孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

85.孤独の魔女と栄光の果てにある誓い

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一ヶ月 エリスとレグルス師匠はデセルクトでの平和な日々を過ごしました、ザカライアさんがエリスを外に連れ出してくれたり メルクさんと一日家の中で過ごしたり レグルス師匠と修行したり、穏やかな日々を過ごし デルセクトでの戦いの傷を癒し

そして、遂に出発の日がやってきたのです

馬車がミールニアに到着した時は既に空も赤らむ夕暮れ時、これはミールニアを出る頃には夜になってしまうかもしれないな

「おい、ほんとに今日出発するのかよ…明日でもいいじゃん、メルクだってまだ帰ってきてないしよ」

ミールニアの出口 見送りに来てくれたのはザカライアさんだけだ、彼はもう遅いし一日くらい泊まっていけと言ってくれる

メルクさんはいまだに仕事があり来ることができず、ニコラスさんはあれから会うことが出来ていない、グロリアーナさんもフォーマルハウト様もメルクさんが来ていない以上彼女達も見送りに来ることはないだろう と言うか前あった時に別れは済ませてあるので態々今日来たりはしない

そう、別れはもうこの一ヶ月の間に済ませてある みんな今日エリス達が旅立つことは知っている、それでも尚見送りに来てくれるのはザカライアさんだけだったと言うわけだ 、別に薄情とか寂しいとかそう言うこと言うつもりはない、ただいつもはみんなで見送られていたから少しびっくりしただけだ

また明日にしよう そうすればきちんと見送りを ザカライアさんはそう言ってくれる、でも

「いや、そう何日も泊まるのは悪いしな…急ぐ旅でもないが ゆっくりできる身でも無し、出発は早い方が良かろう」

とは師匠の言葉だ、エリスとしても旅の勘を取り戻したい 何よりデルセクトには殆ど盗賊も魔獣も出ない、鉄道整備のため荒れた地形もないし、夜中行軍したとしても問題はないだろう

「それに、長く居るとそれだけエリスも旅立ち辛くなっちゃいますしね」

「だけどよぉ…やっぱ寂しい」

口を尖らせながら拗ねるザカライアさん、彼は何だかんだエリスの旅立ちを理解してくれつつも 旅立つと聞いてからやたら外に連れ出してくれた、あれはエリスを気遣ってのものであると同時に、彼自身の寂しさを紛らわす為のものでもあったんだろう

「ザカライアさん、そんな顔しないでくださいよ、今生の別れってわけじゃないんです、この旅が終わったらまた会いにきますよ」

「何年先になるんだよそれ」

「さぁ、でも 離れてるからって関係が変わるわけをじゃありません、エリスにとってザカライアさんが友達であることに変わりはありませんよ」

「…そうだな…」

彼はエリス達の旅を支援してくれるとまで言ってくれた、事実馬車の中にはスマラグドス王国で補充された物資が山と積まれており、消費した分以上の物が入っている、彼のおかげでしばらくエリス達は物に困ることはなさそうだ

「…メルクじゃないけどよ、あん時お前と会えてよかったぜ」

「エリスもです、最初に出会った五大王族がザカライアさんでよかった」

思えばデセルクトを回るカエルム事件の旅は彼のおかげで大いに進歩したとも言えるし、彼が居たからエリス達は旅の最中も楽しかった、何より彼と会えたことで 印象だけで人を決めつけるのは良くないということを学べた

彼との出会いで得たものは多い

「それにザカライアさん、最初にあった時よりずっと頼もしくなってますよ、偶にベオセルクさんくらい頼りになりました」

「へへへ、そうかい…俺も ちっとはベオセルクみたいになれたか、お前と一緒にあっちこっちでやばい目にあって 少しはでかくなれたみたいだな」

「はい、最初よりもずっと大きいです」

彼は成長した というより多くの危機や様々な状況を経験することで、自分というものとベオセルクさんとの違いを理解し、その上で自分にできることをら模索するようになった、あの城に閉じこもって模擬戦ごっこをしていた時では考えられないほど 彼はたくさんのことを経験した

今じゃ 立派な国王様に見える、いや 彼は案外最初から立派な国王だったのかもしれないな

「じゃ、次会う時にはもっとベオセルクみたいになってるかもなぁ~ 」

「その時はエリスももっとすごい魔術師になってますよ」

多分ね、そう思いながらエリスとザカライアさんは 夕日で赤く染まった翡翠の塔を見上げる

「…お前らのおかげでこのデルセクトは変わる転機を得た、王族として礼を言うぜ サンキューな」

「いえ、エリスは…」

「いや、お前らがデルセクトに来たから全部変わったんだ、メルクもきっとここに居たらそう言うぜ」

…メルクさん、どうしても都合が合わず来れなかった彼女のことを思う、…メルクさんはこの国で最初に得た仲間であり 大切な友達、デティやラグナに並ぶくらいの親友だ

色んな危機を二人で乗り越えた お互いの危機を互いに助け合った、エリスから始まり メルクさんが始めたデルセクトの変化、…全部彼女と出会えたからだ

本当は、そう ワガママを言うなら彼女にもこの場に来て欲しかった、いってらっしゃいと見送って欲しかった、それは叶わなかった…あの人との出会いはエリスにとっても大きなものだ、その別れくらいしっかりしたかったな

…背中を押して欲しかったと思いながらも、エリスは旅に出る そう毎回毎回見送ってもらえるわけじゃないか

「じゃあザカライアさん、エリス行きますね」

「おう、行ってこい…次デセルクトに来る時は 国賓としてスマラグドス王国に招くぜ」

「ははは…、じゃあそれまでしっかりスマラグドス王国を治めておいてくださいね、立派な王様として」

「分かってるよ、真面目に仕事するって」

軽く手を振りながら馬車に乗り込む、師匠はザカライアさんとの別れを邪魔しないように黙って馬の綱を握っている、…なんだか懐かしい景色だ、そうだ エリスはこうやって旅をしてたんだったな

「いいのかエリス、メルクを待たなくて」

「大丈夫ですよ、メルクさんもメルクさんで忙しいんです 、それに別れを告げられたら エリス泣いちゃうかもしれませんし」

「友との別れだ、泣いてもいい」

「そう言うレグルス師匠こそ、フォーマルハウト様と別れなくても良いのですか?」

レグルス師匠とフォーマルハウト様、最初は色々あったが やっぱり二人は友達なんだ、アルクトゥルス様やスピカ様程関わりはなかったが それでも二人は短い間に気持ちを通じあわせていた

「別れは昨日済ませた、奴も言っていたよ 『エリス、貴方の旅に幸運があらんことを』とな」

フォーマルハウト様…あの人はメルクさん同様 責任感の強い人だ、何だかんだ言ってエリスを酷い目に合わせてしまったことに 思うところがあるのだろう、師匠の事を招いてもエリスのことは招かなかった、…そんなに気にしなくてもいいのにな

「…じゃあ師匠、行きましょうか 旅…再開しましょう」

「そうだな、今回はお前に辛い思いをさせてしまった 私も次から気をつけるよ」

「はい、お願いします エリスはもう師匠と離れたくないので」

師匠の隣に座ってその肩に寄り添う、以前よりも頭のあたる場所が上に感じるのはデルセクトでの時間がエリスを成長させたからだろう

「では進むぞ、捕まっておけよ」

「はい師匠」

懐かしい感覚、車輪が小石を跳ねる若干の震動、デルセクトでは殆ど列車による移動だったからこうやって馬車で移動するのも久々だ

速さで言えば列車と馬車では比べるに値しない程差があるだろう、でも 時間がかかるからこそ修行も出来る 思い出も作れる、なんて 正当化する言葉が出てきてしまうほどには エリスは馬車での移動が好きだ

「エリスー!、また来いよー!待ってるからなー!」 

「ありがとうございますザカライアさーん!、お元気でーっ!」

街の入り口で手を振るザカライアさんの姿が徐々に小さくなる、その姿が見えなくなるまでザカライアさんに、いや ザカライアさんとのあのミールニアという巨大な街に向かって手を振っていた

その中心 翡翠の塔を見据えながら、その中にいるであろうメルクさんに手を振るように…

ありがとうございました メルクさん、エリスも頑張ります…貴方に負けないように、そう心の中でつぶやいて メルクさんの顔を思い浮かべる、…でもやっぱり 最後に顔が見たかったな…

「さて、師匠 次の目的地はコルスコルピですよね」

「ああ、探求の魔女アンタレスが統べる智慧と探求の国、皆が皆思考する事を好み 継承する事を好み、探求する事を是とする知識に満ちた国だ、多くの大図書館を所有して 彼処にはこの世の全ての本が存在するとも言われている」

図書館か、確かアビゲイルさんも本と図書館くらいしかないなんて言ってたな、…いやレナードさんはそれに加えもう一つ…

「それと、私の母校がある国でもあるな」

「えぇっ!?、そ それってディオスクロア大学園の事ですか?」

「ああ、そうだが…よく知っているな、誰から聞いたんだ」

あの話本当だったのか、とするとその学園 由緒あるなんてどころの騒ぎじゃないぞ!とんでもない学園じゃないか…

「私だけでなく他の魔女達も皆通い 卒業しているな、シリウスの…師匠の勧めで弟子達はみんな入学させられたんだ、『この世の道理を知らぬ者にこの世の理統べる資格なし』なんてな」

「シリウス…って、案外まともなこと言う人なんですね」

「暴走する前は立派な人…ではないが、ちゃんとした人…でもないな、うん まぁそれでも私達のことを第一に考えてくれる楽しい人ではあったよ」

そう語る師匠の顔は何処か寂しそうで それでいて楽しそうで、…師匠はシリウスの事を今も尊敬してやまないようだ、だからこそ 辛いのだろう…その師を殺して得たこの平和な世を生きることが

「シリウスもその学園に通っていたこともあるんだぞ?、まぁ途中で退学してるから卒業自体はしてないがな」

「退学してるんですね…」

「あの人は集団行動できるタイプじゃないからな、毎日のように生徒に襲いかかっていたらしい、そのせいで学園はシリウスから逃げるための避難施設を作っていたこともあるそうだ」

「それのお陰で大いなる厄災も生き延びることが出来たわけですね」

「いやそう言うわけでは無いな、…まぁ 色んな偶然と奇跡…そして私の友の命がけの尽力もあって、あの学園だけでも残すことが出来たんだ」

…やっぱり 大いなる厄災の一件はエリスが思うよりも多くのことがあったらしい、当たり前か…世界をかけた戦いだもんな、それでもシリウスの事を隠さなくなってから 師匠はその厄災の一件を変にエリスに隠そうとしなくなった、いつか その全容を話してくれる日が来るといいな

「まぁコルスコルピに着くのはかなり先になるだろう、デルセクトとコルスコルピの間には世界最大の非魔女国家である『マレウス』があるからな、それを突き抜けていこうと思うと かなり時間を要するはずだ」

「マレウス…」

非魔女国家マレウス、魔女のいない非魔女国家であるにもかかわらず 魔女大国と同等クラスの領土を持つ大国だ、ここを通り抜けないとデルセクトには行けない…コルスコルピに着くのは一年二年先になりそうだが、エリスが思うところはそこでは無い


マレウス…、マレウス・マレフィカルムの組織名にも入っている国 、関係性や因果関係は不明にしてもなんの関係もないとは思えない、もしかするとその国に奴らの本拠地のような何かがある可能性がある

だってマレウスには魔女がいない、奴らが動くには絶好の場所だ…奴らが居るなら、またエリスはマレフィカルムと激突することになる、いやもし本拠地があるなら 或いはマレウスで奴らと決戦という可能性もある

だからこそ戦いの準備をせねばと言う逸る気持ちと共にもう一つ…エリスがアジメクの頃から抱いている一つの感情

…エリスの母 ハーメア・ディスパテルはエリスを捨ててマレウスに逃げたとハルジオンは日記に書いていた、それが真実ならエリスの母はマレウスに居る

エリスを…あの地獄に置き去りにし見捨て女、ハルジオンと並びエリスの憎悪の対処になる女…奴と相見えることがあるなら………

…ともあれ、マレウスではハーメアを探してみたいと思う …奴との決別、エリスの人生における一つの命題 その決着をつける、マレウスで…

静かに心を燃やしながらエリスはコルスコルピに、いや マレウスに向かう

次の戦いもまた、厳しいものになりそうだ



…………………………………………………

デルセクト中央都市 ミールニア、その真下…地下に存在する巨大な地下世界、落魔窟に存在する街の片隅、この地下で営業している酒場の扉を開けて 軽く挨拶する

「やっほー、お酒飲みに来たわよ 店主さん」

ニコラス・パパラチアはそうウインクしながらグラスを拭く寡黙な店主に挨拶する…が返事は帰ってこない、相変わらず無愛想だ そこが可愛いけど

ニコラスはそう思いながら店の中を見回す、いつもは汚らしい風貌の者でごった返すこの酒場が珍しい事に静かで閑散としている、存在する客といえば カウンターで一人グラスを傾けるボロ布の男くらいか

「人払いは済ませてあるみたいね」

そのボロ布の男に親しげ…ではなく珍しく真面目な顔で語りかけながら隣に座る、ボロ布の男はそれに応えることもせずただ一人グラスに注がれた酒を傾ける

「彼と同じ物ちょうだい」

そう言いながら指を立て店主にいうと、予め用意してあったのか 素早い手際でグラスに注がれたそれをニコラスへと差し出す、それは黄金色の液体で…正体は匂いでわかる

「リンゴ酒…シードル?、珍しい物飲んでるのね、アタシの知らない間にお酒の趣味でも変わった?」

「……別に、ただ 一人の少女にリンゴを恵まれてな、それを思い出して飲んでいただけだ」

「リンゴを恵んでもらった?この地下でそんなボロ布なんか羽織ってるから落伍者かなにかと間違えられたんじゃないの?」

「かもな、会う都度会う都度礼だと言ってリンゴを寄越してきて…、それが存外美味かったからな、次会うときはアップルパイを…なんて言っていたから楽しみにしていたんだが、それも叶いそうもないから こうしてシードルで誤魔化しているのだ」

そう言いながら男は冗談交じりにシードルを扇ぐ、彼はリンゴを恵まれて喜ぶような男ではない 、恐らくはきっとその少女が純粋な好意で彼にリンゴを渡してきたから 彼はそれが嬉しかったのだろう

「ふふふ、いい笑い話が出来たわね…貴方が落伍者に間違えられて リンゴを女の子から恵んでもらったなんて、アーデルトラウトが聞いたらどんな顔するかしらね?」

「それは言うな、これも仕事だ」

ボロ布を被った男は 静かに店主に目やる、すると店主も何も言わずにそれを感じたのか 静かにそそくさと店の外へと出て行く、人払いは完璧だ…この話は誰にも聞かれるわけにはいかない、何より 彼の…このボロ布の男の正体をこの国の人間に知られるわけにはいかないのだ

「さて、…まずはご苦労 ニコラス、お前には苦労をかけた」

そう言いながらボロ布の男は頭に羽織ったボロ布を取り払いその顔を露わにする、金の髪 眼帯 頬に走る一筋の古傷、歴戦を感じさせるその顔には若干のシワが刻まれている、彼もニコラスと共に歳を取っているのだ

「堅いことは言わないで、アタシと貴方の中でしょ?同期の頼みだもの これくらいなんてことはないわ、ね?ルードヴィヒ」

ニコラスは頬杖をつきながら男…ルードヴィヒの方を見てパチクリとウインクをする…

眼帯の男 ルードヴィヒ、これを聞いて震え上らぬ者はいない 恐怖しない者はいない、もし彼の正体がこの国で露呈すれば大問題になりかねないほどに彼は有名だ…

ルードヴィヒ・リンドヴルム 又の名を全人類最強の男、魔女を除いた人間の中で最強と呼ばれ この世で最も魔女の座に近いと呼ばれる男にして、世界最大の魔女大国 アガスティヤ帝国で筆頭将軍を務める男だ

そう、帝国軍のトップ それが浮浪者の格好をしてこの地下で酒を飲んでいるのだ、バレれば大問題もいいところだ

誰もが口を揃えて言うだろう なぜお前がここに、そして…

「そう言ってくれると助かる、ニコラス…やはりお前は頼りになるな」

デルセクト連合軍の軍人 ニコラスと繋がっているのか…と、何 理由と真相は簡単なことだ

「でも最初はびっくりしたわよ 、帝国軍人としての身分を隠してデルセクトに潜入…内側からデルセクトの暴走を抑えろなんてね」

ニコラスは最初からデルセクトの人間では無いのだ、元を正せばルードヴィヒ同様帝国の軍人 それが身分を隠して連合軍人として潜入…早い話がスパイである

ニコラス・パパラチア…又の名をアガスティヤ帝国諜報活動隊 隊長ニコラス、この国の誰もが知らぬ彼の裏の顔にして真実の姿、メルクリウスにもエリスにもグロリアーナにもフォーマルハウトにさえ明かしていない正体

当然、バレるわけにはいかなかった いくらメルクリウスとエリスを仲間として扱ったとしても、その正体がバレれば意味がないから…

全てはデルセクトという魔女大国が暴走し、この世界の秩序を乱すようなことにならぬよう監視する為、出来るなら暴走を抑えるため…

「お前が末端の部隊に左遷された聞いたときは正体がバレたかと肝を冷やしたが、…上手くやったみたいだな」

「…最初はアタシがこの国のトップに立ってデルセクトの手綱を握ろうかと思ったんだけれどね、デルセクトの腐敗は思った以上に深刻で かつアタシの手に負えない速度で腐っていった、もうアタシ一人でどうこう出来る段階じゃなくなっていたのよ」

「だからメルクリウスを?」

「ええ、アタシは立場上派手に動くわけにはいかない、だからメルクリウスという少女をこの国の英雄に仕立て上げて この国の主導を握らせようとしたのよ」

ニコラスは誰にも探られたくない腹がある、されどニコラスのことが気に入らない貴族や王族たちはなんとか彼の弱みを握ろうと動き回っていた、これではバレるのは時間の問題 なら早々に立場なんか捨てて、別の人間を傀儡にしてこの国の手綱を握らせようと画策した

そして、その傀儡こそが メルクリウスだったのだ、あの士官試験で顔を見たとき、この国を変えさせようと踏んだ理由もそこだ

「そして、その目論見はうまくいったわけだ」

「…いいえ、アタシの計画なんか早々に潰れてたわよ、メルクちゃんはアタシが言うまでもなくこのデルセクトを変えようとしていた、アタシじゃどうやってもあの子の制御なんか出来なかったの…そしてあの子はあの子の意思で腐敗を焼き払い、アタシの目論見なんか関係なく デルセクトのトップに立った、結局アタシは何もしてないわ」

そりゃ メルクリウスがこのデルセクトを変えたいと言ったとき 正直ニコラスはしめたと心の中で拳を握った、だが そこからは完全にニコラスの想定を超えていた

メルクリウスはニコラスが何をするまでもなく突き進み ソニアを倒し マレフィカルムを潰し、剰え魔女さえ改心させた、ニコラスが手をこまねいて何も出来なかったこの状況を一撃で叩き壊したのだ

「なるほどな、…メルクリウス…アレはお前でさえ取り合え使えぬ傑物というわけか」

「そうね、彼女の頑固さは天下一品、アタシじゃテコでもか動かせなかったでしょうね」

そんなメルクリウスに手を貸し 励まし共に歩んだエリス、彼女がいたからメルクリウスは進めたとも言える…本当はエリスに礼の一つでも言いたかったのだが、問題があった

レグルスだ、救出されたレグルスの目は鋭く かつニコラスの内側を覗き込むような目をしていた、魔女の眼光の前でいつまでも嘘をつき続けられる自信がなかったから…いつしか彼女達の前に姿を現わす機会が減っていった

そういえばエリスちゃん 今日出発の日だったわね、…お別れくらい言いたかったけれど、アタシの正体がバレたら それこそこの国にいられなくなる、そう思うとやっぱり会いに行けないわね

「何にせよ、お前のおかげでこの国に蔓延っていたマレフィカルムをも打倒出来た、感謝する」

「あら、マレフィカルムの存在を知ってるのね」

「当然だ、奴らは魔女殺しを成そうと世に逆らう大罪人だ、…我ら帝国も奴らの足取りを追っては支部を潰して回っているんだ」

アガスティヤ帝国は 世界秩序の維持を掲げている、魔女に逆らおうとする国 組織を事前に潰し、魔女世界の秩序を守っているのだ

それは時として魔女大国にも向けられる、ニコラスがスパイとして派遣されたのもその一環だ、デルセクトが暴走すれば魔女世界は瓦解する されど魔女大国間の協定で表立って干渉できない だからニコラスというスパイを送り込んで内部から変革しようとしたのだ

「世界秩序…それを破壊しようとするマレウス・マレフィカルムは我ら帝国の敵だ」

「ねぇ、…ルードヴィヒ?聞かせてちょうだい?マレウス、マレフィカルムってなんなの?、アタシ 奴らのこと全然知らないんだけれど」

「無理もない、奴らは狡猾だ…己の足跡を完璧に消している」

そういうとルードヴィヒはグラスを置きニコラスの方を見ると

「魔女排斥組織…そういうものはもう何千年も前にいくつも現れたことがある、魔女殺しの邪教アストロラーベ 魔女抹消組織ゴルゴネイオン 暗殺一家ハーシェル家、魔女と敵対し魔女をこの世界から消そうとする意志は 常に一定数存在する」

魔女とは即ち神だ、だが皆が皆神に従順ではない 魔女がいなければもっと良い世になるという意識は、誰もが持っている 今現状の世界を打開することこそが自分の生活を向上させる最たる手段と信じてやまない人間は時代場所関係なく存在する

だから、今まで多くの魔女排斥組織というものは生まれてきた、あの手この手で魔女を殺そうとする者達は現れ、その都度魔女自身の手や世界秩序を守ろうとする帝国によって潰されて力を失ってきたのだ

「今まで多くの魔女排斥組織が現れ その都度潰されてきたが、…奴ら マレウス・マレフィカルムは他の奴らは違う、明確に…」

ルードヴィヒは忌々しげに目を細める、ただの組織じゃない ただの烏合の衆ではない

「マレウス・マレフィカルムとは 組織名ではないのだ」

「あら、違うの?てっきり悪の組織の名前かと思ってたわ」

「違う、マレウス・マレフィカルムとは 謂わば魔女への敵意の総称だ、魔女を殺そうという意識の集合体…、今現在世界各地に点在する魔女殺しの組織を全て統括して出来た組織を束ねる機関 それがマレウス・マレフィカルムなのだ」

今までの組織はあくまで自分達で魔女殺しをしようとしていた、だがマレフィカルムは違う…各地でバラバラに動いていた魔女殺しの組織を全て統括 吸収し一つに合体して生まれた超巨大な魔女への敵意なのだ

何十 何百という組織が合体しているため、帝国でさえその全容を掴むことは出来ていない…もしかしたら 帝国そのものより巨大である可能性がある…それこそ、世界を覆い尽くしてしまうほどに

「お前達が戦った戦車のヘット、あれもマレフィカルム内部で活動する『大いなるアルカナ』という組織の一幹部でしかない、マレフィカルム全体から見れば ただの構成員程度の規模だ」

あれでか…とニコラスは顔をしかめる、ヘットは強かった デルセクトが彼にとって有利なフィールドであったことには変わりはないが それでも戦ったニコラスはわかる、あれは相当な実力者だと

それに言ってしまえばデルセクトはその一構成員に引っ掻き回されたことになる、本気でマレフィカルムが秩序を破壊しにかかったら、一体どうなってしまうのか…

「…マレフィカルムの本拠地は分かってないの?、『マレウス』・マレフィカルムと言うくらいだからマレウスにあるんじゃないの?」

「かもな、だがマレウスは魔女大国の干渉を拒んでいる…我々も表立って調べることができない以上、本拠地の割り出しは上手くいっていない…忌々しいことにな」

ルードヴィヒは悔しそうだ、彼は真面目な男だから 魔女を殺そうとする連中が今なお跋扈しているこの現状が許せないのだろう、今魔女が崩れれば 今の世界は一気に崩れ秩序は失われることになる、それがマレフィカルムの唱える更なる繁栄に繋がるかどうかはまた別の話だが

「希望があるとするなら、魔女の意志を継ぐ弟子達か…今現在五人…いや六人確認されている魔女の弟子達、あと二人揃えば魔女の弟子は八人揃うことになる…そうなれば少しは状況も変わろう」

…ニコラスは訝しむ、六人?そんなにいたか?と

孤独の魔女の弟子 エリス

友愛の魔女の弟子 デティフローア

争乱の魔女の弟子 ラグナ

栄光の魔女の弟子 メルクリウス

そして夢見の魔女の弟子 ネレイド、合わせて五人しか確認されていない筈だ もう一人の存在はニコラスも知らない、いや …ルードヴィヒは帝国の人間だ、その内情を誰よりも知る人物…

そして帝国を統べるのは無双の魔女…つまり、

「まさか無双の魔女様が弟子を…!、あれ?」

気がつくと既にルードヴィヒは席を立ち酒場の出口に向かって歩いていた

「ちょっと、話終わってないんだけど?」

「私は終わった、お前は引き続きデルセクトで軍人として潜伏し デルセクトが再び暴走しないか確認し続けろ、何かあれば帝国に報告しろ…」

「貴方はどこへ行くの?」

「帰る 帝国にこの件を報告しに行く…デルセクト暴走の鎮静と孤独の魔女の弟子エリスの件をな」

「やっぱりエリスちゃんの事知ってたのね…、ねぇ聞かせて …貴方はエリスちゃんをどうするつもりなの?、さっき言ったわよね エリスちゃんはこの世界の希望だって」

「………、ああ だが同時に孤独の魔女の弟子であるエリスは、この世界を滅ぼす鍵にもなり得る、カノープス様がマレフィカルム以上の危険と感じた場合は」

「殺すの?」

「…エリスは 孤独の魔女の弟子は、ともすれば魔女殺し以上の危険になりかねない …、カノープス様はエリスをシリウスの卵と呼んだ、破滅の因子であると」

「もし、エリスちゃんを殺そうってんなら…アタシ黙ってないけど」

「…分かってるさ、そうならないことを 私も祈っている、私もお前とは戦いたくない」

そういうと彼は金貨を一枚此方に投げ渡し…

「俺とお前の勘定だ、…お前のおかげで助かったよ ではな」

そういうと彼は酒場の扉の前で、ふと…嘘のように跡形もなく消える、彼の魔術を使えば 国家間大陸間の移動など物の一秒もかからず行える、ああやってたまに帝国から飛んできてデルセクトの様子を見に来るのだ、…まぁ デルセクトの問題が解決した以上、彼はもうしばらくデルセクトに顔を見せることはないだろうが

「はぁ~、…なんであんな奴のこと好きになっちゃったかなぁ」

渡された金貨を見てため息をつく、彼に頼まれるとどうにも嫌と言えない 、忘れたくて忘れたくて 仕方ない顔、誰を抱いても何を口説いても それでも忘れられない彼の横顔…今はその想い人の顔が見れただけでも満足するとしよう

ため息混じりにカウンターに金貨を置き、シードルを一気に飲み干して酒場を地下を出て、地上へと抜け出す

「…あら?」

すると、地上の街の大通りに…見慣れぬ物が置かれているではないか、それを軍人が大人数で抱えて何やら準備を…

「なんの準備してるのかしら?、よければ手伝う?」

「え?ああいえ、大丈夫ですよ もう準備も終わりましたので」

そう一人の軍人が答える、彼が準備しているのは 大砲だ、それが街中に持ち出され何やら準備をしている、物騒だな こんな街中でこんなもの取り出すなんて

「何に使うのかしら、この大砲」

「実はこれ、メルクリウスさんの命令でして…なんでもこの街を去る友の為に…………」




…………………………………………

「もう夜ですね、このまま進むにしてもそろそろ晩御飯にしないといけませんね師匠」

「だな、頼めるか?」

「はい、大丈夫です」

エリスはあれからミールニアを離れて 馬車に揺られて移動していた、と言っても高々数時間程度で移動できる距離には限度がある、街の郊外の平原に降り立ち視線を動かせば…遥か向こうにまだミールニアの灯りが見える

こうして、ミールニアを見ているとエリスもようやく旅を再開できたのだな なんて、実感と感傷が湧いてくる

「じゃあ、準備しますか」

そう思い近くの木から薪木を取りに行く、まずは火を確保しないことには始まらないからね…いやしかし、こういう風に外で野営の準備をするのは久しぶりだ、いつもはこのくらいの時間にメルクさんが帰ってきて それに合わせるようご飯作ってて…

…あの生活も終わったと思えばなんだか寂しい、そりゃ大変だったけどさ…メルクさんとニコラスさん ザカライアさんで食卓を囲むあの日々はたしかに楽しかった

「…メルクさん」

ふと、無意識に口を割ったのはメルクさんの名前、やっぱり寂しい…最後に声が聞きたかった、今からでも戻ってメルクさんに別れの挨拶をしたい そんな感情が湧き出て、ついついミールニアの方を何度も見て 振り返ってしまう

ダメだなぁ、これから旅に出るのに何度も振り返ってしまう、…それだけエリスにとってメルクさんは重要な存在なんだ、大切な友達なんだ それに次会えるかも分からないのに、こんな別れはやっぱり寂しすぎるよ

寂しい、そうだ とても寂しいザカライアさんの前では仕方ないとは言ったが、やっぱり寂しいよ…もう一回顔が見たい 話をしたい、別れは…何度経験しても寂しく後ろ髪を引いてくるものだ

でも、エリスは旅を続けないとといけない この国に入り浸るわけにはいかない、そうだエリスは…

「おい、エリス」

木の枝を拾おうとしゃがんだ瞬間、師匠がエリスの名を呼ぶのだ 一体何を…

「あれを見てみろ」

そういうと師匠はミールニアの方を指差す、一体なんだろう そう思いミールニアの方を見る、相変わらず街の街灯はキラキラと夜の闇を彩り輝いて、まるで宝石箱のようで…その瞬間 一つの輝きが 街の上に打ち上げられた

な なんだろう、急に何かが打ち上がって…いや これ…

その瞬間光は ミールニアの真上で炸裂し 盛大な音と色取り取りの美しい光を周囲に広げる

「うわぁ…、綺麗ですね…花火ですか?」

「ああ、綺麗だな…奴らなりの我々の見送りなのかもしれないな」

街の上に一つ、どでかい花火が打ち上げられ 街の光にも負けない輝きが ミールニアの真上で輝く、色取り取りの花火の光と音はここまで届き エリスの顔を照らす、綺麗だ…

きっと、きっとメルクさんだ メルクさんがエリス達の為に、エリスの旅の為に花火を打ち上げてくれたんだ、これが彼女達なりの見送りなんだ

「しかし、けち臭い奴等だな…奴等も金を持っているだろうに、1発だけと言わずもっと盛大に打ち上げてくれても良いものを」

そう言いながら師匠は微笑みながら馬車の方に戻っていく…、そうだ 1発だけだ、続く2発目が打ち上げられる気配はない、1発だけの花火…1発だけ…?

「……あ」

去来する記憶、過ぎるメルクさんとの会話、そうだ…そうだこれって

エスコンディーナや黒服達のアジトの前で…

『三発なら退け 一発なら…………』

エリスがメルクさんと決めた合図、三発なら退く…そして 1発だけなら……1発だけなら!

「ッ…メルクさん、メルクさん!」

もはや残滓しか残らぬ花火のカケラを浮かせるミールニアに向けて声を投げかける、これはメルクさんからのメッセージなんだ、エリスへエリスの旅路に向けての!

「メルクさん!、エリス 進みます!前へ!前へ…!だから 見ていてください!メルクさん!」

叫ぶ、ミールニアにいるであろうメルクさんに届かせるように、『進め』それが彼女の言葉だ…エリスとメルクさんにしか分からない二人だけの合言葉

最高の激励ですよ、メルクさん!エリス…進みます!もう振り向きません!、ありがとう ありがとう…メルクさん!

ミールニアに向け…叫ぶ頃には既に花火は完全に消えていた、それでも エリスの目には 頬には…花火に負けぬ、一抹の輝きが煌めいていた



…………………………………………

「進め…進むんだ、エリス 振り向くな、君は君の道を前へ進め」

翡翠の塔上層で 髪を風になびかせながらメルクリウスは一人呟く、消えた花火の向こうにいるであろう友に向けて 投げかけるように、答えるように

「よかったんですの?、貴方の無二の友との別れ そのくらいの時間は作れましたのに」

その背後で心配そうに呟くのは栄光の魔女フォーマルハウトだ、弟子となったメルクリウスの意思は尊重するつもりだ 彼女が会いたいといえば今すぐにでもすっ飛んで会いにいかせる事くらいできる、それでも…

「いえ、きっと会えばエリスと別れる事が出来なくなってしまい、未練がましく彼女の足に縋り付いていかないでくれと言ってしまう…、私は彼女の盟友です 足枷ではありません」

メルクリウスの意思は堅い、会いにいけばきっと別れられない…メルクリウスにとって初めてできた無二の盟友、彼女がいるから私は歩けた 進めた 事を成せた

出来るならいつまでも共に歩みたい 私を支えてほしい、そう思ってやまないほどに私は彼女を大切に思っている

でも出来ない、彼女には彼女の道がある、そこを進む責任がある…なら縛らない 、旅立つというのなら見送る、それが盟友の在り方だ

「…強いんですのね、メルクリウス 貴方はわたくしより強い」

「どうでしょうね、…分かりません でも、エリスは私に多くを与えてくれた、これは私の心ばかりの別れの挨拶です」

きっと彼女ならこの花火の理由にも気がついてくれる、そう信じてメルクリウスは眼下の平原を見下ろす、そこにきっとエリスがいると 彼女もまたこちらを見ていると信じて

「フォーマルハウト様 メルクリウス様、修行の準備が整いました」

「ご苦労、グロリアーナ?」

背後でメルクリウスとフォーマルハウトの修行の準備を整え終わったグロリアーナが声をかける

「ではメルクリウス、エリスがエリスの道を進むように、貴方も貴方の道を進みなさい」

そうだ、私も彼女に恥じないよう 強くなる 立派になる、友とまた肩を並べられる日を信じて…そしていつか、立派にこの同盟を治められる存在になったら、エリスを迎えに行こう 彼女がこの同盟で生きていけるような地位を私が作るんだ

その時はまた一緒に暮らそうエリス、だからその時まで…一旦お別れだ

「はい、マスター…私を強くしてください、友に負けないように 友の敵に負けないくらい」

「ええ、任せなさい 我が栄光にかけて、必ずや」

踵を返し 道を征く、栄光の名を背負うに値する者になるように…彼女との約束を守るために、私は この同盟を変え 栄光を取り戻すんだ

心の中で礼をしながら、メルクリウスは塔の奥へと フォーマルハウトの後へと続く、それが己の道だから



こうして、デルセクト全土を巻き込んだ私とエリスの旅は終わった、悪を倒し敵を倒し 手にしたこの平穏と別れを告げ、互いに互いに道を行く

だが私とエリスの戦いは終わらない、きっと 互いの栄光を手にするまでは、だからお前も頑張れよ、エリス…この先の君の旅にも 栄光があらん事を………









………………………………………






降り頻る雨の中、その冷たさを全身に浴びながらも…何も感じない、寒さも悲しみも何も

「うっ…うう、こんなに早く こんな若さで亡くなるなんて…」

「かわいそうに、折角幸せに暮らせていたのに」

「こんな酷い事があるものかね」

周囲の人間は雨の中 濡れる事も厭わずに立ち尽くし涙を流している、皆悲しみに耽り 墓石の前で別れを告げているのだ

…墓石には一つの文が刻まれている 『ハーメア・ディスパテルここに眠る』と

「どうして、この間まで元気だったのに…」

「凄惨な奴隷生活とここまでの長旅で体を弱めていたんだろう、流行病にかかって そこから持ち直す事ができなかったんだ」

「皮肉な話よ…、あのアジメクから逃げてきたせいで病気になっちゃうなんて」

周囲の人間はハーメアの辛い過去に同情し 共感し、それでも友になってくれた街の人たちだ…みんな明るく快活なハーメアの人柄に惚れ込み、互いに助け合って決して裕福ではないにしても 街のみんなで助け合って生きてきたんだ

それなのに、現実とはかくも無慈悲なものだ、土の下で眠るハーメアの名を呼びながら皆落涙に伏す

「これからって時じゃないハーメア、こんなに小さな子供を残して…」

そう言いながら近所のおばさんが頭を撫でる、雨に濡れた金の髪が揺れる…母ハーメアと同じ金の髪が

「大丈夫?ステュクス君…お母さんが急にこんなことになっちゃって…」

ステュクスと呼ばれた小さな少年は、母ハーメアの墓を前に立ち尽くしていた、まだ十も行かぬ齢の子に 母の急死はあまりにも受け入れ難い現実であろうと、皆ステュクスを心配する

だが

「大丈夫だよ、おばさん…母さんが死んじゃったのは悲しいけれど、僕にはまだ家族がいるから」

ステュクスは涙で赤くなった目で気丈に微笑む、母が死んだのは悲しい でも孤独になったわけじゃない、自分にはまだ家族がいると笑うのだ

「ああ、お父さんね…そうね、これからはお父さんと一緒に…」

「ううん、違うの 昔母さんが教えてくれたんだ、僕にはお姉ちゃんがいるって」

ハーメアは昔 アジメクの貴族に買われた奴隷だったと言う、その時望まぬ子を産まされていた、とんでもないことだ 皆その話を聞いて憤慨しあまりの遣る瀬無さに涙を流したりもしたが、それでもハーメアは快活に生き そんな過去を受け入れてくれる男と結婚し 今度こそ自分の望む人と子を成す事ができたのだ…

ステュクスは言う、母は確かに望まぬ子ではあったものの あの子も我が子なのだ 本当は助けてあげたかったが、その力には当時のハーメアにはなかった、なら …

「僕は、強くなって いつかお姉ちゃんを迎えに行くんだ、アジメクの悪い貴族のところに行って 捕まってるお姉ちゃんを助けてあげられるくらい強くなって!、僕はお姉ちゃんと一緒に暮らすんだ!」

ステュクスは雨の中拳を掲げて希望に満ちた目で唱える、自分にはまだ見ぬ姉がいると 母が産んで助けられなかった姉を今度こそ自分が助けるのだ、悪い貴族の元で今も苦しんでいるだろう姉のところに行って 助けて、そして一緒に家族として暮らす

それをきっと母も、姉も それを望んでいるだろうから

「ステュクス…ああ、そうだな…きっとハーメアの残した子を助けような」

「お父さん…うん!」

ステュクスの父 ホレスはステュクスの頭を撫でながら涙を流す、無理とは言わない 難しい事だろう、それでもステュクスは姉に会いたいんだ、その望みを否定することは 誰にもできない

「僕!きっと強くなるから!…それまで絶対待っててね!お姉ちゃん!」

最大の非魔女国家 マレウスの一角にて雨天に向けステュクス・ディスパテルは吠える 絶対に強くなってやると、亡き母の為にも姉の為にも、未だ世の過酷さを知らぬ小さな少年は 墓跡に誓う


その誓いが向かう果ては 天か地か


……………………第四章 終
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