聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

文字の大きさ
上 下
58 / 60
第三章

51.ミハイルと下準備

しおりを挟む
 話がまとまったところで、私は急いでエダの屋敷に戻って準備をしたかった。
 誰でも入れるこの薬局には大事なものは置いていないのだ。


「待ってコハクちゃん。あいつらはどうするの?」


 足早に薬局から出ようとする私の肩に手を置いて、ミハイルは面倒そうな表情をクロヴィスたちに向けた。


「どうするって?」
「あの二人はお師匠さまのお屋敷に連れて行けないよ。ぼくたち三人一緒に戻ったら、ここで野放しになっちゃうけど」
「野放しって……一応エダさんの雇用先で王子様ですよ」


 遠慮のない物言いに、思わずクロヴィスたちに視線を向ける。
 幸い何か話し合っている二人は気づかなかったが、協力関係を結んだ手前露骨に警戒するのもよくないだろう。
 だけど、ミハイルの心配も最もだ。ここに見られて困るものは何もないが、万が一ということもある。
 一人は薬局に残してもいいだろう。


「フブキ、さりげなく二人を見張ることってできる?」
『それくらい造作もない』

 大変頼もしい二つ返事に思わず笑顔が浮かぶ。
 普通の魔獣は人間の会話を理解できる知性を持っていないらしいから、クロヴィスたちに変に警戒されることもないだろう。
 白いフェンリルが聖女の使い魔だと知っているのなら話は別だが、ミハイルいわくその情報は失われたに等しい。
 あの日、私を殺そうとしていた兵士たちもただの魔獣だと思っていたみたいだし……クロヴィスたちもフブキを気にしている様子はないから、きっと大丈夫だろう。


(エダさんの屋敷から持ち出していいものも、ミハイルさんにしか分からないしね)


 結界を張っているくらいなのだから、持ち出されたら困るものも多いだろう。
 恩人であるエダさんに迷惑をかけたくないから、慎重にならないといけない。


「私は一度戻って必要なものを用意してくるけど、二人ともここで待ってて。だいぶ回復したとはいえ、あんな怪我をした人に山登りはさせられないわ」
「うーん、こう見えて結構頑丈なんだけど」
「殿下、俺もコハクの意見に賛成です。お気持ちはよくわかりますが、ここは体力を温存した方がよいかと」


 一緒に来たそうなクロヴィスを止めたのは、意外にもジェラルドだった。
 困ったように太いまゆを下げているその表情はまるで大型犬のようで、いつもの凛とした力強い雰囲気もなりを潜めている。夢野乙姫と違って自然体でやっているからこそ、ものすごく断りにくいだろう。
 案の定、クロヴィスは仕方なさそうに肩をすくめると首を縦に振った。


「……そうだね。ここ数日分の仕事が王宮で待っているだろうし、ここで大人しくしてるよ」


。。。



 フブキを診察室に残して、私とミハイルと一緒にワープでエダの屋敷に戻った。
 ミハイルにも手伝ってもらって、ストックしていた丸薬を全部容器に詰めて鞄に入れる。
 黒い死は根絶しないと意味がないから、王様だけ直しても意味がない。寝具や王城、使用人が持っているウィルスを完全に消さなくいてはならないのだ。
 村でやったのと同じように、無敵時間の間で王宮にいるすべての人に丸薬を飲ませてから王宮全体に浄化魔法をかけたいところだけど……時間との闘いだろう。


(村人とは信頼関係があったし、そもそも人数が少なくて指示が通りやすかった。でも王宮にいる人たちはみんな貴族で、私の話を素直に聞き入れてくれるかどうか……)


 悪いことを考え始めそうな頭を振って気持ちを切り替え、私は下準備を終えていた丸薬に魔法をかけて追加で何個か作る。
 ネガティブなことを考えるよりも、自分にできる下準備をしっかり整えよう。


「コハクちゃん、下準備してない薬草も持ってくの?」
「はい、なるべくストックあった方がいいかなって」
「完成品だけでも数百はあるし、ぼくは十分だと思うなあ」


 そう言ったミハイルは、難しい顔で私の手元を見ている。
 処理できてない薬草は持って行って欲しくなさそうな雰囲気だ。


「腕はお師匠さまに劣るけど、王宮には他にも薬師がいるからね。使っている薬草に目をつけられたりするの、面倒じゃない?」
「あ……確かにそうですね」


 この丸薬自体の主成分は健康促進の薬草がほとんどだ。
 下準備で変わったことをしていると誤魔化すにしても、下手に説明して勘ぐられるのはこちらに不利。
 それに王様が口にするものだ。一度材料に不信感を覚えられてしまえば、秘蔵レシピだけで言い逃れるのは不可能だろう。クロヴィスのサポートがあるとはいえ、今後のためにも不信感はあまり与えたくない。


「でも、これだけの丸薬で足りるんでしょうか?」


 思い出したくはないが、ヨークブランにはたくさん人がいた。
 召喚された教会には最低でも千人はいた気がするし、あの偉そうな貴族たちは何人も使用人を抱えてそうだ。
 人手不足とは言っていたけど、グロスモントも王宮にはたくさん人がいるのではないだろうか。


「うーん、むしろ余ると思うなあ。お師匠さまの話じゃ、五百人もいないと思うね」
「えっ!?」
「あはは、ヨークブランの人はお城に集まりたがるからね。あれでも歴史ある大国みたいだから?」


 今の言葉、間違いなくすべてに『(笑)』がついていた。
 日本人特有の誤魔化し術でその場を濁して、私はミハイルの意見も聞きながら素早く荷物をまとめる。
 そうしてとっくに準備を整えていたミハイルと共に、ワープを使って村まで戻っていく。
 一日に何度もワープを使ったのは初めてだから、少しだけ足元がフラッとする。


「コハクちゃん、気分悪い?王城に行くにはもう一回ワープするんだけど、移動酔いなら無理しちゃダメだよ」
「大丈夫ですよ!荷物が重くて、少しバランスが崩れただけです」


 目ざとく違和感を見つけたミハイルを安心させるように笑う。
 よろついたのは一瞬だったし、今は何ともない。それよりも一刻も早く、黒い死と戦っている王様のもとに行かなきゃ。


「ならいいけど、ワープによる酔いって結構辛いからね。少しでも違和感感じたら、すぐに言って」
「わ、わかりました……!」


 真剣な目で念を押すミハイルに、私はコクコクと頷いた。
 それでも考えを見透かすようにじっと見つめられて、いろんな意味で気まずくなって目をそらす。
 そうするとため息とともにミハイルが離れた気配を感じて、そっと胸を撫でおろした。


(いつまでたってもあの綺麗な顔は見慣れないな……)


 早くなった鼓動から気をそらすように、私は早足でクロヴィスたちが待つ薬局の中に入った。
 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

なりすまされた令嬢 〜健気に働く王室の寵姫〜

瀬乃アンナ
恋愛
国内随一の名門に生まれたセシル。しかし姉は選ばれし子に与えられる瞳を手に入れるために、赤ん坊のセシルを生贄として捨て、成り代わってしまう。順風満帆に人望を手に入れる姉とは別の場所で、奇しくも助けられたセシルは妖精も悪魔をも魅了する不思議な能力に助けられながら、平民として美しく成長する。 ひょんな事件をきっかけに皇族と接することになり、森と動物と育った世間知らずセシルは皇太子から名門貴族まで、素直関わる度に人の興味を惹いては何かと構われ始める。 何に対しても興味を持たなかった皇太子に慌てる周りと、無垢なセシルのお話 小説家になろう様でも掲載しております。 (更新は深夜か土日が多くなるかとおもいます!)

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

影の聖女として頑張って来たけど、用済みとして追放された~真なる聖女が誕生したのであれば、もう大丈夫ですよね?~

まいめろ
ファンタジー
孤児だったエステルは、本来の聖女の代わりとして守護方陣を張り、王国の守りを担っていた。 本来の聖女である公爵令嬢メシアは、17歳の誕生日を迎えても能力が開花しなかった為、急遽、聖女の能力を行使できるエステルが呼ばれたのだ。 それから2年……王政を維持する為に表向きはメシアが守護方陣を展開していると発表され続け、エステルは誰にも知られない影の聖女として労働させられていた。 「メシアが能力開花をした。影でしかないお前はもう、用済みだ」 突然の解雇通知……エステルは反論を許されず、ろくな報酬を与えられず、宮殿から追い出されてしまった。 そんな時、知り合いになっていた隣国の王子が現れ、魔導国家へと招待することになる。エステルの能力は、魔法が盛んな隣国に於いても並ぶ者が居らず、彼女は英雄的な待遇を受けるのであった。

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです

サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞
ファンタジー
 侯爵令嬢である主人公フローラは、次の聖女として王太子妃となる予定だった。しかし婚約者であるはずの王太子、ルチル王子から、聖女を偽ったとして婚約破棄され、激しい戦闘が繰り広げられている戦場に送られてしまう。ルチル王子はさらに自分の気に入った女性であるマリーゴールドこそが聖女であると言い出した。  一方のフローラは幼少から、王侯貴族のみが回復魔法の益を受けることに疑問を抱き、自ら強い奉仕の心で戦場で傷付いた兵士たちを治療したいと前々から思っていた。強い意志を秘めたまま衛生兵として部隊に所属したフローラは、そこで様々な苦難を乗り越えながら、あまねく人々を癒し、兵士たちに聖女と呼ばれていく。  配属初日に助けた瀕死の青年クロムや、フローラの指導のおかげで後にフローラに次ぐ回復魔法の使い手へと育つデイジー、他にも主人公を慕う衛生兵たちに囲まれ、フローラ個人だけではなく、衛生兵部隊として徐々に成長していく。  一方、フローラを陥れようとした王子たちや、配属先の上官たちは、自らの行いによって、その身を落としていく。

処理中です...