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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

67.孤独の魔女と真実を追い求める第一歩

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……今デルセクトとエリス達の中で渦巻く問題・謎・試練は余りに多い

師匠の石化と栄光の魔女フォーマルハウト様の暴走

国内に氾濫するカエルムとそれを売りさばいていた例の黒服達
 
そしてメルクさんが抱えるソニアさんとの関係…親の借金

同時にいろんなことがエリス達の目の前に転がり込んで立ち塞がり デルセクトでの活動はエリスが当初思っていたよりも遥かに難解でややこしい事態へ発展していた、もはやどこからどう手をつけていいかさえ分からない

でもどれも解決せねばならない問題だ、何一つとして放置してエリスはこの国を離れられない、それをあのパーティで…石像と変わり果てた師匠の前でエリスは誓ったのだ

……そして、あの日から一週間が経った

メルクさんはあの日帰ってくるなり『少し我々を取り巻く環境に変化があったが、整理するのでもう少し報告は待ってほしい』と言ってきた、我々を取り巻く環境?よくわからないが待てというなら待つ

それからは特に日常に変化があることもなく、エリスは日々の執事業務に勤しむ事となる

掃除の手際は上がったし、料理の質も格段に上がった、執事として腕を上げていっていると思う反面…魔術師としての修行は疎かになりつつある

いや、怠ってはいないが確実に成長スピードが落ちている、何せ外に出て修行が出来ない上師匠という指導役もいない、精々室内で静かに出来る物しか出来ないんだ…

アルクカースにいた時は実戦に事欠かなかった分、今現在の環境はかなりの歯がゆさを感じる…師匠の救出を早く行わなければ 師匠を助ける頃にはエリスの腕が落ちていた、なんてことになりかねない

…ああそうだ!、それで一週間経った今日!少しいいことがあったんですよ!あの例のデティと連絡を取り会える魔術筒!、一応今現在もあれでデティと連絡は取り合っているのですが…

ある日送られてきた文を見て驚きました、何せそこに書かれていない字は確実にデティのものではなく…ラグナのものだったからだ

『エリスへ…………』

『突然こうしてデティフローア様に代わって連絡をよこしてすまない、まさかこうして君と連絡を取り合える便利な物があるとは 流石は魔術導国と俺も驚いているところさ』

『今俺はアジメクとの関係改善の為に、アジメクの白亜の城まで赴いているところだ、アルクトゥルス師範が暴走していたとはいえアジメクには色々と迷惑をかけたからね、その関係改善は王である俺の仕事だ』

『それに仕事とはいえ君の故郷に来ることができてなんだか嬉しいよ、本当は君の育ったというムルク村にも行ってみたかったんだが ここからは遠いらしくて今回は行けそうにないのは少し残念だ』

『アジメクはいい国だ、デティフローア様も君のことを話すと大いに喜んで聞いてくれたよ…同じ魔女の弟子同士 魔女大国を統べる者同士、彼女とも手を取り合っていくつもりだ』

ラグナの字だ ラグナが白亜の城に行ってデティの代わりに手紙を寄越してくれたんだ!、なんだか嬉しい…ラグナとはしばらくこうして言葉を交わすことはないと思っていた分嬉しさ倍増、 声を上げて驚き喜んでしまった

その後、一応手紙で現状を伝えておいた、レグルス師匠が動けない現状とそれを助ける為動いている状況、ただ執事をしていることは伏せておいた…気恥ずかしいし

あと、黒服がこの国にもいたこと そしてデルセクト軍人もアルクカースへ侵攻するという話は聞いていないことも伝えると

『黒服の件は承知している、調べた限りじゃどうやら彼らかなり広範囲で活動しているらしい 何が狙いかは依然として知れないが、俺達にとって都合が悪いことを裏でしているのは事実だ、出来たらでいいが 彼らのことも探ってほしい、こっちでも出来る限りやつらの足取りは追うつもりだ』

『そして、デルセクト侵攻についてアルクトゥルス師範に再度聞いたが やはり侵攻の支度をしているのは間違いないらしい、国内でもかなりの数の兵器が行き交っているとも聞く』

『そこで思うのだが、やはり今回も例の黒服が裏で糸を引いてるんじゃないか?、ラクレス兄様を唆したように デルセクトの誰かと結託し、魔女や他の者達を出し抜いて私欲で戦争を起こそうとしている奴がいる…そう考えれば軍内部に未だ戦争のことが伝わっていないのも分からないかな』

…裏で誰かと黒服が手を組んで…か、表沙汰にせず裏で戦争の支度をし もう引き返せないくらいのところまで話を進めてから開戦、となればもはや誰にも戦争は止められない 堰を切ったように両軍衝突することになるだろう

アルクカースでの一件は『アルクトゥルス様の暴走』とは別に『ラクレスさんの暴走』も重なっていたから分かりにくいが、言ってしまえばラクレスさんも秘密裏に戦争をおっ始めようと黒服と手を組んでいた

なら同じことがこの国で起きていても不思議はないな、むしろ筋が通る…

というのもメルクさん曰く『カエルム』の一件 裏で手を引いているのは同盟に所属する王侯のうちの誰かかも知れないというのだ、仮にこのカエルムの一件とデルセクトの戦争の一件が繋がっていると考えると…

カエルムは恐らく軍資金稼ぎの一環で…それで稼いだ金で戦争のための準備を整えている、黒服達はなんらかの理由により戦争をして欲しいからその王侯に手を貸しカエルムの密売を手伝っている

うん、筋が通る…それにこんな大掛かりな事出来るのはそれこそ権力を持つ王侯、いやそれこそ五大王族くらいか?

『例の黒服達がデルセクト国内で活動してるなら、むしろ奴らからその狙いを聞くチャンスでもある、…けどあまり無理はしてくれるなよ、君の無事が大前提だ』

『こちらからも何か手助けしたい気持ちはあるが、今現在のアルクカースとデルセクトの関係性では難しいところがある、君に頼るより他ないのが現状、だからこそ無理はしないで』

ラグナは相変わらず心配性だな、無理をするつもりはないし 何よりこの命を投げ打つつもりもない

『一応、デルセクトとの会談も予定してはいるが、それは一年以上先になりそうだ、その頃にはきっと君は全て解決して その国を去っている頃だろう、またいつか 今度は面向かっては話せる日を楽しみにしている』

…一年後にはラグナもこちらに来るのか、…一年後 それまでには全部終わってるかなぁ、終わらせているといいなぁ、ラグナには会いたいけれど 彼がこの国に来るまでには師匠を助けておきたい…

…そうだ、いや 全然関係ないのだが、話の種に一つラグナに聞いてみたいことができた…

悲恋の嘆き姫エリス…という本を知っているかとラグナに聞いてみる

『悲恋の嘆き姫エリス?いや知らない本だな、アルクカースにはあまり本は置いてないからな、それが何かあるのか?黒服達やデルセクトの戦争の件と関わりが?』

……真面目な話の最中にする話じゃなかったか、いやなんで聞いたかというと……なんで聞いたんだろう、ラグナがあの本読んでいようがいまいが関係ないじゃないか…

ただ、その 少しだけ気になったのかも知れない、ラグナもあの本を読んでエリスのことを思い浮かべたり、なんて おかしな妄想をしていただけだ

「ごめんなさい…やっぱり今のは忘れてくだ…さ い…と」

筆を走らせ前言撤回を求めると…、ふと エリスの背後に影が走り

「エリス?、何を読んでいるんだ?手紙?」

「め メルクさん!?帰ってらしたんですか!?」

しまった手紙に夢中でメルクさん帰宅に気がつかなかっな、いやまぁ晩御飯の支度も仕事も全部終わらせて後はメルクさんの帰りを待つ段階だったから別にいいんだが、って!メルクさん!その手に持ってるのラグナからの手紙じゃないですか!

「ちょっ!、返してください返してください!」

「いいじゃないか読ませてくれよ、何々?…ふむふむ…また面を向かって話せる日を楽しみに?…、男か!エリス!男か!」

「お 男って、それはエリスの友達のラグナからの手紙です!、…まぁ一応男の人ですけど」

「なんと…エリス、君にはボーイフレンドがいたのか!それもこんな風に熱烈に恋文のやり取りをするなんて…!、熱い仲じゃないか!」

鼻息荒くラグナからの手紙を読むメルクさん、なんだそのテンションは…いや そう言えばメルクさんの本棚には小説…それも恋愛小説ばかり置いてあったな、この人 見かけによらずそういうロマンチックなのが好きなのか?

「ボーイフレンドって、ラグナとはただの友達です まぁ、友達の中でも大切な部類には入りますが、決してメルクさんの思っているような関係じゃありませんよ」

「いやしかしだな!……ん?、ラグナ?アルクカースの大王と同じ名だな、というか地下にいながら何故手紙を」

ようやく違和感に気づいてくれた、…取り敢えず誤解がないようメルクさんには一から説明する、エリスとラグナの関係 連絡手段として用いていた魔術筒の話、そしてラグナとした話の内容…一つ一つ丁寧に

「なるほど、恋文ではなく 真面目な話だったんだな、いや失敬…少し取り乱したよ、遠い異国の地 熱烈に愛し合う二人を繋ぐ唯一の恋文、…なんてロマンチックな妄想をした自分が恥ずかしい」

どういう妄想だ、何故熱烈に愛し合うところから始まるのだ…

「しかしそうか、相手はあのラグナ大王だったか …確かアルクカースによるデルセクト侵攻を止めてくださった方だろう?」

「はい、エリスがデルセクトに来た理由の一つ デルセクトからのアルクカース侵攻の阻止も 彼からの頼みごとなのです」

「そっか、両国の平和のために尽力してくださっているのだな、ラグナ大王の期待に応えるべく 我々もデルセクト内の問題を解決するとしようか、…エリス 実はその黒服の件で、色々と話がある、食卓を囲みながらでいい 聞いてくれ」

む、メルクさんが真面目な顔になった、どうやら本当に真剣な話らしい…エリスは一旦筆を置き、食卓の方へと向かう 一応用意しておいた晩餐も一緒に出すとしよう

そう、目の前の事柄に気を取られ筆を置いてしまった…途中でいきなり返答が来なくなりやきもきするラグナの事などすっかり二の次にして…



「さてと、いやな?話というのは一週間ほど前から待たせていた例の話の件だ」

食卓を囲み 二人で向かい合う、一週間前から待たせている…というのはあれか、帰還命令が出た後から言っているやつか

帰還命令…あれは何もメルクさんにパーティに参加してもらうために呼び出したものではない、曰く何かしらの指令があって呼び出されたらしいのだが、ようやくその内容を聞かせてもらえるようだ

「…いや内容を話す前に伝えることがあるな、私達が捕らえたあの黒服達だが、輸送中に事故にあってみんな死んだそうだ」

「はぁ?…いやいや なんですかそれ」

そんな都合よく真相が闇に葬られるわけないだろう、輸送中に事故にあってみんな死んだってなんかのギャグか…いや、違う もしかして

「ああ、私も最初聞いた時はあまりのくだらなさに笑ってしまったが、恐らく…外部から干渉があったのだろう、黒服達の件がバレたら困る奴からのな、大方死んだことにして裏で逃したんだろう」

「外部…やはり 黒服達の裏には王侯の影があると?」

「ああ、これで間違いなくなった…黒服やカエルムの背後にはデルセクトの王族 それもかなり高位の…いやぼかすのはやめよう、私は裏で糸を引いてるのは五大王族の誰かだと確信したよ」

五大王族… 金剛王ジョザイア 紅炎夫人セレドナ 翠龍王ザカライア 蒼輝王子レナード…そして双貌令嬢ソニア、この同盟で最上位に位置する五人のうちの誰かがカエルムを使い 黒服と結託し、この国で何かをしようとしているというのだ

何を馬鹿なこと!なんて思わない、むしろしっくりくる 、カエルムは同盟中に広がっている…そこらの雑多な王族ではこんなことできやしない、ましてや軍部に干渉して真実を捻じ曲げる力を持つのは彼らくらいしかいない

「悲しいかな、五大王族の誰もが裏で何をやっていてもおかしくないというのがある、五大王族の誰かと言ったが もしかしたら全員が絡んでいる可能性さえある」

「だとすると…大変ですね、エリス達は既にカエルムを焼き払い弓を引いてしまいました、仮に五大王族が黒幕だとするとすぐに報復が…」

「既に来たよ、話というのはその件なんだが…実は帰還命令が来てから直ぐに、私の元に軍上層部から勅令が来た、内容は黒服 およびカエルムの捜査をすること、そしてその捜査チームを指揮する責任者になることだ」

「…え、ってことは出世じゃないですか!部隊を預かったってことですよね!、でも…それのどの辺が報復なんですか?」

「私の元には軍上層部が指名した軍人 凡そ三十人程が送られてきたのだが、そいつら全員この一週間で身元を洗った、するとどうだ?全員綺麗に経歴が纏められているが 調べればそのどれもが詐称…宙に浮くような虚ろなものだった、つまり全員 身元もはっきりしない軍人擬きだったというわけだ」

軍人擬き…、それがメルクさんの元へ?そんな奴らを指揮したって巧妙に隠れる黒服なんか見つけられるわけない、というかその偽物の軍人はどこから…

「全員 この一件を裏から手を引く黒幕の手の者だった、恐らく私がカエルムについて捜査している隙に 裏で暗殺なり謀殺なりするつもりなんだろうな、カエルム捜査中の軍人が謎の不審死を遂げたとなれば…この一件に自分から触れようとする者もいなくなる、つまり見せしめになる」

つまり、メルクさんは部下と偽って 殺し屋を三十人程送られたことになる…獅子身中の虫どころか四面楚歌だ

「な なら!そんな仕事受ける必要はありませんよ!、直ぐにでも放棄して…」

「放棄したらしたで私を職務放棄として今度は正規の方法で始末するだろうな、つまり私は 前も後ろも囲まれた形になる」

捜査すれば死 しなければ死…、完全に詰んだ 相手は五大王族 そのくらいの権力はあるだろう、真綿で首を絞めるがごとく メルクさんをじわじわ追い詰め確実に始末するつもりだ、カエルムを焼いて 自分達に弓を引いた愚か者をぶっ殺す為に

「…軍上層部が敵の手にある以上 もはや軍部全体が信用出来ん、今現在私の味方はエリス…君だけだ」

確かに、デルセクトの人間は金と権威を持つ者には基本的に逆らわない、ましてや相手が五大王族ともなれば昨日味方だった人間もコロリと敵に回る可能性さえある、信用ができないんだ 誰も…この国に味方がいない

しかしエリスはどうだ、金をいくら積まれようが 何を差し出されようが動くつもりはない、エリスは最後までメルクさんの味方でいる

「はい!エリスは味方です!メルクさんの!」

「ははは…ありがとう、君を助けて良かったと今は心の底から感じているよ、まさか君がここまで頼りなる存在だとは あの夜は思いもしなかった」

「えへへ、そこまで褒められると照れちゃいますよ」

そういうとメルクさんは立ち上がり、軍服と軍帽を脱ぎ エリスが綺麗にした私服のコートとハンチング帽を被る、…え?何?

「そこでだエリス、私はこれから軍部に報告せず単独で動き 五大王族の領地に赴き独自に調査するつもりだ、軍人として動けば敵に送りつけられた私の部下が邪魔だからな…動くなら単独だ、そこで 君にもついてきてもらいたい」

「え…単独で捜査って、いいんですか?」

「敵に与えられた物とはいえ私は軍部に捜査活動を保証されている、ならこの権限 存分に使わせてもらう、…敵に囲まれようが 軍部が敵に回ろうが構うものか、この国と魔女様を元の栄光溢れる姿に戻す為 私は止まるわけにはいかん」

その瞳は 燃えていた、この逆境にあって彼女は一切折れることなく、寧ろ 悪が軍部の中にあるというのならそれさえも切除する為最後まで戦う覚悟を示している、まさしく軍人だ 彼女は魂の底まで軍人なのだ…

「わ 分かりました、エリスにできることがあるなら…なんでも!」

「…ありがとう、エリス」


「あーらっ!、アタシを差し置いて随分楽しそうな話をしてるじゃない?メルクちゃん エリスちゃん」

突如、ガタンと扉が開かれ ダイニングへと軽やかな足取りで入ってくるのは、まぁこんな喋り方をした人間もそうそういない ニコラスさんだ、エスコンディーナで黒服達の後捜査をしていたニコラスさんが帰ってきたのだ

しかし、エリスにはあまり歓迎する という頭はない、理由は先ほどメルクさんが語った通り…軍部は信用できない、そしてニコラスさんも軍の人間…もし彼がメルクさんを始末する任務でも受けていたら…

「…あら?、エリスちゃんどうしたのそんな怖い顔して」

足は自然と前へ出て メルクさんを守るようにニコラスさんの前へ向かっていた、ニコラスさんにもわかるほど エリスの敵意は滲み出ていたようだ、だが…こんな状況でそんな簡単にメルクさんに接触などさせられない

「ニコラスさん、遅かったですね…エスコンディーナの捜査は五日ほどで十分だとアルフォンス副隊長は仰られていましたが」

「いいえ、あんなのアタシの手にかかれば三日で十分よ 彼処は切られたトカゲの尻尾の先っちょ、大したものも置かれてなかったしね、まぁ敵にとってあそこを失うのは痛手なことに変わりはないでしょうけど」

「なら こんな遅くまで何をしていたんですか!」

「アルフォンス副隊長と遊んでたの、彼頑固でね?落とすのに一週間もかかっちゃった」

「エリス、いいんだ ニコラスさんは敵じゃない、もし彼が本当に敵に回っていたなら不意打ちなんて真似せず、こんなボロ屋ごと吹き飛ばしているだろうしな…彼の実力ならそれが出来る」

そう言ってエリスの肩に手を置き首を振るメルクさん、でも…分からないじゃないか 裏で何を考えているかなんて、はっきり言ってニコラスさんがエリス達に味方してくれる理由は希薄だ…確固たるものがない、故にいつ裏切ってもおかしくない というのがエリスの評価なのだが…

「ああ、…聞いたわよメルクちゃん 色々と面倒なことになってみたいね」

「もう知ってましたか」

「ええ、元カレが教えてくれたわ…多分裏には五大王族がいるだろうってね、大変なのに喧嘩売ったわねぇ…五大王族が一言言えば軍上層部は3回回ってワンって犬の鳴き真似するでしょうしね、まぁアタシはそんな王族をネコに出来るけど」

「……なら単刀直入に聞きます、ニコラスさんはエリス達の敵ですか?味方ですか?」

「あら素直ねエリスちゃん、でもその質問なんの意味もないわよね?ここでアタシがなんて言っても貴方は信用しない」

た…確かにそうだけど、でも 誰が敵だとしてもおかしくない状況でそんな安易に人を信じるなんて

「エリス?、誰も信用できないのと誰も信用しないのでは意味合いが違う、周りの人間を敵か味方で判断するな、それでは見えない敵を作ってしまう…我々の目的は敵の撃滅ではないだろう?」

…なんか、師匠に説教される時と同じ感覚がする…でもそうだな、全員を敵だと思えば 敵じゃない人間も無用意に敵に回すことになる、それじゃあ意味がないし黒幕の思う壺だ

「すみません…メルクさん ニコラスさん」

「いいのよぉエリスちゃんはご主人様を守るのが仕事だもんね、それで?さっき聞いたけれど 五大王族の領地巡るんですって?」

「はい、ですので軍部を少し離れます…それで、今度こそカエルムを使って国を汚している国敵を見つけ出し、その場でひっ捕らえます」

「それがこの国の柱の一角を崩すことになっても?」

「汚れた柱を抱えていないと立てない国に そもそも栄光はありません」

「恐ろしい正義感ね、妄執と言ってもいいわ……でもいいわ、やってみなさい この世で成される全ての事柄は正義、成せないことこそ悪なのだから、やって上手く行くならあなたは正義よ」

「はい、やり抜きます」

凄まじい正義感…振るわれる鉄槌のごとき正義は、国を蝕む悪ごと 国を支える柱を砕くだろう、その正義が正しいかは分からないが…だがこのままカエルムを放置し続ければ、以前地下で見かけた人のように破滅する人がどんどん増えて行く…それは容認できまい

「では、準備を整え明日 我々は五大王族の領地に乗り込み、そこで軍部から離れ独自に調査を進めてきます、黒服とそれにつながる外道の尻尾を必ずや掴んできますので…」

「え?、アタシ置いていかれるの?連れてってくれないの?」

「え…付いてくるつもりだったんですか!?」

ギョッとした顔で自分の顔を指差す、ついてくる気なのか…いや ついてきてもらったら困るというより…

「…確かにニコラスさん、私は貴方に知恵を貸してもらえないかと相談しましたが、そこまで付き合ってもらう必要はありませんよ、我々はこれから黒服というこの国の裏と五大王族というこの国の表を同時に相手取ることになるかもしれないんです、私が言えたことではないかもしれませんが 危険です、そこまで危険を冒してまで協力してもらう必要はありません」

エリスには師匠を助けたいという信念が メルクさんにはこの国の正義と栄光を取り戻すという使命がある、だから死地にだって飛び込める、対するニコラスさんはただ相談を受けただけ…協力してくれるとは言ったが命まで投げ出せとは言ってない

ただそれでもニコラスさんは首を傾げ、少し悩むと…

「…メルクちゃん、貴方とアタシが初めてあった時のこと 覚えてる?」

「初めて、…はい 確か 5年ほど前…軍部の入隊試験の時でしたよね、親の借金にまみれ地下落ちしかけた子供の私は、試験を受ける前から落とされかかっていた…そこを助けてくれたのがニコラスさんでしたよね」

「ええ、薄汚い借金にまみれた子供なんかそもそも軍に入る資格すらないなんてくだらないことを周りの奴らは言ってたから、もう頭に来てね…アタシはあの時 試験会場に現れた貴方を見た瞬間から思ってたの、この国に貴方以上の軍人はいないと」

「私がですか?」

「そう、貴方の目からは内に秘める真の強さが滲み出ていた 悪を許さぬ義憤と善をなす為なら手段さえ厭わない苛烈なまでの正義感、それを子供の時から滲ませてるんだもん、…きっと貴方はいつかこの国を変える子になるとあと時からずっと感じていたわ」

「…………」

メルクさんは当時のことを思い返るように目を閉じる

…メルクリウス・ヒュドラルギュルムが軍人になった理由は二つ 、一つは国民として国に尽くすべきという思考があったから 二つはこの国を蝕む悪が許せなかったから、そこに借金がどうのとか 安定した給金がどうこうと言った思考はなかった、ただまぁ 国に尽くしながら親の残した借金が返せれば御の字くらいにしか考えていなかった

そして、その思考は未だ変わらない、いやむしろ強くなっているまである…国に尽くすその為ならば軍部にさえ逆らう 王にさえ逆らう 魔女にさえ国にさえ、燃え上がる炎のような正義感は 腐食したこの国を焼き尽くすまで止まることはないだろう

「貴方が エリスちゃんを匿ったと聞いた時から、歯車が動き出すのを感じた…いえ一人で空回していた歯車にようやく別の歯車が噛み合ったとでも言いましょうか、動き出した力はやがて国全体を動かすでしょう…ただねぇ、足りないのよ ちっちゃい歯車二つ程度じゃ この国は変わらない」

「でも、だからってニコラスさんを巻き込むわけには」

「誰が巻き込まれるって?、違うわ逆よ…アタシが貴方を巻き込んだの この国を変えるための戦いに、あの試験の日 貴方が試験を受けられるよう便宜を図った時から、アタシはこの国の腐敗を正すために その仲間を増やすために貴方を軍人にした」

「ニコラスさんがこの国を…?」

メルクさんは訝しむ、エリスも付き合いは浅いが分かる 『ニコラスさんは絶対に正義の為に動く人ではない』、この人は利己的だ…何かこの人なりの企みがあるのかもしれない、思えばエリス達が出世のために動き出したのも黒服を追い始めたのもこの人の言葉がきっかけだ

「貴方が国を変える為に本格的に動くというのなら、アタシも本気で動くわ」

「ニコラスさんがこの国の未来を憂いているとは…初耳ですが?」

「憂いているのとはまぁちょっと違うんだけれどね、まぁそこはそこ アタシにも事情があるのよ、この国は今のままじゃあ未来はないからね」

やはり何か知ってる、それも今エリスとメルクさんが知り得ている情報だけでは決してたどり着けない領域の何かを、この人は見ている…だが同時に思う、少なくとも敵ではない それはどうやらメルクさんも感じたようで

「…分かりました、では明日 私とエリスとニコラスさんの三人でここを発ち五大王族が一人 翠龍王ザカライアの統べるスマラグドス王国へ向かいます、まずはそこから調査を始めていきます」

ともあれ大まかな予定は変わらない、五大王族の領地へ向かい 黒服達につながる何かを三人で探す、まずは翠龍王ザカライア…あの劣化版ベオセルクさんみたいな人のところかららしい

…エリスのデルセクトでの戦いはようやく本格的に始動始めるということだ、待っててくださいね 師匠、直ぐに黒服を片付けてメルクさんと一緒に師匠を助けるための道具を手に入れてみせますから


………………………………………………………………

ところ代わり、豪勢な部屋の一室…机の上に乗せられた筒を見ながら呆然と頭を抱える影、いや男の影がある

「……エリスから、返事が返ってこなくなった…な なんだ、俺何か間違えたか?」

ラグナだ、彼は今 アジメクの中央都市の更に真ん中に存在する魔女の居城 通称白亜の城の一室にいる

アルクカースとアジメクの関係改善を謳い、この二国の友好を示すために 王自らアジメクの白亜の城までやってきていたのだ、アジメクのデティフローアとは事前に手紙でやり取りしていたこともあり 国王と魔術導皇の会談は恙無く進んだ

デティフローアは快活な人物であった、自分より年下でありながら立派にアジメクの支配者として振舞っていた、まぁ 彼女は5歳から魔術導皇をやっているので…王になって一年と少しの俺と違い 国主としては彼女の方が先輩なのだが…

…そんな彼女との会談が上手くいったのは、エリス という共通の知人で俺とデティフローアが繋がっていたからだろう、彼女の友達なら きっと相手は悪い人ではない…そんな共通の認識もあってか 非常に話も弾んだ…お陰でアジメクとの関係は簡単に改善できそうだよ

まぁそう言うこともあり、俺はアジメクに歓迎され このように豪華な一室を貸し与えても貰った上に、デティフローアは特別にエリスと連絡をいつでも取り合える魔術筒というものも貸してくれた

この筒に手紙を入れればいつでもエリスの手元に手紙が届くらしい、思えばエリスは都度都度誰かに向けて手紙を書いていた気がする…しかし、いやしかしなんと羨ましい、いつでも彼女とやり取りができるなんて…毎晩彼女から文が届くなんて 夢のようじゃないか

なんて期待してみるけど、いざ魔術筒を借り受けエリスと連絡しても、事務的な情報交換しかできなかったんだがな…

そして今に至る、返ってこなくなった返事が…いきなりプツリと、こう言うものなのか?でも礼儀正しい彼女なら挨拶くらい残しそうなものだが、まさか何かあった?しかしそんな切羽詰まった状況ならそもそも手紙自体が書かないだろうし…ううん心配だ

「しかしここからでは確認のしようがない…」

「ノックノーック!、大王サマー!失礼失礼ー!」

「む、クレアさん」

すると来賓用の室の扉が粗雑なノックと共に開かれ 豪奢な鎧を身に纏った女騎士が室へ入ってくる

「随分長いこと手紙書いてるんですね。エリスちゃんと話し弾んでます?」

彼女の名はクレア・ウィスクム…この国を守護する友愛騎士団の一員にして、俺のような国家的な重要人物を護衛することを責務とする近衛隊…その隊長に若くして上り詰めた天才と名高き人物が興味深そうに俺に近寄ってくる

クレアさんは普段は魔術導皇の護衛を最も近くで行う凄腕でもあり、まだ年若いにも関わらず既に次代を担う事が確定している実力を持つ…もうアルクカース上位陣に通用するほどにまで強いんだから驚きだ

「はははあんまり…、そういえばクレアさんはエリスは昔からの知り合いなんですよね」

「ええ、エリスちゃんがまだ星惑いの森にいた頃からの知り合いですよ、あの頃は今みたいに凛々しくなくてワタワタしてて可愛かったなぁ」

クレアさんはエリスが最初に知り合ったレグルス師匠以外の人物だとも言う、エリスの口からも彼女の存在は都度都度語られており、曰くエリスの近接戦はクレアさんとの訓練で培われたものだと言う

しかし昔のエリスか、俺と知り合った頃は既に一端の魔術師の顔をしていた…見てみたかったな まだ普通の少女だった頃のエリスを…

「実は、急にエリスからの返事が返ってこなくなって…何かあったのかとやきもきしていたところです」

「返事が?エリスちゃん律儀なのに…珍しいですね」

そう言いながら最後の返事を見せる、内容は不思議なもので 『悲恋の嘆き姫エリス』と言う本を知っているかと言うもの、悪いが俺はあまり本を読まないから理解がない…重要なものなのか そうでないのか、それすらも分からない

「悲恋の嘆き姫エリス…クレアさんは知ってますか?」

「知ってますよ、エリスってお姫様とスバルって剣士が身分違いの恋して結局 スバルってのが死地に赴いてエリス姫が泣いて終わりって後味の悪いやつで私嫌いですね、まぁ恋愛物って見方をする人もいますね」

「恋愛物…身分違いの恋…か」

思わず夢想してしまう、綺麗なドレスを纏ったエリスに花束を渡し求婚する己の姿を、いやアルクカースの男児たるもの花など浮ついたものではなくやはり戦果で己を誇示すべきか?、エリスの為に軽く敵の要塞落として そこで戦利品でも眺めながらというのもアルクカース的にはオツなものだ

それに兵だというならこの身に代えても姫は守らねばな、群がる敵軍を前に エリスを背に守る、剣を握る…いい…いいなぁ

「ラグナ大王?なにキッショい顔で笑ってるんですか?」

「えっ!?ああいやすみません」

頬を叩き現実へ戻ってくる、エリス姫と剣士の恋愛 なんていうとなんだか自分たちと重ねて妄想をしてしまう、いやまぁ俺たちの場合恋愛の気は全然ない上 身分的には俺の方が上だからその本の状況とはまるで違うんだが

「それでこの手紙を最後に…ラグナ大王はなんて返したんですか?」

「え?いや、知らない 何か今の状況と関係があるのかと…」

「冷た…もっと興味示してあげないと、エリスちゃん傷ついて返事するのやめてしまったのかもしれませんよ?」

「えぇっっ!?」

思わず立ち上がった勢いで椅子を倒してしまう、お 俺返事を間違えていたのか、そうか!エリスはこの本について話をしたかったのに俺が淡白に返したから…や やってしまった!、頭を抱え後悔するがもう遅い…

「い 今すぐ弁明の返事を!」

「ダメです!逆効果ですよ!、ここは次会った時にでも謝罪するしかありませんね…でもエリスちゃん記憶力がいいからなぁ、一度受けた傷は永遠に残り続けますよ」

確かに…!エリスの記憶力は凄まじい 何年も前の出来事を鮮明に克明に思い出す事ができる、つまり時間の経過によって彼女の気持ちが変わることはない…俺によって傷つけられたエリスの心の傷は永遠にそのまま

「ぐぉあ…お 俺ぁいったいどうしたら…」

「ふふふ、やってしまいましたねぇ」

実際はエリスに急用が出来た為返事が遅れているだけなのだが、そのことなど知る故もないラグナは一人悶々と頭を抱える、もしエリスに嫌われてしまったら それは損得勘定以上に辛い…

「どーしたの!クレア!ラグナさん!」

すると来賓室での騒ぎを聞きつけ ドタドタと走ってくる音が聞こえる、いやドタドタと言うよりはパタパタか?少なくとも足音としてはかなり軽い部類に入り

「何があったんですかラグナさん!、呻き声が聞こえたけど…ままま まさかクレアがラグナさんの事殴っちゃったとか?、あわわ…大国際大問題」

「そ そんな慌てなくても大丈夫ですよ、デティフローア様」

ゴロゴロと部屋に転がり込んでくるのは豪奢なドレスを身に纏った少女…いやこの魔術導国の若き主、魔術導皇デティフローア・クリサンセマムが顔を真っ青にしながらラグナへと掴みかかってくる

どうやらクレアがラグナを殴ったと勘違いしたようだ…まぁ実際はラグナが勝手に呻き声を上げただけで、そんな荒事に何なってないんだが

「そーですよ!、酷いですよ!私がそんな仕事で人殴るわけないじゃ無いですか!」

「殴ったじゃん!殴ったじゃん!この間創作魔術の認可貰いに来た人殴り飛ばしたじゃん!、あれ結構偉い人だったんだよ!あれから大変だったんだよ!」

「知ったことありません!そいつよりデティフローア様の方が偉いじゃないですか!、この国の王が他人の立場を慮る必要なんかありません!よって殴りました!あいつ失礼だったんで!、床に奥歯落ちてましたよ!ザマァ見ろ!」

だとしても殴ってもいい理由にはならんだろ…というかなんだろうか、この考えているようであんまり考えてない物の言い方、ベオセルク兄様と同じ匂いがするな 彼女…

クレアの暴走ぶりにその主人であるデティフローアは毎日気を揉んでいるようだ…

「はぁ、あのラグナ大王様?うちのクレア…なんか失礼なことしませんでした?」

「ははは、してませんよ 寧ろ助言を貰ってたところです」

はぁとため息をつき頭を下げるデティフローアを見てラグナをジッと考える

…デティフローア・クリサンセマム…僅か5歳にしてこの魔女大国を統べる立場に就任、そこからしばらくは魔女スピカ様と共同で政治を行っていたものの、そこから一年二年と経験を積み 今では一人でも大体の判断が出来るようになり 今では一端の導皇を務めている人物だ

エリスと同じ歳であるが まだ些か子供らしい性格をしており、何より背が低い…既にエリスの頭一つ分くらい小さい…本人は気にしているようなので口には出さないが

「本当ですか?…まぁそれなら、それより!エリスちゃんなんて返してきましたか?」

「え?、ああ…向こうでも順調に動いているそうだよ」

「そっか、まぁエリスちゃんならどこでも上手くやりますからね、案外もう向こうの王子様とかと仲良くなってたりして」

「あ…ああ、そうだな」

はたと気付く、アジメクではデティフローア様とアルクカースでは俺と知り合い 共に行動し友情を育んだが、それはデルセクトにも言えることでは?彼女は王族と縁があるように思えるし 向こうの王族と知り合いになっていてもおかしくはない

確か蒼輝王子レナードという美形の王子がいるとも聞いたことがあるし、もしかしたらエリスは今その人と一緒にいるのでは?エリスがとられてしまうのでは?…

ぶわりと背中に嫌な汗が吹き出る…、エリスをとられるのは嫌だ、それを想像するだけで普段押し込めている嫌な部分の自分が出てきてしまう…とてもじゃないが口には出せないような考えと共に…

「どうしたんですか?ラグナ大王、怖い顔して」

「怖い顔してたかな…」

「はい、なんか炎みたいな顔してました」

「どんな顔だよ…、いやすみません 少し心配事があって、少しそのことを考えてました」

「それってもしかして…」


「おい、魔術導皇と大王が部屋で密会などするな、やるなら正式な場で話せ」

すると俺とデティフローア様の会話を遮り更に部屋に入ってくる影がある、びっくりするくらい様になる鎧姿と殊の外似合っている補佐官然とした態度、彼はこのアジメクに関係改善の為向かう俺の護衛の為に同行してくれた戦士の一人、国王直属戦士隊 王牙戦士団団長…

「ベオセルク兄様!」

別に餓獣の戦士長 ベオセルク、実力はアルクカース国内でもトップクラス 近年では宰相としており 未だ年若いラグナが一端の国王としてやっていけているのも彼の尽力によるところが大きいと言われている

そんなベオセルクがあからさまに苛立った様子で部屋に入りラグナとデティフローアを威圧するように見下ろす、彼はその態度と見た目から誤解されやすいが…これでもかなりラグナのことを気遣っているのだ 分かりづらいが

「なんですかあなた!いーじゃないですか部屋で一緒に話すくらい!」

「なんだテメェ、権力者ってのは得てして疑りの視線で見られるもんだ、夜中に部屋で二大大国の主がコソコソ話し合ってるところが見られたら、変な勘違いする奴もでるだろうが」

「出たら殴って黙らせればいいじゃないですか!」

「そりゃお前!………確かにそうだな」

「いや納得しないでくださいよ兄様」

「にしても不思議な関係だよね、国王のお兄さんなのに護衛って…」

「まぁ、色々あって…」

言い合いをするクレアとベオセルクを見てため息を吐くラグナ、確かにベオセルクはラグナの兄だが もうベオセルクはアルクカースの姓を捨て、母方の旧姓シャルンホルストを名乗っている、なので名目上はもうラグナとベオセルクは兄弟ではない…が

だからといってラグナもベオセルクの事を見下す気にはなれない、ラグナにとってベオセルクは憧れの存在の一人だ、故に今も 親しみを込めて兄と呼ぶ、ベオセルク本人は嫌がるが…

「おいラグナ、エリスの様子はどうだった」

「え?、いえ元気そうでしたよ?」

「そうじゃねぇ、例の黒服共の情報はあったか?」

「ああ、…はい やはりデルセクトにもいたそうでしたよ?、デルセクトでも何やら暗躍をしているようで」

「……違うな、『デルセクトでも』じゃねぇ、アイツらにとっては『アルクカースでも活動していた』と言った方がいいかもしれねぇな」

「……?、え?意味合いは一緒では?」

ベオセルクの意味ありげな発言に首をかしげるラグナ、助けを求めようとデティフローアの方を見ても彼女も目を点にして首を傾げている、ベオセルク兄様はあまり口が達者な方ではない 、故に発言はいつも意味ありげな物になりやすい

するとクレアがポンと手を打ち

「なるほど、彼らにとって主点はアルクカースではなくデルセクト、つまりアルクカースは保険かオマケで 本命はデルセクトにあるって事ですね」

「そうだ、レティシアを使って色々情報を集めてたんだが…例の黒服がデルセクトで活動を始めたのは相当前からのようだぜ、アルクカースでラクレスに接触したのはその後…つまりアルクカースは敵の本命じゃねぇ、業腹だがな」

人の秘書官を使って何を勝手にとは言わない、レティシアはベオセルク兄様を過剰に恐れているから 言い寄られたら断れないだろうしな、しかもそれで結果を出せているんだから文句のつけようがない

「デルセクトでかなり前からですか…」

「ああ、連中の肝いりの作戦…あのジャガーノートを超える代物を用意してるかもしれねぇ、エリスがヘマッた時のために 俺達も対応策を考えておいたほうがいいぜ?」

「それはつまりデルセクトと戦争するかもしれないって事ですよね?」

奴らは何故かラクレス兄様にデルセクト侵攻をさせたがっていた、つまり奴らは魔女大国間の戦争を望んでいるという事だ、奴らの念願がかないという事はつまりデルセクトとアルクカースが戦争するかもしれない…ということ

ベオセルク兄様は対応策というが、つまり戦争が起きてしまったら対応もクソもない 俺たちの負けなんだ

「兄様、例えエリスがヘマしても 俺は出来れば戦争という道は選びたくありません」

「アホ抜かせ、そりゃテメェ個人の感想だろうが、国家間の話に私情を挟めるくらい偉くなってから言え、…向こうにやる理由が出来ちまったらその時点で戦争は起こるんだよ、話し合いの席が用意される時期はとっくに過ぎてんだ」

まぁそうだな、俺は戦争したくありません と国王が言って戦争が起こらないなら、アルクカースは戦争大国として名を馳せてない、否が応でも起きるときは戦争は起きる…結局のところエリス頼みか、情けない話だ

「戦争になりそうになったらアジメクも出来る限りの手伝いはしますよ!」

「デティフローア様!そういうこと簡単に言ったらダメですよ!、まぁ私も個人的にはそうしたい気持ちもありますけど そういう話は明日正式な場で書状を挟んでしてください!、口約束で国家間の取り決めとかそれこそダメです!」

「あぅ…ごめんなさい」

デティフローア側もお付きの騎士 クレアに怒られてしまう、そうだな…俺たちは国家の主にはなりはしたもののまだ子供だ、それが勝手に感情的に動いても臣下達の理解も得られまい

俺もデティフローアもまだ子供 まだ未熟 まだ強くはない、故にやれることは少ないが、ないわけじゃない、ならやれる事は全霊で取り組もう

「でしたら明日、また魔術導皇と正式に会談の場を設けましょうか、内容的には アジメクとアルクカースの関係性を強めるものです、すごく仲がいいぞってアピールする為の」

「仲良しアピール?何のための?」

「牽制か…アルクカースを突けばアジメクもアルクカースに手を貸すぞって、言外に語ってデルセクトを牽制したいのか」

するとベオセルク兄様が俺の考えを解説してくれる、まぁ 理由とはしては大体そうだ、これがデルセクト側に伝われば デルセクトはアルクカースだけじゃなくてアジメクの相手も想定しなきゃいけなくなる、…そうすればきっと戦争が起きるのを先延ばしに出来るはずだ

「アジメクとアルクカースの両国を相手取るのはデルセクトでもきつい筈だ、当初想定していた量の倍近い戦力を要求されるからね、上手くいけばデルセクトの行動開始を遅らせることができるかもしれない」

「おお!、それで時間を稼いでるうちにエリスちゃんが根本的な部分を解決するって事だね!、いーじゃん!いーじゃん!凄いよラグナ大王様!カケヒキって奴だね!」

「確かにアピールするだけなら変な条約も何もいらないか、国王と魔術導皇が密接に関わってるだけだ、文句をつけるやつも少ないだろうしな…だがあんまり過剰に干渉しすぎるなよ、下手したらアガスティヤ帝国が関わってくるかもしれない」

アガスティア帝国…この魔女世界における頂点とも言える国だ、彼処が一方的に制定した『魔女大国六十六法』という法律がこの世には存在する、その中に『魔女大国間の過剰な干渉 過剰な協力関係は世のバランスを乱す可能性があるので禁ずる』というものがある…

別に俺たちに他国の勝手に決めた法律を守ってやる義理はないが、これを破るとアガスティヤ帝国が攻めてくる可能性があるらしい、デルセクトと戦争しないためにアガスティヤと戦争してたら意味がないしな…気をつけなくては

「しかしアガスティヤ帝国ですか、彼処は今のデルセクトの動きを把握してないんでしょうか、戦争がいざ起きるってなったら真っ先に関わってくるでしょうに」

「確かに彼処は異様に耳が早い…既にデルセクトが戦争の支度を整えていることを把握してそうだが…もしかしたら、もう既に何か行動を起こしているかもしれんな」

「行動ですか…」

ふと ベオセルク兄様とクレアさんの話を聞いて考え込む、アガスティヤ帝国は世界最強の国として、ディオスクロア文明圏の秩序維持に一役買っており 大戦が起きそうな時は率先して干渉し仲介に入ることがある…

アガスティヤ帝国がデルセクトに干渉…戦争を止める為には行動してるなら、それは俺達と目的が一致していることになる、もしかしたらアガスティヤ帝国ならエリスの支援をしてくれるんじゃないか?

……それか、もしくはもうしているか、あの国は動きが早い もしかしたらもう既にエリスはアガスティヤ帝国の支援を受けているんじゃ?…いや、不確定な要素は一旦忘れよう、どの道俺にそれを確認する術はないし アガスティヤ帝国と連絡を取ろうと思っても数ヶ月以上かかる…なら一旦思考から外して考えるべきだ

「ともあれ、俺たちに今できるのはデルセクトの牽制だけです、もしアガスティヤ帝国が文句をつけてきたら逆に説得してこちら側に引き込みましょう」

「うん!分かった!、私達もここでできる限りのことをやってエリスちゃんを助けようね!」

そういうとデティフローアは快活に微笑んでくれる、うん 彼女もまたエリスと同じように頼りになる、…そうだ 俺たちに出来ることを全てやってエリスの手助けをするんだ、それこそが平和への道だと信じて…

しかし、…そこでもう一度思い浮かぶエリスの最後の返信…どうしよう、エリスを怒らせていたら…今度会ったら謝るにしても 次エリスに会えるのはいつになるやら

はぁ、とラグナは静かにため息を吐く…愛しい彼女から一つ返事が返ってこないだけで大国の主人たる彼がこうも凹んでしまう、しかしこの悩みは一晩にして解決することになる…何せ次の日には何食わぬ顔でエリスが返信してきたからだ

エリスが怒っていなかった事実にラグナは喜びつつ 俺はどこまで彼女に引っ張り回されるんだと若干複雑に思いつつ、彼はアジメクとの関係強化に勤しむ、それが彼の戦いだと信じて
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