聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第一章

16.弟子

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 本当に喜んでくれてる、なんて和んだのは一瞬。
 先ほどまで部屋の中を走り回っていたとは思えない真剣な顔に、つい背筋が伸びる。


「まずは足を治してくれたことに礼を言うよ。ありがとう、おかげでまた薬師として働けるようになった」
「ちょっ、エダさん!?頭を上げてください!私は自分のために頑張っただけですから!」


 年上に頭を下げられるのは心臓に悪い。
 慌ててエダに頭を上げさせようとするが、当の本人に止められてしまった。


「お前さんの事情も、ヨークブランのこともよく知っているつもりだ。だから弟子にする前に、お前さんに聞きたいことがある」


 そう言葉を切ったエダは、感情の読めない瞳でじっと私を見つめる。


「お前さんはやられっぱなしは嫌だと言っていていたが、復讐をするつもりか?もちろんどうするかはお前さんの自由だが、アタシが与えた知識でいたずらに人殺しされるのはごめんでね」
「ひっ、ひとごろし!?」
「何を驚いているんだい。やり返したいって言ったのは自分だろうに」


 いきなりのことに思わず声が裏返える。
 そりゃ私をあんな目にあわせたやつらは憎いけど、だからと言って殺し返したいわけではない。せいぜい全員豚箱に叩き込んで反省させてやるくらいだ。


「強くなりたいのは、もう理不尽な目に遭わないためです。それに復讐と言っても、真っ向から戦うつもりじゃないんです。もちろん人を傷つけたり……その、殺してしまうこともあるかもしれませんが」
「……へえ」
「ですが、エダさんから教わったことを悪用するつもりは全くありません!あ、やむを得ない場合はその、申し訳ないのですが」
「はいはい、正直で結構。別にそこまでは禁止にしないよ。悪意さえなければ、アタシからは何も言うことはないね」
「それは、」
「明日からキリキリ仕込んでいくから、覚悟しときな。何せ、アタシは鬼婆と呼ばれるくらいには厳しいからね」


 ニヤリと魔女のような笑みを浮かべたエダに、数拍を置いてやっと状況を理解した私はもう一度勢いよく頭を下げた。
 

「不束者ですが、よろしくお願いいたします!」
「ひっひっひ、やっとアタシにも可愛げのある弟子ができたねえ」
「えっ、ぼくは?」
「自分のことを振り返ってみるんだね」
『まあ、師を鬼婆と呼ぶヤツはな……』


 張りつめていた空気は消え去り、静かに見守っていた二人もほっとしたようだ。特にミハイルは苦労した経験でもあるのか、フブキより嬉しそうにしている。


「さて。アタシの足も良くなったことだし、どうせならこの屋敷を案内してやりたいところだが」


 緊張感がなくなったのがいけなかったのか、私のお腹から情けない音が上がった。……そういえば私、ここに来てから何も食べていなかったな。
お腹を押さえてそっと目をそらしたが、ばっちり聞こえていたようでエダは笑いながら立ち上がった。


「その前に、腹を空かした弟子になにか食わしてやらないとな。用意してくるから、ちょっと待っててくれ」


 そして私が何か言う間もなく、そそくさと何処かに移動した。返事する間もなく取り残された私は、同じく取り残されたミハイルに頭を下げる。


「改めて、エダさんに合わせてくれてありがとうございます」
「お礼を言うのは、むしろぼくの方だと思うけど」
「私がこうしていられるのは間違いなくミハイルさんのおかげですよ。たとえ、ミハイルさんがそのつもりじゃなくても」


 理由はぼかしていたが、ミハイルは『治癒魔法』が必要だったんじゃないかと思う。すぐに王宮を飛び出せる用意をしていたところを見ると、少なくとも“逃げられる”自信はあったはずだ。
 それでも聖女召喚に踏み切ったのはミハイルなりの理由、エダの病気が関係しているのではないだろうか。だからリスクを承知で夢野を簡単に切り捨てられた。


「……なあんだ、気づいてたんだ。というか、手のひらで踊らされてるって分かってるのに魔法使ったの?」


 馬鹿なの?
口には出していなかったが、ミハイルの顔にはデカデカとそう書かれていた。普通なら騙されたと傷つくところかもしれないが、私はむしろ安心している。


「エダさんを治すって決めたのは私です。ミハイルさんは病気のことを一度も口にしていないですし、この屋敷に入ってからは極力関わらないようにしていましたよね」


(たぶん、ミハイルさんなりに私の意見を尊重しようとしてくれたんじゃないかな)


 もの凄い不器用だけど。
 だって、ミハイルには「助けてあげたからお師匠さまの病気を治して」って言うこともできた。それをしなかっただけで、私としては信用してもいいんじゃないかなって。フブキだって悪い気配はないって言っていたしね!


「それは、コハクちゃんが勝手にそう思ってるだけだよ。ぼくはそんないい人じゃない」
「それはそれで下心があって安心しますね」
「なんかぼく気を使われてない!?」
「本心ですけどね??」


 いやだって、こんな顔面国宝のイケメンがただの優しさでここまでしてくれる方が怖くない?それこそ聖女だよ。
 夢野の嫌がらせですっかりひねくれた私には、ギブアンドテイクが成り立つ平等な関係が一番安心するのだ。特に意味のないチヤホヤは乙女ゲームの中にしか存在しない。


「魔力をあんなに無駄に使っておいてよく言うよ。ぼく、一気に魔力使いすぎると危ないって言ったはずなんだけど」
「見かけだけ治しても意味ありませんからね。やるからには責任を持って最後まで徹底的に、ですよ!……まあ、改善の余地はありですけど」
『最後ので台無しだぞ』
「ここで見栄を張ってもしかたないでしょ!」


 綺麗な鈍色の目を丸くしていたミハイルは、そのやり取り我にかえったように深くため息をついた。


「なるほどねえ。こりゃ、ぼくが一生かけて返すことになりそうだ」
『その言葉、違えるなよ』
「何の話です?」
「当然だよ。さーて、気分転換にぼくはお師匠さまのお手伝いしてこようかな」
「え、ミハイルさん?……行っちゃった」


 足早に客間を出ていったミハイルに、フブキはふんすと鼻を鳴らした。もう怒ってはいなさそうだったが、一体何だったんだ……?


『害はないから放っておいたが、まさか手懐けるとはな』
「手懐けるって、ミハイルのこと?」
『まあ、仲間になったってことだ』


 つまり、ミハイルとエダは仲間になった!……ってことかな?
 魔獣の間じゃずいぶんと変わった言い回しをするんだなあ。
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