孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

16.其れは邂逅の時、或いは嚆矢の音

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「えぇー、今日この時を以って捜索騎士団は解散する という事になった、本物の魔女レグル様が見つかり スピカ様自身が声明を出したからだ」

友愛騎士団本部…白亜の城の隣に存在する一層巨大な大館の中に、友愛騎士団と捜索騎士団の両陣営が顔を合わせて整列し 所狭しと並んでいる

団長代行のデイビッドの音頭により司会進行が進められる、今日は捜索騎士団という一つの組織の解体が魔女スピカ様から直接通達が来た記念すべき日なのだ
 
そう…レグルス様の真偽審問の後、二人の魔女は奥の友愛の間へと消えていった…スピカ様が事前に話していた内容では暫くを出てこないというらしいので、今のうちに騎士団にとって必要なことを済ませておこう という予定なのだ

友愛騎士団 捜索騎士団の2陣営が騎士団の本部へと集結する…とはいえ、集まった捜索騎士団の数は少ない、一応各地で潜入している者にも解体されるかもしれない という連絡はしたが

もうこちらで家庭を持ってしまったから帰る気は元々なかった だとか、こちらでの生活が楽しいし今更離れたくない とか 騎士よりも向いている仕事を見つけてしまった とかで、返答と共に大量の退団届けが送り返されてきた

当然全て受理した、我々の勝手で遠方へ追いやって今度は我々の勝手でそこでの全てを捨てて帰ってこい、なんて言えないからだ
 
一応帰ってきて友愛騎士団に入りたいという者も数名いたので そいつらは呼んだ、といっても それも本当に十数人程度なのだが


「つきましては、解体前に 捜索騎士団を代表してエイブラハム・スカビオサ団長にご挨拶を頂くので、皆 傾聴するように」

そんな中、シワにまみれた壮年の男性がデイビッドの合図で壇上へ上がってくる、その姿は騎士 というより事務員のような印象で、くたびれた服と使い古した靴からは疲労感しか伝わってこない、彼は彼なりの戦いを続けていたのだと 騎士達は密やかな敬服を送る

「今日をもって 捜索騎士団は解体される…まさか、このような日が 私の代で訪れようとは…ゔぅ、八千年の魔女様の悲願の達成を我々が目にすることになろうとは、思いもしませんでした…皆 今日までよく よく耐えて頑張ってくれました、御苦労 そしてありがとう」

エイブラハムは感極まり涙を流す、こんな事 ありえないと思っていた、だって八千年も前に姿を消した人物を探せ…なんて仕事、無理難題にも程があるだろう、現に多くの騎士達が捜索へ向かい 天寿を全うするまで職務に準じたという

「捜索騎士団成立から…多くの騎士が散りました、我々は騎士と名乗れません 剣を振るいませんし、騎士として称えられる事もありません…千年にも及ぶ長く苦しい戦いでしたが…その戦いが今 終結したのです」

そんな騎士と名乗れない騎士達の魂もこれで報われると思えば、涙が止まらないのだ これも全て、孤独の魔女様を見つけ出した我々の英雄のおかげだ

「みんな!、この功労者に最大の賛辞と感謝を!、クレア・ウィスクムに!喝采を!」

そう言って一人の若き騎士 クレアの方を見る、エイブラハムはこの子の顔はまだ覚えている 

普通捜索騎士団に配属になった場合 基本みんな腐る、左遷先として知られる捜索騎士団に送られたということは 落ちこぼれの烙印を押されたに等しいのだから、だがクレアは違った 魔女捜索に対して人一倍の熱意を見せ、揚々と旅立ち見事成果を上げて帰ってきた

あの時、エイブラハムは彼女に諦念をもって接してしまったことをひどく後悔していた、だからこそ その償いも込めてクレアに心からの拍手を送る

「クレア…、上がってこい 今回の主役はお前だ、知らない者も多い 名乗れ」

「はーい」

デイビッドの言葉を受け、今度は上がってくるのは今回最大の功労者にして 魔女レグルスを発見し、八千年の常識を覆したことで既に歴史に名を残す事が確定している大人物だ

「どうも、クレア・ウィスクム 16歳です、趣味は読書と音楽鑑賞 尊敬する人物は魔女レグルス様 」

「見合いに来たのかお前は、もっと凛々しく名乗れ」

デイビッドに呼ばれ上がる壇上の、その上で注目を それ騎士達の注目を一身に浴びているというのに、一切の緊張を感じさせない、余程の大人物か それともただの阿呆なのかと警戒を強める…

皆分かっている、彼女のやったことの大きさを、恐らくだが彼女はこれから魔女レグルスを招いたとして魔女スピカ様から多大な寵愛を受けるだろう、二人の対談を実現させたのだ きっとこれから騎士団としても相応の立場に配属されることになるだろう

だからこそ警戒する、半端な人物であれば受け入れるわけにはいかないからだ

「ふふふ、照れますね こんなに注目されちゃうと…なんでも語っていいんですか?、なら魔女レグルス様の素晴らしい伝説ベスト5をですね」

…ただの馬鹿か、壇上に上がったクレアは騎士というよりはただの魔女オタクだと、皆が辟易し始めた頃、クレアを押しのけるようにデイビッドが立つ

「えーっと、こいつに喋らせると色々アレだから代わりに俺が言おう、みんながこいつ クレア・ウィスクムの実力を疑うのは分かる、皆から見ればコイツは 士官学園を卒業してすぐに捜索騎士に入った落ちこぼれに見えるかも知れん」

見える というか実際そうだろう、捜索騎士団は謂わば騎士として落ちこぼれの集まり、戦力外通告を受けた連中が行き着く場所…、やったことは偉業だが、そんなところから出てきた奴の実力は高が知れている

そう 皆思っているが、デイビッドが見えるかもしれないということは違うのだろう

「だがコイツは、士官学園入学試験を満点で通過した騎士だ、史上六人しかいない満点通過者だ、オマケに士官学園も15歳で卒業試験をクリアしている これは…まぁ歴代最年少ってことになる、俺もコイツが実戦で20人以上の盗賊を瞬く間に叩き潰すのを見ている 実力としては申し分ないと思うが」

瞬間、どよめく会場…この場にいる人間全員士官学園を通り騎士になっている、だからこそ分かる、その異常さが

そもそも入学試験を一発クリアするだけでも相当凄いのに、それを満点でなど 身が震える、友愛騎士団の長い歴史で6人しか達成していない記録、あの無敵のヴェルト団長と同じ記録を保持しているのだから その時点でも相当なものだろう

その上最年少の15歳で卒業、友愛騎士団に行く者も捜索騎士団に行く者も同じ試験を受ける、会場にいる騎士達も早くても20歳でクリアしている者が多い というかそれでもかなり早い部類だ、…そして実戦経験者

騎士になってもすぐに現場には出れない、学園の模擬戦と実戦は違う…故に新米の騎士はひたすら実戦に近い訓練をひたすら積み、ようやく先輩騎士随伴で現場に出れるのだが、そこで戦えるかどうかはまた別の問題、それをクレアは15歳で実戦に出て オマケに20人も打ち倒しているのだ

…三つだ、このどれか一つ満たしているだけで 騎士団でも相当な有望な新人として見られるような条件を三つも満たしている、認めざるを得ない あの少女が途轍もない人物であると

「さて、まだクレアを認めない奴はいるか?、言っとくがコイツはまだまだ伸び代がある、というかここから更に伸びまくると俺は見ている、少なくとも二十そこそこになる頃には既に俺も含めて騎士団の大部分を凌ぐ実力を得るだろうよ、ともすれば騎士団長にさえな」

……沈黙だ、彼女の年齢は16歳、まだ伸びる というかここからグングン伸びていく時期に入る、副団長どころか…本当に騎士団長にさえなり得る器だ

「文句ねぇな、じゃあまずコイツは」

「ちょっと待ってくださいよ、なんで私が騎士団に入るって話になってるんですか?」

「…はあ?」

……続いて沈黙、いや絶句だ デイビッドも含めてクレアの言葉に口を開けてワナワナ震えている、友愛騎士団はアジメクに属する全ての戦士の憧れだ 、だというのにクレアは 何故自分が騎士になるのか理解していないという面だ

「い、いやいやいや!、捜索騎士団が無くなるんだからお前は自動的に友愛騎士団に」

「だから!捜索騎士団が無くなるんだったら どこへいくかは私の自由ですよね!、私はそもそも魔女レグルス様に会いたいから捜索騎士団になったんです、その後どうするかなんて決めてません!、そもそも!友愛騎士団に入ってどうこうとかそういうつもりもありません!、私はただ魔女レグルス様をここに連れてきたかっただけです!」

「何言ってんだよお前!、もういいじゃねぇか魔女レグルス様見つかったんだから友愛騎士団に入っても!」

「選択肢の一つ!というだけです!」

壇上で言い合いを始めるデイビッドとクレア、なんだかみんな力が抜けてくる ここまで出世欲がないのは逆に異常だ、彼女は本当に 異常なまでに魔女レグルスに執着しているのだ、騎士の座なんて 彼女にとっては魔女レグルスに会うための口実でしかないのだろう

「だから私の行き先は私が決めます!」

……ただ、それを黙って見ていることが出来ない人物が一人いた

「ッッ……ふざけないでよ!、ここまで来て一人勝ち逃げするつもり!?」

「んぁ?」

ズカズカと音を立ててさらにもう一人壇上に上がってくる女騎士がいる、特徴的な桃色の髪とクレアと同じくらいの背丈…、ああ 彼女は見覚えがある、士官学園をヴェルト団長と同じ16歳でクリアし友愛騎士団に鳴り物入りした新米騎士…名は

「あんた誰?」

「ッッーー!、士官学園で名乗ったでしょう!メロウリース!メロウリース・ナーシセス!、貴方の同期の!」

メロウリースだ、才気に溢れ 努力を惜しまない若騎士であり、入団数ヶ月にして既に騎士団内の訓練でも優秀な成績を収め、異例のスピードで現場に配属されることが決まっているエリートだ

「戦果を挙げ 偉業を成し遂げ、それで一人悠々と騎士団を去り悦に浸るつもり!?、馬鹿にして…!いつもお前は私達全員を馬鹿にして!」

「言わせてもらうけれどねメロンムース!私は…」

「メロウリース!」

「はぁ!?そう言いましたぁー!」

「全ッ然違うの言ってわよ!」

「待て待て落ち着け落ち着け、二人に何があったかは知らないがここは壇上だ、一旦落ち着け」

今にも噛みつきにかかりそうなメロウリースと、迎え撃つ気マンマンのクレアの間に入り仲裁するデイビッド、いや失念していたが二人は同期の候補生だったのだ

クレアが一位メロウリースが二位といった具合に、クレアにとっては取るに足らないその他大勢でも、メロウリースにとっては唯一越え難い無二の壁なのだ…そのクレアが騎士にたいして消極的な姿勢を見せればメロウリースだって心中穏やかではいられないだろう

「私負けない!絶対負けないあんたなんかに!!」

「はぁーん上等ぅー!じゃあここでかかってくればいいじゃないのさ!、骨も自信も天狗の鼻もまとめて全部へし折ってやる!」

「何を…ッ!」

「落ち着けッ!頼むから!ここで喧嘩しないでくれーっ!」


その後騎士団員数人かかりでクレアとメロウリースを引き離し、少し申し訳ないものの、メロウリースはここ数日の間謹慎してもらう形になった、今回の一軒はメロウリースから仕掛けた話だしな、まぁ数日休めば頭も落ち着くだろうとの判断だ

クレアの処遇についてだが、そのあとすぐバルトフリートさんが…

『何も直ぐに騎士になるかどうかは決めなくとも良いが、君の言う孤独の魔女様のそばに居たいなら、要人警護を担当する騎士団内部の近衛士隊に属してしばらく考えると言うのはどうだろうか』

と、クレアに持ちかけてくれた…近衛士隊、友愛騎士団の中で国の要人警護を専門に担当する部隊だ、貴族や来賓 果ては魔女様の身をお守りする部隊、流石に入れるのは一部の実力者だけだが…クレアなら申し分ないだろう

クレアも魔女レグルス様と一緒にいられるならと、近衛士隊への入隊に頷いてくれた、おかげで一悶着あったものの功労者のクレアの表彰も終わり


その後はもう特に用事もないので、その場に集まった騎士達で、捜索騎士団お勤めご苦労会と称して適当に飲み食いをすることになった、ちなみにクレアは真っ先に帰ってった 

クレアのやつ、チヤホヤされるのが苦手というよりは学園でチヤホヤされすぎてて、今更囲まれて凄い凄いと言われたところで何とも思わんのかも知れん、だからもう用は終わったとばかり速攻帰宅したのかも、だが この集まりの主役が最初に帰ってどうすんだよ


「…はぁ、 クレアの相手は死ぬほど疲れるな…暴れ馬かよアイツ」

人混みから少し離れた位置で、一人酒を仰ぐデイビッド、御するのは大変だがクレアは逸材だ…士官学園時代から目をつけていた腕前、あれは本当に次代に不可欠なものなのだ、出来るならもう逃がしたくない


「大変だな、デイビッド」

そんなデイビッドを見兼ねて隣に座るのは、こんな場でも甲冑を着込む誠実な老騎士…英雄バルトフリートだ

「ああ、バルトさん…いやまぁ、大変ですけどこれが俺の仕事ですし」

突如として、空席になった団長の座を埋めるため奮闘し 騎士団を纏めているデイビッドには頭が下がる勢いだと 老騎士バルトフリートは疲労困憊のデイビッドへ声をかける

「それにね、俺今からワクワクしてるんですよ」

「ワクワク?」

「いや、今騎士団を支えてるのは俺や俺と同年代の騎士達です…けど もうみんな若くない、そろそろ世代交代が起きるでしょう?、次世代の若い連中にはメイナードやフアラヴィオラ…クレア メロウリースと有望な奴が揃ってる、その上多分これからクレアやメロウリースに触発された二人の同期も続々と入ってくるし…」

メイナード フアラヴィオラ クレア メロウリース、いずれも天才と呼ばれる騎士や魔術師達だ、誰か一人でも少しずれた時代に生まれていればその時代を席巻したであろう程の人物たち

特にクレアは百年二百年に一度の超逸材、ともすればヴェルトを超えるかもしれない…そんな有望な騎士達への引き継ぎが出来るなんて光栄だと 浅く笑う

当初 デイビッドが団長代行についたときは、皆不安だった 前というか本来の騎士団長ヴェルトははっきり言って偉大すぎた、スピカ様をして人の領域の極致と褒め称えるほどに強かった、それの後釜が彼では些か見劣りすると

だが蓋を開ければどうだ、誰よりも懸命に騎士団を支え 誰にも文句を言わせなかった、この男もやはり 騎士の中の騎士と言える とバルトフリートは目を伏せる

「全く君は、ヴェルトに負かされて涙ながらに素振りをしていた少年が大きくなったものだ」

「やめてくださいよそんな昔のこと、…しかしヴェルトの奴 本当に帰ってこないつもりですかね」

だがそれでも、ここに本来の団長がいれば、そう思わない日はない…、ヴェルト 友愛騎士団団長 ヴェルト・エンキアンサス、 彼は幼馴染でもあった先代魔術導皇の死去と共に、その姿を消した…何も言い残さず忽然と

すぐに帰ってくるだろうと彼が帰ってくるまでの間 デイビッドも代理を務めるつもりだったんだが、もう一年以上も音沙汰がない

「ヴェルトにも 何か思うところがあったのだろう 戻ってくるかどうかまでは分からないがな、それに今 我々が彼にかけてあげられる言葉はないのかもしれない」

「バルトさんはそう割り切りますけど…俺はそうもいきませんよ、俺との勝負を残して逃げやがって あの野郎」

「勝負?ああ、確か9999敗0勝のあれかな?」

「そんなに負けてないですよ、9985敗0勝です」

士官学園で同期だった二人は、常にライバル意識を持って競い合っていた…いや デイビッドが一方的にライバル意識を持ってただけで、ヴェルトは常にもっと先を見ていた

候補生の時も 騎士になってからも、副団長と騎士団長になってからも アイツは きっと俺なんか見てなかったんだと、なんだか最近になって気がついた、だってずっと一緒に戦ってきた俺に何にも残してがないんだもんな…せめて相談くらいしろよ と

さっきのクレアとメロウリースは、昔のヴェルトと俺を見ているようで…なんだかメロウリースを応援したくなってしまったくらいだ

「さて、おや?そういえばナタリア君を見ないが 彼女はどこへ?」

デイビッドへの励ましの言葉は言い終えたのか、席を立つバルトフリートは いつもなんだかんだ一緒にいるナタリアの姿が、この場にないこと気がつく

「あ?…あれ?、確かにいないですね 、うーん…レオナヒルドを地下室に連れて行ったのは聞いてますけど、なんか時間かかってるのかもしれませんよ、それにアイツこういう人がいっぱいいる空間嫌いだし、もしかしたらもう帰ってんのかもしれません」

「そうかい、ならばいいよ 」

とだけ残すとバルトフリートは人混みに消えていく、あの人も大変だ 一番の古株だから誰よりも後輩の面倒を見てるし いつも疲れている印象だ、特に今日は実の妹が目の前でとっ捕まったんだしな、…かなり辛そうな顔してたし 今度酒にでも誘って 盛大に飲みながら愚痴でも聞いてやらないと


………………………………………………………………

「こちらですよ、レグルスさん?」

「ああ、しかし豪華な内装だな…道中歩いた廊下や広間もかなりのものだったが、ここは其れを更に上回る豪奢さだ」

スピカの案内で城の奥の奥、最奥へ続く道をいく私とエリス、玉座の裏から続くこの廊下、私が見た限りでは城の何処よりも内装に気合いが入っている、ここに飾られた装飾ひとつでそこそこの館一つくらい買えるだろうな

そして何より、センスが古くさい…大体八千年前くらいに流行った様式で飾り付けされている、恐らくここはスピカが私に見せつけるため命じて作った道なのだろう

私相手に、密やかに自慢でもしたいのか?このやろう

「凄いキラキラですね、ししょー」

「こういうのを悪趣味と言うんだ、覚えておけエリス」

「せっかくの趣味を悪だなんて言ったら失礼ですよししょー」

おや、この私がエリスに窘められてしまった、いや私が友を前にはしゃいでいるからか、スピカが目の前に居るとついそういうノリになってしまうんだ、反省しよう

「すまん、確かにその通りだなエリス」

「ふふふ、あの魔女レグルスがこんな小さな子相手にに頭を下げるなんて、昔は絶対しなかったのに」

そんなやり取りをみて笑うのはスピカ、まぁ私とてこの数千年で変わった…確かに昔の私はあまり余裕がある人物ではなかったしな

「確か、名前はエリスちゃんでしたか?なんでもあのレグルスの弟子だとか、凄いですね」

「あ…スピカ様!、はい!エリスは孤独の魔女の弟子のエリスです!、よろしくお願いします」

「ふふふ、可愛げのある子で…師匠に似なくてよかったですね」

「うるさい」

エリスは先程まで萎縮していたものの、スピカの威圧にも慣れたようで今ではこうして会話までしている、エリスも、私のかつての友人が相手と言うこともあり…どうやらスピカの事に、興味津々といった様子

「スピカ様スピカ様」

「ん?、なんですか?」

「昔のししょーと今のししょーって、違うのですか?」

「ほほう、いい質問ですねエリスちゃん」

まずい、スピカの目が輝いた

はっきり言えば私の過去は、スピカの過去と同程度の黒歴史で溢れている、あの頃は私もちょっとおかしかったんだ、というか何にせよ自分の若い頃の話を他人からされて楽しい人間なんているか?、他人の若い頃の話するのは楽しいが自分のは嫌だ 弟子にされるのは特にな

「や…やめろスピカ、昔の事など弟子に聞かせる物でもない」

「何故です?、あなた弟子の前で私の物真似とかやってましたよね?知らないとでも?」

やべっ、バレてた…いや思ってみればあの花畑はスピカの残留魔力で作られた物、謂わばスピカのテリトリー、そんな空間で私はなんと迂闊なことを…、じゃああの下手なモノマネも見られてたのか、そう思うと恥ずかしさから耳まで熱くなる

「いいですか、昔のレグルスはですね…、もうこんなに目を尖らせて、何にでも敵対心を向けてくる人でしたね、というか初対面の時殴られましたしね、『貴様など魔術を修めるべき器ではない、これ以上殴られたくなければとっとと失せろ』って」

「それししょーじゃありません、別の人です、ししょーは初対面の人をいきなり殴りません、優しくていつもエリスをいいこいいこしてくれます」

「いいえ、あなたの師匠ですよ?レグルスは私たち魔女の中で最も苛烈な人物でしたから、何がキッカケでプッツンするか分からない爆薬のような人間でした、そのレグルスがまぁこんなにも小さい子に慕われてまぁまぁ?」

「うるさい…」

「弟子をとったから変わったのですか?それとも変わったから弟子をとったのですか?」

「さぁな、知らん」

このこのと私の肘をつつくスピカ、なんだか変な気分だ
今の私をよく知るエリスと、かつての私を知るスピカ…双方私のことを話しているというのに、自分のことながらなんだか同一人物の話とは思えんな

「さてと、着きましたね…レグルス?、まずあなたに紹介しておきたい人物がいます、まぁもうその存在の話は何処かで聞いているやも知れませんが、改めて…紹介いたしましょう」

「紹介?、ああ…聞いているよ その部分も含めて話をしたいのだろう」

「ええ、貴方には見てもらいたいし聞いてもらいたいので…彼女、デティの事を」

と…朗らかな会話もそこそこに、どうやら目的の場所までついたようで、目の前に広がるのは巨大な扉、まるで神を祀る神殿の如き壮麗さの極み ただの人間では手をかける事さえ躊躇ってしまうほど神秘的なそれは、此処こそがアジメクの最深部である事を暗に語るようである、一目で分かる ここが魔女に与えられた至上の一室であることに

そんな扉に躊躇なく手をかけ、スピカは開け放つ…この国でも本当に一部の人間しか入ることが許されないその部屋の全貌を明らかにしながら…








と言っても、中には特になにもなかった、宝が置いてあるわけでも装飾が凝っている訳でもない、四方を石の煉瓦に囲まれただけの空間、石の隙間から逞しく生える草花と天井から陽光差し込むステンドグラスが以外はちょっと凝った椅子とテーブルしか置かれていない…ここだけ見たら廃墟みたいだ

いや、なにもなかったには何もなかったが…誰もいなかった訳ではない、何もない石と光だけの無の空間のど真ん中…石畳から生える色とりどりの華々の上にちょこんと座る少女が一人、茶色の髪と太陽のごとき金眼を携えた色白の少女

「ほぇ?」

彼女はいきなり開き放たれた扉をギョッとしながら凝視したあと、開けた人物をみて直ぐにほにゃほにゃと顔を緩ませこう叫ぶ

「スピカ先生!」

スピカの名を呼び大慌てで立ち上がるとパタパタと走りスピカに抱きつきピョコピョコ跳ねる、エリスと同じくらいの年齢だろうその子はありったけの愛をスピカめがけ擲つ、この感じは見たことがある エリスもよく醸し出す『師匠大好きオーラ』だ…可愛いんだよなこれ、私もよくエリスから受け取ることもあるが 、悪気がしないというかめっちゃ嬉しい 

弟子から好かれて嬉しくない師匠はいない

「おっと…デティ?私はあなたの親ではありません、甘えるのは控えなさいといつもいっているでしょう」

「あ…す、すみません先生…はしゃぎすぎました」

しかし、スピカのお叱りをピシャリと受ければ、豆鉄砲食らった鳩のような顔をし、静かに手を離し一歩離れる、…な なんだよその態度は、いや他人の師弟関係に口を出す義理はないんだか そこまで冷たくあしらう必要は…

「おほん、紹介が遅れましたね…彼女が私の弟子、現魔術導皇のデティフローア・クリサンセマムです」

「デティフローアです、みんなからはデティって呼ばれてます」

そうスピカに促されこちらにお辞儀をするデティ、昨日ナタリアから聞かされていた子だが、しかし改めてみると本当に凄いな…この子が現代の魔術導皇か

何が凄いって、このデティという子…この歳でかなりの魔力を有している、エリスでは残念ながら比較にならないほどの魔力量だ、魔術導皇は常に最優の血統を守り積み重ねるために常に世襲を守り続けてきた、八千年もの間ずっと

私の見立てでは潜在的な魔力は初代魔術導皇を大幅に上回っている、優秀な血統を常に掛け合わせること八千年、デティはその極致により産み出された…アジメク至宝の天才とも言える存在だろう

「…デティ…フローア、友愛の魔女様の弟子?」

そこに反応するのは我が弟子エリス、孤独の魔女の弟子としての誇りを持つ彼女にとって、他の魔女の弟子は捨て置けない存在と言えるだろう、そう…謂わばライバルのような存在

「…だあれ?、あなた…」

そしてそれはデティにとっても変わらないはず、そうかこの対面この邂逅は謂わば、エリスとデティ…終生の宿敵との初めての出会いと言えるだろう

「…………」

さぁ、最初に仕掛けるのはエリスだ…なめられまいと口を一文字に絞り、デティの前に仁王立ちする、ああそうだ 私の弟子の方が凄いとスピカに思い知らせて…

「…貴方がデティフローアさんですね!エリスと同じ歳で魔術導皇なんて凄いです!尊敬してしまいます!、あ!自己紹介が遅れました…エリスはエリスです!孤独の魔女の弟子エリスです!」

「わぁ!貴方がエリスちゃん!、凄いよ凄いよ!話し聞いたよ!大人相手に魔術で戦ったすごーい子だって!会えるなんて嬉しいなぁ!」

なんて、師の思惑などどこ吹く風と即座に手を握りあいキャッキャと微笑むエリスとデティ…

いやそうか本人たちにとって他の魔女の弟子とは、ライバルではなくその特殊な環境への、無二の理解者なのか…

「私同じ歳で魔術使える子に会うの楽しみだったの!会えて本当に嬉しいなぁ」

「エリスもです、魔術導皇のデティフローアさんと会えて光栄です」

「デティでいいよう!、私もエリスちゃんって呼ぶから」

いや、しかし秒で打ち解けるとは あのエリスが…いや違うな、村の子供たちに馴染めなかったのは エリスが心のどこかで村の子供たちを下に見ていたからだ、エリスにとってメリディア達は『守るべき存在』であって『真の意味で友達』ではなかった

だが、エリスは同じ歳で魔術師として既に立場を確立しているデティを尊敬したのだ、直接出会ってその尊敬は確かなリスペクトに変わり尊重へと繋がった、それにどういうわけかデティの側もエリスを同じくリスペクトし 互いに互いを尊重しあっている

互いに思い合い尊重する仲を友 或いは仲間と呼ぶ、それは長い時間一緒にいて生まれるものではなく 価値観がかっちり組み合わさった時に生まれるものだ、時間ではないのだ


「まさか、会ってすぐに打ち解けるとはな…スピカ、お前弟子に何か仕込んだのか?」

「そんなことするわけないじゃないですか、私としてもデティとエリスちゃんに競い合うような関係性になって欲しかったのですが、どうやら我が弟子達は…師である私達と違って、人間が出来ているようですね」

「ああそうだな、私たちの初対面は酷いものだったからな、それに比べればこの子達は幾分良さそうだ」

「ふふふ、そうですね では弟子は弟子同士で、師は師同士で話し合いますか…レグルス、貴方には話したいことが八千年分溜まってますので」


…………………………………………

エリスとデティ…二人は何も 友達を作るのが上手いとか、人当たりが抜群にいいわけではない


エリスはその特殊極まる体質と生い立ち環境のせいで、同年代の子供への機微に疎くどこか疎外感のような物を感じ、ムルク村では終ぞ対等な仲の同年代を作ることが出来なかった

デティに関しては、デティ自身は友達が欲しいと常日頃から思う年相応の子なのだが、果たしてこの歳で大国アジメクの皇帝にして魔術界全域を統括する魔術導皇の座に就き、そして魔女の弟子でもある彼女と対等に話せる子がこの国にどれだけいるだろうか?


二人とも、その立場から どこか孤独を感じていた、だからこそ お互いの存在を知った時感動したのだ、自分以外にも自分のような子がいると、仲間がいるんだと


エリスにとってデティは尊敬の対象だ、師匠以外で初めて心の底からすごいと思えた、エリス自身魔術を修める身故に分かる、魔術を扱うことの難しさを、それを統べ管理する立場に幼いながらに立つと言うデティを心底尊敬した

デティにとってエリスはまるで絵本の中のヒーローだ、この白亜の城から出ることも出来ず、ひたすら魔術だけを詰め込まれる自分とは違い、自分と同じ歳ながら魔術を使い悪者を倒すエリスの話に、デティは目を輝かせた こんなすごい子がいるものかと

魔術を使うからこそ分かる苦労 魔術を使うからこそ分かる凄さ、そこで通じ合ったのなら 後は早かった

師匠二人が話し込む間に、弟子達は弟子達で その邂逅の喜びを分かち合っていた


「えへへへ、私 友達が出来たの初めてだよう!嬉しいな嬉しいな」

「そうですか?、エリスでよければいくらでも友達になりますよ」

友愛の間、花に覆われた石畳に腰を下ろし ステンドグラスから降り注ぐ太陽の光を浴び、二人は微笑み合う…、この短時間で二人の精神的距離は劇的に近づいていたと言えるだろう、エリスもここまで他人を近くに感じることが出来たのは デティが初めてだ

それもこれもデティが魔女の弟子でありエリスと同じく魔術を修める身だからこその共感、あとデティ自身の人懐っこい気質も関係しているのかもしれない

「そう!、じゃあいくらでも友達になって!エリスちゃん!」

「わたた!、いきなり抱きつかれたら驚きます」

デティはとても素直な子でさっきからずっと、エリスちゃんエリスちゃんとくっついて来てとても可愛らしい、というかグイグイ来るのだ、明け透けな好意を伴って抱きついてくるし 話を聞かせてと食いついてくる、リスペクトしている人物からこうも好意的に扱われてエリスも悪い気はしない

「むへへ、エリスちゃん 他の子と違ってしっかり魔力を纏ってるね、…凄いなぁ ちゃんと使ってる人の魔力だぁ」

「分かるんですか?…」

「うん、使ってない人の魔力はカチカチに固まってるけど…エリスちゃんの魔力は水みたいに柔らかい、物凄く修行しないとこうはならないと思うなぁ、デティより魔力は柔らかいかも」

エリスに抱き着きその胸に耳を当てるデティが呟く、その硬い柔らかいはエリスには分からないが 思い当たる節はある、エリスは普段からししょーの修行で魔力を制御し動かす特訓を重点的に行なっているからだ、きっとその修行のおかげでエリスの魔力は十分にほぐされている…のだと思う

すごいな、エリスはまだ他人の魔力を感じることはできないし ましてやその質を見る方法など見当もつかない、デティの魔術師としての技量の高さは既にエリスを遥かに超えたところにあるのだろう

「凄いですねデティは」

「エリスちゃんもね!、ねぇねぇーっエリスちゃん盗賊を倒した時のお話聞かせてよ」

「そ そんなに楽しい話ではないと思いますが、デティが聞きたいというのなら…そうですね、まず エリスがよくお世話になる村に盗賊と手を組んだ偽物の魔女が現れまして…そいつらが村の人達を騙して、子供達を攫ってしまったんです」

「えぇーっ!?攫っちゃったのーっ!?」

「い いや初っ端からそのテンションだと後が持ちませんよ」


不思議な気持ちだった、エリスとしては あの砦での一幕は決して楽しい物ではなかった、今思い出しても冷や汗が出るほど ギリギリの戦いだった、師匠が来なければ死んでいたような ジリ貧の戦い

なのにこうやってワタワタと反応するデティを見ながら話していると、なんだか あの時の怖さが和らいで行くのを感じるのだ…おかしいな、今でも怖さは思い出せるのに、話すだけで こんなに楽になるものなんだ

「……それで魔術を使って牢屋を破り、見張りの盗賊も倒し とらわれていた子供達を助けたんです」

「魔術を使って!、それでそれで!」

デティの反応はエリスを楽しませていた、何に関しても最上級の反応を返してくれる彼女は最高の話し相手と言える、エリスは聡い子だ 相手が気を使ってオーバーにリアクションしていればすぐに演技と気づく、だがデティからはそんな浅ましい考えは感じられない

本気でエリスの武勇伝に目を輝かせているんだ、それこそ孤独の魔女の伝説を読んでいる時のクレアさんみたいに

「はい、そこで 地下の階段を守っていた大きな男 山猩々と呼ばれる盗賊とエリスは戦ったんです」

「大きいってどのくらい!、スピカ先生くらい?」

「もっとです、スピカ先生をレグルスししょーが肩車したくらいですかね」

「はぇ…おっきい」

ぼけっと少し離れたところで話し込む師匠二人を見つめるデティ、彼女の内心は目の前の少女エリスへの感心で溢れていた、私が同じ立場に立たされたら そんなこと考えただけで身が震える程だ、それなのにエリスちゃんは戦った師の誇りと村の子供を守る為に、やっぱりヒーローだ

「強敵でした 拳で大地を砕き岩をぶつけてもビクともしないやつでしたが、彼自身の体を移動補助魔術で飛ばし 岩盤に叩きつけてなんとか倒すことが出来ました」

「移動補助魔術で倒したんだね!、確かに移動補助魔術って魔力配分を間違えるとビューンって飛んでって岩にぶつかったら危ないもんね、それを攻撃に…そっか魔術の用途や用法は使い手の解釈次第でいろんな形に変わるんだね、それなら逆に攻撃魔術で移動したり防御したりも出来そうだよね」

「はい、エリスも今使える魔術でどんなことが出来るか、いつも考える毎日です」

「なら、本来攻撃を想定した魔術を薄く引き伸ばして空中に固定することで防御にも使えそうだし、防御魔術をはじき飛ばせば攻撃にも使えそうだよね、魔術って使い方次第で一つの魔術で色んなことができるもんね」

しかし子供っぽい反応は示すもののデティの魔術に対する理解度は非常に深い、彼女の言う通り 魔術の使い方は文字通り無限だ、確かに防御魔術で壁を作り それを弾き飛ばすだけで相応の威力は生まれる

「でもねエリスちゃん、私はきっと 魔術にはもっといろんな可能性があると思うの…戦いに使うだけじゃなくて、もっと お料理とかお洗濯とか 生活にも魔術を使えれば便利だと思わない?」

「それは確かにそうですね、ただ魔術は使おうと思わなければ使えないものです…態々取得してまで生活に活かそうという人は少ないでしょう」

憂げに呟くデティを見てエリスは思う、彼女は別に魔術を戦いに使うことを否定しているわけではない、事実魔術を使い戦わなければ助けられなかった命があった事は、きっとすごく理解してる

けれど、だからこそ思うのだろう…そんな魔術を命を助けるためだけでなく、育み豊かにすることにも使えるはずと、だが今現在魔術といえば剣に次ぐ戦いの為の道具だ、剣と盾を使い台所で料理する人間はいないし槍に洗濯物をひっかけ乾かす者はいない、デティはきっと それを変えたいのだ

「うん…、だからね!私の夢は詠唱一つで美味しいローストチキンを作れる魔術とか、お部屋が綺麗になる魔術を作りたいの!あと乗り物酔いに効く魔術!、それを誰でも使える簡単なものにするの!」

「それはいいですね、とても便利です エリスにはそう言う発想はありませんでした」

いい刺激だ、エリス自身 魔術を戦い以外のことに使う発想はなかったし、きっと今の世界でもそうなんだろう、だからこそデティの考え方 に賛同する

それが実現されれば世界は間違いなくいい方向へ向かうとエリスも思う、だがししょーが昔 ご飯を作る魔術も掃除をする魔術でも、人に想像できる範囲ならなんでも魔術は可能にすると言っていた が同時に相応の訓練が必要とも述べていたのを思い出す

きっとそれではダメなのだ、誰でも利用出来て誰でも使用できる魔術でないと …デティはその壁を取り払いたいのだと思う、…エリスには考えもつかなかった『魔術の一般普及』、素晴らしいとエリスは思う


「でも、私には魔術の経験が浅い…いくら魔術を覚えても額面通りの使い方しか思いつかないの、だからさ エリスちゃん、同じ魔女の弟子として魔術師として是非意見を聞きたいなって」

いくら小さくてもこの子は魔術導皇、魔術の世界の行く末を案ずる者の筆頭なのだ、そんな人物がエリスを評価して声をかけてもらえるなんて 、なんと光栄なことだろう

「いいですよ、エリスの意見でよければ」

「やったー!、城のみんなに言っても『魔術導皇様に意見など畏れ多いです』って言って誰も手伝ってくれないんだよう!」

そりゃそうだろう、下手なこと言って魔術界に多大な影響が出てしまえば取り返しがつかない…あれ?それはエリスにも言えることなのでは?、なんだかエリスも不安になってきたぞ 、エリスもしかして安請け合いした?

でも今更断れないし…うん、それに面白そうだし、エリスのことを始めて友達と呼んでくれた彼女為 尽力してみるのも悪くないだろう

「なら早速なんだけど、魔術の更なる簡略化のためには何をしたらいいかっていう問題を…」

「今からするんですか!?、う…うーん 魔術はまず魔力を自由に動かせないと使えませんし 、自由に動かせるようになるには数年の修行が必要ですからまずそこをクリアしないと…」

急に饒舌になったデティに答えるようにエリスも頭を絞る、デティの夢は大したものだがそれを実現するのは酷く難しい事だろう、こんな年端もいかない子供が考えても達成はできないかもしれない、けれど デティは本気だ きっと何年かけても実現に向かって努力するだろう、ならエリスもそれに付き合おう

「そうだ、国民のみんなに魔力訓練をする時間を設けるのはどうかな」

「難しいのではないでしょうか、魔術は難しい という固定観念がある以上、国民のみんながそれに付き合ってくれるかは分かりませんよ?、エリスとしては学校などの教育に取り入れ 時間をかけて浸透させていく方が…」

「国民みんなが学校に行くわけじゃないしなぁ…、それに魔術の練習をしている学園は既に一定数あるけれど それでも魔術が一般に普及してないってのは そういう事なんじゃないかなぁ」

あれはどうだこれはどうだ、侃侃諤諤と小さな子供から出たとは思えない難しい議題が飛び交いお互いむむむと唸り考える…、なんだろう なんだか分かんないけど 今エリスはとても楽しい、かけっことか騎士ごっことか村の子達がしてた遊びよりこうやって魔術の話をしてる方がずっと…

時間も周りも忘れ、出会ったばかりの少女たちは話し合う、やはり 自分の目は間違ってなかった、この子はきっと自分を理解してくれる無二の存在と お互いを意識しながら ……

……………………………………………



「おい、我が弟子達 子供っぽく話してると思ったら急に難しい話をし始めたぞ」

「デティは魔術に関しては天才的ですから、ただまぁ…魔術以外ではアレですがね、エリスちゃんとの会話はいい刺激なのではないでしょうか」

何にも置かれてない友愛の間唯一の家具である椅子に座りながら、遠目でエリスとスピカの弟子のデティちゃんを見守る、二人とも やはり気が合うようだ

特にエリスが同年代の子とあれほど楽しそうに話すのは初めて見る、私は以前ムルク村でエリスに友達を作ってもらおうと、同年代のメリディア達とかけっこで遊ばせたが そうか、ああいう子供の遊びよりエリスは魔術の話の方が楽しかったのか…悪いことをしたな

「魔術の一般普及…だそうですよ、今まで何人もの魔術導皇がその課題に挑み志し半ばで倒れるのを私はたくさん見てきました、ですがデティなら もしかしたら、と思えるほどあの子は歴代の中でも類い稀な才を持っています」

「フッ、随分贔屓目で見る師匠だな…だが、そうだな もしそうなれば世界は変わるだろうな」

無理だとは言わん、魔術は万能だ ならエリスとデティのあの夢も、もしかしたら叶うかもしれない、ただアレは二人が目標として掲げた物だから もし私を頼ってきても手を貸すつもりはない、それはスピカも同じだろう

しかしエリスめ、無意識にだろうがアイツ 魔術導皇と友達になってるぞ、本人はなんとも思ってないだろうが 、魔術導皇無二の友となれば魔術界でも屈指の立場になる、下手な貴族よりも権力を持つかもしれない

いやひょっとしたら あの二人が今後の魔術界 いやこの世界そのものの舵取りをしていくかもしれない、と思うのは私も弟子を贔屓目で見るバカ師匠だからか?

「いえ、私は常に公平です 魔女とは常に公平であり平等でなければならないのですから、弟子とはいえ個人に入れ込むなどあってはならないのです」

「そうか…しかしスピカ、お前 変わったな」

弟子達から目を離し、スピカに目を向ける…その佇まいは立派なものだ、身につけてるドレスが とかじゃない、目つき 顔つき …どれも変わってないが 八千年前よりも逞しくなっている

「当たり前です、八千年ですよ?あなたが消えて八千年…色んなことがありました、私も昔の弱いスピカのままじゃいられません、いえ私じゃありません レグルスさんも変わりましたし、みんな みんな変わりました」

「みんな…?、他の魔女か?」

他の魔女…我々八人は皆 同じ師の元で育ち、八人で世界を旅し 八人で厄災を打ち倒した仲だ、スピカだけじゃない みんなみんな私にとっては唯一無二の朋友達だ …それが今どうなっているのか、気にならないわけがない みんな元気なのだろうか

「ええ変わりましたよ、みんな…大国を何千年も統べるというのは とても苦しいことなのです、みんな長い時間の中で少しづつ変わりました…、もう みんなとは2000年近く顔を合わせていません、最後に文書が届いたのだって500年ほど前ですしね」

「顔を合わせていない?、何故だ 関係が悪化したのか?」

「いいえ、何もありません…そう 何にもないんです、みんな自分の国を守るので精一杯で、話す機会がだんだん失われただけです、もう昔みたいに一緒に遊んだりなんか絶対出来ませんからね」

悲壮に語るスピカを見て、なんとなく察する…そうか 八千年とは、人にとって長すぎる時間だ、そんな無間地獄の中で 昔みたいにずっと仲良いままとはいかない、だんだんと疎遠になるのも頷けるが

…悲しいな、私の中では まだ八人揃って遊んでた頃で時が止まってるから…

「特に 変わったのは争乱の魔女ですね、彼女は特に酷く変わりました…豹変といってもいいです、元々あの国は戦争が多い国 他国との戦争の間に別の国と戦争するような国でしたが、最近 といってもここ1000年近くですが…戦争を望まない国にも圧力をかけ、戦争をするしかない状態にした上で、叩き潰す なんて真似を繰り返すようになったのです」

軍事国家アルクカースは 地理的には いくつかの非魔女国家を挟んでアジメクの隣に位置する魔女大国、軍事国家と名を冠すだけあり 元々よく戦争をする国であったが、そこまでなのか?いやだが…

「争乱の魔女って…アルクトゥルスがか?、アイツは元々好戦的な奴だったろう、まぁ 少しやりすぎな気がするが」

「ええやりすぎです、侵略の為でも略奪の為でもない、争乱の為の争乱 戦争の為の戦争を闇雲に繰り返し…アルクカース周辺の国力はもうズタボロです、それをアジメクから支援しようとしたら『敵を助けるならお前も敵と見做す』と文書が送られてきました」

敵って…いや何を言ってるんだ アルクトゥルスがそんなことするわけがないだろう

確かに争乱の魔女アルクトゥルスは野蛮な奴だ、性格は横暴にして乱暴 口より先に手が出るし手が出た後に蹴りが出る、そんな女だ …、趣味はチンピラや山賊の隠れ家へ喧嘩の訪問販売 という好戦ぶり、故に常に生傷が絶えない人物であったが

だが、アイツは…アルクは八人の中で誰よりも仲間思いだったし、戦いの中でちゃんと相手をリスペクトする戦士だった、戦って死にかけている相手を助けようとする奴まで敵意剥き出しにするような事するわけがないし、何よりスピカに 仲間に敵と見做すなんてこと言うはずがない

「何かの間違いじゃないのか、何か理由があったとか 誤解とか…」

「私もそう思いました 真相はきっと 何か理由があってのことと、必死にどう言う事なのか調査しましたよ…でも、真相はもっと酷く 嫌なものでした」

深いため息をつきながらステンドグラスを見上げる、いや思い返しているのだろう その時のことを…

「他国をいじめ抜いている理由は…口実作りでした」

「口実?なんのだ」

「アジメクと 私と戦争する為の、アルクカースの隣国はアジメクの隣国でもあります…それを放置出来ずアジメクが助けに入れば、敵の支援と見做し 今度はアジメクと戦争するつもりだったんです、もし私が 敵と見做すというか忠告を振り切り支援していれば魔女大国同士の戦争が始まっていたでしょう」

「結局 支援は行わなかったのか」

「ええ、見捨てるような選択肢になってしまいましたが、もし戦争になれば アジメクとアルクカースの間にあるその国はどのみち滅びてしまうでしょうし、何より 私にはアジメクを危険に晒す選択はできませんから」

魔女大国同士の戦争 いや大戦とでも呼ぼうそれは それ程の規模の戦いになるだろう、そうなれば世は乱れる所の騒ぎではなくなる、少なくともこのカストリア大陸はメチャクチャになるだろう

アルクカースは アルクトゥルスは、初めからこのアジメクを標的と据えての事だった、きっとその理由もまた 戦いたいから と言うだけの理由だろう

…ショックだったろうな、朋友と信じるアルクトゥルスが腹のなかで虎視眈々と自分の首を狙っていたのだから

「みんな変わりました、もう友と呼べるかも危うい関係になってしまいましたが、レグルスさん 貴方が現れてくれて また友と読んでくれて、私はとても救われましたよ」

「ならよかった、…アルクトゥルスめ どう言うつもりなのか、またいつか話を聞きに行かねばならないかもな」

「やめてください、今のアルクトゥルスさんを刺激したら何をするか分かりません、今の彼女は闘争心だけで動いています、最悪暴走する可能性さえありますから」

「む、そうか…それでお前に迷惑がかかるならやめておこう」

……………沈黙が続く いやな沈黙だ、私からなんか切り出したほうがいいのかな と言っても私の方からスピカ話さなきゃいけないことなんてないし、この八千年で何かあったわけでもない 私の八千年は非常に空虚な物だったから

「レグルスさん、まだ話したいとは山程あります、けれど そろそろお開きにしておきましょう…もう正午を過ぎています、お二人共ご飯はまだですよね」

「え?ああ…そうだが」

いきなりスピカから切り出されればふと太陽の位置を確認する、もうこんな時間か 思えば腹も空いていると言うか…メチャクチャ空いている、指摘されると空腹が余計目立つ 

そうか、早朝いきなり叩き起こされてから ここまでぶっ通しだったから、朝飯も昼飯も食ってなかったな

「折角です、アジメクのグルメを味わっていってどうでしょうか、お金はこちらが当然出しますので エリスちゃんと楽しんできてください」

「楽しんできてくださいって…お前はこないのか?」

「私が街に降りてその辺の店でご飯を食べられるとでも?」

無理だな、この国のトップである魔女が城下町に降りれば間違いなく町全体がひっくり返る、下手な店に入れば逆に店側に迷惑をかけかねないか、その点で言えばまぁ私一人ならまだ顔も割れてるわけじゃないし 自由に飯を食べに行ける

「それに私はこれから忙しいので、八千年間も行方不明だった魔女が見つかったと他国へ報告する為の支度をしないといけないので、…ああ ないとは思いますが城下町で自分が孤独の魔女だと流布しないでくださいよ」

「そんなことせん、私が自らの名を喜んでた人に話して回るような奴に見えるか?」

「見えませんね、杞憂でしたか」

私達師弟をここまであの馬車でひた隠しにしながら運んできたのは、私達の顔を割れさせない為だ、八人目にして幻と言われた私は謂わばアジメクのトップシークレットだ 私の存在を何かに利用しようとする者は少なくない…、そういった面倒ごとは解決するよりそもそも起こさない方が正解だ

しかし、いくらひた隠しにしようとも、人の口に戸は立てられないように 大切な情報とは往々にして何処からか漏れる物、私の顔もきっとそのうち割れるだろう

だから、頃合いを見て 寧ろ私の方から名乗りをあげた方がいいだろう、そうすればレグルスの名を使ったおかしな犯罪も減るだろうしな

「さてと、エリス!そろそろお暇するぞ…いい加減腹が減った、街に降りてアジメク観光に行く」

「まずアジメク全土の一般における魔術的な印象を…あ!ししょー!はーい!」

「あ、エリスちゃん…」

私が一声かければ弾かれるように立ち上がりこちらに駆けてくる、悪いな 白熱している議論に水を差してしまったようだ、現にエリスに置いていかれたデティはもう 雨に濡れる捨て犬のような顔をしている、エリスめ魔術導皇にあんな顔させるとは 罪な奴め

「デティ…またすぐに会いましょう」

「エリスちゃん、うん!またね!絶対だよ!」

お互い初めて出来た気の合う友人、またね と言い合えるのはいいことじゃないか、…少なくとも私は以前友と別れた時 これを言えなかった…、そうだな 今度は言ってみるか

「おいスピカ」

「はい?」

デティに別れを告げ、私の手を繋ぐエリスの手を握りなおし…ふとスピカの方へ視線をやると、椅子に座ったままボケッとデティを見つめていた…ああいう行動の合間合間に放心する癖は何千年経っても変わらないようだな…

「また後でな」

「…ふふふ」

なんか言えよ、ったく 言うんじゃなかった…行くぞエリス、そう手を引き友愛の間 なんか恥ずかしくなって慌てて立ち去る、背後からスピカの視線とデティのまたねの連呼を聞きながら…

スピカは 私達八人の友情を疑っていた、アルクトゥルスも含め 他みんな変わったろう 、だがねスピカ?私はまだ我々は友情で繋がっていると思っているよ

だって私はこんなにもまだ みんなの事が大好きなのだから
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