聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第二章

来訪者

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 フラウアはグロスモントの辺境にある町だが、危険と名高い帰らずの森の近くにあるせいか人の出入りは少ない。変化の少ない生活の中ではどんな小さなことでも瞬く間に広まり、そして近隣の村に伝わるのだ。


 そんな好奇の目線に晒されているのは、若い二人組の男だった。
 片方は厚手ね服の上からでも筋肉質だと分かる赤茶色の髪の少年で、金色の瞳を鋭くさせて辺りを睨みつけていた。
 もう一人はそれと比べると少し線は細いものの、思わず見入ってしまう存在感があった。さらさらのブロンドはよく手入れが届いており、碧い瞳と柔らかい笑みを浮かべて歩くその姿はまるでおとぎ話の王子のようだ。


「あの人たちも王都から逃げてきたのかしら」
「バカね、そうじゃなきゃとあんないい男がこんなところに来るわけないだろう!」
「それって貴族ってこと!?やだっ、あたしの娘が見定められたらどうしよう!」
「寝言は寝てから言いな。あんたの娘、まだ十もないじゃないか」


 浮足立つ主婦や娘たちの目から逃げるように、二人は目的の宿屋に入った。

 人の良さそうな女主人に二人分の宿代を渡し、食事はいらないと告げてさっさと二階に移動する。少し年季の入った宿は簡素そのもので、部屋には小さな机一つと質素なベッドが二つだけが置かれていた。

 少年は付近に人気がないことを確認すると、荷物の中から小さな水晶玉を取り出した。紫色に輝くそれは音を遮断する結界を貼る魔道具で、魔力を込めると部屋が薄い膜のようなものが形成される。


「ケイン村まで、あと二日はかからないかと」
「のわりには暗い表情だね?」
「……すみません。フレッドの言葉が信じられないわけではないのですが、あんな辺鄙なところに腕のいい薬師が居るとはとても信じがたく」


 少年が申し訳なさそうにするのを横目に、青年はベッドに腰を掛ける。ついでに少年にも座るように促したが、少年はさらに申し訳なさそうにするだけでその場から動くことはなかった。


「話が出来過ぎだって?」
「……はい」
「気持ちは分かるよ。ちょうどヨークブランが聖女召喚に成功した時期だし、まるで私たちを手招いてるみたいだ」


 少年が目をそらす。
 思えば薬師が居るという噂を聞いたときから、彼はあまりいい顔をしなかった。


「”黒い死”のせいで禁術の使用は見逃された。運がいいね」
「タイミングが良すぎる!聞けばあの病気は瘴気が原因かもしれないじゃないですか!聖女召喚に手を出したやつらが”黒い死”を引き起こしたって何もおかしくありません!」
「こら、口が過ぎるよ。明確な証拠がない以上、軽率なことは言わない方が良い」
「ですがッ、停戦協定が白紙に帰ったんですよ!?戦力を整えられたらグロスモントは、」
「そうならないために、ここまで来たんじゃないか」


 自分が熱くなり過ぎたことを自覚したのか、そう言えば少年は申し訳ありませんと頭を下げた。……もっとも、その顔にはデカデカと”納得していません”と書いてあったが。


「”黒い死”が蔓延している今じゃ、聖女の力に期待しているところが多い。私たちも聖女と同等の存在を味方にできなければ、逆に消されてしまうかもね」


 正直、今の状況は最悪と言っていい。慎重に進めてきたチェスの盤を突然ひっくり返された気分だ。

 唯一の救いといえばヨークブランが一番”黒い死”の被害を受けていることだが、聖女が現れたことですぐに改善されるだろう。そうなってしまえば、戦況は一気に向こうに傾いてしまう。


(”黒い死”……多くの民がこれを患って亡くなってしまった)


 半年ほど前、ヨークブランの王都にて発見された死体が始まりだった。
 その死体には黒い斑模様が広がっていたらしく、顔や腕には変な出来物があったらしい。ヨークブランの路地裏は王都と言えど治安が悪く、当初はヤバいもんに手を出して呪われたんだろうと誰も気にとめなかった。

 しかしその日を皮切りに、似たような死体が次々と発見されたのだ。盗人や娼婦、冒険者から貴族まで無差別に倒れていく様は、さぞ混乱を招いただろう。


(原因不明だからと静観していたが、まさかここまで広がるとは)


 ヨークブランから距離を撮っているのをあざ笑うかのように、”黒い死”は瞬く間に大陸全体に広まった。ずっと優勢だったこちら側が停戦を余儀なくされるほどに。
 


「聞けばその薬師、帰らずの森を拠点にしてるじゃないか。森には魔女がいるって言うし、私は期待できると思うな」
「……殿下がそう仰るなら」
「さあ、明日は早い。今日はこのまま休もう__」
「殿下、伏せてくださいッ!」


 青年が横になろうとしたその時、少年が鋭い声を上げた。反射的に横に転がれば、先程まで座っていた場所に氷の矢が刺さっていた。

 身代わりとなったベッドは氷漬けになっていて、当たって入れば自分がああなっていただろう。
 常時であればどんな魔法だろうと感知出来ていただろうが、思ったよりも疲労が溜まっていたのかもしれない。

 急いで体勢を立て直し、魔力を練り上げて何時でも魔法を打てるように警戒する。


「やれやれ。私がここにいることは、陛下以外誰も知らないはずなんだけどね」
「裏切り者ですか」
「はは、早速仕事が増えたよ」


 帰れたらね、という言葉は音にはならなかった。



____遠くで、魔法の詠唱が聞こえる。



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