孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

42.孤独の魔女と戦わない為の戦い

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軍事大国アルクカースの中央都市ビスマルシア、その大通りの脇に止まる無骨な馬車を囲む物騒な一団があり、名を討滅戦士団…アルクカース最強の戦士達にして争乱の名を体現することを唯一許された者達

街を行く普通の戦士達は彼らの姿を見ただけで腰を抜かし慌てて周り右して帰っていく、あの討滅戦士団が集まってぐるりと囲み何かを守っているのだ、そんな現場に近づくなんて恐ろしすぎて出来るわけがない
 

ここで訂正するならば、討滅戦士団の彼らは囲んでいるのではない、覆っているのだ…内側の物を守っているのではない、内にいる者からこの国全域を守っているのだ
 
何せ彼らの円の中で対峙するのは…

「よう、レグルス…」

争乱の魔女アルクトゥルスと 孤独の魔女レグルス、無双の魔女と合わせ魔女最強格と言われる両者の激突が予想されるのだ、下手をすれば国が滅ぶかもしれない…そんな緊張が討滅戦士団に走る

「オレ様が挨拶してるのに…ちったぁ嬉しそうにしやがれよ」

そう、ニタリと笑うのは 争乱の魔女アルクトゥルス、暴威暴権の象徴みたいな奴がいま…地面にあぐらをかいて私を睨みつけている、相変わらず背の高い奴だ…座っても尚こんなにでかいんだから

「はぁ、なんだアルクトゥルス、私にはもうかける言葉もなかったんじゃないのか?」

私とアルクトゥルスは、この場で初めて再会したわけではない…思い返すのはエラトス国境でのこと、コイツが今強行しようとしている大戦争を止めるよう説得した時のことだ
 
…その時は全く聞き入れてもらえず、蹴り飛ばされた 、しかも割りかし本気で、あの時の事を私は許した覚えはないし、ごめんなさいされるまで許すつもりもない

「ああそうだな、国境でのお前は腑抜けだったからな…泣かせてくれるぜ、久々にあったライバルがあんな情けない顔情けない声で戦うのをやめてくれぇ~ってか?、勘弁してくれよオイ」

「なら…今はどうなんだ?」

「ん?、まぁ多少はマシか?オレ様に挑まんとする意気のいい目だ…が?ラグナとあの金髪のガキに戦わせてテメェは高みの見物ってのは頂けねぇな」

…明瞭ではない物の言い方にイライラする、何が言いたい 何がしたい 何故ここにいる 何故現れた、それ語ることなくニタニタ ニタニタと…

「アルクトゥルス…やはり何が何でも戦争を止めるわけにはいかないんだな」

「いかないねぇ、もうオレ様自身にもどうにも出来ねぇんだ…もう自分で自分を止められねぇし誰にもオレ様を止められない、大戦は起こすさ確実に…そうでもしなきゃオレ様は内から溢れるこの熱に焼き尽くされておかしくなっちまう」

「貴様…自国の民さえ自分の欲求に振り回すと言うのか、貴様のせいで割りを食った人間と国がいくつあると思っている」

軍事大国アルクースは常に戦争をしている国だ、戦争とは相手がいなければ出来ない 故にこの国は周囲の国を威嚇し常に宣戦布告しているのだ

そのせいで周辺諸国は常に荒れ果て紛争地帯では多くの人間が飢えと渇きに苦しめられている、その全てがアルクトゥルスのせいとは言わん、しかし それを承知で大戦を作り上げようと言うのなら…それは外道の所業に他ならない

「さぁな、自分の身と自分の国を自力で守れねぇ奴が悪いだろ、そりゃあ」

「その無力な人々を守るために我ら魔女がいるんじゃないのか」

「違うね、何勘違いしてんのかわからんが、オレ様達は別に正義の味方じゃねぇし聖人でもねぇ、見も知らぬ奴のために心砕けるほど善人でもないし全部を解決できるほど万能でもねぇ、…何より」

膝を立てヌルリと立ち上がれば、瞬きの間に私との距離を詰め、息がかかる程の距離で私を睨みあげる…

「この世界はオレ様達の世界だ、この国はオレ様の世界だ…この国の法はオレ様が決める、この世界の正義を決めるのはオレ様達だ、オレ様達がいえばそれが正しく それが正義になる、この世界は魔女の世界だ…この世界の法はオレ様達だ」

「アルク…」

その瞳は、もはや戦闘欲求しか感じない、八千年間ずっと抑え続けてきた闘争本能が爆発して、こいつは狂ってしまったのだろう、なら…なおの事 こいつの好きにはさせられない

「止めたきゃ力で止めろ、オレ様を殴って止めてみろ、戦おうぜレグルス 本気で」

「やめておく、今の貴様を相手にしたら…怒りで殺してしまうかもしれない、それに 私が止めるまでもなく、ラグナとエリスがお前の思惑など叩き潰すだろうからな、私が出る幕などない」

「……ラグナね、…まぁアイツに賭けてみたくなる気持ちは分からんでもないが、無理だと思うぜ」

ラグナの名を聞いた瞬間、アルクトゥルスの表情が変わる…不思議な表情だ、嬉しそうな それでいて残念そうな、複雑な顔だ…そういえばラグナには虎の子の魔女の抜け穴のことを教えていたり、何かコイツもラグナには感じているのかもしれない

「ラグナはな、確かに気風がある…だがそれ以上にアイツは弱い、腕っ節の話じゃねぇ 踏ん切りのつかない曖昧さとでも言おうか、アイツはもっとテメェに素直になればもっと強くなれる、それこそ暴君みたいな理不尽さを得ればな…」

「ラグナは優しい子だ、暴君になどなるわけがなかろう」

「ああ、ならねぇ 今のままじゃあな、だが……いやいいか別にどうでも、じゃあなレグルス オレ様と戦いたけりゃいつでも来いよ、相手してやる」

とだけ言い残すともう用はないとばかりに手を払い踵を返し人の群れの中に消えていく

結局何の用だったんだ?、いや…あれか 多分私が激怒して殴りかかってくるのを期待してたんだ、国境であの扱いを受けてキレた私が 怒りのままにアルクトゥルスを殴り、そのまま戦闘…なんて流れを期待し顔を見にきたのかもな

事実昔の私ならそれをした、昔の私はプライドばかり高かった…アルクトゥルスに挑発されれば一も二もなく殴りかかったろう、後先など考えずにな…

しかし私はそれをしなかった、故にアルクは私を腑抜けと呼ぶんだろうな

「…そうまでして戦いたいか、アルク…」

どこか噛み合わぬ友人との会話にため息を吐く、気づけば周囲を囲む討滅戦士団の面々も消えており恐らくアルクトゥルスと共に要塞の方へ向かったのだろう

…スピカは、みんな変わったと言っていたが 他のみんなもこんな風に変わってるんだろうか、スピカはそれでも昔の面影を残していたが アルクトゥルスにはそれがない、勝気な態度は変わらないが、根っこが腐っている

もし…ラグナが負けたら、…私はアルクトゥルスを殺してでも止めなければならないかもしれない、そんな嫌な予感を感じながら再び空を仰ぐ

喧嘩ばかりだったがそれでも確かな友情を感じた八千年前のアルクトゥルスの顔を思い浮かべ、遣る瀬無さからまた ため息を吐く


……………………………………………………

「継承戦への意気込みですか、確かにこの場には主要な貴族の方々が揃っています、次期国王となればこの場にいる皆と一丸となり戦い国を治める必要がある、なら…今この場で彼らに誰が国王にふさしわいか再度確認していただく絶好の機会となるでしょうな」

「うむ、その通りである、さすが我が息子」

ラクレス兄様は、まるで貴族達に確認するかのように 父の言葉を復唱する、ホリン姉様はめんどくさ~いと言いながらも襟を正しているし、あのベオセルク兄様でさえ貴族に向き直っている

今この場で行われるのは継承戦の前哨戦なのだとラグナは再度改めて心に思う、図らずして訪れた絶好の機会にして重要な局面だ

ここにいる殆どの人間はラクレス兄様を支持しているし、事実継承戦が始まればあの手この手で兄様を支援するだろう、継承戦には国王候補の選んだ人間しか関われない…がそれでも物資の支援などはできる 仲間が多いに越したことはない

だが、もしこの場で貴族達を説き伏せ ラクレス兄様からこちらに鞍替えさせることが出来たなら、継承戦は遥かに楽になる…

この場で貴族の支持さえ得ればいい…多くの貴族が集まるこの場はまさに絶好の場面、一々国を回り貴族の居宅に赴くよりも遥かに楽だ

だが同時に思う、俺にそれができるのか…今まで一人の仲間も得られなかったか俺が、兄から貴族の仲間を奪う事が

「……ッ」

だがやるしかない、意気込みよく俺も兄の横に並ぶ…そう やるしかないんだ!

「諸君達には選んでもらおう、この中で最も国王に相応しい者を…我が息子娘達の中から、この場で」

第一王子 ラクレスは不敵に笑う、勝利を確信した笑みが或いは他の候補など取るに足らぬと嘲笑っているのか、そんな彼に心酔するものは多い、他の候補の意気込みなどどうでもいい、いずれ我らが主になる彼の言葉を早く聞かせてくれと貴族達はざわめき立つ

第二王女 ホリンは歯を見せて笑う、獰猛極まりないその笑みに貴族達は未来を見る、戦技手繰る戦乙女が敵地の最奥に我が国の旗を突き立てるその瞬間を、彼女ならば実現させるだろうと

第三王子 ベオセルクは笑わない、この場に意味を見出していない、何故か?彼は誰の助けも必要としていない、孤軍であったとしもて勝ち 孤高であるが故に勝つ、国王候補最強の名は伊達ではないのだ…故にこそ彼に期待する者も多い

第四王子 ラグナは固唾を呑む、戦地に赴く兵士は皆あの顔をしている 、だが彼のことなど誰も見ていない、その潜在能力や才能の高さは認める、むしろあの歳でよくやっている…だが今回ばかりは相手が悪い、彼以外の三人誰が王になっても不思議ではないが 彼だけは無理だろうというのが貴族達の見解だった…、その場でただ一人 貴族ですらない金髪の少女だけが彼を見ていた

「さて、意気込みといっても単純な話だ 私は勝つ、そんな当たり前の話をしても諸君らはつまらないだけだと思う」

先陣を切ったのはラクレスだ、この場で最もこういうことを得意とするのはラクレスだ

彼は知っている、王という立場の者の言葉が 戦場という場においていかに重要かを、故に彼は喋る 一つ一つのアクションをできる限り大きく、叫ぶ声も大きく 語る言葉もより大きく、見せる夢は尚も大きく

「故にするのは王になった後の話だが、君達も知っての通り私は生粋のアルクカース人でね、好きなのは戦いと勝利そして酒と肉…そして何より好むのが実力ある者力ある者 強き者が私は大好きだ…、私の作る王国に弱者は要らないと言ってもいい」

横暴だろう 暴君の理論だろう、だがここアルクカースでは罷り通る、弱者の居場所はない?弱い奴は虐げられるだけ?ならそれは弱い方が悪い…そんな理屈 アルクカース人なら子供でも使ってくる

だからこの場にいる貴族達はむしろ沸き立つ、弱さのない絶対強者の王国を夢見るのだ

「私は宣言する、継承戦に勝ち デルセクトをも下し、この国をいやこの世界を…ただ強者だけが満たす世界へ変えると、弱者は淘汰しよう武器は捨てようなど嘯く偽善者は皆殺そう、私が作り上げるのはただ武器を研ぎただ力を振るい ただ満たされるだけの夢のような世界、いいとは思わないかい?」

弱さを徹底的に排除し 平和思想を悉く殺し尽くす、圧倒的な暴力と絶対的な暴力…これだ、これがラクレス兄様の本性だ…

いつもの優しげな雰囲気は別に猫を被っているわけではない、あの優しさもまた兄なのだ…が彼の根底にある戦争絶対主義的思想は揺るがない、軍事国家の第一王子としての役目とは 即ち戦争であると思っているんだ

「そんな理想を体現出来るのが誰なのか、君達に永遠の闘争を齎す事ができるのは誰なのか…、次の継承戦で明らかにしよう 楽しみにしていてくれたまえ」

兄はやるといえばやる男だ 勝つといえば勝つ男だ、もし彼が王になればデルセクトは滅ぼすしその勢いに乗ってカストリア大陸全土に戦火を広げ、文字通り戦いと力が世を満たすだろう

それは、アルクカース人にとっては生きやすいだろうが、ラグナは思う…そんな末世のような世界に未来はないと


「兄ィ殿は言うことがデッカいねぇ、理想もでかけりゃ口もでかい」

続いて口を開くのは第二王女ホリンだ、別に彼女はラクレス兄様のことが嫌いではないが、疼くのだ…目の前で勝利宣言をされて黙ってられるほど、彼女のアルクカース人としての血は薄くない

「でもさ、デカイ口叩くのは…私に勝ってからにしなよ、でなきゃみっともないだけだぜ?、私は王になったらみんなに何をします…なんて言わないよ、私は私の好きなようにやらせてもらう…当然王になってもね、他人を慮るなんてバカバカしい 毎日税金で浴びるように酒を飲んでやる」

彼女もまた暴君のような理論をかざす、だが残念なことにアルクカースではそんな思想も好まれる、わがままを通せると言うことは強いと言うことだ、強いと言うことは即ち素晴らしいと言うことだ

もし彼女が王になって文字通り酒池肉林の生活を送っても彼女が無敵であるうちは誰も文句を言わないだろう、負ければ地獄だが…

だが負けることを考えるアルクカース人などいやしない

「私と一緒に好き勝手したいって奴がいるならついてくればいい、私の行く道の後ろだったらついてきてもいいよ」

これを雑魚が言っていたら誰も聞かないだろう、バカな奴がバカを言ってると笑うだろう…だが誰も笑わない、彼女の圧倒的強さを知っているから、彼女は強いだからわがままも許されるしわがままである限り彼女は強くあり続ける…そんな彼女の漢気に惚れ込んだ貴族は、皆ホリン姉様についていくのだ

「……俺ぁ兄上や姉上みたいにあれこれ語るのは得意じゃない」

ベオセルク兄様は面倒臭そうに頭をかく、兄様は口が上手い方じゃない そのぶっきらぼうな物言いで敵を作ることも多い、だが彼はそれを改めない 敵ができたところでそれを叩きのめせばいいだけだから

「勝ったら…王になったら、そんなもん関係ない 俺は継承戦の後も変わらない、戦いの多い方へ進む、それだけだ」

それだけ 本当にそれだけ、言葉も思想もそれっぽっち…でも十分だ、貴族達は察する コイツがもし王になったら、きっと武器の手入れをする暇もないほど戦争だらけの日々を送ることになるだろう

そして同時に貴族達は微笑む、それはなんて素晴らしいことなのだと…まぁそれもいいだろうな、全てを忘れて戦えるなら 俺も悪くないとは思う、けれど やっぱりだめだ

ラクレス兄様の理想も ホリン姉様の理屈も ベオセルク兄様の理論も…全部、結局この国を滅ぼすことに繋がる、アルクカースだって無敵じゃないんだ、戦い続ければいずれ国家としての基盤が崩れる、それでも戦士達は戦うことをやめないだろうが

それじゃあ何の意味もないだろう

「さて、ラグナ?君は何か言いたいことはあるかい?」

「そうそう、私たちばっか言ったんじゃ不公平だしさ、ほら前出て言っちゃえ言っちゃえ、ぶちかましてこい」

「………………」

ホリン姉様に背中を押され前へ出る、ラクレス兄様は応援するように笑い ホリン姉様はファイト と拳を握る、ベオセルク兄様は何も言わないがその場からも動かない、俺の言葉を三人の大切な兄妹達が聞いてくれる…視界を覆い尽くすほどの貴族達が俺の言葉に耳を傾けてくれる

つらい、こんな優しい家族達の理想や理屈を否定しくない…、俺を見る貴族達の期待を裏切りたくない…

でも…でも

「お 俺が勝ったら、デルセクトとの戦争は中止にさせます、魔女大国間での大戦は起こさせません」

やはり この国を滅させるわけにはいかない、そう口に出して宣言する…

「アルクカースは強大な国です、ですがデルセクトも同じく強大です …もしぶつかり合えば双方の被害は取り返しがつかないほど甚大なものになります!最悪アルクカースという国そのものの存亡にすら関わる!、確かに戦えればそれでいいかもしれないが…みんなは貴族だ 俺たちは王族だ、闘争本能以上に優先しなきゃいけないものがあるんじゃないのか!」  

語る、頬を冷や汗を伝う…分かる 手応えがない、場が白けている…兄様や姉様の時感じたような熱気を貴族から感じない、そりゃあそうだ 俺は今闘争を否定している

アルクカースで闘争を否定するということは、その国の価値観の基盤を否定しているに等しいのだ、だがそれでも国の存亡には変えられない

「先のエラトスにした仕打ちを受けるのは今度は俺たちかもしれないんだ、負ければ悲惨だ !無辜の人々が虐げられ 君達の家族だって血に塗れ倒れふすことになるかもしれないんだ、…聞けばデルセクトは火薬を用いた武器を大量に使うと言う、その文明レベルはもはやアルクカース以上…」

「もうやめておきなさい、ラグナ」

俺の必死な言葉を遮り、冷たい言葉が響く 兄の声だ…ラクレス兄様の声、目を向ければ声の通り冷淡な目で俺を見つめていた

「ラクレス…兄様」

「まだ、君は考えを変えていなかったんだな…、少しは現実を見るようになったかと思ったが…君の思想はそりゃあ他国からすれば美徳だろう、だがそれをアルクカースに持ち込むな 君はアルクカース人だろう、アルクカースの王となるべき男だろう」

「ですが、王であるからこそ この国を破滅への道へ進ませるわけにはいかないんです、デルセクトと戦えばこの国は…!」

「勝てばいい、一縷の隙もなく勝てばそれでいいのだ」

だから ダメなんだそれじゃあ、勝てば万事上手くいくわけじゃあないことくらい兄様だって分かってる筈だ

「兄様!勝ち負けなんて関係ないんです!戦えばもう後に引けないんです!」

「ラグナ…君が否定している闘争はアルクカースの基盤だ、根源となる部分を否定しているのだ、アルクカースの闘争を否定すればこの国にはもう何も残らない、目の前の戦いから一歩引けば 破滅という断崖に足をすくわれ、我が国は衰退という崖を転がり落ちることになる」

「衰退は…させません、数千年の歴史を持つ我が国には戦い以外にも文化がある 、それを生かし、戦い以外の道を探せばデルセクトと戦う以外の道を選んでも繁栄でき…」

「その数千年の歴史を守り積み上げたのが祖先達の闘争だ、何をするにしても我々は常に戦ってきた、戦いの中で全ての文化が生まれた国なのだ アルクカースという国は、それを否定して望める繁栄とは…一体なんだ?」

ああ、これはダメだな …今俺の語る言葉はそのどれもが兄の理想を輝かせる踏み台にされつつある、俺が何を言っても兄はアルクカース人の理想で上書きし より一層貴族達の支持を集めていく

「ラグナ!、闘争を否定し 争乱から逃げ、アルクカースの血と誇りに背を向けて戦わない君に!我々の戦争を否定する権利はない!」

「に…兄様…」

「諦めなさい、戦わない道を選ぶ君では勝てない…デルセクトにも我々にも何にも、当然 王にもなれない」

あの優しい兄が、俺の全てを否定した…当然だ俺が先に兄の全てを否定したのだから

…諦めるのか、言われてみれば兄の言うことは筋が通っている気がする

俺はみんなを戦った先のことを考えていないと糾弾したが、じゃあ俺は戦わなかった先を考えているのか?、アルクカースの闘争を否定すれば根底からこの国は揺らぐ、それはそもそもこの国の秩序さえ崩すことに繋がるのではないか…

やはり、俺には荷が重いんじゃないか…国の存亡なんて話は、そもそもの話俺は…兄には勝てないんじゃないか、考えれば考えるほど 自分を否定する言葉が浮かんでくる

「ッ……」

ダメだ…何も言い返せない、俺の薄っぺらな理屈じゃあ兄の理想には敵わない…、目を伏せ もはやこれまでと一歩下がろうと足を引く


「勝てます!勝ちます!」

「…何?」

声が兄を否定する、俺の声じゃない でも俺を肯定する言葉、この声は俺の後ろ いや俺の隣の…

「エリス?」

「…ラグナは勝ちます、貴方達みんなに!」

顔を真っ赤にし目に見えて激怒しながら、ラクレス兄様に向けて怒鳴りつけているのだ…なんでそんなに怒ってるんだ、…いや俺の為に怒ってくれているんだ、俺が本来言うべき事を代わりに

「勝てる…か、エリスと言ったね その言葉は易々と使うものではない、勝利とは戦わねば得られぬものだ、戦わないラグナには相応しくない」

「ラグナの兄なのに貴方はラグナのことを何にも分かっていないんですね!、…ラグナは戦ってます、この場にいる誰も経験したこともないような辛く苦しい 味方のいない孤独な戦いをずっと続けているんですよ!、戦わない選択を貫くための戦いを!」

「選択を貫く為の戦い?…」

一瞬エリスを止めようかと思った、やめてくれどうせ兄には敵わないと …でも、その言葉が口から出ることはなかった

きっと、…きっと俺はまだ心のこそから諦めていないんだ

「ラグナは誰にも味方してもらえなくても 実の兄や姉と戦うことになっても、決して折れることなくここまでやってきたんです!その信念と覚悟を知りもしないで人の答えを否定しないでください!」

「私は何も悪意でラグナの考えを否定しているわけではない、兄として助言しているんだ…叶わぬ願いの為にあがき傷ついた果てに何がある 、あるのは私に勝てず結果 争いを忌避した愚か者の敗北者のレッテルが貼られるのだ、それを見るのは忍びないから言っているのだ、その考えを捨てろと」

「勝てばいいんですよね、ラクレスさん貴方が言ったように勝てば誰も文句を言わないんですよね!一縷の隙もなく 一切の文句を挟む余地もなく勝てば、誰もラグナを悪く言わない 、それがこの国のあり方なんですよね!」

「…勝てればな」

兄の目が輝く、エリスの目が鋭くなる…分かる エリスが何を言おうとしているか、それを言えばもう引き下がれない、それはもはや宣戦布告だ…けど、けど…俺は…

「勝たせます!エリスが!、勝ちます!ラグナが!、エリスとラグナでラクレスさんもホリンさんもベオセルクさんも叩きのめして勝ってみせます!、勝って戦争をやめさせ ラグナが正しいことを証明してやります!」

ホリン姉様がギロリとエリスを睨む ラクレス兄様が口を固く結ぶ…周囲の貴族達が、騒めきたつ…、やった やってしまった、みんなの前で戦争を否定し切ってしまった、曖昧に濁していた俺の言葉を形にしてしまった

…いや、いや違う!エリスがやったんじゃない、エリスは俺を信じてくれているんだ、俺なら勝てると俺が正しいと、信じて啖呵を切ったエリスを前に どうして俺が黙ってられるんだ

「エリス君、勝つとは…安い言葉ではないと教えたはずだが?」

「いえ、ラクレス兄様…俺の決意もエリスの覚悟も決して安くはありません、俺もここにいるエリスと共に宣言します、俺は!エリスと一緒に…継承戦を勝ちます」

白ける その言葉が場を包み込む、周りの貴族達は誰も俺に賛同してくれない、俺の選択は間違っていると誰もが思っている、兄の言う通り戦争を回避すれば国が衰退すると…皆思っている

だがそれでもいい、誰も信じてくれなくともいいんだ この選択を俺は信じる、この選択を信じる俺を 信じてくれる仲間がいる限り、俺は戦えることに気づいた…気づかせてくれた、エリスが…

「無理だと否定するつもりはない、やってみるがいい…やれるならな、だが君達が私の理想に反するもの掲げる限り、私は容赦しない、弟と言えど撃滅しよう」

「そうだね、せっかく回ってきた大戦争…回避されちゃあ堪んないよラグナ、お姉ちゃんも本気出しちゃうから覚悟しててね」

俺の宣戦布告に兄は冷たく睨みつけ 姉は獰猛に笑う、恐ろしい この二人の前に敵として立つのが、でももう引かない

俺は今まで、いろんな言い訳をして自分の決断に真に向き合う事を恐れていた、いろんな事が上手く行かない事に甘え『上手くできないならしょうがない』と言い訳をしていた、あの優しい兄と姉と戦いたくない 大好きな兄妹と戦いたくないと言い訳をしていた

そうだ言い訳だ、結局のところ俺は恐れていただけなんだ 信念を否定し尽くされ負けることが怖かったんだ、でも…でも負ける覚悟もなくてはきっと勝つことは出来ない

だからもう言い訳はしない、ここから本気で足掻く 結果負けて地の底に落とされようとも、全てをかけて俺は エリスと一緒に兄様と姉様を倒すんだ

「…フッ、では  ラグナの意思も聞けたし ここにいる貴族の皆様方も誰が国王に相応しいか分かったようだしな、今日はこのくらいでお開きにするとしようか」

もはやこの場に用はないと述べるとラクレス兄様は踵を返しホールから去ってしまう、今日の舞闘会はもう終わりだ 、この場に集まった貴族達は自分の支持する候補の元へと歩み寄る

その大半はラクレス兄様と共に外へ出て行残った少数はホリン姉様の元へ向かう、俺のところには誰も来ない

結局、俺はこの場で仲間を作ることはできなかった…いや?仲間は作れた何よりも信用できる、本当の仲間を一人 作ることができたからいいのだ

「ラグナ、頑張りましょう!絶対絶対!勝ちましょう!」

俺の隣でフンスフンスと鼻息荒く気合いを入れるエリスを見て、気持ちを新たにする…

「ああ、勝とう 俺と君…いやみんなで、継承戦を勝ち 戦わない事の正しさを兄様と姉様に教えてやろう」

志を真に同じくする仲間と共に今一度己の覚悟を決める、何が変わったわけじゃないし 状況が好転したわけではないけれど、けれども思う…やはりエリス 君は流れを変える力のある人間だよ

今確かに 俺の中の流れはこの子によって変えられた、迷いを捨て戦いへ挑む流れへと

「…クカカ」

「…ベオセルク兄様?」

ふと、人混みの中ベオセルク兄様の視線を感じる、それはいつものような気怠げなメンドくさそうなものではなく、確かに燃ゆる闘志の視線だ…少し前の俺なら怖気付いただろうが、目を逸らさない そうだ…俺はあの人にも勝つんだ

「……俺にも勝とうってんなら、強くなれよ 今のままじゃあ口がでかいだけの雑魚だからな、チビラグナ」

「分かってます、一年後楽しみにしていてください」

そう俺が言い返せば、口元を歪め再び猫のように背を丸め怠そうにホールを去る、…その言葉と敵意の篭った視線でなんとなく そしてようやく実感が伴う、先程の言葉で 俺はやっと兄様と姉様達と同じ土俵に立つことができたのだと

敵ですらなかった俺が、今日やっと 兄様と姉様の敵になれたのだ…

もう、迷うのはやめだ 立ち止まるのは終わりだ、進むんだ 傷ついても

……………………………………………………………

エリスは…あの舞闘会の場でラクレスさんとホリンさんに喧嘩を売ったエリスはその後、ラグナと慌ててダンスホールを後にし 修練場で同期の戦士に挨拶しているテオドーラさんを回収

何故か部屋の隅で一人ぼっちで縮こまっていたサイラスさんも回収し、外で黄昏る師匠の元まで駆け込み 流れるようにビスマルシアの一角に拠点が代りの宿を取りバタバタと急いで作戦会議の準備を進める

作戦会議だ、あの舞闘会での一幕でエリスとラグナの覚悟は決まった 勝つんだ、それしかない、でも敵は強大だ 一秒たりとも無駄に出来ないと今から今後の方針を定めるのだ

テオドーラさんやサイラスさんは特に何も説明せず、鬼気迫るエリスとラグナの顔を見て何か察してくれたようで特に何も聞かずに場を整えてくれた


大きめな宿、アジメクにあるような綺麗なものではないが些か部屋が広い…真ん中にテーブルを置いて囲むように座る、別に意味はないが形としていると思ったからそうした、テーブルの上に広げなきゃいけないものはないので 一応エリスが淹れたコーヒーを人数分置いてある

ちなみに何故宿をとったのかだが、フリードリスは要塞兼王城 つまりラグナの家だ、ならそこで作戦会議なり軍議なりすればいいと思うかもしれない、いや事実エリスもそう思ったのだが…あそこはラグナの家であると同時にラクレスさんや他の候補者の家でもある、どこで聞き耳を立てられるか分からない以上 こうして宿をとって別拠点で行動するらしい

「さて準備が整ったな…特に説明もなく急かして悪かったな、テオドーラ サイラス」

「いえいえ、どうせ舞闘会でなんかあったんでしょう?」

「候補全員が揃い踏みしていたと聞く、他の候補 …兄殿や姉殿を見て気合が入ったのだろう」

「ああ、…いや発破をかけてくれたのはエリスなんだが、ともあれ今の今まで踏ん切りがつかなくてすまなかった、ここからは手段も形も選ばない とにかく勝ちに行こう」

五人で囲むテーブルを叩き立ち上がるラグナ、うん ラグナはあの舞闘会以降かなり気合が入っている…もちろんエリスもだが

ラグナのはただ気合が入っただけとは違う、本当に見違えた顔をしている、今までの『勝たなきゃいけない』と思っている顔から『勝つ!』と決意した目に変わっているんだ

だからこそ、こうして作戦会議と称して 何か行動を起こさねば気が済まないのだろう…今胸に滾る炎を燻らせるわけにはいかない、この勢いのまま行動するんだ

「ひゅー、若いつも以上に頼りになるぅ!でも具体的に何するんで?、貴族の仲間とか得られんすか?」

「いや、もう貴族の助けは望めない…それ以外を攻める」

だがどれだけ気合が入っても状況は変わらない、いや悪化した あの時ラグナの語った理想は誰一人として共感者を生まなかった、それを悪いとは言わない 変に妥協してこちらが折れては意味がないから

今のラグナを受け入れられないというのなら受け入れてもらう必要はない …継承戦に勝って受け入れさせればいいのだがら

けどそれはそれとして戦力不足という問題は解決していない

「なぁ、少しいいか?」

と挙手して静かに意見を言うのは師匠だ、これはエリスの思い込みかもしれないが なんだか師匠も少し意気込みが変わった気がする、継承戦により一層乗り気になった気がする…まぁ 戦い自体に参加してくれないのは変わらないのだが

「なんでしょうかレグルス様」

「いや、私達はその候補達の手元の戦力に疎い、ここは状況を改める為にも各候補達の戦力を教えてはくれまいか」

なるほど…、確かに一理ある

いくら多くの戦力を抱えていても継承戦に参加できるのは最大千人まで、例えラクレスさんがこの国の大半を味方にしていても参加人数は変わらない、となれば戦力として運用してくる者は限られるはずだ

「そうですね、確かにまとめておいたほうがいいでしょう、サイラス」

「うむ、その辺に関しては事前に調べてある…全てではないが、ある程度の情報は手元にあるさ、戦いでは情報量がモノを言うのでな」

さすが軍師、思えば彼はエリスが寝込んでいる僅かな間にエリス達の素性を調べ上げた辣腕軍師だ、ここまでの道中まるで役に立たなかったが こう言う頭脳担当の場面では、むしろ彼の方が頼りになるかもしれない

「凄いですねサイラスさん、頼りになります」

「ぬっはっはっはっ!、ようやくエリス君も我輩のすごさに気がついたか?、もっと褒め称えたまえ」

「エリス、サイラスは優秀だが褒めると役に立たなくなる 、あまり褒めないでくれ」

「若ぁっ!?我輩褒められて伸びるタイプなんですけどう!?」

ラグナに怒られてしまった、だが確かにこの人は煽てると瞬く間に調子にのる、多少辛い扱いをした方が彼はいい仕事をするかもしれないな

「ぅおっほん!、では…我輩が調べた情報によると、まず目立つのはやはりラクレス様でしょうな、凄まじい戦力です 凡そ国内で集められる一級品の戦力を集めております」

だろうな、それはエリスにもわかる 、彼の国内の人気はこの目で見た…国内の殆どの貴族や勢力を味方につけているから、多分 そう言ったところから選りすぐりの千人を選びぶつけてくるだろう

「まず彼の手元で参加が分かっているのは第一戦士隊と第二戦士隊から二百五十人づつ 計五百人、他の争乱槍撃隊 争乱弓穿隊 そして工作兵となる技術者 合わせて三百人」

戦士隊 …確かに数字が小さいほど強いのだったな、特に第一戦士隊は討滅戦士団に次ぐ実力者集団だと言う、その中から優秀なのを250づつ 他にも様々な技能を持った部隊をそろえ八百人か…うん?足りない?

「あの、それで八百人なら残りの二百はなんですか?」

「残りは国外の戦力、冒険者です」

冒険者!、ラグナが仲間にできなかった勢力だ…やはり既に手を回していたのか、でも…

「アルクカースと戦いたくないからって断ったのに、ラクレスさんには味方するんですね」

「あれは場末の雑魚だからな、ラクレス様が味方につけたのは冒険者協会本部の方です、特段優秀なのを二百送るよう話をつけているようです、恐らくですがその殆どが二ツ字 中には三ツ字もいるでしょうな、流石に四ツ字は参加しないでしょうが」

またでた、その三ツ字とか二ツ字とか、エリスはここに至るまでに何度か聞いている…それも全て冒険者の口から

「あの、その字ってのはなんなんですか?、師匠は知ってますか?」

「いや私も知らんな、私の知る冒険者はそのような肩書き持たないはずだったが」

師匠も知らないのか、でも分かるのはその字を名乗る奴らは皆強いと言うこと、…なんなんだろうとラグナに聞けば代わりにサイラスさんが答えてくれた

「おや、聞いたことないかね…字とは冒険者協会で制定された実力者達に送られる物ですよ」

曰く、冒険者の中で特に力を持つ者達には その強さと功績を称えて『字』が贈られるらしい、字は全部で四つ 一ツ字 二ツ字 三ツ字 四ツ字 …四ツ字が最上級になるらしく、肩書きは字に応じて増えていくようだ一ツ字なら漢字一文字 四ツ字なら漢字四文字、そんな感じだ、ちなみに騎士とか非冒険者の名乗る二つ名には適用されないらしい

成立は約50年前、冒険者協会最高幹部ケイト・バルベーロウによって作られた制度らしく、字を持ち 字が大きいほど受けられる恩恵が大きくなり、実力者がより一層優遇される構造を作ったらしい

一ツ字はDランクを一人で狩れる者 二ツ字はBランクを狩れる上にさらに抜きん出た実力を持つ者

三ツ字級になると小国の最高戦力クラスの実力になり、四ツ字級はなんと魔女大国の最高戦力クラスになるらしい、四ツ字持ちの中には討滅戦士団よりも更に強い実力者がおり 単一で魔女大国と交渉できるようなのもいるとか、聞いた話しじゃ魔女相手に戦い倒されず逃げ果せた者も…

よかった、四ツ字持ちが参加していなくて本当に良かった、そんな怪物みたいなのが参加してたらどうにもならなかった

「まぁ、四ツ字持ちは冒険者協会で幹部とかやってるのでそうそう出てこないから、これは安心しても大丈夫だろう、…だが 三ツ字級一人で小国の最高戦力クラスだ …それが数人揃うのは覚悟しておいた方がいいだろう」

なんでもラクレスさんはその最高幹部ケイトと通じているのが最近わかったらしくて戦力の斡旋もつい最近分かったらしい…ラグナが他国に戦力を探しにいくと聞いても余裕だったのはこの所為だろうな、冒険者を頼っても 既にその頭を抑えてあるんだから

「そして、ホリン様ですが…これはホリン様が自前で集めた武芸者だけで構成された五百人と、叩き潰して無理やり言うことを聞かせた傭兵団三百人の 計八百人です」

ホリンさんは趣味の奥義集めの際 道場破りも並行して行っているらしく、部下はその破られた道場の者達で構成されているらしい、戦士とは違うが 武術を修めた者達だ…これも相当強い筈だ

「そしてベオセルク様ですが…これは分かりませんでした、彼は自分だけの軍を持っていることは分かるのですが、徹底して隠しているようで 人数や構成員までは分かりませんでした、あまり多くないのはわかるのですが…」

意外だったのはベオセルクさん、そのあたり気にしなさそうな人だったのに…いや他の人達だって大々的に戦力内図を公言しているわけではないだろうし、ベオセルクさんは他の人たちより隠し方が上手いと見るべきか

「ま、ベオセルク兄様はその辺隠すだろうな、あの人戦いに関しては死ぬほど真面目だから…多分継承戦に関わる情報は一切外に出さないと思うから、こればかりは考えても無駄だと思う」

「そうなんですね、…なるほど ラクレスさんのように自身の軍を大きくし過ぎればその分目立ちますからね、目立たないようある程度の数を絞り 情報をシャットアウトする戦法なのかもしれませんね」

「多分な、兄様の軍の威容で圧倒するスタイルとは真逆の物だ…あの人は真面目だからな」

かなり不真面目だと思うが ラグナはエリスの知らないベオセルクさんの一面を知っているのだろう

「所で討滅戦士団の方々は参加しないのですか?」

しかし今さっきの話を聞いたところ、国内最強の彼らの名前がない…彼らが参加するのなら話は変わってくる、そしてもし仲間にできるならこれ以上のものはない

「参加はしない…か、どうかは分からない 今のところ誰も参加を表明していない…彼らは魔女直属部隊であるが故にどの候補にも属さない、でもアルクトゥルス様も別に参加を止めてるわけじゃないから 二、三人は参加するかもだけれど 今はなんとも…」

「テオドーラさんとサイラスさんのお祖父さん達は討滅戦士団でしたよね、…お話しできないのですか?」

「無理ですな、…あの二人は何が何でも動かないでしょう」

無理 とサイラスさんは言う、二人の祖父は魔女の両腕と言われるほどの人物 仲間になればそれだけで勝機が生まれるが…恐らく、強すぎるが故に不干渉を貫くのだろう、彼らが味方した時点で次期国王が決まってしまう それはあまりに不公平だからだ

まぁいいや、不干渉ということは味方にはならないが敵にも絶対にならないということだから、その存在は一旦忘れておこう

「さて、話を戻しましょうか、戦力はおおよそこの通り、…やはりそこそこ数を揃えねば勝てませんねこれは」

どの候補ももうしっかり軍を持っている 、もうみんな軍で訓練をし連携力を高める段階に入っている、エリス達に残された時間は少ない、ギリギリで数を揃えても 戦力内で連携を組み立てる時間がなければ意味がないのだ

「ああ、……どこを当たるか」

そして皆押し黙る、時間はない人手もない されど妙案もない、あるのはやる気だけ…これではどうしようもない

エリスも考える、アルクカース国内の世情には疎いが、ここまでの断片的な情報をすり合わせ、どこか突ける場所は…

「そういえばその戦士隊って奴、確かラクレスさんには殆どを押さえられてるといいましたが、殆どということは全てではないんですよね」

以前ラグナがエリスに説明してくれた時のことを思い浮かべる…確かあの時は

『実は、中央の戦力はもう殆ど兄様に抑えられているんです、アルクカースには第一戦士隊から第百戦士隊まで存在し アルクトゥルス様直属の第零部隊の討滅戦士団を除けば百個の部隊が存在するんです、数字が小さければ小さいほど戦士の強さは上がっていくのですが…九十から上は全て兄様達に味方しているんです』

九十から上は全て…なら九十から下はラクレスさんの味方にはなっていないということではないか?

「ん?、ああ確かにエリスの言う通り全てではない…と言うかよく覚えていたな、…戦士隊は全部で100存在する…他の部隊も合わせれば数はもっとあるが、主だった物は100だ…そしてその最下位に当たる部隊が九十から下の部隊…そこはラクレス兄様の手は及んでいなかった」

「しかし、そこはラクレス様が手を出していないのではなく 出すまでもなかった場所、第百部隊と第一部隊では謂わば天と地ほど差があります」

サイラスさんが手厳しく批判する、ラクレスさんはそこに手を出していないのには理由がある、そもそも敵に回しても問題ない程度の奴らだからだと…
確かに、あれほど綿密に仲間を集め兵力を封殺しているラクレスさんらしからぬ『穴』、これは恐らくラグナがそこに手を出すことを既に想定していると見ていい

弟へのせめてもの情けか…、あるいは罠か…

「まぁどちらにしても、俺は彼等を仲間にし損ねてしまったしね…一度話をしたんだが、拒否されたよ…俺たちじゃあ勝てないって」

ああ、もう話はしていたのか、その上で断られていたと…なるほど、なら罠じゃないな 仲間に引き入れた途端牙を剥くってことはなさそうだ

「ラグナ…、エリスはその人達を仲間に引き入れるべきだと思うのですが」

「え?…彼等をかい?」

「ううむ、エリス君…彼らは謂わば落ちこぼれだ、君は優秀な戦士ばかりしか見ていないからわからぬだろうが、アルクカースなきにも優劣は存在するのだよ?彼らを仲間にするなど 我輩には苦し紛れとしか…」

第九十部隊から第百部隊…謂わば落ちこぼれのレッテルを貼られた者達、確かに相手は最上位の戦士達だ そんな中無理やり彼らを仲間にするのは苦し紛れと見られても仕方ない…が

エリスは故にこそ思う、そんなものは問題ではない 実力的な差を覆す方法は後で考えればいい、今必要なのは頭だ

頭数という意味ではない、数合わせで彼らを仲間にするわけではないのだから、頭とは考える頭だ 、今の状況を打破する方法を考える頭を増やしたい

今ここには五人しかいないがもしそこで百人仲間にできれば考える頭の数は20倍だ、それでいい方法が浮かぶと決まったわけではないが、今は少しでもこの絶望的な状況を切り崩したい

「ラグナ、今ここで五人で考え行動するのには限界があります、ですがそこで共に行動してくれるか仲間を増やせば出来ることは大幅に広がります、実力ならこの一年でつければ良いのです…今は一人でも仲間が入ります」

「だがねエリス君、今更彼らを仲間にしたところで焼け石に水…現に若は彼らと話し一度断られている、今更当たったところで…」

「いやサイラス、待ってくれ…うむ、そうだな…俺も思うところがある、エリスの言うことも分かるしな、もう一度会ってみようと思う 第九十部隊から百部隊までの彼らに」

ラグナは顎に手を当て何かを考えると、一つ思い当たるようで エリスの案に乗ってくれる…有難い、エリスの進言は謂わば素人のそれ…サイラスさんから見れば合理性を欠くかもしれないが、それでもエリスは半端な考えで言ってない

何日も考えて慎重に手を打つ時間はエリス達にはないんだ

「若がそう言うのでしたら我輩は何も言いません、それにどんな兵でも運用するのが才ある軍師の務めですからな、今のうちにいくつか策を考えておきましょう…、むふふそう思えばむしろ興奮すると言うもの 腕が鳴りますなぁ」

「ありがとうサイラス、頼りにさせてもらう…じゃあ今から行くか、戦士隊のところへ…エリス?付いてきてくれるか?」

「い 今からですか!?い…いえエリスもお供します!」

早急に行動せねばならないのは分かりきってはいるが今からか、身嗜みを整えた方がいいのかな

「じゃあ俺とエリスは一緒に戦士隊のところへ行ってくる…サイラスもついてきてくれ、テオドーラは待機で」

「うむ、任された 我輩も共に参ろう」

「うっす、ウチお留守番してるっす」

サイラスさんは胸をどんと叩き答えてくれる、テオドーラさんは…なんか軍議の最中ずっと縮こまっていた、こう言う頭を使う作業は得意ではないのだろう

「レグルス様は…」

「私は私で動かさせてもらうよ、私が行っても威圧になるだけだろうしな…まぁ魔女にしかできない仕事もある、期待して待っていろ」

「分かりました、アテにさせてもらいます」

師匠は師匠で動くのか…また師匠と別行動か…、なんだかアルクカースに入ってからあれこれ忙しくて師匠と一緒にいるって感覚が少ない気がする、いや嘆くことはない 今エリスができることはエリスが 師匠ができることは師匠がやる場面だ、いつまでも子供っぽいわがままは言えない

帰ってきたらギュッとしてもらうだけでいい…!

「では、早速行動に出るぞ…俺たち今この流れを変えるんだ」

日が傾き 太陽が赤く染まり始めた頃、エリス達はもう一度動き始める、ここからが本当の戦いなんだ
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