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二章 友愛の魔女スピカ
18.孤独の魔女と友愛の生まれる日
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「…大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ!」
響く詠唱、昂ぶる魔力 迸る激風…一人の少女の叫びに呼応し、自然が答え 風が吹き荒れ槍を成す、向ける矛先は 目の前で余裕ぶって腕を組む黒髪の女…
既に布石は打った、クレアと戦った時と戦法は同じ 視界を潰し 撹乱し、敵の不意を打つ…ここまで決まって仕舞えば 後はタネが分かっていようと回避を難しいはずと 金髪の少女エリスは意気込み 言葉を繋げる
「『風刻槍』!」
集中し意識を研ぎ澄まし、放つは風の穿撃 岩盤すら撃ち貫く一条の螺旋を躊躇なく打ち込む、例え相手が鎧を着込んでいてもその衝撃を防ぐ手立てはない
「…遅すぎる、相手の視界を潰してから魔術発射までのタイムラグがありすぎる、撹乱に時間をかけ過ぎだ!」
一撃、迫る鉄も貫く風の槍を黒髪の女…いや魔女レグルスはあろうことか素手で掴み握りつぶしてまう、掴めないはずの風を 魔力として捉え、その掌で押し潰したのだ
「はぁ…はぁ…」
「風で地面を抉り飛ばしての目潰し、その後旋風圏跳で高速移動を行ってからの風刻槍でトドメを加える、いい連携だが 相手もカカシではない 連携に時間をかければかける程攻撃の成功度は下がっていく、次は迅速に決めるか 詰められる余分な行動は詰めていけ」
よく見ればレグルスの目はしっかりとエリスを捉えている、目潰しが効かなかったではない 敢えて受けた上で迅速に対処し視界を確保し直したのだ、いやそもそもの問題 レグルスが本気だったなら目潰し自体決まらなかった事を考えると、この魔術模擬戦がどれほど手加減して行われていたかが伺える
汗を流し膝に手をつくエリスに厳しい声を上げるレグルス、今日は初めての魔術戦の練習…初めてレグルスもエリスの戦い方というものを実感したが、なんだか感動していた
あの弱々しいエリスが、魔術を使って攻撃を行い 戦っている姿を見たらなんだか彼女の
成長を感じられて、凄く…こう…感動した
「はぁはぁ…はい!」
だがまだまだだ、機転は効くし魔術の応用も悪くはないが 、自分の立案する作戦に体がついて行っていない、詠唱スピードも動き出しもまだ改善の余地がある、やはり 例の詠唱暗記マラソンはまだ続けた方が良さそうだと一人思案する
今我々がこうやって魔術戦と称し大暴れしているのはアジメク商業区にある とあるお宿の庭だ、庭 と言ってもかなり広い というか超広い、我々が何不自由なく魔術戦が出来るくらい広い
なんでもこの宿 普段から騎士が使っている宿らしく、この広大な庭も騎士が訓練する為にわざと大きく作られているらしい、ちなみこの訓練場兼庭には我々以外の人間はいない…この宿を貸し切っているからだ
先日、スピカとの食事会を終え さて何処の宿に泊まろうかと思案していた所、既にスピカ直属の老執事が宿を用意していてくれたらしく、私達は何の労をする事もなく寝床にありつけた、城の騎士が普段から使ってるということは皇家御用達ということになるから、その手の融通は利くみたいだ
しかし、まぁ 立派だ…この宿、このだだっ広い庭もそうだが我々の寝泊まりしている部屋もまぁ広い、そんな立派な宿を貸し切ってくれるなんて まるで国賓扱いだ
お陰で我々は窮屈な思いもせず、オマケにエリスの修行場所にも困らない…スピカ達には本当に頭が上がらない、なんだか申し訳なさも感じてくるが 折角のご厚意だ、存分に利用させてもらうとしよう
「ししょー!エリスまだ行けます!」
「ん、なら続けるか」
エリスも気合十分か…例の砦での一戦を経てから、エリスはもっともっと強くなりたいと 修行に意欲的になった、いや 例の盗賊との戦いもそうだがやはりデティの存在が大きいな
エリスは今、燃え燃えている 魔術師としてデティに置いていかれないため、もしいつかのようにデティを守らなければならなくなった時、今度こそ守りきれるように 強さを求めているのだ、そういう姿勢は嫌いじゃない 私も若い頃を思い出す、私も若い頃禁じられた魔術とか闇の魔術とか色々身につけたものだ 懐かしい
「おや、お取り込み中でしたか レグルス様」
「む?、デイビッドか? 」
さぁいざ修行再開と意気込んだ瞬間かけられる声に手を止める、庭先に現れたのはデイビッド 、着込んだ甲冑を見るに遊びに来た感じではなさそうだな、コイツも長旅から帰ったばかりだというのにもう仕事 …いやこいつは友愛騎士団の現代表だったな、そりゃ忙しいか
「いや丁度区切りがついていた所だ、何か用かな?」
「ああそうです?、ならちょっと紹介したい奴らがいまして…おい、入ってこい」
そんなデイビッドの声を合図に、ゾロゾロと外に待機している馬車から降りてくる三人くらいの騎士、皆立派な鎧を身に纏い見ただけでその立場の高さが伺える、見た感じ友愛の騎士より些かばかり装備の質が高いようにも見え…ん?、あれ?なんか一人見覚えのある奴が
「魔女レグルス様ぁっ!、うぅ いきなり引き離されて寂しかったですがこのクレア!、公然と魔女レグルス様の側に居られる立場を手に入れ 舞い戻りましたぁっ!」
「クレア!?」
「クレアさん!、わぁ!立派な鎧ですね!かっこいいです!」
デイビッドに連れられて現れた騎士の一団、その中には輝く重厚な鎧に身を包んだクレアの姿があった、確か スピカとの謁見の前に何処かに連れていかれて以来会ってなかったが、成る程 何やら彼女は彼女で何か色々あったようだ、態々私と一緒にいる為に立場まで変えてきたか 本当に好きだな…私の事
「んふふふ、でしょでしょ!これ近衛士隊の正式な鎧なんですって、魔力を編み込み加工した金属で作られてるから見た目以上に軽くて硬くて、おまけに汚れないんですよ!いつもピカピカ!かあっくぃいーっ!」
「おいクレア、お前この中じゃ一番の下っ端なんだから、流石に自己紹介は先に隊長に譲れよ」
「ぎゃあーっ!、せっかくの再会に水を差さないでくださいよぉーう!」
デイビッドに猫のように首根っこ捕まれ後ろに無理矢理連れて行かれるクレア、まぁ確かにクレアは騎士にしては異例の若さだが…まだまだ下っ端だしな、少しは遠慮を知ったほうがいいかもしれん
そしてクレアと共に現れた騎士…片方は騎士にしては珍しく弓を携えた顔のいい男と、鎧の上からローブを羽織った魔術師の女、二人とも見た事ない顔だ…なんて惚けていると 早速男の方が動き出す
瞬く間に私との距離を詰め私の手を取ると…え?な 何?急に手を掴んで何を
「僕の名前はメイナード…友愛の近衛士隊 隊長のメイナード・ベラドンナリリー…みんなは僕の事を煌めきの貴公子と呼びます、我が弓が輝く限り 例えどんな艱難辛苦が襲いかかろうとも、貴女の笑顔だけはこの僕が守り抜きますよ、美しき君よ…」
「な なんだ急に 」
「なななぁっ!?ししょーの手を…」
私の手を取りキラリとウインクを決める彼、いや メイナードと言ったか?、また随分積極的な
あ!これナンパだ!、いや何千年ぶりだ!?懐かしいなこの感じ…いやそうかそうかナンパか、私も昔はよくいろんな男に声をかけられたものだ、しかし昔の私はどう対応してたっけ?確か張り手を食らわして腕を捻りあげ『二度と声をかけるな』って今こんな事出来ないだろ
「あ ああ、そうか よく分からんがありがとう」
「はははは、いや照れたお顔も美しい どうでしょう今日お時間があれば僕が街をご案内しますよ、ええもちろん 二人きりででででででいたいよヴィオラ君!、足を踏んでるよお茶目だなななななな力を込めないでくれるかなぁ?君の足の下に僕の足があるんだよ気づいて欲しいなぁ!?」
「魔女様すみません、こいつ綺麗な女性を見ると声をかけたくなる病気なんです、無礼だと思ったら直ぐに消し炭にして頂いて構いませんので」
「違うよヴィオラ君、女性の美しさとは千差万別 一人一人別々の美しさがあるのさ、僕はそれを見つけるのが得意なだけで みんなが魅力的すぎるのが良くないのさ、所でヴィオラ君?君の杖が僕の脛に当たってるよ?、それも結構強めに 戯れてるのかい?お茶目だなぁ」
「チッ、私が率先して消し炭にするべきか」
なんかよくわからんがもう一人の女術師の方が引き離してくれたお陰でメイナードはフラフラと後ろに下げられる、なんだったんだ というかさっきクレアも言っていたが近衛士隊?なんだそれ、すると今度は入れ替わるように先程の女術師が私の前に首を垂れて…
「おほん 私は友愛騎士団所属近衛術師フアラヴィオラ・オステオスペルマムです」
早口言葉かよ
「…分かります、名前長いですよね ヴィオラで大丈夫ですので、今日から我々三人の近衛士隊が魔女様の護衛に当たらせて頂きます、魔女様としても格下の魔術師に守られるなど屈辱ではあるでしょうが、我ら近衛士隊の名にかけて 全力で護衛に望みますのでどうか…」
護衛…成る程 近衛士隊か 聞いたことがある、あの要人警護を担当する城内 騎士団内でも屈指のエリート達の集まり、別にそんな決まりとかはないが歴代の騎士団長や副団長は皆一度は近衛士隊に所属しているらしい…つまりまぁなんというか、次世代の主力が集まる軍団でもあるのだ
「別に、屈辱とは思わん 我ら魔女も万能ではない、君達のように優秀な人間に守ってもらえるなら これ以上なく心強いというもの」
「そんな…勿体無きお言葉」
「メイナードとヴィオラは近衛隊の中でも指折りの実力者です、オマケにクレアの実力は魔女様も知っての通り、今日からこの三人が魔女専属の護衛としてつけるようスピカ様から言伝頂きましてね、あの貸切の宿の一室をお借りして護衛の方をと」
なるほど、宿にも一緒に住むのか 『嫌だ!エリスと二人っきりがいい!』などというつもりは当然ない、あそこを用意したのは白亜の城側だし、何よりあの宿は私達二人には広すぎる…たった二人で使ってると宿の主人に少々申し訳無かったのだ
…まぁ、護衛 と言っても宿に襲撃を受けるとかは考えてない、多分この護衛は見張りも兼ねているのだろう…私がまたどこかへフラッと消えないようにするために、だから私の顔見知りのクレアも配属されているのだろうな、スピカの奴 そんなに用心しなくても黙って消えやしないよ私は
「君達も大変だな、スピカの言葉一つに振り回されて」
「へ?、いえ…というか レグルス様って本当にスピカ様のご友人なんですね」
なんて口を開くのはえっと…長ったらしい名前の…ヴィオラちゃんだ、年齢的にはクレアとデイビッドの間くらいか?まだまだ若手の域にいる子だが、魔術師としての才覚が水準以上なのは纏う魔力で何となくわかる、そんな子が不思議ように口を利く
「それはどういう意味だ」
「はぅっ!?い いえ、スピカ様はこの八千年間孤高の絶対存在としてこの国を治めて来られた方です、その方に友人…なんて考えたことなくて」
やべやべ ちょっと威圧してしまったらしい、そんなつもりはなかったんだが…そっか、周りからはそう見えるのか、確かに他の国の魔女とも関係が途絶えて1000年だったか?ならこの子達にとっては一人でいるスピカが通常なのか
「スピカには友人が多くいる、彼女は明るい人柄の子だからね …まぁ今は立場上ああいう威厳溢れるていでいるが、その本質は普通の人間となんら変わらない子だよ」
「い いえ、スピカ様の事を あの子なんて言える方がいる事に驚いているのですが…」
え?スピカに友達がいることじゃなくて 私がスピカ相手に気安く接してる方にか?、そっか…スピカ偉いもんな、なのに私がなんか気安く接してるのは あんまりよろしくないのかな、でも今更スピカに謙ったら それはそれでスピカに失礼そうだし…
「おやおや、君が魔女様のお弟子様かな?」
「エリスです!、ししょーに手を出したら次は許しません!」
ん?、メイナードの奴 今度はエリスにまで声をかけているのか、さっき言ったように 女なら誰でも良いのだな、別に私の手を取る分には構わんがエリスに手を出したら流石に看過できんぞ
「はははは、師匠想いのいい子じゃないか それに、うん 目鼻立ちも凛々しく芯の強さを感じる、君は将来は美人さんになる このベラドンナリリーが保証するよ」
と思ってたらメイナードはメイナードでわきまえているらしく、決してエリスに触れようとはせず 大らかに笑う、…ただの女好きってわけではないか
「うぅ、ししょー この男に騙されちゃいけませんよ!」
あのエリスがタジタジになるとはまた、女性の扱いは手慣れているようだなメイナード
「はははは!僕はレディには嘘はつかないよ?」
「むきぃーっ!、魔女レグルス様のみならずエリスちゃんにもツバつけるとかぶっ殺しますよ!メイナード隊長ーぅ!」
「あわわわわ、す すみません魔女様 メイナードのアホがお弟子様にまで、こ この無礼はメイナードを切り刻んで海に捨てる事で償いますのでどうかお許しを…」
「お前らあーっ!、魔女様の前で騒ぐな!自己紹介終わったんならとっとと戻れ!というか並べそこに!」
…デイビッドも大変そうだな、人を凌ぐには他人以上の我を持つことが肝心とは言うが、こいつらは少々我が強すぎるのではないだろうか、まぁ スピカやデイビッドが選び連れてきたメンツなら腕前は保障付きなのだろうが
デイビッドの号令で 彼の後ろに横に一列に並ばされるクレアとメイナード ヴィオラの三人、心なしかデイビッドの顔も疲れているように見える…
「おほん、えぇっと そうだそうだ、エリスちゃん スピカ様の言伝と一緒に魔術導皇様からも言伝を預かってますよ」
「デティから!?、な 何ですか!」
「今日もしおヒマなら一緒にお城で過ごしませんか と、妙にソワソワと恥ずかしがりながら言ってましたよ」
ううん、早速お友達からお誘いか …いやはや魔術導皇に懇意され呼び出しとは、エリスも偉くなったものよ
「し ししょー、行ってもいいですか?…」
「構わない、ただし帰ってきたら魔力制御の修行と基礎体力の強化 この二つをちゃんとやるんだぞ?」
「んじゃあ裏に馬車止めてあるんで、そいつで城まで行きましょうか お送りしますよ」
「ああ、ありがとう だが私は行かん、丁度いい 一人でやりたいことがあったのでな、其方の方へ行かせてもらう エリス、お前は一人で城に向かいなさい」
やりたいこと…エリスの実家探しだ、流石に悪い思い出しかない館を エリスを連れ立って探すわけには行かん、探すなら私一人で だ、エリスが白亜の城に向かうというのなら丁度いいというわけだ
「えぇっ、ししょーは来てくれないんですか…」
「そうですよう!魔女レグルス様!、スピカ様だって魔女レグルス様の事待ってるはずですし、一緒にお城に行きましょうよーぅ!」
「なら待たせておけ、魔術導皇のデティがエリスと遊ぶ と言うことは公務執務はスピカが担うわけだろう?そこに私まで遊びに伺ったら逆に迷惑というもの、何 ブラブラ散歩して夕頃にまた顔を出すよ」
それじゃあ後はよろしくと言わんばかりに手を軽く振りエリスとクレアの文句に背を向ける、クレアやデイビッドが着いてるなら エリスも安心だろう、それに子供は子供同士で遊べばいい 私は邪魔者もいいところだしな、さて…私は私で探偵ごっこと行こうじゃないか
「あ!レグルス様!、おい!メイナード!ヴィオラ!、お前らあっちに着いていけ!俺とクレアは二人でエリスちゃんを白亜の城にへ送る、いいな!」
「アイアイ団長、僕としても美しいレディに着いていけるなら本望ですよ」
「私がメイナードが奇行に走らないよう見張って置きますね」
「ゔぇぇえええっ!?!?わわわ 私も魔女レグルス様に着いていきたいぃいいい!」
「うるせぇ!、お前らとっとと持ち場につけ!」
どうやら私の方へはメイナードとヴィオラの二人が付いてきてくれるようだ、近衛士隊長と近衛術師を侍らせるとは、なんだか贅沢な散歩になりそうだ
……………………………………………………
ガタガタと揺れる馬車と共に髪が揺れる、そろそろ商業区を抜けた頃だろうか 先程までけたたましく聞こえてきた人々の喧騒も、今ではすっかり聞こえなくなっている、…最初は馬車といえば嫌な思い出しかなかったが、今ではもういい加減慣れて何も感じないと エリスは浅く笑う
「…………」
「そう怒るなよクレア、メイナードもヴィオラも凄腕だ 魔女様の護衛に力を割くのは当たり前のことだろう?」
エリスは今、デティに会いに行くため ししょーと別れて白亜の城に向かっている最中です、同行者というか護衛はクレアさんとデイビッドさんのお二人です
ししょーの方には弓使いのメイナード・ベラドンナリリーさんと魔術師のフアラヴィオラ・オステオスペルマムさん、二人とも凄腕の騎士と魔術師らしく、ししょーを守ってくれるらしいが…
エリス的にはあのメイナードさんは警戒対象だ、ししょーをナンパしにかかったからだ
ししょーがあんな軽薄そうな男にコロッと絆されることはないだろうけど、ししょーは優しいから 勘違いさせるかもしれない…
「クレアさん、すみません エリスが白亜の城に行きたいなんて言ったから」
それはそれとしてクレアさんには申し訳ないなと思う、エリスが白亜の城に行く と行ったせいで折角近衛士隊入ったのにししょーと分かれる羽目になってしまった、さっきからずっと黙ってそっぽ向いている…怒っているのだろう
「エリスちゃん…、大丈夫ですよ 怒ってませんから、ただまぁ デイビッド団長代行の判断にはちょーっと不満ですけどね、なんで私を魔女レグルス様の方へ行かせてくれなかったんですかねぇ」
「別に、特に深い意味はねぇよ?、メイナードとヴィオラの相性は抜群だろ?運用するならアイツらは二人揃ってだ、そして魔術導皇様の所へ行くなら団長代行の俺はいた方がいい…!四人いるんだから2:2で分ける…となると自然とお前はこっち側だろ」
「ぐうの音も出ねぇ…」
まぁ、エリスとしてもクレアさんが側にいてくれた方が気が楽と言えば気が楽だ、デイビッドさんは確かにあの馬車旅を通じて、既に知り合い以上の仲だが、それでもムルク村からの付き合いであるクレアさんには及ばない
「まぁいいや、割り切りますよ エリスちゃんの事も大好きですしね私、にしても凄いじゃないですかエリスちゃん!、魔術導皇様とお友達?一緒に遊びませんかってお誘いですか?、いきなりどデカイ友達作りましたねぇ」
案外隅に置けませんね と朗らかに笑うクレアさん、この人のこういう引きずらないところは大好きだ、エリスにとってはデティも大切な友人だが クレアさんだってエリスにとっては大切な友達だ
「別にエリスはデティが魔術導皇だから友達になったわけじゃないです、あの歳で魔術を多く修めているから 尊敬しているだけです、それにデティとはなんだかんだ趣味も合いますしね」
あと可愛い、エリスが軽くからかうとワタワタと慌てる姿は エリスの中で眠っていた未知の感情 嗜虐心を呼び起こす、口元の食べ物拭っただけで慌てる姿はとても可愛かった、こう言っては悪いが クレアさんを姉だとするならデティはまるで妹のようだ
「なるほどねぇ、私にはそんな気の合う同年代の友達はいませんからね 羨ましいですよ」
「なんだよクレア、お前いるじゃねぇか友達 、確かメロウリースは学園で同学年だったろう、ああいうのもある意味じゃ友達さ」
「メロウリース?…ああ、あの子…んー 友人ですか?あれ?、物凄い剣幕で睨みつけてくるじゃないですか、あんな敵対心バリバリ向けられたら私だって面白くないですよ」
「そりゃお前の態度が悪いからだろ…、どんな風にせよ 意識してるってことは友達になれるってことさ、あんま無碍に扱うなよ」
なんて話をしていると、馬車の揺れが収まるのを感じる …恐らくかなり舗装された道に出たのだろう、いや先程まで通っていた上級区画も中々に舗装されていたが、ここはその比じゃない…つまり、ここは貴族以上の人間が通る道 それはこの国において二人しかいない
「ん?、おお 着いたみたいだな、クレア エリスちゃん、降りるぜ?魔術導皇様を待たせちゃ悪いからな」
そう言いながら開け放たれる馬車の扉の先には広がるのは、もはや見るのは三度目になる白亜の城の大玄関、だがいつもと違うのは あの盛大な歓待がない事くらいか
当然の話だ、あの歓待はエリスに向けられたものではなくししょーに向けられたもの、エリスはただ魔女の弟子で魔術導皇の友人だからこのように尊重されているだけ、エリスが自分の力で手に入れた立場は何一つとしてないのだから、勘違いしてはいけない
…ん?、いや 出迎えはある、それは騎士のように立派ではなく執事のように礼儀正しくはない、だがこの国のどの出迎えよりも贅沢で 豪華な…
「エリスちゃーん!」
「デティ!外まで出迎えに来てくれたんですか!?」
白亜の城の玄関先で一人ソワソワ待っていたのは魔術導皇デティフローアその人だった
魔術導皇が護衛もつけずたった一人でだ、異例 とも言える持て成しに目を白黒している間にデティはエリスに駆け寄って来て、例の如くエリスに抱きついてくる 多分これはこの子なりの挨拶なのだろうか
「よかったよう!、エリスちゃんが誘って来てくれなかったらどうしようかと思ってた」
「そりゃ来ますよ、友達からの誘いですからね、エリスもデティからの誘いと聞いて嬉しくて飛んできました」
「わはーっ!」
うりうりと頭を擦り付けるデティの頭を撫でる、デティには人の心を穏やかにする不思議な力でもあるのでしょうか、こうやってデティの顔を見ているだけで エリスの気持ちは落ち着いていく
「魔術導皇様が外で護衛も無しで一人で立ってるとは…感心しませんなぁ?」
あ、背後でデイビッドさんが怒ってる…いや顔は笑ってるが、雰囲気が激怒のそれだ…
まぁデイビッドからしてみれば自分達が必死に守ってる魔術導皇が、のほほーんとその辺ぶらついてればそりゃ怒りたくもなる…のか?、怒るといっても説教のそれに近い雰囲気ではあるが
「あっ、デイビッド… え エリスちゃんが来てくれると思ったら、居ても立っても居られなくて」
「それでもです、デティ様だって年頃の子供だから外で遊ぶ分にゃ文句も言いませんが、護衛はつけてください…というわけでクレア、後は頼んだ」
「は?、後はって…ってちょっと!デイビッド団長代行!どこへ行くんですか!護衛はいいんですか!?」
デティに小言を数度述べるとそのまま馬車を降り明後日の方向へと歩いていくデイビッド、その背後から飛ぶクレアの怒号もなんのその 悪い悪いと笑いながら手を振り去っていく
「わりぃな、やっぱ護衛はお前に任せるよ…俺はちょいとナタリアを探してくる、昨日からずっと姿を見てねぇんだ、何もないとは思うけどよ ちょいと様子を見てくるわ」
あの様子じゃ、初めからクレアさんにエリスとデティの面倒を押し付けるつもりだったな、まぁ クレアさんはエリス達二人と一番歳も近いし、彼女はいい意味でも悪い意味でも遠慮もしない 、やんちゃな子供導皇の護衛としてはクレアさんは打って付けだろう
押し付けられたクレアさんからしたら溜まったもんじゃなさそうだが
「なんですかそれ、ナタリアさんだって猫じゃないんですから そのうち帰ってくるでしょうに、ま むさいオッサンが居なくなったといい風に捉えましょうか」
いい意味でも悪い意味でも遠慮しない、がしなさすぎるのもどうかと思う
「…ね!ね!、エリスちゃん!私のお部屋で一緒に遊ぼう?」
もはや待ちきれぬと言わんばかりにエリスの体を揺するのはデティ、そう慌てなくともそのつもりで来ているが、しかしここになって疑問が湧く…
「遊ぶ?何をするのですか?」
遊ぶって何で遊ぶんだ?、エリス達くらいの子供って何をして遊んでるんだろう、ムルク村ではかけっことか騎士ごっことか肉体派な遊び、本で読んだだけだが皇都の方ではお人形遊びやおままごとという名の家族ごっこが主流だと聞くが、デティは普段どうやって遊んで
「魔術の研究して遊ぶの!」
それはいい、エリスにも分かりそうな明快な遊びだ
「いいですね、それ エリスも大好きです」
「やったー!」
「いや私がいうのも何かと思いますけど、それ子供の遊びです?まぁ 本人達が楽しいのなら別に構いませんけど」
クレアさん顔見るに、辟易しているようだ…とはいえ、エリスとデティにとって魔術程身近な物はない
二人は絵本の代わりに魔術教本を読み 人形の代わりに魔術を手にして、歌の代わりに詠唱を唄う子供達である二人にとって、魔術とは全てなのだ
「ところでさ、エリスちゃん…このお姉さん誰」
と指差す先にはクレアさんが…ってあれ?、クレアさんって前デティと会ったことがある的なこと言ってなかったっけ?
「ゔぇええ!?デティ様!私私!覚えてないですか!クレアですよ!、三年くらい前に会ったじゃないですか!」
「さんねんまえ?…」
三年前ってデティが三歳の頃じゃないか、普通は覚えてないよ エリスは覚えてるけど、しかしそうか もうほぼ初対面と見た方が良いだろう、ここはエリスが関係を取り保たねば
「えっと この人はクレアさん、とても強い騎士さんでエリス達の護衛をしてくれる人です…エリスのいたムルク村からの知人でとてもいい人なのはエリスが保証します」
「ふーん…」
あれ、なんかデティが面白くなさそうな顔してる…なんだろう 、クレアさんが嫌 というよりこの状況が嫌?ということだろうか、ジトジトした視線でクレアさんを見るデティの手がエリスの体に絡みついてくるのを感じる
「んん?はっはーん、なんですかぁなんですかぁ?デティ様も可愛いところありますね 、別にデティ様からエリスちゃんを取ったりしません安心してくださいよう?」
「むぅ…」
クレアさんはデティがこんな風にむくれている理由がわかるのだろうか、やはりエリスは 他人の機微には疎いようです、こんな時デティにどんな風に声をかけていいか分からない
「エリスちゃん!私の部屋に行こう!一緒に私の部屋で魔術の勉強しよう!」
「はい?ええそれは是非って引っ張らなくてもついていきますよデティ!?」
「ワッハッハー!若いっていいですねぇ 若すぎる気もするしますがそれは良し!、あ!待ってくださいよぉ お二人さーん!
……………………………………………
それからデティに引っ張られ 城の奥へと連れ込まれるエリス
目立った、物凄く目立った いや城にいる人間はエリスの事を知っている人達ばかりだが、それでも現魔術導皇が同年代の子供を連れ込んでいれば噂にもなる、エリスが恥ずかしいと感じたのは初めての経験だ
まぁその後ろを笑顔でついてきてたクレアさんは、そんな視線どこ吹く風だったけど…この人本当に強いなぁ
そんなこんなで連れ込まれるのはデティのお部屋、…いやそれは失礼な言い方か
正しい言い方をするなら、魔術導皇の私室…小屋くらいなら一軒丸々入りそうな程のスペースに、古今東西のあらゆる本 あらゆる魔術関係の道具が敷き詰められており、其処彼処から権威が滲み出ている
似たような部屋なら…貴族であるエドヴィンさんのお部屋が同系統の物なのだろう、実際は比べ物にもならないのだが
「いらっしゃい!エリスちゃん!」
その中央でクルクルと回りながらエリスを歓迎してくれるのはデティ、いやしかしこう見るとこの小さなデティが一人で使うには広すぎる
部屋とは広ければ広いほど良いもの…というわけではない、広すぎると逆に窮屈に感じることもある、というのをエリスは今学んだ
「はい、いっしゃいましたデティ…立派なお部屋ですね」
「昔はお父様が使ってたお部屋なんだけれどね、私が魔術導皇を継いだ時にそのまま私のものになったんだ」
そ それはお父さんが死んでそのままお父さんの部屋を頂いたという事では?、の割にはデティの顔に影は見えず当たり前のことのように捉えているようだ、悲しんでないなら…それで良いのか?
「はぇー、立派な部屋ですね、メイドの血が疼きます」
ちなみにクレアさんは距離をとって私達のことを見守ってくれている、今回の要件は飽くまでデティとエリス 二人っきりで遊ぶ というのが本題、故にクレアさんもそこに割り込むつもりはないらしい
クレアさんは無礼ではあるが礼儀知らずではない、弁えるところは弁えるらしい
なので今、エリスはデティという少女と二人っきりに近い状況なのだ
「むふふ…むふふふ」
「なんですか?デティ?エリスの顔変ですか?」
「んーん、エリスちゃんは変じゃないよ ただね?、私こういう風に友達を部屋に招くの初めてだから嬉しくて…ねぇエリスちゃん、あれ見て」
そう言って窓辺で手招きし外を指差すデティ…、外?見えるのはただの絶景だ
白亜の城はこの皇都の中でも一段高い場所に建てられているだけあり城下町が一望でき 眼下をアジメク国民達が往来しているのがありありと見える、整えられた街と生活感溢れる喧騒は 一種の絵画のようにも思える
ああ、そういえばエドヴィンさんも丘の上に館を建ててたけど、偉い人は高い所に居を構えたがるものなのだろうか
「ほら見て、あれ 城下町の方 私やエリスちゃんと同じくらいの子供が歩いてるでしょう?」
「んー?」
ん?んんー?、確かに言われてみれば歩いてる 、距離がありすぎて豆粒みたいで辛うじて髪色とか服装が把握できるくらいだが、うん 確かに5~6人くらいの子供が歩いてる
「確かに歩いてますね、年齢的にエリス達と同じくらいか少し歳上くらいでしょうか?」
「うん、あれはアジメク学園初等部の子達なんだって、私やエリスちゃんくらいの年齢から通い始めるもので、あそこで子供達は友達を作ったり人付き合いや世界の事を学ぶの」
なるほど、アジメクのように大きな街や裕福な街では大きな学園が存在し、その土地の子供達に教育を施す と言う話は聞いたことがある、そこで読み書き算術から剣術魔術まで教えているらしい
当然、共に学ぶ学友と一生に渡る付き合いになる程親しくなる者もいるだろう、人間関係の構築の基盤となる場、それが学園だ…だがエリス達はそこに通わない
何故か?必要ないからだ、魔女という世界最高峰の教師がいるのに、これ以上学園に通っても学ぶ物などないからだ、多分
「…私はね、あそこで遊ぶ子供達を見てずっと憧れてた…お父様みたいに心から通じ合える友達が欲しかったの、そりゃ導皇の特権を使えばあそこの子供達をここに呼ぶことは出来るけどさ、 でも心の繋がった友達にはなれないの」
いや、きっと実際呼んだのだろう、だが上手くいかないのは目に見えている
エリスもそうだった、合わないのだ 他の子達とエリス達の感覚は、あそこで遊んでいる子供達に向かって、やれ魔術がどうのという話をしても ついていけるわけがないし、そもそも現魔術導皇を前にあっけらかんと話せるのは多分この世にクレアさんくらいだ
エリスでさえちょっと緊張するくらいなんだから
「だからね!私と同じエリスちゃんとこうやって友達になれたのはデティにとって 、ものすごーく幸せな事なの」
「そうでしたか、エリスも友達と遊ぶのは初めてです とっても幸せですよ」
「そうかなぁ えへへへーっ!」
もはや窓の先にはなんの未練もないか、そそくさと離れ 乱雑する魔術教本の上に腰をかけ嬉しそうに笑う、デティの笑い方は好きだエリスにはあんな風に笑えない
「じゃあさじゃあさ!、早速魔術の研究しようよ!エリスちゃんには見て欲しい魔術があるんだ!」
「へぇ、面白そうですね 、是非見せてください」
魔術導皇自ら見せたい魔術とは、自然とエリスの胸が高鳴るのを感じる
やはりエリスは魔術が好きだ、ししょーが教えてくれたからというのもあるが、魔術の仕組みが未だ未解明というのに興味が唆られる
「昨日言った 一般普及させる為の所謂『生活魔術』の試作品を作ったんだあ、出来立てホカホカ エリスちゃん!見てて!」
「はい、見てます」
なるほど、生活魔術 昨日言ってたやつですね…、人間一人が文明的かつ不自由ない生活をしようと思うと 、金銭的な労働以外にもしなければならない事が多くある、例としてあげるなら炊事や掃除などだ
特権階級もそれを他人に任せることにより権威を示す事があるほどには、人間という種と切っても切れない行動だ、そこに超常的な力である魔術を持ち込み少しでも豊かにしようというのがデティの野望
魔術を作る というのはエリスにはよくわからないが、今ここで一つの魔術体系が産声を上げようとしているならそれは、本当にめでたい瞬間に立ち会えた物だ
「まずコレは部屋に散らかった物を片付けるお掃除魔術!」
そう叫ぶと共にデティの魔力が隆起する、分かる エリスに魔力を感じる力はないが…肌が焼け付くようにピリピリする、この感覚は前にも味わったことがある
あの偽物の魔女を相手にした時だ、ただあの偽物よりもデティの方が力強い印象を受ける、こんな歳なのに既に大人を凌駕する魔力を保有しているという事になる
というかお掃除魔術?そう言えば周りに本が散乱しているな、部屋が広いから散らかってる印象は受けないが、コレを今から魔術で片付けるのか?
「というか、大丈夫なのですか?テストはしたんですか?」
「ううんしてない、エリスちゃんと話してから作ったやつだから」
大丈夫なのかなそれ、というか魔術ってそう簡単に作れるものなのかな…
「危険はないのですか?、流石に部屋で使うには」
「掃除の魔術なんだから部屋じゃないと、それに そんな強力に作ってないもん!じゃあいくよぉー!、『オールスイーパー』!」
「む…?え?」
高らかにそして誇らしげに一本指掲げ詠唱を言い放つデティ、なんだなんだと注目すればデティを中心に仄かに風が吹くの感じる、成る程風系の魔術で物を飛ばして…飛ばして
それで元の場所に戻せるのか?
そう、一瞬疑問を抱いた瞬間 フワリと風が下から吹き上げ…
「あ あわわ、か 体が浮かび上がって わ 私は片付けるものじゃないよーう!」
「ぎゃーっ!?何してんですかデティ様!、部屋の中で竜巻作るって正気ですか!?、ぬおっ あぶねっ!?しかも本飛んできたし!、大丈夫ですか!デティ様!」
「ひぇーっっ!たすけてーっ!、こ ごわいよぉぉぉぉ」
それに名前をつけるなら まさにハリケーンデティ
デティの詠唱により発生した風は確かに散らかった本達を拾い上げ風に乗せて運び始めた、そこまではいい、だがその後が問題だった
風はみるみる加速し次第に竜巻を形成し直ぐにデティの手元で制御出来ないほど膨れ上がり、遂にはデティさえも巻き込んでしまったのだ
本も一向に片付けられる様子もなく、それどころか棚に収められている本も舐め上げ全て根こそぎ吹き飛ばしていく、まさに竜巻だ…デティもその竜巻の中心部でクルクルと木の葉のように体を躍らせている、かなりマズイ あのままの勢いで壁や天井に叩きつけられたら怪我じゃすまない
「デティ!直ぐにこの風を止めてください!、このままじゃこの部屋が吹き飛びます!」
「ひぃぁーー!?、つ つくってないぃ!これ止める方法つくってないよぉぉぉ!」
なら何故使った!?
いや今デティを責めても何にもならない、今エリスがすべきなのは 最悪の事態が起こる前になんとかするんだ
「クレアさん!、飛んでくる本をお願いします!エリスはこの風 なんとかしてきますから」
「ん!、無茶しちゃダメだよ!後怪我もダメ!」
「エリスぢゃーん!、げほっ げほっ!」
クレアさんに声をかければ 即座に踵を返し竜巻の中心へ向かう、幸い風はエリスの得意魔術でもある、今の今までさんざ使ってきた旋風圏跳で風の扱いには慣れている
風の流れを記憶し突風になるべく逆らわず それでいて竜巻の中心部に向かう、道中飛んでくる本やら棚やらは全てクレアさんが叩き斬ってうち払ってくれる、この風の中でも変わらず動き回れるとは さすがクレアさんだ
「げほっげほっ!、い…息できない…、た 助けて…助けて先生…っ!」
風の檻の中でもがくデティを見て足を早める、あの風の中だ 息を吐き出すことはできても吸うことは出来まい、最初は両手足をばたつかせてたデティも今では体を丸くして流れに身を任せている、あのまま放置すれば どこかに叩きつけられる前にデティの命に関わるかもしれない
「デティ!今行きます!すぅーっ…」
風に突っ込む前に息を大きく吸い込みそのまま 飛ぶ…エリスの体もデティと同じぐらい軽い、少し浮き上がれば いとも容易く風に乗れる、と言ってもいつも使っている旋風圏跳のような気持ちのいい感覚はない
簡単に言うなれば激烈にキツい、全身を芯から振り回され全方向から殴打されるが如く勢いの風が吹き付ける、失敗とは言えこれほどの風を出せるデティの腕前には相変わらず感服する他ないな!
「え…りすちゃん、ぐっ…ぅぅう」
「デティ!」
それでも風を掻き分けデティの手を掴む、ぐったりと力ない手を掴み 離さない…さてここからだ、このまま竜巻を抜け出しても竜巻が消えなければいずれまた風に巻かれて元の木阿弥、何も解決していない、つまり抜け出すよりもこのまま消しとばした方が余程早いのだ、方法はいくつかあるが 手元のデティを傷つけない平和的なのは一つしかない
「っー!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ!」
あまりの突風に息はできないが、構わず詠唱を続ける こんな暴威のど真ん中でもちゃんと魔力は練れている、コレも普段から身に染み込ませるように反復して魔力制御を行っているおかげか!
エリスが手に入れた新たな力、新たな魔術を以って風を吹き飛ばす
「…!『風刻槍・防壁展開!』」
着想は デティの昨日の言葉『本来攻撃を想定した魔術を薄く引き伸ばして空中に固定することで防御にも使えそう』…あれだ、風刻槍のような風の槍を飛ばす魔術も、薄く引き伸ばし周囲に張り巡らせば何が出来るか
単純 風刻槍の風の勢いを伴った障壁が生まれるのだ、なら それを竜巻の中心地でいきなり展開すれば…など 考えるまでもなく結果はありありと現れる
「うおっ、すっげ!竜巻が真ん中から吹き飛んだ!」
響くクレアさんの歓声に自分の目論見が見事達成されたことを感じる、何 ただ竜巻の中心付近で 竜巻とは反対方向に流れる風を作り相殺しただけだ、こうすれば少なくとも強力な魔術で吹き飛ばすとかそんな真似するよりよほど平和的だろう
まぁエリスは風にボコボコにされた挙句、空高く打ち上げられてしまったわけだが
「けほっけほっ!ぅう…ぇえ」
詠唱が出来ないから魔術で着地が出来ない、強く風を吸い込んでしまったせいで咳が止まらないのだ、おおそうだ これも対魔術師戦に使えるかもしれない 、いきなり風を顔に吹きかけられ構わず詠唱を続けられる人間はいない筈 詠唱妨害に使えるかもしれない、など こんな状況でも魔術の事を考えどこか他人事のように捉えているエリスが居ることが なんとなく怖い
「エリスちゃんけほっ、エリスちゃん!」
「はいはい 、お待ちよっと!」
しかしそこからは護衛の クレアの仕事、実戦でも使われる神速の踏み込みを用い エリスとデティが地面に叩きつけられる前に優しくソフトに抱き止める
「無茶もしたし怪我もした、エリスちゃんって見かけによらず結構ヤンチャなんですね」
「けほっ…すみません、クレアさん 助かりました」
「え え エリスぢゃーん!ごめんなざいぃぃぃいい!」
うわんうわんとエリスから転がり落ち泣き喚くデティ、その顔にはエリスの怪我は大丈夫なのか エリスを傷つけてしまったかもしれない そもそもエリスに嫌われたかもしれないと、痛みや恐怖さえも凌駕する不安から泣き喚ているのだ
まぁ、エリスの怪我は大したことない 少し青あざが出来てはいるが、この程度の青あざなら生活に支障はないし 何より直ぐに色も戻ることが予想出来る、館で殴られた時の方がよほど痛かった
それに、この程度のことで嫌いになったりやしない
「大丈夫ですよデティ、むしろデティに怪我はありませんか?」
「だ 大丈夫、エリスちゃんがが守ってくれたから…そ その、ごめんなさい 私が中途半端な魔術使ったばかりに」
確かに、中途半端だった 解除方法を設定していないとか痛恨極まるミスだ、オマケに威力も高すぎる、アレで掃除出来るのはチンピラとゴロツキくらいだろう
失敗だらけ…でもデティも反省してるし エリス自身も勉強になったし 、まぁいいかな と思ってしまってるエリスもいる
「まぁ 解除方法を作ってないのは良くないかもしれませんけど、でも別にそれで嫌いになったりしないですよ、寧ろ いい勉強になりました」
「うぅ、エリスちゃん…」
と 慰めても 相手だって簡単には『そっかわかった!』と元気に振る舞えないだろう、エリスが逆の立場で もしししょーに助けてもらったら、1日凹む自信があるから
なら、どう言ってもらえた方が嬉しいかな、もしエリスが失敗したら ししょーは何をしてくれるか、思い出せ …ううん そうだな…まず
「デティ?いいですか?」
「ふぇあっ!?え エリスちゃん!?」
優しく手を取り 、次いで目線を合わせる こうすることで視線を無理矢理エリスに向けるのだ、物理的にではない 精神的に、失敗と後悔にまみれ下を向く心を動かしこちら側に向けさせる、こうしなければどんなに言葉を投げかけても意味がない
いきなり手を取られワタワタと慌てるデティの目をじっと見つめ有無を言わさぬ、聞け エリスの言葉をと 言外に語る、そして
「デティ…貴方は確かに失敗しました、ですが失敗とは悪ではありません 失敗しても次に繋げれば良いからです、めげず諦めず下を向かず 次だけを見据えて挑み続ければよいのです、大丈夫 何回失敗してもその都度エリスがデティを支えますから」
「エリスちゃん…ひゃわっ!?」
激励の言葉と共に掴んだ手を引き抱きしめる、エリスの心音を聞いてもらうが如く 強く強く抱き締める、失敗など気にするな 直ぐに起き上がって次に取り掛かればノーカンだと 抱擁で知らしめる
これだ、これがししょーがエリスが失敗した時やってくれる事の、欲張りセットだ
さっきやった事全てをやってくれるわけではない、失敗したら目を合わせるか抱き締めるか激励の言葉を送るか、どれか一つだけ…でもどれをしていいかわからなかったから、とりあえず全部してみたが
こ 効果はあっただろうか
「え…え エリスちゃん、ありがとう も もう大丈夫だから」
そう言って離れるデティの顔色は先程の青褪めたものではなく、非常に良好なものへと変わっている、見てみろあの血色の良い顔 青からひっくり返ってまっ赤になっている、これは効果覿面と見ていいだろう
「良かったです、エリスはデティに泣かれてしまう方が、よほど辛いですから」
「そ そうかな、なら私もう泣かないね」
えへへ と何だか力なく笑うデティ…ん?、なんだろうさっきから少し雰囲気が変だ、なんか目線逸らすし 恥ずかしがっている?、何を 別に恥ずかしいことなぞ何も無いはず、まさか目の前で泣いてしまったことを今更恥じているのか
「ひゅーひゅー、エリスちゃん いっけめーん」
「もうクレアさん、からかわないでください エリスもデティも真剣なんですから」
「い 今の真剣に言ってたんだね」
真剣 その言葉を聞き更にデティ更に動揺するデティ、冗談であんなくさいセリフは吐きません、真剣も真剣 大真剣だ
ともあれ、突如として訪れた危機はなんとか打ち払えた、エリスはエリスの身近に迫る危機を打ち払う為に魔術の修行をしている、今回はその成果が出たと思ってもいいのだろうか、それともこの程度魔女の弟子ならなんとか来て当然と思うべきか
「ま!、フォローが終わったならそれでいいですけど?言っときますけどまだ何にも終わってませんよ、次はほら アレの処理しないと」
そう言ってクレアさんが指差す先には散乱する本と倒れた棚やら家具やら、足の踏み場もなければ目も当てられないほどに散らかっている、これが未完成とは言えお掃除魔術によって作られたものと思えば なんとも皮肉なものだ
「ほらほら手伝って!魔術導皇のお部屋をこんなに散らかしたとあってはここにいる3人、タダじゃあすみませんよ」
「た 確かに、私もハーマンやスピカ先生からうんと叱られる…な なんとかしなきゃ、スピカ先生にバレる前になんとかしなきゃ!」
頭を抱えガクガクと震えるデティもクレアさんに混じって掃除を始める、ハーマン…は確かあの老執事の名前だ、昨日スピカ様が彼をそう呼んでいた
というか、ここはスピカ様の城だよ その城の中でここまでの魔術を使ったことに、魔女たるスピカ様が気がつかないはずがない、ししょーもよくやるが 魔女は壁や距離を無視して物を見る術を持っている、この惨事も既にバレていると見ていい
先にお詫びする意味合いも込めて、スピカ様のお部屋があった方へ頭を下げておく と言っても側から見ればエリスが一人で壁に向かってお辞儀しているように見えるのだろうが
「エリスちゃんも手伝ってー!」
「はいクレアさん!」
そうしてはじめての友人との遊びの時間 というものは過ぎていく、何をして遊んだわけでないが、驚いた事にデティとこうやって過ごすだけで、そこそこに楽しいことが判明した
やはり、エリス的にはこういう付き合いが柄に会っているのだろうか
…………………………………………
おかしいおかしいおかしい…どう考えてもおかしい、何度考えてもおかしい
妙に熱を持つ頬を触りながら本を片付け…チラリと脇に目をやれば私と一緒に片付けをするエリスちゃんが見える、彼女は友達だ 私 デティに出来たはじめての友達、のはずなのだが
さっきから自分の様子がおかしいのを感じる
さっき、私は自分の魔術で死にかけた スピカ先生も魔術は危険な物で時として使用者自らの命さえ奪うとキツく言い聞かされていたし、一人での無断使用は固く禁じられていた
しかし。私は友達の前と意気込み、禁を破り魔術を使い そして先生の言う通り死にかけた、私はこの時初めて知った 『使える』と『使いこなせる』の違いを、確かに私は数多くの魔術を使えるし 会得している、けど今思えば使いこなせる魔術は一つとしてないのかもしれない
…風に体を巻かれ 息ができなくなったその時、背筋が凍る思いだった 自分の力ではどうにも出来ない、打つ手なしの状況から刻々と迫る死の気配は あまりにも鮮明で…酷く恐怖したのを覚えている、泣き出さなかったのは泣く余裕さえなかったからだ
だが、エリスちゃんが助けてくれた、私が手綱さえ握れなかった魔術を容易に操り、昨日戯言のように言った空論をぶっつけ本番で使用して私を助けてくれた
ああ、やはりこの子は私の思った通りのヒーローなんだと憧れを強めたのを覚えている、風を操り 自分の怪我も厭わず私の手を握るエリスちゃんの頼もしい表情を今でも覚えている、そ そこまでは良かった
そこまでなら私はただエリスちゃんを凄い人だと尊敬しただけで済んだだろう、だが問題はその後だ
自分だって割りを食ったろうに、エリスちゃんはどこまでも優しかった
落ち込む私の手を握り 、凛々しい双眸で私の目を見据え、優しく励ましてくれた 抱きしめて頭を撫でてくれた、初めてだ どれも初めてだ、スピカ先生もお父さんもお母さんも 誰もしてくれなかったことを、エリスちゃんはしてくれた…
誰も与えてくれなかった 愛を、初めてエリスちゃんから感じ、私の内側に生まれた感情は尊敬ではなく、尊敬以上の物だった
「どうされました?」
「う ううん、なんでもないよ!」
しまった 見つめすぎた、変に思われたらどうしよう…
ああさっきからこれだ、こればっかりだ 『エリスちゃんにこう思われたら嫌だ』そんな考えばかり浮かんできて、なんだかおかしいのだ
確かに嫌われるのは嫌だ、そこは前と変わらない なのに今はそこにプラス『エリスちゃんによく思われたい』と言う感情が湧いて出る、そして 自然と目がエリスちゃんの方を見てしまう、そしてまたさっきの繰り返し
「よいしょ、よいしょ」
本を運ぶエリスちゃんの体は デティと違って少しがっしりしている、エリスちゃん曰く レグルス様の元で魔力と共に体も鍛えているらしい、完全に実戦を意識した私とは違う修行の賜物だろう
エリスちゃんのその目は非常に凛々しい、そして 不思議な雰囲気を纏っている、まるで自分の言動全てを克明に紙に書き写す人間を目の前にしているかのような不思議な緊張感を常に孕んでいる、それでいて頼もしい
金の髪はどんな花よりも綺麗だ、艶はないが力強い輝きを秘めている 太陽の光を反射するそれは本物の金のようだ
…っーあ!またエリスちゃんを見つめ続けている、なんだろうすごく気になる なんなんだろう、これが友情という奴なのかな?スピカ先生もレグルス様もいつもお互いを見ているし、こうやってエリスちゃんを見続けてしまうのは変なことではないのかな
あ、またほっぺ熱くなってきた…バレてないかな エリスちゃんに
「エリスちゃん無茶するねぇ、よっしゃー!クレアお姉さんに任せなさーい!」
「だ 大丈夫ですかクレアさん、もう既にかなりの量の本を運んでますけど」
「へっへーん、大丈夫ですよ なんならエリスちゃんごと運べますよ私」
「あっ…ああ!」
思わず声が漏れる、本と一緒にエリスちゃんを抱き上げようとするクレアさん見て あわあわと口が震える、なんだこれなんだこれ!胸の内からなんかグツグツ湧いてくる
い 居ても立っても居られない!
「だ ダメ!、エリスちゃんの本は私が運びます!」
「おん?デティ様どうしました?急に」
「運びます!運びます!」
大慌てでエリスちゃんの持っている本を3~4冊奪うように抱える、って重ーっ!?う 思ってみれば私 軽めの本しか運んでなかったけど、二人とも分厚い辞典みたいな本しか運んでない、これが普段体を動かしている人間とのフィジカルの差か!くそう!で でも負けたくない
「デティ?大丈夫ですか?、無理をせずともエリスは平気です」
「だ 大丈夫、私も あぅ、へ 平気だからさ!」
でもびっくりするくらい足が笑ってる、手がプルプル震えておりなんだか面白くて吹き出してしまいそうだ、全身が悲鳴をあげていなければだが
なんでこんなことしてるんだろう、なんだか物凄く ものすごーくクレアさんとエリスちゃんが仲良くしてたりするのが、面白くなかった 別に話すくらい いいのに、胸の内側から何か溢れて 間に割り込みたかった
それでもエリスちゃんに心配されるととても嬉しい、これは最初望んでいた友情というものなのだろうか?、なんだか違う気がする
私は…お父様が語った終生の友のようなものが欲しかったんだ、憧れたんだ
魔術導皇のお父様と お父様の親友だった騎士団長、二人は身分の違いなど跳ね除け 友として友情を育み、時として朝まで語り合い 時として夜まで喧嘩をし 、長所を称え短所を補い
認め合い高め合う友達、其れが欲しかった なのに、なんか なんか違う!エリスちゃんをまともに直視できないなんて こんなの友達じゃないよーぅ!
変だ 私おかしくなってしまった、エリスちゃんにおかしくされてしまったんだ!
「デティ?やっぱり 手伝いましょうか?」
「はわわっ!!エリスちゃん!!」
唐突に握られる手に思わず悲鳴が溢れる…やっぱり変、だけど わ 悪い気はしない
これは、デティフローアとエリスには 関係なく、またお互い耳にも入れていない情報だが
昨日レグルスの語った 『愛とは与えられて生まれるもの』という理屈は、概ね正しい
特に初めて与えられる愛とは 格別にして特別な物、事実 エリスも初めて師より愛を賜り、結果 エリスの中にもまた特別な愛が生まれたのだ
ただ、一つ加筆するならば 愛とは己の中で完結するものではない
常に、誰かの方を向いているもの 誰かに向けられる物が愛だ、ならば 初めて与えられた愛とはどこを向くのか?当然与えてくれた相手に対してだ、エリスが師を敬愛するように…
ならばここで話を戻そう、初めてエリスより愛を受け取ったデティの愛はどこへ向く?、言うまでもない エリスにだ
「うぅ…エリスちゃん…」
エリスを背にモジモジするデティの愛は 、エリスがレグルスに向ける敬愛とはまた違う
名付けるならば友愛、師に向ける敬愛とは別物にして同じくらい大きな愛、それが今 デティの中で芽生え エリスただ一人へと向けられつつあるのだ
最も?、子供の頃得た 愛など、時を経るごとに形を変えていくもの…果たして、デティの友愛の行方はどうなるのか
一つ言えることがあるとするならば、其れは…きっと悪い物にはならないだろう ということかな、何故そんなことが言い切れると?、そんなもの決まっている 経験則…だからねぇ
響く詠唱、昂ぶる魔力 迸る激風…一人の少女の叫びに呼応し、自然が答え 風が吹き荒れ槍を成す、向ける矛先は 目の前で余裕ぶって腕を組む黒髪の女…
既に布石は打った、クレアと戦った時と戦法は同じ 視界を潰し 撹乱し、敵の不意を打つ…ここまで決まって仕舞えば 後はタネが分かっていようと回避を難しいはずと 金髪の少女エリスは意気込み 言葉を繋げる
「『風刻槍』!」
集中し意識を研ぎ澄まし、放つは風の穿撃 岩盤すら撃ち貫く一条の螺旋を躊躇なく打ち込む、例え相手が鎧を着込んでいてもその衝撃を防ぐ手立てはない
「…遅すぎる、相手の視界を潰してから魔術発射までのタイムラグがありすぎる、撹乱に時間をかけ過ぎだ!」
一撃、迫る鉄も貫く風の槍を黒髪の女…いや魔女レグルスはあろうことか素手で掴み握りつぶしてまう、掴めないはずの風を 魔力として捉え、その掌で押し潰したのだ
「はぁ…はぁ…」
「風で地面を抉り飛ばしての目潰し、その後旋風圏跳で高速移動を行ってからの風刻槍でトドメを加える、いい連携だが 相手もカカシではない 連携に時間をかければかける程攻撃の成功度は下がっていく、次は迅速に決めるか 詰められる余分な行動は詰めていけ」
よく見ればレグルスの目はしっかりとエリスを捉えている、目潰しが効かなかったではない 敢えて受けた上で迅速に対処し視界を確保し直したのだ、いやそもそもの問題 レグルスが本気だったなら目潰し自体決まらなかった事を考えると、この魔術模擬戦がどれほど手加減して行われていたかが伺える
汗を流し膝に手をつくエリスに厳しい声を上げるレグルス、今日は初めての魔術戦の練習…初めてレグルスもエリスの戦い方というものを実感したが、なんだか感動していた
あの弱々しいエリスが、魔術を使って攻撃を行い 戦っている姿を見たらなんだか彼女の
成長を感じられて、凄く…こう…感動した
「はぁはぁ…はい!」
だがまだまだだ、機転は効くし魔術の応用も悪くはないが 、自分の立案する作戦に体がついて行っていない、詠唱スピードも動き出しもまだ改善の余地がある、やはり 例の詠唱暗記マラソンはまだ続けた方が良さそうだと一人思案する
今我々がこうやって魔術戦と称し大暴れしているのはアジメク商業区にある とあるお宿の庭だ、庭 と言ってもかなり広い というか超広い、我々が何不自由なく魔術戦が出来るくらい広い
なんでもこの宿 普段から騎士が使っている宿らしく、この広大な庭も騎士が訓練する為にわざと大きく作られているらしい、ちなみこの訓練場兼庭には我々以外の人間はいない…この宿を貸し切っているからだ
先日、スピカとの食事会を終え さて何処の宿に泊まろうかと思案していた所、既にスピカ直属の老執事が宿を用意していてくれたらしく、私達は何の労をする事もなく寝床にありつけた、城の騎士が普段から使ってるということは皇家御用達ということになるから、その手の融通は利くみたいだ
しかし、まぁ 立派だ…この宿、このだだっ広い庭もそうだが我々の寝泊まりしている部屋もまぁ広い、そんな立派な宿を貸し切ってくれるなんて まるで国賓扱いだ
お陰で我々は窮屈な思いもせず、オマケにエリスの修行場所にも困らない…スピカ達には本当に頭が上がらない、なんだか申し訳なさも感じてくるが 折角のご厚意だ、存分に利用させてもらうとしよう
「ししょー!エリスまだ行けます!」
「ん、なら続けるか」
エリスも気合十分か…例の砦での一戦を経てから、エリスはもっともっと強くなりたいと 修行に意欲的になった、いや 例の盗賊との戦いもそうだがやはりデティの存在が大きいな
エリスは今、燃え燃えている 魔術師としてデティに置いていかれないため、もしいつかのようにデティを守らなければならなくなった時、今度こそ守りきれるように 強さを求めているのだ、そういう姿勢は嫌いじゃない 私も若い頃を思い出す、私も若い頃禁じられた魔術とか闇の魔術とか色々身につけたものだ 懐かしい
「おや、お取り込み中でしたか レグルス様」
「む?、デイビッドか? 」
さぁいざ修行再開と意気込んだ瞬間かけられる声に手を止める、庭先に現れたのはデイビッド 、着込んだ甲冑を見るに遊びに来た感じではなさそうだな、コイツも長旅から帰ったばかりだというのにもう仕事 …いやこいつは友愛騎士団の現代表だったな、そりゃ忙しいか
「いや丁度区切りがついていた所だ、何か用かな?」
「ああそうです?、ならちょっと紹介したい奴らがいまして…おい、入ってこい」
そんなデイビッドの声を合図に、ゾロゾロと外に待機している馬車から降りてくる三人くらいの騎士、皆立派な鎧を身に纏い見ただけでその立場の高さが伺える、見た感じ友愛の騎士より些かばかり装備の質が高いようにも見え…ん?、あれ?なんか一人見覚えのある奴が
「魔女レグルス様ぁっ!、うぅ いきなり引き離されて寂しかったですがこのクレア!、公然と魔女レグルス様の側に居られる立場を手に入れ 舞い戻りましたぁっ!」
「クレア!?」
「クレアさん!、わぁ!立派な鎧ですね!かっこいいです!」
デイビッドに連れられて現れた騎士の一団、その中には輝く重厚な鎧に身を包んだクレアの姿があった、確か スピカとの謁見の前に何処かに連れていかれて以来会ってなかったが、成る程 何やら彼女は彼女で何か色々あったようだ、態々私と一緒にいる為に立場まで変えてきたか 本当に好きだな…私の事
「んふふふ、でしょでしょ!これ近衛士隊の正式な鎧なんですって、魔力を編み込み加工した金属で作られてるから見た目以上に軽くて硬くて、おまけに汚れないんですよ!いつもピカピカ!かあっくぃいーっ!」
「おいクレア、お前この中じゃ一番の下っ端なんだから、流石に自己紹介は先に隊長に譲れよ」
「ぎゃあーっ!、せっかくの再会に水を差さないでくださいよぉーう!」
デイビッドに猫のように首根っこ捕まれ後ろに無理矢理連れて行かれるクレア、まぁ確かにクレアは騎士にしては異例の若さだが…まだまだ下っ端だしな、少しは遠慮を知ったほうがいいかもしれん
そしてクレアと共に現れた騎士…片方は騎士にしては珍しく弓を携えた顔のいい男と、鎧の上からローブを羽織った魔術師の女、二人とも見た事ない顔だ…なんて惚けていると 早速男の方が動き出す
瞬く間に私との距離を詰め私の手を取ると…え?な 何?急に手を掴んで何を
「僕の名前はメイナード…友愛の近衛士隊 隊長のメイナード・ベラドンナリリー…みんなは僕の事を煌めきの貴公子と呼びます、我が弓が輝く限り 例えどんな艱難辛苦が襲いかかろうとも、貴女の笑顔だけはこの僕が守り抜きますよ、美しき君よ…」
「な なんだ急に 」
「なななぁっ!?ししょーの手を…」
私の手を取りキラリとウインクを決める彼、いや メイナードと言ったか?、また随分積極的な
あ!これナンパだ!、いや何千年ぶりだ!?懐かしいなこの感じ…いやそうかそうかナンパか、私も昔はよくいろんな男に声をかけられたものだ、しかし昔の私はどう対応してたっけ?確か張り手を食らわして腕を捻りあげ『二度と声をかけるな』って今こんな事出来ないだろ
「あ ああ、そうか よく分からんがありがとう」
「はははは、いや照れたお顔も美しい どうでしょう今日お時間があれば僕が街をご案内しますよ、ええもちろん 二人きりででででででいたいよヴィオラ君!、足を踏んでるよお茶目だなななななな力を込めないでくれるかなぁ?君の足の下に僕の足があるんだよ気づいて欲しいなぁ!?」
「魔女様すみません、こいつ綺麗な女性を見ると声をかけたくなる病気なんです、無礼だと思ったら直ぐに消し炭にして頂いて構いませんので」
「違うよヴィオラ君、女性の美しさとは千差万別 一人一人別々の美しさがあるのさ、僕はそれを見つけるのが得意なだけで みんなが魅力的すぎるのが良くないのさ、所でヴィオラ君?君の杖が僕の脛に当たってるよ?、それも結構強めに 戯れてるのかい?お茶目だなぁ」
「チッ、私が率先して消し炭にするべきか」
なんかよくわからんがもう一人の女術師の方が引き離してくれたお陰でメイナードはフラフラと後ろに下げられる、なんだったんだ というかさっきクレアも言っていたが近衛士隊?なんだそれ、すると今度は入れ替わるように先程の女術師が私の前に首を垂れて…
「おほん 私は友愛騎士団所属近衛術師フアラヴィオラ・オステオスペルマムです」
早口言葉かよ
「…分かります、名前長いですよね ヴィオラで大丈夫ですので、今日から我々三人の近衛士隊が魔女様の護衛に当たらせて頂きます、魔女様としても格下の魔術師に守られるなど屈辱ではあるでしょうが、我ら近衛士隊の名にかけて 全力で護衛に望みますのでどうか…」
護衛…成る程 近衛士隊か 聞いたことがある、あの要人警護を担当する城内 騎士団内でも屈指のエリート達の集まり、別にそんな決まりとかはないが歴代の騎士団長や副団長は皆一度は近衛士隊に所属しているらしい…つまりまぁなんというか、次世代の主力が集まる軍団でもあるのだ
「別に、屈辱とは思わん 我ら魔女も万能ではない、君達のように優秀な人間に守ってもらえるなら これ以上なく心強いというもの」
「そんな…勿体無きお言葉」
「メイナードとヴィオラは近衛隊の中でも指折りの実力者です、オマケにクレアの実力は魔女様も知っての通り、今日からこの三人が魔女専属の護衛としてつけるようスピカ様から言伝頂きましてね、あの貸切の宿の一室をお借りして護衛の方をと」
なるほど、宿にも一緒に住むのか 『嫌だ!エリスと二人っきりがいい!』などというつもりは当然ない、あそこを用意したのは白亜の城側だし、何よりあの宿は私達二人には広すぎる…たった二人で使ってると宿の主人に少々申し訳無かったのだ
…まぁ、護衛 と言っても宿に襲撃を受けるとかは考えてない、多分この護衛は見張りも兼ねているのだろう…私がまたどこかへフラッと消えないようにするために、だから私の顔見知りのクレアも配属されているのだろうな、スピカの奴 そんなに用心しなくても黙って消えやしないよ私は
「君達も大変だな、スピカの言葉一つに振り回されて」
「へ?、いえ…というか レグルス様って本当にスピカ様のご友人なんですね」
なんて口を開くのはえっと…長ったらしい名前の…ヴィオラちゃんだ、年齢的にはクレアとデイビッドの間くらいか?まだまだ若手の域にいる子だが、魔術師としての才覚が水準以上なのは纏う魔力で何となくわかる、そんな子が不思議ように口を利く
「それはどういう意味だ」
「はぅっ!?い いえ、スピカ様はこの八千年間孤高の絶対存在としてこの国を治めて来られた方です、その方に友人…なんて考えたことなくて」
やべやべ ちょっと威圧してしまったらしい、そんなつもりはなかったんだが…そっか、周りからはそう見えるのか、確かに他の国の魔女とも関係が途絶えて1000年だったか?ならこの子達にとっては一人でいるスピカが通常なのか
「スピカには友人が多くいる、彼女は明るい人柄の子だからね …まぁ今は立場上ああいう威厳溢れるていでいるが、その本質は普通の人間となんら変わらない子だよ」
「い いえ、スピカ様の事を あの子なんて言える方がいる事に驚いているのですが…」
え?スピカに友達がいることじゃなくて 私がスピカ相手に気安く接してる方にか?、そっか…スピカ偉いもんな、なのに私がなんか気安く接してるのは あんまりよろしくないのかな、でも今更スピカに謙ったら それはそれでスピカに失礼そうだし…
「おやおや、君が魔女様のお弟子様かな?」
「エリスです!、ししょーに手を出したら次は許しません!」
ん?、メイナードの奴 今度はエリスにまで声をかけているのか、さっき言ったように 女なら誰でも良いのだな、別に私の手を取る分には構わんがエリスに手を出したら流石に看過できんぞ
「はははは、師匠想いのいい子じゃないか それに、うん 目鼻立ちも凛々しく芯の強さを感じる、君は将来は美人さんになる このベラドンナリリーが保証するよ」
と思ってたらメイナードはメイナードでわきまえているらしく、決してエリスに触れようとはせず 大らかに笑う、…ただの女好きってわけではないか
「うぅ、ししょー この男に騙されちゃいけませんよ!」
あのエリスがタジタジになるとはまた、女性の扱いは手慣れているようだなメイナード
「はははは!僕はレディには嘘はつかないよ?」
「むきぃーっ!、魔女レグルス様のみならずエリスちゃんにもツバつけるとかぶっ殺しますよ!メイナード隊長ーぅ!」
「あわわわわ、す すみません魔女様 メイナードのアホがお弟子様にまで、こ この無礼はメイナードを切り刻んで海に捨てる事で償いますのでどうかお許しを…」
「お前らあーっ!、魔女様の前で騒ぐな!自己紹介終わったんならとっとと戻れ!というか並べそこに!」
…デイビッドも大変そうだな、人を凌ぐには他人以上の我を持つことが肝心とは言うが、こいつらは少々我が強すぎるのではないだろうか、まぁ スピカやデイビッドが選び連れてきたメンツなら腕前は保障付きなのだろうが
デイビッドの号令で 彼の後ろに横に一列に並ばされるクレアとメイナード ヴィオラの三人、心なしかデイビッドの顔も疲れているように見える…
「おほん、えぇっと そうだそうだ、エリスちゃん スピカ様の言伝と一緒に魔術導皇様からも言伝を預かってますよ」
「デティから!?、な 何ですか!」
「今日もしおヒマなら一緒にお城で過ごしませんか と、妙にソワソワと恥ずかしがりながら言ってましたよ」
ううん、早速お友達からお誘いか …いやはや魔術導皇に懇意され呼び出しとは、エリスも偉くなったものよ
「し ししょー、行ってもいいですか?…」
「構わない、ただし帰ってきたら魔力制御の修行と基礎体力の強化 この二つをちゃんとやるんだぞ?」
「んじゃあ裏に馬車止めてあるんで、そいつで城まで行きましょうか お送りしますよ」
「ああ、ありがとう だが私は行かん、丁度いい 一人でやりたいことがあったのでな、其方の方へ行かせてもらう エリス、お前は一人で城に向かいなさい」
やりたいこと…エリスの実家探しだ、流石に悪い思い出しかない館を エリスを連れ立って探すわけには行かん、探すなら私一人で だ、エリスが白亜の城に向かうというのなら丁度いいというわけだ
「えぇっ、ししょーは来てくれないんですか…」
「そうですよう!魔女レグルス様!、スピカ様だって魔女レグルス様の事待ってるはずですし、一緒にお城に行きましょうよーぅ!」
「なら待たせておけ、魔術導皇のデティがエリスと遊ぶ と言うことは公務執務はスピカが担うわけだろう?そこに私まで遊びに伺ったら逆に迷惑というもの、何 ブラブラ散歩して夕頃にまた顔を出すよ」
それじゃあ後はよろしくと言わんばかりに手を軽く振りエリスとクレアの文句に背を向ける、クレアやデイビッドが着いてるなら エリスも安心だろう、それに子供は子供同士で遊べばいい 私は邪魔者もいいところだしな、さて…私は私で探偵ごっこと行こうじゃないか
「あ!レグルス様!、おい!メイナード!ヴィオラ!、お前らあっちに着いていけ!俺とクレアは二人でエリスちゃんを白亜の城にへ送る、いいな!」
「アイアイ団長、僕としても美しいレディに着いていけるなら本望ですよ」
「私がメイナードが奇行に走らないよう見張って置きますね」
「ゔぇぇえええっ!?!?わわわ 私も魔女レグルス様に着いていきたいぃいいい!」
「うるせぇ!、お前らとっとと持ち場につけ!」
どうやら私の方へはメイナードとヴィオラの二人が付いてきてくれるようだ、近衛士隊長と近衛術師を侍らせるとは、なんだか贅沢な散歩になりそうだ
……………………………………………………
ガタガタと揺れる馬車と共に髪が揺れる、そろそろ商業区を抜けた頃だろうか 先程までけたたましく聞こえてきた人々の喧騒も、今ではすっかり聞こえなくなっている、…最初は馬車といえば嫌な思い出しかなかったが、今ではもういい加減慣れて何も感じないと エリスは浅く笑う
「…………」
「そう怒るなよクレア、メイナードもヴィオラも凄腕だ 魔女様の護衛に力を割くのは当たり前のことだろう?」
エリスは今、デティに会いに行くため ししょーと別れて白亜の城に向かっている最中です、同行者というか護衛はクレアさんとデイビッドさんのお二人です
ししょーの方には弓使いのメイナード・ベラドンナリリーさんと魔術師のフアラヴィオラ・オステオスペルマムさん、二人とも凄腕の騎士と魔術師らしく、ししょーを守ってくれるらしいが…
エリス的にはあのメイナードさんは警戒対象だ、ししょーをナンパしにかかったからだ
ししょーがあんな軽薄そうな男にコロッと絆されることはないだろうけど、ししょーは優しいから 勘違いさせるかもしれない…
「クレアさん、すみません エリスが白亜の城に行きたいなんて言ったから」
それはそれとしてクレアさんには申し訳ないなと思う、エリスが白亜の城に行く と行ったせいで折角近衛士隊入ったのにししょーと分かれる羽目になってしまった、さっきからずっと黙ってそっぽ向いている…怒っているのだろう
「エリスちゃん…、大丈夫ですよ 怒ってませんから、ただまぁ デイビッド団長代行の判断にはちょーっと不満ですけどね、なんで私を魔女レグルス様の方へ行かせてくれなかったんですかねぇ」
「別に、特に深い意味はねぇよ?、メイナードとヴィオラの相性は抜群だろ?運用するならアイツらは二人揃ってだ、そして魔術導皇様の所へ行くなら団長代行の俺はいた方がいい…!四人いるんだから2:2で分ける…となると自然とお前はこっち側だろ」
「ぐうの音も出ねぇ…」
まぁ、エリスとしてもクレアさんが側にいてくれた方が気が楽と言えば気が楽だ、デイビッドさんは確かにあの馬車旅を通じて、既に知り合い以上の仲だが、それでもムルク村からの付き合いであるクレアさんには及ばない
「まぁいいや、割り切りますよ エリスちゃんの事も大好きですしね私、にしても凄いじゃないですかエリスちゃん!、魔術導皇様とお友達?一緒に遊びませんかってお誘いですか?、いきなりどデカイ友達作りましたねぇ」
案外隅に置けませんね と朗らかに笑うクレアさん、この人のこういう引きずらないところは大好きだ、エリスにとってはデティも大切な友人だが クレアさんだってエリスにとっては大切な友達だ
「別にエリスはデティが魔術導皇だから友達になったわけじゃないです、あの歳で魔術を多く修めているから 尊敬しているだけです、それにデティとはなんだかんだ趣味も合いますしね」
あと可愛い、エリスが軽くからかうとワタワタと慌てる姿は エリスの中で眠っていた未知の感情 嗜虐心を呼び起こす、口元の食べ物拭っただけで慌てる姿はとても可愛かった、こう言っては悪いが クレアさんを姉だとするならデティはまるで妹のようだ
「なるほどねぇ、私にはそんな気の合う同年代の友達はいませんからね 羨ましいですよ」
「なんだよクレア、お前いるじゃねぇか友達 、確かメロウリースは学園で同学年だったろう、ああいうのもある意味じゃ友達さ」
「メロウリース?…ああ、あの子…んー 友人ですか?あれ?、物凄い剣幕で睨みつけてくるじゃないですか、あんな敵対心バリバリ向けられたら私だって面白くないですよ」
「そりゃお前の態度が悪いからだろ…、どんな風にせよ 意識してるってことは友達になれるってことさ、あんま無碍に扱うなよ」
なんて話をしていると、馬車の揺れが収まるのを感じる …恐らくかなり舗装された道に出たのだろう、いや先程まで通っていた上級区画も中々に舗装されていたが、ここはその比じゃない…つまり、ここは貴族以上の人間が通る道 それはこの国において二人しかいない
「ん?、おお 着いたみたいだな、クレア エリスちゃん、降りるぜ?魔術導皇様を待たせちゃ悪いからな」
そう言いながら開け放たれる馬車の扉の先には広がるのは、もはや見るのは三度目になる白亜の城の大玄関、だがいつもと違うのは あの盛大な歓待がない事くらいか
当然の話だ、あの歓待はエリスに向けられたものではなくししょーに向けられたもの、エリスはただ魔女の弟子で魔術導皇の友人だからこのように尊重されているだけ、エリスが自分の力で手に入れた立場は何一つとしてないのだから、勘違いしてはいけない
…ん?、いや 出迎えはある、それは騎士のように立派ではなく執事のように礼儀正しくはない、だがこの国のどの出迎えよりも贅沢で 豪華な…
「エリスちゃーん!」
「デティ!外まで出迎えに来てくれたんですか!?」
白亜の城の玄関先で一人ソワソワ待っていたのは魔術導皇デティフローアその人だった
魔術導皇が護衛もつけずたった一人でだ、異例 とも言える持て成しに目を白黒している間にデティはエリスに駆け寄って来て、例の如くエリスに抱きついてくる 多分これはこの子なりの挨拶なのだろうか
「よかったよう!、エリスちゃんが誘って来てくれなかったらどうしようかと思ってた」
「そりゃ来ますよ、友達からの誘いですからね、エリスもデティからの誘いと聞いて嬉しくて飛んできました」
「わはーっ!」
うりうりと頭を擦り付けるデティの頭を撫でる、デティには人の心を穏やかにする不思議な力でもあるのでしょうか、こうやってデティの顔を見ているだけで エリスの気持ちは落ち着いていく
「魔術導皇様が外で護衛も無しで一人で立ってるとは…感心しませんなぁ?」
あ、背後でデイビッドさんが怒ってる…いや顔は笑ってるが、雰囲気が激怒のそれだ…
まぁデイビッドからしてみれば自分達が必死に守ってる魔術導皇が、のほほーんとその辺ぶらついてればそりゃ怒りたくもなる…のか?、怒るといっても説教のそれに近い雰囲気ではあるが
「あっ、デイビッド… え エリスちゃんが来てくれると思ったら、居ても立っても居られなくて」
「それでもです、デティ様だって年頃の子供だから外で遊ぶ分にゃ文句も言いませんが、護衛はつけてください…というわけでクレア、後は頼んだ」
「は?、後はって…ってちょっと!デイビッド団長代行!どこへ行くんですか!護衛はいいんですか!?」
デティに小言を数度述べるとそのまま馬車を降り明後日の方向へと歩いていくデイビッド、その背後から飛ぶクレアの怒号もなんのその 悪い悪いと笑いながら手を振り去っていく
「わりぃな、やっぱ護衛はお前に任せるよ…俺はちょいとナタリアを探してくる、昨日からずっと姿を見てねぇんだ、何もないとは思うけどよ ちょいと様子を見てくるわ」
あの様子じゃ、初めからクレアさんにエリスとデティの面倒を押し付けるつもりだったな、まぁ クレアさんはエリス達二人と一番歳も近いし、彼女はいい意味でも悪い意味でも遠慮もしない 、やんちゃな子供導皇の護衛としてはクレアさんは打って付けだろう
押し付けられたクレアさんからしたら溜まったもんじゃなさそうだが
「なんですかそれ、ナタリアさんだって猫じゃないんですから そのうち帰ってくるでしょうに、ま むさいオッサンが居なくなったといい風に捉えましょうか」
いい意味でも悪い意味でも遠慮しない、がしなさすぎるのもどうかと思う
「…ね!ね!、エリスちゃん!私のお部屋で一緒に遊ぼう?」
もはや待ちきれぬと言わんばかりにエリスの体を揺するのはデティ、そう慌てなくともそのつもりで来ているが、しかしここになって疑問が湧く…
「遊ぶ?何をするのですか?」
遊ぶって何で遊ぶんだ?、エリス達くらいの子供って何をして遊んでるんだろう、ムルク村ではかけっことか騎士ごっことか肉体派な遊び、本で読んだだけだが皇都の方ではお人形遊びやおままごとという名の家族ごっこが主流だと聞くが、デティは普段どうやって遊んで
「魔術の研究して遊ぶの!」
それはいい、エリスにも分かりそうな明快な遊びだ
「いいですね、それ エリスも大好きです」
「やったー!」
「いや私がいうのも何かと思いますけど、それ子供の遊びです?まぁ 本人達が楽しいのなら別に構いませんけど」
クレアさん顔見るに、辟易しているようだ…とはいえ、エリスとデティにとって魔術程身近な物はない
二人は絵本の代わりに魔術教本を読み 人形の代わりに魔術を手にして、歌の代わりに詠唱を唄う子供達である二人にとって、魔術とは全てなのだ
「ところでさ、エリスちゃん…このお姉さん誰」
と指差す先にはクレアさんが…ってあれ?、クレアさんって前デティと会ったことがある的なこと言ってなかったっけ?
「ゔぇええ!?デティ様!私私!覚えてないですか!クレアですよ!、三年くらい前に会ったじゃないですか!」
「さんねんまえ?…」
三年前ってデティが三歳の頃じゃないか、普通は覚えてないよ エリスは覚えてるけど、しかしそうか もうほぼ初対面と見た方が良いだろう、ここはエリスが関係を取り保たねば
「えっと この人はクレアさん、とても強い騎士さんでエリス達の護衛をしてくれる人です…エリスのいたムルク村からの知人でとてもいい人なのはエリスが保証します」
「ふーん…」
あれ、なんかデティが面白くなさそうな顔してる…なんだろう 、クレアさんが嫌 というよりこの状況が嫌?ということだろうか、ジトジトした視線でクレアさんを見るデティの手がエリスの体に絡みついてくるのを感じる
「んん?はっはーん、なんですかぁなんですかぁ?デティ様も可愛いところありますね 、別にデティ様からエリスちゃんを取ったりしません安心してくださいよう?」
「むぅ…」
クレアさんはデティがこんな風にむくれている理由がわかるのだろうか、やはりエリスは 他人の機微には疎いようです、こんな時デティにどんな風に声をかけていいか分からない
「エリスちゃん!私の部屋に行こう!一緒に私の部屋で魔術の勉強しよう!」
「はい?ええそれは是非って引っ張らなくてもついていきますよデティ!?」
「ワッハッハー!若いっていいですねぇ 若すぎる気もするしますがそれは良し!、あ!待ってくださいよぉ お二人さーん!
……………………………………………
それからデティに引っ張られ 城の奥へと連れ込まれるエリス
目立った、物凄く目立った いや城にいる人間はエリスの事を知っている人達ばかりだが、それでも現魔術導皇が同年代の子供を連れ込んでいれば噂にもなる、エリスが恥ずかしいと感じたのは初めての経験だ
まぁその後ろを笑顔でついてきてたクレアさんは、そんな視線どこ吹く風だったけど…この人本当に強いなぁ
そんなこんなで連れ込まれるのはデティのお部屋、…いやそれは失礼な言い方か
正しい言い方をするなら、魔術導皇の私室…小屋くらいなら一軒丸々入りそうな程のスペースに、古今東西のあらゆる本 あらゆる魔術関係の道具が敷き詰められており、其処彼処から権威が滲み出ている
似たような部屋なら…貴族であるエドヴィンさんのお部屋が同系統の物なのだろう、実際は比べ物にもならないのだが
「いらっしゃい!エリスちゃん!」
その中央でクルクルと回りながらエリスを歓迎してくれるのはデティ、いやしかしこう見るとこの小さなデティが一人で使うには広すぎる
部屋とは広ければ広いほど良いもの…というわけではない、広すぎると逆に窮屈に感じることもある、というのをエリスは今学んだ
「はい、いっしゃいましたデティ…立派なお部屋ですね」
「昔はお父様が使ってたお部屋なんだけれどね、私が魔術導皇を継いだ時にそのまま私のものになったんだ」
そ それはお父さんが死んでそのままお父さんの部屋を頂いたという事では?、の割にはデティの顔に影は見えず当たり前のことのように捉えているようだ、悲しんでないなら…それで良いのか?
「はぇー、立派な部屋ですね、メイドの血が疼きます」
ちなみにクレアさんは距離をとって私達のことを見守ってくれている、今回の要件は飽くまでデティとエリス 二人っきりで遊ぶ というのが本題、故にクレアさんもそこに割り込むつもりはないらしい
クレアさんは無礼ではあるが礼儀知らずではない、弁えるところは弁えるらしい
なので今、エリスはデティという少女と二人っきりに近い状況なのだ
「むふふ…むふふふ」
「なんですか?デティ?エリスの顔変ですか?」
「んーん、エリスちゃんは変じゃないよ ただね?、私こういう風に友達を部屋に招くの初めてだから嬉しくて…ねぇエリスちゃん、あれ見て」
そう言って窓辺で手招きし外を指差すデティ…、外?見えるのはただの絶景だ
白亜の城はこの皇都の中でも一段高い場所に建てられているだけあり城下町が一望でき 眼下をアジメク国民達が往来しているのがありありと見える、整えられた街と生活感溢れる喧騒は 一種の絵画のようにも思える
ああ、そういえばエドヴィンさんも丘の上に館を建ててたけど、偉い人は高い所に居を構えたがるものなのだろうか
「ほら見て、あれ 城下町の方 私やエリスちゃんと同じくらいの子供が歩いてるでしょう?」
「んー?」
ん?んんー?、確かに言われてみれば歩いてる 、距離がありすぎて豆粒みたいで辛うじて髪色とか服装が把握できるくらいだが、うん 確かに5~6人くらいの子供が歩いてる
「確かに歩いてますね、年齢的にエリス達と同じくらいか少し歳上くらいでしょうか?」
「うん、あれはアジメク学園初等部の子達なんだって、私やエリスちゃんくらいの年齢から通い始めるもので、あそこで子供達は友達を作ったり人付き合いや世界の事を学ぶの」
なるほど、アジメクのように大きな街や裕福な街では大きな学園が存在し、その土地の子供達に教育を施す と言う話は聞いたことがある、そこで読み書き算術から剣術魔術まで教えているらしい
当然、共に学ぶ学友と一生に渡る付き合いになる程親しくなる者もいるだろう、人間関係の構築の基盤となる場、それが学園だ…だがエリス達はそこに通わない
何故か?必要ないからだ、魔女という世界最高峰の教師がいるのに、これ以上学園に通っても学ぶ物などないからだ、多分
「…私はね、あそこで遊ぶ子供達を見てずっと憧れてた…お父様みたいに心から通じ合える友達が欲しかったの、そりゃ導皇の特権を使えばあそこの子供達をここに呼ぶことは出来るけどさ、 でも心の繋がった友達にはなれないの」
いや、きっと実際呼んだのだろう、だが上手くいかないのは目に見えている
エリスもそうだった、合わないのだ 他の子達とエリス達の感覚は、あそこで遊んでいる子供達に向かって、やれ魔術がどうのという話をしても ついていけるわけがないし、そもそも現魔術導皇を前にあっけらかんと話せるのは多分この世にクレアさんくらいだ
エリスでさえちょっと緊張するくらいなんだから
「だからね!私と同じエリスちゃんとこうやって友達になれたのはデティにとって 、ものすごーく幸せな事なの」
「そうでしたか、エリスも友達と遊ぶのは初めてです とっても幸せですよ」
「そうかなぁ えへへへーっ!」
もはや窓の先にはなんの未練もないか、そそくさと離れ 乱雑する魔術教本の上に腰をかけ嬉しそうに笑う、デティの笑い方は好きだエリスにはあんな風に笑えない
「じゃあさじゃあさ!、早速魔術の研究しようよ!エリスちゃんには見て欲しい魔術があるんだ!」
「へぇ、面白そうですね 、是非見せてください」
魔術導皇自ら見せたい魔術とは、自然とエリスの胸が高鳴るのを感じる
やはりエリスは魔術が好きだ、ししょーが教えてくれたからというのもあるが、魔術の仕組みが未だ未解明というのに興味が唆られる
「昨日言った 一般普及させる為の所謂『生活魔術』の試作品を作ったんだあ、出来立てホカホカ エリスちゃん!見てて!」
「はい、見てます」
なるほど、生活魔術 昨日言ってたやつですね…、人間一人が文明的かつ不自由ない生活をしようと思うと 、金銭的な労働以外にもしなければならない事が多くある、例としてあげるなら炊事や掃除などだ
特権階級もそれを他人に任せることにより権威を示す事があるほどには、人間という種と切っても切れない行動だ、そこに超常的な力である魔術を持ち込み少しでも豊かにしようというのがデティの野望
魔術を作る というのはエリスにはよくわからないが、今ここで一つの魔術体系が産声を上げようとしているならそれは、本当にめでたい瞬間に立ち会えた物だ
「まずコレは部屋に散らかった物を片付けるお掃除魔術!」
そう叫ぶと共にデティの魔力が隆起する、分かる エリスに魔力を感じる力はないが…肌が焼け付くようにピリピリする、この感覚は前にも味わったことがある
あの偽物の魔女を相手にした時だ、ただあの偽物よりもデティの方が力強い印象を受ける、こんな歳なのに既に大人を凌駕する魔力を保有しているという事になる
というかお掃除魔術?そう言えば周りに本が散乱しているな、部屋が広いから散らかってる印象は受けないが、コレを今から魔術で片付けるのか?
「というか、大丈夫なのですか?テストはしたんですか?」
「ううんしてない、エリスちゃんと話してから作ったやつだから」
大丈夫なのかなそれ、というか魔術ってそう簡単に作れるものなのかな…
「危険はないのですか?、流石に部屋で使うには」
「掃除の魔術なんだから部屋じゃないと、それに そんな強力に作ってないもん!じゃあいくよぉー!、『オールスイーパー』!」
「む…?え?」
高らかにそして誇らしげに一本指掲げ詠唱を言い放つデティ、なんだなんだと注目すればデティを中心に仄かに風が吹くの感じる、成る程風系の魔術で物を飛ばして…飛ばして
それで元の場所に戻せるのか?
そう、一瞬疑問を抱いた瞬間 フワリと風が下から吹き上げ…
「あ あわわ、か 体が浮かび上がって わ 私は片付けるものじゃないよーう!」
「ぎゃーっ!?何してんですかデティ様!、部屋の中で竜巻作るって正気ですか!?、ぬおっ あぶねっ!?しかも本飛んできたし!、大丈夫ですか!デティ様!」
「ひぇーっっ!たすけてーっ!、こ ごわいよぉぉぉぉ」
それに名前をつけるなら まさにハリケーンデティ
デティの詠唱により発生した風は確かに散らかった本達を拾い上げ風に乗せて運び始めた、そこまではいい、だがその後が問題だった
風はみるみる加速し次第に竜巻を形成し直ぐにデティの手元で制御出来ないほど膨れ上がり、遂にはデティさえも巻き込んでしまったのだ
本も一向に片付けられる様子もなく、それどころか棚に収められている本も舐め上げ全て根こそぎ吹き飛ばしていく、まさに竜巻だ…デティもその竜巻の中心部でクルクルと木の葉のように体を躍らせている、かなりマズイ あのままの勢いで壁や天井に叩きつけられたら怪我じゃすまない
「デティ!直ぐにこの風を止めてください!、このままじゃこの部屋が吹き飛びます!」
「ひぃぁーー!?、つ つくってないぃ!これ止める方法つくってないよぉぉぉ!」
なら何故使った!?
いや今デティを責めても何にもならない、今エリスがすべきなのは 最悪の事態が起こる前になんとかするんだ
「クレアさん!、飛んでくる本をお願いします!エリスはこの風 なんとかしてきますから」
「ん!、無茶しちゃダメだよ!後怪我もダメ!」
「エリスぢゃーん!、げほっ げほっ!」
クレアさんに声をかければ 即座に踵を返し竜巻の中心へ向かう、幸い風はエリスの得意魔術でもある、今の今までさんざ使ってきた旋風圏跳で風の扱いには慣れている
風の流れを記憶し突風になるべく逆らわず それでいて竜巻の中心部に向かう、道中飛んでくる本やら棚やらは全てクレアさんが叩き斬ってうち払ってくれる、この風の中でも変わらず動き回れるとは さすがクレアさんだ
「げほっげほっ!、い…息できない…、た 助けて…助けて先生…っ!」
風の檻の中でもがくデティを見て足を早める、あの風の中だ 息を吐き出すことはできても吸うことは出来まい、最初は両手足をばたつかせてたデティも今では体を丸くして流れに身を任せている、あのまま放置すれば どこかに叩きつけられる前にデティの命に関わるかもしれない
「デティ!今行きます!すぅーっ…」
風に突っ込む前に息を大きく吸い込みそのまま 飛ぶ…エリスの体もデティと同じぐらい軽い、少し浮き上がれば いとも容易く風に乗れる、と言ってもいつも使っている旋風圏跳のような気持ちのいい感覚はない
簡単に言うなれば激烈にキツい、全身を芯から振り回され全方向から殴打されるが如く勢いの風が吹き付ける、失敗とは言えこれほどの風を出せるデティの腕前には相変わらず感服する他ないな!
「え…りすちゃん、ぐっ…ぅぅう」
「デティ!」
それでも風を掻き分けデティの手を掴む、ぐったりと力ない手を掴み 離さない…さてここからだ、このまま竜巻を抜け出しても竜巻が消えなければいずれまた風に巻かれて元の木阿弥、何も解決していない、つまり抜け出すよりもこのまま消しとばした方が余程早いのだ、方法はいくつかあるが 手元のデティを傷つけない平和的なのは一つしかない
「っー!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ!」
あまりの突風に息はできないが、構わず詠唱を続ける こんな暴威のど真ん中でもちゃんと魔力は練れている、コレも普段から身に染み込ませるように反復して魔力制御を行っているおかげか!
エリスが手に入れた新たな力、新たな魔術を以って風を吹き飛ばす
「…!『風刻槍・防壁展開!』」
着想は デティの昨日の言葉『本来攻撃を想定した魔術を薄く引き伸ばして空中に固定することで防御にも使えそう』…あれだ、風刻槍のような風の槍を飛ばす魔術も、薄く引き伸ばし周囲に張り巡らせば何が出来るか
単純 風刻槍の風の勢いを伴った障壁が生まれるのだ、なら それを竜巻の中心地でいきなり展開すれば…など 考えるまでもなく結果はありありと現れる
「うおっ、すっげ!竜巻が真ん中から吹き飛んだ!」
響くクレアさんの歓声に自分の目論見が見事達成されたことを感じる、何 ただ竜巻の中心付近で 竜巻とは反対方向に流れる風を作り相殺しただけだ、こうすれば少なくとも強力な魔術で吹き飛ばすとかそんな真似するよりよほど平和的だろう
まぁエリスは風にボコボコにされた挙句、空高く打ち上げられてしまったわけだが
「けほっけほっ!ぅう…ぇえ」
詠唱が出来ないから魔術で着地が出来ない、強く風を吸い込んでしまったせいで咳が止まらないのだ、おおそうだ これも対魔術師戦に使えるかもしれない 、いきなり風を顔に吹きかけられ構わず詠唱を続けられる人間はいない筈 詠唱妨害に使えるかもしれない、など こんな状況でも魔術の事を考えどこか他人事のように捉えているエリスが居ることが なんとなく怖い
「エリスちゃんけほっ、エリスちゃん!」
「はいはい 、お待ちよっと!」
しかしそこからは護衛の クレアの仕事、実戦でも使われる神速の踏み込みを用い エリスとデティが地面に叩きつけられる前に優しくソフトに抱き止める
「無茶もしたし怪我もした、エリスちゃんって見かけによらず結構ヤンチャなんですね」
「けほっ…すみません、クレアさん 助かりました」
「え え エリスぢゃーん!ごめんなざいぃぃぃいい!」
うわんうわんとエリスから転がり落ち泣き喚くデティ、その顔にはエリスの怪我は大丈夫なのか エリスを傷つけてしまったかもしれない そもそもエリスに嫌われたかもしれないと、痛みや恐怖さえも凌駕する不安から泣き喚ているのだ
まぁ、エリスの怪我は大したことない 少し青あざが出来てはいるが、この程度の青あざなら生活に支障はないし 何より直ぐに色も戻ることが予想出来る、館で殴られた時の方がよほど痛かった
それに、この程度のことで嫌いになったりやしない
「大丈夫ですよデティ、むしろデティに怪我はありませんか?」
「だ 大丈夫、エリスちゃんがが守ってくれたから…そ その、ごめんなさい 私が中途半端な魔術使ったばかりに」
確かに、中途半端だった 解除方法を設定していないとか痛恨極まるミスだ、オマケに威力も高すぎる、アレで掃除出来るのはチンピラとゴロツキくらいだろう
失敗だらけ…でもデティも反省してるし エリス自身も勉強になったし 、まぁいいかな と思ってしまってるエリスもいる
「まぁ 解除方法を作ってないのは良くないかもしれませんけど、でも別にそれで嫌いになったりしないですよ、寧ろ いい勉強になりました」
「うぅ、エリスちゃん…」
と 慰めても 相手だって簡単には『そっかわかった!』と元気に振る舞えないだろう、エリスが逆の立場で もしししょーに助けてもらったら、1日凹む自信があるから
なら、どう言ってもらえた方が嬉しいかな、もしエリスが失敗したら ししょーは何をしてくれるか、思い出せ …ううん そうだな…まず
「デティ?いいですか?」
「ふぇあっ!?え エリスちゃん!?」
優しく手を取り 、次いで目線を合わせる こうすることで視線を無理矢理エリスに向けるのだ、物理的にではない 精神的に、失敗と後悔にまみれ下を向く心を動かしこちら側に向けさせる、こうしなければどんなに言葉を投げかけても意味がない
いきなり手を取られワタワタと慌てるデティの目をじっと見つめ有無を言わさぬ、聞け エリスの言葉をと 言外に語る、そして
「デティ…貴方は確かに失敗しました、ですが失敗とは悪ではありません 失敗しても次に繋げれば良いからです、めげず諦めず下を向かず 次だけを見据えて挑み続ければよいのです、大丈夫 何回失敗してもその都度エリスがデティを支えますから」
「エリスちゃん…ひゃわっ!?」
激励の言葉と共に掴んだ手を引き抱きしめる、エリスの心音を聞いてもらうが如く 強く強く抱き締める、失敗など気にするな 直ぐに起き上がって次に取り掛かればノーカンだと 抱擁で知らしめる
これだ、これがししょーがエリスが失敗した時やってくれる事の、欲張りセットだ
さっきやった事全てをやってくれるわけではない、失敗したら目を合わせるか抱き締めるか激励の言葉を送るか、どれか一つだけ…でもどれをしていいかわからなかったから、とりあえず全部してみたが
こ 効果はあっただろうか
「え…え エリスちゃん、ありがとう も もう大丈夫だから」
そう言って離れるデティの顔色は先程の青褪めたものではなく、非常に良好なものへと変わっている、見てみろあの血色の良い顔 青からひっくり返ってまっ赤になっている、これは効果覿面と見ていいだろう
「良かったです、エリスはデティに泣かれてしまう方が、よほど辛いですから」
「そ そうかな、なら私もう泣かないね」
えへへ と何だか力なく笑うデティ…ん?、なんだろうさっきから少し雰囲気が変だ、なんか目線逸らすし 恥ずかしがっている?、何を 別に恥ずかしいことなぞ何も無いはず、まさか目の前で泣いてしまったことを今更恥じているのか
「ひゅーひゅー、エリスちゃん いっけめーん」
「もうクレアさん、からかわないでください エリスもデティも真剣なんですから」
「い 今の真剣に言ってたんだね」
真剣 その言葉を聞き更にデティ更に動揺するデティ、冗談であんなくさいセリフは吐きません、真剣も真剣 大真剣だ
ともあれ、突如として訪れた危機はなんとか打ち払えた、エリスはエリスの身近に迫る危機を打ち払う為に魔術の修行をしている、今回はその成果が出たと思ってもいいのだろうか、それともこの程度魔女の弟子ならなんとか来て当然と思うべきか
「ま!、フォローが終わったならそれでいいですけど?言っときますけどまだ何にも終わってませんよ、次はほら アレの処理しないと」
そう言ってクレアさんが指差す先には散乱する本と倒れた棚やら家具やら、足の踏み場もなければ目も当てられないほどに散らかっている、これが未完成とは言えお掃除魔術によって作られたものと思えば なんとも皮肉なものだ
「ほらほら手伝って!魔術導皇のお部屋をこんなに散らかしたとあってはここにいる3人、タダじゃあすみませんよ」
「た 確かに、私もハーマンやスピカ先生からうんと叱られる…な なんとかしなきゃ、スピカ先生にバレる前になんとかしなきゃ!」
頭を抱えガクガクと震えるデティもクレアさんに混じって掃除を始める、ハーマン…は確かあの老執事の名前だ、昨日スピカ様が彼をそう呼んでいた
というか、ここはスピカ様の城だよ その城の中でここまでの魔術を使ったことに、魔女たるスピカ様が気がつかないはずがない、ししょーもよくやるが 魔女は壁や距離を無視して物を見る術を持っている、この惨事も既にバレていると見ていい
先にお詫びする意味合いも込めて、スピカ様のお部屋があった方へ頭を下げておく と言っても側から見ればエリスが一人で壁に向かってお辞儀しているように見えるのだろうが
「エリスちゃんも手伝ってー!」
「はいクレアさん!」
そうしてはじめての友人との遊びの時間 というものは過ぎていく、何をして遊んだわけでないが、驚いた事にデティとこうやって過ごすだけで、そこそこに楽しいことが判明した
やはり、エリス的にはこういう付き合いが柄に会っているのだろうか
…………………………………………
おかしいおかしいおかしい…どう考えてもおかしい、何度考えてもおかしい
妙に熱を持つ頬を触りながら本を片付け…チラリと脇に目をやれば私と一緒に片付けをするエリスちゃんが見える、彼女は友達だ 私 デティに出来たはじめての友達、のはずなのだが
さっきから自分の様子がおかしいのを感じる
さっき、私は自分の魔術で死にかけた スピカ先生も魔術は危険な物で時として使用者自らの命さえ奪うとキツく言い聞かされていたし、一人での無断使用は固く禁じられていた
しかし。私は友達の前と意気込み、禁を破り魔術を使い そして先生の言う通り死にかけた、私はこの時初めて知った 『使える』と『使いこなせる』の違いを、確かに私は数多くの魔術を使えるし 会得している、けど今思えば使いこなせる魔術は一つとしてないのかもしれない
…風に体を巻かれ 息ができなくなったその時、背筋が凍る思いだった 自分の力ではどうにも出来ない、打つ手なしの状況から刻々と迫る死の気配は あまりにも鮮明で…酷く恐怖したのを覚えている、泣き出さなかったのは泣く余裕さえなかったからだ
だが、エリスちゃんが助けてくれた、私が手綱さえ握れなかった魔術を容易に操り、昨日戯言のように言った空論をぶっつけ本番で使用して私を助けてくれた
ああ、やはりこの子は私の思った通りのヒーローなんだと憧れを強めたのを覚えている、風を操り 自分の怪我も厭わず私の手を握るエリスちゃんの頼もしい表情を今でも覚えている、そ そこまでは良かった
そこまでなら私はただエリスちゃんを凄い人だと尊敬しただけで済んだだろう、だが問題はその後だ
自分だって割りを食ったろうに、エリスちゃんはどこまでも優しかった
落ち込む私の手を握り 、凛々しい双眸で私の目を見据え、優しく励ましてくれた 抱きしめて頭を撫でてくれた、初めてだ どれも初めてだ、スピカ先生もお父さんもお母さんも 誰もしてくれなかったことを、エリスちゃんはしてくれた…
誰も与えてくれなかった 愛を、初めてエリスちゃんから感じ、私の内側に生まれた感情は尊敬ではなく、尊敬以上の物だった
「どうされました?」
「う ううん、なんでもないよ!」
しまった 見つめすぎた、変に思われたらどうしよう…
ああさっきからこれだ、こればっかりだ 『エリスちゃんにこう思われたら嫌だ』そんな考えばかり浮かんできて、なんだかおかしいのだ
確かに嫌われるのは嫌だ、そこは前と変わらない なのに今はそこにプラス『エリスちゃんによく思われたい』と言う感情が湧いて出る、そして 自然と目がエリスちゃんの方を見てしまう、そしてまたさっきの繰り返し
「よいしょ、よいしょ」
本を運ぶエリスちゃんの体は デティと違って少しがっしりしている、エリスちゃん曰く レグルス様の元で魔力と共に体も鍛えているらしい、完全に実戦を意識した私とは違う修行の賜物だろう
エリスちゃんのその目は非常に凛々しい、そして 不思議な雰囲気を纏っている、まるで自分の言動全てを克明に紙に書き写す人間を目の前にしているかのような不思議な緊張感を常に孕んでいる、それでいて頼もしい
金の髪はどんな花よりも綺麗だ、艶はないが力強い輝きを秘めている 太陽の光を反射するそれは本物の金のようだ
…っーあ!またエリスちゃんを見つめ続けている、なんだろうすごく気になる なんなんだろう、これが友情という奴なのかな?スピカ先生もレグルス様もいつもお互いを見ているし、こうやってエリスちゃんを見続けてしまうのは変なことではないのかな
あ、またほっぺ熱くなってきた…バレてないかな エリスちゃんに
「エリスちゃん無茶するねぇ、よっしゃー!クレアお姉さんに任せなさーい!」
「だ 大丈夫ですかクレアさん、もう既にかなりの量の本を運んでますけど」
「へっへーん、大丈夫ですよ なんならエリスちゃんごと運べますよ私」
「あっ…ああ!」
思わず声が漏れる、本と一緒にエリスちゃんを抱き上げようとするクレアさん見て あわあわと口が震える、なんだこれなんだこれ!胸の内からなんかグツグツ湧いてくる
い 居ても立っても居られない!
「だ ダメ!、エリスちゃんの本は私が運びます!」
「おん?デティ様どうしました?急に」
「運びます!運びます!」
大慌てでエリスちゃんの持っている本を3~4冊奪うように抱える、って重ーっ!?う 思ってみれば私 軽めの本しか運んでなかったけど、二人とも分厚い辞典みたいな本しか運んでない、これが普段体を動かしている人間とのフィジカルの差か!くそう!で でも負けたくない
「デティ?大丈夫ですか?、無理をせずともエリスは平気です」
「だ 大丈夫、私も あぅ、へ 平気だからさ!」
でもびっくりするくらい足が笑ってる、手がプルプル震えておりなんだか面白くて吹き出してしまいそうだ、全身が悲鳴をあげていなければだが
なんでこんなことしてるんだろう、なんだか物凄く ものすごーくクレアさんとエリスちゃんが仲良くしてたりするのが、面白くなかった 別に話すくらい いいのに、胸の内側から何か溢れて 間に割り込みたかった
それでもエリスちゃんに心配されるととても嬉しい、これは最初望んでいた友情というものなのだろうか?、なんだか違う気がする
私は…お父様が語った終生の友のようなものが欲しかったんだ、憧れたんだ
魔術導皇のお父様と お父様の親友だった騎士団長、二人は身分の違いなど跳ね除け 友として友情を育み、時として朝まで語り合い 時として夜まで喧嘩をし 、長所を称え短所を補い
認め合い高め合う友達、其れが欲しかった なのに、なんか なんか違う!エリスちゃんをまともに直視できないなんて こんなの友達じゃないよーぅ!
変だ 私おかしくなってしまった、エリスちゃんにおかしくされてしまったんだ!
「デティ?やっぱり 手伝いましょうか?」
「はわわっ!!エリスちゃん!!」
唐突に握られる手に思わず悲鳴が溢れる…やっぱり変、だけど わ 悪い気はしない
これは、デティフローアとエリスには 関係なく、またお互い耳にも入れていない情報だが
昨日レグルスの語った 『愛とは与えられて生まれるもの』という理屈は、概ね正しい
特に初めて与えられる愛とは 格別にして特別な物、事実 エリスも初めて師より愛を賜り、結果 エリスの中にもまた特別な愛が生まれたのだ
ただ、一つ加筆するならば 愛とは己の中で完結するものではない
常に、誰かの方を向いているもの 誰かに向けられる物が愛だ、ならば 初めて与えられた愛とはどこを向くのか?当然与えてくれた相手に対してだ、エリスが師を敬愛するように…
ならばここで話を戻そう、初めてエリスより愛を受け取ったデティの愛はどこへ向く?、言うまでもない エリスにだ
「うぅ…エリスちゃん…」
エリスを背にモジモジするデティの愛は 、エリスがレグルスに向ける敬愛とはまた違う
名付けるならば友愛、師に向ける敬愛とは別物にして同じくらい大きな愛、それが今 デティの中で芽生え エリスただ一人へと向けられつつあるのだ
最も?、子供の頃得た 愛など、時を経るごとに形を変えていくもの…果たして、デティの友愛の行方はどうなるのか
一つ言えることがあるとするならば、其れは…きっと悪い物にはならないだろう ということかな、何故そんなことが言い切れると?、そんなもの決まっている 経験則…だからねぇ
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