孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

55.孤独の魔女と戦火の根源

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「………………」

エリスは今、馬車に乗っています ガタガタと足場の悪い地面に撥ねられる乗り心地最悪の馬車…いや違うな、その馬車の荷台だ…その荷物を隠すように被せられた布の中にラグナと一緒に息を潜めて乗っている

…何故こんなところにいるか、それは継承戦以降姿を眩ませている第一王子ラクレスさん、その行方に繋がるであろう怪しい冒険者を発見し、ラグナと二人で其奴を尾行していたのだ

すると男は人気を避けるように暗い街の中を歩き 外に用意していた馬車に乗り込み何処かへ発とうとし始めた、そこでエリスとラグナは迷いなく馬車の荷台に突っ込みこうして隠れてついていくことにしたのだ

「……この馬車、何処へ行くんでしょうか」

「分からない…荷台には武器が乗せてあるが、冒険者が馬車に乗ってこれだけ大量の武器運ぶなんてやはり異様だ」

そうか?、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い ラクレス怪しければ全ての冒険者も怪しい、この荷台に積んである武器まで怪しむ必要はないと思うが…でもまぁ こんな夜更けにローブ羽織ってキョロキョロしてりゃ怪しいか

何処へ向かうか、…ラクレスさんのところだといいが…これで全然関係ないのに乗り込んでたらエリスとラグナはすげぇ馬鹿だ、宴を二人で抜け出して真夜中に何処かへ出かけていた、それも国王を連れで出して…どんな風に思われるか怖いな、エリス最悪処刑されちゃうかも

いやいや、関係ないことはない この人はラクレスさんと関わりがある、この人はラクレスさんにの頃へ向かおうとしているに違いないのだ!

そう決心するとエリスとラグナは再び 御者の冒険者に気づかれないように布を深く被る…



そしてで移動すること…大体一時間くらいか?、ふと ピタリと馬車が止まる…目的地に着いたのか?、布を被ってるから外の様子が分からない、こんな時透視の魔眼が使えれば楽なのだが

「おい、遅いぞ…!」

「文句言ってくれるなよ、要塞の中に忍び込んで態々ブツ取ってきたんだぜ?、ったく 何でこんな大事なもん要塞に置いておくんだよ」

「仕方ないだろ、思ったよりも早く継承戦が終わっちまったんだから…ラクレス様の予想が正しけりゃあと一日は猶予がある筈だったんだ」

外から声が聞こえてくる、ブツ?ラクレス?継承戦…これ当たりっぽいな 、だがそのブツとやらは既にもう一つの声に引き渡されたっぽいが、しかしなんだ、手で持ち運べて かつ大切なものって…それにラクレスさんは一体何を…

「なんでもいいから早くラクレス様にそれ渡してこい、俺は馬車の荷台の武器を下ろしとくから」

「ああ、そっちもちゃんと集めてあんだな…今はとにかく加工用の金属がいるらしいし、早めに頼むぜ」

やべっ、足音がこっちくる…布の中でラグナに目を向ければ小さく頷き返す、これはあれか 打って出ろということか、周囲の状況は分からない 声を聞く限り人数は二人

足音的に一人は離れたが…他に人がいないとも限らない、やれるか? いや やるしかない

「ぁーあ、なんで冒険者の俺がこんな秘密組織みたいな真似しなくちゃならんのかね…仕事が増えるならそれでいいけどよ」

そう言いながら男は布に手をかけ…

「ッ…!!」

それは合図なしだった、なんの合図もなく 互いに今だと思った瞬間同時に飛び出した、布が暴かれた瞬間…まずエリスは馬車から飛び出る反動のまま目の前の男の腹に一撃蹴りを飛ばす

腹を打たれれば凡その人間は苦しみ 体をくの字に曲げ腹を抑える、すると顔や頭は無防備になるわけで

「フンッ!」

「ぐっ!?」

エリスの蹴りを腹に受け体がくの字に曲がり目の前に差し出す形になったローブの男の顔面にラグナの鉄の拳が飛び、一撃で男を昏倒させる…よし 意識はないな、慌てて駆け寄り確認するが動く気配はない、一応蛇鞭戒鎖で縄を作り 口と手足を縛りあげ 馬車の中に放り込む、この間約5秒

「ふぅ、いい連携だ エリス」

「ラグナこそ、よくエリスの攻撃に合わせてくれました」

「お前と一緒に戦うのももう慣れたもんさ」

そう言いながら一仕事終え 互いに拳をぶつけ合う、飛び出した時一瞬周囲を見回した感じ他に敵はいなさそうだった、というか…

「ここ何処なんですか?」

「分からん、何処か洞窟のようにも見えるが…」

エリス達は周りをごつごつの岩に囲まれた穴の中にいた、洞窟…と言えばそうなのだが、ごめんねラグナ エリスはここを洞窟だとは思わない

「ラグナ、これ洞窟じゃありません 人工的に作られた掘削された穴です、しかもかなり前にです…」

「穴?なんでそんなことがわかるんだよ」

「壁の感じが同じだからです、魔女の抜け穴と」

魔女の抜け穴…カロケリ山のど真ん中に開いた隠し穴、それと同じなのだ 壁の感じが、自然にできたというよりは、こう 削られたような跡が所々についているのが同じなんだ

魔女の抜け穴はかなり昔 魔女のために作られたという、流石にいつ頃できたかまでは分からないが、壁の感じを見るに恐らく同じくらい昔に同じように作られた穴なんだろうな

「そんなことまでわかるのか、すごいなエリス」

「いえ、単なる予想です…それに、ほら 洞窟の奥の方が明るいです、まだまだ先があるようですし、この奥にはまだ空間があるみたいですし…行ってみましょう」

「ああ、…ここにラクレス兄様が…」

そう互いに確認し合うとそのまま洞窟を道なりに進む、エリスが遠視の魔眼で警戒しながらどんどん進む、この穴…やはりただの洞窟ではないようで進めば進むほどそれが顕著になっていく

ある程度進むと今度は下に下にか下っていく、途中から階段が作られ 途中から壁に松明がかけられ、途中から壁に扉や個室が現れ…やはり洞窟じゃない、これは 地下施設だ

それも超広大な…こんなものがアルクカースの地下にあったなんて

「ラグナ、ここなんだか知ってますか?」

「いや知らない、聞いたこともない…アルクカースから一時間少しのところにこんな大規模化な地下施設ができているなんて…」

エリス達はかなり長い時間進んでいるがそれでもまだか果ては見えない、しかしもうここを洞窟だなどとは呼べない、壁や床は鉄でコーティングされており道中見かける部屋の扉も頑丈な木でできている、洞窟というよりか遺跡?…いやもはや地下要塞か

不気味だ、これを作ろうと思うと一朝一夕出来ない、百年二百年をが平気で要するような そんな大規模地下施設が、王族のラグナの耳に入らずひっそりと運用されている事実に…いつからあったのか誰が作ったのか分からない、そんな謎の地下要塞を二人で進んでいく

すると、途中から音が聞こえ始める…周りの個室からだ、これは鉄を打つ音?いや聞き覚えがあるぞこの音、ラグナもその音の正体に合点がいったのか脇にそれる扉の方を見ている

「鍛治をしている音だ…、もしかして いるんじゃないか?」

「消えた職人や…ミーニャのお父さん達がですか」

この場にラクレスさんがいるなら、ラクレスさんが連れて行った鍛治職人達がいてもおかしくはない、というかここにいなかったら何処にいるのか本格的に分からないしな…よし、周囲に人の気配はない

「探してみますか」

「ああ、…この扉の向こうだ…ちょっとだけ開けて中の様子を…ぅわっぷっ!?」

ラグナがちょっとだけ扉をあけて中を確認しようとした瞬間 とんでもない熱気が吹き出てきて思わずたたらを踏んでしまう、当然エリスも…

「…あ?、誰だ?」

やばっ!?見つかった!?、慌てて身を隠そうとジタバタするが ダメだ何もない

「子供?、なんでこんなところに…まぁいい 見張りに見つかる前にちょっとこっち入れ」

というなり声はエリス達に手を伸ばしものすごく暑い部屋の中に引きずり込まれる、暑ーい…というか あれ?見張りに見つかる前に?じゃあこの人は見張りじゃない?

「なんでこんなところに忍び込んだしらねぇが、ついてねぇ子供達だな」

「え?、あれ?…貴方は?というかここは」

ふと、落ち着いて引き摺り込まれた部屋の中を見回してみると …いや思った通り鉄の加加工場だった、いや加工場というよりはもはや生産ラインか?とてつもない広さの空間に これまた夥しい量の鍛治職人が働かされている

それによって生み出される金属の量はとてつもなく とてつもなく巨大な鉄の板を職人が数十人係で作っている、そんな光景があっちにもこっちも見られる…

そして何より特筆すべきはこの暑さ、鉄を溶かすための熱が部屋の中にこもってるんだ、当然ここは地下…一応排熱用の穴は天井に相手はいるが…環境は劣悪なんて生ぬるい言葉じゃ言い表せない程の空間だ

なんだこれは…なんなんだこれは


「信じちゃもらえないだろうが、ここは兵器の生産工場さ、第一王子ラクレスが秘密裏に運営しているな」

エリス達を引き込んだ目の前のススだらけのおじさんはそのように語る、見た目からして職人の一人か?…というか

「兵器!?それにラクレス兄様が!?」

「ああ、そのラクレス…兄様?あんた達一体…」

ラグナは飛び起き、顔を青くしながら周りを見る あのラクレスさんが…裏でこんな大規模な工場を使い兵器を、いや 『何か』を作ろうとしている…その事実に震えているのだ

「…こ これはいつ頃から動いているんですか?」

「さぁな、だが本格的に動き始めたのは二年くらい前からか…なんでも動かす目処が立ったとかなんとか言ってたな、まぁそんなこと俺たちには関係ねぇ 職人はいいから兵器を作れだとよ」

「二年も前から…あの、何を作ってるんですか?あの鉄板が兵器なのですか?」

「知らん、俺たちが作ってるのはパーツだとよ、…何を作ってるかまではわからねぇが…とんでもねぇもんを作ってるのは分かる、もし今まで作った部品が全て一つの武器として運用されるんだとしたら、…この世がどうにかなっちまうくらい恐ろしいもんが出来てる可能性がある」

そういうと彼は槌を持ち 再び作業に戻り始める…、なんなんだこれは いきなり話が大きくなりすぎて分からないが、だが前兆はあった
金属流通の制限…というか独占は恐らくこのためだ 、ラクレスさんは継承戦という大きな儀礼を隠れ蓑にこの大きな計画を進めていたんだ、なんらかの兵器を作るために金属と職人を独占し…裏で…

「…兄様、何を…なんで…」

ダメだ、ラグナはショックを受けて使い物にならない エリスが動かないと

「お嬢ちゃん達 名前はなんてぇんだ?」

「エリスはエリスです、…あの おじさんは何者ですか?」

「俺?俺はデューク・デアフリンガー…アルブレート大工房の職人だった男さ、今やここに繋がれて奴隷寸前だがな?」

「アルブレート!、まさかミーニャさんの…」

ミーニャ その言葉を出した瞬間、男の デュークの顔色が変わる、生気の宿っていなかった顔が、青く ギョッとしたように…やはりこの人

「ミーニャって…まさかミーニャか!ミーニャの知り合いかあんた達!」

「はい、首元に剣を加えた怪物の刺青がある…」

「それだ!間違いないミーニャだ!、俺の娘なんだよ!…ミーニャは元気か!ちゃんとやってるか!」

「はい、ミーニャさんからお父さんを見つけてくれと頼まれていて…よかった無事だったんですね」

「そうか、ミーニャが…そうか…こんなところに閉じ込められて、娘だけが気がかりだったが、そうか ちゃんとやれてるか…よかった」

安堵しヘタリ込むデューク…そうか、この人やっぱりミーニャのお父さんだったのか、…しかどうするか 閉じ込められているというが、この人達を連れて一旦外に出るか?ラクレスさんが進めているという計画がどう言うものか なんなのか、全く全容がつかめていないがミーニャとの約束もある

彼女はエリス達との約束を守り工房を説得してくれた ならエリス達も約束を守る必要がある

「ミーニャの知り合いなら尚更捨て置けねぇ、直ぐに隠れるんだ!今は見張りがいねぇが直ぐ戻ってくる アイツらはヤバい組織に加えて冒険者まで雇ってやがる、そいつらに捕まったらえらいことになっちまう 早く奥へ」

ヤバい組織に加えて冒険者…?その言い方じゃまるで冒険者協会よりも前に別の何かと繋がってるみたいな言い方だが、ラクレスさんの仲間にそんな組織はいなかったぞ、一体裏で何が起こって…

「ラグナ、隠れましょう 今は慎重に動いて…」

「いや、見張りに捕まろう…」

「な 何言ってるんですか!」

愕然とするラグナを前にエリスもまた驚愕する、捕まろうって…諦めるのかと声を上げて反論すると、ラグナは鋭い目を向けこちらを睨み

「見張りに捕まり そのままラクレス兄様のところに案内してもらう…兄様なら、俺がここにきていると知れば会いたがるはずだ…そこで兄様を問い詰める、何を考えているのかを」

「問い詰める…」

ラグナの目は とても険しい、何をしようとしているのかは分からないが、この国の職人を奴隷同然に扱い、国の宝である金属を独占する…それはまたしく悪人の所業である、事と次第によっては許さないと言わんばかりに 鋭く意思と目を尖せる

「分かりました、エリスも手伝います」

「ありがとうエリス、君には苦労ばかりかける」

「な…なぁあんた達、何者なんだ?さっきから…それにラクレス兄様ってもしかして」

すると、エリス達の会話を遮るように扉が開け放たれる、誰だ!等いうものはいない エリスとラグナでさえ、何がきたか想像がつくからだ

「…ラグナ王子とその側近エリスだな、こんなところに忍び込んでいるとはな」

黒い服の上から黒いコートを着込んだ全体的に暗いコーデのスキンヘッドの男が扉を開け エリス達の方を睨んでいる、見ない顔だ 少なくとも開戦式にはこんな顔はなかった
というか、エリス側近扱いなんだ…

「俺たちの存在に気づいていたか」

「入ってくるならお前達くらいだからな…、ラクレス様がお呼びだ ついてきな」

どうやらラクレスさんはエリス達がくることを読んでいたようで、スキンヘッドの男はついてこいと言わんばかりに首で招くと 背を向ける…、エリス達に背を向けなおかつ拘束せずともなんとでもなると侮っているのか、或いはそれだけの強者なのか

どのみちここで抵抗する意味はない、ついて行くより他あるまい

「行きましょうか、ラグナ…」

「ああ、…やはり兄様がいるんだな…」

そうたな、あの男の言葉のせいで万分の一残っていた可能性は潰えた、ラクレスさんは得体の知れない組織と繋がり兵器を作っている、それが確定してしまったのだから

だが悲しんでいる暇も驚く暇もない、今はともかくあの男について行く…それしかできることはない

………………………………………………


スキンヘッドの男に連れられ地下施設の廊下を歩く…道中

「この地下施設ってなんなんですか?」

「………………」

「ここでラクレスさんは何をしようとしてるのですか?」

「………………」

「貴方冒険者じゃないですよね?ご職業は?」

「……………」

「その服似合ってないですよ」

「………………」

ダメだ、道中何を言っても無視される…なんなんだこの人、確信はないし確証もないが 多分だけどこの人、アルクカース人じゃない なんでかって言われたら分からないけど、エリスがこの国に一年いて感じた アルクカース人特有のギラギラした感じをこの人からは感じない

つまり国外の者…それもエリスの行ったことのない国の…、今はとりあえずこの人の詳細を覚えておこう いつかこの人に繋がる何かを見たとき直ぐにわかるように

「ついたぞ、ここが最奥だ …ここでラクレスさんが待つ」

「案内ご苦労」

立ちとまり 一層大きな扉の前で立ち止まる男、しかし ラグナは男に一瞥もくれること無く、一言言うなり目の前の扉をいきなり開けはなつ、迷いはない…あるのは怒りと疑問だけ

「ラクレス兄様ッッ!ここにいるのですかッッ!!」

怒号、扉の開く音が搔き消える程莫大な声で 地下施設全体に響き渡るほどの爆音で、ラクレスさんの名を呼び部屋の中に突っ込む

部屋は 真っ暗だった、ただラグナの声がボンボンと反響していることから相当な広さであることは分かるが、とにかく暗くて全容が分からないんだ…ただ部屋の真ん中で立つ、その影以外は

「ラグナ…聞いたよ、継承戦を勝ち王になったようだね」

ラクレスさんだ、あの時と変わらぬ優しげな微笑みを浮かべながら闇の中で立っていた、その変わらぬ笑みにラグナの怒りは再燃しズカズカと床を蹴るようにラクレスさんに詰め寄る

「ラクレス兄様!これはどう言うことです!、継承戦にも参加せず 王族としての役目を放置しこんなことをしているなんて!」

「耳が痛いな…君に説教をされる日が来ようとは、やはり立派になったなラグナ」

「兄様!答えてください!!」

ラクレスさんは表情を崩さない、しかしされど正直でもない ラグナに問い詰められてもはははと力なく笑うばかり、なんなんだこの態度は 何を考えてるんだこの人は

「答え…か、君達 あの生産ラインを目にしたようだね」

「はい!、職人を奴隷同然に扱い!金属を独占し!、そんなことをすれば国が崩れてしまいます!、何を考えているんですか!ラクレス兄様!」

「何をも何も、最初から私の目的は変わらない この国に永遠の戦乱を齎すために動いているのさ、その為なら王の座など誰にでもくれてやる…言ったろう、私は戦争がしたいのだと」

「王には俺がなりました、無用な戦争など…王の名において絶対に起こさせません!」

「関係ないんだよ、そんなもの…確かにデルセクトとの戦争は君によって阻止された、だがそんなもの守る必要はない 向こうから攻めてこさせれば、戦争は君の意思とは関係なく巻き起こる…そうすれば全て上手く行く」

「攻めさせる…何を言ってるんですか」

そう、ラクレスさんは変わらない 優しげに笑い それでいてその瞳の奥に深い闘争心を燻らせる鬼のような瞳、この人は変わってない 最初からずっと…戦いのことだけを考えていた、その為なら王座などこの人にとってはどうでもいいんだ

ラグナの問いにくつくつとラクレスさんは笑い 背を向ける

「力さ、圧倒的なまでの力…それさえあれば 皆我々を恐れる、魔女さえも恐れ…我々を排除しようとする、この世に顕現する絶対的な力 それさえあれば戦争は簡単に起こるのさ」

諦めてないんだこの人は、継承戦の行方関係なく最初からずっと魔女国家の大戦を狙ってずっと前から動いていたんだ

「させるわけないじゃないですか、兄様…貴方が俺の信念の邪魔になるなら、貴方だって俺は蹴散らして進みますよ?」

「出来るかな、果たして…私の計画はもう九割進んでいる、核だって手に入れたしね…ほらみてごらん」

そう言いながらラクレスさんは手の中に握られた宝玉をこちらに見せてくる、…なんだあれ…見たことない物質だ、鉱石じゃない 水晶じゃない、エリスが今まで見てきたどの物質にも該当しな…いや いや見たことがあるぞ!あれは…

魔力球だ、エリスが魔力制御をする時に出す魔力の球…それが物理的な形態を取る程にまで圧縮された拳大の物、それがアレ…つまりアレは 絶大な魔力の塊なんだ

「エリスちゃん、君はアジメクで起こった魔女襲撃事件の只中にいたそうだね、なら聞いたことがあるんじゃないか?魔女を襲撃した巨大な岩の怪物…ゴーレムの存在を」

ゴーレム、ああ聞いたことがある 確かオルクスが集めた魔女戦力の中にいた正体不明の存在、巨大化して師匠に襲いかかった存在だ…結果的に師匠に消しとばされたものの、そいつは核がある限り何度でも再生する恐ろしい存在だと師匠が…核?

「まさか…核って…」

「ああ、これはそのゴーレムの核さ」

「そんな馬鹿な!ゴーレムは師匠によって消し去られました!、一欠片も残さずこの世から!核なんか残ってるわけが…」

「そんなこと私は知らないさ、これがその時と同一のものなのか 或いは別個の物なのか、だが重要なことじゃあない、重要なのはこれが埋め込んだ物質を操り…何でも動かせるという点だけ…」

ラクレスさんが何でそれを持っているのか分からない どうやって手に入れたのかもどういう経緯でそれがラクレスさんの手元に転がり込んだのかもわからない、だがエリスの頭の中で色々とつながる

ラクレスさんの集めていた金属と職人達、そして職人が作ってきた何らかの兵器の存在、ゴーレムの核…そして、この計画が本格始動し始めたのが二年前…それはエリスがアジメクにいた時期 つまり魔女襲撃事件と重なる!

「いきなり…兵器を自在に動かせる魔術というものが私のところに転がり込んできてね、最初は疑ったが 魔女襲撃事件の内容を聞き…私はおもわず笑ってしまったよ、確かにこれがあれば私の考え出し作り続けていた兵器を自在に動かせるばかりか 120%の運用が可能なのだから」

「もしかして、職人達に作らせていたのは…ゴーレム」

「ゴーレム?そんな野暮な名前じゃないさ、私が作ったのは」

その瞬間 暗かった部屋に光が灯されその全容が明らかになる、この巨大な部屋に隠されていた…その絶大なそれの姿がエリス達の前に顕現する、な…なんだこれ…


「私が作り出したのは『ジャガーノート』、世界一の鉱石と世界一の鍛治技術を用いて作り出した、極大決戦兵器…ジャガーノートだ」 
 
それは巨大な鉄の人形だった、城のように大きく 黒々とした黒鉄の巨人、圧倒されてしまうような威容にエリス達は思わず言葉を失う…目に入れただけで伝わってくる、この存在の恐ろしさが

「城のように巨大でこの国の何よりも強い兵器さ、その体には付与魔術が込められているのさ、ほら ラグナ…君が得意とする多重付与魔術、アレがそう…全パーツに七百五十程」

七百五十…!?一つでさえ強力な付与魔術…ラグナの腕とカロケリ山の鉱石を用いて作られた宝剣ウルスを用いても三重、限界まで使っても八重までしか発揮出来ない付与魔術が七百も…!?

「素晴らしいだろ?、それを動かせば 町なんて軽く消し飛ぶ、ただの岩を使っても強力だったゴーレムの核をこれに埋め込んだら、さて どうなるかな?」

「ッッ……」

ラグナとエリスは戦慄する、そんなものが動いて 戦争で使われれば…いや戦争にすらなり得ない、世界は混沌に包まれラクレスさんの望む戦乱の世が生まれる

そしてきっとその戦乱の世で、この超兵器を持つラクレスさんは頂点に君臨することだろう、ただの岩でさえ師匠は手を焼いたという それがこんな怪物に埋め込まれたら、それこそ魔女に匹敵する存在が生まれてしまう

ダメだ…なんとしてでも阻止しないと、だがもうこの計画は阻止云々の段階を遠に通り過ぎている、ラクレスさんがあの核をジャガーノートに取り付ければ、後はもうそれだけでこいつは動き出す

じゃあ今すぐラクレスさんから強奪して…出来るか?、恐らくこの人はホリンさんより強い、ベオセルクさんほどじゃないが 確実に強い、なんの策もないエリスとベオセルクさんとの戦いで剣を失ったラグナでは 核を取り上げるどころか返り討ちにあってしまう

「そこでものは相談なんだがラグナ、私と組まないか?」

「は?…」

「君はこの国の王だ、それを無視したりはしない…君の一存を問おうというのだよ、私と共に 戦乱の世に君臨しよう、魔女など恐れる必要もない…君が君の意思でこの世界を動かすんだ、君にはそれだけの力がある」

「何を言ってるんですか!ラクレス兄様!」

核を片手にラクレスさんは笑う、嘲笑う ラグナの叫びを嗤い盡す…馬鹿だ馬鹿だと嗤い続ける

「ラグナ…よく考えてくれ、この国は力こそが全てだ この力を持つ私と君…そのどちらが王に相応しい どちらがこの国の人間に支持されるか、分からない君ではないはずだ…、君が従わないのなら仕方ない 私は力で一度この国を屈服させるより他なくなってしまう」

「なっ…この国の人間にこの兵器を使うつもりなのですか!」

「ああ、君が従わないなら…仕方ないよね」

「貴方はこの国を想っているのではなかったのですか!」

「想っている、アルクカースには戦いが必要だ 私はそれを用意するだけだ、これは蹂躙ではない戦いさ」

狂っている、この人は自分がおかしなことを言っている自覚がないのか?、この人はこの国の国民に力を振るい 自ら屈服させると言っているのにそれがこの国の為?理解出来ない、この人の頭の中にはもう戦いしかないのか…

事実上、この国を人質に取られたラグナは…躊躇する

「ぐっ…ぅ」

ラグナがここで否定すれば、ラクレスは迷いなくジャガーノートをこの国に対して使う、アルクカース人はきっと争い戦うだろうが これには勝てない、きっと屈服する…そして屈服したら 、今度は他国と戦わせられる…世は乱れ国は乱れ人は死に国は滅びる、無限の戦いに飲まれて

だが…肯定など、できようはずもない…どうすればいい どうするのが正解なんだ、何をすれば

「ら…ラグナぁ…」

もはやエリスには何も出来ない、ラグナに委ねるしか出来ない…

今ラグナは天秤にかけられているこの国を取るか 世界の秩序を取るか…いや、天秤にかけられているようで、結局答えは一緒だ エリス達はこの国はラクレスさんの執念の炎に焼き尽くされ、この世は戦火により燎原と化す…

どうすればいいんだ…どう答えを出すんだ、ラグナ

「俺は…この国を…守りたい」

「守ればいい、私と共にこのジャガーノートを使い」

「世界に争いを齎したくない」

「なら抗うかい?私に」

「俺は…俺は…」

答えは出ない 出せない、項垂れ拳を強く握りしめ…王として苦悩する、しかしその苦悩を見てラクレスさんは表情を歪めて

「君は優しいね、優しすぎる…だからこそ失望したよ、王として判断一つろくに出来ないなんてね、無能な王などいない方がマシだ…争いを否定する君は私の世には不要なのだろう」

「…兄様…」

剣を抜く、弟に向かってこの人は剣を抜くのだ…ああ、エリスはベオセルクさんを餓獣だと表した ラグナを狂獣と呼んだ、しかし違う 戦いに餓え争いに狂う真なる獣は、この人だったんだ、この人は 本物の獣だ

「すまないねラグナ、君に信念があるように私にも野望がある、死んでくれ 答え一つ出せないままね」

「っ…」

剣を持ちこちらを向くラクレスさんを前にエリスとラグナは一歩退く、この人の野望の前には ラグナの信念も焼き尽くされてしまう…


「ハッ…何を言いだすかと思えば、くだらないな」

声が…響く、エリス達の背後から 靴音を響かせながら ラクレスさん以上の闘志を宿した声が、ラクレスさん以上に全てを嘲笑いながら、そいつは エリス達の背後から現れる

「野望がある?この世に戦いを齎す?、何を考えているかと思えば…小さい、あまりに小さい 、その野望も執念もそもそも土台から崩れている事に気がついてないのか?」

その言葉の主は、エリス達の背後に立つと エリスとラグナの勇気つけるように肩を叩き、そいつは ニヤリと笑う

「なぁ、言ってやれよ ラグナ…テメェの望みなんか知ることか…ってな?」

「ベオセルク兄様!」

ギシシと歯を見せながら エリスとラグナの背後に立つのは、餓獣の王子 ラグナのもう一人の兄、ベオセルクさんだ

「ベオセルク…貴様どうやって」

「バーカ兄上、物事ってのは隠そうと思えば思うほど、悪目立ちするもんさ…コソコソ人員動かしてなんか企んでいるのを、俺が気がつかねぇと思ったか?あめぇよ!」

「貴様、やはり私の狙いに気がついていたか」

「おう、継承戦に勝って王になったら、こんな計画王権使って踏み潰してやろうかと想ってたんだが、まぁいろいろ計画が狂っちまった…だが 結局は同じだぜ」

「ベオセルク兄様…付いてきていたんですか」

「付いてきてたんじゃねぇ、どの道今日ここを襲撃するつもりだったんだよ、それで来てみたらお前らがいただけだ…だがまぁちょうどいいぜ、この際だからラグナ 言ってやんな、…継承戦という目の前の戦いを放り捨てた敗者のいうことなんか聞く必要がないってな!」

ラグナの背中を押し、ベオセルクさんは叫ぶ そんな提案蹴り飛ばせと、確かにラクレスさんは戦いが全てとのたまいながら そもそも継承戦という戦いを捨てていた、そこは確かに矛盾するな

「継承戦などという小さい戦い…私の目指す大願の前では茶番だからだ」

「戦いに大きいも小さいもねぇ!、手前の信念押し通すためにどんな戦いだろうがどんなに苦しかろうが押し通し続けたコイツと違って、アンタは目の前の戦いから逃げたじゃねぇか…そんな奴が世の中に戦い?信念を超える野望?笑わせんじゃねぇ!」

「何を言うか、私は…」

「この国は戦いこそが全てだ、その戦いの一つから逃げた時点でアンタはもうその時点で全部を失ってんだよ、勝利こそが全てのこの国で!勝ち通したコイツが全部総取りすんのは当たり前のことだろうが、アンタに選択権はない 敗者は勝者に大人しく従え」

ベオセルクさんの物言いはめちゃくちゃだがこの国ではそれが確かに全てだ、ラクレスさんは逃げ継承戦に負けた ラグナは戦い続け勝った、そこに生まれる勝者と敗者という差はこの国では絶対的だ

「ラグナ、言え…なんでもいい、心から思うことを言え 兄上は理屈を並べてくるがそれは敗者の理屈だ、勝者の理屈の前じゃ埃も同然だ…胸を張って手前の理屈を押し通せ」

「ベオセルク…兄様…、分かりました」

ベオセルクさんに背中を押され決心がついたのかラグナは、ラクレスさんと再度相対する

「ラクレス兄様、貴方は戦いを求めると言っていましたが…俺からすれば貴方が求めているものは好いているものは…戦いですらない!」

「なんだと…私はこの国の為を思い争いを普遍にもたらそうとしているのだ、そもそも戦いを否定するお前に 私を否定される謂れはない」

「戦いとは!己の信念を押し通す手段です!、アルクカース人はその強い信念を押し通すために戦ってきたのです!戦うために戦うのではありません!、ある者は己の誇りのためにある者は過去の悔いのために、ある者は友情の為に ある者は平和の為に!、そこに心が!意志があるからこそ!戦いとはアルクカース人の全て足り得るんです!」

「意思だと…何を馬鹿なことを…」

「俺は戦いました 戦わない為に戦いました!、その為の信念を胸に…戦い抜きました、だからこそ言わせてもらいます、中身もなく戦いだけを求めたのに戦いから逃げ 義務から逃げ、その末に意思?野望!、俺から言わせれば貴方の求めているものは戦いですらなく ただの暴力です!」

「私の…全てを否定するか!」

「否定ではありません、拒絶です!高潔な戦いを求めるアルクカース人の王として、貴方の意味を伴わない暴力を…断固として拒絶するだけです!、手を組まないか?何を戯言を…戦いから逃げ 意思一つ通せない貴方についてくる人間など 、従うアルクカース人など!、この国には一人としていません!」

押し通した、ラグナの理屈を 勝者の理屈を…敗者には語る言葉はない、少なくとも この国には、そのことを最も理解しているのは…他ならぬラクレスさんだからこそ、彼は返す言葉もなく 苦々しく顔を歪める

「ははははは、示したぜ?コイツは…、確かにラグナは戦いを否定しているが それでもコイツは戦いを否定する為の戦いに勝ったんだ、誰も文句をつけられねぇ 否定できねぇ…それで、敗者の兄上は何が言いたいことはあるかい」

「…ふん、ならば勝てば良いのだ、私にはその力がある…コイツを使ってな!」

ベオセルクさんに煽られラクレスは、ゴーレムのコアを放り投げ ジャガーノートの胸部へと取り付け…ってやばいじゃん起動しちゃうじゃん!

「どどどど どうしましょう!ジャガーノートに核が取り付けられてしまいました!、このままじゃ全部おしまいですよ!」

「ああああ!、俺が煽り散らしたからだぁぁ!」

「慌てんなエリス ラグナ、あれだけのデカブツだ 動き出すにはまだ時間があるはず、…あの核が完全にジャガーノートを動かす前に、核を叩き割れ!」

「ですがラクレスさんがそれをさせるとは思えません!、ラクレスさんを抜いてジャガーノートに辿り着くなんて…」

「アイツの相手は俺がする!行け!ラグナ!エリス!」

するとベオセルクさんは弾かれたようにラクレスさんめがけすっ飛んでいき、その鋼拳を容赦なくラクレスさんを目掛け叩きつける…が ラクレスさんも一流の戦士だ、その手の細剣でベオセルクさんの拳を受け止め、二人は互いに肉薄する

「私の相手だと?、いつまで自分の方が強いと思っている!手加減されているとも知らずいい気になるな!ベオセルク!」

「ハハハハハッ!継承戦でつけられなかった決着をここでつけようぜ!兄上ェッ!!」

ベオセルクさんの目が赤に染まると同時にラクレスさんもまた争心解放を用いる、この国の王子同士の争心解放同士のぶつかり合い、それは既にエリスの手に負える領域ではなく、目にも留まらぬラクレスさんの斬撃とベオセルクさんの不規則な打撃が空中で何度もぶつかり合う…、ベオセルクさん 敵だと恐ろしいけど味方だとまた恐ろしいくらい頼りになる

「エリス!、今のうちに核を壊しに向かうぞ!」

「はい!、いきます!」

ベオセルクさんとラクレスさんの戦いの隙間を抜い、ジャガーノートに迫る…が その寸前で今度は真っ黒い壁がエリスとラグナほど気幾重を阻む、これは…さっきのスキンヘッドの人と同じ服装の!

「悪いがアレには我々も動いてもらいたいのでな…ここで大人しくしてもらう」

「チッ、ここに来て足止めか…」

黒服達はあっという間にエリス達を包囲し 核の元へ行かせまいと立ちふさがる、くそ コイツら全員相手していてはジャガーノートが動き出してしまう…、やるしかないか!

そうエリスとラグナが構えをとった瞬間

「奥義ぃ!『赤葉舞落連蹴』ッ!」

「がほぉっ!?」

エリスとラグナの前の黒服が何者かによって蹴り飛ばされ、一撃で彼方まで飛んでいく…というかこの掛け声と究極にまで至る武術の冴えは…

「うぃ~ひっく、宴の酔いも程々に ベオセルクに引っ張られてきてみりゃあ…楽しそうなことしてんじゃんかラグナ!お姉ちゃんもまッ~ぜてッッ!!」

「ホリン姉様…酒臭!」

ヨタヨタよってふらつき顔を真っ赤にしたホリンさんが黒服を蹴り飛ばしたのだ、そうか ベオセルクさんが連れてきてくれていたのか…というかそんなに酔ってて大丈夫なの?、なんて心配する必要はない事を、エリスはこの身で知っている

「お姉ちゃんが道を作るからさ…先行きな、ラグナ」

「っ…はい!ホリン姉様!」

「よっしゃいい返事頂きましたァー!、お姉ちゃん弟の前だから張り切って大技行っちゃうぞぅ~、武頼泰山流三大奥義…『戦神夢狂』ッ!!」

刹那、ホリンさんの体が四つに分裂し八方に別々の技が繰り出される、突き 蹴り 投げ 関節 それぞれをそれぞれの分身が同時に行い周りの黒服を叩きのめし…その隙間に 僅かな道が出来る

「道ができた!いくぞエリス!」

「はい!ひゃわっ!手を引っ張らないで!」

ラグナに手を引かれ突っ込むように黒服の海を抜ける、ものすごい勢いで手を引かれたから驚いたが、これでジャガーノートは目の前…っ!殺気!

「ラグナ危ない!」

「ぬぉっ!?」

「おお避けるかい…若いねぇ」

突如飛んできた斬撃を察知し 咄嗟にラグナを蹴り飛ばし二手に分かれる、すると先程まで二人が立っていた鉄の床が真っ二つに割かれる、避けてなければ二人まとめて真っ二つだった…危なぁ

「いやいや悪いね、子供は斬りたくないが うちの坊ちゃんがどうしてもアレを動かしたいってんで、世話係としちゃ手伝わないわけにゃいかないのよ」

「ブラッドフォード…」

立ち塞がるは一人の剣士、ラクレスとバルトフリートさんの師にして 討滅戦士団No.3の実力者…ここにきて立ち塞がる最強の壁 討滅戦士ブラッドフォードが、にたりと笑いながら細剣を構えている…、この人の相手は流石にエリスとラグナには余る

「ここで大人しく…と思ったが、どうやらおじさんの相手は二人じゃないみたいだ」

「え?…」

なんてエリスの驚きの言葉よりも前に、銀の閃光がブラッドフォードに斬りかかり その剣を押し付ける

「ラグナ様は今やこの国の王、相手をしたければ相応の手順を踏んで頂かねば困りますよ、ブラッドフォードさん」

「相変わらず真面目だねリオン、そりゃあベオセルク様がいりゃお前もいるか」

銀の閃光を瞬かせ 一瞬のうちに数度 ブラッドフォードと切り結ぶのは同じく討滅戦士団のリオンだ、そうだよベオセルクさんがいれば彼もいる…!というか彼も途中から継承戦に姿を見せなかったが…いや多分、元々リオンさんとベオセルクさんの二人でこの件を解決するつもりだったのだろう

「ラグナ様、ブラッドフォードさんの相手は私がします それより早く核を!」

「っは…はい!」

「ラグナ掴まって!、旋風圏跳で一気にジャガーノート上部まで行きますん

この国最強格の二人の戦い 流石に抜けてはいけない、仕方なし 旋風圏跳でラグナを抱えて ジャガーノートの核へ向け跳ぶ、飛び上がる

間に合うか、核は既にかなり順応しており 熱く燃えるように輝き、まるで心臓のように鳴動している、アレはもう魔術というより一つの生命の誕生だ…一体どうやったらあんな魔術を生み出せるんだ、誰があんなものを作ったんだ…!

ダメだ、間に合うか分からない…城のように大きなジャガーノートの胸部は高く 一瞬では辿り着けない、エリスの予測ではギリギリ間に合わない…

「エリス!俺を投げろ!」

「投げる…?」

「アラミランテさんの時のように!、俺なら魔術を使わずその場で攻撃できる!」

そうか、エリスの加速に加え更にここからラグナを射出すれば間に合うかもしれない、でも…危険だ…ラグナにもう怪我はして欲しくない…、いやいや!何を考えているんだエリスは!、エリスはラグナを信用する!!!

「ラグナ!頼みましたよ!颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

「っぐっー!!」

ただでさえ加速した状態から更にラグナに速さを加える、まさしく光矢の如き速度でラグナは加速していき、瞬き一つするうちに 核へとたどり着く、行った!まだジャガーノートは動かない!このまま叩き砕いてしまえ!


「っはぁぁっっっ!!!」

風の加速をそのまま体で受け、全霊で回転しながらその勢いを足の一つに集中させ放つ 全力の蹴りが、核に向けて炸裂する ラグナは剣を持たずとも強い、あれだけの勢いがあれば核とてただでは済まない…

はずなのだが…様子がおかしい

「ッ…ぐぅっ!…受け止められた…?」

コアを守るように金属が隆起しラグナの蹴りを受け止めたのだ、つまりそれはジャガーノートの起動を意味し、…ああくそ…間に合わなかっ……

刹那、ジャガーノートの核が真紅の煌めきを放ち、それと共に襲い来る絶大な衝撃波によりエリスとラグナの体は容易く吹き飛ばされる

「ぐふぅっ!!」

鈍く走る痛み 高速で飛んでいく体 結局止められなかったという慚愧の念、様々な物がエリスの胸中を走り回る、くそっ…エリスもラグナも吹き飛ばされた 、という今も絶賛吹っ飛んでいる最中だ

しかし分かってはいても受け身など取れない、あまりの速さと先程の衝撃によるダメージが大き過ぎて、指一本動かせない…このままでは 地面に激突し潰れたトマトみたいになってしまう

「おおっと、危ねぇ!」

しかしエリスの体もラグナの体も空中でキャッチされる…この無骨な感じ、この声…どうやらエリスとラグナはベオセルクさんに受け止めてもらったらしい、先程まで戦っていたラクレスさんは?と目を動かしてみれば…くつくつ笑いながら光り輝くジャガーノートを見てい

「くく…くははははは!、抵抗しようが無駄なのだ…ジャガーノートは動き出した、もう誰にも止められん」

そうだ、ジャガーノートは結局動き出してしまった…エリスとラグナで核まで迫ったが、核がジャガーノートに浸透するまで異様に早かったのだ、そして核はジャガーノートの心臓となり起動した

先程の衝撃は奴の攻撃ですらない、ただ起動しただけのものだ…ただ 命が灯っただけでこれほどの力を発生させるなど、デタラメだ…あれがもし暴れ出したら本当に誰も止められない、それこそ魔女大国でさえ

「これが力さ これが私の求める永遠の戦いの権化さ、鍛え練磨された鉄と技術は神にも至る…その象徴がジャガーノートだ!、フハハハハ!ここからでも力強さが伝わってくるようだ…素晴らしい力だと思わないかい?ベオセルク」

「力こぶ自慢は雑魚の十八番だぜ、兄上」

「…まだそのような反抗できな口を…まぁいい、それもこれも全て叩き潰すさ…ベオセルク、君を力で屈服させる」

「勝手に言ってろ、おいラグナ エリス…生きてんだろ、起きろ」

「ぐぇっ!締め付けないで兄様!」

「ぐぶぶぶ、苦しいです!」

小脇に抱えられた状態でギリギリと万力のように体を締められ思わず飛び起きる、メチャクチャな人だこの人…

明瞭となる意識の中改めてジャガーノートを見る、圧倒的だ…黒鉄の巨人は赤々と輝きその威容と権威を見せつけている、既に起動を完了しているようだ

後はラクレスさんの号令一つで動き出す、最悪な状況…

「どうしましょうか、ベオセルクさん…」

「あの鉄人形叩き壊すしかねぇだろうな」

そうか、もうそれしかないか…しかしジャガーノートの纏う七百五十も多重付与された魔力はもはやただそれだけで絶大だ、近づくことすら出来ないだろう

「無駄だと思うが、試してみるか?…山すら砕く ジャガーノートの大いなる一撃を!、『命ずる!砕け!ジャガーノート』!!」

「グゴ…グゴゴゴゴギリギリギリギギギーッッ」


「くっ…」

ラクレスさんの声に応じて、ジャガーノートは動き出す 拳をギリギリと音を立てて持ち上げる、あの拳一つだけでもちょっとした砦くらいの大きさがあるぞ、あんなもの 付与魔術をかけた状態で地面に叩きつけたりなんかしたら…もうエリスの想像を超えるくらいとんでもないことになってしまう!、けれどもはや誰が何をしても間に合わず

ジャガーノートは拳を大地に叩きつけ、エリス達は全てが砕ける轟音と全てを包み込む閃光と共に、今度こそ エリスは意識を失ってしまった

……………………………………………

「す…ぃす…え…す…えりす……エリス!」

「むはぁっ!?」

エリスを呼ぶラグナの声に叩き起こされる、気絶してたのか…これが継承戦じゃなくて本当に良かった、いやどの道戦闘中だ…すぐに起きないと

っっ!、全身が痛いが起きれないほどじゃないな…、体の調子を確認すると共にゆっくりと瞼を開ける

すると…

「うそっ…あれって空ですか」

開いていた、この地下施設では見えるはずのない星空がエリスの真上に広がっていた…いや違うな、開けられたんだ大穴を きっとさっきの一撃で…下に叩きつけたのに上にまで余波が及ぶなんて…メチャクチャだ

いや被害はそれだけにとどまらない、周りを見ればここはもう地下施設と呼べる有様ではない 、呼ぶならばクレーターか 爆心地か、あるいはグランドゼロか…

周りを包む鉄の壁や床は全て吹き飛び 岩肌が露出している、ただの一撃で ただの衝撃でこんなことになってしまうなんて

「皆さんは…」

「無事だ、だが状況は最悪だよ…アレを見てみろ」

「あれ…?」

ラグナが指をさすのは爆心地の中心、先程までジャガーノートが立っていた場所だ、拳が叩きつけれた場所は大きく抉り返りもはや原型を留めておらず、大きな穴がぽっかりと開いていた…拳を叩きつけただけでまるで星でも降ってきたかのような大惨事だ

これがもし人に向けて撃たれていたらとんでもないことになっていたな

…穴の中心には当然 先程まで威容を放ってきたジャガーノートが今も変わらず命令を待つかのように佇んでいる


佇んで…たた…え……

「な…なんですかこれ、どういうことですか」

結論から言おう 無かった、何も


穴の中心に立っている筈のジャガーノートの姿はなく、そこにはグジャグジャに叩き潰された鉄の塊が散乱しており…、その鉄屑とかしてしまったその山の上には


一人の人間が…否、一人の魔女が 悠然と立っていた、あの髪色 あの姿 あの威圧感、間違いない…彼女は!

「争乱の魔女 アルクトゥルス様?」


真っ赤な髪をたなびかせ、鉄くずを踏みつけながら…爆心地の中心で魔女アルクトゥルスは立っていた、え?いつのまに…いや いつって多分、さっきだ

エリス達を吹き飛ばしたあの絶大な衝撃波はジャガーノートの攻撃じゃないんだ、きっとジャガーノートの攻撃と同時に魔女アルクトゥルスが降ってきた その衝撃波だったんだ

つまり…

「ああ?、悪りぃ…なんか踏みつけちまった」

ただ此処に着地しただけで、ジャガーノートを跡形も残さず粉砕してしまった、あの鋼鉄の巨人を 七百強の付与魔術が込められた無敵の存在を、ただ路傍を這う虫を踏みつけるが如く 容易く踏みつけ、バラバラに吹っ飛ばした

「そ…そんな、私が作り上げた 神にも勝る至高の存在が、一撃で鉄屑に」

ラクレスさんの声がする、吹き飛んだジャガーノートの破片を見て 呆然と力無く、呟く…そんなラクレスさんを見てアルクトゥルスさんは興味なさげにため息をつき

「悪いなラクレス、お前のおもちゃ壊しちまった、まぁこの程度の駄玩具いつでも作れるだろ、また頑張れや」

歯牙にもかけない、ラクレスさんもジャガーノートも別にどうでも良さげだ、ジャリジャリと破片を踏み砕きながらラクレスさんの脇を通り抜けるアルクトゥルス様の視線は 行き先は一つ

「よう、ラグナ…王様になったんだってな」

ラグナだ…

「アルクトゥルス様…?」

しかしその瞳は とてもじゃないが助けてくれたような雰囲気じゃない、寧ろ状況が悪化したまである、その瞳は ドロドロに煮詰まった戦闘本能しか感じない、こうやって目の当たりにしているだけで悲鳴をあげて逃げたくなってしまうほど恐ろしい

それが出来ないのは魔女特有の重圧がエリスの肩にのしかかり、声一つあげさせていないからだ

絶対の存在、それが今 ラグナの目の前まで歩いてくる

「おいラグナ、お前…王様になったんだろ?」

「え?…は はい」

「なら戦争しようぜ…オレ様と」

「えっ…?」

口から発せられたのは ただの狂気だった、戦争をしようというのだ…ラグナと アルクトゥルス様が、え?一体どういう事?…エリスの頭がそう言う 認めたくない事実を目の前に頭が理解を拒む、だが直感は答えを告げる…アルクトゥルス様は今

「お前がアルクカースという国を率いて オレ様と戦争をするんだよ!」

アルクトゥルス様は今、自分の国に宣戦布告をしたのだ…

「な 何を言って…」

「テメェは国を持ってる 軍を持ってる、ならオレ様と戦争が出来る!そうだろ?ひゃははははは!最初からこうすりゃよかったんだ!なんでこんな簡単なことしなかったんだオレ様は!」

「出来るわけないじゃないですか!この国はアルクトゥルス様のおかげで成り立って…」

「出来なきゃ滅ぼす、この国を…んで持って次はデルセクトだ、そこを滅したら次はアジメクか…コルスコルピか、どこでもいい!大国と戦いてぇ 壊してぇ!殺してぇ!滅ぼしてぇ!」

げたげたと笑うアルクトゥルス様に言葉を失う、自分で治めていた国を滅ぼすと?ただ闘争本能と破壊欲求を満たすためだけに?、アルクカースを…アジメクを滅ぼすというのだ

「もうなんでもいいんだ、戦わせろ 殺させろ…オレ様はもう収まりがつかないんだ、内側から吹き出る炎に 魂を焼かれてもうどうにも出来ねぇんだよ!、これを治めるにゃ戦うしかねぇ、ラグナ…なぁ!戦争しようぜ!」

「あ…あなたは…貴方はアルクトゥルス様じゃない!アルクトゥルス様はそんな目をしない!、お前はただの獣だ…ただこの世界に牙を剥く狼だ!」

ラグナが叫び返す、アルクトゥルス様じゃないと…確かに以前見た時よりアルクトゥルス様の様子がおかしい、開戦式であった時よりも 目が濁っているし何よりこんな狂ってなかった

「そんなお前の言うことなんか聞かない!…聞きたくない!」

「……飽くまで、オレ様と戦争しないと?」

「はい!…この国だって滅ぼさせません、俺はこの国の平和を守るために王になったんですから…!、貴方との約束を守るために!」

「……なら仕方ねぇ」

ラグナの必死の叫びにも耳を貸さず、仕方ないと言いながら視線を別の場所に移す、次に睨むのは…え? エリス?

「なら戦う理由を作ってやる、お前だって大切な奴を殺されりゃ 戦う気になるだろう」

「ひっ…」

「だっ…やめろ!エリスには手を出すな!」

アルクトゥルスの牙が…その手がエリスに向く、明確な殺意を伴って エリスに、ダメだ 逃げないと!殺される!、殺されるのに 足が動かない 悲鳴もあげられない、い いやだ…いやだ 死にたくない、まだ死ぬわけにはいかないのに…

「見てろラグナ、お前の女が死ぬところを…」

「がっ…ぐぅっ…あ…がぁっ」

信じられないくらいの怪力でエリスの首が締められる、ダメだ 抵抗出来ない…息も出来ない、と言うかこのままでは窒息する前にエリスの首が折れてしまう

「や やめてくれ!エリスだけは…頼む!エリスは関係ないんだ!」

ラグナも必死にアルクトゥルス様に殴りかかるが、一切効果がない それどころかエリスの首はますます締め…あげ…ぐ…ぉが…だ…ダメ、…もう…

「ら…ぐな……」

「エリス!ダメだ!死ぬな!いま…今助けるから…!!」

「フハハハハハ!!!さぁエリス…オレ様の戦争の為の嚆矢になって 今…死ね!」

一層、首に力がかかり…アルクトゥルス様の手を掴むエリスの手が…だらりと下に垂れ下がる、ああ 命が零れ落ちていく…

最期に見つめるのはラグナの顔だった、涙を流しながら必死にエリスを助けようとしてくれている、、ありがとう…でもごめんなさい、エリスはもう……

…………………………………………瞬間、ラグナの背後が煌めいたのを エリスの目の端は捉えていた

「外道がぁぁぁっっっ!!!」

「ぐぶぁぁぁっっっ!?!?」

その光は真っ直ぐアルクトゥルスの頬を捉え、あの無敵の魔女を 一撃で彼方まで殴り飛ばす、その衝撃でエリスの体はアルクトゥルスの手から離れ…

今度は別の手によって抱擁される、優しく 暖かい匂い…ああ この匂いは

「れぐ…るすししょ…」

「大丈夫か、エリス…遅くなってすまん」

レグルス師匠だ、師匠が来てくれた…すんでのところで駆けつけてアルクトゥルス様からエリスを助けてくれたんだ……

「レグルス様!来てくれたんですか!」

「ああ、すまんな アルクトゥルスの所在を掴むのに少し時間がかかった…その間にエリスが、すまんラグナ エリスを預かっていてくれ」

そう言ってエリスの体はラグナに引き渡される、…ダメだ 声も出ない 、出ないけれど エリスは生きている、でも師匠…どこへ行ってしまうのですか、エリスのそばにいてください

「レグルス様は どうされるのですか?」

「私は…あの外道に堕ちた友を アルクトゥルスを…止めてくる!」

固く拳を握りラグナとエリスに背を向ける師匠、でも師匠…それは それが意味するのは

「ッハハハハハッ!遂にやる気になったか!レグルスゥッ!」

「弟子に手を出されて…黙っている理由などあるわけがないだろうが!!!」


レグルス師匠に本気で殴られてなお、まるで効いた様子のないアルクトゥルス様は再び立ち上がり笑いながらこちらへ歩いてくる、それに答えるようにまたレグルス師匠もそちらへと歩む、ぶつかり合う ぶつかり合い …始まってしまう

「さぁ、戦り合おうぜ…レグルス」

「貴様の目を覚まさせる…いつまでも寝ボケてられると思うなよ」

肉薄し 睨み合うレグルス師匠とアルクトゥルス様…、遂に恐れていた自体が起きてしまった


この国の戦火を断ち切る為の最後の戦い…魔女同士の戦い、それが今 始まる
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