孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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五章 魔女亡き国マレウス

89.孤独の魔女と母の影

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……件の冒険者登録試験から…時は経ち……


マレウス西部 コールサック平原、なだらかな平野と丘が視界の彼方まで続くマレウス内でも比較的温厚な地形と気候を持つ地である

なだらかで温厚…と言っても都市部からは若干離れていることもあり土地の整備がされておらず、所々に点在する森は全て魔術の住処となっており、一般人では気安くプラプラ歩けるような土地ではない

しかし、それは一般人に対しての話、さしたる自然の脅威もなく 森の規模も大して大きくないこの地は新米冒険者たちが仕事を受けるにはうってつけの地である

魔獣も多い割には危険度も高くないし、ここの近くには小規模な村々もあるから依頼にも事欠かないし…冒険者にとってはいいことずくめな土地

今日も依頼が一つ来た、コールサックの森の一つでレイザーホッパーが増え始めているから、五、六匹駆除して欲しいという依頼だ

レイザーホッパーはその名の通りカミソリのような牙を持った人の腰くらいのサイズの大型のバッタだ、肉食ではなく草食ではあるが、その強靭な歯で牧場の柵を食い破ったり家を食べたりと厄介者であることに変わりはない

放っておくと近くの森を食ってしまい 住処を奪われた魔獣が外をうろつき始めたりもするから早めの駆除が肝心だ、協会指定危険度もF…そんなに強くないし これなら新人でも上手くやれば狩れるはず

そんなベテラン冒険者の助言を受け この依頼を受注したのはイーゼルという子供の魔術師だ

元々地方の村出身の同年代の友達が5、6人寄り集まって冒険者を志した者たちで構成されたチームの一員だ

リーダー気質で気のいい少年剣士 エイリーク

村の教会神父の息子で治癒魔術を支える僧侶のエヌマエル

元盗賊の父からいくつか技を授かった悪戯好きの盗賊少年ヨナタン

騎士を目指しいつも分厚い鎧を身に纏った高身長な少年オットー

特にできることなどない少年だったが冒険者になるに当たって弓の練習をしたスヴァンテ

そして村一番の秀才として名を馳せた少年魔術師イーゼル

…彼らが冒険者登録試験を受けてから一年間、みんな揃って逸る事なく着々と仕事をこなして来た、最初は商家の運搬手伝いだったり、大物冒険者の荷物運びだったり、はっきり言って雑務だが

偶に魔獣退治をすることはあったけれど、その時は近くにベテラン冒険者が付いていてくれたりしてこの少年冒険団単体で魔獣の討伐をしたことはない

こうやって仕事を始めて冒険者の厳しさを知ったし魔獣がどれだけ恐ろしいかもわかった、夢に憧れていた冒険者は思ったよりも泥臭かったし 辛い事も多くあることを知った、けれど挫折し故郷に帰る奴は一人もいなかった

いろんな苦難を超えて着々と成長し、一年の時が経った…そろそろ魔獣退治を単独で受けてもいい頃合いだろうとベテランの冒険者のみんなも言ってくれたし、ちょうどいい このコールサックで僕達だけで魔獣退治をしよう!

リーダーのエイリークが依頼書を片手にそう言った時、みんな意気込んだ 遂にこの時が来たかと

レイザーホッパーはFランクだ、強くはないが弱くもない しかもそれが複数体、今までで一番厳しい仕事になるが 一年の経験を積んできた僕らなら抜かりはないだろう

そうイーゼルは内心思っていたし 実際そうだった

僕達はこの一年で冒険者としての基礎を全て学んだ、野営の仕方や薪の積み方人の付け方 食料の確保水の有無、地図の見方から依頼者との交渉などなど、全て抜かりなく進み 僕達はコールサックの森まで来た

森での歩き方を心得ている盗賊のヨナタンを先頭にいつも通り陣形を組み一列になって進み、レイザーホッパーを探した、奴らは木を齧るからそれを辿れば見つけやすい筈だ

……

森はやけに静かで 踏みおる枝の音がやけに耳につく、ふと見回せば木の根っこが齧られていたり 倒木に不自然な穴が開いていたり、ヨナタン曰くレイザーホッパーに近づいているらしい、迫り来る魔獣との戦いを前に六人は帯を締め直す…

そうして探していたら、森の一番奥で 見つけた…レイザーホッパーだ 数にして六体、僕達が倒すべき依頼対象が纏めてそこに居た…が、いるには居たが ……

「……ッ!!??、に 逃げろォーッッ!!!」

ヨナタンが叫ぶ 鬼気迫る声と目の前に広がるその光景に全員が顔を青くしながら踵を返し反転しながら逃げた、逃げたのだ 依頼対象を前に僕達は一目散に……




「ギギギギキィィィイイイイ!!!」

走る 走る、全力で走る 後方から音が聞こえる、木々をなぎ倒す轟音 金属を擦り合わせたような不気味な鳴き声が聞こえる、分かる 振り返らずとも分かる、あれはレイザーホッパーじゃない 僕達を追ってきているのはレイザーホッパーじゃない

何せ森の奥で見つけたレイザーホッパー六体全て、蜘蛛の巣に絡め取られ 繭のような姿にされていたのだ、つまりレイザーホッパーを食ってしまうような別の魔獣がこの森にいるということで…

「え エダークスアラネアだぁぁぁ!」

誰かが叫んだ、エダークスアラネア…その名前を、それを聞きチラリと後ろを見れば

「ギギギキギィィィイ!!!!

蜘蛛だ、巨大な蜘蛛 民家一個くらいある超巨大な蜘蛛が叫び声をあげながら木々をなぎ倒し 僕達を追いかけてきていた

聞いたことがある、あの巨体と森に馴染むような緑と茶色の体色の蜘蛛…エダークスアラネア 協会指定危険度Cの大魔獣だ、周辺の生き物という生き物を見境い無く食い生態系を破壊する悪魔のような存在

当然 レイザーホッパーなんかとは比べものにならないくらい強い…

普通なら熟練の冒険者が何人も集まって討伐するような奴が、この初心者の聖地 コールサックに現れたんだ、前例がない…コイツはもっと食料が豊富な山の奥地にしか現れない筈なのに、それが何故か今 僕達の前に現れ追いかけて来ている

「ーっ!くそ…」

イーゼルは呟く、そういえばこの近くにエダークスアラネアの目撃情報はあった…しかしもうとっくに討伐依頼が出てたし それを退治しにベテランの冒険者が向かって行った筈だ

しかし、他のみんなは見逃していたがイーゼルは見てしまった、あの蜘蛛の巣の中 いくつもぶら下げられている繭の一つから飛び出た人の腕を…多分やられたんだ その冒険者達が、そいつらがここまで追い立てた上で負けたから こいつがこんなところに巣を作ってしまったんだ!

捕まればあの冒険者達と同じ末路を辿ることになる、いやだ イヤだけど…熟練の冒険者達でさえ負けてしまう相手に、僕達では勝てない

「エイリーク!どうする!」

騎士のオットーが叫ぶ、みんな一丸になって逃げているが なんのあてもなく逃げて見逃してくれる相手ではない

「…森を出よう!そうすれば他の冒険者と合流できる!上手くやれば熟練の冒険者と!、だから今はとにかく森を抜けるんだ!ここじゃ助けを呼べない!」

そりゃ逃げるしかないけど、木々をなぎ倒しながら進む奴と 歩き慣れない森の道を行く僕達では速度に決定的差がある、このままじゃ追いつかれる 殺される 食われる

「こうなったら…!『アイススパイク』!」

半身だけ振り向きながらエダークスアラネアの顔目掛け氷の槍を放つ、少しでも足止めしなければならない、この一年で修練を積み確実に威力を増した魔術 これなら…


「キシャァァァアアアア!!!」

しかし、エダークスアラネアは氷の槍を受けても止まることなく それを砕きながらさらに進んでくる、硬い甲殻は剣も魔術も弾き返す、故にセオリーとして柔らかい腹部を狙わなければならないのだが 、残念なことに新米のイーゼルにそこまでの知識はなかった

と言っても、知っていたとしてもこちらに向かってくるエダークスアラネアの腹部を狙うのは至難の技だ

「だ ダメか!」

「やめろイーゼル!刺激するな!」

「キャブァァァァァアアア!!!」

するとお返しと言わんばかりにエダークスアラネアは口から糸を吐き イーゼル達に飛ばす

エダークスアラネアの出す糸には二種類ある、腹部から放つ捕獲用の粘性の高い糸、そして口から吹き出す…

「うわぁぁっっ!?」

咄嗟に身を屈め糸を避ける、すると糸は直線上にある木に大穴を開けながら進んでいく、…口から勢いよく吹き出される糸は粘性がない代わりに非常に固く、勢いよく吹き出されるそれは槍の刺突に勝る…、そうだ 攻撃用の糸なのだ

あんなもの喰らえば鎧だって盾だって貫通して体がバラバラにされてしまう…!

「ッ…や やられた…」

ふと声がした方を見ると さっきの一撃で倒された倒木に僧侶のエヌマエルが巻き込まれ、あの足が下敷きになってしまっている、た 助けないと…でも あれを助けてたら僕達まで

「どうしようエイリーク!」

「ッ…くっ!」

「た 助けて!助けてエイリーク!食べられちゃうよ!」

判断を問う盗賊のヨナタン、助けを求めるエヌマエル…もしここでエヌマエルを助けに行けば確実にエダークスアラネアと戦闘になる …戦闘というか 普通に食われる

ここでエヌマエルを見捨てれば、エダークスアラネアがエヌマエルを食べている間に僕達は…

「あぁぁぁああああ!!、エイリーク!ヨナタン!オットー!スヴァンテ!イーゼルーッ!」

迫るエダークスアラネア、その鋸のような口が開かれ、毛でザラザラした腕がエヌマエルの肩を逃すまいと貫く、エヌマエルもまた杖で応戦するが 硬い甲殻に阻まれ杖がへし折れる

ああ、食われる…エヌマエルが食われる…、小さい頃から一緒だった彼が、何かあれば真っ先に相談に乗ってくれる優しい彼が、チームの緩衝材として誰よりもみんなに気を配る彼が…今 あんな怪物に食われて…

「た 助けて!助けてぇっ!、おかーさん!おかーさん!」

「っ!俺が!俺が助けてくる!みんなはその間に逃げてくれ!」

見逃せない 見逃せるわけがない、僕達は小さい頃から一緒だったんだ 生きる時も一緒なら死ぬ時も一緒だ、リーダーのエイリークが剣を抜きながら飛びかかる

いやエイリークだけじゃない、ヨナタンもナイフを抜き オットーも盾を構え身を乗り出し スヴァンテも弓を構える、エヌマエルを見殺しにするくらいなら死んだ方がマシだ

「ギギュィィイイイ!!」

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

エダークスアラネアがこちらに気付き、鎌のような腕を振りかぶる 負けじと僕達は雄叫びを突き進む、仲間を取り戻すために立ち向かうんだ!、みんなで力を合わせて!例え敵わなくとも!

その


悲壮な覚悟に


応えるように


………刹那、風が吹く

「グュェァァァァッッ!?!?」

「ぇっ…!」

響く轟音 舞い散る木片、揺れる地面に震える空気

思わず声を上げる、みんながだ 何せ今僕たちで立ち向かったエダークスアラネアが吹き飛び、叫び声をあげながらひっくり返ったのだから、あの巨大な蜘蛛が 吹き飛び ごろりと転がっているんだ

「な 何が…イーゼル!?お前か!?」

「ち 違うよ!僕はまだ何も…」

「あ あれ!」

まだ僕達は何もしていない、だというのにエダークスアラネアはまるで風に吹かれた紙のように吹き飛んで苦しそうに八本の足をワサワサ動かしている…

するとオットーが声を上げ 天を指をさす、あれだと…それに釣られるように皆空を見る

そこには、空を舞う金の輝きがあった、黒いコートをたなびかせる1人の女性が空を舞っていた

「無事ですか!」

女性は血相を変えながらこちらへ叫ぶ、その目は凛々しく鋭く美しく、金の髪を揺らしながら僕達を心配するように叫んでいた…その鮮烈なまでの姿には覚えがあった

一年前、僕と同じ冒険者登録試験を受け 圧倒的な力を示し皆の記憶にその姿を刻み込んだ、人物…

「え エリスさん!?」

エリス…僕と同期でありながら一年で数多くの偉業を達成した人物、曰く海より現れたAランクの巨大な魔獣を一人で倒したとか 曰く魔獣の群れを一人で叩きのめしたとか、曰くマレウス中を駆け回り あちこちで魔獣から人々を守っているとか

僕達少年冒険団を含め 同年代の冒険者達の憧れの的にして今最も四ツ字冒険者に近いと呼ばれる伝説のエリートの一人、同期でありながら雲の上の存在

二つ名を『流浪の暁風』、三ツ字冒険者 『瞬颶風』のエリス、それが突如として飛来しエダークスアラネアを一撃で吹き飛ばしたのだ

「え エリスって…瞬颶風のエリスか!、なんでこんなところに…!」

確かに、ここは冒険者初心者が仕事をする場所、三ツ字冒険者である彼女がここにいる理由はないはず

「依頼の途中で通りかかったら、変な騒ぎが見えたので立ち寄っただけです、…危機一髪でしたね、まさかこんなところにあんな大物がいるとは思いもよりませんでしたよ」

「依頼の途中で…」

「エリスはあの蜘蛛を叩き潰します、皆さんは木の下敷きになった人の救助を!」

「グギィィィイィイイイイ!!」

エリスの指示を受け動く前にエダークスアラネアが起き上がる、苛立つように雄叫びを上げ体を起こしこちらを睨む、するとどうだ、奴の頭の甲殻 硬く魔術をも弾くその甲殻が粉々に砕け中から血が溢れていた、あんなものどうやって砕いたんだ

「エリスが奴の相手をします、その間に」

「グシャァァァァアアア!!!」

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」
 
エリスに向けて飛びかかるエダークスアラネア、鋭く尖った足を巧みに振り回して周りの木々ごと切り倒しエリスを切り裂こうと襲うが、エダークスアラネアが動いた時すでにそこにエリスの姿はなかった

風のようにヒラリと舞うと再びエダークスアラネアに肉薄する、だが奴もバカではない 伊達に8本もない足を巧みに操り槍衾のような連撃を放つ

「すぅ…」

…が、当たる気配さえない、風に舞う木の葉のようにつかみ所のない動きは振るわれる八本の足をひらりはらりと回避していく、ただ動きが速いだけじゃない…見切っているんだ エダークスアラネアの複雑怪奇な動きと攻撃を

「煩わしいですね、一気に決めますよ…!『旋風圏跳』!」

加速する、さっきのが風に舞う木の葉だとするなら今度は弓に番えた矢だ、放たれた矢の如く一直線にエダークスアラネアに迫ると共に…

「連携…『薙倶太刀陣風・神千斬』!」

纏う、風を 否 風の刃 不可視の断頭剣を、鎌鼬を体に纏い まるで一陣の剃刀のように煌めきながらエダークスアラネアの足をすれ違いざまに切り裂き 紫色の体液が宙を舞う

「ギギィィ!?ギャァッッ!!」

速い あまりに速い、目にも追えぬ速度で空間を飛び回るエリス、刃風を纏うながら何度も何度もエダークスアラネアに襲いかかり、切り裂き木を足場に反転し再び足を切り裂く、アラネアも沢山ある目をぎょろぎょろ動かすがそのどれもがエリスの姿を捉えることができない

「合体魔術!『刃掃蹂躙旋空』!」

「アギヤァァァァアアア!!!!」

ものの数秒の間に空間を何十往復もし、瞬く間にエダークスアラネアの足が全て切り落とされる、本当にあっ…と言う間だ 剣も魔術も受け付けないはずの奴の体が、バターみたいに切り裂かれてしまった

「す…すごい…これが三ツ字冒険者…」

「トドメです…!、大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』」

放たれる風の槍、螺旋を描き 渦巻く旋風は鋭い穂先を作り出し、一閃 足を無くし身動きの取れなくなったエダークスアラネアの眉間を貫き内側から爆ぜさせる、もはや甲殻なんてないも同然の威力だ…

ビチビチと音を立てて肉片が転がる、むせ返るような異臭が立ち込める、だというのに僕達は動けない、茫然自失とでも言おうか …いや僕達がどうのこうのするよりも早く あっという間に倒してしまった…

エダークスアラネアといえば複数人の冒険者が連なって作戦を立てて倒すタイプの魔獣だぞ、それを一人で 瞬く間に…同じ人間 同じ世代とは思えない強さだ

「…ん?、あれ?まだ助けてないんですか?」

「え あ…、エヌマエル!大丈夫か!」

「だ…大丈夫、いや…足も木に引っかかってるだけだから怪我はないし、ただ足が抜けないんだ、助けて…」

エリスの言葉にはっとしてみんなで木を少し持ち上げればエヌマエルが足を引っこ抜く、どうやら溝に足が引っかかっていただけのようだ、足が潰されていたとかじゃなくて本当に良かった…

「皆さん無事みたいですね」

僕達とエヌマエルの無事を確認するとエリスも胸をホッと撫で下ろす、風で乱れた髪を手櫛で整えるその所作はあまりに美しい、…よく見れば一年前会った時より少し大人びて見える、いや当たり前か…あれから一年だもんな

以前出会った時は11歳だったはずだから、今エリスは12歳か 一年前から伸びた髪と背が彼女を少女から一人の女性に変えている前会った時は可愛いだったが 今はもう美しいだ…

「あ ありがとう、助かった…エリス…さんが来てくれなければ俺達はみんな死んでいたよ」

エイリークが代表して前へ出て頭を下げる、確かに あのままじゃ僕達はみんな死んでいた、助けられた…熟練の冒険者ではなく同期の彼女に

「いえ、偶々通りかかっただけですし、何より冒険者登録試験の時に知り合った顔ですからね」

そう言いながら僕を見るエリス、え…あんな少し会っただけの僕の事を覚えてるなんて、そりゃ僕は目の前であんなすごいかもの見せられたんだ、一生覚えていられる自信はある、けれどエリスの側から見たら僕はそれこそなんでもない、ただの同期でしかないはず…

なのに覚えているって、もしかしてエリス…僕の事を…

「あ あの、エリス…もしかして…」

「じゃ、無事みたいなんでエリス行きますね」

そう僕が声をかける前にエリスはそそくさとその場を去っていく、現れるのも速ければ立ち去るのも恐ろしく速い、一言声を上げる前に風と共に消えてしまう

…なんだろう、そっけない気がする、いや照れ隠しか?やっぱりエリス あの時僕にか一目惚れしたとか、そう言う感じなのかな

「すげぇな、あれで俺たちと同じ歳なんだから…」

「うん、あんなおっきな魔物倒しちゃうなんてね、僕達も負けてられない と言いたいけどあれは流石に無理かなぁ」

「いるもんだなぁ世の中、天才って…うちの村じゃイーゼルがいちばんの天才だったけど、あれはその比じゃなさそうだな」

エイリーク達は口々にエリスの去った方を見ながら何か呟いている、確かに凄かった 実力もそうだけれど、でも僕の頭にはもうエリスの顔しか浮かんでこない

あの綺麗な顔 綺麗な髪、瑞々しい唇に憂いを帯びた目…どれもこれも綺麗だったなぁ

「もしかしたらエリス…僕の事好きなのかも」

「は?、イーゼルお前何言ってんだ?」

ふと、声に出てしまった呟きにハッとして思わず口元を抑える、しまった…声に出ていたどころか聞かれてしまった…

「い いや、もしかしたらって思っただけで」

「イーゼル そりゃないぜ、流石にあのレベルのが俺たちに惚れるなんてナイナイ、ああいうのは結局王様とか偉い奴と結婚するんだよ」

「というかイーゼルがエリスに惚れちゃったんじゃないの?」

「へぇー、イーゼルああいうのが好きたんだ~、まぁ確かにすげー美人だったけどさ」

「わ 分からないじゃないか!、また今度会ったら聞いてみるよ!」

「聞いてみろ聞いてみろ、玉砕するぞこれぇ」

囃し立てからかうエリイーク達に大声をあげて抗議する、全く隙を見せたらこいつらは直ぐこうだ、まぁこうやっていつも通り話せるのもエリスのおかげだ…

…うん、また今度会ったら聞いてみよう、うん…うん!

光の中に煌めく彼女の顔を瞼に浮かべながら、そう決意する…もしかしたら そんな事もあり得るかもしれないからね

………………………………………………

冒険者登録試験…一年前あの日エリスは盛大にやらかして冒険者協会やマレウスに名を轟かせてしまうことになった

魔術師試験 歴代5位、僅か11歳で四ツ字級の数値を叩き出した秀才…歴代最年少での字獲得、燦然たる経歴だ ただこの経歴を見るだけで多くの冒険者が度肝を抜くほどだ

誇るべき経歴だ、…エリスが冒険者として生きていくつもりなら の話だが…

そうだ、エリスは飽くまでこのマレウスには修行の為にいる、冒険者になったのもマレウスでの活動で都合がいいから、魔獣を狩るだけで金やある程度の活動を協会が保証してくれる、事実冒険者になってからマレウスでの活動は格段にやりやすくなった

宿にも優先して泊めてもらえるし 必需品も、優先して回してもらえる それが優秀な冒険者であればあるほど著しく、エリスのように有名な冒険者はあちこちで優遇してもらえる

…それだけならいいのだが、目立ち過ぎた…

目立つ と言うことはそれだけ多くの人間に見られるという事だ、エリスは今までの旅でかつてないほどの注目を浴びてしまった

目の上のたんこぶとしてエリスを恨む者 エリスを利用しようと寄ってくる者 エリスのおこぼれに預かろうと勝手についてくる者 エリスを頭に据えて勢力を立ち上げようとする者、この一年でいろんな人間がエリスに近寄ってきた

正直 煩わしい、冒険者によって得られる恩恵をちょうど相殺するくらいの煩わしさにエリスは頭を抱えていた、冒険者ギルドに依頼を受けに行く都度 みんなエリスを下卑た目で見るんだ…利用してやろう絞ってやろう 啜ってやろう…そんな嫌な目で

師匠が八千年も星惑いの森で姿と正体を隠していた理由が、なんだか身に染みてわかった気がする、目立ってもいい事なんて無いんだなぁ 有名というだけで悪意を向けられるんだから溜まったもんじゃない

…とはいえ、マレウスは修行にはうってつけだ、魔女大国とは違い際立った特徴のない国である為動き易く、魔獣もそこそこにいるから修行相手には事欠かない

この一年でエリスも相当強くなれた、この間なんてAランクの魔獣を一人でラクラク倒せましたし 師匠からもかなりの数の魔術を教わりました

やっぱりアルクカースやデルセクトの時と違い 特にすることもないってのは大きいですね、毎日修行修行の日々でエリス自身とても成長できましたね、成長…そう 魔術師としても人間としても

どうやらエリスの体も成長期に入り始めたらしく、最近一気に背が伸び始めてきました…、毎日のように高所から落ちる夢を見ますし、筋肉もついてきたし胸もが膨らみ始めてきました、体が小さい頃に比べると格段に身体能力も向上して動き易くもなりました

師匠からも成長期に合わせて魔力も格段に伸びる時期に入ると言われているので、今が一番大事な時期ですね、だからこそ…周りの冒険者に邪魔されたくないのですが

「師匠!おまたせしました!」

「ああ、もう終わったか」

風を切り 風となり空を飛び師匠の走らせる馬車に追いつきその隣に着地する、こうやって座った時 最近師匠の頭もかなり近づいたように感じるな

「すみません、いきなり飛び出しちゃって」

「いやいいさ、冒険者が魔獣に襲われてたんだろ?、助けに行くのは立派さ」

そうだ、エリスは今しがた魔獣に襲われていたイーゼル達を助けに行っていたのだ、師匠と一緒にコールサック平原を走っていると ふと木が薙ぎ倒されるところが見えたから、遠視を使って様子を見てみたらイーゼル達が巨大な蜘蛛に襲われていたので慌てて助けに行ったのだ

「助けたのは友達か?」

「いえ、名前と顔を知ってるだけの人です」

イーゼルとはさして親しくもないが、顔と名前を知ってる人間が目の前で食い殺されるのは流石に気分が悪い、事実危機一髪っぽかったし 助けに入って正解だったろう、この辺じゃ見ない巨大な種類だったしね

「そうか、まぁ 別に急ぐ旅路でもない、寄り道ならいくらでも構わないさ」

「ありがとうございます、師匠」

「それに、もうすぐなんだろう?そのソレイユ村というのは」

「…はい」

今エリスが目指しているのはソレイユ村という小さな村だ、山と森の奥にある小さな村 商人も殆ど立ち寄らない為、村で栽培した野菜と森で狩った動物だけで自給自足している典型的な田舎村

向かう目的は冒険者ギルドから受注した依頼…ということになっている、少なくとも師匠にはそう伝えてある、けれど実際は違う…エリスは別の目的の為にワザとこんな小さな村に向かうための依頼を探し出して師匠に持ちかけたんだ

理由は単純、この村に…いるんだ 、エリスの母『ハーメア・ディスパテル』が…!

「ッ……!」

思わず怒りで拳に力が入る、エリスがこの一年 冒険者としてマレウス中を動き回ったのは修行の為と同時にこの国にいるというハーメアという人物を探す為なんだ

師匠に隠れて あちこちで聞き込みをした、三ツ字冒険者としての立場も利用して探しまくった 、結果ハーメアはそのソレイユ村で暮らしている という情報を得たのだ

…許せない、エリスを捨ててあの地獄に置き去りにして 自分は村でのうのうと生きていたと思うと、私という存在をなかったことにして 何事もなかったかのように村に溶け込んで生きていると思うと、それだけで怒りが満ちてくる

恨み言の一つでも言ってやりたい…だからこうしてソレイユ村に村っているのだ、当然師匠には内緒だ…

言えない、師匠には…理由をここで挙げ連ねることは出来る、けど 一番はなんとなく話したくない、と言うのが一番だった エリスの個人的な恨みに師匠を巻き込みたくなかったから、師匠には何も知らないままでいてもらいたい

大丈夫、バレないように上手くやる …

「………………」

「…?、なんですか?師匠」

「いや、別に…そら あそこの山を越えたら見えてくるぞ、ソレイユ村が」

そう言って指差す先には一際大きな山がある、と言ってもカロケリ山やアニクス山よりも小さいが、それでもまぁ大きいことには変わりないが

山の名前はテンプス山、場所によってはカロケリ アニクスと並んでカストリア三大山岳なんて呼ばれ方もするらしい、地理の勉強をすれば真っ先に覚えるくらいには有名な話だ

…しかし思い出すな、山を越えないといけない村か、アニクス山とムルク村を思い出す…、ムルク村のみんなは元気かな メリディアやクライヴ ケビン…ちゃんとエリスはまだみんなの事覚えてますよ、まぁ流石にデティやラグナ メルクさん達の方が大切な友達ではありますがね…友達に優劣つけるわけじゃありませんが

エトヴィンさんやクレアさん…もうアジメクの日々が懐かしく感じますね、エリスの記憶力は抜群ですが…昔のことになるとやや色褪せる部分もあるようで当時のことを思い出すと、なんだかこう 胸が締め付けられます

……しかし同時に、アジメクで受けた あの仕打ち…エリスが奴隷だった頃、あの時受けた仕打ちはどれだけ経っても色褪せない 憎い恨めしい、どうして嫌なことはこうも深々とエリスの中に残り続けるんだ…

ハーメアにあって、恨み言を言えばこの薄暗い気持ちも少しは晴れるのかな…なんて、会ってみないと分かんないか

そうどこか達観しながらエリスは馬車に寝転び空を見るのだった、空の色はどこも同じだな

この時はまだ気がつかなかった…


「ん?……いやまさか……な…」

エリスがハーメアのことを考えている時、師匠が一瞬険しい顔で周囲を見回した この一動作、この僅かな動作を目に入れていれば、きっと何か違ったんだろう

この動作を見逃したばかりに、エリスの今後の人生に暗くドス黒い影が立ち込め、付き纏うことになるとは エリスは思いもしなかったのです

……………………………………………………


それから…エリスと師匠は真っ直ぐ真っ直ぐ進む、森を抜けテンプス山を迂回して また森を抜ける、近寄ってくる虫を手で払い イタズラしてくる鳥を追っ払い、エリス達を食べに来た魔獣を叩き殺し 淡々と進む

途中雨が降り馬車が泥濘みにハマるとか 盗賊に襲われるとか、そんなハプニングも特になく恙無くエリス達はコンパスと地図 そして師匠の眼を頼りにソレイユ村へと進む

いやしかし、エリスと師匠だから特に問題なく進めてるけど、これ商人も立ち寄らない理由も分かるな、商人も冒険者も滅多に立ち寄らない事から完全に外界から遮断されているのが分かる

…まさしく隠れるにはうってつけだなハーメア

ああそうそう、ソレイユ村の手前の森に差し掛かったあたりで魔獣の群れに襲われた、数にして百に迫るくらいだ

それでもハプニングにはカウントしない、だって弱いんだもん 全部せいぜいGからEランク ゴブリン程度の雑魚魔獣が大挙してやってきただけ、相手にもならないから気にも留めなかったが 師匠曰くこの森はこの魔獣達の住処だったらしい

「それでこんなにたくさんいたんですね」

「ああ、魔獣は森や洞窟といった人がいない そして魔力のこもりやすい所を住処にするからな」

「なるほど、というか多分エリス全滅させちゃいましたけど 生態系に影響とか出ませんかね」

森の中を馬車で進みながら師匠と話す、魔獣も獣だ 自然界の一部だ、いくら脅威だからって絶滅させていいわけがない、特にこういう閉じた土地だ 食物連鎖の上位に位置する魔獣を絶滅させたら何が起こるか分からない

「構わん、どうせまた直ぐに補充される」

「補充?、またどこからかやってくるんですか?」

「いや、生えてくる 地面から」

「えっ!?魔獣って地面から生えるんですか!?」

そんなキノコみたいな増え方するのか!?、そういえば魔獣に生殖器官はない 解体したことがあるから分かる、雌雄はあるけど生殖器官はないからどうやって繁殖するのか不明だったけれど …そんな生えるなんて

「ううーむ、ちょっと違うが それ以外形容の仕方がない、まぁ 人目のある所では補充もされないし、気にすることはあるまい」

というかもっと気になるのはその『補充』という言い方だ、それじゃあまるで何処かの誰かが意図的に魔獣の数を増やしているような言い草だ、人類に意図的な敵意を持つ魔獣…それを意図して増やしている存在がいるとするなら、それはもう人類の敵そのものなのでは…

「…誰かが増やしてるんですか?」

「違う、ちょっとな」

これだ、この含んだ言い方をする時は師匠があまり話したくない話題の時だ、というか多分エリスに教える気は無いんだろうな、魔獣の真相 それは即ちこの世界の真相に近い…そんな大それたこと 教えられても困るし、これ以上触れないでおこう

「ほら、見えてきたぞ ソレイユ村だ…」

ふと、師匠が声を上げる、見えてきた 木々の隙間から見える牧歌的な村、懐かしい ムルク村よりほんの少し小さいくらいの村だ、なんでこんな所に集落が そう思ってしまうほどのど田舎に 確かにあった、ソレイユ村…!

ここに ハーメアが!

「ん?、なんだあんた達 珍しいな、客人か?」

すると村の入り口付近で声をかけられる、やや口元に無精にチクチク髭を生やした お兄さんとおじさんのちょうど境目のような男が物珍しそうにエリス達の方を見ている

装備は簡素だが使い込まれている、何より隙があるように見えて油断していない この男冒険者だな、しかも結構なベテランの

「ああ、だが客というほど大層なものでもない、冒険者としてこの近くに仕事があってな」

そう言いながら師匠は依頼書を引っ張り出す、依頼内容はテンプス山近くに大型の魔獣が目撃されたという報告だ、急を要する仕事ではない 何せ被害は出てないからな

ただエリスがソレイユ村に立ち寄る言い訳作りとして取ってきた仕事だ、それでも師匠は『お前が受けたいなら好きにしなさい』と言ってくれた…、師匠を騙しているようで気がひけるが 本当のことを話す気にもならない

「大型の魔獣か、その依頼はウチの村長が出したやつだな、俺達も調査してんだが何分行き詰まっててさ、助けに来てくれて嬉しいぜ、俺はセグロ…あんたらは?」

と言いながらセグロはにこやかに挨拶してくる、名前か…あんまり名乗りたくないな、だって名乗ったら他のギルドの冒険者みたいにエリスを嫌な目で見てくるに違いないから

かと言ってここで名乗らないわけにもいくまい

「…エリスです」

「そっか、エリスってんだな そっちは?」

あれ?スルーされた?いや、多分エリスの話題があんまりここには行き届いてないんだ、外界から遮断されているから情報があんまり入らないんだ…!、なんかいいな 急に居心地が良くなってきたぞ

「私はこの子の師匠だ、賢人とでも呼んでくれ」

「なんだ?名乗りたくないのか?、まぁ深くは詮索しないさ ただしこの村で悪さしたら俺が許さねぇからな」

「分かってる、そんなことはせんよ」

「ならばよし、んじゃ 俺はこれから仕事があるんでな…森の魔獣退治さ、あんたらは旅で疲れてるだろうから 宿でもとって休んどきな」

「森の魔獣?それならここにくる道中倒しておきましたよ」

「は?…」

多分彼の言ってる魔獣とはあの森に巣食っていた奴らだろう、それならキチンと全滅させた 、撃ち漏らしは無いと思う 居たとしても微々たる量だろうがな

「いや、倒したって 何体?」

「百から先は数えてません」

「……ちょっと待ってろ!」

そういうとセグロは森へと走りガサガサと何やら探った後急いで戻ってくる、森に魔獣がいないのを確認したんだろうか…しかししまったな、仕事を奪ってしまったか 恨まれなければいいが

「おいあんたら何者だよ!本当に全部倒してあるじゃねぇか!、あの数の魔獣 二人で倒したってのかよ!」

「二人では無い、この子が一人で倒したんだ…この子は三ツ字冒険者という称号を貰ってるらしいしな、そのくらいの実力はあるさ」

師匠!?それバラしちゃんうですか!?、いや多分師匠は字がどういうものかあんまり理解してないんだろうな、師匠から見れば字なしも字ありも同じようなものにしか見えないんだ、どうしよう今度こそあの嫌な目で…

「マジかよその歳でか!すげぇなぁ、まぁいいや 俺も楽が出来ていいや!、これでしばらくは朝から酒が飲めるぞぉ~」

また無視…なんで?、いやいいんだけどさ エリスを利用しようとかおこぼれに預かろうとか、思わないの?この人、すると師匠に肩を叩かれる …師匠は軽く微笑みながら

「この世にいる人間が皆が皆強欲というわけでは無いのだエリス、特にこう言う俗世から離れた人間は 富にも名声にも興味がないものさ」

なるほど、確かに成り上がってやろうとする人間なら こんな所に居着かないか、なんだかいいな…やっぱりエリスはこう言う静かな村が好きだ、誰も彼もが外の世界に興味も示さず 己と周りの人間の為に生きる…色々国を見てきたけれど、やはりエリスにとっての理想の場所とは こう言う場所のことを指すのかもしれない…ムルク村みたいな こんな村を

「おーい、ちょうどいいや この村案内するぜ、えぇっと エリスと賢人だったか?、馬車はその辺に止めとけ」

「その辺でいいのか?、一応貴重品も入っているのだが」

「村の人間に盗み働くような奴はいねぇよ、一応グラバーって小悪党はいるが、金品盗むほど肝っ玉は据わってねぇから安心しな」

金品も盗めないのに小悪党なんかやってるのか、向いてないんじゃないか?それ、と思いながらも馬車から飛び降りセグロに続く、師匠も邪魔にならないところに馬車を止めるとそのままこちらに続く

「牧歌的な村ですね」

「だははは!正直に言えよ 田舎だろ?、酒場なんて一つしかねぇし 娯楽もねぇ、金より野菜の方が重宝されるような村だ、いいところだけどな」

セグロに案内されるように村を歩く、道中すれ違う都度 村人達がセグロの名を呼んで挨拶してくれる、田舎とは言うが…エリスはこう言う村の方が好きだ、都会は人が多すぎる その分嫌な人間も沢山いるから

「さて、案内するつっても 向こうに宿 向こうに八百屋 あっちに村長宅 こっちに酒場、これで終わりだ」

あっちそっちとセグロを指を四方に伸ばしそれで案内は終わる…、本当に小さい村だな ムルク村でももう少し大きかったぞ、これじゃ集落だろうに

「そうか、とは言え今日はもう遅い 我々は宿を取らせてもらうとするよ」

「おう、好きにしな 村長には俺から話を通しておくよ」

「有難い、ではエリス 行こうか」

「はい、師匠」

師匠に手を引かれ宿へと向かう、…ふと周りを見回せば村人達がエリス達を珍しそうに見ている、その顔を見回し 一つ一つ改める…

(違う…あいつも違う、ハーメア…何処にいるんだ、この村にいる筈なんだろう…)

ぎろりぎろりと目を左右に動かして村の中を隈なく見るが…いない、何処かへ出かけているのか?、分からない ハーメアがこの村でどうやって生きているのか分からない

いっそ名前を出すか?ハーメアを探してると…いや、ダメだ ハーメアは一応ハルジオンから今だに逃げているつもりなんだろう まだあいつが死んだって知らない筈だ、だからこんな人目につかない村に居着いているんだ…

下手に名前を出して警戒されたら逃げられる…、それに出来れば師匠にもこの件はバレたくない、可能なら エリスが目視で見つける、大丈夫 この村にいるなら必ず見つけられる、ハーメアは目の前にいる筈なんだ…

「おい、エリス あんまり鋭い目で周りを見るな、村人が怖がっているぞ」

「え…あ」

ふと師匠の言葉で目がさめる、気がつくと周りの村人が エリスを奇異の視線…いや、畏怖の視線で見つめているのが分かる、エリスが鋭い目で周りを睨んでいたからだ

ハーメアを探すあまり ハーメアのへの憎しみが瞳から漏れ出てしまっていたんだ…しまったな

「どうしたエリス、この村に来てから様子がおかしいぞ」

「そ そうですか?」

「ああ、もっと言えばマレウスに来てからお前は様子が変だ、お前の好きにさせようと思ってはいたが、胸に何か秘めているなら ちゃんと師である私に言え」

師匠の眼が厳しい、怒っている時の眼じゃない 初めて見る眼だ、怖い眼…その目が今エリスに向けられている、その事実だけで堪らなく悲しくなる

分かってる、エリスが悪い 師匠に隠し事するダメな弟子なんだエリスは、本当は全部話したい けれど…嫌なんだ、この村に本当の母親に会いに来たと言った時の師匠の顔を見たくない

エリスにとっての母親はもうハーメアじゃない、師匠なんだ…レグルスこそエリスの母親なんだ、そんな人を傷つけたくない だから…だから

「何も…ありません」

エリスは師匠に嘘をつく、…血の気が引く程に嫌悪感が体中を走り目眩がする

「…そうか、分かった」

師匠はそれだけいうとエリスから目を離し再び歩き始める、…喉の奥から酸っぱい物がこみ上げ涙が溢れそうになる、…ごめんなさい 師匠、これはエリスだけの問題なんです 貴方だけは巻き込みたくない、エリスの復讐なんです…

暗くうつむきながら進むエリス、もうこんな思いはしたくない…早くハーメアを見つけて終わりにしてしまおう、うん…

そう決意しながら エリスと師匠は気まずい空気を醸し出しながら宿へと入り、今日はもう早めに休むことした…




「ふぅーん…なるほ…どっ」

そんなエリス達の後ろ姿を見つめる影に、気がつかないまま


…………………………………………………………

そう、決意してから …三日

「はぁ~…」

三日…三日経った、宿をとってこのソレイユ村にエリス達が宿泊し始めてから三日経った

エリスはあれから三日、このソレイユ村で過ごし 大型の魔獣を捜査するふりをしてこの村を歩き回った、村人と話しそれっぽい人物がいないか探したり 出来る限りのことをしたが見つけられなかった

あの情報が間違ってたのか?、もうハーメアはこの村にいないのか?、そう考えながらエリスはその辺の石を椅子代わりに座り 空を見上げる

師匠には今日も魔獣の調査に行ってきますと嘘をついてエリスは一人でこの村を歩き回っている、ハーメアを探してるんだ…

…何やってんだろエリス、三日も師匠を騙して こっそり動いて、昔の母親なんか探して…バカらしい

師匠はあれからエリスに対して何も聞いてこない ただ『そうか』としか言わない、…最近師匠との会話も減った というかエリスが気まずくて何も話せていない、隠し事をしている後ろめたさから何も話せないんだ…

「こんなの、早く終わりにしたいのにな」

エリスはこんなに落ち込んでるのに この村は相変わらず毎日同じように忙しそうに賑やかに過ごしている、落ち込んでいるエリスには その賑やかささえ煩わしい、来た時はあんなに良い村だと思ってたのに

一度吹き出した悪感情がぐるぐる回り 周りものまで憎く見えてくる

「あ、エリスさん」

「ん?おや スティクス君」

そうやって落ち込んでいるとエリスを呼ぶ声がする、この村でエリスに自分から話しかけてくる存在は少ない、最初に睨み回ったのがいけないのか みんなエリスを避けるのだ

ただそんな中話しかけてくる存在がいる…スティクス君だ

「こんなところで何してるんですか?」

エリスよりも幾分年下の村の少年、エリスと同じ金の髪と人好きする優しげなえくぼがトレードマークの可愛らしい少年だ、冒険者ギルドで何か出来ることがないかと顔を出した時に知り合った子だ

なんでも冒険者になりたいらしい、冒険者になってアジメクにいる姉を助けたいそうだ…立派なことだ、エリスがもう少し元気なら喜んで手伝ってあげたが、生憎今はそんな気分じゃない ハーメアの件と師匠の件でエリスは今非常にローなのだ ダウナーなのだ

「…雲を見ていたんですよ」

適当に嘘をつく、こんな子に心配されるなんて今のエリスは余程情けなく見えるのだろう

「雲?…いい天気ですもんね」

そういうとスティクス君はエリスの隣に座りエリスの真似をして空を見上げる、…なんだか可愛いな、思えばエリスの知り合いにエリスより小さい子はいなかった いやいるにはいるんだが、ここまで親しくなったことはない

この子はエリスについて回り エリスの真似をしたがる、なんでも冒険者になりたいから エリスの真似をするらしい、よくを分からないが やりたいようにやらせておく

「ステュクス君は何をしてるんですか?」

「修行です、一日でも早く強くなって お姉ちゃんを助けたいので」

立派だ、強くなる確たる理由があるのはいいことだ、エリスも少し前まで修行に打ち込んでいたのにな、最近では師匠との修行にも身が入らない

ハーメアの件で師匠と気まずくなり、気まずくなったから師匠と話せなくなり、話せないから余計気まずくなる…悪感情スパイラルに陥っている、もうどうしていいかエリスにも分からない

「いいですね、お姉さん 助けられるといいですね」

「はい!、きっとお姉ちゃんもこの空を見てると思うので」

…空は一つだ、国は多く人は数多 されど空は一つだけだ、どれだけ離れていても見ている空は一緒か、こんな小さな子に教えられるとは…

「そういえば、エリスさんも人探しをしてるんですよね、誰を探してるんですか」

「…さぁ、もう誰を探してるのかも なんで探してるのかも分からなくなってきました」

ハーメアを見つければこの感情も晴れるのか 師匠とまた上手くいくようになるのか、もう分からない なんでエリスはこんなにハーメアに固執するんだ、もう放っておけばいいじゃないか あんなやつ…

…ダメだ、放っておけない やっぱり一目会って文句を言いたい、…いや それとも会いたいのは憎いからじゃないのか?、もしかしてエリスは…心の底からただかあさまに会いたいだけなのか?

もう分からない

「分からないんですか?」

「分かりません、何も…」

「そっか、エリスさんは色々考えてるんですね」

この子は…まったく、この子と話しているとなんだか気が和らぐな、いい感じにのほほんとしていて 暗く落ち込んだエリスを無意識のうちに励ましてくれる、いい子だ

「お?、ステュクス!今日は修行サボりか?」

「あらやだ、ステュクスがデートしてるわよ デート」

「なんだなんだ、そんなところで黄昏て!、子供のうちからそんな顔するもんじゃないぞ」

すると、ステュクスにつられて村の人たちが集まってくる、どうやら彼はこの村ではアイドル的存在らしい、まぁ、分からないでもない この子はいい子だ、素直で人の事を気にかけられる子、子供の特権とも言える優しさは今のエリスを温めてくれる

「も もう!、みんな!そんなんじゃないよ!」

気がつけばステュクスの周りには人が集まっていた、ステュクスの周りにいる人はみんな笑顔だ…暗い顔してるのはエリスくらいなものだろう

「まったく、…すみませんエリスさん、みんなすぐこうやって僕をからかうんだ」

「人気者ですね、ステュクス君は」

「みんながいい人なだけですよ、…僕 元々この村の子じゃないんです」

「そうなんですか?」

そうだったのか、元々この村の子じゃない それでもこの村の人達は受け入れてくれたのか、いい話だな…エリスも師匠に受け入れられたからこそ分かる、受け入れてくれる人の優しさとは 身に染みるものだ

…でも、なんだってステュクス君の両親はこんな村に引っ越してきたんだ?、ソレイユ村を悪くいうつもりじゃないが はっきり言えばここは田舎も田舎 ドが5~6個つく田舎だ

「そんな余所者のみんな僕を自分の子供のように可愛がってくれて、だから僕もこの村のみんなが大好きなんだ」

「だははは!そう面と向かって言われると恥ずかしいな」

「そうよぉ、大した事なんかしてないわ、私たちにとってはもう家族みたいなもんよ、ステュクス君も あんたの父ちゃんのホレスさんもあんたの母親の…」

「もーう!、そういう恥ずかしいこというのはキラーイ!」

ワチャワチャと騒ぐステュクス君と村のみんなを見ていると思わずが微笑ましくなる、…落ち込み暗くなっていたエリスの心もだんだんと暖かみを増していく

落ち込んでたのが馬鹿みたいだ、…そうだな こんなに落ち込むくらいならもう隠し事はやめよう、エリスを受け入れてくれた師匠をさ受け入れるため エリスも師匠に正直に話すんだ… 大丈夫、師匠なら受け入れてくれる筈だ

「エリスさん!」

「ん?、どうしました?ステュクス君」

「僕の大好きなこの村を、エリスさんにも好きになってもらいたいんです、どうでしょうか その…僕と一緒にこの村を散歩してくれませんか?」

散歩のお誘いだ、この村を好きになってほしいか…そっか、エリスが暗い顔しているの やっぱり伝わっていたか、こんな小さな子にまで気を遣われてしまうとは

うん、いつまでも暗い顔するのはやめよう、そうだ 落ち込むから下を向くのだ、上を向こう 上を向いて師匠にも正直にいう、そう思えば気が楽になる

…それを教えてくれたこの子には恩がある、なら付き合おうじゃないか

「なるほど、デートのお誘いですか、なら受けないわけにはいきませんね」

「なっ!ち 違うよエリスさん!?」

「ヒューヒュー!隅におけねぇなステュクスー!」

「もーう!みんなー!」

顔を真っ赤にしながら照れるステュクス君を前にエリスは思わず微笑んでしまう、まったく…可愛い子だな ステュクス君は
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