聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第二章

37.正体

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 森の屋敷に着いたころには、すっかり暗くなっていた。

 フブキという名の安全装置なしジェットコースターを体験した後に待ち受けていたのは、般若の顔をしたミハイルだ。屋敷の前で仁王立ちをしているその頭上には、確かに鬼の角が見えた。

 子は親に似るという言葉があるが……私は鬼婆の方が怖くないと思う。


「おかえり。すぐに返ってくるって言ってたけど、もしかして異世界の”すぐ”はこの世界と意味が違ったりする?」


 もちろん盛大に怒られたが、ジェラルドたちのことを話すとそれはもう……美人が本気で怒ると怖いんだね。それが私を心配してのことだとわかっているから、悪い気はしないけど。


「もう首を突っ込んだ後だからこれ以上は何も言わないけど、あいつらには気を付けた方がいいよ」
「そうですね。どう見ても訳ありでしたし」
『俺が聖女付きのフェンリルだと気づいていなかったんだ。そこまで気にかけるほどのやつらだとは思えんな』
「それでも貴族だよ。なにがあるか分からないわ」


 そうフブキの言葉に答えると、ミハイルが怪訝そうな顔をした。なにか変なことを言ったのだろうか。


「コハクちゃん。あいつらを鑑定して、名前を見たんだよね?」
「う、うん。詳しい情報は結構はじかれたけど、名前は全部見えていたよ」
「ジェラルドは別として、クロヴィスの名前を見ても何も思わなかった?」


 首を傾げつつ、私はクロヴィスの名前を思い出す。
 たしかクロヴィス・グロスモントだった……はず。あのときは状態異常の方に気を取られて他のところはあんまり見てないから自信はないけど。


「あれ、グロスモントってもしかして、ヨークブランと戦争していたグロスモント王国と同じですか……?」
「クロヴィス・グロスモントは王国の唯一の王子だよ。ジェラルドはその近衛騎士」


 道理で体力がとんでもなかったわけだ。たった一人の跡継ぎを必死に守っていたのも分かる。
 それよりも、自分がとんでもない人を助けたことに青ざめる。


(とんでもなくまずい薬湯を飲ませちゃったけど、不敬罪に問われない??しかもあんな固いベッドに寝かせちゃったし!)


 明日から丸薬を飲んでもらうとして、ちゃんとした寝具を持って行った方がいいかな。でもエダが帰ってきて居ないのに、私が勝手に持ち出すのも気が引ける。
 悩む私とは逆に、フブキはなんでもないように鼻を鳴らした。


『であれば、あの追手はヨークブランが差し向けた可能性もあるな』
「追手!二人の怪我で忘れてた!どうしよう、小屋の近くで縛ったままだわ」
「えっ、忘れたって、危なくないかい?いくら魔法を使ったとはいえ、相手は暗殺集団なのに」


 ミハイルが少し顔を曇らせる。
 私は今すぐにでも村にワープしたかった。アイツらが躊躇いなく人を傷つけるのは目の前で見たのに、すっかり忘れていた自分が恨めしい。

 椅子を揺らして立ち上がった私に、フブキが顔を上げた。


『……アイツらなら、街の警備隊が連れていったぞ。追いかけてきたんだろう』
「街の警備隊?」


 少しあいた間が気になったが、それよりもあの男たちの行方が気になる。ミハイルも珍しく真剣な顔をしてフブキの言葉を待っていた。


『コハクがあの薬湯を作っているときだ。騎士の方が対応していたから、そいつが呼んだんじゃないか?』


(毒って……)


 誠に遺憾だが、確かにその間なら私が気づかないはずだ。怪我人を働かせて申し訳ない。


「街の警備隊なら、ケイン村の自衛団よりずっとしっかりしているよね。あの人たちから話を聞こうと思ったのに……」


 これじゃ敵の情報が何も分からずじまいだ。


「暗殺者が手練なほど依頼主もしっかりしていることが多いから、何も知らされてない可能性が高いよ。それに、知ってても、口を割らないんじゃないのかな」


 ミハイルが少し口ごもる。私よりもずっとこの世界の良くない所を知っているミハイルがそういうのなら、きっとそういうことなのだろう。


「そうね。クロヴィスたちのこともあるし、村の黒い死も何とかしなきゃ」
『ああ。アイツらのことはさっさと忘れた方がいい』


 今はできることないし、ひとまずあの男たちのことを頭の端に追いやろう。
 そう話が一段落して、私はこのまま丸薬に治癒魔法を付与させようと調合室に向かおうとした。


「コハクちゃん」


 まるで私の考えを読んだように、ミハイルに呼び止められた。
 その目がスッと猫のように細められたかと思えば、するりと頬に手を伸ばされる。そしてガラス細工に触れるように優しく目元を撫でられて、私は思わず身を固くした。


「今日はもう休んだ方がいい。魔力の消耗が激しいね」
「へっ」


 恐らく鑑定を使ったのだろう。ミハイルの鈍色の瞳が銀色の光を帯びている。
 大丈夫だと言おうとしたけど、優しく頬を撫でられているせいで上手く言葉が出てこない。たぶん、私が頷くまでコレは続くだろう。


「わ、分かりました!今日はもう寝ますっ」
「うん、いい子だね」


 何とか言葉を絞り出せば、ミハイルは満足したように柔らかく微笑んだ。そして私の頬を撫でていた指先を頭に移動させると、髪を乱さない程度に優しく撫でた。
 恐ろしく整った顔がいつもより近くて、勝手に頬が熱くなる。どうすればいいのか全く分からなくて、私は返事もそぞろに逃げた。

 後ろから楽し気な笑い声が聞こえる。
 ミハイルはもう少し自分の顔の威力を理解してほしい。私が死んでしまう。
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