91 / 99
第十三章 ひとりぼっちの温泉旅行
05
しおりを挟む
「……沖田総一朗……」
部屋で横になってくつろいではいたが女将の言った名前が気になり、頭の中まではくつろげていなかった。
「どっかで聞いたような気がするけど、全く関係ないとこで聞いたのだろうか、漫画とか……?」
痒い所に手が届きそうで届かない様なもどかしさを感じながら天井を眺めていた。
何かを見たり読んだりする時は集中できるのに頭を使って集中するとつい余計な事が思い浮かんでくるものだ。
折角の無料招待でくつろぎ、温泉と料理まで頂いているのに心が晴れずにいた。明日からもずっとこんなのんびりした生活が待っているというのにだ。
イヤイヤ、それってニートじゃん。忘れはいけないし気持ちの切り替えをしなければならないのだが、まだ傷心は癒えてなく現実逃避をしたい気分だった。当然連結して思い出されるのが詩織さんの涙……。
全くの無縁と思っていた人との距離が急加速で近づいてあと一歩で手が届く権利を得たと思った矢先の出来事。こんなことなら最初から無縁であった方が幾らか気が楽なものだと後の祭り的に思う。これが人生というものなのだろうが、やはり辛いものは辛く大人になっていくと言う事は、傷心に耐性ができるのではなく無関心になっていくのではないかとさえ思ってしまう。
何度傷付いても愛しい人を手に入れるより、傷付きたくないから愛しい人を諦める。だったら最初から愛しい人を作らなければ良いのではと間違った認識が正しいと判断してしまう。
理性もあり、子孫を残すという性欲的本能さえも無関心に落とし入れる。それほど失恋という傷は、人そのものを生きたまま破壊する可能性があるということだ。
「俺は破壊されたのか……? もしくは自ら破壊を招いたのだろうか……」
怒りの感情に任せて招いた結果、仕事も恋も同時に失ってしまう。タイミング的な問題で雪実も……。
天井を見ていた俺は目を閉じた。
仕事は他を探してやり直せばいい。
詩織さんのことは一生の想い出として心の奥に閉まっておけばいつか時間が緩和してくれるかもしれない……。その寂しさを雪実で紛らわそうとする自己嫌悪に呆れ果てる。ただ、その感情も雪実が去ってしまったから思うことなのだろうか。
人は失ってから大切さを感じる傾向にある。
俺も例に漏れないということか……。
※
───朝、部屋の露天風呂で朝靄の中、陽はまた昇るという当たり前のことを有り難く思っていた。
当たり前でなくなった時、それはこの世が終わる時であろう。
仕事と恋を同時に無くし、世界で一番不幸とか思ってしまいがちだが、客観的に見るとこの世の中は随分平和なんだと思うだろう。
本当の不幸は当たり前の陽が昇らないことのように、終焉を迎えることだ。まだ陽が昇るのなら新しい仕事を見つけ新しい人生を進んでいく。
美味しい物を食べて気持ち良いお風呂で嫌な事を洗い流す。
ポジティブな思考は良い運気を運んで来ると信じて。
嫌な事はなるべく考えないようにして湯船に酔いしれる。
静かな時間を過ごしていると微かにかけ声が耳に障る。眼下に広がる木々の間を何やら行列が進んでいるのか。およそあやかしであろうと想像がつく。昨夜から多く現れているあやかしの数からして間違いないだろうが、やけに多いのは気になる所だ。このかけ声も近くにくるようなら退治しなければならないが今は湯船の快楽を最優先する。
朝食後は散歩ついでにあやかし退治をと思い、着替えてから食堂に向かった。
食堂には女将とトメさんが厨房で準備をしていた。客は俺だけでしかも無料招待だと思うと少々気兼ねしてしまうが。
「たのもう!」
適当な、と言いつつ昨夜と同じ席に座ると玄関口から大きな声が聞こえてきた。わりかし玄関口から距離のあるここまで聞こえるとはかなり大きな声だとわかる。
女将がせわしなく玄関口へ消えていった。
「ご苦労様です」
「お客さんは気兼ねしないでいいよ」
手持ちぶさたでカウンターに寄りトメさんに声をかける。手を止めずこちらも見ないで返事をしてきた。
「毎日同じ事をしてきたのに、止めるのは寂しいものだね」
働く事が億劫ではなく生きる為。この世代の人から学ぶ事の一つである。
「───どうでもいい!」
玄関口からあまり芳しくない台詞が聞こえてきたので足を向けた。
お客様は神様と商売してる人は思うかもしれないが、それを振りかざして好き勝手して良い事ではない。女将がそんなお客には慣れているとしても閑散とした旅館にトメさんと二人では幾らか心細いのではないかと勝手に解釈し、微力ながら男手を貸そうという気になる。
ひょっとしたらとは思っていたか、玄関口に着くと何やら大勢の者が騒がしくして女将を困り顔にさせていた。どいつもこいつも愚かな妖気を放出しながら。
※
部屋で横になってくつろいではいたが女将の言った名前が気になり、頭の中まではくつろげていなかった。
「どっかで聞いたような気がするけど、全く関係ないとこで聞いたのだろうか、漫画とか……?」
痒い所に手が届きそうで届かない様なもどかしさを感じながら天井を眺めていた。
何かを見たり読んだりする時は集中できるのに頭を使って集中するとつい余計な事が思い浮かんでくるものだ。
折角の無料招待でくつろぎ、温泉と料理まで頂いているのに心が晴れずにいた。明日からもずっとこんなのんびりした生活が待っているというのにだ。
イヤイヤ、それってニートじゃん。忘れはいけないし気持ちの切り替えをしなければならないのだが、まだ傷心は癒えてなく現実逃避をしたい気分だった。当然連結して思い出されるのが詩織さんの涙……。
全くの無縁と思っていた人との距離が急加速で近づいてあと一歩で手が届く権利を得たと思った矢先の出来事。こんなことなら最初から無縁であった方が幾らか気が楽なものだと後の祭り的に思う。これが人生というものなのだろうが、やはり辛いものは辛く大人になっていくと言う事は、傷心に耐性ができるのではなく無関心になっていくのではないかとさえ思ってしまう。
何度傷付いても愛しい人を手に入れるより、傷付きたくないから愛しい人を諦める。だったら最初から愛しい人を作らなければ良いのではと間違った認識が正しいと判断してしまう。
理性もあり、子孫を残すという性欲的本能さえも無関心に落とし入れる。それほど失恋という傷は、人そのものを生きたまま破壊する可能性があるということだ。
「俺は破壊されたのか……? もしくは自ら破壊を招いたのだろうか……」
怒りの感情に任せて招いた結果、仕事も恋も同時に失ってしまう。タイミング的な問題で雪実も……。
天井を見ていた俺は目を閉じた。
仕事は他を探してやり直せばいい。
詩織さんのことは一生の想い出として心の奥に閉まっておけばいつか時間が緩和してくれるかもしれない……。その寂しさを雪実で紛らわそうとする自己嫌悪に呆れ果てる。ただ、その感情も雪実が去ってしまったから思うことなのだろうか。
人は失ってから大切さを感じる傾向にある。
俺も例に漏れないということか……。
※
───朝、部屋の露天風呂で朝靄の中、陽はまた昇るという当たり前のことを有り難く思っていた。
当たり前でなくなった時、それはこの世が終わる時であろう。
仕事と恋を同時に無くし、世界で一番不幸とか思ってしまいがちだが、客観的に見るとこの世の中は随分平和なんだと思うだろう。
本当の不幸は当たり前の陽が昇らないことのように、終焉を迎えることだ。まだ陽が昇るのなら新しい仕事を見つけ新しい人生を進んでいく。
美味しい物を食べて気持ち良いお風呂で嫌な事を洗い流す。
ポジティブな思考は良い運気を運んで来ると信じて。
嫌な事はなるべく考えないようにして湯船に酔いしれる。
静かな時間を過ごしていると微かにかけ声が耳に障る。眼下に広がる木々の間を何やら行列が進んでいるのか。およそあやかしであろうと想像がつく。昨夜から多く現れているあやかしの数からして間違いないだろうが、やけに多いのは気になる所だ。このかけ声も近くにくるようなら退治しなければならないが今は湯船の快楽を最優先する。
朝食後は散歩ついでにあやかし退治をと思い、着替えてから食堂に向かった。
食堂には女将とトメさんが厨房で準備をしていた。客は俺だけでしかも無料招待だと思うと少々気兼ねしてしまうが。
「たのもう!」
適当な、と言いつつ昨夜と同じ席に座ると玄関口から大きな声が聞こえてきた。わりかし玄関口から距離のあるここまで聞こえるとはかなり大きな声だとわかる。
女将がせわしなく玄関口へ消えていった。
「ご苦労様です」
「お客さんは気兼ねしないでいいよ」
手持ちぶさたでカウンターに寄りトメさんに声をかける。手を止めずこちらも見ないで返事をしてきた。
「毎日同じ事をしてきたのに、止めるのは寂しいものだね」
働く事が億劫ではなく生きる為。この世代の人から学ぶ事の一つである。
「───どうでもいい!」
玄関口からあまり芳しくない台詞が聞こえてきたので足を向けた。
お客様は神様と商売してる人は思うかもしれないが、それを振りかざして好き勝手して良い事ではない。女将がそんなお客には慣れているとしても閑散とした旅館にトメさんと二人では幾らか心細いのではないかと勝手に解釈し、微力ながら男手を貸そうという気になる。
ひょっとしたらとは思っていたか、玄関口に着くと何やら大勢の者が騒がしくして女将を困り顔にさせていた。どいつもこいつも愚かな妖気を放出しながら。
※
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ
トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!?
自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。
果たして雅は独りで生きていけるのか!?
実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています
遥か彼方の天気と夢
三日月
キャラ文芸
夢が叶った時、人は次に何を見るのだろう。
僕らが住む町、山央町(さんおうちょう)にはふたつの特徴がある。
一つは町の中央に山があること。
もう一つは天候が変わりやすいことだ。
この町で出会った僕達は、夢を見て、それを追いかける。その先に何があるのかも、見つけ出そうと。
そして、僕達は一人一人の夢の先に待っていたものを見る──。
ブルーナイトディスティニー
竹井ゴールド
キャラ文芸
高2の春休み、露図柚子太は部活帰りに日暮れの下校路を歩いていると、青色のフィルターが掛かった無人の世界に迷い込む。
そして変なロボに追われる中、空から降りてきた女戦闘員に助けられ、ナノマシンを体内に注入されて未来の代理戦争に巻き込まれるのだった。
大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている
山いい奈
キャラ文芸
男尊女卑な板長の料亭に勤める亜沙。数年下積みを長くがんばっていたが、ようやくお父さんが経営する小料理屋「とりかい」に入ることが許された。
そんなとき、亜沙は神社で豆腐小僧と出会う。
この豆腐小僧、亜沙のお父さんに恩があり、ずっと探していたというのだ。
亜沙たちは豆腐小僧を「ふうと」と名付け、「とりかい」で使うお豆腐を作ってもらうことになった。
そして亜沙とふうとが「とりかい」に入ると、あやかし絡みのトラブルが巻き起こるのだった。
天満堂へようこそ 3
浅井 ことは
キャラ文芸
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚
寂れた商店街から、住宅街のビルへと発展を遂げた天満堂。
相変わらずの賑やかな薬屋には問題が勃発していたが、やっと落ち着きを取り戻し始めた天満道で働く者達に新たなる試練が?
※どんなお薬でも作ります。
※材料高価買取。
※お支払いは日本円でお願い致します。
※その他応相談。
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚
Dreamen
くり
キャラ文芸
父親の仕事の都合で世界中を回っている岩倉ノアとその姉妹は、日本である兄妹と親しくなる。彼らは夢の中に潜ることの出来る"夢視師"という者達だった――。〈第一部完結〉〈第二部連載中〉
☆
イラスト・キャラ原案:みみる
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる