孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

60.孤独の魔女と貪婪なる辺獄

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「もう旅立ってしまわれるのですね」

「ああ、そう何日も世話になっては悪いからな」

アリアの教会で一夜を過ごした我々は朝早くから馬車に乗り込み、出立の準備を始めていた、アリアは命の恩人にして大司祭様のお友達だからと私達を歓待してくれていたが、そう何日も好意にたかる程私達はゲスではない

それに急ぐ旅路でもある、デルセクトがアルクカースに宣戦布告するのはまだ猶予があるらしいが、何がどう転んで前倒しになるか分からん、知らないところで開戦してました なんて間抜けな話はごめんだ

「どちらに向かわれるかまだ聞いていませんでしたね、お二人はどちらへ?…デルセクトですか?それともアルクカース?、どちらも今はお勧めできませんが」

「デルセクトだ、所用があってな」

「なるほどなるほど、まぁ魔女レグルス様なら何も心配は要りませんか」

…昨日のうちから思っていたが、彼女…別に私が魔女だからって敬ったりはしないな、いやまぁ彼女が敬う相手は星神王テシュタルだけなのだろうが

「デルセクトに入国するなら、事前にこの国の中央都市であるシモンという街によって行った方がいいでしょうね、デルセクトは物価が高いですからね そこで補給をしてから向かうといいでしょう」

「シモン…だな、分かった」

「それちシモンに赴けばデルセクトがどんな国か分かると思いますし、…あそこはもう殆どデルセクト色に染められてしまっているので」

デルセクト色に?、よく分からないが物資を補給できる街を探していたのだ、中央都市ならば物資も潤沢だろうからな、そう思い頷けばアリアは軽く地図を描いてシモンまでの道のりを説明してくれた…うん思いの外近いな、馬を休ませる事なく走らせ続ければ昼頃には着くだろう

「ではな、アリア 世話になった」

「ありがとうございます!、またいつか会いましょー!」

「はい、お二人の旅路にテシュタル様のご加護があらん事を…」

そう言いながら私達に向け祈るアリアに手を振りながら我々は再び馬車を駆けさせホーラックの平原を走り抜ける、アルクカースと違い魔獣は穏やかなこの国の陽気は非常に気分を落ち着かせる

エリスも久しい緑の景色に毎日楽しそうだ、…これなら落ち着いて修行に取り組めるな

「ふぁぁ~~…」

思わずあくびが出てしまう、呑気だ…とても平和で何もないということは即ち退屈ということだ、闘争本能を持て余し暴走したアルクトゥルスの気持ちが少しわかる

しかし、…何もないこの時間を退屈と感じる日が来るとは、空虚な八千年を過ごした私には退屈も何もなんてことない事のはずなのに、ここ数年でいろいろなことがあり過ぎたんだろうな…きっと

「師匠、次の街に寄ったらインクを買ってもいいですか?デティに連絡する為のインクが切れてしまって」

「ああ、構わんよ 金は潤沢にあるからな、多少の無駄遣いはなんともない」

そうだ、私達の懐にはそりゃあもう結構な額の金がある、アジメクでスピカから貰った分 アルクトゥルスが支援としてくれた分、そしてラグナが継承戦のお礼にと私個人にくれた分、全部合わせれば数えるのが億劫になるくらいだ…多分私が今この場所に豪邸を建てる!といっても罷り通るくらいには持っている

これだけあると使い道を考えてしまうが、別に金があるから何かしたいということはない…毎日豪勢なご飯を!と言っても旅の身の我々には無縁だし、何より各地でシェフの味を盗んでいるエリスの方がその辺のシェフより腕がいい

「それと、魔獣の肉を食べられるようにするお酒やハーブ…調味料なんかもあるといいですね、包丁はアルクカースでいいやつを買ったし…他に何か必要なものはあったかな」

…そうだな、さっきエリスの料理の腕がいいという話はしたが 、腕だけじゃない 各地でいろいろなものを経験したエリスの技能はどれも一級品だ、本当になんでも出来る段階に入りつつある…こんなエリスがメイドにでもなったら すぐさま一流のメイドとしてやっていけるだろう

「悪いな、何もかもやらせて」

「いえ、エリスはエリスに出来ることはなんでもやりたいので」

下手したらもう、エリスは一人で旅ができるかもしれない…そう思う日もあるくらいだ、私がいなくてもやっていけるだろうな、まぁ まだ修行が途中だからほっぽり出すつもりはないが

…なんて、ボケーっと平和に過ごしている間にも、ホーラック中央都市シモンの影が見えてきた…

……………………………………………………

かつんかつんと音を立てて塗装された石畳を歩く私とエリスは、綺麗に整えられた街並み…中央都市シモンの綺麗な街並みに少し圧倒されていた

「ここが…シモン、中央都市…結構栄えてますね」

「見てくれだけだ、ああおい あまりキョロキョロするなよ」

なんていいながらキョロキョロと街中で視線を移すエリスに注意する、別に周りを見るくらいいって?それがそういうわけにもいかないんだ…そうだな、まず説明するならこのホーラック…そして中央都市シモンの話からだな

…ホーラック王国 別名 『物作りの国と』呼ばれる国だ、さまざまな物を作る職人が集うと言われる国であり 彼方此方に工房が点在する、家具や調度品 装飾品から食品まで色々だ、唯一武器などを作っていないのはお隣に武器大国のアルクカースがあるからだろう…あっちには勝てないしな

まぁ何はともあれ、色々作ってる…だが  色々作っているのは何もこの国が物を作るのが好きだから…なんて可愛い理由ではない

作る理由は金のため、作っているのではなく作らされている、物作りとはいうがその作ったものは国内に一切普及しない 全て輸出してしまうか観光客に売ってしまうから、何故そこまで金に固執するのか?

答えは単純、この国は隣国デルセクト国家同盟群に多額の借金を負っているからだ

数十年前未曾有の大災害…洪水とそれによる飢饉だったか?…に襲われたホーラックは、あわや国家としての体裁が瓦解する寸前にまで落ちぶれたことがある、その時資金提供してくれたのがデルセクトのとある王族だったと言う

デルセクトが手を差し伸べてくれたおかげでホーラックは壊滅を免れ、飢え死ぬところだった国民の大多数は助かった上に、あっという間に街も元に戻った…がしかし、デルセクトはホーラックが復興したと見るや否や 貸した金を返せと言い出してきた

あれは提供ではなく借金だと、復興を終えた国王にそんな書状が届いたという…しかし復興したとはいえマイナスがゼロに戻っただけ そうだ、ゼロなんだ 国庫もカラだし蓄えもない、故に返せない

なら踏み倒すかといえばそれもできない、相手は魔女大国…怒らせれば何が起こるか分からない、だから国王はもともと手先が器用だった国民全体で物作りを始め 国を挙げての借金返済に乗り出した…

これがこのホーラックが金に汚い物作りの国になってしまった経緯だ、物を作って売ってを繰り返しているうちに国の資源は枯れ果てて 材料をデルセクトから輸入し作った物をデルセクトへ輸出する なんて負のサイクルも出来てしまい返済は遅々として進まない…

そんな経緯もあってか今のホーラックは非常に余裕がない、街の見てくれはいいが 国民は疲弊し飢え始めている、みんな生きる為に必死に稼いでいる


その為、ここの国民…特にシモンの街人は金ヅルとなる旅人や観光客に目敏い、変にキョロキョロしたりしたら直ぐに周りの店の人間が寄ってきて あれよあれよと言う間にあれこれ買わされてしまうのだ

「お!そこのお姉さん!綺麗だねぇ!うちの宝飾品見ていかないかい?、どれも姉様の為に職人が一から手作りした品で…」

「………………」

「お姉さん!どうかな!、こちらの本!コルスコルピから仕入れたばかりの新作だよ!」

「………………」

故に無視、無視に限る ここで変に興味を示してはいけない、街の人間に『ああコイツは金にならないな』と思わせなければならない、いくら金があるからと言って無駄使いしていい理由はない

「………師匠…」

エリスが不安そうに私の裾を掴む、この街の…妙に鬼気迫る客寄せが少し怖かったのか、私にひっついてくる…それでいい 変に動くなよ、動かなければほら…街の人間も我々がカモにならないと理解して離れていく

「こう言う空気は初めてだな、エリス」

「はい、…なんていうか ここの人たちは物を売ることよりもお金を手に入れることの方が大切みたいに見えて、少し怖いです」

「それも商売の一つの形だ、金銭に対する欲を否定しては商いは成り立たないさ…だがまぁここの連中は少し行き過ぎているがな」

困窮とは欲を生む 欲とは炎のように燃え盛り、やがて熱となって周囲に伝播する、その熱がエリスは怖いんだ…彼らの放つ圧倒的な熱量が

今になってアリアがここらでは宿が取れないと言った理由が分かる、こんな街で宿をとったなら どれだけ金を取られるか分からない、呼吸するだけでチップを要求されるかもしれんしな…この街には長居はしたくない、適当に必要なものだけ買ってとっとと退散しよう

「わぁー!凄い!本当に物作りの街なんだ!凄いたくさんお店がある!」

「しかもこれ全部安いよ!いやぁ流石職人の街だなぁ」


「ん?…」

私達の隣を無知そうな男女が横切る、口調的に旅行に来た者か?、…いやしかし多いな 旅行者が、この男女だけじゃない この街は旅行者であふれている、しかし非魔女国家たるこの国には魔獣も普通に出るし…あんな旅慣れしてなさそうな連中がどうやってお気楽な諸国漫遊を…

「さっきの汽車といい、やっぱりデルセクトって凄いよね」

「ああ、金持ってるだけはあるよ」

するとまた別の旅行者の言葉が耳に入る、……キシャ?なんだそれは?聞いたことがないな、感じ的に馬車のようなものなのだろうか …しかし一体

「はぁ…おっと失礼」

「あ?、ああ…私も余所事を考えていた、すまないな」

なんて聞き慣れない言葉を聞いて考え込んでいると、前から歩いてきたやつれた男と肩がぶつかってしまう、しまった そう思い目を向け謝罪をするが男は軽く会釈をするなりポッケに手を入れ歩き出して…

「…ところで、君は私の金を持ったままどこへ行くつもりだ?」

「え?師匠?」

私にぶつかり そのまま立ち去ろうとする男に声をかける、金を持ってどこへ行くのだと…なんてことはない、スリだ…ぶつかった拍子に懐に入れてあった袋を取って行ったのだ

無警戒な観光客とでも思ったか?、この私が懐に手を突っ込まれて気がつかないわけないだろう、余所事考えてたから取られるのは防げなかったけどさ…

「な…なんのことですかい?」

「この状況で惚ける図太さは認めるが、事を荒立たせなくなければ大人しく返すのが一番だぞ」

「お…俺は…俺は別に何も」

「ここでスッとぼけても意味はないと思うが?」

私に声をかけられてなお惚ける男だが…真昼間の往来で言い合いをしていれば衆目を集めるのは必然、周囲の観光客や街人達の視線はなんだなんだと男に集まり始める

こいつ、素人だな …熟練のスリは事を荒立たせる前に瞬く間に物を返して逃げていくからな

「うっ…俺は、俺は…ぐっ!うるせぇっ!こ…こ…殺すぞ!」

「…穏やかではないな」

すると追い詰められた男はナイフを取り出し叫び散らす、益々素人って感じだな…というかそもそもこういう悪事に慣れている様子はない、だがどんな事情があるにせよ スリはスリ悪事は悪事 犯罪は犯罪だ、許す謂れはない

「あの、やめておいたほうがいいですよ…」

「うるさい!、黙ってろ!…もう俺にゃこうするしか道がねぇんだよぉっ!」

エリスが男を気遣って声をかけるが、聞く耳を持たず屁っ放り腰でナイフを振り回し始める、…正気じゃない上に錯乱している、こういう男は何をしでかすかわからん というか既にもうしでかしている、仕方ない止めるか

「おい、落ち着け そんなもの振り回しても状況は悪化するばかりだ…一旦落ち着いて話を」

「ヒィッ!よるなぁっ!」

私が一歩、近づけば男はより一層悲鳴をあげ ナイフを私に向け突き出してくる、男は屁っ放り腰とはいえナイフはナイフだ 人の肌など容易に切り裂き命すら刈り取る事もある、そんな鋭く光るナイフが男の手により私の胸に深々と突き刺さる…

…ことは当然ながらない、寧ろ私に触れた瞬間ナイフが弾け飛び その衝撃で男が吹き飛んでしまう程だ、アルクカース人の渾身の一撃でさえ弾き飛ばす魔女の肌があんな果物ナイフで切り裂かれた大笑いだ

「な…ナイフが、あ あんた達何者…」

「さぁ…なんだと思う、考える時間をやるから存分に考えろ、貴様が盗みを働いた相手が誰なのか そしてそれを怒らせたらどうなるのかを」

「ヒッ…か 返すよ、分かった!悪かった!だから…だから命ばかりは!」

私がちょいと脅しをかければ男はその場で蹲り丸くなるように謝りながら懐から袋を取り出す、私の金の入った麻袋だ…全く 最初から大人しく返せば良いものを、そう思い 黙って差し出された麻袋を取り返せば…

「あぁ…、こ これで俺もおしまいだ…もう金を返せない …金が返せなけりゃ…おしまいだ、全部おしまい…」

そう譫言のように呟くのだ、…聞いて欲しげな物の言い方は気に食わんが 仕方ない、ここは聞いてやるか…懐に金を戻し目の前で蹲る男へ声をかける

「おしまいとはどういう意味だ?、借金でもしてるのか?」

「あ…ああ!、俺は一つ店を持ってるんだが経営が悪化して…それでデルセクトの金貸しに借金しちまったんだ!、あのアレキサンドライト家のソニアに…!やめりゃあよかった あんなところに金なんか借りるの…今日金を返せなけりゃ俺は…俺は!」

私が声をかけたと見るや否や私の足に縋り付きながら涙ながらに叫ぶ、助けを求めるように、しかし借りたのも首が回らなくなったのも自分の責任だ、剰えその果てに私からぬすみをはたらこうとして…それで助けてくれはないだろう

「…アレキサンドライト?、とにかく落ち着け まずは…」

「ああ!あの鬼女だ!、ハメられたんだ俺は!アイツのクソみたいな性的趣向を満たすためだけに…俺の人生はアイツに潰される…!、助けてくれ!金を貸してくれ!すぐに返せる!すぐに…」

「しかしそれは……」

「そこまでだ、その男だな 盗みを働き街中で暴れたという男は」

すると私と男の会話を止めるように、鎧姿の兵士達…憲兵か?、それが数人現れて目の前の男の体を引っ掴み無理矢理引き起こすのだ

「や やめてくれ!やめてくれ!」

「やはり切迫詰まってロクでもない事をしでかしたな、連行しろ!」

「いやだ!いやだぁぁっ!『落魔窟』は…落魔窟だけはいやなんだ!」

ジタバタと暴れる男の脇を掴み、衛兵はどこかへ引きずっていく…街中でちょいと暴れたスリに対してはやけに対応が激しいな、それにあの男が暴れてから衛兵が来るまで速すぎだ、まるでこいつをどこかで監視していたみたいな…

「おい、お前達」

「ん?、ああ?なんだ?私達か?」

男の悲鳴が聞こえなくなるあたりで、一人の兵士が私達の方を見て…いや見てなんて可愛らしいもんじゃないな、ギロリと睨みつけながらこちらへ向き直る、その手は腰の剣に置かれておりどいつもこいつも穏やかじゃないにもほどがある

「あの男から何か聞いたか?」

「…アレキサンドライト家がどうのとか、人生がおしまいとか…な?色々言っていたぞ、あの男はどこへ連れて行かれるんだ?、牢屋で一晩反省…なんて雰囲気じゃなさそうだが?」

「そうか 色々聞いたか、奴め余計なことを…、お前達も命が惜しければ首を突っ込まないことだ、アレキサンドライト家についても 奴の行き先についてもだ」

衛兵は冷淡に語る、注意ではない 警告だ…先ほど連れて行かれた男のことは忘れろと言わんばかりの物言いに、ちょっとムッとする、いやまぁ私は関係ないかもしれんが 結果的になんともなかったかもしれないが、金を盗まれ刃物を向けられたんだぞ?詳しい事情の一つくらい聞かせてくれてもバチは当たらんのではないか?

「いきなり巻き込まれ なんの説明もなしとは随分不親切な奴等だな、私には知る権利がないと?」

「その通りだ、言っておくが親切心で言っているんだぞ?、あの女に関わらず生きていけることそのものが幸運なんだ、その幸せを自分から放り出す必要はない」

それだけ言い残すと兵士は踵を返し、立ち去っていく…本当に何も話さないのだな

しかしあの借金にまみれた男の言っていたデルセクトの金貸し アレキサンドライト家か、関わるつもりはないが、名前くらいは覚えておいた方がいいかもしれん、どの道我々はデルセクトに向かうのだから

「師匠、あの男の人助けなくていいんですか?」

「…助けられん、という方が正しいだろうな …そりゃあここであの兵士をぶちのめしてあの男に我々の持つ金貨なりなんなりを渡せば解決するだろう、その場はな…だがそれ以降変化がなければあの男は結局同じ道を辿ることになる、じゃあ根本的に解決するにはどうしたらいいかと問われれば何も出来ない、我々には助ける術はない」

エリスは不安そうに消えていった男を見て震えている、…そりゃあ助けられたらよかったかもしれんが、だが実際はそうも行かん …エリスは割り切れんかもしれんがな

それともあの男と自分を重ねているのか?、人生の岐路に立たされた時 私に助けを求めて助けられたエリスと助けられなかったあの男を、だがあの男は自分から地獄の釜を開いたんだ 生まれながらに地獄の底にいたエリスとは違う…と 私は自分勝手に思うのだ、これは私のエゴなんだろうがな

「エリス、これから旅を続ける限り 生き続ける限り、力を持つお前の目の前に多くの助けを求める手が伸ばされるだろう、その全てを助けられるなら一番だが実際はそうも行かない…お人好しが過ぎて破滅した者も少なくないしな、だから今後 お前は何度か見捨てる機会に遭遇するやもしれない」

「見捨てる…ですか?」

「ああ、中にはどうやっても助けられん者もいる、そんな人間にかまけている間に本当に助けられる人間まで失っては元も子もない、だから 選ぶのだ…多く伸ばされる手の中から 本当に引き上げられる者だけを」

「残酷じゃありませんか?それは」

「残酷だとも、だから考えて悩んで選ぶんだ…人を助けるということは軽率に行ってはいけない、助けないなら涙を飲んでも助けない 助けたからには最後まで助け切る…、この選択を行うこともまた力ある者の責務だ」

これこそが正しい人助けのあり方!なんて大それたこと言うつもりはない、エリスの言う通り私のやり方は残酷だろう 一を助ける為に多から背を向ける行為は褒められたものじゃない、だがこれは私の価値観だ

私は価値観に則ってあの男を見捨て エリスを助け育てている

「師匠も見捨てたことがあるんですか?、今回以外にも」

「ああ、私が助けた人間の数など見捨てた人間の数に比べればカスみたいなもんだ、私を尊敬してくれた者を私と肩を組み笑った者を…私が最も愛する者さえも、見捨ててきた 他を助ける為に…」

「そうですか…」

エリスは俯き、自分の小さな手を見る…その小さな手で 一体どれだけの人間を助けられるか悩んでいるんだろう、どれだけ強くなっても人間は一人 助けられる人の数など限られている、…いつかその事実に絶望する日も来るかもしれないが…それでも折れるなよ

折れたらもう誰も助けられない、誰も助けられなくなったら 見捨てた意味がないからな

「…さて、いくぞ とっとと買い物をして、こんな胸糞悪い街を出よう」

「はい、師匠…」

エリスの肩をそっと抱き、踵を返し歩き出す 周囲を見れば…もうあの男に興味を示す者などおらず、誰もいなかったかのように 何もなかったかのように、街はまた賑わいを取り戻していた…何人あの男のように消えたのだろうな、そんなこと気にする人間はもしかしたらこの街にはいないのかもしれない

………………………………………………

そのままシモンの街で買い物を済ませて我々はこの街を後にすることとなる、アリアはデルセクトの物価は高いからここで買っていけていっていたが、ここもまぁまぁな値段だったぞ明らかに他より高かった

それに一度買い物をすると他のものまで買わせようと食い下がってくるし、終いにゃエリスの腕を掴んで逃すまいと食いついてきたのでちょっと脅かしてやった…ちょっとな

そうして街の外に停めてある馬車に荷物を積んでいると 金をくれたら積荷を手伝うなんて者まで現れもうウンザリだ、だがコイツらもさっきの男のように金を稼がねばならない状態に追い込まれているのやもしれんな

試しに『私はアレキサンドライト家の者だが…』と口にした瞬間悲鳴を上げて逃げられた、まるで鬼や悪魔でも見るかのように目で見られながらな、金貸しとは聞いたが…どうやらかなりの悪徳なようだ

「なんなんでしょうかね、アレキサンドライト家って…お金貸してくれる人なのになんでそんなに怖がられてるんでしょうか」

「さぁな、やり口が悪辣なんだろう…金のない人間をハゲタカのように嗅ぎ分け 食い物にする、怖がられて当然さ、特にこんな風に余裕のない街ではな」

アレキサンドライト家がどんな物なのか分からんが、少なくともそいつらにとってこの街は格好の餌場と言えるだろうな…まぁどの道私には関係ないがな 金貸しは金を借りるから怖いのだ、金ヅルにならなければ向こうも構ってこないだろうし

「さて、ではそろそろ発つか…アリアに聞いた話では、この街から国境はそう遠くはないらしいしな、今から出発すれば そう遠くないうちにデルセクトにつけるだろう」

「はい、師匠!出発しましょー!」

おー! と勇ましく掛け声をあげるエリスに倣い、二人で馬車に乗り込みさぁこれから出発だと意気込んだところで、我々の威勢のいい掛け声は轟音 爆音轟く地鳴りによって掻き消され…

「ッッ~~~!!??たなな なんですかこの音!?魔獣ですか!?魔獣なんですか!?」

なんて叫ぶエリスの声さえ いきなりこの場に轟いた大音量の地鳴りによって掻き消される、耳をつんざくような大音に思わず私も耳を押さえて顔を歪める…なんだ なんなんだこの音は、今まで聞いたどの音にも部類しない甲高い音と多足の魔獣が地を這うようなガタガタという音…これは

咄嗟に馬車から身を乗り出して周囲を見る、音の元が何かは知らんが これ程の音を撒き立てる存在がもし魔獣だというのなら、大変なことに…なんて警戒していると 街の影から何かが突き出てくる…、鈍く輝く金属の筒?車輪が付いていて頭についた出っ張り…あれは煙突か?それからもうもうと煙が湧き出ている

そして何よりも驚くべきことに、あんなに大きく鈍そうな見た目をしているのに、信じられないスピードで大地を這ってグングン加速し進んでいくではないか、どうやらあれが音の正体だろう 甲高い音は奴が出した音 地鳴りは奴が進む時の音…

なんて、音の正体は分かったものの音の正体の正体がわからん…なんだあれ、よく見れば後ろの荷台みたいなのに沢山人が…

「ああ、…あれが 汽車…という奴なのか?」

そういえば街の観光客がデルセクトの汽車がどうのこうのといっていたが、なるほど あれで移動して来たのか、あんな大きな乗り物があるのなら確かに旅慣れしていない人間でも安全に…そして迅速に移動することが出来る、デルセクトにはあんなものまであるのか…いや技術の発展した国と聞いてはいたが …アジメクやアルクカースよりも進んでるどころか百年二百年先の技術じゃないか?あれは

「うぅ、行きましたか?…凄い音ですね師匠」

「ああ、それに見たことないものだった…あれはおそらくホーラックや周辺の国々を走る乗り物だろうな」

「あんなおっきな乗り物初めて見ました」

「私もだ、いや魔力を用いて物を動かし それに乗るという発想は昔からあったが、動かす物の質量が大きくなればなるほど使用魔力が大きくなる…という法則のせいで上手くいかなかったんだ、…あんな大きな車を動かすなんて 一体どれだけの魔力が必要になるんだ」

「あれ魔力で動いてるんでしょうか?」

「?…そうだろうきっと、魔力以外のものであんな巨大な物を動かせるとは思えん」

とは言うがエリスはあまり納得していないようだった、…んー これは私の方が間違えているかもな、私達は魔力第一主義の時代を生きた魔女だから魔力以外の力学を知らん…、技術が進めば進むほど私達の価値観は置いてけぼりを食らうことになるだろうな

「師匠…エリスあの乗り物乗ってみたいです」

「私達には馬車があるだろう、確かにあれに乗ればあっという間にデルセクトに着くだろうが ここでこの馬車を置いていくわけにもいくまい」

「うぅ、確かに…」

エリスは残念そうだ、こう言ってはなんだが私も残念だ…馬車が無ければエリスを抱えて直ぐ様乗りに行ったのだが…、しかし馬車を抱えてあれに乗り込むわけにもいかない、それに金の亡者溢れるこの街に置いていくのもアレだ、ここはぐっとこらえて

「気を取り直していくぞ、なに…デルセクトの中に入ってからまた機会を見て一緒に乗ろうじゃないか」

「なるほど!、確かに!楽しみです!師匠と一緒に乗るの!」

「ああ、楽しみにしていてくれ」

ふっ、相変わらずエリスは可愛いな…軽く頭を撫でてやれば、そのまま再び馬車を駆る…

しかし、気になるのはあの技術力…オルクスは以前 『魔女はこの世界の技術力を抑え常に一定に保っている』と言う話だっだが?、それにしてはデルセクトだけ技術力が進みすぎじゃないか?それともフォーマルハウトには技術を抑えるつもりがあまりないのか?

だとするなら…八千年分の技術の積み重ねが デルセクトにはあるとするのなら、我々のみたことのない 未知の技術や道具で溢れているかもしれないな、デルセクトは

一体どのような世界なのかというほんの少しの恐れと、未知への大きな期待を孕みながら、馬車の車輪はカラカラと音を立て走り出す 、目指す国はもう目の前だ…


……………………………………………………………………

ここはデルセクト同盟国家群…、数十の国が魔女の庇護下に入るため寄り集まり、群でありながら巨大な個を為す異質な大国、故にこの国において国王とは頂点ではない上に決定権も持たない…何十人もの国王達が一堂に会し 議会を以ってして国を運営しているのだ

「……………………」

デルセクトの中央都市 黄金都市ミールニアの中央に聳え立つ『翡翠の塔』、その内部にはデルセクト各地の領地を持つ国王達が集う議会場が存在する、薄暗く厳かな議会場には…その中央に設置された巨大な円卓の外周を沿うように 絢爛な装飾を見に纏った者達がズラリと並んでいる

…皆、ここにいる皆が皆 一個の国を持つ国王なのだ 皆軍を持ち国を運営し莫大な金を持つ王族達なのだ、一人一人が非魔女国家を遥かに上回る国力を持つ同盟に属する国王達が揃い踏みする

しかし、皆力を持つ国王だと言うのに偉ぶる者は一人としていない、皆 口を一文字に結び虚空を睨んでいる、…そうだ 彼らは王だがこの同盟群の中では頂点ではない、特に議会場では一介の同盟員でしかない 

国王達とはいえ、同列ではないのだ…この国はでは王族の血などで優劣は決まらない、上下を決める条件はただ一つ 財力、そしてこの王達の集いで一層絢爛な輝きと他を圧倒する力を持つ者が五人…数多の王のさらに頂点に立ち存在達

「相変わらず色素が暗くて味気ない場所だこと、妾には似つかわしくない場所だこと…妾を招くならもっと絢爛にしなくては、そうは思いません?皆サマ」

歴史ある厳かななるこの空間を辛気臭いと言ってのけ 真っ赤な髪をたなびかせるのは、濃い化粧と燃え盛る火炎のような口紅 そしてそれに負けない赤いドレスを身に纏った一人の婦人だ

「まぁ、皆様のような辛気臭い色合いの方々にはお似合いでしょうが…ほほほ」

彼女は扇で口元を隠し周りの王族を見下す笑う それでも尚、他の王族はなにも言わない…言い返せない、王として 彼女の方が遥かに格上だから

「このセレドナに任せていただければ、妾や魔女様に相応しい赤で この国を染め上げてあげると言うのに」

彼女の名はセレドナ、セレドナ・カルブンクルス この国で五本の指に入る財力と権力を持つ五大王族が一角、別名 紅炎婦人のセレドナ…魔女から直々に『紅玉』の名を賜ったこの国最高権力者の王族でもある彼女の怒りの炎に晒されれば、雑多な王族など瞬く間に闇に消し去られてしまう

「うっせーぇなぁ、厚化粧ババァのクソみてぇな趣味に任せりゃこの国はあっという間に世界の笑われもんだろうさぁ!、現に…この場でも笑われもんなんだからよぉ!」

「なっ!?ザカライア!…小僧が何を生意気な」

そんなセレドナを馬鹿にするように笑う一人の男…二十代前半近い都市若さでありながらその風格はまさに王其の物 そんな存在がかのセレドナを無謀にも笑うのだ

この国を屈指の王族である彼女を笑えば どんな王族も直ぐさま領地を没収されてしまう、それだけの権力を持つセレドナを笑えるのは 彼女と同じ五大王族だけだ

緑の髪と 鮫のようにギラリと並んだ牙、凶暴そうな見た目と同じく凶暴な性格、デルセクトのベオセルクとの呼び声高き彼の名はザカライア・スマラグドス、別名を翠龍王のザカライア…魔女様から『翠玉』の名を貰った彼の横暴な態度を咎められる存在はいない

「やめよう二人とも、今から議会なんですよ?我ら一致団結して魔女様の為により良い話し合いを行わなければならないのに、それなのにこんな…」

セレドナとザカライアの間に割って入るように咎める優男、あまりにも美しい顔立ちと嫋やかな立ち姿はまさしく優美、彼は青い髪を揺らし目の前の争いを見て儚げにも涙を流す…

「ハッ、性欲大王レナードがなんか言ってら…テメェこそ議会前に女抱いてんじゃねぇよ!、股間が乾いたら死んじまうのかよテメェは!」

「ア…ハハハ、言葉には気をつけてくれよザカライア、配下の兵士を痛めつけて弄ぶ性的倒錯者に言われたくないな、ははは…」

しかし儚げな態度も一瞬で崩れ、ザカライアの言葉に青筋を浮かべた苦笑いと共に言い返す、彼の名はレナード・サピロス…魔女から『蒼玉』の名を戴く五大王族の一人、別名を蒼輝王子のレナード

その輝く相貌と圧倒的財力権力を以ってして多くの人間をベッドに連れ込み回っているとの噂が立つ男でもある

「ええい!やかましい!、余の眼前でピーチクパーチク囀るな、どいつもこいつも目くそ鼻くその分際で…余の耳を騒がせるな!」

「ワリィワリィ、ジジイの耳にゃ遠くて聞こえてねぇと思ってたわ」

そんな目の前の大騒ぎを見て怒号をあげるのは白い髭と輝く王冠を被った一人の恰幅のいい老人、名をジョザイア…金剛大王のジョザイア・アルマース、魔女から『金剛石』の名を戴いた彼こそが 五大王族最大の王…つまりこの国で最も頂点に近い存在とも言われており、その権力 財力 影響力は魔術導皇にすら並ぶとさえ言われている

「小僧が…、おい ソニア…貴様も素知らぬ顔をしておらんで、奴らを止めぬか…余の手を煩わせるな」

「え?、私ですか?…そんな私にはとても皆さんを止めるなんて」


そんな中、五大王族達の争いを見てただ一人傍観する女が一人、赤い髪に緑のメッシュが特徴的な気の弱そうな糸目の女、ソニア…と呼ばれた彼女もまた五大王族の一人だ

ソニア・アレキサンドライト…魔女から『金緑石』のを戴く別名 双貌令嬢のソニア、幼くして父を亡くし 若くして才気を現し 最近では五大王族の中でも随一の勢力を誇るにまで成長、その勢いは金剛大王ジョザイアに迫るほどの勢いだとも言われている

「よく言うぜ、裏で散々悪どいことやってんのによ、その気になったらいつでも俺たちなんか潰せるんじゃないか?」

「ええ、ホーラックの方じゃあ貴方 …悪魔のソニアとして名が通ってるようじゃありませんか?、流石 国一つ金づるにするアレキサンドライト家は違うわねぇ」

「そんな…!、私はただ 家の為を 国の為をと、必死に役目を果たしているだけなのに、確かに行いは善ではないかもしれませんが…それでも私も今は亡きお父様も助けてくれと言われたからお金を貸しただけです、罵られる謂れなんて…」

くすん と鼻を鳴らし俯いてしまうソニア、しかしそんなソニアに手を差し伸べるものも慰める者もいない、この場にいる全員が 互いに互いを早く死んでくれと言わんばかりの目で睨みつけている、同盟はただ形だけ その関係の中に情なんて物はない、ただただ魔女という言葉だけが彼等をつなぎとめている状態だ

「…いい加減にしろ貴様ら!」

そんな中、議会場の最奥の扉が勢いよく開かれるとともに、王族達を叱り飛ばす声が聞こえる、それは黄金だ 黄金の輝きを持つものが議会へと入ってきたのだ…

「この翡翠の塔は魔女様が居城!そこで言い争うなど無礼千万!、…弁えろよ ここにいる限り貴様らは王でも女王でもない、我ら等しく魔女の下僕に過ぎないのだ…下僕が燥ぐな」

漆黒の髪と黄金の鎧を輝かせるのは一人の女騎士、騎士風情が何を偉そうにと怒鳴り込む者は一人としていない、五大王族でさえ冷や汗を流しながら黙りこくってしまう、当然だ 彼女は騎士は騎士でもこの国唯一の魔女直属の騎士にして、このデルセクトに存在する軍部全てを統括する存在 デルセクト国家同盟群最強の名を持つ者

名をグロリアーナ・オブシディアン 、一介の騎士でありながら『黒曜』の名とともに五大王族と同格の権限を魔女より与えられたグロリアーナの登場により 議会は凍りつく

何せこの議会場という場において彼女は絶対の権限を持つ『議会長』なのだ、彼女の判断は即ち魔女の判断、彼女の怒りは即ち魔女の怒り…それを目の前にして恐れぬ愚か者など…

「下僕だぁ?、勘弁しろよ 魔女様の足にキスして喜ぶ奴なんざテメェくらいしかいねぇっての」

…いた、一人いた 翠玉の名を持つ五大王族 ザカライアがグロリアーナに向けて、唾を吐きかけたのだ、彼は己より偉いものが嫌いだし 己より偉そうな者も嫌いだ、五大王族の一人として生まれながらにして万民を平伏させ続けた彼にとって 上から目線の叱咤程許せないものはないのだ

「………ザカライア・スマラグドス」

「あ?…ひッッ!?!?」

刹那、軽くグロリアーナが虚空で手を薙ぐと なんとザカライアの座っている円卓が真っ二つに裂け 後ろの壁まで切り裂き、彼の頬に一筋の切り傷を作る…剣を振るったわけでもない 魔術を使ったわけでもない、ただ手を払っただけ それでザカライアの周囲に不可視の斬撃が飛んだのだ

「…貴方のその態度はアルクカースのベオセルク王子の真似ですか?、ならやめておくことをお勧めしましょう 貴方とあの王子では器量と実力に差がありすぎる、貴方では程度が低過ぎて相手にもならないでしょう」

「う…うるせぇ…よ!、くそっ」

次は貴様の首を飛ばす と言わんばかりのグロリアーナの視線に思わず顔を青くするザカライア、…器の小ささか知れるというもの、無礼なザカライアを黙らせたグロリアーナは粛々とした静寂の中 一人円卓の中央、一際豪華な椅子へと座る

「おほん…、では定例の議会を始めます、いつものように皆の領地運用や収支などの報告と 魔女様への申し立てがあれば聞きますが」

グロリアーナが咳払いをしてそう言えば、一つ 静かな議会場に手が上がる、誰よりも率先して手を挙げたのは 五大王族の一人ソニアだ

「ん?、ソニア・アレキサンドライト…貴方が率先して意見を言うなど珍しいですね、なんですか?」

「はい、…実は私が管理しているホーラックのシモンという街で先日 借金を返さない債務者を確保したのですが、その際 私の部下が見かけたと言うのです」

ソニアは一人立ち上がり、グロリアーナへと申し上げる、ソニアの父がホーラックが大災害に襲われた際 金を貸し与えたと言う縁もあり、今現在ホーラックは事実上ソニアの支配下にある …なんて話はこの議会内では有名な話だ、そして、その支配下にあるホーラックで ソニアは何かを見かけたと言うのだ…

「見かけた?何をです」

「はい、黒髪と紅眼…コートを羽織り馬車で移動し弟子を連れた高背の女…フォーマルハウト様の仰られていた魔女レグルスの特徴と合致する人間を」

「ほう、シモンに…もうそんなに接近していたか…、最近監視を行えていなかったので 目撃情報はありがたいですね」

「私の部下によると 魔女レグルスはもうすぐデルセクトへと入国されるそうですよ、如何いたしますか?グロリアーナ様…いえフォーマルハウト様?そこで見ておられるのですよね」

「っ…貴様、魔女様に問いかけるなど なんと言う不遜を!」

ソニアは問う、グロリアーナにではない グロリアーナの背後に広がる闇へと、ソニアの声は議会場に響き その闇の奥まで届いていく、グロリアーナは慌て立ち上がる、 魔女様に語りかけるなど無礼極まる行為 許すわけには行かぬとその腰の剣を抜こうと手を伸ばす…が、その剣が抜かれることはなかった

何故か、グロリアーナの体が…まるで鋼のように重くなり身動きが取れなくなっていたからだ、背後に立ち上る強烈な気配と濃厚な魔力を感じて…この国最強の剣士が 恐怖で身動きが取れなくなってしまっていた

「魔女…フォーマルハウト…様」

「良いですわ、グロリアーナ…この美しき議会場を血で汚す必要はありません」

ひたりと音がする、ひたひたと音がする あんなに小さな音だと言うのに、耳元で打たれた鐘のようにその音は耳につく

闇を歩く足音が 議会場にゆっくりと…ゆっくりと近づいてくる、闇の中にあっても分かる瞳の輝き 徐々に露わになる姿、荒海のように唸る黄金の長髪 …この国で彼女を知らぬものはいない 恐れぬものはいない

「レグルスが…来たのですね」

王族達が思わずその場に跪く、本来なら万民を傅かせる側の筈の国王達が女王達が五大王族達が、その場に膝をつき頭を下げる…魔女が 魔女様がこの場に顕現なされたのだから

この同盟を作り上げた張本人にして、数多の王を束ね傅かせ上回る絶対の支配者、栄光の魔女 フォーマルハウト様が ソニアの言葉を受けて現れたのだ

「フォーマルハウト様…魔女レグルスがこの国に入国されるのは時間の問題でしょう、如何…されますか?」

「…如何されるか?、決まっていましょう、そんなこと」

跪くソニアを見下ろしフォーマルハウトはくつくつ笑うと 両手を広く…広く広げる、まるでこの世の全てを欲するように 国王達に宣言する

「例の計画を発動させなさい、…このミールニアに着いた時がレグルス…貴方の最期の時です、ああ 今から待ち遠しい」

「では、今から動くといたしましょう…全ては魔女様の為に」

蠢動する、卑しき欲と汚らわしい意思が満 煮詰まった地獄の釜の底で 悪魔が笑う、友の最期を願いながら、着々と蜘蛛の巣は張り巡らされる 

ここはデルセクト国家同盟群 中央都市ミールニア、欲に溺れた亡者達が巣食う 地上の辺獄 危うき均衡を保つ煉獄  足を踏み入れた者は、何もかもを奪われる
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