赱馬燈

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 ……いつの間にやら暮夜でしたか。それほど長くお話しいたしましたかしら。不意の暗転でしたので見通しがよろしくないのですけれど、微かに光が射してございます。
 暗闇に慣れてまいりますと、周囲には沢山の大きな袋が山の様相を呈してございました。先程までおりました伽藍堂のお部屋とは打って変わりまして、こちらは生活感が溢れていらっしゃいます。壁は趣がございまして、煉瓦に近い手触りに存じます。

 扉を開けて退室いたしますと、石畳の廊下には白熱電球とも瓦斯灯とも異なります淡い明かりが灯ってございます。正面と右手には壁がございまして、廊下の突き当たりとお見受けいたします。
 差し当たりましては進むべき方向が定まりましたので左手へと向かいましたところ、石畳の先に見えます階段を何方様かが下りていらっしゃいました。当然ながらわたくしは姿も足音も忍ばせてはおりません。こちらに何者かがおりますことは明白ですので、階段にいらっしゃるお方様はわたくしをお見咎めあそばしました。

「神殿の備蓄を狙うとは豪胆な盗人ですね。神罰が下りますよ?」
「あら。この建物は神殿でございますか。ご無礼いたしました。物取りの類ではございませんけれど、気がつきましたらこちらへおりましたので迷い込みましたことはお詫び申し上げます。申し訳ございません」
「そうですか。それはお困りでしょう」
「はい。たいそう難儀いたしております」
「うら若いお嬢さんがこんな夜更けに迷子ですか。そんな世迷い言が通用するとでも思っているのですか?」
「難しいとは存じますけれど、罷り通りますことを願うばかりでございます」
「話す気は無いと?」
「神様のお導きと存じます」
「よりによって神官に神の導きを騙りますか。いいでしょう。そこまで言うのなら口車に乗って差し上げますよ。続きは応接室で聞きますのでどうぞお先に上がってください」
「まあ。ご案内あそばしてはくださらないのでしょうか」
「別れ道で都度伝えた方が迷わないでしょう。まずは地上に上がってください」

 神様からは別の世界と伺いましたけれど、戦力外の婦女子を先んじて進めますことで安全を確認あそばす非人道的な風習はこちらにもございましたか。この場に留まる理由が存じ寄りませんので否やはございませんけれど、神職のお方様の対応といたしましては如何なものかと存じます。
 階段を上がりますと、上階には強い暖気が立ち籠めてございました。神仏の教えの多くは清貧を尊ぶものと存じておりましたけれど、こちらの神殿は冬の最中に惜しげもなく暖房をお利かせあそばすほどに潤沢な資金をお持ちのご様子です。冬の装いでは汗ばむほどの暖かさですこと。



「神の導きで来訪されたというのは貴女ですか?」
「左様でございます」

 応接室でお待ちしておりますと、立襟の祭服をお召しになったおじいさまがいらっしゃいました。先程のお方様よりもお召し物がご立派ですので管理職のお偉方様とお見受けいたします。
 改めて現状を申し伝えましたけれど、おじいさまはわたくしに鋭いご視線をお向けあそばしまして明らかに訝しんでいらっしゃるご様子です。

「本当に着の身着のままなのですね。身なりはまともですし、上質な品のように見えます。健康状態は悪くなく、食うに困ってということではなさそうですね。風呂敷も持たずに身ひとつで盗みに入るのは不自然ですし、諜報員にしては迂闊すぎます。本当に貴女は何者なのですか? もう一度だけ訊きますが、異なる世界から神に導かれて来たという主張を曲げる気は無いのですか?」
「わたくしは木綿と申します。神様のお導きにより別の世界から罷り越しましたので家はございません。幾度お訊ねあそばしましても返答は同じでございます」
「……そうですか。神殿に伝わる創世神話には、確かに異なる世界の存在が語られている一節があります。ですが陰暦2500年の今日に至るまで、この世界に異邦人が来訪したことは一度としてありません。異なる世界が実在するなどと聞かされても俄には信じ難いのです。人買いから逃れてきたとでも言われた方が遙かに説得力がありますよ」

 仰る通りでございます。神様が事前にお話を通してくださるかと存じましたけれど、わたくしはあの場から直接こちらへ罷り越すことと相成りました。俄には信じ難いことと存じます。
 あの場で神様から伺いましたことは多くはございません。でき得る限りの説明はいたしましたけれど、たいそう難儀いたしました。



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