孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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一章 独りの名も無き少女

10.孤独の魔女と弟子初めての実戦

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「みんなこっち!こっちこっち!ここの曲がり角を曲がって!」

「お おう!」

「うぅ、こわいよぉ…」

十も行かぬ年端もない子供達を引き連れ、盗賊団のアジトである砦の地下をひた走るエリスと村の子供達

牢屋を破ってより皆、全身全霊での逃走劇を繰り広げているのだ、中には泣く者もいる 震えて失禁する者もいる、だが立ち止まる者はいない なんとしてでも…皆家に帰りたいからだ

「あ!、やっぱり抜け出してやがったなクソガキ共が!」

「う うわぁっ!?でたぁ!?」

が、しかし 子供達の行き先を遮るように曲がり角から盗賊が現れる、無骨で無精なその姿と 手元に構えたギラつく鉄剣に悲鳴をあげ腰を抜かす子供達、 あんな太い腕で殴られれば あんな大きな足で蹴られれば 鉄の塊のような剣を叩きつけられれば、大怪我は免れない…が

「エリス!お願い!」

「うん!…颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』ッ!!」

メリディアの合図により、即座に詠唱を始め…一瞬で魔力を掻き集め風を引き起こす、突風によって浮かび上がるのはエリスではなく 、すぐ傍に退けられていた大きな大きな木箱、中に何が入っているかは分からないが ずっしりと重く子供の力では決して動かぬそれが…

「う うぉっ!?飛んでき…ぐへっ!?」

エリスの魔術により、まるで砲弾のように目の前の大男へと吹き飛び、衝突…押し飛ばされた男は壁と突っ込んでくる木箱に挟み潰され気絶し動かなくなる、よし…倒せた

かなりの重量物だった事もあり その威力もまた比例して高くなったようだ

「はぁ…はぁ、よしっ!みんな!倒したよ!」

しかし当然、そんな重たいものを動かそうと思えば相応の魔力を要する、息を切らし冷や汗を拭いながら叫ぶ、倒した…牢屋を抜けてから既に5人は同じ方法で倒している 為 既に相当な魔力と体力を消耗させている、殆ど一撃で倒せているが連戦が続いている…状況はあまりよくない…


だが同時に一つ理解した事もある、分かったのは 効率的な戦い方だ 

火雷招のように それそのものが威力を持つ魔術より、旋風圏跳のような言ってしまえば『移動させるだけ』の魔術の方が魔力の消費が少なく済む

それに、木箱やら石やらを高速で射出すれば 態々雷で攻撃しなくても倒せる、…まぁそれでも減るもんは減るが まだマシ と言った具合だ、全力火雷招一発分の魔力で全力旋風圏跳が三発ほど撃てる


「だいじょうぶか?立てるか?」

「う うん」

腰を抜かした子供のケアはクライヴやメリディアがやってくれている、…どうも エリスは他人と接するのが上手くないみたいだ、他人の恐怖とか悲しみがイマイチ察することが苦手だ

なんで怯えているのかなんで悲しんでいるのか、なんで出来ないのかなんで覚えてないのか 分かんない…

牢屋にいた時も、アリナが怯えている事に気づけなかったし…だから二人その辺は任せたのだ、エリスがやれることは全部エリスがやるが 出来ないことは素直に任せる事にする

「ねぇ、エリス またつかれてるみたいだけど…」



そして、メリディアにとっては エリスもケアの対象らしく、さっきから甲斐甲斐しく声をかけてくれている、多分この中で一番顔色が悪いからだろう

体調の方はもうすっかり大丈夫じゃないの方へ振り切れている、手足の先の方の感覚がなくなり始めている、時々舌を噛まないと意識がフラッと何処かへ行ってしまいそうだ

でも…

「大丈夫です、エリスはししょーの元で鍛えてますので」

そう言うしかない、みんなを牢屋から出したのはエリスだ 助けたのなら助けた責任を最後まで果たさなければならない、きっとししょーも同じことを言うだろう

それに弱音を吐いたら 、体がエリスの嘘に気がついて即刻倒れ伏してしまいそうだから

「…そっか、エリスはすごいね …」

とだけ言うとメリディアは私から離れて もうヘトヘトと言った具合のアリナをおんぶしに行く…、エリスがすごい? 分かんない、すごいすごくないの定義が エリスには…

とにかく移動だ、こうしている間にも他の盗賊が集まってくるかもしれない!、階段を登れば後はもう直ぐそこに外があるんだ 、地上にさえ出てしまえば 後は全力の火雷招で壁に大穴でも開ければ みんなを外に出すことができる、その後のことは…そのあと考えよう!

「ここを曲がれば階段があります…、階段を登れば出口は直ぐそこ それまでの辛抱ですから」

「おう、…ありがとうな エリス…、この前は いじわるいって ゴメンな」

ん? 声をかけたら今度はクライヴからなんか謝られた、この前というのは以前かけっこをした時のことだろう、あの時はエリスもカッとなってしまって 後でししょーに怒られてしまったんだ、今思い出しても恥ずかしい

けれど、どうやら恥ずかしいと思っていたのは彼も同じだったようだ いや全然気にしてなかった、エリスは一度経験したことは忘れない 、けれどだからといっていつまでも昔のことを引き摺る程未練がましくもない

昔は昔 今は今と分けるようにしているからだ、そうしないと あの館での悪辣極まる出来事を今でも鮮明に思い出せるエリスの場合…こう やっていけなくなるからだ

「大丈夫です、エリス気にしてないですから」

「そ そっか、気にしてなかったか…」

あれ、返答間違えたかな それとも無愛想すぎたかな…分からない こういう時なんといえばいいんだ、なんだかやっぱり壁を感じる…でも多分 この壁はエリスが作っているんだろうけど

そう考えながら曲がり角を曲がる、この先の階段を越えれば… そう考えていると 、そいつは 階段に座るように、私達の事を待っていたかのように 静々と眈眈と

「ん、もう来たのか 雑魚とは言えまだ地下には数人団員が残ってたろうに、全員倒したってか?存外魔術使えるってのも嘘じゃねぇか」

「エリス!盗賊が!」

其奴が喋って…メリディアの言葉を受けて 、初めてそいつが 盗賊だと認識できた

エリスはてっきり 巨大な壁かと思ったのだ、階段に腰をかけ血のように赤い酒をガブガブと飲む 巨漢…いや 違う、エリス達を見つけ ゆっくり立ち上がり 天井に頭をぶつけてしまうような、超巨漢だ

箒の先のようにガサガサの髪は腰まで伸びきり、刺々しいヒゲは彼の苛烈さを表しているかのようだ、…岩のように隆起した筋肉と巨巌のような見てくれは、人間 というよりは熊 もしくは人型の怪物とでも呼んだ方がしっくりくるかもしれない


こいつは今まで倒した盗賊とは違うと本能が告げる、コイツに比べれば 他の奴なんか子供とおんなじだ

「えーっと、確か魔術が使えんのは 金髪のガキだったなぁ…つっても金髪なんてその辺にゴロゴロいるし、テメェか?それともテメェか」

「エリスです、魔術を使い みんなを逃したのは!」

あまりの威圧に若干震える足を叩いて動かし、みんなの前に出る…コイツ 他の盗賊と違い いきなり攻撃を仕掛けてくる雰囲気ではないが、それでも 出口を塞いでいるということは、油断していい相手ではない

「ほう、思ったよりチビだな…俺は山猩々だ、まぁ 山猩々ってのは渾名なんだが…とにかくよろしくな おチビちゃん」

にへへと笑いながら徐に彼…山猩々と名乗る男は指を七本出す…、変わった挨拶だ エリスも指出した方がいいのかな、だとするならいくつ出した方が…

「七…これがなんの数字か…分かるか?」

「えぇ?、ね…年齢とかですか、エリスは五才で…」

「この手で殺した数だよ」

この手で 殺したと語る彼の顔は、何も冗談や誇張で言っているわけでないことは、エリスにも分かった この男は確かに殺したのだ、…エリスも先程人を殺しかけたから分かる、あの一線を超えた人間は…まともな人間であるはずが無い!

それを、こうも朗らかに笑いながら語る 一種の狂気のようなものを感じる

「な 七人殺したからなんなんですか…!、そんなものでエリスはビビりま…」

「違う七十人だよ、この手で殴って締めて潰して殺した数だよ!いやもしかしたらもっと多いかもしれねぇけどな、間違って殺した数とかは数えてねぇしよ」

具体的な殺し方を言って聞かせようか と一歩踏み出すその足は地鳴りを起こす、いや震えているのはエリス自身か 、この男の嬉々として語る狂気に 揚々と人の命を踏みにじれるこの男のあり方に…、漠然とした理由で暴力を震えるこの男の姿に エリスは恐怖を感じているのだ

「俺はな 戦うのも殺すのも大好きなんだ、強い奴と戦って 血湧き肉躍るのも好きだ、弱い奴を追いかけて踏み潰し殺すのも好きだ…どっちも楽しい、なぁ 魔術使えるガキ お前はどっちで俺を楽しませてくれる?、強いほうか?それとも弱いほうか??」

「ほ 他の人に手は出させません…エリスが守りますから」

それでも睨みつける、アリナのように泣いて怯えることはエリスには許されない、どれだけ怖くとも 立ち向かうしか無いのだ、それが 力を振るう 責任なのだから

「へぇ、なら…抜かすなら 守ってみろよ 、楽しませてみろよッ!」

「ッッ!?」

一瞬 岩が降ってきたのかと錯覚するような、山猩々の巨大な拳がエリスの頭上に迫る、その巨体に似合わずあまりに素早い

魔術での回避は無理だ 今から詠唱しては間に合わない…ッ!?

「ぐぅっ!?」

一も二もなく 跳ぶ 、全霊でその後の事など考えず、後方へと全力で吹き飛ぶように飛び込む、回避 とは呼べぬ自傷行為、頭を打ちつけながらも受け身なと取らない 、いや取る余裕などないのだ…ただあの拳から逃れることだけを考えて

「イッ…つつっ、あぶな…ぁ」

頭をぶつけ 転がりながっていると、その瞬間轟音が響く 確認せずとも音で分かる、奴の拳が 石造りの床をまるで腐った木の板のように容易く叩き割った音だ

「へぇ、避けたか 魔術云々以前に反応もいいかい」

確かに頭をぶつけたのは痛いが、あの拳をもらっていたら …死んでいた、トマトみたいに押しつぶされて …、そんな結末を夢想し背筋がゾッと寒くなる

「……ししょーがいいので!」

今度はこちらの番だ、見てみろ 奴が石造りの床を叩き割ってくれたおかげで、エリスの頭くらいある大きな瓦礫が彼方此方にゴロゴロと転がっている、これら全て エリスにとっては武器同然だ

「颶風よ この声を聞き届け給う…」

「あ?なんだそりゃおまじないか?…、いや詠唱か?聞いたことねぇやり方だな、面白い やってみろよ」

足元に転がる 一番大きな石 、いやともすれば岩と呼んだ方が適切かもしれないそれに手を当て詠唱を言い放つ、魔力は浮き出て固まり 魔術として編み込まれ意味を持ち形を為す、地下だというのに吹きすさぶ異質な風は エリス一人では持ち上げられぬ岩をいとも容易く浮かび上がらせる

「…その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

「おっ!?すっ飛んできやがった 変わった使い方すんだな!?」

風は渦巻き 音を立て縮小し凝縮し、撃ち放つ…岩は螺旋を描き 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ…目の前に広がる巨漢の胴目掛け 射出、放つ物の重量と質量によって威力が増減するこの風の砲弾 今回の岩は今までで一番重く硬く大きい

この一撃ならば 、盗賊3人纏めて吹き飛ばすだけの威力が…



「だが!違うだろうが!」

「へ…えぇぇ!?」


男は…山猩々は超高速で放たれる岩石を、態々胴体で受け止め逆に弾き砕く、無傷 というわけではないが男は若干後ろに仰け反るだけで大したダメージは…

って冗談だろう、子供が石投げたのとはわけが違うんだ それこそ本で読んだ投石機以上のスピードと威力で突っ込んできたものを、体で受け止めるとか 剰え 効きすらしないとは…

まずい 非常にマズイ、この場にある最も重く最も硬く 最高威力を出せるであろう物をぶつけ それをその上で上回られた以上、打つ手がない…



「確かに面白い魔術の使い方なんだろうけどよ、違うだろ…俺ぁ聞いたんだぜ?あの爆発音 、テメェらが脱出する時に起こしたあの轟音、あれもお前の魔術なんだろ? やってみてくれよ  、俺はそっちの方が見てみたいぜ」


さもないと潰しちまうぞと 地団駄でまた石の床を砕く…、エリスに使えというのか 火雷招を…上等だ!ぶっ放してやる!覚悟しろ!黒焦げにしてんやんよ!


と啖呵を切れたらどれだけいいか、実は火雷招は使えない 、いや使えるには使えるが 恐らく残りの魔力残量から見て全霊で火雷招を撃てる回数は 残り一回、ここで使えば きっと倒せると思う というか使わないと倒せない気がする

でも、そうなるともうエリスに切り札は無くなる …、それは殆ど負けと同じだ、だから使えないんだ

それに、旋風圏跳だって 火雷招分を残そうと思うと、撃てるのはあと二発が限度…ジリ貧だ、オマケに最大級の岩をぶつけてほぼ無傷となると もう……

「テメェ…!俺ぁ我慢強くないんだ!やるならやるで早くしやがれ!」

「ぁわわっ!」

いや数秒しか考えてないじゃん!?、ほんとに我慢強くないな!

丸太のような腕が二度三度 幾度となく振り下ろされ叩きつけられる、一撃一撃は早く 当たり前のように重たい、まるで畑のように石畳が耕される様は圧巻の一言だが逃げ回るエリスからすればたまったものではない

最初の攻撃を避けたように受け身を取らず全力で飛び回る、奴の拳は一度たりとも直撃していないというのに、エリスの体は彼方此方に打撲痕を作っていく…ッ!?やべ、飛んできた破片でおでこ切っちゃった 、頬を熱い鮮血が伝う

どうしようかな…何にも浮かばない、というか何もできない

「オラオラどうしたよ!ピョンピョン逃げ回ってカエルかテメェは!」

「ぐぅっ!?」

粉々に砕けた瓦礫を勢いよく蹴り飛ばす山猩々、普通の人間なら 砂埃が起こる程度の蹴り上げでも 、あの巨体と速度で放たれれば 砂埃は最早石の嵐と化す 、鋭く尖った瓦礫小石が鏃の如く鋭利に弾幕を作り出し、エリスの体を ズタズタに引き裂いていくのを感じる

強い…痛い 怖い、ダメだ 体がエリスの嘘に気づいてしまった、 膝が曲がり 真っ直ぐ立てない、目が霞む…体力を使いすぎた 魔力を外に出しすぎた 血を流しすぎた…、体が冷たくなっていく


痛い…この痛みはいつ以来か

怖い…この恐怖はなんだったか

そうだ、馬車から落ちた時の痛みに 死の恐怖に似ているんだ、エリスの背後 頸を舐める死神の感触、出来るならもう味わいたくなかった…

ふふふ、そうだそうだ 思い出してきた…雨降る森 凍える体 千切れかけの足と…僅かな光明、エリスはあの時諦めなかったから助かったんだ

あの時の記憶は あの時の経験は、死の淵に立たされて尚もエリスを勇気づける 生かし続ける、そうじゃないか 諦めなかったからエリスは奇跡を得て今ここにいる


なら今回も一緒だ 諦めなければ…

「エリスッ!危ない!」

「え…!?」

朦朧とする意識が、メリディアの叫び声で蘇る というか引き戻される…危ない、そうだ危ないんだ

だって今、山猩々が 鉄槌のような足を振り上げ エリスを踏みつぶそうとしていて…



って本当に危ないじゃないか!?、か 回避を さっきと同じように後ろに飛んで…

「っ…うっ」

ダメ 動かない、体力は尽きその上 さっきの瓦礫の嵐のせいで身体中が傷だらけ、もう後ろに飛ぶだけの力はなく、膝は激痛に苛まれヘラヘラ笑うばかり 

もはやここまで?、いいや違う さっき思い出したじゃないか、生きることを諦めない限り エリスは死なない!、なら…もうこの後が どうなろうが知ったことではないじゃないか!

「颶風よッ!この声を聞き届け給うッ!」

肺から声を 魂から魔力を振り絞る、どう考えても詠唱は間に合わない…間に合わないが、そんな事 諦める理由になるわけがない!

この命事切れるその瞬間まで エリスは…!



「それはもう、聞き飽きたぜ!」


その詠唱が、最後まで紡がれる事はなかった 当たり前だ…そんな都合よく 相手が待ってくれるわけがない

エリスが詠唱を始めたそのコンマ数秒後、無情にも山猩々の足は動けないエリスの頭上めがけ振り下ろされる、彼のこの足は 多くの命を奪ってきた 時に男を 時に女を

時に子供を時に老人を、逃げ惑うを人間を踏み潰したこともあるし 鎧を着込んだ騎士さえもぺしゃんこにしたことさえある、そんな威力を持つ彼の一撃を受けて生きていられる道理はない

剰えエリスは満身創痍 最早回避も出来ない程ズタボロだった、避けられぬ防げぬ 戦えぬ抗えぬ 故に生きる術なし、簡単な理論だ バカの山猩々にも分かる

のにどういうことだ、間違いなく振り下ろされ 大地を砕いた彼の足の裏には…なんの感触もない


頭蓋を砕く感触も内臓が潰れる感覚も 人間の鮮血の暖かさも何も…ないのだ

「き 消えた!?ガキが 間違いなくさっきまでここにいただろう!?動けるはずもないのに!?…どこへっ!?」

思わず困惑が口を突く、踏み込んだ足の裏に エリスがいないのだ、綺麗さっぱり消えてしまった、おかしいおかしい 回避方法は全て潰えていた、あり得ない どう考えてもあり得ない…この事態に驚愕しない方がおかしいのだ

だが、残念なことに彼以上に驚いている人物がいた…それは


「その加護を纏てぇぇえええええ!?え エリスなんでこんなところにぃぃいいい!?」

風を纏い 空を飛び、詠唱を終えていないにも関わらず 『旋風圏跳』が発動し 山猩々の背後まですっ飛んでいるエリス 自身だった


い イヤイヤイヤおかしいおかしい、どう考えてもおかしいぃ!?宙を舞いながら混乱の極みの渦中にあるエリス、だって エリスはまだ詠唱を終えてなかった のに、中途半端な詠唱を追い越して 先に魔術の方が発動した

どういう原理だ 何が起きた、奇跡?いや奇跡というよりは怪奇現象だ、謂わば鶏が卵ではなく鶏自体を生んだような 間にあるべき過程がすっ飛んだのだから、エリスだってびっくりだ、何か特別なことをしたわけではない ただ…無我夢中で詠唱してただけなのに


「ッ!とと!」

だが助かった!、よく分からないが山猩々の背後に着地できた 隙だらけの背中を取れた


絶対に回避出来ないと思った一撃を凌ぎ 次に…最高の好機に繋げられた、さぁ!さぁ!


こ ここからどうする!どうすればいい!?、完全にノープランだ!、撃てる魔術 …旋風圏跳は回避にさっき使ってしまったから後一回だけ!、どどど どうしよう!

別に急激に体力が回復したわけじゃないから動けないことに変わりはない!もう逃げられない!意識だってボヤボヤしたままだ!な 何をしたらいい!

何かをぶつけて攻撃!?、でも岩をぶつけてもあいつはビクともしなかった 妥当に考えるなら岩より硬いものを更に高速で山猩々にぶつける必要があるが、あるのか!?そんなもの!この場に!

何がある!この廊下には何があった!思い出せ!、あるのは木箱?論外だ !、岩?さっきダメだったじゃないか!、じゃあ後は?エリス自身?、エリス自身が旋風圏跳の最高加速で突っ込む!


いやダメだ普通にダメだ、エリスは岩よりも硬くない…どうせ突っ込んでも岩さえ砕くあいつの鉄壁の肉体に弾かれて…………あれ

「あっ…あった 岩より硬いやつ…」

「テメェ!どうやって避けた!もう一回やってみせろよ!、まだ奥の手 隠してたんだろうが!、見せてみろよ!楽しみませてみろよ!、さもなくば残酷に死んで俺を楽しませろよぉっ!クソガキィィッ!」

埋まった足を強引に引き抜き 振り返りながらこちらに迫る山猩々…大丈夫だ、背後を取ったおかげで今度は落ち着いて詠唱する隙がある

そこまでいうなら見せてやろう、奥の手を 岩より硬い この空間における最硬物質を食らわせてやる

「ふぅ…颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  …」

ししょーの真似をして、詠唱の前に一呼吸置いてみると 驚くほどスラスラと詠唱が出てくる、そうだ纏え 風を!翼を持って羽撃き神速をもたらすんだ!

「それは…聞き飽きたっつってんだろうがァッ!!」

振るわれる拳が  遅く見える、体力も魔力も尽きかけているが 集中力だけは 未だ嘗てないほどに昂ぶっている、エリスの体ほどある巨大な拳が エリスの体を叩き砕こうと眼前まで迫る、しくじればきっとエリスは今度こそ死ぬだろう…

だが、エリスの首元を這う死の感覚は 今はもう感じない


「…旋風圏跳!!」

手を目の前に掲げ、詠唱を終える 風を纏わせ移動させるのは、岩でもない木箱でもない…この場で最も硬く強い力を持つ物…それは


「ぬっ!?おお!?俺の 拳がッ!?」

エリスの鼻先で、山猩々の拳がピタリと止まる…いや違う 受け止められたのだ、エリスの生み出す 魔の風により絡め取られ、その場からピクリとも動かなくなる…そうだ。この場で最も硬く 最も破壊力があるものに 風を纏わせた

それこそ、山猩々の拳 石畳を叩き壊してなお傷一つつかぬ硬度 人さえ叩き潰す重量、それを風で操り 山猩々自身に向けて飛ばす!

「こ こんな風程度で俺の腕を飛ばせるつもりかよ!こんな…こんなっ!? 」

「確かにエリスは、未熟極まりない 魔術師未満の子供です、ですけど ししょーから受け取ったこの魔術自体は 本物の!最高の! 魔術なんです!」

「ぐっ!?ぐぉっっ!?嘘だろ!?俺 こんなチビに負け…ッ!?」

風は その拳を包み込み、如何なる力も如何なる悪足掻きも受け付けず力の方向を捻じ曲げる、この魔術は孤独の魔女レグルスがエリスに与えたものなのだ 、この風はの魔女起こす風なのだ 、如何にそれで飛ばした物は防げても、この風そのものには決して 抗えない!


山猩々の力と硬さと重さに 風と速度が加わった、山猩々自身が出し得る最高の力を尚超えた最強の一撃、何十人も殺し 幾多の罪を重ねたその拳が今 山猩々自身に向けられ 裁きを齎す

「ぐっっっ!?ぐぉぉおぉぉぉっっっ!?!?

弾き飛ばす殴り飛ばす、その拳は山猩々の顔にめり込み鮮血を舞い散らせながらも止まらない、遥か後方へ自らの拳に押し飛ばされ続け 壁を突き破り 更に向こうの壁を突き破り、この地下牢に 巨大な一直線の穴をぶち上げながら 螺旋状に錐揉みながら 、一番端の岩盤にめり込み その動きを止め崩れてきた瓦礫に飲まれていく

「……っ、はぁ もう動いてこないですよね」

随分遠くまで飛んだか 、うん ここからみても動く気配はない…、岩は受け止められても 己の鋼の如き拳には耐えられまいと踏んだが、どうやら上手くいったようだ


ああ、体力も魔力も気力も もう大さじ一杯分しか残ってない…身体中がいたい 許されるなら、ここで倒れ伏して休みたい…けど

「え エリス…あのおおきな怪物…」

不安そうに呟いたのはメリディアか或いはクライヴか、分かんないけど 誰かが心配してくれてるのが聞こえる、不安にさせちゃいけない エリスは倒れちゃいけない、責任は 最後まで果たさなきゃ

「うん、勝ったよ」

口元の血を指で拭いながら、出来る限り 努めて笑顔で誇る 安心しろ 勝ったぞと…まぁボロボロのフラフラですけれど、でも立ってるからエリスの勝ちだ

「ッ!エリス!だいじょうぶなの!?血がいっぱい」

「あんなおおきな奴たおしちまうなんて…すごいぞエリス!」

「だ だいじょうぶ!?だいじょうぶ!?」

みんな フラフラよたよた歩くエリスの体を支えてくれる、メリディアは自分の服がよごれようか御構い無しに介抱してくれるし、クライヴは凄い凄いと褒めてくれる…ケビンとアリナはエリスが戦ってる間ずっと泣いてたのか 目が真っ赤だ、他のみんなもそうだ 口々に褒めたり心配したり お祭り騒ぎだ 

あ、いや…ルーカスだけちょっと離れた所で見てる、ルーカスは確か 少し目立ちたがり気質なところがある子だった筈…、いや凄い目だ 眉間にしわ寄ってる…なんなんだろう、なんであんな目で見られなきゃならないんだろう




「…あはは、みんな…まだ終わりじゃないです、ここから階段を登れば 盗賊は地下以上に沢山います、ここからは走り通しです…なので一旦ここで休みましょう」

そうだ、山猩々は強敵だったが 彼は飽くまで構成員の一人だろう、エリス達の目的は脱出…あと個人的な目的としてあの偽魔女の撃破が残ってる、偽魔女撃破には 一応策みたいなのはいある…けど、みんなを逃がせるかどうか それはみんなの体力にかかってる


「や 休んでだいじょうぶ?、、こうしてる間にも上からほかの盗賊がおりてくるんじゃ…」

そう不安そうに口にするのはメリディア、その不安は最もだ ここまで急げ急げとエリスが急かしていたわけだし、そう思うだろうが …うん、エリスは山猩々が階段を塞いでいたのを見て それはないと考えを改めた、きっと いやしばらくは盗賊はこの地下に降りてこない…


そもそもだ、よく考えてみれば 盗賊達は態々みんなで地下に降りてきて、どこだどこだと一生懸命子供達を探す必要なんかないんだ、だって どうせ地下と地上を繋ぐ道はこの階段しかない、この階段の上で待ち伏せしてれば エリス達は外に出られないんだから

思えば 地下にいた盗賊の数も少なかった…だってエリスが倒したのは精々5~6人 、盗賊団のアジトにしては少な過ぎる。多分これは元々地下にいた奴だけだろう、残りは全て 階段の周りに配備されてると考えていい



…だからエリス達はその包囲を突破する必要がある、これは山猩々単体よりも恐ろしい…単純な数の暴力 、消耗しきったエリスでどこまで凌げるか…

でもやるしかない、せっかくここまで来たんだから

「大丈夫です、もし降りてきてもエリスが倒しますから、それまで少し休みましょう」

そう言いながらその場に座り込む、ぐちゃぐちゃに砕かれた地面は座り心地は非常に悪いが、しのご言ってられない 今は少しでも、体力と魔力を回復させよう

エリスが座り込むと、みんなも渋々と言った様子で座り込む…みんな的にはこの勢いのまま脱出したいのだろうが、大人と子供では体力に差がある ならせめて少しでも差を埋める為に 休憩は必須だ


さて…どうやって外でようかなぁ…、今までししょーの家で読んだ本をもう一度思い返す、確かこういう脱出モノの本も数冊あったなぁ、何か使える知識 あったかな







………………………………………………


きっとみんな エリスという人物を測りかねていたのだとメリディアは思う



村で子供達だけで遊んでいる時、いきなり現れた盗賊達…泣いても叫んでも誰も助けてくれず、恐怖で体が動かなくなったのを今でも覚えている

怖かった 体が震えて声も出なかった、ケビンもクライヴもルーカスも小さなアリナも関係なく縄で縛られ捕まっていく様を見て …深く 深く絶望した

きっとみんなそうだったはずだ、己の身に起こるであろう悲劇に身を震わせて涙を流して、それでも 抵抗しようとする気はかけらも起きずに ただただ誰かが助けてくれるのを、待っていた


エリス 彼女一人を除いて


エリスはあたし達が捕まっているのを見て、急いで物陰から出てきて…大人しく捕まった、今にして思えば自分だけなら逃げられたのに 、あたし達を助ける為に態と捕まったんだろう


縄で縛られても盗賊達に脅されても牢屋に叩き込みれても、エリスは泣き声一つあげずに その瞳からは一抹の絶望すら感じなかった、というより こういう状況において 誰かの助けなど望めないのを経験的に知っているかのような目だった

ただただ大人しく、そして賢く 冷静に周囲を観察し考え続け、みんなを助ける為に堪え続けチャンスを待ち、そしてついに知恵と力を持ち 牢屋を破壊し見事あたし達を牢屋から解放してみせた…


…ただ申し訳ないけれど、この時あたしはエリスの事が怖く感じていた、多分みんなもそう 、だって 訳がわからないから

その力は何?なんでそんなに落ち着いてるの?、まるで昔からこんな地獄にいたかのように落ち着き払い行動するエリスを見て、とてもじゃないが同年代の子とは思えず不気味なものを見るような目で見てたと思う

壁を作り 距離を置き、助けられる人間の態度ではなかったと思う…きっとエリスもそう思っていただろうに、それでも文句も言わずに戦い続けてくれた…そして



山猩々を前に あたし達を助けると言い 見事打ち倒し、あたし達に笑いかける彼女を見て…打ちのめされたんだ、自分達はなんと小さかったのだろうと 恥じた


皆 憧れた、これこそきっとヒーローと言うのだと 、距離を取られながらも傷つきながらも守る為に戦うエリスはあの魔女なんかよりずっとカッコいい…彼女のようになりたいと心から熱望してしまった、もうメリディアはエリスをライバルとは思わない クライヴも下に見ない ケビンもアリナも…みんなみんな彼女に憧れた

きっと、メリディア達ではエリスと友達になれない、真に彼女を理解できないし対等にもなれないから、だとしても…

焦がれてしまったものは仕方ない、エリスと言う少女の姿に 惚れ込んでしまったのだから、理解出来なくとも対等になれなくとも、あたし達はみんなエリスを信じるよ エリスについていくよ…それがあたし達に出来る唯一の事だからと エリスを抱きしめる、尊敬の念の共に



エリスはあたし達のヒーローだ


そう…思ったのだ、みんな そう、その場にいるみんな…ルーカス以外のみんなは



ルーカスは、目立ちたがりの少年だ、誰かより目立ち 誰かと優劣をつけたがる、典型的な子供だ、自分はケビンよりも力が強いと思っている クライヴよりも頭がいいと思ってる メリディアよりも生きるのが上手いと思っている、あいつよりは背が高い あいつよりは顔がいい  あいつよりはあいつよりは、草の根分けて相手の弱いところを探し、相手より上に立った気になる

誰だって他人より上に立ち悦に浸る事くらいはするだろうが、その自尊心は 子供らしからぬ物と言えるだろう


現に 命を助けられ 目の前で盗賊を倒し助けてもらっても、ルーカスは 心から感謝出来なかった…


思うのは一つ 、自分だってああいうすごい力があれば、あのくらいは出来た と

エリスは 偶々巡り合わせで魔術が使えただけ、きっと僕も使えていたならば 、あの子供達の中心で褒め称えられていたのは、僕だったはずだろう

力があれば 、ヒーローになれたのは僕だったはず、そう思い、感謝を忘れエリスを見る 見つめる、最初はなんと生意気で生きるのが下手な奴だと見下していたが、今はただただ…羨ましい

みんなの尊敬を集めチヤホヤされる彼女が…羨ましくて狂おしいくらい悔しい


ルーカスはただ嫉妬する、だが彼は賢い 立ち回り生きるのが上手い、その点は本物の才能といえよう、故に今は蓋をする…この場において自分に出来ることはない、だが最終的に 自分がエリスの 上に立ち、僕こそがエリス以上のヒーローになるんだ





……………………………………………………………………


結局何にも浮かばなかった、脱出モノの小説とか史実とか色々な本を読んだけれど、なんっだったか スプーンで穴を掘って牢屋の外に出るとか、数年がかりのモノばかりだった…時間がかかるものばかりだった

というか、この地下で穴を開けて外に出たら 崩落を起こしてエリス達は上に存在する砦の瓦礫の下敷きになってしまうだろうし

エリス一人…そしてエリス自身が万全だったならば、もしかしたらそんな手を取っても問題はないのだろうけれど…今は

「だいじょうぶ?エリスちゃん」

メリディアとクライヴ ケビンアリナ…あとなんか睨んでくるけどルーカスもいる、みんなの事はちゃんと守らないと

それに、もしかしたら他の部屋に まだ捕まってる子供達もいるかもしれないし…結局助けられそうにない、人数が増えれば増えるほど脱出は難しくなる 今は…ここにいる子達だけでも外に出すことを考えないと

「大丈夫です、そろそろ行きますか…」

そう言いながら立ち上がり、お尻の土を払い息を整える…体力はまぁまぁ戻ったが、魔力は全然戻らなかった、火雷招撃っても空にはならないくらいの魔力にはなれたが…

魔力を回復させるにはこうやって大人しくしてるだけじゃダメなのかもしれない、何か 別の方法がいるのかもしれないが、エリスは今 それを知らない 今 考えても仕方ない…行くか

「う…うん」

「うん、いこう!」

エリスに続いて、皆も立ち上がる…ここに来てグズる者はいない、みんな 覚悟を決めてくれたようだ、みんなが覚悟したんだ エリスも覚悟しよう…決死を


そう胸に秘めながら階段を歩く、鼓動が跳ね上がる 疲れてもないのに息が荒くなる、手が震え足が震える 恐怖ではない…ここ大一番への緊張だ


階段を歩き地上に向かって歩くこと1分か2分 地下だからかエリス達の足音は大きく反響し、響く…これは地上に聞こえていると見て間違いないだろう、それでも仕掛けてこないという事は やはり…………





「クフフフ…やはり 貴様であったか 、あの田舎魔術師の弟子が牢屋を破壊する程の魔術を使うとは想定外だったが…、山猩々をなんとかして上に上がってきたということは やはりそうなのだろう」

階段を登り切り 地上へ出れば、砦内を埋めつくさんばかりの盗賊の大群を率いる、偽物の姿があった、やはり待ち伏せ それもかなり綿密に編み込まれており 、小さな子供一人 通る余裕はない

「……偽物!」

「いきなり顔を付き合わせて偽物扱いとは失敬な奴、残念ながらこの我こそが魔女レグルスなのだよ」

エリスは警戒する、この偽物は嫌いだが多分判断力や統率力は侮れないものがある、恐らくこの包囲網を敷いたのは偽物だ…、轟音を聞いた瞬間盗賊達に号令を発した かなりの統率力だ

「今牢屋に戻れば、何 痛い目には合わせん…ただそこな金髪のガキの舌一つ 切り落とすだけで済ませてやろう、抵抗するならば…治癒魔術で治しながら5回ほど殺す、激痛と生々しい死の感触を味あわせる」

「………………」

偽物の言葉に答える者はいない、皆 エリスを信じてくれているようだ…なら

「エリスは みんなを外に出します、牢屋には もう弱い奴隷には戻りはしません!」

「戻りませんって…この状況が分からぬか?ここを囲む盗賊 数は約四十…それだけではない、貴様らを別の場所に輸送する為先刻別のアジトから150の団員全員を呼び寄せた、ここに到着するのも時間の問題 中にも外にも逃げ場はない」

魔女の言葉に反応し盗賊達も歩を一歩進め、包囲が一段狭くなる…だが関係ない、ハナからこの盗賊の間を縫って逃げるつもりはない 、蹴散らすつもりだから

「ないんだよ!勝ち目は!、頑張り足掻けば勝てるような試合じゃないんだよこれは、世の不条理を煮詰めた現実 それがこれだよ!希望なんか!あるわけないだろう!」

「……、いいえ、ないなら作ります 逃げ場も勝ち目も…奇跡も!」

編み込む、体に残された僅かな魔力を刮ぎ出す 大事に大事に取っておいた最後の火雷招を撃つ為に、今までにない程に魔力が沸き立つ 、頑張れエリス やってやれエリス ここで踏ん張るだ そう自身を自身で拳指を立て舌を回す

「焔を纏い 迸れ俊雷 …っ!」

「…ん?その詠唱」

刹那 真っ赤な電雷が周囲を舐める、牢屋を破壊した時は咄嗟だったが、今回は違う 入念に魔力を用意し 丁寧に丁寧に魔術を編む


「我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎」

「その詠唱 まさか、いや だとしてもなんで なんでお前のような子供が…」

次いで溢れるのは突き刺すような炎熱、燃え上がり鳴り響く都度その影響力を強め…エリスの手元に凝縮させる、ここまで集中してもあの時ししょーが出したものの足元にも及ばない、けど…十分だ

大地が揺れる 炎が雷が周囲を焼き尽くす、まるで神威の如きその魔力の嵐に盗賊達はどよめく、こんな子供が 出していい力ではない…これではまるで

「なぜお前ような子供が!?魔女の法を扱えるんだ!?」

「…ッ!『火雷招』ッッッ!」


反転、魔女に背を向け、あらぬ方向に指を向ける 先にあるのは壁…盗賊達が唯一包囲していない場所、態々壁を塞ぐ奴はいない…が、エリスにかかればこの分厚い壁も 出口となる


詠唱を終えた瞬間、暴れ狂っていた炎雷は指向性を持ち 壁を穿ち抜く、堅牢な石の壁は 物の見事に融解し赤熱しドロドロと大穴を開け なお止まらず、一直線に炎の道を作り上げる

穴だ、大穴だ…牢屋に開けた孔のそれよりもなお大きな風穴を明け、役目を終えた炎雷は消滅する…っはぁ これで出来た 出口が

「あ…あ?、なんだそれは…」

「嘘だろ…俺たちの砦って確か…」

「ああ、昔の戦争に 実際使われた砦…魔術だって跳ね返す堅牢な作りの…筈なのに!?」

盗賊達は脱力しながら口々に呟く、この砦はかつて戦争に用いられたものだという、幾多の砲弾を受けて尚魔術を浴びせかけられても尚、崩れなかった堅牢極まる砦が…子供の撃った魔術で…

「外まで…穴をぶち開けられてやがる…」

考えもしなかった、大人でも穴ひとつ開けるのに半日は要するであろう厚壁を一撃で融解貫通させ出口を作るなんてそんな…、自分達が包囲してるのは 無力な子供ではなかったのか!?これではまるで話が違うと戦慄する

「みんな!走って!!」

「う!うん!」

「はしれはしれぇーっ!」


「あ!ガキ共がっ!?」

叫び、合図を出す…階段を登る際 一応話は通しておいた、エリスが出口を作るから そこ目掛けひたすら走れと 何も気にせず振り返らず、ひたすら走れと…

皆それをきちんと覚えていたようで、紅く燃ゆる出口目掛け走り出す子供達、全霊全力で腕を振るい走り抜ける ここが勝負だと言わんばかりに、皆が皆死に物狂いで走る ここで捕まれば一巻の終わりだ…あとはみんなの体力にかかっている、森を抜ければ きっと誰かに見つけてもらえる、  砦の外にいる人間にこの場所を教えることさえ 出来ればいいんだ…それみんなの役目だ…

エリスには その仕事はできない 何故なら…


「追うな!」

「え…でも」

突如偽レグルスの怒号が響く、出口目掛けて一目散に逃げ去る子供達を追おうとする部下達を、叫び怒鳴りつけ 止める

一体なぜだ と反論するものはいない、何せ偽レグルス…彼女の顔が 未だ嘗てないほど、激怒に塗れていたからだ

「この砦は森に囲われておる…忘れたか、どうせ子供だけでは踏破できん 後でゆっくり終えばよかろう、どの道 ここから村までかなり距離があるのだからな…それよりも、先に痛めつけて分からせなければならぬ奴がいるようだ…」

偽レグルスは見下ろす、ここまでバカにされたのは ここまで敵意を持って睨みつけられた事は初めてだ…しかも、それが こんな小さなガキ一人にっ!

「ガキ…貴様、我と戦うつもりか?」

自らが開けた出口の前で仁王立ちし、逃げる事なく魔女を 盗賊を睨みつけるエリス、最初からこうするつもりだった どうせこのまま走るだけ走っても、捕まる確率の方が多い、だから誰かがここに残り 足を止めておく必要がある

ならそれはエリスの役目だ、だってまだやり残したことがあるから
 
「エリスは…師の名誉と誇りをかけて…お前を倒します、偽物」

「倒す?…お前が?クヒヒヒヒヒ!」

言いつけ通り振り返ることなく 一心不乱に駆ける子供達を背に、歩み出す 杖を構えゲタゲタと笑う偽物の魔女と エリスを囲む盗賊に向けて 

魔力も体力もいい加減 底をつきかけているが、ようやく子供達を逃す という第一目標を達成できたんだ、後は エリス本来の目的

このいけ好かない魔女をぶっ飛ばすだけだ!
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