孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

70.孤独の魔女と紅玉の国

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ヘットと邂逅し マレウス・マレフィカルムのアジトに危うく囚われかけたエリスは、ザカライアさんの協力により何とか脱出することが出来た…


…が、既にアジトはもぬけの殻、最初からまるで何もなかったかのように全てが引き払われており、エリスは黒服を いや魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムを取り逃がす結果に終わってしまった

二人で命からがらアジトから逃げ出すと外にはメルクさんとニコラスさんがいた、アジトの二重構造の所為で分断されていたが、二人はどうやら無事らしい

「…無事か!」

エリスの顔を見るなり血相変えて飛び込んでくるメルクさん、どうやらあの後消えたエリスを探していてくれたようだ、心配かけてしまったな…

「はい、無事です 取り敢えずは…」

「すまない、突入したら全く関係ない商店でな…まさか建物そのものが二重構造になっているなんて気がつかず、お前がいつまで経っても戻ってこない事に気がつくのに遅れてしまった…すまん」

「あの商店の裏、奴らのアジトになってたのね…全く銃声が聞こえなかったところを見るに、防音の設備も万全だったってわけね…」

「はい、取り敢えず何があったのか 話しておきますね」

そう言いながらエリスはアジトであった一幕を話す、裏はやはり奴らのアジトだった事、そこにはこの国で黒服達を指揮するボス 戦車のヘットと名乗る男がいた事、そして奴ら 黒服達の組織名 マレウス・マレフィカルムの名と目的を知った事

そして今回の突入はそもそも奴らの誘導であった事だ、スマラグドス王国の記録が改竄されていたのはエリス達がここに来るよう仕組むための誘導…もっと言えばエリスを誘き出すための罠だった事…色々だ

「まさか、私が読むのを更に読んで ここに誘導したと言うのか…何者なんだ、そのヘットという男は」

「マレウス・マレフィカルムねぇ…まぁ有り体に言っちゃえば彼らの目的は国家転覆ってわけね、その本命の作戦のために今はカエルムでお金を稼いでると…結構な悪人達ね」

「悪人もクソもあるか!あの野郎ぜってぇゆるさねぇ!、取り敢えず俺たちで叩きのめした連中だけでも捕まえてやる!、スマラグドス国軍を動かして全員しょっぴいて明日中にでも公衆の面前で打首獄門だ!」

俺たちで叩きのめしたって九割がたエリスが倒したじゃないですかとはいうが…、多分無駄だろうなぁ、捕まえてもなににもならないと思う

「いえ、ザカライア様 それは多分無駄でしょうな」

「何だと!、うちの軍は優秀なんだぜ!無理なことあるかよ!」

「そうじゃありません、…中にあったカエルムはもう全て持ち出されていたのでしょう?、しかし我々は外で待機していましたがそのような様子微塵も感じませんでした…恐らくあのアジト内に 外に繋がる隠し通路があるのでしょう、軍を集めている間に逃げられるのがオチです」

エリスが以前攻め込んだアジトにも隠し通路があったように このアジトにもきっと似たようなものがあるはずだ、軍を動かして現場に集まる頃には気絶した黒服は回収されている頃だろう

隠し通路を見つけても後の祭り、意味がない…結局のところ ヘットを潰さない限り、連中は姑息に闇の中へ消えていく、なら今のところは好きに泳がせておく方がいい

「……チッ、分かったよ だがここで取り逃がすんだ、メルク テメェちゃんとあのいけすかねぇ奴ら全員牢屋にブチ込めよ!」

「はい、必ず…とは言え、恐らく奴らはもうこの国にはいないでしょうね」

「でしょうね、でもアイツら他の五大王族の誰かと繋がっているような口ぶりをしていました、…やはり五大王族の誰かから援助を受けていると言う考え方は 正しかったみたいですよ」

ザカライアが死んでも都合のいい誰かが何とかしてくれる そう奴らは口にしていた、ザカライアの穴を埋められる奴なんてのは限られる、ザカライアと同等の影響力を持つのは…同じ五大王族だけだ


「五大王族の誰か…か、しかしもう手がかりは何もない…奴らがどこへ逃げたのかさえ分かれば足取りを追えるんだが、それも難しかろうな」

それはそうだ、マレフィカルムと繋がっている五大王族は四人に絞られた、だが四人だ 一人一人虱潰しにあてもなく探し回っていてはイタチごっこになりかねない、されど手がかりはどこにもなく…いっそさっき気絶させた黒服を起こして尋問するか?

…いや吐くわけないよな、そんなの…あの狡猾なヘットが末端の兵隊に詳しいことを教えているとも思えない

「手がかりになるかはわかんねぇけどよ、もし五大王族の中で怪しいやつがいるってんなら、一番怪しいのはセレドナかソニアじゃねぇのか」

「セレドナさんとソニアさん…ですか」

紅炎婦人セレドナ・カルブンクルスと双貌令嬢ソニア・アレキサンドライトか…まぁ怪しさで言えばソニアさんはぶっちぎりである事はエリスにも理解できる、と言うか正直このままなにもなければエリスはソニアさんのところを捜査しようと言い出していた程に彼女は怪しい、根拠はないが

「カエルムを売って荒稼ぎする…ってもよ、元々五大王族ってのは腐る程金もってんだぜ?今更危ない橋渡ってまで金稼ごうとは思わんぜ?普通」

「確かに言われてみればそうですね、つまりカエルムを売って金以外の得がなければいけない、ということですか」

「おうよ、そらレナードもジョザイアも怪しいには怪しいがアイツらにゃカエルムを売ってマレフィカルムと手を組む理由が思いつかねぇ、その点セレドナとソニアにはある」

そう言いながらザカライアさんは話、彼とて五大王族 その内情に最も詳しい人間の一人でもあるのだ

「セレドナはあれだ、いくら旦那と息子が腑抜けたからって言っても宮殿から追い出して嫁入りの妻であるアイツが政権を握る事に反発する奴は未だ国内に多くいる、薬をばら撒いて周辺の貴族達の力を削ぐ と言う意味じゃあカエルムはうってつけだ」

「確かに、そう言う点ではカエルムが貴族や有力者相手に多く売られている理由もわかりますね」

ニコラスさんによって寝取られたカルブンクルス家の国王と息子に変わりセレドナさんは国を纏めているそうだが、正式な後継者ではない彼女を王と認める者は少なく 国内は未だ混乱の渦中にあるらしく、彼女は玉座に座り執政を執り行いながらも未だ『女王』を名乗れずにいる

だから彼女の二つ名は紅炎婦人セレドナなのだ、紅炎女王ではなく

もし貴族達を弱体化させ 正式に戴冠しようとしてるなら……ありえなくない筋書きだ


「ソニアは、まぁ 言わずもがな…かな、アイツが取り仕切ってる金融業とカエルム云々は相性がいい、金を貸す その金でカエルムを買わせる そうすれば金は無限に増えて黒服はハッピー、そして債務者が破綻したらソニアはおもちゃが増えてハッピー、ウィンウィンって奴じゃね?」

ソニアさんは破綻した債務者を苛め抜く趣味を持つらしい、つまり金に困った奴が増えれば増えるほどソニアさんは得なのだ、カエルムの中毒性を利用すれば カエルム欲しさに金を借りる者は増え 債務者は増える…

こちらはあまり考えたくないシナリオだな、これが真実ならソニアさんはエリスが思う以上の外道という事になる、自分の趣味の為に国中の人間を地獄に落としている事になるのだから

「むぅ、ソニア様か……」

それを聞いたメルクさんは少し難しそうな顔をする、メルクさんにとってはやり辛い相手だ、何しろ彼女に生殺与奪権を握られているのだから…、ソニアさんは怪しい そんなことメルクさんだって分かってる、だがそう安易に捜査できる相手でもないのだ

もしソニアさんを捜査して 彼女が黒幕でなかったら もしも有力な証拠を見つけられなかったら、ソニアさんは口実を得たと言わんばかりに嬉々としてメルクさんを地獄へ落とすだろう

ソニアさん相手にハズレは許されない、彼女を捜査するなら確たる何かを掴んでからだ…

「…なら、セレドナ様の所から捜査してみるか、次の目的はセレドナ様の治める国 紅国アンスラークス、向かうなら早いほうがいい 早速明日移動するぞ」

「かしこまりました、メルクリウス様」

あからさまにソニアさんを避けるように セレドナさんの方へ向かう決断を下す、…理屈を超えた苦手意識があるのだろうな、まぁ今の何も掴んでない状態でソニアさんのところへ行き捜査するのは危険だ、もし外したら その思考がある限り向かえないだろう


「ん…んじゃ、俺はもう帰るぜ 酷い目にあったぜ、ったくよー!」

エリス達が宿に帰ろうと言い出すと 真っ先にザカライアさんが軽く手を上げ帰路につく、…何だかんだ彼には世話になりっぱなしだ、馬車も返してくれた 奴らのアジトも教えてくれた 捕まったエリスを助けてくれたし 、次の指標も示してくれた…本当に助けられてばかりだ

「ザカライアさん!ありがとうございました!」

「…ニッ!」

すると軽く振り向き 親指を立てながら歩く、その頼りになる背中は確かにベオセルクさんに似て…あ よそ見して歩いたから躓いた、イマイチ締まらない人だな…まぁそういうところも彼のいいところなのだろうが

「では、我々も戻りますか 次こそは私もしっかり仕事しよう、行くぞエリス」

そう 歩き出すメルクさんにエリスは…ついていかない、何故か?いやだって さっきから黙ってしまい 何も言わないニコラスさんの事が気になったから…

「…そっか、次はセレドナのところに行くのね…」

その言葉でハッとする、そうだ この人はセレドナさんに因縁があるんだった、自業自得ではあるものの彼はセレドナさんに目をつけられ 地位を追われた人間、それ故にセレドナさんの国には立ち入り辛いだろうに…

彼の意見を聞くのを忘れていた、もし行き辛いなら彼だけ別行動をしてもらっても…

「あの、ニコラスさん?…やはりアンスラークスに行き辛いですか?」

「ん?、ああ!違うのよ!ただ久々に行くからどんなところだったか思い出せなかっただけ!、昔行きつけだったお洒落な小料理屋とか知ってるから もしそこが残ってたらそこでご馳走してあげるわね!エリスちゃん!」

パチクリとウインクしながら言ってくれるが、多分 強がりだろうな…それでもついてきてくれるというのだから、彼の覚悟を無駄にするわけにはいかないな、うん…

「分かりました、では楽しみにしてますね」

「そうしておいてちょうだい、さ!アタシ達も宿に戻りましょ?夜更かしはいい仕事とお肌の健康の敵!、手早く寝ちゃいましょう!」

はい 分かりましたと返事をする前にニコラスさんもメルクさんの後へと続く…思えばエリスはニコラスさんのことを何も知らない、故に 実はあんまり信用していない、何かを隠していることは間違いない…けど、何なんだろうか この人は一体何を考え、どこを見ているんだろう

なんて、ニコラスさんの背中を眺めながらエリスはその場を後にする……

…………………………………………………………

それからエリス達は三人揃って安宿に戻り就寝、固く寝心地の悪いベッドで寝たせいか 全身が痛い上に虫にまで噛まれて身体中が痒い…最悪の気分だ、次宿を取るならもっといい宿を取ろう なんて考えているうちに朝になり 久しぶりに朝日を浴びて目を覚ます

出立の準備 とはいうが、エスメラルダでの捜査はなんと一日で終わったため荷物も大して散らかっていない、取り敢えず置いてある荷物を回収して宿を出る…店主の二度と来るなと言わんばかりの視線で見送られエリス達は宿を後にする

さて、もうこの街には用はない 一応城の方にはエリス達の馬車があるが…必要な荷物は昨日の間に回収したし、あれを迎えに来るのは全部終わってからだ

一応ザカライアさんには世話になったので皆さんが朝ごはんを食べている間に城の方へ飛んで挨拶に向かったのだが…ザカライアさんの姿は城にはなかった、こんな朝からどこへ行ってるんだろうか まさかあれから帰っていないということもあるまい…

使用人の人達に話を聞こうかと思ったが、昨日の疑うような視線を思い出し やめた、あらぬ誤解を受けるくらいなら出直してまた今度 機会を見つけて挨拶し直せばいいわけだしね

…そして、街で簡単な朝食を済ませたエリス達は再び駅の方へ向かう…



「そういえば、汽車ってどのくらいの頻度でこの国に来るんですかね」

「ん?そうだな、この国は同盟内でもかなり大きな国だからな 一日に2~3回は来るんじゃないか?」

そう会話しながらエスメラルダの大通りを歩くエリスとメルクさん そして相変わらずニコニコ笑っているニコラスさん、これから駅に向かいそのまま汽車に乗る予定なのだが…一日に2~3回しか汽車は来ないのか…

「少なくないですか?、それ乗り過ごしたら また一日この国で足止め食らうわけですよね」

「あら?、これでも多い方よ?小さな国だと三日に一回とか 酷いところだと一週間に一回もあるし、線路も汽車も 取り付けられて3年くらいしか経ってないしね、まだ汽車そのものの本数も多くないのよ」

「なるほど、そういえばグロリアーナさんも汽車を最新技術と言っていましたね」

「とはいえ、あれの登場で生活が劇的に変わったことに変わりはない、デルセクト的には将来 このカストリア大陸全域に線路を引く予定があるらしい」

「ほぇ、便利になりそうですね!」

もし大陸全域に汽車が引かれたなら デティにもラグナにもあっという間に会いに行けるな、そんな日が来るのは果たしていつ頃なのだろうか…エリスがおばあちゃんになる前に実現するといいな

「まぁそれを実現するには 魔獣をなんとかしないといけないんだけどね?」

「汽車なら魔獣くらい吹き飛ばせそうですが…」

「そうでもないわ、魔獣は賢いもの 汽車に人が乗ってるなら、どうにかしてそれを破壊しようとするでしょうね」

確かにそうだな、しかし魔獣のあの賢さには少し恐怖を覚えることがある、何が怖いって あの賢さを持ちながら人しか襲わないことだ、あんなに賢いのに 危険を顧みず人を襲い食べようとする…、もはやあの強行的な態度には 人間への敵愾心すら感じることがある

「ところでメルクさん、私達の乗る汽車は何時頃来るんですか?」

「ん?、昼頃だったはずだが?」

「えぇ、じゃあ結構待たされますね…一応切符だけでも買っておきますか…」

なんて他愛もない話をしているうちに駅が見えてくる、まだ朝も早く 汽車が来ないということもあり、駅に集まっている人は疎らで こうして遠目で見る限り一人しかいない

身なりのいい人が大きなトランクの上に腰をかけて手持ち無沙汰に腕を組み汽車を待っている…

いや?、汽車というよりあれは人を待っているような印象だ、暇そうにぼけっと何処かを眺めて…

「…あれ?、あそこの人 こちらを見て手を振ってません?」

「ん?、本当だ…周りに人はいないし、というかおい こっちに向かってきてないか?」

遠くからエリス達のことを確認すると その人はこっちに向かって手を振りながら走ってきて、なんだなんだ エリス達の知り合いか?、だがエリス達を知る人間はこの街にはいないはず……

いや、いや!いた!一人いた!というかようやく手を振る者の姿が見えてくる、あの特徴的な翠の髪色と豪奢な上着と、謎の自信に満ち溢れた馬鹿丸出しのあの姿は…!

「おいテメェら!おせぇぞ!、この俺を待たせるとはいい度胸だなおい!」

「ぶぇっ!ザカライアさん!?な 何でここに…!?」

ザカライアさんだ、この国の国王にして五大王族の一角 デルセクトの超絶した権力者たる彼が 一人で、トランクケースを抱えて駅で待っていたのだ、護衛を一人すら引き連れず…怒鳴り込みながら駆け寄ってくる…え?城にいなかったのって もしかしてかなり早朝から駅で待っていたのでは…というかなぜ!ここに!居る!

「ザカライア様!?何故ここに…見送りに来てくれたのですか?」

「は?、何言ってんだよ…え?俺も行くんじゃねぇの?」

なんでそんな話になってるんだ、一言も言ってないじゃないか そんな事、え?ついてくる気?…

「いやいやいや!ザカライアさん!貴方王様ですよね!なんでついて来ようとしてるんですか!」

「俺の国に手を出して!しかもこの俺のケツ蹴り上げやがったクソ共をこのまま見逃すは癪も癪!、だからこの俺様直々にぶちのめしてやろうかと思ってな!、ベオセルクなら 一度売られた喧嘩を黙って流すような真似はしねぇしな!、そうするには お前らについていくのが一番だろ?」

「いや…だから国王としての仕事は…」

「部下に任せてきた!」

そういやこの人元々あんまり仕事する人じゃなかったな、いやいいのか?国王を連れまわすなんてそんなの…、だが残念かな エリスはこの人に助けられてしまっている 故にこの人の評価自体はあまり悪くない、むしろ良い 好きなくらいだ

確かに強引で傲慢で業突く張りな嫌な王ではあるけど、城の人間には嫌われている様子もなかった 軍人達も彼の模擬戦ごっこにしっかり付き合っていたし多分部下からの信頼は厚い

その上エリスが捕らえれられていると知るや否や身の危険を顧みず助けに来てくれた、ビビリではあるがここ一番では恐怖でヘマしたりもしない…ただ頭と腕っ節が致命的に弱いだけのなのだ

「しかし、我々の戦いは危険極まります、ザカライア様はどうか ここで我らの勝利を祈っていてくれればと…」

「あらいいじゃないメルクちゃん、アタシこういうの好きよ?玉座で踏ん反り返って虚勢はる王様なんかより余程若くていいわ、アタシはいいと思うけれど?」

「ニコラスさん…しかし」

「しかしもクソもあるかよメルク!、…いいのかぁ?せっかくこれ 用意しといたんだぜ?」

ニタニタとザカライアが笑いながら駅の奥へと進んでいく、なんだ 用意って…もしかしてもう切符買ってくれたとか?…なんて考えていると、既に駅の奥に汽車が控えているのが見える

あれ?、汽車が到着するのは昼頃じゃ…って、もしかして

「な なんで既に汽車がここに…!?」

「あん?、そんなもん決まってんだろ!俺が文句言って早めに来させたんだよ、他の駅に止まらず一気にここまですっ飛んでくれば半日早く到着するくらいわけねぇのさ」

「無理矢理ここに来させたんですか!?そ そんなことしていいんですか!?色んなところに迷惑がかかるんじゃ…」

「かかるだろうな…だがどこのどの客よりも俺が優先される、何故なら俺は偉いから!何故なら俺はこの汽車の開発段階の時点で開発資金に莫大な額の金を投資して権利とかめちゃ持ってっから!こいつら俺にゃ逆らえねぇのさ、ぬはははは!いつでも乗り回せるように金払っといて正解だったぜ!」

メチャクチャだ、いつでも汽車を呼び出せるなんて…だがこの国では金は絶対だ ましてやこの汽車の開発の為の多大な資金を彼が工面していたとなれば、鉄道に関わる者たちは誰も彼に逆らえない

この同盟領地内の列車全てが 彼の自家用列車みたいなもんだ…

「俺を連れていかねぇとこれに乗せてやんねー!」

「こ 子供ですか!」

「へぇーん!、なんとでも言いやがれー!」

「ベオセルクさんはそんなことしませんよ!」

「いいや!、ベオセルクなら相手に言うこと聞かせるなら手段は選ばねーはずだ!」

ダメだ、負けた 言い負けた 、バカライアに言い負かされた 悔しい、事実上列車を彼が握っている以上もはや連れて行く選択肢しかない、相変わらず強引だが…彼がいる限りかなり融通が効くとも取れる

あとはメルクさんが認めれば…と思いメルクさんの方を見れば ため息をつきながら眉間に指を当てている、ザカライアさんが絡むといつもあれをするな

「わかりました、ザカライア様…同行をお願いできますか?」

「おう!、いいぜ!最初からそう言う態度取ってりゃいいんだよ!、オラ行くぜ!アンスラークスに行くんだろ!、目一杯飛ばさせるからな!」

こうして…エリスたちはその一向に 翠龍王ザカライアを加えることになり捜査を続けることになった、まさか五大王族の一人を仲間に加えることになるとは思わなかったが、…だが まぁ賑やかにはなるか…、彼にはベオセルクさんの極意を教えると言う約束もしているし 道中その約束を果たせばいいじゃないか

そう思いながらエリスたちはザカライアさんの用意した汽車に乗り込む、向かうは次の国 紅炎婦人セレドナ・カルブンクルスの治める 紅国アンスラークスだ

「………………」

汽車に乗り込むエリスたちは気がつかない、エリス達の後ろで静かに目を閉じ 何かを想起するニコラスさんに…

…………………………………………


「暇なんだが!」

ガタガタと足を揺さぶり座席に座るザカライアさんは 全速力で走る汽車の中で吠える、スマラグドス王国発 アンスラークス行き特急列車 出発より三十分後の出来事である、いきなり先行きが不安だ

「ザカライアさん、貧乏ゆすりはみっともないですよ」

「俺は貧乏じゃねぇからこれは貧乏ゆすりじゃねえ!、富豪ゆすりだ!大富豪ゆすり!」

「結局みっともないことは同じじゃないですか…」

列車の中は まぁなんとなくわかってはいたが貸切状態、、本来なら止まる駅も無視して一直線にアンスラークスに向かっている、貸切状態とはいえ 横暴に振舞っていい理由はない、エリス達は一箇所に集まり 大人しく暇を潰している

列車の車掌さん曰く どれだけ早くすっ飛ばしても、物資補給などで途中で止まらなければならなかったり他の国を経由して走らなければならなかったりで どうやっても到着は一週間 下手したら二週間ほど掛かるらしい、しかし広大な領地を持つ同盟内をぐるりと回って行こうと思えば 馬車じゃもっと時間がかかっていたことを考えると大したスピードだ


「あの、ところで 先に聞いておきたいのですが、セレドナ・カルブンクルスってどんな人でアンスラークスはどんな国なんですか?」

「セレドナはなぁ!、嫌な奴だぜ!その一言に尽きる!下品で悪趣味で傲慢で横暴!」

「自己紹介ですか?」

「ちがーう!」

フンスフンスと鼻息荒くセレドナさんについて語るザカライアさん、どうやら同じ五大王族として色々付き合いはあるらしいが、あんまり仲は良くなさそうだ

「アイツはな!玉座の上に座るためならなんだってする女だ!だって自分の旦那を追い出して自分が事実上の政権を握っちまうようなメチャクチャな奴だぞ!、国の奴は誰も文句言わねぇが ありゃ簒奪者だぜ!」

「凄まじい言いようですね…」

「だが、デルセクト内での評価は概ねそんな感じだ いくら旦那や息子が男色に傾倒し腑抜けたからと言って追い出す必要はなかったんじゃないかと、結局自分が玉座に座る為にそれを利用したとさえ言われている」

「…確かに、男色にハマったからって、追い出す必要はないですよね、世の中や歴史の中にはそんな王様もいるでしょうし」

結局のところ 性癖の是非で国王としての資質が問われることは少ない、そりゃああんまりにも酷く劣悪な性的倒錯を持っている場合は国王の座を追われることもあると聞いたことはあるが、そのレベルとは到底思えない

すると、セレドナさんはニコラスさんをいいように利用するだけ利用して、あとは用済みと言わんばかりに放り捨てたに等しい

「…ニコラスさんは、セレドナさんと会って話したことはあるんですか?」

「ええ、まぁね…と言っても一回会っただけだし、その時は死ぬほど罵倒されただけだから どんな人かなんてのは分からないわ」

「でもセレドナさんのせいでニコラスさんは降格処分を食らったんですよね」

「元を正せばアタシ自身の所為だからねぇ、なんとも言えないわ」

そりゃそうだけども、だが基本的に評判がよろしくないのは分かった…だが悪人かと言われれば微妙なところがある、ザカライアさんは国内の貴族達の反発を抑えるためにカエルムを利用したと言っていたが…さて 真意は如何なるかな

「っていうかよ!腹減ったんだけど!朝飯も食わねぇで待ってたから…もう空腹で倒れそうだぜ」

「朝ごはんくらい食べてきてくださいよザカライアさん」

「だって、食ってる間にお前らが行っちまうかもしれないと思うと飯も喉が通らなくてよ…なぁ 何か食いもんねぇ?」

「一応、サンドイッチなら作ってありますが…」

「おお!、いいじゃねぇか!それくれ!」

「さ 三人分しか作ってませんよ!、ザカライアさんが同行するなんて思ってなかったので」

「なんだと!?俺の分ないのかよ!…おいメルク お前の分くれ」

「いやです」

絶対渡しません とエリスの渡したバケットを抱え込みザカライアさんから守るメルクさんの、国王がなんぼのもんじゃと言わんばかりの強硬な態度だ、エリスのお昼ご飯を渡すくらいなら死んだほうがマそんな態度に…エリスは些か感動してしまう

「エリスの作るご飯は私の生きる意味なのです、それを渡すわけには行きません」

「そ そんなに美味いのかよ」

「美味いです、少なくともその辺のシェフよりはいい腕です」

「……くれよ!」

「いやです!」

「まぁまぁ二人とも、ザカライア君にはアタシの分あげるから それで手を打ちましょう」

あわや一触即発の空気に陥る二人の間に割って入りバケットから自分の分のサンドイッチをザカライアさんに手渡すニコラスさん、それを受け取りご満悦と言わんばかりのザカライアさんはもうめっためたな笑顔で…

「ほんとかよ!ラッキー!、サンキューな!」

「いいんですか?ニコラスさん…」

「いいのよ、アタシ少食だから…それにこの汽車にも食料は積んでるでしょ?、最悪それを貰うわ」

「うひょー!うめー!、エリスー!美味いなー!」

「それにこういうダメな子は甘やかしたくなるのよ」

そういうのは良くないと思う、ザカライアさんは甘やかされれば甘やかすほどつけあがるタイプだ、ちゃんと躾ていかないと!、というかザカライアさん そんな勢いでガツガツ食べたら酔ってしまいます…全く

「しかしこの調子で一週間近くか、ザカライア様ではないが暇だな」

「おう、むしゃむしゃ こんなことなら娯楽室でもつけさせりゃよかったぜ」

「ザカライアさん!食べながら話さないで!」

「…仕方ない、ここはこれで時間を潰すか」

ザカライアさんの口元をハンカチで拭いていると 、メルクさん 何やら鞄からブツを取り出して…ってあれ!

「なんだよ、トランプじゃねぇか、これで時間潰そうって?ガキじゃあるまいに…ってお前らガキだったな」

「あらいいアイディアね、アタシも混ぜてもらってもいいかしら?」

「トランプ!!、やりましょう!勝ちます!」

懐から取り出されたトランプを見て立ち上がる、トランプだ!リベンジの機会がやってきた!、次こそ勝つ!今日こそ勝つ!絶対勝つ!、グルルと喉を鳴らしてそのカードの束を睨みつける…

「なんだこいつ、急にやる気出して…そんなにあのカード遊びが好きなのかよ」

「たはは…いえ、私とエリスで 以前二人でババ抜きをした所…私が些か勝ちすぎてしまいまして、リベンジに燃えているんですよ」

「はぇー!、負けたのかよエリス!何回負けたんだ!?5回か?6回か?まさか10超えてるなんてことはねぇよな!ぎゃはははは!」

「78回です」

「ヒェッ……逆にどうやったらそんなに負けられるんだよ」

ザカライアさんがギャアギャアうるさいが無視する、集中が途切れてしまう…静かにメルクさんの配るカードを見て、あれこれ思考を巡らせる 次に見るのは他の人の視線だ、いくらポーカーフェイスが上手くとも手札と初めて対面した瞬間は少なからず反応がある…その微かな動きを記憶しつつ エリスは勝負に臨む

相手は前回から増えてメルクリウス ニコラス ザカライアの三人、メルクさんの腕は分かってる…ニコラスさんは手強そうだが ザカライアさんはあんまり駆け引きとか上手くなさそうだ、…まずは誰か一人に勝つことだけ考えよう、いきなり一番で抜けることは考えずビリ回避にだけ集中する

「それじゃあ始めようか…、まず最初は…」

戦いが始まる 雪辱を晴らす戦いが今!、視線を鋭く尖らせ 手札を突き出す

さぁ、いざ!勝負!!


…………………………………………

我々の目的地 アンスラークスへの到着は一週間という目標時間から三日程遅れ、十日という時間を要する事となった

十日間の列車生活を終え 我々ようやくアンスラークスに着いたのだ!、さぁ!これから調査だ!頑張るぞ!

「おいエリス、そろそろ機嫌直せって アンスラークス着いたぜ?」

「別に機嫌悪くありません」

しかし、エリスの心持ちは暗い 列車がブレーキ音を響かせ到着したというのに床に倒れ込み微動だにしない…別に機嫌悪いからじゃありませんよ?

あの後ババ抜きに負けまくったからとかじゃありません、十日間一度も勝てなかったとかでも一度としてビリから抜け出せなかったとかでもありません

メルクさんに同情目を向けられいませんし ニコラスさんに途中からあからさまに手を抜かれたり、ザカライアさんにめちゃくちゃバカにされたりもしてません、当然連敗記録が4桁が見えてきたりもしてません…え?泣いて?泣いてませんよやだな、枕が濡れてるのは汗のせいです

「不貞寝してんじゃん」

「別に不貞寝ではありません、ただ寝てるだけです 床で」

「そらエリス、そろそろ気持ちを入れ替えろ?何 負けたなら次勝てばいいじゃないか」

うぐ、メルクさんに言われたら起きないと…、それにエリスから勝負に乗っておいて負けたら機嫌を悪くするのは行儀が悪い、…切り替えようか うん、っし!切り替えた!切り替えたよ!全然気にしてないもーん!

「失礼しました、行きましょうか」

「うん、よしよし…では向かおう」

頬を叩き 荷物を整え。いざ駅へと降り立つ…香る空気の違いがスマラグドス王国とはまるで違う、視覚的にではなく感覚としてようやく 別の国に来たことを理解できる…

外を覗けば、それは一面の赤であった




紅国 アンスラークス、ザカライアさんの治めるスマラグドス王国の間に行くつかの小国を挟むように存在する大国の一つ、アンスラークスの王族 カルブンクルス家は五大王族の中でもさらに特別な存在であり デルセクト同盟諸国の中で現存する国家では二番目に古い歴史を持つと言われる厳正な国家である

由緒正しき高貴なる血筋はただそれだけで権威を持つ、千年近い時間脈々と続いてきた国家は古めかしくもどこか典雅な雰囲気を纏っており、風光明媚な街行きは 蒸気機関の発達により様変わりしていくデルセクトの中でも今だ変わらず 歴史の重さを物語り続ける

紅国の名が示す通り、この国は常に赤で染め上げられている、季節を常に考え様々な植物が街中に植えられ、春から夏にかけては赤い実をつける木を 秋口には葉が赤く染まり、冬になると葉が落ちて真っ赤な屋根が露わになり国染める

赤 赤 赤、どこを見て赤いが下品な赤ではない、古めかしい雰囲気と相待って暖かさを感じる そんな赤だ、スマラグドス王国とは別の意味で落ち着く良い国だ

「すごい綺麗な街ですね…路地も民家も 全部綺麗に整えられています」

「ああ、セレドナ様は来賓を迎える王都は城以上に美しくあるべしという理念の元、街の整備に莫大な国費を投資しているのだ、そのおかげで街は常に美しい赤を保っている、この街を世界最大規模の芸術品と呼ぶ声さえあるほどだ」

「なるほど、すごいですね」

「けっ、街を自分の庭みたいに好き勝手いじくり回してるだけだよ、ゴミが出りゃあ掃いて捨てるし 汚れがあれば直ぐに拭き取る、それが壁のシミでも人間でもセレドナにとっては同じ事だ…街人からしたら溜まったもんじゃねぇだろうな」

「管理してないザカライアさんが言えたことではないのでは」

「うるせぇー!」

エリス達は駅を降り その街の美しさに吐息を零していた、本当に綺麗な街だ 陽光を受けてどこか輝いているようにさえ見えるこの街を、芸術品として扱う気持ちも分かる…ザカライアさんはあんまり好きそうじゃないけど…

「いつ来ても綺麗な街ね、アタシこの街大好きよ」

「ニコラスさんもこの街が好きなんですね!私もです!」

「おい!、くだらねぇこと言ってねぇで さっさと働け、この国に旅行に来てんじゃねぇんだろお前ら…おいエリス 今のベオセルクっぽくなかったか?」

「はい、2ポイントです!」

「やったー!」

最後のやつがなければ…だが、しかしザカライアさんの言う通り 街の景観はいくら綺麗でも奴らにとっては関係ない、もしセレドナさんがマレフィカルムと繋がっているなら この街のどこかに黒服達が潜んでいる可能性もある

「さて!、じゃあ行動としては私が皆さんのために宿をとって その間に他の方は情報収集を……」

「おい!、そんな回りくどいことする必要ねぇだろ…時間ばっかかかるじゃねぇか、近道しようぜ近道」

するといきなり捜査に文句を垂れるザカライアさん、回りくどいとか 近道とか…そうじゃないんだ、こう言うのはコツコツ足場固めが重要で、スマラグドスでは偶々迅速に終わっただけで これはそもそも長期間の活動を想定した大捜査で…

「ざ ザカライアさん、良いですかをこう言うのはですね?近道とかはなく 地道地道の積み重ねで…」

「はぁ?、大本命が誰かは分かってんだから 回りくどいことせずそいつに聞けばいいだろうが」

そう言いながらザカライアさんが指差すのは…街の中央、炎よりも尚赤い 正しく紅玉の如き輝きを持つ、アンスラークス王城 紅炎婦人セレドナが住まうその城を指差して…

「き 聞くってまさかセレドナさんに直接ですか!?、出来るわけないじゃないですか!相手は五大王族ですよ!、門前払いが関の山です」

「お前らならな、だが…俺は違う、俺が一声かけりゃ火にかけた貝みたいに門が開くだろうよ」

た…たしかに、この人なら 五大王族ならセレドナも無視できない、そうだよ!エリス達は今五大王族を連れているんだ、彼の随伴という形でならエリス達が立ち入れない空間はない…セレドナさんに直接話を聞けるならそれ以上に越したことはない

「むぅ、確かにザカライア様ならいけるか…セレドナ様に直接質問できるならそれに越したことはありません、彼女が何を隠し 何をしようとしているのか、そしてこの国で黒服…いやマレウス・マレフィカルムか?それの目撃情報があるなら聞いてみたいし…ザカライア様いけますか?」

「任せとけって、よっしゃ!俺についてこい!」

「キャー!ザカライア君かっこいいわー!」

「ぬははは!、かっこいいだろ!偉大だろ!、俺を褒め称える言葉 たくさん考えとけよ」

高らかに笑いながら街の大通りを歩き 目指すはアンスラークス王城、ザカライアさんの後に続くようにエリス達は歩く、うん 本当に彼に協力してもらえてよかった、出来ることが大幅に増えて…もしかしたら想定していたよりも早く捜査が終わるかもしれない



…………………………………………………………


「ダメだった…」
 
「バカライアー!」

アンスラークス王城 その目の前の城門の目の前で項垂れるザカライア…いやバカライアを罵り飛ばす、任せとけ と高らかに笑い 城門まで歩いて行き 普通に衛兵に止められ当たり前のように追い返された

ザカライアさんがいくら喚き立てても衛兵は知らんぷり、というか 知ったことかと言った態度でザカライアさんは摘み出され 今に至る

「くそぅ…まさかこの俺が門前払いを食らうとは」

「なんか、ザカライア君を翠龍王ザカライアだって信じてない様子だっわね、まぁ この国で五本の指に入る男が 護衛も連れずぷらぷら歩いてるんじゃ よく似た偽物と思われても仕方ないわねぇ」

「取り合ってすらもらえないとは思わなかった…」

「日頃の行いが悪いのでは?」

「うるせぇー!、じゃあテメェが行ってみやがれー!!」

「キャー!ザカライアさん怒らないでー!?」

荒れ狂い怒り狂うザカライアさん、だが仕方ない事だろう 彼の落ち度ではない、世の中そんな上手い話もないということだ、やはりここは地道にやっていくしかあるまいよ

なんて諦めがかったムードが場に漂ったその時、ザカライアさんが開けられなかった城門が内側からゆっくりと開いて……

「ん?、君は…」

「あ?…この声」

ふと、城門の内側から出てきた人物がザカライアさんをみて声を上げ、ザカライアさんもまたその声に反応する、いや エリスもこの声聞いたことがあるぞ、この溶けかかった砂糖菓子みたいに甘い声は…

「てめ…レナード!?なんでテメェがここに!?」

城門と内側から現れたのは蒼輝王子レナード、ザカライアさんやセレドナさんと同じ五大王族の一人だ それが沢山の護衛を連れてアンスラークス王城から現れたのだ、…何故セレドナさんの城からレナードが…? なんて思っているとザカライアの叫びを聞いてレナードがフッと嘲笑気味に笑い

「外でチンピラが騒いでいると思ったら、君だったかザカライア…相変わらず君は下品だね」

「会っていきなりそれかよ、下品度合いじゃテメェには負けるっての!」
 
「減らず口も相変わらずみたいだ、…随分変わった友人達を連れてるんだね?美人軍人と男が二匹か…、変わった面子だ 君の模擬戦ごっこに付き合わせている可哀想な部下かな?」

残念ながらその可哀想な部下ではない、というか あの模擬戦ごっこ周知の事実だったのか…、しかしこの二人 お互い年も近く同じ五大王族同士だというのに なんというか協調性はまるでないな…仲が悪すぎる

「なんでも良いだろ!、ってかお前!なんでセレドナの城なんかに出入りしてるんだよ!、まさかセレドナにまで手ェ出してんのか?趣味わりぃなおい」

「やめろよ…あんなのに手を出すくらいなら…ってそうじゃない、なんでここにいるって君 これからこの城で三日後にパーティをやるって話聞いてないのかい?、セレドナが自分の城を自慢する為に五大王族全員呼ぶって話だったけど、君呼ばれてないの?」

「……呼ばれてるに決まってんだろ!、知ってたわ!そんなもん!」

すげー嘘ついてる、でも呼ばれてはいたんだろうな けどそれを忘れていたか、聞いてなかったか、少なくともレナード相手に不覚は見せたくないのか 

「ふぅん、それで参加するのかい?」

「はぁ?、するわけねぇし したとしてもテメェには関係ねぇだろ」

「フンッ、確かにその通りだね…君もそんな粗暴な男について行くより僕と一緒に来た方が楽しいと思うけれど?、君はこんな男にはもったいないくらい美しい」

「…え?私?」

スルリとザカライアさんの脇を抜けメルクさんの手を取り口説き始めるレナード、しかしそのやり方は上から目線かつ傲慢 そして強引な物だ、ナンパ大好きなイケメンと言えば思い浮かぶのはアジメクのメイナードさんだが…

彼は少なくとも相手の女性の手をいきなり取ったりしない、口説くにしても相手と相互理解を尊重していた、メイナードさんに比べると彼のやり方は嫌悪感を催す

「ああ、君のように凛々しく美しい女性が こんな蛮人の側にいるのが耐えられない、そんなコート脱ぎ捨てて 僕の用意した極上のドレスを身に纏い…そして優美な音楽と共に踊るんだ、さぞ楽しいと思うけれど」

「いきなりそんなことを言われても困ります、それに私は踊れません」

とは真顔でメルクさん、ナンパされて 手を取られて困惑しているというより、本気で踊れないから断ろうとしている、真面目な人だな…しかしメルクさんは意外にも恋愛とかロマンチックなものに弱い、王子様に誘われていると自覚したコロッとついて行きそうなものだが…

「良いじゃないか、そこに最高の宿を取ってあるから そこでじっくりお話を………、その…」

すると急にレナードが顔を青くして静止する、いきなり何事かと思う間も無く理解する…メルクさんをナンパするレナードさんをジトッと見つめる目があったのだ、捕食者のように獰猛な 獲物を狙い視線が

「そ その、何かな?さっきからじっと見つめて…何か文句でもあるのですか?」

「あらやだ見てるのバレちゃってた?、うぅん 噂に違わぬ美貌だと息を巻いていたのよ、ごめんなさい」

ニコラスさんだ、ニコラスさんがレナードさんを狙い定めるようにジロジロ見ていたのだ、…そこで思い出すのは例の噂『ニコラスさんの次の標的はレナード』だという噂、こ この人まさか…本気で狙って…

「に ニコラスさん!ダメですよそんな!」

「ニコラス!?あの男喰いの!?、よ 寄るな!」

「そんなに邪険にしなくても良いじゃないの、宿取ってるのよね?アタシもついて行って良いかしら?」

「良いわけないだろ!そもそもお前は誘ってない!、ちょっ!?なに自然に肩を抱こうとする!しなだれかかるな!恐ろしいわ!お前!」

「ヒャハハハハ!やっちまえ!ニコラス!」

「あら、ザカライア君も来る?」

「ヒィッ!?俺も!?」

「とにかく!僕は男には興味がない!、これで失礼させてもらうよ!」

ニコラスさんの注意がザカライアさんに向いた一瞬の隙をつき慌てて護衛を連れて逃げ去るレナードさん、ニコラスさんのお陰で助かったと見るべきかニコラスさんのせいで話がこじれたと見るべきか…

「しかし…不思議な方でしたね」

そう言いながらレナードが去って行った方向を見るメルクさん、なんだ?やっぱり王子様に舞踏会に誘われたことが気になるのだろうか、メルクさんってばロマンチストなんだから

「パーティに参加したかったのですか?」

「いや、そういうわけじゃない…ただレナード様、私を誘っている癖に私の方を見てなかった」

「え?、…そうでしょうか?」

普通に見てた気がするが?、いや 視覚的な意味合いではなく恐らく…

「そうね、レナード君ってば メルクちゃんを誘っておきながら、その目的は別のところにあった…まるでメルクちゃんを連れて行くこと自体が目的みたいだったわ、まぁ有り体に言えば彼 嘘ついてたわね」

「嘘ですか?…」

嘘、レナードはただナンパをすることが目的ではなく この場からメルクリウスさんを連れ出すことが目的だった、つまり彼女に何か用があったということか?、しかしそれなら何故それをはっきり伝えない?それに用ってなんだ ?

「アイツは昔からそうなんだよ、レナードはガキの頃からの知り合いだが…昔から俺の周りから色んな物を取って行くのが好きなんだよ、特に女な 俺の周りに女がウロつき始めるとすぐに自分のものにして持っていこうとする、今回も同じだろ」 

面白くねぇとザカライアさんは分かったように口にする、幼馴染なのか…いや幼馴染というより腐れ縁と言うか あんまり良好な関係ではなさそうだな

「ふぅーん、レナードねぇ…」

「なんですか?ニコラスさん…やっぱりレナードさんのこと狙ってるんですか?」

「それはあるけど、今気にしてるのはもっと別のことかしら…彼の本音 聞いてみたいわね」

「本音…?」

「それよりも、この後の捜査の方針を考えましょう 、第一目標としてはセレドナ様に謁見する事ですが…、…ザカライア様?」

「おん?」

行動の指針を示すに当たって メルクリウスさんはザカライアさんの方を見つめる、第一目標というか エリス達がアンスラークスまでやってきたのは セレドナ様がマレフィカルムとつるんでるかどうか その是非を見極める為

当初ザカライアさんが言ったように セレドナさん本人に会って直接確かめるのが一番手っ取り早い、少々の危険を伴うが 捜査に時間をかけすぎた結果取り返しのつかない事になるよりはマシだろう

そこで、やはり手っ取り早くセレドナさんに会うには、ザカライアさんの助けは不可欠だ

「いえ、先ほど仰られたセレドナ様のパーティというのは…本当に招待されているのですか?」

「おう、多分な…セレドナはよく五大王族を招いてパーティ開いてんだ 俺の所にもよく話が来るぜ?月一くらいのペースでな」

「そんなに何回も五大王族を招いて…何をしてるんですか?」

「名目は自分の城を自慢する事…だが、多分腹の底は 五大王族を招いてパーティをする事で、自分が五大王族と同格 もしくは自分も五大王族の一員であることをアピールして反セレドナ派への牽制を目的としてるんだろうな」

そんなくだらねぇ自国内のやり取りに巻き込まれるのがごめんだから今まで無視してたけどな とはザカライアさん、なんか…こうしてると本当に王様みたいだ、まぁ王様なんだけどさ

「なるほど、そのパーティには他の五大王族の方々も?」

「おう、参加してるはずだぜ?…ジョザイアもレナードもソニアもな、セレドナに恩を売る意味合いも込めて参加してるって話はよく聞く、…で?そんな話するんだ 俺にそのパーティに参加しろってんだろ?」

「話が早くて助かります、ザカライア様の協力があれば セレドナ様に謁見するだけでなく、上手くいけば他の五大王族の方々も一気に見極める事が出来るかと思いまして」

なるほど、と感心してみるが エリスも概ね同じことを考えていた、ザカライアさんがパーティに参加するのと一緒にエリス達も潜り込めば、態々他の国に赴いて一個一個シラミを潰す必要もなくなる

「…うーん、別に参加するのはいいんだがなぁ」

「何か問題でも…?」

しかし、ザカライアさんの反応は芳しくない…参加する事自体は構わないが?と言った態度だが

「いやな?、ジョザイアもレナードもソニアもセレドナも…自慢の従者を連れてパーティに参加するのに、俺だけ一人で参加ってんじゃ格好がつかねぇじゃん?、かと言って従者も護衛も全員置いてきちまったし 今更呼び出してもパーティには間に合わんぜ」

格好の問題かよ!とは言わない、寧ろかなり重要な話だ…王侯貴族は見栄とハッタリで周囲を牽制する、だからこそ豪勢な服飾を着込んで身嗜みを整えるし ゾロゾロと従者を引き連れる

そんなハッタリが剥がれれば あそこの家は零落したと嘲笑の的にされ、侮られる…一国の王が侮られるという事は スマラグドス王国が全体がナメられることを意味する、そうなれば国家の運営に多大な影響を与える事となるだろう

「でしたら、ディスコルディアを従者 私とニコラスさんを護衛に見立てるのはどうでしょうか?」

「エリスとお前らを?……悪くねぇな、というかまぁ それしかねぇか…しゃあねぇ、やってやる、おいエリス お前執事として働けるか?」

「バカにしないでください、あとディスコルディアです 名前を間違えないように」
 
「ああ、そうだったな…んじゃ 早速準備するぞ、流石に着の身着のまま参加するわけにもいかねぇ、パーティに見合う服を用意する メルクお前は俺についてこい、エリス!お前はニコラスと一緒に上等な宿を取っておけよ!」

ザカライアさんとメルクさん エリスとニコラスさんの部隊を二つに分けるというのだ、しかしなんというか珍しい組み合わせだ、いやまぁ多分護衛が欲しいけどニコラスさんと二人っきりになるのが嫌だからとかそんな理由だろうな

「分かりました、では私はザカライア様についていく 二人は宿の方を頼む」

「かしこまりました」

「ハァイ、任せて頂戴 いい奴見つけて置くわ」

しかし、ちょうどいいとも取れる エリスは今までニコラスさんとしっかり腰を据えて話す機会に恵まれなかった、ここはひとつ ニコラスさんという人物を知る為…二人っきりで彼という人物を見定めるとしよう
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