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第二章
27.感染症の正体
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私にも医者になって欲しかった父は、小さい頃からそれはもういろんな病気の話をしていた。
今考えると幼稚園児相手に医者の起源を話してどうするんだという話だが、繰り返し聞かされたそれらは意外にも私の記憶に残されていたらしい。
「やっぱり……。他の村人にもシミがあるわ」
最近分かったことだが、癒しの魔法はかなり汎用的だ。血管の病気や火傷のケロイドはもちろん、風邪からぎっくり腰まで何でも治せてしまう。重要なのは私がそれを”治せるもの”と考えることで、その気になれば枝毛を修復することもできるのだ。現代でもマダムたちを悩ませているシミも例外じゃない。
「シミ?貴族ならともかく、農民じゃ珍しくないよ。それがどうしたの」
「鑑定が彼らのシミに反応しているんです。今までそんなことはなかったのに」
この一か月の往診で、鑑定が枝毛やシミのような直接健康に影響を与えないものは感知しないと分かっている。もちろんシミを放っておくのは良くないが、少なくとも今すぐどうこうなるものじゃない。
おそらく私の鑑定は、”今現在体を蝕んでいるモノ”しか捉えられないのだと思う。
『つまり、あれはまったくの別物という事か?』
「そうとはまだ言い切れないけど、鑑定が全員のシミに反応しているのは不自然よ」
「なるほど。それならみんな原因に気が付かないのも納得できるね」
ミハイルはもう一度待合室にいた村人たちに近づくと、じっとその肌を観察し始めた。私の鑑定と違って赤いマーカーは見えていないはずなのに、ミハイルはちゃんと問題の場所を見つけていく。
「太陽が当たらなさそうなところにもあるね。これがそうかい?」
「はい。普通のシミは加齢や紫外線が主な原因ですので、彼らの年齢で服の隠れるところにあるのは少し不自然です」
『死骸戦?それはまた物騒な話だな』
「……フブキが変な勘違いをしている気がする」
「死骸戦でも市街戦でも関係ないんならどうでもいいよ。ぼくの方が強いし。それより、このシミはなに?」
二人とも少しイントネーションが違うような気がするが、上手くできる説明できる自信がないのでこのまま流す。もし私の予想通りだったら、こうしている間にもこの村は大変なことになっている。
「このシミは日焼けなどではなく、出血によるものだと思うんです」
『村人から血の匂いはしないが』
「内出血……ええと、皮膚の下で出血しているんです。みなさんまだ初期なのでこの色ですが、すぐに黒紫色になっていくと思います」
この病気が恐ろしいのは、かかってわずか数日で亡くなってしまうことだ。
運がいいことに村人たちはまだ軽症で、目につくほど肌が黒ずんでいる者はいない。今いる人たちを治してしまえば、エダが帰って来るまでは大丈夫だろう。
「たったこれだけの条件で、よく分かったね?コハクちゃんの世界にもあったの?」
「私が知っているモノとまったく同じかどうかは分かりませんが、症状が特徴的なのでハズレではないと思います」
全身がだるく、熱が出る。激痛に襲われることもあり、全身が黒いあざだらけになって死亡。
中世ヨーロッパで猛威を振い、平民から貴族まで恐れさせたその感染症は。
「ペスト、あるいは黒死病と言われています」
『ぺすと?』
「黒死病?」
仲良く同じ方向に首をかしげる二人だが、ミハイルの表情は険しい。形の良い唇が数度”黒死病”と呟くと、突然ハッと息を呑んだ。
「黒死病……黒死……黒い死」
『……そういえば、流行り病も全身に黒い模様が浮かぶって話だったか』
「偶然にしては、似すぎているね」
「はい。予想ですけど、村人の病気と流行り病は同じじゃないかと」
さいあくだ。
流行り病が予想よりはるかにとんでもないものだった。何しろ黒死病はとても感染しやすく、一歩間違えれば私もかかってしまいかねない。有効な治療法である抗菌剤はもちろん、この世界で平民には石けんですら高級品だ。
何より、ここにいる村人にはどうやって説明しよう。
みんな口には出さないが、体調悪いと訴えた人たちはずっと落ち着かない様子だ。フラウアの方にも避難者が来ていたようだし、流行り病がただの噂じゃなくなってきたのだろう。
(でも、上手くいけばこれはチャンスになる)
ここまで人々の生活に影を落としているなら、みんなこの話には敏感なはずだ。
流行り病を治せる薬師がいる。今ならこの噂は一瞬で広がるだろう。
(それに、こんな”聖女”として活躍できそうなところを夢野が逃がすとは思えないわ)
どんな手を使われたとしても、向こうが先に結果を出してしまえば今後動きにくくなってしまう。
話題性が大きい分、これを先に解決できた方が”聖女”として優位に立つ。
「私に、考えがあるのですが」
今考えると幼稚園児相手に医者の起源を話してどうするんだという話だが、繰り返し聞かされたそれらは意外にも私の記憶に残されていたらしい。
「やっぱり……。他の村人にもシミがあるわ」
最近分かったことだが、癒しの魔法はかなり汎用的だ。血管の病気や火傷のケロイドはもちろん、風邪からぎっくり腰まで何でも治せてしまう。重要なのは私がそれを”治せるもの”と考えることで、その気になれば枝毛を修復することもできるのだ。現代でもマダムたちを悩ませているシミも例外じゃない。
「シミ?貴族ならともかく、農民じゃ珍しくないよ。それがどうしたの」
「鑑定が彼らのシミに反応しているんです。今までそんなことはなかったのに」
この一か月の往診で、鑑定が枝毛やシミのような直接健康に影響を与えないものは感知しないと分かっている。もちろんシミを放っておくのは良くないが、少なくとも今すぐどうこうなるものじゃない。
おそらく私の鑑定は、”今現在体を蝕んでいるモノ”しか捉えられないのだと思う。
『つまり、あれはまったくの別物という事か?』
「そうとはまだ言い切れないけど、鑑定が全員のシミに反応しているのは不自然よ」
「なるほど。それならみんな原因に気が付かないのも納得できるね」
ミハイルはもう一度待合室にいた村人たちに近づくと、じっとその肌を観察し始めた。私の鑑定と違って赤いマーカーは見えていないはずなのに、ミハイルはちゃんと問題の場所を見つけていく。
「太陽が当たらなさそうなところにもあるね。これがそうかい?」
「はい。普通のシミは加齢や紫外線が主な原因ですので、彼らの年齢で服の隠れるところにあるのは少し不自然です」
『死骸戦?それはまた物騒な話だな』
「……フブキが変な勘違いをしている気がする」
「死骸戦でも市街戦でも関係ないんならどうでもいいよ。ぼくの方が強いし。それより、このシミはなに?」
二人とも少しイントネーションが違うような気がするが、上手くできる説明できる自信がないのでこのまま流す。もし私の予想通りだったら、こうしている間にもこの村は大変なことになっている。
「このシミは日焼けなどではなく、出血によるものだと思うんです」
『村人から血の匂いはしないが』
「内出血……ええと、皮膚の下で出血しているんです。みなさんまだ初期なのでこの色ですが、すぐに黒紫色になっていくと思います」
この病気が恐ろしいのは、かかってわずか数日で亡くなってしまうことだ。
運がいいことに村人たちはまだ軽症で、目につくほど肌が黒ずんでいる者はいない。今いる人たちを治してしまえば、エダが帰って来るまでは大丈夫だろう。
「たったこれだけの条件で、よく分かったね?コハクちゃんの世界にもあったの?」
「私が知っているモノとまったく同じかどうかは分かりませんが、症状が特徴的なのでハズレではないと思います」
全身がだるく、熱が出る。激痛に襲われることもあり、全身が黒いあざだらけになって死亡。
中世ヨーロッパで猛威を振い、平民から貴族まで恐れさせたその感染症は。
「ペスト、あるいは黒死病と言われています」
『ぺすと?』
「黒死病?」
仲良く同じ方向に首をかしげる二人だが、ミハイルの表情は険しい。形の良い唇が数度”黒死病”と呟くと、突然ハッと息を呑んだ。
「黒死病……黒死……黒い死」
『……そういえば、流行り病も全身に黒い模様が浮かぶって話だったか』
「偶然にしては、似すぎているね」
「はい。予想ですけど、村人の病気と流行り病は同じじゃないかと」
さいあくだ。
流行り病が予想よりはるかにとんでもないものだった。何しろ黒死病はとても感染しやすく、一歩間違えれば私もかかってしまいかねない。有効な治療法である抗菌剤はもちろん、この世界で平民には石けんですら高級品だ。
何より、ここにいる村人にはどうやって説明しよう。
みんな口には出さないが、体調悪いと訴えた人たちはずっと落ち着かない様子だ。フラウアの方にも避難者が来ていたようだし、流行り病がただの噂じゃなくなってきたのだろう。
(でも、上手くいけばこれはチャンスになる)
ここまで人々の生活に影を落としているなら、みんなこの話には敏感なはずだ。
流行り病を治せる薬師がいる。今ならこの噂は一瞬で広がるだろう。
(それに、こんな”聖女”として活躍できそうなところを夢野が逃がすとは思えないわ)
どんな手を使われたとしても、向こうが先に結果を出してしまえば今後動きにくくなってしまう。
話題性が大きい分、これを先に解決できた方が”聖女”として優位に立つ。
「私に、考えがあるのですが」
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