孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

65.孤独の魔女とデルセクトでの一日

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こんにちわ、エリスです …いえ今はこう名乗るべきでしょうか

メルクリウス様に仕える執事 ディスコルディアですと…そうです!、今エリスはなんやかんやあれこれそれとありまして、執事をすることになりました!

まぁ、別に執事として就職したとかじゃないんですよ?、ただこう…エリスは今デルセクトを追われる身らしく いつもの格好のまま外をのほほんと歩けば即お縄、問題なのはその縄が両手ではなく首にかかりに来るところでしょう つまり死にます殺されます、だからこその変装です

けど、変装は変装してもエリスは今メルクさんの家に居候させていただいている身、何もしないのは悪いので これ幸いとエリスは本当にメルクさんの執事として働くつもりでいるのです

そう決意し、執事として研鑽を積みながら生活することはや一週間の時が経ちまして…だいぶこの変装生活にも慣れてきました

「今日の晩御飯は何にしましょうかねぇ」

なんてボヤきながらフラフラと歩きます、何処をって?地上をです、エリスは今ミールニアの街中を堂々と歩いています、最初こそビビって人目を避けながら街の中を移動していましたが、このミールニアという街の中を執事が歩くのは普通のことのようで 誰もエリスのことを怪しむ者などいません

なのでむしろ堂々とすることにしました、変にコソコソした方が怪しいですもんね

「しかし、相変わらずですね この街は」

感傷に浸りながらミールニアの街を見る、さっきも言いましたがエリスは今ミールニアの大通りに来ています、用事は一つ 今日の晩ご飯を買いに来ているのです、あとついでにこの街様子を見る というのもあるますがね

なんというか、この街は他の国より技術力が圧倒的に発展しているということもあり、もはや別の国というより別の世界だ、建造物の建築法から洋服のセンスまで何から何まで違う…言葉と通貨が一緒なだけで完全に別世界

そして何より優雅だ、地上には金持ちしかいないためか 皆妙に落ち着いている、こうやって街を歩いているだけで、どこからか優美な姿クラシックの音色が聞こえてきそうなものだ

まぁ、その優雅さの裏で下劣な商売や汚い金が行き交い、その綺麗なお靴で数多の人間を踏み台にして 素知らぬ顔でみんな笑ってる、昔この国出身の商人のパトリックさんはアルクカースを恐ろしい国と言いましたが…

私からしてみればこの国の方がよほど恐ろしいですよ、目に見える暴力よりも誰もが見ようとしない暴力の方が…ずっと恐ろしい

「とはいえ、この国のあり方にまで口を出す気はありませんがね…さてと」

エリスはポッケに入っている小袋を開け中を見る 師匠がエリスに持たせてくれていた金貨や銀貨がジャラジャラと入っている、何かあっても大丈夫なように 1ヶ月くらいは食うに困らない量は入っている

しかしそれに甘えてぼかぼか使ってはこの国ではあっという間になくなる、メルクさんは経済的に厳しそうだから 生活費くらいはエリスが出してあげないと、その為にも出来る限り安く物を仕入れないと

一番の狙い目は…

「はぁー、くそっ 今日も売れ行きが悪りぃな…最近貴族の財布の口が硬い気がするな」

レストランの裏口、そこからガサガサと袋を持った男がぼやきながら出てくる…あれは食材を捨てようとしているのだ、この国の人間は最高品質のものだけを欲する為 少しでも品質が落ちた食材はああして 地下への穴に投棄しているのだ…

そして地下ではそれの争奪戦が起こる…、しかしそれに参加するよりも

「失礼します」

「む?、んぉぁっ!?なんだよあんた!執事?えらいチビな執事だな」

うるさい、ともあれ 裏口にすっ飛んで行き今まさに食材を捨てようとする男に声をかける、なるべく優雅に 執事として振る舞う

「いえ、沢山の食材を捨てるみたいですね?」

「え?ああ、まぁな 全部一番うまい瞬間を逃したゴミだ、だから捨てるのさ…まさか勿体無いから寄越せとは言わないよな?、言っとくがこれが欲しけりゃあんたも地下に行って地下のクズ共に紛れて拾うんだな」

ここで彼に 『捨てるなら勿体無いからそれをタダでくれ』といっても無駄だ、別に捨てるからいいやとここで彼がタダで食材を渡せば 、次の日からこの店の裏口には地下の浮浪者がタダで食材を恵んでもらおうと屯することになる

そうなれば汚い浮浪者が集まってくる店に立ち寄る金持ちはいなくなり この店は瞬く間に潰れる、そんなことみんな分かってる だから渡さない…タダではね

「ただまぁ、大変そうなので…お手伝いしようかと思いまして」

と言いながら胸のポケットから金貨を一枚ちらつかせる、すると男の顔色が瞬く間に変わり

「な…あ ああ、なんだ親切なんだなあんた、まぁ手伝うだけならいいぜ、ほらよ」

と言いながら彼はいとも容易くゴミの入った袋をこちらに突き出す…と共に、掌も差し出してくる、ちょろい…そうこの国の人間は基本的に金が好きだ 金払いがいい人間には皆とことん甘い

金貨を見せるだけで大体の店員は融通を利かせてくれる、だから もう少し揺する

「いえいえ、なんだったら他にも一緒に捨てておきましょうか?、調味料とか もしかしたら悪くなってるものがあるかもしれませんし」

差し出された男の掌に金貨を乗せる、と 共に裾からもう一枚金貨を取り出して乗せる

「ちょ 調味料?ああそういや悪くなってるのがいくつかあるんだった!、いやぁありがとう捨てるのをうっかり忘れるところだったぜ」

男は2枚目の金貨を見るなり血相変えて店の中に戻り、小さな小袋に詰めた調味料をいくつか袋の中に入れる、…金貨一枚で袋一杯の食材 金貨一枚で調味料一式、高いように思えるがこの国ではかなり安い方だ この袋の中身だけでエリスなら一週間…いや十日は持たせられる

「それは良かった、ではこれは私が責任を持って捨てておきますので…このことはくれぐれも内密に?、互いにその方が都合がいいでしょう?」

と言いながらとどめの一撃に銀貨を三枚、彼の胸ポケットに入れる…いわゆる口止めだ、こうやって鼻薬を嗅がせておかないと 『怪しい執事が金を払って廃品回収してる』なんて噂が立つ、そうなると動きづらくなるからな

「お…おう、分かった お前も大変だな」

何を勘違いしたのか知らんが同情された、まぁ 執事がゴミを買い取りにくるんだ…色々と想像はつくか、男はエリスから受け取った金を素知らぬ顔で懐へ納め店へ戻っていく

これでよし、お買い物完了…袋の中身にはそれこそまだまだ新鮮な食材も入っているが、中には野菜くずや肉をそぎ落とした骨なんかも入っている、がこれもエリスにかかれば立派な食材だ

師匠から得たサバイバル料理術 アジメクで学んだ料理法 アルクカースで学んだ食えない食べ物を食えるようにする工夫 全部エリスの中で生きている、今のエリスなら足のあるものなら机だって料理出来そうだ

「ふぅー、しかしこんな袋抱えたままじゃ目立ってしょうがないですね、このあと川に魚釣りでも行って食費をさらに浮かそうかと思いましたが、一旦帰って家に置いてきますか、氷々白息があれば冷凍保存もできますし」

あんまり沢山食べ物を持ってるとバレるのもよくない、ささっと行ってぴゃっ!と戻ってこよう、そうしよう 

なんて内心静かに思いながら踵を返そうとした瞬間

「キャーッッ!!」

悲鳴、悲鳴だ 耳を劈く悲鳴…最近似たような場面に遭遇したな、前こういう悲鳴を聞いた時 悲鳴の主はゴブリンに襲われ死にかけていた、つまり何が言いたいかといえば

「何事…!」

放っておけない!、とりあえずその場に袋を置いて急いで大通りに出る、確か悲鳴の聞こえた方向は なんて探すまでもなかった、大通りの一角 確かお洒落なカフェがあった辺りに人集り、野次馬の群れが出来ている…


「なんだなんだ何事だ?」

「それが、汚らしい奴らが銃を持って暴れてて」

「た 大変だ、急いで銃士隊に報告しないと!」


そんな声が野次馬から聞こえてくる、銃…メルクさんも持っていたあの銃の事だ、あんなものを街中でぶっ放したらえらいことになる、…助けに行こう!事情は分からない 何が起きてるのか分からない、それでも目の前で起きる事件を前に尻すぼみしたとあれば 魔女の弟子失格だ

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

詠唱を唱え、目立たないように軽く風を纏えば…ぴょんと一つ 軽く跳躍を行う、ただそれだけでエリスの体は高く浮かび上がり野次馬達の頭の上をくるりと飛び越え その向こう側へと降り立つ

「な なんだ!執事が飛んでるぞ!」

「何あの執事…見た事ないぞ!」

普通に目立ってしまった、…だがあの人混みを押しのける暇が惜しかった、仕方ない
野次馬の向こう側、悲鳴の現場と思わしきそこへと降り立てば…

「おい!、テメェ…こんなところで優雅にお茶とはいい身分だな…!」

「俺達を地獄に落としておいて、死ぬならテメェも一緒に死にやがれ!」

野次馬の言葉通り 銃を持ち極度の興奮状態にある男が…一、二、…三人いる、が全員エリスになど気づくこともなく カフェでお茶をしていたであろう一人の女性に銃を向け怒鳴りつけている

「い…いや、お願い 助けて…」

銃を向けられているのは身なりのいい糸目の女性だ、きっといきなり襲撃されたのだろう お茶をこぼし ブルブルと震えながら男達の向ける銃口を見て怯えている…一人の女性相手に男が三人で武器まで持ち出して襲撃とは、ますます見過ごせまい

「待ちなさい!、大の大人が三人揃って淑女を囲み、そんな無粋な物を向けるとは何事ですか 」

「ああ?、なんだお前!こいつの使用人か!」

「まさかヒルデブランド…いやただの執事か、驚かせやがって!」

「邪魔するとテメェのどたまもブチ抜くぞ!」

揃いも揃って無粋な言葉遣いだな…、だが女性に向けられていた銃は全てこちらを向いた さてここから勝負だ、エリスは初めてこの国で『銃』を相手取る…いやしかし良かった、メルクさんにその威力を最初に見せてもらっておいて

あれがなければエリスはきっと油断していた、…つまり 今は油断などない

「ここで大人しく引き下がるなら、痛い目には合わせませんよ」

そう言いながら手袋を整えるフリをして 袖の中に隠してある天輪ディスコルディアをがっしりセットし 魔力を通す、それと同時に息を整え極限集中状態へ入る…戦闘態勢 これに入るのに一秒もいらない

「何が痛い目だ、俺達ぁもう怖いものなんかねぇ!殺しちまえ!」

向けられる 銃口が、黒く開いた穴が三つ エリスに向けられる…あれから放たれる銃弾は音速以上のスピードで飛んでくる、さしもの極限集中でも対応しきれないだろう

だが、それを向ける男達の動きは 狙いを定める男達の動きは 引き金を引く男達の動きは緩慢極りない、銃弾は銃口の直線状にしか飛んでこない なら、その段階でなら対応できる

ディスコルディアを硬化させながら防御姿勢を取った瞬間 

「死ねッッ!!」

轟音と共に男達の銃が独特の色をした火を噴く、本当にぶっ放してきやがった!

「ッッ…!!」

しかし既に弾道の予測は済んでいる、銃口の直線上に天輪が来るように防御していた為、銃弾はエリスの体を捉えることなく甲高い金属音を響かせあらぬ方向へ弾かれる…すげぇ、まさか本当に銃弾だって弾き返すとは 流石は武器大国のアルクカーストップクラスの防具

しかし、それと同時に戦慄する あの銃弾…本当に見えなかった、目で捉えきれないスピードで飛んでくる必殺の一撃、なんて恐ろしいんだ 一発目は余裕があったら防げたが二撃目は流石に無理だ!次弾が来る前に仕留める!

「嘘だろ!あの執事腕で銃弾弾き飛ばしたぞ!人間じゃねぇ!」

「一体どんな錬金術を…!」

戦慄するのは男達も同じ、まさか銃弾が効かないとは思ってなかったのか驚きたじろぐ男達の隙を抜い、エリスは魔力を高め…

「『旋風圏跳』…ッ!」

風を纏い 飛ぶ、真正面に飛翔し一瞬で男達に肉薄し その勢いを殺さぬまま、その肘を男の鳩尾に叩き込む、体全体を使っての飛翔 それは即ちエリスの体重全てが乗った神速の一撃 鍛え上げられたアルクカース人ならともかく 普通の人間なら

「は 早…ごばぁっ!?」

叩きつけられた一撃は男の内臓を歪め 肺の空気を体外に叩き出し、意識を刈り取る…やはりな 、この男達 というかデルセクト人は武器は強いが使用者本人はさして強くない、ましてや近接戦などお粗末極まる

「なんて早さだこの執事…!」

「フッ…!」

慌ててもう一人の男がエリスに銃口を向けるが、遅い 向けられた瞬間銃の先端を蹴り上げ銃弾の軌道をずらす、そしてそのまま 足を動かし銃を向けた男の顎を蹴り抜く、顎先を掠るように飛んだエリスの蹴りは即ち男の脳をぐらりと揺らし…彼は悲鳴をあげることすらなく、白目を剥き ぐらりと崩れ落ちる

「フゥーッ…、それで? 最後はあなただけですね」

「ヒィッ!?な 何者だお前!、こんなに強い奴が執事なんかやってるわけねぇだろう!」

「執事は執事です、それ以上でも以下でもないです…さぁ どうますか?」

「く くそぉっ!」

アルクカース人なら こんな状況になっても構わず向かってくるだろう、しかし彼らは賢いデルセクト人 勝ち目のない戦いはしない、エリスに敵わないと悟るや否や彼ら銃を捨て野次馬の方へ逃げ始める…全く軟弱な
 
「拍子抜けですね、いや ただ銃を持っただけの男達なんてこんなもんか」

戦ってわかったがコイツらはプロじゃない、本当にただの男達が銃を握っただけ、メルクさん達軍人はもっと強いだろう…錬金術とやらも使ってこなかったし、まぁいい 倒したやつらのことなどもうどうでもいいじゃないか

今は 武器を向けられて怯えていた女性のケアの方が先だ、糸目の嫋やかな印象の女性の方へ行き、静かに跪く…なんか見た感じ偉い人っぽいだろうし、あと人に仕える執事としての礼儀を見せねばなるまい

「不届き者は皆退治しました、お怪我はありませんか?」

「ええ、貴方のお陰で傷一つありません、ありがとうございます…よければお名前を伺っても?」

女性は静かに首を傾げ聞いてくる、ここで調子に乗って『エリスはエリスです!』なんて名乗ったら全ておしまい、なのでここはおとなしく偽名を名乗ろう

「私はディスコルディア、ただの執事でございます」

「ディスコルディア…聞いたことない名前ですね、まぁいいでしょう 私はソニアと言います」 

ソニアさんか、赤い髪に緑のメッシュとは特徴的な髪型…ん?なんだ? 今この人の糸目が一瞬 薄く開いたような、というかなんだ?この言い知れぬ不安というか 背中の奥の方が冷えるような感覚は…

「失礼でなければ、なぜ襲われていたのか伺ってもよろしいでしょうか」

「彼らは私に金を借りた者達なのですよ、我が家は貧しく助けを求める者には誰にでもお金を貸し与えているのですが…彼らときたら、返せないからと私を殺そうと」

「なんと、そんな理不尽な話が」

借りた金は返すのが当然だ…しかし、また借金か エリスは最近このワードをよく聞く、なんだ?なんでみんなそんなに借金なんかしてるんだ?この国は確かに物価は高いがそんな借金をしないと生きていけない程じゃないはず…

「ありがとうございました、どうでしょうか 褒美と言ってはなんですが貴方を我が家で雇っても良いですよ?」

「お誘いはありがたいのですが、私は既に主を定めた身…執事としてその方に  生涯尽くそうと誓っているのです」

ぶっちゃっけエリスは本物の執事じゃないし、それにメルクさんのところを離れるつもりもないので即答する、まぁお金持ちのお嬢様っぽいし雇ってもらえればお給料もたくさんもらえるだろうし、もしこれからお金に困ることがあったら短期間だけでも雇ってもらえれば

「そうですか、後悔しなけりゃいいのですが」

「ッ…」

まただ、背筋の寒気が強くなった、この人の威圧感か?エリスが恐怖を覚えるほどの威圧をこのお嬢様が…そう思っていると…

「グギャァァァァアアアァッッッ!!!!」

悲鳴が聞こえる、…いや悲鳴じゃない もはや断末魔だ、その悲鳴と共に野次馬がどよめきざわざわとその人混みが真っ二つに割れていく、何事?まさか逃げた奴が仲間を連れて?いやさっきの悲鳴は確か 逃げた男のもの…

「来ましたか、ヒルデブランド…遅いですよ、捕らえましたか?」


「是、逃げたネズミの捕獲完了しました」

人混みの奥から現れたのは、片手で先程の男の頭を掴み上げギリギリと握り潰そうとしている高身長の濃茶髪のメイドだった、いや め メイド?、メイドにしてはえらくムキムキだぞ…

服の隙間から覗くその腕や足は丸太のように太く鋼のように剛毅、何より顔や身体中に刻まれた無数の傷跡を見るにメイドというより歴戦の傭兵のようだ

ソニアさんはそのメイドをしてヒルデブランドと呼ぶのだ…ソニアさんのメイドなのか?、そういえば男達もそんな名前の人物を警戒していたような

「見ろよ、ヒルデブランドさんだ…」

「片手で大人の男を持ち上げてるぜ、流石は元アルクカース人の傭兵だ、並大抵の身体能力じゃねぇぜ」

野次馬のざわめきで察する、なるほど この女の人アルクカース人なのか…納得の身体能力だ、アルクカース人ならあのくらいの身体能力はある…、おそらくこの人はメイド兼用心棒なのか

「持って帰ります、分からせてやりましょう…アレキサンドライト家に逆らった愚行を、彼らはどんな声で鳴くのでしょうね、ふふふ」

「嘸、甘露」

「ッ…あ アレキサンドライト家…!?」

そこでようやく察する、アレキサンドライト家…ホーラックで聞いた 悪魔の女 人の全てを食い物にする鬼、それが ソニアさんだったのか エリスは今その人を助けて…、いやもしかしたらさっき襲撃を行った人達ももしかしたらホーラックのあの人みたいにもうどうにもならないくらい追い詰められて…

「ディスコルディアさん?、助けてくれたのはありがたいですが………次は余計なことなんかしないでくださいね?、貴方のせいで殺し損ねてしまった」

ギロリとエリスを睨みつけるとソニアさんとヒルデブランドさんはエリスの返答など待たずに、倒れ伏す男達を連れて 何処かへ立ち去っていく、野次馬もソニアさんの行く手を遮るまいと、慌てて散っていく

よくみればソニアさん 、後ろ手に銃を隠し持っていた…きっとエリスが助けに入らなければ ソニアさんは容赦なく、まるで当たり前のようにあの男達を殺すつもりだったのだろう…

とんでもない人を助けたものだ…いやまぁ助けられたからよしとしよう、理由はどうあれソニアさんは襲われ男達は襲っていた、あの連れていかれた男がどうなるのかは分からないが

「……ソニアさん、ソニア・アレキサンドライト…ですか」

出来ればもう、関わり合いにはなりたくない そう思えるほどに彼女は恐ろしい、強いとか弱いじゃない 怖いのだ、何をしでかすか分からない そんな末恐ろしさが彼女の体から立ち上っている

或いはベオセルクさんと同系統の怖さだ…、いや純粋な恐怖ではソニアさんの方が…


「いやぁ君すごい強さじゃないか」

「ええ、ひとっ飛びで群衆を飛び越え 銃を持った男を一瞬でなぎ倒してしまうなんて、まるで演劇でも見ているようだったわ」

「え?…」

ふと、振り返ってみれば先程まで集まっていた野次馬が、今度はエリスに…先程の事件を解決したヒーローの執事ディスコルディアに群がり始める、皆身なりのいい者達がいいものを見せてもらったとエリスを褒め称える

「君、名前はなんて言うんだい?」

「えり…ディスコルディア、執事のディスコルディアと申します」

名前を聞かれれば努めて低い声を出しながら一歩後ずさる、まずい 目立ち過ぎたか…、エリスの変装の完成度は高い ちょっと見られたくらいじゃあ見破られることはない

だが完璧でもない、いくらエリスは子供とはいえどうやったって女性的な肉つきは隠せない 顔だって完璧に変わるわけでない、あんまり凝視されると違和感を覚えられるかもしれない

「ソニア様の覚えのいい君を是非雇いたいのだが?、なんなら金以外にも多くを見繕おうや」

「いえ!、私が彼を雇うのです!、待遇は保証しますよ?」

ズラリズラリと まるで珍しい動物でも見るかのような目で皆エリスを見つめる、エリスを執事として欲していると言うより、彼らにとっては愛玩動物を買い取るようなものなのだろう…おぞましい、とっとと逃げよう

「で ですので、私には既に心に決めた主がいますので…こ これで失礼します!」

逃げる、魔術を使わず 人と人の間をすり抜け駆け抜ける、ダボダボのドレスを着込んだレディやでっぽり膨らんだお腹を抱えたジェントルマンではエリスには追いつけない

あっという間に貴族達の追跡を撒いて先程の路地裏に戻るゴミ袋を回収、その後 落魔窟へと人目を避け逃げるように帰宅する、…はぁ何やってんだろエリス 

冷静になればなるほど今の自分の格好が滑稽で仕方ない、男装して名前を偽り ゴミを漁って人目から逃げる、情けないったらないよ…ほんと

そうため息をつきながら袋を腕の中に隠すように抱えて落魔窟への道を進む、落魔窟への入り口はミールニア中にあり 路地裏の隠れた隠し階段だったり 井戸に偽装してあったり、一見すると地下への入り口とわからないようにしてあるのは この地下世界の存在が他国にバレると面倒だからだろう

「こちらは対照的で…陰鬱ですね」

階段を降りきれば 薄暗く息苦しい広大な地下世界へと降りてくる、一応 地下にも街はあるが ガラクタを組み合わせて作ったようで、形だけ建造物を真似て作ったような出で立ちだ、エリスに心がないならこの街はゴミの掃き溜めと形容するだろう

「…………」

街…落魔窟の中にある街だから落魔街とここの人たちは呼んでるらしい…そこの大通りをいく、地上と違いそもそも活気がない、皆ボロボロの布をまとって 生気なく其処彼処に横になったり座っている…

ここに居る人達は皆破産などの経済的理由で地上に住むことができなくなった物が逃げ込んできたのだ

ここから更に借金で首が回らなくなると この地下の底の強制労働場へ送られるらしい、どういう場所かはわからない 何せ生きて這い上がって来た者はいないから

(この地下で、ちゃんとした家を持ててるエリスやメルクさんはまだ恵まれてる方なんですね)

周りを警戒しながら歩く、ここの人たちは生きるのに必死だ…エリスが食べ物を持っていると知れば、襲いかかってくるかもしれない…ここにいる人たちみんなに食べ物を配ってあげられるほどエリス達に余裕はない

悪いけどこれを譲るわけには…

「お…おい、あんた…」

「ひゃわっ!?」

なんて警戒していると、やはりというかなんというか ボロ布を纏った髭面の男がふらりとエリスの行く手を遮る、その挙動は明らかに異常であり 出来の悪い人形劇のようだ

「なな…なんでしょうか」

「それ その袋、寄越せ…カエルム…」

袋?、この袋?ダメだ 渡せない、この袋にはエリスとメルクさんの食料が入っているんだ、でもどうしてもお腹が空いているというのなら一食くらいは余裕が…でもこの人一人を助けたら他の人も助けないといけなくなる…

…というか、え?蛙?カエルム? なにそれ

「こ これは、なんてことない荷物です」

「嘘をつけ、そんな大切そうに抱えるなんて カエルムしかありえねぇ、くれ…くれよぉ 苦しくて頭がおかしくなりそうなんだよ!」

「苦しいならお医者さんに診てもらってお薬を処方してもらうことを強くお勧めします!」

「薬…くれんのか!」

「医者がね!えり…じゃない 私は薬なんて持ってません!」

「薬をくれぇ…」

ダメだ話が通じない、なんだろう どこか悪いのか?、いや悪いというより…異常だ、発症というより発狂…狂っているようにしか見えない、なんだこれは

「ど どこか悪いのですか?」

「やめときな執事さん、あんたここは初めてか?」

「へ?」

すると、脇で力なく座り込むおじさんがそいつに関わるなと言わんばかりに首を振っている

「そいつはな、おかしくなっちまったんだ、ここにくる前はそこそこ立派な人間だったらしいが…カエルムに手ぇ出したせいで 妻も子供も売り払ってこんなところに転がり込んで、救いようがねぇのさ」

「カエルムって…なんですか?」

「知らねぇなら知らねぇままでいな、人間でいたいならな…そしてもしその名前が出て来た時、出来るならそれと関わるな…俺から言えるのはそれだけさ」

おじさんはそう言うのだ、そいつとそいつの言うカエルムには関わるなと…恐らくこれは心からの忠告だ、きっとここでエリスがカエルムについて深追いしてもいいことはないのだろう…関わるなと言われて俄然興味が湧くほどエリスは子供ではない

「うがぁぁあぁぁ!苦しい!苦しいぃ!」

「そら、そのうち幻覚で右も左もわからなくなる、今のうちに逃げな」

「あ ありがとうござます、親切に」

「別に、こんな地獄で たまにゃいいことしたくなっただけさ」

いきなり自分の体を掻き毟り始めた男の脇を通り過ぎて、おじさんに一つ礼をする、いいことをしたくなったか…エリスはとてもゲンキンな性格だ、助けられると助けたくなる

「…私はディスコルディアと言います、困ったことがあれば…私を頼ってくださいね」

「…ふんっ、甘ったれめ」

そう言いながらエリスは袋の中からリンゴを取り出しおじさんに渡し立ち去る、おじさんは礼など言わないが せめてと思い、りんごを一つ…このくらいしか出来ない、これであのおじさんを助けたとは思えないが それでも気持ちだけ…

助けると言うのは難しい、助けようと思っても何も出来ないこともある…のっぴきならないこともある、納得したくはないが

騒ぐ男を置いてエリスは帰る、なにも出来ないながらに 出来ることをする為に


………………………………………………



デルセクト国家同盟群、中央都市ミールニア 絢爛豪華なこの街の中で一際大きな建造物が存在する

まるで天空を貫くように建てられた超巨大な一本の塔、緑の外壁が陽光を反射しまるでか翡翠のごとく輝く様から 通称か翡翠の塔呼ばれるものだ、この塔の頂上には かの栄光の黄金宮殿も存在しており…謂わばこの巨大な塔はまるまる魔女の所有物なのだ

そんな翡翠の塔の下層は、魔女を この国を守護するデルセクト連合軍の本部になっている

翡翠の塔と同じ緑の軍服に身を包み、最新の技術により作り出された錬金機構を備えた錬金銃砲を携えた軍人達が、日夜 この国の治安の為に戦っているのだ

「………」

翡翠の塔下層 連合軍本部の武器庫で 己の相棒 マスケット銃を整備する軍人が一人、青い髪を汚しながらも丁寧に一つ一つの部品を点検していくのは この連合軍に所属する軍人のメルクリウスだ

「これでよし…、今日も一日ありがとう 相棒、また明日も頼むよ」

今日一日 訓練と街の治安維持に尽力し 太陽が沈みかけるその時まで、一切手を抜くことなく仕事に携わった相棒を労わるように整備し 満足したように息を吐くメルクリウス、するとそんな彼女の後ろから 声が響く

「おーいメルク君、君も真面目だなぁ 銃の点検なんか適当でいいのにさぁ」

どことなくのっぺりした髪型と小綺麗な服装とは裏腹に不真面目そうな空気を漂わせる軍人…名前は確か デレク…私と同期の男だった筈だ、とメルクリウスは目もむけずに思案する、興味がない 彼は真面目に働かず銃の点検も疎かにしている、そんな軍人として失格なデレクに興味などカケラもわかない

「今日もまた夜遅くまで真面目に仕事をするのかい??、君はそれくらいしかすることないもんなぁ!あーっはっはっはっ!ちなみに僕は今日パパと食事に行く予定なのさ!」

背後のデレクは馬鹿にするように騒ぐ、メルクリウスが借金にまみれ 仕事しかすることがないのを知っているからだ、そういうデレクは何をするのか?、コイツは貴族の子息で大して仕事もできないのにコネで軍部に入ったボンボンだ 遊び半分で軍人やってるやつのことなどどうでもいい

いつもなら、大した返事も返さなかったが…今日は違う

「いえ、私も今日はもう帰ります」

「え?、珍しいな いつもならおそーくまで仕事してるのに、なんかあったのかい?」

まぁ、いつもは別に家に帰ってもすることがなかったから帰らなかっただけだ、だが そう今日は…というか今は違う、今は家に帰ったら楽しみなことがあるのだ、私にしては珍しく 早く帰りたいという願望さえ生まれつつある

「なんでもいいでしょう、ともかく帰りますので」

「なんだなんだ?男でも出来たかい?堅物のきみが恋愛かぁ?ひゃはははは!、君みたいなのに靡く男がいるなんて見る目がないねぇ!」

騒々しいデレクの方を見ずに、銃を抱えて走り出す…男か、そんなものではないが 早く帰る理由は言えない、とてもじゃないが言えない…まさか 年下の女の子に養ってもらっていて その子の作る晩御飯が生き甲斐になっているなんて

「じゅるり…」

翡翠の塔から走って帰る、お腹が空いた 、不思議だ 今まで空腹なんて感じたこともないのに…今は食事が楽しみなんだ、いつも家に帰って一人で暗い部屋に戻り 胃に押し込むように硬いパンをねじ込み硬い寝床で横になる、それしかすることがなかったのに…

「はぁはぁ…」

息を切らしながら落魔窟の道を走る、あと少し あと少し、家に帰るのが楽しみでしょうがない 、はっきり言って私は家が嫌いだった 、家の扉を開ければ暗い孤独しか待っていなかった それを認識するのが嫌だった…

けど、そう 今は違う…!、私の家が見えてくる 窓からは灯りが漏れている、それを見るだけで自然と笑みがこぼれる 家に待っている人がいる、これだけでこんなにも幸せになれるものか

ニマニマと微笑み、扉の前で 立ち止まり…一息整える、走って帰ってきたのがバレるのが恥ずかしいから、ふぅー…よし、落ち着いた…!

扉の前からでも感じる美味しそうな匂いを心から楽しみながら、ドアノブを回し…

「ただいま、エリス」

声を出し帰宅する、久しくやっていなかった習慣に懐かしさを感じていると、私の言葉に返すように こう帰ってくるんだ、いつものように…

「おかえりなさいませ メルクさん」

扉の前で待っていたのか、一人の執事が 一礼しながら迎えてくれる…


私の家には今、執事がいる いや詳しく言うなれば執事の格好 男装をした少女エリスと共に暮らしている、これが この子が私の帰る楽しみだ

エリスは私が助けた少女にして、志を同じくする仲間だ まぁ色々あってこうやって生活するようになったのだが、この共同生活というのが存外に悪くない むしろいい、こうやって家に帰るといつもエリスは私をドアの前で出迎えてくれる これだけで仕事の疲れが吹っ飛ぶんだから不思議だ

「今日も一日 お仕事お疲れ様です」

「いや、このくらいなんてことないさ」

そう言いながらエリスは自然な動きで私かの上着を受け取ってくれる、エリスは詳しく言えば執事ではないが、元々師匠の世話を焼いていたということもあり勤勉で真面目だ、どこで勉強しているのかわからないが日に日に執事としての動きを極めて行っている

いつも一人で寂しく行なっていた生活が一転、家に帰ると必要な全てはこの子がやってくれる…むしろ私以上によく、気がつき 私の与り知らないところで生活の質を向上させてくれている

「あ、髪が汚れていますね お湯も作っておいたので、また後で体を清めましょうか」

「え?ああ本当だ、君が教えてくれなければ明日までこのままだったな」

軍服はエリスが整えてくれる、体も彼女が洗ってくれる そこまでしなくてもいいというのだが彼女はいつもこういうのだ『私は執事ですので』と…フリでいいのに本当に執事として仕事をしないと気が済まないらしい

最初は年下の女の子に世話を焼かれる気恥ずかしさはあったが、彼女が執事になってから既に一週間経った、もう慣れたよ むしろ今ではエリスに全てを委ねつつある

「それでエリス、今日の晩御飯は何かな」

「今日はいいお魚と調味料が入ったので、お魚のソテーです」

「魚か、よくそんなもの手に入ったな」

「釣ってきました、ちゃんと魚と図鑑と照らし合わせて食べても大丈夫なものか確認してあるので、ご安心ください」

エリスの言葉を受けながらダイニングへ向かえば、そこにはエリスの言った通りホカホカの魚のソテーとサラダ そしていつものように柔らかく焼かれたパンが並べられている、エリスは はっきり言って料理が上手い

元々旅をして出先で様々な食料を加工してきた経験もあり、どんなものでも料理出来る…今日の料理だって元手は殆どゼロだろう、かかったとしても僅かな金はエリスが上手くやりくりしてくれている

私は親の借金のせいで はっきり言って貧乏だ、地上で生活出来ず 地下のボロ屋を買い取り、日々の生活は安いパンで賄っている程には金がない、つまり生活費は現状エリスが元々持っていた手持ちでなんとかしてくれている状態…そう 養われている

5歳も歳下の それもまだ10歳にもなってない少女にご飯を作ってもらって大喜びしてるんだ私は、…情けないと笑わば笑え、幸せだからいいんだ

「今日も美味しそうだ…早速頂いていいかな」

「当然です、頂きましょうか」

飽くまで私が主体だと言わんばかりにエリスは私がテーブルに着くまで待ってくれる、とはいえ私ももう我慢できん 早速頂こう、そう思いよく磨かれたナイフとフォークを取り…

魚に刃を入れる、や…柔らかい!ナイフから食感が伝わり 溢れる匂いで味が伝わる、食う前から美味い!こ こんなもの口に入れたらどうなってしまうんだ

「ごくり、…い いただきます…」

ソース滴る魚の切り身を持ち上げ、小さく分けた魚をゆっくりと口に運ぶ 舌の上に乗せれば良く染みた味が汁が まるで堰を切ったように溢れ出て、渦巻きそしてじんわりと広がる…、う…う…

「美味ぁ…」

幸せを噛みしめるように咀嚼する、美味い…というか 甘い、口の中に広がる魚の香ばしさの中に甘さがある、もはやどういう風に作ってるかさえ分からない 、ダメだ止まらない 

「喜んでくれたようでエリスも嬉しいです」

私の方が嬉しい、エリスのおかげで毎日美味しいご飯が食べれる、最初に出してくれたご飯も美味しかったが執事としてデルセクトを自由に出歩けるようになってからというもの、手に入る食材の幅が広がり、日に日に食のレベルが上がっているように思える

「はむっ…むぐ」

「…そろそろあの人も来ますかね」

そう言っていエリスはもう一枚お皿と料理を用意し始める、そろそろ?ああ…そろそろその時間か、最近になって あの人も来るようになったんだ…エリスの体内時計は正確だ、私が帰ってくる時間を逆算してホカホカのご飯を食べさせてくれる程度には

するとエリスの予想通り、私の家の扉が数度 軽いノックを奏で、返事を待たずにその人は軽やかな足取りで入ってくる

「おっ邪魔ぁ~!、今日も晩御飯ご馳走になりに来たわよ!エリスちゃ~ん!メルクちゃ~ん!」

バレエのような滑らかな足取りでダイニングまで飛んでくるのは私の恩師にして上司 ニコラスさんだ、エリスの作ったご飯を食べてからというものの この人も毎晩のようにエリスのご飯を食べに来ているのだ、まぁ 自分の食べた分のお金はちゃんと律儀に置いていくので家計的には問題はないのだが

「んふふふ、いいお酒貰っちゃったからここで飲ませてね?エリスちゃん」

「構いませんよ、今グラスを用意しますね」

「ニコラスさん…お酒くらい酒場で飲んでくださいよ」

上物そうな酒瓶に頬ずりしながらエリスがいつの麻痺か用意していた椅子に着く、この人はこの国では珍しく金に腐ってない軍人なのだが 、別の意味で腐っているのでとても立派な人とはいえないのだが玉に瑕た

「いやよ、アタシ酔うと男抱きたくなっちゃうし」

「いつもじゃないですか」

「ここなら男の人いないから存分に飲めるでしょう?、それにエリスちゃんの料理を肴にご飯食べられるしねぇ」

「ふふふ、ありがとうございます はいどうぞ、今日は川魚のソテーです」

「あら美味しそう!、アタシの持ってきた白ワインにぴったりね、それじゃあ頂きます」

そういうなりナイフとフォークで嫋やかに魚を切り、耳元の髪をかきあげながら一口 魚を口に含む、その一例の動作は相変わらず綺麗…というよりは性的だ、彼の動きは男女問わず魅了する…

ニコラスが男好き というのは軍内部でも周知の事実のようでいて、案外知らない者が多い…即ちいるのだ一定数、彼に好意を持つ女性が、そんな彼が私の家に出入りしていると噂が立てばニコラスさんに好意を持つ女性からやっかみを受けるのは私なんだがな、しかも面倒なことに彼に魅了された男からも嫉妬を食らう

まさしく美しさは罪だ

「あらやだ本当に美味しいわ、お店持てるわよエリスちゃん」

「ありがとうございます、ニコラスさん」

「しかもワインを注ぐ手際までいい…執事が板についてきたわね、もうどこに出しても恥ずかしくない執事になったわ」

「これもニコラスさんの指導のおかげです」

ニコラスさんがエリスに執事としての心得を教えていたのか、…しかしなんでニコラスさんが執事の心得なんか知ってるんだ?、まぁどうせ昔執事の恋人がいたとかそんなんだろうけど

「…さてと、美味しいご飯と美味しいお酒が揃ったことだし、しましょっか?作戦会議、今日はいいお話を持ってきたわよ」

ニッコリと微笑むニコラスのその言葉を受けエリスと私の顔も自然と引き締まる

作戦、というのはあれだ…暴走しているフォーマルハウト様と石化した魔女レグルスの救出の為、私が出世するとかいうあれのことだ…、魔女レグルスの石化を解けるだけの錬金機構を私が手に入れる為に出世する必要がある

んだが、出世なんてしようと思って出来ればどれだけ楽なものか

「その、ニコラスさん すみません…私も毎日仕事に励んでいるのですが、何をどうすれば出世できるのか、さっぱり分かりません」

「でしょうね、メルクちゃんは既に十分過ぎるくらい働いている、これ以上 出世するには手柄がいる…そこで、ちょうどいい仕事があるの」

「ちょうどいい仕事?」

「ええ、例の『カエルム』の製造工場を軍が押さえたらしいの、…近々そこに突入する大規模作戦が展開される手筈になっているの、当然メルクちゃんにも参加要請が出ているわ…そこで主犯格をメルクちゃんが捕らえれば 少なくとも軍内部で存在感は示せると思うわ」 

カエルム…か、遂に例の悪魔の薬の出所を掴めたか、出世云々抜きにしてもあの薬を潰せるのなら、それだけで励む理由になる

「カエルム…」

エリスが何か思うことがあるように、ポツリと呟く そうか エリスはカエルムを知らなかったな、この国を今 蝕む悪毒の事を、まぁ知らなくても当然だがな

「エリスちゃん カエルムっていうのはね、今この国に出回っている中毒性の高い薬物のこと、当然ながら国内で認可の降りてない非合法の薬のことよ、使えば忽ち天にも登る気持ちを味わえるから『カエルム』と呼ばれているの」

一度使えばそれに勝る快楽を見つけられなくなると言われるほどに カエルムは強力だ、発祥はアジメクのとある薬学士が作り出したとも言われている、その薬学士は例のアジメク魔女襲撃事件に際し死にはしたが…問題は製法が分かっていれば誰でも作れてしまうという点だ

「気持ちよくなるんですか?…なんだか怖いですね」

「ええ怖いわ、さっきも言ったけど 中毒性が強くて一度使えばもうそれ抜きじゃ生きていけなくなっちゃうらしいわよ、幻覚や幻痛に苛まれ 酷い時は発狂 そのまま死に至るケースも全然稀じゃないの、恐ろしい薬よ」

「…多分、その薬を使った人 地下でも見ました、エリスを見るなりカエルムを持ってるって襲って来て」

ああなるほど、…カエルムを使用した者はカエルムを手に入れる為ならなんでもする、どんな大金を払おうがどんな代償を払おうが カエルムを欲する、悪人はそこに漬け込み金を搾取し 搾り取れるだけ搾り取ったら地下に捨てる…

そんな事を繰り返しいるせいか、近年 落魔窟に落ちてくる人間の半数はカエルム中毒者という有様だ

「地下にもカエルムの中毒者は多くいるわ、カエルムのために全財産を使っちゃうから あっという間に地下行きになるの、あのお金大好きなデルセクト人が お金を捨ててまで薬に走るのよ?」

「怖いですね、治せないんですか?」

「治せたらどれだけいいか…でも無理なの、アジメクの治癒魔術の使い手なら或いは可能性もあるかもしれないけど…少なくとも現状禁断症状を抑える方法はカエルムの服用以外ないわ、中には借金をしてまでカエルムを手に入れようとする人もいるの」

「そんな…じゃあ地下に落ちて来た中毒者は…」

「誰も助けられない、残酷だけれどね」

ニコラスさんも沈痛な顔で首を振る、カエルムは人を破壊する 壊された人間は戻らない、恐ろしい話だ…だが、ショックを受けるエリスには悪いが本質はそこではない

「でもねエリスちゃん、本当に恐ろしいのはそこじゃないの…カエルムの使用者は未だ地上にも多く存在する事、そしてその使用者の殆どが富豪…つまり」

「つまり、今現在 カエルムを売りつけている犯罪組織はその富豪たちから莫大な金を搾り取っていることになる、この国は そんな悪人の収入源になってしまっているのだ」

今把握している限り 多くの富豪がカエルムを使用し快楽を得ている状態にある、それに留まらず 今もカエルム使用者は人数を増やしている、このままのペースではデルセクト全体にカエルムが広がり それを売りつけている犯罪組織にその全ての金が流れてしまうことになる

それはなんとしてでも阻止しなければならないと、我々軍部はカエルムの出所 もしくは組織の本拠地を探しているのだが…うまく言っているとはとても言えないのが現状だ

「……とんでもない話ですね、何より お金の為に他人を壊しても構わないというその性根が許せません」

「ええ、私もよ?…だけど軍部はそのカエルムの製造工場を遂に見つけることに成功したから安心して?、ここを叩けば国内に流れるカエルムを潰すことができる、出世もできちゃうし 一石二鳥よ」

ああ、ニコラスさんのいう通り…出世抜きにしてもこの国を食い物にしようとする外道を私は許せない、この作戦 なんとしてでも成功させねば…

すると、エリスが勢いよく立ち上がり

「メルクさん、その作戦 エリスも従者として参加します!、いいですよね」

珍しく 彼女は怒っているようだった、いやさっきも言ったが きっとカエルム中毒者をその目で見たのだろう、たらその怒りもまた妥当なものか…従者の作戦参加か あまり褒められたものではない…何より危険だ

「いいんじゃない?メルクちゃん?、実力のことを気にしてるならエリスちゃんの心配はいらないでしょ?この子はあの孤独の魔女様の弟子なのよ?聞いた話じゃあのアルクカースで一年も修行したんでしょ?、下手すりゃその辺の軍人よりも役に立つはずよ」

「はい!、エリスは誰にも負けません!無敵です!」

「…分かりました、確かに私が手柄を上げるため 何よりカエルムを徹底的に潰すには戦力は多いほうがいい、エリス …お前も当日作戦に参加出来るよう私がなんとかしておくよ」

「ありがとうございます!孤独の魔女が弟子エリス!、外道はこの手で潰します!」

一先ず仕事は決まった、出世や魔女様の正気云々の話は一旦忘れ、今は任務に就くとしよう…
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