聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第三章

47.クロヴィスの話

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 突然ひざまずいたクロヴィスとジェラルドに、私は背後にきゅうりを置かれた猫のような気持ちになった。

「え、ちょ、ちょっと!?」

 慌てふためく私の隣では、ミハイルが苦虫を十匹くらい噛んだ顔で小さくつぶやいた。


「なるほどねぇ」

(何に納得したの!?)


 姿隠しの魔法を使っているミハイルの姿はクロヴィスたちには見えない。彼らの意図が分からない以上、ここで聞くこともできないのだ。
 ミハイルの反応から考えて悪いことではなさそうだから、私はひとまずクロヴィスたちの出方を伺うことにした。


「二人とも、急にどうしたの?」


 わずかな沈黙のあと、クロヴィスは顔を上げてまっすぐに私を見つめた。


「私の名前はクロヴィス・グロスモント。しがない下位貴族などではなく、この国の第一王子なんだ」


 演技をするまでもなく、私は素で驚いてしまった。もちろんクロヴィスの身分にではなく、それをこんな簡単に、しかも何の駆け引きもなく明かしてしまったことに対してだ。
 王族という身分は簡単に他者を言う通りにできるカードではあるが、同時に他者に畏怖を抱かせることにもなる。理由は多岐にわたるだろうが、王族への返答にはノイズが混じっている可能性が高い。上司に本心をそのまま告げる人が居ないのと同じように。


(信用を選んだのかしら?)


 少し考えて、私はもう少し踏み込んで探ることにした。

 
「どうして本当の身分を明かしてくださったのですか。クロ……殿下たちの怪我は明日にでも完治するのはご存じでしょう?何もおっしゃらないまま去っていかれる方が、お互いにとって良かったと思いますが」
「そうかしこまらないで欲しいな。私はそんなつもりでコハクに身分を明かしたわけじゃない。もっと君のことを知って、仲良くなりたかったんだ」
「……なら、二人とも頭を上げて。普通に座ってお話をしましょう」


 少なくとも私はひざまずかれた状態で会話できるほど図太くない。こちとらただの女子高生だったんだぞ!

 あいにく談話できるようなスペースはないので、私はクロヴィスたちの向かい側のベッドに腰を下ろした。足元ではフブキがスタンバイしてくれている。
 誰も薬局に来ないと分かっているものの、防音性の悪い小屋では心もとないのでクロヴィスに断りを得て防音魔法を使う。実験の騒音を防ぐために覚えた魔法だけど、これが意外と役に立つ。


遮音サイレント
「コハクは本当に優れた魔法使いだね。王宮で雇いたいくらい」
「お世辞はいいよ。私の洗浄魔法を見たでしょう?自分の実力は私が一番分かっているわ」


 今ばかりは洗浄魔法を失敗してよかったと思った。この世界の薬師のステータスは生産系に極振りで相対的に高くないから、変に魔導士として期待されたくない。まだサポート魔法以外の魔法を人に向ける勇気がないのだ。


「それで、どうして急にこんなことを?」
「黒い死の深刻さはコハクも知っていると思うけど、この国の状況はどれくらい把握しているんだい?」
「噂程度よ。師匠に話を聞いてから、ずっと籠って薬を作っていたから」
「じゃあ、王都が死の街になっているのは?」


 思わず息をのんだ。ミハイルが持っている情報でもそこまで酷い物はなかった。ケイン村は国境付近にあるせいか、情報に遅れがあるようだ。
 私の反応で察したのか、クロヴィスは掻い摘んで状況を話してくれた。


「貴族の過半数が倒れて、家から出る者もほとんどいなくなった。……国民にはまだ伏せているけど、父上も黒い死にかかってしまったんだ。このままじゃ戦争まで待たずともグロスモントは崩壊する」
「クロヴィスのお父さんって……国王陛下!?」


 隣でミハイルが強張る気配を感じた。全く予想していなかった展開に、思わず手を握りしめる。


「大丈夫、父上が倒れたのはまだ五日前だよ。ポーションも薬師も最高峰だから、きっと持ちこたえているはずだ」


 それは私というより、クロヴィス自身に言い聞かせているようだった。
 不安になるのは当然だ。いくら国を背負うものだとしても、クロヴィスはまだ二十ばかりの青年。日本だったらまだ大学生で甘えても許される年齢なのだ。


(その上殺されかけるなんて……)


 そこまで考えて、私ははたと思いついた。
 


「なるほどね……お師匠様か」


 何やらミハイルが納得したような声をあげた。
 エダの名前が出たような気がするが、そもそもクロヴィスはエダと顔を合わせていないはずなのだ。足元にいるフブキも首を傾げているから、私の記憶が間違っているわけじゃないはずだけど……。


「クロヴィスは黒い死から逃げるためにケイン村に来たの?まあ、王族が二人とも黒い死に感染したら大変よね」


 そう聞けば、やっぱりクロヴィスは首を横に振った。


(でもこの付近に用がなければ、迷いの森から出てくるはずがないんだけど……)


 そもそもこんな地図にも乗らないような辺境も辺境な村、王族が知っていることに驚きを感じる。
 だけどそんな私の予想を裏切って、クロヴィスは王子様スマイルでとんでもない爆弾を落とした。


「私はコハク――――君を探しにこの村に来たんだ」


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