孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

35.孤独の魔女と魔女のいない世界

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魔術導国アジメクの国境には他国へ繋がる大門を構える巨大な関所が存在する、当然のことながらここを通じて国に出入りしなければ、密入国…ということになる

アジメクから外に出るのは簡単だが、アジメクの中に入るには相応の手続きが必要らしい、時として金が時としてコネそして時間が…多くのものが必要になる、それは何故か?など考える必要はない

魔女大国は楽園だ、特にアジメクは気候も安定し医療技術が高いおかげで非常に住みやすい、そりゃあ 誰だって豊かな国に住みたいだろう、だがそんな人間全員を受け入れていては国はパンクしてしまう、故に膨大な手続きが必要なのだ

残酷かもしれないが みんながみんな望み通り魔女の加護を受けられるわけではないのだ、そんな者達の夢を阻むのがこの関所の役目…

まぁ、エリス達はその魔女様の発行した通行証があるので自在に出入りが可能なではあるのだが…


「はぅぁーー…」

エリスは今、バカっぽい顔で馬車から顔を出して外を見ていた…所謂関所を見上げていた、てっきりエリスは道端にドンと門が置いてある程度かと思ったのだが

アジメクの関所は…エリスの想像以上に大きかった、関所…というよりあれば要衝だろうか、砦のように堅牢そうな石造りの要塞が左右に分かれて建っており、それを繋ぐように大きく開いた鉄の門が鎮座しており、その要塞を中心に周囲には石レンガの城壁が 視界の果てまで続いている、この壁こそが国境なのだろう


要塞の名はネリネ城、もしくはネリネ国境要塞…関所兼対外国用の防衛拠点だ、二十年前のエラトス戦役時代から金剛の如き守りの深さを発揮していたという逸話があるこの場所は、唯の一度の関所破りを許したことはない…

密入国者は居るにはいるが 、それは恐らく海路や抜け道を使って入ってきた奴らであって、この要塞を突破して入ってこれる奴はいない 

立派な砦だ…そりゃあそうか、アジメクは世界有数の大国だ その守りもまた世界有数…、ただその世界有数の守りを見てエリスはただただ圧倒されてしまっているだけなのだ

「…ごくり」

エリスは今 レグルス師匠と共に武者修行の最中にある、目的は全ての魔女大国を巡りエリス自身の成長に繋げることだ

アジメクを出て、アルクカースへ向かいその後デルセクト国家同盟群へ向かう、次いで学術国家コルスコルピ
そのあとポルデューク大陸へ渡り、美しき国エトワール…アガスティヤ帝国 …教国オライオンと旅をしてアジメクに戻る予定だ、二つの大陸をぐるりと総ナメにする大旅になる、かかる時間は最低でも十年と師匠を言っている

後…、もう一つ予定としてあるのは 今アルクカースがデルセクト国家同盟群に対して起こそうとしている大戦争を止めること、まぁこれはエリスに対して頼まれたとではなく、師匠がスピカ様から受けた頼まれ事ではあるのだが、師匠の問題は弟子であるエリスの問題でもあるのだ


まぁ何はともあれ、今エリスはアジメクを出て初めて国外へ出ようとしている、皇都を発ち 旅立った時は、なんかこう…イマイチ旅をしているんだ感はなかったけど、関所を訪れていざ国の外に出るぞとなると、やはり何か感じる物があるな

エリスは現在馬車の中で待機、師匠と同行してくれているパトリックさんは簡易的な手続きの最中だ、パトリックさんは大変そうだ…あれこれと手続きをしたりお金を払ったりとやることが多い、それでも中に入る時よりは簡易的なのだとか

対して師匠は非常に楽チンだ何故か?手元にある友愛の魔女直筆の通行証があるからだ、それを一目見せるだけで門番はすんなりと通行を許してくれる……訳ではなかった


門番の方も最初はその通行手形が何か分からず首を傾げており、師匠もそれを見せれば良いと思ってたからなんだか少し慌ててた、すると急いで門番の先輩らしき人が駆け寄ってきて、門番軽く小突き何やら説明すると、そこでやっと通行の許可が降りた

多分、スピカ様が直々に通行証を出すことなど、今までなかった事故 門番の人達もそれが魔女から発布されたものとは気がつかなかったようだ

すったもんだはあったものの通行の許可は下りた、パトリックさんに先に行くことを一声伝え、師匠は馬車に戻ってくる

「悪い、手間取った」

「いえ、なんだか大変そうでしたね」

「ああ…スピカの奴が、私が国を越える事を関所に話してなかったらしい、通行証だけで事足りると甘く見ていたか…或いは話をするのを忘れていたか、どちらにしろ危うく国から出られないところだった」

全く、と言いつつ師匠が馬車に乗ると 魔術で作られた馬達は再び師匠の意思の元歩き始める、ちなみにこの魔術の馬 パトリックさん達がいうに遠目で見ても不気味らしいので、目立つのを避けるために今はボロ布を被せてある

ボロ布を被せたら被せたで、なんか幽霊が馬車を引いてるみたいで余計に不気味になったが…まぁ 裸よりマシだとの事で

「じゃあ行くか、しっかり座ってなさい」

「はい!」

師匠の声を受け、エリスは自分で馬車の中に作った指定席へと腰を落ち着ける、積荷の中にあったクッションとか 色々集めて作った席だ、座り心地は良くないが そのまま座るよりは遥かにマシだ

そうしていると馬車がついに、アジメクの巨大な鉄の門を越える…この門を越えた先はもうエリスのよく知るアジメクではない、魔女のいない国 エラトスだ

「……っ」

ゴクリと再び固唾を飲み、緊張を紛らわし 今…門を 国境を アジメクを…抜ける





「……あれ?」

門を抜けて、アジメクからエラトスに入ると…なんだか言い知れぬ違和感を感じる、違和感というより、んん?なんだこれは初めての感覚だ

「アジメクを出たな、どうだ?エリス?ここがエラトス…魔女のいない 非魔女国家だ」

「ここが」

そう言われて、馬車の外を見る 右を見て左を見て、また右を見るキョロキョロ周りを見回し、感じた事を率直に伝えるなら

なんだか変な場所だ、地面が変に波打っていたり 崩れて山ができていたり、平原が続くと思ったらいきなり谷があったり、これはこの国特有のものなのか?、それに総じて自然が少ない…地面は固く農作物は育て辛く、何より草木が宿している魔力…いわゆる生命力が乏しいことが ありありと伝わってくる

いや多分これは普通なんだ、アジメクが異様に緑や花が多かったんだ…国境というより一つのラインを超えただけで、一気に緑が変わる …確かにここに比べたらアジメクは楽園のように映るだろう、地形はまぁ…この国特有のものなのだろうが

そしてもう一つ、そう 最初に感じた違和感だ…なんだかこう 肌の周りにまとわりつく物が一つ消えた気がする、例えるなら服の上から羽織っていた物が一枚脱げたような そんな寂しさを感じるのだ、これは一体…

「師匠、なんだか 空気感が違う…というのでしょうか、肌にまとわりつく物が一つ消えた気がします」

「ああ、それが魔女の加護だ…アジメクを包んでいたスピカの加護が消えたのだ、常に国民に豊穣を与えるスピカの加護がな、ここには魔女がいないからそれが無いのだ」

なるほど、生まれた時から感じていたあの感覚はスピカ様の加護だったのか…本当に国全域を網羅しているんだな、あの人の魔力は…
師匠は今現在魔力を完全に抑え込んでいるためそういう物は発生しないと言っていたが、確かにこれは正解だと思う、あんな絶大な魔力を垂れ流しにして歩いたら 国全体が混乱してしまうだろうから


「この国には魔女がいないから、魔獣もよく出るし 災害も多い…人が魔女抜きで生きていくのは過酷と言ったことの意味が分かるか?」

「…そうですね、なんとなくですが分かります」

とは言ったものの過酷かどうかまではまだ判断はつかない、危険な獣が出て災害も起こり…土は固く作物を作り辛く実りのある木々も少ない、となると確かに魔女大国の方が生きやすいような気がする というくらいだ

ただエリスが気になるのは、エリスの逆パターン…つまり非魔女国家っ生まれ育った者が、魔女の加護がある国に入った時、どのような感想を抱くか…だ、先ほどのように例えるなら 無理やり一枚着慣れない服を着させられるようなもの、それを気味悪く感じる者もいるのでは…という どうでもいい疑問だった

「ふぅ、やっと終わったか…、おまたせしました 賢人の姐さん」

「ん、そんなに待ってないから安心しろ」

そう言って疲れた様子で門を抜けてくるのはパトリックさんと、その背後についてくるアルベルさん達冒険者達だ

通行証を持たない彼らは、何かと色々な手続きが必要になるらしい…エリスにはまだ分からないが、やはり国境を越える というのは難しい事なのだろう

「賢人の姐さんだけスイスイ抜けていくのを見てビビってしまいましたよ、実は本当にこう…立場ある人間だったりして」

パトリックさんがチラチラとエリスの方を見ながらそう言ってくる、…立場ある人間…恐らく『アジメクの貴族みたいだね』と言いたかったのだろうが、昨日エリスが貴族という言葉を使われ激怒したのを受けて その表現を控えたのだろう

…はっきり言おう、エリスは貴族みたいと表現されるのが嫌だ…実際エリスにはアジメク一の大貴族 タクスクスピディータ家の血が流れている、正真正銘の貴族なのだ

だからこそ忌まわしくて堪らない、一時の優越感と押し付けがましい好意によってエリスという存在を作り出した父が憎いのだ、この血が憎いのだ…だからエリスは貴族のようと称されるのは嫌いだ、あの父のようだと 言われているような気がして

あと、もう一つ 母のようと言われるのも嫌いだ、あれから調べたがハーメアという女は昔旅役者をしていたらしい…、八つ当たりになるかもしれないが エリスは役者も嫌いになりつつある

両親に関わる…全てが嫌いだ

「そんな事はない、ただのしがない魔術師とその弟子だ、な?エリス」

「師匠…はい!そうです!エリスは魔術師の弟子です!」

そうだ、師匠の言う通りエリスはただの弟子だ、貴族の男の子でも身勝手な女の子でもないエリスはエリス、師匠の弟子だ!
師匠の言葉に思わず気を良くし、ニマニマと微笑んでしまう…我ながら単純だとは思う

「ははは、そうですか まぁそう言うことにしておきましょう」

「そう言うことにしておいてくれ、で?パトリック 、お前はエラトスのどこまで行くつもりなんだ?」

「ん?ええと…エラトスの中心部にある街フリゲイトですかね、ここから大体一週間くらいですね」

「そうか、ならそこまで同行しよう」

一週間か…ここから中心部の街に行くのに一週間で着くとは、近い…のか?少なくともアジメク中心部の皇都から関所に着くまで大体一ヶ月くらい掛かった、それも師匠が馬車を休まず動かし続けたから相当なスピードだったはず…

なんというか アジメクって大きかったんだなあ

「いいんですか!、いやぁありがたいなぁ ここからは魔獣も出ますし、一緒なら心強いことこの上ないですな」

「どうせ大きな街に寄って補給せねばならんしな、一足で一気にアルクカースへ…とはいかんさ、それに…魔獣もここにいるというのなら今のうちに見ておきたいしな」

魔獣…エラトスへ行く時、皆魔獣魔獣と口々に言っていた、口ぶりからするにそこらの山賊やら盗賊よりも恐ろしい存在であることが伺える魔女大国外には普通にウロついているらしいし 旅を続けていくなら魔獣とは長い付き合いになるだろう

なら、今のうちに慣れておく方がいいだろう 

エリス達の同行沸き立つパトリックさん達を尻目にエリスは馬車の奥に引っ込む、見るもの見たし修行に戻ろう、馬車の中でも出来るトレーニングメニューを師匠が考案してくれたしそれを試すのだ

師匠曰く、エリスはもう直ぐ基礎を完全に履修し終える段階に入っているらしいが、だからと言って基礎を怠っていい理由にはならない…車輪が地面を走る音を聞きながら、集中する


…………そして、エラトスに入って三日経った ある日、ようやくエリス達は其奴と邂逅した



エラトス…魔女のいないこの国は非常に進み辛く悪路が多いため進み辛い アジメクを移動していた時のスピードの半分くらいの速度でしかエリス達は移動できていない

ならなんでそんなに悪路が多いのか?答えは一つ 道 というものが作られていないからだ、理由はいくつかある 作れない理由作っても使えなくなる理由 色々だ

だがその際たる物がこいつらの存在だろう…


「ヒィッ!で 出た!」

エリスがいつものように馬車の中でも修行をしていると外からアルベルさんの情けない声が響いてくる、確か 山賊が出た時も似たような声で似たようなことを言っていたな、何事かと急いで馬車の外に顔を出してみれば

「ヴウゥゥゥ…」

「あれは…」

それが居た、のっしのっしと歩いてエリス達の進行方向を塞ぎ 呻き声を上げながらこちらを見ているではないか、別に誰も詳しい説明はしてれくれなかったが一目でわかった 、ああこいつが魔獣なんだなと

其奴は一言で言うなら猫だった、ピンと立った耳鋭い牙と丸みを帯びた手そして全体的にスラリとした印象、紛うことなく猫だ

ただ普通の猫と違うのは、其奴は異様にデカかった…馬と同じくらいあるじゃないか、口は大きく 人間の子供くらいならペロリと一口でいけるだろう、それより何より其奴の毛並み…炎のように赤く輝き揺らめいているではないか

これは魔獣だ、間違いなく魔獣…そう思っていると、冒険者達が再び声を上げる

「い 『イフリーテスタイガー』!、あの大きさでも危険度Cに部類される魔獣です!非常に凶暴かつ決まった巣を持たず各地をうろつく為、多くの行商人がその被害にあってきたと言われる別名『赤炎の悪夢』と呼ばれるあの!」

ご丁寧に一から十まで全部説明してくれたのはアルベルさんの仲間の眼鏡をかけた冒険者さんだ、なんかこう見るからにひ弱そうな感じはムルク村のケビン君を思い出す、彼も見るからに喧嘩が弱そうだった…

「街に出れば字持ちの冒険者が出張ってくるレベルの魔獣ですよ!、どうしましょうアルベルさん!」

「どうしましょうって…」

メガネの人に問われて尻すぼみするアルベルさん、ううむ頼りない…いや 寧ろ下手に勇気を出して突っ込まれる方が面倒か、きっとあのメガネの人が言った通り、あの猫は強い…いやタイガーなら虎なのか?

「まだ子猫だな…、イフリーテスタイガーは本来なら尾の一撃で家屋を吹き飛ばすような巨体を持つ魔獣だ」

そう冷静に呟くの師匠だ、流石師匠 あの魔獣にも臆さないとは凄い、しかしあれで子猫なのか 、成長したらどれだけ…と考えると少し寒気がする

「あれならいけるだろう、エリス ここはひとつ、戦ってみなさい」

「はい師匠」

師匠の言葉を受け、一も二もなく馬車から飛び出て燃ゆる虎の前へと着地する、師匠がやれと言うならやるそれが弟子の務めだ

「ヴゥ…ッフガァァァァッッ!」

奴もエリスが敵意を持って近づいてきたことを察したのか、体から発する熱い光をより強く輝かせながら牙をむき出しに怒りを露わにする、エリスの人生初の魔獣との戦いが始まる

魔獣については事前に調べてあるし、馬車の積荷の中には魔獣に関する本もいくつかあったので全て暗記済みだ

「行きます!」



…魔獣、その名の通り魔術を使う獣の事を指す言葉で魔術を使わぬ野獣猛獣の類とは別の物として扱われることが多い

あるものは火を噴き あるものは水を手繰り、あるものは空を漂い天候さえも操ると言う、皆一様に強力な力を持ち また人間に対して強い敵対心を持つ、魔獣はどれも頭がいい為 自分達にとって最も害ある存在が何かを理解しているのだ

一応、飼いならすこともできなくはないらしい

基本的に発見されれば冒険者協会の方へ連絡するか国の衛兵に通報して、なんとかしてもらうらしい、それでも討伐に赴いた者が返り討ちに遭い村が一つ滅んだ とかいう話は普通にある、それだけ凶暴かつ強力な存在なのだ、魔獣とは

「ッ……」

人との戦いとは勝手が違うが、基本的には変わらない こちらも魔術を使って相手を圧倒して、伸す!それだけだ

「フコォォォッッ!」

「ぬぉっ!?」

詠唱を始めようとした瞬間、イフリーテスタイガーの咆哮と共に火球が飛んでくる、咄嗟に身を屈め避ければ頭の上を火球が通過する
そうだ、魔獣と言う生き物は詠唱なく魔術を行使することが出来る…イフリーテスタイガーはその姿や名前から想像できるように、炎系統の魔術を扱うのだろう

詠唱をしないから 攻撃の予備動作がわからないし、顔に風を当てて詠唱を中断させる事もできない、その代わり 詠唱をする分魔術の威力と精密度ではこちらが上だ

「すぅ、輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の命を刈り取り駆ける『鳴神天穿』」

指先を立てそれを炎燃え盛る虎目掛けて突きつければ、詠唱と共につんざくような高音が鳴り響く、それは一閃の煌めき …サーベルの如く尖った細い雷が真っ直ぐイフリーテスタイガーへ飛んでいき その右の前足を貫き焼き焦がす

「フギャァッ!?!?」

「まだまだ…颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

稲妻に焼かれた片足を庇い身動きが取れなくなったイフリーテスタイガー目掛け、風を纏い突っ込む
最近はエリスも成長してきて体格も良くなったし体重も増えた、この大きくなり鍛え上げられた肉体は そのままぶつけても武器になる、片足を負傷したイフリーテスタイガーには受け止めきれぬ勢いで肩から体当たりをし 容易にその体を突き飛ばす

後はこのままトドメを加えて終わらせる!、トドメを…トドメって…あれどうやって止めるんだ?

刹那の躊躇がエリスの連撃に穴を開ける


「ッッッ…ゴガァアァァッッッ!!」

「…んなっ!?」

それは野生の本能か、あるいは万物が持ち合わせる生への執着か 突き飛ばされ地面を転がりながら無理くりこちらに首を向け、咆哮と共に業火をその口から噴き出したのだ
奴も死に物狂いだ その豪炎は大きく広がり一瞬でエリスの逃げ場を奪う

唐突な火炎の嵐にたたらを踏んでしまう、…が こう言う時こそ冷静にならねばならぬ

「詠唱も回避も間に合わない…なら」

真っ直ぐ、目の前の火炎を睨みつける 詠唱している暇も逃げる暇もない、このまま受け入れれば死ぬ 炎に巻かれてエリスは死ぬのだ、その事実から目を背けず受け止めれば

ああ…ほら、思った通り 景色がゆっくりと移ろい始める 山猩々やレオナヒルドと戦った際起こった現象と同じだ、エリスはどうやら命の危機に瀕すると集中力が大幅に上昇する性質があるらしい 

この状態をエリスは極限集中状態と密かに呼んでる、まぁただ集中しているだけなのだが…ただ、その絶大なまでの集中力があればエリスはあれが使えるのだ

「ーーーーッ」

時間にして凡そ一秒…そのさらに十分の一 、瞬きと呼ぶにも早過ぎるその一瞬で思い起こすのは魔術発動のプロセス、これを想起し再現する事でエリスは 詠唱を跳躍して結果だけを取り出すことが出来る

極限とも言える集中力のおかげで 一切そして寸分の狂いなく、魔術はここに再現される、足元に感じるのは風 そう 、慣れ親しんだ旋風圏跳の気配…ちょっ!?うわっ!?

「ぐっ!飛びすぎました!?」

詠唱抜きで魔術を発動させるとやはり安定しないのか、想定よりも大きく後方に吹き飛んでしまった…が、まぁ火炎は避けられたので万事オーケーという事で


これだ、今のエリスの切り札と呼べる手札にしようと考えているのがこの極限集中状態と詠唱を飛ばし結果を取り出す反則技 跳躍詠唱、レオナヒルドとの戦いでヒントを掴んでから密かに研究を続けていたのだ

極限集中状態は 、命が死に近づけば近づくほど、限界まで集中力が増し 周囲の景色が遅く見える状態になる、この状態になると魔術の精密度と威力が段違いに跳ね上がるのだ、そして この状態でなら跳躍詠唱を安定して使える、まぁ能動的に発動させるには態と命の危機に飛び込まねばならないのだが…

跳躍詠唱は、 古式魔術唯一の弱点詠唱の長さを克服する手段だ、反則とも言える効果を持つが その分『安定しない』『普段から使えない』『別の魔術と並列使用すると大幅に威力が落ちる』など、まだまだ解決しなければならない弱点が多い


今のエリスの目標は、いつでも自分の意思で極限集中状態に移行できるようになる事、そして跳躍詠唱の弱点を全て取り除く事、これが出来ればエリスは大幅に強くなれる

「グゴォァァアア…」

「おっと、思考が傍に逸れました…」

はたと意識が元に戻り、極限の集中も露と消える…まだまだ使い勝手が悪いがいつかものにして見せる

意識を戦闘に戻し、目の前を見やれば負傷した足を引きずり立ち上がるイフリーテスタイガーの姿が見える、まだやるか?いやタフネスも人間以上ということか

ならば容赦はしない

「すぅ 振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん『薙倶太刀風・扇舞』」

「ググッギャアオッ!!」

イフリーテスタイガーが再び口から炎を吹き出すが、残念 すでにエリスの魔術は完成している

踊るように 舞うように、虚空を指で撫でる…魔力を帯びたひと撫では、やがてそよ風をぴゅうと巻き起こす

軽く突くように放たれたそよ風は渦巻き旋風となり、逆巻き陣風となり そして鋭さを得て 速さを得て、力を得て 太刀風となる、全てを切り裂き全てを真っ二つにする、大回転する一筋の斬撃となりイフリーテスタイガーの作り出した火炎など、布でも裂くかのように真っ二つに引き裂き…


「ッッ!?ギュゥアアァッ!?」

炎のように、容易く イフリーテスタイガーの半身を肩口からバッサリと切り裂く

もし イフリーテスタイガーの両の足が健在であれば避けられたろうが、雷に貫かれた足は獣に回避を許さず 杭のように足を地面に縫い止めていた、結果として まさしくそれが命取りとなったのだ



血が滴る、致命傷だ…エリスに医学の心得はないが分かる、あの傷は今に死ぬ…

「ケハッ…キュゥゥ…」

「す すげぇ、あのイフリーテスタイガーを1人で 、しかもこんなにあっという間に倒しちまった」

血の海に倒れこむイフリーテスタイガーを見て、アルベル…いや冒険者の誰かが呟いた、ああ決着はついた…だが、まぁイフリーテスタイガーは生きている、虫の息も息だ 息をしているという事は生きている、まだ終わってない

「ッ…」

今エリスの脳裏を支配している迷いは一つ『殺すべきか?』…それだけだ

論理的に考えるならば殺すべきだ、何故なら生かす理由がない

感情的に考えるならば生かすべきだ、何故なら殺す理由がない

だから迷う、情けないことに今この瞬間になってようやく気づく エリスがこの魔獣の生殺与奪権を握ったことに
殺すべきか生かすべきか、ここで治療してもあの魔獣は恩など感じぬ、そもそもアイツは脅威だからエリスは殺しにかかったんだ今更迷う必要がどこにある、殺すんだ

と思えど、命を奪う選択をしようとすればするほど…この手が迷う、殺せ 殺せ もう一度同じ魔術を使って殺せ!頭の中で声が響くも体は一向に答えない


…チッ ああいやだ、何が嫌って 獣の血も人の血と同じに臭いと色をしている事だ、ああ畜生、ここにきて迷うなど 意気地なしにも程があるだろう、でもこの臭いは思い出せてしまう、 血の海に沈んだナタリアさんとあの時の絶望感を、今その絶望を作っているのがエリス自身である現実に目を向けてしまった以上 知らないふりはできない

「…エリス、もういい下がれ」


「ッ!?し 師匠」

エリスが迷っている間にレグルス師匠が前へとフラフラやってきて虫の息のイフリーテスタイガーに手を置く、ああ 殺すつもりだ傷ついた敵を前に遅々として手を下さず、逡巡するエリスを不甲斐なく思い前に出てきたのだ

呆れ 諦め そういう意味合いも込めての『もういい』だったのだろうか

「ッ…す すみません、不甲斐ないところを…」

「殺せなかったか、まぁ 私もお前には常々命は奪うなと教育してきたし、事実私もお前には無闇矢鱈と他者の命を奪う者になって欲しくないと思っている、殺せないのなら殺せないで構わん」

スッと師匠の指先が、イフリーテスタイガーの首元の脈にかかる…何をしているのか分からないが、その行為が原因だろう イフリーテスタイガーの息が徐々に浅くなるのを感じる

「しかし、学べ…これが魔獣との命のやり取りだ、魔獣は人と見れば見境なく殺す人間にとっての害悪だ、ここで殺さねばコイツが成獣なった時 多大な被害が出ることも頭に入れておけ」

「は…はい」

「まぁ、だからって人と魔獣を区別して 人は生かせ魔獣は殺せ、と言いたいわけではない、たた人にせよ魔獣にせよ 敵として相対した以上、いつかは…致し方ない日も来る、その時は しっかり覚悟を決められるようにしておけ」

…つまり、師匠はエリスに無闇矢鱈と人を殺して欲しくはないが 、無闇矢鱈ではなく考え決心したならば殺してもいいと言っているのだ

いや、曲解し過ぎか…師匠はきっとこう言いたいのだ 殺すにしろ殺さないにしろ、やるなら迷うなと

「…分かりました、ありがとうございます」

「いやいい、危険な魔獣相手とは言えお前の命を尊重しようとする姿勢は見事だ、強くあろうと思うなら道徳は捨てるなよ」

その言葉と共に師匠は燃え盛る大きな虎を背中に担いでこちらに戻って来る、イフリーテスタイガーは当たり前のように既に息をしておらず、エリスのつけた痛々しい傷口からは血を滴らせていた

師匠がやってくれたのだ、不甲斐ないエリスに代わって…

「………」

「凄いですよエリスさん!、イフリーテスタイガーと言えば冒険者協会でも指定を受けるような大魔獣 、子供とは言えそれを倒したとあれば冒険者協会から即座に字をもらえますよう、一ツ字…いや単独討伐だからきっと二ツ字くらいはいけるんじゃないでしょうか!」

アルベルさんが褒め称えるためにエリスの側によってくるが、すまない エリスには今それに返事をしてやれる余裕がない、今エリスは自分のことを勝者だとは思えなかった

「ああ!、こりゃすごいよエリスちゃん!こいつの肉や牙は高く売れるんだ!、いや…こいつを倒したって事実をエラトス王国で触れ回ればそれだけで儲けになるこりゃあ別途で報酬をださねぇとな!」

対するパトリックさん非常に嬉しそうだ、師匠が殺したそれを見て飛び跳ねて喜んでいる、別にエリスは奴が死んだことに対して落ち込んでいるわけでは無い 殺しに忌避感を抱いているわけでは無い、ただ その選択を迫られた時戸惑ってしまっただけで…ってなんだ?

パトリックさんがいきなり積荷を漁ったか思うと何かを取り出しエリスに突き出してきた

「ほれ、これを報酬として渡そう どのみちこの手の宝飾品はエラトスでは売れないからね、ならエリスちゃんに渡したほうがいいだろう?」

そう言って渡してくるのは宝石だ、緑色の綺麗宝石がついた簡素な首飾り…エリスがつけるには些か大人っぽい気がするが、エリスが受け取ってもいいのだろうか 仕留めたのはエリスじゃないのに

なんてふてくされる暇もなく押し付けられ 渋々受け取る…しかしつける気にはなれない
こんな敗北感の中 エリスは宝石などつけられない、そう 敗北感だ…


魔獣には勝った、だが エリスは負けたのだ…自分の弱さに


………………………………………………

「………」

あれから師匠は瞬く間にイフリーテスタイガーをバラバラに解体してしまった、可食部とそうでない部分を分けて保存、牙や毛皮 眼球と言った部位は売り物になるらしくそのままパトリックさんの手元に渡った

魔獣の肉はそのまま全てエリス達の取り分となった、スピカ様のくれた馬車の中には
『内部の時を遅らせる箱』なんてものもあり、この中に入れておけば生肉でも三日は保つ計算だ、更にそこに師匠が作り出した氷も一緒に入れておいたので…まぁ暫くは保つだろう

そしてそのまま何事もなく移動開始…、揺れる馬車の中エリスは1人 猛省していた

「…………」

痛感するのは、弱さ…魔力は得た力も得た 戦えるしそこらの奴には負けない、だというのに 何だこの始末は…エリスには圧倒的に覚悟が不足していたんだ


「ずいぶん静かだな、エリス…血の臭いでやられたか?」

馬車を動かし、こちらを見ないでそう喋る師匠…血の臭いは平気だ、エリスはなんだかんだ血生臭い生活を送っている、今更血の臭い一つでノックアウトするような柔な子ではない…死体にしてもそうだ、少しショックだったがそれだけだ、殺すことに対しては別になんとも思ってない

ただ

「エリス…弱いですよね」

「何がだ?勝ったじゃないか、弱いわけあるか」

そうじゃない

「エリスは最後、殺す選択が出来ませんでした…それはエリスが弱いからです」

最後の最後にやるべきことを師匠に押し付けてしまったこと、それを悔やんでいるのだ
選択出来なかったのはエリスが弱いから、力ではなく心が弱かった…それを痛感しているんだ

「弱いからって…エリスそれは違うぞ、お前は弱いのではない 強くないだけだ」

同じだろう、弱いということは強くはないということだ、そこになんの違いもありはしない

「エリス いいかいよく聞きなさい、別にあの場でお前が選択を出来なかったにせよ誤ったにせよ、私はそれを咎めるつもりはない、…そりゃあこんな物騒な世の中だ、いつかお前の手で人を殺める日が来るかもしれない、だがな そこで選択出来なかったとしても それは弱さに直結するわけじゃない」

「でも…弱いから選択が…」

「なんの躊躇もなく人をボカボカ殺して回る奴が強いのか?違うだろう?、いいかいエリス …弱いから 弱いからと、自分を弱いというな 本当に弱くなってしまうぞ?」

今エリスは敗北感と無力感に苛まれている、慚愧の念とでも言おうか…先ほどの過ちを正当化するためにエリスは自分で自分を弱いと言い続けている、これをやめろというのだな 師匠は

「強いとは選択できることではない 迷わないことではない、弱さとは選択出来ないことではない 迷うことではない、弱いとは 何も変えられないこと、強いとは何かを変える力の有無だ」

「何かを変える?…」

「そうだ、もしお前がここで弱いと言い続け本当に弱くなったら 次の選択の時何も変わらない、全く同じことを繰り返す それが良くないというのだ、殺す殺せないなどこの際どうでもいいが 選択の都度たたらを踏むようではキリがない」

「…次同じ場面が来たら…でもエリス、強くなれるでしょうか 次は選択できるでしょうか」

「強く思わば強くなり 弱く思わばも弱くなる、己を強いと思えば 気持ちだけでも強くなるというもの 逆もまた然り、今のように弱いと思い続ければ…弱く衰退していく」

弱いと思えば…確かに、今のエリスはさぞ弱そうに見えるだろう、情けなく見えるだろう…それは言って仕舞えば気の持ちようだと師匠は言う、このままエリスが己を弱いと思い続ければ…エリスはどんどん衰えていくんだろうな、そしてまた同じ過ちを繰り返す

「故にエリス、今はまだ強くなくともいい、だが弱くは有るな 弱くなければ強くなれるからな、そして強くあればきっと変われる 変われれば…次やた同じ場面に遭遇したとしても、その時は今とはまた違う答えを出せるはずだ」

強く気を持てよ と師匠はこちらを見ずにエリスの肩を叩く、その衝撃に揺られ エリスの手の中でじんわりと熱を吸っていた首飾り音を立てる

弱さとは変えられないこと、弱ければ何度も同じ過ちを繰り返す、だから師匠は言うのだ 悩む前に強くなれと、悩むのは強くなって自分を変えてからだ…

「分かりました師匠、今の言葉 胸に刻みます」

「ん、よろしい…まぁ 今の言葉は受け売りなんだがな」

「受け売り?別の人の言葉ということですか?」

「ああ、弱く思えば弱くなる強く思えば強くなる、だから無限に強く思い続けろ…私の師匠の言葉だ」

師匠の師匠、エリスの大師匠の当たる人の言葉か…そう言えば師匠の会話の中で、都度都度大師匠の存在は仄めかされていた

曰く、八人の魔女は元々とある師の元に集った八人の弟子がルーツなのだという、つまりその大師匠は八人の魔女を育て上げた人物ということになる、…あの絶大な力を持ち世界を支配する存在全てを鍛えた人物、計り知れない…

「その、師匠の師匠という方は 今も存命なのですか?、師匠達のように悠久の時を生きていたりしないのですか?」

師匠達は老いを超越する不老の術を使い今の今まで生き続けているという、もしかしたらその師匠の師匠という人もその不老の術を用いて今も生きているかもしれない、もし生きているなら ちょっと会ってみたいな

「あの人は………もうどこにもいない」

「そ そうですか」

そう語る師匠の言葉は、あまりに悲しそうで それでいてあまりに真っ直ぐで、エリスはそれ以上、追求することは出来なかった

師匠はあまり大師匠の事を聞いて欲しくないみたいだ


………………………………………………………………

そしてそれから更に四日経った、四日間あまり整備されていない街道を走り続けた

というか、道が凄く進み辛かった…エラトスという国は全体的地面がデコボコしてるんだ、それもちょっとした段差とかではなく高低差数十メートルの断崖が彼方此方に、めちゃくちゃ変わった地形だ

驚くことに道中一つとして街がなかったのだ、代わりにあったのは放棄された廃墟群 昔栄えていたことが分かるような街並みはどれもボロボロに崩れており、人は一人としていなかった

パトリックさんが説明してくれたのだが、今現在のエラトスは先の戦争の所為で国力が弱っており 復興の最中にあるらしいのだ、ただ ここまで激烈に街がめちゃくちゃされているのは…そう 先の戦争 20年前のアジメクとの戦争 そして18年前のアルクカースとの戦争が関係しているらしい

20年前…当時のエラトス国王 ステュムパロス・エラトスは魔女大国を打ち倒し自分こそがこのカストリア大陸の頂点に立とうとする野心家であると共に、稀代の戦略家でもあったという

国王自ら兵を揃え 武器を揃えて挑んだアジメクとの戦争、国力など全てにおいて勝るアジメク相手にエラトスが善戦出来たのはステュムパロスが軍人として強く指揮官として優秀であったからだ
軍の動かし方 策略軍略の数々 そのどれもがアジメク軍を苦しめ、あの魔女大国を相手取り一時は善戦さえした

そう善戦だ、結果的にバルトフリートの活躍により敗れはしたものの善戦したのだ…この善戦がステュムパロスを調子に乗らせた

『次はもっと上手くやればもしかしたら魔女も倒せるのでは?』そう勘違いしてしまったステュムパロスはたったの2年で軍を再編、体制を整え次はアジメクではなくカストリア大陸最強と名高いアルクカースの方に戦争を仕掛けた

闇夜に紛れて アルクカースに侵入し、電撃作戦でアルクカースの重要拠点を一夜にして見事に陥落させ宣戦布告したのだ
あの最強と謳われるアルクカース相手に砦をほぼ無傷で奪取、初戦を勝鬨で飾ったエラトス兵達 そしてステュムパロスは思った 『我らは今度こそ魔女大国に勝てるぞ!』と…だが その夢も瞬く間に終わる

アジメクは平和主義の国だ、必要以上に戦争をしない…はっきり言ってエラトスとの戦いに本気を出していなかったのだ、だがアルクカースは違う 全ての戦いに本気を出してくる

オマケに不意打ちを仕掛けてくるような相手だ、アルクカースは怒り心頭 ブチ切れて全兵力をエラトスに差し向けてきた

なんと元々は自分達の砦であったにも関わらずエラトスの落した砦をアルクカース兵達はぶっ潰したのだ、蟻のように城壁に群がり 城壁を叩き崩し、中にいたエラトス兵を殺し尽くすだけに留まらず何故か勢いあまって砦も粉々に粉砕

アルクカース軍の怒りはそれでは治らずそのままエラトス国内に雪崩れ込み、エラトスの街という街を砦同様粉々にした、降伏した国民は殺さなかったが 抵抗した者そして兵装した者は皆殺しにした

ステュムパロスはエラトス中央都市のフリゲイト城に全兵力を集め 必死に籠城したが、最終的に現れた争乱の魔女により城ごと消し飛ばされ ステュムパロスは戦死したらしい

王の戦死を受け辺境に避難していた弟のイスキュス・エラトスにより、エラトス王国は全面降伏 イスキュスの生まれたばかりの一人娘をアルクカースに差し出す事によりアルクカースの属国となり、戦争と呼ぶにはあまりに一方的なそれは終結した

アルクカースの猛威により街というか国そのものが大打撃を受け、18年も前の出来事だというのに未だに復興が終わってないらしい……


なんというかデタラメな話だ、戦争を各地に挑んでいるくせに自分達が挑まれたらキレる、傍若無人にも程があるだろう
まぁ、なんの前触れもなくいきなり重要拠点一つ落とした上で調子ぶっこいて宣戦布告してきたら誰でもキレるか…

でも国を滅ぼす手前までやるか普通…、ちなみにその話を聞いて師匠は『アルクトゥルスを戦争で挑発したのか』と戦慄していた


まぁそんなこともあり、今エラトスは中央都市フリゲイトを中心に 現国王イスキュスが復興している途中らしい、周囲の見立てでは今のエラトス王国を全盛期と同じくらいの規模にまで戻すのは 少なくとも今世紀中には無理らしい、街全部壊されてるし

お陰でパトリックさんのような行商は儲かるからいいらしいが…

まぁ、そんなこんなでただただ平原とはとても呼べない凹凸だらけの平原を移動し続ける日が続いた、道中魔獣にも襲われたがその都度エリスが撃退した…殺しはしなかった、というか軽く魔術をぶつけ敵わないと見るや否や逃げ出す小物ばかりだった

このことから考えるにイフリーテスタイガーはここらの魔獣の中でも強い部類に入るらしい、奴らもまさか自分より強い奴がいるとは思わなかったから、最後まで逃げなかったのだろう

……しかし、エリスが倒したのは子供 つまりどこかに成長した個体が…

「おお!、見えましたよ!中央都市フリゲイトです!、やっと着きましたぁ…」

パトリックさんの声が響く、ようやくついたらしい…アジメクを出てより一ヶ月と一週間 あまりに長い旅路を経て、やっと最初の街に…

「って あれが中央都市ですか?」

パトリックさんの声を受けいつものように馬車から顔を出す、するとそこにはいつものように見慣れない平原ではなく 一面に街が…いや町が…いや村?集落?え?中央都市?どこに?

ええと、小高い丘からの上に陣取るエリス達の眼下には街というにはあまりに閑散としたそれが存在していた、周囲は奈落の広がる谷や盛り上がった岩山に囲まれ ちょうどその間に挟まれるように乱立するそれは間違いなく人の居住区画である

石と木で組み上げられた家屋達は皇都の洗礼された建物と比べても余りに寂しい見た目をしている、中に入り雨風を凌ぐ程度の役割しかなさそうで居住性はあまり高いとは言えない

ムルク村よりは大きく発展しているが、比較対象がど辺境のど田舎村という時点でお察しの物だ

「な…なんだか、あの街?凄く…」

「言うなエリス、魔女の加護もなしにあれはよくやっている方だ 、国力は皆無 資金もなし 森に行っても山に行っても魔獣が出る、そんな状態であそこまで安定して暮らせているのだ」

「は はい、すみません」

ただ栄えてないだけだと師匠からのお叱りを受けておし黙る、しかし本当にアルクカースに破壊し尽くされてしまったんだな…こうしてみると彼の国が本当に災害のような国で有ることがわかる

「今のエラトスなら何を売ってもなんでもありがたがられるとは聞いちゃいたが、こりゃ想像以上に儲かりそうだな」

いやしかし、ぐへへと笑うパトリックはいいのか?まぁ彼のような欲深な商人がいるからエラトスは今もやってこれてるからいいのだろうが…

ともあれ丘を下り、中央都市フリゲイトへと近づく、そして近づいて気づく…

(村の発展は乏しいけど、バリケードは立派だ…)

街の周囲をぐるりと囲む城壁…とは言えないが、丸太で作られた頑丈そうなバリケード、これの完成度は非常に高い、ただ丸太を立てただけ…というよりはそれぞれの丸太が支えあうように何重も重ねられているからこれを突破するのは容易ではなさそうだ

オマケに門の周りには立派な剣と鎧で武装した兵が十人強 …警備一つとってもかなりの分厚さだ

「師匠、凄く警備が固いですね…何かあったんでしょうか」

「いや、恐らくあれは平常通りだろうな…あの木の柵も含めて魔獣対策だ、奴らにとって町や村は人の沢山いる食糧庫のようなものだ、攻めてこない理由がない」

「なるほど」

昼夜問わず魔獣が攻めてくるとなれば防備の方に力を入れるのは当然か、イフリーテスタイガー級の怪物が街に入り込めばそれだけで大惨事は免れないだろうし

「おいそこの馬車!止まれ!」

なんて考えてながら馬車に揺られていると門の付近に常駐している鎧の兵士から声をかけられ止められる、なんだこの野郎!と誰も反発することなく止まるのは 、これは普通のことだからだ… なんの警戒もなしにはいどうぞ通せるのなら そもそも門番は置かない

「お前達、フリゲイトに何の用だ」

事実兵士達の声音から敵意のようなものは感じない、通るなら要件を聞く 当然の仕事だ

「へい、あっしは商人のパトリックと申す者で 、こちらの方々はあっしの護衛の冒険者です」

そうパトリックさんが頭を下げながら返事をすれば兵士の態度もあからさまに朗らかなものに変わる

「おお商人か 有難い、最近この近辺に凶暴な魔獣が出てな…立ち寄る行商人の数がめっきり減ってきて困っていたんだ、一応軽く手荷物の検査をさせてもらうが構わないな?」

「ええ、どうぞ…あ でもこっちの馬車はウチの馬車ですが、そちらの女性が引いてる方の馬車は違うので、あちらは別にお話を聞いてください、一応あっしらの護衛をしてくれていた方々ですけど要件は別みたいなので」

とパトリックさんの言葉を受け兵士の視線がこちらに向く…ああ 私達は別扱いなのか、いやここで変に誤魔化してもいいことなんてないっか

「別の?…ってなんだその馬!?お オバケ?」

「ああ気にするな、こういう馬なんだ」

「どう言う馬なんだ…まぁいい、お前達は何者で フリゲイトに何をしに来たんだ」

「なに、ただの旅人だ…この街には暫しの休息と物資の調達をな」

師匠と師匠の出す半透明の魔獣馬(今は全身に布を被っているオバケ馬状態)に少々、いやかなりビビりながらも声をかけてくる

一応、嘘は言っていないけど どうにも怪しいというか兵士の視線がエリス達に突き刺さる、だってまぁ どこをとっても怪しいし…しょうがないと言えばしょうがないが

「ま …まぁいいか、見たところ賊にも見えんし、ここまで商人を護衛してきたのなら悪人でもないだろう、入る前に軽く手荷物の検査をさせてもらうが構わないな?」

構わん と師匠の一言を受け、エリス達の積荷の検査が始まる、まずはパトリックさん達の方から…と言ってもこちらはすぐ終わった、馬車の中は積荷でいっぱい 一応いくつか積荷を手に持って確認して終わりだ

そして続いてエリス達の方、いそいそと警戒しながら馬車の中に兵士さんが入ってくる、エリスは一応 兵士さんの邪魔にならないように隅っこによってお山座りしてる


「な なんだこれ!?、中だけ異様に広いぞ!?ど…どうなって…」

当然の反応、中に入れば外見以上に広い不思議な馬車だ 、兵中に入るなり キョロキョロと周りを見てみたり夢じゃないよな?目の錯覚じゃないよな?と目をこすったり出たり入ったりして確かめている、なんだか見てて面白いくらい混乱している

まぁエリス達もスピカ様から説明がなかったら同じようなことしてたかも、師弟揃って

「なんなんだ、こんな馬車見たことがない…気味の悪い馬といい 一体貴方達は何者なんだ」

顎に手を当てエリスの方を見ながらそう呟く、彼も悩んでいるのだ 入れない理由がないが…こんな訳のわからない 得体の知れないものを入れても良いものかと、分からないというのはそれだけで怖い、そして怖い物をおいそれと懐に入れられる人間を世間では豪傑と呼ぶ、だがそんな豪傑はおいそれといない

「エリスはエリスです、師匠の弟子のエリスです」

「え?あ…ああエリスちゃんっていうのかい?、弟子は大体師匠の弟子だと思うけど…、ううん 悪い人じゃなさそうだが、どうしたものか」

ううんと馬車の中でエリスと顔を突き合わせ悩む兵士、なんか 悪い人ではないんだろうな そんな雰囲気が伝わってくる、しかし得体の知れないものを得体の知れないまま街に通していいものかと悩み抜く


すると

「で 出たぞーッ!イフリーテスタイガーだぁーっ!!」

「ッ…!?」

絹を裂くような悲鳴と共に、ズシリと重苦しい音が周囲に響く、いや音だけでない 周囲の空気が一気に重圧から重くなり また肌をチリチリと焦がすような熱気が漂ってくる

「な 何事ですか?」

「イフリーテスタイガーだ、最近この周辺で目撃情報が出て 街道で行商を襲ってたんだが…くっ ついに街の方にも現れたんだ!」

馬車の外に飛び出そうとすると慌てて兵士の人に体を掴まれ止められる、イフリーテスタイガー?それなら倒した エリス一人で…といいかけたが、馬車の外から軽く見えた景色に唖然とする、明るかった周囲の景色が暗くなる…違う巨影により太陽が隠されたのだ

「グゴォアアァァァァッッ!!!」

「ひぃぃぃいぃっ!出たぞ!出たぞーっっ!」

巨大…あまりに巨大、外にいたのは エリスが倒したイフリーテスタイガーとはまるで別物のような巨大さを持つ怪獣であった、さっきエリス達がいた丘…それと同程度大きさのイフリーテスタイガーが ぬるりとどこからか現れたのだ

「な…な…で でっか…」

馬車の外へ兵士と共に顔を出して、あまりの巨大さに戦慄する…エリスが倒したのは子供だと聞いていた まだ大きくなると聞いていた、だがこれはデカすぎるだろ 10倍くらいあるぞ

「エリスちゃん、君は師匠と共に急いでここを離れるんだ、我々兵士が ここであの虎をなんとか撃退する…つもりだけど、フリゲイトに立ち寄るのは諦めたほうがいいかもしれない」

とだけいうと兵士は剣を抜き、雄叫びをあげながらイフリーテスタイガーに斬りかかる、いやよく見れば周囲にいた兵士達も皆 一気呵成に飛びかかっているではないか

怖くないのか、いや彼らも怖いはずだ だが彼らが逃げれば街が狙われる、街には家族がいる 家族を守る為に兵士になったのだ、ならば引けない だから迷わない、たとえ敵わなくとも家族だけは守るために戦うのだ

本当なら、エリスも戦いますと兵士と共に駆ければ良かったのだろうが、エリスは…兵士に言われた通り馬車の中にいた、怖気付いたのか?…、違う ただ考えていたのだ、師匠の言ったあの言葉を


圧倒的に相手を前に迷わず挑むこと…あれは強さか否か、確かに彼らの選択は何かを変えるだろう、しかし彼らの力では何も変えられない なら弱いのか?、しかしあの決断と覚悟は確かな強さからくるもので…わからん!強いってなんだ弱いってなんだ!

あれは彼らの強さだ 身を犠牲にしてでも家族を守ることが彼らの思う強さ、エリスの求める強さじゃない…ならエリスの思う強いってなんだ?、まずはそこから求めなければ エリスはきっと強くは…

「グゴォアァッッ!」

「ぐわっ!?」

目の前の形成は最悪だ、イフリーテスタイガーが一度腕を振るえば 衝撃波で兵士達が蹴散らされる、心の強さだけでは力の差は埋まらない…だが兵士達も諦めない、剣は通らないし攻撃は入らない それでもなんとか撃退しようと知恵を絞る

…ッ!いやダメだ!イフリーテスタイガーの毛が逆立った!、あれはエリスと戦った個体もやったのと同じ  、火炎を吹き出す時と同じモーション…!アイツ!兵士を皆殺しにするつもりだ!

ようやく我に返ったエリスは慌てて馬車から飛び出す…いや、飛び出そうとした時には …それは、詠唱は終わっていた

「ッーーーー『薙倶太刀風・神千斬』」

エリスのではない…誰のか?、決まっている 師匠のだ


…きっと、イフリーテスタイガーは甲高い断末魔をあげていた事だろう、というのも その命途切れる瞬間のアイツの悲鳴は、師匠の作り出した斬撃の前に 衝撃波の前に、掻き消され消えていたからだ

次いで響く二つの重音、どさりどさりと右左 二つ合わせて聞こえてくる…なんの音か、イフリーテスタイガーが倒れた音だ、真っ二つに左右に分かれ崩れ落ちその体は血の雨を降らせる


…何が起きたか?、説明するのは簡単だ 師匠の作り出した一筋の風の斬撃、時空すら歪ませるその一撃がイフリーテスタイガーを切り裂き 後ろの丘を切り裂き 雲を切り裂き、射線上に存在する全てを真っ二つに割いたのだ

「あ…あ?え?…な 何が起きて…イフリーテスタイガーが死んでる?」

一瞬のことだった、あ 魔術が発動した と思う暇さえない程の素早さで風は通り過ぎていったのだ、そこで呆然とする兵士には まるでいきなりイフリーテスタイガーが二つに分かれたように見えたことだろう

「すまんな、そいつの接近に気づけなかった そんな巨体で猫足で歩くとは、器用な奴だよ」

皆が言葉を失い 皆が尻餅をつく中、燦然と立ち 悠然と語り 憮然と髪をかきあげるイフリーテスタイガーを下した張本人、魔女レグルスが超然とした雰囲気を醸し出し婉然とした態度で兵士達に歩み寄る

「皆 大丈夫か?怪我人は 居なさそうだな」

「あ…あんた、一体…何者…」

唖然とした兵士が呆然と呟く、当然の疑問だが そんなもの一目瞭然だろう…ここまでの力を持つものなど この世にそうはいない、それでも聞かずにはいられない …彼女の正体を

「…んー、いや 隠せんか…」

周囲の視線と真っ二つに別れたイフリーテスタイガーを見て、これはしまったと 観念したかのように頭をかき 微笑むようにそう呟く

「魔女レグルス…名を聞いたことは?」

「あ…嗚呼」

その名を聞いて自然と口が開いてしまう…、凄然たる実力 愕然たる事実に蒼然とし彼は振るえ…振るえ…

「こ…ここ 国王に知らせろーっ!!」

エラトス王国 中央都市フリゲイトの中央門前 、一人の兵士の叫び声が木霊するのであった

………………………………………………


「魔女様とは知らず飛んだご無礼をぉーっ!」

床にぴったり額をつけての五体投地、中々見れるものではない オマケにやっているのが一国一城の国王だ、地位あるものがしていい姿ではないことは彼とて重々理解している、だがそれでもせねばなりまい 何故なら目の前にいるのは

「い…いや、知らなかったも何も正体隠していたのは私の方で…」

「しかしっ!しかし魔女レグルス様と言えば我らがエラトス王国の主人とも言える軍事大国アルクカースの支配者 アルクトゥルス様の知己!、それを歓待できないとはぁーっ!」


魔女 レグルス…エリスの師匠なのだから

今エリス達はエラトス王国の中央都市フリゲイトの中にある仮説の城 エラトス城に国王に招かれて、…こう 敬われている

目の前で五体投地するのはイスキュス王、先代国王ステュムパロスの弟にして今戦火によりズタズタになったエラトス王国の立て直しに奔走する男だ

門番の兵士が叫び声をあげながら門の中に走っていったかと思うと、直ぐに彼がすっ飛んできたのだ『このようなところではなんですから どうぞ王城の方へ!』と顔を青くしながら現れ エリスと師匠は城の中へ引っ張られ今に至る

「申し訳ございません!どうか!どうか!お許しを!」

「か 顔を上げてくれ、そこまでする必要はない」

何度も額を地面に叩きつけながら謝るイスキュス、…んー 師匠が正体を明かした結果敬われることはよくあったけど、この人のはアジメクの人達とは違う…これは敬いというよりは

「どうか!どうか何卒!アルクトゥルス様には内密に!」

恐れだ…圧倒的な恐怖、怪物を前にしたかのように振るえ小さく縮こまりながら この国を許してくれと見逃してくれと国王が頭を下げているのだ

しかし、まぁ 当然と言えば当然か、アジメクで師匠がみんなから敬愛されたのはスピカ様がみんなに慕われていたからだ、この国で魔女と言えば 国を滅ぼしかけた悪魔…アルクトゥルスを指す、つまり師匠はこの国ではそれと同じくらい恐れられると言うわけだ

「いや、アルクトゥルスには言わんし、私も気にしていない」

「ほ 本当ですか?、アルクトゥルス様に言われて我が国を滅ぼしに来たとかでは…」

「するかそんな事、この私がアルクトゥルスに顎で使われるわけないだろう」

そっちか…

でも師匠の言葉を受けて多少落ち着きを取り戻したのかイスキュスはハンカチで額を拭い ホッと一息つく

「そうですか、いや良かった…折角復興もかなり進んできたのに、全てを壊されるかと思いましたよ」

「アルクトゥルスに余程こっ酷くやられたようだな」

「いえいえ、あれは兄が悪いのです…戦いを以ってして魔女を凌ぎ我こそが世の支配者となるなど妄言を言って聞かず…、誰に唆されたのか知りませんが…戦いで魔女様に敵うはずもないのに、戦争など仕掛けて…」

イスキュスは立ち上がり、玉座…には座らなかった やはり魔女の前で偉ぶるのは怖いのだろう

…イスキュス・エラトス…やっと顔を上げてくれたおかげで全容を確認出来たが、頬をやつれ 髪はボサボサ、王冠もつけておらず 王というよりただの疲れたおじさんに見える、…いや実際彼は疲れているし王でもないのだろう

この国は今アルクカースの管理下にある、滅びるギリギリのところで国民を守りながらいつアルクカースが考えを変え侵略してくるかもしれない不安の中、国王としての責務を果たすのは 壮絶極まるストレスとの戦いの連続、その中で疲れ果てた彼は王冠を捨てたのだろう

「しかし、それを抜きにしても何の歓待も出来ず申し訳ありません…本来なら馳走を持って持て成したいのですが、今我が国は食糧にも事欠く始末で…」

「そんなに困窮しているのか、アルクカースの管理下にあるんだろ?食糧くらい苦心してもらえないのか?」

「一応物資は送られてくるのですが、どれも武器や防具ばかりで…食糧は何も、食べ物をくださいと言ってもこれで狩れと弓が届く始末で…」

なるほど、だから町の発展具合とは不釣り合いな程兵士達の装備が立派だったのだ

「なるほどな、…むぅ しかしこの国で少し物資の調達しておきたかったが、国民が食うに困る中 それを持ち去るわけにはいかんな」

「いえいえ!魔女様にでしたらいくらでも」

「いらん、他者を苦しめて食う飯ほど不味いものはないだろう…そうだな、私が狩った巨大なイフリーテスタイガー あの肉を少し分けてもらえればそれでいい」

「なんと、…いえ そう言っていただけるのであればありがたいです、この国を救って頂いた魔女様には…本当に言葉もありません」

あの後イフリーテスタイガーはバラバラにされ、肉は国民に配られた…なんでもあの巨大イフリーテスタイガーは 街道に縄張りを作っていたらしく、奴のせいで行商が立ちいかなくなっていたらしい

だが、それも今日まで 師匠があれを倒したおかげでアジメクからの貿易や行商は再開され、再びこの国は潤うことになるだろう、あんまり実感はないが師匠は今ひとつの国を救ったのだ

「いやなんの、困っている人間がいるなら 助けるのは普通のことだ」

ふふん と自慢げに鼻を鳴らす師匠、そうだ 師匠は多いの人から歓待されたりご馳走を振舞われたり、金銀財宝をもらったりするよりも、こういう風にありがとうって言われた方が嬉しいのだ

少なくともムルク村でエドヴィンさんにお礼を言われてる時の師匠はすごく嬉しそうだった

「それで…我が国にはどれほど滞在を」

「いや、すぐに出るつもりだ、急ぐ旅でもないが…あんまりゆっくりするわけにも行かんからな、ではな 騒がせて悪かった」

行くぞエリスと手を引き王城から踵を返す、ここには物資の調達に来たがそれが出来ないのであればもうこの街に用はない、それに物資もそんなにかつかつというわけじゃないが無闇に長期滞在すればその分旅の物資を浪費することになる、ならとっととアルクカースに向かった方がいいだろう

師匠に手を引かれ、軽い木材だけで作られた簡素な扉を開け 外に出る、…うん 王城とは名ばかりのちょっと大きめの館だなこれは…

「あ…賢人様 あいや魔女様」

「ん?パトリックか 無事で何よりだ」

ふと外に出ると、広場のど真ん中で積荷を下ろし商売を…叩き売りを始めているパトリックさんと、その手伝いをするアルベルさんの姿が見える
どうやら彼ら、魔獣が出るなり混乱に乗じてそそくさと街の中に退散していたようだ

別にそれが悪いこととは言わない パトリックさんは積荷を守る義務があるし、アルベルさんの実力じゃ 五秒で殺されちゃいそうだし、逃げて正解だ…だが一切悪びれないのはどうかと思う、師匠は気にしてないが

「まさか魔女様とは…なんて言いませんよ、何となく気づいてましたしねぇ そもそも噂で魔女レグルスがアルクカースに向けて旅をしてるって物も流れてましたし」

「お前…私が魔女だと薄々勘づきながら 魔女をタダ同然で働かせてたのか?」

「いえいえまさか」

なんていうが、実際は魔女と気づいた上で師匠の人柄を見抜き、タダで助けを求めたのだろう…強かな人だ、報酬をよこせといえばくれるだろうか、まぁ師匠はそんなもの求めないだろうけど

「フッ…まぁいいさ、私もここまで同行させてもらった恩もあるしな、何も言わん」

「そう言ってくれるとありがたいですよ、……あんな力を持った存在をタダで働かせてた、なんて 今思うとゾッとしますがね」

「あんな?」

そう言ってパトリックさんが指差すのはエリス達の背後 王城…の遥か後ろ、変な形の山を指差す

なんだあの山、すごく変な形だ …普通の山なんだけど、ある一定の部分 言ってしまえば上から半分が全くない、まるで砂山を上から刮ぎ落としたかのような変な形を…

いや待てよく見たら山だけじゃない、もっと…いやこれは…いや いや 嘘だろう…

「聞いた話じゃあそこの変な形の山、フリゲイト城跡…つまり例のステュムパロスが最後に籠城した城が有ったと言われる場所らしいですよ、今はあんな有様ですがね…」

パトリックさんの話を聞き よく観察する事でようやく理解する、変な形の山ではないのだ あれは元々普通の山だったんだ、だが…

「曰く、山の頂点に存在する難攻不落の城を前に…魔女アルクトゥルスは拳の一撃で、叩き潰したらしいんですよ 、恐ろしいですよね 拳ですよ拳…パンチ一発でまさか…こんなにしちまうくらいの強い力を持ってんですね 魔女ってのは」

思えばエラトス王国という場所は 不自然な地形が多く存在した、凹凸のように入り組んだ地形と いきなり現れた大穴のような谷、そして上半分が存在しない山…しかしそれは自然のものではなく…

アルクトゥルスという絶対存在の…大地を砕き山を消し去り、十年経っても褪せぬ恐怖を国民に植え付けエラトスという国全域の地形を丸々変えてしまうほどの一撃の跡だったのだ


それも魔術ではない、拳の一撃でだ…一体、一体どれほど強いんだ 争乱の魔女アルクトゥルスというのは


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