孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

69.孤独の魔女と魔女への怨念

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太陽が空を赤く染める逢魔ヶ時、昼から夜へ移り変わり 日が出てる内に忙しなく労働に勤しんでいた者達は皆 家へと帰り、明日の仕事に備えて休息を取るこの時間帯は、街は不思議な静寂に包まれる

特に観光地でもあるエスメラルダはその色合いが強く、観光客が宿に籠るこの時間帯は通りに人気がなくなる、そんな静かな町の片隅 裏路地で四人の男女が屯する

見つめる先は夕の空よりも尚赤い レンガ作りの一つの建物、掲げられた看板はチャリオット商会、変哲も何も無いあの商会を険しい目でじっと見つめる

「あそこか?…見れば見るほど普通だな」

青い髪とトレンチコートを風にはためかす女性、メルクリウスはそれを隠れながら見つめ そう零す

「表に悪いことしてますって看板掲げる犯罪者ばかりなら、アタシ達の仕事もだいぶ楽になるのにねぇ」

黒髪と褐色の肌が裏路地の闇の中で一層の艶やかさを帯びる男性、ニコラスは片眉を下げ笑う

「あそこにカエルムあんだろ?なら火ぃつけようぜ火、そうしたら全部解決じゃねぇか」

翠の髪と鋸のような尖った歯を見せ笑うのは この国の王にしてデルセクト同盟の柱の一つ、ザカライア…そして

「なんの解決にもなりませんよそんなこと、奴らはこの同盟に根を張ってるんです、表面だけ焼いて綺麗にしても意味がありません」

黒い髪 黒い執事服、凛々しくも幼い顔立ちのまま王を睨む麗人執事…ディスコルディア、というか エリスだ エリスだよ

今エリス達はザカライアさんの案内で カエルムを流通させていると思わしき商会の前までやってきています、とはいえここまで来たはいいけれど、さぁどうしようかと頭を抱えているところなんです

これが以前のように沢山の部下や軍人引き連れての強行突入なら何も考えず包囲して中にいる人間全員縄にかければ済む話だが、エリス達は四人…それも一人はこの国の王だ 実質三人で挑まねばならない

簡単な話ではない…それにここは市街地、あんまり大ごとにしてもいい事はない…

「ここは、やはり以前私とエリスでやったように 裏と表を押さえての電撃作戦で決めるしかないでしょうね」

「なるほど、じゃあアタシとメルクちゃんが表…裏が」

「俺とエリスだな、分かった」

「いや分かったじゃないですよ、何ザカライアさんまで参加しようとしてるんですか」

何故か突入にまで参加しようとしているザカライアさんを止める、彼はここまで案内してくれた それだけで十分だ、オマケに彼はあんまり強くない むしろ弱いくらいだ、変に勇ましいところがあるが 中には銃で武装した黒服がワンサカいる可能性がある

いくら自分から参加したとはいえ、ザカライアさんを蜂の巣にして帰したといればエリス達が罪に問われる…それだけは避けなくてはならない

「えー、ダメかよ…こんな面白そうなのに、ベオセルクなら絶対突入してたぜ」

そりゃあベオセルクさんがこの大陸でも指折りの実力者だからだ、確かに彼なら一緒に突入してた、寧ろエリスから頼み込んで力を借りてただろう…だがそれと同じことができる人間は中々いない、ザカライアさんにはなおのこと無理だ

「ダメです、中には沢山の敵がいるんです、いつものお遊びとは違うんですから…ここで待っててください」

「俺ぁ子供じゃねぇぞ!」

「ザカライア様…静かに、ですがエリスの言うことにも一理あります…ここはこの場で待機し 我々が取り逃がした者をお願いします」

「むぅ…、ちぇ わかったよ、後方待機の役目を俺に任せるってんだろ?…不服だが駄々こねるのも恥ずかしいし、任されてやるよ」

とメルクさんの言葉で渋々ながら納得はしてくれる、まぁ 一人もあの建物から逃がすつもりはないから、彼の仕事はないだろうが…それが一番だ、ザカライアさんに戦わせるわけにはいかないからね

「では、エリス 裏の方に行ってまいります…行けそうなら……」

「ああ、例の魔力球の花火で伝えるんだろ?、一発なら突入 分かってるさ」

「はい、では 行ってまいります…」

「すまないな、君にばかりいつも危険な役割を任せて」

「…いえ、エリスは執事ですので」

メルクさんは一度エリスと作戦を共にしたことがあるから とても話が早い、もはや段取りは不要と エリスは旋風圏跳を用い 空高く飛び上がり裏へと回る、建物はエリスの想像よりも広く そして大きい……



「よっと…」

そして降り立つのは建物の裏、…暗く汚い裏通りだ、薄ら寒く 日がな日な日光が差すことが無い街に出来た人工の洞窟…そう形容するに相応しい暗さを持つこの場は 当然ながら人目につかない

「…………裏にも見張りはいませんか」

一瞬、ここがカエルムを売り捌く拠点の一つなら 裏口にくらい見張りがいてもいいのに と思ったが、どうやら杞憂なようだ…人の気はない 、もしかして中には誰もいないのか? そう思い木の扉に耳を当てると微かに中から音が聞こえる

いる、中に人がいる……しかし参ったな 中の状況がさっぱり分からない

中の状況がわからないとどう攻めていいかも分からない、と言うかそれ以上にここが本当に黒服の拠点かどうかと言う確たる証拠は何もない、もしエリス達の早合点でなんでもない商会を襲ったりしたらその時点で逆にエリス達が犯罪者だ

その場合はエリスが全ての罪を被って逃げればいい、だがそうなるとこの国でますます動き辛くなる

今攻めるべきか 様子を見るべきか、今攻めればここが黒服の拠点だった場合 相手に何もさせることなく落とせるが拠点でなかった場合えらいことだ、様子を見れば情報の確実さを精査できる その代わり相手に逃げられるリスクを負う

どっちもどっちだ、はて…どうしたものか 何か、こう…ここに黒服がいる!って証拠がどこかに転がってないものか

木の扉の前でウンウン頭を捻る、ここで悩むべきじゃないか?一旦戻るか?、そうだな エリス一人で出していい結論じゃないし やっぱりもう一度話し合いを

「あ…………」

そして、思わず声を上げてしまう エリスがだ、何せそれを目にしてしまったから…

悩んでいて、完全に意識が別のところに行っていたからか、それに気がつくことができなかった

何にって…まぁ言ってみれば開いてたんだ、エリスの目の前の木の扉が、勿論エリスが開けたわけじゃない、内開きの扉を引いて 中から人が現れ、それと目があった



相手も驚き固まる不思議な沈黙の中、ふと エリスは目に入った情報をそのまま口に出す

「黒い…服だ」

例の黒服だった、それが扉をあけて こちらを見て………

「ッ貴様ッ!?」

「フゥッ!」

咄嗟、懐から銃を引き抜こうとするソイツの動きを感知し 弾かれるように身を屈ませ、バネのように跳ね 片足を…蹴りを黒服の腹部に抉りこませる

「ぐぶぅっ…かはっ…」

エリスの一撃を受け、口からゴボゴボ何かを吹きながら倒れる黒服…あ 危なかった、コイツ間違いなく例の黒服達だ、なるほど 見張りがいないんじゃなくて偶然見張りの交代時間にエリスが通りかかっただけだったんだ…

しかしこれで確証が得られた、というか もう一人倒してしまったから攻め入るより他ない!、慌てて空に一発 魔力球で合図を送り商会へと転がり込む

「おい!、なんの音だ!…って!コイツ!侵入者だ!」

レンガの建物の中はそりゃあもう見かけ以上に広く まるで倉庫のようにドカンと広く突き抜けていた、当然中には黒服達が跋扈しており 見張りの一人があげた声に反応してワラワラと現れる、よかった やはりここが連中のアジトだったんだ

「執事服のチビ…間違いない、エスコンディーナの襲撃を行った奴の一人だ、もうここを嗅ぎつけたか」

どうやらエリスの話も奴らには行っているらしく、エリスほか執事服を見るなりそう言うのだ、まぁそりゃそうか エリス達が捕まえた奴らは全員解放されたんだ…情報が行き届いていてもおかしくない

「貴方達、この街でもカエルムを売っているんですね」

「ああ、その通りだ カエルムは貴重な収入源でね、この国の連中から金を巻き上げるには持ってこいなんだ 、今それを潰されるわけにはいかないんでな…悪いがお前には消えてもらう」

そう言うと彼らはメルクリウスさんが持つような銃を構え、エリスを狙う…

収入源か、この人たちは この国の人間を収入源としてしか見てないのか…

ただ金を得る その為だけに何人もの人間を食い潰し 人生を潰し  素知らぬ顔で人も殺す、変わらない…コイツらはレオナヒルドと変わらない、自分達のためならどんな人間さえも平気で踏み潰せる類の人間、世はそれを悪人と呼ぶ…

彼らの目的とか狙いとか そんなのはこの際どうでもいい、ただ…そのせいでこの国の多くの人間が狂わされていると言うのなら、許す理由はない

「死ね…!」

「その言葉は、平然と口にしていいものじゃないんです!」

目を見開き、極限集中へと移行する…

全ての動きが緩慢になり彼らが一斉にエリスに銃口を向け引き金を引く様がありありとか見えてくる、故に…先んじて動く…

(旋風圏跳…ッ!)

刹那鳴り響く轟音 銃声 破壊音、あちこちに配置された黒服達が撃つ銃撃の掃射が石造りの床を砕き レンガの壁を射抜き、跡形もなく粉々にしていく 人の身で受ければあっという間に肉塊にされかねない鉛の雨が、降り注ぐよりも前にエリスは駆ける

屋内を駆け巡る風となり エリスが出せる最大速度でめためたに駆け回る、銃弾は音速 されどそれを狙う人間の動きは鈍速、いくら弾が速くとも真っ直ぐしか飛ばないなら 避けようは幾らでもある

「チィッ!、こいつ…素早いぞ!この…!」

「おいバカ!、カエルムに傷をつけるな!」

「だがアイツ 俺達がカエルムを狙えないとわかって、木箱の陰にばかり隠れてやがる!こうなったらもう木箱の一つや二つ仕方ねぇだろ!」

そしてもう一つ、やはり前回と同じで黒服達は木箱を傷つけることを厭う傾向にある、それに何よりこの銃という武器を使いなれていないようにさえ思える、ただぶっ放してるだけだ…そんなんじゃあ威嚇にしかならない

「ほっと!」

「がぶふぅっ!?」

壁を足場に黒服に突っ込み、その横頬に蹴りを見舞う、ただの蹴りではない 旋風圏跳の勢い 速度 そしてエリスという人間の重さ全てが備わった蹴りだ、ただの一撃で黒服の体は芯から錐揉み吹き飛んでいく 

弱い…弱すぎる、前回と同じだ こんなのエリスの相手にならない、やはりアルクカースの戦士達の比べると他の国の人間はあまりに弱い 

「よっと!」

「ごはあぁっ…くそっ…」

全身をバネように躍動させ 勢いのまま拳を叩きつければ黒服の体は風に吹かれた紙のように吹き飛ぶ

「はぁっ!」

「げぼぁっ…!?」

回転を加え踵で撃てばエリスの体以上に黒服の体は回転し 地面へ倒れ伏す、…エリスの体もだんだん大きくなりつつある、こうやって魔術を織り交ぜた体術でもだいぶ戦えるようになってきた

もはや相手にならぬ、駆逐する勢いで建物の中を行き交い 黒服達を叩き潰して回る、高速の掌底は相手を壁まで吹き飛ばし 神速の体当たりは敵をそのまま潰す、それはもう戦いですらない…

一方的な蹂躙はものの数分で終焉を迎える

「くそっ、くそぉっ! 俺じゃあ俺たちじゃあ敵わねぇのか…魔女の使徒如きに!」

「ええ、敵いませんよ…残念ですが」

「うぐ…うぉあああああ!!」

「ふぅ…旋風圏跳」

残った最後の一人は最早ヤケクソと言わんばかりにエリスに殴りかかってくるが、銃を使っても敵わない相手に素手で敵う道理はない、彼の拳がエリスに直撃する寸前で 彼の体に旋風圏跳を使い…上へ 天井へ容赦なく吹き飛ばす

「うぎゃああああっっ!?がへぁっ!?」

風に体を攫われた黒服はそのまま糸に引かれるように天井まですっ飛んで行き、上半身を天井に突き刺し…動きを止める、拍子抜けだ まさかここまで相手にならないとは…

「…メルクさんの救援を待つまでもなかったですね」

メルクさんの突入が来る前に全員潰してしまった…、というかメルクさん遅いな …先にこのカエルムを押さえてしまうか、そう思い 近くの木箱に手を伸ばした瞬間

…耳が捉える、異音…エリス以外いなくなった筈のこの空間に、突如として 手を打つ音が聞こえるのだ

「っ…!、誰かいるんですか!」

そう叫び周りを見回すも誰もいない、あるのは死屍累々 といっても誰も死んではいないが、気絶し倒れる黒服達ばかりだ…、しかしそれでも手を打つ音は 拍手は鳴り止まない、なんだ…どこだ!誰だ!

「やめてくれ!…悪人は叫ぶが 正義の味方は悪には容赦しない、傷つけられた人々の悲鳴を代弁するように、拳を振るい 蹂躙する」

「だ…誰ですか!」

「その力は正義の具現、正義とは正しく 正しきは勝つ、これこそ世の常…哀れにも非道に手を染めた悪人達は、正義の手によって討ち取られていく」

今度は拍手と共に声が響く、男の声だ…バカにするように 何やら譫言をぶつぶつと訳のわからないことを言っている、その不気味な雰囲気にエリスは必死に視線を走らせる…何処にいるんだ

そしてようやくその姿を捉える、闇の奥から揺らめくように現れる…黒い服、エリスが倒した奴らと同じ服装だが 風格がまるで違う、室内だというのに目深に被ったテンガロンハットと黒に映えるシルクのマフラーをダラリと肩にかけた出で立ち…

そいつがパンパンと讃えるように手を叩き、こちらにゆっくりと歩いてくる…何者…

「こうして悪は正義の味方によって打ち倒され…この国に再び平和が戻った、ありがとうヒーロー!永遠なれヒーロー!」

「…なんですかあなた、何言ってるんですか?」

「グスターヴ・エウドクソス著 マジカルヒーロー伝・一巻…、魔女から力を授かった心優しい少年が 国を蝕む悪人達をバシバシぶっ倒しまくる痛快な勧善懲悪冒険譚、俺ぁ昔からあの本が大好きでなぁ 、ガキの頃は背表紙が真っ二つに割けるまで読み込んだもんだぜ…ありゃあ世紀の良作さ」

「はぁ?…」

「最近のマジカルヒーローシリーズはちょいと安直な内容になっちまってるが、あの本は子供のバイブルだ、アレに憧れねぇガキはガキじゃねぇよ…かく言う俺も小さい頃は憧れたんだぜ?正義のヒーローに」

自分語りをしながら男はゆったりとエリスの前まで歩いてくる、…こいつ デカい…、上に羽織ったコートの上からでも分かるほどに彼の体は鍛え上げられており、燎原の跡のような灰色の髪と顔を横断するように右から袈裟気味に走る傷跡は 見るものを誰しも恐怖させる…

何より恐ろしいのはその琥珀色の瞳、…鋭い ナイフよりも剣よりも鋭く研ぎ澄まされた三白眼がエリスをじっと見下ろしている

「…単身悪の組織のアジトに攻め込んで、全員まとめてぶちのめす…まるでマジカルヒーロー伝に出てくる主人公みたいなことするもんだなぁ、俺の可愛い部下達がまるで刈り取られた雑草みたいにされちまって…ははは やっぱ世の中悪いことは出来ねぇな?」

「貴方も、この黒服の仲間なんですね…何者ですか?」

「何者っておい、こんな大層な登場の仕方しといて雑魚キャラなわけねぇだろ?、ボスさ …そこで転がってる雑魚キャラ達のな」

「ッ…!ボス…!?」

ここが拠点であることは読んでいた、されどまさか この黒服達の親分の登場までは予見していなかった、どうせここも奴らにとってはトカゲの尻尾のように切れる容易い拠点とばかり思っていたが…

まさか、大当たりをいきなり引くとは…エリスはついているな

「…………」

「おいおい!、静かに構えるなよ!、俺はお前と話をしに来たんだ 孤独の魔女の弟子エリス、お前が 俺を探してるみたいだったから、態々分かりやすい誘導をしてここに来てもらったんだぜ?」

「誘導…?」

と言うかこいつ、エリスの正体を知っている…というか正体どころかエリス達の動きさえ完全に見抜いている…、ハッタリか 或いは真実か、何にせよこの男はエリスと話がしたいようだ…

なら、ちょうどいい エリスもこの黒服達に聞きたいことや言いたいこと山とある、向こうが話してくれるなら それこそ絶好の場だ

「話って何ですか?」

「ここで話すのも格好がつかねぇだろ?、こいよ フカフカのソファに座ってゆっくり話そうぜ?」

そういうと男はポッケに手を突っ込んでエリスに背を向けどこかへ歩いて行く、…その背中は隙だらけだ、今後ろから襲いかかれば…………エリスは負けるな、アレは隙があるんじゃない 隙を態と見せているんだ

ここで襲いかかれば エリスは返り討ちに合う、奴の実力云々ではない…ただそう感じるんだ、この異様な気迫 ラクレスさんやホリンさんから感じた強者の余裕と似たものを感じる、ここは大人しくついていったほうがよさそうだ

そしてエリスは男に誘われるまま闇の中を歩く、するとどうだ 壁の真ん中にぽっかりと空いた穴に上へ続く階段が伸びている、…二階があったのか 外から見た限りじゃなさそうだったが、…いやよく見てみれば外から見た建物の高さと天井の高さが釣り合わない、隠し部屋があったんだ……



そう注意深く周りを見ながら階段を登ると…そこには豪奢な部屋が一つ、広がっていた 綺麗な絨毯、豪華な壁紙 淡麗な家具や机…まるで貴族の部屋のようなそれの中心に添えられたソファに 男はどかりと座ると…

「…ほらどうした?、お前も座れよ それともこっちのデカいソファが良かったか?」

そう言いながら男の向かい側に設置されている小ぶりなソファに座るよう促される、罠か?…いや男はどっちに座っても良さそうな口ぶりだし、罠ではないか… 

「…………」

されど警戒しつつ恐る恐るソファに座る…、うん 普通のソファだ、フカフカで人をダメにするタイプの奴だ、警戒してたエリスが馬鹿みたい…

「疑り深いねぇ、もっと素直になったほうが子供らしくて可愛いぞ」

「貴方達犯罪者に促されて易々と座るほど、バカじゃないだけです」

「ククク、ちげぇねぇ」

そういうと男は脇に置いてあった酒瓶を取り出し、指先で栓を弾くとゴクゴクとラッパ飲みを始め…って、なんなんだこれ、エリス何してるんだ?カエルムを牛耳る悪の組織のアジトに攻め入ってるんだよな?エリス…

「それで、話ってなんですか?」

「…んくんく、…ぷはぁ ん?ああ、話か…いやな?方々で活躍してる天才魔術師さんの顔 一つ拝んでお話ししてみたかったんだよ」

「黒服達となんか、エリスは喋りたくないですがね」

そういうと男はキョトンとした顔で酒瓶を脇に置く、な なんだよ…何かおかしなこと言ったか?、だってこいつらは悪人だ その所業を悪辣極まる、カエルムを使い多くの人を狂わせて…

「お前 俺たちの事黒服って呼んでんの?黒い服着てるから?黒服?、ブッハぁ~!安直~!」

「えっ!?そこですか!?」

「そこもそこさ、黒服なんてダサい呼び方やめてくれよぉ 、そんなダサい呼ばれ方するなんて捕まるくらい最悪だぜ、まぁ捕まったことないんだけどよ!だははははは!」

「し 仕方ないじゃないですか、貴方達の呼び方なんて知りませんし、黒服は黒服です」

黒い服を着て 組織的に行動していることから、彼らはなんらかの組織に所属していることは分かっていた、だが だからと言って彼らの名前なんか知る機会なかったし知るつもりもなかった…

だが男はそれが不服とばかりに笑うと

「まぁ、知ろうと思っても俺たちの名前は知れないよな …『組織のことを知った者は誰一人として生かしておくな』、なんて組織の決まりごとのせいで…俺たちの名は未だ世界に轟いてねぇ」

「人を殺して 組織を秘匿しているというんですか…!」

「おう、だが俺はその決まり事は好きじゃねぇんだ 、未知の恐怖がもたらす幻想的な恐ろしさよりも、既知の畏怖がもたらす現実的な恐ろしさの方が 有効だってのによ」  

その言葉で思い出すのは メルクさんとの初対面の一幕、エリスはメルクさんの銃を最初見た時 それが何か分からないから恐れなかった、だが銃の恐ろしさを知った以上 エリスはそれを恐れずにはいられなかった

それと同じだ、エリスは エリス達は、この組織のことを知らないから恐れない、じゃあ その本質を知った時エリス達は…

「だからこそ、敢えて名乗らせてもらうぜ?、俺の名はヘット…魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムの実働部隊『大いなるアルカナ』の幹部…、戦車のヘットだ よろしくな?」

そう言いながら男は 戦車のヘットと名乗る男はゆっくりエリスに手を差し伸べる

魔女排斥機関マレウス・マレフィカルム…それが この黒服達の名前、大いなるアルカナ それがこの男達の部隊の名、それが エリス達の敵の名…!?

「魔女排斥機関って …、貴方達もしかして魔女を…!」

「おう、俺達マレフィカルムは名前の通り 八人の魔女全員をこの世から消し去り、この世を人の手の中に取り戻す為に動く、人類解放組織さ…まぁ 魔女の弟子のお前にとっちゃあ、どうしようもないくらいの敵ってこった」

魔女を 師匠達を殺す為に動いているというのだ、その言葉を受けた瞬間 理屈とか理論よりも先に、激情が湧き上がる…どうしよもうない嫌悪感と否定の念が噴き出してくる、だってそうじゃないか!師匠達は…魔女達はその身を削って世界を支えてくれているというのに!

「貴方達は!…なんてことを言っているか分かってるんですか!、魔女がいなければ世界は この文明は存在してないんですよ!それを否定し消し去ろうなんて!」

「そうは言うがな、その魔女に見捨てられ割りを食った人間ってのは少なからずいるんだぜ?、魔女に見捨てられた 魔女に迫害された 魔女にこの文明での生存を許されなかった、そんな奴らの恨み辛みが積み重なって生まれたのが俺達マレウス・マレフィカルムだ…俺達の魔女への恨みは お前にゃ分からんだろうな」

魔女は確かに大勢の人間を救ったが、同じくらい大勢の人間助けられなかった、…魔女から助けてもらえないと言うことは 世界に見捨てられるも同然、そりゃ 確かに理不尽に思うこともあるかもしれない…

だけど!、魔女達だって好きで見捨てたわけじゃないんだ!好きで助けられなかったわけじゃないんだ!、スピカ様もアルクトゥルス様も少なからず国を愛していた…その愛情を否定することは誰にもできないはずだ

「…だから俺達は、魔女に この世界に叛旗を翻す、魔女に汚染されたこの世界を叩き砕いて 世界中の人間の目を覚まさせる、その為にレギベリを使ってオルクスを誑かして魔女襲撃事件を起こした アルクカースでラクレスに甘言タレ込んだ、どっちも上手くいきゃ 魔女世界を破壊する一手になったってのによ」

「ふざけないでください!、貴方達の恨みに 怨念に魔女を巻き込むばかりか その世界で平穏に暮らすなんの関係もない人達まで巻き込むと言うのですか!」

「魔女の手から世界を取り戻す為…らしいぜ?」

「それじゃあ貴方達の言う見捨てられた人達を作る…貴方達の唾棄すべきやり方と同じじゃないですか!」

「一緒にすんなよう、魔女は多くの犠牲を払って何を変えた…犠牲が犠牲を呼んでいる、俺たちは違う この変化でもう不必要な犠牲を生まない世界を作る」

「それが、…カエルムを売り この国の人たちを食い物にすることですか?、全てをむしり取られ地下に捨てられ 薬の副作用に喘ぐ人達を必要な犠牲と斬って捨てることですか!」

「おいおい、勘違いすんなよ…俺達は何もそれを強要したわけじゃないぜ」

そう言うとヘットは不遜にもソファの背もたれに腕をかけ、違う違うと言わんばかりにチッチっと指を振る

「カエルムを買ったのも 使ったのもあいつらの自由意志だ、俺たちはただ活動資金調達のためにそれを売っただけ、首根っこ抑えて使わせて金奪ったわけじゃねぇんだ」

「そんな言い訳通用するわけないじゃないですか!」

「欲しいと言われたから売ったまでだ、売った物がどう使われたかで罪に問われるってんなら 隣町の縄職人のオヤジは飛んだ極悪人になっちまうぜ、ロープはこの国じゃあ銃よりも人を殺してるからなぁ アイツの作った縄で一体何人の人が死んだか…およよ」

「ッ……!!」

怒りに任せ 目の前の机を叩き割る、何をふざけたことを 何を馬鹿なことを、それを扱うこと自体が 作ること自体が罪だと言っているんだ、使った売ったはこの際関係ない

「おいおい、その机高かったんだぜ…それこそお前の言う街の人たちの金で買った高い机だってのに、あーあー割っちゃって 勿体ねぇ」

「貴方は…外道です」

「知ってるが?」

「貴方は許せません、魔女排斥云々以前に 貴方は…許せません!」

「たはは、許せないと来たか やっぱ話をしてみて正解だな、俺達 魔女排斥派とお前達魔女の意思を継ぐ弟子達は、相容れない…やっぱ敵として戦うしかないよな」

フシシと牙を見せ笑うヘットに、エリスも激昂の双眸で睨み返す…どんな話があるかと聞いてみれば、胸糞の悪い…やはりこの人たちは倒すべき悪だ、この国の人たちを蝕み 剰え今の世界を破壊しようとする悪だ…なら

ここで倒す

「ちょちょっ!、待った!」

「なんですか?今更命乞いですか?、言っておきますがエリスは貴方を許すつもりはありません、ここでボコボコにして軍に突き出します」

「だーかーら、待てって…一ついいこと教えてやる」

そう言うと指を一本立て…今更いいこともクソも何もないだろうに

「俺みたいな悪い奴が だらだら長話してる時は、時間稼ぎを疑ったほうがいいぜ、悪い奴ってのは腹の底で何を考えてるかわからねぇからな」

「何を…ッ!?」

突如、エリスの後頭部に何かを突きつけられる、いや感触で分かる これは…銃口だ

「現実はお話みたいに丁寧じゃねぇ、なんの伏線もなく 危機ってのは降りかかるもんだぜ?」

「っ…初めから、まともに話をする気がなかったんですか」

「当たり前だろ、アジトあんなメチャクチャにしやがって タダで返すわけねぇだろう」

後ろにこいつの配下がいる、エリスがこいつの話に気を取られてる隙に 背後を取られたのか…一気に振り向いて倒すか?…いやダメだ そうするとヘットに背中を見せることになる、ならヘットを先に?無理だ その前にエリスの頭が銃で吹き飛ばされる

詰んだ…エリスとしたことが、油断した…

「…無駄ですよ、外にはメルクさん達が居ます もうここに突入してきていることでしょう、エリスにも仲間がいます」

「知ってるぜー?、だけどその仲間 いつになったらここに来るんだろうな?」

「…え?」

「わからねぇか?、この建物 二重構造になってんだ、建物の中央に分厚い壁が隔ててあってな 裏から入れば俺たちのアジトに入れるが…表から入れば 普通の商店に突っ込むことになる、今頃お前の仲間ってのも その商店に銃持って突っ込んで、混乱してる頃だろうよ」

つまり、メルクさん達は今 ブラフの商店に突入している頃…まさか裏にマレフィカルムのアジトがあるともおもわず混乱して、…ああそうだ 要するに助けは来ない…やられた

「くっ、エリスをどうするつもりですか?」

「殺す…と言いたいが、残念 お前には利用価値があるらしい、だから独房で少しの間大人しくしてな、未熟なヒーローさんよ 巨悪を相手にするにゃ経験不足だったな…やれ」

「…エリスは絶対に諦めません、絶対に絶対に貴方達を倒して カエルムも魔女を排斥する企みも なにもかも潰して…あぐぅっ!?」

そこでエリスの視界は暗転する、後頭部に激しい鈍痛を浴びて体は力を失い…薄ら笑いを浮かべるヘットを前に、エリスは…意識を手放した


………………………………………………………………







……う…うう、あたまいたい…寒い……こ…こは…ここは…?

「ッ!?、ここは!っあたた…頭痛い」

はたと、覚醒して急いでエリスは体を起こす 、そうだ エリスは黒服 いや魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムのヘットを前に 罠に嵌められ、それから気絶して…

いてて、気絶させられた時頭を殴られたからか 後頭部がズキズキ痛む、少しでも痛みを和らげようと 頭をさすると…

「あ あれ?、体が…ってまぁ そりゃ縛られてますよね」

体が動かない、手足を縄で縛られ床に転がされているのだ…独房とか言ってたし、エリスは囚われたのだろう そりゃ自由になんかしておかないよな、ギシギシとと体を動かすが…ダメだ 縄抜けができない結び方をしてある

落ち着いて、周りを見る…薄暗い おそらく地下と思われる頑丈そうな石造りの部屋にエリスは一人転がっている、暗い…唯一光が差し込むのは前方に見える鉄の扉からだけだ

…いや、見た感じあの扉 ただの鉄じゃないな、アジメクの地下牢に使われていた魔耐合金、魔術を弾く材質で作られた扉だ…エリスがアレに向けて魔術を撃っても意味がないだろうな

というか、こんな密室空間で魔術を使えば真っ先にエリスが死んでしまう…つまりアレだ、完全に外に出る手段がない

「…はぁ、まさか敵に捕まってしまうなんて…屈辱です」

がっくりと項垂れ 天井を仰ぐ…エリスはこれからどうなってしまうんだろうか、まさか骨になるまでここに放置されるじゃ…いや、少しの間とか 利用価値とか言ってたから、そのうち外に出されると思うが…

きっとこのまま待っててもエリスにとって都合のいい方には転ばないだろう、もしかしらこれから永遠にエリスはあいつらの道具として使われる可能性さえある

それは嫌だな…、あんな外道のためにこの力を使われるくらいならいっそ とさえ思ってしまう…、唯一の希望があるとするならメルクさん達が救出に来てくれる展開だけど、…果たして間に合うか そもそもここを見つけ出してくれるのか

分からない、エリスにできることは何もない…歯痒い 、それもこれもエリスがあのヘット…戦車のヘットの前で気を抜いたからだ

アイツは、多分 エリスが今まで相手にしてきた誰よりも狡猾で容赦がない、エリスでは想像もできないくらいの修羅場をくぐってきた経験とその全てをやり抜いてきた実力があるんだ…

天狗になっていた、黒服相手に一方的な戦いが出来て エリスは強くなったと…馬鹿だった、強さとは力だけではないと学んだばかりなのに…情けない、涙が滲むほどに情けない

それでも諦めるわけにはいかない、アイツだけは認めるわけにはいかない 何が何でも倒さなきゃならない、アイツを放置すれば アイツらを跋扈させれば、この魔女世界を崩されてしまう…魔女の弟子として 何が何でも抗う必要がある

「とはいえ、こんな状態じゃあ何も出来ないんですが」

はぁ、…お願いです メルクさん…気がついて、エリスを助けに来て そうやって祈ることしかエリス出来ることはない…


そう、目を伏せた瞬間…目の前の鉄の扉が 重い音を立てて、ゆっくりと開く

なんだ、ヘットか?もうエリスをどうこうしようというのか?、そう思い 目を向ければ、そこには…



「よう、助けに来たぜ エリス」

「ざ ザカライアさん!?」

ニシシと自慢げに笑い腕を組むザカライアさんの姿が、嘘だろ 彼が助けに来てくれたのか!?いや 意外だが…彼も五大王族、その気になればなんとでも出来る力を彼は持っているんだ

そうか…助けに来てくれたか…、彼の評価を改めねばならない というか、それ以上にエリスはザカライアさんを侮っていたことを謝らなくてはなるまい

「お前が裏に回るのをこっそりとつけててな、雑魚が全員倒された隙にこのアジトに忍び込んでみりゃ、お前が捕まってるじゃねぇか …へへへ だから助けに来てやったぜ?この俺直々に」

「ああ、ありがとうございます ザカライアさん!、やっぱりザカライアさんは頼りになります!、侮っていてすみませんでした!」

「ハッハー!もっと崇めろ!感謝しろ!俺は翠龍王ザカライア様だぁー!はっはっはっ!」

そう言いながら彼は牢屋に一歩踏み込み…

「おい、何無駄話してんだ 早く独房に入れ」

その背に 黒服から銃を突きつけられながら 独房へ入ってきた………え?、どういうこと、なんて思ってる間にザカライアさんは黒服にケツを蹴りあげられるエリスと同じ独房にぶち込まれ 再び鉄の扉は固く閉ざされ…え?え?助けに?え?

「イテテッ…、おい!俺はザカライア様だぞ!聞いてんのか!」

「…あの、ザカライアさん?助けに来てくれたのでは?」

「おう、助けには来たんだぜ?…そのあと捕まった」

は…はぁ!?こ…この、この…!

「このバカライア!それじゃ何の意味もないじゃないですか!何貴方まで捕まってるんですか!」

「うるせぇ!、何がバカライアだアホエリス!俺より先に簀巻きにされてるやつが偉そうにいうんじゃねぇ!」

「助けに来てくれたと期待しちゃったじゃないですか!あっけなく捕まって!何が翠龍王ですか!何が崇めろですか!」

「でぇーい!うるさいうるさい!、銃突きつけられたら何も出来ねぇだろうが!」

くそっ!一抹でも期待したエリスがバカだった!、というか勝手に国王が捕まって 状況が悪化してさえいるじゃないか!、…まぁ 油断して捕まったエリスが全面的に悪いものの、期待からの急転直下に柄にもなく怒ってしまった

いや、そうだよ 彼は身の危険も顧みずエリスを助けに来てくれたんじゃないか…

「…すみません…ザカライアさん、来てくれてありがとうございます」

「ふんっ!、捕まったがな!」

「でも心細くなくなりました」

「…そうかよ、おい その縄解いてやるから、ほら寄越せ」

「あ、はい」

するとザカライアさんは器用な手つきで縄をスルスルと解いていく、…うん だいぶマシになったな、とはいえ 手足が動かせても意味がないが、この場にザカライアさんが追加されたことにより『捨て身覚悟で魔術ぶっ放して脱出』という最終手段が取れなくなった

そんなエリス達を見てから、覗き穴から影が差す

「おい、お前ら 大人しくしてろよ」

そう鉄の扉の向こうから声が聞こえる、恐らく見張りの黒服だろう…というかやはり外には見張りがいるんだな…

「おいコラテメェ!俺を誰だと思ってやがる!この国の王!ザカライア様だぞ!、俺にかかりゃテメェら全員死刑なんざわけねぇんだかんな!おい!聞いてんのか!オラ!」

プッツンしながら鉄の扉をゲシゲシと蹴り回るザカライアさんだが鉄の扉は当然ながらビクともしない、それどころか覗き穴からスゥーっと銃口が覗きザカライアさんの方を向き

「ひえぇえ…お 大人しくしてます…」

「情けないですね、ザカライアさん」

「うっせ!、畜生 アイツら銃なんか持って卑怯だろ」

「ザカライカさんは持ってないんですか?」

「んあ?、…あ!…持ってる持ってる」

というと彼は懐から手の中に収まるくらいの小さな銃を取り出して…、なんだこれ?

「なんですかこれ?」

「護身用の小型の銃、拳で握れるから拳銃ってんだ、護身用に持たされてるんだった」

一応剣は持っているものの その腕はどうやら部下達からは信用されていないようだな、だが武器があるならかなり違う…ってあれザカライアさんどこに行って、ってまた扉方に…!?

「オイコラァ!、これが見えねぇか!俺も銃持ってんだぜ?勝負するかおい!、ドタマに風穴開けてやっから顔見せろやクソ野郎がッ!!」

そう言いながら拳銃片手に再び鉄の扉を蹴り回す、いやいや そんなことしたって無駄だろ…当然のように覗き穴から銃口が現れ、今度は威嚇射撃と言わんばかりに天井めがけぶっ放される

「ひぎゃぁぁあああ!?、か 勝てるわけねぇだろ!こんなちっぽけな銃じゃ!、錬金機構もついてないし、一発の威力じゃ勝負になんねぇ!」

「誰も勝負しろとは言ってませんよ…」

この人本当にアレだな、賑やかだけども…だけど 彼の銃は何かに使えそうだ、これを主軸に脱出案を練るか…

「おい!、俺たちをどうするつもりだよ!殺すのか!?殺すのか!!??」

「くくく…お前達には利用価値がある、直に移動手段が整う…そうしたら本部に連れて行ってお前らを我らの意に従う 傀儡へと変えるのだ」

「ひぇぇえ、クグツってなにぃぃ…」

やはり洗脳する気か、…マズイな 本格的にマズイ…いや待てよ、それは逆に…うんうん、よし 

「ザカライアさん、ザカライアさん…耳いいですか?」

「あ?、耳?…なんだよ」

ザカライアさんの耳元に口を当て コソコソと作戦内容を伝える、なんの作戦ってそりゃ一つ ここを抜け出すための流れを一から順繰りに教えていく

「ッッ!?…エリス…!」

「ザカライアさん!、…ベオセルクさんならこういう時なんて言いますか?」

「…『俺に任せとけ』」

「はい、ベオセルクポイント1です」

「今何ポイントだっけ?、というか何ポイントたまるといいんだこれ」

一瞬作戦内容を聞いて怒るやら喜ぶやらしたザカライアさんを宥め、時を待つ…最後の最後 その瞬間まで気を張り続けた方が勝つ、そうだ エリスとヘットの勝負はまだなにも終わってはいない、まだ奴との戦いは続いているんだ

……………………そして、しばらく時が経ち ザカライアさんが暇を持て余し近くの小石でお手玉を始めた頃、外の様子が騒がしくなる そろそろか

「ザカライアさん、どうやらエリス達の連行の準備が整ったみたいですよ」

「え?、今これいいとこなんだけど…」

「お手玉なんか後でも出来るでしょう!」


「おい貴様ら!、…時間だ 外に出ろ…」

そう言いながら銃を持った黒服達が…大体十人くらいか、それが全員油断なく引き金に指をかけた状態でエリス達をにらんでいる、今襲いかかるか? いやダメだ、奴らもそれを警戒して銃口の全てがザカライアさんに向いている、エリスが二、三人倒すまでにザカライアさんが撃ち殺される…人質を取られたようたものだ

「ガキ、お前はこれをかけろ」

「な なんですかこれ」

そう言いながら抵抗できないエリスの手に薄汚い縄をかけていく黒服、なんだこれ 

「魔力封じの縄…魔術を封じる代物だ、いくら魔術が巧みでもこれで魔術は使えんからな、抵抗するだけ無駄だ」

その言葉通り、縄で縛られた瞬間 体の中の魔力が固定され動かなくなってしまう、ダメだ魔力を流動させられない、これじゃあいくら詠唱をしたって魔術は使えない…こんな代物が

いや待てよ確かレオナヒルドも拘束された時こんなものをつけていたな…

しかし、何にせよこれは誤算だ これじゃあエリスの力は半減どころか十分の一にまで落ち込む、行けるか…?いや行くしかないか

「お おい!、銃なんか向けるな!怖くておしっこちびるだろ!……エリスが!」

「エリスは漏らしません!」

「やかしまい、移動用の荷車を用意した…そのあと列車を使い、お前達を本部へ輸送する、それまで大人しくしていろよ、ほら歩け」

「ひぃぃ、わ 分かったよ 歩くよ」

「うぐぅ…」

エリスは縛られ ザカライアさんは銃を突きつけられ、無理矢理立たされ歩かされる…

というか彼ら、エリスの方は厳重に警戒してるくせにザカライアさんの方はかなりおざなりだ、多分捕まる時にでもザカライアさんは抵抗して その弱さを彼らに露呈させたのだろう…故に抵抗しても問題なしと判断されているようだ

「…ヘットは、ここにいないんですね」

「ボスは忙しいんだ、今頃カエルムを輸送を列車で別の国に向かってくる頃だろうさ、まぁ ボスにかかればお前なんか不意打ちをせずとも楽勝で倒せただろうがな」

「随分言いますね、エリス強いですよ」

「だがボスは 戦車のヘットはなお強い、大いなるアルカナの一人なんだ …あの人の魔術にかかればお前なんぞ赤子同然だ」

ハッタリではないだろうな、ヘットからは歴戦のオーラを感じた あれは一朝一夕で漂わせられるものじゃない、エリスの見立てにはなるが あの人アルクカースの王族に劣らぬ実力を持つだろう…つまり アルクカースに渡っても力で国民をねじ伏せられるだけの力を持つといことだ、あの戦闘民族をだ

黒服に囲まれ廊下を歩きながら考える、師匠を助ける その為の戦いがやけに大きくなってしまったな、…だがヘットを倒しこの国の黒服を壊滅させる それはメルクさんの出世にもつながる筈だ、決してこの戦いは無駄にはならない

何より個人的にアイツは許せない…エリスの対極にある存在を 許すわけにはいかない


「おい、とっとと進め いくら利用価値があるとはいえ、面倒なら射殺してもいいと言われてるんだぞ」

「おい!俺はこの国の王様なんだぞ!?それが死んだら大問題じゃねぇのか!?、五大王族が死ねばデルセクト同盟のど真ん中に穴が空くんだ!、この同盟国家群がガタガタになりゃお前らだって金儲けどころじゃないんじゃないのか!?」

「くくく、さてどうかな…案外何処かの誰かがお前の国をいいように使ってくれるかもしれんぞ?」

「誰かって誰だよ…いやまさか、お前ら本当に五大王族の誰かと繋がって…!」

「いいから進め!」

「ひぇぇぇ……」

やはり、コイツらは ヘットは五大王族の誰かと繋がってる、少なくとも口振りからするにザカライアさん以外の誰かだ、誰だ…まだ判別出来る状況にない

そうこうしてる間にエリス達は廊下を出て上へ登る階段を昇っていく…、やはり地下だったか エリスの読み通りで結構、すると階段を中腹までが登ったあたりで ザカライアさんがムズムズし始め

「おい どうした、早く進め」

「ま 待てって…は…ひゃ…ぶぇっくしょーーい!!」

「ちょっ!?ザカライアさん!汚いですよ!」

体を震わせ盛大にくしゃみを一つお見舞いする、口に手も当てずかまされたくしゃみは唾を撒き散らし 鼻からでろーんと大きな鼻水が汚らしくぶら下がる、すごい鼻水だな…

「ぶぇぇえ…は 鼻水出ちまった、この地下寒いんだよ…おい 、誰かハンカチ持ってねぇか?おい」

「チッ、寄るな…!手で拭け手で!」

「はぁ!?ンなこと出来るわけねぇだろ、このクソ薄情者共が…いいよ 俺のハンカチ使うから、シルクのやつでめちゃくちゃ高いんだけどなぁ!お前らの月収の3倍くらいの値段なんだけどなぁ!」

「いいから拭け!」

「わかったよ…ったく」

そう言いながらハンカチを取るため彼は徐に懐に手を伸ばし、内ポケットの中をゴソゴソと探り、ハンカチを取り出そうとし…


……た瞬間彼のコートを内側から突き破り、脇の間を抜けるように轟音と共に弾丸が放たれ、後方で銃を構えていた黒服を撃ち抜く、ハンカチを取るふりをして拳銃をぶっ放したのだ

「ぐぉぁっ!?き…貴様っ…!?」

「エリス!」

「はいっ!」

「ッ!?貴様ら!構わん!撃ち殺…ぬぐぉっ!?」

突如撃ち放たれたザカライアさんの銃撃に面を食らった黒服達の混乱をつき、そのまま背後で構えていた黒服に全身で体当たりをかまし、押し倒せば 階段で並んでいた黒服達が雪崩のように崩れ階段の下まで転がっていく

これが脱出の作戦だ、地下であることを予見し 階段に登ったあたりで隙を見て銃で撹乱し エリスが暴れる…、まさか鼻水垂らすとまでは思ってなかったが、ナイスだザカライアさん!

「うぉぁぁぁぁっっ!寄るな寄るな寄るなぁぁぁ!」

「ぐっ!?コイツめちゃくちゃに銃を…!?」

今度はエリス達の前に立つ黒服達だ、しかし人数が災いし 誤射を恐れる黒服達は 奥の方に控える者は銃を撃てず、エリス達の方に構える黒服もやたらめったら拳銃を乱射するザカライアさんに怯み一瞬たたらを踏む

その隙をつき、男の足元に潜り込み足を払う、不安定な足場で足を取られればそのままひっくり返り 階段に頭を打ち付け白目を剥く黒服、それを更に繰り返す 狙いはザカライアさんからエリスに移るがもう遅い 虫のように地面を這ってその足に強烈な蹴りを叩き込みある者は階段を転がり ある者は周りを巻き込み倒れ…狭い空間が災いし 人数が災いし、エリス一人に手こずり…

「ッ調子にのるな!」

「あぐぅっ!?」

しかし奴らもバカではない、咄嗟に銃を捨て腰に下げていた警棒を抜き放ちエリスの頬を打ち据える、狭い場所で動き辛いのはエリスだけではない 、ましてや腕を拘束され思うままに動けないのだ、容易くエリスは勢いをへし折られ隙を晒す

「我々をなめるなと言ったはずだ!」

「し …しまっ…」

振り上げられる警棒、ダメだ避けられない、今度は確実に殺される…!

「エリスぅぁぁっっ!どりゃぁぁああああ!!!」

「な この… !?」

「テメェこそ!俺を ザカライア様をなめんじゃねぇぇえ!!」

刹那、すっ飛んできたザカライアさんのタックルで押し倒された黒服の上に馬乗りで乗り上げるザカライアさん、そのまま叫び散らしながら抵抗できない黒服をタコ殴りにしていく、しまいには警棒を奪い何度も頭を叩き回し…

「…ぜぇ、はぁ…どうだ!おい!なんか言ってみろ!」

「う…が…」

「よっしゃぁっ!黙らせたぜ!エリス!」

どうやら奴が最後の一人だったようだ、ザカライアさんの拳を受け呻き声をあげる黒服…もう動ける様子じゃないな、よし 見張りは倒した、あとは…

「やりましたねザカライアさん!助かりました!」

「だろ!俺ツエー!」

「それより早く縄を解いてください!、あと鼻水も拭いて!」

「お おう!」

慌ててエリスの縄を解き、袖でぐしぐしと鼻を拭くザカライアさん、…縄が手を離れた瞬間 体の魔力が再び循環を始める、分かる もう魔術が使えるようになってる

次また別の見張りが来るとも限らない、とっとと逃げてしまおう!もうここには用はない!早くメルクさんと合流せねば!

「ザカライアさん!……ありがとうございました、おかげで助かりました、エリス一人じゃどうにもなりませんでした」

「お?、へへへ…この活躍は何ポイントだ?」

「5ポイントくらいですね」

「いいねぇ、ガハハ!んじゃ とっととズラかるか!」

服についた土埃を払い、階段を登る…きっともうカエルムは全て持ち出されてしまっているだろう、今回の突入は殆ど失敗に終わったが…尻尾は掴んだ、戦車のヘット…次は絶対に捉え 倒し、その狙いを木っ端微塵に粉砕してやる…!
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