孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

78..孤独の魔女と戦車のヘット

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金剛王ジョザイアと第一工程ニグレドの奪取の報はエリスとメルクさん そしてグロリアーナさんに衝撃を与えると共に、察する
 

最初から ヘットはこう動くつもりだったのかもしれない、ソニアが捕まりアルベドが奪い返されても問題無いように、いやむしろソニアとアルベドを囮に使ったのかもしれない

ソニアが捕まれば 軍の総司令たるグロリアーナもそちらにかかりきりになる、つまり 翡翠の塔を守る絶対の防御に穴が空く、そこをつくためにヘットはソニアを見捨てたんだ

もはやソニアに用はないのだろう

報告によれば黒服の男 ヘットは『金剛王とアルベドの交換』を要求してきているらしい、このデルセクトを支える柱にして魔女の住まう国の大王と身柄と第二工程・アルベド…釣り合っているか と言われれば難しいところではある

何せアルベドとニグレドが揃えば魔女の身に危険が及ぶかもしれない、かといってジョザイアを見殺しにすればデルセクトはソニアに続き柱を二つ失うことになる、それは即ちデルセクト同盟の瓦解を意味する

それは絶対に避けねばならない…

「ナメた真似を…、この私を謀る気か」

青筋を浮かべ地面が揺れる程の怒りを露わにするグロリアーナさん、あまりの怒りに彼女の座る椅子と机が軋む程の重圧が漂う 怒りを向けられてないエリス達の心臓が止まりそうなくらいおっかない

「落ち着いて下さいグロリアーナ総司令、怒り 冷静さを失えば敵の思うツボです」

「…そうですね、黒服の男 例のマレフィカルムですか、ニグレドとアルベドを揃えフォーマルハウト様に歯向かおうと言うのか、そのような蛮行許すわけにはいきません…ここは冷静に対処し ぶっ殺します」

全然冷静じゃないな、しかし人質を取りアルベドと交換か…今まで隠れてきたヘットらしからぬ大胆な行動、もう奴の計画は大詰めに入ってると見ていいだろう

アジメクでは 大掛かりな魔女襲撃事件が起こり街中がめちゃくちゃになった

アルクカースでは巨大なゴーレム『ジャガーノート』が建造され、危うく大陸中を巻き込む大戦争が起こるところだった

ヘットはこの二つを保険でしかないと言った、つまり 今からヘットがデルセクトでしでかそうとしていることは、この二つを上回る程の大事件…実現させれば何が起こるか想像もつかない

阻止せねばならない事に変わりはないが、一体何を…

「黒服の男は ジョザイア様とアルベドの交換場所に 蒼国サフィールを指定してきました、そして アルベドの引き渡しには…メルクリウスとその執事をだけで来るように…と」

「我々を指定してきたのか」

「はい、グロリアーナ総司令が向かっているのを確認した瞬間 この取引はなしだ、こっちもヤケクソになって五大王族殺しまくる方向に進むんですそこんとこよろしく…と」

「チッ…」

グロリアーナさんが取引の場に現れた瞬間 ヘットは迷いなくジョザイアを殺すだろう、そしてその足で蒼国サフィールにいるレナードさんも殺す、だから取引場所は蒼国サフィールなのだ…グロリアーナさんを牽制する意味合いも込めて

もしかしたらセレドナさんやザカライアさんをもいつでも殺せるように手を打ってあるかもしれない、五大王族はデルセクトを繋ぐ強固な鎖にして支える柱だ、それが無くなればデルセクトは潰え 魔女大国の一つが消える事になる

魔女大国が一つ消えれば、世界に計り知れない大打撃が加わる事になる、…それは最悪のシナリオだな

「…分かりました、どの道私はここからでも状況を把握出来ます もし取引が終われば直ぐに現場駆けつけましょう、なのでメルクリウス…ディスコルディア 頼めますか?、まずはジョザイア様の安全を確保してください」

「了解!、必ずやジョザイア様とニグレドを奪い返してきます」

「頼みましたよ、ジョザイア様の安全を確保し次第 私がヘットを打ち倒し、アルベドもニグレドも奪い返しますので」

作戦はこうか、エリス達がまずアルベドを渡しジョザイアさんを奪い返す そしてその安全を確保し次第 グロリアーナさんがすっ飛んできてヘットを倒してニグレドもアルベドも取り返す、ヘットがヤケクソになった時のために出来るなら事前にレナードさんの安全も確保しておきたいな…うん

ともあれ次の目的地はレナードさんの国 蒼国サフィール、ミールニアに帰ってきた途端にまた出る事になるが、エリス的には旅など慣れたものだ なんて事ない

…………………………………………………………

そうして、エリスとメルクさんは再び出立の準備を整えようと翡翠の塔を出た時点で…物陰から飛び込んできたそれに 押し飛ばされた


「うぉぉおお~~ん!、お前らー!やっぱ生きてたのかー!信じてたぞこのやろー!信じてたけど心配してたぞこのやろーん!!!」

「ざ ザカライアさん!?」

外でエリス達を待ち構えていたのは涙でぐちゃぐちゃに顔を歪めたザカライアさんと、その様を見て微笑むニコラスさんだ、二人ともエリス達がソニアを打ち倒したとの報を聞いてミールニアに戻ってきていたのだ

「いつまで経っても戻らないから心配してたんだぞ馬鹿ぁー!!」

ザカライアさんはエリス達を見るなり突っ込んで来て心配した心配したと泣いている、…エリス達は崖から落ちて そのまま死んだと見せかけてクリソべリアに独自に向かったからな、ザカライアさん達から見れば何かあったと思っても仕方ないものだ

心配かけてしまった、こんな…泣いて無事を喜んでくれるとは思っても見なかったし

「ありがとうございます、…心配かけてすみませんでした」

「ずびっ、…っていうか何で置いてったんだよ!俺あの街でお前らのこと待ってたんだぞ!」

「いや…ソニアとマレフィカルムの妨害を切り抜ける為にはあそこで死を偽装するのが一番効率が良いかな…と」

「知るかー!そんなもーん!」

ジタバタと今度は暴れ始めるザカライアさん、泣いたり怒ったり忙しい人だ、しかしその言葉を聞いて頷くのはニコラスさんだ

「そうね、その判断は正解だと思うわ、アタシ達の止まった街にも 何人かアタシ達を監視する奴らがいたし、アタシ達の存在が囮になって 結果ソニア捕縛に繋がったなら、むしろいい判断とさえ言えるわね」

「えっ!?俺見張られてたの…俺お前見張るので精一杯だから気付かんかった」

「あらちゃんとザカライア君の視線にも気が付いてたわよ、アタシに熱っぽい視線を送ってたわよね」

「テメェに隙見せるわけにいかねぇからだよ!」

「それよりもザカライア様 ニコラスさん、また一つやらなければならない事が出来ました」

言い合いをするニコラスさんとザカライアさんの間に入り、今までのこと これからの事を説明する、我々はこれからジョザイアさんを助けに ニグレドを奪い返しにサフィールに向かう事を…

もう出世をするという目的は達された、しかし 出世した結果ニグレドとアルベドが手に入らなければ師匠を助けられない、それにヘットを放置していい理由もない これからヘットの野望を打ち砕きに向かうのだ

「サフィールにね、…向かうなら早い方がよくねぇか?俺ぁいつでもいけるぜ、今度こそついてくからな!」

「もしかしたらザカライア君もヘットの標的になるかもしれないなら 今回はついて来てもらった方が良いかもね、勿論アタシも付いていくわ?いいわよね」

「はい、心強いです…するべき準備もないですし、向かいますか メルクさん」 

「ああ、…行こう マレフィカルムとも決着をつける、ソニアと共謀して 剰え同盟をも切り崩そうとするその行い決して許せん」

幸いサフィールとミールニアの距離は近い、汽車を使えば三日と経たず向かう事ができるだろう、旅の荷物はまだそのままにしてある このまま直行でも問題ないだろう

ヘット…今度こそアイツに アイツの計画に引導を渡してやる

…………………………………………

駅に行き 汽車に乗り 他国へ、このルーティンも最早慣れたものでスムーズに移動することが出来た、今度は途中で襲撃を受ける なんて事もない、まぁそれもそうだろう

あの襲撃はヘットの右腕であるメルカバが指揮し 橋に爆薬を仕掛けるという大掛かりな仕掛けの元行われた襲撃、あんな事奴とて早々出来ようもない上 エリス達が襲撃を警戒している事は奴も理解しているだろう 同じことを何回も繰り返して場をかき乱すような真似 奴とてすまい

かと言って気を抜くわけではいい、気を抜かず エリスは列車での移動中…エリスは魔術筒でデティと連絡を取り合っていた

内容はヘットの使う『マグネティックジフォース』についてだ、何か弱点のようなものはないかとデティに当たってみたのだが、如何にせよかなり前の禁術であるらしく資料も殆ど残っていない上 残っているのも当時の被害を記録したものばかり

詳しい事は分からなかった、唯一分かったことと言えば 魔力消費はそこまで大したものではないが 熟達し保有魔力が強大である者しか使えない ということくらいか

ヘットが強いのは分かりきっている、今更何かに使える情報は無かった…同時に磁石の本を購入し色々研究してみたが 糸口が見つからない

メルカバもヒルデブランドも 攻略法を見つけたからこそ勝てた、ならヘットにも何かどうしようもない弱点みたいなものがあるはずなのにな…そう思い本を読みながらエリスはあの時の戦いを想起する

飛び交う鉄骨 攻撃にも防御にも隙のない質量攻撃、…鉄骨や鉄のないところに誘導して戦うか?、いや そんな単純な話 奴が克服していないとも思えない…何かないかな

……ん?、なんだろう この違和感…前回のヘットの戦いを思い返していて何か変な違和感のようなものを感じる、なんだ なんだこの気持ち悪い感じ、前回の戦いに何かおかしな点ってあったかな…

「おい、エリス…着いたぞ、サフィールだ」

「え?、あ はい!もう着いたんですね」

ふと メルクリウスさんに肩を小突かれはたと意識を取り戻す、もう着いたのか…いやもう三日か、考え事をしていると時間が経つのは早いものだ

まぁ、なんの収穫もなかったわけだが…、まぁいい どの道戦闘になるとは限らない、エリス達はあくまで運び屋 取引が終わればグロリアーナさんがすっ飛んできてヘットを退治し それで終わりだ、戦うのはグロリアーナさんだ

出来れば…決着自体はエリスがつけたかった…というのはあるが、こればかりは仕方ない…うん 仕方ない

そう自分に納得させて エリスは座席を立つ、向かうはヘットのいると言う 町外れだ、とその前に行くべき場所があった

何処かって?、先ずはレナードさんの所に行くんだ、もしかしたらヘットが約束を反故にし五大王族に襲撃をかける可能性がある、五大王族だって護衛をたくさん連れてるが それでも危機を伝えるくらいはしておいた方がいいだろう


…………………………………………

蒼国サフィール、中央都市の名はブルーミレニアム …名前からして凄く青い、なら街はさぞ青いのかと思えばそうではない、セレドナさんのアンスラークスのように屋根から街並みから赤に染めているわけじゃない、寧ろ家というか 建造物はだいたい白い、ぜーんぶ白い

ならなぜこの国が蒼国と呼ばれるか、それは街並みが青いからだ…さっきと言ってることが違う?、そうじゃない 街は白い だが遠目から見ると街並みは不思議と青い 何故か?

それはこの国 街に張り巡らされた水路に秘密がある、サフィールはデルセクト随一の用水技術を持ち 街中に水が行き渡っており 道のど真ん中に綺麗な水路があるのだ、街全体に血管のように張り巡らされた青は 白い建物とマッチし実に綺麗だ

蒼と水の都 そんな呼ばれ方もする程にこの街は綺麗だ、サフィールの水ですって言って売っても金になるくらいにはサフィールの水は美しい事で有名だ

そんな街の真ん中に 城がある、お城だ とっても綺麗なお城、周辺には水を張った外堀が 内側水を張った内堀 、贅沢な水の使い方をしている…サッピロス家は元々水源を管理する家として権威を示していた歴史もあり、この国とこの王家には水は切っても切れない物なのだ

そのサフィール城に、エリス達は今居る 駅を降りて城に直行、ザカライアさんが門を叩けば前回のように門前払いされる事もなく普通に招かれた

聞けばザカライアさんは幼い頃はよくこの城に遊びに来ていたこともあるらしく、城の人間にも顔を覚えられているらしい

昔は仲が良かったのかな


「ザカライア?…何故君がここに、珍しいこともあるものだね」

そして、エリス達が城を訪れれば応対するのは当然この国の王子であるレナードさんだ、以前のように沢山の女を侍らせて ってわけじゃなく、真面目に礼服を着て護衛を引き連れ、エリス達のいる来賓室に顔を出した

顔…美しく整った顔をキョトンと丸めながら来賓室に雁首揃えてるエリス達をみて驚いてる、まぁ なんの連絡も無く来たんだ 驚かれるのも無理はない

「別に、用なんかねぇよ!」

違うでしょザカライアさん、あるでしょ用事 

エリス達はレナードさんの護衛を申し出にここに来たのだ、さっきも言ったがヘットは狡猾だ ただ単に取引をするだけとは思わない、取引をした瞬間 レナードさんを襲い この同盟を崩しにかかってきてもおかしくない

だから護衛するのだ、どのみち取引の現場にはエリス達しか行けないだからニコラスさんがここに残り彼の護衛を申し出るつもりだ

そういう旨をザカライアさんの耳元で囁く、すると彼はなんだか不服そうにエリスの方を睨むと

「…どうやら、マレフィカルムって悪の組織が 俺達五大王族の命を狙ってるらしい、連中同盟を崩すつもりらしいからな、一番の近道は俺たちぶっ殺すことだ」

「マレフィカルム…ああ、聞いてるよソニアと共謀してたって犯罪組織だろ?それが僕の いや僕達の命を狙ってると…で?、だから君は何をしにきたんだい?僕に守ってもらいにきたのかい?」

「ちげぇ!逆だよばーか!、お前を俺たちが守りにきたんだよ!」

「君が…?」

思えばレナードさんだって王族だ、自分で動かせる軍を持っている 護衛に関しては困っていないだろう、オマケに仲の悪いザカライアさんが守ってやると名乗り出ても断られる可能性の方が大きいなこれ

しまった、ミスしたかもしれない ザカライアさんだけでも外に置いてエリス達だけで話をしにするべきだったか?、そう、エリスが内心冷や汗を流すと

レナードさんはエリスの予想通り顔を真っ赤にして無礼なと怒る…わけでもなく、なんか…なんか笑ってる ニコニコと嬉しそうに、なんだこの反応

「君がねぇ…僕を、うんうん 守りにきたと」

「なんだよ、気持ち悪い笑い方しやがって」

「いや、別に?君もこの同盟のために働こうって上等な心意気があったとは驚きだよ、うんうん」

「なんだそりゃ!、バカにしてんのか!」
  
「別にぃ」

めっちゃ嬉しそうだ、ザカライアさんはあの笑いをバカにする嘲笑か何かに見えてるんだろうが、ザカライアさんが守ると言った瞬間 レナードさんは今まで見せたことないくらいの笑みでニコニコ笑ってる

意外だ、また喧嘩になるかと思ってたのに

「嬉しそうですね、レナードさん」

「え?、僕が?……そんなわけないだろう 君達のような人間に守られなきゃならないくらい落ちぶれていると思われるのは屈辱の極みだ、ましてやザカライアに守られるなんて 末代までの恥だよまったく」

「えぇ…」

エリスが声をかけたらまたいつもの冷淡な顔に戻った、なんだこりゃ…というか今度はエリスの方をギロリと睨んでる、なんなんだこの人 何考えてるか全然分からん

「なるほどねぇ、ふぅん…」

「な なんだよ、君はニコラスだったね…そんな目で僕を見るな」

しかし、ニコラスさんだけは何を考えているか合点が言ったのか、レナードさんの事をジロジロ見ながら艶やかに笑ってる、この人もこの人で何考えてるか分からないな…まぁいいことではないだろうな

「ニコラスさん、レナードさんに手出ししちゃダメですよ」

「分かってるわよ、彼はもう諦めるわ」

諦めたのか、潔いな…でもなんで……

「まぁいい、護衛をしてくれるならそれでいいさ 、それより今から昼食を取るところなんだが、君達もどうだい?」

「おお、アビゲイルの飯か!いいなぁ!よーし!ご馳走になってこうぜ!」

「ああ、君はブロッコリーのスープが好きだったね、それも作らせよう」

「…なんで覚えてんだよ、十数年前だろ それ言ったの…気持ち悪い」

「王族として他人の趣向を覚えておくのは基本だよ、君達も食べていくかい?」

レナードさんはエリス達を快くもてなしてくれるようだ、アビゲイルさんの作る料理…正直食べたい、考えるだけでお腹が鳴ってくるけど…でも、エリス達にはやる事がある

「いえ、レナード様 我々にはすべき事がございますので、ディスコルディア …出るぞ」

「はい、…それでは」


「なんだい、言ってしまうのか…となるとここに残るのはニコラスと、ザカライアか」

「結局俺たち置いていくのかよ」

「仕方ないでしょ、取引の場に行く人間は指定されてるんだもの それを破って相手を警戒させるのは得策じゃないわ、アタシ達はここでメルクちゃん達を信じて レナード様の護衛をしましょう?ザカライア様?」

「チッ、仕方ねぇ…ってかなんで急に様付けなんだよ」

「なんでかしらぁん?」

なんでなんだ、まぁいい エリス達はこれから取引場所とやらに向かわなきゃならない…、場所の指定は受けている、そこに行って ジョザイアさんとアルベドを交換し…その両方を取り返す、……無事に済めばいいが

エリスはどうにも あのヘットという男が、真っ当に事を終わらせてくるとはとてもじゃないが思えないんだ、しかし奴の考えを読もうとすればするほど ドツボにハマる気がして、こうやって不安に思うことさえやつの手の平の上な気がしてならない

気持ちで負けていたらダメだとは思うが…エリスは奴に二度と敗北している、一度目は不意を突かれ二度目は実力で、三度目の敗北は許されない、敗北は即ち魔女大国の崩壊に繋がるかもしれないんだ

後はない、そう肝に銘じながら襟を正す…出来るなら、ここで奴との因縁も終わらせたいものだ

………………………………………………………………

ブルーミレニアム郊外、海辺の森 そこがヘットから指定を受けた場所だった、そこまでエリスとメルクさんは二人で移動する 他には誰も連れず手にはスーツケースに収められたアルベドだけだ

…エリス達は、2人で捜査を始め 国を回り 時として敵とぶつかり、ようやく事件の大元て直接対決の場にまで漕ぎ着けた、エリスとメルクさんの戦いは徐々に終焉へ向かっている

その終わりがハッピーエンドかバッドエンドかは これからのエリス達の行動にかかっている、そう警戒しながら 森へと向かっている間に 空は赤く染まり、夕焼けが海を真紅に彩る

海辺の町ブルーミレニアムだからこそ見れる絶景だが、エリス達にそれを愛しむ余裕はない…何せ、森の中に入るなり そいつの姿が目に見えたからだ

「よう、ちゃんと二人で来たみたいだな 正直者で助かるぜ」

「ヘット…」

黒い服 黒いハットを被った男 ヘットが森の中、木に寄りかかりながらこちらを見据える、その態度はとても追い詰められた男のそれではない、ニタリと歯を見せ笑い いつも通りだ

「ジョザイア様は無事だろうな」

「あたぼうよ、交換するブツも貰ってねぇのに殺しちまったら 取引は成り立たねぇだろ?、そっちこそ アルベドは持ってきてんだろうな」

「無論だ、速くジョザイア様をこちらに渡せ」

「待て待て、早まんなって ここにはいない、そっちの日陰で休ませてんだ…付いて来いよ」

そう言いながらヘットはこっちに来いと言わんばかりに手でエリス達を招くと森の奥へと歩いていく、逆らう理由もない エリス達はもそれに続きヘットの後ろを歩く…相変わらず、この男は無防備に背中を見せる振りをして隙がない

背中を見せている ここにはやつの武器の金属もない、そう見て襲いかかっても…状況は悪い方へ転ぶ、そう感じる 直感で…

「ソニアのお嬢は捕まったかい、いや生きてるとは思ったが まさかあのイカれお嬢をぶっ倒すなんて、やるじゃねぇの」

「……貴様は、何故ソニア様を誑かした お前が話など持ちかけなければソニア様は…」

「俺が言わなくてもアイツは似たようなことしてたさ、根っこが同じなんだ俺達悪人はよ、…だからアイツにゃシンパシーみたいなもんを感じた、だからこう話しかけてみただけだよ、そしたら異様なほど食いついて来てよ、お陰で動きやすかったぜ」

ソニアさんはマレフィカルムなど関係なく、この同盟を破壊しようとしていた…か、まぁそうだろうなとは思う、だがソニアさんのそんな目的に手段を与えたのはこの男だ もしコイツらがいなければ、事態はこんなに深刻にはなってなかったろう

「何故、貴様はこんな事をしている…聞けばその実力はかなりの物だと聞く、その力を世のために使おうとは思わないのか」

「昔は思ってたな、俺はよ 昔はそこそこ裕福な家庭に生まれたんだ、毎日こんな分厚い小説読んでよ、勇者みたいにドラゴン倒したり 戦士みたいに勇敢に国のために戦ったり、ヒーローみたいに悪者倒してやりたいと毎日ベッドの上で妄想してたもんさ」

「なら何故…!」

「ある日…、俺の家は燃やされたんだ…放火魔って奴だな、家財も何もかも失って路頭に迷った家族はそれでも勇敢に懸命に生きていこうとしたが、力無い者に世界は厳しい 奪われる者は奪われ尽くす、食べ物もロクに食べれない日々がずっと続いた 生きていくのが辛いと何度も思った、誰かが助けてくれる事を祈っても誰も助けてくれない、小さな俺を生かす為に痩せ細っていく両親を前に俺はこの世界を作った魔女を恨んで…くっ」

ヘットには涙が浮かんでいた、彼にも人生がある 彼にも生きてきた時間がある、悪を為すには理由がある…彼がこうして人を虐げてもなんとも思わなくなったのには 世界を絶望するに足る理由があるのだ

…世界を恨むか、…エリスにもその感覚は少しだけ理解でき……

「…なんてな、こんなドラマチックな過去がありゃ紙芝居にして見せてやりたいが、そんな売れそうな過去は俺にはねぇよ、悪人になったのは成り行きさ 親が元々貧乏で口減らしに俺捨ててよ、俺も生きてく為に何となくパン屋でパンを盗んで何となく追っかけてきた店主殺してよ、なんとなく盗み繰り返してるうちに何となく悪人になってたわ、いつから 何で そんな理由なんかねぇんだなこれが」

「なっ!今の嘘ですか!?」    

「マジだと思ってたのかよ!、俺も中々やるもんだな さっきの設定で本書きゃ売れるかな?、…悪人のいうことなんか信じるなよ?人生の先輩からアドバイスだぜ」

嘘かよ!、コイツの言うことなんかもう、絶対信用しない!

むぐぐと頬を膨らませるエリスを見てヘットはだははははと盛大に笑う、コイツ…

「ほら、無駄話してる間に着いたぜ? 、ほれあっこ 見てみ?」

そう言ってヘットが指差す先には 木の日陰に縛られて倒れている老父が見える、装飾や王冠が取っ払われているが あれは確かに金剛王ジョザイアだ、見た所怪我はなさそうだが…!

「ジョザイア様!」

「待ちな、その手に持ってるもん…寄越してからだ、俺は別に五大王族皆殺しにして同盟ぶっ潰すってプランに舵切ってもいいんだぜ?」

そう言いながらジョザイアさんに駆け寄ろうとするメルクさんを手で制するヘット、その目は先程までの柔和な様子ではなく…鋭い コイツ本気だ、もしここで約束を反故にすればヘットはすぐにでもジョザイアを殺し レナードさんとザカライアさんを殺し、セレドナさんも殺すだろう

コイツにはそれが出来る たとえ組織力を失ってもコイツ一人ならそれが出来る…そう感じさせる恐ろしい目だ

「…分かった、…これでいいんだろう」

「サンキュー、大切使わせてもらうぜ」

「エリス、ジョザイア様を…」

「ハッ!」

メルクさんがアルベドを差し出した瞬間 エリスは駆け出す、一瞬でも速くジョザイアさんを解放する為に旋風圏跳で木影まで跳ぶ、うん 生きている…ここまで無理矢理移動させられたから衰弱しているが、生きている

「大丈夫ですか?ジョザイア様?」

「貴様は…執事か…、馬鹿者…何故来た 何故アルベドを渡した…、余の事など放って…早くあの男を倒せ…」

そうは言ってもこのまま放っておくわけにもいかない、エリス達は彼を助けに来たのだから、縛られた縄を解かれながらもジョザイアさんは弱々しい声で呟き続ける

「余が…人質になるなど、…魔女様の身を危険に晒す為の道具に使われるなど…屈辱だ、舌を噛み切って死んでやりたいほどだ…」

「生きてください、貴方を助ける為に我々は来たのです」

「だが、…アルベドを渡してはならん…あれは悪人に渡してはならん…、余の事はいい…奴から直ぐにニグレドとアルベドを取り返してくれ」

「大丈夫です、我々も無策では来ていません」


「おーう、ご苦労さん じゃあ取引は成立って事でいいよな、俺ぁ帰らせてもらうぜ」

「待て!、このままタダで返すと思うか?」

スーツケースを持ったヘットの行く手を遮るメルクさん、そうだ このまま返すわけにはいかない、返すわけがない 取引は終わった、ならばあとは…

「この場はグロリアーナ総司令に監視されている、貴様は直ぐにでも捕縛されるだろう」

「お、おいおい!話が違うぜ!俺ぁ正直に取引に応じたってのにお前らそれ守らねぇ気かよ!、悪人よりも悪どいなお前ら!」

グロリアーナさんに見張られている、その言葉を聞いた瞬間ヘットは目に見えて狼狽始める、だがどんなに文句を言ってももう遅い …そら、あの空の向こうに見える黄金の輝きが一層強く光り始める、以前と同じだ グロリアーナさんがこちらに向かってきているのだ

グロリアーナさんがこちらに到着すればもう終わりだ、そう確信し 空の光を眺めていると


一条の光は グロリアーナさんは……エリス達の居る場所とは、全く別の場所に かなり離れた地点へと向かっていった…あれ?

「え?、あれ?来ない?…」

「ククク…あはははは、馬鹿だねぇ グロリアーナの対策をしてねぇと思うかよ、俺がお前らを指定したのはなんでだと思う?知り合いだからだとか思ったか?、ちげぇよ おまえらの背格好を俺が正確に把握しているからさ」

正確に…エリス達の格好を、…ま まさか!

「まさか、…囮を…!」

「その通り、こことは離れた場所で お前らと同じ格好をさせた俺の部下と俺の格好をさせた部下…そうさな、偽の取引現場を別の場所に用意したのさ、グロリアーナはそっちに行ったみてぇだな」

グロリアーナさんの魔眼はかなりの広範囲を見回すことができるが、そうだ みんな言ってたじゃないか 『顔の識別が出来るほどの精度はない』と、つまりエリス達と似たような背丈と似たような格好をした者がいれば、そちらを本物と思っても無理はないという事だ

恐らく、この森 この空間には例の魔眼封じの粉 ブラインドバタフライの鱗粉が既に充満している、故にグロリアーナさんはこちらを見れず 別の取引現場に吸い寄せられおびき寄せられたんだ!

破綻した、エリス達の計画が…読まれていた ヘットに、エリス達の行動が…!

「くっ!」 

咄嗟に構える、ダメだ グロリアーナさんがここに来れない以上 ヘットは逃げる

それはまずい、ニグレドとアルベドが持ち逃げされる それだけは避けねばならない、今それを阻止できるのはエリス達だけだ、ここで飛びかかってでも奪い返さないと!

「ディスコルディア !ダメだ!ジョザイア様を守れ!」

「え…」

刹那、メルクさんの言葉が飛ぶ、ジョザイア様を守れと 何故、ヘットは今そこでもう逃げる準備をして…

「言ったろ?、悪人は信じるな…勉強代が高く付くぜ?」

その瞬間メルクさんの言葉の意味を察知しジョザイアさんを押し飛ばすようにして床に伏せる、見えたからだ それが…茂みの奥の煌めき、太陽を反射する鋼の輝き

エリス達が地面に伏せると共に頭の上で風切り音が幾重にも鳴り響く、矢だ 矢の雨が森の奥の茂みから飛び出してきたのだ、弓兵がいた気配はない だがヘットにはそんなもの必要ない、彼一人いれば磁力によって矢の雨だかろうがなんだろうが操ることが出来る

「じゃあな、魔女の意志 …今度はお前達が己の無力さを嘆く番だ」

「ま 待ちなさ…くっ!」

金属の板に足を乗せ空へと逃げるヘットを追いかけようとするもの矢の雨に阻まれそれも叶わない、ダメだ…ダメだダメだ!逃げられる!逃げられてしまう!

エリスの焦燥を無視してヘットは赤い空へと消えていく…、またやられた またハメられた…!

ヘットがその場から去ると 矢の雨は力を失い地面へと転がる…くそっ!

「くそっ!!」

「大丈夫か、ディスコルディア …ジョザイア様は」

「余は…無事だ、くっ だがニグレドとアルベドが奴の手に渡ってしまった」

矢の雨はエリス達の足止めを目的としたものか、当たる事はなかったものの…事態は最悪の方向へ転換してしまった…、負けてはならぬ場面で上回られた また…

…いや、違う…

「急いでグロリアーナ総司令に合流して…」

違う、違う違う!まだ エリス達は…!

「いえ、メルクさん このまま追いましょう…奴が逃げた方向へ、奴の目的は達成されました もう逃げる事はないでしょう、追いかけて そこで奴を倒します」

まだ負けてない、だがここで諦めては本当に負けてしまう

引けば落ちる 敗者へと、譲れば通る 奴の道理が

認めないのではないのか?許すわけにはいかないのではないのか、魔女を魔女大国を守りたいなら ここで諦めるわけにはいかない、奴の足に食らいついてでも 挑み尽くすんだ、エリスにもう 負けは許されない!

だがもう一刻の余裕もない、ここから遠く離れたグロリアーナさんと合流していては間に合わなくなる可能性がある、今なら空へと逃げたヘットを追いかけられる、追いかけられるんだ ならもうやるべき事は決まってる

「追うのだな、恐らく奴の行き先は港だ…崖に隠れた入り江、そこに奴の隠れ家がある …、余は一度彼処に連れて行かれたから分かる、彼処こそが奴の本拠地だ…、余の事はいい 早く奴を追え、デルセクトの未来は今 お前達がの双肩にかかっておるのだ」

「ジョザイアさん…感謝します」

「感謝など要らん、だが…気をつけろよ 奴は余を護衛の軍をたった一人で蹴散らすほどに強い、…それでも 、無責任だがなんとしてでも勝ってくれ、頼むぞ」

「はい、我々は勝ちます…必ず、魔女大国を この世界を守ってみせますから、メルクさん  私は先へ行っています、後から追いかけてきてください」

「ああ、行ってこい!…必ずヘットの野望を阻止するんだ」

ジョザイアさんとメルクさんの言葉を受け、風を纏う 身を屈め全霊で飛び上がる、衝撃で木が揺れ森が震える程のスピードで跳躍して ヘットが逃げた方向、…崖に隠れた入り江へと向かう


デルセクトでの、マレフィカルムとの ヘットとの最終決戦へ向け、ただひたすら 速度を求めて飛び続ける
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