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三章 争乱の魔女アルクトゥルス
43.孤独の魔女と負け犬達の牙
しおりを挟む魔女大要塞フリードリス、アルクカースにと言う国の中央にして王城でもあるこの要塞は、国内屈指の軍を抱える施設でもある
故に、その軍そのものを鍛える訓練場というのもまた国内屈指…いや世界規模で見ても有数の物だ、広大な訓練場と鍛錬施設はどこまでも広がっており、ここでアルクカースの百ある戦士隊は日夜訓練に勤しんでいる
「セイヤッーーー!!」
「オリャーッッ!」
もう夕暮れ時だと言うのにこんな掛け声が未だに木霊している、彼らの仕事は戦いこと …故にその全ての時間を戦いに費やしているのだ
右を向いても左を向いても筋骨隆々の巨体を持った男や女、みんな年がら年中鍛えているせいか 普通の人間より一回り大きい
「すごい場所ですね…ラグナ」
そんな場所でエリスはキョドキョドしながらラグナの後を進む、ここにラクレスさんの手の及んでいないという第九十戦士隊から第百戦士隊までの所謂下位戦士隊の面々がいるそうなのだ
エリス達はそんな彼らを勧誘するため、この場に赴いている
「ああ、すごい場所さ アルクカースのために鍛えアルクカースのために戦う戦士の集う場所、ここにいるみんなはアルクカースの誇りそのものと言ってもいい」
今は味方にはなれなかったが、それ以外の時はすごく頼りになる人達だよとラグナは振り返らずに言う、うんうん まぁラグナからしてみればここは慣れ親しんだ場所と人であるのは分かる…分かるが
「ン?、子供?」
「何故こんなところに子供が」
周囲で鍛錬をする戦士達が次々とエリスの方を見てくる、…皆顔は怖い…ビビリはしないが、怖いものは怖い
「…あのぅ、今更ですがラグナ?エリス付いてきても良かったんですか?いつぞやのエリスがいるとナメられるって言っていたのに」
「ああ、多分ナメられると思う、でもナメられたとしても側にいてほしい、君がいるのといないのとでは違う気がする、俺の勝手だけれどさ」
そうか…いやそうならエリスも文句は言わない、もしかしたらあの時と今とではラグナの信頼度が違うのかもしれない、なんのかんの言ってエリスはようやく彼に認められ始めたのかもしれないな
そう思うと少し嬉しい、こう信頼か現れているようで 気持ちがフワフワするな、スキップしちゃおうかな…、いや周りの目もあるしやめとこう
「相変わらずむさ苦しい場所ですな…、腕力だけ鍛えて何になるのやら」
ふと、エリス達についてくるサイラスさんが憎々しげに周りの戦士を見つめながらポツリと呟くのを耳にする、…そう言えばエリス達が舞闘会に参加している間サイラスさんは隠れるように城の隅っこにいた
下位戦士隊を仲間にすると言ったときもやたら辛辣だったし、思えば彼は戦士隊を遠ざけるようなことばかり言っていた気がする、嫌いなのかな…
「ん?、何かな?エリス君…我輩をジッと見て」
「いえ、今サイラスさんが嫌な顔をしていたので」
「ッ…元々こんな陰険な顔だ、悪かったな」
そういうとメガネをあげてそっぽ向いてしまった、しまったいつものノリで話しかけていい場面ではなかったか、反省しよう
「喧嘩をするな、サイラスにとってはここは余り楽しい場所じゃないだろうが私情を挟める場面じゃないことは君も分かるな、用兵の心得は君にしかない…仲間を作るなら君と相談しながらじゃないとダメなんだ、頼むよ」
「分かっております、…それに我輩 昔ほど卑屈ではありませんのでな、お任せあれ」
ラグナの言葉を聞くなり機嫌をよくするあたり、サイラスさんはラグナのことを信頼…いや事実忠誠を誓っているのだろう、
エリスがようやく勝ち得た信頼をサイラスさんはとっくに獲得し、その関係はさらに深いところにあるのだろう、別に嫉妬はしない ただこう言う関係は素晴らしいなぁと思うだけだ
そう思いながら歩く、歩き歩き歩く…どこまで歩くのかと思いながらも更に歩いているうちにどでかい壁にぶち当たった、行き止まり と言うよりはここが終点なんだろう、エリス達は広大な訓練場を横断したのだ
…ん?と言うことは見つからなかった?下位戦士団の面々はもうすでに帰ってしまったのか?なんて思いながらラグナの方を見ると、彼は神妙な面持ちである一点を見つめていた
首を傾げながら彼の視線をなぞるように目を向ければ、いた…結構な人数の武装した男達が訓練場の隅の一角で武器を振るいながら修練を積んでいたのだ
なぜ気が付かなかったか?、それは彼らの声があからさまに小さいからだ、そりゃあ近づけば聞こえるくらいの掛け声ではあるが、ここに来るまで見てきた戦士達の掛け声は外にまで聞こえるんじゃないかってくらいどデカイ声だったが、彼らはそうではない
エリスには彼らの掛け声が形だけのものに聞こえる、ただ武器を振るうのに合わせて叫んでるだけ…いや 感じられないのはやる気か?
「彼らが我々の目当ての戦士団ですな、どうですか?エリス君」
「どうですか…って」
あそこの面々がエリス達の探す下位戦士隊か、うんどうですかと聞かれればこう答えたい"予想以上だ"と、そう 予想に酷い
力を貸してもらえるように頼みに来といてこんな言い草は最低かもしれないが、彼らが下位と呼ばれてしまう理由が何となくわかる、身のこなしや腕力を見れば彼らがプロの戦士であることは分かる、だが…道中見ていた他の戦士隊の人達とは気迫が違う
彼らからは何も感じない…なんというか、彼らは訓練を惰性と義務感でただ漠然とやっているように見える、そう やはりやる気がないように見える
「…………」
サイラスさんの問いに的当な適当な言葉が思い当たらず思わず口を閉じてしまう、弱い弱いとは聞いていたが…いや弱くはないのだろう、彼らだって別の国に行けばかなりの実力者として扱われるだけの実力はある、だが この国ではそうではない
これから戦う相手のことを考えると、些かの頼りなさは感じてしまう…まぁそんなこと百も承知できているのだが
そんなエリスの顔を見てラグナは苦笑いし
「実物を見て気持ちが変わったかい?エリス?」
やはり仲間にするのはやめるかという言葉だ、そんなつもりはない 最悪もっとへなちょこなのも想定していたし、そう思い首を横に振ればラグナも満足そうに息を吐く
きっとここでエリスがやっぱりやめようといってもラグナは止まらなかったろうな、なんだか今のラグナはとても確信的な何かを抱きながら行動しているから
「おい、あんた達…俺達になんか用でもあんのかよ、そんな所で突っ立って見つめられたら邪魔になるんだよ」
「あわ…す すみません」
すると彼らの中で一際大きな男がズイと現れる、大っきい…背丈だけではない横にも大きい 逆三角形の体格と隆々な肩幅は見るだけで萎縮してしまうようなおっかなさ、オマケに顔もゴツゴツし刈り取られた眉とギラリと鋭い目付きを前に思わず謝ってしまう
こ この人も下位戦士隊の人なのかな
「悪いなバートランド、訓練を邪魔して」
「あ あんたは…ラグナ王子!?」
「エリス、彼の名はバートランド・ダンカン 第九十戦士隊の隊長だよ」
バートランド と紹介された大男はラグナの姿を見るなり慌てて…いや、焦りか?それとも怒りか、なんとも言えないが居心地の悪そうに少し顔を歪めている
「ラグナ王子、何度言われても俺達はあんたに味方したくないって言ったよな、それで諦めたんじゃなかったのか?」
「ああ、そのつもりだったんだが、考えを改めたんだ」
そういえば以前ここに来た時断られたと言っていたな…それって他と同じで望みが薄いのでは?と思うが止めない、さっきも言ったがラグナは何かを確信している、彼らを仲間に加えられる事と仲間に加えた結果彼らがエリス達のプラスになる事を
どうやってか如何してかはわからない、だがここはラグナを信じる
「考えを改めたって……、俺達は嫌なんだよ!恥を晒すのが!、継承戦には第一戦士隊とかが出るんだろ?、俺たちが出たって笑われるだけだ それを何度も言ったよな?」
バートランドが怒鳴ると共に、他の下位戦士隊の面々が集う、その顔はとても王子を見るような目ではない、煩わしい相手を見るかのような敵意に満ちた目、自分達を陽の目の当たる場所へ引きずり出そうとする存在を疎んでいるのだ彼らは
「わ 笑われるかどうかは分からないではないですか、勝ちさえすれば誰も文句は言いません」
「誰だお前、勝ちさえすればって…フンッ、勝てるわけないだろ 、あんたも見ただろう…他の戦士隊の連中とウチの差、訓練風景見ただけで分かるはずだ…俺達は才能も経験もない雑魚戦士なのさ」
そんなことない とエリスが叫ぼうとも、拒絶され一蹴される 勝てるわけがないと、確かに訓練風景を見ただけで分かる、彼らはこの戦士隊の中では弱い それこそ最弱の部類だ、だが…それでも
「勝てないと諦めるているなら、なんでこんな所で修練してるんですか…ここで鍛えてるってことは少なくともまだ、上の戦士隊に勝ちたいと思ってるってことじゃないんですか」
諦めたなら剣を捨てて逃げればいい、逃げずにこんな隅に追いやられても体を鍛えているということは少なくともまだ向上心があるからだろう、向上心があるなら継承戦は絶好の場だろう 少なくともここで縮こまって修行するより数千倍はマシだ
「お前に…何が分かるんだよ!」
「ひゃうっ!?」
怒鳴られた、青筋を浮かべ 牙を剥き 怒られた、分かったような口を聞き真理をついたような気になったエリスの顔を見て、エリス目掛け放たれた怒号は まるで彼らの悔しさが滲んでいるようで、何も言えなくなる
「俺たちがここで修練積んでんのはな!、鍛えることさえやめちまったらもう何も残らねぇからだよ!、ちっぽけな カケラみたいな自尊心を守る為だよ!、これでもし戦いの場に出てあっけなく負けて修練の成果が皆無だったと分かっちまったら!、もう立ち直れねぇから嫌だって言ってるんだよ!」
「そうだそうだ!、俺達は戦士でいたいんだ!…負けて打ちのめされたら戦士じゃなく負け犬になっちまう!」
「負け犬になったらこの国じゃ生きてけないんだ!」
「親や兄弟に会わせる顔だってない!」
「俺たちの邪魔をしないでくれ!」
口々に拒絶の言葉を放ってくる戦士隊達、そうだ 彼らだって好きで下位なんて呼ばれてるわけじゃないんだ、きっとそれこそ血の滲むような努力を続けて そして負け続けてきたんだ
エリスも感じたことがある、レオナヒルドと戦った時 地力で劣り、今までの修行が否定されたようなあの感覚は、凄く苦しかった…彼らはそれを何十何百と繰り返し感じ続け 、挑むことさえやめてしまったのだ
それを無視して仲間に誘えるか?、勝てるかどうか分からない戦いにもう一度出てくれ、負けて国中から笑われるかもしれないけど出てくれ 、敵は遥かに強く勝ち目も皆無だが出てくれ、言えるか?言えないだろう
きっと、ラグナはこれを感じてしまったから 彼らを仲間にすることを諦めたんだ…
「負けて戦士から負け犬になるのが怖いって、そんなことを考え縮こまっている時点で貴様らもう負け犬だろう」
ギョッとする、誰だそんなこと言う奴と視線を向ければ サイラスさんが言っていた、周りの戦士達以上に憎々しげな目をして、毒を吐いていた…な な 何を言ってるんだこの人?
「なんだとテメェ…」
「何度でも言ってやる、この負け犬 戦いもせず訓練だけを続ける戦士ごっこはさぞ楽しかろうな、お気楽過ぎて羨ましくなるぞ」
「貴様…!王子のお付きのお前に言われたくねぇ!」
「そうだ!俺たちの苦労も知りもせずに!」
「エリートのお前から見れば…ハッ さぞ俺たちは哀れに見えることだろうよ」
「そうだな、哀れだな…いっそ地べたに這いつくばっていた方がよほど似合いだぞ」
「ッ…!!」
バートランドがついにキレ、サイラスさんの首を絞め上げ持ちあげる、絞め殺そうと…いや首を圧し折ろうとしているんじゃないかってくらい腕に力がこもっている、止めなくては…もう交渉云々じゃない
サイラスさんが何を考えているか分からないが 彼らの自尊心を貶めたのだ、殺されても文句は言えない 助けなくてはと構えた瞬間ラグナに止められる
「ラグナ…止めるのですか?これも考えのうちなのですか?」
「いや、俺が当初想定してた流れじゃない、サイラスが突発的に衝動的に口走った勝手な悪態だろうな、ここからどうなるのか俺も分からん」
「じゃあ!」
「だとしても、止めたら遺恨が残る…」
止めたらって 、そんなこと言ってたらこれじゃあバートランドの怒りよりも先に止まるのはサイラスの息の根だ、ギリギリと締め上げられサイラスさんの体は地面から離れている
「俺たちだってな、好きで負けてんじゃねぇ…でも勝てねぇんだからしょうがねぇだろ、どれだけ鍛えても上はいる 、勝つ奴がいれば負けるやつもいる 一番強い奴がいる以上一番弱い奴もいる、そのお鉢が回ってきてんのが俺たちなんだよ、負け続け劣り続ける俺たちが出来るのは …せめてこれ以上手前の立ち位置を下げないよう隠れること、その何が悪い…手前を手前で守って何が悪い!」
「お…落ち着け、バートランド…わ…我輩我輩、いや ぼ 僕だよ…さ サイラスだ、覚えて…ないか?」
青い顔しながらバートランドの手をペシペシと叩き まるで命乞いのように情けなくかすれるような声で囁くサイラスさん、バートランドはその名を聞き 眉間に皺を寄せて彼のかおをじっとみれば
「お前!サイラスか…第百戦士隊の落ちこぼれの、いやなんでお前が王子のお付きなんかを…」
「その前に…離せ…死ぬ…」
なんだ?何か様子がおかしいぞ?、バートランドは正体に合点がいった瞬間彼の首を離し、親しげな笑みを…浮かべない、訝しげに怪しむようにジロジロとサイラスさんの体を見ている、知り合い…?いやでもサイラスさんそんなこと一言も
「ゲホッ…ゲホッ、くそッ だから頭の足りない奴は嫌いだ」
「おいサイラス、落ちこぼれの第百戦士隊の中でも一段雑魚だったお前がなんでラグナ王子の側近なんかやってんだよ、剣だってろくすっぽ振れない親の七光りのお前が…」
「ぅげぇ…我輩は我輩の出来ることを…懸命にやったからさ、力じゃ勝てないから知識を鍛え 拳じゃ勝てないから頭を鍛えた、負け犬になりたくなかったのでな…そうして上り詰め ここにいる」
「知識?…そういやお前はギデオン様の孫でもあったな、才能生かして出世して、俺たち罵ってスッキリしたか?」
「…本当に、そう思うか?バートランド、僕に親譲りの才能があったと、それ一つでこの国でのし上がったと…本気で思うかい?」
ゲホゲホと咳き込みながら立ち上がる、立ち上がり バートランドを睨むサイラスさん、その背には確かな威圧が感じられた、魔女や戦士と言った強者の纏うそれとは些か違う、背負ってきた物を感じさせる重圧だ
「…我輩は夢だった戦士も諦め 一から戦術を学び、笑われながら罵られながら勉強し知識と軍略を手に入れたんだ、君も知っての通り我輩は臆病で物覚えが悪いのでな 何度も失敗したさ、だが逃げなかった…例え戦士の夢から逃げても負け犬と罵られても 自分からは逃げなかったんだ」
「ぐっ…何を、偉そうに」
「悪いが偉いつもりだ、少なくとも今の自分から逃げている君より…バートランド、今のお前は…昔のお前自身が僕に言った言葉を言ってやりたいくらい情けないぞ」
負けることは恥ではない とサイラスさんは説く、負けは恥じゃない ありきたりかつよく聞く文言だが、それを口にする人間は大概勝っている人間、それか場当たり的な励ましとしてその事を口にする勝手な人間のどちらかだ
だがサイラスさんはどうだろうか、少なくとも今のバートランドよりは勝っている側の人間だ、そんな彼が口にすれば上から目線の偉そうな言葉にさえエリスは聞こえる
しかしそれを受け取るバートランド、いやこの場にいる戦士隊の皆達はどうやらエリスとは違った受け取り方をしたようだ
エリスには事情がよく見えてこないが、どうやら彼らは昔知り合いだったようだ…昔の弱いサイラスさんを知っているからこそ、言い返せないのだ 誰よりも情けない自分達よりも情けなかったサイラスさんが、挑んでのし上がったという事実を突きつけられて
彼らは弱さを盾にすることが出来なくなったのだ
「だから…俺達にも継承戦を手伝えってのか」
「その辺の話は若がする、我輩は別にお前達など必要ないと思うが 、それを判断するのは軍師の我輩ではなく 君主である若がする、だからお前達もいじけてないで話を聞け」
「チッ……分かったよ、聞くだけ聞いてやる」
おっ、綺麗にラグナに振った
最初はどうなる分からなかったが、サイラスさんの言葉を受けバートランド他戦士達の態度が変わる、そりゃあいきなり友好的になるわけじゃあないが、少なくとも聞く前から拒絶ってことはなさそうだ
後はラグナがどう彼らを説得するかだが…
「話は…か、そうだな」
サイラスさんの話が終わるなり、その視線は全てラグナに注がれる されども彼はその視線の雨に臆することなく前へ歩み出し、バートランド達に向き直り
「まずは謝らせてくれ、すまなかった」
頭を下げた、謝罪だ なんの謝罪だ?、分からん 分からんのはエリスだけでは無いようでバートランドもまた目を白黒させている、そんな彼らを放り ラグナは続ける
「以前、君達を継承戦に誘った時 俺には覚悟が足りなかった、当の俺自身が迷っていたんだ…そんな俺を見て君達が勝ちを確信できないのは当然だ」
「なっ…ぁっ、ラグナ王子 頭を上げてくれ…」
「半端な覚悟で君達を戦いに引きずり出そうとしたことを謝罪させてくれ…」
確かにラグナは迷っているように見えた、何に迷っていたかといえばまぁ色々だろう、自分がやってることが正しいかどうかの迷い 兄や姉と戦いたくないという迷い、そもそも勝てるかどうかの迷い それに誰かを巻き込んでいいかの迷い
今思えば迷いだらけだったように思える、だが今はどうか?…少なくともエリスにはちょっと前より頼もしく見える、それはきっと彼が勝つという覚悟を定めたからだと思ってる、勝手に
「だがしかし、その上でもう一度頼む 俺と共に継承戦に参加してほしい、勝ちたいから誘うんじゃない 、勝つ為に君達が必要なんだ」
「そりゃあ あんたには他に味方がいないからだろ、みんな第一王子についてるから…第一王子が俺に声をかけなかったのは単純に、俺たちが脅威じゃないからさ…俺達負け犬が味方したって変わりゃしない、そんなことさあんただって分かってるんじゃないのか?」
「負け犬と言うなら俺も同じだ、君達と同じで戦う前から戦いを半ば諦めていた…兄には勝てるはずないと、こんなこと言われても迷惑だろうが…君達の気持ちは 共有できるはずだ、でもだからこそ…」
ラグナは続ける、自分は負け犬であると いやであったと、他の戦士に負けるのが怖いから戦わない彼らと兄と姉の前に信念を折りそうになったらラグナ、経緯は違えど辿る道は同じ負け犬道だった
だからこそ、彼にも言いたいことが 言えることがある
「負け犬にも 牙はある、食らいつき 勝利へ挑める牙があるんだ、牙を研ぎ続ける君達がいつまでも敗北に甘んじる必要はない筈だ」
牙はあるというのだ、事実 彼らは修練を続けていた それは自尊心を守るための自己防衛によるものかもしれない、だが振るった剣は嘘をつかない どんな心持ちでも続けた修練は確実に身につく、彼らは強くなることを諦めていなかった
「牙があるって?、…俺達そんなもの残ってると思うか?」
「思ってなければ君達に声はかけない、君たちの中に牙を確かに感じたから俺はここにいる」
「…なんで俺たちなんだ…、強くない 余り物だぞ」
「敗北という大地の味を知り 戦士との誇りというたった一欠片の牙を大切守り続けた君達だからこそ声をかけてるんだ、妥協や仕方なしで声をかけているつもりは毛頭ない、君達と勝つつもりで声をかけている」
真摯に、一歩も引かず己の胸の内を明かし続けるラグナに、バートランドの卑屈な態度も徐々に開き始める…、いやだがまだだ まだバートランドはラグナと己を信じきれてない、染み付いた負け犬根性は彼らに決断を渋らせる
「まだ俺を信じられないかい?、俺と一緒では勝てないと」
「…………」
「なら、ここで一つ戦おう そこで俺を見定めてほしい、俺に継承戦を戦い抜ける力があるか君達が試してくれ…そして 俺も君達を見定める、共に継承権を戦えるだけの力があるか、それなら文句あるまい?」
「はぁっ!?あんたと戦えってのかよ!?」
背中に背負った宝剣ウルスを抜き放ちながらあっけらかんとそう宣うラグナ、そこでようやく分かる なるほどこういう話の流れに持って来たかったのか、つまりラグナは戦って彼らとわかり合おうと言うのだ、なんと原始的なのだと笑うことはない、少なくともこのアルクカースにおいては 剣は口ほどにものを言う、話し合いで平行線なら、戦り合う以外ないだろう
「ああ、それとも俺一人にさえ 君達は恐れ戦き逃げると言うのかい?」
「な…っ!、なめるなよ!俺たちだって戦士だ!、そこまで大事抜かすなら付き合ってやる!」
「よし、全員で来い!」
疎らな金属音と共に戦士達も剣を抜く、その数は多い 腐っても九十から百までの十の戦士隊を同時に相手取ろうと言うのだ、その数は千近い数存在する、対するはラグナ一人…いくらなんでも無謀だ、助けに行かねば身を乗り出すが…
直ぐに身を引く、ラグナがこちらを見て信じてくれと言わんばかりに頷くのだからしょうがない、エリスは彼を信じる…故に身を引く、巻き込まれないように少し離れれば 既に前もって避難していたサイラスさんとかち合う
「俺たちだってなぁ!俺たちだってなぁ!、戦うのが好きで戦士になったんだよ!」
「そうだぁーっ!、勝ちたいからじゃないんだ…戦うのが好きだったからなのに、いつのまにか優劣つけられて 落ちこぼれのレッテル貼られて!」
「悔しいのに…敵わないんだよ!俺たちじゃ!なのになんでお前は俺達を信じるんだよ!」
群がるようにラグナ目掛けて襲い来る戦士達、彼らだってアルクカース人だ 一度戦いが始まれば、相手の立場も自分の立場も状況も何も関係ない ただ目の前の戦いに身を委ねる
ラグナもまたそれに答えるように迎撃する、剣を振るい時に身を翻し 群がる戦士達を打ちのめしていく、一人一人のどうにもできない悔しさを受け止めるように
ラグナは強い、伊達に王子をやってない…あれだけの数を相手に冷や汗一つかかずに戦っている、対する戦士達も負けてはいない 確かに技量でも力量でもラグナに劣るが、彼らも死に物狂いだ
自分達だって本当は負けたくない、その一心でラグナに食らいつく…多分これがラグナの言っている負け犬の牙と言う奴だろう、あの鬼気迫る表情は半端に勝っている奴では出せないだろう
多分これなら大丈夫だと、エリスはサイラスさんと観戦モードに入る…
チラリと、サイラスさんの方を見れば 無表情だ…何を考えているのかわからない顔
「サイラスさん、昔戦士だったんですね」
ふと聞いてみる、彼は今軍師だ 軍師と戦士は違う、それにお世辞にも彼は強そうには見えないし…剣を持つところとかも想像出来ない
「まぁ…な、我輩も昔は戦士に憧れていたのだ」
「お祖父さんは有名な軍師なのですよね?、その方の影響で軍師になったと思っていました」
「別に祖父が軍師だから孫も軍師にと言うわけではない、我輩の父も母も戦士だし 祖父も昔は軍師でありながら戦場に立っていたと言う、だから我輩も 父と母に習って戦士を目指したのだ、結果は惨憺たるものだったが?」
そう語るサイラスさんは、なんだか少し寂しそうだ…戦士になるのが夢だったなら、今その夢は叶っていない 、つまり諦めたと言うことだろう
「我輩には戦士の才能が塵の一欠片程もなくてな、ロクに剣一つ振るえなかったのだ…貧弱で棒切れのような腕はいくら鍛えても彼らのように太くならず、朝から晩まで気絶する勢いで鍛えたが、結局我輩は戦士隊最弱の名を捨てることは出来なんだ」
サイラスさんはアルクカース人には珍しい細身だ、極細と言ってもいい 枯れ枝のように細い手や はお世辞にも強そう言えない、事実魔獣が出てもこの人はテオドーラさんやエリスにばかり戦わせていたし
そこでようやく分かる、この人が要塞の隅っこで隠れていた理由と道中の戦士たちを見る蛇蝎の如く嫌うような目つき…それは昔からここが いや戦士隊と言うものが苦手だったのだろう、アルクカースは弱い者には厳しい国 、そんな国で最弱と呼ばれる彼がこの要塞でどんな扱いを受けたか、想像に足ると言うものだ
「だから軍師を目指したんですか?」
「簡単に言ってくれるな、まぁ要するとそうなんだがな …戦士として戦えないならせめてと軍師を志した、天才軍師であるギデオンの孫である我輩はそこで華麗に隠された才能を発揮しメキメキと実力をつけた…なんてことはなくてな、軍師としても我輩は凡才だった 物覚えは悪い 駆け引きも苦手だ、プレッシャーにも弱いから人の指揮なんてまるで出来ない」
どこまでも才能がない 戦いに関わらなければ彼にも何か才能のある物に出会えたのかもしれないが、そうも行かないのがアルクカースというもの、それにサイラス自身 憧れの戦士になれなかったのだ、せめてそれに準ずる仕事をと しがみつくように軍師を志したのだろう
「才能はない 戦士の才能も軍師の才能も、だが諦めなかったさ…戦士を一度諦め軍師まで諦めたらもう我輩は負け犬以下だ、死ぬような思いで朝から晩まで勉強した 幸い祖父の影響で戦術書は山程あったのでな、意味は分からずともとにかく頭に叩き込みまくった…そんな時だった、我輩が若に出会ったのは」
若…ラグナの事だ、サイラスさんのラグナを見る目は純粋な敬意しか感じられないほど、サイラスはラグナに忠誠を誓っている、無いとは思うがラグナが死ねと言えばサイラスさんはラグナを信じ死ぬだろう
「このアルクカースで目を真っ赤に腫らしながら食い入るように本を読む我輩はさぞ奇異に映ったのだろうな、若はそんな我輩の隣に座り色々と話を聞いてくれた 話もしてくれた、…あの時 あの日のことは忘れもしない」
目を閉じ、夢想するのはあの日のこと 何年前かは思い出せないが…それでも尚あの時の光景と若の言葉は鮮明に思い出せると 彼は言う
『お前はとても勉強熱心だな、さぞ優秀な軍師なのだろう』
『何違う?別に優秀ではない?』
『ならこれから優秀になるのだ、だってこんなに頑張ってるんだから、いつかきっとすごい軍師になれるさ』
目を閉じれば未だにあの時の若の声が聞こえる あの幼い彼が放つ光に魅入られた時の感情が蘇る…
敗北感と劣等感に塗れた人生で、彼は初めて認められ笑いかけられた …故にこそ今がある、ラグナの声がなければきっと彼はまたどこかで挫折していたかもしれない、折れてしまうそうな彼を支えた芯こそがラグナなのだ
「それから努力して今の我輩があるのだ、…まぁ だからといって今の我輩が優秀だとは思えんが、それでも変われたとは思う…故に奴らも変われるだろう、人は誰かに信じられるだけで容易に変わることが出来るのだからな」
そう言いながらラグナに目を向ける、なんともう既に戦士達は皆叩きのめされており 、ボコボコに打ちのめされた戦士達の上に立つラグナ、さしもの彼も疲れたのか髪を汗で濡らし肩で荒く息をしている
「はぁっ…はぁっ、俺の勝ちだな!」
「ぐっ…ぐぞぉっ、俺達ぁ…結局負け犬なのかよ…」
特に打ちのめされていたのはバートランドだ、彼は誰よりも奮起し 誰よりも意地を張り、誰よりもラグナに挑みかかった、自分たちは負け犬になりたくないのだと 今までの修練を無駄にしたくないのだと、だが無情にも気持ちに体がついて来ず 大の字に倒れ力尽きていた
「はぁ…ふぅ、いや 強かった、死んでも勝利へ食らいついていくその気迫がある限り、君達は戦士として死なない 、自信を持て…君達に勝った俺が言うのだ、間違いない」
「な…何言ってやがんだ」
「その君達の強さを見込んで頼むのだ、もう一度言う…俺と継承戦に出て欲しい」
ラグナの言葉に、バートランドは言い淀む 強かったとそう言うラグナの目は嘘をついているように見えない、何よりさっき剣を交わしたからこそ分かるのだ、ラグナは嘘偽りや弁論でバードランド達を言いくるめようとしていない、本当に心の底から自分たちを欲しているのだ
その事が、剣を通して伝わってきた…だからこそ、言い淀む
「答えは今すぐでなくてもいい、難しい話だからな…だがもし俺と戦うという覚悟が決まった者は、この宿に来て欲しい…待っているよ、戦士達」
そういうとサラサラと布に血で宿の名を書くとバートランド達に投げ渡し、彼らの反応など見ずに踵を返しこちらに向かってくる
…説得は終わりか?、いやもっとしっかり話し合ったほうがいいんじゃないのか?エリスから見たらいきなり押しかけてボコり倒して帰ったようにしか見えないが、いや…言うまい言うまい、これが彼 ラグナのやり方なのだ 向き合い方なのだ
これでついて来れぬと言うならハナから仲間にするのは無理だったと諦めるより他ない、けど…チラリとバートランド達を見る
打ちのめされて、武器を取り落としながらも彼らの目は死んでない…ヤケクソに近いような、そんな決意を感じる 、最初感じたやる気のなさはもうどこにもない…存外大丈夫かもしれないな、これは
「悪いなエリス、待たせた」
「いえ、エリスはなんの役にも立ってません」
「側にいてくれるだけでいいと言ったろう、お陰で彼らと向き合う覚悟ができたからいいんだ、俺は以前彼らの敗北感を目の当たりにした時 その弱さに向き合えなかった、しかし 今こうやって向き合ってわかり合ったからこそわかる、弱さとは即ち強さだ…弱さ故の強さが彼らには そして俺達にはあるんだ」
この強さは 、兄様達には無いものだとラグナは自信満々でいう、弱さ故の強さか…確かに、弱いからこそ彼らは並々ならぬ覚悟で挑んできた、強いだけが強さじゃなく弱いだけで弱くは無い 、強い弱いとは難しい話なのだな
「さて、では帰りますか…そろそろ日も沈みます故、あんまり遅くなると留守番させたテオドーラが癇癪を起こす可能性がありますのでな」
「ああ、彼女はあれで寂しがり屋だからな…、だがすまん 途中で買い食いしてもいいかな、如何せん腹が減った…」
そう言いながらエリス達は訓練場を後にする、サイラスさんの言う通り日は傾き 直ここも暗くなる、その前に帰るのだ
「ふふふ、ラグナ?またニンニクを食べるのですか?」
「い…いいじゃないか、何食べたって」
「ええいいですよ、エリスもあの串の奴食べたいですし」
「おお、穿焼きですな?我輩も大好きですぞ!、いやぁあれは空きっ腹に沁みますのでな」
説得がうまく言ったかは分からない、もしかしたら戦士達に拒絶されてしまったかもしれない、正直エリスの頭の中は不安でぐるぐるだ…だけどそれを誤魔化すようにラグナと笑う、きっとラグナも不安だろうから それを少しでも取り除いてあげるのだ
こうして、エリス達の最初の勧誘は終わった…さて 次はどこに声をかけたものか、そう思うながら エリス達は要塞を出るのだった
…………………………………………………………
「おいしーっ!」
「すまないなサイラス、奢ってもらって」
「いえ流石に二人とも子供ですからな、ここは財布を出すのが大人というものですので」
エリス達は今ビスマルシアの街中、大通りを三人並んで歩いているところだ、手には穿ち焼き…串に刺した肉を焼いた単純な料理を持っている
ラグナも前言っていたが、そうやって串に刺しているから歩きながらでも容易に食べられるのだ、…なんだかゾクゾクする 晩御飯の前なのに内緒で買い食いして、剰え歩きながら食べるなんて行儀の悪い事をしている、この背徳感が堪らない 悪い事なのにとても楽しい
「はふはふ…」
「美味しいかい?エリス」
「はい!」
穿焼きも美味しい、…師匠にバレたら怒られてしまうかもしれないけれど 癖になりそうだ、そう思いながらお肉を口に運ぶ じゅわりと広がる肉汁と濃厚な味付け、そして柔らかなお肉の食感がエリス舌と歯を楽しませる、アルクカースは本当に肉料理を作らせた天下一品だ
「それにしても、アルクカースの街は夜なのに騒がしいですね、いつもこうなのですか?」
ワイワイガヤガヤというよりはギャーギャードカドカというような喧騒が街を包んでいる、冒険者に溢れていた時のアジメクに似ている、まぁあの時は一時的にかなり治安が悪くなっていただけで、普段のアジメクはもっと静かなのだが
「いつもこんな感じだな、アルクカース人は騒ぐのが好きだからね 昼も夜も無く騒ぐのさ」
そう言いながらラグナは慈しむように街を見る…、けど その慈しむ街はあっちこっちで殴り合いが起こっている、大丈夫のなの?治安悪くない?これが普段からとかやはりアルクカースは野蛮な国だ
そういえばこの国に入る前行商のパトリックさんがそこら中で喧嘩が起こってて怖かったと言っていたな、今ならその気持ちも少しはわかるかもしれないな
「早く宿に向かいましょうか、ああエリス君 あまり周りをジロジロ見ないように、目が合うと喧嘩を売られますのでな」
どんな国だよ、と思ったらさっきからサイラスさん 地面を見ながら歩いている…そっちの方が危ない気がするが、いやあれはひ弱な彼の編み出した護身術なのだろう、なら笑うまい…真似はしないが
「オラァッ!クソジジィッ!!」
「ひゃわっ!?」
いきなり鳴り響いた怒号に思わずピョーンと飛び跳ね驚いてしまう、なんだなんだいきなり…びっくりしたぁ、一瞬喧嘩を売られたのかと思ったがよくよく考えればエリスはクソでもないしジジイでも無い
バクバク鳴り響く心臓を手で押さえながらそちらを見やれば、なんだ?酒場?酒場で喧嘩をしてるんだ
「テメェ!今なんつった!」
先程の怒鳴り声をあげたのは牛のように大きな体を持った戦士…ではない、多分エプロンを下げている事から酒場の店主であることがわかる、そいつが鼻息荒く目の前の相手を睨みつけているのだ…
「だぁから、こんな酢になりかけ見たいな安酒に払う金はないと言ったんじゃ、こんなもんで銀貨4枚じゃと?高い高い 、老人バカにしちゃいかんよあんちゃん」
対するはフラフラと千鳥足で酒瓶片手に店を出て行こうとする老人、かなり酔っ払って…うん?あれ?どこかで見たぞ、あ!思い出した!昼間師匠に声をかけてきた老人だ!、よ…夜まで酒を飲んでたのかあの人
そのおじいちゃんが店主相手に金を払わないと言っているのだ、老人の飄々とした態度に店主はさらに顔を赤くし怒り始める
「お前…金を払わないばかりかうちの酒までバカにしやがって!」
その態度に怒り心頭の店主はそのまま鉄槌のような拳が振り上げられる、マズい!喧嘩の発端はどうあれあんな大きな手で殴られたらおじいちゃんがバラバラになってしまう!、止めなくては…と思った時には既に時遅く、落雷のように勢いよく店主の手は振り下ろされ老人の頭に…
「よっと」
…当たることはなく、老人は風のように滑らかな動きで拳を受け流し 流れるように店主の軸足を払い、逆に打ち倒してしまう
「ぬぉぁっ!?こ このジジイ…」
「甘い甘い、そんな分かりやすい動きに当たってやるほど耄碌しとらんよワシは」
宣うや否や起き上がろうとする店主の頭に酒瓶を一発叩きつける、あんな寸胴見たいな太い酒瓶を振るっただけで空気を切る音がここまで聞こえてくるのだ、その速度やキレを語るべくもないだろう
「がぼぁっ!?」
「ヒャヒャヒャ、いい酒とはこういうもんを言うんじゃ、よく味わっとけ」
舞い散る破片と飛び散る酒がキラキラと輝き、大男は光と共に大地に伏せる ただの一撃で昏倒させてしまったのだ、あの老人 ただ強く叩きつけただけではなく、どうすれば人が意識を失うのか それを本能や経験で熟知している、何が言いたいかと言うと彼は相当戦い慣れしているのだ
おじいちゃんはヘラヘラと そしてよろよろと歩きながその場を立ち去ってしまう、何者だったんだあの人…
「むっ、…そういえばあのおじいちゃん、師匠に声をかけた時 元第一戦士隊だって…あっ!」
刹那、エリスの脳の奥がピリピリと光が灯る、閃いた とでも言おうか…見つけてしまったのだ、第一王子ラクレスの包囲網を突破する、恐らく ラクレス自身も把握していない 穴を
「ラグナ、あのおじいちゃん仲間にしましょう」
「え?、あの老父をかい?…冗談じゃなさそうだね、考えを聞こう」
「はい、まずあのおじいちゃんの言うことを鵜呑みにするなら、彼は元第一戦士隊所属の戦士だったと見るべきでしょう…そして…」
…そして、第一王子ラクレスは有力な貴族や傭兵団 戦力になりうる存在全てに声をかけていたと言う、お陰でラグナはどの勢力からも相手にされなかった 戦力増強をさせない為のラクレスの包囲網、地味だがこれが強力で 今の今まで穴は存在しないと思っていた
だがどうだ、考えも見てほしい…ラクレスが声をかけたのはおそらく『勢力』だけ、個人にはかけていない筈だ、それも戦士の名を捨てた元戦士は尚更のこと。つまり目の前の老人はラクレスの息はかかっていないと考えられる
元戦士…、元 とはいえ戦士だ、確かに力は衰えていようがその経験は死んでいない、現役に勝る熟練の技量を持った者達、そんな元戦士はこの街に民間人として結構な数存在しているんじゃないか?、それを集めて話をすれば…戦力になるのではないか?
そう、ラグナに身振り手振りで説明する、彼の顔色は変わらない 、ジッと…そしてずっと考える姿勢だ
そして、ゆっくり口を開く
「……元ということは民間人だ、戦いに民間人は巻き込めない」
ピシャリ と拒絶される、ショック…だがラグナが嫌がるならエリスはそれ以上何も言わない、そもそも彼が主体なのだ 決定権は彼にあり…
「と、少し前の俺なら言ったろう、だが …兄様達に勝てるなら手段は選べない、民間人とはいえこの国の一人の国民だ 彼らにも選ぶ権利がある、うん 彼らと話をしてみようと思う 、強制はしないが上手くいけば確かにかなり頼りになる存在になりそうだ」
ニッ と笑いながらそう続ける、この…何を憎い事を、びっくりしたじゃないか
「よし、じゃああの老父を追う前にあの老父がやったことの始末をする、流石に食い逃げ飲み逃げを容認することはできん、エリスは店主の介抱を 俺とサイラスで混乱を収め店の片付けをする、チャチャっと終わらせて追うぞ!」
「はいっ!」
「お任せあれ!」
……………………………………
その後エリス達は大慌てで店の混乱を収め、老人に代わり店主を介抱し 謝罪と支払いを終わらせると、店主のおじさんが教えてくれた
あの老人は近所でも有名な酒飲みジジイらしく、その寝ぐらを知っていると言うのだ、しかし同時にこうも言われた
『あれは頭にクソがつくタイプのジジイだ、プライドが高く偏屈だから付き合うなら上手くやんな』
そう言ってエリス達に警告してくれた、後お店の片付けを手伝ったからとエリスとラグナは飴をもらった、サイラスさんは貰えなかった
ともあれ、店主から教えられた寝ぐらに向かう、もう辺りはすっかり真っ暗で 街の街灯を頼りに進むが…彼の寝ぐらは大通りから外れた路地裏にあると言う、裏へ裏へ進む都度明かりは少なくなり月と星の光だけが道を照らす闇の中を進み始める
ここで役に立つのがリバダビアさんから貰った光魔晶で作られた指輪、エリスがリバダビアの指輪と呼ぶコイツだ、エリスの魔力に反応し輝き その魔力の量によって光量もまた変わる、ちょいと強めに魔力を放てば ランタンよりも明るく周りを照らすことが出来る
お陰でこんな真っ暗闇の中もエリス達は迷わず進むことが出来た
そして、しばらく進み続けれ闇の中に暖かな光が見え始める、赤く…温度を感じるあの光は火によって起きるもの、耳をすませばパチパチとか細く聞こえてくることから、すぐそこで誰かが焚き火をしていることがわかる
こんな街中で?と思うこともない、ここは路地を奥に行きすぎて もはやスラムと言ってもいいほどの辺境だ、荒れるだけ荒れて 建物の中に住んで者も外に目を向けられるほど余裕がないのだろう
一応このスラムの有様を見てラグナは重苦しい顔をしていたが、決して目は逸らさなかった …彼がここを見て何を感じ何を考えていたか、エリスにはわからないが少なくとも今は関係ない為触れないでおく
「…いるな、話し声が聞こえる」
するとラグナがエリス達を手で制する、お?話し声?と思うながら耳をすませば 確かに笑い声が聞こえてくる、複数人だ
「お前 それで店主の頭かち割って逃げてきたのかよ!バカだねぇ!」
「明日にゃ憲兵とっ捕まってるぜお前、そのまま牢屋でくたばっちまえ」
「うるせぇ、不味い酒飲まされて黙ってられるアルクカース人がどこにいるんじゃよ、阿呆どもが」
「ちげぇねぇ」
ゲラゲラゲラ と手を叩きまるで宴会のように騒ぐ声が闇の中から聞こえてくる、さっきのおじいちゃんの声もする、外で集まってこんな時間に酒盛りか?、少なくともあのおじいちゃん 、エリスが知る限り朝から晩まで酒臭かったが、まさかずっとお酒飲んでるのか?
「それで?どのように接触するのですかな?、第一印象は大切ですぞ?」
「ううん、そうだな…でも変な小細工はしたくないし」
このまま普通に話しかけても警戒されるだろう、警戒されてはまずその警戒を解かなくては話にならない、なら普通に警戒されないようフレンドリーに話しかけたほうが利口だろう
しかしさてフレンドリーな話しかけとはなんぞや?そうエリスとラグナが軽く小首を傾げた瞬間…
虚空でキラリと光が煌めく、何かが奥の焚き火を弾いた光だ…ん?いや何が光ったんだ?、これは…ッ!?
「サイラス!エリスッ!!」
ラグナの焦り切った声が響く、分かっている と言わんばかりに身をその場で屈めれば頭の上を鋭い何かが通り過ぎ暗闇の中を何者かが走る、速い!
指輪で照らしているとはいえ視界の大部分を闇が支配するこの空間、周囲を識別するのにも苦労するこの状況下で必死に首を振り探す、敵だ 敵襲だ
「何者ですかッ!!」
「…………」
エリスの咆哮に対して、見えざる相手は答えない 返答の代わりに今一度キラリと虚空で反射光が煌めく、あの感じ ナイフか!
空切り音をあげ、エリスの指輪の光が届かぬ位置から高速で刃が振るわれ 白刃が飛んでくる、それをギリギリのところで身を逸らし避ける、素早く見切り辛い攻撃だが避けられないほどじゃない、だが反撃も出来ない
相手が的確に位置を悟らせず、同じ位置から決して攻撃を仕掛けてこない…間違いなくエリスは今幻惑されている、クソっ!面倒臭い!こうなったら魔術で周りのものを吹っ飛ばして仕切り直すか!
「待ちな!…動くんじゃねぇ」
ふと、背後から冷たい声が響く、この状況下で動くなと言われて止まるバカはいないだろう…そう思いそちらの方をちらりと見れば
「す…すまぁん、我輩…てんで弱いもので、捕まったぁ」
黒い影に腕をひねりあげられ 地面に押し付けられるサイラスさんの姿があった、…あの一瞬で制圧されたらしい、いや多分いの一番でサイラスさんとエリス達の力量を見抜き 、エリス達の足止めをするうちに一番ひ弱なサイラスさんの制圧に向かったのだ
つまりエリスとラグナは物の見事に嵌められてしまったようだ、仕方ない 人質を取られた以上、抵抗する術はない
「…ふぅ、わかったよ」
そう答えるのはラグナ…ってラグナの方はもう刺客を倒していたようで軽く肩を竦めている、彼の足元には薄汚い服を着た小柄な男が呻き声を上げている…いや あれは男というには些か歳をとりすぎて…
っていうかこれ、この人達って…エリス達を襲ってきたのってもしかして
「さて…コソコソ歩き回って、ワシらのナワバリで何しとるんじゃお前らは」
サイラスさんを取り押さえる男、いや エリス達が追いかけていた例の老人がギラリと目を目を輝かせてそう呟く、よく見ればエリス達に襲いかかってきた者皆、白い髭を深く蓄えた彼と同じくらいの老人達ばかりだ
こ…これは一体
「いやすまない、君達をどうこう というようなつもりはなかったんだ」
「本当かぁ?、ただのガキンチョがうろつく場所でもなければうろつく時間でもない、なんか隠し事があるなら正直に言ったほうがいいぜぇ」
「ひぇぇ…」
ラグナの毅然とした態度も意に介さず、老父は割れたビンの切っ先をサイラスさんの首元に押し当て、思わずサイラスさんが情けない声を上げる、はわわ え エリスはどうしたら
「待ってくれ本当だ、何も隠していない 、我々も君達に襲われたから応戦しただけなんだ」
「…イマイチ信じられんのぅ、ただのガキンチョがワシらと互角以上に戦えるとは思えんが、お前さんら名を名乗れ」
「え…エリスはエリスです、師匠の弟子のエリスです」
「俺はラグナ…、その ラグナ…グナイゼナウ・アルクカースだ」
「ら ラグナ・アルクカース!?、ジークムルド陛下のご子息の…そんなお方がなんでこんな所に」
「………んーー、隠し事はないが話したいことはある、一先ずこの状況では話し辛い、出来得るのなら 落ち着いた場所で貴方達と話がしたいです」
両手を挙げ、敵意がないことをできる限り示すラグナに習い、エリスもまた手を挙げる 何もないよ?何もしないよ?と軽く両手を振りながらアピールするがおじいちゃんの眼中に既にエリスはない
ジッと探るようにラグナを見ると、数瞬何かを考える素振りを見せると 周囲の老父達に目で合図する、…敵意がないことは伝わったみたいだ、エリス達を囲む気配がフラリと消えるのが分かる
恐ろしいおじいちゃん達だ、あんなヨボヨボの体なのに、その体から発される威圧はまるで衰えを感じない、でもこんな凄い人達がなんでスラムなんかに溜まってるんだろう…
「王族が話ね…まぁいいついて来な、言っておくが毛布やホットミルクみたいな落ち着くモンはここになねぇぞ」
「大丈夫です、腹を割って話せる空間であればなんでも」
「ぐへぇ…若ぁ、助かりましたぁ」
目の前のおじいちゃんがサイラスさんの上から退くと、ついてこいとばかりに焚き火の方へ招かれる、むむぅ やはりこういう交渉の場でエリスはまるで役に立てない、いや 分かる…ラグナには有無を言わさず話を聞きたくなる雰囲気を纏っている、多分王族特有の王者の気風という奴だ、それがあるからかラグナの交渉は比較的楽に進む
王者の気風…、残念ながら元奴隷のエリスではどう転がったって身につかない代物故半ば諦めている、けどふと思う デティにはそんな物なかったな、今思えばデティはつくづく導皇っぽくない人だった
ともあれ、エリス達は 謎のおじいちゃん軍団に包囲されながらスラムの奥の広場に連れてこられた、広場といっても何もない…いや昔は何かあったのだろうが今は全て取り払われ何に使うかわからない大量の木材と中心にデンとどでかい焚き火が焚かれている
そんな焚き火を囲むように エリス達は座らされる、地面には何も敷いてない…砂利や木片がお尻に刺さって痛いが文句は言わない、そんな空気じゃないから…周囲には同じくかなりお年を召した方々がエリスたちを囲み 疑り深くこちらを見ているのだから
「んでぇ?、その王子様がこんな辺鄙なところでなぁにをしとるんじゃ?」
とはいえ先ほどみたいな敵愾心にあふれた空気感ではない、ただただ真面目な空気だ
目の前のおじいちゃんはどこから取り出したのか、再び酒瓶片手に酔いどれ気分でこちらに問いを飛ばしてくる
「はい、それを答える前に名前をお伺いしてもいいでしょうか」
「あん、…まぁそちらが名乗ったのにこっちが名乗らないのは不公平じゃしのう、ワシはハロルド…ハロルド・デヴァステーションじゃ、よろしくのう」
ハロルドと言うのか、ハロルドはそう名乗ると再びグビグビの酒瓶を仰ぎ あっという間に顔を赤くしていく、酒臭い…
「ハロルドさんですか、…お伺いした所によると昔第一戦士隊のに所属しておったとか」
「おお、よう知っとるのう…いや、ワシあっちこっちで吹聴して回っとるし 知ってて当然か、そうじゃ 昔は国内随一のエリートとして働いとった…まぁお前さんが生まれるよりも前の話じゃがな」
「やっぱり第一戦士隊…だからあんなに強かったんですね」
思わずポロリと、エリスの言葉が出てしまう…いや実際強かった、衰えなど一切感じさせない戦いぶりだ、おまけに彼は酔っ払っていたのに一切判断を誤らなかった、歴戦の中の歴戦 と言ったところだ
そんなエリスの言葉を受け、彼はみるみるうちに顔を綻ばせ嬉しそうに笑い始める
「にゃはは、お嬢ちゃん素直なええ子じゃのう?、ああ強いとも ワシだけじゃねぇ、ここに集まってるハズレもんのジジイ達は皆第一戦士隊や第二戦士隊に所属しとった奴らばかりよ、中には隊長格もおる」
「凄いですね、やはりみなさんも凄い方々だったんですね」
お世辞でなく心の底から思ったことを口にする、自分で言うのもなんだが少女の無垢な感想と純粋な微笑みに、周囲の老父達もまたよせやいとかそれほどでもねぇとむず痒く鼻の頭をかいたりして照れ隠しする
悪い人たちじゃ…なさそうだな
「でもなんで、そんな人達がこんなところ追いやられているのですか?、元戦士ともなれば指導者として引く手数多の筈、事実元戦士の方が開いた訓練道場など アルクカースには山とある」
そんな空気を割るようにラグナが問う、確かに気になる あれだけの技術は得難いものだ、後進を育て 若者を導ける実力はある、なのに…彼らはまるで埃のように隅に寄せられ集められている、こんな掃き溜めみたいな場所に
ラグナの言葉は、あまりに鋭く率直であった為 再び老父達の顔を曇らせる…
「…道場ね、ワシも持っておったさ 弟子もおった、じゃがな 道場を持ったからって全てが上手くいくわけじゃねぇ、今まで戦うことしかしてこなかった人間が いきなり看板掲げて金を稼いで生きていく、なんて事出来るわけねぇだろ?…少なくともワシには出来なかったんだ」
そこから、ハロルドはポツリポツリと まるで堰を切ったように、ずっと誰かに聞いて欲しかった胸の内のそれを話し始める
彼は戦士隊を引退した後 妻と共に戦士を育てる道場を開いたと言う、その時は腕っ節さえあれば全部上手くいくと思っていたらしいが、実際はそうではなかった
門下生を引き入れるには宣伝をしなければならない 、道場の運営の為慣れない算盤だって叩かねばならない、戦士隊にいる時は別の誰かがやってくれていた煩わしいことを全部自分でやらねばならないのだ
やる事は数多 なのに道場の運営は軌道に乗らず、折角貯金を切り崩して建てた道場は寂れていき、上手くいかない苛立ちと先行きの見通せぬ不安を抑えるように呑んだくれていく内に妻に愛想をつかされてしまったらしい
妻に捨てられ 道場は潰れ、残ったのは僅かな金と莫大な借金、結果住む場所も失い…そこでようやくハロルドは気づく、世の中腕っ節があるだけではどうにもならないのだと
今まで軟弱者の小銭稼ぎとバカにしていたデルセクトの人間達はなんと強かだったのだろう、金を稼ぐ為あちこちに出向き 自立して生活している、これがどれだけ凄い事なのか気づかされ…彼は打ちのめされた、己のバカさ加減に
戦士としてのプライドは叩き潰され、酒瓶片手にここに流れ着いたらしい…ここには自分と同じように腕っ節だけでやっていけると思っていたバカが集っているらしく、毎日お互いの傷を舐めあい 静かに暮らしているのだと言う
「ワシはな、バカだったんだ…剣だけ振ってりゃ世の中生きているなんて勘違いしてた、道場を運営して上手くいってる奴は けして戦士隊の中では優秀とは言えなかったが、今思えばアイツらはワシらより世の中のことをわかってたんだ…、それなのにワシは…うぅ」
「ハロルドさん…」
ワシは遅すぎたんだ、気づくのに…戦いだけが世の中の全てでないことに… そう語る彼はいつのまにか泣いていた、いや彼だけではない 周りの老父達もまた泣いていた
かつての栄華と今の自分の情けなさに打ちのめされ…泣いていた
「今じゃ、こうやって街をうろついて情けなくタダ酒を探したり、スラムからの立ち退きを要請しにくる憲兵に怯えて暮らす始末よ、…悪かったな お嬢ちゃん達を憲兵の手先か何かと勘違いしちまった、よくよく考えりゃ そんなはずなのにな」
すまなかった ハロルドはそう謝るのだ、確かに街での彼らの評判は良くなかった、街の治安を守ろうとする者達と事を構えた回数は 少なくはないのだろう、それ故に彼らは守ろうとしたのだ…己の最期の縄張りを…、そんな所に土足で踏み込んで 悪い事をしてしまった
「いえ、…俺たちの方こそ コソコソと動いてすみませんでした」
「謝るこたぁない、見境なく襲いかかったのはワシらなんだからな…、全く 情けねぇよな」
情けない…彼は何度も口にする、この雰囲気を感じるのは今日2度目だ、1度目はそう…バートランドさん達から、つまり 彼らも打ちのめされているのだ、敗北感に…
「…で?、お前さん達はここに何しに来たんじゃ?ここは見ての通り小汚いジジイしかおらん、遊び場には向いとらんぞ?」
「そうですね、…実は 俺は王族としてこれから王位継承戦に臨む予定なのです」
「何継承戦?お前さんが?ガハハハ」
切り出す、本題に入る前に ラグナも同じように自分の身の上の説明をしたのだ、すると継承戦の名を聞いた瞬間ハロルド達が一斉に笑い出したのだ、一瞬 お前達じゃあ勝てないとバカにされたのかと思ったが…これは違うな
目元に涙を浮かべ懐かしむように 腹の底から笑っているのだ
「ガハハハ…そうかそうか継承戦か、懐かしいのう…ワシらも昔参加したものよ、そうじゃのう お前さんのお祖父ちゃんの代くらいか、あれは」
「ああ懐かしい懐かしい、あの頃は楽しかったな」
「国の未来を背負って戦ってると当時は緊張しまくったわい」
「け 継承戦に参加したことがあるんですか!?」
「おうとも、まぁ負けたがな…ワシの信じる王子様を勝たせてやる事は出来なんだ…、彼はワシらを信じてくれたと言うのに、その信頼に応えられなかった…」
継承戦に参加したことがある いや思えばかつて戦士であったならその可能性はあると思っていたが、ここにいる殆どの戦士が参加したと言うではないか、優秀な戦士隊であったなら引く手数多だろうが…そうか 、経験者だったのか
「しかし、皆さん強かったのですよね それでも負けてしまったのですか?」
「おう、デニーロとギデオンってメチャクチャ強い奴が向こう側にいてな…ああいや、二人ともまだ現役だったか」
「む、祖父様と戦ったことがあるのか?」
「あん?、祖父様?まさかお前デニーロ…いやギデオンの方の孫か?、ああ 道理で面影があると思ったぜ」
ギデオン・アキリーズ サイラスさんのお祖父さんだったか、エリスは会った事ないがサイラスさんに似ているようだ、在りし日のライバルの顔をサイラスさんに見たのか…ハロルドはジロジロと目を向けている
「ほう、我輩には既に祖父様のような天才軍師の気風があると?」
「いや、クソ腹立つ顔つきが似てる、悪いな 当時のこと思い出して思わず強めに取り押さえちまった、と言うかいっぺん腹を殴らせろ お前の顔を見とると腹立つ」
「なんでぇっ!?」
いや昔何があったんだ…
「と…ともあれ、俺は継承戦に参加するつもりなのですが…兄様の計略により国内ほぼ全ての戦力を封じられてしまっているのです」
「ほう、…ああ あのラクレスって王子様だろう、噂じゃ四方八方に話しかけまくっとるらしいじゃないか、ああいう用意周到なタイプは面倒じゃぞ…まぁ 面倒なだけで怖くはないがな」
「しかしその面倒な計略に見事はまってしまっていましてね、今 俺の手元に戦力と呼べる物は殆ど無いと言ってもいいです、このままでは寡兵で挑むこととなるでしょう」
「ほう、そりゃ大変じゃな」
「…なので、俺達は一緒に戦ってくれる戦士を探していたのです」
そこまで言うとハロルドはなんとなく合点がいったのか酒を飲む手を止める、…いや彼だけでは無い 周囲の戦士達も神妙な面持ちで地面を眺め始める、何かを考えているのか…あるいは待っているのか
「それで、探しにここまで迷い込んだと?」
「いえ、ハロルドさん達を戦士と見込み 声をかけに来たのです」
「……そうか」
と、一言述べるとまた グビリと酒を仰ぎ、彼は酒を持つ手をジッと見つめる、シワクチャでヨレヨレだが 今だに筋肉がついているように見えるあたり、昔の彼の戦士としての側面を思い起こさせる
「見てみぃ、この手を…まるで枯れ枝じゃ、あの頃持っていた力も何も全部失っちまった、あの頃のワシが今のワシを見れば 信じられず喚き散らすくらいには、今のワシは情けなさ極まる…剣だって もう十年近く握っていない」
「…はい」
「継承戦は過酷じゃ、今のアルクカースを担う者そしてこれから担っていく者達の戦場となる、…老兵が今更しゃしゃり出ても 何にもならんかもしれんぞ?」
ただ、そうは言うが 彼の目からは否定や拒絶の念は感じられない…あるのは 諦念?迷い?、違うな ラグナを見ているのだ 、老いさらばえた老兵としてではなく 数多の戦場を駆けた歴戦の戦士として
「何にもならないかどうかは、俺にかかっています …俺が皆さんの力を無駄にはせず、必ず勝ってみせます」
「ふむ…嫌な答えじゃな」
嫌な答え 目を閉じハロルドはそう吐き捨てる、嫌な答え …彼のお気に召す答えではなかったのかもしれない、だがラグナは他人の気持ちを慮り気にいるような答えを選んで言っているわけではない、これは彼自身が心から思っていること、故に撤回はしない
「嫌な答え…てすか?」
「ああ、昔を思い出す嫌なセリフじゃ…」
「もしかして、昔ハロルドさんが信じたと言う 国王候補と同じ…」
「いや違う」
とエリスが呟くと首を振られた、違ったんか…恥ずかしい、そりゃあそうだよな
「ワシの信じたあいつのセリフではなく、そりゃ ワシがアイツに言ったセリフじゃ、お前が勝つかどうかは俺にかかっている、俺がお前の決意を無駄にせず 、必ず勝ってみせる…嫌なことに今だに思い出せる、負け犬のセリフじゃ」
「でも、昔と今は違います…俺は俺です、今のハロルドさんから見て 俺は継承戦を勝てそうですか?、俺は貴方が力を貸すに値する男ですか?、それを 貴方の目で見て…貴方の意志で決めてください」
「…今のワシか、そうじゃのう」
「はい、かつて信じた国王候補の彼と同じように俺を信頼しろとは言いません、ただどうしても俺にはやらなくてはならないことがあるのです…だから 」
そこまで言ってラグナは口を止める、あとはハロルドの判断だけが行く末を決めるのだから、そのハロルドは 数瞬ラグナを見つめると、いきなり立ち上がり 背後のゴミ山の方へと歩いていく…なんだろうか
そう思っていると、彼はゴミ山から一振りの剣を引き抜く…捨てられていたゴミでは無いことはその綺麗に手入れされた輝きで何となくわかる、多分だがこれはハロルドの持ち物だ
「勝てるかどうか…そんなもん分からんわい、昔のワシなら偉そうに説教を垂れて断っていただろう、王者の気風がどうたらとか戦闘経験がどうたらとか言ってな」
剣を掲げる、持ち主は老い衰え もうどうしようもないくらい落ちぶれたと言うのに、彼の持つ剣は一抹の陰りもなく真っ直ぐ天を突いていた、何十年も前の剣だろうに…余程大切に扱っていたのだろう、ここに流れ着き全てを失っても剣だけは 戦士の魂だけは手放さなかったのだ
「だが今のワシから言わせれば、最初から勝てると思える戦いなどと言うものは一つもないと分かる、用意を重ね確実に勝てると驕る者が負け 敗色の中で何かをつかんだ者が勝つのが戦い、往々にして思うがままに行かぬ物だ…ここであれこれ偉そうに論じたとて何の意味もない」
「はい…そうですね」
「じゃから勝てるかどうかではなくワシがどうしたいかで語らせてもらう、…正直 ワシぁもう長くない、歳もそうだが酒浸りでこんなところに寝泊まりしとるんだ、明日にはポックリ逝っても仕方ねぇ身だ、だからこそ…思うのだ、かつて戦士だったワシの中の魂が叫ぶのだ」
かつての自分を思い 今の自分を感じ、彼はラグナに向き直る 、細いその腕に似合わぬ剣を片手にラグナを見下ろす、
「こんなところで、掃き溜めの中で蹲ってひっそり消えるなど 真っ平だと、どうせ老い先短いなら 最後に一発、ド派手に戦ってから死にてぇじゃねぇか、時代を担う次代を背負う者達の集う継承戦?時代に取り残されたワシらの最後の戦いには御誂え向きじゃあねぇか、なぁ?お前ら」
「へへへ、当たり前よぅハロルド!」
「待ってました!こんな日が来るのを何十年とな!」
「血が疼くぜ、何年振りだぁこんなのは」
ハロルドの言葉を受け、待ってましたとばかりにゴミ山から皆武器を取り出す、剣 槍 或いは斧 槌 そのどれもが使い込まれた、それでいてゴミ山の中に有っても輝きを失わずに炎の光を反射し煌めいていた
「受けるぜその話、ワシら老兵が今の世代に教えてやるぜ…アルクカースの戦士の何たるかをな、ラグナ様 アンタがワシ達に最後の戦場を用意してくれると言うのなら、ワシらは礼に勝利を贈ろう!」
「ハロルドさん!、ありがとうございます!」
「頭は下げなさんな、お前の頭にゃ王冠が乗るんだ…下手に下げたらずり落ちちまうぜ」
ニィッと笑う彼はもう、場末で落ちぶれ死にゆく老人では無い、かつてアルクカースの為に魂を燃やした いや今なお燃やし続ける歴戦の老兵なのだ、皆武器を片手に昂り体を動かし始める
「継承戦か久しぶりだな!」
「こりゃ、今から体慣らしておかねぇとな!酒なんか飲んでる場合じゃねぇ!」
「おい!寝てる奴ら叩き起こせ!、今から合同訓練するぞ!」
「ハッ!、アイツ久しぶりに張り切ってらぁ 元隊長の血が疼くってか」
…なんだか、みんな楽しそうだ また戦えるそう分かっただけで何年分も若返ったみたいだ、アルクカースは野蛮な国だ…戦いばかりが全てとされる乱暴な国、だけどここの人達は戦いに命を燃やす事を心底楽しそうにしている、それを見ていると なんだかエリスも考えを改めさせられる
「こうしちゃいられねぇぜハロルド!、アイツらにも教えてやらねぇと!」
「ん?、おおそうじゃった 、なぁラグナ様よい ワシらの他にワシらみたいに燻っとるクソジジイやクソババアがおるのじゃが其奴らも誘ってもいいかのう」
「それは是非ともお願いしたいですね、総勢でどのくらいになりますかね」
「さぁな、百人近くにゃなると思うが…まぁ 声かけて回らなきゃならねぇから、合流は少し遅れる」
バトルマシーンおじいちゃんやバーサーカーおばあちゃんの戦闘狂老人軍団か、なんかこういうと恐ろしいな色々と、だが頼りになることは戦ったエリスも分かる、彼らの経験は間違いなくエリス達の助けになるだろう
「んじゃ、ワシらはちょいと声かけて回るから、子供は帰って飯食って寝てな」
「ええ、分かりました 俺達も人を待たせているので…この宿で待っていますので、ハロルドさん」
「おう、待っておれよ?大将」
ガハハハと顔をしわくちゃにしながらハロルドさん達おじいちゃんは剣片手に路地裏の闇へ消えていく、…出来た 初めて仲間が
まだ実感が湧かないけれど、エリス達は今日初めて一歩前進出来たのかもしれない、ただいまはその感慨を感じるよりも前に…
「よし、それじゃあ急いで帰ろう…流石にテオドーラが心配だ」
そう若干冷や汗を流しながら立ち上がるラグナの言葉を聞いて思い出す、…見上げれば月は結構な高さまで上がっている、…思い浮かぶのは師匠の顔 マズいな…流石にこの時間までウロついていたとあらばエリスも怒られるかもしれない、そう思うと急に背筋が寒くなってきた
「い 急いで帰りましょう!」
エリス達も大慌てで路地裏から転がり出る…、結局宿に帰る頃には 入り口で師匠が立って待っていた…、いや普通に怒られた 帰ってくるのが遅すぎる、夕飯までに帰ってこいと
序でにサイラスさんも年長者なのだからしっかり手綱を引けと怒られ ラグナだけなぜかエリスに手を出したら殺すと言われていた、その後いじけて部屋の隅でのの字を書くテオドーラさんと共夕食をとり、この日は活動を終えるのだった…うん、大収穫だ 幸先のいいスタートに思わず顔を綻ばせる、とはいえまだまだ苦難は続く 気を引き締めていかねば
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