聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

文字の大きさ
上 下
51 / 60
第二章

45黒い死の影響1

しおりを挟む
 やたらと華々しい名称にしたがるロイドに何度も念を押してから逃げるように薬局に戻る。
 そんな私に、今まで静観していたフブキは少し首を傾げた。


『村長が考えた名じゃダメなのか?凡人にしてはいいセンスだったと思うが』
「一つとして良いところはなかったが……?」


 あんなキャチコピー、日本じゃあ見向きもされないと思う。
 病気に苦しむ人々に自分が笑顔で丸薬を配る絵面を想像して、その圧倒的な”不審”さにゾッとする。イエス薬師、ノット教祖。


「宣伝のことはあとでエダさんに相談するわ。まだ先のことだと思って、売り方のことはまだ聞いていなかったね」
『ふむ、それもそうだな。王子たちのこともあるし、一度ちゃんと話した方がいいだろう』
「……そういえばエダさん、まだクロヴィスたちのこと知らないんだもんね……あはは」


 というかタイミングが悪いのだ。エダ不在を狙って色々起こり過ぎである。
 エダはグロスモント王家に悪い印象を持っていないようだったが、それでも関わるのはもっと後の予定だった。予定は未定というが、準備が整っていないうちにあっていい相手じゃない。後ろ盾が何もない今じゃ、ヨークブランのクソ神官たちのように足元を見られるかも。これがRPGだったらクソゲーと投げ捨ててるだろう。


(クロヴィスもジェラルドもそういう人には見えなかったけど、それは私を”ただの薬師”だとしか見てなかったから)


 私がこの国を苦しめている黒い死を治せることはもう見せた。……見せてしまった。
 勝算はあるけど、それでもいざ結果が近づくと緊張はする。できるだけ素知らぬ顔を意識して薬局に入ると、薬棚の前にミハイルの姿が目に入った。
 思わず駆け寄りそうになったが、すんでのところで彼が姿隠し中だったことを思い出す。私には普通に見えているから、いまいち実感が持てないけど。

 そんな私の姿にふっと笑ったミハイルは、柔らかい笑みを浮かべたまま小さく手招きする。素直に従って近づくと、薄い膜を通り抜けたような感覚がした。もうすっかり魔法に慣れた私はすぐに結界だと気付いた。

「おかえり。ここだけ防音魔法を張ったから、普通に話してても大丈夫だよ」
「ふぅ……見張り、ありがとうございました。おかげで安心して治療に集中できたわ」
『俺は休憩室の前に行ってこよう。少しくらいは注意を引けるはずだ』
「気が利くねぇ。……だけど、もうそこまで警戒しなくてもいいよ」


 怪しまれないように薬棚を漁るふりをしながら、ミハイルに続きを促す。
 今日一日、最もクロヴィスたちの側にいた彼にしか分からないこともあるのだろう。……もともとクロヴィスたちのことを知っていたみたいだし。


『それは、王子たちがコハクの味方になるということか?』
「そもそもあいつらに断るという選択肢がなかったよ」
「え?でも、ミハイルさんもこの作戦に賛成していたじゃないですか」
「そりゃあ、絶対に成功するって分かってたからね」


 思わず手を止めてミハイルを見上げると、ばちりと視線がぶつかった。どうやらずっと私を見ていたらしい。


「そういえば、聖女召喚が許された理由をちゃんと話したことは無かったね」
「え、それはヨークブランがグロスモントと戦争していたからじゃ……?」


 花も恥じらう美しい顔には柔らかい笑みが浮かんでいて、鏡のような鈍色の瞳に間抜けた顔をした私が映る。思ったより近いことに気がついて、私は慌てて視線を薬棚に戻した。
 くすりと小さく笑われた気配がしたが、それだけでミハイルは話を進めた。


「それだけじゃあ、他の国が許さないよ。ヨークブランは長らく禁術とされている魔法を使って、自分たちだけ利益を得ようとしたんだ。普通なら、多くの国を敵に回すことになる」
『しかも今は戦争中なんだろう?なら、グロスモントに手を貸す国が現れてもおかしくはないが……』


 でも実際、そうなっていない。禁術に気づいてないのか……あるいは見て見ぬふりか。
 止めなければ、いつか聖女を手に入れたヨークブランが自国に攻め入るかもしれない。関連書類がほとんど消えて、半ば伝説化している聖女を危険視しない国なんて居ないだろう。


(止められない理由がある……ってこと?)


 起こるかもしれない戦争より、優先すべき問題が各国にあるとしたら。それも、回復に特化した聖女を必要とするほどの。


「こんな時にその話をしたということは、黒い死が関係してるってことですよね?」
「うん、正解。……本当は、もう少し情報を集めてから話すつもりだったんだけどね。ぼく、魔法以外あんまり興味なかったから」
『情報集めって……お前もエダも、ほとんど屋敷から出てないだろう』
「そこは魔法の出番だよ。家にいながら情報収集もお手の物だね」


 いつだったか、流行病のことで悩んでいたことをミハイルに見抜かれたことがあった。
 その時は病気の正体が黒い死だったことも分からないし、ミハイルもあの頃は一緒に首を捻っていたはずだ。

 知識が足りてないせいで、流行病と黒い死を結びつけられなかったのだろう。今こうして色々教えてくれたのはおそらく、あの後ずっと調べて居たのだろう。
 勉強で手一杯だった私が、その気になれば直ぐに対応できるように。慣れないことで大変だっただろうに、ミハイルは少しも悟らせなかった。


(今お礼を言ってもはぐらかされるだけだよね……。私の変化はすぐに気付かれるのに……悔しいなぁ)


 我ながら他人の変化に疎すぎるのでは無いか。これではとても薬師なんて名乗れない。
 エダへの相談事項にミハイルの返礼も追加して、私は話に意識を戻した。 
 

「禁術が許されるほど、黒い死が広がっていたんですか?でも、前から存在していた割に全然対策されてないような……」
「最初は都市部でしか見ない病気だから、そこまで問題視されてなかったんだ。都市にはポーションがたくさんあったし、プライドが高い貴族たちはかかっても隠してたから」


 黒い死は分かりやすく見た目に出る。この世界では呪いとも言われていたし、身分が高い人が隠そうとするのも無理ない。


「だけど、隠しても治しても黒い死は広がっていくばかり。さすがに命が惜しい貴族たちもどんどん大っぴらに治療法を探すようになったんだけど……ぼくたちはポーションしか治療薬を知らないからねえ。上手くいくわけがないね?」
「それでこうなっても手立てがないんですね……」


 だからミハイルにはクロヴィスが私を受け入れるという確信があったんだ。戦争中なら、なおさら病気は恐ろしいだろう。

「ぼくが自信持って教えられるのはここまで。聞けばすぐに分かる程度の話しかないけど、ここまで知っていれば怪しまれることはないと思うね」
「そんな、私だけじゃここまで調べる余裕はありませんでした。本当に、ミハイルさんには感謝しても足りません」
「……そう?ふふ、それなら、ちょっと頑張った甲斐があったかな?」


 そっと顔を上げれば、擽ったそうに笑うミハイルの姿が目に入った。まるで少年のような笑顔に、少しだけドキリとする。


「さあて、そろそろ怪しまれる頃合いだね。できるだけ有利な条件を付けてくるんだよ」
「ちょっと待ってください!それはまだ心の準備がっ」
「大丈夫、大丈夫。いざとなればぼくも参戦するから」


 背中を押されるように移動させられた私が、ミハイルの耳がほんのちょっと赤くなっていたことに気がづくことはなかった。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

なりすまされた令嬢 〜健気に働く王室の寵姫〜

瀬乃アンナ
恋愛
国内随一の名門に生まれたセシル。しかし姉は選ばれし子に与えられる瞳を手に入れるために、赤ん坊のセシルを生贄として捨て、成り代わってしまう。順風満帆に人望を手に入れる姉とは別の場所で、奇しくも助けられたセシルは妖精も悪魔をも魅了する不思議な能力に助けられながら、平民として美しく成長する。 ひょんな事件をきっかけに皇族と接することになり、森と動物と育った世間知らずセシルは皇太子から名門貴族まで、素直関わる度に人の興味を惹いては何かと構われ始める。 何に対しても興味を持たなかった皇太子に慌てる周りと、無垢なセシルのお話 小説家になろう様でも掲載しております。 (更新は深夜か土日が多くなるかとおもいます!)

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです

サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

影の聖女として頑張って来たけど、用済みとして追放された~真なる聖女が誕生したのであれば、もう大丈夫ですよね?~

まいめろ
ファンタジー
孤児だったエステルは、本来の聖女の代わりとして守護方陣を張り、王国の守りを担っていた。 本来の聖女である公爵令嬢メシアは、17歳の誕生日を迎えても能力が開花しなかった為、急遽、聖女の能力を行使できるエステルが呼ばれたのだ。 それから2年……王政を維持する為に表向きはメシアが守護方陣を展開していると発表され続け、エステルは誰にも知られない影の聖女として労働させられていた。 「メシアが能力開花をした。影でしかないお前はもう、用済みだ」 突然の解雇通知……エステルは反論を許されず、ろくな報酬を与えられず、宮殿から追い出されてしまった。 そんな時、知り合いになっていた隣国の王子が現れ、魔導国家へと招待することになる。エステルの能力は、魔法が盛んな隣国に於いても並ぶ者が居らず、彼女は英雄的な待遇を受けるのであった。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞
ファンタジー
 侯爵令嬢である主人公フローラは、次の聖女として王太子妃となる予定だった。しかし婚約者であるはずの王太子、ルチル王子から、聖女を偽ったとして婚約破棄され、激しい戦闘が繰り広げられている戦場に送られてしまう。ルチル王子はさらに自分の気に入った女性であるマリーゴールドこそが聖女であると言い出した。  一方のフローラは幼少から、王侯貴族のみが回復魔法の益を受けることに疑問を抱き、自ら強い奉仕の心で戦場で傷付いた兵士たちを治療したいと前々から思っていた。強い意志を秘めたまま衛生兵として部隊に所属したフローラは、そこで様々な苦難を乗り越えながら、あまねく人々を癒し、兵士たちに聖女と呼ばれていく。  配属初日に助けた瀕死の青年クロムや、フローラの指導のおかげで後にフローラに次ぐ回復魔法の使い手へと育つデイジー、他にも主人公を慕う衛生兵たちに囲まれ、フローラ個人だけではなく、衛生兵部隊として徐々に成長していく。  一方、フローラを陥れようとした王子たちや、配属先の上官たちは、自らの行いによって、その身を落としていく。

【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる

みねバイヤーン
恋愛
「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす」謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。 「異議あり!」ジョセフィーヌは間髪を入れず意義を唱え、証言を述べる。 「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」 「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」 追放された元聖女ジョセフィーヌはさっさと王都に戻って、魚屋で働いてる。そんな中、聖女コレットがルーカス殿下の子を身ごもったという噂が。王国の結界を守るため、元聖女たちは立ち上がった。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

処理中です...