間により、俺の目の前にいた上級生が蹴り飛ばされ 遥か向こうまで飛んでくる、このクソやかましい声と 些かかっこいい技名、聞いたことがある こいつは

「下級生相手囲い込み脅しをかけ!剰え武器を持ち出すなど言語道断!、この正義の使者!そのような悪事!ジャスティスフォースリーダーのガニメデが許さん!」

「が ガニメデだ!、やべぇ!逃げろ!」

ガニメデだ、ナンタラヒーローとか言う奴の真似事をして、平然と暴力を振るうこの学園の守護者、太眉の熱血漢が飛んできて俺を助けてくれたんだ、ガニメデの姿を見た上級生達は真っ青な顔をして両手を上げて逃げていく…、まぁ恐ろしいよな

強さ云々じゃなくて、相手は思い切り殴ってくるのにこっちから殴れば問題になるんだから

「む、逃げていったか、だが許さんぞ!今度会った時は必ず決着をつけてやる!」

しかし、驚いたな まさか彼が助けてくれるとは思わなかった、一応俺たち対立してるんだが…、彼もこの学園を守ろうと言う意思そのものはあるんだろうな、やや乱暴だが その志はきっと本物なのだろう

「ありがとう、おかげで助かりました」

「む?、礼などはいいよ!!!、僕達正義の味方は無辜の人々の為にいるんだ!!、これは僕達の仕事……うぉあぉっ!?き 君!ラグナ大王かい!?」

知らずに助けたのか…、だがどれだけ対立していても 助けてもらった事実は変わらない、しっかり礼を言わないと 

「むぅ…まさかアマルト君達の敵を助けてしまうとは…不覚!!、しかし!正義の味方は誰でも隔てりなく助けるもの!イオ君もアマルト君も分かってくれるだろう!!」

「いや、俺も正直君に助けられるとは思ってなかったよ、でも助けてもらった事実は変わらない この恩は忘れないよ」

「うぅぅぅうんん!!、なんだ君!爽やかでいい奴だね!、それに!さっき剣を指で弾いて防ぐのを見ていたよ!!流石だ!強いね!!!」

声デカイな…、目の前にいるのにこんな音量で話す必要あるかな、飛沫飛んでくるし…、すると何やらガニメデは感動したように打ち震え

「うん!!!君の心から正義の心を感じた!どうだろうか!君も僕達ジャスティスフォースの一員になる!!と言うのは!!????」

「は?、俺が?」

スカウトだった、よもやのスカウト 全く予想だにしないスカウト、と言うかいいのか俺を誘って、さっきアマルトの敵だと言ってたじゃないか

「あの、いいんですか?俺アマルトの敵ですよね」

「ああ!どうしようもないくらい敵だ!アマルト君は君達の事が大嫌いみたいだね!!でもそんなのよくないよ!、喧嘩はダメだ!だから君達が僕の部下になって仲を取り持つんだ!正義と正義はきっと分かり合える!!そうだろう!!」

俺の手を取ってガニメデは何故か感動の涙を流しながら分かり合えると言ってくれる、それはありがたいが…、ダメな点が二つある、まず一つ アマルトとただわかり合うだけではもうダメなんだ、彼自身を引きずり下ろし 強めの喝を入れない限り彼は変わらない

そして二つ、部下ってのがダメだ 仮にもアルクカースの大王 デルセクトの同盟首長 アジメクの魔術導皇が、コルスコルピの国軍総司令の息子程度の下に着くのは、今後の執政に関わる

「悪いけどその話は…」

「今なら!君達にはカラーも贈呈しよう!、何色がいい!」

話を聞け、というか カラー?そう言えば全員かっこよく其々色を持っていたな…、色か…やっぱり俺は

「俺は赤が好きだなぁ…」

「赤ッッッ!!!!????、赤はダメだ!!赤は僕の色だ!レッドとは古来よりリーダーの色と決まっているんだ!!マジカルヒーローシリーズでもそうだろう!?!?」

知らんよそんなの、でも赤といえば俺だろう ほらアルクカース王族は代々髪色が赤だし、俺の師範も髪が赤だし、赤具合で言ったらガニメデより俺だろ

「赤がいい」

「赤はダメだ!!赤茶はダメか!!!オレンジとか!!」

「赤がいい」

「ぐぬぅぅぅ!赤はダメだ!!!譲れない!!マゼンタは!!」

「赤がいい」

「ぐぅぅぅぅぅぅ!!!なら!なら!…残念だが この話は無しだ…!!」

くぅぅ と残念そうに手を引くガニメデ、ああいやいや そもそも話を受けるつもりはなかったんだ、でも そのヒーローというのにはとても心惹かれる、俺もヒーローやってみたいけど、うちの女性陣には受けが悪いからな…

「僕達は…やはり!戦う定めにあるらしい…!!」

「らしいな、…なら どうする?」

「…決めた!!やはり僕は君のことが好きだ!!!だから!!君達を倒し!改心させる!!、改心させ!僕の仲間にして!みんな僕のジャスティスフォースに入れる!!!、エリス君はブラック!デティ君はピンク!!!メルクリウス君はパープル!!君はマゼンタぁぁ!!」

「俺は赤がいい!!」

「ダメだ!!!!」

マゼンタは殆どピンクだろ!俺とデティで色被るだろうが!!!、ってそうじゃないそうじゃない、それはつまり…

「…宣戦布告…って事でいいんだよな」

「ああ!勿論!!君達!明日から覚悟する事だね!正義によって!改心させられるのを!!」

挑んでくるか、上等 というよりはその方が話が分かりやすくてありがたい、アマルトが何を思って沈黙を保っているか分からないが、俺たちとしては手早くアマルトと決着をつけておきたい、なら…

「分かった、いつでもかかってこい 睨み合いは小難しくて嫌いだ、向かってくるなら容赦はしない、いいな」

「ああ!待っていろ!必ず僕達の正義を君達にぶつける!!、でも今日は帰るね!父上
兄上が心配するといけないから!!」

「そうだな、父や兄は大切にしろよ」

「うん!!!じゃ!!!また明日!!」

そういうとガニメデは呑気に手を振って立ち去っていく、これ本当に宣戦布告なのか?喧嘩売られたんだよな、あいつら俺たちを標的と見定めたんだよな…

ううむ、イマイチ緊張感に欠ける とりあえずみんなに報告しておくか

首の関節を鳴らしながら帰路に着く、エリスの晩御飯 楽しみだ


………………………………………………………………

夜の帳が降り、民家其々の窓から明かりが漏れる団欒の頃合

一際大きな屋敷、ここもまた夜の団欒をかぐわしい香りと共に楽しんでいた…

  「えぇ!?、じゃあ今日 ノーブルズの一人から宣戦布告食らったんですか!?」

「んぐ…ああ」

エリスは立ち上がり声を上げる、おっと お食事中に立ち上がるのは行儀が悪かった 少し反省して椅子に座りなおす

目の前のテーブルにはエリスの作った料理が所狭しと並んでおり、みんな美味しい美味しいと食べてくれる、色々作った甲斐があったなぁ…

いやしかし、ラグナの今言った言葉はエリスが飛び上がるに相応しい内容だ、何せラグナがさっきノーブルズの一人 ガニメデ・ニュートンから宣戦布告を受けたというのだ

「何があったんですか?」

「ん?、いや 色々あったが…、なんでもあいつは俺達を部下にしてジャスティスフォースに入れたいんだとか、だから倒して 俺達を改心させるんだとよ」

「ジャスティスフォース…あのダサい格好をエリス達もしなきゃならないんですか」

「絶対やだー!ねぇ私絶対やだよラグナ!エリスちゃん!」

「エリスもですよ…」

ガニメデはあんなに夢中になってるが、全身を一色で染めて口元だけ出たマスクを被りマントを翻す、そんな格好で学園生活をしなければならないんだぞ?、地獄だ イジメ以上のものだ 生き恥だ、師匠に見られたらエリスはノータイムで舌を噛み切る

「そ…そんなにダサいかな、俺はそんなに悪くないと思うけど…、メルクさんはどう思う?」

「ん?、私にはよく分からんな…」

まぁメルクさんもメルクさんでファッションセンスは最悪だからな、いつも軍服しか着ないがこの人が服を選ぶといつもとんでもない格好をする、以前デルセクトで服を買いに行った時はなんか…ピエロみたいな服を選んでたし

そんなメルクさんでも、あの服装は些か琴線には引っかからないようだ

「まぁ何にせよ私が思うのは、そいつが我ら大国の主を 部下に引き入れたいということだけだ、恐れ知らずな奴だ」

「そうだな、その辺は俺も同意するよ 俺達は大国を背負う者だ、アルクカース全土の国民の尊厳のため、俺は誰にも膝を折るわけにはいかない」

「もしゃもしゃ、わらひもー!」

みんなの言う通りだ、みんなが誰かの下に着くということは その国がそいつの下に着くということ、それは許されない 絶対に、だからエリス達はガニメデに負けるわけにはいかないんだ

「宣戦布告といっても何をしてくるか分からない、みんな 明日からは気をつけてくれ」

「何をしてくるって、あのジャスティスフォースが攻めてくるとかじゃないの?、あいつら 戦い方見た感じちょっと強そうだったなぁ」

ジャスティスフォース、ガニメデが率いる下部組織の名だ、ガニメデが恐らく読んでいるであろうマジカルヒーローシリーズに登場する五色のヒーロー達の劣化的コスプレ、校内をそんな変な格好で練り歩き 悪と見れば平然と暴力を振るう

正義を貫くのは立派だが、立場を傘に着て一方的に殴りつけるのは正義じゃない、断罪だ…些かやり過ぎというもの

「見た感じ肉弾戦攻めてくるようだが、あの力…少し異常だ、アイツらの肉体や運動からあれほどの力が出るとは思えないんだ」

「つまり、何かタネがあると?」

「恐らく、肉体を強化するような魔術だ」

武術を扱うラグナだからこそ分かる目線、そうか エリス的にはなんか力強いなぁと思う程度だったが、あの力…魔術からくるものか、魔術といえばウチには専門家がいる 話を伺うとしよう

「デティ、なんの魔術を使っているか分かりますか?」

「んんぅ、分かんないなぁ パンチ一発だけ強化する魔術ならあるけど、詠唱もなしにそれを連続して戦闘を行うなんて、それこそアルクカースの付与魔術しかありえないけど」

「肉体に付与魔術を使えるほどの使い手が 彼方に何人もいるとは考えづらいし、何より付与魔術を使えば俺が一目で分かる」

「つまり付与魔術ではなく、魔術導皇のデティも知らない魔術ですか、参りましたね」

おかしい、デティはこの世に存在するすべての現代魔術を知っているはずだ、それこそ禁じられている禁術さえも…、それでも知らないとなると一体どんなタネを秘めているやら

「まぁ何にしても 向かってくるやつが敵である以上、決して油断はするなよ」

「無論だ、不覚はとらん」

「ええ、エリスも今度は油断しません…」

「もしゃもしゃ むしゃむしゃ、わらひもわらひもー!」

ラグナの音頭にフッとクールに笑い答えるメルクさんとともにエリスもまた覚悟を改める、また前回のように呆気とられて敗北は許されない、どのように攻めてくるかは分からないが…次攻めてきたら 今度は容赦すまい

エリスの隣でエリスの作った肉料理を書き込み可愛らしいほっぺを膨らませながらデティも手を挙げ…って

「デティ、口に物を入れたまま喋るのは行儀が悪いですよ、ほら 口元もこんなに汚れて」

「んぶぶ、ぷはっ ありがとうエリスちゃん」

エリスが口元をハンカチで拭いてあげると にぱっと笑ってお礼を言ってくれる、可愛いなぁ なんでデティはこんなに可愛いんでしょうか、昔と変わらず小さいままで無邪気で…

「ほらデティ、さっきからお肉しか食べてませんよね、野菜も食べないとダメですよ」

「えー、野菜いらな~い」

「そうだぞデティ、好き嫌いは良くない 肉ばかりじゃなくて野菜も食わないと俺みたいに筋肉つかないぞ」

「筋肉もいらな~い」

デティの前にサラダを渡せば ぐぇーっと顔を歪ませる、もう 美味しく作ってあるのに、それに好き嫌いしていては大きくなれない、小さいデティも可愛いがこのままじゃ流石に魔術導皇としての威厳にも関わろうに

「ふふふ、お前達は まるで親子だな」

「え?親子ですか?」

エリスとラグナが揃ってデティに野菜を食わせようとする場面を見てメルクさんが笑う、親子か…まぁ確かにそう見えなくもないかな、デティはエリス達の中では特段小さいですし、でもそうなると

「デティが子供で エリスが母親でラグナが…はう」

ラグナが 父親、つまりそれはエリスとラグナが、そう思うだけでほっぺたが熱くなる、そんな夫婦みたいなんてそんなもうメルクさんったらもう いつもそんな目で見るだからもう!

「って誰が子供じゃーい!エリスちゃんと私は同じ歳なの!ラグナとも二つしか違わないの!ねぇ!ラグナ!」

「お…おう」

「何赤くなっとんじゃーい!」

プリプリ怒るテディ、そう怒らないでくださいよ そう見えるってだけですよ、ねぇラグナ?とラグナの方を見れば…ラグナの口にもお肉のソースが付いている

それに、気がついたその瞬間にはエリスの手は動いていて…

「ラグナ ほっぺにソース付いてますよ」

「あ?ありが…えぉっ!?」

「あ…」

それは反射的だった、日頃からデティの口元を拭うのが習慣になっているからか、ラグナの口についているそれを つい、咄嗟に…ハンカチで拭ってしまった、ラグナの顔に…エリスの手が

や 柔らかい、あんなに体は鍛えてカチカチなのに、ほっぺたはこんなに柔らかいのか…それに段々と熱く 赤くなって

「ひゅわ!ご ごご ごめんなさい!ラグナ!」

「い!いやいや!いいんだよすまない!俺もみっともないところを見せた!」

「ふははは、やんちゃな子供が二人もいて大変だな、なぁ?お母さんや」

「メルクさんもからかわないでくださいよ!」

「私は子供じゃないやーい!すぐにでかくなるやーい!この家よりもデカくなってやるー!」

あいも変わらず エリス達の食事は騒がしい、普段の師匠と二人きりの時とは違い 騒がしく、それでいて楽しい 

そんな団欒を…今は楽しむ、明日からは警戒の日々だ、ジャスティスフォースが攻めてくるなら きっと戦いになるだろうから

……………………………………………………

沈んだ太陽が再び顔を見せ 朝食を食べればみんなの登校時間がやってくる、エリス達はみんな揃って一緒に登校する

ラグナは朝起きて朝稽古をする前に玄関に鞄を用意しておくし、メルクさんもしっかりした人なのでいつも 気がついたら用意している、唯一デティはギリギリになってから用意するけど あの子もあの子で忙しいから仕方ない

「ハンカチは持ちましたか?教科書はちゃんと持ってます?」

「うん!、だいじょーぶ!」

家を出る前にデティの制服をエリスが整えながら持ち物を確認する、最初の頃はハンカチ忘れたりしたけど 最近じゃあそれも無くなってきた、けどまぁそれでも都度都度忘れ物があるのでエリスがこうやって確認するのは大切なことだ

「おーい、行くぞー二人ともー」

「ふあぁ、しまった…昨日は少し夜更かしをしすぎたな」

「すみません、すぐ行きます」

既に用意を終えて玄関で靴を履く二人の声に反応しデティと共にエリス達も靴を履く、よし 準備オーケー 行きますか

「それじゃあ行きますか」

「おう、ってかメルクさん昨日かなり遅くまで起きてたみたいだけれど 何してたんだ?」

「読書を少しな…、思いの外熱中してしまった」

「へぇー、何読んでたの?私も読みたい!」

庭を出て みんなで並んで歩き 登校しながら談笑に耽る、昨日もあんなに話したのに 話題とは尽きないものだ、メルクさんは眠そうに目元を擦りながら 教科書の入ったカバンに手をいれる、何やら本を読んでいたようだが まさか学園にも持って行くつもりなのか

「これを読んでいたんだ」

「これ…マジカルヒーローシリーズですか」

鞄から取り出された分厚い本は 何やら子供っぽい濃い色付けをされた本、タイトルはそう マジカルヒーローシリーズ、件のガニメデがモチーフとした本であり、戦車のヘットも読んでいた本だ

ついでに言うと、エリスがマレウスで手に取ったものと同じ本だ

「いやな?、なんだかんだと言ってこの本を読んだことがなくてな、いくら嫌いな奴が読んでいたからと言って 本そのものに罪はない、とりあえず気になって昨日買ってみたんだ」

嫌いな奴…ヘットのことか、アイツはあれでいて教養はあったからな それなりに読書家だったのかもしれない、頭が悪ければ悪党もできないしね

しかし、そうか…これを読んでいたのか、エリスはメルクさんと違ってこの本を見て思い出すのはヘットではない

ウルキさんだ、あの人とあった回数は少ないが それでもエリスの記憶により一層強く刻まれている、今思えばあの言葉はきっと…いや 分からんな、あの人は平気な面で嘘をつく、変に鵜呑みにするのはやめよう

「で、面白かったんですか?」

「面白い…、正義 友情 熱血、ともすれば陳腐にさえ思えるワードがもう特盛で出てくるんだが、読んでるうちに免疫が出来てむしろかっこいいとさえ思える」

「なるほど…、ヘットが世紀の良作といったのも頷けますね」

「だからアイツの名は出すなって…、アイツのやったことの尻拭いにまだ追われているんだから」

それは悪かった、確かに奴はとんでもないものを残していったからな、しかも質が悪い事に奴はまだシャバにいる、死んではないと思うから今も何処かにいると思うのだが…はてさて 何処にいるのやら、まぁいつ来ても エリスは奴に負けるつもりはないけどね

「なぁメルクさん、それもう読み終わったか?」

「ん?どうしたラグナ…、まだ読み終わってないが 今日の夕頃には読み終わると思うが、読みたいのか?」

するとラグナがおずおずと前へ出てくる、珍しいな ラグナは勉強家だが読書家ではない、勉強の為本を開くことはあっても娯楽のために本は読まない、だと言うのにこの本には興味を示して

「ああ、…もし ガニメデ達と争う事になるなら、奴の好きなものを理解しておいたほうがいいと思ってな」

「それはお前の持論か?それともアルクカースの戦術理論か?」

「師範の教えだ、戦う相手のことをより一層理解した方が 戦場じゃ一歩先を行くってな、偵察と同じさ」

「なるほどな、分かった なるべく早く読み終わってお前に渡すとしよう、デティはその後でいいな」

「うん!」

ちなみにエリスは読みません、いや本を好き嫌いするわけでは有りませんが…最近図書館で朝から夕までずっと本を読んでて、それ以外の時間はできれば活字を避けたい…頭がパンクしそうになるから

なんて話しながら校門に差し掛かるあたりで…、異常に気がつく

校門の様子が今日はおかしい、なんだ…

「…おい、あれ…」

ラグナが口を開き足を止める…、エリス達もまた止める そりゃそうだ、何せ校門の前でエリス達を待ち構える存在がいるからだ、先に言っておくがピエール達じゃない 彼らはエリス達の進路を遮るように人の壁を形成するが彼等はちゃんと一般生徒も通れるように校門の両脇に逸れながら それでいてズラリと並んでいるからだ

「来たな!!ラグナ君!!」

隣町に話しかけてんのかってくらいの音量でこちらに話しかけてくる太眉男、制服の上からまるで己のカラーを表すように赤いマフラーをたなびかせてこちらを睨む男がいる

ガニメデだ、件の宣戦布告をしてきた男…奴がエリス達を待っていた

「朝から声がでかいな…」

「ごめんね!!もう少し声を抑えるよ!!!、それで昨日の話は覚えているかな!!!」

全然抑えてないじゃん…、しかし昨日の話か

「勿論覚えている、宣戦布告…俺達を倒してお前の部下にするって話だろ」

「その通り!!、君達が負けた場合僕達のジャスティスフォースの一員になってもらう!!その話はちゃんと覚えていてくれているみたいだね!!!嬉しいよ!!、ほら!!安心してくれ!もう君達用のヒーロースーツは用意してある!!!」

そう言って彼はスーツケースからいくつかのスーツを取り出して…え、ええ!?エリス達のスーツ!?あれが!?

「エリス君!君はそのクールでミステリアスな雰囲気からジャスティスブラックだ!」

「ミステリアスも何も…ブラックって、全身黒タイツじゃないですか!!」

「デティ君!君はそのキュートで愛くるしい雰囲気からジャスティスピンク!」

「うぎゃー!?ダサいよ!それ!、と言うかピンクキツ…色濃…濃厚」

「メルクリウス君!!君はそのクールでミステリアスな雰囲気からジャスティスパープル!」

「エリスとモチーフ被ってないか?」

「そして!ラグナ君!これが君の!ジャスティスマゼンタ!」

「だから俺は赤がいいんだって!!…あ」

「ラグナ…あんなのがいいんですか」

「いやその、着るならって話だよ せめて着るなら好きな色がいいだろ?」

ラグナの慌てた言動を見てエリスの視線はジトッとした湿り気を宿す、赤がいいって…そう言えばラグナ あのヒーロー活動にあんまり否定的じゃないな、まぁ 彼も男の子ですからね そう言うのに憧れるのは悪いことじゃないですけど

けど、目の前で掲げられたスーツを見て、幻視する…あのスーツを着て正義の名乗りとポーズを決めるエリス達を、…馬鹿だ 馬鹿でしかない…だってあれ物凄い安っぽいんだもん!

でも…黒ってのは悪くないかも、だって師匠の色だし…いや着るのは嫌だけどさ、エリスのイメージカラーとして使っていくのは悪くないかも

「おいガニメデ、そう言うヒーローの名乗りやスーツやポーズといったのものは、ここぞと言う時に見せるからこそかっこいいんじゃないのか?、ヒーロー達もそれは安売りしていないだろう」

「む!メルクリウス君!君中々理解があるね!!、そうだ!その通りだ!ここぞって時に名乗りをあげるのはヒーローの醍醐味!ゾクゾクするよね!、でも…でも!ヒーローを志す僕達にとって この学園は平和過ぎる!!!」

そりゃそうだろ、日常的に学園が悪が横行してたらやばいもんね、それにきっと彼らの望むような悪は 賢く悪辣に影に隠れ人目につかないように蠢いている、彼らのように目立つヒーロー達の出る幕は今の所この国にはない

「だから!どんな小さな悪も見逃すまいとしているうちにどうしても名乗りの回数が多くなってしまうんだ!、悪を前に名乗らないのは正義のヒーロー失格だからね!!」

「草の根分けて悪を探し 虱潰しにするか、…だがな 悪にも更生の権利はある、それを潰すように探し出し暴き立てて力を振るうなど、…そんなもの正義の味方ではない!ただの乱暴者だ!」

「フッ!君の正義の炎も中々のものだ!だが!僕は行いを改めない!僕は僕正しいと思っているし現にそれで問題は起きてないからね!文句を言われたことないし!」

急に論理的に攻めてきたぞ、問題が起きてないんじゃない 問題が表層化してないだけだ、彼等の強引な正義執行に泣いた人間が陽の目を浴びていないだけだ

「…ここで論じ合っても平行線だのようだね!、ならばやはり僕達はぶつかり合うしかないようだ!」

「…やるか?」

全員構えを取る、エリスもまた…授業前に大乱闘とは、遅刻しなければいいが 相手がやる気なら仕方ない、そう 皆が魔力を高めると…ガニメデが静かに手をかざし


「待った!!!!」

「は?」

「だから待った!!!!、殴り合いもいいが 僕は僕達の正義を君達に分かって欲しい!!、故に!戦いは実力でなく お互いの正義で決めよう!!」

正義で?…、ぽかんと呆気を取られるうちにガニメデは言葉を続ける

「勝負の内容はこうだ!、互いが互いに正義の心を持つならば!戦闘ではなくどちらがよりこの学園に貢献できるか!それで決めよう!、期間は次の長期休暇までの約1カ月!その間に僕達ジャスティスフォースと君達のどっちが学園で正義の味方として活動したか決める!」

「正義の味方として?そんなものどうやって…」

「やり方は問わない!だが次の長期休暇前に 生徒や教師に統計を取り どちらが正義の味方か皆に問う!そこで選ばれた者こそ勝者!」

なるほど、纏めると 一ヶ月間両陣営で互いに思う正しい行いをやって回って一ヶ月後選挙により勝敗を決めると…、実力行使ではなく文字通り正義を競い合う戦い…と言うことか

「君達が勝てば 君達の言うことを僕はなんでも聞こう!!、そのかわり負けたら…!」

「言わなくていいよ、分かってるから」

「なら話は早い!、この勝負 受けてくれるね!ラグナ!!」

「…………」

ラグナは数瞬考える、エリス達の顔を見て…エリス達はラグナに従いますよ、やるならやります やらないならやりません、貴方に任せます そう皆で頷き返せば彼は頭をくしゃくしゃかくと

「受けよう、勝負というなら負ける気は無い」

「よっしゃー!!!、なら決まりだね!勝負は今この時から!期間は次の長期休暇の一ヶ月後!、勝負終わりの長期休暇で君達をみっちり正義のヒーローに仕立て上げるからそのつもりでいてくれ!」

そういうとガニメデはバイバーイと手を振りながらジャスティスフォースを引き連れ学園の方へと向かっていく、…勝負を受けたはいいけど…

「ちょっと面倒くさいことになったな」

ラグナのそんな呟きはエリス達の心情を代弁するようであった…

「悪い、俺の一存で決めて」

「エリス達がラグナに判断を任せたんですから、文句はありませんよ…あるとするなら」

「ガニメデ!あいつ!、どうしよう…もし負けたら私たちあんなダサいスーツ着て学園生活しなきゃいけないの?魔術導皇の威厳がぁ…」

「良くも悪くも、アイツは物事を考えない性格のようだしな、しかし 正義を競うか…くだらん、正義とは行うものではなくただそこに在る物、それを競い合うなど愚かしい」

「だとしても、勝負を言い渡され 俺達が受けた以上、やらなきゃなんねぇさ」

正直言えばあそこで勝負を受けない という選択肢は殆ど無いに等しかった、アマルトを引きずり下ろすためにはその周辺のガニメデ達を退ける必要がある以外にも、あの勝負の提案は彼等にとっても譲歩なのだ

考えれば彼等ノーブルズはこの学園で相応の権威を持つ、そんな彼等が態々勝負という形でエリス達に機会など与えずとも もっと力づくで強引な方法でエリス達を下につけることは容易いのだ

ラグナ達は大王ではあるが所詮他国の王、ノーブルズにも入ってないし 権限的にはノーブルズ達にかなり劣るしね、それにいくら魔女の弟子として力が強くても 力以外の分野で来られればエリス達は壮絶な苦戦を強いられる

なら、勝負を受ける方が賢明だ 面倒臭いけどね

「…ガニメデをここで打ち倒せれば アマルトも腰をあげるかもしれない、奴が俺達の前まで降りてくれば 話は早い、みんな 気合い入れるぞ?」

「気合い入れるのはいいが、具体的には何をすればいいんだ?」

「頼むよぉうラグナぁ、私たちも考えるけど こういう駆け引きに慣れてんのラグナしかいないからさぁ…」

「安心しろよ、…策はないけどな」

安心出来ない、いいのか?大丈夫なのか?、いくらエリス達が強くとも負けてしまえばエリス達はあの罰ゲーム地味た格好をしなきゃならないんだぞ?、やや楽観的なラグナに…エリスは些かの危機感を覚えるのであった
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