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五章 魔女亡き国マレウス

101.対決 運命のコフ

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魔女殺し それは大いなるアルカナだけでなく、マレウス・マレフィカルム全体が掲げる最終目的にして理念、魔女はこの世界を守っている だが同時に守り切れない 眼の届かない範囲はあり、魔女の恩恵を受けられず死んでいったもの達もまた数多くいる

それは単なる不幸かもしれない、世の無常からかもしれない、魔女を恨むのは筋違いかもしれない、それでも恨まずにはいられない 憎まずにはいられない

全てを助けると宣うなら、助けられなかった我らは『全て』に入らないのか…と

そんなもの、逆恨みも甚だしいとエリスは思う

魔女が助けられなかった者以上に多くのものを助けてきた 助けている、そんな柱をただの怨恨で崩せば 世界そのものが崩れると

だからエリスは心底激怒する、大いなるアルカナにもマレフィカルムにも…激烈な恨みを抱き、敵視し徹底的に撃滅しようとした…していた

今は違うのか?、いや それは間違いであることはわかる

だが…………


「孤独の魔女の弟子エリス…か、今度は正々堂々真っ向勝負ということになるね」

「どうしても勝負しなくてはなりませんか?、引けばエリス達も追いはしません…本部も壊され 仲間も失った、今更命をかけてまで挑む必要はないでしょう」

おかしいのだ、エリスは今アルカナの幹部と対峙している

運命のコフだ、ヘット以上の実力を持ち エリスを一度殺害した相手、穏やかな物腰の男性 他の幹部達から感じる苛烈な印象を受けない、初めて見るタイプの魔女排斥派だ…そんな彼とエリスは今対峙している、そう 対峙しているんだ

(なのになぜ、こんなにも心が穏やかなのか)

ヘットの時も ベートの時も、マレフィカルムなどの魔女排斥派を前にした時、魔女を否定する人間と出会った時 エリスはいつも、激烈なまでに嫌悪感を抱いていた、激怒し愚か者と罵った

だと言うのに、今そんな仄暗い感情が今湧いてこない…落ち着いているんだ、エリスは今コフに撤退を提案した、自分で言うのも何だが 少し前までのエリスなら考えられなかった

なんだ、この感じ…一度死んで達観的にでもなったか?それともまだシリウスの影響が残っているのか?

…いや、理由はわかる…エリスは…

きっと、理解してしまったんだ…己の中にある悪意を、この目で見て肌で感じて 見ないふりをしていた悪意をはっきりと直視して、理解した…自分の悪い部分を

「そういうわけにもいかないさ、ここで引けるなら 僕もアルカナになんか属してない」

「…なぜそうまでして魔女を恨むんですか、なぜ魔女を消したいんですか?」

訳を聞いてる、少し前までなら問答無用だったのに…やっぱり 、変わった

エリスは 嫌な記憶 悪い記憶 思い出したくない記憶に蓋をして、切り離し 悪感情を遠ざけていた、だからこそ魔女殺しや己を否定する存在を見る都度 遠ざけた悪感情や嫌な記憶がフラッシュバックして強烈に嫌悪したんだ

エリスは師匠や魔女のために怒ってたんじゃない、ただ単純に気に入らないから マレウス・マレフィカルムを拒絶していた事に気がついた、己の見たくない部分を直視したおかげで己の悪意に気がつけたり 

…きっとこの感情はいけないことなんだ、だって 嫌悪感と拒絶感のまま相手を否定し理解もせず傷つける、それはきっとヘット達となんら変わらない、それを 闇の中で理解した…

だからこそ、エリスは飲み込む 受け入れる、嫌な記憶を 悪感情を 魔女排斥派を それもまた一つの形なのだと、そう…理解してしまえばなんだかスッと腑に落ちる感覚がしたんだ

許すわけではない、ただ…怒りのまま傷つけるのはやめる、彼らにも彼等の言い分があるから、そのうえで エリスは…魔女の弟子として戦う

「どうして?、そうだね…僕の住んでいた国が 滅んだからかな、魔女自体に滅ぼされたわけじゃないよ?…ただの飢饉と魔獣の襲来がかぶってね、あっけなく僕の日常は崩れた…ただその先で、魔女大国に助けを求めるため入国しようとしたら 受けて入れてもらえなかったんだ」

「魔女大国は簡単に入国できるように出来ていません、数多くの手続きと時間を要します」

「そうだね、今の大人の僕ならそう割り切れる…でも、子供の僕にはそれが出来なかったのさ、助けを求めても受けいられない なのに崇められ世界の救世主と讃えられる彼女達を許せなかった…からかな」

コフの話を聞いて、目を伏せる…きっと そんな悲劇は世に溢れているんだろう、魔女のせいでと言うわけじゃない、ただ魔女世界という制度が生み出した歪みは確かに存在するんだ…彼らはその被害者

…そうだ、その闇を理解した上で エリスは…

「言っておくけど、同情とかよしてくれよ?、その後確かに両親は貧しさから死んじゃったけどさ、ここまでの人生が悲劇に満ちてたとか そんなわけじゃない、苦労して乗り越えて僕は多くの喜びを得ることもできた、その人生を簡単に同情なんかで汚さないでくれ」

「わかってますよ、ただ 魔女に味方する者として、魔女の敵対者と相対する身として、貴方達の過去を聞いておくべきだと思っただけです、倒すことに変わりはありません」

もう恨むのはやめよう 激怒するのはやめよう、エリスはあの闇に映った人間達のようになりたくない 闇に囚われまた暴走するような真似したくない、エリスは魔女の弟子として彼らと戦う そこに変わりはない、変わったとするならこれから行うのは撃滅ではない

肯定する者と否定する者の激突なのだ

「そうか、僕と君は戦う運命にあるようだ、さ…もうお話はいいだろ?」

「はい、師匠が傷ついて倒れているんです…これ以上長引かせたら師匠が可哀想です」

「そうだね、…もう 僕も終わりにしたい、こんな運命…こんな戦い、引き際の分からなくなった この戦いをね」

話し合いは終わった、彼の意志は聞けた その上でエリス達は戦う…魔女の弟子と魔女殺しはただ静かに風が凪ぐ中、ゆっくりと構えを取り…



「…『ファウオーニウスレガリア』!!」

「『旋風圏跳』ッ!」

刹那、無音の銅鑼に弾かれて 両者同時に動き出す、運命のコフとエリスの詠唱が響き 風が踊る、大気が唸る 

運命のコフ…その戦い方 使用魔術は一度見た、いや二度か?エリスを殺すときこいつは風を操った、ベートを助ける時も おそらく風を使ったのだ

この男は風魔術を使う、エリスが最も得意とする風と同じ風、いや 練度では恐らく向こうのほうが上、事実奴が詠唱し放った風魔術はエリスが今まで見てきたどれよりも強い

裂帛の爆音が響き まるで不可視の大槌が大地を打ち据えたように、エリスのつい先程まで立っていた箇所が、いきなり陥没し 粉砕される、速さも強さも並みの魔術師とは段違いだ

それを旋風圏跳で飛び、避ける 向かうは正面 コフの方向、矢の如くすっ飛び コフへと向かう

「速いね、だが…『アクィロンクロウザー』!」

コフが薙ぐ、腕を横へ ただそれだけで空気が歪む 空間が軋む、周囲の瓦礫を丸々吹き飛ばす勢いの突風がなんの前触れもなく吹き荒び、瓦礫ごとエリスの体を彼方まで吹き飛ばす、凄まじい威力…古式魔術を扱うエリスの風よりも 奴の風の方が強い

「ぐっ…うぅぅ!!」

コフの巻き起こす大風の中吹き飛ばされるエリスの体、だが エリスとて伊達に今まで風を扱ってきてない、風の乗り方は心得ている、まるで見えない腕に掴まれたような振り回される体でバランスを取り飛んでくる瓦礫を避けながら地面へ叩きつけられるように着地する

と…同時に身を翻し


「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」

両手を前に添え 空気を掴むように捻る、巻き起こる竜巻はコフの作り出す壁のような大風を打ち破り 打ち砕きその先にいるコフを狙う

「『ウルトゥヌスクラウン』!」

がしかし、彼もまたエリスと同じく風の槍を放ち相殺する、…やはり 彼もそうか…きっと何と無くわかるんだ、同じ風を使うからこそ 風の流れ…そして、風使いの思考が、当然エリスにも分かる

「風使いと風使いの戦いか、…やっぱり君は本調子だと強いんだね、だからこそ解せないな、何故 君は風に拘るんだい?、君には他の魔術もあるだろう?態々風に拘らず 風以外の魔術を使えばいいのに、さっきから僕に合わせるように風ばかり、手を抜いているのかい?」

コフは風を纏いながらこちらに問う、何故風を使うのかと…それはエリズ最も風を使うのが得意だから、ではない 理由はもっとシンプルだ

「負けたくないからですよ、エリスは孤独の魔女の弟子なんですよ?、そんなエリスが 他の誰にも魔術で負けるわけにはいかないんです、だから 風だけであなたを上回ります!」

コフと風で勝負したときからずっと思ってたが、改めて口に出して納得する

そうだ…そうなんだ、これはエリスの意地 この魔術はエリスの誇りなんだ、この誇りで誰にも負けるわけにはいかない

魔女の敵に対する憤慨や 魔女を殺そうとする者への殺意なんかよりも、ずっとずっと 力が湧いてくる、誇り…これこそが エリスの戦う理由、空いていたピースがハマる感覚がする

闇を受け入れ 敵意を飲み込むことにより見えてくる 己自身、希薄として 漠然としていた、エリスの戦う理由が…今 鮮明になる

「そうかい、…なら僕もまた負けるわけにはいかないな!」

「ええ!、エリスもです!」

徐々に暗くなる戦場の中駆け出す、敵意と闇を捨て 師匠の弟子としての誇りを胸に視界とは対照的に明るくなる視界を見開き、足に力を込めて…

「さぁ行くよ…『アフクリステスタメント』!」

「『旋風…』」

コフの周辺の石片が浮かび上がる、瓦礫の山と化したこの城は 無限の弾倉だ、鋭く尖った瓦礫が風によって持ち上げられ まるでソニアのガトリング砲のように連続してこちらに飛びかかる

それを前に…エリスは

「『…圏跳』!」

飛び上がる、連続して 雨のように降り注ぐ石を横っ跳びに避けながら、体を旋回させ身を捩りながら全速力で飛ぶ

「くっ…ぐぅぅぅぉぉぉぉおおお!!!!」

加速する、地面を蹴り さらに加速する、追い縋るように放たれる石弾丸を風で感じながら、時に鋭角に時に直線に飛ぶ 跳ぶ 翔ぶ、そして生まれる刹那の隙間 石と石 風と風の間、人一人通れるか通れないかの道を 見切り、そちらに頭を向け…

「っ!!こちらに来るか!、伊達にヘットを倒しただけはないね!」

潜り抜ける、迫る石を蹴り砕き 風を切り裂き、こちらを待ち構えるように構えるコフに 勢いと速度を殺さぬままに体を回転させながら突っ込み

「来い!エリス!、『カエキウスブロー』!」

「ッッッ!!」

蹴りを放つ 旋風圏跳による加速を最大限に生かした飛び蹴り、迎え撃つはコフの拳、まさにスクリューの如く 幾重の刃の如く回転する風を纏った拳が放たれる

どちらも風を纏った一撃、風の強さはコフが上 だがエリスの風は速度で勝る、それ故に拮抗する 威力が…ぶつかり合ったその瞬間、互角の風は弾け エリスの蹴りとコフの拳の間に、絶大な爆発を生み…

両者の体を後方へと吹き飛ばす

「ま…まだまだ!、振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・神千斬』!!」

後方へと吹き飛びながらも詠唱を続け放つ風の斬撃 万物を両断する鎌鼬は真っ直ぐ吹き飛ぶコフへと向かう、が…コフの目もまたこちらを見据えていた

「君も、しつこいね…『スブソラヌスセプター』」

吹き飛びながらも彼もまた詠唱を…風を放つ、まるで結界のように渦巻くその風はエリスの風の斬撃を飲み込み 受け入れ、その一部とし…跳ね返す、幾千の不可視の鏃として

「ぐっ…!?」

晒される 不可視の矢の雨に、咄嗟に腕で体を庇うが意味を成さず 斬撃にエリスの体は更に強く押し飛ばされ……





「ごふっ…ゲホッゲホッ…」

気がつけばエリスの体は岩山にめり込み全身を突き刺す鈍痛に思わず咳き込む、あれだけ加速したのに あれだけ力を込めたのに、逆に弾かれてしまった…

パラパラと顔の上に落ちる瓦礫の粉を手で払い、立ち上がる…この感覚 懐かしい、この国に入ってより二年、自分より強い奴と戦うのはヘット以来だ、些か修羅場を離れていたからか 気が抜けていたな

思い返せエリス、今師匠はエリスから受けた傷のせいで動けない、瀕死の重傷だ ここでエリスが負ければ師匠は死ぬ 殺される、…守れ 師匠を…そのため 強くなったんだろうが!

「はぁっ!」

両頬を叩いて気合いを入れる、コートを脱ぎ去り腰に巻き極限集中を開眼する、全開で行く 全力でかかる 全身全霊で戦う!

「僕と同レベルの風を使えると驚きだよ、…でも僕ってばこう見えて 荒事とかは得意じゃないんだよね」

「え?…」

ふと見れば、確かに遠くへ吹き飛ばしたはずのコフが瓦礫の山の頂上、エリスのすぐ前に立っていた、接近に気がつけなかった 風を読めなかった…?

「エリス…、大いなるアルカナのコードネームについてるNo.の意味って知ってるかい?」

「なんですか急に、…うーん…エリスの考察になりますが、数字が大きければ大きいほど強いんですよね?多分」

No.1の魔術師のベートとNo.7戦車のヘット そしてNo.10運命のコフ…これらは丁度No.が大きくなればなるほど強くなっていることからエリスはそう考察している、まぁ偶然という可能性はあるが…だがNo.というものには必ず意味があるとエリスは思っている

でなければ コードネームと一緒に名乗ったりしないから

「まぁ概ねその通りだね、強い奴は大きいNo.を、弱い奴は小さいNo.を、二十二人いる幹部達の中の序列と言ってもいい」

幹部二十二人もいるのかよ、多いな しかもめちゃくちゃ微妙な数字だし…というか、全二十二人とすると コフはその中で丁度真ん中くらいの実力になるのか

ヘットやコフより強い奴が…十人以上も…、思ったよりデカイ組織だな…今のエリスでは完全壊滅は無理そうだぞ…

「で、問題なのがその強さの基準なんだけれどさ…実際に戦って決めるんだよね、優劣を…勝った奴はそいつより上へ 負けた奴は下へ、それを繰り返してNo.を決めていく」

「だから何が言いたいんですか?、そんな説明じみたこと急に言われても困惑しますよ、急いでるっていたでしょう」

「ああそうだね、悪かった…まぁ 要点だけ伝えるなら、僕はその順位に興味がなくてね…一度たりとも序列決定の決闘をしたことがないんだ」

だからなんだよ、…いや待てよ?一度も序列決定のための戦いをしていないということは、コフは一度も それこそNo.という制度が出来る前からアルカナに属し No.が出来てから一度も序列が変動していないということだ

下がることは勿論、…上がることも…

「言ったろう、荒事は苦手だと…だけどね もし…本気を出すことが許されるなら、きっと僕…」

突如大地が揺れる、コフの魔力が突如膨れ上がり それによって大地が揺れたのだ、エリスが今までコフの魔力だと思っていたものは『コフが抑えていた魔力が表面へ浮き出ただけの物』だったんだ

「自分で言うのもなんだけどさ、僕…少なくともNo.20くらいまでならなんとか倒せると思うんだけど、どうかな」

コフの全霊の魔力によって 空が蠢く、雲が渦巻き吹き飛ばされ 天蓋によって欠けた太陽が露わになる、凄まじい魔力…ヘットなんかじゃ足元にも及ばない、こんな凄まじい魔力今まで感じたことが…

いや、ある…一度だけ これは…これはデルセクト軍総司令官にして魔女大国最強戦力 グロリアーナさんとほぼ同格の魔力量 即ち

「十年ぶりくらいか…出してみようかな、本気……風を纏い 風となり 風を手繰る…魔力覚醒『フォーチュンオブウェンティ』…!」

第二段階…魔力覚醒に至った人間、エリスが未だ辿り着けぬ領域に位置する力 、それをコフは持っているんだ

…参った、これは参ったぞ…エリスは未だ第一段階の壁を破れていない、だと言うのにここにきて 第二段階の人間を相手にするなんて…最悪だ


コフの姿が瞬く間に変わる、グロリアーナさんと同じだ、まるで魔術や魔力と同化するように肉体に変化が及ばされる という特徴を持つ魔力覚醒、グロリアーナさんはその肉体が黒曜石へ変わり万物を切り裂いた

対するコフはどうだ、肉体が解け 輪郭を失い、まるで風そのもののようになり、まさしく颶風の権化 名をつけるなら風神…!

「さ、…続き やろっか」


……………………………………………………

「ぅわーお、あの男 第二段階に至ってるなんて話聞いてなかったんだけど」

遥か遠方で相変わらずエリスとコフの戦いを観察するウルキ バシレウス そしてその背後に立つ男の三人は、見世物でも見るようにそれを眺めている、完全に観戦ムードだ

「アルカナからの報告じゃ、第二段階に至っているのは上位5名、アルカナ最強の五人『アリエ』達だけだと聞いていたんですけど、…もしかして隠してた?」

「彼は争いを好まない性格だ、争いを避けるが故に本気を出す機会というのも中々無かったのだろう、故に彼が覚醒していることに誰も気がつかなかったのだ」  

「ほーん、とんだ昼行燈だこと…」

背後に立つ男の言葉を聞いてウルキは椅子に座り込む、後ろの男とコフに接点はない 話した事も出会ったこともないし なんならその存在を知ったのだってさっきだ、なのになぜ性格や気性を知っているのだと問いたくなるが…

コイツは分かるんだ、一目見ることさえすれば分かるんだ…その性格も 目的も思考も…だから嫌いなんだよな、知ってるくせに普段は知らないふりをして話してくるから、殊更腹が立つ

「…だが、それだけじゃないな…彼は意図して魔力覚醒を周囲に知られないようにしていた…」

「は?、やっぱ隠してたんですか?、なんで?力を隠して実は強いんですムーブやりたいとか?浅ましいですね」

「違うよ、…彼はアルカナのジョーカーになるつもりだったんだ…、隠し札とでも言おうか、彼は警戒していたのさ、マレウス・マレフィカルムそのものをね、だから マレウス・マレフィカルムがアルカナを明確に裏切ったその時のために、わざと弱いふりをして低いNo.を装っていたのさ、存外 抜け目のない男だね」

「それを私に見られちゃわけないですがね」

なんせマレウス・マレフィカルムと私は繋がっているからね、私が耳打ちをすれば コフの目論見は全て筒抜けだ

「いつまでもマレウス・マレフィカルムが君の手中に留まっていると思ったら大間違いだよ?ウルキ」

「うるさい、でも…計算外ですね No.10くらいなら問題ないはずだったんですが、魔力覚醒まで使えるとは…このままじゃエリスちゃん殺されちゃうかもしれませんね」

エリスちゃんに今死なれるのはまずい、かと言って私があの場に割り込み 助けに入るのはもっとまずい、とんでもなく面倒なことになる…さてどうしたものか

「あ、そうだ バシレウスぅ?、いぃ~んですかぁ~?エリスちゃんは貴方の婚約者ですよね?、このままじゃあエリスちゃん殺されちゃいますよぉ~?、ここで助けに入ればエリスちゃんも貴方にぞっこん間違いなしです」

バシレウスを嗾ける、コイツが割り込めば解決だ、何せ バシレウスの実力なら第二段階くらいわけなくぶっ殺せる

私の見込んだ当代最強の魔蝕の子…二人いるうちの一人だ、魔王の名に恥じぬ実力…コイツを向かわせれば…、実験は失敗に終わるがエリスが殺されるより遥かにいい

だがバシレウスは私の言葉をめんどくさそうに…いや?無表情で受け止めると

「…何か、問題か?」

「は?、殺されちゃうって言ってんでしょ?未来の旦那僭称すんなら助けに行けつってんだよ」

「別に死んでもいいだろ、顔の形さえ残ってりゃそれでいい」

まじかコイツ、マジであの顔に惚れただけなのか、面食いもここまで行けば狂気的だ…エリスが手に入ればその生死は問わないと、私も結構外道で通ってますが コイツは外道というよりアレですね、狂人ですわ

「仕方ないよウルキ、魔蝕の子は圧倒的な才覚を得る代わりに別の何かを失う、何か欠落して生まれてくるのさ、何か特定の出来事が理解不能なレベルで出来ないとか 腕力が異常に弱いとか どこかで成長が止まるとかね?、バシレウスの場合…人間性が欠落しているのさ」

道徳が欠けていると言ってもいいと男は続ける、人間として完璧とも言える才能を持つバシレウスには人間を人間たらしめる人間性が欠落しているか、皮肉なもんだよ…

「けど、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかい?ウルキ?」

「は?なんで?エリスちゃん死んだら計画の大部分が白紙ですよ?、それとも貴方が助けに行きますか?、颯爽と現れる謎の男 最高ですね、貴方が戦った瞬間他の七人の魔女が血相変えてここに集結する以外完璧です」

「そうじゃない、確かに第二段階相手は正直厳しい、…だがウルキ?君がやろうとしていることが成就するならば、君が想定している以上の成果が得られる筈だよ」

「また曖昧な喋り方を、はっきり言いなさいよ」

「んー、こういう言い方はあまり私らしくないが…そうだね、強いて言うなれば」

そう言いながら男は一歩前へ出て、エリスの姿を確かに見つめながら…微笑む

「壁は高ければ高いほど超え甲斐があるものさ」

「答えになってない」

………………………………………………………………


「うぉぉおぉぁぁぁあああああ!!」

背筋が冷たく 顔を青く、全力で叫びながら飛び回る 旋風圏跳の最高速度、今エリスが出せるトップスピード、それを維持しながら不規則に飛び回る 捕まらないように 囚われないように

「速いね、流石 風に乗る速度は天下一品だ」

しかし、エリスの必死の飛躍も虚しく、それはエリスの真上から声をかける まるでなんでもないように追いついて、エリスの上に影を作り…

「だが、風そのものには及ばない『ボレアスボイステラス』」

風の精霊の如き姿、まるで風の衣を纏うように 緑風を全身に侍らせるコフがエリスの上で軽く手を翳すと…

「ぐほぁっ…!」

地面がえぐれる、まるで不可視の巨人に殴り潰されたように隆起するクレーター…、地面と共にエリスの体もコフによって作り出される風によって押し潰され、口から吹き出す血もまた風に掻き消され散っていく

「がひゅ、…がはっ…」

まるで潰れたカエルだ、押しつぶされ 地面に這い蹲り、血混じりの咳きを吐く…ダメだ、次元が違う…

コフが魔力覚醒を使用してから、戦いは一方的なものになった まず最初に真正面から挑んだ が最も容易く弾き返され、次に距離をとって魔術を撃ったが 彼の周りに纏う風が絶対の防壁となり届かない

攻撃もダメ 防御もダメ 逃げてもダメ、アレをしてもダメこれをしてもダメ、ダメダメダメ 何も通用しない

思えばグロリアーナさんはアレで全霊を出しきれていなかった…、こうして魔力覚醒をした者の全霊を相手にするのは 初めてのことだ

こうも違うか、第一段階を極めたエリスと 第二段階に至ったコフでは

「君の風使いとしての真摯な態度に敬意を評して、僕もまた君を全霊で潰す…、君が倒れるまで師匠に手を出さないことも誓おう」

「ぐっ…い いいんですか?、せっかくのチャンスを棒に振って」

「そうだね、もしかしたらこうやって遊んでいる場合じゃないのかもしれない、千載一遇のチャンスを僕はくだらない矜持で無駄にするのかもしれない、他のみんなが見たら非難轟々だろうね、でも そういうわけにはいかない」

風を纏うコフはエリスの前に立ち、這いつくばるエリスを見下ろす

「僕は殺し屋じゃない ただ魔女を消せればそれでいいなんてそんな勝手も言うつもりはない、僕はただ超えてやりたいんだ…魔女を この世界で踏ん反り返っている彼女たちも人間なんだと、人間でも彼女たちを超えられるんだと、同じ地平にいるんだと それを証明するために僕達は戦っているんだ」

コフの言葉は真摯だ、彼はただ 魔女を神聖視していないだけ、魔女を超え 魔女を凌駕し、彼女達が同じ人間であることを証明するために戦う…その為に、魔女の意志であるエリスも超える、そう言いたいのか

「ふっ、そうですか…魔女排斥派にも貴方みたいな真摯な人がいたんですね…」

「最初に出会った魔女排斥派は確かヘットだったね、彼は少し魔女に対する恨みが強いから…彼的には魔女を殺せればそれでよかったかのもしれない、けれど意志や思想と言葉で一括りにしても、その内は多種多様なのさ」

昔のエリスなら 彼らの言葉に耳を傾けなかっただろう、でも今なら分かる…その通りだと、意志にもたくさんあるんだ みんなそれぞれの意思の元奮い立ち、戦うんだ

ヘットは魔女への恨みから コフは魔女への挑戦のため、そしてエリスは…魔女の弟子としての 誇りを胸に

「ぐっ、…はぁぁ…」

「まだ立つかい、タフだね」

立つ、立つさ 何度でも、怒りや怨嗟では湧かない無限の力…誇り、いや これがヤゴロウさんの問うた『心』、エリスに欠けていた 部分

なるほど、精神論根性論の類かと思ったが、存外バカにできないな 体はガタガタ 技は通じない、なのに心だけでまだまだ戦えるんだから

「まだまだやりますよ…、エリスは負けてませんから」

「立派だね、君のような弟子を持てて師は誇りだろう…、だが」

振るわれるコフの手、まるで目の前の羽虫でも払うかのように無造作に振るわれた手はやがて風を纏い 竜巻となり、絶大な衝撃波を伴って眼前の全てを吹き飛ばす

「ごぶふぅ…」

「当然、容赦もしない」

吹き飛ばされクレーターの壁に体がめり込む、ああくそ 戦う心が湧いてきても戦う術がなくっちゃあジリ貧だ、何か考えろ…しかしもう考えてどうにかなる領域じゃない、策を立てようにも タネも何もない…と言うかあっても通用するかもかわからない

なら弱点を探るか?…

コフの風は強い、エリスが全霊で撃つ風魔術の数倍の威力の風を詠唱もなく手を薙ぎ払うだけで叩き出す、そして防御面も優秀だ…

彼の周りには鎌鼬のような風が常に旋回している、アレの前には風も水も土も火も通じない、ヘットの防御が可愛く見えるくらいのデタラメぶりだ

ないな弱点…倒せるか?、これ…

「暴走していた時の魔術は使わないのかい?」
 
「使えりゃとっく使ってますよ!『旋風圏跳!』」

風を纏い、とりあえず突っ込む このまま黙って考えてても埒が明かないしね

しかしコフの言った暴走していた時使った魔術か、恐らくアルカナ本部にいる人間全員倒し 師匠に重傷さえ負わせた魔術のことだろうが、エリスにはなんのこっちゃさっぱりだ

何せ操られている時の記憶はないんだから、多分シリウスがエリスの体を操ってデタラメな魔術でも使わせたんだろう、その時の魔術を一欠片でも出せれば勝機はあるかもだが…そのことについて考える暇なんて今はない!

「何度ぶつかってきても同じだよ、君の風と僕の風じゃあ 出力も火力も威力も、全て桁が違う」

「だとしても、エリスは信じます…師匠の与えてくれた力は、エリスの全てですから!」

コフが指を一つ鳴らせば 無数の風が刃となって降り注ぎ、岩の地面を容易く切り裂き いくつもの線を引いていく、当たればタダではすまぬそれを極限集中の動体視力で避ける…そして、旋回 体を横にグルグルと回転させ足を突き出す!

このまま旋風圏跳の勢いのまま蹴りを放っても コフの障壁に阻まれ、エリスはまた叩き出されるだろう

このままなら!

(…『颶神風刻大槍』!)

記憶を頼りに作り出す跳躍詠唱、纏うは颶風 風の槍…回転する己に纏わせるように作り出し、エリスの体は一本の穂先と化す…合体魔術、風と風を合わせた大魔術…その名も

「『颶神旋風刺突蹴り』!!」

「なっ!?二つの風魔術を掛け合わせたのか!?器用なことを…!」

回転する ただひたすら回転する、一直線に跳ぶ勢いと 螺旋を描く高速回転、二つの力と二つの魔術がかけ合わさった一撃はコフの障壁にぶつかる

風壁とも呼ぼうそれにぶつかった瞬間 エリスの蹴りは勢いを失い受け止められる、ここまでは想定内、あとは回転で抉り抜く!腕を広げ独楽のように体全体を回し 差し詰め千枚通しのように風の壁に穴を開け徐々に進んでいく

…初めて風の壁と拮抗できた、拮抗…出来た…が!ダメだ!これじゃあダメだ!だって!

「だけど甘いな、『アネモイテンペスト』!」

風の壁と拮抗していたエリスの体はコフの巻き起こす風に再び そして容易く吹き飛ばされ、先ほど以上の力で食べに叩きつけられ ガラガラと瓦礫が崩れ始める

「が…あ…が…っ!」

ダメだあれじゃあ勢いがまだ足りない、風の壁を完全に超え切る事ができない、コフだって馬鹿じゃない、あんなゆっくり壁を削ろうとしているエリスを黙って見ているわけがない、超えるなら一瞬で突き抜ける必要がある…だが その力がエリスにはない…

「今のは君の一番の一撃かい?…だとするなら残念だったね、君じゃあ僕には勝てない」

コフの言葉が染み渡る、あれは事実だ…事実もう手札がない 合体魔術が真っ向から打ち破られたら…完全に打つ手なし、負けだ

「ぐっ…」

唇噛む、ダメだ!ダメだダメだ!折れるなエリスの心!折れるな!、力も技もダメなんだ!心でだけは負けるな!、誇りという筋を一本 胸に突き刺せ!思い出すんだ師匠の教えを!エリスが何者かを!

「まだ目が死んでいない…だが何度向かってきても同じだよ、それとも何か手が浮かんだかい?……おや?」

ふと、コフが天を仰ぐ それにつられまたエリスも空を見る

「始まったか…」

コフが呟く、始まったと…その通りだ、始まった


太陽にかかっていた天蓋が、完全に太陽と重なり 世界が…夜になる



陽の光を失った世界は、まだ昼間だというに暗闇に包まれ 何も見えなくなる、皆既日蝕だ エリスも見るのは初めてだが、聞いた事がある…月と太陽が重なる瞬間起こる現象、これだけならば 日時とタイミングが合えば世界中で観れる

違うのはここから、これが十二年に一度の魔蝕と呼ばれる所以が今、始まる

「こ…これは…一体」

傷だらけの体の痛みも忘れ呟く、…なんて幻想的なんだ…これが 世界最大の魔術、シリウスが残した世界崩壊のための術式…魔蝕

暗闇に包まれた筈の世界が明るく灯る、太陽の光で?違う 大地の輝きでだ、緑色の輝きが大地を包み 淡く光る、緑の光の粒子はまるで水面を目指す泡の如く、ふわふわと空に登り消えていく

天は暗く染まりながらも 太陽と重なった月は妖しく赤に染まる、大地は緑に 天は赤に…この世とは思えない光景が辺り一面に広がるのだ、景色だけで見れば 見惚れるほどに美しい

だがエリスは知っている、天を照らすあの赤はシリウスの魔術の残滓、そして大地から漏れるこの光はシリウスの魔力が可視化した物、世界がシリウスに染まっているのだ あの悪魔に…そう思うと 一転、なんとも悍ましい景色に見えてくる

「魔蝕、この目でしっかり見るのは久しぶりだ…まぁ普通に十二年ぶりなんだけどさ」

「これが魔蝕…、大地から溢れるこれは全て魔力なのですか…」

「ああそうだ、僕達はこの魔力を集めて…って計画の最中だったんだが、こうなっては最早どうでもいいか」

一点に集めて?、確かに大地から溢れる魔蝕の魔力はフワフワと一点に漂っているようにも見える…これは、エリス達の頭上?

「ん?、おかしいな、別の場所に魔力を集めているつもりだったのに、戦いの余波で魔術陣が歪んだか?、まぁ 使い道のない魔力だ…集めても何に使えるか分からないしね」

じゃあなんで集めてたの?、この人達が自分で考えて集めてたわけじゃない?、誰かの指示で?って、そんなのどうでもいいか…無視だ無視

「さ、決着の舞台にはちょうどいい景色になった事だし、そろそろ終わらせるかい?」

「っ…!」

コフが構えを取る、ダメだ トドメを刺しに来る…だが、何も浮かんでいない、出来ることは全部試した やれることは全部やった、単純に力が及ばなかった

…師匠も言っていたではないか、第二段階に至った魔術師には第一段階のままでは勝てない、エリスは終ぞ第二段階の修行を終わらせる事ができなかった、あの箱を微動だにさせられなかった

足りなかったのか、努力が…力不足で負けるならいいが、努力不足で負けるなんて …最悪だ

「最後に言い残すことはあるかい?」

言い残すこと、思い返すこと…師匠教えがやはり頭に浮かぶ、いろいろ教えてもらった…何かないか、その教えの中から 何か…思えばヘットを倒す鍵も師匠の教えからだった

何かないかと必死に瞑目して考える、此の期に及んでもエリスは考える やはり折れる諦める そんな考えは絶対に湧いてこない、そうだ…師匠はこう言っていた

「…へへへ……」

ニッと口角を上げて笑う、ただ笑う 牙を見せ コフを睨みつけながら笑う…

「な なんだい?、まさか何か浮かんだか…」

「へっ…」

別に、何も浮かんでない ただヘラヘラ笑ってるだけ、狂ったわけじゃない 諦めたわけじゃない、ただ師匠はこう言っていた

『運任せの一発勝負をする時こそ 外面では冷静を装うんだ、幸運の女神は冷や汗を流し震える者には微笑まない、決してな』

…だから笑うのだ、運任せの一発勝負を幸運の女神に委ねるために、そうだ 勝負だ…一発勝負、必勝はない 策もない 手もないそしてヤケクソでもない…勝負に出るんだ、師匠の教えが無駄でなかったことを証明するまで 最後の一呼吸まで エリスは詠唱に使う

「…流石は魔女の弟子だ…、ならこちらも全力で答える」

「へへへ、ありがとうございます…エリスも、全部をぶつけます 全部の全部を!」

腰を落とし つむじを相手に向けるように頭を落とし、クラウチングの構えを取る、全速力だ…全開だと思う速度を超えろ 限界だと思うところを超えろ、ここまでだと思うからそこまでなんだ

エリスはまだまだ先に行く、ここじゃあ止まれない!

「すぅ…、颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を … 『旋風圏跳』ッ!!」

足先に伝う風の衝動、体は風に乗り コフへと飛び立つ、何度打ちのめされても 何度弾き返されても、エリスはこの魔術を信じる 師匠から授かった最初の魔術を!

「また同じ手か!存外に頑固なんだね!、だが僕の風を超えられない君に勝ち目はないよ!」

コフの言う通りだ、あの壁を一度も越えられていない、だが 言い換えればあの壁はエリスの限界点だ!エリスの諦めの心だ!、そう思えば恐れはない!寧ろ挑む心が湧いてくる!

彼の言葉とと共に風の壁がより一層分厚く色濃くなる、エリスを弾き返し 返す刀でエリスを仕留めるつもりだ、だが!

「ぐっ!ぅがぁぁぁぁぁああ!!!」

壁に拳を叩き込む、案の定 拳は風の壁に阻まれる 前へ進めない、鎌鼬のような風に手を突っ込む、まるで砕いたガラスに手を突っ込んだようにエリスの腕がズタズタに引き裂ける…だが!だが!

まだだ!まだなんだ!エリスの限界はここじゃない!

「ぐぅぅぅぅぅううう!!!!」

回転ではダメだった なら、最早形振り構わず進むしかない…後先など考えず進むしかない、もう一度 …もう一段階先へ!

(『旋風圏跳』ッッ!!!)

加速する、風に阻まれた体が 更に先へ 更なる推進力をへと更に進む、全身全霊の旋風圏跳の二重掛け、同じ古式魔術の二重掛けは初めての試みだ、どうなるか 正直賭けだった、もしかしたら上手く行かない可能性もあった

だが…幸運の女神はエリスに微笑んだようだ

「壁を引き裂き更に進んでくるだと!?同じ加速魔術の合体魔術!?無謀にも程があるだろう!」

無謀だ、手を突っ込んだだけでも手が引きちぎれそうになる程風の壁は凄まじい速度で吹き荒れている、その中に体ごと突っ込む、自殺行為だ、事実エリスの体は腕同様引き裂かれる、血が舞い 鈍痛を上回る激痛に突き刺される

だが…見失わない、目の前にいるコフの姿を、風の壁を逆に引き裂き 真っ直ぐ進む…このままいけば コフに辿り着ける…!

「…だけど、それはあくまで僕の防御でしかない、残念だけれどこれで終わりだよ」

コフが構える、彼もまた全身全霊の力を解き放つ、魔力覚醒の真髄を見せるため…、空が荒れる 風が怒る、大気が一点に集中し エリスに敵意を向ける、エリスの起こすちっぽけな風が 掻き消えるような大風を

「…僕の最大の奥義を 手向けに!………、『アイオロスセレスティアル』!!」

グニャリと空間が歪む 違う、大気だ 大気が捻れたのだ、まるで世界を歪めるような風はコフの呼び声に応じ その力を見せる

竜巻だ…なんて、簡単に説明してしまうにはあまりに強力な風が渦巻き 風の壁を エリスを飲み込み放たれる

火は搔き消え 水は吹き飛び 土は形を失う、万象を消し去る絶対なる風 世界の息吹、それがエリスに向けられるのだ…二重の旋風圏跳で加速するエリスに浴びせかけられるのだ

保てない、風を… 、エリスという人間の形を… 命を…


これで、終わる…




「……ま…」

終わるか…



「…だ……」



終わって…


「まだ…だぁぁぁぁあっっっ!!!」

たまるか!終わって!たまるか!、風がなくなってもエリスは進む! 形を保てずとも魂で進む!命を失っても!、この誇りで!突き進む!、師匠から授かった力 その教え!この誇りは…決して消え去ることはない!

「っぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

荒れ狂う風の中 エリスは風を纏い進む、突風に霞む目 煽られ吹き飛びそうな体を支え突き進む、いくら心で勝つと誓っても …足りない

力も技も…心技体揃ってこその力だとヤゴロウさんは語った、それさえあれば届くのか…コフの所へ

「ぐっ…がぁっ!!」

手を伸ばす、手を届かせる 師匠は言っていた!エリスには出来ると!第二段階に入れるだけの修行はすでに終わらせていると、ならあとはもう壁を超えるだけなんだ!

今まで得た全てを組み合わせろ、力と技と心じゃない 心技体…一つにするんだ、一つ…一つに!

なおも進む体 伸ばす手 颶風の中にエリスはある、ここで引けば負けてしまう 負けるわけには行かない、師匠を守る為 師匠の誇りを守るため…何より壁を超える為

力の嵐の中 エリスは気がつかない、そこに起き始めていた変化に …

それは、その一心が引き起こした あり得ない奇跡か、或いは計算された必然か、それとも…

「なっ!?まだ進んでくるか!?…、む 魔力が…」

気がつかない 頭上に集まった魔蝕の魔力が形を変え…とある一点をめがけ降り注ぐ、エリス目掛け落ちてくるのに

「ぅぐぁぁぁぁあああ!!」

エリスのポッケに収められた 魔響櫃が震え、内側の鍵が熱を持つのに……

「進め!進めっ!進めぇぇぇぇえええ!!!」

「な 何が…まさか、今ここで…起こるのか、覚醒が!?」

込める 力を、更に前へ進むように身を乗り出す、その覚悟と誇りに呼応してか…魔蝕の魔力がエリスに吸い込まれるように消え

今…、魔響櫃が…

砕けるように その蓋を開けた……!




「ッッッ!?!?」


其れは、一条の光の矢

或いは、貫く信念の槍

万物を吹き飛ばす風の裁き、乱れ舞う風の刃 立ちはだかる風の壁 それが今、煌めく輝く一本の矢によって 貫かれ…砕ける

「なっ!?」

コフが、己の全霊の防御 全霊の力が真っ向から打ち砕かれるその瞬間か見たのは、勝利の女神か 破壊の魔神か、炎の如く揺らめく黄金の輝きを放つエリスの瞳が 真っ直ぐとコフの事を射抜いていた

これは魔力覚醒…!、いや違う それよりも拙く それよりも強く、それよりも可能性を秘めた光…、一心の誇りが具現化したような まだ名もなき覚醒、この土壇場に引き出された力

…そうか、なるほど とコフは笑う

変わりなんてないんだ、違いなんてないんだ…僕はある種の恨みから魔女を超えようとした、天に輝く星の如き其れを目指す為ならどれだけでも鍛錬をつめた、あんまり自分に自信を持つことがでない僕だけれど その努力の時間だけは、その努力によって得られたこの力にだけは自信があった、誰にも負けないと

だが違った、それは この子も同じなんだ、ただ違う点があるとするなら 彼女が超えようとしているのは魔女ではなく己自身、限界を超え 超え続け、いつか天に届く日まで彼女は己の力に満足しない

進み続ける、僕を超えて…いつか 天の星さえ超えて、彼方まで…

「コフッ!エリスは!エリスは!」

ああ、言わずとも分かるとも…だが僕も負けられない!負けられないんだよ!、ここで君の努力に負ければ 僕はかつての僕に嘘をつくことになる!それだけは それだけは!

風を纏い 手を伸ばすコフ……そして

穿った エリスは己の限界を、貫いた 信念と誇りを、コフの力を打ち破りその拳が今、コフに届く…




…………辺りを包んでいた風が立ち消える、集まっていた魔蝕の魔力も消え 覆いかぶさっていた天蓋はズレ、暗闇に光が灯る

「運命とは…嫌な……物だね……」

立ち上る砂埃、クレーターの壁を貫き 瓦礫の山を打ち壊し、尚も飛ばされるコフの体 …城跡の壁に叩きつけられ、辛うじて残った古城の跡に体が叩きつけられ その衝撃で城は跡形もなく消え去る…

「はぁ…はぁ…」

吹き飛ばされたのだ、エリスの拳によって ただ一拳を以ってして、全てを乗り越えたエリスの拳に吹き飛ばされたコフは彼方にて 瓦礫に飲まれ、その動きを終える…

「っ…ぐっ!」

戦場となっていたクレーターのど真ん中に立つのはエリス一人、体から溢れる光は消え 再び魔響櫃は固く閉ざされ、身体中に出来た裂傷と無理に風に突っ込んだ負荷がエリスの体を襲う、だが倒れない…絶対に倒れない

ただ、勝利を宣言するように拳を掲げ

「師匠…勝ち…ましたよ!貴方の教えは 貴方の弟子は…エリスは!勝ちました!」

天から降り注ぐ陽光はまるで彼女を讃えるようにその姿を照らす、掲げられたズタボロの拳はそれでも尚 固く握られていた…
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