孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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五章 魔女亡き国マレウス

90.其れは最低の姉、或いは最悪の姉

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青い空に流れる白い雲 緑の木々を超えた先にある小さな村、ソレイユ村 田舎と笑う人もいる 僻地と蔑む人もいる、けれどこの村は最高の村だと僕は思う

人の暖かさに満ちていてみんな優しくて、毎日が笑顔に溢れている…そんないい村で、僕は今日 とびきり笑顔ではしゃいでいる、なんでかって?それは特別なことがあったからだ

「エリスさーん!こっちこっちー!」

ぴょんぴょん跳ねながらステュクス…僕は飛び跳ねる、その人の名前を呼びながら、その人は困ったように笑いながら僕の後をついてくる

「張り切ってますね、ステュクス君」

エリスさんだ、若干12歳にして冒険者の中でもトップクラスの三ツ字冒険者の名を持つ凄腕の冒険者、小さい頃から各地を旅をしあのデルセクトやアルクカース アジメクにさえ行った事のある凄い人

僕の憧れの人だ、そんな憧れの人と 僕は今日このソレイユ村を散歩することにしたんだ

エリスさんはまだこの村に来て間もない、なんだかみんなエリスさんの事を避けていて エリスさんもこの村に馴染めていないような気がして放っておけなかったんだ

憧れの人には 出来る限り笑顔でいてほしい、ならこの村のいいところを紹介するのが一番だと思ったんだ、みんなはデートなんて囃し立てるけどね

「でもいいんですか?修行の最中では?」

「いいの、師匠はまだこの時間は寝てるし 何よりこの村そんなに大きくないから、すぐ終わるよ」

「そうですか、ならお言葉に甘えましょうかね」

エリスさんはふふふとクールに笑いながら僕の横に並んでくれる、なんだか嬉しい 憧れの人と一緒ってこともあるけど、それ以上に何かを感じる…もしかして僕本当にこの人に恋してるのかな、うーん 恋がどんな感情か分からないけど…なんかちょっと違う気がするんだよなぁ

「ではご案内しまーす!」

「はい、任せました」

「まずこちらがトノスおじさんのお家になりまーす」 

そう言いながら片手を上げてトノスおじさんの家を紹介する、トノスおじさんは鶏を飼っていてよく卵を分けてくれる、昔はよくお母さんが卵で料理を作ってくれたものだ

「お?ステュクス!、なんだ今日は女連れか?」

すると、家からトノスおじさんが顔を出して僕を囃し立てる、もう みんなそればっかりだ、この村には子供が僕しかいないってのもあってみんな僕が女の人を連れていると異様に喜ぶ

おじさん達から見れば 僕たちは同じ子供かもしれないけれど、僕とエリスさんは結構離れてるんだ、そういう関係じゃない

「もう!、おじさんもそういうこという!」

「ふふふ、ステュクス君にデートを申し込まれてしまいまして」

「エリスさん!?」

「へっへ~!、ステュクスも隅におけねぇなぁ 、なぁあんた ステュクスのことよろしく頼むぜ?」

「はい、お任せを」

まったく エリスさんまで冗談に乗っかって、ふと エリスさんが悪戯に笑いながら僕の方を見る、この人こんな顔もできたんだ…最初にあった時からずっと元気がない様子だったし、僕とこうやって散歩するだけで元気になってくれたなら とても嬉しい

「さ さぁ!、次行きましょう!、次はシャロウおばさんの家でー…」

「いやステュクス君、家を全部紹介して回るつもりですか?、流石にそれでは時間がかかり過ぎるのでは」

「あ…そっか、なら 僕のオススメのところに行くつか連れてくね、まずは…よっと!」

そう言いながら走る、いくら狭い村といっても悠長に歩いていては時間がかかり過ぎる、だからこうやって走って…

…ってしまった、全力で走ったらエリスさんを置いていってしまう!、僕は師匠の修行と毎日の走り込みのおかげで物凄く足が速くなってるんだ エリスさんを置いていっては意味が…

「走っていくんですね、分かりました」

ギョッとした、普通について来てる、というか苦でもなさそうだ…僕に軽く付いてくるなんて、流石三ツ字冒険者…僕なんかのスピードには軽くついてくるんだ

「まずここが、村唯一のスエルトおばさんの八百屋さんでーす!果物がとってもおいしいんだー!」

「村に唯一ある八百屋さんなんですね」

そう言いながら走りながらスエルトおばさんの八百屋さんを通り過ぎる、スエルトおばさんが自分で作った野菜や森で採取した果物を格安で村のみんなに配ってる親切なお店だ、僕もよくおばさんから果物を分けてもらってる

ただ…

「エリスさん、走って…」

「え?…」

「こらーっ!、ステュクスー!、おばさんじゃなくてお姉さんだっていつも言ってるだろ~!」

ドタドタと八百屋の中からスエルトおば…おねえさんが飛び出してくる、優しくていい人なんだけど おばさんと言われると物凄く怒るんだ、でもみんな彼女をおばさんと呼ぶ 少なくとも僕がもっと子供の頃からおばさんと呼ばれてるらしい、曰くもうすぐおばあさんに変わるらしい

「来た!捕まったらお説教されるよ!」

「あはは、なら最初から素直におねえさんって呼べばいいのに」

「僕にとってお姉さんは一人だけなのー!」

そう言いながら走る、スエルトおばさんは怒りはするものの追いかけてこない、…姉さんは僕にとってお姉ちゃんただ一人だ、その呼び方は大切にしたい

ただ、そんな一連のやりとりを見てエリスさんは楽しそうに笑い 微笑む、この人が笑うと僕も嬉しいな…
 
「次は村長さんの家でーす、いつも裏庭で体操してて その動きがとっても変で面白いんだー!」

「見てみたい気もしますが、村長さんを笑い者には出来ませんね」

「次はギルドでーす!、といっても昔酒場だったところをそのまま使ってるからほぼ酒場でーす!」

「居抜き物件ですね」

村長さんの家を通り過ぎ ギルドの前に差し掛かる、するとギルドの中から人が出て来て 騒がしい声が聞こえて来て…

「なぁ~カリーダぁ~、酒くれよ~!」

「もう!、毎日あなたが飲んじゃうからもうありません!」

ギルドの中から受付のお姉さんのカリーダさんと情けなくカリーダさんにすがりつくセグロさんが出てくる、セグロさん 暇に明かしてお酒ばっかり飲んでるから 昼間なのにもうベロベロだ

「お!ステュクス!と…エリスさん!おはよう!」

「もう昼ですよセグロさん」

「2人からも言ってくれよぉ、カリーダが酒くれないんだよぉ」

僕とエリスさんを見るなり千鳥足で寄ってくる、お酒くさいなぁ…

「お酒の飲み過ぎは体に毒ですよ」

「そういうなってエリスさん、毒を食らわば皿までって言うだろ?、だから俺は酒を飲み干す!」

「だから飲み干しちゃったんですってば!」

「カリーダぁ~」

エリスさんとカリーダさんの女性陣からキツイ言葉を言われてもセグロさんはどこ吹く風、ヘラヘラと笑ってヘンテコな踊りを踊ってる

「セグロさんはカリーダさんのことが好きみたいなんだ、それで用もないのにギルドに居座ってるんだって」

「なるほど」

とエリスさんに耳打ちする、世界を渡り歩く冒険者のセグロさんがこの田舎村に居座ってるのも全てカリーダさんの気を引くためだと聞いたことがある、カリーダさんもセグロさんのことを悪くは思ってないけれど セグロさんがあんまりにもダメ人間だからまだ関係は進展していないらしい

「セグロさん、そんなことばかりしてるとカリーダさんに嫌われちゃいますよ」

「なっ!?何を…い いいじゃねぇか別にそんな…」

エリスさんの言葉に酔いが覚めたのかワタワタと慌て始めるセグロさん、酔いは覚めたが顔は真っ赤なままだ

「セグロさん?たまには稽古したらどうですか?」

「くっ、わーったよ…ちくしょう」

トドメにカリーダさんに言われ、セグロさんは渋々とその場を去っていく、その情けない後ろ姿を見て僕とエリスさんは密かにくすくす笑う、セグロさんには悪いけど とっても面白い

「ふふふ、面白い村ですね ここは」

「でしょ?、じゃあ次はとっておきの場所に連れていってあげる!」

そう言いながら気を良くした僕は更に走り、例の場所へ向かう エリスさんに是非会わせたい人がいるんだ、ギルドを抜けて更に 村の外れまで向かうと…

人通りの少なくなったそこに、三人組の影が見える…あれは

「げぇっ!?ステュクス!?」

「ああ!、グラバー!」

髭面の男グラバーと気の弱そうなその手下2人、通称グラバー一味だ 村で悪さを働いては二、三日村の牢屋に入れられてる小悪党、もう出て来たのか…!

「今度は何をしようとしてるんだ!」

「ま まだ何もしてねぇよ!牢屋から出されてとりあえずアジトに帰るところなんだよ!」 

こいつらは村の外れのアジトという小屋に住んでいる、そうか 牢屋から出て来たばかりでまだ何もしてないのか、…まだ何もしてないのに攻撃するのはあれだよな 悪いよな

「ステュクス君、誰ですか?この人たち」

「こいつらはグラバー一味って言う奴らで、村でイタズラや悪さばかりする奴らなんだ」

「ああ、例の金も盗めない肝っ玉の小さい小悪党ですか」

鋭い、あまりに鋭く辛辣な言葉がエリスさんの口から飛び出る、いやまぁその通りなんだけど そこまで言うと流石にグラバー達も可哀想だよエリスさん…

「何をう!、やいテメェ!天下のグラバー様を捕まえて小悪党とは言ってくれるじゃねぇか!」

「よっ!兄貴!言っちゃえ言っちゃえ!」

手下達におだてられ気を良くしたグラバーはエリスさんに向けて胸を張りながら威張りちらす、そっか グラバーはエリスさんが何者か知らないんだ、僕にも勝てない奴らが エリスさんに敵うわけ無いと思うのだが

「そもそもテメェ何者だよ!、村じゃあ見ない顔だが?まさか新入りか?、だったら俺様の気は損ねないこった、なんたって俺は悪党だからな、怨みを買うと怖いぜぇ?」

「グラバー…この人はエリスさん、ついこの間この村にやってきた冒険者の方で、この歳で三ツ字冒険者をやってる凄い人なんだ、つい先日もそこの森の魔獣 全部一人で倒しちゃったんだってさ」

「えぇっ!?み みみ 三ツ字ィッ!?こ こんな小さい奴が!?」

エリスさんの正体を聞くなり目に見えて慌てふためくグラバー、エリスさんが自分より弱いと思って威張ってたのか…

「な なんかの間違いだろ?嘘つきは泥棒の始まりだぜ?ステュクス」

「…嘘かどうか、試してみますか?…エリスも盗賊の相手は慣れてますから、やるなら受けて立ちますよ?」

ポキポキと拳を鳴らしながらズイと前に出る、やる気…そう口にしただけで体からとんでもない威圧が吹き出てくる、ほ 本物だ…本物の威圧だ、師匠がたまに出すやつと同じ…相手にしたらやばい人が出すオーラだ

「ヒィッ!?、ま まぁ今日は日が悪いから見逃してやる感謝しろそれじゃあっ!」

「あ 兄貴ィ~!待ってくれよ~!」

エリスさんの威圧を受けるなりグラバーは鼻水垂らしながらすっ転びながら一目散に逃げていく、情けないが 下手にエリスさんに喧嘩を売ってたらと思うと、ある意味では一安心ではある

「ふふふ、他愛もないですね、あんなの悪党とは呼びませんよ」

「凄いですねエリスさん、仮にもグラバー達は盗賊なのに、怖くないんですね」

「盗賊なら5歳の時から倒してますしね、何よりあれより恐ろしいのと何回も戦いましたよ」

「恐ろしいの?」

「うーん、例えば…牢屋を抜け出した死刑囚とか、人を拷問して痛めつけることが大好きなお嬢様とか国全体を滅ぼそうとして巨大な兵器を作る奴とか、色々ですね」

と とんでもない悪党じゃないか!、グラバー達とは比べものにもならないようなのを相手にしてきたのか、それじゃあ怖くないわ…こんな小さな村で収まってる程度のグラバーと、エリスさんの戦った悪党達とは歴然たる差がある…と言うかエリスさん、一体どんな修羅場をくぐってきたんだ…

「さぁ、邪魔者もいなくなりましたし そのとっておきの場所とやらに連れていってください」

「あ うん!」

グラバー達がいなくなったことで道が開ける、村から外れまで一直線に伸びる道 少し離れた藪とも見れるその向こうに、木漏れ日に彩られる小さな小屋がある

「よっと、なんですかここ?秘密基地?」

「ここはね、僕の師匠の家なんだ!」

ヴォルト師匠の家だ、師匠はいつも昼頃まで寝てるから もうそろそろ起きててもいい頃だと思うんだけどな…

エリスさんとヴェルト師匠を合わせたい、凄い人と凄い人が話すのをみてみたい、そして何よりエリスさんにも僕の修行を見て欲しいんだ、確かにエリスさんは強いかもしれないけれど 僕もやるもんなんだぞってのを見せてやりたいんだ

「ステュクス君の師匠…その腰に差した剣を見るに、剣術の師ですか」

「うん、僕 ちょっと強いんだ、師匠のおかげだけれどね」

「良い師匠なんですね」

「うん、最高の師匠だよ!」

二人で談笑しながら師匠の小屋へ向かう、…ん?おかしいな いつもならもう外に出て素振りしてたり、声がしたら家から出て来たりするものなのに、…それがない 静かだ

「…ステュクス君、人の気配がしないようですが」

「え?、うそ…いないのかな」

そう思い慌てて小屋を開ければ中には誰もいなかった、無人だ…ヴェルト師匠どころかトリンキュローさんもいない、こんなこと初めてだ…いつもなら二人のうちどっちかはこの家にいるのに、何かあったのかな

「…ごめんなさい、師匠今出かけてるみたい」

「そうでしたか、ステュクス君の師匠には些か興味がありましたが、居ないならまた日を改めます、また村を案内してくれるんですよね?」

落ち込む僕にエリスさんが優しげに微笑む、それはまたこうやって散歩に付き合ってくれると言うことだ、嬉しい 誰かと出かけるのは元々好きだ、けどなんだかエリスさんは別な気がする…トリンキュローさんと一緒に出かける時と似ていて、されど全く別のもの…なんなんだろうこの感覚

「うん!、その時は僕の自慢の師匠に会って欲しいんだ!」

「いいですよ、…師匠のことが本当に大好きなんですね」

「えへへ、師匠は僕に戦う力をくれた…お姉ちゃんを助ける為の力を、だからこれ以上ないくらい尊敬しているんだ、…きっと師匠についていけば 僕はお姉ちゃんをアジメクから救い出せるくらい 強くなれるはずだから」

拳を握りしめる、そうだ 僕の根底にある願い…強くなるのも冒険者になるのも全てお姉ちゃんの為だ、その願いを叶える為の全てを ヴェルト師匠は与えてくれた…憧れるなって方が無理な話だ、あの人みたいに強くて優しい男になりたいな って…思えるくらいにはあの人を尊敬している

「そうでしたか、さぞ…立派な方なのでしょうね」

「うん、とても…じゃあ最後は僕の家に案内するね?」

僕の家へ そういうとエリスさんは驚いたよう目を見開く、この村の自慢できるところ全部紹介するつもりなんだ、だったら僕の自慢の家族も紹介しないといけないからね

「いいんですか?」

「いいんですよ!、せっかくここまで案内したんだもん、最後くらい僕の家でおもてなししたいなって」

「そんな…いえ、ありがとうございます それじゃあおもてなしされます」

エリスさんは困ったように 嬉しそうに 色々なものが篭った顔で笑う、やった!憧れの人を家に招く!、それだけじゃない 始めて同じくらいの人を家に呼ぶんだ、なんだかワクワクするな、今の時間ならお父さんも仕事がひと段落してるだろうし、家族みんなでエリスさんを出迎えよう

「じゃあ行こう!、僕の家も村の離れにあるんだ!、こっちこっち!」

「分かりました」

そうと決まれば善は急げ、師匠の小屋から飛び出して茂みをかき分け進んでいく、僕の家も師匠と同じで村からちょっと離れたところにある、なら村を経由せず一気にこの茂みを抜ければ近道になる!

僕も愛用している茂みの近道をエリスさんを連れぐんぐん進む、エリスさんも流石の手際で 慣れた手つきで草木を避けながら僕にぴったりついてきて離れる様子もない、普通こんな道通らされたら文句の一つでもいいそうだけれど 彼女は楽しそうに僕の後をついて来てくれる

それをみて僕もまた楽しくなって…

「よいしょ!見えたよ!あそこが僕の家なんだ!」

茂みを振り払い 抜け出すと、僕の家が目の前に見えてくる、畑の脇に立った小さな木の小屋 あそこが僕とお父さん そしてお母さんの家だ、あそこにエリスさんを招ける…なんだか言い知れない喜びが湧き出てくるなぁ

「あそこが…良い家ですね、エリスと師匠の家を思い出します」

どうやらエリスさんも昔似たような家に住んでいたようだ、だとするなら尚のこと招くのが楽しみというもの、エリスさんの手を取り畑道を通り抜け 僕の家へ真っ直ぐ進む

「おとーさーん!、おとーさーん!」

「んん?どうしたステュクス 今日はやけに元気だな」

お父さんの名を呼べば 家の中で休んでいたホレスお父さんが扉を開けて顔を出す、まずはエリスさんお父さんを紹介しないとな

「エリスさん!この人が僕のお父さん…ホレス父さんだよ!」

「あれがステュクス君のお父さん…挨拶しないといけませんね」

扉から顔を出したお父さんを指差せばエリスさんは行儀よく前へ一歩踏み出す、いや その前に僕が紹介しないと、多分エリスさんとお父さんは会うのは初めてだ、一応 すごい冒険者にあったんだよ!って、話はしたことあるけどさ

「お父さん、この人が僕が昨日言ってた凄腕の冒険者のエリスさんだよ、ねぇ 家に入ってもらってもいいかな」

「ん?ああ昨日言ってた…その子が凄腕の冒険者か、本当に若いんだな」

「はい、エリスと言います よろしくお願いします、ホレスさん」

そう言って一歩踏み出し一礼するエリスさん、お父さんはそのエリスさん所作を見て感心したように声を漏らし、…ついでにその顔を見て…

「ッ…!?あ…な…き 君は…!?」

「……?」

エリスさんの顔を見た瞬間 目を見開き目に見えて動揺する、どうしたんだろう 知り合いなのかな、そう思いエリスさんの顔を見てみるとエリスさんの方も訝しげに首を傾げている、どうしたんだろう

「どうしたの?お父さん」

「い…いや、いや なんでもない…そうだよな、そんなわけないよな」

「すみません、エリス…お邪魔でしたか?」

「いやいや、そんなことはないよ せっかくのステュクスの友人だ、この小さな村ではステュクスに親切にしてくれても友人になってくれる人はいないからね、狭い家だけどゆっくりしていってくれ」

そう言いながら扉を開けるお父さんの顔は、あからさまに動揺している 冷や汗を流しながら、エリスさんの顔を凝視している、なんだろう エリスさんの顔があんまりにも綺麗だから見惚れてる…って感じじゃないな

しかし、エリスさんはもうそんなこと気にしないのか、徐に開かれた扉をくぐって家に入る

「それでは、お邪魔します」

「お邪魔なんかじゃないよ!、あ!朝もらった果物があるから それ出すね!」   

「あ…ああ、エリスさん 自分の家だと思って…寛いでくれ」

台所から新鮮で瑞々しい野菜と果物を皿に乗せ持ってくる、すると…部屋のど真ん中で不思議そうに部屋の中を見回すエリスさんが目に入る、エリスさんも誰かの家に招かれることがあまりなかったようで 新鮮な想いを感じているのだろう

だが、僕が気になったのはそこじゃない…部屋を歩く その姿が

(お母さんそっくりだ)

死んじゃったお母さん、ハーメアにエリスさんがそっくりなんだ いや髪の色や目の色が同じだからそう見えるだけなのかもしれないけどさ

「案外しっかりした作りですね、見た目以上に中も広い作りになってますし ここにステュクス君と両親の三人で暮らしてるんですね」

「いや…今は…」

今は二人だ、母さんが死んだから二人だ…だがお父さんも僕もいい淀み、何故事実を伝えられない、いやまぁお客さんにそんなくらい話しするわけにもいかないからね…うん

「ま まぁ、立ち話もなんだ 座ってくれ、コーヒーでも入れよう」

そう言ってお父さんはテーブルへとエリスさんを誘う 、テーブルには椅子が三つ、僕の小さい椅子と母さんの中くらいの椅子とお父さんの大きな椅子、エリスさんは何を言われるでもなく中くらいの…お母さんが座っていた椅子へと座る

「すみません、いきなり押しかけてコーヒーまで頂いてしまって」

「いや…いいよ、あまり裕福な家ではないからね、このくらいのものしか…あ ミルクと砂糖は」

「いりません、ブラックでお願いします」

「そうか…」

母さんはミルクとお砂糖ドバドバ入れて飲んでたのに、そこは違うんだな…いや当たり前だ、目の前にいるのはエリスさんだぞ!お母さんじゃない、たまたま似てるからって混同するのは良くない…

なんだか釈然としない心持ちの中、僕はいつも通りの椅子に座り…そうこうしてる間にもお父さんはコーヒーを手早く淹れて、僕とエリスさんの前に差し出してくる、僕はミルク 真っ白なミルク、エリスさんはコーヒー 真っ黒なコーヒー…苦そう、そう 苦そうなコーヒーをエリスさんは口元まで運ぶと

「ん~…苦ぁ~」

苦いんだ、舌をピリピリさせながらエリスさんは苦そうに顔を皺くちゃにする、なんでブラックにしたんだろう

「どうする?今からミルク入れるかい?」

「いえ、いいです…この苦さが好きなので、と言っても飲めるようになったのは最近ですけどね」

「そうか………………」

沈黙が広がる、…とても僕が想像していた楽しい光景とは真逆の重苦しい空気、なんでだ 何でこうなった、お父さんはエリスさんの顔をチラチラ見ながら唇を震わせている、それを見て僕もなんだか怖くなる、そしてそんな二人を無視してエリスさんは変わらずコーヒーを啜っている

「…ずずっ…美味しいですね」

「ああ…」

「ステュクスのお父さん、エリスのことを警戒されているのですか?、それなら心配には及びませんよ、エリスは何があってもステュクス君を傷つけませんので」

いや 気付いていたのだ、お父さんの顔を見て警戒されていると感じたエリスさんはなるべく刺激しないように、ゆっくり 優しげに言うと僕を見つめて微笑む、傷つけるつもりはないと言ってくれる

当たり前だ、僕だってエリスさんのことを信じてるからここに連れてきたんだ 傷つけられるなんて微塵も思ってない

「…いや、警戒していたわけじゃないんだ 、だけど 不快な思いをさせてしまったなら、謝ろう…すまなかった」

エリスさんの指摘を受けはたと自分の顔色に気がついたのかお父さんはエリスさんに向けて申し訳なさそうに頭を下げる

警戒していたわけじゃない…と言っても 今のお父さんはなんか変だ、いつもみんなに優しくて 誰とでも打ち解けるお父さんが、こんな…

「なら、何故そうもエリスの顔ばかり見ているのか 教えてもらえますか?」

「ぅ…いや、その…」

しかしエリスさんの目は和らがない、今度は何かを警戒するようにお父さんの事を鋭い目で見つめ続ける、その目を受けてお父さんは更に言い淀む それじゃあ何も誤魔化せてないよ、何かありますって白状しているようなものだ

「君が…妻にあんまりにも似ていたから…つい」

「はぁ?、…いや そうですか 奥さんに、なるほど そう言う感じでしたか、奥さんに似ているからってあんまり他の女性ばかり見つめるのは良くありませんよ」

なんだ とエリスさんは小さく呟くと再び穏やかにコーヒーを飲み始める、やっぱりお父さんも感じてたんだ、エリスさんにお母さんの面影を…確かにそっくりだもん、見れば見るほどエリスさんはお母さんに似ている だからお父さんも動揺してしまったんだろう

お父さんは今でもお母さんのことを愛しているから

「ははは、すまない…」

「ならお詫びに、聞かせてくださいよ 奥さんのことを、話の物種として」

「妻のことを……か、分かった あまり面白い話でもないけれど、話そうか…ステュクス にもあまり話したことはなかったな、お母さんのことを」

エリスさんに話を振られて、お父さんは椅子にどっしり座り 手を組み目を閉じながら、ゆっくり話し始める

そうだ、僕はお母さんのこともお父さんのこともよく知らない、お母さんが昔奴隷でお父さんが昔冒険者だったことしか

「妻と出会ったのは、今から七年前…当時まだ冒険者として活動していた私は ある雨の日、妻と出会った…妻は元々奴隷でね とある貴族に買われたものの、それはもう凄惨な目にあわされていたらしい、その貴族の元から逃げ出し猛雨の中裸足で走り 必死に私に助けを請う彼女を見て 私は彼女を助けようと決意したのが、妻との出会いさ」

「随分ドラマチックな出会いですね、エリスも奴隷の辛さは分かるつもりです…そこをホレスさんが助けたんですね」

「ああ、妻はきっと貴族が追ってくるかもしれないから出来る限り遠くへ逃げたいと言った 見つからないくらい遠くへと、…そこで私はこのマレウスを目指すことに決めた、ここならその貴族の手は届かないと確信できたからね」

「…………マレウスに、確かホレスさん達は元々マレウスの人間ではなかったのです…よね」

それがお父さんとお母さんの出会いか、いや お父さんが冒険者をやっていたのもお母さんが元々奴隷だったのも知ってるけど、こうやってしっかりした形で聞くのは初めてだ

あまりの内容にエリスさんも顔を歪め…いや違う、何か 変な顔だ…眉間に眉を寄せて何かを考えるように…

「マレウスまでの旅は過酷だったが その過酷さは私と彼女の愛を燃え上がらせた、そんな過酷な旅の中生まれたのがステュクスだ、この子は私と彼女の愛の結晶だ…彼女はステュクス を守るために必死に進み、私も妻と息子を守る為に必死に戦い、そしてマレウスに辿り着き……」

「待ってください」

エリスさんが話を止める、それ以上話すなと言わんばかりの強い語気に思わず肩が竦む、…あの優しげなエリスさんの面影がない、明確な怒りに近い物が体から立ち込めている

どうしたのエリスさん…怖いよ、そんな顔やめてよ…

「え …エリスさん?」

「ホレスさん、いくつか質問いいですか?」

「…ああ」

エリスさんは静かに重い声色でお父さんを睨みながら、質問をする

「二人が出会ったのは七年前ですね?」

「七年前の雨の日だ…」

「じゃあ、二人が出会った国は、もしかしてステュクスのよく言っているアジメクですか?」

「…その通りだ、彼女はアジメクの貴族に買われ奴隷になっていた」

その情報を聞く都度エリスさんの顔が怖くなる、もう憧れの優しいエリスさんではない、まるで復讐に燃える鬼のような 体の内側からドス黒い物が溢れている

ダメだ、もうやめよう この話やめよう もしこのままお父さんとエリスさんが会話を続ければ…取り返しがつかないことになる気がする

そんな僕の予感も虚しく エリスさんは質問を、いや 最後の問いを投げかける

「…その奥さんの ステュクスの 貴方の姓は…なんですか」

「…ディスパテルだ」

刹那 エリスさんが椅子を跳ね上げ立ち上がる、ディスパテル 僕達ほど姓を聞いた瞬間 何かに弾かれるように立ち上がる、その顔は怒気と、それ以上の驚愕で彩られている

「…ディスパテル…ディスパテル!、貴方達が……!ここが!」

「やはり、…君だったんだな」

音が軋むほどに歯を噛み締め、牙をむき出しにして怒るエリスさん、その怒りを見てお父さんは得心いったように目を伏せるが、僕にはなんのことかわからない なんでエリスさんが僕たちに対して怒ってるのか、話がどういう方向に進んだのか まるで理解できない

あんなに優しかったエリスさんを僕たちは怒らせてしまったのか?だとしても怒らせる理由に見当がつかない

「え エリスさん、どうしたの そんなに怒って…」

「どうしたもこうしたも…ハーメアは!、ハーメア・ディスパテルはどこにいる!教えろ!」

「エリスさん!!」

突如 怒号を上げたエリスさんがお父さんに飛びかかり、押し倒しながらその胸ぐらを掴みあげ叫ぶ、お母さんの名前を …いや おかしい エリスさんはお母さんの名前を知らないはず、何より あんな激怒して怒るほどの関係もない…いや…まさか

「やはり…やはり、君だったんだな…ハーメアがアジメクに残して来たという 娘…ステュクスの姉は…!」

お父さんがエリスさんに締め上げられながら口にする、…今 なんて言った?

エリスさんが…お母さんがアジメクに残した子?


僕の…姉?

それってつまり…僕が必死に助けようとしていたお姉ちゃんの正体が…エリスさん、ってこと…

『お姉ちゃんは悪い貴族に捕まってるからこんなところにいるはずがない』

『そもそもアジメクからここまで距離がある、それがなんでここにいる』

『というか よしんばここまで辿り着けたとしても、それがたまたまここに立ち寄ってたまたま僕と仲良くなって …そんな偶然あるわけない』

否定する言葉は湧いてくるが、何故か受け入れられない 

だって僕が必死になって助けようとしていたお姉ちゃんが、今 怒りの形相でお父さんを押し倒し怒鳴り声をあげるわけがないもん、僕たちは家族なのだから そんなことするはずが無い

するはずが無い あるはずが無い ある得るはずが無い、そう心の中でいくら唱えても現実は変わらない、エリスさんはその言葉を受けて 浅く笑うと

「その…通りですよ、あの日ハーメアに捨てられ 裏切られ、あの地獄に置き去りにされた子が エリスです…、ハーメアの脱出に利用されるだけ利用されて!ゴミのように捨てられた子がエリスなんですよ!」

「ぅぐっ!?」

お父さんを地面に叩きつけ、エリスさんは叫ぶ 自分は捨てられた子だと裏切られた子だと、あの地獄にハーメアに置き去りにされたんだと…

「はは…あははは、ハーメアに恨み言の一つでもいってやろうかと思って探し出してみれば、これですか…、ハルジオンの影に怯えて 小さな村の中で怯えて縮こまって生きていると思えば 多少は溜飲も下がりましたが、まさか再婚して 子供まで作ってたなんて…」

エリスさんは力なく笑う 馬鹿馬鹿しいと、全部馬鹿馬鹿しいと 狂ったように笑い、泣きながら笑う

「さぞ幸せだったでしょうね…」

「え?…」

「エリスを捨てて 自分だけ幸せになって…夫作って 子供作って、村のみんなに親切にされて 受け入れられて…さぞ幸せだっだでしょうね!、エリスという汚点を切り離し!なかったことにして!目も向けず!、道端に捨てられた糞のように土をかけて視界から消し去って幸せな家庭を築いていた…?、ふざけるな!ふざけんな!」

怒りに任せ机を投げ飛ばし椅子を投げ飛ばし 箪笥を壊し窓を割る、怒りを 堪えられない怒りをぶつける、それほどまでにお母さんを恨んでいたんだ…捨てられたと…

でも、違うんだ お母さんは何もエリスさんのことを…お姉ちゃんの事をなかったことにしてたわけじゃ無い、むしろ悔いていた 助けられなかったことを、死ぬ寸前まで

「ち ちがうか!違うんだよ!エリスさん…お姉ちゃん!ハーメアお母さんはお姉ちゃんのことを」

「触るな!」

暴れるお姉ちゃんを抑えようと近づいた瞬間 手を叩かれ弾かれる、その目は さっきまで向けられていた優しげな目では無い、明確な敵意が 僕に向けられている、怨みの対象はお母さんだけじゃなくて…

「ステュクス…貴方にエリスの気持ちが分かりますか?、二人の愛の結晶として生まれ 愛され可愛がられ育った貴方に、穢らわしい欲の副産物として産み落とされ!誰からも愛されず親からも捨てられ傷つけられたエリスの気持ちが!」

僕たちも 恨んでいるんだ、ハーメアお母さんの愛したホレスお父さんも、二人に可愛がられ育てられたか僕たちのことも恨んでいるんだ…

「で でも!ハーメアお母さんはお姉ちゃんを助けられなかったことを悔やんでいたんだ!、決してなかったことになんかしていない!」

「助けられなかったことを悔やんでいた?…そんなもの後からなんとでも言えます、事実としてエリスは捨てられたんです、あの地獄に…エリスの存在を利用して ハーメアが捨てた事実は変わりません!」

「でも!」

「聞きたく無いと言っているのが分かりませんか!、ハーメアに愛された貴方には 決してエリスを理解できるわけがないんです!」

お姉ちゃんの眼光に思わず足が竦み 何も言い返せなくなる、恐ろしい…恐ろしい…!、この人はその気になれば僕のこともお父さんのことも殺せるんだ!

「いいからハーメアを出しなさい、今のエリスは冷静に物事を処理できる状態にありません、隠し立てするなら 村に火でも放つかもしれませんよ…!」

「お姉ちゃ…!?何言って…!?」

「もういない!」

「はぁ!?」

お父さんが叫ぶ 、冷静さを失い 村を焼くとまで言いだすお姉ちゃんに向けて、立ち上がりながら…答える

「ハーメアは死んだ、二年前 流行病で…死んだ」

「死ん…だ?、ハーメアが…二年前に…?」

死んだ…そうだ、今でも覚えている 二年前流行り病にかかり ロクな医者も治癒術師のいないこの村で、お母さんは死んだ…その事実を聞かされお姉ちゃんは

「…そんな……」

力なく、その場にへたり込む、行き場のない怒りを 行き先を見失った恨みを燻らせながら、ただ静かに お姉ちゃんは…エリスさんは、倒れるように…その場に沈んだ


…………………………………………………………

ソレイユ村で出会った少年 ステュクス 君はいい子だった、落ち込んでいるエリスを励まそうと色んなところにエリスを連れて行ってくれた

楽しかった、ハーメアの事も師匠との気まずさも忘れエリスは笑った、ステュクス君の優しさに触れ…この子とも友達になれそうだと予感していた

デティやラグナ メルクリウスさんたちのような、親友と呼べるような間柄に この事ならなれる、そう思っていた

そうだ、思っていた 過去形だ、結果から言おう エリスとステュクス は仲良くなれなかった、なれるわけがなかった

ステュクス…本名をステュクス・ディスパテル、なんて事ない エリスの探して求めていたハーメアの息子、エリスの弟だったんだ この子は…

エリスを捨てて幸せを手に入れたハーメアの子、エリスを置き去りにして手に入れた愛の結晶、ハーメアが愛した子供 それがステュクス だ

許せなかった、何がって 全てだ、エリスをあの屋敷に置いて行って、その先で新たな夫を見つけ 子供を作り家庭を築いて、この村で静かに幸せに暮らしてたんだから、…そもそも父親からも母親からも愛されてすらいなかったエリスには 、ハーメアとホレスと言う親から無上の愛を受けて育ったステュクスが憎くて憎くて仕方がない

幸せになったハーメアも愛されたステュクスも許せない…、もう自分で自分を抑えられないくらいエリスは怒り暴れた、ハーメアの名前を聞いた瞬間 あの屋敷での出来事が濃密にフラッシュバックして自分を制御できなくなった

ハーメアを出せと!一度捨てたエリスが目の前に現れたらアイツはどんな顔するか!、会えて嬉しいと今更くだらない嘘をつくか?あの時はごめんなさいと白々しく謝るか?

それともなかったことにした過去が目の前に現れて悲鳴をあげるか、あるいはもうないものとして扱い無視するか?

もう その反応を見なければ収まりがつかない、そう思っていた矢先告げられたハーメアの死…、二年前病で死んでいたそうだ


馬鹿らしい、特に エリスが……


「ここが、お母さんの墓だよ」

「………………」

ステュクス に案内され 家の裏に回ってみれば、墓があった…その石には確かにハーメアの名が刻まれていて…

「死んだですか…本当に…」

「うん、熱でうなされながら…最後までお姉ちゃんに謝ってたよ」

死ぬ寸前に?エリスにごめんなさいと?…そりゃ あの時と一緒だな、エリスがハーメアに捨てられる一夜前、アイツはエリスに謝っていた…次の日アイツは死んだ、と見せかけて逃げ出しエリスを捨てた

あの時と一緒、だと言うのに今度は本当に死んだのか…

「ハーメア…」

墓石に触れれば、恐ろしく冷たかった…あの朝のかあさまと同じくらい冷たい、…死の温度…エリスの記憶力はそれを明確に記録している、覚えている…あの時の感情も

あの時は悲しかった、もう世界でわたしは一人なんだと悲しんだ…、いや 元々一人だったんだなエリスは、ハーメアにとってエリスは忌むべき記憶の具現化、それを愛するわけがないんだ

そうだ、今浮かぶのは悲しみではない 怒りだ、エリスを裏切り 捨てておいて、本当の子供を作って 幸せに暮らして、エリスの存在全てを無視したハーメアに対する怒りだ

「お母さんは、最後まで僕たち姉弟が仲良く暮らすことを願っていた…ねぇ、お姉ちゃん お母さんが許せないのはわかるよ、僕のことが気に入らないのはわかるよ、でも…でもさ 僕達は家族なんだよ…?」

ステュクス がエリスの肩を掴む、家族だと…エリスとステュクスが?ハーメアとそれが愛した男がエリスの家族?…

「ねぇ、今からでもやり直せないかな…お姉ちゃんが辛い思いをした分 僕がお姉ちゃんを幸せにするから!、流した涙の分 笑わせるから!、だから!」

「ふざけないでください、エリスとハーメアはもう親子じゃありません、貴方とも 家族でもなければ姉弟でもありません」

ステュクス の手を掴みどかす、ふざけるな 今更家族ツラするな、わたしはあの時 あの崖の崩落で死んだんだ、今ここにいるのはエリスだ…魔女の弟子エリス、エリスの母はハーメアじゃない 魔女レグルスだ

「だから!それでも僕達は…!」

「貴方とは分かり合えないんです、…いえ 貴方にだけは理解されたくない!、エリスの孤独も理解できないお前なんかに!」

「ぁぐっ!?」

ステュクスを振り払い 投げ飛ばす、そして墓石に向き直り…

「ハーメア!死ぬなら!あの時の朝!死んでおけよ!、エリスを捨てたりなんかせずに!、あの時エリスがどれだけ泣いたか!あの時エリスがどれだけ傷つけられたか!それを考えもせず詫びるな!勝手に死ぬな!逃げるな!エリスから!逃げるなよ!」

蹴り飛ばす 墓石を、ハーメアを蹴る …怒りで頭がどうにかなりそうな程に荒れ狂う、こんなに憎いのに こんなに恨んでるのに、傷つけても罵声を浴びせても虚しいだけだ

なんでエリスはこんなことしてるんだろう、ハーメアが憎い…憎くてしょうがないのに、死んだと聞かされた瞬間から頭の端をちらつくかあさまとの思い出

可愛がってくれた記憶 ハルジオンから守りながら育ててくれた記憶 一緒に寝た記憶…それは全部ハルジオンの同情を買う為の演技だったことは分かってる、分かってるのに なんで…なんで今になってこんなこと思い出すんだ、このくらいのこと…忘れてくれよ!

「もうエリスの記憶から消えて!もう頭の中に現れないで!ハーメア!」

力を込めて足を振り上げる、こんな忌まわしい記憶ごと、ハーメアを消し去るために 墓石さえも蹴り砕かんと渾身の力を振るい…

「や…やめろぉぉぉっっっ!!!!!」

跳ね飛ばされた、エリスが 誰にだ ステュクスにだ
 
怒りの表情で息を荒く、エリスにタックルをして吹き飛ばしたんだ、痛みはないが 蹴りを放つ姿勢だったため…体勢が不安定だったせいで…、こんな子供にまで吹き飛ばされた

「やめろよ!お母さんはお姉ちゃんのお母さんなんだぞ!、それを!そのお墓に!なんでそんな酷いことが出来るんだ!」

「エリスは彼女にそれ以上のことをされたからですよ、この命と存在を捨て石のように扱われる気持ちが貴方に分かりますか?、地獄のような世界の中で唯一の味方だと思っていた母親に愛されていなかった気持ちが貴方に分かりますか」

「お母さんはお姉ちゃんを最期まで愛していたんだよ!、捨石にするつもりも 見捨てるつもりもなかったんだ!」

「心の中でならなんとでも思えます、胸の内の謝罪一つで許されるわけがないでしょう…最初からエリスを愛していたのなら なんで連れて行ってくれなかったんですか、ハーメアは」

「それは…分からないけれど、それでも血の繋がりが消えるわけじゃない、僕達は家族なんだ…」

そればかりだ 本当は愛していた 謝っていた、家族だから 母親だから 姉弟だから、うんざりだ そんなお為ごかしを聞かされても腹が立つだけだ…、そもそもの話だが エリスはもうこいつらの家族であるつもりはない

「ステュクス、いい事を教えてあげます…貴方の探していたお姉さんは七年前、死んだんです ハーメアを追って飛び出した悪い貴族の乗った馬車は 七年前の大雨に巻き込まれ崖の崩落死にました、その馬車に一緒に乗り合わせていた ハーメアの子供も一緒にね」

「な…何を言ってるの?お姉ちゃん」

「崖の崩落からエリスを助けてくれた師匠 …その人がエリスの母です、言いましたよね?エリスの名は師匠がつけてくれたと、エリスは元々ハーメアから名前もつけてもらえませんでした…分かりますか?、あの雨の日エリスは師匠によって助けられ 名無しの捨て子はエリスになったんです、貴方の姉は その時消滅したんですよ」

争う力も持たず この世のことも真実も何も知らない無知で無力で無価値な子供は、師匠に救われエリスになった、その時 エリスは生まれ変わったんです、もうハーメアの子供じゃない 師匠の弟子だ

「お姉ちゃん…」

「だから言ってるでしょう!!、エリスは貴方の姉じゃありません!貴方の姉は死んだんです、ここにいるのは助けてくれた師匠…孤独の魔女の弟子 エリスです」

「ま…魔女!?お姉ちゃんの師匠が…孤独の魔女……!?」

魔女 その名が意味する物はこの魔女無き国でも変わらない、絶対なる支配者にして絶大なるこの世の救世主、圧倒的超存在 それが魔女だ、だがステュクスのその顔は敬いや畏れとは違う、恐怖や忌避するような 嫌な顔で

「ダメだよお姉ちゃん…魔女はダメだ!」

「は?、何を言ってるんですか」

「だって魔女は嫌な奴なんだ!、みんな言っているよ!魔女は自分の国の人間を洗脳して自らの下僕へ変える異常な存在だって!、この世界も魔女によって狂わされたんだって!、お姉ちゃんもその魔女に 孤独の魔女にいいように使われてるだけなんだよ!」

「な…に…を…」

「魔女は自分達の住みやすいように国を 世界を作り変える!、そこに住む人間にも崇拝を強要して誰も逆らえないようにする!武力と魔力で他の国の人達まで従える!、この世界に住まう寄生虫だって…村の人たちもみんな言ってるんだよ!」

「寄生虫…?」

「世界を救ったっていうけど、それを確かめられる人はいないじゃないか!、それに…本当に魔女が偉大な存在なら お母さんも助けてくれたはずだろう!」

ステュクスは必死に顔で訴える、お前は魔女にいいように使われているだけだ 魔女は人を下僕としか思わない 、誰も助けることはない 誰かを助けることはない、ただ自分の欲のままに生きる存在だと

そんなステュクスの必死な顔と言葉を聞いているうちに…

エリスの内側にある 何か糸のようなものが切れた、血管かあるいは理性を押しとどめる最後の糸か、何にせよ エリスの中でステュクスを見る目が変わったと言ってもいい

「お前…お前ェッ!、言うに事欠いて魔女を寄生虫呼ばわりだとッ…!、魔女の苦悩も知らないくせに!知ったような口を聞くな!」

「お おねえちゃ…」

「魔女を否定する奴は弟でもなんでもない!エリスの敵だ!、お前もハーメアと同じ エリスの敵だ!」

魔女の敵はエリスの敵 、魔女を否定する奴は須らくエリスの敵 それが子供であれ大人であれ変わらない、魔女を敬えというつもりはない だが…だが!、それでも許せない 何も知らない癖に!

「何もしないってお姉ちゃんもお母さんのことなにも知らないのに否定してるじゃないか!」

「それとこれとは話が別だ!、…やはり 貴方もなんですね、所詮はハーメアのような人間の息子というわけだ、下女の子は下郎…人間の底が知れますね!」

「ッッ……!!」

エリスの悪意しかこもらない罵声を聞いて、ステュクスの顔が一転する、怒りだ 激怒だ 鋭い目をしてエリスを睨み木剣を抜く…、なんだその目は なんだその構えは…やるか?やる気か!上等だこの野郎!

「お母さんを馬鹿にする奴は許さない、家族を傷つける奴は許さない!」

「それはエリスも同じです、魔女を否定する奴は許しません 、師匠を否定する奴の存在は許しておけません、生かしておけません!」

「家族よりも…魔女が大事かぁっっ!!!」

「貴方達は家族じゃないと言っているでしょう!

「ぐぅぅぅ!、この分からず屋ッ!」

目を見開き裂帛の気合で木剣を振るうステュクス 、齢は6歳ほどだったか…ハーメアが旅の最中に産んだらしい子だったな、まぁいい 齢を6にしては良い動きと言える 彼の師は余程熟達した腕を持つのだろうし ステュクス 自身真面目に授業に打ち込んでいる成果が出ている

だが

「師匠直伝!面打ち!」

「ふん…」

当たらない、まるで教科書に書いたような綺麗な斬撃、しかし裏を返せばどこかで見たようなありふれた斬撃ということになる、体を少し横に反らす それだけでステュクスの斬撃は空を切る、こんなもの目を瞑っていても避けられる

「な…!、師匠直伝!薙打ち!袈裟落とし!昇り斬り!」

横の薙ぎ払い 袈裟斬りの振り下ろし 続くように斬り上げ、一発一発の精度は良いが技と技の接合点ごとに微妙な間があるため、そもそも連携として成り立っていない 未熟な…!こんな腕で勝てると思ってるのか…

「師匠直伝!冥頭斬!」

ステュクスが踏み込む、正眼に構えそのまま振り上げる ただ違う点があるとするなら他の攻撃よりも幾分研ぎ澄まされているという点か、恐らく彼の持つ一番威力の高い技、言うなれば必殺技とでも呼ぼうか?

「フッ…」

甘い…あまりに甘い、こんな寂れた村で小悪党どつきまわして高めた程度の技、そんなお遊戯みたいな物が 通用するわけがないだろう、振り下ろされるそれを避けることなく素手で受け止める

軽い 一撃が軽い、こんなおもちゃでエリスと戦おうとしていたのか…なめやがって!

「な…素手で受け止め…」

「何が眼を覚ますですか、何が家族を守るですか…くだらない!」

へし折る、素手で木剣を握りつぶし真っ二つに割り折る、木で出来た剣 チャンバラの延長線上のような剣技、これでは勝負にならない

「魔女を罵倒する下郎と血が繋がっていると考えるだけでも悍ましい、八つ裂きにしてすり潰して 貴方も母親と同じ墓にぶち込んでやる!」

「師匠からもらった剣が…ぁあ…」

実力の差を理解したのか 沈むように尻餅をつきエリスを見上げるステュクス、こいつはエリスの家族じゃない 魔女を罵倒する奴は家族じゃない、だが血は繋がっている…腹ただしい、ここでこいつを殺して 無かったことにする、ハーメアがエリスにしたように エリスもこいつらをなかったことにしてやる

拳を固く握り 腕を振り上げる…すると

「うぉぉおぉぉぁぁぁああああ!!!ステュクスーーッッ!!」

「チッ」

咄嗟に飛び退く、横槍を入れられた …見ればエリスに向けて棍棒が振るわれたのが見える、誰が邪魔をした?なんて考えるまでもなく三つの影がステュクスを守るように立ちふさがる

「グラバー!?なんで!?」

「小悪党が、今邪魔するのはお勧めしませんよ…まだ生きていたいならね」

グラバー一味だ、髭面の小悪党どもが棍棒を構えエリスの前に立っている、ステュクス を守るように立っている、邪魔をしているのだ エリスの…今のエリスの邪魔をするのはお勧め出来ない

「なんでお前が僕を助けてくれるんだよ!」

「わ わかんねぇよ、わかんねぇけどヤバそうだと思ったからつい助けに入っちまったんだよ!、ってかお前も言ったじゃねぇか!あの女ヤバイくらい強いんだろ!喧嘩売る相手考えろよ!」

「アイツは母さんを罵倒して墓石を蹴ったんだ!、許せないよ!」

「お前の母ちゃんを?、ぐぅ そりゃ引くわけにはいかねぇだろうけどよ…!、やいテメェ!子供殴るなんてどうかしてるぞ!正気か!、強いからって何しても許されると思うんじゃねぇ!」

「…………」

「ひっ…」

黙ってグラバーを睨みつける、邪魔をするな 詭弁を宣うなと、だが引かない グラバーも譲るまいと棍棒を構えている、屁っ放り腰で震える足を隠そうともせず、煩わしい!

「退いてください」

「ど 退かねぇ、俺達ぁ小悪党だけどよ、子供殴ろうとする悪人相手にビビって譲るほどプライドがねぇ訳でもねぇ!、小悪党には小悪党なりの矜持があるんだよ!」

「そんなもん今聞いてません、矜持とか…プライドとかの話は今してないでしょう、…分かりませんか?命が惜しかったら退けって言ってんだよ!」

「退かねぇったら退かねぇ!」

「なら…!」

一瞬でグラバーとの距離を詰め拳を振り抜く、鍛え抜かれ 魔獣相手にも通用する程に研ぎ澄まされたエリスの肉体は 拳は、もはや魔術など使わずともゴロツキ一匹ぶっ飛ばすくらいわけはない

エリスの動きに反応することも叶わずグラバーはエリスの一撃を横顔に受け 錐揉みすっ飛び、畑の柵をぶっ壊しすっ飛んでいく

「ほげぇぇっ!?」

「グラバー!」

「兄貴ィッ!、く くそぉっ!」

続いて子分達も負けじと棍棒を振るうが、…避けるまでもない 双方蹴りと拳で叩き割り、そのまま子分達も殴り飛ばす、こんな小悪党制圧するのに3秒もいらない 邪魔をするなら何が相手でもぶっ飛ばす

「おぐぁっ…」

「邪魔をするなら容赦しないと言ったはずです、ましてや魔女の敵の味方をするなんて…」

「お姉ちゃんは…魔女に操られてるんだ、でなきゃ 僕のお姉ちゃんが お母さんの子供がこんな酷いことするわけがない!」

…こいつは、まだ魔女を悪役に仕立て上げようとするか!もはや論ずる必要もない 、魔女の弟子として 魔女の下僕として、魔女に全てを捧げる者として…ここでこいつを殺す

「言ってなさい、永遠に…恨むなら母とその血を恨みなさい」

「ひっ…」

今度こそと詰め寄る、エリスの内側には 滾るような怒気とハーメアとステュクスを同一視したような恨みが渦巻いている、ハーメアへぶつけられなかった怒りを恨みを 魔女を罵倒する不敬を …打ち砕く、拳を握りしめ詰め寄る

怯える子供 それを見ても何も思わないほどに、今のエリスは怒りに狂っていた

「ま 待ってくれ!」

すると今度は別の人間がエリスとステュクスの間に割って入る、立ちふさがるのではなくステュクスを抱きしめ覆い隠すように、エリスから守るように体を丸めてステュクスを庇うのだ

「お父さん…」

ホレスさんだ、騒ぎを聞きつけ息子の危機に駆けつけたのだろう、問題ない 結局のところ同じだ グラバー達と同じようにひっぺがしてぶっ飛ばす、というかこいつも同じじゃないか エリスを捨てたハーメアを幸せにした張本人じゃないか、エリスを馬鹿にするように 幸せになった張本人じゃないか

どうせこいつも魔女を貶すんだろう、ならこいつも同じだ 殺す

「ハーメアを恨む気持ちはわかる!、ハーメア自身君に恨まれてもしょうがないと常々言っていた!、もしもう一度会うことがあれば 殺されても文句は言わないと」

「なら邪魔しないでくださいよ、今こうして殺しに来てるんですから」

「違う!この子は関係ない!、ハーメアは確かに君を助けられなかったが この子まで恨まないでくれ!傷つけないでくれ!」

「一緒です、そいつがいる限りエリスの忌まわしい記憶が消えることはないんです」

「なら、私を殺してくれ…この子は関係ないんだ」

そういうとホレスは立ち上がりエリスの前にズイと立つ、その気迫と覚悟に気圧され一歩引く、恐れているのか?エリスの方がずっと強いのに…違う、これは…

「確かに…ハーメアは酷いことをしたかもしれない、だが盗賊に捕まり奴隷に売られ、悪徳貴族に捕まり望まぬ子供を孕まされて、これで心を壊さない方がおかしいだろう!」

「じゃあ…じゃあエリスの気持ちはどうなるんですか!、エリスはその望まぬ子供なんです!、親からも誰からも望まれず捨てられ傷つけられて!、ハーメアにも事情があるかもしれない けど…けど恨まずにはいられないんですよ!、エリスだってどこかじゃ信じてたんです、再会したら また昔みたいに…愛してくれると!、なのに…なのに!」

なのに ハーメアは愛する夫と子供作ってきた、その幸せの中にエリスはいなかった、こうなったらもう 恨むしかないじゃないか!

「なら、ハーメアは幸せになってはいけなかったのかい?」

「違います、ただ……エリスは……わたしは……、わたしも…そう…なりたかったんです…」

「そう?」

ステュクスを守るように立つホレス、…ステュクスの居る場所に…わたしもいたかった…、かあさまの背に隠れていたかった…そんな風に普通の家庭に生まれたかった 親からただ愛されるだけの人生を送りたかった

捨てられることも憎まれることも殴られることも置いていかれることもなく、ただの子供になりたかった 生まれたかった そこにいたかった…

「…今からでも遅くない、…私達と一緒に暮らさないか?」

そう…思って…いたんだ、さっきまで

「もう…遅いですよ、わたしはもうハーメアの娘じゃないんです、わたしは…エリスは魔女の弟子エリス、ハーメアの娘だったわたしは死にました 、ただエリスは昔の未練を断ち切りたかっただけです」

結果的にエリスを愛してくれたのはハーメアじゃない、レグルス師匠だ…エリスを守ってくれたのは師匠だけだ、その師匠を貶す存在を許せないだけだ

「…未練を断ち切るため、ハーメアの息子を殺そうというのかい?、そんなことをしても意味はない」

「意味のある無しじゃありませんよ、けど…もういいです そんな気じゃなくなりました」

両親から愛されて 親から守られるステュクスを見ていると、怒り以上に情けなさが際立つ…惨めだエリスは、もうハーメアの怒りも湧いてこない …復讐に意味はない、だってもう何をしてもハーメアに訴えかける事も出来ない ここでステュクスをどれだけ傷つけても、残るのは罪悪感だけだ

踵を返す、来るんじゃなかったこんな村、エリスは何を考えていたんだ 自分から憎い親に会いに行ったりなんかして、馬鹿みたいだ …

「ど 何処へ行くんだ」

「どこでもいいでしょう、もう貴方達には関わりませんから…エリスにも関わらないでください…お願いします」

ぐちゃぐちゃだエリスの頭の中は 結局何をしたかったんだエリスは、全てが不完全燃焼、これなら見ないふりしていた方が良かった

母がいる国 …そう思っただけで、冷静さを欠いた…間抜けだエリスは、期待なんかして…

「お お姉ちゃん!」

ステュクスが叫ぶ、だけどその声はエリスの惨めさを際立たせる…

「もう…やめてください!」

走る、行く当てもなく走る…その場から逃げるように、ステュクスから逃げるように ハーメアから逃げるように、その現実から目をそらすように…エリスは逃げた

後には何も残らない、ただ…誰も幸せになれなかった事実だけが空に漂った

…………………………………………

無心で走る何処へ行こうということもなく走り、村へと戻る 

師匠のところへ戻ろうかと思ったけど、戻れなかった

ハーメアのことを師匠に内緒にして 嘘をついて気まずい空気にして、結果がこれだ

惨めだった、ひたすら惨めだった まるでゴミだ…エリスはゴミだ

…心のどっかじゃあ もしかしたら、エリスはハーメアと仲直り出来るんじゃないかと思っていた、ハーメアに謝られて エリスもなんとなく許して、今までの旅のことを話して労ってもらって 頭を撫でてもらって

何より、貴方は私の娘だと言って欲しかったのかもしれない…

結果的に湧いてきたのは怒りだけだった、いや あんな物見せられて 新しい家族と息子を見せつけられて、冷静でいられるわけがなかった…

この村に来て分かったのは、結局のところわたしは 誰からも愛されず祝福されず生まれてきた子供ということだけ、肝心のハーメアも死んでいた

ステュクスが言うには ハーメアは死の寸前までエリスに謝っていたらしい

けど、謝るくらいなら…なんで助けてくれなかったの?…悪いけれど、エリスはハーメアから愛を感じなかった…

孤独 それが胸を占める、見右を見れば手を繋ぐ親子が 左を見れば口喧嘩をする親子が…

エリスにはそれが出来ない、親がいないから 一人もいないから…血の繋がった人間がいるだけで、親じゃない…

「…間抜けですね、エリスは…結局何がしたかったんですか」

分からない もう分からない、何も分からない…いつもならこう 考えを切り替えて前に進むために意識を切り替えられるけど、今はそれが出来ない

気持ちが沈んでいる、闇の中深く深いところに…エリスはなんで産まれてきたんだ…なんで産んだんだ…

「ぅ…くぅ…」

涙が溢れてくる、寂しい…寂しいよう…ステュクスが羨ましいよ かあさまに愛されて、撫でられて 抱きしめられて、所詮エリスはハルジオンの子だ 絶対にかあ様から愛されない 、エリスはハーメアにとって かあさまにとって忌むべき記憶の権化なのだ

正直な気持ちが溢れてくる、どれだけ憎んでも恨んでもあれはかあさまなのだ、捨てられても置いていかれても裏切られても見捨てられてもかあさまなのだ、だから悲しいんだ…

ごちゃごちゃになった胸の中から押し出されるように目から涙が溢れて止まらない

「うぅ…ぅぅぁぁああああ……」

慟哭 膝をつき泣き喚く、辛い あまりに辛い…師匠に抱きしめてもらいたいけれど師匠には話せない…でもエリス一人ではとてもじゃないが噛み砕ける気がしない

前に進める気も…しない

「あれぇどうしたんですか?、子供が一人で道端で泣いてるなんて」

「っゔ…ずず…、え?」

ふと、声をかけられ 顔を上げる、膝をつき泣いているエリスを心配そうに屈みながら見つめるその目とエリスの目が合う

目に入ったのは燻んだ灰の髪 怪しい湖面のような紫の目、女だ…女の人だ 村の人間じゃない、見たことのない女性がジッとエリスを見ている…

「す すみません、邪魔でしたよね」

「いやいや邪魔じゃありませんとも、それより子供が一人で泣いてる方が問題ですね…私でよければ話を聞きますよ」

そういうと彼女はエリスの手をキュッと優しく握る、その手は…涙に濡れたエリスの手を暖かく包んで…

「あ…貴方は…?」

「私?私ですか?私は、…ウルキ 冒険者兼考古学者をやっているものです」

ウルキ そう名乗る彼女は、頭上の太陽にも勝る輝きの笑顔をエリスに見せる

…そうだ 彼女との出会いは運命だった、エリスにとって避けては通れない宿命だった、これがエリスとウルキさんの出会いにして…エリスの 宿命の始まりだった
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