聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第三章

52.グロスモント王都へ1

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薬局のドアを開けると、クロヴィスとジェラルドはすでに準備を整えていた。フブキに監視されつつも、緊張した素振りを見せない。
二人とも私の姿を見るなり、ほっとした雰囲気で近づいてきた。


「準備は整ったかい?」
「陛下の治療が始まれば、しばらくはここに戻れないだろう。なるべく便宜を図るつもりだが、何しろ先日まで戦争していたせいで物資が足りないのだ。忘れ物はないようにしておけ」
「心配してくれてありがとう。全部持ったわ」


 まるで大事なイベント前に注意してくれるNPCのようなセリフに笑いを堪えつつ、私はパンパンに膨れ上がった鞄を二人に見せた。
 何しろ作り置きしていた丸薬を全て持ってきたのだ。なかなかの大荷物である。


「……物資が足りないと言った手前だが、服くらいこちらで用意できる。少し荷物を軽くしたらどうだ」
「あ、着換え……」


 気まずそうに眉を顰めるジェラルドに指摘されて、ハッと思い出す。治療のことばかり考えて、すっかり頭から抜けていた。


(どうしよう、今から取りに行くって言えないし……)


 先ほど気軽に王城から抜けられないと言われたばかりだ。買い出しに行くのは難しいだろうし、そんなにお金も持っていない。
 あからさまにうろたえる私に大体のことを察したのか、ジェラルドが信じられない物を見るような目をこちらに向けた。


「まさか、服を忘れたのか?」
「あ、あはは……そうみたいで……ははは」
「……その荷物、薬と仕事道具しか入っていないと言わないだろうな」


 探るような目線を前に、素直にそうですと言いずらい。騎士だからか、ジェラルドに無言で見つめられるのはなかなかに圧がある。
 曖昧に目を泳がせていると、やがて大きなため息が頭上から降ってきた。時間のロス、面倒だと思われたくなくて、慌てて言い募る。


「で、でも!洗浄の魔法もあるから、今着てるやつで十分だよ!もともとそんなに服持ってないし!」
「えっ。コハクちゃん、着替え持ってきてないの?」
「お前もその場にいたんだから、それくらい分かるだろう」
「女の子の準備をジッと見るわけないでしょ。何、騎士はそんな気遣いもできないわけ」
「で、できるに決まっているだろう!」


 ミハイルに煽られたからか、ジェラルドが顔を真っ赤にして抗議する。しかし正論に対する返答が思い浮かばなかったようで、難しい顔で黙り込んでしまった。
 そんなやりとりをしていれば、今度はクロヴィスからため息が飛び出す。


「ジェラルド、そうミハイル殿に食って掛からないでくれ。着替えくらい、こっちで用意するよ」
「そんな!治療に関係ないことで迷惑をかけられないわ」


 王城で用意された服なんて、高いに決まっている。あとで支払いを求められても困ると思って全力で断れば、呆れた視線をクロヴィスに向けられた。


「服くらいで迷惑するほど、うちは落ちぶれていないよ。それに、殿歩かせるわけにはいかないからね」
「それは……」


 失敗した洗浄魔法のことを言っているのだろう。
 こちらも王子様ご一行の服をあんな状態にしてしまった手前、強く出ることはできない。これ以上この話を続けるのは不毛だと察して、私は無理やり話題を変えた。


「わ、私の服は後で考えますので、それよりも治療ですよ! ワープが使えないなら、王城まで時間がかかりますよね?」


 急な話題変更にクロヴィスがわずかに眉を顰めるも、今はこんなことで時間を無駄にしている場合じゃないと考えたらしい。もう一度ため息を突くと、真剣な表情でこちらに視線を向けた。


「いや、まずは大きな町に移動して、王都まで移動するワープを使うつもりだよ。王都まで行けば、用意しているワープで王城に入れる」


 だとすれば、移動に最低でも一日は消費してしまうということだ。
 国王が倒れたのは不測の事態だろうし、クロヴィスなりにできる準備はしたのだろう。すぐに状況を把握できる電子機器がないから、王城にたどり着くまで状況も読めない。
 エダもいるし、最悪な事態にはならないと思うが……。


「そんな面倒な移動をしなくても、転移魔法を使えばいいでしょ」


 胸に広がる不安をかき消すように、ミハイルがいつもの調子でそう言った。心を落ち着かせてくれる柔らかい声に顔を上げれば、自信にあふれた笑みが返ってくる。


「王都の座標なら分かってるからね。ここにいる全員くらい、魔法で一気に転移できるよ」
「本当ですか!?」


 しかし喜びの声をあげる私とは逆に、クロヴィスたちの表情は険しいままだ。


「そんな馬鹿げた範囲の転移魔法、成功するとは思えないな」
「できるから言って得るんだけどねぇ」
「失敗すれば、陛下と殿下を同時に失う可能性がある。そんな危険な話には――」
「そんなに不満なら君だけ後からついて来れば。この作戦に、君は必要ないんだから」


 ジェラルドとミハイルの言葉はどちらも納得できるものだ。
 先日まで敵国のミハイルを信用できないジェラルドの気持ちも分かるし、ミハイルは治療の成功率を上げるためにも移動で時間を使いたくない。どちらかが折れなければならない状況に、クロヴィスが割って入る。


「コハクちゃん、君はミハイル殿を信じているかい?」


 急に話を振られて、肩を跳ねらせて驚いてしまう。
 まさか意見を求められるとは思わず、少しだけ言葉に詰まる。だけどクロヴィスの問いかけにはしっかりと頷く。


「もちろんよ」
「なら、私は契約した薬師の言葉を疑うわけにはいかないね。分かった」
「殿下!?」


 考えを察したジェラルドが呼び止めるも、クロヴィスは片手を上げてそれを制止する。
そしてまっすぐミハイルに目を向けると、握手を求めるようにその手を差し出した。


「王都まで頼めるかい、天才魔導士」


 驚いたようにクロヴィスの手を見つめるミハイルだが、一拍を置いてその手を取る。


「まかせてよ」
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