孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

104.孤独の魔女と門出の憂い

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友情なんざくだらねぇ

努力なんてまやかしだ

どれだけ肩を組み笑い合っても他人は他人

どれだけ血反吐ぶちまけても越えられない壁は越えられない

世の中そういう風に出来てんだよ、みんなそこに目を背けて友達なんて言葉に甘えて 努力なんて言葉で達成感だけを貪る、結局何も変わってない 結局何もなし得てないのにな

はぁ 俺は初めてだよ、こんなにも気にくわない人間が出来たのは これほどまでに俺の今までを否定する人間が現れたのは

お前を見てるとイラつくんだよ、友情に寄りかかるお前を見てると惨めだった俺を思い出す、努力しているお前の姿を見ると情けない自分の顔が思い浮かぶ

これ以上俺にみっともない思いさせないでくれよ、俺はもう諦めたんだよ !

誰かと歩くのも 何かを目指すのも!諦めたんだよ!、だからこれで終わりだ

俺とお前の三年間、その決着をここでつける…

来てみろよエリス!、お前の綺麗事なんか薄汚いこの世の中じゃ通用しないってこと!見せてやるよ!


…………………………………………………………

「………………」

揺れる浮雲は己の心か、それとも我が道行きか

「………………」

揺れる水面は己の心か、それとも我が生き様か

「……………………」

果てしなく広がる青と青の世界を、憂いげに眺めて 呆然とする、何かを考えたくとも考えがまとまらない、ただぼーっとする事でしか精神の安定を保てない

「…………はぁ」

口を割るため息、波に揺られて大きく上下する船室、窓から見える世界はこんなにも明るいのに 初めて乗る船だというのに、エリスは今それを体験し楽しむ余裕がない

「どうしたエリス、緊張しているのか?」

ふと、隣に座る師匠からの声に反応してそちらに目を向ける、緊張してるかって?そりゃあ

「緊張もしますよ…初めてですもん、学園に入学して 誰かと学ぶなんて」

エリスは大きく溜息を吐く、不満があるわけではない だがそれでも腹から湧き出るため息は止まらない、鼓動が早まる 緊張だ…緊張している

今エリスは数ヶ月の待機期間を終え マレウスとコルスコルピを挟む巨大運河ギャラクシアの渡し船に乗り込んでいるところだ、渡し船 と言ってもボートのようなちゃちな出来ではない、そこそこ大きな それこそ一度に数十人は乗り込める程の大きな船だ

それに乗り込み 揺れる水面に体を揺らし、進む先はコルスコルピ…ディオスクロア大学園、そう エリスは今からそのディオスクロア大学園に入学し三年間ほどそこで様々なことを学ぶことになっている

師匠以外の人間から教えを受け 見知らぬ人間数十人と一緒に学ぶ、どちらも未知の体験だ、未知を前に興奮するにはエリスは些か年を取りすぎた 今あるのは上手くいくのか やっているのかという不安だけ、不安は緊張を呼び 溜息を生む

学園かぁ、師匠の下だけでは学べないことは多くある 故に学園に入り自主性を磨く、師匠の言い分はわかるけれどそれでもなぁ…通わなくていいなら通いたくない

「やっていけるんでしょうかエリスは、不安です なんだか」

「大丈夫、お前はこの旅で多くの人間と出会い絆を育んできただろう?、それと変わらないさ、その場で新しく友を作ればいい、そうすれば一人じゃない」

そうは言うが、ラグナの時はあちら側から接触を図ってくれたし メルクさんの時は四の五の言ってられる場合じゃなかった、だが学園はそうじゃない…何より何もかもが未知なのが怖い 

「それに私達魔女の母校だぞ?、大丈夫 不安に思うことはない、我らも通った道だ」

確かにディオスクロア大学園は魔女達の母校とも知られる学園だ、師匠達が入学した時からかなり古い学園だったと聞くことから 八千年どころかもっと前からあったことさえ考えられる 下手したら世界最古の学園だ

故に由緒正しく 世界中から様々な人間が通うと言う、あのザカライアさんやレナードさん 有力貴族王族と呼ばれる人間や魔術界に名を轟かせる魔術師達は大概通っている程だ、そこならばエリスも学ぶことは多いだろうと師匠はエリスに隠れてマレウスで入学金をためていてくれたらしい

好意は嬉しいけどなぁ

「あのアルクトゥルスでさえやっていけたんだ、お前だって…」

「あの人あれで頭いいんですよね?」

「まぁ、そうだな…勉強してる素ぶりがないくせに常に学園トップの成績だったな」

「それにエリスは勉強が出来るかとかが不安なんじゃありません、師匠と一緒に行動できない期間が三年もあるのが嫌なんです!」

ディオスクロア大学園の周辺は学園都市と言うべき街が広がっている、学生達が自主性を育むための街だと言う、その街には学生と関係者以外立ち入ることが出来ない

つまり学園卒業者でなんの関係もない師匠は学園に立ち寄ることはできない、つまり 学園を卒業するまでエリスは師匠と会うことができないのだ

「そうだ!、師匠学園の教師になりません?そうしたらいつでも会えますよね」

「お前はそれでいいのか?、お前以外の人間に教えを与える私の姿を見て耐えられるか?」

「…耐えられません、嫉妬で狂いそうです」

少し想像してみた、エリス以外の人間に手取り足取り魔術を教える師匠の姿、マレウスで心のなんたるかを掴み精神的に安定したエリスもこれは許せない、嫉妬に狂って生徒に襲いかかるかもしれない…

「なんでも 年に二回は長期的な休暇があるらしいし、その時は学園の部外者も生徒に接触が許されるようだ、三年間一度たりとも会えないわけじゃない」

「そうですけれど…」

それでも一人になるのは不安だ、やっていけるか分からない…

「………」

ふと、周囲の席に座る人間に目を向ける、年齢はエリスと同じくらいの人間が数多くいる、身なりの綺麗な者 そうでない者、それぞれだ…多分ここにいる人たちは皆エリスと同様学園に入学する新規学生達だろう、エリスはこれから此処にいる人たちと一緒に三年間を学ぶことになる

…出来るかなぁ…不安だぁ

「む?…」

「ん?どうしたんですか?師匠」

ふと師匠がエリスとの会話を遮り 険しい顔で外を見る、師匠がこの顔をする時は決まって一つ 何か危険な状況が差し迫っている時、追従するように外を見れば…

大きな水面が見える、そりゃそうだ 此処は巨大運河ギャラクシアのど真ん中、特殊な回路を進まないと運河の魔獣に襲われてしまうと言うことから結構回り道してこの船は進んでいるから かれこれ一週間くらい船に乗ってるんだ もう見慣れた光景だ

ふと、波打つ河に目を向ければ 波の方向がおかしいのを感じ取る、不自然だ…何がどう不自然と言われると微妙に説明しづらいが、河の流れ 船の生み出す流れとは別の第三の波が立っているように感じ…

「何かいますね」

「ああ恐らくは…、エリス」

師匠の言葉を受け立ち上がった瞬間 船体が大きく傾き船全体が軋み音を立てる、船の横っ腹に波を受けてバランスを崩したんだ、ひっくり返るとまではいかないが 船の中は大騒ぎ、バランスを崩した人々の悲鳴が船室のあちこちで上がり始める

「な なんだ!津波か!?」

「此処は河の上のはずだろう!…ま まさか!」

バランスを崩し床に転がる乗客達はこぞってその波の来た方向へ目を向けるとそこには

「キシャャャァァァァァ!!」

鋭い二本の牙 長い体 並ぶ鱗、そこそこ大きなこの船を見下ろすほどに大きな蛇が …否 あれはもう龍だ、そんな巨大な魔獣が咆哮を轟かせながら窓の向こうからこちらを見ていた、涎をダラダラ垂らしながら

「ヒィッ!シーサーペントだ!」

誰かが声を上げる、シーサーペント…聞いたことがある、確か大洋に住まう巨大魔獣の名だ、冒険者協会指定の危険度はBランク…!そこそこの大物だ…けどさ!

「あれ海に住む魔獣ですよね!此処河ですよ!淡水ですよ!、シーサーペントですよね 『シー』ですよね」

「その辺は魔獣には関係がない、奴らは住みやすいところに住むだけで あれもその気になれば陸上でも生きていけるだろうな」

メチャクチャだな魔獣って!、海水だろうが淡水だろうが水中だろうが陸上だろうが御構い無しか!

「だがエリス、問題はそこではないぞ」

「え?…あ、そういえば 魔獣が出ない航路を辿ってるはずなのになんで魔獣が…」

「そこでもない、この船は魔獣を避けて進むことを前提にした船だ、魔獣との接敵は想定外…即ち」

武装も何もしてないってことか、事実乗組員達もあり得ない出来事に慌てふためいている 、マズいぞ そうこうしてる間にシーサーペントはエリス達の乗っている船室の屋根を牙で咥えベリベリと引き剥がしその顔をこちら側に突っ込んでくる、差し詰めこの船は奴にとっての餌箱か!

「ひぃぃぃやぁぁぁあ!!たたたた たすけてぇぇ!!」

するとシーサーペントの牙に引っ掛けられて 一人の青年が持ち上げられる、緑の髪 銀縁の眼鏡 気弱そうな見た目の青年が悲鳴をあげて足をバタバタさせる抵抗を図るがシーサーペントにとっては蟻の身動ぎだろう 意にも介さない

マズい 喰われる!、そう感じるよりも前にエリスの体は動き

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

跳ねる、船が傾くほどの威力で踏み込み跳躍し 牙に引っかかった青年を目掛け飛びながら、体を横に回転させる 独楽のように何度も何度も回転させる

速さは威力だ 回転は火力だ 二つ合わされば破壊力だ、エリスの勢いを一身に受けたその足は風の刃となり一閃を放つ

「グギャォォァァァ!!!」

「うわぁぁぁぁぁあ!!!」


エリスの蹴りは青年を捕まえる牙を簡単に両断しへし折る、吹き飛ぶ牙 飛ばされる青年の体、今度はそちら目掛けて飛び その襟をひっ掴み船内へと投げ飛ばす

よし!助けた!後はこのシーサーペントを!

「ッッ!」

刹那、エリスの背中を絶大な殺意が貫く、身の毛が凍りつき 砕けてしまいそうなほど恐ろしい殺意がエリスを貫通して シーサーペントにぶつけられる

分かるこの殺意はエリスに向けられたものではない

分かるこの殺意はエリスの敵対者のものではない…師匠のものだ

「ギ…ギギギ……!!」

師匠が殺意を眼光に乗せて飛ばしたのだ、この世界の頂点 絶対者の眼光を受け、シーサーペントは動きを止め瞳孔をビクビク震わせ…絶対者を前に、ガタガタ震え始める

「下魚が…、暴れるなら他所でやれ…!」

大気が震える 錯覚がする、河全体が鳴動する 錯覚がする、心臓が止まるような 体を突き刺されるような 八つ裂きにされるような 錯覚がする、それ程の殺意が師匠の口から漏れ シーサーペントにまとわりつく…、詠唱でも何でもないただの言葉 ただの二言だ、しかし

「ギ…ギギャァァァアァァアア!?!?」

シーサーペントが悲鳴をあげて逃げ出したのだ、師匠の脅しを受けて この世で最も恐ろしいものにでも出くわしたかのように脇目も振らずに逃げ出した、魔女相手に喧嘩を売ったらどうなるか 死をも恐れぬ魔獣でも魔女だけは怖いのだ

「逃げちゃいましたか、いやまぁ此処で戦えば少なからず船に影響が出ましたもんね」

「ああ、避けられる戦闘はこうやって避けるのだ、覚えておけ」

いやどうやってやるんですかそれ…、しかし師匠が魔獣を追い払ったおかげで被害はほぼゼロだ、まぁ屋根は引っぺがされたし さっき連れていかれそうになった青年は目を回して気絶している、船員達に個室に連れていかれているのを見るに治療が必要なようだ…エリスが乱暴に投げたからかな

「しかし何でまた…、魔獣が出ない航路なんですよね此処」

「その筈だ、聞いた話ではこの船が魔獣に襲われたことはないという…、あの魔獣の気配もどこか妙だったな」

え?、そうでしたか?エリスには何にも…そう師匠に質問しようとした瞬間エリスの肩がトントンと叩かれる、何ですか今真面目な話を…

「はい?」

「あんた、凄いね!」

後ろを向くと女性がいた、エリスと同じくらいの背丈 多分年齢もエリスと同じくらいかな?、そんな女性だ クリーム色の髪を肩口で揃えてニッと笑う口元から犬歯を覗かせながらエリスをジッと見ている、凄いね?いやエリスは何も…

「えっと、何ですか?」

「何ですかも何も、凄いじゃないか!あんなどでかい魔獣追い払っちゃうなんて!」

「え?いやエリスはただ彼を助けただけで…」

「ああいう場で動けるのは英雄の証拠だよ!、くそーっ!先越されたなぁー!」

女性は悔しそうに拳で手を叩いている、先越されたって エリスが出なければ彼女が行くつもりだったのか、それはずいぶんまた勇ましい話だ…

「あんた!、名前は?」

「え?、エリスですか?エリスはエリスですよ」

「エリス…いい名前だね、ならアタシも名乗るよ!」

すると彼女は拳闘の構えを素早く取るとシュッシュとエリスの目の前でシャドウをし…

「アタシはバーバラ!、バーバラ・マジェスティック!いずれ世界最強の魔術拳闘士になる女さ!」

彼女は…バーバラさんは拳をエリスに向けながらニィッと笑いながらこう続けるのだ

「アンタもアタシのライバルみたいね!」

ライバルだ…と

……………………………………………………

その後、船は魔獣の脅威が周囲にないことを確認し再び運行を始めた、本当に安全なのか 一度引き返した方がいいんじゃないのか、こんな危ない船に乗ってられるか俺は街に戻るぜ そんな意見もあったがもう向こう岸は間近という事で船はそのまま進むことになった

対するエリスはというと先ほどの席に戻って…

「へぇっ!、やっぱエリスも大学園に入学する予定なんだね!」

バーバラさんに質問攻めにあっていた、あれはこれはといろいろ質問された…師匠には目もくれずエリスの方にばかりだ、どうやらあの魔獣を追い払ったのはエリス一人でやったことと思われてるみたいだ、まぁ師匠の殺意は他の人間には感じられないものだっただろうけどさ

師匠も知らんふりしてないで助けてくださいよ

「やっぱりってことはバーバラさんも?」

「うんうんその通り!、ディオスクロア大学園に入学するため態々アルクカースから長旅で此処まで来たんだ!」

「あ アルクカースから!?そりゃまたずいぶん遠いところから…」

アルクカースから此処までっていうと、相当な距離だ 移動したからわかる…いや?、アルクカースを出てすぐにホーラックの汽車に乗ってそのままデルセクトを横断しマレウスまで直行すれば…さしたる距離じゃないのか?、エリス達みたいに馬車での移動にこだわらなければ…ううーんでも魔女大国一つを横断するのは凄いことだと思う

事実そう口にしたエリスの言葉を前にバーバラさんは鼻を高くし

「そうだろそうだろ?、そりゃあ凄い旅路だったんだからぁ 他の学生やボンボン共とは格が違のよ!」

「確かにそうですね、すごく時間もかかったでしょうし…」

「でしょ?、それで?エリスはどこから来たの?」

「エリスですか?エリスはアジメクから…」

「ってアタシより移動距離長いじゃないの!」

とは言っても移動距離で優劣を決めるなら渡り鳥は一国の王様になっちゃいますよ、エリスにはある意味世界最高の護衛とでもいうべきレグルス師匠が付いてたんだ そう意味ではエリスは安全だったとも言える、まぁ師匠を護衛扱いはしたくないが

「やっぱりアンタはアタシのライバルだね!」

「ライバルですか?」

「そうだよ!、アタシは世界最強目指してんの!世界最強!誰よりも強いの!、となりゃあアタシより凄い奴はみんな敵ってことよ!、勿論アンタもね」

世界最強か、それは凄い目標だと思う エリスも強くなることを目指しはすれど一番を目指せるかといえば分からない、この世の天井は余りに高い 戦車のヘットや運命のコフ 道中立ち塞がった敵は倒しはしたものの皆格上だった、グロリアーナさんや討滅戦士団なんかは今相手取っても勝負にならないくらい差があるだろう

この世には探せば強い奴が山ほどいる、それを一切合切超えてやろうとは…言えない、おっかなくて

「凄いですね、バーバラさんは」

「何でそこでアタシを褒めるかな、そこはこう『何をー!負けないぞー!』とかさ、いうことあんじゃないの?」

「そ そうでしょうか、でも志に優劣は無く…」

「ダァッー!理屈を並べるなァッー!」

怒られてしまった、バーバラさんに怒られしゅんと縮こまるエリスを見て師匠はくすくす笑ってる、うう 笑わないでくださいよ師匠…

「まぁ、ライバルにしても何にしてもさ…先ずは入学試験を通過しないとだな」

「試験ですか?、それなら多分大丈夫だと思いますよ、勉強してきましたし」

「うへ、マジ?アタシしてないんだよね…」

そこはしろよ、入学目指して此処まできてるのになぜ勉強をしていない、此処で落ちたらどうするつもりなんだろう…

「勉強教えましょうか?」

「いやいいよ、アタシ勉強すると蕁麻疹出るからさ」

「致命的に学園生活に向いてませんね、何で学園に入学しようと思ったんですか?」

「そりゃ決まってるじゃん、世界最強の魔女 アルクトゥルス様が通った学校だからさ!、アタシ憧れてるんだ彼の方に!、やっぱり戦士の子として生まれたならあの最強っぷりを目指さないと」

あ、師匠が横で何か言いたげに目を見開いてる、きっと『いやアルクは最強じゃないぞ!、私の方が強いぞ!』と言いたげなのだろう、まぁまぁいいじゃないですか…戦士としては本当にあの人は強いんですから

「なるほど、アルクトゥルス様に だから魔術拳闘士なんですね」

「おうよう!、彼の方は魔術と拳闘を組み合わせて戦うっていうしな!」

「ではバーバラさんも付与魔術を?」

「まぁな!へへへ」

アルクカースの付与魔術か、懐かしいな…ラグナを思い出す、元気かな ラグナ…、バーバラさんに聞いてみようかな?いややめておこう、またなんか敵対心を持たれそうだしね、こういうのを誇示して目立つと巡り巡ってみんな嫌な思いをするってのはマレウスで学んだばかりだし

「はぁー、早くコルスコルピにつかねぇかなー」

「ははは…、そういえばさっきエリスが投げ飛ばしてしまった男の人は大丈夫でしょうか」

個室に連れていかれたっきり戻ってこないし、もしかしてエリスが投げた時変なところでも打ったか?、ならエリスは助けたどころかトドメを刺したことになるが

「別にいいでしょ、ほっとけあんな軟弱モン」

バーバラさんはアルクカース人らしい人だな、この強さこそ全てという価値観はある意味では懐かしい…

さっそく、知り合いが出来てしまった…、バーバラさんともしかしたら三年間一緒に過ごすことになるかもしれないんだよな、でもこうして話し相手が簡単に出来たのだ 案外…上手くやっていけるかもな

なんて、バーバラさんの快活な笑みを見ながら思うエリスは 波に揺られコルスコルピに向かっていくのであった

………………………………………………

あれから数時間、ただひたすら広がっていた水平の景色 その向こうに、ポツリと違うものが混じり始める

コルスコルピだ 向こう岸だ、やっと着いた 結局あれから魔獣のまの字も垣間見ることなく本当に平和に移動できた、何だったんだろう 本来海にいる魔獣が河に現れ本来現れない場所に現れる、何か嫌な予兆でなければいいのだが

そんなエリスの逡巡もつかの間、見えてきた街並みは瞬く間に近づき その全容を露わにする

魔女大国…エリスは今までアジメク アルクカース デルセクトと三つの魔女大国を見てきた、七つあるうちの三つ ほぼ半分だ、だからこそ言える

魔女大国はそのどれもが全く違う街並みをしている 、文明も文化も根っこから違うしなんなら住んでる人間の価値観すら違う、そしてそれは何より国のあり方に現れる

なら、コルスコルピはどうだ?どんな国だ?学術を重んじる国は一体…なんて期待も肩透かし、普通だった、普通に石の建物陶器の河原 景色的にはマレウスやアジメクとは変わらない一般的な街並み

なんかこう…本とか知識を前面に出したフォルムをした国だと思ったら、案外普通だ 家が本の形くらいしてるかと思ったんだけど

「普通の街ですね」

「そうか?」

とは相変わらずエリスの隣に座るバーバラさんの言葉だ、まぁアルクカースが普通のバーバラさんからしたら変かもだけど、アジメク在住だったエリスからすれば アジメクっぽいコルスコルピは普通の国だ

「普通 ではないぞ、コルスコルピは『連綿』を重んじる、物事は継続すればするほど良いという価値観を持っていてな、それゆえ街並みはどれも古いのだ あそこに並ぶ家々はどれも築百年は超えているだろうな」

なるほど、パッと見た限りじゃ分からないが、コルスコルピは古いものが好きな国なんだ…っていい方したらあれか、でも伝えていくもの 紡いでいく物が良いとされるからこそディオスクロア大学園が大切に扱われているんだろうな

「へぇ、詳しいじゃんオバサン」

「おば…っ!?、こほん 否定はせん、だが私と君は初対面なわけで…」

「お!もう港に着いたみたいだぜ!」

師匠の言葉も無視してバーバラさんは席を立ち跳ねるように船を降りようとする、…と ふと立ちとまりこちらに向けて親指を立てると

「待ってるぜ、学園で」

あばよ そう言ってバーバラさんは走って船から飛び降りる…、それは入学試験に落ちそうな側が言うセリフではないと思うのですが…、まぁいいです 待っているならエリスも行きましょう

「さて、エリス達も行きましょうか 師匠」

「え?…あ ああ、行こうか」

窓ガラスを鏡代わりに皺を探す師匠に声をかける、皺なんてありませんよ師匠 、師匠は年取らないでしょ、オバサンと言われたのが余程答えたのか、バーバラさんから見れば年上はみんなオバサンなんですよ

それに実年齢的には…いや言うまい、余計気にするでしょうから


「さて、コルスコルピに到着だな」

「そう言えば馬車はどうするんですか?エリス達対岸に置いてきてしまいましたけど」

ふと、船を降りる寸前 気になって師匠に聞く、船に乗るときあんまりにも師匠が気にしなかったモンだから何か考えがあると思っていたのだが、まさかここで馬車とはお別れ?

「いや、君が学園への入学を済ませたら私もしばらく時間ができるからな、その時にでも 抱えて持ってくるよ」

あ、なるほど エリスが学園に行ってる間に師匠が抱えて持ってくると 、馬車を抱えてあの大きな河を越えられるか なんて気にしてはいけない、師匠ならそれが出来る、なんなら馬車を持ち上げて世界一周だって出来るだろうし

「じゃあそういうことで…ディオスクロア大学園までは徒歩ですか」

「なんならそっち方が早く移動できるだろ」

まぁそうですね、馬車に拘らなければエリスはもう旋風圏跳で国内を自在に飛び回れるから下手したら馬車がない方が移動速度は速い、だが馬車があるのとないのとでは旅のしやすさが段違いだから 、これからも旅を続けるなら馬車は必須なんですがね

そんな雑談をしながらエリスとレグルス師匠は船にかけられた桟橋を渡り、河辺の港へと辿り着く

その河辺の港の、地面へ 整った古ぼけた石畳に足をつけた瞬間 感じる…魔女の魔力!、マレウスに二年もいたから久しく感じる魔女の加護の気配、この国を統べる魔女アンタレス様の気配!

やってきたんだ、この感覚を味わう都度感じる 魔女大国へやってきたと言う自覚が、湧いてくる


「ここがコルスコルピ…」

周りを見る、街並みはやはり師匠の言った通り 古さを感じる作りをしている、あれが建てられたのは果たして何年前か、されど古さは感じても古臭さは感じない、歴史の重みが滲み出ているからだ、ただ乱雑に残っているだけではああも趣は出ない

ここの人たちは本当に昔のものに敬意を払っているんだな

「懐かしい街並みだ」

「え?懐かしいですか?」

「ああ、八千年前の建築法と同じ作り方で作ってある、懐かしい…そんな匂いがするんだ」

八千年前の建築法って…作り方まで古いのか、まぁこの国なら歴史的資料には事欠かないからそれも可能か

「さて?、試験の日まで時間があるしな 少し街を見ていくか?」

「試験まで何日くらい余裕があるんですか?」

「だいたい一週間、この街からディオスクロア大学園まで通じる馬車が出ていて それに乗れば大体五日ぐらいでつける、そして我らが旋風圏跳で飛べば、まぁ半日くらいだろうな」

案外近いんですね、まぁあんまり遠くてもあれですもんね …しかしそれなら余裕はあるな、とは言えそこで油断して遅刻しては元も子もない 試験会場には一番乗りするくらいの心がけで行こう

「じゃあちょっと観光しちゃいましょうか」

「ああ、入学したらしばらく会えんしな」

「それを言わないでくださいよ…」

「ははは、そう寂しがるな いなくなるわけじゃないんだから」

そういいながらエリスとレグルス師匠は手を繋ぎながら街の方へと歩いていく、よし なら今日は思い切り師匠に甘えよう、しばらく会えないんならその分甘える この数日で三年分甘えてやる!





…そのまま、エリス達は港を立ち去り…ほんの少ししてから、船の奥からガタガタと音が聞こえる

「ああ!やっぱり行ってしまったか!…、僕を助けてくれた金髪の少女、あ あの!船頭さん!さっきの少女はどちらへ!」

大きな皮の鞄を抱えたまま緑の髪を揺らし青年は息を切らせて船を降りる、目当ての少女が消えたであろう先を見つめながら 呆然と立ち尽くすのであった


………………………………………………

エリス達が辿り着いたこの街の名前は マレウスからの客人を受け入れる関所であり玄関口ということもあり『入の街ラティメリア』と言うらしい、この街に入る人間の凡そ九割がディオスクロア大学園への入学希望者であるため これから長い学園生活を送る者たちへ贈る物品が多数取り揃えてある

ペンや紙などの筆記品、本や参考書などの勉強道具、中には家庭教師の受付所もある ともかく勉強しろ勉強って街だ、しかし こうして巡ってみて驚いたのが本と紙の値段

安いのだ、他の国の四割から五割くらい安い 破格と言ってもいい、これはやはりこの国が大量に紙や本を作り外へ売っているからなのだろうな…

まぁともあれエリスたちはこのラティメリアの街を観光がてら暇つぶしついでに見て回るぞと意気込み歩いてみたんだが、これと言って面白いものはなかった

本屋が他と比べて多いくらいだが その本に関しても面白そうな物がなかった、と言うか本屋なんて一件寄ったらお腹いっぱいだ、そう何軒もはしごする様な部類の店じゃない

なのでエリス達は街歩きもそこそこに、休憩と称して街のカフェで一休みすることとなった

「ん?、エリス お前ブラックコーヒー飲める様になったのか?」

「はい、最近はこの苦さが癖になりまして」

「昔は噴き出すほど苦いって騒いでたのにな、大人になったものだ」

「む 昔の話です」

エリスと師匠は白を基調としたオシャレで落ち着いた雰囲気のカフェテラスに座り、互いに向かい合ってブラックコーヒーを啜っている

む、このコーヒー 美味しいな、コクや深みがマレウスの物とは段違いだ…!

「美味しいですねここのコーヒー」

「ああ、コルスコルピは古いものが好きだからな コーヒー豆もよく熟成させてあるんだろう、…熟成させる類の食品は上手いと思うぞ?チーズとか 後はワインとかな」

「ワインですか、お酒はまだ飲めそうにありませんね」

「ああいうのはしっかり嗜める歳になってから楽しむものだ」

しかしなるほど、よく寝かせる…か コーヒー豆は寝かせれば寝かせるほど良い…ってわけじゃあないんだろうが、それでも最も美味しい時期を見計らい出しているのだろう、何せここはコルスコルピ 別名料理大国、世界最高の料理人も所属する美味の国だ

コーヒーひとつ取っても美味しいとは…、これはちょっと楽しみが増えたか

「しかし子供の癖をしてコーヒーの味が分かったなどと、大人振りたい時期か?」

「からかわないでください、本当に美味しく感じたんですから」

本当に美味しいんだもん、知ったかじゃないやい…そういいながら漆黒のコーヒーを口に運びながら周囲を見る

…みんな勉強してるな、このカフェにいる人間もまた学園入学を目指す人たちなんだろうか、こうしているとエリスも勉強しなきゃいけない気がしてくるが…この国で買った参考書もまたエリスの理解した範囲内のことしか書かれてなかった

この記憶能力がある以上復習もあまり意味を成さないし…、なんなら参考書の中身を一字一句違わずここで暗唱だって出来る

理解した範囲をわざわざもう一度 形だけやるなんてそんな噛み合ってない歯車みたいな真似しても意味がないだろう

「…しかし、試験範囲ってどのくらいなんでしょうか、確か いくつか学力を見られるんですよね」

「入る科にもよるな」

「科?…ってなんですか?」

「学ぶ部門のことさ、ディオスクロア大学園はこの世の遍く学問を教えている学園だ…が、だからと言ってその全てを学ぶには人の脳は小さすぎる、故に学ぶ範囲を限定して教えるのさ」

師匠曰くディオスクロア大学園にはいくつか科と呼ばれるものがあるらしい

剣術科 魔術科 語術科 算術科 歴史科 中には帝王学を学ぶ帝王科なんてものもありその数は数十以上あるらしい、そしてそれ一つ一つでその名の通りのことを教え学んでいくという

「エリスは何科に入ればいいんですか?」

「それはお前が決めろ、とはいえ 今更剣術や算術を学ぶものもな…帝王学なんてのも必要ないし、普通に魔術科でいいんじゃないか?」

順当に行けばそうなるか、エリスは魔術師だ なら魔術を学ぶ方が行儀がいいだろう、…師匠以外から魔術のことを学ぶのは抵抗があるが、師匠曰く他の人間からの指導も受けておけというのだ ならば従うしかあるまい

「なら 試験範囲は魔術学…ということになりますね」

「勉強は大丈夫か?」

「一応デティから魔術学のレクチャーは昔受けていますので」

デティとの手紙のやり取りで魔術学はある程度履修している、デティも同じ歳だが あの子の魔術に関する知識はエリス以上、講師としては申し分ないだろう、何せあの子は魔術学の教科書…どころか教科書の内容を決める魔術導皇だ 彼女以上の適任はいまい

そう思うとエリス普通に師匠以外の人間からも教えをもらってるな…

「そうか…、勉強か…久しくしてないな」

「師匠、師匠達が学園にいた頃の話って聞いてもいいですか?」

「ん?、まぁ 話の物種程度にはなるか」

そういいながら師匠は当時 八千年前の学園生活の内容を聞かせてくれた

大学園に入学した頃から絶大な力を持っていた八人、その学園生活は波乱万丈であったと師匠は想起する

人見知りで魔女以外の人間に囲まれるとプルプル震えて緊張から吐いたスピカ様

毎日喧嘩に明け暮れ学園一の不良として名を馳せる一方で勉学では常にトップ、理不尽の極みを示したアルクトゥルス様

成金趣味で金に物を言わせて学園の中に自分の銅像を建てたフォーマルハウト様

などなど、八人は皆あちこちで問題を起こしていたが…、この八人の中で一番の問題児と呼ばれた人間がいた

…当時のレグルス師匠だ、レグルス師匠は昔 そりゃあもうとんでもない人間だったと言う、他の魔女達も口々に言っている 『今のレグルスは丸くなった』と…つまり、昔は今よりも尖っていたのだ

「学園一の問題児って…何したんですか師匠」

「…いや、こう…シメた」

「何をですか?」

「教師を、全員…気に食わなかったから」

よく退学にならなかったな、と思ったらどうやらやっぱり退学寸前まで行ったらしいが無双の魔女カノープス様が頭を下げてみんなに謝ってくれたお陰でレグルス師匠は首の皮一枚で繋がったという、その甲斐もありレグルス師匠は無事学園を卒業できたらしい

その時の経験から師匠は今でもカノープス様には頭が上がらないらしい

ちなみに…みんなの師匠シリウスもまた学園に所属していた時期がある、がしかしこちらは教師全員どころか全校生徒もブチのめし全員ギャラクシア運河に捨てつつ高らかに笑ったそうな、その甲斐もありシリウスは無事退学 追い出されたらしい

「昔のレグルス師匠って怖い人だったんですか?」

「ああ、…今なら言える あの時の私はどうかしてたよ、目があっただけで蹴りを入れたし 声をかけられただけで殴り飛ばした、お陰で私と目を合わせる人間はいなかったし 声をかける人間も皆無だった…」

どんな人間だったんだ…、そりゃみんな丸くなったって言うよ

「あの時の私以上の危険人物を私自身が思い浮かばないくらいには危険なやつだったよ、私は…そんな奴が学園生活を送れたのもみんなのおかげ、そしてそれを自覚できたのも学園生活があったからこそ…、学園とは学問以上に学ぶことも多いのだ」

…なるほど、多分師匠はそこで何かを掴んだのかもしれない、…だからこそエリスにも掴んで欲しいのだ 第二段階へ至る心の強さを…

「そうだったんですね…、でもちょっと気になりますね 昔の師匠、ちょっと見てみたいです」

「不可能だ、私はもうあの時のような乱暴者になるつもりはないからな…、…ふぅ しかし 街並みがこうも古いと、いやでも昔を思い出してしまうな…」

師匠は外を見ながら感傷に浸っている、師匠にもあったんだろうな エリスみたいに未熟な時期が、いつかエリスも今この瞬間を未熟であったと恥じる日が 良い日々であったと思い耽る日が来るのだろうか

それはまだ…分からない 
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