孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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五章 魔女亡き国マレウス

アルクカース外伝.ラグナ奮戦!戦王練武会開催

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「これよりィーッ!、ラグナ大王主催!戦王練武会を開催するゥーッ!」

「うぉぉぉーーーっっっっ!!!!」

鳴り響く歓声 待ってましたと言わんばかりの大歓声、見渡す限り人の海、皆膨れるような筋肉と今までの戦歴を物語るような古傷、そして相棒とも言うべき武器の数々を手に雄叫びをあげる

ここはアルクカース…軍事大国アルクカース、世界屈指の軍事力を誇る大国であり、戦力という一点で見るならば その総力は世界最強国家アガスティヤ帝国に比類するとも言われる程だ

その強さの根源は彼らアルクカース人にある、異様なまでに強い腕力 狂気的なまでの闘争本能、戦闘に最適化された戦闘民族アルクカース人にある

彼らはなによりも戦いを好み、この国は戦いで全てが決する、どれだけ金を持ち領地を持とうとも弱ければすぐに取り上げられ 全てを失う、故に強いものこそが成り上がる 強いものだけが尊敬を集める

まさしく 争乱の国…それこそがアルクカースだ

「想像以上に集まったな」

アルクカースの中央都市 ビスマルシアに作られた超巨大闘技場…そこに集まった人の海を眼下に 男は城からそれを見下ろす

そうだ、この中央都市に集まった人間達は皆 今日という日を目指してこの国を 街を訪れたのだ…

大王主催 戦王練武会、この国最強の武人を決める大武闘大会の名だ、一対一で闘技場で戦う勝ち抜き戦、闘技場の中でならルール無用 剣を使おうが槍を使おうが毒を使おうが爆薬を使おうが何をしても勝てばよし まさしく最強を決めるにふさわしい大武闘の場

なにより大王主催の由緒ある大会だ、勝てばその名は国どころか世界中に響き武名が轟く、武人にはこれ以上とない活躍の場、莫大な報酬を求め国内外から数々の武者 勇者 無頼者が集った

その成果と盛況ぶりを見て この大会の主催者であるラグナ・アルクカースは嬉しそうに微笑む

「やはり皆戦いに飢えているんだな、これが発散の場になればいいが」

ラグナ・アルクカース…アルクカース大王にして魔女アルクトゥルスの弟子、継承戦を勝ち抜き その実力を国に示した勇者だ、未だ14というのは若さでありながら 国中の戦士を纏め上げた秀才にして 天性の王

彼はアルクカースという国の発展の為無用な戦争を禁じた、元々アルクカースとは戦争に溢れていた国だ、アルクカース人の持て余す闘争本能と荒々しい気質から国内では無意味な内戦が多く また他国への戦争は内戦よりも多い

これでは如何に大国と言えど疲弊しいずれこの国力は失われる、戦いが好きなのは分かるが国家として体をなさないのは頂けない

そこでラグナは国内に無用な戦争を控えるようにお触れを出した、当然反発はある 戦いは生き甲斐だ、それを失えば国家としての体をなさない以上にアルクカース人としての生き甲斐を失うことになる、それはいけない

そこでラグナは代替案として提案したのが この武闘大会だ

アルクカースには元々武闘大会は存在した、がどれも街規模のものだったり お祭りのついでにやるものだったりと どれも戦争の代わりになるようなものじゃない

だがこの戦王練武会は違う、多額の資金を投じ 協定を結んだデルセクトの技術協力を得て超巨大な闘技場を作り 国内外に宣伝し人を集め、報酬も名誉も用意し 執り行うまさに大武闘大会

それを年2回行う、最後まで勝ち上がった者にはラグナの権限で与えられる全てを与える、そうすれば皆戦争に手がつかないほどに修練を積む 、無用な戦争はなくなり国内の戦士達の実力も向上する

まさに一挙両得 思いついた時は柄にもなく高笑いしたもんだが…

「この熱気、…本当に抑圧するのは良くないかもな」

「おう、正直年2回の武闘大会じゃ発散しきれねぇだろうな、武闘大会は飽くまで戦いだ…戦争じゃねぇ、腕っ節が増しても戦争の感が鈍っちゃ意味がねぇ、これが終わったらまた別の案を用意する必要があるかもな」

ラグナの背後に立ちながら気怠げに呟くのはラグナの兄…いや 今はラグナの護衛 王牙戦士団の戦士長 ベオセルクだ、彼はラグナの部下の中でも随一の実力者にして知恵者として彼を支えている、ぶっちゃけラグナは案を出しただけ ここまでセッティングしたのは全てベオセルクだ

「いやぁ~それでも国内でも一番の大武闘大会ってのは魅力的ッスよ、ウチも参加申請してきましたしぃ?」

「集まって馬鹿騒ぎして、いつもと同じではないか 我輩には理解できん、若の案を否定するわけではないがな」

ベオセルクの後ろに控えるのは同じく王牙戦士団の団員 幼い頃からラグナの護衛を務める全力武塵のテオドーラ・ドレッドノート、謀略百計のサイラス・アキリーズ どちらもアルクカース有数の戦士と軍師のコンビである

「あァー!ずるイゾ!アタシは参加の登録してないノニ!」

「いやいや、大会運営側が参加しちゃいけないルールはないので」

テオドーラの参加表明に異議を申し立てる戦士が一人、ドレスの上から鎧を着るという珍妙な姿の女、カロケリ族の精鋭にして現在とある事情により山を追放中の勇敢なりしリバダビアである

彼女は現在 非正規雇用という形で王牙戦士団に所属する非常勤護衛戦士である、継承戦の縁から 有事の際にのみ呼び出され戦士として働いてもらっているんだ、彼女の実力はラグナもよく知っているが故に

「ずルイずルイ!、アタシも参加スルー!」

「馬鹿野郎が、もう登録申請の期間を終わってんだよ 参加してぇなら次回にしろ」

「むグゥゥゥ!」

参加したい参加したいと騒ぎ立てるリバダビアを前にベオセルクは一喝、ベオセルクの怖さを身を以て知るリバダビアとしてはここでワガママを押し通すのは得策ではないとこれ以上ないくらい頬を膨らませ、言葉なき反抗を以ってして黙る

「そういえば、ホリン姉様はどちらへ?あの人なら勇んで参加しそうですけれど」

この場にいない姉を思い出しベオセルクに尋ねるラグナ、ホリン姉様は基本的に騒がしいのが好きだ アルクカースの祭りには基本的に皆勤賞、今回の武闘大会も非常に楽しみにしていた気がするが、何やら今日は一日姿を見ないのだ

そんな言葉を受けベオセルクはだるそうに首をかきながら

「姉上はあれだ、登録を後回しにしすぎて 申請期間が過ぎちまったせいで参加できてねぇ、今はふて寝酒を決め込んでる…あれはしばらく出てこねぇな」

仮にも大国のお姫様ともあろうものがそれで良いのか?と思いもしないが、あの人はその辺気にしないしな 気にして欲しいが

お父様もそろそろ身の振り方を決めて欲しいと気を焼いているが…まぁ やりたいことが見つかるまではこうやってゆっくりするのもいいんじゃないかと 俺個人は思っている

「ベオセルク兄様は参加しないんですか?」

「俺は裏方が忙しいんだよ、レティシアもサイラスも借りるぞ はっきり言って裏方の人手がまるで足りん」

使える奴があまりに少ないとベオセルクはボヤく、事実アルクカースには戦い以外のことをするのは恥という風潮がある、そのせいで武闘大会の裏方など誰もやりたがらないし 誰もやらない

武官ばかりで文官があまりに少ないのは 目下のところラグナの悩みの種ではあるが、出来ないものは仕方がない…やれと言って急に出来るようにもならない、一応他国から頭の回るものを雇ってはいるが所詮は外様、なんとかアルクカース国内だけで完結したいものだが

「で?若は参戦しないんで?」

「俺はいいよ、一応主催者だしね 盛り上げ役はテオドーラに任せるよ」

正直に物を言うなら 俺も参戦したい、俺も戦いたい けれど俺は一応主催側 迎える側だ、観覧席から戦士達の勇姿を見守る義務がある、戦いたいけれど…戦いたいけれど

しかし、テオドーラが参戦するのか…テオドーラは今戦士として脂の乗り始める頃合いにある、最近鍛錬もエゲツない勢いで積んでおり 祖父のデニーロさん曰く討滅戦士団入りも近いらしい、まぁ本人は王牙戦士団を離れるつもりはないらしいが

「ラグナ様!そろそろお時間です!主催者としてのスピーチの方をお願いします!」

部屋の扉を勢いよく開けて息を乱しながら叫ぶのはラグナ専属の秘書レティシア・クリソプレーズ 、デルセクト出身の人間でありクリソべリアに存在する貴族の一人娘でもある

最近故郷で大事件が起きてかなり国力が落ちるということがあったらしいが、レティシアは故郷を心配するどころか『とっとと抜け出しててよかった、セーフセーフ』と額の汗を拭っていた、結構強かな人だ…祖国には姉が残っていると聞くが、心配じゃないのだろうか

まぁいいや、今はとにかく仕事だ

「ああ、レティシア わかったよ」

「んじゃ若!また後でー!」

「若!頑張ってくだされ!」

「今夜は焼肉ダ!、あと酒!」

見送る部下達の声に笑顔で返し、レティシアについていく 主催者としての開催のスピーチをしなければならない、もう国王になってからそれなりの年月は経ったけれど それでもやはり人前で話すのは慣れないな

レティシアについていく道中 廊下でもうすでに準備をしていたレティシアの部下達がみんな一斉にラグナに飛びかかってくる、歩きながらラグナに化粧を施し 歩きながらラグナにマントを羽織らせ、王家に伝わる宝剣を携えさせ 廊下を抜ける頃にはラグナも立派に威厳あるキングフォームだ

「おほん…えっと、最初の挨拶はこれで…その後は」

闘技場につながる出入り口を前に咳払いをしながらポッケの紙を開いて最後の確認をする、三日かけて書き上げたスピーチ、兄様からは微妙な顔をされたが同時に『まぁ、国王のスピーチなんか真面目に聞く奴なんかいねぇし、いいんじゃねぇの?』と言っていた

真面目に聞かれてないならないで悲しいが、まぁその分気負うことはなかろう

「よし…行くか」

紙を破いてポッケに放り込むと、闘技場の入口へと進む

光差し込むその先へ抜ければ……

「うぉぉぉぉーー!!、ラグナ様だぁぁぁぁあああ!!」

「やっと始まるか!待ちかねたぞ!」

「あれがラグナ…この国の王…!」

より一層響き渡る 闘技場に集う戦士たちの咆哮、闘技場に集まるは数百近い戦士達は皆 戦王練武会の開会を今か今かと待ち続けており、ラグナの登場に沸き立つ

熱気 迸る戦士達の熱気に思わずラグナは仰け反る、見てみろ戦士達の目を 争いを求める目栄光を求める目 ギラギラ輝きここでラグナが合図を出せば即座に殺し合いを始めそうな危うさを感じる

「…勇敢な戦士諸君 恐れ知らずの勇者諸君、よくぞ今日 この場 この闘技場に集ってくれた」

しかし、ラグナも恐れない、ここでたじろげばナメられる ナメられればこの国の王は務まらない、故にラグナは恐れない 熱気と闘気を放つ戦士達を前に壇上に上がり、毅然と立ちながら胸を張り 彼らに向けて王として歓待の挨拶を行う

「俺は 力とは振るう為にあるものとは思っていない、故にこそ無闇に誇示するためだけの戦争を禁じ 戦争だけで成り立つこの国内状況に一石を投じたのだ、そのせいで皆には窮屈な思いをさせたと思う…自由に戦えず、高まる熱気に体を焼かれた者もいるだろう煌めく刃の光を前に唾を飲んだ者も居るだろう」

その言葉に少なからず戦士達は硬い顔をする、ラグナの今しがた語ったことは事実だ、戦いだけを目的にアルクカース人は生きている、生まれたのは戦うため産んでもらったのは戦うため 生きるのは戦うため死ぬのは戦うため、そんなアルクカース人に戦争禁止の御触れが出されるなど未だ嘗てないことだった

最初は反発しようとしたが、一応国王の言うこと 義理は通さねばならないと言うことは聞きはしたもののやはり限度がある、このまま戦いを我慢し続ければ爆発してしまうかもしれない

そう思っていたところへこの戦王練武会…渡りに船 地獄に仏 平和に争乱

「その熱意と闘争本能を発揮する場としてこの戦王練武会を用意した、アルクカース国内なんてケチなことは言わない、全世界から強者を集めた!腕自慢を揃いに揃えた、木っ端な小競り合いなどとは比べ物にもならぬ闘争の祭典だ!」

疼く ラグナの言葉に、世界中から強者 腕自慢が揃うのだ、事実アルクカースで名を轟かせる武人や剛人が揃い踏みしている、それだけじゃない 国外の強者も数多くいる 名うての冒険者、非魔女国家の英雄 よくわからん奴 選り取りみどりだ

普通に内戦したんじゃあこんな豪華なメンツと争えるわけない、美味しそうだ うまそうだ、この闘争はさぞかし楽しかろう…それに何より

「決めようじゃないか、ここで 世界最強を」

世界最強 この言葉を聞いて高ぶらないアルクカース人はいない 高ぶらないならそいつはアルクカース人じゃない、ここで優勝すればそれは即ち世界最強…、とまでは言えないだろうがそれでも世界に名前が轟く それは世界最強への第一歩

またとないチャンスだ、そう皆感じたからこそ集まった 修行した 剣を磨いた

「この戦王練武会で優勝した者には このラグナ・アルクカースの名において 叶えられる範疇でなら、如何なる褒賞を約束しよう…至上の剣を望めば与えよう 地位を望むなら与えよう、さらなる闘争を求めるなら…それも与えよう、故に 戦え!己の力を天高く翳し 他を圧倒せよ!、アルクカースのあり方ぞここにありと!」

ラグナの掲げた拳に答えるように周りの戦士もまた吠える、勝つのは褒賞を得るのは 最強は俺だ!そう宣言するように各々武器を掲げる

「ここに戦王練武会の開催を宣言するッ!!」

王の宣言により 今ここにアルクカース最大の武闘大会、戦王練武会が開かれた…皆沸き立つ 騒ぎ立つ、興奮のあまり発狂したように叫び戦いへの予感に歓喜する戦士達……


そんな戦士達を尻目に、離れたところでそれを見つめる男が一人

「……………フッ」

鉄仮面で顔を覆った男は愉快そうにその様を見て笑う、腰に下げた二本の剣を揺らしながら踵を返し一人早く 闘技場を後にする…


…………………………………………………………

開会式は上手くいった、そうラグナ的には手応えをつかんでいた 

俺の号令に伴って戦士達は熱狂、その熱のまま予選へと移行した…俺的にはこう…『え?何言ってのこいつ』みたいな目をみんなに向けられることを覚悟していたから あの盛況ぶりには流石の俺も鼻高々だ

まぁその後兄様にスピーチどうでした?って聞いたら

『まぁまぁだった、だが若干青臭い もう少し威厳を醸し出せ』

とダメ出しされてしまったがまぁいい、不合格をもらわなかっただけマシだ

そしてスピーチが終われば後は予選だ、そのまま俺は流れるように客席へと向かう


円形に作られたコロシアム型の闘技場 中央の武闘場を囲むようにせり上がった壁の上に作られた客席は 戦士達の戦いを俯瞰で見下ろすことができ、観戦にはもってこいだ

そう 観戦、何も戦王練武会は参加して楽しむだけのものではない、見て楽しむこともできる 、世界各地から集まった猛者達を一目見ようとこれまた国内外問わず多くの人間が客席に集い、その盛況ぶりが見て取れる

商魂逞しいデルセクト人なんかはこれ幸いと入り口で露店を開いたり 客席で食い物を売り歩いたりしている、当然無許可だ 別にいいが…、ただ同じくデルセクト出身のレティシア曰くあれは許し難い行為らしく

『ショバ代もらいましょうショバ代!、私達の自費で開いたイベントに乗っかろうなんて片腹痛い、大丈夫私におまかせいただければ 全員から六~七割は徴収しますので』

とか言っていた、別にお金が欲しくて開いてるイベントじゃないからいいんだけど…、だが来年からも恙無くイベント運営するなら やはりどこかで回収しないとな


「ふぅ、…でも 自分で発案したイベントにこれだけ集まってもらえると 嬉しいもんだね」

客席の中央に作られた国王専用観覧席に座り眼下の闘技場を見下ろす、そろそろ予選も始まりそうだ、皆 戦争が出来ずにフラストレーションも溜まっているだろうから、出来れば後腐れなく戦い抜いてほしい

「あんだけ金払って大々的に宣伝打ったんだ、このくらい集まってもらわなきゃ王家の威信に関わるってもんだぜ」

「あはは…すみません、その辺は俺把握してないです」

俺の隣で腕を組みながらしかめっ面をしているベオセルク兄様がため息混じりにコロシアムを見下ろす、俺はあくまで発案しただけ それを形にするため尽力してくれたのは兄様やレティシア達なのだ、申し訳ない…

「参加者はどのくらい集まったんだろうか」

「大体七百六十人前後だ、まぁこれをそのままトーナメントで勝ち抜きさせたら流石に日が暮れるからな、まずは予選だ 1グループ九十五人で乱闘やって最後に立ってた奴を本戦にあげて、計8名で本戦を勝ち抜いてもらう」

「なるほど、予選も予選で派手になりそうですね、兄様」

「一応 客もいるからな、見世物として退屈な時間を作るわけにはいかないだろ」

本当に真面目だなこの人…、俺の無茶な治世を上手く回してくれている兄様には正直感謝しかないよ…

「おら、予選が始まるぞ…主催者のお前がよそ見をするな」

「あ、はい…」

兄様の言う通り、コロシアム内では準備が完了したのか ゾロゾロと大会参加者が武器を抱えて現れる、予選第1試合 それでこの戦王練武会のレベルそのものが見ることができる、はてさて 如何程の物か…

『それでは!予選第1試合を開始する!』

審判の声が鳴り響く、戦王練武会の記念すべき初試合…皆既に戦いの用意はできているとばかりに武器を構え、そして

『では…はじめぇぇぇぇえ!!!!」

銅鑼が鳴り響き 試合が始まる、予選一つにつき参加者は九十五人 およそ百人近い人間が入り乱れ乱闘する予選

こういった予選に必要となる要素は三つだ

一つ 実力、乱闘に限らずこれは必須だ 、弱ければ乱闘の余波だけでノックアウトするだろう

二つ 知恵、乱闘だ 敵は一人じゃない、どう立ち回り どう戦うか、考えなしで戦えば真っ先に人海に流され打ちのめされる

三つ 運、運だ 運否天賦だ、これが無ければどれだけ強くてもどれだけ賢くても生き残ることはできない、逆にこれさえあれば 案外上の二つがなくてもなんとかなる場面もあったをするくらい重要だ

まだ予選だからな、強い奴も弱い奴も玉石混交の試合だ…百人近い人間の中からただ一人、たった一人 この三つを兼ね備えた者だけが選ばれる…

まず真っ先に退場していくのは冒険者だ、彼らとて弱くはない 日頃から魔獣を相手にする戦いのプロ達だ、だが 場所が悪い…ここはアルクカース、魔獣程度子供でも狩れる

一流と言うべきアルクカースの戦士の前では冒険者など赤子も同然、果敢に立ち向かうが相手にもされず投げ飛ばされ 壁に叩きつけられていく

次に退場するのはアルクカースの戦士の中でも比較的弱いもの、王である俺が言うのは何かもしれないが、戦士の中にも優劣はある…才能 経験 努力…それによってついた差はこう言う大舞台では如実に出る、だからみんな鍛えるんだけれどね

その次は 初っ端から飛ばしすぎた戦士、考えなしに戦い目立ちすぎた戦士、強いには強いが 頭のいい戦い方ではないな、最後はバテにバテて剣を持ち上げることもできなくなり打ち倒された…、これが戦場なら…と考えると彼らはやはり戦士として未熟なのだろう

そして最後に退場するのは、勝者…ただ一人の勝者、勝利の栄誉を掲げながら 傷だらけの戦士を踏み越え凱旋する

『そこまで!、第1試合勝者!ガイランド・シュパーブ!』

「決まったみたいだな」

「はい、確かシュパーブと言えば アルクカースの貴族…でしたよね」

勝ったのは比較的若そうなそれこそ若武者といった様子の青年だだ、ボロボロになりながらも槍を振るい なんとか勝利を収めた

俺も王になってから各地の貴族達について勉強したから分かる、確かガイランド・シュパーブと言えば『剛槍の領主』と名高きバンドルト・シュパーブ様のご子息だったはずだ
真面目な気質で常に何が起こってもいいように槍を磨く父上に似て、真面目そうないい面持ちだ

『この勝利を!我が主!ラグナ大王に捧げる!』

ガイランドは槍を掲げながら俺の方を見て叫ぶ、いや嬉しいには嬉しいけれど そう言うのは優勝してから言ってくれ、嬉しいけれどさ

「好かれてるな、ラグナ」

「あはは、嬉しいものですね…俺みたいな王を主と認めてくれるとは」

「知らないのか?、お前は若手の星なんだ、幼いながらに力で王座を手に入れた次世代の王、ガイランドだけじゃねぇ 今のアルクカースの貴族の子息連中はみんなお前を尊敬してる…らしいぜ?」

そうだったのか、俺も一人で王座を獲得したわけじゃないけれど、俺の姿がみんなの励みになるなら とても嬉しい、と言うか俺も現金な人間だ 好きと言われれば好きになる、とりあえずガイランドに向けて軽く微笑みながら手を振る、するとガイランドは嬉しそうにワナワナ震え満面の笑みで笑うとその場に跪き再び槍を捧げる

頑張れガイランド!応援してるぞ!

『続いて第2試合を開始する!』

なんてやってる間にコロシアムに居た人間は皆撤去され、次の試合が始まる

と言っても、内容は似たようなもんだ、全員でしっちゃかめっちゃかに争い 砂煙が晴れた時には一人だけが立っている、それを繰り返すのだ

第2試合 第3試合 第4試合…恙無く終了していくが、やはり勝つのは貴族だ それも貴族の子息、若手達だ

この国の貴族は皆普通の戦士を上回る力を持つ、当然だ 強く無ければ貴族なんか務まらない、それに若く活力ある子息達が勝つのは当然か…

いや、中には貴族以外の人間が勝つこともあった

『第5試合勝者!テオドーラ・ドレッドノート!』

『よっしゃぁぁあああ!!若ぁぁぁ!見てるぅぅぅ!!??』

テオドーラだ、強い…めちゃくちゃ強い、継承戦でベオセルク兄様に手も足も出なかったことを悔い、あの後めためたにお祖父さんと特訓しまくったらしい、もう正直討滅戦士団に入っていてもおかしくないレベルの実力にまで登っている

まぁ、肝心のベオセルク兄様はそこからさらに強くなり、アルクカース最強の座を手に入れる寸前まで行っているのだが

「あはは、テオドーラ…あんなにはしゃいで…」

「と言うかまずいな、ここまで予選を突破した奴が貴族と国王直属の戦士だけだ、国王主催の大会でこれはまずい、客席からも八百長を疑う声が出てやがる…頼むから根性見せろ在野の戦士 冒険者、下手な噂がたてば次回から参加者がいなくなる」

兄様は何か不安げだ、確かにここまでの5試合はガイランドを含めた貴族の子息と俺直属のテオドーラだけだ、確かに何か裏でイカサマでもしてるんじゃないかってくらい都合のいいメンバーだ

だが仕方ないことだ、だって勝ったやつは強いんだもん 負けたやつが悪いよそれは、うだうだ言うなら勝てばいいのに……ってやば、俺今師範みたいなこと言ってなかったか?、やめよう こういうのは…

『それでは第六試合を開始する…』

すると今度は第六試合が始まる、また同じように貴族の子息が勝つのか それとも国王直属の戦士か?、そんな空気が漂う中 予選は誰も予想だにしない参加者によって覆されることとなる

『そこまで!、第六試合勝者!リュディンガー・カトブレパス!』

勝ったのは一人の男だった、痩せぎすの長身、骸骨のように痩せ細り 枯れ枝のように細い手は無骨な鉄柱を引きずり 垂れた海藻のような前髪の間からギラギラした瞳を覗かせた怪しい男

あれはアルクカース人じゃない、貴族でもない…なんだあいつ…今の試合の内容を見れば分かる、恐ろしく強かった あの細腕のどこにそんな力があるのかと思うほどの怪力と目にも留まらぬ跳躍、我が国の戦士達が容易く蹴散らされるのは些かながら腹ただしかった

「兄様、あいつは…」

「リュディンガー…確か、外からの参加者だ 出身はアガスティヤ帝国、帝国軍の大隊長を務める男だったはずだ」

アガスティヤ帝国か…、アルクカースの頭を抑え世界最強の国と呼ばれる国だ、そこの帝国軍は無双の魔女カノープス様自ら徹底的に鍛え抜いており 世界屈指の精強さを誇るともいう

アルクトゥルス師範が言うには、カノープス様自ら鍛えているだけで弟子という扱いではないらしいが、それでも魔女自ら鍛えているだけありとんでもない強さだ、しかもあれでせいぜい隊長クラスというのだから恐ろしい話だ

『…………ピース』

なんか指二本立てるぞ、え?何?そんなフランクな人なの?、ただ一人Vサインを見せたかと思うとそのまま静々と去っていった…なんなんだあの人

『つ 続いて、第七試合を始める!』

リュディンガーが去った後 再び予選が再開する、まぁ よくわからないやつだったが、初の外様の参加者からの勝者だ、これで少しは嫌な噂の払拭に繋がれば…

そう思っている間に第7試合は終わった、すぐに終わった たった一人が絶大な強さを見せて周りの全てを力尽くでねじ伏せたのだ

『そこまで!、第七試合勝者!六拳王のブルーグローブ!』

『うぉぉおぉぉおおお!、我が六王魔拳に敵はなしィィィィイイイイ!!!』

勝ったのはブルーグローブと言う名の冒険者らしい、ゴリラのように筋骨隆々の体と岩のように大きな体、これまた巨大た拳を振り回してゴスゴスと胸を叩く姿はまさしくゴリラ

「へぇ、三ツ字保有者か…」

「あれ三ツ字冒険者なんですね、通りで強いわけだ」

どうやらあのブルーグローブと言う男、三ツ字…つまり冒険者の中でもトップクラスの実力者ということになる、しかもあんななりして魔術師らしく四ツ字冒険者の冠至拳帝のレッドグローブの弟子だと言う

戦闘スタイルはいたって単純、魔術を拳に乗せて殴り抜く、ただそれだけだ

やっぱり力よ やっぱり拳よ、男はパワーよ筋肉よ ああ言う山みたいな筋肉には憧れるなぁ

『それでは、これより予選最終試合を開始する!』

そして、やっと予選も最後だ…実はこの最後の第八試合には注目株が揃っていることもあり、観客 そして俺の注目度が最も高い試合でもあるんだ

最近頭角を現してきた戦士長バードランド

継承戦での雪辱を晴らす為に参戦した対紛争専門冒険者、チーム三羽烏リーダーの『千手斧』のジャレット

ヴィルヘリア領の領主 アニスン・カルノー氏の息子、貴族子息のダンタリオ・カルノー

皆戦いに慣れた実力者ばかり、俺の見立てじゃこの三人の中の誰かがこの予選を勝ち抜くと見ている、ちょっとバードランドが見劣りするが これは乱戦だ、上手く立ち回れば結果は分からない

「ん?」

ふと、コロシアムに集まった第八試合の予選参加者の中に、一人 異様な影を見る

…それは、ダルダルのローブを羽織った鉄仮面の男だ、その顔は窺い知れず 腰に二本の細剣を差していること以外は何も分からない謎の戦士がコロシアムの端に立っていた

何者だ、あんな奴知らないぞ…参加者なんだろうけど、…驚いたのはその風体ではない

隙がない、ただああして呆然と立っているだけなのに まるで打ち込む隙が見つからない

相当な使い手…いや、下手したら今大会で最も……

『第八試合…はじめぇぇぇぇえ!!!!……え?』

刹那、開始の銅鑼が響いたかと思った瞬間…衝撃が走る、俺に いや 観客席にいる人間全員に…


「なっ…」


それは、本当に 比喩でもなんでも無く、一瞬の出来事であった


終わったのだ、瞬きの間に第八試合が

たった一呼吸の間に、閃光が乱れ飛び 鮮血が乱れ舞い、斬り伏せられた百人近い参加者が、一斉に 血を吹き倒れたのだ


『え…あ…え?、そ そこまで!』

バードランドもジャレットもダンタリオも、有力株と思われた実力者が全員倒され

倒れ伏した参加者達の中、唯一立っていたのは 例の鉄仮面の剣士だった、いつのまにか抜いていた二本の細剣を鞘に納め なんでもないように手をローブの中に引っ込めるのだ

『だ 第八試合勝者者!匿名の鉄仮面!』

強い…強すぎる、今まで参加した者達が霞むほどに強い 

師範の修行を潜り抜けた俺でも剣閃を見るのでやっとなほどの速度、何者だアイツ

態々この戦王練武会に匿名参加だと?、名前を売るつもりがない?なんのために参加してんだ

「あいつ……」

「ん?、兄様 あの鉄仮面が誰か分かるんですか?」

「……いや、別に 匿名で参加してんだ、そこをほじくり回すのは行儀が悪いだろ」

予選が終わり立ち去る鉄仮面を見て目を細めるベオセルク兄様、…いや とは言ったが、この反応は知ってる反応だな、だがそこを隠すと言うことは隠した方がいい相手と言うことか?

分からん…何にもわからん、だが うん…あの鉄仮面の実力は今回の戦王練武会でも抜きん出ているのは明らかだ、テオドーラでさえ敵うか怪しいところがある…

「ふむ…」

コロシアムの掃除がされ、これから本戦の準備に移ると審判が進行役を兼ねて客席に伝える

戦王練武会本戦、七百五十人の参加者の中から選ばれたたったの八人、全員が全員百人規模の乱闘を制した強者だ、しかもただの乱闘じゃない 一流のアルクカース人が集うこの場での勝者だ

はっきり言えば本戦に出場出来ただけでも栄誉なことだろう、そして今その栄誉に優劣をつけようとしている

人は浅ましくも優劣をつけねば気が済まぬ生き物だ、特にアルクカース人はその傾向が強い、白か黒か 良いか悪いか 勝ちか負けか このどちらかに分配されなければ気持ち悪くってしょうがなくなるんだ

だからこそ勝負をする、自分こそが勝者だと 自分こそが強者だと、この場にいる全てに 俺に証明するために


「本戦出場者8名のうち2名が他国出身の選手か、まぁこんなもんだろ…他の国で武闘大会開いても 基本的にアルクカース人の上位独占なんてよくあるしな」

ベオセルク兄様が本戦に出場した人間の名簿を見ながらボヤく、まぁ他国の選手からも本戦出場者が出れば 今後の戦王練武会も賑やかなものになるだろう、折角世界最強決定戦と題打って開会してるんだ、これからも他国の選手には参加してもらいたいしね

しかし、本戦出場者の内2名が他国、これは帝国の大隊長リュディンガーと三ツ字冒険者ブルーグローブのことだろうな、とすると鉄仮面はアルクカース人?いや単純に分からないからカウントしてないだけかな、考えすぎか

「ふぅ…」

本戦の準備が着々と進められる中、息を吐きながら展覧席の玉座に寄りかかる、しかし 退屈だ…いや 主催者の俺がこの大会を退屈なんて口が裂けても言っちゃいけないんだけどさ

こう…周りが戦ってる中俺だけ傍観とは、血が滾ってしょうがない、俺も戦いたい…俺だってアルクカース人だ、戦いを前に踊る血肉を抑えることなど出来ようはずもない

体が火照る…ああ、戦いてぇ

「戦いたくてうずうずしてるようですな、若」

「んあ?サイラス?」

ふと後ろを振り返れば、ベオセルク兄様同様書類を抱えたサイラスが現れる、彼は現場で直接指揮を執って大会運営しているはずだったような…なんでこんなところにいるんだ?

「どうしたんだサイラス、君は現場指揮担当だろう?」

「ええまぁ、とはいえ予選も終わりかなり余裕が出来ましたので今のうちに少し伺いたいことが」

「なんだい?」

「魔女アルクトゥルス様の行方を知りませんか?」

む、師範の行方か、そう言えばこの戦王練武会に顔を出してないな、こう言うのものすごい好きそうなのに、朝から霧のように消えたっきり 姿を見せていない、俺もあまりの忙しさに気にしなかったが、どこ行ったんだ?

「いや、知らないな あの人が勝手に消えるのは今に始まったことじゃないだろ?」

「そうなのですが、いえ…先程参加者の控え室でアルクトゥルス様の声を聞いたと言う話を聞きましてな?、まさか今回の大会に魔女様が関与しているのか と…問い合わせがあったのです」

「なっ!?」

参加者の待合室から!?それはまずい 非常にまずい

こういう大会を運営する上で最も気にしなければならないことは『公平であること』、アルクカース人だからと贔屓しないよう 態々審判を他国から雇うくらいには気を使っているのに、魔女が大会の参加者に手を貸したりしたら公平もクソもない

いやまさか参加してないよな…いや参加してたら流石に分かる、あの人が予選で負けるはずがない だが予選突破者の中にそんな人間はいなかった

まさかあの鉄仮面?、いや流石に仮面をしてても師範の姿くらいわかる、ローブをしててもあの馬鹿みたいにデカい図体は隠せないし、何よりあの鉄仮面は男だ 体つきでそのくらい分かる

じゃあなんだ…なぜ師範が参加者に関わってるんだ…

「すまないサイラス、大会運営委員を少し割いて 会場内に師範がいないか探してくれ、出来れば内密に…あの人が参加者に関わってると知られたらまずい」

「そのつもりでもう探し始めております、が…そうですか 若も知らないとなると、はてさて何を企んでいるやら」

「ロクでもねぇことだろ」

ベオセルク兄様 そんなこと言わないの、でもまぁ…大会運営委員を割いた程度じゃ見つからないだろうな、あの人がもし本気で隠れて行動してるなら このコロシアムひっくり返しても見つからないはずだ

はぁ、余計なことしないでくださいよ師範……

『それではこれより、戦王練武会本戦を開始する!』

「ん、本戦が始まるみたいだぜ、主催者として 試合を観戦するのも仕事だ、気張れよ ラグナ」

「あ、はい 兄様」

「では我輩はこれにて…」

立ち去るサイラス、居直すベオセルク兄様、そして腕を組み 出来る限り威厳を醸し出す俺

戦王練武会本戦、若干不穏な空気を醸し出しながらも それは恙無く始まっていくのであった

…………………………………………

本戦 選りすぐりのエリートだけが勝ち上がることを許された、まさしく最強決定戦とも言えるトーナメント、一戦一戦が熾烈を極めた、極技が飛び交い 絶技がぶつかり合うまさしく死闘

ここまで勝ち上がった人間に弱い者などいない、あるのはただ一つ 自分こそが最強と名乗る気概だけだ

ここまでくると俺も退屈なんて言ってられないくらい、熱中し手に汗握ってしまった

特に奮戦した人間をピックするなら 俺に忠誠を捧げてくれたガイランドか

彼は強い 非常に強い、だが絶大に強いわけじゃあない 一戦一戦が彼にとっては自分と同等かそれ以上の相手との戦いだ、彼はその試合ごとに血を吹き流しながら 時には相手以上にボロボロになりながらも最後には立っていた

倒れふす相手を前に槍を掲げて俺を前に何度も槍を捧げた

が、その快進撃も準決勝で止まることとなる、準決勝の相手は帝国隊長リュディンガーだ

もう一度言うが彼は強い、その強さの根源は気力と根性にあると言ってもいい、だがリュディンガーとの戦力差は気持ちの持ちようだけでは如何ともし難かった

彼は戦った、槍が折れても素手で戦い 組付、打ちのめされても立ち上がり、両足が折れても立ち上がり リュディンガー相手に戦い続けた

だが

結果はリュディンガーの勝ちだ、いや 誰もがこの結果を理解していた 、リュディンガーの方が強いくらい 素人目にもわかった、だからリュディンガーが勝っても誰も驚きはしない

だが、誰もが立ち上がって拍手を送った 俺も手を叩いた、ガイランドの闘いぶりに 、リュディンガーもここまで苦戦するとは思っていなかったのか、ここまでの試合全てを無傷で終わらせてきた彼が 汗で濡れ肩で息をしながらも、ガイランドの奮戦に賞賛の言葉を送ってたのが印象的だ

…ただ一人、ガイランドだけが その賞賛に悔し涙で答えている、一応大会に際してアジメクから治癒魔術師を招いている、後遺症が残ることはあるまい 大会が終わったら、彼を王牙戦士団に招こう そうしよう


もう一人ピックするなら、やはり鉄仮面の戦士だろう

第1試合では なんとテオドーラとぶつかった、テオドーラは変幻自在の動きで敵を翻弄するタイプの戦士だが、鉄仮面の戦士はそれ以上の速度と不規則な動きで逆にテオドーラを翻弄し

最後には首に一撃入れてテオドーラを気絶させたのだ、あのテオドーラがまるで相手にならない 、と言うかこればかりはテオドーラが一回戦で負けるとは誰も予想だにしていなかったため 皆驚愕だ

二回戦は三ツ字冒険者のブルーグローブとぶつかりこれも撃破、ブルーグローブがいくら拳を振るっても 鉄仮面の戦士のローブの端さえ捉えられない、剣撃が乱れ飛び 全身を引き裂かれブルーグローブは地に伏した

ブルーグローブも弱くない、下手すれば非魔女大国くらいなら 一人で制圧できるんじゃないかってくらい強い、単純にブルーグローブの鈍重なパワースタイルと 鉄仮面の機敏なスピードスタイルという戦いの相性が抜群に悪かったという点を除いても 鉄仮面は強かった

準決勝は…それこそ一撃だ、ここまで勝ち上がってきた貴族の子息は試合開始と共にすれ違いざまの一撃で斬り伏せ終わらせた、生半な相手では勝負にさえならない

誰もが確信した、この鉄仮面の戦士こそ 今大会最強の戦士であることを

そして、待望の決勝戦 ここまで無傷の鉄仮面と圧倒的力を見せつけた帝国の大隊長リュディンガー、この試合は凄まじいものになるはずだ

どちらが勝つか…、やはり無傷の鉄仮面が今回もあっけなく終わらせるか、いやいやリュディンガーもまだまだ力を隠し持っているはずだ、喧々囂々と言い合う観客席 正直俺もどっちが勝つか予想も出来ない

楽しみだ、きっとすごい試合になる そう…確信していたのだが


「…様子がおかしいぞ…」

思わず眉間に皺を寄せる、コロシアムにいるのは鉄仮面の戦士ただ一人、リュディンガーがいつまで立っても現れない、おかしいな もう試合開始時刻は遠に過ぎている

「ベオセルク兄様、どうなってるんですか?」

「待て、今報告を待ってる…が…どうやら、選手待合室にリュディンガーの姿がないらしい」

「なっ!?もう決勝戦の開始時刻は過ぎてるんですよ!?待合室にいないなら…」

『え…えー、ここでお知らせが……、決勝戦参加を予定していたリュディンガー・カトブレパス選手ですが、棄権を表明したようです」

「はぁっ!?」

審判から告げられ棄権の知らせ、棄権って…ここまで来ておいて棄権!?ふざけるなよ!、大会の盛り上がりは最高潮なんだぞ!、ここで棄権されたらこの戦王練武会は失敗もいいところだ!

事実 観客席からも残念そうな声がいくつも聞こえてくる、くそ…やってくれたなリュディンガー…ここまでやっておいて、戦王練武会を潰しにきたのか…!

『えっと、棄権の理由は『無用な怪我をしたくないのと、相手が相手だから』だそうで…』

じゃあ参加するなよ!、怪我上等で参加しろよ!

『ですので、戦王練武会決勝戦は匿名の鉄仮面選手の不戦勝、優勝者 鉄仮面選手…に…決まりました…』

思わず玉座に倒れるように座り込み顔を手で覆う、終わりだ…失敗だ 戦王練武会は失敗に終わった

なんだこの決勝戦は なんだこの幕引きは、肩透かしもいいところだ、こんな優勝者決定なんて 名誉もクソもない…、来年からの参加者は減少するだろう、そうなれば先細りだ…いずれ集まる人間も少なくなり やらない方がマシなレベルに落ち込むだろう

俺の国王就任最初の大イベントでの、失態は大きい、今後の治世にも影響すら出るだろう…やられた、まさかこんな可能性 予想だにしなかった、だってそうだろう 決勝戦で棄権なんて…

『あ…えっと、これより ラグナ大王による優勝の褒美が与えられ…ます』

心配の気まずそうな声が聞こえて、慌てて坐り直す ここで俺が不貞腐れた態度を取ればそれこそこの大会の失敗を象徴することになる、ここはあれだ 内容はともあれ、俺は勝利の栄誉を祝わねばなるまい

ピシッと衣を整え 表情を整え、立ち上がり 出来る限り微笑み 威厳を保ちながら

「おめでとう、君の栄誉を称え このラグナ・アルクカースより 出来る限りの褒美と栄誉を与えよう、何が望みか…君の声を聞かせてくれたまえ」

『………………』

立ち上がり両手を広げ 望みを言えと伝えども鉄仮面は答えない、そういうの良いから 答えてよ、やり辛いじゃん…

と思っていると鉄仮面の戦士は細剣の切っ先を俺に向け

『お前に挑戦したい…ラグナ・アルクカース』

挑戦状だ、俺と戦いたいというのだ 鉄仮面の戦士は…、つまりあれか 優勝商品として 俺との勝負を所望ということか

鉄仮面の言葉に、落胆していた観客が驚きと喜びの混じった歓声を上げる…ほほう

「なるほど…なるほどなるほど、ふふふ…あははははは!、そうか!そうかそうか!、良し!それが望みならこのラグナ・アルクカース!、この国を代表してお前と戦おう!」

うざったい飾りを引きちぎり マントを投げ捨て、叫ぶ そうか!俺と戦いたいか!上等!俺も戦いたかった!、ベオセルク兄様も止めない、立ち消えた決勝戦の代わりに盛り上げて来いと言わんばかりに歯を見せ笑う

展覧席からコロシアムに飛び降りれば 観客席から割れんばかりの歓声が鳴り響く、そうだよな そうだよな、こうじゃないとな!

「貴方も不完全燃焼でしょう、俺が無くなった決勝戦の相手の代わり 勤めますよ」

「……ああ、俺としても 君と戦いたかった」

鉄仮面の戦士は珍しく饒舌に語りながら剣を構える、というかこの声 どこかで聞いたことあるような…

『そ それでは!、急遽予定を変更してこれより戦王練武会 特別試合!、匿名の鉄仮面対ラグナ・アルクカース大王による試合を開始します!』

審判が慌てて号令をかける、突如決まった特別試合 俺と鉄仮面の戦士、盛り上がる 大いに盛り上がる、いいぞ ファインプレーだ鉄仮面、もしかし空気読んでくれた?だとしたらありがとう、お陰で結果の是非を問わず戦王練武会は成功だ

あとは彼に花を持たせてもいいが…俺もここまでお預けくらって疼きに疼いているんだ、何よりアルクカース人の王として、簡単に負けを認めるわけにはいかないんだよ、悪いが負けてくれ 鉄仮面!

『はじめぇぇぇぇええええ!!』

銅鑼が鳴り響く、と…同時に鉄仮面の姿がブレる

来る、なんて思考に頼っていては避けられない、視覚も聴覚も頼らない第六感に任せて身を攀じり飛べば

視界に幾重の剣閃が走る、まさしく光芒 まさしく神速、まるで輝く糸が飛んできたかのような連撃に認識を改める、鉄仮面を相手に こちらも温存して勝つことなど不可能だと

「ほう、避けるか」

「いきなりフルスロットルで来るか、それならこちらも 飛ばして行くぞ!」

バックステップ一つ踏めば、斬撃の豪雨を切り抜け後退すると共に態勢を整え息を整える

そういえば、彼女も古式魔術を使う前に こんな風に息を整えていたな

「すぅ……」

拳を握る 走る魔力、魔力とは即ち炎だ 小さな火種を燃え上がらせ大きく滾らせこの身さえ焼き尽くすが如く隆起させる

燃え上がる魔力に晒されるこの身は差し詰め鋼か刃金か、剣を鍛える鍛治の如く 魔力を押し固め、この身を研ぎ澄ます 磨き上げる

「砕拳遮る物は無く、 斬蹴阻む物無し、武を以て天を落とし 武を以て地を戴く、我が四肢よ剛力を宿せ  『十二開神・光来烈拳道』…!」

構える拳 滾る魔力、噴火の如く吹き出る魔力はこの身に力を与える、古式付与魔術 

腕力も速度も人間の範疇を大きく超える絶技、与えられる力の反面 体に凄まじい負荷がかかる諸刃の剣、師範との修行がなければこの体は内側から吹き出る力に耐えきれず吹き飛んでいただろう

というか正直今でも辛いには辛いが、こいつに勝つには手を選んでいられない

「古式付与魔術…魔女の使う技と同じか」

「其れよりかは幾分下回りますがね、…まぁ 今の俺に出せる最大の付与魔術です、王として 不甲斐ない戦いは出来ないんでね、本気で行くぞ…!」

「…ああ、来い ラグナ」

ほんの数秒のやり取り、一言二言交わすだけの会話 …

其れが終わった瞬間、弾ける 足元が 俺と鉄仮面の男の立つ大地が弾け、二人の姿が露と消える…


其れを、言語で表すなら どうすれば良いだろうか、虚空で起こる衝撃 揺れる大地 腹の底まで響くような激震、観客達の中にこの戦いを目視できる存在はどれだけいるだろうか、高速の戦いなんて陳腐な言葉で表すのは些か安っぽいだろうか

「フッ!」

奴が剣を振るう、メチャクチャに振るっているように見えて その瞬きほどの動きに一体どれほどの合理が詰め込まれているのか、まるであの細剣が蛇のようにしなり唸り 、そこから放たれる太刀風は触れるだけで肌がパックリ割れてしまうそうなほどの切れ味だ

が、それを弾く 素手で、腕の先に魔力を集中させ硬化させながら剣撃を払うように防ぐ、当然 向こうが合理で攻めるならこちらも合理で守る

師範は言った、武の真髄とは『守り』にあると、闇雲に殴る奴に限って腹がガラ空きだ めたくそに攻める奴に限って隙だらけだ、守りを極めてこその攻め 守ってこその攻め

防御こそが最大の攻めだ、故に師範との修行の殆どは防御の修行だった、結局 最後に立ってる奴が勝ちなんだ、なら攻撃なんか貰う必要はないと

「ほう、存外に堅実な戦いをするのだな」

「師がいいので」

はっきり言って鉄仮面の攻めは凄まじい、風より速く飛び回りながら四方八方から攻めてくる、テオドーラもレッドグローブもこれに翻弄されて負けた

だが、対応できない速度じゃない、師範に比べればまだ全然遅い あの人は分身しながら物理的に四方から殴りかかってくるし、それに比べればまだ対応出来る

「っ…そこ!」

「ぐっ!?」

奴は強い、だが奴も人間である以上 移動と攻撃の間には如何ともしがたい『間』がある、剣を振るためには振りかぶる必要がある 飛ぶ為には地面を強く蹴る必要がある

その小さな間を見抜き、鉄仮面に向け蹴りを放つ 牽制の一撃だ、当てるつもりはない が…その蹴りでリズムを崩された奴の足が止まる 手が止まる、出来た…隙が!

「穿通拳…!」

蹴りによってリズムを崩され 態勢の崩れた鉄仮面に、更に踏み込み肉薄し捻るように拳を撃ち放つ、師匠直伝の突きだ 

敵を倒すのにド派手な技は要らない、拳の握り方と 打ち方を知っていれば良い…とは師範の言葉だ、ただ殴るだけにも合理がある それを突き詰めれば必殺の一撃となる

「チッ!…」

しかし、それすらも鉄仮面は避ける 流石の速さだ、だが 分かるだろう鉄仮面、今この瞬間攻め手と受け手の立場が逆転したことを!

「疾ッ!!」

拳を振るう、時に横から 時に下から 時に直線、体を小さくまとめ 回転を意識し腰を捻り足を捻り ただ拳の一点に全てを集中させるように連撃を放つ

逃げる避ける躱す、鉄仮面の取れる行動はそれだけだ 防御は出来ない その細い剣でこの拳を受ければ防御ごと貫い吹飛ばされることを理解しているから

だがな、鉄仮面 俺もメチャクチャに攻めてるわけじゃないんだぜ?、師範は確かに俺に守りの極意を教えた、だが 攻めを教えてない訳でもないんだぜ?

「っ…!?」

気がつけ鉄仮面はコロシアムの壁面を背にしていた、逃げ場がないのだ、いや当然だ そのように運ぶように攻めていたのだから

師範は言った『攻めの一手で相手の攻め手を潰せ 攻めの二手で相手の足を潰せ、三手四手で逃げ場を潰し 五手六手で勝ち筋を潰し、七手で勝つ…ことを想定して一手目を打て』と

考えて戦えと 考えて攻めろと、故に考えて攻めた 考えて戦った

鉄仮面が気がつかぬように壁際に追いやり、そのスピードを生かせないように追い詰めたのだ

「やるものだな…」

「だから国王をやってるんですよ、さぁどうします?まさか降参なんて言いませんよね」

拳を握りながら言えば、もちろんと言わんばかりに鉄仮面は笑いながら肩を竦める…なんだろうかこの感覚、やっぱり俺 この人を知ってる…それも一度や二度会った程度じゃない

……ああ、なるほど ベオセルク兄様のあの態度 ようやく分かった、この人が誰か…、なんでここにいるかは分からないが、ようやく

「追い詰めた程度で勝ちを誇るなよ!」

「ええ、…勝つのはこれからだよ!」

鉄仮面が構える、細剣をまるで角のようにこちらに突きつけその神速を使いこちらに突っ込んでくるのだ、剣を使った技で最も殺傷能力が高い技 それこそが突きだ、最もコンパクトに最も素早くかつ無駄なく手早く敵を抹消出来る技

払うよりも突く方が強力なのは武の歴史の中で『正拳』が証明している、剣も同じだ…だからこそ 必殺の一撃としてこの場面で持ってきたのだろう

だが、武の歴史とは進化するもの 突きが強いなら突きに対する防御法も編み出されて然るべき、ましてや武の権化たるあの師範が それを俺に授けない訳がない

突っ込む、こちらもまた 

足を使い 全身の重心ごと前へ突き飛ばし、半身半歩進んだところで拳を突き出す この体に乗る重心 速度 勢力、全てをその一箇所に乗せ…突きを迎え撃つ

「はぁっ!!!」

放たれる剣の突き、それに答えるが如くこちらもまた拳を突く、このまま衝撃すればいくらこの身が付与魔術で強化されているとはいえ 敗北は免れない、故にこそ 

弾く…!

拳でじゃない 腕の動きでだ、拳を捻り込む勢いで剣の軌道を俺から虚空へ滑らせるように弾き逸らす、直線の力とは 存外に逸らされやすい物 、おまけに捻り込んだ拳はより一層の威力を持つ

まさしく攻防一体、攻めて守る 守り攻める、これが師範の 争乱の魔女アルクトゥルスの武だ


「がふぅぁ…」

交錯する影、弾かれた剣と鉄仮面に刻まれた拳跡、膝をつく鉄仮面と尚も立ち続け 敵に背を向けたまま腕を組む王、勝敗を決した 火を見るより明らかである、数瞬遅れて観客がそれを理解する

理解し 噛み締め 震え立ち

『ら ラグナ王の勝利ぃっ!、勝者!ラグナ・アルクカースッッ!!』

轟く歓声、あの無敵の鉄仮面を無傷で打ち倒した王の勇姿を見て、皆興奮し腕を掲げて歓声をあげる、やはり我らの王は強かった やはりラグナ王は強かったと

「勝負ありだ、満足か?鉄仮面?……いや」

首だけを向け、膝をつく鉄仮面に声を投げかける…見れば鉄仮面は俺の拳の一撃でぱっくりと真っ二つに割れ、その素顔が露わになる

見知った…いや、見知ったものより幾分大人びた顔…予想していたその顔立ちを見て、なんだか少し安堵する

「ラクレス兄様?」

「…気がついていたか…」

俺と同じ髪色 大人びた明眸、かつてそのカリスマでこの国で最も王座に近づいた男、俺たち四兄弟の長男、ラクレス・アルクカースの顔が鉄仮面の中から現れる

その顔を知る者は観客席より驚愕し かつて彼を信奉した者は叫び声をあげ狂喜する

「気がついていたって、まぁ 戦ってる最中ですけれどね」

あの細剣を使った神速の戦いは、思えばラクレス兄様と同じものだった、いや 俺の記憶では剣は一本だけだった筈だが…いつのまにか双剣による戦い方に切り替えたのか?

…いや、そこじゃないな

「ラクレス兄様、何故貴方がここにいるのですか?」

「……それは」

ラクレス兄様は以前 継承戦の影に隠れて、この世を戦乱に溢れた永劫の闘争を求め 魔女に反旗を翻したことがあった、故にその罪を問われ 辺境の砦に監禁されていた筈なのだが、…彼が外に出たなんて話は聞いていない、王である俺が聞いていない以上 勝手に抜け出したということになる

勝手に抜け出したとなるならば、悲しいが俺は王として兄を今度こそ罰せねばならない、周りに示しがつかないから

兄を問いただす、ラクレス兄様は些か答え辛そうに言い淀む…さてどうしたものか、兄に向き直った瞬間、再び大地が揺れる その爆声によって

『ソイツについては オレ様から説明してやるよ!ラグナぁっ!』

「むっ、…この声…」

この声は!なんて思う間も無く空から 太陽から 天空から、一つの影が降ってくる、頑丈なコロシアムの床を砕きながら墜落してきたそれは…ああ、あんまりにも聞き慣れた乱暴な声

何者だ!なんて言わずともわかる、この声は…

「アルクトゥルスの師範?」

「おう!、ラグナ!上手く勝ったみたいだな!、流石オレ様の弟子!、付与魔術を使ってもあんなに手間取ったのは些か反省点だが、まぁ良し!合格!」

ヌハハハハハ!と笑う理不尽大魔王 不条理大魔神、この争乱の国を創り 治める絶対存在、八人の魔女の一角、争乱の魔女アルクトゥルス…俺の師範だ

「師範!今までどこに行ってたんですか!」

「どこって、こいつ連れてきてたんだよ」

そう言いながらラクレス兄様の襟をひっ掴み猫でも持ち上げるかのようにヒョイと持つ、こいつを連れてきたって…

「師範が連れてきたんですか!」

「おう、悪いか?オレ様が勝手に連れてきたら」

「でも、ラクレス兄様はその罪を問われて辺境に捕らえられているんですよ!、そんな誰にも話しも通さず承認もなく連れ出すなんて…」

「おう、…悪いか?『オレ様』が勝手に連れてきたら」

…悪くないです、誰も文句は言えません 、結局のところこの国で一番偉いのは国王ではなく彼女だ、この国を創り この国で最も強い彼女を置いて他にいない、彼女が是と言えば是、非と言えば非、そこに法も道徳も理屈も関係ない

「なんで…連れてこようと思ったんですか?」

「ああ?、もう外に出してもいいかなぁって思ったから」

なんて知能指数の低い答えだ、今顔を手で覆っているのは俺だけではあるまい、そんないいかなぁで出せれば苦労しない、俺だってラクレス兄様をいつまでも閉じ込めておきたくはない

だけど国民感情というものがある、ラクレス兄様がやったことを簡単許せば 彼の行いによって割りを食った人間が黙ってないんだ、いくら魔女様が良しと言えど シワ寄せはちゃんとあるんだ

「俺が機を見てなんとか解放しようと動いていたのに、台無しじゃないですか」

「馬鹿野郎ラグナ、道理ってのは蹴飛ばす為にあんだよ、いつかなんとかしようってのは手をつけてないのと同義だ、やるなら今やれ 決めるなら今決めろ、この世に決断できない瞬間ってのはないんだよ」

「屁理屈ですよそれは、決断も行動も 折を見てやるから意味があるんです」

「テメェ、師範に口答えするとはいい度胸だなおい」

「答弁です!」

「詭弁だ!」

言い合う弟子と師、もう観客は置いてけぼりだ、誰もがぽかんと口を開き黙る中、ラクレス兄様は身動ぎし アルクトゥルスの師範の手から逃れると

「ラグナ、…すまなかった 魔女の手とはいえ、君の企画した武闘大会に水を差してしまって」

申し訳なさそうに俺の前に跪くラクレス兄様、やめてくれ兄様…あんなことがあったとはいえ、俺はまだ兄様のことを尊敬してるんだ、そんな卑屈な態度を取らないでくれ

「やめてください兄様」

「いや、君は王で私は罪人だ…、本来ならこのように刃を交えることさえ、許されるべきではないんだ」

「でも…!」

「だが、ここに来たのを全て魔女様のせいにするつもりはない、魔女様が私の前に現れ ラグナが武闘大会を開くと聞いた時、恥知らずにも参加し 我が弟の成長した姿を見てみたいと思ってしまったんだ…」

跪いたまま 首を垂れたままラクレス兄様は弁明する、あの監獄砦の中で 兄様は一人、剣を磨いて腕を磨いていたという、意味はない ただ意味もなく鍛錬を積むことこそが己への罰だと言い、ただ一人腕を磨き続けていたと言う

そんな時だ、いきなり砦の壁を突き破って現れたアルクトゥルス師範が『ラグナが面白い大会開くみたいだから、お前も出ろ』と命令したのは

その甘言に乗り、鉄仮面で顔を隠し…俺の姿を見に来たのだと言う、恐らく待合室からアルクトゥルス師範の声が聞こえたのは、影でこっそりラクレス兄様の正体がバレないよう細工していたのだろう

そして、勝ち進み…最後に 刑罰覚悟で俺に挑んだと……

「すまなかった…、もはや覚悟は出来ている、如何様にも俺を罰するんだ…」

「兄様……」

「おいラグナ!、こいつ連れてきたのは別に罰させる為じゃ…」

「魔女様!、失礼ですが…この件の裁定を下すのは国王たるラグナです、決めるのはラグナ大王です その決断に私は従います…」

…………、ここで 俺がラクレス兄様に死ねと言えば ラクレス兄様は眉一つ動かさずその剣で己の命を絶つだろう、許すと言えば…どんな顔をするだろうか

気がつけば、観客全てが俺の決断を見守っていた、その目はまるで国民の意識をむき出しにしているようで、酷く重圧を感じる

「…………俺が」

目を閉じる、何が正解だ どう決断するのが正解だ、ここでラクレス兄様を殺すメリットとデメリットは何か、生かすデメリットとメリットは何か、その二つを天秤に乗せて どちらに傾く、何がどう転がる…俺は王だ ラグナじゃない ラグナ大王だ、玉座に座った責任として 今の治世を安定させる義務がある

簡単に 国内に混乱をもたらした兄を許すのか?、王とは平等であるべきではないのか?

平等だとするなら、どうする…もしここにいるのが兄ではなく、どことも知れぬ小汚い犯罪者なら、それが抜け出して俺の武闘大会に忍び込んでいたなら

……殺すべきだろう


「…………、…いや」

…いや、いや違うな そうじゃないな、俺は根本から間違えてるんじゃないか?、ここはどこだ 俺は誰だ 、そこを違えるな

「…ベオセルクッ!!」

叫ぶ、腕を組みながら己の護衛を務める男の名を 最たる側近の名を叫べば展覧席で控えていたベオセルク兄様がこちらに飛び込み、我が隣に跪く

「こちらに…」

ベオセルク兄様の手にはマントと装飾…そして王冠、俺の王としての装束が捧げられている、それを受け取り羽織るように着込み 王冠を頭の上に乗せる

「…それで、私の処遇は…」

「ああ、その件についてだが…」

尚も跪くラクレス兄様の前まで歩み寄る、王としての言葉を 王としての意思を伝える為

「まだ、優勝の褒賞を与えていなかったな」

「は?…いや、それは 先程の試合で」

「あんなもの、頼まれなくても俺は闘技場に上がって戦うつもりだった、最初から優勝した者と俺は戦うつもりだった、そうだな ベオセルク」

「……ええ、最初から そのように演目を組んでいました」

まぁ嘘だが、俺に戦うつもりはなかった だが、そう言うことに出来る、俺は王だ 俺がそうだと言えばそうなのだ、ベオセルク兄様も俺の話に合わせてくれた、やはり最高の兄にして最高の側近ですよ 貴方は

「しかし困ったことに、お前の褒賞は俺と戦うことだった…つまり、新たに別の栄誉を与えねばならないが、そこでどうだろうか、その健闘と武勇に免じて 我が王牙戦士団への入団を許可する…という褒賞は」

「なっ!!??」

思わず立ち上がるラクレス兄様、驚愕 と言うよりは…そう言う答えは想定していなかったと言う面だ

そもそもの話だ、何故 許すか許さないの二択でしか答えを探してはならないのだ、答えなど俺が用意する 俺はこの国の王だ

答えを俺が選ぶのではない 俺が発する言葉こそが答えだ、正解を俺が探すのではない 俺の選ぶ道こそが正解なのだ

文句を言う奴がいるなら聞く、甘いというならば言え 身内贔屓と罵るなら罵れ、この国の罪も罰も全て俺が決める

「私は…罪人だぞ、それを誉ある国王直属の部隊になど…」

「勿論、罪人は罪人のままだ、だからこそ 王牙戦士団の団員として務め、罪を償え」

「そんなもの…許されるわけが…」

「さっきの試合で、その真摯さは受け取った 、さっきの戦いで 、その在り方は感じた…国王たる俺が手ずから試したのだ、誰も文句は言わせないし…文句が言いたいなら、言えばいい」

「………っ」

「以上だ!、今日よりラクレスは王牙戦士団として招く!罪を罪と恥じるなら 働きを持って雪げ」

マントを翻し、闘技場を後にする 観客がどんな顔をしているかは分からないが、別に彼のやったことに対してもうそこまでの怒りを抱いている者もいまい、ただ彼が罪人というだけだ…

「ラグナ!」

すると闘技場を後にする俺の背後についてくるのは師範だ、これも貴方の思惑通りか?これで良かったのか?、少なくとも俺は良いと思っている

「ちょっとカッコつけすぎだが、まぁかっこよかったぜ?」

「カッコつけすぎって…」

「国王っぽかったって意味さ」

そういうと師範は俺の背中を叩く、痛い

国王っぽかったか…、国王って 相変わらずよく分からないが、まぁいいか 俺は俺の王道を行こう、甘くとも それが王道だ




それから、戦王練武会は 一応成功という形に落ち着いた、ラクレス兄様と俺の戦いは語り口となり 各地に伝わるだろう、来年はより一層の参加者が望めると思うとはサイラスの言葉だった

その言葉通り、次の年から戦王練武会に参加する人間は多く そして広くなり始めていき、やがて何処かの誰かが言い始めた『世界最強を決める世界最大の武の祭典』という言葉が世界中に広まり 定着していった

…特に、参加者が増える要因になったのは『優勝するとラグナ大王と戦うことが出来る』というものだったという、あの場で咄嗟についた嘘がこんな形で広まってしまった為 俺は次の年から毎年優勝者と戦うことになってしまったが、まぁ これは別にどうでもいいか

戦王練武会は成功、アルクカース人全員が戦をせずとも力を磨くいい理由の一つになったと思う

そして、ラクレス兄様の件だ、あれからとりあえず正式に色々取り決め 彼は王家を追放する…という形に落ち着いた、これからアルクカースを名乗ることを許さない というものだ

ラクレス兄様もそれならと納得してくれた、そして 王家でもなんでも無くなった罪人ラクレスは戦王練武会の名誉から王牙戦士団へ召し抱えられ、その罪を晴らす為 これより俺に仕える事となった

そりゃあさ、最初は罪人が誉ある国王直属戦士団へ入るのはどうなんだという言葉もあったが、その罪を償うために戦うならば良いと俺が言い納得させた

まぁ、殆どの有力な貴族達は寧ろ認める方向が多かった 何せ元々はみんなラクレス派だったしね、文句を言うのは継承戦でラクレス兄様に声をかけられなかった弱小共だ

あと、一番被害を被ったアルブレート大工房のみんなとも話をした、流石にみんな少しは悪感情はあるものの、これから国の為に尽くすなら言うことはないし 何よりラグナ大王の決定ならば支持すると言ってくれた


……全部丸く収まった、かはわからない

だが、俺はまた少し 国王っぽくなれたらしい、…あのラクレス兄様にも勝てたし、どうやら俺は強くなれているらしい…

執務室の机に座る都度思うのは、俺を導いてくれた彼女の姿だ…エリス 今君はどこにいるんだい

次はいつ会えるのか、…またもう一度会う時のために 俺はまだまだ強くなるよ、だから君も無事でいてくれよ、そしてまた……
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